「ねえ、ハーレイ。許すことって…」
大切だと思う、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 許すって…?」
いったい何の話なんだ、とハーレイは鳶色の瞳を丸くした。
ブルーは今朝から上機嫌で、怒っているようには見えない。
「そのままの意味だよ。例えば、ハーレイの場合だと…」
キースを許すことは出来るの、とブルーは凄い例を出した。
今の生では、未だ、キースと出会ってはいない。
ブルーもハーレイも、遠く遥かな時の彼方で出会ったきり。
けれど、その時、キースが何をしたかが問題だった。
「うーむ…。キースってか…?」
今の俺にヤツを許せと、とハーレイは思わず唸った。
前の生では、キースがブルーを撃ったことを知らなかった。
だから、後に地球の上で出会った時には、何もしていない。
(…会談を控えて、地球に降下した時なんぞには…)
キャプテンとしての立場で、国家主席のキースに挨拶した。
言葉を交わして、握手までしてしまったことを、今でも…。
(…ずっと、後悔し続けてるんだ…)
今のブルーに聞いて以来な、と小さなブルーの顔を眺める。
たとえブルーが此処にいようが、憎い仇には違いない。
(秋咲きの朝顔、品種名がキース・アニアンで…)
そうと知ったら、毟りたくなったぞ、と思うくらいに憎い。
そんなキースを許せるのか、と尋ねられたら、答えは否。
(俺は一生、ヤツを許せん!)
今の生で運良く出会えたならば、許せそうだが、と呻く。
(もしも会えたら、一発、思い切り、殴り飛ばして…)
ブルーを撃った件は、水に流せそうでも、というのが現状。
「ハーレイ、やっぱり、許せないんだ?」
「…残念ながら、俺は其処まで人間が出来ていなくて…」
とても無理だ、とハーレイは潔く白旗を掲げた。
「許すというのは、確かに大切ではあるんだが…」
「自分の気持ちが追い付かないなら、仕方ないわけ?」
「そうだな、自分を、無理に押し殺してまで…」
許すことを優先しろとは言えんな、とハーレイは苦笑する。
大の大人も出来ないことを、子供のブルーには強いれない。
「そっか、ハーレイでも無理なんだったら…」
許せなくても、許されるよね、とブルーは笑んだ。
「そうなるが…。なんだ、友達と喧嘩中なのか?」
早めの仲直りを勧めるぞ、とハーレイは提案しておく。
友人同士の喧嘩だったら、グッと堪えて許すことも大切。
そう思うから、ブルーに説こうとしたら…。
「友達じゃなくって、ハーレイだよ!」
「俺!?」
喧嘩なんぞをしてはいないぞ、とハーレイは仰天した。
今日も昨日も、その前にしても、怒らせるようなことは…。
(…していないよな…?)
どう考えても、と振り返る間に、ブルーが言った。
「許せないのは、キスだってば!」
いつも頬っぺたで、そればっかり、とブルーは膨れる。
唇にキスをしてはくれない、とフグみたいな顔で。
(……その件か……)
許せないからキスをしろ、と来たか、とハーレイは呆れた。
そういうことなら、許せないのは、ハーレイにしても同じ。
「よし、分かった。今日の所は、これで失礼しよう」
「えっ!?」
キスの話は、とブルーは驚くけれども、サラリと無視した。
「許せないっていうトコについては、俺も同じだしな?」
いくら許すことが大切だろうが、さっきの話、とニンマリ。
「キスをする気にはなれんし、今日は帰るぞ」
「ちょ、ちょっと…!」
謝るから、帰らないで、とブルーは必死で、可笑しくなる。
(…キースの話まで持ち出して、俺をだ…)
追い詰めて来たんだし、懲りておけ、とハーレイは立った。
「ではな」と、椅子をテーブルの方へと寄せて。
「少し早いが、今から帰れば、食料品店に寄って…」
美味い晩飯を作れそうだし、とブルーを脅して楽しむ。
(本当の所は、帰る気なんぞ、まるで全く…)
ありはしないが、と帰るふりをして、からかい続ける。
「たまには、こんな返り討ちもいいさ」と、扉の前で…。
許すことって・了
大切だと思う、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 許すって…?」
いったい何の話なんだ、とハーレイは鳶色の瞳を丸くした。
ブルーは今朝から上機嫌で、怒っているようには見えない。
「そのままの意味だよ。例えば、ハーレイの場合だと…」
キースを許すことは出来るの、とブルーは凄い例を出した。
今の生では、未だ、キースと出会ってはいない。
ブルーもハーレイも、遠く遥かな時の彼方で出会ったきり。
けれど、その時、キースが何をしたかが問題だった。
「うーむ…。キースってか…?」
今の俺にヤツを許せと、とハーレイは思わず唸った。
前の生では、キースがブルーを撃ったことを知らなかった。
だから、後に地球の上で出会った時には、何もしていない。
(…会談を控えて、地球に降下した時なんぞには…)
キャプテンとしての立場で、国家主席のキースに挨拶した。
言葉を交わして、握手までしてしまったことを、今でも…。
(…ずっと、後悔し続けてるんだ…)
今のブルーに聞いて以来な、と小さなブルーの顔を眺める。
たとえブルーが此処にいようが、憎い仇には違いない。
(秋咲きの朝顔、品種名がキース・アニアンで…)
そうと知ったら、毟りたくなったぞ、と思うくらいに憎い。
そんなキースを許せるのか、と尋ねられたら、答えは否。
(俺は一生、ヤツを許せん!)
今の生で運良く出会えたならば、許せそうだが、と呻く。
(もしも会えたら、一発、思い切り、殴り飛ばして…)
ブルーを撃った件は、水に流せそうでも、というのが現状。
「ハーレイ、やっぱり、許せないんだ?」
「…残念ながら、俺は其処まで人間が出来ていなくて…」
とても無理だ、とハーレイは潔く白旗を掲げた。
「許すというのは、確かに大切ではあるんだが…」
「自分の気持ちが追い付かないなら、仕方ないわけ?」
「そうだな、自分を、無理に押し殺してまで…」
許すことを優先しろとは言えんな、とハーレイは苦笑する。
大の大人も出来ないことを、子供のブルーには強いれない。
「そっか、ハーレイでも無理なんだったら…」
許せなくても、許されるよね、とブルーは笑んだ。
「そうなるが…。なんだ、友達と喧嘩中なのか?」
早めの仲直りを勧めるぞ、とハーレイは提案しておく。
友人同士の喧嘩だったら、グッと堪えて許すことも大切。
そう思うから、ブルーに説こうとしたら…。
「友達じゃなくって、ハーレイだよ!」
「俺!?」
喧嘩なんぞをしてはいないぞ、とハーレイは仰天した。
今日も昨日も、その前にしても、怒らせるようなことは…。
(…していないよな…?)
どう考えても、と振り返る間に、ブルーが言った。
「許せないのは、キスだってば!」
いつも頬っぺたで、そればっかり、とブルーは膨れる。
唇にキスをしてはくれない、とフグみたいな顔で。
(……その件か……)
許せないからキスをしろ、と来たか、とハーレイは呆れた。
そういうことなら、許せないのは、ハーレイにしても同じ。
「よし、分かった。今日の所は、これで失礼しよう」
「えっ!?」
キスの話は、とブルーは驚くけれども、サラリと無視した。
「許せないっていうトコについては、俺も同じだしな?」
いくら許すことが大切だろうが、さっきの話、とニンマリ。
「キスをする気にはなれんし、今日は帰るぞ」
「ちょ、ちょっと…!」
謝るから、帰らないで、とブルーは必死で、可笑しくなる。
(…キースの話まで持ち出して、俺をだ…)
追い詰めて来たんだし、懲りておけ、とハーレイは立った。
「ではな」と、椅子をテーブルの方へと寄せて。
「少し早いが、今から帰れば、食料品店に寄って…」
美味い晩飯を作れそうだし、とブルーを脅して楽しむ。
(本当の所は、帰る気なんぞ、まるで全く…)
ありはしないが、と帰るふりをして、からかい続ける。
「たまには、こんな返り討ちもいいさ」と、扉の前で…。
許すことって・了
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(…引き金は、転勤だったんだよね…)
ぼくとハーレイが出会ったのは、と小さなブルーが、ふと考えたこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(ハーレイの転勤、決まってたけど、前の学校で引き留められて…)
来るのが少し遅れたんだっけ、とブルーも事情を知っている。
本当だったら、ハーレイが来るのは、入学式よりも前の筈だった。
予定通りに来ていた場合は、もっと早くに出会えただろう。
(…その代わり、大事な入学式がメチャクチャ…)
凄い迷惑をかけていたよね、と光景が目に浮かぶよう。
ハーレイを初めて目にした瞬間、ブルーの身体に聖痕が出現した。
右の瞳や、両方の肩や、脇腹からも血が流れ出して、教室は酷い騒ぎになった。
(…ぼくは倒れて、前のぼくだった頃の記憶が戻って来るのを…)
感じ取りながら意識を手放したけれど、後でクラスメイトたちから聞かされた。
ハーレイが慌てて駆け寄り、「救急車を呼んで来てくれ!」と指示し、他の教師も駆け付けた。
「みんな、落ち着いて、席について!」と先生たちが叫んでも、皆は直ぐには従わなかった。
落ち着くどころか、他所のクラスや、違う校舎からまで、見に来る生徒が多かったほど。
(…教室の中でも、そうだったんだし…)
入学式なら大騒ぎだよ、とブルーは小さく肩を竦めた。
大切な式は台無しになって、皆の記憶に、違う意味合いで残っただろう。
そうならないよう、ハーレイが来るのが遅れたのかな、という気がしている。
一生に一度の入学式だし、お祝いをする家も少なくはない。
(…大騒ぎになって、救急車まで来てました、なんていう思い出よりは…)
後になってから思い出せるのは「お祝いの御馳走とケーキだけ」でも、きっといい。
(だから、神様、ハーレイの転勤が決まっても…)
直ぐには来られないようにしてたんだよ、と思うけれども、どうだろう。
もっと早くに出会えていたなら、もっと沢山、色々な話が出来たのに。
(……うーん……)
タイミングっていうのは難しいよね、と思う間に、「次の転勤」が頭を掠めた。
今のハーレイは教師なのだし、「キャプテン・ハーレイ」だった頃とは違う。
同じ職場で勤め続ける仕事ではない。
(…先生の任期って、どのくらいだっけ…?)
