「ねえ、ハーレイ? 分けることって…」
大切だよね、と小さなブルーが傾げた首。
二人で過ごす休日の午後に、テーブルを挟んで向かい合わせで。
「うん? どうしたんだ、急に?」
分けるというのは何の話だ、とハーレイは赤い瞳を見詰めた。
もしかしてブルーは、ケーキを分けて欲しいのだろうか?
ブルーの母が焼き上げてくれた、大好物のパウンドケーキ。
隣町に住む自分の母のと、そっくりな味に出来上がるもの。
「おふくろの味だ」と喜んでいるのを、ブルーは充分に承知。
それを横から「欲しい」と言っても、分けて貰えるかどうか…。
(…俺を試してやがるのか?)
ブルーだからな、と浮かんだ苦笑。
十四歳にしかならないブルーは、何かといえば試したがるから。
「小さな自分」にも、ちゃんと愛情を持ってくれるかどうか。
きっとそうだな、と考えたから、皿の上のケーキを指差した。
「こいつを分けて欲しいのか? 珍しいな」
晩飯が入らなくなっても知らんぞ、と念を押す。
小さなブルーは食が細くて、じきにお腹が一杯になる。
「ハーレイの愛情」を試したばかりに、そうなる可能性はある。
分けて貰ったケーキの分だけ、胃袋の中身が増えてしまって。
大喜びで食べた後には、「晩御飯、あまり食べられないよ」と。
そうなった時は、ブルーの両親が心配をすることだろう。
自分たちの大事な一人息子が、今夜は具合が悪いのかと。
「大好きなハーレイ先生も一緒の夕食」が、入らないくらいに。
けれどブルーは、「そうじゃなくって…」と瞳を瞬かせた。
「ぼくが言うのは、分けることだよ」と。
「分けることって…。このケーキだろ?」
ちょっと欲しいと言うんだろうが、と訊き返した。
「俺の大好物のケーキを、俺が譲ってくれるかどうか」と。
「それも試してみたいけど…。ケーキじゃなくても…」
分けるのが一番だと思うんだよね、とブルーは笑んだ。
どんなものでも、一人占めより、分け合うのがいいと。
「ふむ…。まあ、その方が世の中、素敵ではあるな」
「でしょ? だからね…」
分け合うのがいいと思うんだけど、というのがブルーの言い分。
「ハーレイもそれに賛成だったら、ちょうどいいよね」と。
「おいおいおい…。ケーキじゃないなら、何を分けたいんだ?」
俺にはサッパリ分からんのだが、と捻った首。
どうにも見当がつかない上に、他に分けられるものも無いから。
そうしたら…。
「ハーレイの愛情に決まってるじゃない!」
一人で抱え込んでいないで、ぼくにも分けて、と輝いた瞳。
「分けるのが一番いいと思うなら、ぼくにキスして」と。
「馬鹿野郎!」
なんでそうなる、とブルーの頭に落とした拳。
痛くないよう、加減しながらコッツンと。
愛情もケーキも、ブルーになら分けてやりたいけれど…。
(キスは駄目だ、キスは!)
