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(やっぱりハーレイには、あれが似合うと思うのに…)
 きっと今でも似合う筈なのに、とブルーの唇から漏れる溜息。
 どうして今は無いのだろうかと。
 ハーレイは持っていないのだろうかと零れる溜息、ハーレイに似合いそうなもの。
 流石に持って歩けはしないし、学校で使うのは無理だろうけれど。
 学校でなくても、思い付いた時にポケットからヒョイと取り出したりは出来ないけれど。
 溜息の原因は羽根で出来たペン、いわゆる羽根ペン。
 前のハーレイが使っていた羽根ペン、キャプテンの部屋の机の上に乗っていた。
 ペン立てに立てられて、白い羽根ペンが。
 それで文字を書くためのインク入りの壺とセットで、いつも机に。
 書き物をする時は羽根ペンだった、キャプテン・ハーレイだったハーレイは。
 「俺の日記だ」と読ませてくれずに仕舞い込んでいた航宙日誌も、書類なども。
 もっとも、会議に使う資料などの長い文面を書いていたわけではないけれど。
 会議用の資料はキャプテンではなくて、様々な部門の者たちが作っていたけれど。
 そういった資料や書類に目を通し、あの羽根ペンで署名をしていた。
 「此処は直すように」と書き入れたりもしていた、白い羽根ペンで。


 前の生から愛した恋人、今は教師になったハーレイ。
 古典の教師をするのに羽根ペンは要らない、ごくごく普通のペンで充分。
 今のハーレイが得意だという柔道にしても水泳にしても、羽根ペンなどは不要な世界。
 だからハーレイが羽根ペンを持っていないのも分かる、それが当然だと思う。
(でも、絶対に似合うんだよ…)
 ハーレイは今もハーレイだから。
 キャプテン・ハーレイだった頃とそっくり同じな姿形で、服装が違うだけだから。
(柔道着だと似合わないかもだけど…)
 どうだろうか、と想像してみて、「それでも似合う」と大きく頷く。
 柔道の技をかけている時や、柔道部の指導をしている時なら羽根ペンの出番は無いけれど。
 空いた時間に「ちょっと待ってくれ」と机に向かえば羽根ペンも似合う。
 褐色の手は同じだから。
 あの大きな手に羽根ペンを持って、スラスラと書くだろう動きは同じだから。
 キャプテンの制服か柔道着かというだけの違い、たったそれだけ。
(柔道着でも…)
 きっと羽根ペンは似合うことだろう。
 柔道をやるために出来ているのが柔道着だけれど、武道のための道着だけれど。
 それでもきっと羽根ペンが似合う、いかつい道着とのギャップも素敵に違いない。


 柔道着で机に向かう恋人、足はもちろん素足の筈で。
 「待たせてすまん」と羽根ペンを置いたら、直ぐに身体を動かすのだろう。
 対戦相手を軽々と投げたり、かかってくる柔道部員たちを軽くあしらったりと。
 そんな合間に少し書き物、羽根ペンを持って。
(…かっこいいんだけど…)
 いいな、と顔が綻んだけれど、現実としては有り得ない光景。
 羽根ペン持参で柔道部などには出掛けられないし、ペンを使うならありふれたペン。
(だけど、似合うし…)
 柔道着だったら、と容易に想像出来る光景。
 たとえ現実には有り得なくても、とても絵になる柔道着で羽根ペンを持ったハーレイ。
(…水泳はちょっと…)
 そっちは無理、と頭を振った。
 プールからザバッと上がってその場で、羽根ペンを持ちはしないだろう。
 インク壺に浸して書くようなペンをプールサイドのテーブルに置いていたって…。
(変だよね?)
 水着のままで椅子に座って羽根ペンで書き物、それは可笑しい。
 肩にタオルを羽織っていたって、ちょっとした上着を着込んでいたって。
 要は水着で、逞しい足が剥き出しだから。
 そんな格好では絵にならないのが、前のハーレイが使っていた羽根ペン。


 カッチリ着込んだキャプテンの制服とか、隙なく着こなす柔道着だとか。
 そういった衣装が似合う羽根ペン、ラフすぎる水着は似合わない。
 でも…。
(パジャマとかなら…)
 それはそれで似合いそうな気がしてくるから面白い。
 一度だけ見た今のハーレイのパジャマ、寝ている間にハーレイの家へ瞬間移動をした時に。
 ハーレイのベッドで目が覚めた朝に、目にしたパジャマ。
 あの格好でも、寝る前だったら羽根ペンを持っても似合うだろう。
 ベッドで一晩眠る間についてしまう皺、それが無ければ。
(んーと…)
 ハーレイは被りはしないだろうけれど、遠い昔の本の挿絵などのパジャマの人物の頭の帽子。
 ああいった帽子を頭に被ってパジャマ姿でも、羽根ペンはきっと絵になるだろう。
 パジャマ姿でも似合うのだから、スーツやワイシャツなら当たり前に似合う。
 普段着のシャツでも、柔道着と同じで意外なギャップがいいのだろう。
 半袖のシャツで腕が剥き出しでも、その手に似合いそうな羽根ペン。
 ハーレイの手には羽根ペンが欲しい、羽根ペンを持っていて欲しい。


 それなのに羽根ペンを持たない恋人、持ってはいない今のハーレイ。
 前に訊いたらそう答えた。
 「最近、欲しいような気もするんだがな」とは言っていたけれど、買ってはいなくて。
 持っていないなんて、と残念でたまらなかったから。
 たとえ今のハーレイの日記が覚え書きだろうが、ろくに中身が無かろうが…。
(…羽根ペンで書いて欲しいよね…)
 前のハーレイがそうしていたように。
 航宙日誌を書いていたように、書類に署名などをしていたように。
 学校に持って行くには不向きなペンだし、柔道着の時には使わないとしても。
 教室などで「ちょっと待ってくれ」とポケットから出して手帳に書いたりしなくても。
 そうした場面は仕方ないから、普通のペンでいいのだけれど。
 ありふれたペンでも何も文句は言わないけれども、ハーレイの家。
 其処では使って欲しい羽根ペン、書斎の机にあって欲しいと夢見てしまう。
 書き物をするなら前のハーレイと同じに羽根ペン、それがハーレイらしいのにと。
 覚え書きに過ぎない日記だろうが、前と同じに羽根ペンがいいと。


