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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(降りそうだけど…)
 家に帰るまでに降りそうだけど、と小さなブルーが見上げた空。
 学校の帰りに乗る路線バス。
 それを待つ間、バス停に立って。
 バス停には雨よけの屋根がついているから、濡れる心配などは無い。
 ポツリと来たって、大丈夫。
 鞄の中には折り畳みの傘も入っているし…。


 雨への備えは多分、充分。
 今の所は、降りそうな空を仰いだ限りは。
 きっと本降りにはならないと思う、そういう予報だったから。
 午後から雨だと出ていた予報は、「大雨に注意」では無かったから。
 朝の間はよく晴れていたし、曇り始めたのも午後の授業が始まった後で。
 思った以上に青空が続いた、初夏の日射しが眩しかった日。
 けれども、今は曇り空。
 すっぽりと蓋を被せたみたいに、頭上の空はすっかり灰色。
 明るかった太陽は消えてしまった、雲に覆われて。
 天気予報の通りに雨雲、遠からず雨を降らせる雲。


 雨はいつから降るのだろう?
 バスを待つ間か、乗ってからか。
 それとも家の近くのバス停、其処に着いてバスから降りる頃か。
(家に着くまでは持たないよね?)
 この空模様では、長くは持たない。
 その内にポツリと最初の一粒、あるいは音も立てずにハラリと。
 そんな具合に雨が降ってくる、木々の青葉を潤す雨が。
 次から次へと枝を、葉を伝う雨が降るのか、しっとりと水を含ませる雨か。
 まだどちらとも分からないけれど、もうすぐ雨が落ちてくる。


 サアッとバス停を抜けて行った風、湿り気を帯びて通った風。
 雨の先触れ、何処かではもう降り始めていると知らせる風。
 雲から雨が落ちてくるのはいつだろう?
 灰色の雲から、自分の重みに耐えかねたように。
 あるいは涙のような霧雨、雲の粒がそのまま舞い降りたような。
 どちらが降るのか、そして草木を喜ばせるのか。
 まるで読めない雲だけれども、雨は間違いなくやって来るから。
(ちょっと楽しみ…)
 何処で降るかな、と弾んだ心。雨を待ち焦がれる自分の心。
 じきに降るよと、家に帰るまでに、と。


 普段は雨だと、あまり嬉しくないけれど。
 雨の日よりかは晴れた日が好きで、帰り道から雨というのも嫌だけれども。
 今日は特別、雨が降るのが待ち遠しい。
 ふとしたはずみに、前の自分の記憶が掠めていったから。
 帰り際に友達の一人が漏らした一言、「降りそうだぜ」という平凡な言葉。
 それで気付いた、「地球の雨だ」と。
 前の自分が焦がれ続けた青い星に雨が降るのだと。
 辿り着けずに終わった地球に。
 母なる青い水の星の上に。


 そうだと気付けば、もうたまらなくて。
 地球に降る雨の最初の一粒、それを見たいと心が騒いで。
 まだ降らないかと、降りそうだけど、と遥か上の雲を見上げてしまう。
 あそこから雨が降ってくると。
 青い地球を青く染め上げる水が、それが零れて落ちてくると。
 自分の上にも、自分の周りの地面にも。
 青葉の季節を謳歌する木々にも、今の時期に咲く花の上にも。


(どうせだったら、最初の一粒…)
 それを見てみたい、一番最初に雲を離れて来た水を。
 青い地球の上に落ちて来た水を。
 ポツリと落っこちた音がする前に、霧のような粒に触れてしまう前に。
 本当を言えば、最初の一粒はとっくに落ちた後なのだけれど。
 さっき吹いて来た先触れの風は、其処から吹いて来たのだけれど。


 それでも自分の瞳に映れば、それが最初だと思うから。
 あの雲から地面に零れ落ちて来た、一番最初の雨粒なのだと思えるから。
(まだかな、雨…)
 降りそうだけれど、まだ降らない。
 待っているのに降ってくれない。
 最初の一粒を眺めたければ、このバス停にいる間。
 バスの中だと、窓越しになってしまうから。
 ガラス窓の向こう、最初の一粒の気配を見逃しそうだから。
(此処で駄目なら…)
 バスから降りてからがいい。
 バス停から家まで歩く途中で、きっと出会えるだろうから。
 まだ降らないかと何度も空を仰いで歩けば、雨粒が落ちて来るだろうから。


 降りそうだけど、と待っている内、走って来たいつもの路線バス。
 乗り込む時に心で祈った、「降りませんように」と。
 バスに乗っている間に雨の最初の一粒がポツリと落っこちて来ませんように、と。
(降りそうだけど…)
 でも降らないで、とガラス窓越しに外を眺めて。
 もしも降り始めたら分かるように、と懸命に目を凝らし続けて。
 灰色の雲に「降らせないでよ?」と呼び掛け続けて、着いたバス停。
 降られずに無事に着けたバス停。


 此処で気を抜いては駄目だから。
 降りた途端にポツリと来るかもしれないから。
 それに備えて折り畳み傘をしっかりと持った、最初の一粒を見た後はこれ、と。
 バスの中で手探りで出しておいた傘を。
 鞄の底から引っ張り出しておいた、雨を遮るための道具を。
(最初の一粒は見たいけど…)
 濡れるわけにはいかないから。
 雨でずぶ濡れになってしまったら、弱い身体が風邪を引くから。


