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(あのチビめ…)
 何が上着だ、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 ブルーの家へと出掛けて来た日に、夜の書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりコーヒー、熱いそれをコクリと飲むけれど。
 頭の中には小さな恋人、十四歳にしかならないブルー。
 今日は日曜、昨日に続いてブルーの家で過ごしたけれど。
(あいつ、昨日から時々まじまじ見てたんだよなあ…)
 何度も気付いた、自分を見詰めていた瞳。
 けれども、顔を見ていたわけではなかったから。
 「なんだ?」と問えば、慌てて視線を上げていたから、不思議ではあった。
 いったい何が気に懸かるのかと、ブルーは何を見ているのかと。
(俺の服に何かついてるのかって…)
 そうでなければ、ボタンが取れかかっているだとか。
 自分でも視線を落としたけれども、特におかしい所は無くて。
 ブルーに訊いても「ううん、別に…」と曖昧な返事が返っただけ。
(だからだな…)
 それ以上、尋ねはしなかった。
 ロクでもないことを考えそうなのがブルー。
 子供ならではの飛躍っぷりで、キスも出来ない仲ゆえの不満。
 尋ねたら墓穴を掘ると思った、とんでもないことを頼まれたりして。


 そんな具合で過ごしたのが昨日。
 「またな」とブルーに手を振った時も、何故だか同じ視線を感じた。
 ブルーは自分を見ていたけれども、同じに服も。
(もう絶対に服だと思うよな?)
 原因は服に違いない、と確信したから、家に着くなりチェックした服。
 最初は瞳で、次は鏡で。
 それで結果が謎だったから、風呂に入るのに脱いだ時にも…。
(前も後ろもしっかり眺めて、ついでに振って…)
 バッサバッサとやってみたけれど、何も落ちてはこなかった。
 ブルーの興味を引きそうなものは、ただの一つも。
 服にくっつきそうな草の種やら、食べたお菓子の欠片やら。
 それに染みさえついていなくて、ますますもって深まった謎。
(…あいつ好みの服だったかとも思ったんだが…)
 確か、前にも着て行った筈。
 その時はブルーは普通だったし、何よりも服が気に入ったなら…。
(お洒落だよねとか、いい色だとか…)
 ブルーならきっと言うだろう。
 「その服、いいね」と触ろうとしたり、「ハーレイらしいよ」と顔を輝かせたり。
 けれど、全く無い記憶。
 褒められたとも、ブルーが喜んだとも。


 まったく謎だ、と風呂に入って、服はきちんと片付けた。
 ちょっと羽織るのに丁度いい上着、毎日洗うものでもないから。
 ハンガーにかけて、軽くはたいて、伸ばしておいて。
(でもって、今日は違うのをだな…)
 シャツに合わせて、また違う上着。
 それを羽織って出掛けて行ったら、またまじまじと見詰めたブルー。
 テーブルを挟んで、お茶とお菓子で寛ぐ合間に。
 ふと気付く度に服に視線で、そうなってくると原因は…。
(服のデザインとかじゃなくて、だ…)
 自分にあるか、でなければ上着そのものか。
 とはいえ、訊いたら墓穴を掘るから、やはり守っておいた沈黙。
 もちろんブルーと話は弾んでいたのだけれども、服のことには全く触れずに。
 そうしたら…。
(いきなり、スーツと来たもんだ)
 小さなブルーはそう言った。
 「あのね」と、「今度、スーツを着て来た時に…」と。
 スーツ姿でブルーの家を訪ねてゆくのは、仕事の帰りに寄った時だけ。
 てっきりスーツに興味があるのだと、頭から信じたものだから。
 「俺のスーツがどうかしたか?」と素直に返した。
 スーツは自分の仕事着だから。
 教師としての自分の制服、暑い夏以外は着込む物。
 それに関心でもあるのだろうと、軽い気持ちで、考えもせずに。


 ところが、ブルーが続けた言葉。
 それに思わず目を剥いた。
 小さなブルーは、「ちょっとお願いがあるんだけれど…」と言い出したから。
(…お願いと来たら、嫌な予感しかしないよな?)
 相手はチビのブルーだから。
 何かと言えば「ぼくにキスして」と強請ってくるのがブルーだから。
 まさかスーツでキスをしろとか、そういった無茶。
 きっとそれだと身構えた途端、ブルーは笑顔でこう続けた。
 「スーツの上着を貸してくれない?」と。
 ちょっと羽織ってみたいんだよね、と頼まれたから。
 お安い御用だ、と引き受けようとして、心に引っ掛かったこと。
 どうして上着を羽織りたいのか、それもスーツだなどと言うのか。
 上着だったら今も着ているし、昨日も別のを着ていたから。
 しかもブルーは上着をまじまじ…。
(見ていやがったし、と気になって…)
 キーワードは多分、上着なのだ、と探った記憶。
 今の自分の物とは違って、遠く遥かな昔のもの。
 キャプテン・ハーレイだった頃だ、と探し始めたら、答えはストンと降って来た。
 なにしろ、モノが上着だから。
 キャプテン・ハーレイの上着と言ったら、制服だけしか無かったから。


(悪ガキめが…!)
 ブルーが何を思い付いたか、何をしようと考えたのか。
 ピンと来てしまえば、「悪ガキ」としか思えなかった小さなブルー。
 愛くるしい顔をしているけれども、もうとびきりの悪戯小僧。
(俺の上着を着ていやがったんだ…!)
 チビではなくて、前のブルーが。
 ソルジャー・ブルーだった頃のブルーに向かって、「着ていやがった」は無いけれど。
 あの頃には「また着ているのか」と愛おしかっただけで、抱き締めていたものだけれども。
 一番最初は、確か自分が青の間に行くのが遅くなった日。
 待ちくたびれて、ベッドでうたた寝していたブルー。
 よりにもよって、前の自分の上着を羽織って。
 キャプテンの制服の上着を纏って、ベッドにぱたりと倒れ込んで。
 何事なのかと驚いたけれど、寂しかったらしいソルジャー・ブルー。
 青の間で独り待たされる内に、ついつい羽織ったキャプテンの上着。
 瞬間移動で、失敬して。
 それを羽織って、前の自分の温もりを感じたつもりになって…。
(安心して眠っちまったってな)
 それが上着を盗られた始まり。
 前の自分が遅くなったら、ブルーはちゃっかり着込んでいた。
 アンダーの上からガウンよろしく、キャプテンのための重い上着を。
 華奢なブルーには大きすぎる上着、それに包まれて、さも嬉しそうに。