下の学校の先生と同じくらいかな、と考えてみる。
そうだとしたなら、ブルーが卒業する頃までは、充分、いてくれる筈。
プラスして二年くらいは、勤めていたって変ではない。
(…だけど、ハーレイ、そうそういない先生だよね…?)
古典はともかく、柔道と水泳、とハーレイが持つ「特技」が気になる。
どちらもプロの選手にもなれる腕だし、欲しい学校は多いだろう。
(……強豪校で、欠員が出たら……)
ここぞとばかりに声が掛かって、転勤になってしまいそう。
古典の教師は、資格さえあれば出来るけれども、柔道部などの指導は、そうはいかない。
(…其処の学校にいる古典の先生、ハーレイと交換ってことにしたなら…)
めでたく「プロ級の人材」が来るわけだから、大いに有り得る。
欠員が出た科目が古典でなくても、まずは「ハーレイ」を手に入れること。
(…先生が足りなくなった科目が、数学とかでも…)
そちらはそちらで、「数学の先生」を探し出せばいい。
(転勤する人、一人だけで済むトコ、二人になってしまうけど…)
そんなことより、部活の指導が優先だろう。
優秀なコーチがいないばかりに、強豪校から転落するのは、何処も避けたい。
(…ハーレイ、連れて行かれちゃう…!)
ハーレイは喜ぶかもだけど、と思うけれども、それと話は別だった。
転勤で他所に行ってしまったら、ハーレイに会えるチャンスが減るのは確実。
(学校の中では会えない上に、帰りに家に寄ってくれる日も…)
うんと減りそう、と容易に分かる。
強豪校で指導するなら、休日だって不在がちになるかもしれない。
試合や遠征が増えるだろうし、今の学校よりも忙しそう。
それは困るよ、とブルーは怖くなって来た。
「絶対に無い」とは言い切れないだけに、恐ろしいとも言い換えられる。
(強豪校だと、何処なのかな…?)
分かんないや、と呻くくらいに、ブルーはスポーツに縁が無い。
縁が無いから興味も無くて、どの学校が有名なのかもサッパリだけれど、強豪校は存在する。
大きな大会に出場しては、賞を貰って凱旋して来る。
(…もし、ハーレイが転勤したなら…)
今は名前も知らない学校、それを追うことになるのだろう。
(新聞とかでも、今までチラッと見ていただけのスポーツ欄とか…)
食い入るように目を通しては、「ハーレイ」の名前が無いかを探す。
順調に勝ち進んでいればもちろん、試合の時期と違っていたって、関連記事を載せたりもする。
(今のチームはこんな感じ、って…)
先生も一緒に写真が出たり、と「記事の印象」だけは頭にあるから、探す毎日。
何処かに「ハーレイ」が写っていないか、インタビューの類は載っていないか、と。
(…ハーレイの様子を詳しく知りたかったら、そうするしか…)
滅多に家に来てくれないなら、他に方法は見付からない。
「今日のハーレイ」の最新情報を掴みたかったら、友達探しも必要だろう。
(ハーレイが行った学校の生徒で、柔道とか水泳に興味があって…)
だけど部員じゃない、普通の生徒、と条件は厳しい。
部員の場合は「他所の学校にいる友達」と話す時間を、そうそう取れはしないから。
(ハーレイ先生、今日はどうだった、って聞けやしないから…)
無難に部活の話題で始めて、さりげなく情報を掴むしかない。
古典の授業があった日だったら、「今日の雑談、どんなのだった?」でいいだろう。
(ハーレイ、雑談が得意技だしね?)
前の学校で聞いていた「ブルー」が興味を持っても、変ではない。
聞かれた方でも、「楽しかったよ、今日、聞いたのは…」と、楽し気に話すに違いない。
(…水泳とか柔道を見る趣味がある生徒、どうやって探せばいいのかな…?)
うーん、と壁にぶつかったけれど、乗り越えないと「ハーレイの最新情報」は手に入らない。
今の学校の生徒で、似た趣味を持つ「誰か」を探して、人脈を辿るのが早いだろうか。
(…でも、ハーレイが、ぼくの守り役なことは、みんな知ってて…)
その「ブルー」が、「ハーレイが転勤した先の学校」の生徒と繋がりたいなら、理由は一つ。
「ハーレイの情報を追っている」からで、熱烈なファンなのだと「勘違い」されそう。
(…転勤した先の学校の生徒、教えてくれても、その生徒には…)
「ハーレイ先生の熱烈なファン」がいるから、仲良くしてやって欲しい、と紹介だろう。
貰える情報は増えそうだけれど、「熱烈なファン」である本当の理由が問題だった。
(…本当は恋人を追ってるんです、なんて言えやしないし…)
隠し事をしながら付き合えるかな、と思うと答えは「否」でしかない。
何処かでウッカリ、バレてしまうか、そうでなくても「後ろめたい」。
やっぱり新聞くらいしか、と情けなくても、それが現実。
ハーレイが転勤で行ってしまったら、情報源は他に無さそう。
(…今だって、試合で来られない日とか、寂しくなってしまうのに…)
そんな日が増えて、学校の中でも会えないなんて、と深い溜息が零れ落ちてしまう。
まだ「そうなった」わけでもないのに、「その日」を想像してみただけで。
(…悲しすぎるよ…)
ハーレイが転勤しちゃったら、と恐ろしいから、強豪校の先生たちには頑張って欲しい。
病気になったり、怪我をしたりで、「指導出来なくなりました」という事態に陥らないよう。
(あと四年ほどだけで充分だから…!)
