(まったく、あいつは…)
ブルーときたら、と書斎でついた大きな溜息。
愛用のマグカップに熱いコーヒーをたっぷりと淹れて、それを飲みながら。
今日もブルーの家まで行って来たけれど、其処でブルーが言った一言。
膝の上にチョコンと腰掛けたままで、赤い瞳で見上げながら。
「キスしてもいいよ?」
それは愛くるしい顔で。十四歳の子供の顔で。
言葉と一緒に上を向いた顔、顎を取ってくれと言わんばかりに。
クイと上向かせてキスをしてくれと、してもかまわないと誘った瞳。
キスは駄目だと言ってあるのに、けして唇にはキスをしないと。
知っているくせに、分かっているくせに。
それでもブルーが強請ってくるキス、恋人同士の唇へのキス。
「キスしてもいいよ?」と誘うように。
自分の心を試すかのように。
その手に乗るか、と咎める目つきで見るけれど。
睨み付けたり、叱ったり。
ブルーの額を指先でピンと弾いてやったり、頭をコツンと小突いたり。
何度も何度も「駄目だ」と言うのに、小さなブルーは諦めない。
もう忘れたかと油断していたら、今日のようにキスを強請ってくる。
「キスしてもいいよ?」と恩着せがましく。
選ぶのはそちらだと言わんばかりに、ぼくの用意は出来ているから、と言うかのように。
諦めの悪い小さな恋人、小さなブルー。
まだ十四歳にしかならない恋人、あまりに幼い小さなブルー。
無垢な心にキスは早いし、キスのその先のことだって。
唇へのキスも駄目だというのに、それよりも先に進めるわけなど無いというのに。
ブルーの夢は「本物の恋人同士になること」、前と同じに結ばれること。
冗談じゃない、と頭を振った。
あんなチビにと、あんな子供にキスが出来るかと。
キスよりも先のこととなったら、もう本当に冗談どころの騒ぎではなくて。
子供相手に出来るどころか、考えることすら許されなくて。
だから家には来るなと言ったし、距離を保とうと心に決めた。
唇へのキスは、いつかブルーが前のブルーと同じ背丈に育つまでは禁止。
それまでは家に来るのも禁止で、二人きりにはなるまいと。
そうやって決めて保っている距離、今ではすっかり慣れたけれども。
前のブルーと今のブルーの区別もしっかりつくけれど。
間違えたって小さなブルーにキスはしないし、その先のことも求めない。
小さなブルーは無垢な子供で、前のブルーとは違うから。
記憶はそっくり同じものでも、心も身体も子供だから。
それに合わせて扱いの方も子供らしくと、キスは駄目だと叱るのに。
チビの間は頬と額だけ、それしか駄目だと言っているのに。
ブルーは懲りない、諦めもしない。
何かのはずみに紡がれる言葉。
「キスしてもいいよ?」と愛らしい声で。
ぼくはいいよと、キスをしようと。
もちろん許してやるわけがないし、キスだってしない。
ピンと額を弾いてやるとか、「こら!」と叱りつけるとか。
そんな結末しか無いというのに、小さなブルーは諦めない。
叱られようが、膝の上から追い払われようが、睨み付けられてしまおうが。
どうせ本気で怒りはしないと、高を括っているブルー。
「ハーレイが怒るわけがないもの」と考えているのがよく分かる。
わざわざ心を読まずとも。
ブルーの心を覗き込まずとも、いつだって顔に出ているから。
「ハーレイはぼくを叱らないよ」と、「怒っても本気じゃないんだから」と。
間違ってはいない、ブルーの読みは。
「キスは駄目だ」と叱るけれども、頭を小突きもするけれど。
額をピンと弾きもするけど、心の底から怒りはしないし、怒ってもいない。
怒る気持ちも起こらない。
小さくてもブルーはブルーだから。
前の生から愛し続けた、誰よりも愛した恋人だから。
それが小さくなったからと言って、心が変わるわけもない。
愛しい気持ちが消えるわけもない、愛おしさが更につのりはしても。
一度失くした恋人なだけに、前よりもずっと愛おしく大切に思いはしても。
そういう気持ちを知っているのか、いないのか。
小さなブルーは諦めもせずに、懲りもしないでキスを求める。
前の自分と同じにキスを。
唇へのキスを、それが欲しいと。
けれども、キスは贈れない。唇へのキスを贈れはしない。
今のブルーが相手では。
十四歳にしかならないブルーは、そういうキスにはまだ早いから。
額と頬へのキスがせいぜい、それが精一杯のキス。
恋人へのキスには違いなくても、親愛のキスと変わらないキス。
小さなブルーが父や母から貰うキスと同じ、まるで変わらない優しいキス。
それがブルーに相応しいキス、今のブルーに似合いのキス。