 しっかり記憶が蘇って来たら、チビのブルーの魂胆も読めた。
 あの頃の幸せをもう一度、と狙っているのが自分のスーツ。
(普段着の上着じゃ駄目なんだ…)
 それは制服とは違うから。
 下に着ているシャツに合わせて、気まぐれに変えるものだから。
 スーツの上着もワイシャツと合わせはするけれど…。
(形はどれも似てるしな?)
 だからこその今の自分の制服。
 普通の服ほど流行は無くて、どれもデザインは似たり寄ったり。
 だからブルーは目を付けた。
 キャプテンならぬ今の自分の制服、それを羽織って恋人気分、と。
 今の自分に包まれたつもり、そんな気分を味わいたいと。
(チビのくせして、一人前に…!)
 あの頃のお前と全くサイズが違うだろうが、と睨みたい気分。
 「今のお前はただのチビだ」と、「俺の上着はまだ早いんだ」と。
 前のブルーが着込んでいてさえ、ブカブカだったキャプテンの上着。
 愛らしくて笑いを誘った姿。
 けれども、今のブルーが自分のスーツの上着を羽織ったならば。
(デカすぎるなんてモンじゃなくてだ…)
 もう本当に笑うことしか出来ないだろう。
 愛おしいだとか、抱き締めたいとか、そう思う前に。
 なんて不格好で傑作なのだと、まるで案山子に着せたようだと。
 それに、ブルーはキスも出来ない子供でチビ。
 恋人気取りで羽織る上着は早すぎるから。


 「おい、お前」とチビのブルーを睨んでやった。
 俺はすっかり思い出したぞと、キャプテンの俺の制服だよな、と。
 「うん、そう!」と顔を綻ばせたブルー。
 あの頃の気分になってみたいから、今度、スーツの上着を貸して、と。
 悪びれもせずに、ウキウキと。
 「思い出してくれた?」と、「次に着て来た時に貸して」と。
 お願い、とブルーは強請ったけれど。
 スーツの上着を貸して欲しいと、羽織らせて欲しいと頼んだけれど。
 「馬鹿め」と額を小突いてやった。
 「もっと大きく育ってから言え」と、「俺と暮らすようになってからだな」と。
 みるみる唇を尖らせたブルー。頬っぺたもプウッと膨らませて。
 「ハーレイのケチ!」と決まり文句で、それは見事に膨れたけれど。
 プンスカと怒り始めたけれども、「断る」と放って帰って来た。
 そうして今に至ったわけで、次に会う時は、きっと平日。
 スーツを纏っているだろうけれど、生憎と今の自分の上着は…。
(あいつにはまだ早すぎるんだ)
 貸してやらん、とコーヒーのカップを傾ける。
 ブカブカの上着は、それが似合いの姿のブルーになってこそ。
 もっとも、スーツの上着ではきっと、絵にはならないだろうけど。
 キャプテンの上着だったからこそ似合ったんだ、と可笑しくなってくるのだけれど…。

 

       羽織られた上着・了


※キャプテンの制服の上着を借りて着ていた前のブルー。今のブルーの狙いはスーツ。
 けれど却下なハーレイ先生、思い出す前なら貸したんでしょうね。何も知らずにv





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(まだまだ結婚出来ないんだけど…)
 チビなんだから、と小さなブルーがついた溜息。
 自分の部屋で、パジャマ姿で、壁の鏡を覗き込んで。
 其処に映っている自分。
 何処から見たって子供でしかない、十四歳にしかならない自分。
 結婚出来る年はまだ先、十八歳にならないと無理。
 早くハーレイと暮らしたいのに。
 夜になったら、今の自分はポツンと一人。
 ハーレイの家に行けはしなくて、独りぼっちで残される。
 もっとも、今日は…。
(ハーレイ、最初から来てないけどね…)
 仕事の帰りに寄ってはくれなかった恋人。
 寄ってくれたら、この部屋で二人、お茶とお菓子をお供に過ごして。
 その後は両親も一緒の夕食、それから帰ってゆくハーレイ。
 「またな」と軽く手を振って。
 自分をポツンと置き去りにして。
 それが寂しくてたまらない。
 置いてゆかれるのはチビだから。
 今日、ハーレイと夕食を食べられなかったのもチビだから。
(…結婚してたら、いつでも一緒…)
 こんな風に置き去りにされる代わりに、二人での暮らし。同じ屋根の下で。


 早くその日が来ないものかと考えるけれど、まだ先のこと。
 十八歳にならないと無理で、チビの自分には夢のまた夢。
 なにしろ、キスさえ出来ないのだから。
(前のぼくと同じに育たないと駄目…)
 ハーレイにそう言われてしまった。
 前の背丈と同じに育て、と。
 育つまでは、キスは額と頬だけだな、と。
 結婚は無理で、キスも駄目。
 なんとも悲しくてたまらないから、せめて夢では…。
(会いたいんだけどな…)
 一緒に暮らせるハーレイに。
 キスを交わして、その先のことも。
 本物の恋人同士が過ごす時間も、自分にくれるハーレイに。
 けれども、邪魔をするのが自分。
 前の自分がヒョイと出て来て、ハーレイを横取りしてしまう。
 あちらは大きく育っているから、夢のハーレイとキスを交わして。
 愛も交わして、ハーレイを横から攫ってしまう。
 チビの自分は夢でも置き去り、自分の身体を乗っ取られて。
 目が覚める度に大きな溜息、「ぼくじゃなかった…」とつく溜息。
 夢の中では幸せだけれど、目覚めてみたら不幸な自分。
 幸せだったのは前の自分で、チビの自分はいなかったから。


