(なんで駄目なの…?)
恋人なのに、とブルーがついた大きな溜息。
ハーレイが帰ってしまった後で。ガランとしてしまった、自分の部屋で。
今日はハーレイと一緒に過ごした、お茶を飲んだり、食事をしたり。
いつものテーブルと椅子で、ハーレイと二人。
あの椅子にハーレイが座っていたのに、と眺めた椅子。
今はもう座る人影も無くて、ポツンと置かれているだけの椅子を。
ハーレイが来たら座っている椅子。
その椅子に腰掛けたハーレイの膝に座るのも好きで、お気に入り。
今日もチョコンと膝の上に座った、そうしてハーレイに微笑み掛けた。
「キスしてもいいよ?」と。
ぼくにキスしてと、ぼくはちっともかまわないから、と。
言葉に出しては言わなかったけれど、瞳にそういう思いをこめた。
ぼくはいいよと、ぼくにキスしてと。
けれども「駄目だ」と返った答え。
おまけに額をピンと弾かれた、「キスは駄目だと言ってるだろうが」と。
「キスしてもいいよ?」と言ったのに。
前の自分がそう言ったならば、その場でキスを貰えたのに。
顎を取られて、上向かされて。
ハーレイの唇がきっと降って来た、前の自分なら。
なのに「駄目だ」と断られた上、額をピンと弾かれた自分。
「キスは駄目だと言ってるだろうが」と睨まれてしまった、鳶色の瞳で。
俺はキスなどする気は無いと、全く無いのだと言わんばかりの表情で。
(キスしていいよ、って言ってるのに…)
今日も駄目だった、キスは貰えなかった。
唇と唇を重ねるキス。恋人同士で交わすキス。
欲張らないから、ほんの少し触れるだけでいいのに。
ハーレイの唇を唇に感じて、その温かさと柔らかさが分かれば充分なのに。
ただ触れるだけのキスでいいから唇に欲しい、恋人同士なのだから。
恋人同士のキスは唇、それでこそ恋人同士なのに。
分かっているから、強請ってしまう。
ぼくにキスしてと、ぼくの唇にキスをしてと。
恋人同士のキスが欲しいと、「キスしてもいいよ?」と誘ったりもする。
なのに応じてくれないハーレイ、キスの代わりに叱られるだけ。
鳶色の瞳でギロリと睨まれ、「キスは駄目だ」と頭をコツンと小突かれもする。
額を指でピンと弾かれる、俺はキスなどする気は無いと。
こんな子供にキスはしないと、チビのお前にキスはしないと。
前の自分と同じ背丈に育つまでは出来ないらしいキス。
頬と額にしか貰えないキス、ハーレイのキス。
前の自分は幾つも幾つも、何度でもキスを貰えたのに。
強請らなくてもキスを貰えて、触れるだけのキスよりも、もっと深いキス。
熱くて甘かった、ハーレイのキス。
それをそのままくれとは言わない、深いキスまでくれとは言わない。
唇にそっと触れるだけのキス、それだけでもう充分なのに。
そういうキスでも唇へのキス、貰えないよりずっとマシだから。
今よりはずっと幸せな気持ちになれるのだから、触れるだけのキス。
それが欲しいと強請っているのに、「キスしてもいいよ?」と誘うのに。
「駄目だ」と断り続けるハーレイ、ピンと額を弾くハーレイ。
時には頭をコツンとやられる、「キスは駄目だ」と。
チビには早いと、お前にはキスは早すぎるんだと。
(早すぎないよ…)
ぼくはハーレイの恋人なのに、とプウッと頬を膨らませる。
ハーレイの前でそうやったように、膨れっ面になって怒ったように。
キスをくれないなんて酷いと、おまけに額を弾くなんて、と。
(恋人に向かって、あんまりだよ…!)
キスはくれないし、自分をまるで子供扱い。
指で額をピンと弾くなど、どう考えても子供の扱い。
前の自分はそんな目に遭っていないから。頭を小突かれもしていないから。
キスを強請れば直ぐに貰えた、強請らなくてもキスして貰えた。
唇に触れて、それから深く。
そういうキスを何度も交わした、甘い恋人同士のキスを。
自分は思い出したのに。
ハーレイのことも、恋人同士だったことも、何もかも思い出したのに。
そうしてハーレイと再会したのに、今の仕打ちはなんだろう?
