(んーと…)
失くしちゃった、と小さなブルーがついた溜息。
ハーレイの温もりが無くなっちゃった、と。
右手に持っていた筈のハーレイの温もり、今日も温めて貰った右手。
「今は夏だぞ?」とハーレイは苦笑していたけれど。
外は暑いと、窓を開ければ右手も温まる筈なんだが、と。
そう言いはしても、笑いはしても。
ハーレイはけして断りはしない、駄目だと拒絶したりはしない。
キスは駄目だと言われるけれども、右手を温めることは。
前の生の終わりにメギドで凍えた、悲しい記憶が残る右手を温めることは。
どんなに外が暖かい日でも、半袖で過ごす今の季節でも。
夏の日射しが照り付ける日でも、温めて貰える小さな右手。
今日も温めて貰ったのに。
「温めてよ」と差し出した右手を、両手で包んで貰ったのに。
その温もりを失くしてしまった、ウッカリしていて。
キースに撃たれたせいではなくて、自分の不注意、自分のミス。
撃たれた痛みで失くしたのなら、それは仕方がないけれど。
自分のせいではないのだけれども、今日は自分のせいで失くした。
自分でも気付かない内に。
まるで気付いていない間に、右手から消えてしまった温もり。
ハーレイが「またな」と帰って行った時には、持っていたと思う。
見送りながら振った右手に、ハーレイの温もりはあったと思う。
別れるのは少し寂しいけれども、また会えるから。
また来てくれると分かっているから、幸せな気持ちで手を振った。
「またね」と、明日もきっと来てねと。
夏休みだから、明日も会えるから。
ハーレイの姿が見えなくなった後、戻った部屋でも温もりはあった。
そんな自覚は無かったけれども、幸せな気持ちは残っていたから。
ハーレイと過ごせて幸せだったと、いい日だったと。
明日もきっとと、頬が緩んでいたのだから。
ハーレイに会って、話をして。
膝の上で甘えて、胸にピッタリくっついたりも…、と。
持っていた筈のハーレイの温もり、温めて貰った右手の温もり。
何処で失くしたのか、いつ消えたのか。
あんなに幸せだったのに。
幸せな気分に満たされたままで、あの後もずっと過ごしていたのに。
こうしてベッドに入る前まで、眠りに就こうとする前まで。
ベッドにもぐって身体を丸めて、無意識に右手を握る前まで。
(無くなっちゃった…)
右手にあった筈の温もり。
ハーレイに貰った筈の温もり。
右手はちゃんと温かいけれど、冷たいわけではないけれど。
それは自分の体温のせいで、ハーレイに貰ったものではなくて。
いったい何処で失くしたのだろう、何処へ落として来たのだろう?
キースに撃たれてはいないのに。
撃たれた痛みもありはしないのに。
それなのに消えてしまった温もり。
ハーレイに貰った大事な温もり、分けて貰った優しい温もり。
失くした理由は自分の不注意、何処かでウッカリ失くしたのだから。
いつとも、何処とも思い出せない理由で消えてしまったのだから。
(…何処で失くしたの?)
右手は変わらず温かいけれど、けして冷たくはないのだけれど。
ハーレイの温もりを失くしたことが悲しいから。
あんなに大切なものを何故失くしたのか、どうしてなのかと胸が痛むから。
何処で失くしたのか思い出そうと記憶を辿った、ベッドに入るまでの。
ハーレイと別れて見送った後に、自分が何をしたのかを。
二階の部屋に戻った時には、確かに右手にあったと思う。
胸は幸せで一杯だったし、明日も会えると心を躍らせていたのだから。
今は寂しくても、また会えるからと。
そんな時に右手の温もりが消えたら、きっと分かるし、覚えている。
あそこで失くしたと、温もりが消えてしまったと。
だから部屋では失くしてはいない、あの時には。
その後は本を読んでいたから、そこでも失くしていない筈。
右手を何度も握ったりしたし、それは温もりを無意識に確かめる仕草。
右の手が凍えて冷たくはないと、今の自分は幸せなのだと。
あの時に温もりを失くしていたなら、気付いていない筈がない。
(それから、ママが…)
お風呂に入るようにと呼ばれた、返事して下りていった階段。
バスルームに入って、バスタブに浸かって…。
のんびり過ごしたバスタイム。
其処でも失くしていそうにはない、お風呂は温かいのだから。
温かなお湯に浸かっていたなら、温もりは逃げはしないのだから。
(でも、お風呂…)
熱いお湯に紛れて消えただろうか?
