(うんと幸せ…)
とっても幸せ、って丸くなった、ぼく。
恋人がいるから幸せだよ、って、ベッドの中で。
ハーレイがいるから、とっても幸せ。
前だと、幸せじゃなかったけれど。
起きたら、ちょっぴり熱かった頬っぺた。
熱っぽいような気がした身体。
お休みの日なのに、土曜日なのに。
起き上がったらクラリと眩暈で、やっぱり病気だった、ぼく。
頭は枕に逆戻りしちゃって、とても起きられそうにはなくて。
暫くそのままウトウトしてたら、ママが様子を見にやって来た。
朝御飯の支度は出来ているのに、ぼくがちっとも起きて行かないから。
「熱があるわね」って測られちゃって、ホントに病気になっちゃった。
体温計がピピッって鳴ったら、本当に熱があったから。
ママに「朝御飯は?」って訊かれたけれど。
「食べられそう?」って顔を覗き込まれたけど、いつもの食事は無理そうで。
トーストに卵、そんなのは無理。野菜サラダも、きっと無理。
首を振ったら、ママはプリンを作って来てくれた。
「これくらいなら食べられるでしょ?」って。
プリンはなんとか食べられたけれど。
お砂糖で甘くして貰ったミルクも飲めたけれども、それが限界。
食べ終わったらベッドに入るしかなくて、ぼくの土曜日はすっかり台無し。
せっかくのお休み、学校の無い日。
友達と遊んだり、本を読んだり、一日好きに過ごせる日。
それを病気に台無しにされて、ぼくは一日、ベッドの住人。
もしかしたら明日の日曜日だって。
これが前なら不幸のドン底、もうガッカリの休日だけど。
ツイていないとベッドにもぐって、重たい身体に文句を零していたんだけれど。
今は幸せ、ちっとも不幸な気持ちじゃない。
本当を言えば、ほんのちょっぴり、ほんの少しだけ不幸だけど。
これから家に来てくれる筈の、ハーレイと元気に過ごせないから。
いつものテーブルで向かい合わせで、楽しくお喋り出来ないから。
ハーレイの膝に乗っかることも、胸にピッタリくっつくことも。
(でも、ハーレイが来てくれるしね?)
ママはハーレイの家に、「ブルーは病気で寝ています」って連絡をしちゃったんだけど。
それでも「行きます」って言ってくれたハーレイ、待ってたらきっと来てくれる。
いつもより少し遅いかもだけど、ひょっとしたら午後かもしれないけれど。
だけど「行きます」って言ったからには、来てくれるから。
待ってれば、いつか来てくれるから。
もう、それだけでうんと幸せ、不幸のドン底なんかじゃない。
だって、恋人がいるんだから。
「大丈夫か?」って、お見舞いに来てくれる恋人が。
前のぼくだった頃から大好きだった、恋人がちゃんといるんだから。
ハーレイに会うまでは、ホントのホントに不幸だった病気。
お休みの日に罹ってしまった病気。
友達と遊びに行けもしなくて、家で出来ることも減っちゃって。
本を読みたくてもベッドの中で読める分だけ、それでおしまいだった休日。
熱っぽい上に食欲も無くて、身体が重くて、だるかったりして。
いいことなんかは何も無くって、不幸のドン底。
なんでこんな日に病気なんだろう、って。
友達は元気に遊んでいるのに、ぼくはベッドで寝てるんだろう、って。
でも、今はハーレイがいてくれるから。
今のぼくには恋人がいるから、 ぼくはちっとも不幸じゃない。
欲を言うならほんのちょっぴり、ハーレイと楽しく過ごせない分だけ、ちょっぴり不幸。
いつものテーブルで向かい合わせで、ゆっくりお喋りが無理な分だけ。
ハーレイの膝の上に座って、くっついて甘えられない分だけ。
たったそれだけ、不幸なことは。
それよりももっと大きな幸せ、ぼくには恋人がいるってこと。
病気で寝込んじゃった時でも、訪ねて来てくれる恋人が。
ぼくが一人で寝込んでいたって、「病気だってな?」って声がするんだ、大好きな声が。
そうして額に大きな手。「熱もあるな」って。
前のぼくの記憶が戻って来る前、ぼくに聖痕が現れる前。
ぼくには恋人なんかいなくて、お見舞いにだって来てくれなかった。
恋人は何処にもいないんだから。
いない恋人が来るわけがなくて、お見舞いになんか来てくれなくて。
お休みの日に病気になったら、ホントのホントに不幸のドン底。
友達はお見舞いに来てくれない。
遊びの方に忙しいから、来てくれたって、何かのついで。
ぼくの家の表を通り掛かって「大丈夫か?」って寄ってくれても、直ぐ帰っちゃう。
「またな」って、遊びの続きをしに。
ぼくをベッドに一人残して、「じゃあな」って。
だけど今ではハーレイがいる。
ぼくの恋人、前のぼくだった時から恋人同士のハーレイ。