 ハーレイも、前の自分も、今の自分を置き去りにする。
 ポツンと一人で置いてゆかれる。
 ハーレイは「またな」と家に帰るし、前の自分は夢のハーレイを…。
(横から攫って行っちゃうんだよ…)
 チビの自分が気付かない内に。
 小さい筈の身体を勝手に育ててしまって、前の自分がちゃっかりと。
 何度そういう夢にやられたか、悲しくて数えたくもない。
 夢の中では幸せなのに、起きた途端に不幸になる夢。
 「ぼくじゃなかった…」と肩を落として、溜息をついてしまう夢。
 たまには育ってみたいのに。
 大きくなれた、と思う夢を見て、ハーレイと幸せに過ごしたいのに。
(…どうせ、無理…)
 きっと見られないに決まっているから、溜息交じりに入ったベッド。
 今夜も前の自分にしてやられるのか、それともメギドの夢になるのか。
 メギドよりかは、前の自分にハーレイを盗られる方がマシ。
 痛くない分だけ、悲しくて辛くならない分だけ。
 メギドの悪夢がやって来たなら、本当に独りぼっちだから。
 もうハーレイには二度と会えないと、泣きじゃくりながら死ぬ夢だから。
 ハーレイの温もりを失くしてしまって、右手が冷たく凍えてしまって。
(あんな夢よりは…)
 前のぼくにハーレイを盗られる方が、と思うけれども、悔しい気持ち。
 どうして自分は置き去りなのかと、夢でハーレイと暮らしたいのに、と。
 無理だと分かっているけれど。
 夢は決して、思い通りにならないけれど…。


 ふと気付いたら、目の前にハーレイ。
 前のハーレイではなくて今のハーレイ、ちゃんとスーツを着ているから。
 優しい笑顔で見下ろしていて…。
「じゃあ、行ってくる」
 またな、と頬に落とされたキス。
(えっ…?)
 なんで、とポカンと見開いた瞳。
 ハーレイは仕事用の鞄を抱えて、「じゃあ、行ってくる」と言ったから。
 「またな」は何度も聞いているけれど、「行ってくる」は初めて聞いたから。
 けれど、ストンと納得した。
 ハーレイが車に乗り込んだから。
 窓を開けて手を振り、そのまま走り去ったから。
(ハーレイの家…)
 そうだよね、と幸せ一杯で見回した家。
 家も、庭にも見覚えがある。
 たった二回しか来ていないけれど、チビの自分は知らないけれど。
 どうやら今は、此処が自分の家らしいから。
 ハーレイと二人で住んでいる家、ハーレイが「行ってくる」と出勤してゆく家。
(…いつの間に結婚したんだっけ?)
 分からないけれど、間違いなく此処が自分の家なのだろう。
 そうでなければ、ハーレイが「またな」と出勤して行く筈がないから。


(お嫁さん…)
 ハーレイのお嫁さんになれたらしい、と緩む頬。
 なんて幸せなのだろう。
 独りぼっちにされはしないし、置き去りにだってなることはない。
 同じ家で暮らしているのだから。
 いつもハーレイと一緒だから、と思ったけれど。
(…ハーレイ、仕事に行っちゃった…?)
 そうだったっけ、と眺めたガレージはとうに空っぽ。
 前のハーレイのマントの色をしている車は、ハーレイが運転して行ったから。
(えーっと…)
 ハーレイは何時に帰るのだったか、「またな」とキスは貰ったけれど。
 「行って来ます」のキスを頬っぺたに貰ったけれども、帰る時間を聞いてはいない。
 早く帰るのか、遅く帰るのか、それも知らないのが自分。
(でも、夕方には帰るよね?)
 仕事で遅くならない限りは。
 それに、ハーレイが遅く帰っても…。
(二人で御飯…)
 帰るのを待って、二人で御飯。
 ゆっくりと食べて、食べ終わったら片付けをして…。
 ふふっ、と赤くなった頬。
 夜もハーレイと一緒だものね、と。


 ハーレイは仕事に出掛けたのだし、自分も頑張るべきだろう。
 まずは掃除、と早速始めることにした。
 前の自分も綺麗好きだったから、少しも苦にはならない掃除。
 ピカピカにしようと張り切ったのに…。
(何処もピカピカ…)
 掃除の出番は無さそうだった。
 早起きして掃除をしてしまったろうか、家中、すっかり。
 キッチンを覗いても、お皿もカップも片付いた後。
 綺麗に洗って、きちんと拭いて。
(…ハーレイなのかな?)
 一人暮らしが長かったから、つい、習慣で。
 自分が家にいるというのに、それまで通りに掃除も、朝食の後片付けも。
(ハーレイらしいと思うけど…)
 少しくらいは残しておいて欲しかった。
 自分のために何か仕事を、と考えた所でポンと頭に浮かんだ考え。
(パウンドケーキ…!)
 あれを焼こう、という思い付き。
 ハーレイが好きなパウンドケーキ。
 「おふくろが焼くのと同じ味なんだ」と、嬉しそうに食べるパウンドケーキ。
 焼いておいたら、きっと喜ばれるから。
 帰って来るなり大喜びで食べて、御礼のキスもくれそうだから。


 パウンドケーキを焼かなくっちゃ、と捲った袖。
 母が焼くのと同じ味のを、と勇んで焼こうとしたけれど。
(…どうやるんだっけ…?)
 ママのレシピは、と探し回っても見当たらない。
 材料は揃っているというのに。
(小麦粉とバター、砂糖に卵…)
 それぞれ一ポンドずつ使って作るから、パウンドケーキ。
 小麦粉もバターも、砂糖も、卵も…。
(一ポンドって…?)
 何グラムなの、と思い知らされた自分の無知。
 肝心のレシピが分かっていないし、考えてみれば…。
(…焼いたことない…)
 記憶にある限り、ただの一度も。
 母に習った覚えが無い。
 結婚したなら、ハーレイのために焼こうと心に決めていたのに。
 おふくろの味のパウンドケーキを母に習って、その味の通り。
(なんで練習して来なかったの…!)
 ぼくの馬鹿、と泣きそうな気持ちで突っ立っていたら、扉が開いて。
「おっ、パウンドケーキ、焼いてくれるのか?」
 これは楽しみだ、と笑顔のハーレイ。
 忘れ物を取りに戻ったんだが、と。
「えっと…。パウンドケーキ…」
 焼けないんだけど、と言うよりも前にギュッと抱き締められて。
 「帰ったら早速、お茶にしような」とハーレイは再び行ってしまった。
 パウンドケーキに期待したままで。


