(まったく、あいつは…)
ブルーときたら、と書斎でついた大きな溜息。
愛用のマグカップに熱いコーヒーをたっぷりと淹れて、それを飲みながら。
今日もブルーの家まで行って来たけれど、其処でブルーが言った一言。
膝の上にチョコンと腰掛けたままで、赤い瞳で見上げながら。
「キスしてもいいよ?」
それは愛くるしい顔で。十四歳の子供の顔で。
言葉と一緒に上を向いた顔、顎を取ってくれと言わんばかりに。
クイと上向かせてキスをしてくれと、してもかまわないと誘った瞳。
キスは駄目だと言ってあるのに、けして唇にはキスをしないと。
知っているくせに、分かっているくせに。
それでもブルーが強請ってくるキス、恋人同士の唇へのキス。
「キスしてもいいよ?」と誘うように。
自分の心を試すかのように。
その手に乗るか、と咎める目つきで見るけれど。
睨み付けたり、叱ったり。
ブルーの額を指先でピンと弾いてやったり、頭をコツンと小突いたり。
何度も何度も「駄目だ」と言うのに、小さなブルーは諦めない。
もう忘れたかと油断していたら、今日のようにキスを強請ってくる。
「キスしてもいいよ?」と恩着せがましく。
選ぶのはそちらだと言わんばかりに、ぼくの用意は出来ているから、と言うかのように。
諦めの悪い小さな恋人、小さなブルー。
まだ十四歳にしかならない恋人、あまりに幼い小さなブルー。
無垢な心にキスは早いし、キスのその先のことだって。
唇へのキスも駄目だというのに、それよりも先に進めるわけなど無いというのに。
ブルーの夢は「本物の恋人同士になること」、前と同じに結ばれること。
冗談じゃない、と頭を振った。
あんなチビにと、あんな子供にキスが出来るかと。
キスよりも先のこととなったら、もう本当に冗談どころの騒ぎではなくて。
子供相手に出来るどころか、考えることすら許されなくて。
だから家には来るなと言ったし、距離を保とうと心に決めた。
唇へのキスは、いつかブルーが前のブルーと同じ背丈に育つまでは禁止。
それまでは家に来るのも禁止で、二人きりにはなるまいと。
そうやって決めて保っている距離、今ではすっかり慣れたけれども。
前のブルーと今のブルーの区別もしっかりつくけれど。
間違えたって小さなブルーにキスはしないし、その先のことも求めない。
小さなブルーは無垢な子供で、前のブルーとは違うから。
記憶はそっくり同じものでも、心も身体も子供だから。
それに合わせて扱いの方も子供らしくと、キスは駄目だと叱るのに。
チビの間は頬と額だけ、それしか駄目だと言っているのに。
ブルーは懲りない、諦めもしない。
何かのはずみに紡がれる言葉。
「キスしてもいいよ?」と愛らしい声で。
ぼくはいいよと、キスをしようと。
もちろん許してやるわけがないし、キスだってしない。
ピンと額を弾いてやるとか、「こら!」と叱りつけるとか。
そんな結末しか無いというのに、小さなブルーは諦めない。
叱られようが、膝の上から追い払われようが、睨み付けられてしまおうが。
どうせ本気で怒りはしないと、高を括っているブルー。
「ハーレイが怒るわけがないもの」と考えているのがよく分かる。
わざわざ心を読まずとも。
ブルーの心を覗き込まずとも、いつだって顔に出ているから。
「ハーレイはぼくを叱らないよ」と、「怒っても本気じゃないんだから」と。
間違ってはいない、ブルーの読みは。
「キスは駄目だ」と叱るけれども、頭を小突きもするけれど。
額をピンと弾きもするけど、心の底から怒りはしないし、怒ってもいない。
怒る気持ちも起こらない。
小さくてもブルーはブルーだから。
前の生から愛し続けた、誰よりも愛した恋人だから。
それが小さくなったからと言って、心が変わるわけもない。
愛しい気持ちが消えるわけもない、愛おしさが更につのりはしても。
一度失くした恋人なだけに、前よりもずっと愛おしく大切に思いはしても。
そういう気持ちを知っているのか、いないのか。
小さなブルーは諦めもせずに、懲りもしないでキスを求める。
前の自分と同じにキスを。
唇へのキスを、それが欲しいと。
けれども、キスは贈れない。唇へのキスを贈れはしない。
今のブルーが相手では。
十四歳にしかならないブルーは、そういうキスにはまだ早いから。
額と頬へのキスがせいぜい、それが精一杯のキス。
恋人へのキスには違いなくても、親愛のキスと変わらないキス。
小さなブルーが父や母から貰うキスと同じ、まるで変わらない優しいキス。
それがブルーに相応しいキス、今のブルーに似合いのキス。
なのに、諦めてはくれないブルー。
本物のキスがして欲しいブルー。
子供にはそれは似合わないのに、まだ似つかわしくないというのに。
それに相応しい年になったら、姿に育ったら、いくらでも贈ってやるというのに。
(…まったく、あいつは…)
諦めが悪いし、懲りもしないし…、とついた溜息、零れた溜息。
まるで全く分かっていないと、いつになったら分かるのかと。
「キスしてもいいよ?」と言うだけ無駄だと、頭を小突かれるだけのことだと。
額をピンと指で弾かれ、叱られて終わるだけなのだと。
(…チビだからなあ…)
学習って言葉を知らないかもな、とコーヒーを喉に送り込む。
何度言っても懲りないからには、少しも学習していないのだな、と。
途端にクッとこみ上げた笑い。
小さなブルーは懲りないけれども、全く学習しないけれども。
本当の意味での学習の方は、「学校の勉強」という方は。
(あれでもトップなんだよなあ…)
だから学習はしていると思う、学校の勉強といった意味では。
頭がいいから、猛勉強など必要無いとは思うけれども。
苦労しないで好成績を出すのだろうけれど、やはり学習はしているわけで。
そんなブルーに「お前は全く学習しないな」と言おうものなら、膨れるだろう。
「授業はちゃんと聞いているよ!」と。「宿題だってしているでしょ!」と。
(うんうん、学習はしてるんだ…)
ちゃんとしている、とクックッと笑った、小さなブルーが言う学習。
学校の勉強という意味の学習。
そちらはきちんとしているけれども、肝心の学習がサッパリ駄目で。
どんなに「駄目だ」と叱り付けようが、睨み付けようが、強請られるキス。
「キスしてもいいよ?」と誘ってまで。
顎を取ってと、ぼくにキスしてと、言葉にしなくても瞳を向けて。
なんとも困ったことだけど。
本当に困ってしまうのだけれど、学習をしない小さなブルー。
キスは駄目だと、強請るだけ無駄と、覚えてくれない小さなブルー。
(まったく、あいつは…)
困ったものだ、と溜息を零してコーヒーを飲む。
いい加減、覚えてくれないものかと、ブルーが学習してくれないかと。
そうは思っても、愛しいブルー。小さなブルーが愛おしい。
「キスしてもいいよ?」と誘うブルーが、唇へのキスを強請るブルーが。
一度は失くした恋人だから。
奇跡のように戻って来てくれた恋人の今の姿が、小さなブルーなのだから…。
キスは駄目だ・了
※ハーレイ先生に何度叱られても、キスを強請るのがブルー君。
甘く見られているらしいハーレイ先生、ブルー君には甘いから仕方ないですねv
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