(大好きなんだけどね…)
ホントのホントに好きなんだけど、とブルーが頭に描いた顔。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドの端にチョコンと座って。
今日も学校で会ったハーレイ、前の生からの自分の恋人。
本当に好きでたまらないけれど、今日は挨拶だけだった。
それも「ハーレイ先生、おはようございます!」と声を掛けただけ。
「おう、おはよう」とハーレイは笑顔をくれたけれども。
急いでいたのか立ち話は無しで、挨拶したというだけのこと。
その上、無かったハーレイの授業。
古典の授業がありさえしたなら、ハーレイの声が聞けたのに。
自分に向けられたものでなくても、ハーレイは授業をしているだけでも。
姿も思う存分見られた、「ハーレイだよね」と。
自分は当てて貰えなくても、視線が合いさえしなくても。
(ホントに残念…)
ガッカリだよね、と思う一日、挨拶だけで終わってしまった日。
帰りに寄ってくれればいいのに、と祈っていたのに、来てくれなかった。
鳴ってくれなかった、門扉の横にあるチャイム。
だから本当に挨拶だけの日、それだけで終わったハーレイとの逢瀬。
あれを逢瀬と呼んでいいのか、なんとも悲しい気分だけれど。
せめて少しの立ち話。
それだけで嬉しかったというのに、それさえ無かったのだから。
残念としか言えない一日、恋人と挨拶を交わしただけ。
「元気そうだな」とも言って貰えなくて、そのままお別れ。
それでも会えただけでもマシ、と考えた、好きでたまらないハーレイ。
前の生から愛し続けた、誰よりも大切な自分の恋人。
でも…。
時々、不思議に思うこと。
いったい何処に惹かれたろうかと、ハーレイの何処が好きなのだろうと。
(…何処が好きだろ?)
もちろん丸ごと、ハーレイの全てが大好きだけれど。
本当に全部が好きかどうかを、じっくりと自分で考えてみれば…。
(…嫌いなトコも沢山…)
そんな気持ちになってくる。
ハーレイが自分にやらかした仕打ち、それを一つずつ挙げていったら。
あれもこれもと、数えていったら。
丸ごと好きな筈なのに。
誰よりも好きで、いつか結婚出来る日を夢見ているというのに。
(…だって、ハーレイ…)
ケチなんだもの、とプウッと膨らませてしまった頬っぺた。
尖らせた唇。
きっと鏡を覗き込んだら、フグのような顔が映るのだろう。
面白いように膨れて、唇だけがとんがって。
フグが膨れた時みたいに。
そういえば、と思い出したフグがハコフグ。
前にハーレイにやられたのだった、ハコフグにされてしまった自分。
大きな手で頬っぺたを押し潰されて。
「うん、ハコフグだな」と笑ってくれたハーレイ。
キスを狙って失敗した時、ハコフグにされた。
その日は一日、ハーレイは恋人の自分をハコフグ呼ばわり。
「おい、ハコフグ」と、「さっきのお前は、見事なハコフグだったよな」と。
(…あの名前だって…)
酷すぎると思う、恋人に向かってハコフグだなんて。
愛していたなら呼べないと思う、そういう酷い名前では。
(…ぼくのことを好きって、言ってくれるけど…)
きっと子供に対する愛。
チビの自分に似合いの愛情、ハーレイはそれを向けているのに違いない。
ままごと遊びの恋人のように、本物の恋とは違った恋。
(そうじゃないって分かっているけど…)
ちゃんと分かっているんだけれど、と思うけれども、腹立たしい。
何も知らない誰かが見たなら、恋人同士には見えそうになくて。
ハーレイの自分に対する扱い、それが恋人のものではなくて。
どう考えても違うんだもの、とプウッと膨らませてしまう頬。
「これをハーレイが手で潰したなら、ハコフグだよね」と。
どうせハコフグなんだから、と尖らせてしまう小さな唇。
ハコフグと呼ばれる程度の恋人、ハーレイにとってのぼくはハコフグ、と。
あんまりだった、ハコフグ呼ばわり。
他にも山ほど、ハーレイを「酷い」と思うこと。
あんなハーレイの何処が好きだろ、と欠点を数えたくなるほどに。
一つ、二つ、と数え上げては、プンスカ怒りたくなるほどに。
(…キスも許してくれないんだから…!)
