(んーと…)
宇宙はうんと広いんだけど、と考えたブルー。
お風呂上がりに、パジャマ姿でベッドにチョコンと腰掛けて。
(恋人同士の人は沢山いるよね)
この地球はもちろん、他の星にだって。
自分が住んでいる地域だけでも、もう山ほどの恋人同士。
(パパとママだって…)
恋人同士だからこそ、結婚して一緒に住んでいて。
今の自分が生まれて来たわけで、今の自分は愛の結晶そのものだけれど。
その愛がちょっぴり気にかかる。
愛も、それに恋も。
ふと考えた、ハーレイとの恋。
今はまだ両親にすらも明かせない恋で、学校では教師と教え子の仲で。
恋人同士なことは知られていなくて、そこまでは前と同じだけれど。
前の自分がしていた恋と、全く同じで秘密だけれど。
今度は結婚出来るのだった、と思うと胸が温かくなる。
いつか自分が大きくなったら、ハーレイとの恋を隠さなくてもよくなったなら。
結婚式を挙げて、ハーレイと暮らす。
前の自分たちのようにはならない、誰にも秘密のままで終わってしまった恋のようには。
いつも、いつも、そう思うけれど。
今度は幸せになれるのだった、と未来を夢見て胸を大きく膨らませるけれど。
(こういう恋人同士って…)
どのくらいいるというのだろう?
前の生からの恋の続きをしている人たち。
生まれ変わって、前の続きを再び始めた恋人たち。
それが今夜は、気になったから。
(…パパもママも…)
そういう恋人同士ではない、今が初めての恋人同士。
今の自分が生まれ変わりだと知った時に驚いたのだから。
「そんなことが…」と酷く驚いていたし、両親には前世の記憶など無い。
とても仲のいい二人だけれど。
自分という愛の結晶まで生まれて、幸せ一杯の二人だけれど。
広い宇宙を見渡してみても、きっと両親のようなのが普通。
生まれ変わりという言葉はあっても、実例の方が皆無だから。
まるで無いことは無かったとしても、広く知られてはいないから。
(パパとママも、前からの恋人同士かもだけど…)
前世で出会って、恋して、そして結婚をして。
子供も生まれていたかもしれない、二人の間に。
幸せに暮らした恋人同士で、また出会ったのかもしれないけれど。
この宇宙にいる恋人たちの多くは、実はそうなのかもしれないけれど。
そうだとしたって、恋人同士の絆は切れずに繰り返すものだとしたって。
(…忘れちゃったら…)
前の生では何処で出会って、どういう風に恋が始まって。
恋が実って、どんな満ち足りた生を生きたのか。
どう幸せに過ごしていたのか、忘れたのでは悲しすぎる。
今がどんなに幸せだって。
前よりも幸せな生にしたって、前を忘れてしまったのなら。
けれど、どうやらそれが普通のようだから。
両親もそうだし、自分が知っている恋人同士も、それ以外の恋人同士の人も。
前の生での記憶などは無くて、今の分だけ。
愛も恋も今の生の分だけ、前の生から引き継いだ想いは無いのが普通。
それを思うと…。
幸せだと思う、今の自分は。
前の生から愛し続けたハーレイに会えた、奇跡のように。
メギドに向かって飛んだ時には、これが別れだと思っていたのに。
次に会う時には互いの命はとうに無くなって、まだ見ぬ何処か。
そこで再び会えるならいいと、そこで会おうと心で別れを告げたのに。
(でも、ぼくは…)
最後まで持っていたいと願った温もりを失くした、右の手から。
ハーレイの温もりを失くしてしまった、銃で撃たれた痛みのあまりに。
右の手は冷たく凍えてしまって、失くしてしまったハーレイとの絆。
もう会えないのだと泣きじゃくりながら死んだ、独りぼっちになってしまったと。
ハーレイには二度と会えはしないと、自分は独りきりなのだと。
そうして終わった筈なのに。
悲しみの中で全ては終わって、独りぼっちで放り出された筈なのに。
気付けばハーレイとまた出会っていた、地球の上で。
前の自分が焦がれ続けた、青い星の上で。
聖痕が運んで来た奇跡。
気絶するほどの激しい痛みに襲われたけれど、それが記憶を戻してくれた。
前の自分は誰だったのかを。
目の前にいる人が、抱き起こしてくれた人が自分の何だったのかを。
一瞬の内に全てが分かった、恋人の所に戻れたのだと。
前の生で愛した恋人の腕が、自分を抱えてくれているのだと。
それが自分の恋の始まり、今のハーレイとの恋の始まり。
前の自分がもう会えないと泣きながら死んだ、悲しすぎた恋の続きの恋。
続きなのだから、始まりと呼んでいいのかどうかは分からないけれど。
遠く過ぎ去った時の彼方で、右手と一緒に凍えた恋。
前の自分の恋を覆ってしまった氷が、時が来て溶けて消えただけかもしれないけれど。