 どうしても思い出せないレシピ。
 レシピがあっても、焼いたことが無いパウンドケーキ。
(どうしたらいいの…?)
 ポロリと涙が零れた所で目が覚めた。
 真っ暗な部屋で、自分のベッドで。
(…夢だった…?)
 ホッとしたけれど、幸せどころか情けない気分だった夢。
 ハーレイの夢も、二人きりの家も、望み通りに見られたけれど…。
(正夢になったら困るじゃない…!)
 忘れなくちゃ、とクルンと身体を丸くした。
 眠り直して忘れなければ、正夢になってしまいそうだから。
 いつかハーレイと結婚した時、本当になったら嫌だから。
 今度は幸せな夢がいいな、と丸くなる。
 パウンドケーキを上手に焼けるぼくがいいな、と。
 レシピさえもまだ知らないくせに。ただの一度も、焼いていないくせに…。

 

          夢で見た恋人・了


※ブルー君の夢は、ハーレイ先生と一緒に暮らすこと。夢は見られたようですけれど…。
 焼こうと思ったパウンドケーキが作れない夢。忘れてしまう方が良さそうですねv





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(俺が見付けたわけじゃないしなあ…)
 そうそう上手くはいかないよな、とハーレイがついた小さな溜息。
 夜の書斎で、コーヒー片手に本を開いて。
 古典の授業で馴染みの竹取物語。
 「かぐや姫」の方が多分、通りがいいだろう。
 何の気なしに手に取った一冊、たまには古い物語を、と。
 竹から生まれた小さな小さな女の子。
 月の都から来た姫君。
(これがまた早く育つんだ…)
 竹の節の中に入っていたほど、小さな子供。
 すくすく育って、アッと言う間にそれは美しい姫君に。
 求婚者が列をなすほどに。
 噂を聞き付けた帝までもが、姫を欲しいと言い出すほどに。
(こんな具合に、あいつも育ってくれればなあ…)
 十四歳にしかならない、小さなブルー。
 おまけに少しも伸びない背丈。
 「ゆっくり育てよ」とは言ってあるけれど、その方がいいと思うけれども。
 たまに育って欲しくなる。
 前のブルーと同じ姿に、同じ背丈に。
 失くしてしまった愛おしい人、気高く美しかった人。
 会いたくてたまらない時もあるから、「早く育ってくれれば…」と。


 かぐや姫の物語を開いたばかりに、羨ましくなった月の姫君。
 小さなブルーも同じに早く育ってくれればいいのに、と。
(しかしだ、俺が見付けたわけじゃないから…)
 望むだけ無駄というものだろう。
 竹藪で光る竹を見付けて、ブルーに出会ったわけではないから。
 無欲な竹取の翁だからこそ、幸運に恵まれたのだから。
(…俺もブルーを探してたわけじゃないんだが…)
 竹藪ならぬ、生徒が大勢集う教室、それに学校。
 そういう所で仕事をしていて、竹を採る代わりに生徒を教える。
 教師になってから幾つも移っていった学校、ブルーの学校には五月から。
 年度始めに少し遅れて、今の学校にやって来た。
(竹を採りには行っていないが…)
 生徒を教えに行っただけだが、と考えてみる自分の境遇。
 そこでバッタリ出会ったブルー。
 光り輝いてはいなかったけれど。
(あいつが光っていたんなら…)
 きっと青だな、と思い浮かべる前のブルーのサイオンカラー。
 あんな風に青く輝くだろうと、きっと美しいに違いないと。
(金色の竹じゃないんだな)
 青く輝く竹なんだな、と重ねた竹取物語。
 教室が竹藪だったなら、と。


 もしも教室ならぬ竹藪、其処で光る竹を見付けていたら。
 竹の中から小さなブルーを取り出したならば…。
(きっと、すくすく育つんだ…)
 かぐや姫のように、ぐんぐんと。
 昨日よりも今日、今日よりも明日と、それは素晴らしい速さで育つ。
 見る間に前のブルーと同じに育って、美しい人になるのだろう。
 求婚者が列をなすほどに。
 今の時代に帝は何処にもいないけれども、そんな人まで欲しがるほどに。
(…だが、俺のだしな?)
 ブルーは俺のブルーだから、と考えた所で気が付いた。
 これは竹取物語。
 自分の立場は竹取の翁、つまりはブルーの育ての親で。
(…俺のブルーには違いなくても…)
 親の立場で「俺のブルー」。
 求婚者たちがやって来たなら、ブルーを持ってゆかれるのだろう。
 親ではどうにもならないから。
 多分、結婚出来ないから。
(おいおい、そいつは困るってもんで…!)
 光る竹は勘弁願いたい、と本をパタリと閉じた。
 長く待たされる羽目になっても、ブルーと結婚したいから。
 いくらブルーが早く育っても、育ての親では駄目だから。


 今日は此処まで、と本棚に戻しておいた本。
 書斎を後にし、コーヒーを飲んだ愛用のカップも片付けた。
 それから、ゆったり入った風呂。
 温まったら、パジャマに着替えて寝室へ。
(…今日もいい日ではあったんだ)
 小さなブルーの家に寄れたし、仕事の方も順調だった日。
 いい日だった、とベッドに入れば、直ぐに眠りが訪れる。
 寝付きはとてもいい方だから。
 気に懸かることでも出来ない限りは、いつもストンと落ちてゆく眠り。
 夢も見ないで朝までグッスリ、そういう日だって珍しくない。
 健康的な眠りについては…。
(俺は自信がある方なんだ)
 今は必ず明日が来るから。
 白いシャングリラの頃と違って、夜明けは必ず来るものだから。
 夜の間に攻撃を受けて、船が沈みはしないから。
(うん、本当にいい時代に来たな…)
 しかも地球だ、と落ちて行った眠り。
 ブルーと一緒に青い地球に来たと、ブルーは少し小さいんだが、と。