 そう思ったから、今のハーレイにも羽根ペンを持って欲しいから。
 ハーレイが自分で買わないのなら、とプレゼントしようと決心したのに。
 夏休みの残りがあと三日になる日にハーレイのためにプレゼント、と。
 八月の二十八日はハーレイの誕生日だから。
 三十八歳になる記念の日だから、その日に誕生日プレゼント、と。
 同じ買うなら素敵なものをと、いい羽根ペンを贈りたいから、うんと予算を奮発したのに。
 お小遣いの一ヶ月分をつぎ込むつもりで百貨店まで羽根ペンを買いに行ったのに…。
(…なんで羽根ペン、あんなに高いの…?)
 知らなかった、と零れる溜息、買えずに帰って来た羽根ペン。
 前のハーレイが使っていたのと似た羽根ペンがあったのに。
 白い羽根のペン、それとインク壺やペン先を収めたセットの箱が素敵だったのに。
 手も足も出なかった白い羽根ペン、他のペンでも駄目だった。
 青や緑に染められた羽根のペンは色々あったけれども、どの羽根ペンも…。
(…予算不足だよ…)
 お小遣いではとても買えない値段の羽根ペン、つまりは子供には無理ということ。
 背伸びして貯金を使って買っても、ハーレイはきっと困ってしまう。
 「ありがとう」と御礼は言ってくれても、その顔にはきっと…。
(…すまん、って書いてあるんだよ…)
 ハーレイは羽根ペン売り場を知っているのだし、値段も知っているのだから。


 贈りたいのに贈れない羽根ペン、お小遣いでは買えない羽根ペン。
 ハーレイに持って欲しいのに。
 今のハーレイにも羽根ペンを使って日記を書いて欲しいのに。
(…ぼくの勝手な夢で我儘…?)
 ハーレイは必要としてはいないのだろうか、羽根ペンを?
 「欲しい気持ちはするんだがな」と話していた時、「使いこなせないかもな」と苦笑したし…。
 使えないかもしれないペンなど、わざわざ買いはしないだろう。
 羽根ペンの値段を知ってしまえば、ハーレイが買わずにいる理由だって分かる。
 鉛筆のように気軽に買えはしないから。
 買ってしまってから「使いにくい」と放っておくには、些か高いのが羽根ペンだから。
 そうなった時に、「アレを買わなければ何が買えたか」と考えてしまいそうな羽根ペン。
 同じ値段で本が何冊も買えるわけだし、他の物だって、きっと色々。
(…だからハーレイ、買わないんだ…)
 今のハーレイと前のハーレイとは違うから。
 羽根ペンが無くても困りはしないし、きっとこだわりも無いのだろう。
 それに前のハーレイが使っていた羽根ペンにしても…。
(…誰も使わないから、持ってっただけ…)
 奪った物資にドカンと混ざっていたのを、「俺が使う」と。
 そしてハーレイの気に入りのペンになったというだけ、欲しくて手に入れたわけではないし…。


 これは無理だと、今のハーレイは羽根ペンなどは使わないのだと零した溜息。
 自分が買って贈らない限りは、きっと持ってはくれないのだと。
 けれども予算は足りはしなくて、背伸びして買うことも出来なくて。
 悩んで悩んで、とうとうハーレイに「悩みでもあるのか?」と訊かれてしまって。
(ハーレイに羽根ペン、あげられるんだ…!)
 自分のお小遣いの分だけ、買ってプレゼント出来ることになった。
 羽根ペンの羽根のほんの僅かな部分だけしか支払えなくても、残りはハーレイが出すと言う。
 夢は叶って、ハーレイに羽根ペンを持って貰える、誕生日が来たら。
 ハーレイが貰って来てくれるカタログ、それを二人で眺めて、選んで。
 「これがいいよ」と白い羽根ペンを選べるといい。
 前のハーレイのペンと似ていた、あの白い羽根ペンが入った、買えずに帰って来た箱を…。

 

        あげたい羽根ペン・了


※自分の予算では羽根ペンは買えないと分かった後も諦め切れないブルー君。
 溜息を沢山ついてましたけど、ハーレイ先生にプレゼント出来て良かったですねv





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(あいつの悩みが羽根ペンだったとはなあ…)
 可愛いもんだな、とハーレイの頬が緩みそうになる。
 おっと、と慌てて引き締めたけれど。
 人が行き交う百貨店の中、大柄な自分が一人でニヤニヤしていれば…。
(不気味だよな?)
 そう思われるか、あるいは向こうが「自分は変なことをしただろうか」と心配になるか。
 多分、二つに一つだよな、と意識して真面目な表情を作る。
 学校で教壇に立っている時とか、研修や会議に出掛けた自分を思い浮かべながら。
 此処は百貨店のフロアではなくて職場なのだと、きちんと仕事をしなければと。
 もっとも、此処でする仕事は…。
(…いかん、いかん)
 それを考えたらまた顔が…、と意識して眉間に寄せた皺。
 せめて売り場に辿り着くまでは教師の顔でいようと、幸せ気分を引き締めようと。


 背筋を伸ばして向かう目的地は文具売り場で、馴染みは深い。
 職業柄、何度も足を運んだし、買い物だって何度もして来たけれど。
(…まさか今頃、魅力的な所になるとは思っていなかったんだ)
 つい数ヶ月前までは。
 五月の三日がやって来るまでは、さほど特別な場所でもなくて。
 まさか夏休みに胸を弾ませて訪れようとは思わなかった。
 夏休みまでの五月と六月、それに七月の半ば過ぎまで、その間に何度も来た売り場。
 もうその頃から、少し変わって見えていた。
 文具売り場の中の一角、人影はあまり無い場所が。
 そうなる前から、それこそ教師になった頃から、何度も見てはいたのだけれど。
(…興味があったっていうだけなんだよなあ…)
 誰がこういうものを買うのかと、お洒落なものではあるのだが、と。
 自分には縁が無さそうだけれど、悪くはないと思っていたもの。
 机に置いたら、いい雰囲気になりそうだから。
 書斎の机にあれば絵になるものだから。