キスは貰えなくて、代わりに額をピンとやられて、頭をコツンと小突かれて。
叱られて、睨まれて、それでおしまい。
「キスしていいよ?」と誘ってみたって、キスがしたいと言ったって。
恋人同士なのにキスが貰えない、欲しくてたまらないキスが。
唇へのキスが、ハーレイのキスが。
なんて酷い、と膨れっ面で怒るけれども、いないハーレイ。
とっくに帰ってしまったハーレイ。
キスの代わりに額を弾いて、「キスは駄目だ」と叱ったハーレイ。
その場で膨れてやったけれども、頬っぺたをプウッと膨らませたけれど。
ハーレイは焦って慌てる代わりに、「駄目なものは駄目だ」の一点張りで。
「キスはしてやらん」と冷たい一言、けして詫びては貰えなかった。
すまなかったと言いもしないで、それが当然だといった表情。
キスなどを贈るつもりは無いと。
膨れていようが、怒っていようが、俺はお前にキスなどしないと。
前の生からの恋人同士で、ようやく巡り会えたのに。
再会を遂げて、今度こそ一緒に生きてゆこうと何度も誓い合ったのに。
今日だって幸せな時間を二人で過ごして、幸せな気分だったのに。
「キスしていいよ?」と言った途端に、壊れてしまった甘い雰囲気。
ハーレイの眉間に寄せられた皺、「キスは駄目だ」と咎める目付き。
ついでに額にピンと一撃、褐色の指で弾かれた。
キスは駄目だと、チビには早いと。
けして早すぎはしないのに。
前の生から恋人同士で、長い時を共に生きていたのに。
チビだというだけで断られるキス、「駄目だ」と叱られてしまうキス。
何度プウッと頬を膨らませたか分からない。
プンプン怒って、機嫌を損ねて、ハーレイを睨んでやったのに。
酷いと文句もぶつけているのに、まるで効果が無いハーレイ。
それがどうしたと、たかがチビだと、涼しい顔をしているハーレイ。
こんなチビにはキスは要らないと、膨れっ面になるのがチビの証拠だと。
(そんなこと、ないし…!)
前の自分だって膨れたと思う、こんな酷い目に遭わされたなら。
キスの代わりに額をピンと弾かれたならば、「キスは駄目だ」と言われたならば。
頭をコツンと小突かれても同じ、「ハーレイは酷い」と、きっと膨れた。
何をするのかと、恋人なのに、と。
前の自分だってきっと怒った、膨れっ面になっていた。
ハーレイがそれをやらなかったから、一度も膨れはしなかっただけで。
いつでもキスを貰えていたから、膨れる必要が無かっただけで。
なんとも理不尽な話だけれども、今のハーレイはキスをくれない。
ただ触れるだけのキスもくれない、唇に触れるだけでいいのに。
もっと深くて甘いキスを、と欲張ったりはしていないのに。
唇にキスをして欲しいだけで、「もっと」と強請りはしていないのに。
(なんで駄目なの…?)
いつも、いつだって断られるキス。
「キスは駄目だ」と睨むハーレイ、叱って額を弾くハーレイ。
自分はハーレイの恋人なのに。
ハーレイの所に帰って来たのに、キスを贈ってくれないハーレイ。
だから悔しい、まだ貰えてはいないキス。
(キスしてもいいのに…)
そう思うから、キスをしたいから。
懲りずに強請り続けなくては、「キスは駄目だ」と叱られたって。
きっといつかは、ハーレイもキスを贈りたい気持ちになるだろうから。
唇にきっと、優しいキス。
それを貰えるに違いないから…。
キスが欲しいのに・了
※唇へのキスが欲しいブルー君。恋人なのに酷い、と怒ってますけど…。
膨れっ面は子供ならでは、そうやってプウッと膨れている間は無理そうですねv