ぼくが卒業しちゃった後なら、「ハーレイ」が転勤したって平気だしね、とブルーは祈る。
ハーレイと一緒に暮らし始めたら、転勤は単に「勤め先が変わる」だけに過ぎない。
(来年から、此処の学校だ、とハーレイに聞いて…)
その学校って何処にあるの、と質問してみる所から始まる。
「其処で柔道部の指導もするの?」だとか、「水泳部の顧問なのかな?」とか。
行ったことの無い場所にある学校だった時は、「どんな校舎?」と聞くのもいい。
(ハーレイが勤め始めたら、ドライブに出掛けた時に、ついでに…)
寄って貰って見てみたいよね、と素敵な夢が膨らんでゆくから、そっちの方が断然いい。
(ぼくが学校に通ってる間に、転勤したなら、大変だけど…)
卒業した後なら、楽しそうだよ、とブルーは「その日」を祈り続ける。
「ハーレイの転勤は、ぼくが卒業した後にして下さい」と、聖痕をくれた神に向かって…。
転勤したなら・了
※もし、ハーレイ先生が転勤になったら、と考えてみたブルー君。会える日が減りそう。
ハーレイ先生の情報も手に入らなくなって、悲しすぎる日々。卒業までいて欲しいですねv
ぼくとハーレイが出会ったのは、と小さなブルーが、ふと考えたこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(ハーレイの転勤、決まってたけど、前の学校で引き留められて…)
来るのが少し遅れたんだっけ、とブルーも事情を知っている。
本当だったら、ハーレイが来るのは、入学式よりも前の筈だった。
予定通りに来ていた場合は、もっと早くに出会えただろう。
(…その代わり、大事な入学式がメチャクチャ…)
凄い迷惑をかけていたよね、と光景が目に浮かぶよう。
ハーレイを初めて目にした瞬間、ブルーの身体に聖痕が出現した。
右の瞳や、両方の肩や、脇腹からも血が流れ出して、教室は酷い騒ぎになった。
(…ぼくは倒れて、前のぼくだった頃の記憶が戻って来るのを…)
感じ取りながら意識を手放したけれど、後でクラスメイトたちから聞かされた。
ハーレイが慌てて駆け寄り、「救急車を呼んで来てくれ!」と指示し、他の教師も駆け付けた。
「みんな、落ち着いて、席について!」と先生たちが叫んでも、皆は直ぐには従わなかった。
落ち着くどころか、他所のクラスや、違う校舎からまで、見に来る生徒が多かったほど。
(…教室の中でも、そうだったんだし…)
入学式なら大騒ぎだよ、とブルーは小さく肩を竦めた。
大切な式は台無しになって、皆の記憶に、違う意味合いで残っただろう。
そうならないよう、ハーレイが来るのが遅れたのかな、という気がしている。
一生に一度の入学式だし、お祝いをする家も少なくはない。
(…大騒ぎになって、救急車まで来てました、なんていう思い出よりは…)
後になってから思い出せるのは「お祝いの御馳走とケーキだけ」でも、きっといい。
(だから、神様、ハーレイの転勤が決まっても…)
直ぐには来られないようにしてたんだよ、と思うけれども、どうだろう。
もっと早くに出会えていたなら、もっと沢山、色々な話が出来たのに。
(……うーん……)
タイミングっていうのは難しいよね、と思う間に、「次の転勤」が頭を掠めた。
今のハーレイは教師なのだし、「キャプテン・ハーレイ」だった頃とは違う。
同じ職場で勤め続ける仕事ではない。
(…先生の任期って、どのくらいだっけ…?)
下の学校の先生と同じくらいかな、と考えてみる。
そうだとしたなら、ブルーが卒業する頃までは、充分、いてくれる筈。
プラスして二年くらいは、勤めていたって変ではない。
(…だけど、ハーレイ、そうそういない先生だよね…?)
古典はともかく、柔道と水泳、とハーレイが持つ「特技」が気になる。
どちらもプロの選手にもなれる腕だし、欲しい学校は多いだろう。
(……強豪校で、欠員が出たら……)
ここぞとばかりに声が掛かって、転勤になってしまいそう。
古典の教師は、資格さえあれば出来るけれども、柔道部などの指導は、そうはいかない。
(…其処の学校にいる古典の先生、ハーレイと交換ってことにしたなら…)
めでたく「プロ級の人材」が来るわけだから、大いに有り得る。
欠員が出た科目が古典でなくても、まずは「ハーレイ」を手に入れること。
(…先生が足りなくなった科目が、数学とかでも…)
そちらはそちらで、「数学の先生」を探し出せばいい。
(転勤する人、一人だけで済むトコ、二人になってしまうけど…)
そんなことより、部活の指導が優先だろう。
優秀なコーチがいないばかりに、強豪校から転落するのは、何処も避けたい。
(…ハーレイ、連れて行かれちゃう…!)
ハーレイは喜ぶかもだけど、と思うけれども、それと話は別だった。
転勤で他所に行ってしまったら、ハーレイに会えるチャンスが減るのは確実。
(学校の中では会えない上に、帰りに家に寄ってくれる日も…)
うんと減りそう、と容易に分かる。
強豪校で指導するなら、休日だって不在がちになるかもしれない。
試合や遠征が増えるだろうし、今の学校よりも忙しそう。
それは困るよ、とブルーは怖くなって来た。
「絶対に無い」とは言い切れないだけに、恐ろしいとも言い換えられる。
(強豪校だと、何処なのかな…?)
分かんないや、と呻くくらいに、ブルーはスポーツに縁が無い。
縁が無いから興味も無くて、どの学校が有名なのかもサッパリだけれど、強豪校は存在する。
大きな大会に出場しては、賞を貰って凱旋して来る。
(…もし、ハーレイが転勤したなら…)
今は名前も知らない学校、それを追うことになるのだろう。
(新聞とかでも、今までチラッと見ていただけのスポーツ欄とか…)
食い入るように目を通しては、「ハーレイ」の名前が無いかを探す。
順調に勝ち進んでいればもちろん、試合の時期と違っていたって、関連記事を載せたりもする。
(今のチームはこんな感じ、って…)
先生も一緒に写真が出たり、と「記事の印象」だけは頭にあるから、探す毎日。
何処かに「ハーレイ」が写っていないか、インタビューの類は載っていないか、と。
(…ハーレイの様子を詳しく知りたかったら、そうするしか…)
滅多に家に来てくれないなら、他に方法は見付からない。
「今日のハーレイ」の最新情報を掴みたかったら、友達探しも必要だろう。
(ハーレイが行った学校の生徒で、柔道とか水泳に興味があって…)
だけど部員じゃない、普通の生徒、と条件は厳しい。
部員の場合は「他所の学校にいる友達」と話す時間を、そうそう取れはしないから。
(ハーレイ先生、今日はどうだった、って聞けやしないから…)
無難に部活の話題で始めて、さりげなく情報を掴むしかない。
古典の授業があった日だったら、「今日の雑談、どんなのだった?」でいいだろう。
(ハーレイ、雑談が得意技だしね?)
前の学校で聞いていた「ブルー」が興味を持っても、変ではない。
聞かれた方でも、「楽しかったよ、今日、聞いたのは…」と、楽し気に話すに違いない。
(…水泳とか柔道を見る趣味がある生徒、どうやって探せばいいのかな…?)
うーん、と壁にぶつかったけれど、乗り越えないと「ハーレイの最新情報」は手に入らない。
今の学校の生徒で、似た趣味を持つ「誰か」を探して、人脈を辿るのが早いだろうか。
(…でも、ハーレイが、ぼくの守り役なことは、みんな知ってて…)
その「ブルー」が、「ハーレイが転勤した先の学校」の生徒と繋がりたいなら、理由は一つ。
「ハーレイの情報を追っている」からで、熱烈なファンなのだと「勘違い」されそう。
(…転勤した先の学校の生徒、教えてくれても、その生徒には…)
「ハーレイ先生の熱烈なファン」がいるから、仲良くしてやって欲しい、と紹介だろう。
貰える情報は増えそうだけれど、「熱烈なファン」である本当の理由が問題だった。
(…本当は恋人を追ってるんです、なんて言えやしないし…)
隠し事をしながら付き合えるかな、と思うと答えは「否」でしかない。
何処かでウッカリ、バレてしまうか、そうでなくても「後ろめたい」。
やっぱり新聞くらいしか、と情けなくても、それが現実。
ハーレイが転勤で行ってしまったら、情報源は他に無さそう。
(…今だって、試合で来られない日とか、寂しくなってしまうのに…)
そんな日が増えて、学校の中でも会えないなんて、と深い溜息が零れ落ちてしまう。
まだ「そうなった」わけでもないのに、「その日」を想像してみただけで。
(…悲しすぎるよ…)
ハーレイが転勤しちゃったら、と恐ろしいから、強豪校の先生たちには頑張って欲しい。
病気になったり、怪我をしたりで、「指導出来なくなりました」という事態に陥らないよう。
(あと四年ほどだけで充分だから…!)