 それが羽根ペン、今どきレトロなスタイルのペン。
 白い羽根やら、青や緑に染めたものやら、羽根の模様を生かしたものやら。
 遥かな遠い昔の書物でお馴染み、古い絵などにも描かれたペン。
 自分が教える古典の中には出てこないけども、他の地域の古典には登場するアイテム。
 「ちょっといいな」と思ってはいた、机に置いたらお洒落だろうと。
 書斎の雰囲気がグンと良くなりそうな羽根ペン、遠い昔の作家たちの書斎さながらに。
 とはいえ、買っても使いこなせはしないだろうから。
 机の飾りになるのがオチで、見て満足するだけだろうから。
(…それくらいなら他の物を買うよな)
 なにしろ安くはないのが羽根ペン、鉛筆などとは比較にならない。
 その値段で本が何冊買えるか、食費だったら何日分になってしまうのか。
 それを思えばとても買えない、机をお洒落にするためだけには。
 使いこなせる自信があるなら買ってみるけれど、ただの飾りでは。


 そんなこんなで、いつも眺めて帰るだけ。
 誰が買うのかと想像しながら、書斎にあったらお洒落だろうな、と。
 文具売り場に来て時間があったら、ついでに覗いた羽根ペンの売り場。
 其処が変わって見えるようになった、五月の三日から後の自分の目。
(…俺は今でも俺なんだがな?)
 柔道と水泳が得意な古典の教師で、もうすぐ三十八歳になる。
 八月の二十八日が来たら。
 夏休みの残りが、あと三日という日が来たら。
 それは全く変わらないけれど、姿も変わっていないのだけれど。
 中身も同じだと思うけれども、頭の中身が少々増えた。
 いや、とてつもなく増えてしまったと言うべきか。
(知識が増えたと言っていいやら、悪いやら…)
 なんとも悩む、と思う自分の頭の中身。
 教師としてなら、何の役にも立たないから。
 柔道や水泳をやるにしたって、役に立ってはくれないから。


(…俺の人生、何倍ほどになったんだ?)
 単純に計算したって十倍近くになるのだろうか、と苦笑しかけて、引き締める顔。
 売り場に着くまでは御機嫌な顔も笑みも禁物、たとえ苦笑いな顔であっても。
(連れがいるなら何の問題も無いんだが…)
 生憎と自分一人だから。
 笑いを誘う会話をしている友人や知人はいないから。
(あいつとは来られないからなあ…)
 前の生から愛し続けて、再び出会った愛おしいブルー。
 十四歳にしかならないブルーと五月の三日にバッタリ出会った。
 そして戻った前の生の記憶、「俺はキャプテン・ハーレイだった」と。
 シャングリラで三百年以上も宇宙を旅した頃の記憶が帰って来た。
 一気に増えてしまった頭の中身は、それだったから。
 古典の教師の役には立たない、柔道も、それに水泳にしても。
 けれども、大切で懐かしい記憶。
 前のブルーと暮らしていた船、其処での日々も。


 キャプテン・ハーレイだった頃の記憶が戻った途端に、魅力的になった文具の売り場。
 前から「お洒落だ」と見ていた羽根ペン、それがいきなり身近になった。
 前の自分が使っていたから。
 航宙日誌をつける時にも、ペンが必要な書類を書くにも。
 あの羽根ペンの羽根は白かった。
 キャプテンの机にいつも置いてあった、ペン立てに立てて、インク壺と一緒に。
 使う時にはペン先を何度もインクに浸しては書いた、羽根ペンにインクは入っていないから。
 ペン先についたインクが切れたら、浸して足さねばならないから。
(面倒なんだが、俺はそいつが好きだったんだ…)
 今の自分ではなくて、前の自分が。
 キャプテン・ハーレイだった自分がお気に入りだった、レトロに過ぎる羽根ペンが。
 懐かしい記憶が蘇ったら、もう羽根ペンは「誰が使うのか」と想像してみるものではなくて。
 使っていた人間の心当たりは前の自分で、それは気に入りのペンだったから。
(…文具売り場に用があったら…)
 羽根ペンの売り場を覗いたのだった、それまでよりも心惹かれる売り場を。
 とても懐かしいものが売られているなと、前の自分の羽根ペンはこれと同じだろうか、と。


 そうやって何度も足を運んだけれども、欲しい気持ちもして来たけれど。
 机の飾りに良さそうなものだと見ていた頃より、懐かしさが込み上げて来たけれど。
(…使っていたのは前の俺で、だ…)
 今の自分はインクの出て来るペンに慣れていて、それしか使ったことがない。
 日記を書くにも、生徒の提出物などに色々と書き入れるにも、そういったペン。
 わざわざインクに浸さなければ駄目な羽根ペン、もうそれだけで敷居が高い。
 ついでに自分はただの教師で、文人気取りで羽根ペンを買っても…。
(…使いこなせない気がしてなあ…)
 試し書き程度で挫折してしまって、後は机の上の飾りに。
 そうなってしまいそうな気がする羽根ペン、前の自分の愛用品。
 鉛筆くらいの値段だったら「それでもいいか」と買ってみるけれど、安くないのが羽根ペンで。
 懐かしさだけで買ってみたものの、使えなかったら癪だから。
 癪と言うより情けないから、いつも眺めては返した踵。
 欲しいような気はするのだけれども、今の俺には無理そうだと。
 もっと自信がついてからだと、欲しい気持ちが高まって来たら買うのもいいな、と。


 魅力的だと眺めてはいても、買えずに今日まで来た羽根ペン。
 買うとしたってまだまだ先だと、欲しい気持ちが限界まで来たらと思っていたのに。
(…あいつが買ってくれると来たか…)
 前の生から愛した恋人、十四歳の小さなブルー。
 最近、どうも悩みを抱えていそうな色の瞳に見えたから。
 楽しい夏休みに何があったかと、どんな悩みかと問い掛けてみたら、答えは羽根ペン。
 「ハーレイにプレゼントしたかったのに…」と俯いたブルー。
 誕生日に贈ろうと羽根ペンを買いに行ったというのに、予算が足りなかったのだと。
(あいつの小遣いでは無理で当然だ)
 ブルーは子供なのだから。
 お小遣いではとても買えない、鉛筆などより遥かに高い羽根ペンは。
 それでもブルーはそれを贈りたくて、諦め切れずに悩み続けて、ついに悩みを口にしたわけで。