なのに、諦めてはくれないブルー。
本物のキスがして欲しいブルー。
子供にはそれは似合わないのに、まだ似つかわしくないというのに。
それに相応しい年になったら、姿に育ったら、いくらでも贈ってやるというのに。
(…まったく、あいつは…)
諦めが悪いし、懲りもしないし…、とついた溜息、零れた溜息。
まるで全く分かっていないと、いつになったら分かるのかと。
「キスしてもいいよ?」と言うだけ無駄だと、頭を小突かれるだけのことだと。
額をピンと指で弾かれ、叱られて終わるだけなのだと。
(…チビだからなあ…)
学習って言葉を知らないかもな、とコーヒーを喉に送り込む。
何度言っても懲りないからには、少しも学習していないのだな、と。
途端にクッとこみ上げた笑い。
小さなブルーは懲りないけれども、全く学習しないけれども。
本当の意味での学習の方は、「学校の勉強」という方は。
(あれでもトップなんだよなあ…)
だから学習はしていると思う、学校の勉強といった意味では。
頭がいいから、猛勉強など必要無いとは思うけれども。
苦労しないで好成績を出すのだろうけれど、やはり学習はしているわけで。
そんなブルーに「お前は全く学習しないな」と言おうものなら、膨れるだろう。
「授業はちゃんと聞いているよ!」と。「宿題だってしているでしょ!」と。
(うんうん、学習はしてるんだ…)
ちゃんとしている、とクックッと笑った、小さなブルーが言う学習。
学校の勉強という意味の学習。
そちらはきちんとしているけれども、肝心の学習がサッパリ駄目で。
どんなに「駄目だ」と叱り付けようが、睨み付けようが、強請られるキス。
「キスしてもいいよ?」と誘ってまで。
顎を取ってと、ぼくにキスしてと、言葉にしなくても瞳を向けて。
なんとも困ったことだけど。
本当に困ってしまうのだけれど、学習をしない小さなブルー。
キスは駄目だと、強請るだけ無駄と、覚えてくれない小さなブルー。
(まったく、あいつは…)
困ったものだ、と溜息を零してコーヒーを飲む。
いい加減、覚えてくれないものかと、ブルーが学習してくれないかと。
そうは思っても、愛しいブルー。小さなブルーが愛おしい。
「キスしてもいいよ?」と誘うブルーが、唇へのキスを強請るブルーが。
一度は失くした恋人だから。
奇跡のように戻って来てくれた恋人の今の姿が、小さなブルーなのだから…。
キスは駄目だ・了
※ハーレイ先生に何度叱られても、キスを強請るのがブルー君。
甘く見られているらしいハーレイ先生、ブルー君には甘いから仕方ないですねv
(んーと…)
少し風でも入れてみよう、とブルーが開けた部屋の窓。
今日はハーレイが来なかったから、部屋にお菓子の匂いは無くて。
紅茶の香りも残っていなくて、ハーレイがいたという名残も無くて。
ただの平日、そんな日の夜。
ハーレイが寄ってくれたらよかったのに、と寂しい気持ちになってくるから。
もうハーレイは家でとっくに夕食を済ませているだろうかと、独りぼっちな気がするから。
それでは駄目だと、もっと元気にと、気分転換に空気の入れ替え。
きっと清しい風が吹き込むから、窓から吹いてくるだろうから。
とうに暮れて暗くなった庭。
夕食は食べたし、後はお風呂に入って寝るだけ、そういう時間。
庭園灯が照らす庭から、思った通りに涼しい風。夜気を含んだ木々の匂いも。
(うん、気持ちいい…!)
庭の緑の葉っぱの匂い、と胸一杯に風を吸い込んだ。
まるでミントの葉を噛んだかのように、すっきりと晴れた気がする心。
今日はハーレイは来なかったけれど、また会えるからと。
明日も駄目でも、週末はきっと。
予定があるとは聞いていないから、土曜日が来れば会える筈。
週末は会えるに決まっているのに、土曜日を待てばいいだけなのに。
それさえ忘れて、寂しい気持ちになっていた自分。独りぼっちだと思った自分。
土曜日になったら、ハーレイはちゃんと来てくれるのに。
今日はハーレイは来なかったけれど、両親と夕食を食べたのに。
(…寂しがっちゃって、独りぼっちだなんて思って…)
なんて我儘な子供だろうか、もっと、もっとと欲しがる子供。
あれが欲しいと、これも欲しいと、ショーウインドウの前で騒ぐ子供と同じ。
足を踏ん張って、駄々をこねて。
我儘だったと気付けただけでも、窓を開けた甲斐はあったから。
気分転換になってくれたと、開けて良かったと、そのまま外を眺めていたら。
庭園灯が灯った庭と、生垣の向こうの通りなどを窓から見ていたら…。
(あれ?)
