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「えーっと…」
 鏡の向こうの自分を眺めて、頬っぺたをチョンとつついてみて。
 「よし!」とブルーは満足そうな笑みを浮かべる。
 十四歳の子供の柔らかな頬。
 自分で言うのもどうだろうかとは思うけれども。
(…食べ頃だよね?)
 今が旬だと思うから。きっと美味しい筈なのだから。


 そんなわけだから、今日は朝から自信たっぷり。
 早くハーレイが来ないものかと、何度も窓から外を眺めて。
 やっと来てくれた恋人を迎えて、テーブルを挟んで向かい合わせで。
「ねえ、ハーレイ。…食べ物の旬って、大切だよね?」
 旬の食べ物が一番だよね、と尋ねてみれば。
「もちろんだ。そいつが料理の基本だってな」
 大事なことだぞ、と応える料理が上手な今のハーレイ。
 白いシャングリラには無かった料理も、あれこれと作る器用な恋人。


 ハーレイは早速、披露し始めた、今の季節なら何が旬かと。
 魚ならこれで、より美味しさを引き出す料理がこれだとか。
 野菜だったらこんな具合で、そのままでも良し、煮るのも良し、と。
「要はアレだな、旬の食べ物は身体にもいいということだ」
 美味しく食べて健康づくりだ、お前には持ってこいだと思うが。
 お母さんも色々作ってくれてるだろう、と言われたから。
「うん、だから大事だってこと、知ってるんだよ」
 旬の間に食べるのが一番、と微笑んだら。
 「偉いぞ、その調子で頑張るんだな」と褒められたから。
 頭をクシャリと撫でられたから。


「ぼくも頑張るけど、早く大きくなりたいんだけど…」
 だけど旬が、と俯き加減でチラリと見上げた恋人の顔。
 このままだと旬を過ぎちゃいそうで、と。
「…はあ? 旬が過ぎるって、なんの話だ?」
 これからが美味い季節なんだが、とハーレイは夏の食べ物を挙げる。
 魚に野菜に、それから果物。
 夏の日射しをたっぷりと浴びて育つ野菜や、海が育む魚たちや。
「んーと…。そういうのは来年も旬だろうけど…」
「そりゃまあ、なあ? 来年の夏も美味いだろうさ」
 ついでに今年の旬は今から、と語る恋人、料理も順に挙げてゆくから。


「そういうのじゃなくて、ぼくの旬だよ」
 今が食べ頃、と自分の顔を指差した。
 来年だったら育ってしまって、きっと食べ頃を逃すから、と。
「…なんだと?」
「だから、食べ頃! 今のチビのぼく!」
 美味しい筈だから、味見しない? と自信満々で言ったのに。
 ゴツンと頭に降って来た拳、顰めっ面になったハーレイ。
 「お前の食べ頃はまだまだ先だ」と、「育ってからだ」と。
 そして額も指先でピンと弾かれる。
 「チビのくせに」と、「お前の旬など、ずっと先だ」と…。



          今が食べ頃・了



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(これがママの味…)
 ハーレイの好きなパウンドケーキ、と小さなブルーが頬張ったケーキ。
 おやつに出て来たものをパクリと、一口サイズにフォークで切って。
(んーと…)
 モグモグと噛んでみたけれど。
 舌の上でも転がしたけれど、どうにも掴めないケーキの味わい。
 パウンドケーキはパウンドケーキで、そういう味しか分からない。
 小麦粉とバターと砂糖と卵。
 それぞれ一ポンドずつ使って作るからパウンドケーキで、由来そのままに…。
(…バターとお砂糖…)
 卵と小麦粉の味はこれだと言い切れないけれど、砂糖の甘さはよく分かる。
 バターの風味も、多分、この味。
 けれどもそこまで、それよりも先は掴めない。
 料理上手でお菓子作りも得意な母のパウンドケーキ。
 今のハーレイの好物だという味の秘密は、それが何処から生まれるのかは。
(フルーツケーキなら、まだ分かるんだけど…)
 たっぷりのドライフルーツを入れて焼き上げるケーキ、そっちだったら謎も解きやすい。
 母も手作りするドライフルーツ、それの中身で味が変わると思うから。
 ケーキにしっとりと含ませる酒、その銘柄でも変わるだろうから。


 ところがパウンドケーキとなったら、決め手が何も見付からない。
 小麦粉の質だの、バターや砂糖のメーカーだので味が変わると言うのなら…。
(ハーレイ、とっくに作っているよね?)
 好物だという味のパウンドケーキを、ハーレイの母が焼くのと同じ味のケーキを。
 隣町の家に帰ったついでに、「何処のバターだ?」と訊いたりして。
 庭に夏ミカンの大きな木がある、ハーレイの両親が住んでいる家。
 其処の冷蔵庫や貯蔵用の棚、それを覗いても分かるだろう。
 ハーレイの母が使うバターや砂糖が何処のものなのか。
 小麦粉のメーカーだって分かるだろうし、卵にしたって…。
(特別な卵だったら、すぐ分かるよね?)
 これでなければ、とハーレイの母が決めている卵があるなら、パッケージで。
 ハーレイの父が何処かでこだわりの卵を買っていたにしたって、やっぱり分かる。
(農場で買ったら、農場の名前…)
 パッケージに何も書かれていなくても、「何処のだ?」とハーレイは訊くだろう。
 「俺も其処のを買いたいから」と、「車で行ったらすぐだろうし」と。
 材料に秘密があるというなら、もうハーレイは解いている。
 どうすれば自分の母が作るのと同じ味をしたパウンドケーキが焼き上がるのか。
 とっくに秘密を掴んでしまって、きっと味にもこだわらない。
 自分もそれを作れるのならば、「この味が好きだ」とこだわるよりも…。