ハコフグにされたのも、それが原因。
決してハーレイが許してくれない、唇へのキス。
恋人同士なら交わして当然、前の自分は何度もキスを貰っていたのに。
「おやすみ」のキスも、「おはよう」のキスも、いつでも唇だったのに。
それが今では、両親がくれるようなキス。
「おやすみ」と額や頬っぺたに。
そういうキスしかハーレイはくれない、「キスは額と頬だけだしな?」と。
唇へのキスはして貰えない。
大きく育って、前の自分と同じ背丈になるまでは。
ソルジャー・ブルーだった自分と、そっくりの姿になれる日までは。
(ホントのホントにケチなんだから…!)
恋人と会っているのにキスさえも無し。
キスしてくれても、額と頬だけ。
なんとかキスをして貰おうと立てる作戦、それも悉く打ち砕かれる。
時には頬っぺたを押し潰されて。
ハコフグだなんて呼ばれてしまって、貰えないキス。
どうにもケチで憎らしいと思う、ハーレイのことは好きだけれども。
丸ごと好きでたまらないけれど、嫌いな所もうんと沢山。
「何処が好きだろ?」と、好きな部分を数えたいほどに。
嫌いな部分の方が多くはないかと、指を折りたくなるほどに。
(…ハーレイの家にも行けやしないし…)
ケチなハーレイは禁じたのだった、家を訪ねてゆくことを。
これまたキスと全く同じに、前の自分と同じ背丈に育つまで。
その日が来るまで訪ねてゆけない、ハーレイの家。
教え子たちなら、好きに出入りをしているのに。
「今度の土曜は、柔道部の子たちが来るからな」と、自分が仲間外れな始末。
恋人だったら、そういう時にも家を訪ねてゆけそうなのに。
「ぼくも手伝う!」とバーベキューやらの準備を一緒に出来そうなのに。
ところが許してくれないハーレイ、そういう時の訪問さえも。
自分はこの家に独りぼっちで、ハーレイが訪ねて来ないだけ。
押し掛けて行った柔道部員たちの相手で、その日は潰れてしまうから。
この家を訪ねて来てくれる暇は、何処にもありはしないから。
(…ぼくはハーレイの恋人なのに…!)
なんという酷い扱いだろうか、恋人を放っておくなんて。
教え子の方が優先だなんて。
ほんのちょっぴり、決まりを緩めてくれればいいのに。
「あいつらが来るから、お前も来るか?」と呼んでくれれば満足なのに。
恋人らしく振舞えなくても、そういう扱いをしてくれなくても。
隅っこに自分の席があったら、もう充分に幸せなのに。
(ハーレイ、ぼくの守り役なんだから…)
自分が一緒に呼ばれていたって、柔道部員は変だと思いはしないだろう。
「ついでなんだな」と友達扱い、きっと楽しい一日になる。
柔道のことは分からなくても、ハーレイの隣に座れなくても。
考えるほどにケチなハーレイ、恋人の自分にくれない特権。
少しも特別扱いではない、可哀相な境遇にいるのが自分。
恋人なのにキスも出来なくて、家にも呼んで貰えない。
本当に酷くてケチなハーレイ、ますます膨らんでしまう頬っぺた。
「あんなのの何処が好きなんだろ?」と。
酷いケチだと、ちっとも恋人らしく扱ってくれないんだけど、と。
(…ぼくって、ハーレイの何処が好きなわけ?)