 雨の最初の一粒を見よう、と身構えて降りたバス停の地面。
 まだポツリとは降って来なくて、霧雨がハラリと顔にかかりもしなかったから。
 もう大丈夫と、きっと見られると歩き始めた、家までの道を。
 空を仰いで「まだだよね?」と確認しては、一歩前へと。
 「もうすぐかな?」と、一歩前へと。


 そうして歩いてゆく内に。
 「降りそうだけど、まだ降らない…」と心で何度も呟く内に。
(そうだ、紫陽花…!)
 雨を見るならあの花がいい、と真ん丸な花を思い出した。
 無数の花が集まって咲く丸い紫陽花、遠い昔には梅雨の花。
 梅雨と呼ばれた長雨の時期に、日毎に色を変えながら咲いた。
 今では梅雨は無いけれど。
 地球の地形がすっかり変わって、梅雨は無くなってしまったけれど。
 それでも雨が似合う花だと評判なのが紫陽花だから。
 今も人気の紫陽花だから。


(紫陽花…)
 咲いている家に着くまで降らないで、と空に祈って。
 もう少し待ってと、もう少しだけ、と急ぎ足で歩いて、見付けた紫陽花。
 バス停から家まで歩く途中なら、この家が最初の紫陽花の家。
 生垣の向こうに見事な紫陽花、青い手毬や桃色の手毬。
 紫陽花の花が作った手毬。
 色は幾つも、丸く纏まった花の数だけ。
 生垣を越えて道に出ている花もあるから、此処で待つのがいいだろう。
 雨の最初の一粒を。
 青い水の星を染め上げる雨を、最初の粒が降ってくるのを。


 折り畳みの傘を握って、待って。
 曇った空を、今にも雨を降らせそうな空を何度も仰いで。
(降りそうだけど…)
 もうすぐ降ると思うんだけど、と待ち続けていたら。
 紫陽花のある家の脇に佇んで待ち受けていたら。


(あ…!)
 ポツリ、と紫陽花に落ちた雨粒。
 鮮やかな緑の葉の上に、一つ。
(今の、見えた…?)
 自分はきちんと見ていただろうか、雨粒が其処へ落ちてゆくのを。
 緑色の葉が揺れる所を。
(んーと…)
 まるで全く、無い自信。
 見ていたと言い切れない自分。
(もしかして、ぼく、失敗しちゃった…?)
 見逃したろうか、あんなに見たいと願ったのに。
 見ようと思って頑張ったのに。


 ポツリ、と再び落ちた雨粒。
 今度は青い手毬の上に。紫陽花の花の手毬の上に。
(さっきの雨粒…)
 最初の一粒を見逃したかも、と思う気持ちはあるけれど。
 今の雨粒も、落ちて来るのを見ていなかったような気もするけれど。
(でも、紫陽花…)
 雨の粒を纏って微かに揺れる花は綺麗で。
 雨の精が其処にいるかのようで。


(これで充分…)
 そんな気がした、この雨粒は地球の雨だと。
 青い地球と同じに青い紫陽花、その花の上に地球の雨が降ると。
 桃色の花もあるけれど。
 青い花だけではないのだけれども、雨の精。
 きっとそうだと、雨の精が此処に落っこちて来た、と。


 ポツリ、と雨がまた落ちたから。
(いけない…!)
 慌てて折り畳み式の傘を広げた、濡れないように。
 風邪を引いたりしないように。
 そうして、また紫陽花と雨を見詰める。
 最初の一粒は見逃したけれど、地球に降る雨はとても綺麗だと。
 降りそうだからと待って良かったと、この雨粒が紫陽花も地球も青く染め上げてゆくのだと…。

 

        降りそうだけど・了


※ブルー君が見たいと頑張っていた、雨の最初の一粒。まだ降らないで、と。
 見逃しちゃったみたいですけど、紫陽花と雨で大満足のブルー君ですv





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(ふうむ…)
 これは一雨来るかもな、とハーレイが窓越しに眺めた空。
 ブルーの家を訪ねてゆこうとしている休日の朝に。
 目覚めてカーテンを開けた時には、日が射していた。
 爽やかな初夏の青い空から。
 天気予報も雨ではなかった、少なくとも昨夜の段階では。
 今日も晴れだと、いい天気なのだと思ったのに。
 いつの間にやら湧いていた雲、曇ってしまった窓の外。


 朝食を作っていた間は晴れていたと思う、光が眩しかったから。
 キッチンに射し込む光を眺めた覚えがあるから。
 ケトルが、鍋が輝いていた。朝の光に。
 コーヒーを淹れようと沸かしていたケトル、其処に朝の光。
 温野菜にしようとブロッコリーを茹でていた鍋にも、明るかった日射し。
 こんな朝はとても気持ちがいい、と卵をパカリと割ってもいた。
 盛り上がった黄身が太陽のようだと、栄養たっぷりの小さな太陽、と。


 なのに、いつの間に曇ったのか。
 太陽が雲に覆われたのか。
 ダイニングのテーブルに並べた皿には、もう日が射してはいなかった。
 熱いコーヒーを満たしたマグカップにも、料理の皿にも朝の光は全く無くて。
 小さな太陽を入れて焼いたオムレツ、其処にも明るい日射しは無くて。
 キツネ色に焼けた分厚いトースト、それにも朝の光は射さない。
 真夏の太陽を閉じ込めたような、夏ミカンのマーマレードの瓶にも。


