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(たったの十四年なんだけど…)
 それだけしか生きていないんだけど、とブルーが見回した部屋の中。
 今の自分が暮らしている部屋、両親がくれた子供部屋。
 一人息子の自分を可愛がってくれる両親が。
 いつも優しい、父と母とが。
 ほんの小さな子供の頃には、この部屋は遊びに使っていただけ。
 眠る時は両親の所へ出掛けた、でないと怖くて眠れないから。
 独りぼっちで真っ暗な夜を過ごすことなど、幼い自分には無理だったから。
(もうちょっと大きくなった後にも…)
 子供用のベッドを貰った後にも、夜中に引越ししていたりした。
 やっぱり一人の部屋は怖いと、独りぼっちでは眠れないと。
 今でこそしなくなったけれども、枕を抱えて引越してみたり。
 枕も持たずにパジャマ姿で「入れて」とベッドに潜り込んだり。
(大きくなるまでに十四年だよ…)
 ずいぶんかかった、と思うけれども、それでもたったの十四年。
 前の自分が眠り続けた十五年には及ばない。
 アルテメシアを後にしてから、赤いナスカで目覚めるまでの十五年間。
 本当に深く眠っていたから、時間の感覚はまるで無かった。ほんの一瞬にも思えた時間。
 十五年間もあったのに。
 今の自分が青い地球に生まれて、今の姿に育つまで。
 十四年で此処まで育って来たのに、前の自分はそれよりも長く眠り続けた。
 何もしないで、ただひっそりと。
 青の間のベッドに横たわったままで、十五年もの歳月を。


 あの年月があったとしたなら、どれほどのことが出来ただろう。
 赤いナスカを見て、あの星で育った作物に触れて。
 トォニィの誕生も祝えただろう、他のナスカの子供たちにも祝福の言葉を言えただろう。
 ジョミーを労うことだって出来た、アドバイスだって。
 ナスカで起こったという新しい世代と古い世代の間の対立、それも解決したかもしれない。
 前の自分が何か一言、言いさえすれば。
 アルタミラから共に生きて来た仲間たちには、自分の言葉が正しく思えただろうから。
 ジョミーが言ったら、「何を言うんじゃ」と一蹴されそうなことであっても。
 「それじゃ話にならないね」と鼻で笑われそうなことであっても、前の自分の言葉だったら…。
(…きっと、みんなは真面目に聞いたよ)
 その場では顔を顰めたとしても、きちんと考えてくれたのだろう。
 とても受け入れられないようなことでも、時間をかけて理解しようとしてくれただろう。
 「それがソルジャーの考えならば」と、けして頭から否定はせずに。
 間違っているのは自分の方かもしれないのだから、と慎重に。
(ソルジャーはジョミーだったけど…)
 それでも、先のソルジャーだった自分がいたなら事情は変わる。
 こっそりと意見を訊きに来る者も多かったろうし、意見を主張しに来る者も。
 「ジョミーにはとても従えない」と訴える者やら、愚痴を零しに来る者たちやら。
 その度に彼らと向き合って話し、自分の意見も述べていたなら。
 ナスカの扱いも変わっていたろう、古い世代がナスカを見る目も変わっただろう。
 頑なに「早く地球へと旅立つべきだ」と言い続けたりせずに、少し譲って。
 「いずれは地球に行くのだから」と、「この星に夢中にならないように」と。


 そうなっていたら、若い世代も頑固にナスカにしがみついてはいなかったろう。
 キースがシャングリラから逃げた段階、あそこで避難出来ただろう。
 「危険が去ったらまた戻ればいい」と白いシャングリラで。
 このまま二度と戻れないわけではないのだから、と誘導されるままに白い鯨に乗り込んで。
(…あんな対立が無かったら…)
 きっと彼らもそうしていた。
 ナスカに戻れる希望があるなら、白い鯨に乗っていた。
 けれど、古い世代の者たちはナスカを嫌い続けていたから、白い鯨に乗ったら終わり。
 「もうあの星へは戻らない」と一喝されて、まだ見ぬ地球へと旅立つしかない。
 せっかくナスカを手に入れたのに。
 希望に満ちた夢の大地を、踏み締めることが出来る地面を。
(…誰だって、それは捨てたくないよ…)
 前の自分やアルタミラからの仲間たちでさえ夢見た大地。
 宙に浮かんだ船の中が全ての世界ではなくて、二本の足で踏み締める地面。
 それに焦がれて、地球を夢見た。
 青い地球に着いたら降りられる地面、いつかはそれを手に入れようと。
 ナスカは地球の紛い物だった、二つの太陽と赤い大地と。
 地球のそれとは違ってはいても、若い世代には地球のようにも見えただろう。
 だから彼らは捨てたくなかった、あの赤い星を。
 シャングリラに乗って逃げる代わりに、赤いナスカに残ろうとした。
 シャングリラは二度と戻らないから。
 ナスカに戻りはしないのだから。


 その前提からして間違いなのに、と今の自分だから思う。
 嘘でもいいから、「一時的に避難するだけだ」と告げれば彼らも白い鯨に戻っただろう。
 なのに、誰もつかなかった優しい嘘。
 前の自分が十五年の歳月を起きたままで船で過ごしていたなら、その嘘もついていただろう。
 「今は危ないから、危険が去るまでシャングリラに」と。
 それが嘘だと誰も思わない、そんな雰囲気さえ作り出せていたに違いない。
 古い世代との対立は消えて、古参の者たちもナスカを認めていただろうから。
 「戻れるものなら、また戻ればいい」と誰もが口にしただろうから。
 けれども、つけなかった嘘。
 前の自分は十五年間も眠り続けて、何もしようとしなかったから。
 何も出来ずに眠っていたから、目覚めた時には、とうに全てが遅すぎた。
 ナスカに残ってしまった仲間と、そのせいで遅れたナスカからの脱出。
 キースがメギドを携えて戻るのに充分な時間、それをむざむざと与えてしまった。
 充分な時間は、自分たちの方にもあったのに。
 シャングリラに乗り込み、ナスカを離れて逃げていたなら、悲劇は起こらなかったのに。