前の自分が恋していたから、そのまま「好きだ」と思い込んでいるだけだとか。
誰よりも好きだった恋人なのだ、と頭から信じているだけだとか。
なにしろ、こうして数えてみたなら、欠点の方が山盛りだから。
恋人としては欠点だらけで、褒められる所が無いのだから。
(…ホントにケチだし、とっても酷いし…)
なのに、どうして好きなのだろう。
ケチで欠点だらけのハーレイ。
キスもくれないケチな恋人、家にも呼んでくれない恋人。
膨れた自分の頬っぺたを潰して、ハコフグと呼んでくれた恋人。
いったい何処が好きなのだろうか、あんなに酷いハーレイの。
本当に不思議でたまらないよ、とプウッと膨れて、尖らせる唇。
ハーレイはチビの自分のことなど、きっとどうでもいいんだから、と。
大きく育った自分以外は、恋人だと思っていないんだから、と。
そんなことなど有り得ないことは、自分が一番知っているのに。
誰よりも分かっている筈なのに。
けれど、今夜も「何処が好きだろ?」と数えてしまう。
好きな所は何処なのだろうかと、嫌いな所なら一杯なのに、と。
キスもくれないケチな恋人で、家にも決して呼んでくれない。
恋人扱いしてはくれなくて、ハコフグと呼んでくれたほど。
あんなハーレイの何処が好きかと、嫌いな所ばっかりだよ、とプウッとフグになるけれど。
ハーレイが見たなら「おっ、ハコフグか?」と頬っぺたを潰してくれそうだけど。
(…でも、大好き…)
そういう所も全部大好き、とハーレイを想ってしまうから。
誰よりも好き、と幸せが心に満ちて来るから、やっぱり何処か悔しい気分。
欠点だらけのケチな恋人、そのハーレイが大好きだなんて。
何処が好きだか分からないほど、嫌いな部分が山盛りなのに。
それでも好き、と思うから、きっと好きなのだろう。
前の生から愛し続けて、今も愛しているハーレイ。
どうしようもなく好きでたまらないから、ケチでも好きでたまらないから…。
何処が好きだろ・了
※ハーレイの何処が好きなんだろう、と考えてみたら欠点だらけに思えるブルー君。
けれども、欠点も含めて大好き、そういう恋人。ハーレイ先生、幸せ者ですv
(俺はあいつにぞっこんなわけで…)
とことん惚れているわけで、とハーレイが思い浮かべた顔。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で頭に描いた小さな恋人。
今日は学校でしか会えなかったから、挨拶しただけ。
「ハーレイ先生!」と呼び掛けられて、「おう、おはよう」と返した程度。
立ち話をする時間は無かったから。
柔道部の朝練が終わって、着替えに戻ってゆく途中。
いつもだったら少し時間が取れるのだけれど、今朝は急いでいたものだから。
ついでに古典の授業も無かった。小さなブルーのクラスでは。
もっとも、授業で会えた所で、ブルーを贔屓は出来ないけれど。
他の生徒と同じ扱い、「ブルー君」と呼ぶしかないのだけれど。
(…こうして会い損なっちまうとなあ…)
寂しくなってしまう恋人。
チビでキスさえ出来ないのに。
十四歳にしかならない子供で、おまけに教え子。
どうにもこうにもなりはしないし、結婚出来る日もずっと先。
それなのにチビのブルーにぞっこん、会い損なったら溜息な日々。
(…どうしようもなくチビなんだが…)
子供なんだが、と思うけれども、惚れた事実は変えられない。
ふとしたはずみに、こうして不思議に思ったりもする。
「あいつの何処に惚れてるんだか」と、「いったい何処が好きなんだか」と。
小さなブルーに出会うより前は、頭に無かった結婚相手。
子供部屋まである家に住んで、そのことをネタに話していても。
家に遊びに来た教え子たちを案内しながら、「子供部屋だぞ」と紹介したなら…。
直ぐに返ってくる質問。
「先生、奥さんは何処ですか!?」だとか、「逃げられちゃったんですか?」とか。
子供が生まれる前に逃げられただとか、結婚前に振られただとか。
容赦ないのが教え子たちで、だから自分もネタにする。
「実はな…」と深刻な顔をして。
「結婚式の日の朝に、ポストに手紙が入っていたんだ」と、「さようなら、とな」と。
「本当ですか!?」と驚く教え子、「すみませんでした」と謝る子もいる。
面白いから、暫くそのまま。