ぼくが卒業しちゃった後なら、「ハーレイ」が転勤したって平気だしね、とブルーは祈る。
ハーレイと一緒に暮らし始めたら、転勤は単に「勤め先が変わる」だけに過ぎない。
(来年から、此処の学校だ、とハーレイに聞いて…)
その学校って何処にあるの、と質問してみる所から始まる。
「其処で柔道部の指導もするの?」だとか、「水泳部の顧問なのかな?」とか。
行ったことの無い場所にある学校だった時は、「どんな校舎?」と聞くのもいい。
(ハーレイが勤め始めたら、ドライブに出掛けた時に、ついでに…)
寄って貰って見てみたいよね、と素敵な夢が膨らんでゆくから、そっちの方が断然いい。
(ぼくが学校に通ってる間に、転勤したなら、大変だけど…)
卒業した後なら、楽しそうだよ、とブルーは「その日」を祈り続ける。
「ハーレイの転勤は、ぼくが卒業した後にして下さい」と、聖痕をくれた神に向かって…。
転勤したなら・了
※もし、ハーレイ先生が転勤になったら、と考えてみたブルー君。会える日が減りそう。
ハーレイ先生の情報も手に入らなくなって、悲しすぎる日々。卒業までいて欲しいですねv
(…転勤か…)
あれが運命の出会いだったな、とハーレイが、ふと考えたこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(…心臓が止まりそうになったんだが…)
いきなり生徒が血塗れなんだし、と衝撃の瞬間は忘れられない。
ブルーに聖痕が現れた日のことで、居合わせた教師は、ハーレイだけだった。
事故だと思って駆け寄った途端、膨大な記憶が蘇って来た。
遠く遥かな時の彼方で、自分が何と呼ばれていたのか、血塗れの生徒が誰なのかも。
(……まさに運命の巡り合わせで……)
奇跡のように再会出来たのが、前の生での愛おしい人。
今日は会えずに終わったけれども、明日には、きっと会えるだろう。
明日が駄目でも、明後日もある。
その次の日も、ちゃんとあるのだし、週末はブルーの家を訪ねるのだから。
もっと早くに出会いたかった、と思う気持ちは否定出来ない。
神様が決めた巡り合わせだけに、「あの日しか無かった」と分かってはいる。
前の学校で引き留められたせいで、着任が遅れてしまったのも仕方ない。
それでも「もしも」と考えるほどに、ブルーと再会してから後の人生は素晴らしい。
(あいつに会えていなかったなら、今日の俺だって…)
ただの寂しい独身人生、とハーレイは苦笑してしまう。
ブルーと再会する前の自分が「寂しい独身」だったとは、まるで思いはしないけれども。
独身人生には違いなくても、ハーレイなりに日々を楽しんでいた。
ジョギングをしたり、料理に凝ったり、趣味の読書に勤しんだりと、自分の時間を有効活用。
教師の仕事が多忙な時でも、一人暮らしに不満を覚えはしなかった。
(残業を済ませて家に帰ったら、真っ暗な部屋でも…)
灯りを点けたら明るくなるのだし、寂しさなどは感じない。
どちらかと言えば、ブルーと出会った後の今の方が、そうした場面で寂しくなる。
(…帰って来たって、あいつは家にいないんだしな…)
そいつが寂しい、とブルーの顔を思い浮かべたら、溜息が一つ零れ落ちた。
「帰ったら、ブルーが迎えてくれる暮らし」は、まだ何年も待たないと来てはくれない。
ブルーが結婚出来る年の十八歳にならない限り、この家で一緒に暮らせはしない。
今の学校を「ブルーが卒業してから」の話で、四年近くもかかる勘定。
(…それまでの間は、学校の中か、あいつの家くらいでしか…)
会えるチャンスは来ないわけだ、とハーレイは寂しく思うのだけれど、待つしかない。
あと四年ほど待っていたなら、この家にブルーを迎えられる。
(……たった四年だ……)
俺の任期は、その後、数年くらいだろうな、と「今の学校」で過ごす期間を考えてみた。
同じ学校に何年いるかは、厳密に言えば、明確な決まりは設けられていない。
「このくらいだ」という目安はあるのだけれど、誰もが「そうなる」わけではない。
(現場と、周りの状況次第で…)
同じ学校で長く教師をする者もいれば、短めの期間で転勤してゆく者も少なくなかった。
ハーレイの場合も、長く勤めた学校もあれば、そこそこの期間で別れた学校もある。
今の学校が「どちらになるのか」は、任期が終わるまで分からないだろう。
早い転勤になったとしたなら、ブルーが在学している間に、他の学校に移ることになる。
いくら「ブルーの守り役」だからと言っても、特別扱いは無いかもしれない。
(そもそも、あいつが卒業しちまったら…)
守り役を続けられはしないし、卒業までの期間限定で、その任に就いているというだけ。
学校の側で、やむを得ない事情が出来てしまえば、任期が終わるよりも前に、転勤もある。
(…運次第か…)
あいつの卒業まで、今の学校で教師をしてるかどうかは、とハーレイは気付かされた。
何処かの学校で「ハーレイ」のような人材が必要になったら、転勤だろう。
今すぐとまでは言われなくても、年度末には辞令が出る。
「この学校に赴任してくれ」と指示が来た時は、従うしかない。
(…転勤したら、今の暮らしは続けられないよな…)
仕事帰りに、あいつの家に寄り道なんぞは出来やしないぞ、と一番に考えた。
転勤先の学校が、ほんの近くで、隣の校区くらいだったら、帰り道に寄ることも出来る。
とはいえ、そうそう幸運は無くて、過去の経験からしてみても、新しい学校がある場所は遠い。
(隣の校区どころか、このデカい町の反対側で…)
車を飛ばして走って来たって、半時間以上はかかるとかな、と溜息が出そう。
来られない距離ではないのだけれども、帰りに気軽に行けそうにない。
(第一、俺には苦ではなくても…)
ブルーの両親は、そうは考えないだろう。
(わざわざ時間を作って、遠い所から来るわけだから…)
恐縮するのは目に見えているし、もうそれだけで、充分に高いハードルだった。
毎日など、とても来られない。
(せいぜい、週に一回か二回…)
家に行ければ上等だ、という気がする。
今は近いから、金曜日の仕事帰りに寄っていたって、土曜も平気で訪問出来る。
ところが、「遠路はるばる」となった場合は、金曜に時間が取れたとしても、行きにくい。
ブルーの両親に「息子のためだけに、申し訳ない」と、気を遣わせてしまうだろうから。
こいつは困った、と「転勤」の文字が、ハーレイの頭の中で回り始める。
ブルーと一緒に暮らし始めた後のことなら、問題は無い。
「来年から、別の学校らしい」とブルーに告げれば、それでおしまい。
ブルーが「そうなの? ぼくも知ってる学校かな?」と知りたがる程度。
(でもって、俺が転勤してから後に、ドライブついでに…)
「此処が新しい学校なんだ」と、ブルーに車から見せてやればいい。
グラウンドに知り合いの教師がいたなら、駐車場に車を止めたっていい。
(俺の嫁さんだから、学校の中を見せてやってもいいだろうか、と…)
尋ねさえすれば、多分、断られはしないだろう。
「どうぞ、どうぞ」と招き入れてくれて、グラウンドだけを見るつもりでも…。
(校舎の中まで見せてくれるとか、運が良ければ、ちょいとお茶まで…)
淹れて貰えることもあるよな、と自分もやったことがあるから、想像がつく。
部活の指導で学校にいた時、何度か、そういう場面があった。
(鍵を開けなきゃ、校舎に入れないなら別なんだが…)
開いているなら、中に入って見て貰っても構わない。
お茶を出せる場所があった時には、お茶を淹れたし、後で咎められることも無かった
(…新しい職場が、結婚した後に来たら、そのコースで…)
ブルーを案内出来るけれども、その前だったら、ピンチでしかない。
(……あいつを案内してやるどころか、家にも御無沙汰……)
月に何回、顔を出せるやら、と考えただけで頭痛を覚えてしまいそう。
ハーレイ自身も寂しいけれども、ブルーは「寂しい」どころの騒ぎではない。
今でさえ、「ハーレイ、来てくれなかったじゃない!」と不満げな顔を見せる日がある。
転勤して学校で会えない上に、家にも殆ど来ないとなったら、どうなることやら。
(それこそ毎日、泣きの涙で…)
過ごしかねんぞ、と思うものだから、転勤は勘弁して欲しい。
いくら人材が不足していて、「ハーレイ先生、是非に!」などと、頭を下げて頼まれても。
「行ってくれるなら、特別に手当てを出すから」と、給料を上げる条件を出されても。
(あいつが本当に必要なものは、守り役じゃなくて…)
前の生での恋人なんだ、と分かっているから、祈るしかない。
転勤の話が来るかどうかは、もう本当に、運の問題。
何処かで人材が不足しない限り、今の学校にいられる期間は、充分にある。
ブルーが卒業してゆく年を迎えても、まだ数年は勤められる筈だった。
(……神様、どうぞ、今の学校で……)
当分の間、お願いします、とハーレイは祈らないではいられない。
ブルーが在籍している間に転勤したら、大変だから。
ハーレイが寂しく思う以上に、愛おしい人が寂しがる上、涙を流す日々だろうから…。
転勤したら・了
※転勤について考えてみた、ハーレイ先生。ブルー君と結婚した後なら、問題はゼロ。