(きっとアレンジ…)
 それを始める、ハーレイだったら。
 料理は好きだと聞いているから、パウンドケーキもひと工夫。
 小麦粉とバターと砂糖と卵。
 それぞれ一ポンドずつの基本はマスターしたのだからと、もっと美味しく作ろうと。
 バナナやオレンジ、そういったものを入れて焼くものもあるのだから。
 チョコレート風味やブランデー入り、そんな味のもあるのだから。
(…ママも作るし…)
 様々な味のパウンドケーキ。
 名前の由来からは少し外れてしまうけれども、バナナでもチョコでもパウンドケーキ。
 ハーレイの好物がパウンドケーキだと分かってからでも、母は変わり種を焼いたりもする。
 「今日はチョコレートにしてみましたわ」などと微笑みながらハーレイに出す。
 だからハーレイでも、きっと同じになるだろう。
 自分が「これだ」と納得できるパウンドケーキが焼けるようになったら、別の味。
 どんなフルーツで作るのがいいか、何を加えてみようかと。
 それが出来るだけの料理の腕前を持っているのがハーレイなのに…。
(…無理なんだよね?)
 この味がするパウンドケーキを作るのは。
 今日のおやつ、と自分がパクリと頬張るケーキを焼き上げるのは。


 何度も頑張ったらしいハーレイ、「おふくろの味」を再現しようとしたハーレイ。
 けれど失敗に終わった挑戦、謎は未だに解けてはいない。
(ママのパウンドケーキがおんなじ味ってトコまでしか…)
 ハーレイが驚いた母が作るケーキ。
 「おふくろがコッソリ持って来たのかと思ったぞ」とまで言っていたケーキ。
 以来、ハーレイの好物だけれど、謎は解けたのか、それとも逆に深まったのか。
(…どっち…?)
 どちらかと言えば、深まってしまった方なのだろう。
 ハーレイの母とはまるで縁の無い、自分の母が同じ味のを焼くのだから。
 いったい何処に秘密があるのか、秘訣は何かとハーレイも思ったことだろう。
 レシピだとしたら、悩むまでもなく解けている謎。
 ハーレイの母に「あれのレシピはどれなんだ?」と訊きさえすれば済むのだから。
 小麦粉とバターと砂糖と卵、それの配分が変わると言うなら、レシピを貰えば分かるから。
 誰にでも違いが分かるのがレシピ、それさえあったら普通は同じに出来上がる味。
 それが違うから悩むハーレイ、母のケーキの味に驚いてしまったハーレイ。
(…これの秘密って、何処にあるわけ?)
 口へと運んで味わってみても、舌で転がしても分からない。
 パウンドケーキはパウンドケーキ。
 チョコレート味や、バナナなどが入ったものでなければ、母のはいつもこの味だから。


 すっかり最後まで食べ終わっても、今日も解けずに終わった謎。
 パウンドケーキはパウンドケーキで、自分の舌ではどう頑張ってもそれが限界。
(ママのケーキはママの味だし…)
 こういう味だとしか思っていないのが自分、小麦粉の味も分かっていない。
 卵の味だって掴めていなくて、砂糖の甘さとバターの風味を感じ取るのが精一杯。
 これではケーキの謎は解けない、母の味の秘密は解き明かせない。
 秘訣があるのか、それとも秘密か、それも分からない魔法のケーキ。
 ハーレイの舌と胃袋とを魅了するケーキ、なんとも不思議なケーキだから。
(…ハーレイに作ってあげたいんだけどな…)
 ぼくの夢の一つなんだけど、と部屋に帰って零した溜息。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わって再び出会えたハーレイ。
 そのハーレイのために作ってあげたい、今のハーレイが大好きな味を。
 ハーレイが挑み続けても無理だったケーキ、おふくろの味だというパウンドケーキを。
(…ぼくは作って貰ってばかり…)
 前の自分たちが生きた頃から。
 ソルジャー・ブルーだった頃から、ハーレイは作ってくれていた。
 キャプテンの仕事が忙しくても、ブリッジを抜けて野菜のスープを。
 そして今でも同じスープを作りに家まで来てくれる。
 病気で寝込んでしまった時には、「これくらいなら食えるんだよな?」と。
 「野菜スープのシャングリラ風だぞ」と、お洒落な名前になったスープを。


