(タイムスリップなあ…)
そういう現象があるらしいよな、とハーレイの頭を掠めたこと。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
タイムスリップ、時間をヒョイと飛び越えること。
遠い昔から、ヒトが憧れた時間旅行。
自由自在に時を越えるには、タイムマシンが欠かせないもの。
それは未だに出来ていなくて、時間旅行は今でも「夢」。
時間旅行は無理だけれども、タイムスリップらしき現象は何度か起こっている。
今までのヒトの歴史というものの中で、「それであろう」と言われるものが。
(……昔から有名な所だと……)
フランス革命で処刑された王妃、名高いマリー・アントワネット。
彼女がギロチンの露と消えてから、長い歳月が流れた後に…。
(…ベルサイユ宮殿の庭を散歩していて、マリー・アントワネットらしき人物に…)
出会ったという女性がいた。
侍女たちを連れて歩みを進める、昔風のドレスを纏った王妃を見た女性。
もちろん彼女は「今の出来事だ」と考えた。
誰かがそういう格好をして、ベルサイユを散歩しているのだと。
ところが王妃は瞬く間に消え、見回しても、何処にも無かった姿。
ついさっき「其処を歩いていた」のに、誰かと見間違える筈も無いのに。
(時代がかったドレスでなければ、紛れちまうこともあるんだろうが…)
そうではないから、「目撃者」の話はアッと言う間に広がった。
友人知人に、更に知り合い、人から人へと。
そうして導き出された一つの結論が「タイムスリップ」。
目撃者の女性に聞けば聞くほど、何もかもが「王妃がいた時代」だったものだから。
王妃と侍女のドレスだけではなくて、その時の庭の佇まいも。
ベルサイユを散歩していた女性は、何かのはずみで時の流れを飛び越えた。
マリー・アントワネットが「いた」時代まで。
自分でも全く気付かない内に、ほんの短い間だけ、時間旅行をして。
今も出来ていないタイムマシン。
ヒトの憧れの時間旅行。
(…時間旅行は、今でも無理なモンだから…)
それを題材にした本などが人気を集めもする。
行ってみたい時代へ旅をする人や、タイムスリップしてしまう人が主人公。
(ちょっと捻った所だと…)
タイムリープも、昔からよく扱われる。
時間旅行ではなくて時間跳躍、タイムマシンは無しで時間を飛び越えるもの。
ちょっとした切っ掛けで時を越えるとか、専用のアイテムがあるだとか。
(…そうやって、時を越えてった先で…)
主人公が出会う歴史の一コマ、それを書き換えたりもする。
死ぬ筈だった人を救い出したり、負け戦を勝ち戦に変えてしまったり。
(過去に行ったら、自分の時代じゃ歴史の授業で教わることが…)
これから起こる出来事なのだし、知識さえあれば変えられる流れ。
窮地に陥りそうな人には、「そうしては駄目だ」と別のルートを示して。
大きな戦で負けるというなら、敗因を先に取り除いて。
(一度で全部やり切れないなら、少しずつ…)
タイムリープを繰り返しながら、過去の出来事を修正する。
頑なに考えを変えない人でも、少しずつなら譲歩したりもする。
「それなら右へ行ってみようか」とか、「右へ行くのも悪くないかも」だとか。
右へ曲がって直進したなら、同じように破滅するのだとしても…。
(そうなった歴史の過去へ戻って、右折の次は左折したなら…)
ほんの少しだけ、変わる状況。
左折した次に直進しないで迂回したなら、免れる破滅。
(歴史がそっちへ進むようにと、タイムリープを繰り返して…)
右折の次は左折、次は直進しないで迂回。
