(んーと…)
いつもの、ぼくの通学路。
通学路って言っても、家からバス停までだけど。
今の学校は身体の弱いぼくには遠くて、歩いて通うのは無理だから。
おんなじような場所から、もっと遠くから、歩いて通う友達もいるけれど。
自転車で通う友達もいるけど、ぼくの通学は路線バス。
だから通学路はほんのちょっぴり、歩く距離はホントに少しだけ。
バスに乗ってゆく道路も多分、通学路ってことになるとは思う。
思うけれども、自分の足では歩いてないから、やっぱり違う。
ぼくの通学路はほんの少しだけ、家とバス停の間だけ。
今日も学校の帰りにバスに乗って来て、バス停で降りて。
家の方へと歩き始めて、ふと考えた。
晴れた休日には、ぼくの家までハーレイが歩いて来てくれる。
何ブロックも離れたハーレイの家から、二本の足で颯爽と。
窓から見てると、バス停の方から来るハーレイ。
ぼくの通学路と同じ道筋を、ハーレイは歩いて来るんだけれど…。
(ハーレイ、大通りは歩かないって…)
車の多い道路は歩かないって聞いた、楽しくないから。
同じ歩くなら、車よりも人の方が多そうな道。
車は時々通る程度で、散歩の人とかが歩いてる道が好きだって。
そういう道をハーレイはやって来るんだけれど。
晴れた日は歩いて来るんだけれど…。
(バス停の所は通らないのかな?)
あそこの通りは車が多いし、ハーレイはきっと好きじゃない。
だから通りを歩いては来ない、歩くとしたって途中から。
バス停の近くでヒョイと通りに出て来るんだろう、それまで歩いていた道から。
ハーレイが好きな、車よりも人が多い道から。
そう考えると、バス停だってハーレイは通ってないかもしれない。
たまには「此処であいつが降りるのか」って、通ってみるかもしれないけれど。
ぼくと同じ道を自分の足で歩いてみようと、バス停の所から歩いて来るかもしれないけれど。
(…ぼくと同じ道…)
ハーレイが歩いて来る時の道と、ぼくの歩く道とが重なるとしたら、通学路だけ。
バスに乗ってるぼくの道筋と、大通りは歩かないハーレイの道は殆ど重ならない。
気付いちゃったら、とても貴重な通学路。
ハーレイの足と、ぼくの足とが通ってゆくのが通学路。
ぼくの家とバス停の間のほんのちょっぴり、うんと短い距離だけれども。
おんなじ道を歩いてるんだ、って思うと胸がドキドキしてくる。
ハーレイも此処を歩くんだよ、って。
ぼくよりもずっと大きな歩幅で、ずっとがっしりした足で。
靴だってぼくよりうんと大きい、その靴を履いたハーレイの足が歩いてる。
晴れた休日には、ぼくの通学路を。
ぼくの家へ行こうと、今、ぼくが家へ帰るのに歩いているのと同じ方へと。
(…この辺かな?)
ハーレイの足が踏んでる場所、って足をストンと下ろしたけれど。
そこにハーレイの足跡は無くて、重なったかどうか分からない。
もう一歩、って踏み出してみても、やっぱり分からない、ハーレイが踏んでいった跡。
大きな足が歩いてた場所は分からない。
よく考えたら、道幅の分だけ、ある可能性。
ハーレイの足が其処を通った可能性。
道の右側を歩いているのか、左側を歩くのが好きなのか。
車が少ないこんな道だと、歩道の印はついてない。
右でも左でも好きに歩けて、車が無ければ真ん中だって。
ぼくだっていつも好きに歩くし、真ん中を歩く日も珍しくないし…。
(…ハーレイは、どっち?)
右か左か、それとも真ん中。
ぼくの家の前までやって来たなら、そこはもちろん、ぼくの家のある側を歩くだろうけど…。
それまでの間が分からない。
ぼくと同じでまるで気まぐれ、庭とか垣根の花を見ながら好きに歩いているかもしれない。
時には道の真ん中だって。
右の側から左側へと、道を渡って行ったりもして。
ハーレイの足が通っているのと、同じ所を行きたいけれど。
ぼくの家まで足跡を辿って行きたいけれども、見えない足跡。
大きな足跡はついていなくて、目印なんかも全く無くて。
(確実におんなじ場所を踏むなら…)
これだ、って道路を横切った。
真っ直ぐ、真横に。
右足の直ぐ前に左足を出して、次は左足の前に右足。
少しの隙間も出来ないように、両足で描いた一本の線。
道を渡り切って、見えない線を振り返ってみて、「よし!」と満足したけれど。
この線の何処かがハーレイの歩いた跡と重なったと思ったけれど。
(…ちょっと待って…!)