俺は子供にキスはしない、とお決まりの台詞。
それは出来ない注文だから。
ケーキは分けてやれるけれども、キスは決して贈らないから…。
分けるのが一番・了
(今日は、挨拶出来ただけ…)
たったそれだけで終わっちゃった、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は、寄ってはくれなかったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
けれど自分はチビの子供で、ハーレイは学校の教師で大人。
仕事の帰りに寄ってくれなかったら、寂しく過ごすことになる。
いくら両親が家にいたって、夕食を一緒に食べたって…。
(ハーレイがいないと、つまらないよね…)
それに寂しい、と悲しい気持ち。
もしもハーレイが来てくれていたら、賑やかだっただろう夕食の席。
ハーレイを両親に取られても。
「おかわりは如何ですか?」と微笑む母やら、あれこれ話が合う父やらに。
(…パパもママも、何も知らないから…)
自分たちの一人息子が、ハーレイと恋人同士だなんて、両親は夢にも思っていない。
だからハーレイに気を遣う。
「ソルジャー・ブルーの生まれ変わり」でも、自分たちの息子はチビだから。
子供の相手は退屈だろうと、夕食の席では「大人同士の話題」に興じて。
(…そうなっちゃっても、ハーレイと一緒に晩御飯…)
食べられるだけでいいんだけどな、と今日も残念でたまらない。
ハーレイは来てくれなかったから。
学校の廊下で挨拶しただけ、ただそれだけで終わったから。
こんな日だって、あるものだ、と分かってはいる。
挨拶出来ただけでもマシで、顔を見られただけで充分。
(…本当に運が悪い日だと…)
ハーレイの姿も見られないまま、学校を後にすることになる。
「会えるかな?」と思っている間に、放課後になって。
後ろ髪を引かれるような思いで、校門まで歩く間にだって…。
(何回、後ろを振り返っても…)
会いたい人には出会えないまま。
その上、家に帰った後にも、ハーレイは来てはくれないまま。
窓辺に寄っては、濃い緑色をした車が走って来ないか、家の表の道路を見ても。
門扉の脇のチャイムが鳴るのを、首を長くして待ち焦がれても…。
(…来ない日は、そのまま日が暮れちゃって…)
溜息ばかりで、夜が更けてゆく。
「今日はハーレイ、来てくれなくって、会えてもいない」と肩を落として。
ツイていない日だと、泣きたいような気分に深く包まれもして。
(それよりは、ずっとマシなんだけど…)
でも寂しいよ、とハーレイの家の方に目を遣る。
そうしても見えはしないのだけど。
サイオンが不器用な今の自分は、透視なんかは出来ないから。
そうでなくても、何ブロックも離れているのがハーレイの家。
屋根に登って見ようとしたって、他の家の屋根や、木立なんかが邪魔をする。
見通しのいい昼間でも。
「灯りだけでも」と、暗くなってから探してみても。
それくらい遠い、ハーレイがいる場所との距離。
心は近いつもりでも。
思念波は全く紡げなくても、「ハーレイ?」と心で呼び掛けていても。
(遠いんだよね…)
ホントに遠い、と思う距離。
ハーレイの家が「お隣」だったら、こんなことにはならないのに。
道路を挟んだ向かい側でも、窓から手を振れば見えるのに。
(…ハーレイが庭に出ていたら…)
直ぐに分かるし、家の中で移動するのも分かる。
夜だったならば、順に灯りが灯っていって。
昼の間でも、どの部屋の窓が開いているのか、それを眺めれば。
(……隣だったら良かったのにな……)
何度、そう思ったことだろう。
いつでも「ハーレイ!」と呼べる所に、ハーレイの家があったなら、と。
(もっと贅沢を言っていいなら…)
同じ家に住んでいれば良かった。
朝一番から顔を合わせて、夜も「おやすみ」の挨拶をするまで一緒。
そういう距離なら、どんなに嬉しいことだろう。
目覚ましの音で目を覚ましたら、じきにハーレイに会えたなら。
顔を洗いに行った洗面所で、バッタリと顔を合わせるだとか。
朝食を食べに下りて行ったら、ハーレイもテーブルに着いているとか。
(それって、最高…!)
最高だよね、と広がる夢。
たとえハーレイが、父と同じで、面倒見が少し良すぎても。
「これも食べろよ?」などと笑って、自分のお皿から分けてくれても。
(…お腹一杯になっちゃうけれど…)
きっと心も幸せ一杯。
ハーレイがくれたソーセージのせいで、朝からお腹がパンパンでも。
「もうこれ以上は、食べられないよ」と思うくらいに、お裾分けの量が多すぎても。
いいな、と顔が綻んだ。
この家にハーレイも暮らしていたなら、もう毎日が最高の日々。
「会えなかったよ」とガッカリしなくてもいいし、溜息だって零れはしない。