 知らない間に曇っていた空、窓の向こうに見える空。
 一雨来そうな塩梅だけれど、さて、こんな日にはどうするか。
(あいつの家なあ…)
 何ブロックも離れた所に、両親と住んでいるブルー。
 生垣に囲まれた家で、自分を待っているだろう小さなブルー。
 きっと目覚めて直ぐの頃から、首を長くして「まだ来ないかな?」と。
 「今日はハーレイが来る日なんだよ」と、小さな胸を高鳴らせて。
 早起きして今頃は掃除中かもしれない、自分の部屋の。


 一雨来そうな天気だからと、行くのをやめることなどしない。
 そんな選択肢は、もとより無い。
 仕事の無い休日はブルーの家で、と決めているから。
 雨が降ろうが、槍が降ろうが、ブルーの家には出掛けるもの。
 二人で過ごしに出掛けてゆくもの。


 けれども其処に問題が一つ、ブルーの家まで行く道筋。
 それに方法、それをどうするか。
 予報通りに晴れていたなら、目覚めた時と変わらずに晴れていたならば。
 もちろん歩いて出掛けてゆく。
 初夏の青空の下を歩いて、眩い日射しを浴びて踏み出す足取りも軽く。
 前へ、前へと、ブルーの家へと。
 時にはステップを踏みたくなる足、心と同じに弾みそうな足で。


 ところが、曇ってしまったから。
 一雨来そうな空模様だから、どうすべきかと考えてしまう。
 晴れ渡った空が嘘だったように、灰色の雲が覆ったから。
 地球の全てを照らす太陽、それが隠れてしまったから。
(この分だと、いずれ降りそうだよなあ…)
 どう見ても雨を運びそうな雲。
 水分を一杯に含んで重たそうな雲、雨を降らせる雲の類で。
 いきなりザッと本降りになるか、しとしとと草木を潤す雨か。
 それが読めない、ただ見ただけでは。
 窓越しに雲を眺めるだけでは。


(前の俺なら…)
 こんな時には計器を眺めた、シャングリラの外はどうなのかと。
 常に船体を覆っていた雲、アルテメシアの雲海の雲。
 白いシャングリラは雲の海の中、浮上することなど決して無くて。
 ジョミーを救いに初めて外へと出ていったくらい、それまでは雲の海の中。
 白い鯨を隠していた雲、隠れ蓑だった雲海の雲。
 それの性質を見誤らないよう、いつもデータを取り続けていた。
 船体を雹が叩かないかと、雷雲に遭遇しはしないかと。
 雹や雷で傷付く船ではなかったけれど。
 白い鯨は頑丈だったけれど、それでも見ていた雲たちのデータ。
 今はどうかと、外にある雲はどういう雲かと。


 そうした計器とは縁の無い今、雲を読むなら勘だけが頼り。
 いきなり降るのか、激しい雨なのか、しとしとと降らせる雲なのか。
 もちろん今でもデータは見られる、調べさえすれば。
 天気予報はどんな様子かと、教えて貰える所さえ見れば。
(だが、そいつはなあ…)
 味が無いしな、と心で呟く、データに頼るのは好きではないと。
 もっとレトロに観天望気。
 それが好きだと、性に合うのだと。


 経験を元に天気を読むのが観天望気。
 雲が流れてゆく方向やら、生き物たちの様子やらで。
 釣りが大好きな父に仕込まれた、「今みたいな雲と風の感じだと…」といった具合に。
 前の自分とは全く縁が無かった世界。
 勘が頼りの天気予報など、一度も出来はしなかった。
 「きっとこうなる」と予想を立てても、まずは裏付け、それが肝心。
 でないと船は動かせない。
 キャプテンとしての指示は出せない、「俺の勘だ」の一言では。
 勘が「こうだ」と告げていたとしても、皆を納得させるだけの理由。
 それが無ければ何も出来ない、自分が「こうだ」と確信しても。
 自分だけにしか掴めない兆候、それを見出しても、データの中から読み取らねば。
 「これが証拠だ」と示せるデータを。
 皆が信じてくれるデータを。


(それに比べりゃ、今の時代は…)
 いいもんだな、と大きく伸びをした。
 自分の勘で天気を読んでも、誰も怒って来はしない。
 「データは何処にあるんだい?」だのと呆れられてしまうことも無い。
 「さっさとデータを出せと言うんじゃ!」と罵声が飛んで来ることも。
 そんな時代に生まれたからには、やはりレトロに観天望気。
 自分の性にも合っている上、これがなかなか楽しいから。
 読んだ天気が当たれば嬉しい、流石は俺だと、俺の勘だと。
 外してしまえば悔しいけれども、自分が選んだ道だから。
 「晴れると思ったのに、雨だとはな」と嘆きながらも、「次があるさ」と考える。
 次こそはきっと間違えないと、読み誤らずに当ててみせると。


 雲の動きを、風の流れを読んで決めるのが観天望気。
 器機に頼らず、経験だけで。
 自分が今まで生きた人生、そこで積み重ねたデータが全て。
 「こう雲が出れば、天気はこう」という先人の知恵も、今の自分が得たデータ。
 計器の代わりに、リアルタイムで表示されてゆくデータの代わりに、自分の勘で読み取る天気。
(さて、今日は…)
 どうなるだろうか、この雲は。
 空一杯に広がった雲は、どのくらいの雨を運ぶだろうか?
 一雨来るのは何時頃なのか、いきなり本降りか、しとしとと降るか。


 ダイニングの窓を開け、流れ込んで来た風を吸い込んで。
 庭の木々の上を流れてゆく雲を見上げて、「よし」と大きく頷いた。
(そう酷い雨は降らないさ)
 ブルーの家まで歩いて行っても、道の途中で降られたとしても。
 叩き付けるような雨は降らない、この様子ならば。
 折り畳み式の傘があれば充分、傘が無くてもシールドでいける。ほんの僅かなシールドだけで。