(…やっぱり、ぼくが寝ちゃっていたせい…?)
 十五年もの長い時間を無駄に眠っていた自分。
 それに足りない十四年があれば、生まれたばかりの赤ん坊でも今の姿に育つのに。
 ちゃんと少年の姿に育って、夜も自分の部屋で眠れるようになるのに。
(前のぼくって、失敗しちゃった…?)
 眠ろうと思って眠ったわけではないけれど。
 単に力が尽きただけだけれど、目覚めると同時にキースと対峙し、最後はメギドも…。
(…あんな遠くまで、飛んで行って沈めた…)
 ナスカからは遠く離れたジルベスター・エイト、星と星との間を飛んで。
 それだけの距離を瞬時に飛び越え、まだ残っていたサイオンの力。
 飛ぶよりも前に、一度メギドの炎を受け止めていたというのに。
 ジョミーたちの助けがあったとはいえ、炎がナスカを直撃するのを防いだのに。
 その後で飛んだ、メギドまでの距離。
 飛び越えた上に沈めたメギド。
 あれだけの力が残っていたなら、十五年という長い時間も…。
(…細く長くなら、起きていられた…?)
 そんな気もする、青の間のベッドから起き上がることは出来なくても。
 ジョミーの相談役になったり、古参の仲間たちの愚痴を聞いたり、それくらいのことは。
 出来たかもしれない、眠らなければ。
 十五年を無駄にしなければ。


 深く眠ってしまったばかりに、前の自分はメギドを沈めて死んだのだろうか?
 もしも起きていたら、白い鯨で皆とナスカを離れられたろうか?
(…そしたら、ハーレイとも一緒…)
 ハーレイの温もりを失くしてしまって、独りぼっちでメギドで死にはしなかった。
 何処で命が尽きていたにせよ、ハーレイの温もりは持っていられた。
 ソルジャー・ブルーの右腕としてなら、キャプテンとしてなら、ハーレイは手を握れたから。
 死にゆく自分の手を握りながら、最期の言葉を聞こうと控えていただろうから。
(…でも、そうなったら…)
 今の自分は此処に生きてはいないだろう。
 ハーレイと二人で青い地球の上に生まれ変わってはいないのだろう。
(前のぼくが一人で頑張ったから…)
 ミュウの未来を守り抜いたから、神は奇跡を起こしてくれた。
 そう思えるから、前の自分は失敗してはいないのだろう。


(眠っちゃったことは失敗だったとしても…)
 メギドを沈めて守った未来。
 白いシャングリラは地球に辿り着き、青い地球まで蘇ったから。
 神が起こした本物の奇跡、生まれ変わって来た自分。ハーレイと二人。
(…きっと、生まれてくる前だって…)
 ハーレイと二人でいたんだよ、と眺めた右手。
 メギドで冷たく凍えてしまった、ハーレイの温もりを失くした右の手。
 それが冷たかったという気がまるでしないから、きっとハーレイも一緒にいた。
 この地球の上に、二人で生まれて来た奇跡。
 神が奇跡を起こした時まで、きっとハーレイの温もりが側にあったに違いない。
 前の自分が眠ってしまって無駄に費やした十五年よりも長い長い時を、ハーレイと二人。
 きっとそうだ、と笑みを浮かべる。
 今の自分が此処にいる奇跡、ハーレイと二人で地球に来られたことこそが奇跡なのだから…。

 

         此処に来た奇跡・了


※ブルー君が育って来た年月よりも、長い時間を眠り続けたソルジャー・ブルー。
 失敗だったと悔やむブルー君ですけど、「終わり良ければ全て良し」ですよねv





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(…この家に来てからも、けっこう経つな…)
 今やすっかり俺の家だ、とハーレイが見回した自分の寝室。
 眠る前に、ふと思い浮かべた隣町の家。
 今も両親が暮らしている家。
 庭に夏ミカンの大きな木がある家で育った、子供の頃には真っ白な猫のミーシャもいた。
 あの家から父と釣りに出掛けたし、母に料理も教わった。
 他にも沢山の思い出が詰まった、学生時代までを過ごした家。
(教師になろう、って決めた時にだ…)
 父が買ってくれたのが今の家。
 「いずれ嫁さんも来るんだから」と子供部屋までついていた。
 教え子も遊びに来るだろうし、とバーベキューなどが出来る庭まで。
 其処に一人で引越して来て、この町で始めた今の生活。
 馴染みの店などもすぐに出来たし、近所に知り合いも大勢出来た。
 道を歩けば挨拶してくれる人が何人も、ジョギングから戻れば飲み物をくれる人もいる。
 「丁度よかった」と呼び止めてくれて、自慢の手作りジュースの類。
 梅のジュースや八朔のジュース、色も鮮やかな紫蘇ジュースなど。
 「御馳走になります」と有難く飲んで、それから走る残り僅かになった道。
 嬉しい心遣いのお蔭で、羽が生えたように軽くなる足。
 元々、重くはないけれど。
 自分のペースで楽々と走っているのだけれども、心が弾むと空を飛ぶよう。
(あいつは空は走らなかったが…)
 走っていたわけじゃないんだが、と恋人の顔を思い出す。
 今は小さくなったブルーを、生まれ変わって来たソルジャー・ブルーを。


