(恋人がいるというだけで…)
こうも違うか、と呟いてしまった金曜日の夜。
夕食を終えた後に移った書斎で、熱いコーヒーが入ったカップを手にして。
愛用の大きなマグカップ。
たっぷり入るのが気に入っているし、ゆっくり飲むならこのカップ。
夜の書斎でのんびり過ごすのも好きなのだけれど。
明日は休みだ、という金曜の夜は前から特別だったけれど。
その特別がもっと特別になった、小さなブルーに出会ってから。
前の生から愛し続けた恋人が戻って来てくれてから。
(…正直、忘れていたんだがなあ…)
恋人がいたことも、ブルーのことも。
前の自分が誰だったかさえも、まるですっかり忘れていて。
「キャプテン・ハーレイそっくりだ」と何度言われても、「その通りだな」と思っただけ。
「生まれ変わりか?」と尋ねられても笑っていただけ、「そんな馬鹿な」と。
俺は違うと、似ているだけだと。
他人の空似だと思い続けたキャプテン・ハーレイ。
ところがブルーに出会って分かった、それが自分だと。
前の自分はキャプテン・ハーレイ、そしてブルーは恋人だったと。
思い出したら、恋人が空から降って来た。
心にストンと入り込んで来た、愛しい人が。
自分はブルーが好きだったのだと、恋人なのだと、こみ上げて来た愛おしさ。
今のブルーは小さいけれども、十四歳にしかならない子供だけれど。
それでも立派に自分の恋人、前の生から愛した人で。
明日はブルーに会いにゆく。
用の無い週末は小さなブルーの家に出掛ける、ブルーと一緒に一日を過ごす。
ブルーは幼くてまだ子供だから、キスすらも交わせないけれど。
キスをするなら頬と額だけ、それが限界なのだけど。
それでもブルーは大切な恋人、生まれ変わって再び出会えた愛おしい人。
明日は会えると、共に過ごせると思えば心が浮き立つもので。
生き生きと輝く赤い瞳を早く見たくてたまらない。
ブルーとは学校でも会えるけれども、今日も立ち話をしたけれど。
それでは足りない、教師と生徒の会話だから。
恋人同士の語らいとはまるで違うから。
明日は休みだと、ブルーの家だと心が弾む。
こんな気持ちで翌日を待つのは、いったい何年ぶりだろう?
(あいつに会ってからは、ずっとこうだな…)
金曜日の夜を迎える度に。
明日は休みだという日が来る度に。
遠足を控えた子供さながら、自分でも苦笑してしまう。
これではまるでガキのようだと、楽しみにするにも程があるだろうと。
けれども心は抑えられない、ブルーに会えると躍る心は。
明日はブルーと過ごせるのだと弾む心は、浮き立つ心は。
(恋人がいるだけで違うんだよなあ…)
休日の前の夜の気持ちが。
明日は休みだという日の気持ちが。
楽しみだと思う心の弾み方、それが前とは全く違う。
同じ休日でも、同じ楽しみな休みの日でも。
ブルーに会う前も楽しく過ごした、休日となれば。
朝から軽くジョギングした後、ジムに出掛けて泳いでみたり。
柔道の道場に行って稽古をつけたり、愛車でドライブと洒落込んでみたり。
料理に凝っていた日もあったし、父と釣りにも出掛けたりした。
一日書斎にこもって読書三昧、それもまた良し。
とにかく充実していた休日、小さなブルーに出会う前でも。
何をしようかと計画を立てて楽しみに待って、その日を過ごして。
前の夜からワクワクと待った、明日は休みだと。
羽を伸ばそうと、明日は大いに楽しもうと。
(仕事は仕事で好きなんだがな?)
それでも休日はやっぱり違う。
自分のための自由時間で、どう過ごすのも自分の自由で。
それが最高だと、明日が楽しみだと、金曜の夜は心躍らせていたものなのに。
今ではそれが色褪せて見える、あの楽しかった頃の金曜の夜が。
(本当にまるで違うんだ…)
明日は休みだと弾む心の浮き立ち方が。
子供の頃にワクワクしていた遠足の前の夜と同じくらいに、あるいはもっと。
ブルーに会えるというだけで。
恋人に会いに出掛けられるというだけで。
今からこれでは、この先、いったいどうなるのだろう?
明日はブルーに会えるというだけで、こんなに心が弾むのならば。
会って話せるだけの恋人、抱き締めるのが精一杯で。
キスは額と頬に贈るだけ、そんな幼い無垢な恋人。
けれども、いつかは前と同じに、前のブルーと同じに育って…。
(休みとなったらデートなんだ…)
車でブルーを迎えに出掛けて、ドライブだとか。
食事に行ったり、街を歩いたり、今とは全く違った休日。
そうなれば、もっと…。
金曜の夜は心が弾んで、眠れない日も来るかもしれない。
明日はデートだと、ブルーと二人で出掛けるのだと。
(…ますますもって落ち着かないな)
金曜の夜の、自分の気持ち。
遠足の前の夜の子供以上に、きっとますます弾んでゆく。
恋人がいるというだけで。
前の生から愛し続けた、愛おしい人がいるだけで。
こんな気持ちは、本当に思いもしなかった。
小さなブルーが降って来るまでは、恋人が戻って来るまでは。
(恋人なあ…)
なんと大きい存在だろうか、恋人がいるだけで変わった世界。
色々なことが変わったけれども、金曜の夜の気持ちまで。
すっかり変わって、明日は休みだと躍る心は遠足の前の子供並みで。
(…楽しんでいたつもりだったんだが…)
こうなる前の休日もな、と思うけれども、色褪せた日々。
ジムで泳ぐのも、柔道の指導も、それにドライブも。
どれも敵わない、小さなブルーに会いにゆけるだけの休日に。
キスも出来ない恋人との逢瀬に、どれも太刀打ち出来はしなくて。
(あいつがいるだけで違うんだよなあ…)
小さなブルーがいるだけで違う、恋人がいるというだけで違う。
休日も、休日を心待ちにする金曜の夜も。
きっとこの先も、心浮き立つ金曜の夜が幾つも、幾つも。
恋人がいるだけで変わった金曜、明日は休みだと踊り出す心。
きっとますます弾んでゆく。
ブルーが育てば、大きくなれば。
今はブルーの家にゆくだけで、二人で話すというだけだけれど。
(いつかはデートも出来るしな?)
そう思うだけで、またも心が浮き立つから。
早くその日が来ないものかと騒ぎ出すから。
(…いかん、いかん)
眠れなくなるぞ、とコーヒーを喉に流し込んだ。
コーヒーはいつも飲んでいるから、それで眠れなくはならないから。
弾む心を、躍る心を落ち着けようと、いつもの一杯。
恋人がいるだけで踊り出す心、金曜の夜の弾む心に「落ち着け」と。
俺は遠足に行く前のガキじゃないんだからな、と。
効くかどうかは分からないけれど。
金曜の夜はいつもこうだし、恋人が出来てからは、ずっとこうなのだから…。
恋人がいるだけで・了
※ブルー君と過ごせる前の日の夜のハーレイ先生、ワクワクです。
小さなブルー君でも大事な恋人、恋人無しだった時代にはもう戻れませんねv