(歩くとするかな)
 ブルーの家まで。
 折り畳みの傘をお供に歩いて、曇ってしまった空の下を。
 もしも途中で降られたとしても、今の季節は…。
(…紫陽花の花が綺麗なんだ)
 日毎に色を変えてゆく紫陽花、あの花は雨が似合うから。
 しっとりと濡れた姿がいいから、今日は歩いて出掛けてみよう。
 本降りになりはしない筈だと、自分の勘が告げるから。
 誰にも文句を言われないで済む、今の自分の予報だから。


 計器もデータも、今の時代はもう要らない。
 キャプテン・ハーレイだった頃と違って、自分の勘だけで天気を読める。
 間違えても、それも一興だから。
 「降られちまった」と本降りの雨で難儀するのも、また楽しいから。
 ブルーの家まで歩いてゆこう。
 一雨来そうな曇り空の下を、紫陽花の花を幾つも探しながら…。

 

       降りそうな天気・了


※ブルー君の家まで歩いて行くべきか、どうしようかと空模様を気にするハーレイ先生。
 自分の勘だけで天気予報をしてもいいのが今の時代で、責任もずっと軽いのですv






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(んーと…)
 いつもの、ぼくの通学路。
 通学路って言っても、家からバス停までだけど。
 今の学校は身体の弱いぼくには遠くて、歩いて通うのは無理だから。
 おんなじような場所から、もっと遠くから、歩いて通う友達もいるけれど。
 自転車で通う友達もいるけど、ぼくの通学は路線バス。
 だから通学路はほんのちょっぴり、歩く距離はホントに少しだけ。
 バスに乗ってゆく道路も多分、通学路ってことになるとは思う。
 思うけれども、自分の足では歩いてないから、やっぱり違う。
 ぼくの通学路はほんの少しだけ、家とバス停の間だけ。


 今日も学校の帰りにバスに乗って来て、バス停で降りて。
 家の方へと歩き始めて、ふと考えた。
 晴れた休日には、ぼくの家までハーレイが歩いて来てくれる。
 何ブロックも離れたハーレイの家から、二本の足で颯爽と。
 窓から見てると、バス停の方から来るハーレイ。
 ぼくの通学路と同じ道筋を、ハーレイは歩いて来るんだけれど…。


(ハーレイ、大通りは歩かないって…)
 車の多い道路は歩かないって聞いた、楽しくないから。
 同じ歩くなら、車よりも人の方が多そうな道。
 車は時々通る程度で、散歩の人とかが歩いてる道が好きだって。
 そういう道をハーレイはやって来るんだけれど。
 晴れた日は歩いて来るんだけれど…。
(バス停の所は通らないのかな?)
 あそこの通りは車が多いし、ハーレイはきっと好きじゃない。
 だから通りを歩いては来ない、歩くとしたって途中から。
 バス停の近くでヒョイと通りに出て来るんだろう、それまで歩いていた道から。
 ハーレイが好きな、車よりも人が多い道から。


 そう考えると、バス停だってハーレイは通ってないかもしれない。
 たまには「此処であいつが降りるのか」って、通ってみるかもしれないけれど。
 ぼくと同じ道を自分の足で歩いてみようと、バス停の所から歩いて来るかもしれないけれど。
(…ぼくと同じ道…)
 ハーレイが歩いて来る時の道と、ぼくの歩く道とが重なるとしたら、通学路だけ。
 バスに乗ってるぼくの道筋と、大通りは歩かないハーレイの道は殆ど重ならない。
 気付いちゃったら、とても貴重な通学路。
 ハーレイの足と、ぼくの足とが通ってゆくのが通学路。
 ぼくの家とバス停の間のほんのちょっぴり、うんと短い距離だけれども。


 おんなじ道を歩いてるんだ、って思うと胸がドキドキしてくる。
 ハーレイも此処を歩くんだよ、って。
 ぼくよりもずっと大きな歩幅で、ずっとがっしりした足で。
 靴だってぼくよりうんと大きい、その靴を履いたハーレイの足が歩いてる。
 晴れた休日には、ぼくの通学路を。
 ぼくの家へ行こうと、今、ぼくが家へ帰るのに歩いているのと同じ方へと。


(…この辺かな?)
 ハーレイの足が踏んでる場所、って足をストンと下ろしたけれど。
 そこにハーレイの足跡は無くて、重なったかどうか分からない。
 もう一歩、って踏み出してみても、やっぱり分からない、ハーレイが踏んでいった跡。
 大きな足が歩いてた場所は分からない。
 よく考えたら、道幅の分だけ、ある可能性。
 ハーレイの足が其処を通った可能性。


 道の右側を歩いているのか、左側を歩くのが好きなのか。
 車が少ないこんな道だと、歩道の印はついてない。
 右でも左でも好きに歩けて、車が無ければ真ん中だって。
 ぼくだっていつも好きに歩くし、真ん中を歩く日も珍しくないし…。
(…ハーレイは、どっち?)
 右か左か、それとも真ん中。
 ぼくの家の前までやって来たなら、そこはもちろん、ぼくの家のある側を歩くだろうけど…。
 それまでの間が分からない。
 ぼくと同じでまるで気まぐれ、庭とか垣根の花を見ながら好きに歩いているかもしれない。
 時には道の真ん中だって。
 右の側から左側へと、道を渡って行ったりもして。