 ハタと気付けば、立っていた廊下。
 家ではなくて、学校の廊下。
(…そうか、これから授業だったな)
 きちんとせねば、と確かめた身なり。
 締めたネクタイは緩んでいないか、スーツの上着は、と。
 ピシッと着込んでいるスーツ。
 これが自分の制服だから。仕事にはこれと決めているから。
 よし、と扉を開けて教室に入って行ったのだけれど。
(ふむ…)
 普通だな、と眺めた教室の中。
 教え子たちがズラリと並んで待っている。
 ただし、教室一杯の竹。
 すっくと伸びた青竹の群れで、それが自分の教え子たち。
 変だとも何も思いはしなくて、おもむろに開いた古典の教科書。
 「授業を始める」と。
 ザワザワと鳴っていた葉擦れの音が静まり、生徒たちは至極真面目なもの。
 相手はもちろん、竹なのだけれど。
「では、次の箇所を…」
 読むように、と指したら竹の葉擦れが聞こえる。
 ちゃんと音読している生徒。
 今日もいい日になるだろう。
 朝一番の授業からして、幸先のいいスタートだから。


 一時間目の授業を終えたら、一休みして次の教室へ。
(…このクラスは今日が初めてだったな)
 俺が教えるのは初めてなんだ、と扉を開けたら、大勢の生徒。
 此処でもやはり竹が一杯、教室と言うより竹藪だけれど。
(なんだ?)
 妙な竹が、と一本の竹に惹き付けられた。
 節の一つが青く輝く、なんとも不思議な竹だったから。
(そうだ、竹だった…!)
 この竹を俺は探していたんだ、と思った途端に、消え失せた生徒。
 周りはすっかりただの竹藪、自分の仕事も教師ではなくて。
(竹を採って帰って…)
 何をするんだったか、と考え込んだ自分の仕事。
 どうもハッキリしないけれども、竹藪で竹を切るのが仕事。
 ついでに光り輝く竹というのを…。
(俺は探していたんだっけな?)
 やっと見付けた、と歩み寄った竹。
 それを切るのが自分の仕事で、自分の役目というものだから。
 教科書などの代わりに竹を切る道具、それもきちんと持っていたから。
(こいつを切って、と…)
 力仕事には自信がある。
 エイッとばかりに打ち込んだ鉈で、竹はスッパリ切れたのだけれど。


「おおっ…!」
 なんと愛らしい、と思わず上げてしまった声。
 銀色の髪に赤い瞳の、それは可愛い小さな子供。
 竹の節の中に、そういう子供がチョコンと一人。
(俺のブルーだ…!)
 かなり小さくて、手の中に収まるサイズだけれど。
 それでもブルーで、愛くるしい顔も幼いブルーそのもので。
 やっと見付けた、と大喜びで連れ帰ろうとしたのだけれど…。
(…待てよ?)
 竹から生まれた小さなブルー。
 まだ幼くて、何も言ってはくれないけれども、笑顔で自分を見ているブルー。
(…竹なんだぞ?)
 竹から生まれて、すくすく育って、前のブルーときっと同じになるけれど。
 アッと言う間に美しく気高く育つのだけれど。
(求婚者が列を…)
 これはそういう物語だった、と我に返った。
 小さなブルーは確かに自分のものだけれども、自分は育ての親だった。
 ついでに、いつか小さなブルーは…。
(月の都に帰るってか!?)
 そうだったのだ、と愕然とさせられた自分の立場。
 ブルーと結婚出来はしなくて、いつかブルーは月の都へ。
 美しく気高く育っても。
 見る間に前のブルーと同じに育ったとしても。


(それは困る…!)
 俺はまたブルーを失くしてしまう、と受けた衝撃で目が覚めた。
 自分のベッドで、真っ暗な部屋で。
(…ゆ、夢か…)
 夢だったのか、とホッと一息、小さなブルーは何処にもいない。
 竹から生まれた、すくすく育つのだろうブルーは。
 僅かな間に前と全く同じに育って、月の都に帰るブルーは。
(…とんでもない夢を見たもんだ…)
 やっぱりブルーはチビでもかまわん、とポカリと叩いた自分の頭。
 欲を出すから酷い夢をと、あんなとんでもない夢を見るのだと。
(眠り直して…)
 忘れるとしよう、竹から生まれた姫君のことは。
 小さなブルーでかまわないから。
 ゆっくり育って、いつか自分と暮らしてくれれば、それで充分幸せだから…。

 

        夢に見た恋人・了


※ハーレイ先生が夢で見付けたブルー君。竹の中から出て来ましたけど…。
 早く育って月の都に帰られるよりは、ゆっくり育って一緒の方がいいですよねv





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(やっぱり今度も駄目なのかな…)
 飲めないのかな、と小さなブルーがついた溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、自分の部屋で。
 ベッドの端にチョコンと座って、テーブルと椅子の方を見て。
 今は空っぽの二つの椅子。
 テーブルを挟んで置いてあるだけ、誰も座っていない椅子。
 その片方がハーレイのための指定席。
 向かい側の椅子が、自分の席。
(ハーレイがあそこに座っていても…)
 出て来る飲み物は紅茶やジュース。
 ハーレイが好きなコーヒーは自分が苦手ということもあって、まず出ない。
 出て来たとしても、ハーレイの分しか出て来はしない。
 けれど、それ以上に出て来ないものは…。
(……お酒……)
 前のハーレイも好きだった。
 もちろん、今のハーレイだって。
 たまに父が「どうぞ」と勧める夕食の席。
 「頂戴します」と嬉しそうなハーレイ、口に含んだら「美味しいですね」と。
 父が勧める酒はいつでも、父の自慢の物だから。
 「ハーレイ先生にも、是非」と思うような酒しか出さないから。