ハーレイは「家にいる」のだから。
たまに会えない時があっても、それは「本当に仕方ない」こと。
研修旅行で留守にするとか、クラブの遠征試合のお供で行ってしまっただとか。
(そういう時には、ぼくは留守番…)
何日か待てば、ハーレイは、ちゃんと帰って来る。
「元気にしてたか?」とお土産を持って。
玄関先まで迎えに出たなら、「ただいま」と笑顔で頭を撫でてくれたりもして。
(……家族みたい……)
そんなのがいい、と憧れるハーレイと同じ家での暮らし。
家に帰ればハーレイがいたり、その逆でハーレイが帰って来たり。
(幸せだよね…)
毎日が天国にいるみたい、と夢は尽きない。
ハーレイの仕事が休みの時には、朝から晩まで一緒にいられる。
もちろん二人で出掛けてもいいし、ドライブにだって行けるのだろう。
なにしろ家が同じだから。
今のように「お前が大きくなったらな」と言われはしないで、誘って貰えて…。
(ドライブに行って、何処かで食事…)
デートみたいに素敵な時間を過ごせると思う。
もしも一緒に暮らしていたら。
ハーレイと同じ家にいたなら。
(ずっと一緒で、何処へ行くのも一緒だよ)
大きなお兄ちゃんみたい、とハーレイの姿を思い浮かべる。
二十四歳も年上だから、年の離れた「お兄ちゃん」。
ハーレイは、父と年がそれほど変わらないから、父のようだとも言えるだろう。
(大きなお兄ちゃんか、パパ…)
そうなれば、きっと甘え放題。
ハーレイと家族だったなら。
年の離れたお兄ちゃんだとか、とても優しいパパだったなら。
(……うんと幸せ……)
ぼくがハーレイを一人占めだよ、と思った所で気が付いた。
最高に幸せな日々だけれども、ハーレイと家族だったなら…。
(…ハーレイの記憶…)
いくら待っても、戻って来てはくれないだろう。
遠く遥かな時の彼方で、白いシャングリラで生きた記憶は。
キャプテン・ハーレイだったことなど、欠片も思い出しはしないで…。
(…ぼくのお兄ちゃんか、パパのまんまで…)
年の離れたチビの弟を可愛がるとか、一人息子を溺愛するとか、その程度。
どんなに愛を注いでくれても、それは家族としての愛情。
前の生での恋の記憶は、戻らずに。
「弟」だか「息子」の正体などには、一生、気付くこともないまま。
(…だって、気付いたら…)
家族がパチンと壊れてしまう。
シャボン玉がパチンと弾けるみたいに、あっけなく、脆く。
「お兄ちゃん」と恋は出来ないから。
「パパ」とも恋は出来はしなくて、お互い、辛くなるだけだから。
そうならないよう、神様は「忘れさせておく」ことだろう。
ハーレイの記憶を固く封じて、何一つ、思い出さないように。
再会の切っ掛けだった聖痕、あれも現れないように。
(……家族だったなら……)
そうなっちゃうんだ、と冷えてゆく背筋。
どれほど幸せに暮らしていたって、決してなれない「恋人同士」。
ハーレイの記憶が戻らなくて。
戻らないどころか、ハーレイが「パパ」の方だった時は…。
(…ハーレイの恋人、ママになっちゃう…)
とっくの昔に結婚していて、生まれた子供が「自分」だから。
息子を可愛がってはくれても、ハーレイが恋をした人は…。
(…ハーレイのお嫁さんで、ぼくのママ…)
恋敵とさえ呼べないけれども、実の母親が恋敵。
しかも勝負になっていなくて、ハーレイの心は「ママ」のもの。
嫉妬したって、その恋敵の「ママ」が微笑むことだろう。
「どうしたの、ブルー?」と、それは優しく。
「最近、なんだか御機嫌斜めね」と、美味しいお菓子でも作ってくれて。
(……ハーレイだって、パパなんだから……)
機嫌が悪くなった息子を、せっせと連れ出したりするのだろうか。
「次の休みは、何処に行きたい?」と、ガイドブックを広げたりして。
(…ハーレイが、お兄ちゃんだったとしても…)
やっぱり記憶は戻りはしない。
弟を可愛がって暮らして、そしていつかは…。
(結婚して、家を出て行っちゃう…)
生涯を共にする伴侶を見付けて、結婚式を挙げて。
「ブルーも、いつでも遊びに来いよ」と、新しい住まいに引越して行って。
(……独りぼっちになっちゃうよ、ぼく……)
そうでなければ、「恋敵のママ」の側で暮らしてゆくコース。
「ハーレイではない誰か」に出会って、恋をして、家を出ない限りは。
そんなことなど有り得ないのに、ハーレイしか好きになれないのに。
(……やだよ、そんなの……)
絶対に嫌だ、と強く思うから、今みたいに遠い距離でいい。
ハーレイと一緒に暮らしていたなら、幸せでも、きっと悲劇だから。
もしもハーレイと家族だったなら、待っているのは悲しい別れ。
そうでなければ恋敵が母で、けしてハーレイは、こっちを向いてはくれないから…。
家族だったなら・了
※ハーレイ先生と家族だったら幸せだよね、と考えたブルー君ですけれど…。