けれど、ブルー君が卒業する前に、転勤となると、とんでもないことになりそうですねv
あれが運命の出会いだったな、とハーレイが、ふと考えたこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(…心臓が止まりそうになったんだが…)
いきなり生徒が血塗れなんだし、と衝撃の瞬間は忘れられない。
ブルーに聖痕が現れた日のことで、居合わせた教師は、ハーレイだけだった。
事故だと思って駆け寄った途端、膨大な記憶が蘇って来た。
遠く遥かな時の彼方で、自分が何と呼ばれていたのか、血塗れの生徒が誰なのかも。
(……まさに運命の巡り合わせで……)
奇跡のように再会出来たのが、前の生での愛おしい人。
今日は会えずに終わったけれども、明日には、きっと会えるだろう。
明日が駄目でも、明後日もある。
その次の日も、ちゃんとあるのだし、週末はブルーの家を訪ねるのだから。
もっと早くに出会いたかった、と思う気持ちは否定出来ない。
神様が決めた巡り合わせだけに、「あの日しか無かった」と分かってはいる。
前の学校で引き留められたせいで、着任が遅れてしまったのも仕方ない。
それでも「もしも」と考えるほどに、ブルーと再会してから後の人生は素晴らしい。
(あいつに会えていなかったなら、今日の俺だって…)
ただの寂しい独身人生、とハーレイは苦笑してしまう。
ブルーと再会する前の自分が「寂しい独身」だったとは、まるで思いはしないけれども。
独身人生には違いなくても、ハーレイなりに日々を楽しんでいた。
ジョギングをしたり、料理に凝ったり、趣味の読書に勤しんだりと、自分の時間を有効活用。
教師の仕事が多忙な時でも、一人暮らしに不満を覚えはしなかった。
(残業を済ませて家に帰ったら、真っ暗な部屋でも…)
灯りを点けたら明るくなるのだし、寂しさなどは感じない。
どちらかと言えば、ブルーと出会った後の今の方が、そうした場面で寂しくなる。
(…帰って来たって、あいつは家にいないんだしな…)
そいつが寂しい、とブルーの顔を思い浮かべたら、溜息が一つ零れ落ちた。
「帰ったら、ブルーが迎えてくれる暮らし」は、まだ何年も待たないと来てはくれない。
ブルーが結婚出来る年の十八歳にならない限り、この家で一緒に暮らせはしない。
今の学校を「ブルーが卒業してから」の話で、四年近くもかかる勘定。
(…それまでの間は、学校の中か、あいつの家くらいでしか…)
会えるチャンスは来ないわけだ、とハーレイは寂しく思うのだけれど、待つしかない。
あと四年ほど待っていたなら、この家にブルーを迎えられる。
(……たった四年だ……)
俺の任期は、その後、数年くらいだろうな、と「今の学校」で過ごす期間を考えてみた。
同じ学校に何年いるかは、厳密に言えば、明確な決まりは設けられていない。
「このくらいだ」という目安はあるのだけれど、誰もが「そうなる」わけではない。
(現場と、周りの状況次第で…)
同じ学校で長く教師をする者もいれば、短めの期間で転勤してゆく者も少なくなかった。
ハーレイの場合も、長く勤めた学校もあれば、そこそこの期間で別れた学校もある。
今の学校が「どちらになるのか」は、任期が終わるまで分からないだろう。
早い転勤になったとしたなら、ブルーが在学している間に、他の学校に移ることになる。
いくら「ブルーの守り役」だからと言っても、特別扱いは無いかもしれない。
(そもそも、あいつが卒業しちまったら…)
守り役を続けられはしないし、卒業までの期間限定で、その任に就いているというだけ。
学校の側で、やむを得ない事情が出来てしまえば、任期が終わるよりも前に、転勤もある。
(…運次第か…)
あいつの卒業まで、今の学校で教師をしてるかどうかは、とハーレイは気付かされた。
何処かの学校で「ハーレイ」のような人材が必要になったら、転勤だろう。
今すぐとまでは言われなくても、年度末には辞令が出る。
「この学校に赴任してくれ」と指示が来た時は、従うしかない。
(…転勤したら、今の暮らしは続けられないよな…)
仕事帰りに、あいつの家に寄り道なんぞは出来やしないぞ、と一番に考えた。
転勤先の学校が、ほんの近くで、隣の校区くらいだったら、帰り道に寄ることも出来る。
とはいえ、そうそう幸運は無くて、過去の経験からしてみても、新しい学校がある場所は遠い。
(隣の校区どころか、このデカい町の反対側で…)
車を飛ばして走って来たって、半時間以上はかかるとかな、と溜息が出そう。
来られない距離ではないのだけれども、帰りに気軽に行けそうにない。
(第一、俺には苦ではなくても…)
ブルーの両親は、そうは考えないだろう。
(わざわざ時間を作って、遠い所から来るわけだから…)
恐縮するのは目に見えているし、もうそれだけで、充分に高いハードルだった。
毎日など、とても来られない。
(せいぜい、週に一回か二回…)
家に行ければ上等だ、という気がする。
今は近いから、金曜日の仕事帰りに寄っていたって、土曜も平気で訪問出来る。
ところが、「遠路はるばる」となった場合は、金曜に時間が取れたとしても、行きにくい。
ブルーの両親に「息子のためだけに、申し訳ない」と、気を遣わせてしまうだろうから。
こいつは困った、と「転勤」の文字が、ハーレイの頭の中で回り始める。
ブルーと一緒に暮らし始めた後のことなら、問題は無い。
「来年から、別の学校らしい」とブルーに告げれば、それでおしまい。
ブルーが「そうなの? ぼくも知ってる学校かな?」と知りたがる程度。
(でもって、俺が転勤してから後に、ドライブついでに…)
「此処が新しい学校なんだ」と、ブルーに車から見せてやればいい。
グラウンドに知り合いの教師がいたなら、駐車場に車を止めたっていい。
(俺の嫁さんだから、学校の中を見せてやってもいいだろうか、と…)
尋ねさえすれば、多分、断られはしないだろう。
「どうぞ、どうぞ」と招き入れてくれて、グラウンドだけを見るつもりでも…。
(校舎の中まで見せてくれるとか、運が良ければ、ちょいとお茶まで…)
淹れて貰えることもあるよな、と自分もやったことがあるから、想像がつく。
部活の指導で学校にいた時、何度か、そういう場面があった。
(鍵を開けなきゃ、校舎に入れないなら別なんだが…)
開いているなら、中に入って見て貰っても構わない。
お茶を出せる場所があった時には、お茶を淹れたし、後で咎められることも無かった
(…新しい職場が、結婚した後に来たら、そのコースで…)
ブルーを案内出来るけれども、その前だったら、ピンチでしかない。
(……あいつを案内してやるどころか、家にも御無沙汰……)
月に何回、顔を出せるやら、と考えただけで頭痛を覚えてしまいそう。
ハーレイ自身も寂しいけれども、ブルーは「寂しい」どころの騒ぎではない。
今でさえ、「ハーレイ、来てくれなかったじゃない!」と不満げな顔を見せる日がある。
転勤して学校で会えない上に、家にも殆ど来ないとなったら、どうなることやら。
(それこそ毎日、泣きの涙で…)
過ごしかねんぞ、と思うものだから、転勤は勘弁して欲しい。
いくら人材が不足していて、「ハーレイ先生、是非に!」などと、頭を下げて頼まれても。
「行ってくれるなら、特別に手当てを出すから」と、給料を上げる条件を出されても。
(あいつが本当に必要なものは、守り役じゃなくて…)
前の生での恋人なんだ、と分かっているから、祈るしかない。
転勤の話が来るかどうかは、もう本当に、運の問題。
何処かで人材が不足しない限り、今の学校にいられる期間は、充分にある。
ブルーが卒業してゆく年を迎えても、まだ数年は勤められる筈だった。
(……神様、どうぞ、今の学校で……)
当分の間、お願いします、とハーレイは祈らないではいられない。
ブルーが在籍している間に転勤したら、大変だから。
ハーレイが寂しく思う以上に、愛おしい人が寂しがる上、涙を流す日々だろうから…。
転勤したら・了
※転勤について考えてみた、ハーレイ先生。ブルー君と結婚した後なら、問題はゼロ。
けれど、ブルー君が卒業する前に、転勤となると、とんでもないことになりそうですねv
「ねえ、ハーレイ。困った時には…」
人に頼る方がいいのかな、と小さなブルーが尋ねて来た。
二人きりで過ごす休日の午後の、お茶の時間に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 急にどうした?」
何か困ったことでもあるのか、とハーレイの方も問い返す。
急に訊かれても、質問の答えを出すことは出来ない。
「俺に訊く前に、まずは訊きたいヤツというのを…」
きちんと整理してからにしてくれ、と注文をつけた。
ブルーが何で困っているのか、状況によって答えが異なる。
そう説明したら、ブルーは「分かった」と、素直に頷いた。
「あのね…。ぼくがハーレイに訊いているのは…」
解決までの道のりなんだよ、とブルーは少し首を傾げた。
ブルーが言うには、一般論を知りたいらしい。
何か困ったことが出来たら、自分で解決するべきなのか。
それとも人に頼っていいのか、どちらなのか。