タッタッと軽快に走る人影、生垣の向こうを。
もしやハーレイかと思ったけれども、まるで違った背格好。
街灯の下を通ってゆく時、若い青年の姿が見えた。
ハーレイと比べたら細っこいけれど、しっかり鍛えてあるだろう身体。
マラソン選手のような服装、ゼッケンが無いというだけで。
(こんな時間でも走ってるんだ…)
それは軽快に、リズミカルに。
タッタッと乱れもしない足取り、アッと言う間に見えなくなってしまった青年。
何処から来たのか、何処へゆくのか、タッタッと軽く地面を蹴って。
走ることなど息をするのと変わりはしない、と言わんばかりに、リズミカルに。
自分だったら、あんな速さで長く走れはしないのに。
学校のグラウンドを一周したなら、それだけで座り込みそうなのに。
凄い、と感心した青年。
ジョギングをする人は何度も見掛けたけれども、特に珍しくはないのだけれど。
夜に外へ出ることは滅多に無いから、夜にはあまり出会わない。
窓を開けた所へ通り掛かってくれない限りは、走っていたって気付かないから。
暗くなってカーテンを閉めてしまったら、外は全く見えないから。
(夜でも走ってて、おまけに速くて…)
あの青年は走るのが好きなのだろうか、それとも鍛えているのだろうか。
ハーレイと同じでジョギングが趣味で、時間が出来たら夜でも走ってゆくのだろうか…?
改めて思えば、とても速かった青年の足。
ジョギングしようというほどの人は、誰でもさっきの青年くらいのペースだけれど。
それだけのスピードも出せないようでは、きっとジョギングは無理だろうけれど。
(うんと長い距離を走るんだしね…?)
学校のグラウンドを一周するのとは違う、ジョギングなるものは。
マラソンとまではいかないにしても、一キロや二キロは軽く走るもので。
人によっては隣町までも行ってしまうと聞いたこともある、調子が良ければ。
今日はこれだけ、と決めて走って、隣の町まで。
途中で飲み物を飲んだりしながら、タッタッと軽く地面を蹴って。
ハーレイの両親が住んでいる町まで、普通の人なら車で出掛ける隣町まで。
(きっと、ハーレイだって…)
走れるのだろう、その気になったら隣町まで。
庭に夏ミカンの大きな木がある、ハーレイの両親が住んでいる家。
その家にだって走ってゆくことが出来るかもしれない、途中で何度か休憩しながら。
帰り道だって、両親に貰ったお土産を背負って、タッタッと。
夏ミカンの実のマーマレードが詰まった瓶やら、他にも何かを詰めたリュックを。
これくらいの荷物は重くもないと、ついでに飲み物も入れておこうと。
そうして飲み物で休憩しながら、自分の家まで。
荷物を背負って疲れもしないで、それは軽快に地面を蹴って。
走るハーレイが目に浮かぶようで、さっきの青年よりもずっと速そうで。
もしかしたらハーレイも今頃は走っているかもしれない、この町の何処かを。
今日は運動だと、軽く走ろうと、信じられないくらいの距離を。
隣町までは行かないにしても、自分にはとても走れそうもない距離を、タッタッと。
(…ぼくだって、そんな風に走れたら…)
さっき通った青年のように、軽快に走ってゆけたなら。
疲れなど知らないといった足取りで、リズミカルに走ってゆけたなら。
(…ハーレイと合流…)
出来るかもしれない、町の何処かで。
走る途中でバッタリ出会って、せっかくだからと同じコースを暫く走って。
(…走れたらハーレイに会えそうなのに…)
今日のようにハーレイが来なかった日でも、ジョギングに出掛けて行ったなら。
ハーレイの家に行っては駄目でも、その方向へと走ったならば。
何処かで出会って、「お前もか?」などと声を掛けられて、一緒に走る。
暫くの間、同じコースを、ハーレイと並んでリズミカルに。
走りながら話は出来ないとしても、バッタリ出会って、暫くの間。
「俺はこっちだから」とハーレイが言うまで、道が分かれる所まで。
もしも走ってゆけたなら。
さっきの青年が走って行ったように、長い距離を楽々と走れたならば。
隣町までは走れなくても、其処までの距離は無理だとしても。
せめてハーレイの家まで軽く往復出来るくらいの、体力とスピードがあったなら。
「走ってくるね」と両親に言って、タッタッと走ってゆけたなら…。
どんなに素敵なことだろう。