 前の生から作って貰ってばかりの自分。何も御礼をしていない自分。
 もちろん「ありがとう」と御礼は言ったけれども、前の自分はたったそれだけ。
 ハーレイのためにと料理はしなくて、何も作りはしなかった。
 スープも、お菓子も、ただの一度も。
 いつも作って貰うばかりで、お返しは作っていなかった。
(…だから今度は、ケーキくらいは…)
 作ってあげたい、ハーレイのために。
 母が作るのと同じ味のケーキを、単純すぎるレシピのパウンドケーキを。
 それなのに、それが難しい。
 料理上手のハーレイでさえも再現出来なかったらしい味。
 どうやらレシピに秘密などは無くて、材料の方にも秘密は無くて。
(…魔法ってことは…)
 まさか無いとは思うけれども、そんなことまで考えてしまう。
 材料を混ぜ合わせる時に唱える呪文があるとか、オーブンに呪文を唱えるだとか。
(…ママが作るのを見ていたら…)
 最初から最後まで眺めていたなら、魔法の呪文が分かるだろうか?
 呪文でなくても、「これなんだ!」と分かる発見があるのだろうか?
 そうは思うけれど、母の隣で、あるいは後ろで、テーブルの向かいで見ていたいけれど…。


(…怪しすぎるよ…)
 普段から母のお菓子作りを見学するのが大好きだったら、問題無かったろうけれど。
 「何が出来るの?」とワクワクしていたら、「ぼくも手伝う!」とはしゃいでいたなら…。
(ママだって、きっと…)
 見学どころか手伝わせてくれて、パウンドケーキの秘密も解けていたのだろう。
 ハーレイに「これだよ!」と得意満面で説明出来たし、もしかしたら…。
(ぼくが焼いたんだよ、ってハーレイに御馳走出来たかも…)
 そういうことだってあったかもしれない、お菓子作りが好きな子だったら。
 母と一緒に作りたがるような、料理の上手な子だったら。
(……絶望的……)
 自分は全く当てはまらなくて、パウンドケーキ作りの時だけ出掛けて行ったら怪しいだけ。
 どうしてパウンドケーキなのかと母は訝ることだろう。
(…前のぼくの恩を返したいから、って言ったら出来る…?)
 ちょっといいかな、と思ったけれど。
 言い訳としては素敵だろうと考えたけれど、その場合。
(…上手く焼けるまで、練習ばっかり?)
 来る日も来る日もパウンドケーキで、おやつは毎日パウンドケーキ。
 それもどうかと思ってしまうし、ハーレイだって「またか?」とウンザリするだろうから。
(…ごめんね、作ってあげたいんだけど…)
 今は無理みたい、とハーレイに心で頭を下げた。
 いつかはママにちゃんと習うから、それまで待って、と。
 とっても作ってあげたいけれども、今のぼくには無理そうだから、と…。

 

         作ってあげたい・了


※ハーレイ先生にパウンドケーキを作ってあげたいブルー君。今の好物らしいから、と。
 けれど時間がかかりそうです、今、習ったら怪しすぎ。早くお母さんから習えますようにv





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(たまには手抜きも悪くないってな)
 今夜はコレだ、とハーレイが心に決めているメニュー。
 一人暮らしでも夕食に手抜きはしない主義だし、料理をするのも好きだけれども。
 ふと思い付いた、手抜きの極みの炒め物。
 それにしようと、あの味を食べてみたいからと。
(悪ガキどものお蔭で材料はあるし…)
 何かと言えば押し掛けて来たがる、柔道部員の教え子たち。
 夏場に来たなら定番は庭でのバーベキューだから、そのために買ってあるソース。
 手作りするのも美味しいけれども、ガツガツと食べる運動部員たちには…。
(猫に小判っていうヤツなんだ)
 ケチャップや隠し味の醤油や、おろしニンニクなども加えて作るソースは。
 彼らは味など気にしてはいない、質よりも量な運動部員。
 肉も野菜もとにかく沢山、量さえあったら大満足なのが運動部員の胃袋だから。
 かつては自分も所属していた世界なのだから、よく分かる。
(合宿なんぞでシェフを気取っても…)
 誰も値打ちが分からんしな、と思い出しても苦笑い。
 決められた時間と予算をやりくり、素敵に美味しく出来たと思っても誰も分かってくれなくて。
(美味い! の一言で終わりなんだ)
 工夫のことなど誰も意識せず、レシピを訊かれることもなかった。
 そういう世界にいたから覚えた、運動部員向きの手抜き料理を。


 懐かしくなった、あの頃の味。
 ただ豪快に炒めるだけで出来上がる料理、味付けは市販のバーベキューソース。
 今も教え子たちとのバーベキューのために買ってある。
 ああいうヤツらに手作りなんぞはもったいないと、どうせ味より量なのだから、と。
 そのバーベキューソースの瓶を引っ張り出し、「よし」と頷く。
 後は野菜を刻むだけだと、肉も適当に切るだけだと。
(しかしだな…)
 いざ夏野菜などを刻み始めたら、出てくる欲。
 どうせだったら美味しく食べたい、同じ手抜きな料理でも。
 むさ苦しい運動部員に囲まれて食べた学生時代も懐かしいけれど、今では自分の家もある。
(…わびしく手抜き料理というのも…)
 ちょっと寂しい、と加えることに決めたニンニク。
 スライスして入れてやるだけでグンと香ばしさも味も増すから。
 貯蔵場所から取って来た一欠片、薄皮を剥いたら更に凝りたくなってしまった。
 スライスよりかは、おろすのがいいと。
 ひと手間余計にかかるけれども、その方が風味がいいのだからと。
 ニンニクをおろすと決めてしまったら…。
(やっぱり肉にも下味ってな)
 そのままポイと放り込むより、塩コショウ。
 同じ振るならハーブ入りのだと、肉料理向けのハーブソルト、と。


