忍者ブログ

忙しくっても
(…今日は、忙しかったよね…)
 ぼくにしては、と小さなブルーが振り返ってみる今日の出来事。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(ハーレイが来た日じゃなかったのに…)
 読もうとしていた本が読めなかったな、と勉強机の方に目を遣る。
 其処に置かれた本に挟んだ栞は、昨日の場所から一ページさえも動いていない。
(…今から読んだら、止まらなくなって…)
 夜更かしになってしまうもの、と諦めてはいる。
 「だけど、ちょっぴり残念だよね」と、本の中身が気になるけれども、仕方ない。
(…帰って来た後、晩御飯までの時間は…)
 いつも通りに過ごしてたよね、と自分でも不思議に思えてくる。
(あそこまでは、時間、あったんだけどな…)
 学校から家に帰って来てから、おやつを食べて、宿題も予習も早く済ませた。
 ハーレイが仕事帰りに寄ってくれたら、安心して時間を使えるように。
(でも、ハーレイは来なくって…)
 本の続きを読もうかな、と考えたものの、今日は時間がたっぷりとある。
 急がなくても構わないや、と白いシャングリラの写真集を見たりしてから、夕食だった。
(晩御飯が済んで、部屋に帰ろうとしてた所で…)
 通信機が鳴り出して、表示されていたのは、友人の家の番号だったらしい。
 「はい」と通信に出た母が、「ブルー、お友達からよ」と呼びに来た。
(学校で会ったのに、何なんだろう、って…)
 首を傾げて通信機の前に立った時から、忙しくなった。
 通信機の向こうから聞こえた、友人の最初の言葉はこうだった。
「悪い、国語の宿題、何だったっけ?」
 国語の授業は明日の一時間目で、前の授業は昨日だったのに。


 友人が言うには、「学校に教科書とノートを忘れて来た」らしい。
(…宿題、プリントを貰ったわけじゃなくって…)
 授業の終わり際に、先生が「宿題を出しますから、問題をメモして帰りなさい」と宣言した。
 「ごく簡単な問題が三つ、答えはレポート用紙に書いて提出してするように」とも。
(…その問題を書いたノートを、忘れたんじゃね…)
 仕方ないよ、と同情しながら「ちょっと待ってて」と部屋に急いだ。
 問題を書いたノートを持って戻って、友人に伝える。
 「いい? 一問目は、こう。二問目がこうで、三問目がこうだったよ」と、順に読み上げて。
 友人は「悪いな、急に」とメモしていたけれど、三問目まで聞いて「ええ…」という声。
「どうかしたの?」
 ただ感想を書くだけだよ、と声を掛けたら、返って来たのは…。
「…あの話、読んでいなかった…」
「…嘘…」
 教科書にしか載っていない話だったんじゃ…、とブルーも絶句してしまった。
 ごくごく短い話なのだけれど、教科書のための書き下ろしだと聞く。
 本の形で出てはいなくて、データベースにも入っていない。
 友人が頑張って調べたとしても、「誰かが勝手に載せた」話が見付かるかは謎。
(だけど、探して貰うしか…)
 読まないと感想は書けないものね、と気の毒に思いかけたら、友人は深い溜息をついた。
「どうしよう…。誰かが載せてくれてたとしても、調べられないんだ…」
「なんで?」
「端末、昨日、壊しちまって…」
 修理から戻って来るのは、明日の夕方になるらしい。
「親のを借りればいいんだろうけど、お前に通信を入れていたのが…」
 バレちまってるから、宿題のことだとバレるよな、と友人の声は萎れていた。
 「借りるの、多分、無理だと思うぜ…」と。


 宿題の一問目と二問目までは、教科書を忘れて帰っていても書ける内容。
 けれど、三問目だけは、そうはいかない。
(一度だけでも、読んでいたなら…)
 少し中身がズレていたって、先生は気付かないだろう。
 感想などは人の数だけあるものなのだし、「この子の考えだと、こうらしいな」で済む。
 大間違いをやっていたとしても、「読解力が足りないらしい」と思われるだけ。
(…だけど、全然、読んでないんじゃ…)
 下の学校の一年生の作文みたいになっちゃうよ、とブルーにも分かる。
 「とても楽しいお話でした」とだけ書いてあるような、感想文。
 通信機の向こうの友人にだって、「マズイ状況」なことは分かっているから、何度も溜息。
(…諦めるしかないものね…)
 宿題を忘れた生徒は、後日に提出になって、オマケの課題も出されてしまう。
 とはいえ、そうなるしかない運命なのが友人だった。
(…可哀相だけど…)
 ぼくじゃどうにもしてあげられない、と無力さを思う間に、友人が「そうだ!」と叫んだ。
「あの話、短かったよな?」
「うん。読む気があったら、読めた筈だよ」
「教科書を読む趣味、無くってさ…。悪いけど、読んでくれないか?」
 それを聞いたら感想だって書けるしな、という素晴らしいアイデア。
「…そうだね、教科書、部屋から持って来るよ!」
 宿題が出来ればいいんだし、と教科書を取りに出掛けて、それから朗読。
 「聞いているだけ」の友人の頭に入るようにと、ゆっくりにして。
 一文ごとに「次に行っていい?」と確認もして。
 お蔭で友人の宿題は出来て、大いに感謝されたけれども…。