走る途中でハーレイにバッタリ会うかもしれない、今日のような日でも。
ハーレイが来てくれなかった日でも。
そう思ったら走ってゆきたい、さっき走っていた青年のように。
ハーレイの家の方を目指して、軽い足取りでタッタッと。
何処かでハーレイに会えるかもしれないと胸を膨らませて、地面を蹴って。
何度もそうして走っていたなら、走ってゆくことが出来たなら。
(きっと、ハーレイにも会えるんだよ…)
ハーレイのジョギングコースの何処かで、バッタリと。
自分がタッタッと走るコースと、ハーレイが走るコースが重なり合った何処かで。
会えたら、きっと暫くは一緒。
お互いのコースが分かれてゆくまで、一緒に走って、手を振って別れて…。
(走りながらは話せなくっても…)
会えたら、それだけで満足だから。一緒に走れたら充分だから。
走ってゆきたい、ハーレイが走っていそうな場所へ。
今日のように会えなかった夜には、タッタッと軽く地面を蹴って。
(走って行けたら、会えそうなんだけどな…)
今日のような日でも、こんな夜でも。
会えなかったとションボリしている代わりに、ハーレイがいそうな方へと走って。
けれど、自分には出来ないジョギング。
前の自分と全く同じに弱い身体は、グラウンドを走って一周するのが精一杯で。
隣町まで走るどころか、ハーレイの家までも走れはしない。
学校にだって歩いて通えない、弱すぎる身体なのだから。
そんな身体でジョギングは無理で、ハーレイと一緒に走るのは無理。
ハーレイに会える方へと走ってゆくなど、出来はしなくて。
(でも、走りたいよ…)
叶わないから夢を見てしまう、もしも走ってゆけたなら、と。
こんな夜には走ってゆきたい、ハーレイに会えずに終わった日には。
けして出来ないから、叶わないから、夢を見る。
ハーレイに会いに走ってゆきたいと、一緒に走れたら幸せなのに、と…。
走ってゆきたい・了
※ハーレイ先生に会えなかった日のブルー君。会いたい気持ちは消えないようです。
ジョギングしていて会えるのならば、と夢見る辺りが健気ですよねv
(…ふうむ…)
少し開けておくか、と近付いたダイニングの窓。
ブルーの家には寄れなかったから、家で夕食。支度を済ませて食べる前。
キッチンからの匂いがこもったというわけではない、料理の匂いはむしろ歓迎。
食べる前から食欲をそそる、湯気の匂いもスパイスなども。
それを追い出すためとは違って、庭を眺めながら食べたい気分。
ガラス越しにもよく見えるけれど、青々と茂った木々を抜けて来る風も欲しくて。
風が通るよう、窓を開けに行った、「このくらいか」と。
開けた窓から虫が入らないよう、ひと工夫。
自然の虫よけ、ゼラニウムの鉢を窓辺の床に据えれば、まず安心。
それでも入ってくる虫がいるなら、それもまた良し。
彼らの住みやすい庭がある証拠で、隣近所にも緑が多いということだから。
サアッと吹いて来た心地良い風、「よし」とテーブルで始めた夕食。
もう暗いけれど、庭園灯が照らす緑の木々を見ながら。
たまに自分で手入れする芝生も、この季節は特に元気がいい。
その上を歩けば独特の感触、スポーツ用の芝生を思い出させる感覚。
(柔道に芝生は無いんだがな?)
あれは畳の上でするもの、でなければ専用のマットレス。
道場に行っても畳と板敷の世界、芝生は全く生えてはいない。
得意の水泳の世界でも同じ、プールの水底に芝生などは無いし、プールサイドにも。
レジャー用のプールだったら、芝生の庭がついていたりもするけれど。
自分が泳ぐようなプールには無い、本物の葉をつけた青い芝生は。
(俺とは直接ご縁は無いが、だ…)
学生時代はグラウンドで世話になっていた芝生。
サッカーやラグビー、そういったもので。
ボールを追うのに走り回った、広々と密に茂った芝生を。
足の裏に蘇ってくる芝生の感触、其処を走ったと高まる気持ち。
運動好きだけに、血が騒ぎ出す。
走ってみたいと、気持ち良く駆けてゆきたいと。
庭の芝生も悪くないけれど、もっと広い場所を心ゆくまで。
芝生でなくても走ってゆきたい、心おもむくまま、気の向くままに。
(ひとっ走りするかな…)
食事が済んだら。
後片付けを済ませて、コーヒーでも飲んで一服したら。
(食って直ぐには走れないしな?)