「ハーレイは、どっちが立派だと思う?」
自力で解決してしまうのと、人を頼るのと、という質問。
「ふうむ…。困りごとにもよるだろうなあ…」
一般論にしたって、二通りだ、とハーレイは腕組みをした。
自力で解決か、人を頼るか、どちらも正解、と。
「えっと…? それって、どういう意味?」
分からないよ、とブルーはキョトンとしている。
「そうかもな。答えが二つじゃ、謎なんだろうが…」
本当に両方とも正しいんだ、とハーレイは解説し始めた。
「いいか、一つは、自分で解決するべきヤツで…」
困りごとの原因がハードルの時だ、とブルーに語る。
「自分で乗り越えなくちゃならん時には、ハードルだな」
「…ハードル?」
「ああ。分かりやすく言うなら、宿題もそうだ」
学校で出される宿題ってヤツは大事で、やらなきゃいかん。
それも自分で仕上げてこそで、人を頼っちゃいけないんだ。
自分の力がつかないからな。
「…そっか…。自分でやらなきゃ、意味が無いよね」
「分かったか? 難しそうに見えていたって、実はだな…」
宿題は出来ることしか出さない、と教師の立場から説いた。
「学校で習った知識の範囲で、答えは導き出せるんだ」
きちんと発展させてやればな、と宿題の意義も教えてやる。
知識をモノにしてゆくためにも、人に頼るな、と。
「そうだよね…。だったら、もう一つの正解の方は?」
人に頼るのは、どんな時なの、とブルーは興味深々らしい。
答えが二つあるというなら、もう一つは、と。
「そうさな、そっちはハードルと言うよりは、壁で…」
壁を乗り越えるのは難しいだろ、とハーレイは語ってゆく。
乗り越える人も、ぶち壊す人も、いないことはない。
とはいえ、どちらも出来ない人が多くて、頼るのが早い。
「例を出すなら、家で使う何かが、故障したとか…」
お前、洗濯機とかを修理出来るか、とハーレイは訊いた。
「ううん、出来ない…」
「それが普通だ、人に頼るしかないヤツだぞ」
洗濯出来なきゃ困るんだから、と軽く肩を竦めてみせる。
「手洗いしとけばいいじゃないか、というヤツも…」
無理に動かしちまうヤツも、とハーレイは苦笑した。
「どちらもゼロとは言いやしないが、ダメなヤツだろ?」
根本的な解決、出来てないしな、というのが正解の理由。
修理しないと駄目な機械は、人に頼んで修理すべきだ、と。
そういったわけで、正解は二つ。
ブルーが知りたい一般論というのが、二つに分かれる。
「うーん…。ぼくの困りごと、どっちなのかなあ…?」
「なんだ、困りごと、持っていたのか?」
人に頼る方なら力を貸すぞ、とハーレイは笑んだ。
「せっかく俺がいるわけなんだし、遠慮なく頼れ」
「本当に? 難しいかもしれないのに?」
頼ってもいいの、とブルーは瞳を瞬かせる。
「いいさ、機械の修理じゃなさそうだしな」
何も壊れていなさそうだし、とブルーの部屋を見回す。
「せいぜい、掃除の手伝いだろ?」
チビのお前じゃ届かないとか、と天井を指した。
そうしたら…。
「あのね、チビには違いないけど…」
チビになったせいで、キスが貰えなくて、という困りごと。
「ハーレイ、頼っていいんだよね?」
ぼくにキスして、と頼って来たから、叱り飛ばした。
「馬鹿野郎! そいつは壁じゃない、ハードルの方だ!」
成長したら乗り越えられるしな、と銀色の頭を拳でコツン。
叩いても、痛くないように。
「そいつは自力で解決するモンだ」と、お説教つきで…。
困った時には・了
人に頼る方がいいのかな、と小さなブルーが尋ねて来た。
二人きりで過ごす休日の午後の、お茶の時間に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 急にどうした?」
何か困ったことでもあるのか、とハーレイの方も問い返す。
急に訊かれても、質問の答えを出すことは出来ない。
「俺に訊く前に、まずは訊きたいヤツというのを…」
きちんと整理してからにしてくれ、と注文をつけた。
ブルーが何で困っているのか、状況によって答えが異なる。
そう説明したら、ブルーは「分かった」と、素直に頷いた。
「あのね…。ぼくがハーレイに訊いているのは…」
解決までの道のりなんだよ、とブルーは少し首を傾げた。
ブルーが言うには、一般論を知りたいらしい。
何か困ったことが出来たら、自分で解決するべきなのか。
それとも人に頼っていいのか、どちらなのか。
「ハーレイは、どっちが立派だと思う?」
自力で解決してしまうのと、人を頼るのと、という質問。
「ふうむ…。困りごとにもよるだろうなあ…」
一般論にしたって、二通りだ、とハーレイは腕組みをした。
自力で解決か、人を頼るか、どちらも正解、と。
「えっと…? それって、どういう意味?」
分からないよ、とブルーはキョトンとしている。
「そうかもな。答えが二つじゃ、謎なんだろうが…」
本当に両方とも正しいんだ、とハーレイは解説し始めた。
「いいか、一つは、自分で解決するべきヤツで…」
困りごとの原因がハードルの時だ、とブルーに語る。
「自分で乗り越えなくちゃならん時には、ハードルだな」
「…ハードル?」
「ああ。分かりやすく言うなら、宿題もそうだ」
学校で出される宿題ってヤツは大事で、やらなきゃいかん。
それも自分で仕上げてこそで、人を頼っちゃいけないんだ。
自分の力がつかないからな。
「…そっか…。自分でやらなきゃ、意味が無いよね」
「分かったか? 難しそうに見えていたって、実はだな…」
宿題は出来ることしか出さない、と教師の立場から説いた。
「学校で習った知識の範囲で、答えは導き出せるんだ」
きちんと発展させてやればな、と宿題の意義も教えてやる。
知識をモノにしてゆくためにも、人に頼るな、と。
「そうだよね…。だったら、もう一つの正解の方は?」
人に頼るのは、どんな時なの、とブルーは興味深々らしい。
答えが二つあるというなら、もう一つは、と。
「そうさな、そっちはハードルと言うよりは、壁で…」
壁を乗り越えるのは難しいだろ、とハーレイは語ってゆく。
乗り越える人も、ぶち壊す人も、いないことはない。
とはいえ、どちらも出来ない人が多くて、頼るのが早い。
「例を出すなら、家で使う何かが、故障したとか…」
お前、洗濯機とかを修理出来るか、とハーレイは訊いた。
「ううん、出来ない…」
「それが普通だ、人に頼るしかないヤツだぞ」
洗濯出来なきゃ困るんだから、と軽く肩を竦めてみせる。
「手洗いしとけばいいじゃないか、というヤツも…」
無理に動かしちまうヤツも、とハーレイは苦笑した。
「どちらもゼロとは言いやしないが、ダメなヤツだろ?」
根本的な解決、出来てないしな、というのが正解の理由。
修理しないと駄目な機械は、人に頼んで修理すべきだ、と。
そういったわけで、正解は二つ。
ブルーが知りたい一般論というのが、二つに分かれる。
「うーん…。ぼくの困りごと、どっちなのかなあ…?」
「なんだ、困りごと、持っていたのか?」
人に頼る方なら力を貸すぞ、とハーレイは笑んだ。
「せっかく俺がいるわけなんだし、遠慮なく頼れ」
「本当に? 難しいかもしれないのに?」
頼ってもいいの、とブルーは瞳を瞬かせる。
「いいさ、機械の修理じゃなさそうだしな」
何も壊れていなさそうだし、とブルーの部屋を見回す。
「せいぜい、掃除の手伝いだろ?」
チビのお前じゃ届かないとか、と天井を指した。
そうしたら…。
「あのね、チビには違いないけど…」
チビになったせいで、キスが貰えなくて、という困りごと。
「ハーレイ、頼っていいんだよね?」
ぼくにキスして、と頼って来たから、叱り飛ばした。
「馬鹿野郎! そいつは壁じゃない、ハードルの方だ!」
成長したら乗り越えられるしな、と銀色の頭を拳でコツン。
叩いても、痛くないように。
「そいつは自力で解決するモンだ」と、お説教つきで…。
困った時には・了
(…タイプ・ブルーかあ…)
今は、そこそこいるんだよね、と小さなブルーは、ふと考えた。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(ぼくの身近には、いないんだけれど…)
人間が全てミュウな今では、タイプ・ブルーも少なくはない。
「サイオンは使わない」ことが社会のマナーだから、空を飛ぶ人などがいないだけ。
(…飛べないタイプ・ブルーなら、此処に一人…)
今のぼくだって、タイプ・ブルーなんだけどな、と苦笑してしまう。
前の生で自在に使えたサイオン、それが不器用になってしまった。
(思念波も、ろくに紡げないから…)
人類の方に近いのかも、と思うくらいに、今のブルーは「ミュウらしくない」。
時の彼方で「そう」だったならば、成人検査も通過していそう。
(…シロエはともかく、マツカの方はバレていなくて…)
キースの側近を勤め上げたほどだし、前のブルーでも、生き延びられたろう。
身体が弱い点があるから、研究者か何か、大人しい仕事に就いて、平穏無事な生涯。
(…表に出てない、タイプ・ブルーなら…)
そう出来たんじゃあ、と思ったはずみに、別の考えがヒョイと浮かんだ。
(…タイプ・ブルー、前のぼくじゃなくても、良かったんじゃあ…?)