 その父が今日、開けていた酒。
 ハーレイの姿は無かったけれども、誰かに貰って来たとかで。
 「美味いと評判らしいからな」と味見に一杯。
 評判通りの味だったようで、顔を綻ばせて飲んでいた父。
 「休みの日にハーレイ先生がいらっしゃったら、お出ししないと」と。
 つまり、今週の土曜日にハーレイが来たら、父が「どうぞ」と注ぐのだろう。
 子供の自分には飲めない酒を。
 ハーレイのために、それに合いそうな料理とセットで。
(…パパにハーレイを盗られちゃうよ…)
 決まっちゃった、と零れた溜息。
 ただの酒なら、「美味しいですね」で終わるけれども、父が貰って来た酒だから。
 手に入れた経緯や、何処の酒かという話やら。
 ハーレイも評判を知っていたなら、話はもっと盛り上がるだろう。
 「私も初めて飲みましたよ」とか、そんな具合に。
 子供の自分には分からない話。
 そうでなくても、普段から。
 父と母がハーレイと話し始めたら、大抵、置き去りにされているのが自分。
 キョトンと話を聞いているだけで、相槌すらも打てはしなくて。
 悲しいことに、チビだから。
 大人にとっては面白い話、それがサッパリ分からないから。


 ただでも分かっていないというのに、酒の話はもっと謎。
 辛口がとうとか、甘口だとか。
(お料理だったら、まだ分かるけど…)
 ソースが辛いか、甘いかくらいは。
 けれど酒だと、どんなものかも分からない。
 「スッキリとした喉ごし」だとか、「重い」とか「軽い」。
 そういう話になってしまったら、父やハーレイが飲んでいる酒を見詰めるだけ。
 あんなに不味い飲み物でスッキリなんて、と。
 それはともかく、「重い」や「軽い」。
 酒を飲んだら頭がズシンと重くなるのに、胃だって重いだけなのに。
(…ホントに不味くて、次の日は最悪…)
 チビの自分は飲めないけれども、前の自分の頃の経験。
 前のハーレイが飲んでいた酒、それを何度も強請って飲んだ。
 ハーレイが美味しそうに飲むから、飲みたくなって。
(幸せそうな顔をするんだもの…)
 その幸せを共有したくて、何度も注いで貰った酒。
 ただの一度も、美味しいと思いはしなかった。
 せっかくだからと全部飲んでも、美味しい部分は一滴も無し。
 あんな飲み物をハーレイと楽しく語り合う父、自分には謎の酒談義。
 今度の土曜日はそれに決まりで、夕食の席は…。
(また置き去り…)
 普段以上に、酒のお蔭で。
 どういう話をしているのかすらも、見当も付かない酒の出番で。


 週末のそれは、もう諦めるしかないけれど。
 十四歳にしかならない自分は、「ぼくも」と酒を貰えはしない。
 酒が飲めるのは二十歳から、それまでは禁止。
 父はもちろん、教師のハーレイも「駄目だ」と叱るに決まっているから。
 「一口ちょうだい」と強請ってみても。
 一口ならぬ一滴でも。
(…貰えたとしても…)
 いつか貰える年になっても、飲めないような気がする自分。
 前の自分がそうだったから。
 ソルジャー・ブルーだった頃には、大人のくせに飲めなかったから。
 前のハーレイに強請って飲む度、酷い目に遭った。
 美味しくない酒を頑張って飲んで、次の朝には二日酔い。
 頭は割れるように痛むし、胸やけはするし、最悪な気分で目覚めた翌朝。
 やっぱり飲むんじゃなかった、と。
(だけど、前のぼく…)
 何度やっても、それで懲りてはいなかった。
 ハーレイが美味しそうに飲むのを見る度、強請って、飲んで。
 いつも結果は惨憺たるもの、美味しくはなくて二日酔い。
 それでも懲りずに挑み続けた、本当に美味しそうだったから。
 ハーレイの幸せそうな顔つき、それを共有したかったから。
 「美味しいね」と。
 幸せに二人、笑い合いながら、語り合いながら。
 杯を重ねて、幸せな時を。


 けれど、失敗に終わり続けた挑戦。
 前のハーレイの飲み友達だった、ヒルマンたちのようにはいかなくて。
 ハーレイと楽しく酒は飲めなくて、グラスに一杯が精一杯。
 それも「美味しくない…」と嘆きながら飲んで、挙句の果てに二日酔い。
(…今度のぼくも、ああなっちゃうわけ…?)
 あまり飲める気がしないから。
 普段に父が飲んでいる酒も、美味しそうだと思わないから。
(…パパが飲んでたら、美味しそうだけど…)
 酒のボトルが置いてあっても、少しも心惹かれはしない。
 美味しそうだと眺めはしなくて、素通りするだけ。
 舐めてみたいとも思わない。
 ブランデーでも、ワインでも。
 今の時代の、今の自分が住む地域。此処ならではの日本酒でも。
 どんな酒でも、「ふうん?」と眺めて、それでおしまい。
 また新しいのが置いてあるな、と思うだけ。
 辛口も甘口も、「重い」も「軽い」も、自分にはまるで無関係。
 想像すらも出来はしないし、飲みたいと思いもしないのに。
(…飲めなかったら…)
 これから先もハーレイを盗られちゃうんだっけ、と零れる溜息。
 父が新しい酒を手に入れたら。
 ハーレイに「どうぞ」と勧め始めたら。
 たちまち始まる酒談義。
 美味しそうに飲む父とハーレイ、きっと自分は置き去りになる。
 たとえ大きく育っていても。
 ハーレイと結婚していたとしても。


 なんとも酷い、と思うけれども、飲めなかったら確実な未来。
 ハーレイは父と杯を重ね、自分はポツンと座っているだけ。
 料理やつまみを作るだろう母、その隣に、多分。
 母と一緒に紅茶でも飲んで、「楽しそうだね」とハーレイと父を見守りながら。
(それに、ママだって…)
 少しは酒を飲めるのだから、自分と違って話に入れる。
 ほんの少しだけ注いで貰って、酒の話題に入ってゆける。
 甘口に辛口、「重い」や「軽い」。
 そんな話をしている所へ、「そうですわね」と。
 美味しさについて語れる母。
 前の自分のように「不味い」と思わない母。
(…ぼくがホントに前と同じなら…)
 もう本当に、置いてゆかれてしまうのだろう。
 酒の美味しさが分からないから、どうしようもなくて。
 「美味しい」と喜んでいる人たちの中で、「不味い」と言えはしないから。
 勇気を奮って言ってみたって、「子供なんだな」と笑われるオチ。
 身体ばっかり大きくなっても、舌は変わらず子供のままだと。
 酒が飲めないチビのまま。
(…そういう体質、あるんだけれど…)
 あるけれど、ごくごく少数派。
 普通は飲めるものだから。
 大人になったら、気に入りの酒の一つや二つはあるものだから。