 ついつい凝りたくなる料理。
 手抜き料理を作るつもりで始めた料理が、いつの間にやら。
 おろしニンニク作りもそうだし、切った肉に振ったハーブソルトも…。
(…なんだって揉み込んでいるんだか…)
 ローストビーフを作るわけではないんだが、と自分でも呆れる肉の下味。
 振っただけでは今一つかと、ハーブソルトをしっかりまぶして揉み込む自分。
 これでは手抜き料理どころか…。
(いつもの食事と変わらんぞ?)
 出来上がるのが手抜きな炒め物だというだけで、と苦笑してしまう料理好きの血。
 母はもちろん、釣り好きの父も自分で料理をする家だから。
 そんな血筋を引き継いだ上に…。
(…前の俺まで、料理ってヤツとは無縁じゃないと来たもんだ)
 間違いなく血だな、とクックッと笑う。
 キャプテン・ハーレイは料理をしなかったけれど…。
(…野菜スープだけは作っていたんだ)
 前のブルーに飲ませるために。
 寝込んでしまって食欲が失せて、何も食べないブルーのために。
 何種類もの野菜を細かく刻んで、基本の調味料だけでコトコト煮込んだ素朴なスープ。
 あのスープだけは前の自分の役目で、厨房のスタッフたちは作らなかった。
 ブリッジを抜けたり、勤務が終わった後に急いだり、何度あのスープを作ったことか。
 前のブルーのために煮込んだことか…。


(…あれも手抜きはしていないんだ)
 今でも小さなブルーが寝込むと、作りに出掛けてやるスープ。
 材料こそ酷いスープだけれども、味付けは手抜きの極みだけれど。
 初めてそれを作った時には、ブルーの母が見かねてアドバイスをしたほどだけれど…。
(あいつには、あの味だってな)
 味に凝るより、コトコトと煮込む手間の方。
 野菜がすっかり柔らかくなって透けるくらいに煮込む間に、スープに溶けだす優しい味わい。
 前のブルーはそれを好んだ、味付けは基本の調味料だけ。
 後は野菜の持っている味、それが溶け込んだ素朴なスープを。
 だから…。
(その分、手抜きは厳禁なんだ)
 入れる野菜は出来るだけ細かく刻むこと。
 早く熱を通そうと炒めたりせずに、じっくり時間をかけて煮ること。
 最初に軽く炒めておいたら、柔らかくなるのも早いのだけど。
 それではバターや油の味が混じって、ブルーの好む味にはならない。
(…ちょいとバターを落とせば美味いと思うんだがな?)
 今の自分はそう思うけれど、その発想も今だからこそで。
 スープが生まれた経緯を思えば、バターの風味は余計なもので。
 小さなブルーも「これはハーレイのスープじゃないよ」と首を傾げるのに違いない。
 いつもと味が違うけれどと、「いったい何を入れちゃったの?」と。


 今も昔も手抜きが出来ない、ブルーのために作る野菜のスープ。
 そんなスープを前の自分は何度も何度も作ったのだし…。
(もう本当に血なんだな、うん)
 料理に凝りたくなっちまうのは、と手抜き料理を作りにかかった。
 豪快に切った肉と野菜をフライパンへと放り込むだけ、それをジュウジュウ炒めるだけ。
 けれど、ここでも…。
(やっちまうんだ…)
 肉が先だ、と下味をつけた肉を炒めて、脇へとどける。
 いい具合に火が通った頃合い、そこで一旦、皿へと移す。
(俺は手抜きの料理をだな…)
 作ってるつもりなんだがな、と肉汁が残ったフライパンで炒め始めた野菜。
 本当だったら肉も野菜も一緒に入れるものなのに。
 肉が少々炒めすぎになろうが、焦げていようが、気にしないのが運動部員。
 量さえあればそれで満足、大皿にドカンと盛られていれば。
 それこそが手抜き料理の真髄、味の決め手は市販のバーベキューソース。
 たっぷり絡めてザッと炒めて皿に盛るだけ、たったそれだけ。
 なのに、何故だか凝っている自分。
 下味までつけて先に炒めた肉を後からフライパンに足し、それからバーベキューソース。
(なんだって、こうなっちまうんだか…)
 血だから仕方ないんだが、とバーベキューソースをフライパンへと入れていて。
 このくらいか、と味の加減を考えながら適量を入れて、仕上げの炒めにかかろうとして。


(…この味なあ…)
 ブルーは全く知らないんだっけな、と気が付いた。
 前のブルーが知るわけがないし、今の小さなブルーの方も。
 運動部などとは無関係な家で料理上手の母の料理で育ったブルーは、これを知るまい。
(美味いんだがな?)
 ここまで凝って作らなくても、バーベキューソースの味だけで充分、美味しく作れる。
 好き嫌いの無いブルーの舌なら、きっと満足だろう味に。
 それをこうして凝って作れば、手抜き料理の炒め物といえども…。
(あいつ、大喜びなんだ…)
 ブルーの笑顔が見える気がする、「美味しいね」と喜ぶ顔が。
 「これが運動部員の好きな味なの?」と、「美味しいから、また作ってよ」と。
 そうに違いない、と考えながら仕上げた料理。
 手抜きの極みの野菜と肉とのバーベキューソース炒め、運動部員の御用達。
 うっかり凝ってしまったけれど。
 味も調理も、こだわって作ってしまったけれど。