春になったら、雪の下から顔を覗かせた花たちが咲くように。
そういった風に氷の季節が、雪の季節が去っただけかもしれないけれど。
また始まったハーレイとの恋、前の自分が失くした筈の恋と恋人。
キスは駄目だと叱られるけれど、愛を交わすことも出来ないけれど。
それが悲しくてたまらないけれど、恋人は戻って来てくれた。
前の自分は、その恋人がくれた温もりを失くしたのに。
もう会えないのだと、泣きじゃくりながら悲しみの中で死んでいったのに…。
思いがけなく取り戻した恋、前の自分が失くした恋の続き。
死んで終わりの筈だった恋は消えずに恋の続きがあった。
青い地球の上で、奇跡のように。
誰よりも愛した人と再び会うことが出来た、もう一度生きて巡り会えた。
命は失くした筈なのに。
前の自分は死んでしまって、それで終わりの筈だったのに。
そんな悲しい最期でなくても、前の生の記憶は無いのが普通。
当たり前のように今の生だけを生きるのが普通。
自分もハーレイと巡り会うまではそうだった。
前の自分が誰かも知らずに、恋人がいたことも忘れてしまって。
同じ町で十四年間も暮らしていたのに、思い出しもせずに、忘れたままで。
けれども、今では戻った記憶。
前の自分の頃の恋から、ずっと続いている記憶。
メギドへ飛ぶ前の別れのことも、泣きじゃくりながら死んだ記憶も。
前の自分が持っていた記憶はそこで終わって、今に繋がる。
失くした筈のハーレイの腕に抱き起こされる所へと。
それから再び恋が始まる、今のハーレイとの恋が。
前の自分が死の瞬間まで愛し続けた、大切な恋人。
もう会えないと思ったから泣いた、独りぼっちだと泣きじゃくった。
それなのに会えて、今度はいつか結婚出来る。
自分が大きくなったなら。
結婚出来る年に育ったならば。
前の自分だった頃から愛した人と。
誰よりも愛して、愛し続けた大切な人と。
(ずっと、ずっと、好き…)
前のぼくの頃からずっと大好き、と心で何度も繰り返す。
ハーレイが好き、と。
長い長い時を愛し続けて、これからもずっと愛してゆける。
前の自分の記憶があるから、前の恋を忘れていないから。
もうそれだけでも充分に奇跡だと思うから。
普通は前世の記憶などは無くて、どんなに愛した人のことでも忘れてしまうようだから。
(ぼくって、幸せ…)
ハーレイと二人、生まれ変われて、二人とも覚えているのだから。
愛し合ったことを、恋人同士だった記憶を、二人とも失くしていないのだから。
前の自分は泣きじゃくりながら死んだのに。
もうハーレイには会えないのだと、死よりも辛い悲しみの中で。
それなのに、巡り会えたから。
またハーレイとの恋が始まって、今度は結婚出来るのだから。
(ずっと大好き…)
ハーレイのことが、と夢見るように唱え続ける。
ずっとずっと好きで、ずっと大好き。
前のぼくの時からずっと大好きで、これからもずっと大好きだよ、と…。
ずっと大好き・了
※ハーレイ先生と出会って再び始まった恋。ブルー君にとっては奇跡なのです。
まさか続きがあったなんて、という奇跡の恋。ずっと大好きでいられるのが幸せv
(世の中、恋人同士ってのは山ほどいるが…)
広い宇宙に沢山いるわけだが、と考えてしまった夕食の後。
書斎で熱いコーヒーが入ったマグカップを傾けながら、小さなブルーを思い浮かべて。
今の学校に赴任するまで、会ったことも無かった小さなブルー。
存在すらも知らずに生きて来た。
同じ町にいたのに、十四年間も同じ町で過ごしていたというのに。
けれども出会った、五月の三日に。
初めて足を踏み入れた教室、其処でブルーが待っていた。
正確に言えば、ブルーの方でも待っていたわけではないけれど。
授業の始まりを待っていただけで、教師が来るのを待っていただけ。
年度始めに少し遅れて転任して来た、新しい古典の教師の登場を。
ところが、それが自分だったから。
ブルーもブルーだったから。
長い長い時を飛び越えてまた巡り会った、恋人同士だったから。
その瞬間から始まった恋。
互いに一目でそうだと分かった、恋の相手だと。
生まれてくる前から恋人だったと。
そうして再び、始まった恋。
前の生でいつか行きたいと焦がれた青い地球の上で。
奇跡のように生まれ変わってまた巡り会えた、運命の相手に。
(俺はあいつをずっと愛して…)
前のブルーであった頃から、ずっと愛して、愛し続けて。
失くしてしまっても愛していた。
ブルーだけを。
メギドへ飛んで行ってしまって、自分の前から消えてしまった恋人を。
いつかブルーの許へゆこうと、ただそれだけを思って生きた。