もちろん直ぐにでも走れるけれども、それでは消化に良くはないから。
半時間ほど休むのがいい、食事を収めた胃が落ち着くまで。
コーヒー片手に新聞でも読んで、それから走りに出掛けるのがいい。
ジョギング用の服に着替えて、靴だって走るための靴。
それが最適、健康的だし、何処までだって駆けてゆけるから。
今夜は此処まで、と折り返し点を決めるまで。
此処で帰ろうと向きを変えるまで、帰りの道へと走り出すまで。
そうしよう、と決めたけれども、食事が済んだらジョギングだけれど。
何も考えずに走っていいなら、今直ぐにだって走ってゆける。
窓辺の床に置いたゼラニウムの鉢、それを脇へとずらして庭へ。
ダイニングから外に出られるようにと置いてあるサンダル、それを引っかけて。
サンダル履きで走っていいなら、家の戸締りも気にしないなら。
ジョギング用のシャツやズボンの代わりに、今の普段着でいいのなら。
(そいつもなかなか…)
素敵ではある、思い付いて直ぐに走ること。
思い立ったが吉日とばかり、夕食も途中で放り出して。
子供の頃には本当にやった、食事中に何かを見付けたりしたら。
庭に見慣れない蝶が来たとか、子猫が迷い込んで来たとか。
もうそうなったら食事は放って庭に飛び出した、サンダル履きで。
サンダルも履かずに出たこともあった、大急ぎで裸足で駆け出した庭。
(…出て行く時は夢中なんだがなあ…)
戻って来る時にバツが悪かった、なにしろ食事の途中だから。
母には呆れられ、父にはこっぴどく叱られたりもした、「靴くらい履け」と。
サンダル履きの時はまだしも、裸足だった時は。
母が「足の裏をちゃんと拭いて入りなさい」と、雑巾を渡して寄越した時は。
今は流石にそれはやらない、この年で裸足で飛び出しはしない。
子供の頃より分別もあるし、年相応の落ち着きも身に付けたから。
それでも無性にやってみたくなる、思い立ったら走り出すこと。
夕食を放って、戸締りも放って、ダイニングから庭へと飛び出してみたい。
庭に出たなら芝生を突っ切り、門扉を開けて外の通りへ。
そうして何処までも走ってゆきたい、此処だと自分が思う場所まで。
此処で戻ろうと、折り返すんだと、家へと向きを変える時まで。
(呆れられるから、やらんがなあ…)
今のズボンと半袖シャツに、庭のサンダルを足に突っかけて走る。
それでも充分に走れるけれども、人並み以上の距離を走ってゆけるだろうけど。
何処から見たって、ジョギング向けではない服装。それにサンダル。
何を慌てているのだろうかと、誰もが振り向くことだろう。
飼っている猫か犬でも逃げ出したのかと、それを追い掛けているのかと。
どう考えてもそういう格好、今のシャツとズボンにサンダルならば。
けれど、人目を気にしないのなら、呆れられてもいいのなら。
食事を放って飛び出してもいい、子供時代にそうしたように。
バツの悪い思いをしてもいいなら、今のシャツとズボンにサンダル履きで。
庭へ駆け出し、それから芝生を突っ切って外へ。
表の通りをタッタッと走り、何処へゆくのも自分の自由。
此処で終わりだと、家に戻ろうと折り返し地点を決める場所まで、気の向くままに。
(そういうのも、やってみたいんだがな?)
この年でなければ、教師でなければ。
何処で教え子やその親に出会うか分からない上に、いい年だから。
人目を引くことはちょっとマズいと、やはり着替えて走らないと、と考えるけれど。
実際、そうして走りにゆこうと段取りを立てているのだけれど。
(…待てよ?)
思い立ったら飛び出してゆける、走ってゆける窓の外。
ゼラニウムの鉢を脇へずらして、置いてあるサンダルを足に突っかけて。
そのまま庭の芝生を走って、突っ切ったら門扉を開けて飛び出して…。
何処までも走れる、思いのままに。
折り返し点だと場所を定めるまで、此処で戻ろうと家へと足を向けるまで。
それを決めるまで、何処までだって。
真っ直ぐ北に走ってゆこうが、逆に南へと走ろうが。
西へゆこうが東にゆこうが、終点など無い窓の外。
もちろん、どちらへ向かった所で、夜を徹して走り続けたら、次の日も走って行ったなら。
山にもぶつかるし、川にもぶつかる、広い海にだって。
けれども、そういう障害物やら、終点なのだと言わんばかりの海にバッタリぶつかるまでは…。
(何処までも走っていけるじゃないか…!)
このダイニングから飛び出しても。
何の準備も整えないまま、今のシャツとズボンにサンダル履きでも。
少し開けてある窓の向こうを何処までも走れる、足の向くまま、気の向くままに。
此処で終わりだと遮られはしない、庭へ出ようとした瞬間に。
窓の向こうは自分が自由に走れる世界で、人目を気にせず走るのだったら、サンダル履きでも。
(そうだ、あの向こうは…)
風を入れようと開けた窓の外は、雲の海でも漆黒の宇宙空間でもない。
窓を開けた途端に真空の宇宙に吸い出されもしなくて、雲を突き抜けて落ちることもなくて。
窓の向こうへと真っ直ぐそのまま、サンダル履きでも走ってゆけて…。