その結果、歴史は大きく変わって、死ぬ筈の人が生き残る。
たった一人の人のお蔭で。
せっせと時間を飛び越え続けて、努力を重ねた人の力で。
(夢物語ってヤツなんだがな…)
今の所は、と考える人の技術の限界。
タイムマシンは出来ていないし、タイムリープ用のアイテムも無い。
人間が全てミュウの今なら、サイオンの力で時間を飛び越えられそうなのに。
瞬間移動が当たり前になってしまったみたいに、タイプ・ブルーの中の誰かが…。
(タイムリープを可能にしたって、かまわないように思うんだがなあ…)
空間を瞬時に飛び越えてゆくか、時間を越えてゆくかの違い。
たったそれだけ、サイオンのベクトルを時間の方に振り向けたなら…。
(一瞬の内に、望む時代へ…)
飛んでゆけそうな気がするというのに、一人もいない時間旅行者。
夢見る人は多いけれども、やっぱり今でも夢物語。
タイムリープをする人の話は、読み物として人気を博していても。
「自分もタイムリープをしたい」と、夢を描く人が大勢いても。
(…俺には、夢の夢ってヤツで…)
どう考えても無理なんだよな、と零れる苦笑。
残念なことに、タイプ・ブルーではないものだから。
青い地球の上に生まれ変わっても、前と同じにタイプ・グリーン。
いくらサイオンを持っていたって、瞬間移動さえ難しい。
(…タイプ・グリーンが、瞬間移動をしたって話は…)
今の時代でも珍しいケース。
前の自分が生きた時代は、たった一つしか無かった例。
しかも目撃者は、ミュウの中には「いなかった」。
瞬間移動をやってのけたのは、人類の中にいたミュウだったから。
キース・アニアンの側近になった、マツカがキースを抱えて飛んだ。
前のブルーが、自分の命を捨ててまで…。
(沈めたメギドから、キースの野郎を…)
マツカは救って、旗艦まで飛んで行ったという。
タイプ・グリーンのミュウだったのに。
瞬間移動などしたことも無くて、初めての挑戦だったのに。
あの時、マツカが「飛ばなかったら」、歴史は変わっていただろう。
キースはメギドで死んでしまって、人類軍は指揮官を失くす。
もっとも、あそこでキースが戻らず終いでも…。
(エンデュミオンの指揮は、スタージョン中尉が任されていたんだし…)
旗艦も艦隊も無事に宙域を離れ、ソレイドに戻ったことだろう。
「残党狩り」を命じたキースはいないし、グレイブが率いる艦隊と共に。
(ジルベスター星域での演習だと言ってたらしいしな?)
人類軍の公式発表では、そういうことだった。
メギドまで持ち出したミュウの殲滅作戦、その存在は伏せられていた。
だからキースが戻らなくても、人類たちは気付きはしない。
自分たちが「誰を」失ったのか。
ミュウの反撃が開始されても、シャングリラがノアに迫って来ても。
聖地の地球にまで、ミュウの艦隊が降下してゆこうとも。
(右往左往するだけで、アッと言う間に…)
人類はミュウに敗れただろう。
機械が無から作った指導者、キース・アニアンが「いなかった」なら。
ミュウのマツカの瞬間移動が、失敗に終わっていたならば。
(…そうなると、だ…)
俺が夢物語を描くなら…、と思案してみる。
もしも自分が時を飛べたら、何処を目指して飛べばいいのかと。
ミュウの未来を楽に切り開くのなら、まずは「キースを消す」ことだろう。
E-1077へと飛んで、まだ水槽の中のキースを…。
(…コントロールユニットを、ちょいと弄って…)
水槽の中で窒息させればいい。
「キース」が死ねば、「代わりのモノ」が用意されるのだろうけれども…。
(それも端から窒息させれば済むことだよな?)