ハーレイがぼくの大事な恋人、ぼくを抱き締めてくれる恋人。
「キスは駄目だ」って叱るけれども、恋人だとは言ってくれるから。
ちゃんと恋人扱いだから、こんな時でも来てくれる。
ぼくを一人で放っておかずに、「大丈夫か?」って、お見舞いに。
来てくれたらきちんと側にいてくれる、ぼくがベッドから出られなくても。
「じゃあな」って直ぐに帰ったりしない、「またな」って直ぐに出て行きはしない。
ぼくがウトウト眠っちゃっても、起きたらハーレイがいてくれるんだ。
「起きたのか?」って。「どうだ、具合は?」って。
そのハーレイが来てくれるから、ぼくはちっとも不幸じゃない。
お休みの日に病気になっても、前よりもずっと幸せなんだ。
恋人がいるから、恋人がお見舞いに来てくれるから。
一人で寝てても、その内に、ちゃんと。
だから幸せ、とっても幸せ。
熱っぽくっても、プリンくらいしか食べられなくても、お休みの日でも。
ハーレイと楽しく起きてお喋り出来なくっても、ぼくは幸せ。
だって、ハーレイには会えるんだから。
お見舞いに来てくれるんだから。
(こうして寝てたら…)
ハーレイが部屋に来てくれる。
大好きなハーレイが、ぼくの恋人が。
ぼくが眠ってしまっていたって、帰らずに待っててくれる恋人が。
なんて幸せなんだろう。
恋人がいるっていうことは。
ぼくを大事にしてくれる人が、ぼくも大事に思ってる人が。
大好きでたまらない人が。
だから病気でも、ぼくは幸せ。
お休みの日に寝込んじゃっても、前と違って不幸じゃない。
恋人がいるから、ハーレイが来てくれるから。
「大丈夫か?」って、ぼくの大好きな声で具合を訊きに。
大きな手でそっと額を触って、「熱はどうだ?」って確かめるために。
前だったら、ホントにドン底だった病気だけれど。
ツイていないとベッドにもぐった、お休みの日の病気だけれど。
今は幸せ、恋人がいるから。
ベッドの中でぼくが丸くなってたら、きっとその内に声がするから。
「大丈夫か?」って訊いてくれる声、ぼくが大好きでたまらない声。
ぼくはちっとも不幸じゃない。
恋人がいるから、ハーレイが来てくれるんだから…。
恋人がいるから・了
※お休みの日に寝込んでしまったブルー君。それでも幸せみたいです。
お見舞いに来てくれるハーレイ先生。恋人に会えれば、もう充分に幸せなのですv
(恋人がいるというだけで…)
こうも違うか、と呟いてしまった金曜日の夜。
夕食を終えた後に移った書斎で、熱いコーヒーが入ったカップを手にして。
愛用の大きなマグカップ。
たっぷり入るのが気に入っているし、ゆっくり飲むならこのカップ。
夜の書斎でのんびり過ごすのも好きなのだけれど。
明日は休みだ、という金曜の夜は前から特別だったけれど。
その特別がもっと特別になった、小さなブルーに出会ってから。
前の生から愛し続けた恋人が戻って来てくれてから。
(…正直、忘れていたんだがなあ…)
恋人がいたことも、ブルーのことも。
前の自分が誰だったかさえも、まるですっかり忘れていて。
「キャプテン・ハーレイそっくりだ」と何度言われても、「その通りだな」と思っただけ。
「生まれ変わりか?」と尋ねられても笑っていただけ、「そんな馬鹿な」と。
俺は違うと、似ているだけだと。
他人の空似だと思い続けたキャプテン・ハーレイ。
ところがブルーに出会って分かった、それが自分だと。
前の自分はキャプテン・ハーレイ、そしてブルーは恋人だったと。
思い出したら、恋人が空から降って来た。
心にストンと入り込んで来た、愛しい人が。
自分はブルーが好きだったのだと、恋人なのだと、こみ上げて来た愛おしさ。
今のブルーは小さいけれども、十四歳にしかならない子供だけれど。
それでも立派に自分の恋人、前の生から愛した人で。
明日はブルーに会いにゆく。
用の無い週末は小さなブルーの家に出掛ける、ブルーと一緒に一日を過ごす。
ブルーは幼くてまだ子供だから、キスすらも交わせないけれど。
キスをするなら頬と額だけ、それが限界なのだけど。
それでもブルーは大切な恋人、生まれ変わって再び出会えた愛おしい人。
明日は会えると、共に過ごせると思えば心が浮き立つもので。
生き生きと輝く赤い瞳を早く見たくてたまらない。
ブルーとは学校でも会えるけれども、今日も立ち話をしたけれど。
それでは足りない、教師と生徒の会話だから。
恋人同士の語らいとはまるで違うから。
明日は休みだと、ブルーの家だと心が弾む。
こんな気持ちで翌日を待つのは、いったい何年ぶりだろう?