そうだった時は、悲劇が待っているみたいです。今の関係が一番いいんですよねv
(奇跡っていうのは、あるモンなんだなあ…)
ついでに生まれ変わりってのも、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
今日は学校での、挨拶だけで終わったブルー。
廊下でバッタリ顔を合わせて、「ハーレイ先生!」と掛けられた声。
「元気そうだな」と笑顔で返して、たったそれだけ。
行く方向が違ったから。
授業の合間の短い休みで、ゆっくり話せはしなかったから。
けれど、それだけでも貴重な時間。
ブルーの顔を見られただけで、挨拶が出来ただけで充分。
なんと言っても「ブルー」だから。
前の生から愛した恋人、生まれ変わって、また巡り会えた愛おしい人。
学校の教師と、教え子として。
前のブルーが焦がれ続けた、青い地球の上で再び出会えた。
遠く遥かな時の彼方で、離れてしまった筈なのに。
前の自分が命尽きるまで、会えはしないと思っていた。
死者が行く地で、先に逝ったブルーに追い付くまでは。
(……それなのにだな……)
まるで全く記憶に無いのが、前のブルーに「追い付いた」こと。
「これで会える」と、夢見るように考えたのに。
死の星だった地球の地の底で、息絶える時に。
崩れ落ちてくる岩に潰され、「此処で死ぬのだ」と思った時に。
魂は死んでゆく身体から抜けて、空へ羽ばたいてゆくだろうから。
そうして真っ直ぐ飛んだ先では、ブルーが待っているのだろうと。
(しかし、覚えていないんだ…)
其処でブルーと出会ったことを。
次に意識が目覚めた時には、この青い地球の上だった。
すっかり「地球の人間になった」、名前も同じな「ハーレイ」になって。
前の生では、考えさえもしなかったこと。
ブルーと二人で生まれ変わって、青い水の星で生きてゆくこと。
今度こそ、何にも邪魔をされずに。
ソルジャーやキャプテンの立場に縛られることも、戦いの日々も無い世界で。
(神様ってヤツは、本当に粋な計らいをなさる…)
聖痕には驚かされたんだがな、と思い出す「あの日」。
何も考えさえもしないで、今の学校にやって来た。
それまでの転任と何処も変わらず、「今日から新しい学校だ」と。
前任の教師との引継ぎを終えて、ブルーのクラスで古典の授業をするために。
(他のクラスも幾つもあるから…)
ブルーのクラスは、その中の一つ。
「此処だな」とクラスの名前を確かめ、扉を開けて足を踏み入れた途端…。
(…生徒が派手に怪我をしたんだ)
珍しい赤い色の瞳から、血の色をした涙を溢れ出させて。
両方の肩や左の脇腹、其処からも鮮血が噴き出して。
(てっきり、事故だと…)
慌てて駆け寄り、抱き起こしたら、戻った記憶。
腕の中で血まみれになっている生徒は、誰なのか。
「本当の自分」は誰だったのか、「生まれ変わって来る前」の膨大な記憶が。
そうやってブルーと再会を遂げて、今ではすっかり教師と教え子。
いつかブルーが大きくなるまで、その関係が続いてゆく。
恋人同士には変わりなくても、互いの距離は縮まないままで。
どんなにブルーがキスを求めても、「キスは駄目だ」と叱り付けながら。
(まだまだ、待たされちまうわけだが…)
小さなブルーが大きくなる日が、待ち遠しい。
前のブルーと全く同じ姿に育って、一緒に暮らしてゆける日が。
結婚式を挙げて、この家にブルーを迎える時が。
(何もかも神様のお蔭だよなあ…)
もう一度、あいつと暮らせるなんて、と嬉しくなる。
白いシャングリラのような箱舟ではなくて、地面の上にある家で。
それもブルーの憧れだった、青い地球。
前の生では何処にも無かった、母なる水の星に生まれて。
(…もっと前から出会いたかったが…)
あいつが生まれてすぐの頃から、と思うけれども、それは贅沢と言うものだろう。
十四歳のブルーに出会えただけでも、儲けもの。
これから大きく育つ姿を、見守れるから。
前の生でもそうだったように、「しっかり食べろよ」と注意したりして。
(…一緒に暮らしていたならなあ…)
もっと細々と気を配れる。
今度も身体が弱いブルーが、無理をして熱を出さないように。
夜更かししそうなら「駄目だ」と叱って、ベッドに入れて。
とても元気にしている日ならば、「これも食べろ」と身体にいい食事。
今の自分も料理は得意で、大抵のものは作れるから。
(仕事が終わって帰ったら、すぐに…)
夕食の支度で、朝は毎日、朝食作り。
ブルーの昼食は、学校のある日は、学校の食堂なのだけれども…。
(休みの日は、俺が腕を奮って…)
とびきり美味しい昼食を作る。
もちろんブルーのための「おやつ」も、心をこめて。
そういう暮らしもいいもんだ、と思ったけれど。
小さなブルーを側で見守り、育ててゆくのも素敵だけれど…。
(ちょっと待てよ?)