(…朗読だけでは、済まなかったんだよね…)
 友人は「聞いてただけだし、勘違いがあったら困るから」と、感想を書いている間も…。
(待っててくれ、って頼まれちゃって…)
 書き上がった後に、「これでいいかな?」と感想文の読み上げまでした。
 全て終わって「お疲れ様!」と、通信を切れば良かったのに…。
(ついつい、今日の学校の話とか…)
 話し込んでしまって、通信が終わって部屋に戻るなり、母が呼びに来た。
「ブルー、とっくにお風呂の時間よ、まだ入らないの?」
「えっ、そうだっけ?」
「そうよ、通信、長かったでしょう?」
 ちゃんと時計を見ておかないと、と母が指差す壁の時計は、お風呂の時間になっていた。
 しかも普段の「お風呂」だったら、そろそろ上がって来そうな頃合い。
(…気付かなかった、って大慌てで…)
 パジャマなどを抱えて階段を下りて、お風呂の中でも大急ぎ。
(のんびり浸かっていたら、遅くなるから…)
 このくらいかな、と切り上げて部屋に帰った後が、「今」という時間。
 読もうと思っていた本は読めなくて、後は寝るしかないだけになる。
(…忙しすぎ…)
 いつもだったら、もっとゆっくり出来るのに、と嘆くけれども、後悔は無い。
 友人のピンチを助けられたし、お喋りの時間も楽しかった。
 「教科書の話を朗読した」のも、滅多に出来ない経験だったと言えるだろう。
(ハーレイに話したら、大笑いしそう!)
 その時のハーレイの顔が、目に浮かぶよう。
 「おいおいおい…。その朗読をさせた間抜けは、どいつなんだ?」と尋ねるのも。
(…ハーレイの授業でも、よく失敗してるし…)
 ハーレイは「あいつだったら、ありそうだよな」と笑い転げるかもしれない。
 そういったことを考えるだけでも、愉快ではある。


 だけど…、と「忙しかった結果」の方は、少し悲しい。
 読めていた筈の「本の続き」は読めなかったし、栞の場所も動かないまま。
(…残念だよね…)
 ホントに残念、と溜息をついて、ハタと気付いた。
 いつか、ハーレイと暮らし始めた後にも、こういった時が来るかもしれない。
(ハーレイが何かしていて、手が足りなくて…)
 「ちょっと手を貸してくれないか?」と頼んで来たなら、どうするだろう。
 本を読んでいる最中だとか、お風呂に入ろうとしていた時とか、ブルーとしては大切な時間。
(もしも、ハーレイに手を貸しに行ったら…)
 今日の友人で「そうなった」みたいに、忙しくなって、予定はパアになりそうだけれど…。
(…ハーレイのお手伝いが出来るんだしね…)
 忙しくっても構わないや、と頬が緩んだ。
 「ハーレイのために割いた時間」で、自分の時間を削ってしまっても、気にはならない。
 どちらかと言えば嬉しいくらいで、今日と同じで後悔はしない。
(あそこで時間を持って行かれちゃった、と思ったって…)
 残念な気分になったとしたって、少しだけだよ、と自信が溢れる。
 「そんなの、後で取り返せるしね」と、「ハーレイのお手伝い」が最優先。
(…ハーレイだって、さっきの友達みたいに…)
 喜んでくれる筈だし、手伝いの後に話し込むのも、きっと楽しい。
 後で、どんなに忙しくっても。
 「こんな筈じゃあ…」と、溜息をついて、失くした時間を数え直したとしても…。



            忙しくっても・了



※宿題が出来ない友人のために、教科書を朗読したブルー君。手伝って忙しかった日。
 けれど後悔は無くて、将来、ハーレイ先生と暮らし始めた後には、ハーレイ先生が最優先v






拍手[0回]

PR
COMMENT
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
 管理人のみ閲覧
 
Copyright ©  -- つれづれシャングリラ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]