他の人でも務まったよね、と仲間たちの顔を頭に描いた。
ゼルでもいいし、ヒルマンでもいい。
女性の「ソルジャー」も、ダメということは無かっただろう。
(一応、女性の基本は、ママになることで…)
養父母コースが一般的だったけれど、軍人やメンバーズにだって、女性がいた。
エラやブラウがタイプ・ブルーだったとしても、不都合な点はありそうにない。
(……だけど、一番、向いていそうなのは……)
ハーレイじゃないかな、と前の生からの恋人の名を挙げてみた。
キャプテン・ハーレイだったわけだし、ソルジャーも充分、務まりそう。
(…ソルジャーとして、やっていくために、ビジュアルの方は…)
関係無いと思うんだよね、と「前の自分との違い」を、ブルーは一蹴した。
「ソルジャー・ブルー」は今の時代も、写真集が編まれるくらいに「美しかった」。
逆に「キャプテン・ハーレイ」の方は、「美しくない」と評判だった。
(…シャングリラの女の人たちが作ってた、薔薇の花びらで出来たジャム…)
数が少なくて、配る時にはクジ引きをした。
そのクジが入った箱が、ハーレイの前だけを素通りしたほど、不似合いとされていた。
(前のハーレイ、綺麗じゃないから、薔薇のジャムなんか、似合わないって…)
決め付けられて、クジ引きの対象からは除外だった。
(だけど、そんなの、シャングリラが平和だったからの話で…)
戦いの道を走ってゆくなら、顔の美醜は意味が無い。
サイオンが強くて「戦える」ことが、ソルジャーの唯一の条件と言える。
(指導者としての資質だったら、ハーレイだって、充分あったし…)
ハーレイがピッタリ、と「前の生で、タイプ・ブルーになれそうな人」に選び出した。
前の自分と違う人でも、かまわないんじゃあ、と想像の翼を羽ばたかせる。
「もしも、タイプ・ブルーに生まれた人が、違っていたなら」と。
遠く遥かな時の彼方で、最初に「誕生した」ミュウ。
実際はブルーだったけれども、ただのミュウなら、先に生まれていたかもしれない。
(タイプ・ブルーじゃなければ、成人検査で何かあっても…)
検査用の機械は壊れないから、誰も気付きはしないだろう。
「ミュウの存在」が知れた後でも、マツカが無事に通過していた例もある。
(…前のハーレイが、タイプ・ブルーだった場合は、最初のミュウになるわけで…)
タイプ・ブルー・オリジンだよね、と「前の自分」に人類がつけた名前を進呈した。
成人検査の機械を壊して、サイオンに目覚めた前のハーレイに、想像の中で。
(…タイプ・ブルー・オリジン…)
そう呼ばれるようになった「前のハーレイ」は、どうするだろう。
(ぼくとは、色々、違っていそう…)
目覚めた時から違いそうだよ、と容易に分かる。
前のハーレイも「頑丈だった」から、力に目覚めて、保安部隊が駆け付けたって…。
(うんと落ち着いて、対応出来そう…)
シールドを展開するのも、銃撃を防いだ後の行動にしても。
(いくらハーレイでも、初めてサイオンを爆発させたら…)
身体の方がついてゆきはしないし、保安部隊に取り押さえられてしまいそう。
(でも、取り押さえられてるって段階で、前のぼくとは…)
大違いだし、と前の自分の「情けなさ」に溜息が出そう。
前の自分は気を失って、気付いた時には、檻に閉じ込められていた。
ハーレイの場合は、小突かれながら、檻に連れて行かれて、押し込まれるのに違いない。
(頑丈なミュウで、心だって、うんと強かったから…)
檻の中での暮らしが始まったって、絶望したりはしないだろう。
(ぼくみたいに、成長を止めてしまって、子供のままで…)
全て諦めて生きてゆくより、前を見詰めて生きてゆきそう。
「いつか必ず、此処を出てやる」と、人体実験に耐えて、歯を食いしばって。
(…ハーレイだったら、出来そうだよね…)
最初から、タイプ・ブルー・オリジンらしい生き方、と誇らしくなる。
前の生から愛する人だし、想像の中でも、頼もしい。
(人類がメギドを持って来る前に、仲間たちを逃がして脱出だって…)
ハーレイだったら、きっと出来るよ、と夢が広がる。
人類が「ミュウ」を脅威と位置付ける前に、動き出していたら、逃げられただろう。
研究施設の警備が甘くて、研究者たちも「考え方が甘かった」頃だったならば、出来た。
(ハーレイのサイオンで、研究施設を吹っ飛ばして…)
収容されているミュウの独房だけを、きちんとシールドすれば、脱出は可能。
破壊した施設から「仲間たち」を救って、宙港まで逃げてゆけばいい。
(船は沢山あった筈だし、良さそうな船を制圧して…)
操縦者つきで宇宙に飛び出し、それから後は、アルテメシア時代のような位置付け。
(隠れられそうな場所を見付けて、其処に潜んで…)
アルタミラで生まれる「ミュウの子供」を救い出しながら、待ち続ける。
人類と本格的な戦闘に入って、地球を目指して舵を切る日まで。
(…前のぼくより、うんと早めに…)
地球に行けそう、とブルーは笑みを浮かべる。
ハーレイだったら、自分の寿命が尽きるよりも前に、地球まで辿り着くのに違いない。
「後継者探し」などはしないで、グランド・マザーも、システムも全て、自分で倒して。
(…そうなりそうだよ…)
ハーレイの方が良かったんじゃあ、と思えてしまう「タイプ・ブルー・オリジン」。
時の彼方で最初に生まれる、伝説のミュウ。
そっちの方が良さそうだよね、と考える内に、ハタと気付いた。
もしも「ハーレイ」が、タイプ・ブルー・オリジンだったら、前のブルーは、どうだろう。
(ハーレイの代わりに、タイプ・グリーンなのかな?)
それはいいとして、何処で「ハーレイ」に出会うかが、大いに問題。
上手い具合に「ハーレイよりも後に生まれて」、子供だったとしても、厄介そう。
(…研究施設で、脱出の時に、見付けて貰えても…)
ハーレイは「とても忙しい」から、自分で探しに来てくれるかどうか。
仲間を指揮して陣頭なのだし、別の誰かが来るかもしれない。
(…ハーレイが来たら、ぼくを見付けて…)
「おい、坊主! 大丈夫か? 急げ、逃げるぞ!」と手を引いてくれても…。
(他の人だと、そうはいかないよね…)
その人が、手を引いて逃げてくれても、ハーレイと出会えるわけではない。
ハーレイは指揮を執り続けたまま、船が宇宙へ出ることだろう。
(…後は、ハーレイ、船のトップで…)
やるべきことが山とあるから、ブルーにまで目を配れはしない。
(もっと後になって生まれて来たって、救出されて…)
ハーレイの船に迎え入れられるだけで、挨拶だけで終わってしまいそう。
ブルーを待っているのは「子供の世話をする係」や教師で、ハーレイは来ない。
(……うーん……)
運命の出会いをしてるチャンスは無さそう、と愕然となった。
ハーレイが「ブルー」に一目惚れしてくれる機会は、全く無さそうなコース。
(…ぼくにしたって、どうなのかなあ…?)
尊敬している人で終わって、それだけになってしまうのかも。
(ソルジャー・ハーレイ、凄い人だ、って…)
見上げて暮らすだけの人生、恋は生まれず、別の誰かと生きてゆくかもしれない。
(…そんなの、困ってしまうから!)
タイプ・ブルー・オリジンがハーレイだなんて、と思うものだから、神に心から感謝した。
前の自分の人生は辛い部分も多かったけれど、幸せだった。
(タイプ・ブルー・オリジン、前のぼくとは違っていたなら…)
ハーレイと恋が出来ないんだよ、と「ぼくで良かった」と、ホッと安堵の溜息をつく。
「あれでいいんだ」と、「ハーレイじゃダメ」と…。
違っていたなら・了
※前の生でのサイオン・タイプ。ブルーではなくて、ハーレイがタイプ・ブルー。
地球へは早く行けそうですけど、恋をしているチャンスが無さそう。困りますよねv
今は、そこそこいるんだよね、と小さなブルーは、ふと考えた。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(ぼくの身近には、いないんだけれど…)
人間が全てミュウな今では、タイプ・ブルーも少なくはない。
「サイオンは使わない」ことが社会のマナーだから、空を飛ぶ人などがいないだけ。
(…飛べないタイプ・ブルーなら、此処に一人…)
今のぼくだって、タイプ・ブルーなんだけどな、と苦笑してしまう。
前の生で自在に使えたサイオン、それが不器用になってしまった。
(思念波も、ろくに紡げないから…)
人類の方に近いのかも、と思うくらいに、今のブルーは「ミュウらしくない」。
時の彼方で「そう」だったならば、成人検査も通過していそう。
(…シロエはともかく、マツカの方はバレていなくて…)
キースの側近を勤め上げたほどだし、前のブルーでも、生き延びられたろう。
身体が弱い点があるから、研究者か何か、大人しい仕事に就いて、平穏無事な生涯。
(…表に出てない、タイプ・ブルーなら…)
そう出来たんじゃあ、と思ったはずみに、別の考えがヒョイと浮かんだ。
(…タイプ・ブルー、前のぼくじゃなくても、良かったんじゃあ…?)