 ハーレイの足が通っているのと、同じ所を行きたいけれど。
 ぼくの家まで足跡を辿って行きたいけれども、見えない足跡。
 大きな足跡はついていなくて、目印なんかも全く無くて。
(確実におんなじ場所を踏むなら…)
 これだ、って道路を横切った。
 真っ直ぐ、真横に。
 右足の直ぐ前に左足を出して、次は左足の前に右足。
 少しの隙間も出来ないように、両足で描いた一本の線。


 道を渡り切って、見えない線を振り返ってみて、「よし!」と満足したけれど。
 この線の何処かがハーレイの歩いた跡と重なったと思ったけれど。
(…ちょっと待って…!)
 ハーレイの歩幅はうんと広くて、ぼくの足の幅とは比較にならない。
 歩幅でもハーレイに敵わないのに、それよりも狭い足の幅。
 一番広い部分でも…。
(たったこれだけ…)
 靴を見下ろしてついた溜息、十センチにだって足りない幅。
 そんな小さな足と靴とで線を一本引いてみたって、ハーレイの足なら…。


(ヒョイって跨いで終わりなんだよ)
 つまりはハーレイが通って行った地面を踏んでみたいのなら、歩幅の分。
 大きな足で踏み出す一歩の分だけ、地面を踏んでゆかなきゃならない。
 道路を真っ直ぐ、真横に進んで。
 右足の直ぐ前に左足を出して、その次は左足の前に右足で。
 そうやって頑張って線を引き続けて、ハーレイの歩幅と同じだけ地面を踏んだなら。
 何処かできっと重なってくれる、ぼくの足とハーレイの足が踏んだ場所。
 絶対、何処かで重なるけれども、それは間違いないけれど。


(…何回くらい?)
 十センチにも足りない、ぼくの足の幅。
 ハーレイの歩幅と同じだけの幅を踏んでゆくなら、何回、道を真っ直ぐだろう?
 今、引いた線の直ぐ横を向こうへ渡り直せば、踏んだ幅は二十センチになるけれど。
 その向こう側から、またこちらへと渡って来たなら、三十センチになるけれど。
(ハーレイの足…)
 靴のサイズだってうんと大きい、二十センチじゃとても足りない。
 三十センチを超えていそうな、大きな靴を履いている足。
 その足で大股で歩いているなら、歩幅はぐんと大きくなるから…。


 道路を眺めて溜息をついた、おんなじ地面はとても踏めない。
 頑張ってハーレイの歩幅の分だけ線を引いても、重なる場所は少しだけ。
 それが何処だか分かりはしないし、いつ重なったか分からない。
 どんなに頑張って線を引いても、道路を何回、渡り直しても。
(何処で重なったか分からないなんて…)
 それじゃ踏んでる意味が無い。
 ハーレイの歩幅と同じ分だけ、この道を踏む意味が無い。
 ぼくが踏みたいのはハーレイの足跡、ハーレイが踏んだ地面だから。
 そこを歩いて、「ここなんだよ」って、あったかい気持ちになりたいんだから。


(おんなじ道を歩いてるのに…)
 ハーレイが来るのと同じ道。
 歩いて来るのと同じ道筋、ほんの少しの通学路。
 何処かで絶対、重なってるのに、ハーレイの足が通ってるのに。
 だけど踏めない、ハーレイの足が踏んでった地面。
 なんの印もついてないから、足跡も残っていないから。
 ハーレイの足が踏んだ地面を歩きたいのに、おんなじ所を歩きたいのに。


 そう思うけれど、印なんかは無い地面。
 うんと大きなハーレイの歩幅と、小さなぼくの小さな歩幅。
 ハーレイの足跡がついているなら、見えているなら…。
(その通りに歩いて行くんだけどな…)
 精一杯に足を踏み出して、大きな足跡を「えいっ!」と踏んで。
 バランスを崩して転びそうなほどに違う歩幅でもかまわない。
 転んじゃってもかまわない。
 ハーレイが歩いたのと同じ地面を歩いてゆきたい、ぼくの家まで。


(何処を歩いているんだろう…?)
 右か左か、真ん中なのか。
 大きな足が踏んでゆくのは、この通学路の何処なのか。
 分からないから、気分だけでも、って「えいっ!」と前へと踏み出した。
 頑張って家までこうして歩こう、ハーレイの足跡を踏んでる気分で。
 おんなじ地面を歩いてるつもりで、大股で。
 誰かに見られて、笑われちゃってもかまわない。
 今日のぼくはハーレイとおんなじ地面を歩きたい気分、そうして家まで帰るんだから…。

 

        歩きたい地面・了


※ハーレイ先生が歩いた地面を歩きたくなったブルー君。足跡も目印も無い道路で。
 考えた末に「えいっ!」と大股、そういう姿も可愛いですよねv





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(まるで古典の世界だな)
 生憎と今は真っ昼間だが、とハーレイの顔に浮かんだ笑み。
 真っ昼間どころか、まだ午前中。
 今の季節は夜明けが早いから、もう充分に日は高いけれども。
 明るい太陽が照り付ける下を歩いて、ブルーの家へ。
 小さなブルーが待っている家へ向かう途中で笑みが零れた、まるで古典の世界のようだと。