(あいつに会ってからは、ずっとこうだな…)
金曜日の夜を迎える度に。
明日は休みだという日が来る度に。
遠足を控えた子供さながら、自分でも苦笑してしまう。
これではまるでガキのようだと、楽しみにするにも程があるだろうと。
けれども心は抑えられない、ブルーに会えると躍る心は。
明日はブルーと過ごせるのだと弾む心は、浮き立つ心は。
(恋人がいるだけで違うんだよなあ…)
休日の前の夜の気持ちが。
明日は休みだという日の気持ちが。
楽しみだと思う心の弾み方、それが前とは全く違う。
同じ休日でも、同じ楽しみな休みの日でも。
ブルーに会う前も楽しく過ごした、休日となれば。
朝から軽くジョギングした後、ジムに出掛けて泳いでみたり。
柔道の道場に行って稽古をつけたり、愛車でドライブと洒落込んでみたり。
料理に凝っていた日もあったし、父と釣りにも出掛けたりした。
一日書斎にこもって読書三昧、それもまた良し。
とにかく充実していた休日、小さなブルーに出会う前でも。
何をしようかと計画を立てて楽しみに待って、その日を過ごして。
前の夜からワクワクと待った、明日は休みだと。
羽を伸ばそうと、明日は大いに楽しもうと。
(仕事は仕事で好きなんだがな?)
それでも休日はやっぱり違う。
自分のための自由時間で、どう過ごすのも自分の自由で。
それが最高だと、明日が楽しみだと、金曜の夜は心躍らせていたものなのに。
今ではそれが色褪せて見える、あの楽しかった頃の金曜の夜が。
(本当にまるで違うんだ…)
明日は休みだと弾む心の浮き立ち方が。
子供の頃にワクワクしていた遠足の前の夜と同じくらいに、あるいはもっと。
ブルーに会えるというだけで。
恋人に会いに出掛けられるというだけで。
今からこれでは、この先、いったいどうなるのだろう?
明日はブルーに会えるというだけで、こんなに心が弾むのならば。
会って話せるだけの恋人、抱き締めるのが精一杯で。
キスは額と頬に贈るだけ、そんな幼い無垢な恋人。
けれども、いつかは前と同じに、前のブルーと同じに育って…。
(休みとなったらデートなんだ…)
車でブルーを迎えに出掛けて、ドライブだとか。
食事に行ったり、街を歩いたり、今とは全く違った休日。
そうなれば、もっと…。
金曜の夜は心が弾んで、眠れない日も来るかもしれない。
明日はデートだと、ブルーと二人で出掛けるのだと。
(…ますますもって落ち着かないな)
金曜の夜の、自分の気持ち。
遠足の前の夜の子供以上に、きっとますます弾んでゆく。
恋人がいるというだけで。
前の生から愛し続けた、愛おしい人がいるだけで。
こんな気持ちは、本当に思いもしなかった。
小さなブルーが降って来るまでは、恋人が戻って来るまでは。
(恋人なあ…)
なんと大きい存在だろうか、恋人がいるだけで変わった世界。
色々なことが変わったけれども、金曜の夜の気持ちまで。
すっかり変わって、明日は休みだと躍る心は遠足の前の子供並みで。
(…楽しんでいたつもりだったんだが…)
こうなる前の休日もな、と思うけれども、色褪せた日々。
ジムで泳ぐのも、柔道の指導も、それにドライブも。
どれも敵わない、小さなブルーに会いにゆけるだけの休日に。
キスも出来ない恋人との逢瀬に、どれも太刀打ち出来はしなくて。
(あいつがいるだけで違うんだよなあ…)
小さなブルーがいるだけで違う、恋人がいるというだけで違う。
休日も、休日を心待ちにする金曜の夜も。
きっとこの先も、心浮き立つ金曜の夜が幾つも、幾つも。
恋人がいるだけで変わった金曜、明日は休みだと踊り出す心。
きっとますます弾んでゆく。
ブルーが育てば、大きくなれば。
今はブルーの家にゆくだけで、二人で話すというだけだけれど。
(いつかはデートも出来るしな?)
そう思うだけで、またも心が浮き立つから。
早くその日が来ないものかと騒ぎ出すから。
(…いかん、いかん)
眠れなくなるぞ、とコーヒーを喉に流し込んだ。
コーヒーはいつも飲んでいるから、それで眠れなくはならないから。
弾む心を、躍る心を落ち着けようと、いつもの一杯。
恋人がいるだけで踊り出す心、金曜の夜の弾む心に「落ち着け」と。
俺は遠足に行く前のガキじゃないんだからな、と。
効くかどうかは分からないけれど。
金曜の夜はいつもこうだし、恋人が出来てからは、ずっとこうなのだから…。
恋人がいるだけで・了
※ブルー君と過ごせる前の日の夜のハーレイ先生、ワクワクです。
小さなブルー君でも大事な恋人、恋人無しだった時代にはもう戻れませんねv
(降りそうだけど…)
家に帰るまでに降りそうだけど、と小さなブルーが見上げた空。
学校の帰りに乗る路線バス。
それを待つ間、バス停に立って。
バス停には雨よけの屋根がついているから、濡れる心配などは無い。
ポツリと来たって、大丈夫。
鞄の中には折り畳みの傘も入っているし…。
雨への備えは多分、充分。
今の所は、降りそうな空を仰いだ限りは。
きっと本降りにはならないと思う、そういう予報だったから。
午後から雨だと出ていた予報は、「大雨に注意」では無かったから。
朝の間はよく晴れていたし、曇り始めたのも午後の授業が始まった後で。
思った以上に青空が続いた、初夏の日射しが眩しかった日。
けれども、今は曇り空。
すっぽりと蓋を被せたみたいに、頭上の空はすっかり灰色。
明るかった太陽は消えてしまった、雲に覆われて。
天気予報の通りに雨雲、遠からず雨を降らせる雲。
雨はいつから降るのだろう?