死の星だった地球へ辿り着くまで、ブルーの許へと旅立つ日だけを思い描いて。
その時が来たら自由になれると、ブルーに巡り会えるのだと。
今は駄目でも、地球に着いたら、キャプテンの務めを終えたならば、と。
そう、死の瞬間までブルーを想い続けていた。
地球の地の底で崩れ落ちて来た天井と瓦礫、その下敷きになる瞬間まで。
まるで夢見るように思った、これで逝けると。
ブルーの所へ旅立てるのだと、やっとブルーを追ってゆけると。
いつ終わるのかと一人歩んだ、孤独な道はもう終わりだと。
其処で途切れた自分の意識。
それよりも後の記憶は無くて。
気付けばブルーとまた出会っていた、この地球の上で。
前の自分が別れた時よりずっと幼くなったブルーと。
まだ十四歳にしかならないブルーと、何の前触れもなく巡り会った。
足を踏み入れた教室で。
まさかブルーがいるとは思わず、ブルーの存在さえも知らずに。
恋人がいるとも思いもせずに。
(なにしろ、いきなり出会ったからなあ…)
ブルーの姿を認めた瞬間、そのブルーの右目から溢れ出した赤。
それが血なのだと気付いた時には、小さなブルーはもう血まみれで。
てっきり事故だとばかり思った、何か起こったと。
慌てて駆け寄り、倒れたブルーを抱き起こした途端。
前の自分が帰って来た。
ブルーに恋をしていた自分が、前のブルーを愛し続けて逝った自分が。
その瞬間から始まった恋。
前の生の続きの、恋の始まり。
それを始まりと言うのかどうかは分からないけれど。
前のブルーを愛したままで逝った自分の恋の続きで、動き出しただけかもしれないけれど。
遠い遥かな時の彼方で止まってしまっていた恋が。
時が来るまで眠り続けた種子が目覚めて、芽吹いたのかもしれないけれど。
そんなこんなで、出会ったブルー。
また巡り会って、小さなブルーに恋をしている。
まだ十四歳にしかならないブルーに、幼くなってしまったブルーに。
(それでも、あいつは俺のブルーだ)
どんなに小さくて、幼くても。
幼すぎてキスも出来ないけれども、それでもブルー。
前の生から愛し続けた愛おしい人で、大事な恋人。
今でも変わらないままに。
前の自分が愛したとおりに、今もブルーを愛している。
愛の形は少し違うけれど、前と同じにとはゆかないけれど。
キスは出来なくて、愛を交わすことも出来なくて。
小さなブルーはそれが不満で膨れるけれども、そうしないことが愛だから。
幼いブルーが前と同じに育つ時まで、見守ることもまた愛なのだから。
そう、変わらずに愛している。
前の生から、前の生が終わった瞬間の続きに、今もブルーを。
ずっと愛して、愛し続けて、今もブルーだけを。
(こんな恋が幾つあるやらなあ…)
宇宙はとても広いけれども、カップルも沢山いるけれど。
恋人同士の人間の数はそれこそ星の数ほど、まるで見当もつかないけれど。
その中にどれほどいるだろう?
自分たちのような恋をしている人が。
前の生からの恋の続きで、今も変わらず愛し続けている恋人を持っている人間が。
(多分、俺たちくらいなもんだな)
そんな気がする、他にはいないと。
これは奇跡だと、神が起こした奇跡なのだと。
小さなブルーが持っていた聖痕、それと同じに。
きっと何処にもありはしなくて、前の生の続きの恋をしているのは自分たちだけだと。
もしかしたら、いるかもしれないけれど。
広い宇宙に一組くらいは、あるいは二組、三組くらいは。
けれども、多分、他にはいない。
そういう気がする、自分たちの奇跡のような恋。
なんと幸せなことだろう。
ずっと愛して、愛し続けて、今もブルーを愛している。
これからもずっと愛してゆく。
ブルーが育てば愛の形も変わるけれども、ブルーへの愛は変わらない。
前と同じに愛し続けて、これからもずっと。
命ある限り、命尽きても、きっとその先も愛し続ける。
ブルーはブルーなのだから。
前の生から愛し続けた、大切な恋人なのだから。
今の生にしても、運命の恋。
出会った途端に始まった恋で、それを言葉で表すのなら…。
(…一目惚れだってな)
それもお互い、一目惚れ。
自分はブルーに恋をしたのだし、ブルーの方でも恋をしてくれた。
互いに一目で恋に落ちたとは、もうそれだけでドラマのようで。
おまけにそれが前の生の続きに始まった恋で、生まれる前からの愛の続きで。
あまりにも劇的すぎる恋。
前の自分ですら、想像もしなかったブルーとの恋。
失くしたブルーを追ってゆこうと思った頃には。
これでブルーの許にゆけると、笑みすら浮かべて死んだ時には。
誰が続くと思うだろう?