そうだったのか、と改めて眺めた窓の外。
何処までも自由に駆けてゆける世界。
前のブルーが、自分が夢見た、踏み締められる地面が其処に広がる、この窓の外に。
(地球だとばかり思っていたが…)
青い地球に来られたと歓喜したけれど、ブルーと二人で地球に来られたと喜んだけれど。
踏み締められる地面も地球についてきた、何処までも走ってゆける地面が。
ならば、今夜は走らねばなるまい、好きに走れる地面の上を。
夕食が済んだら一休みして、着替えて、此処だと思う場所まで。
窓の外は何処までも、自由に走ってゆけるのだから。
シャングリラの窓の外とは違って、何処までも地面が続くのだから…。
走ってゆける・了
※運動好きなハーレイ先生、夕食の後にも走りに出掛けてゆくようです。
シャングリラでは走れなかった窓の外。今夜のジョギングはきっと最高の気分ですねv
(うんと幸せ…)
とっても幸せ、って丸くなった、ぼく。
恋人がいるから幸せだよ、って、ベッドの中で。
ハーレイがいるから、とっても幸せ。
前だと、幸せじゃなかったけれど。
起きたら、ちょっぴり熱かった頬っぺた。
熱っぽいような気がした身体。
お休みの日なのに、土曜日なのに。
起き上がったらクラリと眩暈で、やっぱり病気だった、ぼく。
頭は枕に逆戻りしちゃって、とても起きられそうにはなくて。
暫くそのままウトウトしてたら、ママが様子を見にやって来た。
朝御飯の支度は出来ているのに、ぼくがちっとも起きて行かないから。
「熱があるわね」って測られちゃって、ホントに病気になっちゃった。
体温計がピピッって鳴ったら、本当に熱があったから。
ママに「朝御飯は?」って訊かれたけれど。
「食べられそう?」って顔を覗き込まれたけど、いつもの食事は無理そうで。
トーストに卵、そんなのは無理。野菜サラダも、きっと無理。
首を振ったら、ママはプリンを作って来てくれた。
「これくらいなら食べられるでしょ?」って。
プリンはなんとか食べられたけれど。
お砂糖で甘くして貰ったミルクも飲めたけれども、それが限界。
食べ終わったらベッドに入るしかなくて、ぼくの土曜日はすっかり台無し。
せっかくのお休み、学校の無い日。
友達と遊んだり、本を読んだり、一日好きに過ごせる日。
それを病気に台無しにされて、ぼくは一日、ベッドの住人。
もしかしたら明日の日曜日だって。
これが前なら不幸のドン底、もうガッカリの休日だけど。
ツイていないとベッドにもぐって、重たい身体に文句を零していたんだけれど。
今は幸せ、ちっとも不幸な気持ちじゃない。
本当を言えば、ほんのちょっぴり、ほんの少しだけ不幸だけど。
これから家に来てくれる筈の、ハーレイと元気に過ごせないから。
いつものテーブルで向かい合わせで、楽しくお喋り出来ないから。
ハーレイの膝に乗っかることも、胸にピッタリくっつくことも。
(でも、ハーレイが来てくれるしね?)
ママはハーレイの家に、「ブルーは病気で寝ています」って連絡をしちゃったんだけど。
それでも「行きます」って言ってくれたハーレイ、待ってたらきっと来てくれる。
いつもより少し遅いかもだけど、ひょっとしたら午後かもしれないけれど。
だけど「行きます」って言ったからには、来てくれるから。
待ってれば、いつか来てくれるから。
もう、それだけでうんと幸せ、不幸のドン底なんかじゃない。
だって、恋人がいるんだから。
「大丈夫か?」って、お見舞いに来てくれる恋人が。
前のぼくだった頃から大好きだった、恋人がちゃんといるんだから。
ハーレイに会うまでは、ホントのホントに不幸だった病気。
お休みの日に罹ってしまった病気。
友達と遊びに行けもしなくて、家で出来ることも減っちゃって。
本を読みたくてもベッドの中で読める分だけ、それでおしまいだった休日。
熱っぽい上に食欲も無くて、身体が重くて、だるかったりして。
いいことなんかは何も無くって、不幸のドン底。
なんでこんな日に病気なんだろう、って。
友達は元気に遊んでいるのに、ぼくはベッドで寝てるんだろう、って。
でも、今はハーレイがいてくれるから。
今のぼくには恋人がいるから、 ぼくはちっとも不幸じゃない。
欲を言うならほんのちょっぴり、ハーレイと楽しく過ごせない分だけ、ちょっぴり不幸。
いつものテーブルで向かい合わせで、ゆっくりお喋りが無理な分だけ。
ハーレイの膝の上に座って、くっついて甘えられない分だけ。
たったそれだけ、不幸なことは。
それよりももっと大きな幸せ、ぼくには恋人がいるってこと。
病気で寝込んじゃった時でも、訪ねて来てくれる恋人が。
ぼくが一人で寝込んでいたって、「病気だってな?」って声がするんだ、大好きな声が。
そうして額に大きな手。「熱もあるな」って。
前のぼくの記憶が戻って来る前、ぼくに聖痕が現れる前。
ぼくには恋人なんかいなくて、お見舞いにだって来てくれなかった。
恋人は何処にもいないんだから。
いない恋人が来るわけがなくて、お見舞いになんか来てくれなくて。