ヤツさえいなければ済むんだから、と考えたものの、少し心許ない。
何人ものキースを処分するより、完成品を消した方が確実。
(とはいえ、あいつはメンバーズで…)
戦闘技術に長けているから、そう簡単には殺せないだろう。
殺すチャンスがあるとするなら、ナスカで彼を捕虜にした後。
(トォニィは失敗しちまったんだが、俺なら出来る)
キースを押し込めたドームの中へと、毒ガスを注入してやればいい。
酸素の供給を断ってしまって、じわじわと窒息させてもいい。
(歴史の転換点で言ったら、マツカを消せば解決なんだが…)
それでキースは逃げ場を失うわけなんだが…、と思うけれども、その方法は使えない。
ナスカが燃えてしまった後では、大勢のミュウの犠牲が出るから。
何よりもメギドを沈めたブルーを、愛おしい人を救えないから。
(時を飛べたら、歴史を変えられるんだがなあ…)
変えるポイントが難しいよな、と傾けるカップ。
「だから未だに、その能力は誰も持たんのかもな」と考えながら。
誰もがサイオンを持つ時代でも、時を越えられるミュウはいないから。
時間旅行は今も夢物語で、時の流れを司る神しか、歴史を紡いでゆけないから…。
時を飛べたら・了
※今の時代でも出来ていないのが、タイムマシン。未だに不可能なタイムリープ。
夢物語に思いを馳せたハーレイですけど、歴史を変えるのは、時を越えても難しそうですv
「ねえ、ハーレイ…。ちょっと質問なんだけど」
ブルーが切り出したのは、日が暮れてから。
いつもの部屋で、テーブルを挟んで向かい合わせで。
学校で授業があった日のことで、ハーレイは夕方に訪れた。
柔道部の部活を指導した後、濃い緑色の愛車に乗り込んで。
車を駐車スペースに停めると、窓から手を振ったブルー。
それは嬉しそうに、笑顔が弾けるように。
「待ってたよ!」という声まで、耳に届いてくるかのように。
ブルーの部屋へと通された後は、のんびり、お茶の時間。
夕食の支度が出来るまでの間、二人でゆっくり過ごせるけれど。
「質問だって…?」
珍しいな、とハーレイは目を丸くした。
小さなブルーは成績優秀、質問などは殆ど必要としない。
自分の力で答えを見付けて、見事に解決してしまうのが常。
「うん、それが…。そこが問題」
「はあ?」
どういう意味だ、と掴みかねた意味。
質問自体が珍しいことが、どう問題だというのだろう。
(…分からんな…)
だが放ってもおけないし…、と首を捻ったら、瞬いたブルー。
「えっとね…。抜き打ちテスト、したでしょ?」
「ああ、アレか」
たまには不意打ちも必要だろう、と苦笑した。
予告してからのテストばかりでは、手を抜く生徒も多くなる。
すっかりと気を緩めてしまって、勉強を疎かにする生徒が。
そういう理由で、抜き打ちテスト。
あちこちで悲鳴が上がったけれども、きっとブルーは満点の筈。
「酷い点数を取ったヤツらは、補習だ」と脅したのだけど。
普通の授業が終わった放課後に、居残りをさせて。
(ブルーは、そこにはいないんだがな…)
だからサッサと切り上げないと、と考える補習。
出来れば仕事を早く終わらせ、ブルーの家に寄りたいから。
今日のように二人で、テーブルを挟んで座れるように。
他愛ない話を交わす時間も、宝石のようなものなのだから。
そうしたら…。
「…ぼくが零点だったら、補習?」
ブルーの口から、信じられない言葉が飛び出した。
よほど遊んでいない限りは、零点を取るなど、有り得ないのに。
真面目に勉強している子ならば、満点を取れる筈なのに。
「お前、解答欄、間違えたのか?」
それでも1点くらいは入るぞ、と返したものの、動揺した。
まさかブルーが補習だなんて、夢にも思わなかったから。
放課後の学校に居残りをさせて、指導だなんて。
「ううん、そうじゃなくて…。ちゃんと書いたけど…」
「なら、満点の筈だろう?」
「だから問題なんだってば! 補習、受けたいから!」
少しでもハーレイと一緒にいたいよ、というブルーの言い分。
貴重なチャンスを逃したくないと、なのに逃してしまった、と。
「…おいおいおい…」
そう焦るな、と銀色の頭をポンと叩いてやった。
「補習なんかより、此処で会う方がいいだろう?」と。
「何より、二人きりでお得だ」と、笑みを浮かべて。
「……そうなのかな?」
「そうだとも」
お得な方を選んでおけよ、と釘を刺す。
でないと、ブルーは「やりそう」だから。
次の抜き打ちテストがあったら、零点を目指しかねないから…。
零点だったら・了
(ホントに分からず屋なんだから…!)