 何ブロックも離れた所に、今のブルーが住んでいる。
 まだ十四歳にしかならない子供で、両親と一緒に暮らしているブルー。
 前のブルーは空を飛べたのに、今のブルーはまるで飛べない。
 サイオンを上手く扱えないから、前と同じにタイプ・ブルーでも何も出来ない。
 空を飛ぶどころか心も読めない、それが今のブルー。
(…上手い具合に、俺はこの町に来ちまったんだ…)
 ブルーが生まれてくるとも知らずに、それよりも前に。
 まだ母親の胎内に宿りもしない内から、この町で教師になろうと決めた。
 隣町でも、教師のポストはあったのに。
 今の自分の経歴だったら、何処でも採用して貰えたのに。
 柔道も水泳もプロの選手にならなかっただけ、学校にとっては欲しい人材。
 クラブの指導を任せておいたら、素質のある生徒が在籍していれば必ず結果を出せるから。
 大会に出られて賞だって取れる、プロ級の自分が才能を伸ばしてやるのだから。
(…何処でも教師になれたんだがなあ…)
 隣町でも、もっと遠くにある町でも。
 泳ぐのが好きだし、海辺の町に行くという選択もあった。
 その道を選んでいたとしたなら、シーズンになれば海で泳ぎ放題。
 泳げない季節も父に仕込まれた釣りを楽しむとか、海辺ならではの充実した日々。
 なのに、何故だか、来てしまった町。
 小さなブルーが生まれてくるのだと、まるで気付いていたかのように。


 ただ単純に「この町がいい」と思って選んだ今の町。
 家を買って貰って住んでいるのも、考えてみれば不思議ではある。
 通おうと思えば通える距離だし、そうする人も多いから。
 隣町から勤めに来る人も、逆に隣町へと朝から出勤してゆく人も。
(…なんだって、此処に来たんだか…)
 小さなブルーと再会してから、何度も不思議に思ったこと。
 どうしてこの町にやって来たのか、此処に住もうと決めたのか。
 何度も何度も考えたけれど、これという理由が見当たらない。
 「この町がいい」と自分が思った、それだけのこと。
 特に気に入った場所があったとか、何処かに行くのに便利だとか。
 そうした小さな理由さえも無い、この町に住もうと決めたこと。
(此処に、この町があったから、としか…)
 格好をつけて言うのだったら、それより他には無いだろう。
 SD体制が始まるよりも遥かな昔の登山家の言葉、それをもじって。
 「どうして山に登るのか」と問われて、「そこに山があるから」と答えた登山家。
 地球が燃え上がった時に失われた、かつての地球の最高峰。
 未踏峰だった峰の頂を目指して、二度と帰らなかった登山家。
 今の自分は彼のように後世に名前を残しはしないだろうけれど、彼の言葉を借りるしかない。
 「此処に、この町があったから」と。
 だから自分は引越して来たと、この町で教師になったのだと。


(マロリーなあ…)
 確かそういう名前だったか、あの登山家は。
 彼が戻って来なかった日から、長い歳月が流れた後。
 別の登山家が彼を見付けた、真っ白な蝋の塊のようになってしまった彼の身体を。
 彼はエベレストの頂を見たのか、そうではないのか。
 それは分からないままだった。
 持っていた筈のカメラは見付からなかったから。
 けれども彼の言葉は残った、遥かな後まで。
 地球が一度は滅びた後まで、再び青く蘇るまで。
(…そういうヤツもいるってこった)
 しかし俺だって負けてはいない、と思い描いた小さなブルー。それに前のブルー。
 ソルジャー・ブルーと言えば知らない人などはいない、今の世界には。
 前の自分の名前も同じで、キャプテン・ハーレイの名を知らないのは幼い子供くらいなもの。
 それも本当に小さな子供と赤ん坊だけ、学校に行けばすぐに教わる。
 前のブルーの名も、自分の名前も。
 エベレストを目指したマロリーの名前を知らない人は多くても…。
(前の俺たちの名前を知らないヤツはいないんだ)
 ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ。
 誰もが知っている名前。
 写真も教科書に載っているのだし、ブルーの場合は写真集まである有様。
 それほどに偉大なキャプテン・ハーレイ、もっと偉大なソルジャー・ブルー。
 今も言葉が残る登山家より、エベレストに消えたマロリーよりも。


 その自分たちが再び出会った、この地球の上で。
 今の自分が引越して来たこの町で。
 「此処に、この町があったから」としか言えない理由でやって来た町で。
 あまりに不思議に過ぎる出来事、どう考えても…。
(偶然ではない筈なんだ…)
 きっと何処かで、神の力が働いた。
 神が起こしてくれた奇跡で、また自分たちは巡り会えた。青い地球の上で。
 そう考えることが一番自然で、いつもその答えに辿り着く。
 どうしてこの町にやって来たのか、それを考え始める度に。
(俺はあいつを待っていたんだ…)
 そのためにやって来たのだろう。この町に引越して来たのだろう。
 いずれブルーが生まれてくる日を待とうと、一足お先に住んで待とうと。
(そうやって待って、あいつと出会って…)
 失くした筈のブルーと出会って、また始まった自分たちの恋。
 前の自分たちの恋の続きが始まったけれど、今度は結婚するのだけれど。
(…それまでの間は何処にいたんだ?)
 これも分からない、解けない謎。
 小さなブルーも覚えてはいない、この地球の上に生まれてくる前。
 何処にいたのか、どうやって長く遥かな時を飛び越え、此処に生まれて来たのかを。


(そいつがサッパリ分からないんだ…)
 思い出せやしない、と頭を振った。
 前の自分の最後の記憶は、死の星だった地球の地の底。
 カナリヤと呼ばれていた人間の子供たち、それにフィシスを白いシャングリラに送った後。
 崩れ落ちて来た天井と瓦礫、それが自分を押し潰した。
 そこで記憶は途切れてしまって、今の自分に続いている。
 まるで分からない、抜け落ちた時間。
 地球が蘇るほどの長い長い時を何処で過ごしたのか、それが謎のまま。
(…マロリーの言葉を借りるんなら、だ…)
 こう言ってみたい、「そこにブルーがいたから」と。
 何処であっても、何処であろうとも、自分はブルーと共にいたのだと。
 今は覚えていないけれども、ブルーがいたのだろう何処か。
 そこでブルーと二人で過ごして、この地球に来たと思いたい。
 何の証拠も無いのだけれども、ブルーが側にいた気がするから。
 一人ではなかったように思うから。
(此処にこの町があったから、と同じで…)
 そこにブルーがいたのだと思う。
 何処であっても、何処にいたとしても。
(うん、きっとそうだ)
 そして俺たちは地球に来たんだ、と浮かんだ笑み。
 何処にいたんだか、今も謎だが…、と。
 きっとブルーと離れずにいた。
 何処であっても、何処にいたとしても、そこにブルーがいた筈だから…。