バスを待つ間か、乗ってからか。
それとも家の近くのバス停、其処に着いてバスから降りる頃か。
(家に着くまでは持たないよね?)
この空模様では、長くは持たない。
その内にポツリと最初の一粒、あるいは音も立てずにハラリと。
そんな具合に雨が降ってくる、木々の青葉を潤す雨が。
次から次へと枝を、葉を伝う雨が降るのか、しっとりと水を含ませる雨か。
まだどちらとも分からないけれど、もうすぐ雨が落ちてくる。
サアッとバス停を抜けて行った風、湿り気を帯びて通った風。
雨の先触れ、何処かではもう降り始めていると知らせる風。
雲から雨が落ちてくるのはいつだろう?
灰色の雲から、自分の重みに耐えかねたように。
あるいは涙のような霧雨、雲の粒がそのまま舞い降りたような。
どちらが降るのか、そして草木を喜ばせるのか。
まるで読めない雲だけれども、雨は間違いなくやって来るから。
(ちょっと楽しみ…)
何処で降るかな、と弾んだ心。雨を待ち焦がれる自分の心。
じきに降るよと、家に帰るまでに、と。
普段は雨だと、あまり嬉しくないけれど。
雨の日よりかは晴れた日が好きで、帰り道から雨というのも嫌だけれども。
今日は特別、雨が降るのが待ち遠しい。
ふとしたはずみに、前の自分の記憶が掠めていったから。
帰り際に友達の一人が漏らした一言、「降りそうだぜ」という平凡な言葉。
それで気付いた、「地球の雨だ」と。
前の自分が焦がれ続けた青い星に雨が降るのだと。
辿り着けずに終わった地球に。
母なる青い水の星の上に。
そうだと気付けば、もうたまらなくて。
地球に降る雨の最初の一粒、それを見たいと心が騒いで。
まだ降らないかと、降りそうだけど、と遥か上の雲を見上げてしまう。
あそこから雨が降ってくると。
青い地球を青く染め上げる水が、それが零れて落ちてくると。
自分の上にも、自分の周りの地面にも。
青葉の季節を謳歌する木々にも、今の時期に咲く花の上にも。
(どうせだったら、最初の一粒…)
それを見てみたい、一番最初に雲を離れて来た水を。
青い地球の上に落ちて来た水を。
ポツリと落っこちた音がする前に、霧のような粒に触れてしまう前に。
本当を言えば、最初の一粒はとっくに落ちた後なのだけれど。
さっき吹いて来た先触れの風は、其処から吹いて来たのだけれど。
それでも自分の瞳に映れば、それが最初だと思うから。
あの雲から地面に零れ落ちて来た、一番最初の雨粒なのだと思えるから。
(まだかな、雨…)
降りそうだけれど、まだ降らない。
待っているのに降ってくれない。
最初の一粒を眺めたければ、このバス停にいる間。
バスの中だと、窓越しになってしまうから。
ガラス窓の向こう、最初の一粒の気配を見逃しそうだから。
(此処で駄目なら…)
バスから降りてからがいい。
バス停から家まで歩く途中で、きっと出会えるだろうから。
まだ降らないかと何度も空を仰いで歩けば、雨粒が落ちて来るだろうから。
降りそうだけど、と待っている内、走って来たいつもの路線バス。
乗り込む時に心で祈った、「降りませんように」と。
バスに乗っている間に雨の最初の一粒がポツリと落っこちて来ませんように、と。
(降りそうだけど…)
でも降らないで、とガラス窓越しに外を眺めて。
もしも降り始めたら分かるように、と懸命に目を凝らし続けて。
灰色の雲に「降らせないでよ?」と呼び掛け続けて、着いたバス停。
降られずに無事に着けたバス停。
此処で気を抜いては駄目だから。
降りた途端にポツリと来るかもしれないから。
それに備えて折り畳み傘をしっかりと持った、最初の一粒を見た後はこれ、と。
バスの中で手探りで出しておいた傘を。
鞄の底から引っ張り出しておいた、雨を遮るための道具を。
(最初の一粒は見たいけど…)
濡れるわけにはいかないから。
雨でずぶ濡れになってしまったら、弱い身体が風邪を引くから。
雨の最初の一粒を見よう、と身構えて降りたバス停の地面。
まだポツリとは降って来なくて、霧雨がハラリと顔にかかりもしなかったから。
もう大丈夫と、きっと見られると歩き始めた、家までの道を。
空を仰いで「まだだよね?」と確認しては、一歩前へと。
「もうすぐかな?」と、一歩前へと。
そうして歩いてゆく内に。
「降りそうだけど、まだ降らない…」と心で何度も呟く内に。
(そうだ、紫陽花…!)