それにドケチ、と小さなブルーがついた悪態。
ハーレイと過ごした休日の夜に、一人きりの部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日はハーレイが午前中から来てくれた。
この部屋で二人、テーブルを挟んで向かい合わせ。
お茶を飲むのも昼食もずっと、ハーレイと一緒だった。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
幸せ一杯の休日だけれど、今日はイラッとさせられた。
ハーレイのことは好きだけれども、許せないことは「ある」ものだから。
(ちっとも、ぼくにキスしてくれない…!)
どんなに強請っても、誘っても。
あの手この手で頼み込んでも、どう頑張っても。
そう、今日だって「そう」だった。
「ねえ、キスしたいと思わない?」と投げ掛けた問い。
「今だったら、ママも来ないものね」と、ちゃんと状況を確かめた上で。
それなのに、つれなかった恋人。
「俺は子供にキスはしない」と、お決まりの台詞。
おまけに頭も小突かれた。
痛くないよう、軽めに拳を落とされて。
「キスは駄目だ」と、鳶色の瞳で睨まれもして。
いつも、いつだって「こうなる」けれども、こうして腹が立つ夜もある。
チビの子供には違いなくても、恋人なのに。
遠く遥かな時の彼方では、何度もキスを交わしたのに。
青い地球の上に生まれ変わって、また会うことが出来たハーレイ。
失くした筈の身体を貰って、前とそっくり同じ姿で。
(でも、そっくりなのは…)
今の時点では、ハーレイだけ。
自分の方は残念なことに、前とそっくり同じ姿でも…。
(…チビだった頃の姿なんだよ!)
前のハーレイに出会った頃と、全く同じ。
メギドの炎で燃えるアルタミラで、若かった頃のハーレイに初めて会った。
まだ青年と呼べる姿で、実年齢もそれに見合ったもの。
一方、前の自分はと言えば、年だけは取っていたくせに…。
(…心も身体も、成長を止めてしまってて…)
成人検査を受けた時から少しも変わらず、チビの子供のままだった。
だから「子供だ」と皆に思われ、事実が知れても変わらなかった。
なにしろ、中身が子供だから。
年だけは皆より遥かに上でも、見た目と同じに中身は子供。
(もっと食べろよ、って…)
前のハーレイは何度も言ったし、他の仲間もよく口にした。
「子供はしっかり食べないと」だとか、「これも食べろ」と寄越すだとか。
その頃の姿を貰っても困る。
ハーレイの瞳に映る姿は、その頃と同じ「チビ」だから。
恋人だった頃の「ブルー」は、何処を探しても「いない」のだから。
(……神様の意地悪……)
酷い、と愚痴を零してみたって、どうにもならない。
今の自分が「いる」だけでも奇跡、贅沢を言えば叱られる。
「要らないのならば、返して貰おう」と、神様が言ったら全ておしまい。
せっかく来られた青い地球から、遠い天国へと連れ戻される。
魂が身体から抜けてしまって。
「今の自分」は死んでしまって、優しい両親が泣くことになって。
(……ハーレイだって、泣くだろうけど……)
案外、早いかもしれない切り替え。
「死んじまったものは、仕方ないな」と、歩み始める「ブルーのいない人生」。
もしも再会しなかったならば、歩んでいたかもしれない道。
(…好きな人が出来て、結婚して…)
子供も生まれて、あの家で幸せに暮らしてゆく。
生まれた子供が男の子ならば、「ブルー」と名付けるかもしれない。
死んでしまった「ブルー」の代わりに、うんと幸せにしてやろう、と。
恋人ではなく、父親として。
休日はドライブに連れて行ったり、旅行やキャンプや、魚釣りにだって。
(…ぼくだと、連れてってくれないけれど…)
ハーレイ自身の子供だったら、まるで全く無い問題。
隣町に住むハーレイの両親の家にも、何度でも行くことだろう。
釣りの名人だというハーレイの父と、海や川へと釣りに行ったりも。
(…ホントに、そうかも…)
ハーレイだしね、と尖らせた唇。
分からず屋でケチなハーレイなのだし、そのくらいのことはやりかねない。
「ブルー」がいなくなったなら。
チビのまんまで死んでしまって、ハーレイだけが地球に残ったならば。
なんという酷い話だろう。
チビの姿を貰ったばかりに、損をしている今の人生。
あと少しばかり育っていたなら、きっと全ては違っていた。
ほんの数年分、大きくなっていたならば。
前の自分が成長を止めた頃の姿を、今の自分が持っていたならば。
(そしたら、すぐにハーレイとキス…)
再会した時にキスを交わして、もう早速にデートの約束。
アッと言う間に話が進んで、プロポーズだってされていただろう。
(再会したのが五月の三日で…)
今は秋だから、そろそろ結婚式かもしれない。
人を大勢招待するには、いい季節だから。
(結婚式、もう済んでるかもね…?)