お休みの日に病気になったら、ホントのホントに不幸のドン底。
友達はお見舞いに来てくれない。
遊びの方に忙しいから、来てくれたって、何かのついで。
ぼくの家の表を通り掛かって「大丈夫か?」って寄ってくれても、直ぐ帰っちゃう。
「またな」って、遊びの続きをしに。
ぼくをベッドに一人残して、「じゃあな」って。
だけど今ではハーレイがいる。
ぼくの恋人、前のぼくだった時から恋人同士のハーレイ。
ハーレイがぼくの大事な恋人、ぼくを抱き締めてくれる恋人。
「キスは駄目だ」って叱るけれども、恋人だとは言ってくれるから。
ちゃんと恋人扱いだから、こんな時でも来てくれる。
ぼくを一人で放っておかずに、「大丈夫か?」って、お見舞いに。
来てくれたらきちんと側にいてくれる、ぼくがベッドから出られなくても。
「じゃあな」って直ぐに帰ったりしない、「またな」って直ぐに出て行きはしない。
ぼくがウトウト眠っちゃっても、起きたらハーレイがいてくれるんだ。
「起きたのか?」って。「どうだ、具合は?」って。
そのハーレイが来てくれるから、ぼくはちっとも不幸じゃない。
お休みの日に病気になっても、前よりもずっと幸せなんだ。
恋人がいるから、恋人がお見舞いに来てくれるから。
一人で寝てても、その内に、ちゃんと。
だから幸せ、とっても幸せ。
熱っぽくっても、プリンくらいしか食べられなくても、お休みの日でも。
ハーレイと楽しく起きてお喋り出来なくっても、ぼくは幸せ。
だって、ハーレイには会えるんだから。
お見舞いに来てくれるんだから。
(こうして寝てたら…)
ハーレイが部屋に来てくれる。
大好きなハーレイが、ぼくの恋人が。
ぼくが眠ってしまっていたって、帰らずに待っててくれる恋人が。
なんて幸せなんだろう。
恋人がいるっていうことは。
ぼくを大事にしてくれる人が、ぼくも大事に思ってる人が。
大好きでたまらない人が。
だから病気でも、ぼくは幸せ。
お休みの日に寝込んじゃっても、前と違って不幸じゃない。
恋人がいるから、ハーレイが来てくれるから。
「大丈夫か?」って、ぼくの大好きな声で具合を訊きに。
大きな手でそっと額を触って、「熱はどうだ?」って確かめるために。
前だったら、ホントにドン底だった病気だけれど。
ツイていないとベッドにもぐった、お休みの日の病気だけれど。
今は幸せ、恋人がいるから。
ベッドの中でぼくが丸くなってたら、きっとその内に声がするから。
「大丈夫か?」って訊いてくれる声、ぼくが大好きでたまらない声。
ぼくはちっとも不幸じゃない。
恋人がいるから、ハーレイが来てくれるんだから…。
恋人がいるから・了
※お休みの日に寝込んでしまったブルー君。それでも幸せみたいです。
お見舞いに来てくれるハーレイ先生。恋人に会えれば、もう充分に幸せなのですv
(恋人がいるというだけで…)
こうも違うか、と呟いてしまった金曜日の夜。
夕食を終えた後に移った書斎で、熱いコーヒーが入ったカップを手にして。
愛用の大きなマグカップ。
たっぷり入るのが気に入っているし、ゆっくり飲むならこのカップ。
夜の書斎でのんびり過ごすのも好きなのだけれど。
明日は休みだ、という金曜の夜は前から特別だったけれど。
その特別がもっと特別になった、小さなブルーに出会ってから。
前の生から愛し続けた恋人が戻って来てくれてから。
(…正直、忘れていたんだがなあ…)
恋人がいたことも、ブルーのことも。
前の自分が誰だったかさえも、まるですっかり忘れていて。
「キャプテン・ハーレイそっくりだ」と何度言われても、「その通りだな」と思っただけ。
「生まれ変わりか?」と尋ねられても笑っていただけ、「そんな馬鹿な」と。
俺は違うと、似ているだけだと。
他人の空似だと思い続けたキャプテン・ハーレイ。
ところがブルーに出会って分かった、それが自分だと。
前の自分はキャプテン・ハーレイ、そしてブルーは恋人だったと。
思い出したら、恋人が空から降って来た。
心にストンと入り込んで来た、愛しい人が。
自分はブルーが好きだったのだと、恋人なのだと、こみ上げて来た愛おしさ。
今のブルーは小さいけれども、十四歳にしかならない子供だけれど。
それでも立派に自分の恋人、前の生から愛した人で。
明日はブルーに会いにゆく。
用の無い週末は小さなブルーの家に出掛ける、ブルーと一緒に一日を過ごす。
ブルーは幼くてまだ子供だから、キスすらも交わせないけれど。
キスをするなら頬と額だけ、それが限界なのだけど。
それでもブルーは大切な恋人、生まれ変わって再び出会えた愛おしい人。
明日は会えると、共に過ごせると思えば心が浮き立つもので。
生き生きと輝く赤い瞳を早く見たくてたまらない。
ブルーとは学校でも会えるけれども、今日も立ち話をしたけれど。
それでは足りない、教師と生徒の会話だから。
恋人同士の語らいとはまるで違うから。
明日は休みだと、ブルーの家だと心が弾む。
こんな気持ちで翌日を待つのは、いったい何年ぶりだろう?