すっかり空気が沈んだ所へ、「俺はそんなにモテそうにないか?」と種明かし。
全部嘘だと、結婚どころか婚約者だっていたことは無いと。
そうなった途端、騒ぎ始める教え子たち。
今度は「嘘だ」と、「ハーレイ先生がモテないなんて、有り得ない」と。
家に遊びに来るような子たちは、クラブの子と相場が決まっているから。
赴任先の学校次第で、柔道だったり、水泳だったり。
どちらにしたって、プロ級の腕を持つのが自分。
教え子たちにすればヒーローなわけで、教師をしているのが信じられない人物。
その道を志しているなら、何処かで必ず聞く名前だから。
「プロの選手になれたというのに、ならずに教師になってしまった」と。
大騒ぎになる教え子たち。
「モテないなんて有り得ないから、選り好みだ」と。「きっと理想が高いのだ」と。
そして彼らはもれなく夢見る。
「どんな人が奥さんになるんだろう」と、「並みの人ではないですよね?」などと。
教え子たちは勝手に「理想の奥さん」とやらを考え出してくれたけど。
料理上手だとか、絶世の美女だとか。
他にも色々、思い付く限り。
有名女優まで挙げてくれたけれど、どれも笑って取り合わなかった。
本当にピンと来なかったから。
結婚相手と言われた所で、誰も浮かんで来なかった頭。
(…モテなかったわけじゃないんだが…)
それは断言出来るけれども、どういうわけだか出会わなかった。
「この人がいい」と自分が思う相手に。
この人と一緒に暮らせたなら、と夢が大きく膨らむ人に。
(面食いではない筈なんだがなあ…)
美人でないと、と自惚れてはいない、自分も美男とは言えないから。
キャプテン・ハーレイに似ている点で得はするけれど、それだけだから。
(…伝説の英雄と瓜二つ、ってだけで…)
その英雄は美男と噂が高いわけでは決してない。
同じ時代を生きたソルジャー・ブルーに敵いはしないし、ジョミーにだって。
ついでに敵として戦ったキース・アニアン、彼にも顔で負けていた。
写真集さえ出ない始末で、その程度なのがキャプテン・ハーレイ。
だから顔には自信が持てない、「モテる顔だ」と思えはしない。
キャプテン・ハーレイにそっくりだから、と覚えて貰いやすいだけ。
自分がそういう有様だから、結婚相手にも高い理想は抱かない。
「側にいて欲しいと思う人がいいな」と、「優しくて温かい人だったら」と。
休日になったら、子供も一緒に幸せな時を過ごせる人。
そういう人が見付かればいい、と。
ところが、恋人は見付からないまま。…ピンと来る人はいないまま。
子供部屋は変わらず空っぽのままで、結婚式さえ挙げられない。
教え子たちが遊びに来る度、話のネタにはなるけれど。
「実はな…」と、「結婚式の朝に逃げられちまった」と。
相も変わらずネタにしながら、いつしか諦め始めつつあった。
「俺に似合いの結婚相手はいないらしい」と、「どうやら駄目だ」と。
自分ではそうは思わないけれど、実は理想が高いとか。
まるで自覚が無いというだけで、美人でないと駄目だったとか。
それもとびきりの美女で、料理上手な才媛を希望。
心の底ではそんなトコかもしれないな、と思い始めていた自分。
なのに出会った、ついに「この人がいい」と思う相手に。
心から欲しいと望む相手に、いつか結婚したい相手に。
よりにもよって、男だけれど。
子供部屋の出番は絶対に来ない、子供を産めない人を見付けた。
その上にチビで、まだまだ結婚出来ない子供。
結婚どころかキスも出来ない、十四歳にしかならない子供。
チビのブルーに出会ってしまった、今の学校に移った途端に。
前の生から愛し続けたソルジャー・ブルー。
気高く美しかった恋人、その人の生まれ変わりのブルー。
出会った瞬間、前の自分の記憶も戻ったものだから。
「俺のブルーだ」と直ぐに気付いた、失くしたブルーが帰って来たと。
もうそれからは、小さなブルーに夢中の日々。
夢のような毎日がやって来た。
子供部屋の出番は来ないけれども、いつか結婚するのだから。
小さなブルーが前と同じに育ったら。
結婚出来る十八歳になったなら。
その日を夢見て、幸せな日々が流れてゆくのが今だけど。
今日のようにブルーに会い損なったら、溜息を零してしまうのだけれど。
(…俺はあいつの、何処が好きなんだ?)