どう転がったら、ブルーと一緒に暮らせるのだろう。
毎日、同じ家で過ごして、家族のように。
(…あいつはチビだし…)
大きくなるまで、この家に移って来てはくれない。
それで当然、ブルーが何処に生まれていたって、そうなったろう。
今のような「チビの子供」の内は。
結婚できる十八歳を迎えて、花嫁になる時が来るまでは。
(…そうじゃないのに、一緒だとなると…)
本物の「家族」くらいしかない。
でなければ、とても仲のいい親戚、「親元を離れて」預けて貰えるくらいに。
(しかしだ、あいつは身体が弱いし…)
親元を離れて暮らすことなど、両親が許しはしないだろう。
ならば、残るは「本物の家族」。
生まれた時からずっと一緒の、弟だとか。
あるいは「今の自分」が結婚していて、妻との間に…。
(生まれた子供が、ブルーだってか!?)
それなら一緒に暮らしてゆける。
誰に気兼ねをすることもなくて、ごく自然に。
「お兄ちゃん!」とブルーに纏い付かれたり、「パパ!」と甘えられたりもして。
(……うーむ……)
まるで考えてもみなかった、と愕然とさせられる人生の形。
愛おしい人とは再会出来ても、前の生とは、全く別物。
(…きっと、ブルーは…)
もしも互いに家族だったら、思い出しさえしないのだろう。
「お兄ちゃん」や「パパ」が、誰なのか。
もちろん聖痕も現れはせずに、ひっそりと皮膚に隠されたまま。
ブルーの記憶が戻って来たなら、とても厄介なことになるから。
「お兄ちゃん」や「パパ」は、けして恋人にはなれないから。
(……俺だけ、記憶が戻って来て……)
ブルーは「思い出さない」まま。
前とそっくり同じ姿に育っても。
誰が見たって「ソルジャー・ブルー」に瓜二つでも。
(…それでも、俺は…)
きっとブルーに尽くすのだろう。
「お兄ちゃん」ならば、とても身体の弱い弟を、大切にして。
何処へ行くにも「来るか?」と誘って、無理をしないよう気遣ってやって。
(俺の息子なら…)
きっと妻さえ呆れるくらいに、過保護な父親になるのだと思う。
何かと言ったら「ブルー、ブルー」と、妻よりも遥かに気にかけてやって。
料理も妻に任せはしないで、「今日はパパが御馳走、作ってやるぞ」と甘やかして。
なんと言っても、「ブルー」だから。
ブルーの記憶は戻って来ないで、「弟」や「息子」のままであっても。
「お兄ちゃん!」だの「パパ!」と慕ってくれても、ただそれだけに過ぎなくても。
(そして、いつかは…)
育ったブルーを、送り出す日が来るのだろう。
ブルーに似合いの相手が見付かり、その人と暮らしてゆくことになって。
結婚式を挙げて、新しい家に引越しして。
(お兄ちゃん、さよなら、って…)
そうでなければ、「パパ、さよなら」。
明るく手を振り、きっと元気に巣立ってゆく。
虚弱な身体は変わらなくても、ブルーも「パパ」になるために。
妻と幸せな家庭を築いて、未来へ歩いてゆくために。
(…家族だったら、そうなっちまうな…)
俺と一緒に暮らしていたって、「さよなら」なんだ、と気付かされた。
しかも記憶も戻らないから、弟や息子に過ぎないままで。
青い地球の上で再会したって、すれ違いのように生きて別れていって。
(……そいつは勘弁願いたいから……)
待たされようとも、今の暮らしで充分だよな、と傾けたカップ。
もしもブルーと家族だったら、辛い別れが待っているから。
ブルーの記憶は戻らないままで、「さよなら」と去ってしまうのだから…。
家族だったら・了
※ブルー君が小さい頃から、一緒に暮らせていたらいいのに、と思ったハーレイ先生。
けれど、そういう暮らしになるなら、ブルー君は家族。今の関係の方がいいですよね…?