(あいつに会ってからは、ずっとこうだな…)
金曜日の夜を迎える度に。
明日は休みだという日が来る度に。
遠足を控えた子供さながら、自分でも苦笑してしまう。
これではまるでガキのようだと、楽しみにするにも程があるだろうと。
けれども心は抑えられない、ブルーに会えると躍る心は。
明日はブルーと過ごせるのだと弾む心は、浮き立つ心は。
(恋人がいるだけで違うんだよなあ…)
休日の前の夜の気持ちが。
明日は休みだという日の気持ちが。
楽しみだと思う心の弾み方、それが前とは全く違う。
同じ休日でも、同じ楽しみな休みの日でも。
ブルーに会う前も楽しく過ごした、休日となれば。
朝から軽くジョギングした後、ジムに出掛けて泳いでみたり。
柔道の道場に行って稽古をつけたり、愛車でドライブと洒落込んでみたり。
料理に凝っていた日もあったし、父と釣りにも出掛けたりした。
一日書斎にこもって読書三昧、それもまた良し。
とにかく充実していた休日、小さなブルーに出会う前でも。
何をしようかと計画を立てて楽しみに待って、その日を過ごして。
前の夜からワクワクと待った、明日は休みだと。
羽を伸ばそうと、明日は大いに楽しもうと。
(仕事は仕事で好きなんだがな?)
それでも休日はやっぱり違う。
自分のための自由時間で、どう過ごすのも自分の自由で。
それが最高だと、明日が楽しみだと、金曜の夜は心躍らせていたものなのに。
今ではそれが色褪せて見える、あの楽しかった頃の金曜の夜が。
(本当にまるで違うんだ…)
明日は休みだと弾む心の浮き立ち方が。
子供の頃にワクワクしていた遠足の前の夜と同じくらいに、あるいはもっと。
ブルーに会えるというだけで。
恋人に会いに出掛けられるというだけで。
今からこれでは、この先、いったいどうなるのだろう?
明日はブルーに会えるというだけで、こんなに心が弾むのならば。
会って話せるだけの恋人、抱き締めるのが精一杯で。
キスは額と頬に贈るだけ、そんな幼い無垢な恋人。
けれども、いつかは前と同じに、前のブルーと同じに育って…。
(休みとなったらデートなんだ…)
車でブルーを迎えに出掛けて、ドライブだとか。
食事に行ったり、街を歩いたり、今とは全く違った休日。
そうなれば、もっと…。
金曜の夜は心が弾んで、眠れない日も来るかもしれない。
明日はデートだと、ブルーと二人で出掛けるのだと。
(…ますますもって落ち着かないな)
金曜の夜の、自分の気持ち。
遠足の前の夜の子供以上に、きっとますます弾んでゆく。
恋人がいるというだけで。
前の生から愛し続けた、愛おしい人がいるだけで。
こんな気持ちは、本当に思いもしなかった。
小さなブルーが降って来るまでは、恋人が戻って来るまでは。
(恋人なあ…)
なんと大きい存在だろうか、恋人がいるだけで変わった世界。
色々なことが変わったけれども、金曜の夜の気持ちまで。
すっかり変わって、明日は休みだと躍る心は遠足の前の子供並みで。
(…楽しんでいたつもりだったんだが…)
こうなる前の休日もな、と思うけれども、色褪せた日々。
ジムで泳ぐのも、柔道の指導も、それにドライブも。
どれも敵わない、小さなブルーに会いにゆけるだけの休日に。
キスも出来ない恋人との逢瀬に、どれも太刀打ち出来はしなくて。
(あいつがいるだけで違うんだよなあ…)
小さなブルーがいるだけで違う、恋人がいるというだけで違う。
休日も、休日を心待ちにする金曜の夜も。
きっとこの先も、心浮き立つ金曜の夜が幾つも、幾つも。
恋人がいるだけで変わった金曜、明日は休みだと踊り出す心。
きっとますます弾んでゆく。
ブルーが育てば、大きくなれば。
今はブルーの家にゆくだけで、二人で話すというだけだけれど。
(いつかはデートも出来るしな?)
そう思うだけで、またも心が浮き立つから。
早くその日が来ないものかと騒ぎ出すから。
(…いかん、いかん)
眠れなくなるぞ、とコーヒーを喉に流し込んだ。
コーヒーはいつも飲んでいるから、それで眠れなくはならないから。
弾む心を、躍る心を落ち着けようと、いつもの一杯。
恋人がいるだけで踊り出す心、金曜の夜の弾む心に「落ち着け」と。
俺は遠足に行く前のガキじゃないんだからな、と。
効くかどうかは分からないけれど。
金曜の夜はいつもこうだし、恋人が出来てからは、ずっとこうなのだから…。
恋人がいるだけで・了
※ブルー君と過ごせる前の日の夜のハーレイ先生、ワクワクです。
小さなブルー君でも大事な恋人、恋人無しだった時代にはもう戻れませんねv