他の人でも務まったよね、と仲間たちの顔を頭に描いた。
ゼルでもいいし、ヒルマンでもいい。
女性の「ソルジャー」も、ダメということは無かっただろう。
(一応、女性の基本は、ママになることで…)
養父母コースが一般的だったけれど、軍人やメンバーズにだって、女性がいた。
エラやブラウがタイプ・ブルーだったとしても、不都合な点はありそうにない。
(……だけど、一番、向いていそうなのは……)
ハーレイじゃないかな、と前の生からの恋人の名を挙げてみた。
キャプテン・ハーレイだったわけだし、ソルジャーも充分、務まりそう。
(…ソルジャーとして、やっていくために、ビジュアルの方は…)
関係無いと思うんだよね、と「前の自分との違い」を、ブルーは一蹴した。
「ソルジャー・ブルー」は今の時代も、写真集が編まれるくらいに「美しかった」。
逆に「キャプテン・ハーレイ」の方は、「美しくない」と評判だった。
(…シャングリラの女の人たちが作ってた、薔薇の花びらで出来たジャム…)
数が少なくて、配る時にはクジ引きをした。
そのクジが入った箱が、ハーレイの前だけを素通りしたほど、不似合いとされていた。
(前のハーレイ、綺麗じゃないから、薔薇のジャムなんか、似合わないって…)
決め付けられて、クジ引きの対象からは除外だった。
(だけど、そんなの、シャングリラが平和だったからの話で…)
戦いの道を走ってゆくなら、顔の美醜は意味が無い。
サイオンが強くて「戦える」ことが、ソルジャーの唯一の条件と言える。
(指導者としての資質だったら、ハーレイだって、充分あったし…)
ハーレイがピッタリ、と「前の生で、タイプ・ブルーになれそうな人」に選び出した。
前の自分と違う人でも、かまわないんじゃあ、と想像の翼を羽ばたかせる。
「もしも、タイプ・ブルーに生まれた人が、違っていたなら」と。
遠く遥かな時の彼方で、最初に「誕生した」ミュウ。
実際はブルーだったけれども、ただのミュウなら、先に生まれていたかもしれない。
(タイプ・ブルーじゃなければ、成人検査で何かあっても…)
検査用の機械は壊れないから、誰も気付きはしないだろう。
「ミュウの存在」が知れた後でも、マツカが無事に通過していた例もある。
(…前のハーレイが、タイプ・ブルーだった場合は、最初のミュウになるわけで…)
タイプ・ブルー・オリジンだよね、と「前の自分」に人類がつけた名前を進呈した。
成人検査の機械を壊して、サイオンに目覚めた前のハーレイに、想像の中で。
(…タイプ・ブルー・オリジン…)
そう呼ばれるようになった「前のハーレイ」は、どうするだろう。
(ぼくとは、色々、違っていそう…)
目覚めた時から違いそうだよ、と容易に分かる。
前のハーレイも「頑丈だった」から、力に目覚めて、保安部隊が駆け付けたって…。
(うんと落ち着いて、対応出来そう…)
シールドを展開するのも、銃撃を防いだ後の行動にしても。
(いくらハーレイでも、初めてサイオンを爆発させたら…)
身体の方がついてゆきはしないし、保安部隊に取り押さえられてしまいそう。
(でも、取り押さえられてるって段階で、前のぼくとは…)
大違いだし、と前の自分の「情けなさ」に溜息が出そう。
前の自分は気を失って、気付いた時には、檻に閉じ込められていた。
ハーレイの場合は、小突かれながら、檻に連れて行かれて、押し込まれるのに違いない。
(頑丈なミュウで、心だって、うんと強かったから…)
檻の中での暮らしが始まったって、絶望したりはしないだろう。
(ぼくみたいに、成長を止めてしまって、子供のままで…)
全て諦めて生きてゆくより、前を見詰めて生きてゆきそう。
「いつか必ず、此処を出てやる」と、人体実験に耐えて、歯を食いしばって。
(…ハーレイだったら、出来そうだよね…)
最初から、タイプ・ブルー・オリジンらしい生き方、と誇らしくなる。
前の生から愛する人だし、想像の中でも、頼もしい。
(人類がメギドを持って来る前に、仲間たちを逃がして脱出だって…)
ハーレイだったら、きっと出来るよ、と夢が広がる。
人類が「ミュウ」を脅威と位置付ける前に、動き出していたら、逃げられただろう。
研究施設の警備が甘くて、研究者たちも「考え方が甘かった」頃だったならば、出来た。
(ハーレイのサイオンで、研究施設を吹っ飛ばして…)
収容されているミュウの独房だけを、きちんとシールドすれば、脱出は可能。
破壊した施設から「仲間たち」を救って、宙港まで逃げてゆけばいい。
(船は沢山あった筈だし、良さそうな船を制圧して…)
操縦者つきで宇宙に飛び出し、それから後は、アルテメシア時代のような位置付け。
(隠れられそうな場所を見付けて、其処に潜んで…)
アルタミラで生まれる「ミュウの子供」を救い出しながら、待ち続ける。
人類と本格的な戦闘に入って、地球を目指して舵を切る日まで。
(…前のぼくより、うんと早めに…)
地球に行けそう、とブルーは笑みを浮かべる。
ハーレイだったら、自分の寿命が尽きるよりも前に、地球まで辿り着くのに違いない。
「後継者探し」などはしないで、グランド・マザーも、システムも全て、自分で倒して。
(…そうなりそうだよ…)
ハーレイの方が良かったんじゃあ、と思えてしまう「タイプ・ブルー・オリジン」。
時の彼方で最初に生まれる、伝説のミュウ。
そっちの方が良さそうだよね、と考える内に、ハタと気付いた。
もしも「ハーレイ」が、タイプ・ブルー・オリジンだったら、前のブルーは、どうだろう。
(ハーレイの代わりに、タイプ・グリーンなのかな?)
それはいいとして、何処で「ハーレイ」に出会うかが、大いに問題。
上手い具合に「ハーレイよりも後に生まれて」、子供だったとしても、厄介そう。
(…研究施設で、脱出の時に、見付けて貰えても…)
ハーレイは「とても忙しい」から、自分で探しに来てくれるかどうか。
仲間を指揮して陣頭なのだし、別の誰かが来るかもしれない。
(…ハーレイが来たら、ぼくを見付けて…)
「おい、坊主! 大丈夫か? 急げ、逃げるぞ!」と手を引いてくれても…。
(他の人だと、そうはいかないよね…)
その人が、手を引いて逃げてくれても、ハーレイと出会えるわけではない。
ハーレイは指揮を執り続けたまま、船が宇宙へ出ることだろう。
(…後は、ハーレイ、船のトップで…)
やるべきことが山とあるから、ブルーにまで目を配れはしない。
(もっと後になって生まれて来たって、救出されて…)
ハーレイの船に迎え入れられるだけで、挨拶だけで終わってしまいそう。
ブルーを待っているのは「子供の世話をする係」や教師で、ハーレイは来ない。
(……うーん……)
運命の出会いをしてるチャンスは無さそう、と愕然となった。
ハーレイが「ブルー」に一目惚れしてくれる機会は、全く無さそうなコース。
(…ぼくにしたって、どうなのかなあ…?)
尊敬している人で終わって、それだけになってしまうのかも。
(ソルジャー・ハーレイ、凄い人だ、って…)
見上げて暮らすだけの人生、恋は生まれず、別の誰かと生きてゆくかもしれない。
(…そんなの、困ってしまうから!)
タイプ・ブルー・オリジンがハーレイだなんて、と思うものだから、神に心から感謝した。
前の自分の人生は辛い部分も多かったけれど、幸せだった。
(タイプ・ブルー・オリジン、前のぼくとは違っていたなら…)
ハーレイと恋が出来ないんだよ、と「ぼくで良かった」と、ホッと安堵の溜息をつく。
「あれでいいんだ」と、「ハーレイじゃダメ」と…。
違っていたなら・了
※前の生でのサイオン・タイプ。ブルーではなくて、ハーレイがタイプ・ブルー。
地球へは早く行けそうですけど、恋をしているチャンスが無さそう。困りますよねv