秋は秋でも、季節は晩秋。
朝晩、冷え込む時もあるから、それよりも前に結婚式。
もしもガーデンウェディングだったら、暖かい季節の方がいい。
肌寒い日になってしまえば、招待客だって困ってしまう。
(…ウェディングドレスの、ぼくも寒いけど…)
おめかしして来る女性も寒い。
男性よりかは女性が薄着で、お洒落するほど薄くなりがち。
寒さでカタカタ震えないよう、結婚式は秋の初めの方に。
(うん、そうかも…)
とっくに式を挙げた後かも、という気もする。
自分がチビでなかったら。
ハーレイと再会を遂げたその日に、抱き合ってキスを交わせていたら。
(…ハーレイは、そんなの、考えないわけ?)
いつも怒ってばかりだもんね、と思い出すハーレイの眉間の皺。
「俺は子供にキスはしない」と、眉間の皺も深めになる。
拳をコツンと落とされる時は。
鳶色の瞳で睨み付けられて、「何度言ったら分かるんだ?」と叱られる時も。
(……ホントにケチで、分からず屋だよ……)
ぼくのことなんか少しも分かってくれない、と恨みたくなる。
ハーレイのことは好きだけれども、それとこれとは別問題。
こんなにハーレイを愛しているのに、ハーレイの目から見たならば…。
(…ぼくなんかチビで、キスをするだけの値打ちも無くて…)
ただの子供で叱られるだけ、と尽きない文句。
愛していたって、腹が立つ時はあるものだから。
分からず屋でケチな恋人のことを、詰りたくなる夜もあるから。
(いつだって、ぼくは我慢するだけ…)
「キスは駄目だ」と言われる度に。
「俺は子供にキスはしない」と、お決まりの言葉が飛び出す度に。
ただの一度も例外は無くて、本当に、なんとも損な人生。
前とそっくり同じ姿が、数年分、ズレていたせいで。
ほんの数年足りていなくて、チビの子供の姿で再会したせいで。
けれど文句を重ねていたなら、神様が怒ることだろう。
「要らない身体なら、返して貰おう」と、連れ戻されてしまう天国。
ハーレイだけが地球に残って、人生を謳歌してゆく結末。
「ブルーの分まで、幸せにしてやらんとな」と、自分の子供を可愛がって。
よりにもよって「ブルー」と名付けた子供を、死んでしまった「ブルー」の代わりに。
(……ハーレイ、ホントにやりかねないから……)
文句を言うならハーレイの方にしておこう、と考える。
いつかは育つ予定の身体を、神様に取り上げられないように。
それでも文句は言いたくなるから、全部ハーレイに向かってぶつける。
腹が立ったら、今夜みたいに心の中で。
「分からず屋のケチ!」と、前の生から愛した人に。
どんなに深く愛していたって、許せないことはあるものだから。
チビの子供の心は狭くて、そうそう広くはないものだから。
(……ハーレイのケチ……!)