(…さてと、どういう羽根ペンにするかな…)
 ブルーの小遣いで足りない金額は自分が支払う。
 その方法で買おうと決まった羽根ペン、誕生日にブルーがくれる羽根ペン。
(まずはスポンサーの意向を大切にしないとな?)
 プレゼントしてくれるブルーの意見を尊重するのが筋だから。
 こうして此処までやって来たぞ、と目的地に着いてケースを覗いて顔が綻ぶ。
 ズラリ幾つも並んだ羽根ペン、ブルーはどれを選ぶだろうか?
 その恋人は此処に来られないから、まだデートには連れ出せないから。
 ケースの向こうの店員に頼んで貰ったカタログ、これでブルーと選べる羽根ペン。
(はてさて、あいつはどれを買おうと思って覗いていたんだか…)
 これかもしれんな、と白い羽根ペンが収められた箱を覗き込む。
 前の自分が持っていたペンに似ている羽根ペン、それをブルーは見ていたろうか?
 ともあれ、ブルーと二人で決めよう。
 カタログを広げて、相談して。
 今の自分に似合うのはどれかと、「お前はどれがいいと思う?」と。
 ブルーが贈ってくれるというから、前の自分の気に入りだったレトロな羽根ペンを…。

 

        欲しかった羽根ペン・了


※ハーレイ先生が羽根ペンのカタログを貰いに行った時のお話です。百貨店まで。
 貰ったカタログをブルー君と二人で眺める時間も幸せですよねv





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(凄い青空…!)
 真っ青だ、とブルーが見上げた夏の空。
 夏休みの一日、涼しい内にと出てみた庭の芝生から。
 雲一つ無い夏の青空、まだ朝と言ってもいい時間なのに高く昇っている太陽。
 今の季節は日が昇るのがとても早いから、この時間でも日は高い。
 おまけに日射しも朝から眩しい、昼間の暑さが今から容易に分かるくらいに。
(今日は快晴…)
 雲の欠片も見当たらない空、「快晴」なのだと思ったけれど。
 前の自分には殆ど馴染みが無かった言葉で、仲間たちには更に無縁で。
(シャングリラはいつも雲の中…)
 雲海の星、アルテメシアに隠れ住んでからは、船の周りはいつも雲。
 昼は白くて夜は闇の色で暗くなる雲、それに取り巻かれていたシャングリラ。
 あの雲たちは船の隠れ蓑、白いシャングリラを隠してくれた。
 巨大な白い鯨だった船を、仲間たちを乗せた箱舟を。
 雲が無いなど考えられない、そうなることは死を意味していたから。
 人類に見付かり猛攻を浴びて、シャングリラは沈んでいただろうから。


 前の自分が乗っていた船では無縁とも言えた「快晴」なる言葉。
 雲はいつでも空にあるもの、船の周りにあったもの。
 シャングリラから外へ出ていた時には、そうした空も目にしたけれど。
 雲一つ無い空を飛んだけれども、地上に降りてそれを見上げもしたけれど。
(…やっぱり雲はあるのが普通…)
 仲間たちには普通の光景、シャングリラからは見えなかった快晴、青く澄んだ空。
 今ならではの景色だよね、と真っ青な空を見上げていたら。
 雲の欠片も見えない夏の青空、それをしみじみ仰いでいたら。
(…もっと青いかな?)
 海に行ったら、と頭に浮かんだ青い海。
 水平線の彼方まで広がる大海原の上にある空、その空はもっと青いだろうか。
 何処までも青い地球の海の青、それを映して青く濃く深く見えるだろうか。
 海辺から空を見上げたら。
 白い砂浜や、景色が綺麗な岩が幾つもある場所や。
 そういった海から直ぐの所で、この青空を眺めたならば。


 生まれつき身体の弱い自分は、海にも長くは入れないけれど。
 身体が冷えてしまう前にと、両親に「上がりなさい」と言われたけれども、知っている海。
 浮き輪を頼りにプカプカ浮いたり、波打ち際で砂のお城を作ったり。
 急に深くなる岩場で泳ぎはしなかったけれど、其処へも行った。
 見える景色が綺麗だからと、両親に連れて行って貰って。
 「こんな所で泳ぐ人もいるんだ」と感心しながら眺めたりもした。
 一人前の大人はともかく、今の学校には入れそうにない年の子供も泳いでいたから。
 何が獲れるのか、浮き輪を浮かべておいて海へと潜っていたから。
(…ハーレイだったら、きっとやっていたよね?)
 水泳が得意だと聞くハーレイ。
 前の生から愛した恋人、今日も来てくれる筈の恋人。
 「キスは駄目だ」と叱られるけれど、唇へのキスはくれないけれど。
 それでもハーレイはこう言ってくれる、「俺のブルーだ」と。
 あのハーレイなら、子供の頃から深い海でも平気で泳いでいたのだろう。
 獲った獲物を入れるための袋、それを括った浮き輪を浮かべて海の底まで潜ってゆこうと。


 そう思ったら、ますます見たくなった空。
 海の青を映して青いだろう空、それを海辺で眺めてみたい。
 家の庭から、青い木々の梢が見える場所から仰ぐ青空もいいのだけれども、海の空。
 きっと青いに違いないから、この芝生から見るよりも、ずっと。
(…海で見たいな…)
 見てみたいな、と考えながら庭に別れを告げて。
 家に入って、今度は二階の自分の部屋から夏の青空を見上げてみる。
 暑い風が入って来ないようにと、もう窓は閉めてあるけれど。
 冷房が弱めに入っているけれど、真夏の空はガラス窓越しでも色褪せない。
 ガラスを一枚隔てたくらいでは褪せない青色、何処までも青い快晴の空。
 こんな日だったら、海に行けばもっと青いだろう。
 水平線の彼方まで遥かに広がる大海原の青を映して、空の青も、きっと。
(…でも、空の青は…)
 海の青色を映すのだったか、海も空の青を映すのだったか。
 少し違ったような気がする、どちらも恐らく太陽のせい。
 細かい仕組みは忘れたけれども、太陽が作る青い色。
 空の青さも、海の青さも。