雨を見るならあの花がいい、と真ん丸な花を思い出した。
無数の花が集まって咲く丸い紫陽花、遠い昔には梅雨の花。
梅雨と呼ばれた長雨の時期に、日毎に色を変えながら咲いた。
今では梅雨は無いけれど。
地球の地形がすっかり変わって、梅雨は無くなってしまったけれど。
それでも雨が似合う花だと評判なのが紫陽花だから。
今も人気の紫陽花だから。
(紫陽花…)
咲いている家に着くまで降らないで、と空に祈って。
もう少し待ってと、もう少しだけ、と急ぎ足で歩いて、見付けた紫陽花。
バス停から家まで歩く途中なら、この家が最初の紫陽花の家。
生垣の向こうに見事な紫陽花、青い手毬や桃色の手毬。
紫陽花の花が作った手毬。
色は幾つも、丸く纏まった花の数だけ。
生垣を越えて道に出ている花もあるから、此処で待つのがいいだろう。
雨の最初の一粒を。
青い水の星を染め上げる雨を、最初の粒が降ってくるのを。
折り畳みの傘を握って、待って。
曇った空を、今にも雨を降らせそうな空を何度も仰いで。
(降りそうだけど…)
もうすぐ降ると思うんだけど、と待ち続けていたら。
紫陽花のある家の脇に佇んで待ち受けていたら。
(あ…!)
ポツリ、と紫陽花に落ちた雨粒。
鮮やかな緑の葉の上に、一つ。
(今の、見えた…?)
自分はきちんと見ていただろうか、雨粒が其処へ落ちてゆくのを。
緑色の葉が揺れる所を。
(んーと…)
まるで全く、無い自信。
見ていたと言い切れない自分。
(もしかして、ぼく、失敗しちゃった…?)
見逃したろうか、あんなに見たいと願ったのに。
見ようと思って頑張ったのに。
ポツリ、と再び落ちた雨粒。
今度は青い手毬の上に。紫陽花の花の手毬の上に。
(さっきの雨粒…)
最初の一粒を見逃したかも、と思う気持ちはあるけれど。
今の雨粒も、落ちて来るのを見ていなかったような気もするけれど。
(でも、紫陽花…)
雨の粒を纏って微かに揺れる花は綺麗で。
雨の精が其処にいるかのようで。
(これで充分…)
そんな気がした、この雨粒は地球の雨だと。
青い地球と同じに青い紫陽花、その花の上に地球の雨が降ると。
桃色の花もあるけれど。
青い花だけではないのだけれども、雨の精。
きっとそうだと、雨の精が此処に落っこちて来た、と。
ポツリ、と雨がまた落ちたから。
(いけない…!)
慌てて折り畳み式の傘を広げた、濡れないように。
風邪を引いたりしないように。
そうして、また紫陽花と雨を見詰める。
最初の一粒は見逃したけれど、地球に降る雨はとても綺麗だと。
降りそうだからと待って良かったと、この雨粒が紫陽花も地球も青く染め上げてゆくのだと…。
降りそうだけど・了
※ブルー君が見たいと頑張っていた、雨の最初の一粒。まだ降らないで、と。
見逃しちゃったみたいですけど、紫陽花と雨で大満足のブルー君ですv
(ふうむ…)
これは一雨来るかもな、とハーレイが窓越しに眺めた空。
ブルーの家を訪ねてゆこうとしている休日の朝に。
目覚めてカーテンを開けた時には、日が射していた。
爽やかな初夏の青い空から。
天気予報も雨ではなかった、少なくとも昨夜の段階では。
今日も晴れだと、いい天気なのだと思ったのに。
いつの間にやら湧いていた雲、曇ってしまった窓の外。
朝食を作っていた間は晴れていたと思う、光が眩しかったから。
キッチンに射し込む光を眺めた覚えがあるから。
ケトルが、鍋が輝いていた。朝の光に。
コーヒーを淹れようと沸かしていたケトル、其処に朝の光。
温野菜にしようとブロッコリーを茹でていた鍋にも、明るかった日射し。
こんな朝はとても気持ちがいい、と卵をパカリと割ってもいた。
盛り上がった黄身が太陽のようだと、栄養たっぷりの小さな太陽、と。
なのに、いつの間に曇ったのか。
太陽が雲に覆われたのか。
ダイニングのテーブルに並べた皿には、もう日が射してはいなかった。
熱いコーヒーを満たしたマグカップにも、料理の皿にも朝の光は全く無くて。
小さな太陽を入れて焼いたオムレツ、其処にも明るい日射しは無くて。
キツネ色に焼けた分厚いトースト、それにも朝の光は射さない。
真夏の太陽を閉じ込めたような、夏ミカンのマーマレードの瓶にも。
知らない間に曇っていた空、窓の向こうに見える空。
一雨来そうな塩梅だけれど、さて、こんな日にはどうするか。
(あいつの家なあ…)
何ブロックも離れた所に、両親と住んでいるブルー。
生垣に囲まれた家で、自分を待っているだろう小さなブルー。