「ハーレイってさ…」
若くないよね、と衝撃的な言葉が恋人の口から飛び出した。
二人きりで過ごせる休日の午後に、ブルーの部屋で。
ハーレイは目を剥いたけれども、事実ではある。
今のブルーは十四歳にしかならない子供で、それに比べて…。
(…俺は三十八歳で…)
遠い昔の干支で言うなら、二回りも上になる年齢。
いわゆる二ダース、二十四年分も。
(しかしだな…!)
面と向かって「若くない」などと言い放たれる筋合いはない。
毎日身体を鍛えてもいるし、外見だって…。
(俺の好みで中年とはいえ、まだ年寄りでは…!)
ないと思うから、あんまり過ぎるブルーの言葉。
「若くない」だなんて。
そう思ったから、恋人の顔を真っ直ぐに見た。
赤い瞳を正面から捉えて、「どの辺りがだ?」とぶつけた質問。
自分の何処が若くないのか、ブルーはどうしてそう思うのかと。
「俺はお前より年を食っちゃいるが、年寄りじゃないぞ?」
年寄りってのは、ゼルとかヒルマンみたいなのだ、と畳み掛けた。
あの二人よりはずっと若いと、実年齢だって「今は若い」と。
なにしろ「三十八歳」だから。
前の生での年に比べたら、若造とも呼べるくらいの年齢。
まだまだヒヨコで、今の時代は本当にヒヨコ。
人間は全てミュウになったし、とてつもなく長い平均寿命。
三十八歳ならば「クチバシが黄色い」とも言っていいほど。
ブルーなんかは、卵みたいなものだろう。
その「卵」などに「若くない」なんて形容されてはたまらない。
けれど…。
「ハーレイ、自分で分からないの?」
それが若くない証拠だよね、とブルーは深い溜息をついた。
「自覚が無いのも、本当に若くないからだよ」と。
「おいおいおい…。どういう理屈で、そうなるんだ?」
俺は若いぞ、と言い返した。
外見こそ中年男だけれども、年齢だけなら誰に尋ねてもヒヨコ。
そしてブルーは卵なのだ、とチビの恋人を睨み付けたのに…。
「ぼくは卵かもしれないけれど…。でも、恋人だよ?」
放っておくのは若くないからだよね、と答えたブルー。
これが本物の若者だったら、恋人を放っておきはしないと。
休日ともなればデートにドライブ、他にも色々。
こうして「お茶を飲むだけ」だなんて、それは「年寄り」。
「年寄りだって!?」
「うん。行動力が落ちているから」
ぼくをリードする力が無いんでしょ、と決め付けられた。
若くないから、そういうことになってしまうのだと。
(この野郎…!)
よくも言ったな、と反論しかけてハタと気付いた。
ここで反論したならば…。
(チビのブルーと、デートにドライブ…)
連れて行くようにせがまれる。
ブルーの狙いは、間違いなく「ソレ」。
だから「そうだな」と腕組みをして、余裕の笑みを湛えておいた。
「確かに俺は若くないな」と。
若くないからデートは無理だと、行動力などは皆無なのだ、と…。
若くないよね・了
(……うーん……)
なんだか眠くなっちゃったかも、と小さなブルーが擦った目元。
ハーレイが寄ってはくれなかった日、夜に勉強机の前で。
机の上に広げた本。
いつもだったら、まだまだこれから読み進める時間。
けれども襲って来た眠気。
急に瞼が重く感じて、口から「ふああ…」と欠伸まで出て。
(…なんで…?)
今日は疲れてはいないと思う。
体育の授業は見学だったし、学校で沢山歩いてもいない。
(あとはバス停と、家との間の往復…)
そんな程度の運動量。
たったそれだけで疲れ果てるほど、多分、やわには出来てはいない。
いくら身体が弱くても。
前の生と全く同じに虚弱で、ちょっとしたことで熱を出しても。
(…ハーレイが寄ってくれなかったから…)
ガッカリしちゃって、気落ちしたかも、と心当たりは、そのくらい。
「来てくれるかな?」と、何度も窓から覗いたから。
ハーレイの車とは違う音でも、「もしかしたら」と表の道路の方を。
(……気持ちがピンと張り詰めてると……)
眠くなったりはしないもの。
ならば、その逆もあるだろう。
気落ちして気分が落ち込んでいたら、眠気が増してくることだって。
普段なら眠くならない時間に、身体が「眠い」と訴え出して。
(…寝ちゃおうかな?)