(それに、地球のお酒…)
 前のハーレイが飲んでいた酒は、合成の酒。
 白いシャングリラで本物の酒は無理だったから。
 今では酒は全て本物、おまけに地球の水で仕込まれたもの。
 ハーレイからすれば「夢のような」酒で、素晴らしいのに違いない。
 だからきっと、今のハーレイも…。
(ぼくと二人で飲むんだったら、前よりも、もっと…)
 美味しそうに飲んで、ずっと幸せそうなのだろう。
 「こんな酒を飲める時代が来るなんて」と。
 もしも自分が酒好きだったら、「お前も飲むだろ?」と注いでくれて。
 乾杯してから、二人で何度も重ねる杯。
 ゼルやヒルマンたちがやっていたように、ボトルがすっかり空になるまで。
 それが出来たら、と思うけれども、どうなのだろう?
(…今のぼくも、駄目…?)
 前と同じに駄目なのだろうか、ハーレイと飲めはしないだろうか。
 「美味しくない」と愚痴を零しながら一杯だけ飲んで、次の朝には二日酔い。
 そういうコースが待っているだけで、楽しく飲めはしないのだろうか。
(…体質、変わっているといいんだけれど…)
 サイオンが不器用になった代わりに、お酒は平気で飲めるとか。
 美味しく飲めて、酔わないだとか。
 そうだといいな、と夢を見る。
 今度はハーレイと飲みたいから。
 父にハーレイを盗られてしまって置き去りよりかは、ハーレイと二人。
 「美味しいよね」と、「地球のお酒だね」と、幸せに杯を重ねたいから…。

 

         飲めないぼく・了


※ハーレイとお酒が飲めそうもない、と溜息をつくブルー君。まだ子供なのに。
 今度は飲めるといいんですけど、体質はきっと同じでしょうね。でも、飲みそうv





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(今度もあいつは駄目なんだろうなあ…)
 美味いんだが、とハーレイが傾けたグラス。
 夜の書斎で、たまには一杯。気に入りの酒のボトルから。
 こうして飲む日は、前のブルーの写真集を出しては来ない。
 引き出しの中で、ゆっくり眠っていて貰う。
 自分の日記を被せてやって、その下で。
 『追憶』という名のソルジャー・ブルーの写真集。
 表紙のブルーは、記憶そのままに美しいけれど。
 真正面を向いた意志の強い瞳、その奥に秘めた憂いと悲しみ、かの人の真の姿だけれど。
 眺めれば、やはり辛くなるから。
 あの日、どうして止めなかったかと、悔やむ気持ちに囚われるから。
(…あいつと飲むと、悲しい酒になっちまうんだ…)
 分かっているから、出しては来ない。
 酒を楽しみたい時は。
 寛いだ気分で飲みたい日には。
 代わりに小さなブルーを眺める、フォトフレームの中の記念写真。
 夏休みの最後に写した、今のブルーと二人の写真。
 自分の左腕、ギュッと両腕で抱き付いたブルー。
 それは嬉しそうな笑顔をしている、生まれ変わって来たブルー。
 十四歳にしかならない子供だけれども、一人前の恋人気取り。
 何かと言えばキスを強請るから、「駄目だ」と叱ってばかりのチビ。


 今夜は、チビのブルーと一緒。
 本物のブルーは、眠っているかもしれないけれど。
(起きていたって、酒は無理だしな?)
 子供には飲ませられない酒。
 教師の自分が勧めるなどは論外だから、飲ませようとも思わない。
 それに、ブルーは…。
(…前のあいつと同じだったら、酒は間違いなく駄目なんだ)
 飲んだら確実に二日酔いだ、と前のブルーを思い出す。
 そういう思い出は、悲しくなりはしないから。
 幸せだった日々を思い返して、懐かしむ酒になるのだから。
(あいつときたら、まるっきり駄目で…)
 飲めなかった、と思い浮かべたソルジャー・ブルー。
 誰よりも愛した、気高く美しかった人。
 皆の前では我儘などは決して言わない人だったけれど。
 恋人だった前の自分には、無茶も我儘もぶつけたりした。
 それが余計に愛おしくなって、愛しさが増して。
(俺にだけ見せてくれるんだ、って…)
 我儘なブルーが好きだった。
 無茶を言われても、駄々をこねるように我儘ばかりを繰り返されても。


 その我儘の一つが酒。
 まるで飲めないと分かっているのに、いったい何度強請られたことか。
 「ぼくも飲むよ」と、「君ばかり美味しそうに飲むんだから」と。
 けれど、酒には弱かったブルー。
 酒の美味さも分かっていなくて、飲めば必ず不満そうな顔。
 「何処が美味しいのか分からないよ」と、文句まで。
 せっかくの酒がもったいないから、無駄にしたくはなかったのに。
 いくら合成の酒といえども、喜ぶ人と飲みたかったのに。
(ヒルマンとかゼルなら、美味い酒で、だ…)
 話も弾んだ、時には何かをつまみながら。
 つまみが無くても、酒さえあれば。
 ところが、前のブルーの場合。
 注いでやった酒には「美味しくない」と文句をつけるし、喜びもしない。
 美味しくないなら、残りは寄越してくれてもいいのに…。
(意地になって全部飲んじまうんだ)
 如何にも不味そうといった感じで、ちびちびと。
 苦い薬でも飲むかのように。
(酒は百薬の長なんだがな?)
 前のブルーにそう言ったならば、「その通りだね」と返しただろう。
 これだけ不味い薬だったら、さぞかし身体にいいのだろうと。
 「でも、この薬は人を選ぶね」とも。