きっと目覚めて直ぐの頃から、首を長くして「まだ来ないかな?」と。
「今日はハーレイが来る日なんだよ」と、小さな胸を高鳴らせて。
早起きして今頃は掃除中かもしれない、自分の部屋の。
一雨来そうな天気だからと、行くのをやめることなどしない。
そんな選択肢は、もとより無い。
仕事の無い休日はブルーの家で、と決めているから。
雨が降ろうが、槍が降ろうが、ブルーの家には出掛けるもの。
二人で過ごしに出掛けてゆくもの。
けれども其処に問題が一つ、ブルーの家まで行く道筋。
それに方法、それをどうするか。
予報通りに晴れていたなら、目覚めた時と変わらずに晴れていたならば。
もちろん歩いて出掛けてゆく。
初夏の青空の下を歩いて、眩い日射しを浴びて踏み出す足取りも軽く。
前へ、前へと、ブルーの家へと。
時にはステップを踏みたくなる足、心と同じに弾みそうな足で。
ところが、曇ってしまったから。
一雨来そうな空模様だから、どうすべきかと考えてしまう。
晴れ渡った空が嘘だったように、灰色の雲が覆ったから。
地球の全てを照らす太陽、それが隠れてしまったから。
(この分だと、いずれ降りそうだよなあ…)
どう見ても雨を運びそうな雲。
水分を一杯に含んで重たそうな雲、雨を降らせる雲の類で。
いきなりザッと本降りになるか、しとしとと草木を潤す雨か。
それが読めない、ただ見ただけでは。
窓越しに雲を眺めるだけでは。
(前の俺なら…)
こんな時には計器を眺めた、シャングリラの外はどうなのかと。
常に船体を覆っていた雲、アルテメシアの雲海の雲。
白いシャングリラは雲の海の中、浮上することなど決して無くて。
ジョミーを救いに初めて外へと出ていったくらい、それまでは雲の海の中。
白い鯨を隠していた雲、隠れ蓑だった雲海の雲。
それの性質を見誤らないよう、いつもデータを取り続けていた。
船体を雹が叩かないかと、雷雲に遭遇しはしないかと。
雹や雷で傷付く船ではなかったけれど。
白い鯨は頑丈だったけれど、それでも見ていた雲たちのデータ。
今はどうかと、外にある雲はどういう雲かと。
そうした計器とは縁の無い今、雲を読むなら勘だけが頼り。
いきなり降るのか、激しい雨なのか、しとしとと降らせる雲なのか。
もちろん今でもデータは見られる、調べさえすれば。
天気予報はどんな様子かと、教えて貰える所さえ見れば。
(だが、そいつはなあ…)
味が無いしな、と心で呟く、データに頼るのは好きではないと。
もっとレトロに観天望気。
それが好きだと、性に合うのだと。
経験を元に天気を読むのが観天望気。
雲が流れてゆく方向やら、生き物たちの様子やらで。
釣りが大好きな父に仕込まれた、「今みたいな雲と風の感じだと…」といった具合に。
前の自分とは全く縁が無かった世界。
勘が頼りの天気予報など、一度も出来はしなかった。
「きっとこうなる」と予想を立てても、まずは裏付け、それが肝心。
でないと船は動かせない。
キャプテンとしての指示は出せない、「俺の勘だ」の一言では。
勘が「こうだ」と告げていたとしても、皆を納得させるだけの理由。
それが無ければ何も出来ない、自分が「こうだ」と確信しても。
自分だけにしか掴めない兆候、それを見出しても、データの中から読み取らねば。
「これが証拠だ」と示せるデータを。
皆が信じてくれるデータを。
(それに比べりゃ、今の時代は…)
いいもんだな、と大きく伸びをした。
自分の勘で天気を読んでも、誰も怒って来はしない。
「データは何処にあるんだい?」だのと呆れられてしまうことも無い。
「さっさとデータを出せと言うんじゃ!」と罵声が飛んで来ることも。
そんな時代に生まれたからには、やはりレトロに観天望気。
自分の性にも合っている上、これがなかなか楽しいから。
読んだ天気が当たれば嬉しい、流石は俺だと、俺の勘だと。
外してしまえば悔しいけれども、自分が選んだ道だから。
「晴れると思ったのに、雨だとはな」と嘆きながらも、「次があるさ」と考える。
次こそはきっと間違えないと、読み誤らずに当ててみせると。
雲の動きを、風の流れを読んで決めるのが観天望気。
器機に頼らず、経験だけで。
自分が今まで生きた人生、そこで積み重ねたデータが全て。
「こう雲が出れば、天気はこう」という先人の知恵も、今の自分が得たデータ。
計器の代わりに、リアルタイムで表示されてゆくデータの代わりに、自分の勘で読み取る天気。
(さて、今日は…)
どうなるだろうか、この雲は。
空一杯に広がった雲は、どのくらいの雨を運ぶだろうか?