互いに失くした命が続くと。
また命を得て、恋の続きが始まるだなどと。
思いもしなかった恋の始まり、命の続き。
ブルーはこれから大きく育って、恋も愛もまだまだこれからのことで。
今でも充分、恋人だけれど、もっと深く愛して、愛し合えるようになって…。
(うん、何もかもこれからなんだ)
まだ始まったばかりの恋。
それを始まりと言うのかは謎で、続きなのかもしれないけれど。
前の生からの恋の続きで、再び芽吹いた恋の種かもしれないけれど。
(俺はあいつを愛してるってな)
ずっと前から、今の自分が生まれる前から。
前の自分が愛したとおりに、再び巡り会えたブルーを今の自分も愛している。
愛の形はまだ違うけれど、幼いブルーに相応しい形で愛するけれど。
それでもブルーが愛おしいから、ブルーだけしか見えないから。
この先も、ずっと愛してゆく。
命尽きるまで、その先も、ずっと。
ずっと愛してる、と呟かずにはいられない。
今も、この先も、前の生からも。
俺にはお前一人だけだと、俺の恋人はお前だけだと、小さなブルーに。
此処にブルーはいないけれども、それでも呟く。
お前だけだと、ずっとお前一人を愛して、いつまでも愛し続けるからと…。
ずっと愛してる・了
※ハーレイ先生とブルー君の恋。生まれ変わる前から続いているというのが奇跡そのもの。
きっとこの先も、ずっと続く恋。ハーレイ先生の愛も、ずっと続いてゆくのですv
(んーと…)
失くしちゃった、と小さなブルーがついた溜息。
ハーレイの温もりが無くなっちゃった、と。
右手に持っていた筈のハーレイの温もり、今日も温めて貰った右手。
「今は夏だぞ?」とハーレイは苦笑していたけれど。
外は暑いと、窓を開ければ右手も温まる筈なんだが、と。
そう言いはしても、笑いはしても。
ハーレイはけして断りはしない、駄目だと拒絶したりはしない。
キスは駄目だと言われるけれども、右手を温めることは。
前の生の終わりにメギドで凍えた、悲しい記憶が残る右手を温めることは。
どんなに外が暖かい日でも、半袖で過ごす今の季節でも。
夏の日射しが照り付ける日でも、温めて貰える小さな右手。
今日も温めて貰ったのに。
「温めてよ」と差し出した右手を、両手で包んで貰ったのに。
その温もりを失くしてしまった、ウッカリしていて。
キースに撃たれたせいではなくて、自分の不注意、自分のミス。
撃たれた痛みで失くしたのなら、それは仕方がないけれど。
自分のせいではないのだけれども、今日は自分のせいで失くした。
自分でも気付かない内に。
まるで気付いていない間に、右手から消えてしまった温もり。
ハーレイが「またな」と帰って行った時には、持っていたと思う。
見送りながら振った右手に、ハーレイの温もりはあったと思う。
別れるのは少し寂しいけれども、また会えるから。
また来てくれると分かっているから、幸せな気持ちで手を振った。
「またね」と、明日もきっと来てねと。
夏休みだから、明日も会えるから。
ハーレイの姿が見えなくなった後、戻った部屋でも温もりはあった。
そんな自覚は無かったけれども、幸せな気持ちは残っていたから。
ハーレイと過ごせて幸せだったと、いい日だったと。
明日もきっとと、頬が緩んでいたのだから。
ハーレイに会って、話をして。
膝の上で甘えて、胸にピッタリくっついたりも…、と。
持っていた筈のハーレイの温もり、温めて貰った右手の温もり。
何処で失くしたのか、いつ消えたのか。
あんなに幸せだったのに。
幸せな気分に満たされたままで、あの後もずっと過ごしていたのに。
こうしてベッドに入る前まで、眠りに就こうとする前まで。
ベッドにもぐって身体を丸めて、無意識に右手を握る前まで。
(無くなっちゃった…)
右手にあった筈の温もり。
ハーレイに貰った筈の温もり。
右手はちゃんと温かいけれど、冷たいわけではないけれど。
それは自分の体温のせいで、ハーレイに貰ったものではなくて。
いったい何処で失くしたのだろう、何処へ落として来たのだろう?
キースに撃たれてはいないのに。
撃たれた痛みもありはしないのに。
それなのに消えてしまった温もり。
ハーレイに貰った大事な温もり、分けて貰った優しい温もり。
失くした理由は自分の不注意、何処かでウッカリ失くしたのだから。
いつとも、何処とも思い出せない理由で消えてしまったのだから。
(…何処で失くしたの?)
右手は変わらず温かいけれど、けして冷たくはないのだけれど。
ハーレイの温もりを失くしたことが悲しいから。
あんなに大切なものを何故失くしたのか、どうしてなのかと胸が痛むから。
何処で失くしたのか思い出そうと記憶を辿った、ベッドに入るまでの。
ハーレイと別れて見送った後に、自分が何をしたのかを。
二階の部屋に戻った時には、確かに右手にあったと思う。
胸は幸せで一杯だったし、明日も会えると心を躍らせていたのだから。
今は寂しくても、また会えるからと。
そんな時に右手の温もりが消えたら、きっと分かるし、覚えている。
あそこで失くしたと、温もりが消えてしまったと。
だから部屋では失くしてはいない、あの時には。
その後は本を読んでいたから、そこでも失くしていない筈。
右手を何度も握ったりしたし、それは温もりを無意識に確かめる仕草。
右の手が凍えて冷たくはないと、今の自分は幸せなのだと。
あの時に温もりを失くしていたなら、気付いていない筈がない。
(それから、ママが…)
お風呂に入るようにと呼ばれた、返事して下りていった階段。
バスルームに入って、バスタブに浸かって…。
のんびり過ごしたバスタイム。
其処でも失くしていそうにはない、お風呂は温かいのだから。
温かなお湯に浸かっていたなら、温もりは逃げはしないのだから。
(でも、お風呂…)
熱いお湯に紛れて消えただろうか?