 今の自分は空の青さと海の青さは学校でチラリと習った程度。
 詳しい仕組みは教わらなかった、まだまだ年が幼いから。
 太陽の光を反射して青く光るのが海で、空の青さも太陽の光が青く散らばるからだったか。
(…前のぼくだって、詳しくないしね…)
 戯れに資料を見てはいたのだけれども、専門にやってはいないから。
 航宙学でさえも齧った程度で、白いシャングリラを動かせるほどの知識は無かった。
 いざとなったら船を丸ごとサイオンで包んで運んでゆけば済む話。
 ブリッジにあった計器のデータを読み取れはしても、使い方となれば…。
(ハーレイに勝てやしないんだよ)
 いつも計器やデータを睨んでいたハーレイ。
 キャプテンとして培った膨大な知識、それに敵いはしなかった。
 もっとも、元から勝とうとも思っていなかったけれど。
 シャングリラはハーレイに任せておくのが一番だったし、口を挟もうとも思わなかった。
 前の自分には自分の役目が、ハーレイにはハーレイの役目がきちんとあったのだから。
 お互いに支え合うのが一番、信頼し合っているのが一番。
 前の自分が船を守って、ハーレイが船の舵を握って。
 シャングリラはそういう船だった。
 白い鯨になるよりも前も、白い鯨になった後にも。


 そうやって二人、宇宙を旅した。
 仲間たちを乗せた白い鯨で、箱舟だったシャングリラで。
 雲海の星に長く留まっていた間も、旅は旅。
 いつか地球へと飛び立てる日を待って隠れ住んでいた、アルテメシアの雲海の中に。
 青い空さえ見えない雲海、快晴かどうかも船からは見えない雲の海に。
(…今だと、空はうんと青くて…)
 雲一つ無い空だって見える、快晴なのだと窓から見られる。
 その青を映した青い海だって、見たいと思えば見に出掛けられる。
 車を出したら、充分に日帰り出来る距離。
 其処まで行ったら海に出会えるし、今日のような日なら…。
(きっと、真っ青…)
 空はもちろん、何処までも青く広がる海も。
 この窓から見るよりもっと青い空、それが見られるだろう海。
 真っ青な海を眺めたいなら、今日は絶好のチャンスで、空で。
 今日でなくても夏の間は、夏空は海によく似合う。
 海が一番輝く季節。
 青く広がる海と戯れる人が大勢繰り出す季節で、空も海もきっと一番青い。


(見に行きたいな…)
 青い空と海、と思うけれども、もうすぐ来てくれる筈の恋人。
 晴れた日は歩いて訪ねて来てくれるハーレイ、その恋人の方が大切。
 のんびり海には行っていられない、せっかくの逢瀬を捨ててまで。
 両親に頼めば行けるだろう海、其処へ行ってはいられない。
(だって、ハーレイと一緒じゃないもの…)
 ウッカリ頼んで家族旅行などということになれば、ハーレイに会えなくなるわけで。
 ほんの二日か三日のことでも、それは寂しくて悲しいわけで。
(でも、ハーレイは「良かったな」なんて言うんだよ、きっと)
 今の恋人は優しいけれども、ちょっぴり意地悪を言ったりするから。
 「キスは駄目だ」と叱る恋人、そのハーレイならきっと言う。
 「お前が旅行に行くんだったら、俺もゆっくり羽を伸ばせるな」などと笑顔で意地悪なことを。
 「チビの相手をしないで済むなら、俺も泳ぎに行くとするかな」などとケロリとした顔で。
 そして本当にやりかねないから、自分が行くのとは違った海に行きかねないから。
(海は見たいけど…)
 今が一番綺麗に見える季節だろうけれど、諦めるのがいいのだろう。
 海には夏が似合うのに。
 真っ青な空と青い海とが、最高に輝く季節だろうに。


 夏が似合うと分かっている海、快晴の日に見てみたい海。
 見てみたいものは空から海へと変わってしまって、無いものねだりになりそうな自分。
 部屋の窓から空は見えても、青い海など見えないから。
 水泳が好きなハーレイが好きだと言っていた海、それは何処にも見えないから。
(…見たいんだけどな…)
 海が見たいな、と窓の向こうを眺めていたら気が付いた。
 今は駄目でも、いつか大きくなったなら。
 ハーレイとキスが出来るくらいに大きくなったら、ドライブにだって行けるから。
(海を見たいよ、って言ったらドライブ…)
 断られることは絶対に無いし、ハーレイが海で泳ぐ姿も見られるのだろう。
 それまで我慢をしさえすれば、と空を見上げて、「青い」と思って。
(そっか、地球の青…)
 海の青さは地球の青だった、前の自分が焦がれた青。
 それをハーレイと見に行こう。
 二人で地球に来たのだから。
 青い海へと車で気軽に行ける地球まで、シャングリラではなくて車で海へと行ける地球まで…。

 

       夏が似合う海・了


※ブルー君が見てみたくなった夏の海。家族で行くならハーレイ先生とは別行動になるわけで。
 ハーレイ先生とドライブ出来る日がやって来るまで、海はお預けみたいですねv





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(快晴ってな)
 ハーレイが何の気なしに仰いだ空。
 夏休みの一日、ブルーの家へ歩いて向かう途中に。
 日が昇るのが早い季節だから、強い日射しに目を細めながら。
 雲の一つも見当たらない空、予報通りの青い空。
 こんな日には海が似合いだけれども、生憎と今年は御無沙汰の海。
 ブルーに会いにゆくのが優先、自分の趣味は二の次と言えば聞こえがいいけれど。
(…俺もブルーに会いたいんだ)
 前の生から愛した恋人、再び出会えた小さなブルー。
 まだ十四歳にしかならないブルーは無垢な子供で、キスどころではないのだけれど。
 唇へのキスはもちろん、愛を交わすことなど夢のまた夢、いつになるやら分からないけれど。
 それでも会いたい、会いにゆきたい。
 海に泳ぎに出掛けてゆくより、海へと車を走らせるより。