一雨来るのは何時頃なのか、いきなり本降りか、しとしとと降るか。
ダイニングの窓を開け、流れ込んで来た風を吸い込んで。
庭の木々の上を流れてゆく雲を見上げて、「よし」と大きく頷いた。
(そう酷い雨は降らないさ)
ブルーの家まで歩いて行っても、道の途中で降られたとしても。
叩き付けるような雨は降らない、この様子ならば。
折り畳み式の傘があれば充分、傘が無くてもシールドでいける。ほんの僅かなシールドだけで。
(歩くとするかな)
ブルーの家まで。
折り畳みの傘をお供に歩いて、曇ってしまった空の下を。
もしも途中で降られたとしても、今の季節は…。
(…紫陽花の花が綺麗なんだ)
日毎に色を変えてゆく紫陽花、あの花は雨が似合うから。
しっとりと濡れた姿がいいから、今日は歩いて出掛けてみよう。
本降りになりはしない筈だと、自分の勘が告げるから。
誰にも文句を言われないで済む、今の自分の予報だから。
計器もデータも、今の時代はもう要らない。
キャプテン・ハーレイだった頃と違って、自分の勘だけで天気を読める。
間違えても、それも一興だから。
「降られちまった」と本降りの雨で難儀するのも、また楽しいから。
ブルーの家まで歩いてゆこう。
一雨来そうな曇り空の下を、紫陽花の花を幾つも探しながら…。
降りそうな天気・了
※ブルー君の家まで歩いて行くべきか、どうしようかと空模様を気にするハーレイ先生。
自分の勘だけで天気予報をしてもいいのが今の時代で、責任もずっと軽いのですv
(んーと…)
いつもの、ぼくの通学路。
通学路って言っても、家からバス停までだけど。
今の学校は身体の弱いぼくには遠くて、歩いて通うのは無理だから。
おんなじような場所から、もっと遠くから、歩いて通う友達もいるけれど。
自転車で通う友達もいるけど、ぼくの通学は路線バス。
だから通学路はほんのちょっぴり、歩く距離はホントに少しだけ。
バスに乗ってゆく道路も多分、通学路ってことになるとは思う。
思うけれども、自分の足では歩いてないから、やっぱり違う。
ぼくの通学路はほんの少しだけ、家とバス停の間だけ。
今日も学校の帰りにバスに乗って来て、バス停で降りて。
家の方へと歩き始めて、ふと考えた。
晴れた休日には、ぼくの家までハーレイが歩いて来てくれる。
何ブロックも離れたハーレイの家から、二本の足で颯爽と。
窓から見てると、バス停の方から来るハーレイ。
ぼくの通学路と同じ道筋を、ハーレイは歩いて来るんだけれど…。
(ハーレイ、大通りは歩かないって…)
車の多い道路は歩かないって聞いた、楽しくないから。
同じ歩くなら、車よりも人の方が多そうな道。
車は時々通る程度で、散歩の人とかが歩いてる道が好きだって。
そういう道をハーレイはやって来るんだけれど。
晴れた日は歩いて来るんだけれど…。
(バス停の所は通らないのかな?)
あそこの通りは車が多いし、ハーレイはきっと好きじゃない。
だから通りを歩いては来ない、歩くとしたって途中から。
バス停の近くでヒョイと通りに出て来るんだろう、それまで歩いていた道から。
ハーレイが好きな、車よりも人が多い道から。
そう考えると、バス停だってハーレイは通ってないかもしれない。
たまには「此処であいつが降りるのか」って、通ってみるかもしれないけれど。
ぼくと同じ道を自分の足で歩いてみようと、バス停の所から歩いて来るかもしれないけれど。
(…ぼくと同じ道…)
ハーレイが歩いて来る時の道と、ぼくの歩く道とが重なるとしたら、通学路だけ。
バスに乗ってるぼくの道筋と、大通りは歩かないハーレイの道は殆ど重ならない。
気付いちゃったら、とても貴重な通学路。
ハーレイの足と、ぼくの足とが通ってゆくのが通学路。
ぼくの家とバス停の間のほんのちょっぴり、うんと短い距離だけれども。
おんなじ道を歩いてるんだ、って思うと胸がドキドキしてくる。
ハーレイも此処を歩くんだよ、って。
ぼくよりもずっと大きな歩幅で、ずっとがっしりした足で。
靴だってぼくよりうんと大きい、その靴を履いたハーレイの足が歩いてる。
晴れた休日には、ぼくの通学路を。
ぼくの家へ行こうと、今、ぼくが家へ帰るのに歩いているのと同じ方へと。
(…この辺かな?)
ハーレイの足が踏んでる場所、って足をストンと下ろしたけれど。
そこにハーレイの足跡は無くて、重なったかどうか分からない。
もう一歩、って踏み出してみても、やっぱり分からない、ハーレイが踏んでいった跡。
大きな足が歩いてた場所は分からない。
よく考えたら、道幅の分だけ、ある可能性。
ハーレイの足が其処を通った可能性。
道の右側を歩いているのか、左側を歩くのが好きなのか。
車が少ないこんな道だと、歩道の印はついてない。
右でも左でも好きに歩けて、車が無ければ真ん中だって。
ぼくだっていつも好きに歩くし、真ん中を歩く日も珍しくないし…。
(…ハーレイは、どっち?)