ハーレイの温もりよりも温かなお湯が、熱かったお湯が奪ったろうか?
体温の分だけの温もりを。
お湯よりも温度が低い温もりを、溶かして奪ってしまったろうか?
温かいお湯に浸かっていたから、自分では気付かなかっただけで。
知らない間に温もりは薄れて、熱いお湯の中に溶けてしまったろうか…?
そうかもしれない、温もりが熱さに溶けてしまって。
お風呂で落として来たかもしれない、そうと知らずに。
自分でも全く気付かない内に、心地良いお風呂に溶かしてしまって。
ハーレイの温もりを落っことしたことも、失くしたことにも気付かないままで。
とても間抜けな話だけれども、お風呂で失くしてしまったろうか。
ハーレイに貰った温もりを。
前の自分が最後まで持っていたいと望んだ、あの温もりを。
(…お風呂に落として来ちゃったなんて…)
気持ちよく浸かって失くしたなんて、と情けないけれど。
なんと自分は馬鹿なのだろうかと、ウッカリ者だと嘆いたけれども、消えた温もり。
右の手にハーレイの温もりは無くて、ただポカポカと温かいだけ。
部屋に冷房が入っていたって、凍えもしないで。
もう充分に温かな右手、メギドの悲しい記憶には繋がらないけれど。
冷たくないからメギドの悪夢も、多分、来ないだろうけれど。
温もりを落としたことが悔しい、ハーレイの優しい温もりを。
知らない間に失くしたなんて、と本当に悔しくて情けなくて。
(お風呂で失くすって、ホントに馬鹿だよ…)
いくら気持ち良く浸かっていたって、ハーレイの温もりは特別なのに。
お風呂のお湯とはまるで違って、熱すぎることものぼせることも…、と思っていて。
(…お風呂の後…!)
それだ、と気付いた、お風呂の後。
お風呂にのんびり浸かった後で、熱すぎたかな、と思ったから。
こんな時には水分補給、と出掛けたキッチン、冷蔵庫から出した冷たい水。
それをコップにたっぷり注いで、一気に飲まずにゆっくりと喉へ。
冷たい水を一息に飲んだら身体に悪いし、時間をかけて。
コップを持った手から伝わる冷たさ、その心地良さを楽しみながら。
頬を冷やしたり、額だったりと、冷たいコップで肌に触れていた。
とても気持ちいいと、ひんやりして気分がシャキッとすると。
あの時、コップを持っていた右手。
冷たい水を満たしたコップを、頬に、額に当てていた右手。
(それじゃ失くすよ…)
どんな温もりでも、冷蔵庫から出した水で冷やしてしまったら。
それが心地良いと冷やしていたなら、冷たさを肌で楽しんだなら。
(ぼくって馬鹿だ…)
お風呂のお湯に溶かしたどころか、冷たい水で冷やした温もり。
ハーレイに貰った大事な温もり、温めて貰った右手の温もり。
それをコップで冷やして失くした、冷たい水を満たしたコップで。
キースに撃たれて失くしたのなら仕方ないけれど、自分で冷やした。
気持ちいいからと、お風呂上がりに。
どんな温もりでも消してしまうだろう、冷たい水を入れたコップで。
それでは残っている筈もない。
寝る前に大切に抱こうとしたって、ハーレイの温もりがある筈もなくて。
(…冷やしちゃうだなんて…)
次は失敗しないんだから、と心に誓った、もう失くさないと。
ウッカリ失くしてしまいはしないと、持っておこうと手を握るけれど。
失くしてもきっと、ハーレイはまた温もりをくれるから。
何度も何度も分けて貰えるから、今度の自分は失くしはしない。
前の自分が失くしてしまった、あの大切な温もりを。
ウッカリ失くしても、また何度でも貰えるから。
今度は失くさない、失くしはしない。
失くしてもきっと貰えるから。
「今日は暑いぞ?」と笑われはしても、また温もりを貰えるから…。
今度は失くさない・了
※ハーレイ先生に貰った温もり、落っことしたらしいブルー君。
何度失くしても、今度は何度でも貰えるのです。貰えるんなら、失くしませんよねv