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転勤したら
(…転勤か…)
 あれが運命の出会いだったな、とハーレイが、ふと考えたこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(…心臓が止まりそうになったんだが…)
 いきなり生徒が血塗れなんだし、と衝撃の瞬間は忘れられない。
 ブルーに聖痕が現れた日のことで、居合わせた教師は、ハーレイだけだった。
 事故だと思って駆け寄った途端、膨大な記憶が蘇って来た。
 遠く遥かな時の彼方で、自分が何と呼ばれていたのか、血塗れの生徒が誰なのかも。
(……まさに運命の巡り合わせで……)
 奇跡のように再会出来たのが、前の生での愛おしい人。
 今日は会えずに終わったけれども、明日には、きっと会えるだろう。
 明日が駄目でも、明後日もある。
 その次の日も、ちゃんとあるのだし、週末はブルーの家を訪ねるのだから。


 もっと早くに出会いたかった、と思う気持ちは否定出来ない。
 神様が決めた巡り合わせだけに、「あの日しか無かった」と分かってはいる。
 前の学校で引き留められたせいで、着任が遅れてしまったのも仕方ない。
 それでも「もしも」と考えるほどに、ブルーと再会してから後の人生は素晴らしい。
(あいつに会えていなかったなら、今日の俺だって…)
 ただの寂しい独身人生、とハーレイは苦笑してしまう。
 ブルーと再会する前の自分が「寂しい独身」だったとは、まるで思いはしないけれども。
 独身人生には違いなくても、ハーレイなりに日々を楽しんでいた。
 ジョギングをしたり、料理に凝ったり、趣味の読書に勤しんだりと、自分の時間を有効活用。
 教師の仕事が多忙な時でも、一人暮らしに不満を覚えはしなかった。
(残業を済ませて家に帰ったら、真っ暗な部屋でも…)
 灯りを点けたら明るくなるのだし、寂しさなどは感じない。
 どちらかと言えば、ブルーと出会った後の今の方が、そうした場面で寂しくなる。
(…帰って来たって、あいつは家にいないんだしな…)
 そいつが寂しい、とブルーの顔を思い浮かべたら、溜息が一つ零れ落ちた。
 「帰ったら、ブルーが迎えてくれる暮らし」は、まだ何年も待たないと来てはくれない。


 ブルーが結婚出来る年の十八歳にならない限り、この家で一緒に暮らせはしない。
 今の学校を「ブルーが卒業してから」の話で、四年近くもかかる勘定。
(…それまでの間は、学校の中か、あいつの家くらいでしか…)
 会えるチャンスは来ないわけだ、とハーレイは寂しく思うのだけれど、待つしかない。
 あと四年ほど待っていたなら、この家にブルーを迎えられる。
(……たった四年だ……)
 俺の任期は、その後、数年くらいだろうな、と「今の学校」で過ごす期間を考えてみた。
 同じ学校に何年いるかは、厳密に言えば、明確な決まりは設けられていない。
 「このくらいだ」という目安はあるのだけれど、誰もが「そうなる」わけではない。
(現場と、周りの状況次第で…)
 同じ学校で長く教師をする者もいれば、短めの期間で転勤してゆく者も少なくなかった。
 ハーレイの場合も、長く勤めた学校もあれば、そこそこの期間で別れた学校もある。
 今の学校が「どちらになるのか」は、任期が終わるまで分からないだろう。
 早い転勤になったとしたなら、ブルーが在学している間に、他の学校に移ることになる。
 いくら「ブルーの守り役」だからと言っても、特別扱いは無いかもしれない。
(そもそも、あいつが卒業しちまったら…)
 守り役を続けられはしないし、卒業までの期間限定で、その任に就いているというだけ。
 学校の側で、やむを得ない事情が出来てしまえば、任期が終わるよりも前に、転勤もある。