起きていないで、と眺めた時計。
この時間なら、もう両親も心配しない。
「何処か具合が悪いのでは」と思いはしないし、「眠いんだな」と考えるだけ。
それなら「寝る」のがいいだろう。
少しばかり早い時間でも。
早めにベッドにもぐってしまって、部屋の灯りもパチンと消して。
(うん、そうしよっと…!)
決めた、とパタンと閉じた本。
読みかけの所に栞を挟んで、続きは明日に読むことにして。
(学校の用意は、してあるし…)
でも念のため、と鞄の中身を確かめた。
教科書はちゃんと入っているのか、ノートの類も揃っているか。
(これで良し、っと…!)
明日、目覚めたら着る制服も、きちんと所定の場所に置いてある。
後はゆっくりお風呂に入って…。
(パジャマに着替えて、寝るだけだよね)
眠いんだもの、とパジャマを抱えて部屋から出た。
トントンと下りていった階段、そこでバッタリ出会った母。
「あら、もうお風呂?」
早いのね、と母は微笑んだけれど、それだけだった。
「どうかしたの?」と訊かれはしなくて、「ごゆっくり」と見送られただけ。
お風呂好きなのは知られているから、いつものように。
「好きなだけ、ゆっくり浸かりなさいな」と、優しい笑顔で。
(…ふふっ……)
お風呂、と足が速くなる。
本当にお風呂が好きだから。
具合が悪くて熱があっても、入ろうとするくらいだから。
バスルームに入って、ふわりと包まれた温かな湯気。
その中でシャワーのコックを捻って、たっぷりと浴びた。
それから浸かった、大きなバスタブ。
ゆったり手足を伸ばしていたって、まだ余る広さ。
(パパなら、丁度いいんだろうけど…)
ぼくだと溺れてしまうかもね、と思うくらいに。
お風呂の中で眠ってしまったら、ブクブクブクと沈んでいって。
お湯の中で呼吸が出来なくなって、溺れそうになって、手足をバタバタさせて…。
(這い上がったら、凄くゲホゲホ…)
激しく咳き込み、お湯を吐き出すことだろう。
母たちが飛んで来るかもしれない。
「どうしたの!?」と、血相を変えて。
そして「眠って溺れた」と知って、呆れながらも叱るのだろう。
「次からは気を付けなさい」と。
「池とか海なら分かるけれども、家のお風呂で溺れるなんて」と。
(…だけど、大好き…)
このまま眠ってもかまわないくらい、心地よいお湯に浸かるのが。
心も身体もリラックスできる、「お風呂の時間」というものが。
(小さい時から、お風呂好き…)
熱があっても「入る」と騒いで、駄々をこねたのを覚えている。
「仕方ないわね」と母が苦笑したのも、「少しだけだぞ?」と父が睨んだのも。
なにしろ、お風呂に入れないと…。
(うんと機嫌が悪くなるから、余計に熱が上がって…)
ろくな結果にならなかったから、折れた両親。
ただでも身体の弱い息子が、もっと辛い目に遭わないように。
「お風呂で具合が良くなるのなら」と、仕方なさそうに。
(…ちょっぴり悪い子だったかな…?)