 今の自分は古典の教師で、白いシャングリラとは何の縁も無くて。
 遠く遥かな昔に地球の小さな島国で書かれた物語なぞを教えているけれど。
 その物語の中で恋人の家に、こうして歩いてゆくとなったら。
(あれは普通は夜なんだ…)
 恋が実る前は、昼間もせっせと出掛けるけれど。
 どんな女性かを一目見ようと、あれこれ努力を重ねるけれど。
 そうして恋が実った後には、訪ねてゆくなら日が落ちる頃。
 恋人と二人、互いの想いを語り合うために、一夜の逢瀬を過ごすために。


 それとは全く逆の時間に、ブルーの家へと歩いてゆく自分。
 まるで逆様な日の高い時間、それでも恋人の家を目指すことには違いない。
 しかも歩いて、さながら古典の世界に出てくる恋をしている男のように。
 今の時代は車もあるのに、路線バスだってあるというのに。
(だが、歩くのが好きなんだ)
 こういう晴れた日は歩きたい。
 歩いてゆきたい、ブルーの家まで。
 アッと言う間に着いてしまう車、そんなものより自分の足で。
 二本の足で地面を踏み締め、足取りも軽く歩きたい。


(走って行っても着けるんだがな?)
 今の自分には、少しも大した距離ではないから。
 柔道と水泳で鍛えた身体は、根っから運動向きだから。
 ジョギングも好きで、今でも走る。
 自分の家からブルーの家まで、何ブロックもあるのだけれども、軽い距離。
 走って行っても充分に着ける、ブルーは驚くだろうけど。
 「走って来たの!?」と赤い瞳を真ん丸にして。
 信じられないと、ぼくには無理だと、きっと仰天するだろうけれど。


 そう、本当に大したことはない、小さなブルーの家までの距離。
(百夜通えと言われても…)
 軽々と通える、気にもしないで。
 何の負担にもなりはしなくて、いい運動になると走って。
 百夜だろうが、夜の代わりに昼間に百日だろうが。


 遠い昔の日本の伝説、百夜通いの男の伝説。
 恋した女性に「百夜通って来てくれたなら」と条件を出されてしまった男。
 百夜目に倒れて辿り着けなくて、恋は実らず、命も落としたと伝わるけれど。
 自分だったらそうはならない、きっと通える、ブルーの家に。
 頑丈な身体に生まれたから。
 雨が降ろうが、雪が降ろうが、苦にもしないで走れる身体に。


(うん、本当に頑丈だってな)
 前の自分も、ミュウの中では頑丈で丈夫な方だったけれど。
 耳が聞こえなかったことを除けば、何も不自由は無かった身体。
 口の悪いゼルには「無駄にデカイんじゃ!」などと言われた、大きかったから。
 群を抜いて大きかった、背も、肩幅も。
 その頃と同じに丈夫に生まれて、今では耳も普通に聞こえて。
 ついでにしっかり鍛え上げたから、百日だって走ってゆける。
 何ブロックも離れたブルーの家まで、百日だろうが、百夜だろうが。


 もっとも、せっせと走ったとしても、百日通い続けたとしても。
 今の小さなブルーの家ではどうにもならない、実らない恋。
 十四歳にしかならないブルーは、まだまだ幼すぎるから。
 恋をしていても子供は子供で、自分の手には入らない。
 もっと大きく育たなければ、前のブルーと同じ背丈にならない限りは、ただ通うだけ。
 通ってブルーの部屋で話して、それだけの逢瀬なのだけど。
 抱き締めることは出来てもキスは出来なくて、二人で過ごせるだけなのだけれど。
 それでも行きたい、ブルーの家まで。
 こんな晴れた日は歩いて出掛けて。


 運動も兼ねてと、今日も歩いて出て来たけれど。
 走って行っても着ける距離だと、百日でも百夜でも軽く通えると思ったけれど。
(ん…?)
 待てよ、と眺めた足の下。
 軽々と走ってゆける距離だと、百日だって楽に通えると思った道筋。
 いつもこうして歩いているから、ブルーの家へ向かう日以外も、二本の足で歩くから。
 まるで気付いていなかったけれど、その足の下にあるものは…。


 地面なのだ、と胸にこみ上げて来た感慨。
 前の自分の足の下には無かった地面。
 白いシャングリラの中に地面は無かった、船ごと宙に浮いていた。
 アルテメシアの雲の海やら、漆黒の宇宙空間やら。
 そういった場所に浮かんでいた船、そこに地面があるわけがなくて。
(前のあいつの部屋へ行くにも…)
 通路を歩いた、地面ではなくて。
 前の自分が歩いた道筋、ブルーの許へと通った道筋。
 そこに地面は一度も無かった、ただの一度も。


 前の自分は何も思わず、そこを歩いていたけれど。
 白いシャングリラの通路を歩いて、青の間へ通っていたけれど。
 今の自分はそうではなかった、地面の上を歩いていた。
 小さなブルーの家へゆこうと、今日も歩こうと、走っても行ける距離なのだと。
(おまけに地球だぞ…!)
 地球の地面だ、と足元を見詰めて、トンと地面を蹴ってみて。
 前のブルーと二人で行きたいと願い続けた、青い地球の地面を確かめてみて。


(最高だ…!)
 この地球の上を歩いてゆける。
 蘇った青い地球の上を歩いて、小さなブルーの家までゆける。
 前の自分たちの間には無かった地面を、それを歩いてブルーの家まで。
 走ってだってゆける、地球の上を。
 小さなブルーが待っている家へ、その気になれば走ってだって。