 

        此処に来た理由・了


※ハーレイ先生がブルー君と同じ町に住んでいる理由。偶然だとは思えないのですが…。
 考えても分からないらしい理由、きっと神様が起こした奇跡の一つなのでしょうねv





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(…前のぼくだったら…)
 絶対に上手くいったんだけど、と小さなブルーが零した溜息。
 ハーレイが訪ねて来てくれた日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドの端にチョコンと腰を下ろして。
(上手く不意打ち…)
 したと思った、油断していたハーレイを。
 ハーレイの膝の上に座って甘えて、他愛ないお喋りなんかもして。
 すっかりハーレイが油断した頃、スルリと首に回した両腕。
 前の自分がやった通りに、「ぼくにキスして」と。
 表情も上手に作ったと思う、前の自分に似せたと思う。
 ハーレイがドキンとするらしい顔、前の自分がキスを強請った時の表情に。
 ところがコツンと小突かれた額、キスは貰えもしなかった。
 「チビのくせに」と、「キスは駄目だと言っただろうが」と。
 それはすげなく断られたキス、おまけに膝から下ろされた。
 「さっさと自分の椅子に戻れ」と、「悪戯小僧にはそれが一番のお仕置きだ」と。
 そう言われたら、もう膝の上には戻れないから。
 また座りたいと視線を向けても、ジロリと睨まれただけだから。
 仕方なくスゴスゴと戻るしかなかった、自分の椅子に。
 テーブルを挟んで向かい側にある、本来、自分が座るべき椅子に。


 ションボリと椅子に腰掛けた途端、ニヤリと笑みを浮かべたハーレイ。
 「お前、バレていないと思っていたのか?」と。
 どうやらすっかりバレていたらしい、自分の企み。
 油断させておいてキスを貰おうと思った、ハーレイの不意をつく企み。
 ハーレイは全てお見通しだった、最初から。
 自分がハーレイの膝の上に座った時から、正確に言うなら座る前から。
(…心が零れちゃってたなんて…)
 何度もそれで失敗したから、自分でも気付いている弱点。
 ふとしたはずみにポロリと零れる心の欠片が問題なのだ、と。
(…どうせ不器用…)
 前の自分のようにはいかない、心を遮蔽する力。
 今の時代は誰でも自然に出来るというのに、自分もその中の一人に含まれる筈なのに。
 どうしたわけだか、今の自分はサイオンの扱いが不器用だから。
 前と同じにタイプ・ブルーで、最強の力を持っている筈なのに、駄目だから。
 心の欠片がポロリと零れる、ワクワクしている時には、特に。
 名案を思い付いたと自分で嬉しくなるような時は、もうコロコロと零れてしまう。
 そしてハーレイに拾い上げられる、「こんなことを考えているのか」と。
 どんな企みも計画もバレる、いともアッサリと心のせいで。
 遮蔽まで不器用な心が零した欠片のせいで。


 そんなわけだから、今日も失敗。
 キスの代わりに小突かれた額、もう溜息をつくしかなくて。
(…前のぼくなら…)
 絶対、失敗しないんだけどな、と嘆いた所でどうにもならない、今の能力。
 決して自分がチビなせいではないだろう。
 ソルジャー・ブルーだった頃の自分より小さいせいではないだろう。
(…だって、前のぼく…)
 アルタミラでは、とうに立派なミュウだったから。
 今と変わらない姿形で、強いサイオンに目覚めたからこそ始まった悲劇。
 成人検査をパスする代わりに、実験動物になってしまった。
 檻に押し込められ、繰り返された人体実験。
(今のぼくだと、パス出来そうだよ…)
 ミュウだとバレずに、そのままスルリと。
 記憶を消される件はともかく、人間扱いはして貰えたろう。
 サイオンなんぞは無いも同然、心もポロリと零れるような不器用さでは。
 マザー・システムもそれと気付かず、検査は終わっていただろう。
 養父母の記憶は薄れてしまっていただろうけれど、自分でも気付かないままで。
 今日から大人の仲間入りだと、ドキドキしながら教育ステーションに旅立ったろう。
 前の自分が、今の自分のように不器用だったら。
 タイプ・ブルーとは名前ばかりで、心の中身が零れ放題の子供だったなら。


 世の中、なんとも上手くいかない。
 持っている力が逆様だったら、前の自分には幸せな人生があっただろう。
 ミュウとして閉じ込められる代わりに、教育ステーションで教育を受けて、別の人生。
(今のぼくだって…)
 強い力を持っていたなら、ハーレイに心を読まれはしないし、今日だって。
 上手くいったらキスが貰えて、今頃はホクホクしていたかもしれない。
 次もハーレイの隙を狙おうと、油断させるのがいいらしいと。
(…ホントのホントに、逆様だったら良かったのに…)
 そしたらお互い平和だった、と前の自分を思い浮かべてみたけれど。
 あの時代の教育ステーションの制服はまるで知らないから、後の時代のを着せてみたけれど。
(…きっと似合うよね?)
 今の自分の制服とは違った、キースやシロエが着ていた制服。
 あれも似合っていただろう。
 銀色の髪に赤い瞳のアルビノの自分には、黒っぽい服も映えるのだから。
 少し大人びた雰囲気になって、落ち着いた「お兄ちゃん」といった感じで。
 そうやってステーションの制服を纏って、勉強をして。
 いつか何処かでハーレイと会って…、と考えた所で気が付いた。
 その人生を歩んでいたなら…。