右か左か、それとも真ん中。
ぼくの家の前までやって来たなら、そこはもちろん、ぼくの家のある側を歩くだろうけど…。
それまでの間が分からない。
ぼくと同じでまるで気まぐれ、庭とか垣根の花を見ながら好きに歩いているかもしれない。
時には道の真ん中だって。
右の側から左側へと、道を渡って行ったりもして。
ハーレイの足が通っているのと、同じ所を行きたいけれど。
ぼくの家まで足跡を辿って行きたいけれども、見えない足跡。
大きな足跡はついていなくて、目印なんかも全く無くて。
(確実におんなじ場所を踏むなら…)
これだ、って道路を横切った。
真っ直ぐ、真横に。
右足の直ぐ前に左足を出して、次は左足の前に右足。
少しの隙間も出来ないように、両足で描いた一本の線。
道を渡り切って、見えない線を振り返ってみて、「よし!」と満足したけれど。
この線の何処かがハーレイの歩いた跡と重なったと思ったけれど。
(…ちょっと待って…!)
ハーレイの歩幅はうんと広くて、ぼくの足の幅とは比較にならない。
歩幅でもハーレイに敵わないのに、それよりも狭い足の幅。
一番広い部分でも…。
(たったこれだけ…)
靴を見下ろしてついた溜息、十センチにだって足りない幅。
そんな小さな足と靴とで線を一本引いてみたって、ハーレイの足なら…。
(ヒョイって跨いで終わりなんだよ)
つまりはハーレイが通って行った地面を踏んでみたいのなら、歩幅の分。
大きな足で踏み出す一歩の分だけ、地面を踏んでゆかなきゃならない。
道路を真っ直ぐ、真横に進んで。
右足の直ぐ前に左足を出して、その次は左足の前に右足で。
そうやって頑張って線を引き続けて、ハーレイの歩幅と同じだけ地面を踏んだなら。
何処かできっと重なってくれる、ぼくの足とハーレイの足が踏んだ場所。
絶対、何処かで重なるけれども、それは間違いないけれど。
(…何回くらい?)
十センチにも足りない、ぼくの足の幅。
ハーレイの歩幅と同じだけの幅を踏んでゆくなら、何回、道を真っ直ぐだろう?
今、引いた線の直ぐ横を向こうへ渡り直せば、踏んだ幅は二十センチになるけれど。
その向こう側から、またこちらへと渡って来たなら、三十センチになるけれど。
(ハーレイの足…)
靴のサイズだってうんと大きい、二十センチじゃとても足りない。
三十センチを超えていそうな、大きな靴を履いている足。
その足で大股で歩いているなら、歩幅はぐんと大きくなるから…。
道路を眺めて溜息をついた、おんなじ地面はとても踏めない。
頑張ってハーレイの歩幅の分だけ線を引いても、重なる場所は少しだけ。
それが何処だか分かりはしないし、いつ重なったか分からない。
どんなに頑張って線を引いても、道路を何回、渡り直しても。
(何処で重なったか分からないなんて…)
それじゃ踏んでる意味が無い。
ハーレイの歩幅と同じ分だけ、この道を踏む意味が無い。
ぼくが踏みたいのはハーレイの足跡、ハーレイが踏んだ地面だから。
そこを歩いて、「ここなんだよ」って、あったかい気持ちになりたいんだから。
(おんなじ道を歩いてるのに…)
ハーレイが来るのと同じ道。
歩いて来るのと同じ道筋、ほんの少しの通学路。
何処かで絶対、重なってるのに、ハーレイの足が通ってるのに。
だけど踏めない、ハーレイの足が踏んでった地面。
なんの印もついてないから、足跡も残っていないから。
ハーレイの足が踏んだ地面を歩きたいのに、おんなじ所を歩きたいのに。
そう思うけれど、印なんかは無い地面。
うんと大きなハーレイの歩幅と、小さなぼくの小さな歩幅。
ハーレイの足跡がついているなら、見えているなら…。
(その通りに歩いて行くんだけどな…)
精一杯に足を踏み出して、大きな足跡を「えいっ!」と踏んで。
バランスを崩して転びそうなほどに違う歩幅でもかまわない。
転んじゃってもかまわない。
ハーレイが歩いたのと同じ地面を歩いてゆきたい、ぼくの家まで。
(何処を歩いているんだろう…?)
右か左か、真ん中なのか。
大きな足が踏んでゆくのは、この通学路の何処なのか。
分からないから、気分だけでも、って「えいっ!」と前へと踏み出した。
頑張って家までこうして歩こう、ハーレイの足跡を踏んでる気分で。
おんなじ地面を歩いてるつもりで、大股で。
誰かに見られて、笑われちゃってもかまわない。
今日のぼくはハーレイとおんなじ地面を歩きたい気分、そうして家まで帰るんだから…。
歩きたい地面・了
※ハーレイ先生が歩いた地面を歩きたくなったブルー君。足跡も目印も無い道路で。
考えた末に「えいっ!」と大股、そういう姿も可愛いですよねv