 なんと幸せなのだろう。
 足の下に地面を、青い地球の地面を踏んでゆけるということは。
 ブルーの家まで地面が続いて、その上を歩いて出掛けてゆけるということは。
(もう、こうなったら、千日だって…)
 百夜どころか、百日どころか、千日だって通える気がする。
 雨が降ろうが、雪が降ろうが、ブルーの家まで、地面を踏んで。
 青い地球の地面を二本の足で歩いて、あるいは走って、千日だって。


 もういくらでも歩けそうだし、走れそうな気もするけれど。
 地球の地面を踏んで歩いて、踏み締めて走って、百日どころか千日だって。
 それは最高に幸せな気分、小さなブルーの家に着いたら話してやりたいと思ったけれど。
 地球の地面を踏んで歩ける、幸せな今を語ってやろうと思ったけれど。
(…どう話すんだ?)
 うっかりポロリと、百夜通いの話などをしてしまったら。
 「俺なら百夜くらいは軽く通える」などと豪語してしまったら…。


(あいつ、絶対、調子に乗るんだ…!)
 小さなブルーの輝く瞳が見える気がした、「通って来てよ」と。
 「ぼくの家まで百日通って」と強請るブルーが、小さなブルーが。
 本当に自分のことを好きなら百日通って、と無邪気な笑顔を向けそうなブルー。
 「少しくらいは遅くなってもかまわないから、毎日、晩御飯を食べに来てよ」と。


 それは非常にマズイから。
 時間のやりくりはどうにかなっても、ブルーの母に迷惑をかけてしまうから。
(遅くなりましたが、って晩飯時に行けるものか…!)
 いくら小さなブルーの頼み事でも、ブルーの母が「どうぞ」と言っても、百日は無理。
 百夜通いはとても出来ないから、現実の壁が立ちはだかるから。


(黙っておこう…)
 地球の地面を歩いて通える幸せのことは黙っておこう。
 青い地球の上を、地面を踏んでの通い路となれば、千日だって通えるけれど。
 そうでなくても、ブルーの家ならいくらでも通えそうだから。
 今は幼い恋人の家でも、いくらでも歩いてゆけるから。
 愛おしい人が待っているだけで、百日だって、千日だって。
 そう、何日でも歩いて通えそうだし、走ってだって今の自分は充分通ってゆけるのだから…。

 

       歩いてゆける地面・了


※ブルー君の家まで、走っても楽々と行けるらしい丈夫なハーレイ先生。
 おまけに地球の上での道のり、目指すはブルー君の家。きっと千日でも楽勝ですねv





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(いい天気…!)
 今日も晴れてる、とブルーが開けた窓のカーテン。
 とうに昇った真夏の太陽、抜けるような青空が広がる朝。
 こんな日はきっと…。
(ハーレイ、歩いて来てくれるんだよ)
 何ブロックも離れた場所から、ブルーの足では歩けそうもない遠くから。
 ハーレイの家は其処にあるから、其処で暮らしているのだから。


 夏休みに入って会える日が増えた、平日でもハーレイと会えるようになった。
 それが嬉しくて早く覚める目、目覚まし時計の出番が無くなるほどに。
 鳴るよりも前に起きてしまって、もう要らないと止めるくらいに。
 今朝も早くにパチリと覚めた目、一番に眺めた窓の方。
 カーテンの向こうの明るさからして、多分、晴れだと思ったけれど。
 隙間から射した光の筋にも気付いたけれども、確かめたいから。
 ベッドから下りてカーテンを開けた、晴れているかと。
 空は青いかと、雲など湧いてはいないだろうかと。


 そうして開けてみたカーテンの向こう、眩しい太陽があったから。
 爽やかに晴れた夏空だったから、大満足で。
(ハーレイと庭でお茶が飲めるよ)
 庭で一番大きな木の下、其処に置かれたテーブルと椅子でデートが出来る。
 ハーレイが作ってくれた場所。
 見付けてくれた素敵な場所。
 此処でデートだと、持って来てくれたキャンプ用のテーブルと椅子が気に入ったから。
 ハーレイと初めてデートが出来たと嬉しかったから、今も好きな場所。
 キャンプ用だったテーブルと椅子は、別の物に変わってしまったけれど。
 父が買ってくれた白いテーブルと椅子が、いつも置かれているのだけれど。


 今日もデートだと、ハーレイと庭でお茶にしようと浮き立つ心。
 ハーレイに意外にも似合う白い椅子、それからテーブル。
 前の生で暮らした白いシャングリラと同じに白いからなのだろうか。
 ハーレイには白が似合うのだろうか、褐色の肌を引き立てるから。
 学校で着ていた白いワイシャツも良く似合っていた、今から思えば。
 夏休みの今はワイシャツを着ては来ないけれども、白い半袖シャツの日もあって。
 そういうシャツも似合っていたな、と庭を見ながら考えていて…。


(ハーレイ、夏が似合うんだよね)
 似合うといえば、と思い浮かべる、夏の日射しが似合う恋人を。
 木漏れ日が射す木陰の白い椅子も似合うけれども、それよりも夏。
 テーブルと椅子が置かれた場所まで歩く途中の夏の庭。
 眩い陽の光を浴びて其処を歩いてゆくハーレイの肌も、大きな身体も夏そのもので。
 そんな気がする、ハーレイは夏だと。


 前に誕生日を尋ねてみた時、「当ててみろ」などと言われたけれど。
 その時も夏が似合う気がして、そう答えたら正解で。
 八月の二十八日に生まれたハーレイ、夏の日射しが似合うハーレイ。
 じりじりと肌を焦がす熱さも、痛いくらいに強い日射しも。
 夏だと思ってしまうハーレイ、夏の暑さにも負けないハーレイ。