(…もしかして、ハーレイとは出会えないまま?)
 前の自分は、ハーレイよりもずっと年上だったから。
 成長を止めていたせいで子供の姿を保っていただけ、ハーレイの方が大人だっただけ。
 それに自分の姿にしたって…。
(…アルビノじゃないよ…)
 サイオンが目覚めてミュウになったのが、前の自分の変化の引き金。
 それまではアルビノなどではなかった、ごくごく普通の姿の子供。
 金色の髪に青い瞳で、銀色の髪に赤い瞳の前の自分はいなかった。
 顔立ちはともかく、アルビノでなければ…。
(…前のぼくでも、目立たないかも…)
 ハーレイに出会っても、「ふうん?」と思われておしまいだった可能性もある。
 恋人にはならずに、友達にさえもならないままで。
(それに、会っても、ぼくが年上…)
 遥かに年上だった自分が前のハーレイと出会う頃には、どんな姿になっていたのか。
 第一、ハーレイが成人検査でミュウと判断されていたなら…。
(前のぼくが研究者だったってことも…)
 まるで無いとは言えないのだった、どんなコースを歩むかは機械が決めていたのだから。
 ミュウを研究する学者の道を歩んでいたなら、もしハーレイと出会ったとしても…。
(…睨まれて終わり…)
 きっとハーレイには嫌われただろう、嫌うどころか憎まれただろう。
 そして自分も、ハーレイのことを…。
(…ただの実験動物だ、って…)
 人とは思わず、酷い実験をしたのだろう。
 ハーレイに恋をする代わりに。
 生まれ変わっても、また出会えるほどの強い絆を育む代わりに。


 それは困る、と肩をブルッと震わせた。
 前の自分と今の自分のサイオンの力が入れ替わった人生、その方が素敵に思えたけれど。
 お互い、幸せな人生になると思ったけれども、もう、とんでもない勘違い。
 下手をしたなら、ハーレイと出会っても憎まれるだけ。
 自分の方でもハーレイを好きになりもしないで、酷い実験を繰り返すだけ。
(…そんな出会いになってたら…)
 今の幸せな人生は無くて、ハーレイと二人、青い地球に生まれては来なかった。
 生まれたとしても他人同士で、きっと出会っても…。
(…ただの先生と教え子なんだよ)
 ハーレイは自分に恋してくれない、もちろんキスもしてくれない。
 唇へのキスは絶対に無いし、頬や額への優しいキスも。
 前の生の記憶もお互いに無くて、憎んだり、憎まれたりは無かったとしても…。
(…ハーレイは、ぼくを好きになったりは…)
 してくれないだろう、ただの教え子なのだから。
 自分の方が何も知らずに恋したとしても。
 前の生でハーレイに自分が何をしたのか、まるで知らずに恋をしても。
 ラブレターを書いて渡したとしても、「好きです」と打ち明けに行ったとしても…。
(きっと、笑われておしまいなんだよ…)
 ハーレイの顔が見える気がする、「それはお前の勘違いだな」と微笑む顔が。
 「そいつは恋じゃなくって憧れってヤツだ」と、「俺はお前のヒーローなだけだ」と。
 そうして多分、誘われるのだろう、「なら、柔道部に入らないか?」と。
 「俺と一緒に練習できるし、きっとお得だと思うんだがな?」と。


 とんでもないことになってしまうらしい、前の自分のサイオンが不器用だった時。
 今の自分の不器用なサイオン、それと取り替えてしまった時。
 ハッピーエンドになりはしなくて、悲惨な結末になりそうだから。
 おまけに前の自分が前のハーレイ相手に、酷い実験までしていそうだから。
(…ぼくは不器用だった方が平和…)
 そうなのだと思う、前の自分と取り替えるよりは。
 前の自分の強いサイオン、それが今も自分のものだったなら、と思うけれども…。
(…取り替えちゃったら、大変だしね?)
 ハーレイと恋に落ちるどころか、憎まれて終わりな前の生。
 そして生まれ変わった今、ハーレイに恋を打ち明けてみても実らずに終わりそうだから。
 最悪の場合、そうなることもありそうだから、と溜息をついて諦めた。
 今の自分は不器用だけれど、きっとその方がいいんだよ、と。
 ハーレイとキスも出来ないけれども、心の欠片が零れてばかりの不器用なぼくで、と…。

 

        不器用なぼく・了


※サイオンの扱いが不器用すぎるブルー君。前の自分と取り替えたら丁度良さそうですが…。
 そうなった場合、ハーレイ先生との恋が駄目になりそう。不器用な方がいいですよねv





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(…今日も心が零れてたってな)
 つくづく不器用になったもんだ、とハーレイの唇から零れた笑み。
 ブルーの家へと出掛けた日の夜、コーヒー片手に入った書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりのコーヒー、それを飲みながら思い返す恋人。
 今日も会って来た小さな恋人、前の生から愛したブルー。
 青い地球の上に生まれ変わって、名前も同じにブルーだけれど。
 透けるような肌に銀色の髪と赤い瞳で、アルビノなのも同じだけれど。
 小さくなってしまった恋人、十四歳にしかならないブルー。
 前の生でメギドへと飛んだブルーは、逝ってしまった愛おしい人は少年の姿で帰って来た。
 アルタミラで出会った頃の姿で、あの頃とそっくり同じ顔立ちで。


(しかし中身が違うんだ…)
 同じ中身でもサイオンの方が、と可笑しくなる。
 前のブルーはソルジャーだったし、誰よりも強いサイオンを誇っていたのに。
 ジョミーが来るまでは一人しかいなかったタイプ・ブルーで、誰も敵いはしなかったのに。
(…敵うどころか、レベルが違いすぎたってもんだ)
 誰も足元にも及ばなかったサイオン能力、全てにおいて。
 防御力ではタイプ・ブルーに匹敵すると言われた前の自分の力も、本当にそこまでだったのか。
 比べてはいないし、勝負してもいない。
 だから分からないし、きっと敵わなかったと思う。
 それが今では…。
(この俺に勝てやしないんだ)
 あいつときたら、と小さなブルーを思い浮かべて深くなる笑み。
 今日も心が零れていたな、と。