それに分からず屋、と文句は尽きない。
キスをくれないケチな恋人に、今日もプンスカ腹が立つから。
まだまだこういう日々が続いて、結婚式だって、何年も先のことなのだから。
(…ハーレイのことは、好きなんだけど…)
でも本当に腹が立つよ、と「此処にはいない」恋人を恨み続ける。
愛していたって、全てを許せはしない気持ちになる時だって、あるものだから。
チビの子供になっている分、心もそれに見合ったサイズ。
だから許せはしないんだよね、とベッドに腰掛けて並べる苦情。
「ハーレイのケチ!」と、「分からず屋だよ」と。
キスの一つも許してくれないと、「今日も叱られただけだったよ」と…。
愛していたって・了
※「キスは駄目だ」と叱られてしまったブルー君。今夜は腹を立てているんですけど…。
チビの身体に文句を言ったら、神様に回収されるかも。だから文句はハーレイにv
(……まったく……)
あの忌々しいクソガキめが、とハーレイがフウと零した溜息。
ブルーの家へと出掛けた休日、夜の書斎でコーヒー片手に。
今日はゆっくり話せたブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
とても大事な人だけれども、それとこれとは別問題。
「クソガキめが」と愚痴を言いたくもなるし、「忌々しい」とも思ってしまう。
こうして家へと帰った後に、書斎に腰を落ち着けたら。
昼間の出来事を思い返して、ブルーの言動を思い出したなら。
(…何度言ったら分かるんだ…!)
あいつは学習しないのか、と苦々しい気分で傾けるカップ。
心なしか、馴染んだコーヒーまでが、普段よりも苦く思えるほどに。
(勉強は出来るヤツなんだが…)
きっと「学習」はしないんだな、と頭に描いたブルーの顔。
十四歳にしかならない今のブルーは、自分が勤める学校の生徒。
極めて成績優秀だけれど、得意なのは、きっと「勉強」だけ。
いわゆる学習能力は無くて、「学ばない」のに違いない。
動物でさえも「学ぶ」のに。
根気よく何度も教え込んだら、同じ失敗はしなくなるものなのに。
(あいつの場合は、失敗だとも思っていないからなあ…)
本当に学習しないヤツだ、と頭が痛い。
まだ何年も、この状態が続くから。
チビのブルーが前と同じに育つ日までは、「クソガキめが」と呻くことになるから。
今のブルーと再会して直ぐ、自分の中でルールを決めた。
ブルーが口では何と言おうと、中身は間違いなく子供。
心も身体も幼いのだから、「前と同じ」には扱わない、と。
どれほどブルーを愛していても。
片時も離れたくはないほど、ブルーのことを想っていても。
(あいつは、子供なんだから…)
どんなに「ませた」ことを言っても、それは「口だけ」。
前の生の記憶を持っているから、その通りに真似て言っているだけ。
「ぼくにキスして」と強請って来ようが、「キスしてもいいよ?」と誘おうが。
(…俺は真に受けちゃ駄目なんだ…)
そこはセーブする所なんだ、と分かっているから、定めたルール。
ブルーの背丈が前のブルーと同じになるまで、けして唇へのキスはしないと。
(……なのにだな……!)
そう言い渡されたブルーの方は、とてつもなく諦めが悪かった。
何度「駄目だ」と叱り飛ばしても、懲りたりはしない。
頭をコツンと小突かれても。
「馬鹿野郎!」と軽く睨み付けても、一向に諦めてはくれないキス。
あの手この手でキスを強請って、忘れた頃に仕掛けてくる。
そう、今日だって、そうだった。
向かい合わせでお茶を楽しんでいたら、小首を傾げて。
「ハーレイ?」と赤い瞳を揺らして。
何事なのかと問い掛けてみたら、返った言葉はこうだった。
「ねえ、キスしたいと思わない?」と、笑みを浮かべて。
「今だったら、ママも来ないものね」と、それは得意そうに。
(クソガキめが…!)
もちろん、その場でブルーを叱った。
「俺は子供にキスはしない」と、「何度言ったら分かるんだ?」と。
今ではすっかり、お決まりの台詞。
これを何回口にしたのか、覚えてさえもいないほど。
なのに懲りないのが今のブルーで、「学習する」ことは無いらしい。
動物だって、「覚える」のに。
やっていいことと悪いこととを、きちんと学習するというのに。
(…動物以下だ…!)