ハーレイの温もりよりも温かなお湯が、熱かったお湯が奪ったろうか?
体温の分だけの温もりを。
お湯よりも温度が低い温もりを、溶かして奪ってしまったろうか?
温かいお湯に浸かっていたから、自分では気付かなかっただけで。
知らない間に温もりは薄れて、熱いお湯の中に溶けてしまったろうか…?
そうかもしれない、温もりが熱さに溶けてしまって。
お風呂で落として来たかもしれない、そうと知らずに。
自分でも全く気付かない内に、心地良いお風呂に溶かしてしまって。
ハーレイの温もりを落っことしたことも、失くしたことにも気付かないままで。
とても間抜けな話だけれども、お風呂で失くしてしまったろうか。
ハーレイに貰った温もりを。
前の自分が最後まで持っていたいと望んだ、あの温もりを。
(…お風呂に落として来ちゃったなんて…)
気持ちよく浸かって失くしたなんて、と情けないけれど。
なんと自分は馬鹿なのだろうかと、ウッカリ者だと嘆いたけれども、消えた温もり。
右の手にハーレイの温もりは無くて、ただポカポカと温かいだけ。
部屋に冷房が入っていたって、凍えもしないで。
もう充分に温かな右手、メギドの悲しい記憶には繋がらないけれど。
冷たくないからメギドの悪夢も、多分、来ないだろうけれど。
温もりを落としたことが悔しい、ハーレイの優しい温もりを。
知らない間に失くしたなんて、と本当に悔しくて情けなくて。
(お風呂で失くすって、ホントに馬鹿だよ…)
いくら気持ち良く浸かっていたって、ハーレイの温もりは特別なのに。
お風呂のお湯とはまるで違って、熱すぎることものぼせることも…、と思っていて。
(…お風呂の後…!)
それだ、と気付いた、お風呂の後。
お風呂にのんびり浸かった後で、熱すぎたかな、と思ったから。
こんな時には水分補給、と出掛けたキッチン、冷蔵庫から出した冷たい水。
それをコップにたっぷり注いで、一気に飲まずにゆっくりと喉へ。
冷たい水を一息に飲んだら身体に悪いし、時間をかけて。
コップを持った手から伝わる冷たさ、その心地良さを楽しみながら。
頬を冷やしたり、額だったりと、冷たいコップで肌に触れていた。
とても気持ちいいと、ひんやりして気分がシャキッとすると。
あの時、コップを持っていた右手。
冷たい水を満たしたコップを、頬に、額に当てていた右手。
(それじゃ失くすよ…)
どんな温もりでも、冷蔵庫から出した水で冷やしてしまったら。
それが心地良いと冷やしていたなら、冷たさを肌で楽しんだなら。
(ぼくって馬鹿だ…)
お風呂のお湯に溶かしたどころか、冷たい水で冷やした温もり。
ハーレイに貰った大事な温もり、温めて貰った右手の温もり。
それをコップで冷やして失くした、冷たい水を満たしたコップで。
キースに撃たれて失くしたのなら仕方ないけれど、自分で冷やした。
気持ちいいからと、お風呂上がりに。
どんな温もりでも消してしまうだろう、冷たい水を入れたコップで。
それでは残っている筈もない。
寝る前に大切に抱こうとしたって、ハーレイの温もりがある筈もなくて。
(…冷やしちゃうだなんて…)
次は失敗しないんだから、と心に誓った、もう失くさないと。
ウッカリ失くしてしまいはしないと、持っておこうと手を握るけれど。
失くしてもきっと、ハーレイはまた温もりをくれるから。
何度も何度も分けて貰えるから、今度の自分は失くしはしない。
前の自分が失くしてしまった、あの大切な温もりを。
ウッカリ失くしても、また何度でも貰えるから。
今度は失くさない、失くしはしない。
失くしてもきっと貰えるから。
「今日は暑いぞ?」と笑われはしても、また温もりを貰えるから…。
今度は失くさない・了
※ハーレイ先生に貰った温もり、落っことしたらしいブルー君。
何度失くしても、今度は何度でも貰えるのです。貰えるんなら、失くしませんよねv
「おっと…!」
落ちる、と掴んだドレッシングのボトル。
夕食にしようと着いたテーブル、ふとしたはずみに手が当たった。
もうその時点で分かっているから、伸ばした利き手で掴んだボトル。
(よし、と…)
落ちなかったな、とテーブルの上に戻すついでに、軽く振る。
中身は揺れてしまったのだし、振ればそのまま使えるからな、と。
使う前に振るタイプのドレッシングだから。
でないと中身が分かれてしまって、せっかくの風味が損なわれるから。
これでよし、とドレッシングを野菜サラダにたっぷりとかけた。
アスパラガスにキュウリ、トマトなどなど、新鮮な野菜。
ざっくりと切って盛り合わせただけ、味の決め手はドレッシングで。
今日はこういう気分なんだ、とドレッシングのボトルを眺める。
凝ったサラダも好きだけれども、美味い野菜はそのままもいい、と。
流石に何も味付け無しとはいかないけれど。
手作りにしても、買ったものにしても、ドレッシングは要るのだけれど。
でなければ、オリーブオイルとか。