 大皿に盛り付け、炊き上がったばかりの御飯を茶碗によそって来て。
 さて、と取り分けて頬張った味は、懐かしい記憶の中の料理と…。
(似て非なるものか、これでいいんだか…)
 思い出の味は、ともすれば美味しさをプラスされがちだから。
 本物のそれを食べた時より、ぐんと美味しい記憶が残りがちだから。
(…こういう味ではなかった筈だが…)
 肉も野菜も焦げているのが定番だったが、と思うけれども、何故だか記憶と同じ味。
 ずっと美味しくなった筈なのに、遥かに美味しく出来上がっている筈なのに。
(…ふうむ…)
 これならブルーに自信を持って勧められるな、と思ったけれど。
 作ってやりたいと思ったけれども、今は叶わないその望み。


(チビのあいつに、俺の手料理は…)
 御馳走する機会が来ないのだった、野菜スープを除いては。
 前のブルーだった頃からブルーが好んだ、素朴なスープを除いては。
(…なんだかなあ…)
 手抜き料理でも今は作ってやれないのか、と考えると寂しくなるけれど。
 ブルーとの間に横たわる距離を思い知らされてしまうけれども、きっといつかは。
(俺が作って、あいつが横から覗き込んでて…)
 この料理だって二人で食べられるだろう、「俺の思い出の味なんだぞ」と。
 他にも幾つも、今の自分の思い出の味はあるわけだから。
 凝った料理も手抜き料理も、幾つも幾つもレパートリーがあるのだから。
 作ってやりたい、いつかブルーに。
 思い出の中身を語り聞かせながら、「美味いんだぞ」と片目を瞑りながら…。

 

        作ってやりたい・了


※ハーレイ先生の手抜き料理。運動部員時代の思い出の味ですが、凝ってしまうようです。
 いつかブルー君に御馳走する時も、凝ったバージョンで作るのでしょうねv





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(美味しかったー!)
 今日の晩御飯も美味しかったよ、と御機嫌で部屋に戻ったブルー。
 ハーレイは寄ってはくれなかったけれど、両親との夕食だったけれども。
 それでも美味しい、母が作る食事。
 どんな料理でも母は得意で、美味しく作ってくれるから。
 食が細くておかわり出来ない自分の胃袋、それが申し訳なく思えるほどに。
 自分くらいの年の男の子だったら、普通はもっと食べるだろうから。
(…みんな、食べ盛り…)
 友達は、みんな。
 いつものランチ仲間もそうだし、最近は御無沙汰しがちな遊び仲間だって。
(…ハーレイといる方が楽しいんだもの…)
 同じ休日ならハーレイと二人、その方が断然、有意義だから。
 キスさえ許して貰えなくても、恋人と過ごせる方がいいから。
 遊びに出掛ける機会はすっかり減ってしまった、何人もの遊び仲間たち。
 彼らも、それにランチ仲間も、よく食べる。
 気持ちいいくらいの食べっぷりだし、自分はとても敵わないけれど。
 その胃袋と比較したなら、もう本当に母には悪いのだけれど…。


 今日も色々と並んだ食卓、父はもちろんおかわりしていた。
 「そっちの煮物をさっきと同じくらいでだな…」といった具合に、おかずをたっぷり。
 それに合わせて御飯もおかわり、自分には無理としか言えない量を。
 母にしたって「もう少し」と自分のお皿に取り分けていたし、なんとも情けない自分。
(…ホントはぼくだって、食べ盛りなのに…)
 そういう年頃の筈だというのに、少しも容量が増えない胃袋。
 頑張って食べようと努力しても駄目で、そのせいか背までが伸びてくれない。
 いつぞや、挫折した大盛りランチ。
 食べたら大きくなれると思って学校の食堂で注文したのに、多すぎてとても食べ切れなくて。
(…ハーレイに食べて貰ったんだよ…)
 分厚いトーストなどを持て余して、すっかり困っていた自分。
 其処へ現れたハーレイが綺麗に片付けてくれた、食べ切れなかった大盛りランチを。
 本当だったら、そんな助けが現れなくても食べ切れるのが今の年頃だろうに。
 ランチ仲間も遊び仲間も、気持ちいいくらいに食べるのだから。


 母の素晴らしい料理の腕前、あれこれと考えてくれる献立。
 日々の努力の甲斐が全く無いだろう子供、それが自分で。
 他の子だったら、ランチ仲間や遊び仲間が母の子だったら、作り甲斐が…、と零れる溜息。
 なんて自分は駄目なのだろうと、母も張り合いが無いだろうにと。
(もっと沢山食べる子だったら…)
 おかわりは基本で、おまけに夜食。
 自分には信じられない世界だけれども、夜食なるものも今の年頃だと普通。
 勉強でなくても遅い時間まで起きていたなら、みんな夜食を食べるのだという。
 「お腹が空いた」と、「何か作って」と母に強請って。
 遅い時間にそれを平らげ、一晩眠れば、朝からしっかり朝食まで。
(…朝御飯だって…)
 たまに話題に上るのだけれど、自分の倍以上の量を軽く食べるのが仲間たち。
 それでも足りないと言っていたりする、ランチの時間まで持ちそうにないと。
 お腹が減ったから、頭も疲れて来そうだなどと。
(…本当に何か食べちゃう子だって…)
 教室を見回せば少なからずいる、コッソリと何か食べている子が。
 自分の家から持って来たのか、途中の何処かで買って来たのか。