あいつは確かウサギなんだが、と心で毒づく。
幼かった頃のブルーの夢は「ウサギ」で、ウサギになりたかったという。
ウサギだったら、元気に駆け回れるから。
今度も前と同じに虚弱な、身体が元気になると思って。
(幼稚園で飼ってたウサギと仲良くなって…)
ウサギになろうと考えたブルー。
本当にウサギになれた時には、両親に飼って貰おうと。
(……庭にウサギ小屋を作って貰って……)
庭の芝生で遊ぶつもりで、幼いブルーは「ウサギ」を夢見た。
もしもウサギになっていたなら、どんな出会いになったのだろう。
前の生の記憶が戻って来たって、ブルーがウサギだったなら。
(…ブルーなんだ、と分かるだろうが…)
人間とウサギで恋をするより、同じウサギの方がいい。
だから…。
(俺もウサギになるんだっけな)
ブルーは白いウサギだろうけれど、自分はきっと茶色のウサギ。
庭の小屋など捨ててしまって、広い野原に巣穴を作る。
誰にも邪魔をされることなく、のびのび暮らしてゆけるようにと。
人の姿はもう要らないから、ブルーと同じウサギになって。
奇しくも今の自分もブルーも、ウサギ年。
昔の地球の干支で言うなら、二人とも正真正銘のウサギ。
(…前よりも縁は深いんだがな…)
ウサギのブルーは頭が悪いに違いない、とぼやきたくなる。
いくら叱っても「覚えない」から。
少しも学習してはくれずに、「ぼくにキスして」と繰り返すから。
(本物のウサギでも、もう少しだな…!)
きっと覚えはマシだろうさ、と長い耳のウサギを思い浮かべる。
野生のウサギは「学習しないと」生きてゆけないことだろう。
何処に行ったら餌があるのか、危険な場所は何処なのかと。
人間のペットのウサギにしたって、それなりのことを覚える筈。
飼い主の機嫌を取る方法とか、家の中で行ってもいい場所だとか。
そういったことを覚えなければ、叱られるから。
名前を呼ばれて、額を指で弾かれるとか。
あるいは「今日のおやつは無しよ」と、目の前で取り上げられるだとか。
(…絶対、本物のウサギの方が…)
ブルーよりかは頭がいいぞ、と考えずにはいられない。
ウサギは「学習してくれる」から。
少々バカなウサギだとしても、ブルーよりかはマシだろう。
何度も何度も叱ってゆく内、いつかは覚える。
「これをやったら駄目なんだ」と。
小さなウサギの脳味噌でも。
勉強なんかはまるで出来ない、長い耳のついた頭でも。
(それなのにだな…)
ブルーときたら、と尽きない嘆き。
微塵も「学んでくれない」ブルーは、これから先も学習しない。
「キスは駄目だ」と叱ってみたって、一向に。
頭を、額をコツンとやろうが、まるで全く。
(…クソガキめ、としか言えんじゃないか…!)
愛しててもな、と顰める顔。
それとこれとは話が別だ、と最初に戻って。
まだまだ終わりの見えない日々に、「お先真っ暗」な気持ちになって。
(…あいつはいいんだ、あいつの方は…!)
キスは駄目だと叱られようが、ブルーにとっては「叱られた」だけ。
大した被害も無いものだから、次の機会を耽々と狙う。
けれど、「誘われた」自分の方は…。
(……精一杯、我慢しているんだぞ……!)
前よりかは遥かに落ち着いたがな、とブルーに向かって言いたい文句。
今のブルーがチビの子供だから、少しずつ余裕が生まれてもくれた。
ブルーが何と言って来ようが、「駄目だ」と叱り飛ばせるだけの。
心がグラリと揺れたりはせずに、年上の大人の広い心で。
(…しかしだな…!)
初めの頃には違っていた。
今のブルーの顔の向こうに、重なった前のブルーの面影。
時折垣間見える表情、それに心が揺れ動きもした。
「俺のブルーだ」と、「前の自分」が反応して。
直ぐにでもブルーを手に入れたいと、心の奥がざわつきもして。
それで禁じた、「この家をブルーが訪ねて来る」こと。
過ちを犯してからでは遅いと、自分自身を戒めて。
悲しそうな顔になったブルーに、「今は駄目だ」と言い聞かせて。
そうやって「守って来た」ブルー。
傷付けないよう、幼くて無垢なままの心が健やかに育ってくれるよう。
(それなのに、だ…)
クソガキめが、とブルーを詰りたくなる。
誰よりも愛しているというのに、こんな夜には。
まるで「学習しない」駄目なウサギを、ウサギ以下だと思うブルーを。
(頼むから、学習して欲しいんだが…!)