 人間が皆、ミュウになっているのが今の世界で。
 誰でも持っているのがサイオン、マナーとして心は読まないもの。
 そうしなくとも、普通は遮蔽が出来るもの。
 息をするようにごくごく自然に、誰もに備わっている筈の力。
(その辺を歩いていたってだな…)
 誰かの心が零れてはいない、コロコロと転がって来たりはしない。
 ベビーカーに乗っているような赤ん坊でも、母親と手を繋いだ幼稚園児でも。
(泣き喚いていれば話は別だが…)
 ショーウインドウの前でオモチャが欲しいと踏ん張っているとか、菓子を欲しがるとか。
 感情が爆発している時なら、心が零れていることもある。
 その子が欲しいものが何なのか、何が目当てで懸命に駄々をこねているのか。
 もっとも、そういう時になったら…。
(心と同時に言葉の方でも叫んでいるしな)
 あれを買って、と誰の耳にも聞こえる声で。
 買ってくれるまで帰らないんだから、と指差していたり、見詰めていたり。
 零れた心を拾わなくても誰にでも分かる、その子のお目当て。
 微笑ましくなる子供の我儘、泣き喚いてのおねだり攻撃。
 心がポロリと零れ落ちるほどに、遮蔽すら出来なくなっているほどに。


 今はそういう時代なのだし、よほどでなければ心の中身は零れていない。
 通りすがりに拾えはしないし、教室にいても拾えない。
 自分が授業をしている最中に、けしからぬことを企む生徒がいようとも。
 「先生は絶対、気付かないから」と机の下で別の本を読むとか、そういったこと。
 彼らの心は零れてこなくて、自分の目で見抜いてやるしかない。
 あそこの生徒はどうも怪しいと、顔付きからして授業を聞いてはいないようだ、と。
 そうして見付けて近付いてゆけば、生徒の方では気付いていなくて本に夢中で。
 もしも心が零れていたなら、ワクワクと本の世界の住人になって…。
(冒険の旅をしていやがったりするんだろうな)
 きっと愉快な心の欠片がキラキラと零れているのだろうけれど、それは落ちていない。
 だから机をトンと叩いてやる、「面白いか?」と。
 「楽しい旅をしているようだが、今は伝説の勇者か、うん?」と。
 飛び上がらんばかりに驚く生徒は、それは見もので。
 その瞬間に「しまった」と零れ落ちる心、ギクリと飛び跳ねた心臓の音。
 けれども、その先は落ちてはこない。
 「没収だな」と本を取り上げられても、顔に「そんな…」と書いてあるだけ。
 どうすべきかと悩む心は零れてこなくて、だから余計に面白い。
 いつ謝りにやって来るのか、それすらも読めはしないから。


 要は心が落ちていない時代、幼い子供も学校の生徒も心を滅多に零さない時代。
 なのに小さなブルーときたら…。
(零れ放題だと言うべきだろうな)
 何を考えているのか手に取るように分かる、ブルーの心が弾んでいれば。
 ワクワクと期待に溢れていたなら、もう本当に零れ放題の心。
 煌めくようにコロコロと零れ落ちては、自分が拾うことになる。
 またしてもキスを狙っているなと、まったく懲りない困ったヤツだと。
(キスは駄目だと言ってあるのに…)
 あの手この手で強請るのがブルー、唇へのキスを。
 こうすればキスが貰えるだろうかと計画を練っているのがブルー。
 上手くいくだろうと思った時にはポロリと零れるブルーの心。
 そして自分が拾い上げてしまう、「またか」と心で苦笑しながら。
(…キス以外でも、だ…)
 ふとしたはずみに零れているのがブルーの心で、コロンと零れて落っこちている。
 ブルーが言うには、両親には拾えないらしいのだけれど。
 どうやら自分が敏いらしいけれど、それにしたって…。
(…前のあいつだと、いくら俺でも…)
 そうそう読めはしなかったんだ、とコーヒーのカップを傾ける。
 あいつの本当の心の中は、と。


 前のブルーが完璧に遮蔽していた心。
 強引に読みはしなかった。
 ブルーはそれを望まないから、そうしようとしても恐らく読めはしないから。
 大切なことはブルーが言葉にするまで待っていた。
 ブルーがそれをしないのだったら、それは「誰にも言いたくない」こと。
 知られたくないと思っているだろうこと、それを読み取ってはならないと。
 たとえブルーが腕の中で深く眠っていても。
 「今なら読める」と思った時でも、ただの一度も。
 ブルーの方でも、眠っている時も心が零れはしなかった。
 遮蔽された心は常に閉ざされ、眠りでさえも崩せなかった壁。
(…そのせいで、俺は…)
 ブルーの言葉を聞き損なった。
 きっとブルーは言うつもりすらも無かった言葉だろうけれど。
 固く封じて、自分がそれを思ったことすら…。
(…きっと気付いちゃいなかったんだ…)
 そうなのだと思う、ブルーはソルジャーだったから。
 前の自分の恋人であるよりも前に、ソルジャー・ブルーだったのだから。


 遠く遥かに過ぎ去った昔、流れ去った長い時の彼方で別れた時。
 メギドへとブルーが飛び立つ直前、ブリッジで交わした短い会話。
 あの時、ブルーは自分に「言葉」を送って寄越した、触れた腕から滑り込ませて。
 他の誰にも届かない思念、それで「ジョミーを支えてやってくれ」と。
 何も返せず、聞いているしかなかった言葉。
 ブルーとの別れになるだろう言葉。
(頼んだよ、ハーレイ、っていうトコだけしか…)
 他の者たちには聞こえなかったのだった、あの時、ブルーが残した言葉は。
 まさかブルーが死に赴くとは、誰も気付きはしなかった。
 何を頼んだのかが分からないのだし、ナスカの仲間やシャングリラのことだと思っただろう。
 けれども自分にだけは分かった、これが別れの言葉なのだと。
 ブルーは二度と戻らないのだと、シャングリラには帰って来ないのだと。
(それなのに…)
 ただの一言も届かなかった、別れの言葉。
 三百年以上も共に暮らして、恋をして、一緒だったのに。
 あれほどに深く愛し合ったのに、「さようなら」とも「愛していた」とも。
 ブルーは欠片も残さずに行った、メギドへと飛んで行ってしまった。
 きっと最後に想っただろう、前の自分への言葉は何も。
 恋人への立ち切り難い想いは、ほんの小さな欠片でさえも。