 今の自分はそういう年頃、いくらでも食べられそうな年頃。
 食べ盛りな上に育ち盛りで、本当だったら、母も毎日腕を奮っているのだろうに。
 夕食はこれで足りるだろうかとドッサリ作って、朝食だって。
 注文があれば夜食も作ろうと材料を揃えて、日々、楽しみにしていただろうに。
(…夜食どころか、おかわりも無理…)
 それだけで済めばまだマシな方で、残してしまう日だってある。
 母が盛り付けておいてくれた量、それをきちんと読めなくて。
(…多すぎるよ、って先に気付いたら、ちゃんと減らして貰うんだけど…)
 失敗した日は、自分のお皿に食べ切れなかった料理が残ることになる。
 「ごめんなさい」と謝るけれども、母は「いいのよ」と笑顔で許してくれるけれども。
 無理に詰め込んで身体を壊してしまうよりは、と微笑む母。
 「パパが代わりに食べるとするか」と「ママの料理は美味いからな」と食べてくれる父。
 そういう光景が当たり前の食卓、「ママ、おかわり!」と元気一杯に器を差し出す代わりに。
 「後で夜食も作って欲しいな」と「御馳走様」の後で頼む代わりに。


 これでは駄目だと思うけれども、母にも申し訳ないけれど。
 小さな胃袋は広がらないから、容量が増えてはくれないから。
 とても美味しかった今夜の料理も、自分が食べた量はほんのちょっぴり。
 食べ盛りだとも思えない量で、「それじゃ大きくなれないだろうが」と父が笑う量。
(ぼくだって、もっと食べられたら…)
 母が喜んでくれるくらいに、張り切って夜食を作ってくれそうなほどに。
 それだけの量をペロリと平らげることが出来たらと、まるで駄目だと溜息をついて。
(…あれ?)
 ちょっと待って、と頭に引っ掛かったこと。
 今日の昼休みに誰が零していたのだったか、今夜の夕食の献立のことで。
(…苦手って言ってた…)
 そうだったっけ、と思い出したランチ仲間の一人の顔。
 祖父母からだったか、親戚からだったか、届いたらしい彼の苦手な食材。
 今夜は早速それの出番だと、苦手で食べたくないのにと。
(…だけど、食べないとお腹が減るし…)
 とても困ると愚痴を言っていた、今日の夕食は嬉しくないと。
 苦手な料理を食べない限りは、夜食も作って貰えないらしい。
 「夕食をきちんと食べなかったから、お腹が減っているんでしょう」と叱られて。
 食べなかった子供の夜食なんかは作らないから、と断られて。


 よくよく周りを見回してみれば、特に珍しくもない話。
 彼の場合は「苦手な食材が届いたことを知っていた」から先に出た愚痴、それだけのこと。
 今夜の献立が予測出来たから零していた愚痴、普通は不意打ちで現れる苦手。
(…みんな、色々あるんだっけ…)
 食材もそうだし、調理法だって。
 これは嫌だと、食べたくないと思う苦手はありがちなもの。
 お蔭で何度も耳にしている、食事を巡って繰り広げられる攻防戦。
 「食べないのなら明日のおやつは抜き」などは、そういった時の親の定番の台詞。
 下の学校の頃から「おやつ抜きの刑」を知っていた。
 それが「夜食抜きの刑」に変わったのが今、きっとおやつも…。
(セットで抜かれちゃうんだよ)
 我儘を言うならこうしてやる、とキッチンの主人の怒りを食らって。
 家に帰ればある筈のおやつ、それが出ないとか、隠されてしまって見付からないとか。


 そこまで考えて、「よし!」と自分に自信を持った。
 胃袋はとても小さいけれども、食事も残してしまいがちだけれど。
(好き嫌いだけは無いんだよ、ぼく)
 どんな食材も料理も平気。
 幼い頃から何でも食べる子、母はその点では困らなかった。
 生まれつき身体の弱かった自分、少しでも丈夫になってくれればと母が色々工夫した料理。
 それを「嫌い」と嫌がったことだけは無かったという、ただの一度も。
 体調が悪い時でさえなければ、いつも御機嫌で笑顔で食べた。
 「美味しいね」と、どんなものでも。
 今の友達が「子供時代の苦手料理」を話題にする時、トップに躍り出るようなものでも。
 どれも美味しくて、母の料理だと喜んで食べていたのが自分。
 好き嫌いが無かった、幼かった自分。
 それに今だって…。
(何が出たって食べちゃうしね?)
 今日、ランチ仲間が愚痴を零した食材にしても、それを使った料理にしても。
 どうすれば「苦手」になるのかが謎で、自分だったら美味しく食べる。
 料理上手の母が失敗しなければ。
 「焦げちゃったのよ」だとか、「お砂糖とお塩を間違えたのよ」とか、そういった場合。
 母に限って、それは決して有り得ないけれど。母は失敗しないのだけれど。