そのちっぽけな脳味噌でな、と繰り返す愚痴。
小さなブルーを愛していても、それとこれとは別だから。
どんなにブルーを想ってはいても、時には恨みたくもなるから。
「クソガキめが」と。
「少しも学習しないウサギだ」と、「あいつの頭はウサギ以下だ」と…。
愛していても・了
※珍しいハーレイ先生の愚痴。ブルー君を愛していても、クソガキ呼ばわり。
きっとたまには、そういった夜もあるのです。ウサギ以下でも、愛していますけどねv
「ねえ、ハーレイ? 分けることって…」
大切だよね、と小さなブルーが傾げた首。
二人で過ごす休日の午後に、テーブルを挟んで向かい合わせで。
「うん? どうしたんだ、急に?」
分けるというのは何の話だ、とハーレイは赤い瞳を見詰めた。
もしかしてブルーは、ケーキを分けて欲しいのだろうか?
ブルーの母が焼き上げてくれた、大好物のパウンドケーキ。
隣町に住む自分の母のと、そっくりな味に出来上がるもの。
「おふくろの味だ」と喜んでいるのを、ブルーは充分に承知。
それを横から「欲しい」と言っても、分けて貰えるかどうか…。
(…俺を試してやがるのか?)
ブルーだからな、と浮かんだ苦笑。
十四歳にしかならないブルーは、何かといえば試したがるから。
「小さな自分」にも、ちゃんと愛情を持ってくれるかどうか。
きっとそうだな、と考えたから、皿の上のケーキを指差した。
「こいつを分けて欲しいのか? 珍しいな」
晩飯が入らなくなっても知らんぞ、と念を押す。
小さなブルーは食が細くて、じきにお腹が一杯になる。
「ハーレイの愛情」を試したばかりに、そうなる可能性はある。
分けて貰ったケーキの分だけ、胃袋の中身が増えてしまって。
大喜びで食べた後には、「晩御飯、あまり食べられないよ」と。
そうなった時は、ブルーの両親が心配をすることだろう。
自分たちの大事な一人息子が、今夜は具合が悪いのかと。
「大好きなハーレイ先生も一緒の夕食」が、入らないくらいに。
けれどブルーは、「そうじゃなくって…」と瞳を瞬かせた。
「ぼくが言うのは、分けることだよ」と。
「分けることって…。このケーキだろ?」
ちょっと欲しいと言うんだろうが、と訊き返した。
「俺の大好物のケーキを、俺が譲ってくれるかどうか」と。
「それも試してみたいけど…。ケーキじゃなくても…」
分けるのが一番だと思うんだよね、とブルーは笑んだ。
どんなものでも、一人占めより、分け合うのがいいと。
「ふむ…。まあ、その方が世の中、素敵ではあるな」
「でしょ? だからね…」
分け合うのがいいと思うんだけど、というのがブルーの言い分。
「ハーレイもそれに賛成だったら、ちょうどいいよね」と。
「おいおいおい…。ケーキじゃないなら、何を分けたいんだ?」
俺にはサッパリ分からんのだが、と捻った首。
どうにも見当がつかない上に、他に分けられるものも無いから。
そうしたら…。
「ハーレイの愛情に決まってるじゃない!」
一人で抱え込んでいないで、ぼくにも分けて、と輝いた瞳。
「分けるのが一番いいと思うなら、ぼくにキスして」と。
「馬鹿野郎!」
なんでそうなる、とブルーの頭に落とした拳。
痛くないよう、加減しながらコッツンと。
愛情もケーキも、ブルーになら分けてやりたいけれど…。
(キスは駄目だ、キスは!)
俺は子供にキスはしない、とお決まりの台詞。
それは出来ない注文だから。
ケーキは分けてやれるけれども、キスは決して贈らないから…。
分けるのが一番・了