チビなんだぞ、と自分に問い掛ける。
大きく育って前のブルーと同じになったら分かるけれども、今はチビだが、と。
再会を遂げて間もない頃なら、前のブルーが重なりもした。
小さなブルーが見せる表情、それが怖くて「家に来るな」と禁じもした。
ウッカリ重ねてしまったならば、何をしでかすか分からないから。
大人ならではの欲望でもって、小さなブルーを手に入れかねない。
たとえブルーが泣き叫んでも。
悲鳴を上げても、「お前も俺が好きだろうが」と。
小さなブルーは何かと言えば、「本物の恋人同士になりたいよ」と言うものだから。
無垢で幼い心も身体も、そのように出来てはいないのに。
けれどブルーはそれを望むから、引き込まれたならば大変だから。
そうしてキスも、この家での逢瀬も禁じたブルー。
まだまだチビで子供なブルー。
(はてさて、何処が好きなんだかなあ…)
あいつの何処が、と思うけれども分からない。
いつか大きく育つだろうブルー、前と同じに育つ筈のブルー。
その姿を重ねて惚れているかと訊かれたならば、答えは「否」で。
気付けば小さなブルーも好きで、恋をしている自分がいる。
キスさえ出来ない恋人でも。
結婚どころか、プロポーズさえも早すぎるような恋人でも。
(…きっと、丸ごと好きなんだ…)
そんな答えしか出て来ない。
古典を教える教師としては恥ずかしいほどの語彙不足。
もっと上手に言える何かを…、と考えてみても、「丸ごと」としか。
ブルーの全てに惚れているとしか、何処もかしこも好きだとしか。
幼い顔も、細っこい手足も、子供ならではの我儘だって。
「キスは駄目だ」と叱った途端に、プウッと膨れる顔だって。
(…あいつだから、俺は好きなんだろうな…)
ブルーの全てが、何もかもが。
前の生から愛し続けて、こうして再び出会ったから。
それほどの絆があるブルーだから、自分はぞっこんなのだろう。
けれどブルーには言ってやらない、「お前の全てが好きだ」とは。
もしも言ったら、ブルーはたちまち調子に乗って、キスだの本物の恋人だのと…。
(うるさく言うから、俺は言わんぞ)
何処が好きかは、絶対に。…丸ごと好きだとは、口が裂けても。
何処が好きだか分からないくらいに、ブルーに惚れているけれど。
チビでも、ぞっこんなのだけれども…。
何処が好きだか・了
※ブルー君がチビでも、丸ごと好きなハーレイ先生。キスも出来ない恋人でも。
けれども、ブルー君には内緒。間違いなく調子に乗りますものねv
(そりゃ、チビだけど…)
チビなんだけど、と小さなブルーの膨れっ面。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドの端っこに腰掛けて。
細っこい手足をまじまじ眺めて、大きな溜息。
「やっぱりチビだ」と。
今日もハーレイに断られたキス。
「キスして」と強請ったら、いつものように「駄目だ」の一言。
前の自分と同じ背丈に育たない限りは、ハーレイはキスをしてくれない。
恋人同士の唇へのキスは。
そういう約束、そういう決まり。
けれど、自分は恋人だから。…チビでも恋人なのだから。
ハーレイとキスが出来ないのは嫌で、不満でたまらない日々で。
あの手この手で強請ってみるキス、どれも見事に失敗続き。
今日もやっぱり駄目だった。
「ハーレイ、ホントにぼくが好きなの?」と恋人の顔を見詰めてみたのに。
好きなようには思えないんだけど、とも念を押したのに。
「ホントに好きならキスをするでしょ?」と、「したくなるでしょ?」と。
これでハーレイはキスをする筈、と今までに何度も仕掛けた攻撃。
ハーレイは自分の恋人なのだし、これを言われたら弱い筈、と。
なのに、頬っぺたに貰ったキス。
「分かった、キスだな?」と笑ったハーレイ。
これでいいだろ、と頬っぺたにキスで、「チビにはこれで充分だしな?」とも。
そうじゃないよ、とプウッと膨れてしまった自分。
「やっぱり今日も誤魔化された」と。
チビだと思って馬鹿にしちゃって、とプンスカ怒ってやったけれども、キスは駄目。
ハーレイは相手にしてはくれなくて、まるで取り合ってくれなくて。
「ちゃんとキスしてやったじゃないか」と涼しい顔。
「俺はキスした」と、「キスは額と頬だけだしな?」と。
それっきり貰えなかったキス。
唇にキスが欲しかったのに。
前の生では何度も貰って、ハーレイとキスを交わしていたのに。
(…ホントにチビには違いないけど…)
チビなんだけど、と眺める手足。
細っこい上に、手はどう見ても子供の手。
前の自分の手とは違って、細くて華奢な指の代わりに…。
(…子供の指…)
細い所は変わらなくても、何処か違った柔らかさ。
白く滑らかだった前の自分の指も柔らかかったけれども…。
(あっちは大人の指なんだよ…!)
今のぼくのは柔らかいだけ、と引っ張ってみる。
チビの自分に似合いの指を。
柔らかくても、なんの魅力も無さそうな指を。
前の自分の指にだったら、ハーレイはキスをくれたのに。
愛おしそうにキスを落として、大切に扱ってくれたのに。
キスも貰えない、可哀相な自分。
せっかく恋人がいるというのに、キスは額と頬にだけ。
(…こんなのって、ある?)