 去年までなら夏休みには何度も通った海。
 きっと日射しが眩しいだろうと、水平線まで真っ青な海が広がるだろうと心がざわめく。
 灼けた砂浜を裸足で歩いて、波打ち際からザブザブ入って。
 そうして泳いでゆく海もいいし、岩場へ出掛けてゆくのもいい。
 遠浅ではなくて岩場から直ぐに深くなる海、其処を泳いで潜るのも。
 どちらもいいな、と思うけれども、当分は縁が無さそうで。
(あいつが大きく育つまではな)
 今は小さなブルーが育って、前のブルーと同じ背丈になったなら。
 キスを交わせるほどになったら、行こうと約束しているドライブ。
 愛車の助手席にブルーを座らせ、海へもドライブしてゆこう。
 それまでの間は、海と言ったら…。
(仕事絡みだな)
 柔道部の教え子たちを遊びに連れてやるくらい。
 そうでなければ海から近い場所での研修、そのくらいしか縁が無さそうな海。


 同じ青でも空とは違った海の青。
 あの空の青を映した色ではあるのだけれども、もっと細かく決まった仕組み。
 青空の色をそのまま反射するのではなくて、太陽の光を反射して青く光るのが海。
(…はてさて、どういう仕組みだったか…)
 俺には範疇外だからな、と苦笑する。
 今の自分は古典の教師で、海と言ったら物語や遠い昔の日記が対象。
 キャプテン・ハーレイだった頃にしたって、海とはさほど縁が無かった。
 アルテメシアにも海はあったけれども、シャングリラからは見えなかった海。
 雲海の中から海は見えない、真っ白な雲に隠されていて。
 白いシャングリラが地上からは見えなかった以上、その逆のことも有り得ない。
 青い海の上を飛んでいたって、眼下には雲。
 海は何処にも見えはしなくて、何処までも雲が広がるばかりで。
(…その雲だってモニター越しだ)
 巨大な船には、窓は殆ど無かったから。
 ブリッジからも直接見えはしなくて、一番近い窓と言ったら公園の天窓だったから。


 つくづく海とは縁が無いんだ、と思うけれども、今の自分は好きな海。
 柔道と同じに好きな水泳、海が無くては始まらない。
 プールも悪くないのだけれども、ジムのプールなら年中いつでも泳げるけれど。
(やっぱり海には敵わないんだ)
 遥か彼方の水平線まで、その向こうまでも遠く広がる青い海。
 前の自分がブルーと目指した地球の色の青、それは海から来ていた青。
 そうとも知らずに今の自分は海が大好きで、夏になったら海に出掛けていたけれど。
 両親と出掛けた子供時代はもちろん、車に乗れるようになったら行き先も選び放題で。
(砂浜も岩場も、どっちも魅力があるからなあ…)
 今年は出掛けられないんだが、と残念に思う気持ちが半分、未来へと膨らむ夢が半分。
(あいつと行くなら、まずは見物か)
 ブルーと出掛ける海へのドライブ、最初は初夏といった所か。
 今も身体が弱いブルーは海に入っても長くは泳いでいられないから。
 まずは見るだけ、それなら初夏の頃がいい。
 さほど暑くはなっていなくて、けれども充分に夏の輝きを湛えた海。
 それを見るなら初夏がいいよな、と。


 ブルーと二人で出掛けてゆく海、その日も空は青いだろう。
 今日と同じに雲一つ無くて、何処までも青い初夏の空。
 ただし夏ほど暑くはないから、きっとブルーも日射しに負けたりすることはなくて。
(帽子さえきちんと被せてやったら、もうのんびりと…)
 二人で海を眺められるだろう、遥か彼方まで広がる海を。
 地球の海だと、前の自分たちが目指した青だと、この地球の上を覆って青く染める海を。
 前の自分は見られなかった、青い地球を作り出す海を。
(もっとも、二人で出掛けて行ったら…)
 そんなことなど綺麗に忘れていそうだよな、と浮かべてしまった苦笑い。
 海はデートにやって来た場所で、今の自分たちのための場所だから。
 前の自分たちが夢に見た星、いつか行こうと目指した地球でも、今ではそれが普通だから。
(…きっとあいつも忘れているんだ)
 地球の海だということを。
 前の自分が焦がれ続けた青い水の星、その青が広がる海辺に来たということを。


 二人して見事に忘れていそうで、帰るまで綺麗に忘れていそうで。
 帰りの車で不意に思い出して、二人で笑い転げるのだろう。
 せっかく海に行ったというのに、すっかり忘れてしまっていたと。
 二人で初めて眺めた筈の青い地球の海、その有難さに微塵も気付きはしなかったと。
(間違いなくそのコースだよなあ…)
 出掛ける時には「海へ行こう」と二人で決めて車で走り出しても、いざ海を見たら。
 砂浜が広がる海岸だろうが、ゴツゴツとした岩場だろうが。
(俺にとっては馴染みの場所だし…)
 ついつい語り始めていそうな、自分の其処での過ごし方。
 夏ならどんな風に泳ぐか、岩場だったらどんな楽しみがあるのかと。
(でもって、あいつも…)
 海を知らないわけではないから、今のブルーは知っているから。
 夢中で話に聞き入るのだろう、「何処まで泳いで行けるの?」だとか。
 遠浅の海の沖合に浮かべてあるブイよりも向こうに行ったことがあるかと尋ねてみたり。
 岩場だったら、どの辺りへ行けば潜って貝などが獲れるのかだとか。


 もう間違いなく、地球からはズレてゆきそうな話題。
 今の自分たちの世界に引かれて、今の時間に引き寄せられて。
 きっと忘れる、二人揃って。
 青い地球の海を見にやって来たことも、前の自分たちは見られなかった海だということも。
 けれども、それも幸せの形なのだろう。
 前のブルーが焦がれていた地球、青いと信じて夢に見た地球。
 ブルーを失くしてしまった後にも、前の自分は地球を目指した。
 それをブルーが望んだから。
 ジョミーを支えてくれと言い残してメギドへと飛んでしまったから。
 独り残された白いシャングリラで青い水の星を目指していたというのに、辿り着いた地球は…。
(…赤かったんだ…)
 青い海など何処にも無かった、赤い死の星。
 前のブルーが夢見た地球などありはしなくて、青い星などただの幻で。
 あの時の衝撃を忘れてはいない、「ブルーにはとても言えない」と思った死の星のこと。
 それなのに地球は青く蘇り、自分たちは其処にやって来た。
 気軽に車を出してドライブ、シャングリラではなくて車で辿り着ける海。
 日帰り出来る所にある海、「海へ行くか」と思い立ったら出掛けられる場所に。