(オリーブオイルだけでも、美味いんだが…)
それと塩でもいけるんだが、と思うけれども、今日の気分はドレッシング。
好みで揃えてある市販品の一つ、よく使うからボトルも大きめ。
一人暮らしにしては大きいボトル。
朝食に野菜サラダは欠かさないから、そのせいも多分あるだろう。
小さいボトルを買ってみたこともあったけれども…。
(アッと言う間に無くなるんだ、これが)
そして買いにゆく羽目になる。
気に入りのドレッシングが使いたい時に無いとなったら、ガッカリだから。
そうならないようボトルは大きめ、一人暮らしでも。
大きすぎないかと思うくらいで丁度いい。
俺にはこいつが似合いなんだ、と眺めたボトル。
デカいけれども、これでないと、と。
(落っこちていたら、さぞいい音がしたんだろうが…)
割れはしなくても、床でゴトンと。
屈み込んで拾い上げるのは別にかまわないけれど、落とすよりかは防ぐ方がいい。
気付いた瞬間、パッと掴むのも大切だから。
そこで反応出来ないようでは、とても武道など出来ないから。
(腕はなまっちゃいないってな)
こういった時の反射神経、それも研ぎ澄ませておかなければ。
でないと読めない、対戦相手の動きなど。
先回りをして技をかけられない、相手の技もかわせない。
たかがドレッシングのボトルであっても、あそこで落としてしまっていたなら…。
(少し身体を鍛え直さんとな?)
なまった身体を鍛えてやらねば、だらけてしまった駄目な身体を。
以前だったら落とさずに済んだボトルを落とすほど、なまった身体を。
たかだか、ボトルなのだけど。
ドレッシングのボトルだけれども、馬鹿に出来ない、さっきの出来事。
ウッカリ落としそうになったことやら、それを未然に防いだことやら。
もしも落下を防げなかったら、食事の後は…。
(今後のトレーニングが課題ってヤツだ)
どういう風に鍛えるか。
鍛え直すには柔道でいくか、水泳の方に力を入れるか。
幸い、どちらも今の所は要らないけれど。
身体はなまっていないのだから、現状維持でいいのだけれど。
(こいつを落としちまっていたら、だ…)
大ショックだったな、と掴んでみたボトル。
一人暮らしには大きいサイズのドレッシングが入ったボトル。
小さなブルーの手首より太いかもしれん、と握って太さを確かめてみて。
デカいボトルだと改めて思って、テーブルに戻して。
(あいつの手首なあ…)
細くなったな、とサラダを頬張りながら小さなブルーを思い浮かべた。
十四歳の子供の細っこい腕、手首も細い。
「温めてよ」と差し出される手を握る時には、手首は関係無いけれど。
メギドで凍えたという右の手だけを包み込むから、手首を握りはしないけれども。
それでも、手首も何度も握ったことがあるから。
色々な時に握っているから、細さは充分、分かっている。
ドレッシングのボトルより細いかもしれない手首。
細っこくなってしまった手首。
前のブルーも細かったけれど、今よりかは…。
(太かったな、うん)
このくらいか、と前の自分の記憶を辿った。
前のブルーの手首の太さはこのくらい、と利き手の指たちを曲げてみる。
こんなものだと、これくらいだったと。
指を曲げてみて、キュッとその手を握ってみて。
途端に手の中に蘇った感触、さっき掴んだボトルの感触。
落ちないようにと止めたドレッシングのボトル、あの時に感じた重さや感覚。
(そうか、今度は…)
掴めるんだ、と胸を貫いていった衝撃。
それを衝撃と呼ぶかはともかく、雷のように貫かれた。
今度は掴んでかまわないのだと。
あのドレッシングのボトルと同じに、あの手を掴んで止めていいのだと。
(あいつの手首…)
掴めなかった、前の自分は。
掴み損ねてしまうどころか、掴むことさえ許されなかった。
ブルーがメギドへ飛び立つ前に。
行ってしまうと、もう戻らないと分かっていたのに、掴めなかった手首。
「行くな」と、「俺を置いて行くな」と。
掴もうと思えば、掴める所にブルーはいたのに。
前のブルーは隣にいたのに。
前の自分が望みさえすれば、そうしようと思いさえすれば。
きっと掴めていた筈の手首、前のブルーの細かった手首。
それを自分は掴み損ねた、掴める立場にいなかったから。
前のブルーとの恋は秘密で、あの時ブルーを止めるなど無理で。
キャプテンとしての立場が自分を縛った、前の自分を縛ってしまった。
心のままには動くことが出来ず、ブルーの手首は掴めなかった。
そしてブルーは行ってしまった、たった一人で。
二度と戻れないメギドへ、一人で。
掴み損ねてしまった手首。
このくらいだった、と手を握ってみて。
前のブルーの手首はこうだと、このくらいだと確かめてみて。
それからドレッシングのボトルを握った、掴んでみた。
(こんな風にだ…)
さっき咄嗟に握ったボトル。
落としてなるか、と反射的に掴んでいたボトル。