 何でも美味しいと思える自分。美味しく食べてしまえる自分。
(…ほんのちょっぴりしか食べられないけど…)
 母は張り合いがあることだろう。作った料理は何でも食べて貰えるのだから。
 「これは嫌い」とそっぽを向かれず、文句も言われはしないのだから。
 勝ったと思った、今が食べ盛りのランチ仲間や遊び仲間に。
 自分の方がずっと上だと、子供の頃から上だったのだと。
(でも、これは…)
 好き嫌いが無くて、何でも美味しいと思える理由。
 ハーレイと再会するまでは気付いていなかったけれど、今なら分かる。
(…前のぼくのせい…)
 アルタミラで餌と水しか貰えないまま、長い年月を過ごしたから。
 食べ物があれば嬉しいと思う自分が出来上がってしまって、生まれ変わってもそのままで。
(…ハーレイと探しに行くまでは…)
 約束をした、好き嫌いを探しに出掛ける旅。
 それに行くまでは、きっとこのままなのだろう。何でも美味しく感じるのだろう。
 少し寂しい気もするけれども、ランチ仲間には勝ったから。
(これでいいよね?)
 まだ暫くは、何でも美味しいと思える舌の自分で。好き嫌いの無い自分のままで…。

 

         何でも美味しい・了


※好き嫌いの無いブルー君。でも、食べられる量はほんのちょっぴり、食べ盛りなのに。
 そんなブルー君にも見付かるといいですね、好き嫌いが言える食べ物が、いつかv





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(うん、美味い!)
 買って来た甲斐は充分あった、とハーレイの顔に浮かぶ笑み。
 ブルーの家には寄り損なったけれど、こんな日ならではの気ままな夕食。
 食材を吟味し、あれこれ料理も楽しいけれども、一人暮らしでは難しいものもあったから。
 今日、買って帰った刺身の盛り合わせも、その中の一つ。
 SD体制が始まるよりも遥かな昔に、この地域の辺りにあった島国、日本。
 とても小さな国だったけれど、豊かな食文化を持っていた国。
 前の自分が生きた時代には何処にも無かった出汁や、他にも色々、和食の文化。
 刺身も日本で生まれた食べ方、今の自分には馴染みのもの。
 釣り好きな父のお蔭で幼い頃から食べていた。
 父が自分で魚を捌いて、「美味いぞ」と自信満々だったり、母が手際よく作っていたり。
(…だが、あの頃でも盛り合わせはなあ…)
 此処までバラエティー豊かじゃなかった、と眺める盛り付けた皿の上。
 鯛やヒラメや、マグロや海老や。
 父が友人たちと釣りに出掛けても、これだけの種類は揃わなかった。
 それに今でも…。
(俺が自分で刺身を作るのなら、だ…)
 せいぜい二種類といった所か、魚が一種類と、貝くらい。
 一人暮らしで無理のない量を買うならその程度だから、それが限界なのだから。


 何種類もの刺身を盛り付けた皿。
 次はコレだ、と取り箸で取ってはヒョイと小皿へ。
 刺身用にと買ってある醤油、それとワサビをつけて頬張る。
 新鮮な海の幸の数々、どれを選ぶのも自分の自由。
 順番などはありはしないし、家で食べるならマナーも要らない。
 行儀は全く気にしなくていい、「これはこうして食うのもいいな」と御飯茶碗に入れたって。
 温かい炊き立ての御飯に乗っけて、丼よろしく口に運んでも誰もチラリと見はしない。
 「刺身はそれだけで食べないと」という非難めいた視線が届きはしないし、自分の好みで。
 せっかく買って来た盛り合わせなのだし、心の底から満喫したい。
 「寿司ネタにもどうぞ」と書かれていた刺身、そう書かれるのも納得の味。
 父が釣って来た魚と同じに、身がシャッキリとしているから。
 噛んで固いというわけではなくて、舌で感じる新鮮さ。
 魚もそうだし、海老も貝も同じ。
 なんとも美味い、と嬉しくなる味。


 一人暮らしは長いのだから、小さなブルーが生まれた頃にはもうこの町に住んでいたから。
 刺身の盛り合わせも何度となく買った、食べたくなったら。
 今日はコレだと思った時には買って帰った、今日のように好きに味わっていた。
 温かい御飯に乗せて食べたり、本当に丼に仕立ててみたり。
 そうやって楽しんだものだけれども、今では価値がググンと増した。
(…なんたって地球の海の幸なんだ)
 前の自分が白いシャングリラで目指した地球。
 ブルーと二人で夢見ていた地球、宇宙の何処かにある筈の星。
 青い水の星にいつか行こうと、このシャングリラで辿り着こうと前のブルーと何度も語った。
 ブルーが守った白い船。自分が舵を握っていた船、それでゆこうと。
 地球に着いたら、真っ先に見えてくるだろう海。
 母なる地球を青く染める海原、地表の七割を覆うという海。
 青い地球には海がある筈で、テラフォーミングされた星の海より豊かな筈で。
(…魚だって山ほど棲んでるんだと思っていたしな…)
 そういう星だと夢に見た地球、その地球の海で獲れた魚や貝などが皿の上にある。
 どれから食べるのも自分の自由で、どんな食べ方をするのも自由。
 前の自分には想像も出来なかった贅沢な食卓、地球の刺身の盛り合わせ。