 今では当たり前の海。何処までも青く広がる海。
(二人揃って忘れちまっても…)
 まるで有難味を感じないままで海を眺めて、今の話題に興じてしまって。
 帰りの車で「忘れていた」と気付いて二人で大笑いして。
 そんなドライブが似合いだと思う、幸せの形なのだと思う。
 前の自分たちの切ない思いを、悲しかった記憶を忘れ果てて海を眺めることが。
 初めて二人で海に行っても、「海に来たのは初めてだな」とブルーに説明してやって。
 「俺は夏には此処で泳ぐんだ」と、「夏になったらお前も来るか?」と。
 遠浅の海で二人で遊ぶか、と誘ってやったり、岩場で獲物を獲るのを見るかと誘ったり。
 きっとブルーは赤い瞳を輝かせて「うん」と言うのだろう。
 「ぼくも来たい」と、「夏になったらまた来ようね」と。


 今はその夏、海のシーズンなのだけど。
 去年までなら車で海を目指したけれども、今年は道を歩いている。
 真夏の青空の下を歩いて、海へは向かわずブルーの家へと。
(いつかはブルーと海に行けるさ)
 あいつが大きく育ったらな、と夢を見ながら歩いてゆく。
 前のブルーと二人で目指した地球の海。
 その青を作る海だと忘れて、きっと二人で眺めるのだろう。
 遠浅の砂浜や、岩がゴツゴツと並ぶ岩場で、水平線まで広がる海を。
 今日は海までドライブに来たと、夏になったら今度は遊びに来るのもいいと…。

 

         海が似合う季節・了


※今年の夏は海に行くよりブルー君の家なハーレイ先生。海より断然、恋人です。
 けれども、いつか二人で行きたい海。幸せ一杯の楽しいドライブになりそうですよねv





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(…いいな…)
 涼しそう、とブルーが眺めた新聞記事。
 夏休みの朝に、朝食の後で。
 今日は早くに目が覚めたから、朝食も早め。
 トーストに卵一個のオムレツ、それが精一杯だけど。
 背を伸ばそうと頑張って毎朝飲んでいるミルク、それだけでお腹一杯だけれど。
 部屋の掃除に出掛けてゆくにはまだ早いから、と広げた新聞。
 其処に載っていた川遊びの記事、夏に人気の川下り。


 一年中やっているのだけれども、やっぱり夏が一番人気。
 時には飛沫を浴びたりする船、急な流れを幾つも越えて川をゆく船。
 下の学校に行っていた頃に、両親と一緒にこの船に乗った。
 ドキドキしながら乗って下った、熟練の船頭が操る船に。
 乗り場では緩やかだった川の流れは、進んでゆく内に早くなっていって。
 逆に川幅はグンと狭くなった、乗った時には広かったのに。
 ずいぶん大きな橋がかかっていると見上げて乗った筈なのに、ぐんぐん狭くなった川。
 流石に自分は無理だけれども、泳ぎの上手な友達だったら渡れそうな幅に。
 川の流れさえ早くなければ、如何にも危なそうな渦が無ければ。


 そうして下っていった川。
 みるみる早くなってゆく流れ、狭くなった川に幾つもの岩。
 急流を一つ船が落ちる度に、そう、落ちたかのように流れ下る度に上がった飛沫。
 頭の上から水が降って来た、キラキラと眩しく煌めきながら。
 小さく砕けた水の雫が涼しい雨を降らせてくれた。
 ほんの一瞬、降り注ぐ雨。
 服が濡れても直ぐに乾く雨、パシャンと弾けた水飛沫。
 船に乗っていた他の子たちも、自分も歓声を上げて下った。
 もっと速くと、もっと先へと、大はしゃぎして。
 「立たないで下さい」と注意されなければ、きっと立ち上がっていたくらいに。


 涼しいんだよね、と思い出した夏の川下り。
 今と同じに夏休みだった、父の車で出掛けて行った。
 帰りの車は何処に停めたかと思ったけれども、記事を読んだら解けた謎。
 車の客にはサービスがあった、頼めば運んで貰える車。
 川をゆく船が辿り着く場所、其処の近くの駐車場まで。
 父もそうしておいたのだろう、船に乗る前に車のキーを係に預けて。
(新聞に載ったし、今日は混むかな?)
 川下りをしたくなった人たちがドッと出掛けて行って。
 夏の暑い日はこれに限ると、涼を求めて殺到して。


 きっとそうだと、今日は大人気、と閉じた新聞。
 「御馳走様」と部屋に戻って、掃除してから勉強机の前に座って。
 恋人が来るにはまだ早すぎると、もう少し後の時間だから、と大きな伸びを一つ。
 今日も暑そうな日なのだけれども、ハーレイは歩いて来るのだろうと。
 なんて元気な恋人だろうと、自分にはとても真似出来ないと。
(…暑い日は無理…)
 照り付ける夏の日射しの下など、好き好んで出歩きたくもない。
 母が被せてくれる日除けのつばの大きな帽子も、それほど役には立たないから。
 暑い太陽に丸ごと焼かれて、ヘトヘトになってしまうのが自分。
 涼しい風がいつも吹き付けてくれるならともかく、自然はそこまで優しくないから。


 こんな真夏に外へ出るなら、日射しを浴びにゆくのなら。
 さっき新聞で目にしたような川下り。
 ただでも涼しい川をゆく船、風が水面を渡ってくる船。
 それに乗って川を進むのがいい、どんどん流れが早くなる川を。
 急流を下れば上がる水飛沫、夏の暑さも吹き飛ばすような冷たい飛沫が飛び散る川を。
(流石に今だと、立とうとしたりはしないけど…)
 立ち上がったら危ないことを知っているから、ちゃんと座って乗ってゆく。
 船頭に注意をされるまでもなく、割り当てられた場所に腰を下ろして。