ハーレイの歩幅はうんと広くて、ぼくの足の幅とは比較にならない。
歩幅でもハーレイに敵わないのに、それよりも狭い足の幅。
一番広い部分でも…。
(たったこれだけ…)
靴を見下ろしてついた溜息、十センチにだって足りない幅。
そんな小さな足と靴とで線を一本引いてみたって、ハーレイの足なら…。
(ヒョイって跨いで終わりなんだよ)
つまりはハーレイが通って行った地面を踏んでみたいのなら、歩幅の分。
大きな足で踏み出す一歩の分だけ、地面を踏んでゆかなきゃならない。
道路を真っ直ぐ、真横に進んで。
右足の直ぐ前に左足を出して、その次は左足の前に右足で。
そうやって頑張って線を引き続けて、ハーレイの歩幅と同じだけ地面を踏んだなら。
何処かできっと重なってくれる、ぼくの足とハーレイの足が踏んだ場所。
絶対、何処かで重なるけれども、それは間違いないけれど。
(…何回くらい?)
十センチにも足りない、ぼくの足の幅。
ハーレイの歩幅と同じだけの幅を踏んでゆくなら、何回、道を真っ直ぐだろう?
今、引いた線の直ぐ横を向こうへ渡り直せば、踏んだ幅は二十センチになるけれど。
その向こう側から、またこちらへと渡って来たなら、三十センチになるけれど。
(ハーレイの足…)
靴のサイズだってうんと大きい、二十センチじゃとても足りない。
三十センチを超えていそうな、大きな靴を履いている足。
その足で大股で歩いているなら、歩幅はぐんと大きくなるから…。
道路を眺めて溜息をついた、おんなじ地面はとても踏めない。
頑張ってハーレイの歩幅の分だけ線を引いても、重なる場所は少しだけ。
それが何処だか分かりはしないし、いつ重なったか分からない。
どんなに頑張って線を引いても、道路を何回、渡り直しても。
(何処で重なったか分からないなんて…)
それじゃ踏んでる意味が無い。
ハーレイの歩幅と同じ分だけ、この道を踏む意味が無い。
ぼくが踏みたいのはハーレイの足跡、ハーレイが踏んだ地面だから。
そこを歩いて、「ここなんだよ」って、あったかい気持ちになりたいんだから。
(おんなじ道を歩いてるのに…)
ハーレイが来るのと同じ道。
歩いて来るのと同じ道筋、ほんの少しの通学路。
何処かで絶対、重なってるのに、ハーレイの足が通ってるのに。
だけど踏めない、ハーレイの足が踏んでった地面。
なんの印もついてないから、足跡も残っていないから。
ハーレイの足が踏んだ地面を歩きたいのに、おんなじ所を歩きたいのに。
そう思うけれど、印なんかは無い地面。
うんと大きなハーレイの歩幅と、小さなぼくの小さな歩幅。
ハーレイの足跡がついているなら、見えているなら…。
(その通りに歩いて行くんだけどな…)
精一杯に足を踏み出して、大きな足跡を「えいっ!」と踏んで。
バランスを崩して転びそうなほどに違う歩幅でもかまわない。
転んじゃってもかまわない。
ハーレイが歩いたのと同じ地面を歩いてゆきたい、ぼくの家まで。
(何処を歩いているんだろう…?)
右か左か、真ん中なのか。
大きな足が踏んでゆくのは、この通学路の何処なのか。
分からないから、気分だけでも、って「えいっ!」と前へと踏み出した。
頑張って家までこうして歩こう、ハーレイの足跡を踏んでる気分で。
おんなじ地面を歩いてるつもりで、大股で。
誰かに見られて、笑われちゃってもかまわない。
今日のぼくはハーレイとおんなじ地面を歩きたい気分、そうして家まで帰るんだから…。
歩きたい地面・了
※ハーレイ先生が歩いた地面を歩きたくなったブルー君。足跡も目印も無い道路で。
考えた末に「えいっ!」と大股、そういう姿も可愛いですよねv
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