まるでままごと、そういう仲の恋人同士。
キスも駄目だと言われてしまって、その先のことは話にならない。
「本物の恋人同士になりたい」と言ったら、叱られるのがオチだから。
前の自分は、ハーレイと愛を交わしていたのに。
本当に本物の恋人同士で、夜は二人で過ごしていたのに。
(…キスも出来なくて、ベッドは別で…)
別々のベッドどころか、家まで別という有様。
ハーレイの家は何ブロックも離れた所で、きっと今頃は…。
(ぼくが膨れているのも知らずに、コーヒーなんだよ)
夜はゆっくりコーヒーなのだと、何度も聞いた過ごし方。
愛用のカップにたっぷりと淹れて、のんびりしているらしいハーレイ。
コーヒーは自分が苦手なせいで、この家では滅多に出ないから。
ハーレイの好きな飲み物なのだと知られていたって、出て来ないから。
飲み損なった分を家でゆっくり楽しむハーレイ。
きっと、本でも読みながら。
キスを貰い損ねた恋人のことなど、すっかり忘れて。
「いい日だった」と傾けるコーヒー。
膨れっ面の恋人は忘れて、御機嫌だった顔を思い浮かべて。
「今日もあいつに会って来たしな」と、きっと満足だろうハーレイ。
キスが出来なくても平気なハーレイ、自分と違って大人だから。
羨ましくなるハーレイの余裕。
どうして笑っていられるのだろう、自分とキスが出来なくても。
「キスは駄目だと言ってるよな?」と、ピンと額を弾けるのだろう?
いくら誘っても、強請っても駄目。
ハーレイはいつでも余裕たっぷり、釣られもしないし、キスもくれない。
「ホントにぼくのことが好きなの?」と確かめてみても。
「好きなんだったら、キスしたくなるでしょ?」と誘ってみても。
目の前に恋人がいるというのに、まるで反応しないハーレイ。
「俺もだ!」と抱き締めてくれないハーレイ、一度もくれない唇へのキス。
心の中には、キスしたい気持ちもあるのだろうに。
自分と同じでキスがしたくて、たまらない部分もあるのだろうに。
(…あれが大人の余裕なんだけど…)
それは分かっているんだけれど、と思わず零れてしまう溜息。
「ハーレイの余裕が羨ましいな」と、「ぼくはホントにキスしたいのに」と。
チビでも恋人なのだから。
どんなに見た目がチビで子供でも、中身は前と同じだから。
ハーレイに恋したソルジャー・ブルー。
いつもハーレイを独占していた、愛されていたソルジャー・ブルー。
それが自分で、見た目がチビになっただけ。
ほんのちょっぴり、数年分だけ。
十四歳にしかならない分だけ、ほんのそれだけ小さくてチビ。
けれど、問題はその数年。
ちょっぴり足りない年と背丈と、大人っぽさ。
それが無いから、ハーレイはキスをしてくれない。
「まだ小さいしな?」と、「前のお前と同じに育て」と。
余裕たっぷりに笑うハーレイ、その余裕だって無いのが自分。
背丈と同じに余裕も足りない、プウッと膨れてしまうチビ。
(…それも分かっているんだけれど…)
出来ない、大人の受け答え。
もっと上手に応えられたら、ハーレイの態度も変わりそうなのに。
「俺が悪かった」と、「これで機嫌を直してくれ」とキスをくれるかもしれないのに。
頬っぺたではなくて、唇に。
子供相手のキスとは違って、唇へのキス。
恋人の機嫌を取るために。
きっと慌てて、大人の余裕も何処へやらで。
(…そういう風になるんだけどな…)
前の自分の経験からして、きっとそう。
機嫌を損ねた前の自分に、ハーレイはとても甘かったから。
ハーレイは少しも悪くなくても、謝ってキスをくれていたから。
例えば仕事で遅くなった時。
「待ちくたびれたよ」と膨れていたなら、貰えたキス。
「遅くなってすみませんでした」と謝りながら。
(前のぼくだって、膨れてたのに…)
その筈なのに、と思うけれども、無い自信。
今と同じに膨れっ面でも、育っていたなら変わるのだろうか?
それとも大きく育った時には、膨れ方そのものが変わるだとか。
(…そんなの、覚えてないってば!)
もしも覚えていたとしたなら、とうに実験済みだから。
ハーレイの余裕たっぷりの態度、それを崩そうと頑張って。
「前のぼくなら、こんな感じ」と真似をして。
出来ていたなら、ハーレイが釣られて、キスの一つも…。
(貰えていたとか、もうちょっとだとか…)
どちらにしたって、崩せた余裕。
大人ならではのハーレイの余裕、それを自分は崩せない。
どう頑張っても、チビだから。
ほんのちょっぴり足りない背丈と、年とが大問題だから。
(…もうちょっとなのに…)
あとちょっぴり、と負け惜しみ。
自分の手足を眺めてみたなら、ちょっぴりではないと分かるから。
足りない背丈は二十センチで、足りない年も三年くらいはある筈だから。
(でも、ちょっぴり…!)