(…何も無かったわけがないんだ)
 前の自分へのブルーの想い。
 それを抱いてメギドへ飛んだからこそ、ブルーはメギドで独りぼっちになってしまった。
 右手に持っていた前の自分の温もりを失くして、泣きじゃくりながら逝ってしまった。
 そんな悲しい最期を迎えたのなら、あの時、ブルーの心には、きっと…。
(さよならも、俺への言葉も、きっと…)
 本当は確かにあったのだろう。
 ブルー自身も気付かなかったかもしれないけれども、抑え難い想いが、強い想いが。
 なのにブルーは何も伝えず、読み取られもせずに行ってしまった。
 固く遮蔽した心は漏れては来ないから。
 欠片が零れて落ちはしないから。
 それを思えば…。


(とことん不器用になったな、あいつ)
 今では零れ放題の心。
 小さなブルーの心は零れて、自分には拾い放題だから。
 不器用なブルーも愛らしいと思う、それが嬉しくてたまらない。
 ブルーが心を隠さなくても済む世界。
 青く平和な地球の上に来たと、今のブルーは心が零れ放題でもかまわないのだから、と…。

 

        不器用なあいつ・了


※サイオンの扱いが不器用なのがブルー君。ハーレイ先生、心の欠片を拾い放題らしいです。
 けれど、前のブルーでは、それは有り得なかったこと。ハーレイ先生、幸せでしょうねv





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(…雨になっちゃう?)
 ちょっと心配、とブルーが庭から仰いだ空。
 起きた時には青空だったのに、いつの間にか雲が出ていたから。
 空の半分を雲が覆って、太陽も隠れてしまったから。
(ハーレイが来てくれる日なのに…)
 雨は嫌だよ、と祈るような気持ちで庭に出て来た。
 ハーレイは雨でも来てくれるけれど、ちゃんと車で来るのだけれど。
(…やっぱりお天気の方がいいよね?)
 柔道と水泳が得意なハーレイ、運動が好きな今のハーレイ。
 晴れた日だったら、何ブロックも離れた場所から歩いて此処までやって来る。
 「俺にとっては散歩だからな」と、軽い運動を兼ねての道中。
 帰り道も歩いて帰ってゆくから、きっとハーレイは本当に歩くのが好きなのだろう。
(ぼくだと、とっても歩けないけど…)
 歩こうとしても途中で倒れてしまいそうだけれど、ハーレイにとっては散歩の距離。
 途中で目にした花の話や、出会った動物の話やら。
 そういう土産話も幾つもして貰ったから、好きなのに違いない散歩。
 雨になったら散歩は出来ずに、車で来るしかないわけで。
 ハーレイの楽しみが減りそうだから、と見上げた空。
 この雲は雨を降らせるだろうか、と。


 雲の見方はよく分からないし、さほど詳しくもないけれど。
 十四歳の今まで生きて来た自分の経験からして、この雲ならば…。
(大丈夫だよね?)
 その内に流れて消えて青空、と頷いた。
 早かったならば、家に入って朝食を食べる間にも。
 母が用意をしているトースト、それから卵が一個のオムレツ。
 父に「もっと沢山食べないとな?」とよく言われるから、もしかしたら今日も…。
(…ソーセージが来ちゃう?)
 注文してもいないのに。
 ソーセージは父が食べるものなのに、その父の皿からフォークで「ほら」と。
 「分けてやろう」と、「一本やるぞ」と。
 休日の朝によくある光景、断り切れないソーセージ。
 今日も来るかもしれないけれども、こうして庭まで出て来たのだし…。
(いつもよりかは、ちょっと運動…)
 その分、お腹も減っていますように、と家に戻った。
 運動したから、ソーセージもきっと大丈夫、と。
 雨が降りそうにない雲と同じで大丈夫だよね、と。


 けれど、少々、甘かった読み。
 ダイニングに入ってテーブルに着いたら、「庭に出てたな」と笑顔の父。
 「ちゃんと体操して来たか?」などと訊くものだから。
 体操って、と訊き返したら、父が言うのは朝の体操。
 朝一番に庭に出たなら体操するもの、それが子供の健康づくり。
 そうは言われても、体操などはしていないから。
 雲を眺めに出ただけだから、「やってないよ」と答えるしかなくて、嘘は言えなくて。
 「いかんな」と父にジロジロ見られた、「それでは丈夫になれないぞ」と。
 ハーレイ先生のようになりたかったら…、とニヤリと笑った父。
 体操しないのなら食べることだと、まずは身体を作らないと、と。
「庭に出たなら、少しは運動になっただろうし…。今日は二本だな」
 しっかり食べろ、と父の皿からソーセージが二本。
 一本でも多いと思っているのに、二本もポンと入れられた。
「酷いよ、パパ!」
 朝からこんなに食べられないよ、と言ったのに。
「なあに、時間をかければ大丈夫さ。なあ、ママ?」
「そうねえ、ゆっくり食べれば入るわよ」
 きちんと噛めば、と微笑んだ母。
 「ハーレイ先生がいらっしゃるまでには、充分時間があるでしょう?」と。
 学校に遅刻するわけではないから、残さずにちゃんと食べなさいね、と。