(…運次第か…)
 あいつの卒業まで、今の学校で教師をしてるかどうかは、とハーレイは気付かされた。
 何処かの学校で「ハーレイ」のような人材が必要になったら、転勤だろう。
 今すぐとまでは言われなくても、年度末には辞令が出る。
 「この学校に赴任してくれ」と指示が来た時は、従うしかない。
(…転勤したら、今の暮らしは続けられないよな…)
 仕事帰りに、あいつの家に寄り道なんぞは出来やしないぞ、と一番に考えた。
 転勤先の学校が、ほんの近くで、隣の校区くらいだったら、帰り道に寄ることも出来る。
 とはいえ、そうそう幸運は無くて、過去の経験からしてみても、新しい学校がある場所は遠い。
(隣の校区どころか、このデカい町の反対側で…)
 車を飛ばして走って来たって、半時間以上はかかるとかな、と溜息が出そう。
 来られない距離ではないのだけれども、帰りに気軽に行けそうにない。
(第一、俺には苦ではなくても…)
 ブルーの両親は、そうは考えないだろう。
(わざわざ時間を作って、遠い所から来るわけだから…)
 恐縮するのは目に見えているし、もうそれだけで、充分に高いハードルだった。
 毎日など、とても来られない。
(せいぜい、週に一回か二回…)
 家に行ければ上等だ、という気がする。
 今は近いから、金曜日の仕事帰りに寄っていたって、土曜も平気で訪問出来る。
 ところが、「遠路はるばる」となった場合は、金曜に時間が取れたとしても、行きにくい。
 ブルーの両親に「息子のためだけに、申し訳ない」と、気を遣わせてしまうだろうから。


 こいつは困った、と「転勤」の文字が、ハーレイの頭の中で回り始める。
 ブルーと一緒に暮らし始めた後のことなら、問題は無い。
 「来年から、別の学校らしい」とブルーに告げれば、それでおしまい。
 ブルーが「そうなの? ぼくも知ってる学校かな?」と知りたがる程度。
(でもって、俺が転勤してから後に、ドライブついでに…)
 「此処が新しい学校なんだ」と、ブルーに車から見せてやればいい。
 グラウンドに知り合いの教師がいたなら、駐車場に車を止めたっていい。
(俺の嫁さんだから、学校の中を見せてやってもいいだろうか、と…)
 尋ねさえすれば、多分、断られはしないだろう。
 「どうぞ、どうぞ」と招き入れてくれて、グラウンドだけを見るつもりでも…。
(校舎の中まで見せてくれるとか、運が良ければ、ちょいとお茶まで…)
 淹れて貰えることもあるよな、と自分もやったことがあるから、想像がつく。
 部活の指導で学校にいた時、何度か、そういう場面があった。
(鍵を開けなきゃ、校舎に入れないなら別なんだが…)
 開いているなら、中に入って見て貰っても構わない。
 お茶を出せる場所があった時には、お茶を淹れたし、後で咎められることも無かった
(…新しい職場が、結婚した後に来たら、そのコースで…)
 ブルーを案内出来るけれども、その前だったら、ピンチでしかない。


(……あいつを案内してやるどころか、家にも御無沙汰……)
 月に何回、顔を出せるやら、と考えただけで頭痛を覚えてしまいそう。
 ハーレイ自身も寂しいけれども、ブルーは「寂しい」どころの騒ぎではない。
 今でさえ、「ハーレイ、来てくれなかったじゃない!」と不満げな顔を見せる日がある。
 転勤して学校で会えない上に、家にも殆ど来ないとなったら、どうなることやら。
(それこそ毎日、泣きの涙で…)
 過ごしかねんぞ、と思うものだから、転勤は勘弁して欲しい。
 いくら人材が不足していて、「ハーレイ先生、是非に!」などと、頭を下げて頼まれても。
 「行ってくれるなら、特別に手当てを出すから」と、給料を上げる条件を出されても。
(あいつが本当に必要なものは、守り役じゃなくて…)
 前の生での恋人なんだ、と分かっているから、祈るしかない。
 転勤の話が来るかどうかは、もう本当に、運の問題。
 何処かで人材が不足しない限り、今の学校にいられる期間は、充分にある。
 ブルーが卒業してゆく年を迎えても、まだ数年は勤められる筈だった。
(……神様、どうぞ、今の学校で……)
 当分の間、お願いします、とハーレイは祈らないではいられない。
 ブルーが在籍している間に転勤したら、大変だから。
 ハーレイが寂しく思う以上に、愛おしい人が寂しがる上、涙を流す日々だろうから…。



          転勤したら・了


※転勤について考えてみた、ハーレイ先生。ブルー君と結婚した後なら、問題はゼロ。
 けれど、ブルー君が卒業する前に、転勤となると、とんでもないことになりそうですねv






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