 なにしろ酒に弱いのだから、ブルーの場合は薬になりはしなかった。
 さながら毒薬、待っているものは二日酔い。
 酷い頭痛や、胸やけやら。
 飲んだ翌朝は寝込むのが常で、ベッドの中から文句を述べた。
 「酷い気分で起きられやしない」と、「頭もずいぶん痛むんだけど」と。
 一度で懲りて二度と飲まなくなったのだったら、まだ分かる。
 きっと本当に不味いのだろうと、ブルーには向かない飲み物らしい、と。
(なのに、あいつは懲りるどころか…)
 何度も強請って酒を飲んでは、酷い目に遭ったとブツブツ文句。
 ブルーは頑固だったから。
 強固な意志は結構だけれど、前の自分と二人きりの時は…。
(そいつが我儘な方へ向くんだ)
 前の自分にだけ見せてくれた姿。
 仲間たちには見せない姿。
 そのせいもあって、ついつい注いでしまった酒。
 強請られるままに、「無駄にされる」と分かっていても。
 飲んでいる時から不味そうな顔で、次の朝には苦情が来ると分かっていても。
 ブルーに「ぼくにも」と強請られた時は。
 「一緒に飲むよ」とせがまれた夜は。


 何度となく無駄にされた酒。
 前のブルーが文句ばかりを言っていた酒。
 それが鮮やかに思い出せるから、今のブルーにも期待はしない。
 前のブルーとそっくり同じに育つ予定のチビだから。
(今度は頑張る、と言ってるんだが…)
 どうなることやら、と眺める写真。
 とびきりの笑顔の小さなブルー。
(ハーレイをパパに盗られちゃう、っていうのがなあ…)
 その発想からして子供なんだ、とクックッと笑う。
 もしもブルーが飲めなかったら、酒を飲むならブルーの父と。
 きっとそうなることだろう。
 いつかブルーと結婚したなら、新たに増える自分の家族。
 ブルーの父と、それから母と。
 その人たちとの食事ともなれば、酒が出ることもあるだろうから。
 今のブルーが飲めないのならば、ブルーの父と酌み交わす酒。
 小さなブルーは、それが腹立たしいらしい。
 「ハーレイをパパに盗られる」と。
 そうならないよう、頑張ると言っていたブルー。
 「今度は飲めるようになるよ」と、「ハーレイとお酒を飲むんだから」と。


 「前のぼくとは体質も変わっているかもね」と、小さなブルーは夢見るけれど。
 恐らく前と同じだろう。
 「美味しくないよ」と不味そうに飲んで、翌日は二日酔いだろう。
 だから今度も、きっと文句を言われながらの酒なんだ、と眺めた写真。
 十四歳の小さなブルー。
 いつか大きく育ったとしても、お前は酒は駄目だろうな、と。
(美味いんだがなあ…)
 それに今では本物の酒。
 シャングリラで暮らした頃とは違って、正真正銘、本物の酒。
 合成どころか、地球の水で仕込んだ素晴らしいもの。
 前の自分が耳にしたならば、「一度は飲みたい」と考えたのに違いない。
 一番安いものでいいから、ほんの一口、と。
(もう最高の美酒ってヤツで…)
 きっと一口で美味しく酔えたことだろう。
 アルコール分とは関係無く。
 「地球の酒だ」と、その有難さを思っただけで心地良く。
 そういう酒が今は山ほど、あちこちの場所で仕込まれる名酒。
 味も種類も選び放題、それこそ料理や気分に合わせて。
 「今日はこれだ」と気まぐれに。
 出掛けた店でも、好き放題に。


 酒好きだった前の自分からすれば、今はさながら天国のよう。
 本物の酒で、地球の酒。
 それを何処でも気軽に飲めて、自分の家でも傾けられる。
(ゼルやヒルマンを呼んでやれたら…)
 大喜びするに違いない。
 遠い昔の飲み友達。
 彼らと夜の巷に繰り出し、あちこちハシゴするのもいい。
 「次はあっちだ」と店を移って、大いに飲んで、大いに食べて。
 つまみも全て地球のものだし、最高の酒を楽しめるのに…。
(…あいつらはいなくて、酒が駄目なブルー…)
 もったいない、と零れた溜息。
 また俺は酒を無駄にするのかと、素晴らしい地球の酒なのにと。
 ブルーにとっては猫に小判で、「不味い」と言われるだけなのかと。
(…苦手を克服、と挑まれてもなあ…)
 その酒はきっと無駄になるんだ、と酒の神様に詫びたい気持ち。
 青く蘇った地球で、数々の酒が造られるのに。
 神様が醸して下さった美酒を、ブルーが無駄にするらしい、と。


(きっと今度も駄目だろうしなあ…)
 まず飲めないな、と思った酒。
 小さなブルーが育ったとしても、前のブルーと同じだろうと。
 地球の水で仕込んだ最高の美酒も、「不味い」と嫌われてしまうのだろうと。
 なんとも寂しい話だけれども、そんなブルーも愛おしい。
 「美味しくないよ」と顔を顰めても、無理をして飲んで二日酔いでも。
 けれど、少しだけ夢を見る。
 もしもブルーが今度は酒を飲めたなら、と。
(家で飲むのも悪くないんだが…)
 ゼルやヒルマンと出掛けたいように、ブルーと飲みに行けたなら。
 「次はあっちだ」と店をハシゴし、大いに酒を酌み交わせたら。
 きっと愉快で、楽しい夜になるのだろう。
 恋人同士なことも忘れて、遠い昔に友達同士だった頃に戻って。
 バンバンと肩を叩き合っては、「次に行こうか」と飲み歩いて。
 ほんの少しだけ、夢を見る。
 「そんなブルーもいいだろうな」と、「どう考えても無理なんだがな」と…。

 

        飲めないあいつ・了


※お酒が駄目だったソルジャー・ブルー。今のブルー君もきっと駄目なのでしょう。
 でも、飲むことが出来たなら…、とハーレイ先生が思うのも無理はありませんよねv





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