 庭に出て空を見上げたばかりに、ソーセージが二本。
 一本でも自分には多すぎるというのに、二本も。
(…こんなに沢山…)
 無理だと言っても、聞いてはくれなかった両親。
 母は普段と同じ分だけトーストをキツネ色に焼いてくれたし、オムレツだって。
 ミルクを減らせば大丈夫かも、と思ったけれども、ミルクは大切。
 前の自分と同じ背丈に育ちたいなら、欠かせないミルク。
 そんなわけだから、ソーセージが二本増えた分だけ、頑張るしかなくて。
 父が「御馳走様」と席を立った後も、母がすっかり食べ終えた後も…。
(…なんで、ぼくだけ…)
 ポツンと一人で残されたテーブル、たった一人きりの朝食の席。
 お皿の上には手強い朝食、父が増やしたソーセージ。
 食べ終わらない限り、このテーブルとは別れられない。
 自分の椅子にチョコンと座って、モグモグとやっているしかない。
(…独りぼっち…)
 あんまりだよ、と思ったけれども、もっと悲しい独りぼっちを知っているから。
 前の自分がメギドで迎えた、悲しすぎる最期を知っているから。
(…朝御飯で独りぼっちでも…)
 文句は言えない、キッチンには母がいるのだから。
 父はリビングに行ったか、二階の部屋か。
 それにハーレイも、もう少しすれば家を出て此処へと散歩を始めてくれるのだから。


 独りぼっちでも我慢しよう、と頬張った父のソーセージ。
 父は平気でペロリと何本も平らげるけれど、自分にとっては大敵で。
 フォークで口へと運んで一口、また一口と齧るだけ。
(ちっとも減らない…)
 ガブリと大きく齧らないから、当然と言えば当然だけど。
 ほんの少しずつ食べていたのでは、一向に減りはしないのだけど。
 とんでもないことになってしまった、と独りぼっちの朝のテーブル。
 いつになったら此処から脱出できるのだろう、とソーセージと格闘していたら。
(あっ、晴れてる…!)
 まるで気付いていなかった。
 トーストやオムレツやソーセージと戦いを繰り広げていて、外を見ていなかったから。
 窓の外など、見ている余裕が無かったから。
 知らない間に晴れていた空、明るく射し込む朝の太陽。
 雲は何処かへ消えてしまった、庭から仰いで思った通りに。
 その内に晴れると予想した通り、綺麗な青空。
 そこにぽっかり白い雲がある、羊みたいにフワフワの雲が。
 空を半分覆っていた雲、それの名残が。
(…ぼくとおんなじ…)
 残されちゃってる、と雲に覚えた親近感。
 「御馳走様」と消えてしまった両親、テーブルに独りぼっちの自分。
 それと同じに雲も置き去り、一つだけ残った白い雲。


(…羊みたい…)
 フワフワのモコモコ、と窓の向こうの空を眺めた。
 雲の羊が一匹だけ。
 仲間の羊は行ってしまったのに、どういうわけだか一匹だけ。
(…朝御飯かな?)
 他の羊は食べ終わって行ってしまったのだろうか、「御馳走様」と次の所へ。
 飛び跳ねて遊べるような何処かへ、走り回れる空の原っぱへ。
 残った一匹は食事の最中、そういうことだってあるかもしれない。
 「全部食べなさい」と言われた分だけ、食べ終わらないと一緒に行けないだとか。
(…そうなのかも…)
 雲の羊が空にいるよ、と心強い気分になってきた。
 自分と同じで食事が終わらない、頑張って食べている羊。
 一人ぼっちのテーブルだけれど、雲の羊でも、空に仲間がいるのなら…。
(頑張らなくっちゃ…!)
 羊と競争、とソーセージを齧ってモグモグ噛んだ。
 食べ終えるまでに羊の雲が去って行ったら、また置き去りにされるから。
 空に仲間がいる間にと、雲の羊がいてくれる内に、と。


 白い雲の羊と競争で食べて、頑張って。
 やっと食べ終えられた朝食、キッチンの母に「御馳走様」と言うことが出来た。
 お腹は一杯になったけれども、なんとか食べられた多すぎた朝食。
(羊のお蔭…)
 雲の羊に出会えたお蔭、と二階の自分の部屋に戻って見上げた青空。
 風が出て来たのか、食事を終えたか、雲の羊が流れてゆく。
 仲間の雲たちが去った方へと、ふわりふわりと。
(早く追い付けるといいね)
 先に行っちゃった仲間たちに、と雲の羊を眺めていたら。
(…前のぼく…)
 独りぼっちで終わりだった、と蘇って来たメギドでの記憶。
 仲間たちを乗せた白いシャングリラを守るためにと、たった一人で死んでいった自分。
 飛び立つシャングリラの姿すらも見られず、独りぼっちで。
 ハーレイの温もりも失くしてしまって、右手が冷たく凍えてしまって。
(…雲の羊…)
 せっかく自分と一緒に食事をしたのだから。
 朝御飯を頑張って食べたのだから、独りぼっちで消えて欲しくない。
 ちゃんと仲間に追い付いて欲しい、前の自分は駄目だったけれど。
 独りぼっちで死んでしまったけれども、白い雲の羊は消えずに仲間の所まで。


 頑張って其処まで辿り着いてと、仲間の所へ、と雲が流れてゆく方の部屋に飛び込んだ。
 そっちの窓から外を見たなら、仲間が見えるかもしれないから。
 行ってしまった羊の仲間が、白い雲の羊の大きな群れが。
(雲の羊…!)
 お願い、と覗いた窓の外。
 待っていてあげて、と眺めた青空、もう一匹の雲の羊が待っていた。
 ダイニングにいた時は気付かなかった羊、見えなかった白い羊が一匹。
 そして、その向こうに羊の群れたち。
(あの雲の羊…)
 きっと恋人、と白い羊の雲を見上げた、残された羊を待っていた雲の白い羊を。
(ぼくとハーレイみたいだよね)
 雲の羊は二匹一緒に空を流れてゆくのだろう。
 仲間の羊の群れの所まで、二匹で仲良く青空を歩いて。
 朝から出会えた素敵なカップル、きっといい日になるに違いない。
 もうすぐハーレイがやって来るから、自分の所にも恋人が訪ねて来てくれるから…。

 

        白い雲の羊・了


※ブルー君が見付けた白い雲の羊。一匹だけだと思っていたら、恋人の羊がいたようです。
 雲の羊でも、前の自分と重ねてしまったからには、幸せになって欲しいですよねv






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