(…川下り…)
 行きたい気持ちになって来たけれど、両親に頼めば行けそうだけれど。
 それもいいなと思ったけれども、頭に浮かんだ恋人の顔。
 同じ乗るなら恋人と乗りたい、褐色の肌のハーレイと。
 前の生から愛し続けて、この地球で会えた愛おしい人と。
(絶対、そっち…)
 そっちがいい、という気がする。
 暑い真夏に川をゆくなら、川を下りにゆくのなら。


 ハーレイと二人、あの船に乗って。
 穏やかな流れの船着き場を出て、早くなってゆく流れに乗って。
 川幅がぐんと狭くなったら、急な段差を一つ、二つと落ちてゆく。
 まるで落ちるように滑ってゆく船、急流を流れ下る船。
 一つ落ちる度に上がる飛沫と、乗っている人たちが上げる歓声と。
 大人だって歓声を上げていたのだし、自分も叫んでいいだろう。
 ハーレイはきっと叫ばないけれど、穏やかな笑みを湛えて余裕たっぷりなのだろうけれど。


(はしゃいでるのは、きっとぼくだけ…)
 水泳と柔道で鍛えた恋人、ハーレイはきっと、船が揺れても動じない。
 早い流れを滑り落ちても、派手に水飛沫が上がっても。
(平気な顔して乗ってるんだよ)
 これくらいのことで騒いでどうする、と路線バスに乗っているかのように。
 川をゆく船がいくら揺れても、投げ出されそうなほどに傾いても。
 ハーレイならきっと、とクスッと笑った。
 「お前、さっきから騒ぎすぎだぞ」と苦笑いしているのだろうと。
 乗ろうと言うから乗りに来たのに、そんなに怖がるとは思わなかった、と。


 スリル満点の川下り。
 ハーレイと乗りに行きたいけれども、今は連れては貰えない。
 頼んだとしても断られるオチ、「今は駄目だ」と顰めっ面が目に見えるよう。
(だって、ドライブ…)
 川下りに行くなら、乗り場までの道はハーレイの車でドライブだから。
 路線バスでも行けないことはないのだけれども、それで行くなら「デート」と言われる。
 「どうしてお前とデートに行かねばならんのだ」と。
 川下りに行くのは立派なデートで、チビのお前とはまだ行けないと。


 頼むだけ無駄な川下り。
 もっと大きく育たない限り、ハーレイと二人で行けはしなくて。
 川をゆく船に乗り込めはしない、ハーレイと一緒に船には乗れない。
 今の季節は楽しいだろうに、涼しさだって充分なのに。
 川を渡る風も、水の飛沫も、スリルも涼をくれるのに。
 おまけに泰然自若と構えたハーレイ、どっしり落ち着いた恋人の姿。
 船がどんなに揺れていようが、他の人たちが声を上げようが、涼しい顔で。
 こんな揺れなど物の数にも入りはしないと、船が本当に傾いたわけでもあるまいし、と。


(うん、きっとそう…)
 ハーレイならば、と言い切れる。
 船が本当に岩にぶつかるとか、船頭が持っている竿が流されて操船不能にならない限りは。
 普通に川を下っているなら、どんなに揺れても悠然と乗っているのだろうと。
 何故なら自分は知っているから。
 白いシャングリラのブリッジに毅然と立っていた姿、それを今でも覚えているから。
 前の自分がジョミーを救いに飛び出した後に、シャングリラの浮上を決めたハーレイ。
 降り注ぐ幾つもの爆弾の中、揺れるシャングリラでハーレイは毅然と立ち続けた。
 投げ出されて額に傷を負った後も、懸命に船を指揮し続けた。
 もっとも、それは船に戻った自分が回復してから見た映像の中の姿だけれど。
 記録されていた映像で初めて知ったハーレイの雄姿なのだけど。


 だから今でも同じだと思う、あのシャングリラで立っていたのがハーレイだから。
 皆が悲鳴を上げていた中、冷静に指揮を続けていたのがハーレイだから。
(きっと船くらい…)
 なんでもないよ、と思った所で気が付いた。
 川をゆく船も船だけれども、白いシャングリラも船だったと。
 前の自分たちが「船」と言ったら、それはシャングリラのことだったと。
 ミュウの箱舟だった船。
 前の自分が守っていた船、ハーレイが舵を握った船。
 あれの他には船は無かった、前の自分たちが乗ってゆける船は。
 乗っていい船は他に無かった、シャングリラの他にはただの一つも。


(ギブリとかは載せていたけれど…)
 シャトルは幾つもあったけれども、シャトルでは宇宙を越えてゆけない。
 青い地球まではとても行けない、あんな小さな小型艇では。
 前の自分たちが乗っていた船、世界の全てだった船。
 そのシャングリラの舵を握っていたのがハーレイ、守ったのが自分。
 途中で自分は力尽きたけれど、命も尽きてしまったけれど。
 ハーレイはあれを運んだのだった、前の自分たちが目指した地球へ。
 約束の場所だった青い地球まで、その地球は青くなかったけれど。


 あれも船だと、シャングリラもまた船だったのだと気付いたら。
 気付かされたら、もっと乗りたくなってきた。
 ハーレイと二人で川をゆく船に、青い地球の川を下る川遊びのための小さな船に。
(ぼくとハーレイと、他のお客さんと…)
 その船に乗って川を下ろうとやって来た人たち、川を下る間だけの仲間の人たち。
 シャングリラの頃と違って遊びで乗る船、生き延びるための船ではない船。
 それに乗りたい、乗ってゆきたい。
 どんなに揺れても「大したことはないだろうが」と笑うのだろうハーレイと。
 「もっと揺れるぞ」と、「その先でもっと揺れる筈だが」と笑っていそうなハーレイと。


 今は頼んでも無駄だろうけれど、きっと「駄目だ」と言われるけれど。
 いつか大きく育ったら。
 デートに行ける年になったら、ハーレイに「乗ろう」と強請ってみたい。
 川をゆく船、遊びで乗ってゆける船。
 それに乗ろうと、二人で川を下りにゆこうと、水飛沫が涼しそうだからと…。

 

         川をゆく船・了


※ブルー君も行きたい、ハーレイ先生との川下り。あれも船だ、と気付いたら。
 早く大きくなって、「乗りに行こうよ」と強請れる日が来るといいですよねv





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