それと同じに前のブルーの手首を掴めていたなら、全ては変わっていただろう。
前の自分はブルーを失くさなかっただろう。
あの時、出来はしなかったけれど。
許される筈もなかったけれど。
(だが、今度は…)
掴んで止めてもかまわない。
誰も自分を咎めはしない。
ブルーも掴んだ自分の手から抜け出して飛んだりはしない、今の生では。
メギドなどは無くて、瞬間移動も出来ないブルー。
今の時代では、ブルーが何処かへ飛んで行ったりはしないけれども。
自分を残して飛び去ったりはしないけれども…。
今度は止めてもかまわないのだ、と浮かんだ笑み。
ドレッシングのボトルを咄嗟に掴んで止めていたように。
止めようと思えば、止めねばと思えば、望みのままに。
腕が動くままに掴んでもいい、ブルーの手首を。
今はまだ細っこい、子供の手首のブルーだけれど。
(今度の俺は掴めるんだな…)
掴みたい時に、ブルーの手首を。
キュッと握って、握り締めて。
そう思ったら、また握らずにはいられない。
今度は掴めると、掴んでいいのだと、さっきのドレッシングのボトルを。
たかがドレッシングのボトルだけれども、それが自分に教えてくれた。
こう掴んでもいいのだと。
今度の自分はブルーの手首を掴めるのだと…。
今度は掴める・了
※ドレッシングのボトルを掴むみたいに、今度は掴んでもいいブルーの手首。
ハーレイ先生、きっと幸せ一杯です。今度は掴んでいいんですからv
(なんで駄目なの…?)
恋人なのに、とブルーがついた大きな溜息。
ハーレイが帰ってしまった後で。ガランとしてしまった、自分の部屋で。
今日はハーレイと一緒に過ごした、お茶を飲んだり、食事をしたり。
いつものテーブルと椅子で、ハーレイと二人。
あの椅子にハーレイが座っていたのに、と眺めた椅子。
今はもう座る人影も無くて、ポツンと置かれているだけの椅子を。
ハーレイが来たら座っている椅子。
その椅子に腰掛けたハーレイの膝に座るのも好きで、お気に入り。
今日もチョコンと膝の上に座った、そうしてハーレイに微笑み掛けた。
「キスしてもいいよ?」と。
ぼくにキスしてと、ぼくはちっともかまわないから、と。
言葉に出しては言わなかったけれど、瞳にそういう思いをこめた。
ぼくはいいよと、ぼくにキスしてと。
けれども「駄目だ」と返った答え。
おまけに額をピンと弾かれた、「キスは駄目だと言ってるだろうが」と。
「キスしてもいいよ?」と言ったのに。
前の自分がそう言ったならば、その場でキスを貰えたのに。
顎を取られて、上向かされて。
ハーレイの唇がきっと降って来た、前の自分なら。
なのに「駄目だ」と断られた上、額をピンと弾かれた自分。
「キスは駄目だと言ってるだろうが」と睨まれてしまった、鳶色の瞳で。
俺はキスなどする気は無いと、全く無いのだと言わんばかりの表情で。
(キスしていいよ、って言ってるのに…)
今日も駄目だった、キスは貰えなかった。
唇と唇を重ねるキス。恋人同士で交わすキス。
欲張らないから、ほんの少し触れるだけでいいのに。
ハーレイの唇を唇に感じて、その温かさと柔らかさが分かれば充分なのに。
ただ触れるだけのキスでいいから唇に欲しい、恋人同士なのだから。
恋人同士のキスは唇、それでこそ恋人同士なのに。
分かっているから、強請ってしまう。
ぼくにキスしてと、ぼくの唇にキスをしてと。
恋人同士のキスが欲しいと、「キスしてもいいよ?」と誘ったりもする。
なのに応じてくれないハーレイ、キスの代わりに叱られるだけ。
鳶色の瞳でギロリと睨まれ、「キスは駄目だ」と頭をコツンと小突かれもする。
額を指でピンと弾かれる、俺はキスなどする気は無いと。
こんな子供にキスはしないと、チビのお前にキスはしないと。
前の自分と同じ背丈に育つまでは出来ないらしいキス。
頬と額にしか貰えないキス、ハーレイのキス。
前の自分は幾つも幾つも、何度でもキスを貰えたのに。
強請らなくてもキスを貰えて、触れるだけのキスよりも、もっと深いキス。
熱くて甘かった、ハーレイのキス。
それをそのままくれとは言わない、深いキスまでくれとは言わない。
唇にそっと触れるだけのキス、それだけでもう充分なのに。
そういうキスでも唇へのキス、貰えないよりずっとマシだから。
今よりはずっと幸せな気持ちになれるのだから、触れるだけのキス。
それが欲しいと強請っているのに、「キスしてもいいよ?」と誘うのに。
「駄目だ」と断り続けるハーレイ、ピンと額を弾くハーレイ。
時には頭をコツンとやられる、「キスは駄目だ」と。
チビには早いと、お前にはキスは早すぎるんだと。
(早すぎないよ…)
ぼくはハーレイの恋人なのに、とプウッと頬を膨らませる。
ハーレイの前でそうやったように、膨れっ面になって怒ったように。
キスをくれないなんて酷いと、おまけに額を弾くなんて、と。
(恋人に向かって、あんまりだよ…!)