 今日のように午前中からやって来るなら、暑さも酷くはないけれど。
 歩いて来たって負担は少なくなりそうだけれど、そうでない日も歩くハーレイ。
 柔道部の指導に学校へ行って、午後から訪ねて来る時も。
 学校から此処まで日盛りの道を、帽子の一つも被りもせずに。
 照り付ける真夏の太陽の下をハーレイは歩く、苦にもしないで。
 ちっとも大したことなどはないと、夏は暑くて当然だろうと。


 夏でも雨は降るけれど。
 曇りの日だってあるのだけれども、ハーレイには明るい太陽が似合う。
 晴れた日が似合う、今日みたいに。
 朝からカラリと晴れている日が、雨とも雲とも縁の無い日が。
(白い雲なら似合うんだけどね?)
 夏空に浮かぶ白い雲。
 むくむくと聳え立つ入道雲でも、ずっと遠くで湧いたものなら似合うと思う。
 雨を運んで来られない場所に聳えた雲なら、空の青さを引き立てるから。
 夏ならではの力強さを感じさせてくれる雲だから。


(ハーレイ日和…)
 ふっと心を言葉が掠めた、「ハーレイ日和」と。
 晴れた日を指す言葉が「日和」で、色々なものに繋がる言葉で。
 小春日和に、行楽日和。
 他にも幾つも、いろんな日和。
 今日のような日は「ハーレイ日和」だと思ってしまった、ハーレイに似合う晴れた夏の日。
 こんな日がきっとハーレイ日和、と。


 ハーレイが歩いて来てくれるだろう、雨など少しも降りそうにない日。
 入道雲が湧いたとしたって、遠くで夕立になるだけで。
 今日はそういう日なのだと思う、ハーレイに似合いの夏の一日、と。
 そんな予感がしてくる青空、雲の欠片も見当たらない空。
(うん、きっとハーレイ日和なんだよ)
 今日はそういうお天気の日、と心で呟く、「ハーレイ日和」と。
 ハーレイにとても似合う夏の日、こういう日はきっとハーレイ日和、と。


 もう少ししたら、朝食が済んだら、ハーレイが歩いてやって来る。
 何ブロックも離れた場所から、ハーレイ日和の夏空の下を。
 自分の足では歩けそうもない距離を、ものともせずに。
 「今日は暑いな」と口で言いはしても、汗の一つも浮かべもせずに。
 だからハーレイには夏が良く似合う、暑い夏はハーレイの季節だと思う。
 ハーレイ日和はこんな夏の日、晴れ渡って雲の欠片も無い日。
 雲が湧くならずっと遠くに高い入道雲、むくむくと盛り上がる力強い雲。
 それがハーレイ日和だと思う、ハーレイに似合う晴れた夏の日。


(今日はハーレイ日和だよね?)
 きっとそうだ、と窓の向こうの空を見上げて、声に出してみる。
 「ハーレイ日和」と。
 そうしたらドキンと跳ね上がった心、素敵な響きの「ハーレイ日和」。
 ハーレイが歩いてやって来るのにピッタリの晴れの日、夏の日射しが眩しい日。
 空までがハーレイのような気がした、「ハーレイ日和」と言ってみただけで。
 世界の全部が丸ごとハーレイ、まるですっぽりと包まれたように。
 今日は丸ごとハーレイの日だと、ハーレイみたいな天気だから、と。


 ハーレイに似合う日、ハーレイ日和。
 真夏の太陽が明るく射す日で、雲の一つも無い青空。
 雲を浮かべるなら遠い所に高い入道雲、この辺りに雨を運ばない場所に。
 抜けるような空と、力強い雲と、そんな天気がハーレイ日和。
 きっとそうだと、とても素敵な思い付きだと、窓の向こうを眺めるけれど。
 いい言葉だと思うけれども、それをハーレイに言ったなら…。


(…笑われちゃう?)
 ハーレイは古典の教師だから。
 言わば言葉のプロのようなもので、「日和」にも詳しそうだから。
 「なんだ、そいつは」と呆れられそうで、訂正なんかもされそうで。
(…ありそうだよね…)
 ハーレイ日和などありはしないと、日和という言葉はそういう風には使わないと。
 お前の使い方は間違っていると、その場で授業が始まりそうで。
 せっかく二人でデートをしようと思っているのに、庭のテーブルにも出られそうになくて。
(そこの辞典を持って来い、って言われるんだよ)
 辞典で日和を調べてみろと、使用例もきちんとチェックしろと。
 古典の教師のハーレイが登場、恋人のハーレイは何処かへ引っ込んでしまいそうだから。


(ハーレイ日和は内緒にしなくちゃ…)
 ぼくだけの言葉、と胸に仕舞った、こっそり一人で使っておこうと。
 授業は御免蒙りたいから、ハーレイと楽しく過ごしたいから。
 今日はハーレイ日和なのだし、庭のテーブルと椅子とでデート。
 そうするためにも内緒にせねば、と「ハーレイ日和」を仕舞い込む。
 ぼくだけの秘密のハーレイ日和、と…。

 

         ハーレイ日和・了


※ブルー君が考えた「ハーレイ日和」。よく晴れた夏の日がハーレイ日和ですけれど…。
 内緒にしておくブルー君です、「ブルー日和」があると知ったらビックリでしょうねv

※当サイトのペットのウィリアム君。本日で生後801日になりました!
 「801」です、「ハーレイの日」です。
 お祝いにショートを上げました。ブルー君のお話ですけどねv






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