もうちょっとだから、と思わなければ悔しいだけ。
ハーレイの方は、前と少しも変わらないから。
前の自分が最後に見たのと、少しも変わっていないのだから。
どうして自分だけチビなのだろう、と悔しい気持ち。
もっと大きく育っていたなら、とっくにキスをしていただろうに。
運が良ければとうに結婚、ハーレイと同じ屋根の下。
それが出来ないチビの自分は、今日もハーレイに笑われただけ。
キスを強請って、「分かった」と頬に貰ったキス。
余裕たっぷりに躱したハーレイ、今頃はきっと家でコーヒー。
自分の膨れっ面を忘れて、御機嫌で。
「今日もブルーに会って来たしな?」と。
ホントに酷い、と膨れたけれど。
ぼくにはそんな余裕なんか、と考えたけれど。
(あれ…?)
ハーレイが御機嫌だろう理由は、今日は自分と会えたから。
学校とは違って、この家で。
恋人同士の二人として会えて、ちゃんと話が出来たから。
唇へのキスは出来なくても。そういうキスを交わせなくても。
だとしたら…。
(…ぼくってチビでも、ちゃんと恋人…)
そうなんだよね、と浮かんだ笑み。
キスは駄目でも、ハーレイは自分と会えただけで御機嫌なのだから。
(それなら、いいかな…)
チビでも立派な恋人だしね、と膨れっ面はもうやめた。
ハーレイの中に、ちゃんとあるらしい自分の居場所。
恋人同士のキスは駄目でも、チビでも恋人なのだから…。
チビでも恋人・了
※今日もキスして貰えなかった、と膨れっ面のブルー君。酷い、と膨れてましたけど…。
ハーレイ先生から見たらチビでも立派な恋人、と直った御機嫌。可愛いですよねv
(あのチビなあ…)
好きなんだがな、とハーレイが思い浮かべたブルーの顔。
夜の書斎で、コーヒー片手に。
今日も会って来た、小さなブルー。
前の生から愛した恋人、今も愛してやまないけれど。
(…なにしろチビだし…)
まだ十四歳にしかならないブルー。
何処から見ても子供でしかなくて、顔立ちだって子供の顔で。
恋と言ってもままごとのようで、抱き締めるくらいしか出来ない現状。
キスをするなら頬と額だけ、親愛のキスと変わらない。
それが気に入らないブルー。
何かと言えばキスを強請って、断られる度に膨れっ面。
そんなブルーが今日も膨れてこう言った。
「ハーレイ、ホントにぼくが好きなの?」と。
好きなようには思えないんだけど、と唇を尖らせていたブルー。
「ホントに好きならキスをするでしょ?」と、「したくなるでしょ?」と。
もちろん、それはブルーの作戦。
あわよくばとキスを強請る手の一つ、軽くいなしておいたけれども。
「分かった、キスだな?」と頬に落として、笑って帰って来たけれど。
プウッと膨れていたブルー。
「今日もやっぱり誤魔化された」と。
チビのブルーに「またな」と告げて来た別れ。
また来るから、と手を振った時は、笑顔だったブルー。
膨れっ面は消えてしまって、とうに御機嫌。
「また来てね」と懸命に手を振っていた。
夜だというのに、表の通りへ出て来てまで。
「早く入れよ?」と促すまで、庭に入ろうとせずに。
だからブルーは忘れて眠っているだろう。
「ホントにぼくが好きなの?」と問いを投げ掛けたことは。
よくあることだし、ブルーにとっては作戦の一つ。
自分の方でも、そうだと分かっているのだけれど。
(…本当に好きか、と訊かれたら…)
どうなんだかな、と今夜はウッカリ捕まった。
いつもは笑い飛ばす質問、「好きに決まっているだろう!」と。
小さなブルーにキスを落として、「もちろん好きだ」と答える問いに。
果たしてブルーを好きだろうかと、それは小さなブルーだろうかと。
前の自分の想いの続きで、そのまま「好きだ」と思っていないか、と。
チビではなかった、ソルジャー・ブルー。
前の自分が愛した人。
失くしてもなお愛し続けて、本当に最後の最後まで。
死の星だった地球の地の底、前の自分が命尽きるまで。
何度もキスを交わしたブルー。
愛を交わしたソルジャー・ブルー。
気高く美しかった恋人、長い時を共に暮らした人。
(ずっと、あいつと一緒に生きて…)