 こいつがいいと、最高なんだと、ヒョイと取り箸でつまんだトリ貝。
 トリ貝が最高という意味ではなく、最高なのは好きに食べる刺身。
 次はコレだとつまんだトリ貝、それを刺身醤油に浸そうとして。
(…待てよ?)
 美味いんだが、とトリ貝を箸でつまんだままで見詰めた、その独特の色と形を。
 前の自分がこれを見たならどう思うかと、これは食べ物に見えるだろうかと。
(…うーむ…)
 トリ貝だけがズラリと並んでいたなら、そういう食材と素直に納得しそうだけれど。
 こんな風に他の刺身とセットで盛り付けられた形で対面してしまったら…。
(…悩みそうだな、これも刺身の内なのかどうか)
 前の自分が生きた頃には、刺身自体が無かったけれど。
 似たものがあったならカルパッチョくらい、あれはこういう風にはならない。
 何種類もの魚や貝の身、それを一緒に盛りはしないから。
(トリ貝なあ…)
 異質だよな、とパクリと頬張り、「美味い」と顔を綻ばせる。
 これも立派に刺身の内だと、ちょっと見た目が異なるだけで、と。
 薄い切り身になって並んだ魚たちとは違うだけで、と。


 そういう視点で皿を見てみれば、なんとも不思議な取り合わせ。
 今の自分には馴染みだけれども、赤身の魚に白身の魚。
 子供の頃から刺身は何度も食べて来たから、どれも美味しいと知っているけれど。
(…さっきのトリ貝だけじゃなくてだ…)
 見た目もそうだし、刺身そのものが持つ味わい。
 好き嫌いのある子も多かった。「これは嫌だ」と食べない子供。
 食べる前から嫌がる子供に、食べても「やっぱり嫌だ」と言う子。
 特に珍しくはなかったのだった、そうした子供も。
 父の釣り仲間の子供にも多くいたから、自分は美味しい思いをしていた。
 一緒に釣りに出掛けた時には、「持って帰るか?」と分けてくれる大人も多かったから。
 「ウチの子はコレは好きじゃないから」と、「持って帰って食べるといいよ」と。
 刺身でなくても、煮付けが美味しい魚とか。
 焼くのが美味しい魚などでも、惜しげもなく分けて貰えたもので。
(…俺は何でも食えたからなあ…)
 子供の頃からまるで無かった好き嫌い。
 両親が躾けたわけでもないのに、「まあ、食べてみろ」と盛り付けられたわけでもないのに。


 今から思えば、恐らくは前の自分のせいだった。
 餌と水くらいしか与えられずに長く過ごしたアルタミラ。
 あまりに悲惨で、惨めに過ぎた実験動物時代の自分の食生活。
 それが影響していたのだろう、「食べ物は何でも美味しいものだ」と骨の髄まで染み透って。
 心に、記憶に深く絡み付いて、生まれ変わっても抜け落ちないで。
 だから何でも美味しく食べたし、好き嫌いだってしなかった。
 食べ物は美味しいものだから。
 生き物を飼うための餌とは違って、人の身体を、心を養うためにあるのが食べ物だから。
(…前の俺がそういう考えだしなあ…)
 トリ貝がズラリと並んでいようが、刺身にヒョッコリ混ざっていようが。
 前の自分なら「これも食べ物か」と迷いもしないで口に運んだことだろう。
 そして「美味い!」と喜んだだろう、また一つ新しい食べ物の味を覚えたと。
 これも人間が食べるものだと、餌とは全く違うのだからと。
(…そのせいで今の俺までが、だ…)
 好き嫌いの無い身になってしまった、食べ物が豊富な地球に来たのに。
 父の釣り仲間の子供たちのように、「これは嫌だ」と言ってかまわない世界に来たのに。


(お得な舌ではあるんだが…)
 どんな食材でも、調理法でも、美味しいと感じるのが自分。
 明らかに塩と砂糖を間違えただとか、丸焦げになってしまったものなら別だけれども。
(…それでもなあ…)
 些か損をしている気がする、今は我儘が言えるのに。
 好きなものは好きで、嫌いなものは嫌いだと言える素敵な時代に生きているのに。
 だからブルーと約束をした。
 いつか好き嫌いを探しに行こうと、自分たちにもきっと何かがあるだろうと。
 「これだけは駄目だ」と逃げ出したくなるような食べ物、それが見付かったら面白い。
 駄目なものが無くても、「なんとしてでも、また食べたい」と言いたくなるほど美味しい何か。
 そういった好き嫌いを探しに行こうと、あちこち旅をして回ろうと。
 けれども、それはまだ先の話。
 小さなブルーが前と同じに大きく育って、二人で旅に出られるようになってから。
 つまり、それまでは…。


(何でも素敵に美味いってことだ)
 前の自分が見た目で「食べ物なのか?」と悩みそうな気がしたトリ貝のような代物も。
 食べ物であれば、人の身体を、心を養うものでさえあれば。
 それも悪くはない人生。何でも美味しいと思える人生。
(損な気もするが、実際、何でも美味いんだしな?)
 今はこの舌を楽しんでおこう、好き嫌いが全く無い舌を。
 いつかブルーとそれを探しに行くまでは。
 好き嫌いを探しに旅に出るまでは、何でも美味しいと感じるお得な自分の舌を…。

 

        何でも美味い・了


※好き嫌いの無いハーレイ先生。ブルー君も同じですけど、お得なんだか、損なんだか。
 いつか見付かると嬉しいですよね、今は許される好き嫌いを言ってもいい食べ物がv






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