キスはくれないし、自分をまるで子供扱い。
指で額をピンと弾くなど、どう考えても子供の扱い。
前の自分はそんな目に遭っていないから。頭を小突かれもしていないから。
キスを強請れば直ぐに貰えた、強請らなくてもキスして貰えた。
唇に触れて、それから深く。
そういうキスを何度も交わした、甘い恋人同士のキスを。
自分は思い出したのに。
ハーレイのことも、恋人同士だったことも、何もかも思い出したのに。
そうしてハーレイと再会したのに、今の仕打ちはなんだろう?
キスは貰えなくて、代わりに額をピンとやられて、頭をコツンと小突かれて。
叱られて、睨まれて、それでおしまい。
「キスしていいよ?」と誘ってみたって、キスがしたいと言ったって。
恋人同士なのにキスが貰えない、欲しくてたまらないキスが。
唇へのキスが、ハーレイのキスが。
なんて酷い、と膨れっ面で怒るけれども、いないハーレイ。
とっくに帰ってしまったハーレイ。
キスの代わりに額を弾いて、「キスは駄目だ」と叱ったハーレイ。
その場で膨れてやったけれども、頬っぺたをプウッと膨らませたけれど。
ハーレイは焦って慌てる代わりに、「駄目なものは駄目だ」の一点張りで。
「キスはしてやらん」と冷たい一言、けして詫びては貰えなかった。
すまなかったと言いもしないで、それが当然だといった表情。
キスなどを贈るつもりは無いと。
膨れていようが、怒っていようが、俺はお前にキスなどしないと。
前の生からの恋人同士で、ようやく巡り会えたのに。
再会を遂げて、今度こそ一緒に生きてゆこうと何度も誓い合ったのに。
今日だって幸せな時間を二人で過ごして、幸せな気分だったのに。
「キスしていいよ?」と言った途端に、壊れてしまった甘い雰囲気。
ハーレイの眉間に寄せられた皺、「キスは駄目だ」と咎める目付き。
ついでに額にピンと一撃、褐色の指で弾かれた。
キスは駄目だと、チビには早いと。
けして早すぎはしないのに。
前の生から恋人同士で、長い時を共に生きていたのに。
チビだというだけで断られるキス、「駄目だ」と叱られてしまうキス。
何度プウッと頬を膨らませたか分からない。
プンプン怒って、機嫌を損ねて、ハーレイを睨んでやったのに。
酷いと文句もぶつけているのに、まるで効果が無いハーレイ。
それがどうしたと、たかがチビだと、涼しい顔をしているハーレイ。
こんなチビにはキスは要らないと、膨れっ面になるのがチビの証拠だと。
(そんなこと、ないし…!)
前の自分だって膨れたと思う、こんな酷い目に遭わされたなら。
キスの代わりに額をピンと弾かれたならば、「キスは駄目だ」と言われたならば。
頭をコツンと小突かれても同じ、「ハーレイは酷い」と、きっと膨れた。
何をするのかと、恋人なのに、と。
前の自分だってきっと怒った、膨れっ面になっていた。
ハーレイがそれをやらなかったから、一度も膨れはしなかっただけで。
いつでもキスを貰えていたから、膨れる必要が無かっただけで。
なんとも理不尽な話だけれども、今のハーレイはキスをくれない。
ただ触れるだけのキスもくれない、唇に触れるだけでいいのに。
もっと深くて甘いキスを、と欲張ったりはしていないのに。
唇にキスをして欲しいだけで、「もっと」と強請りはしていないのに。
(なんで駄目なの…?)
いつも、いつだって断られるキス。
「キスは駄目だ」と睨むハーレイ、叱って額を弾くハーレイ。
自分はハーレイの恋人なのに。
ハーレイの所に帰って来たのに、キスを贈ってくれないハーレイ。
だから悔しい、まだ貰えてはいないキス。
(キスしてもいいのに…)
そう思うから、キスをしたいから。
懲りずに強請り続けなくては、「キスは駄目だ」と叱られたって。
きっといつかは、ハーレイもキスを贈りたい気持ちになるだろうから。
唇にきっと、優しいキス。
それを貰えるに違いないから…。
キスが欲しいのに・了
※唇へのキスが欲しいブルー君。恋人なのに酷い、と怒ってますけど…。
膨れっ面は子供ならでは、そうやってプウッと膨れている間は無理そうですねv