それに我儘、と幼かった頃を思い出す。
両親は心配だったのだろうに、「お風呂に入る!」と譲らなかった子。
(でも、好きなものは…)
仕方がないよ、と考えた所で気が付いた。
どうして、お風呂好きなのか。
いつからお風呂が大好きになって、入らずにいられなくなったのか。
(……アルタミラ……)
あそこのせいだ、とバスタブの中で震えた身体。
前の生での、一番古い記憶の一つ。
それよりも前の頃の記憶は、全く残っていなかったから。
成人検査と、その後に続いた数多の人体実験。
それらが奪い去ってしまった、幸福な子供時代の記憶。
本物の両親はいなかったけれど、養父母が与えてくれていた筈の。
(…実験動物にされて、全部忘れて…)
ただ檻の中で飼われていた。
実験動物を「お風呂に入れる」必要は無いし、専用の部屋で洗われただけ。
温かいバスタブに浸かる代わりに、冷たい水を浴びせられて。
洗われた後には風が吹き付け、丸ごと乾燥させられた。
バスタオルなどは、貰えもせずに。
実験で酷い火傷を負おうが、あちこちの皮膚が裂けていようが。
(…そんな目にばかり、遭っていたから…)
アルタミラから逃げ出した船で、どれほどにシャワーが嬉しかったか。
バスタブに浸かれるようになったら、本当に、どれほど幸せだったか。
そのせいで、お風呂好きだった。
遠く遥かな時の彼方で、生きた自分は。
「ソルジャー・ブルー」と呼ばれるよりも前から、ずっと。
生まれ変わっても「お風呂が好き」になるほど、魂に刻み込まれるほどに。
そうやって出来た、お風呂が大好きな子供。
十四歳になった今でも変わらず、この先もきっと、変わりはしない。
(…本当に気持ちいいもんね?)
お風呂の中でも寝ちゃいそうなほど、と零れた欠伸。
温かなお湯で身体も心もほぐれてゆくから、更に増した眠気。
このまま、お風呂で寝てしまう前に…。
(ちゃんと上がって、パジャマを着て…)
髪も乾かして、それからベッドへ。
でないとバスタブで溺れてしまって、両親にかけてしまう心配。
第一、自分も酷い目に遭う。
アルタミラの地獄には及ばなくても、お湯が気管に入ってしまって、苦しくて。
(それは困るよ…!)
お風呂で寝ちゃ駄目、と自分を叱って、心地よいバスタブに別れを告げた。
バスタオルで身体を綺麗に拭いて、着込んだパジャマ。
(ホントに眠い…)
早く寝よう、と髪を乾かし、バスルームを後に向かった部屋。
リビングの両親に「おやすみなさい」と挨拶をして。
階段をトントン上がって行って。
(…後は、寝るだけ…)
おやすみなさい、とパタリとベッドに倒れ込んだ。
上掛けの下にゴソゴソ潜って、手探りで灯りを消そうとして…。
(……あれ?)
なんて幸せなんだろう、とハタと気付いた。
お風呂も幸せだったけれども、今の状態。
「眠くなった」とお風呂に入って、何も考えずに潜り込んだベッド。
わざとパタリと倒れ込んで。
「眠いんだもの」と、自分の身体が訴えるままに。
(……前のぼくだと……)
こんな風には運ばなかった。
もちろん眠れた時もあるけれど、そうでない時が多かった。
白いシャングリラの時代はもちろん、名前だけが「シャングリラ」だった時代も。
(…ぼくがいないと、いろんなことが…)
上手くいかなくなるのでは、と気がかりで懸命に起きていたもの。
今と同じにチビだった頃も、育った後も。
「ソルジャー」と呼ばれ始める前から、すっかり身体が弱った後も…。
(…ぼくが寝ちゃったら、船の仲間は…)
どうなるのだろう、と気が休まらなかった。
後継者のジョミーが船に来た後も、眠気を欲する身体に鞭を打つようにして…。
(起きていなくちゃ、って頑張って…)
力の限りに頑張り続けて、力尽きるように眠りに就いた。
十五年間も全く目覚めないほど、長い眠りに。
それまでの時間を取り戻すように、ただひたすらに眠り続けて。
(……あれに比べたら……)
とても幸せなのが今。
「今日は眠い」と感じただけで、「もう寝ちゃおう」とお風呂に入って…。
(…ベッドにもぐって、灯りを消して…)
後はぐっすり眠ればいい。
明日の朝、目覚ましに起こされるまで。
「学校に行かなきゃ」と、目を覚ますまで。
(…眠くなっちゃったら、寝ていいんだよ…)
今のぼくは、と浮かんだ笑み。
そうして眠ってしまった所で、誰も困りはしないから。
シャングリラにも、船の仲間たちにも、危険が及ぶことはないから。
(…なんて幸せなんだろう…)
ぼくはホントに幸せだよね、と灯りを消して、閉ざした瞼。
前の生から焦がれ続けた、青い地球の上で。
ハーレイと二人で生まれ変わった、水の星にある家のベッドの中で…。
眠くなっちゃったら・了
※急に眠くなったブルー君。いつもよりも、ずっと早い時間に。眠いなら、寝るだけ。
今はいつでも眠れますけど、前の生では違ったのです。いつでも眠れることが、幸せv