何処までも共に、と誓い続けた。
誰にも言えない恋だったけれど、最後まで恋を貫こうと。
愛おしい人と共にゆこうと、いつまでも二人一緒なのだと。
それなのに、離れてしまった手。
ブルーは自分と恋をしたけれど、その前にソルジャーだったから。
最後までソルジャーらしくあろうと、別れも告げずに飛び去ったブルー。
二度と戻って来られない場所へ、死が待つだけのメギドへと。
(俺はあいつを失くしちまって…)
独りぼっちで長い時を生きた。
白いシャングリラを地球へ運んでゆくために。
前のブルーが遺した言葉を、ブルーの願いを叶えるために。
長かった地球までの道と戦い。
たった一人で残された船で、それでも想い続けたブルー。
いつか必ず追ってゆこうと、愛おしい人の許へゆこうと。
ブルーが頼んで飛び去って行った、自分の役目を終えたなら。
ジョミーを支えて、いつか地球まで辿り着いたら。
ようやっと着いた、青くなかった約束の場所。
命あるものは棲めなかった地球。
全ては其処で終わってしまって、前の自分の命も潰えた。
地の底深くで、崩れ落ちて来た天井と瓦礫に押し潰されて。
けれど、苦痛は記憶に無い。
「これで行ける」と思っただけで。
やっとブルーの許にゆけると、愛おしい人の側にゆけると。
(…そこで記憶は途切れちまって…)
どうなったのかは覚えてもいない。
いつ魂が抜け出したのかも、それから何処へ向かったのかも。
ブルーに会えたか、会えなかったか、とても大切なそのことでさえも。
(…きっと会えたとは思うんだがなあ…)
そうでなければ、きっと出会えていないから。この地球の上で。
青く蘇った水の星の上で、再び出会えた愛おしい人。
少々、小さすぎたけど。
キスも出来ないチビの姿で、ブルーは戻って来たのだけれど。
それでも生きて巡り会えた人。
地球が蘇るほどに長い歳月、気が遠くなるような時が流れても切れなかった絆。
前の自分はきっとブルーに会えたのだろう。
此処に来るまで共に過ごして、二人で地球に来たのだろう。
前のブルーが焦がれ続けた、青い星の上に。
もう一度流れ始めた時。
また始まった、ブルーとの恋。
チビのブルーに恋をしているし、いつか伴侶に迎えるつもり。
十四歳にしかならないブルーが、結婚出来る年になったら。
前のブルーと同じに育って、キスを交わして、愛を交わせるようになったら。
(…俺は確かにあいつが好きで…)
今も、もちろん愛している。
まだ幼いから、子供だからキスをしないだけ。
どんなにブルーが強請っても。
「ハーレイのケチ!」と膨れられても。
けれども、今日のブルーの質問。
「ハーレイ、ホントにぼくを好きなの?」と尋ねたブルー。
しょっちゅうぶつけられる言葉で、本当にブルーの作戦だけれど。
「好きならキスをしたい筈だよ?」と持ってゆくのが狙いだけれど。
ウッカリ捕まってしまった問い。
「本当にぼくを好きなの?」と。
小さな自分のことが好きか、と問われたようにも聞こえるから。
「チビのぼくはどうでもいいんじゃないの?」と。
「大きく育ってキスが出来るぼくが好きなんじゃないの?」と。
そういうつもりでブルーは訊いてはいないけど。
まだ子供だけに、そう思うのなら、そのまま言葉にするだろうから。
「ハーレイはぼくが嫌いなんだ」と怒って、膨れて。
「ぼくがチビだから、嫌いなんでしょ?」と。
いわゆる、自分の考えすぎ。
小さなブルーが口にした言葉、深い意味など無い言葉。
それに捕まっても、ブルーはキョトンとするだけだろう。
「ハーレイ、ぼくが嫌いだったの?」と赤い瞳を真ん丸にして。
「小さなぼくのことが嫌い?」と、泣きそうな顔にもなるのだろう。
チビのブルーは、立派に恋人気取りだから。
「ぼくにキスして」と強請るくらいに、自信に溢れているのだから。
少し身体が小さいけれども、恋は出来ると。
キスも出来ると、愛だってきっと交わせるのだと。
(…俺が駄目だと言うから駄目で…)
そうでなければ出来る筈だと、チビのブルーは勘違い。
身体と同じに幼い心に、無垢な心に気付きもせずに。
小さな自分がそれをしたって、前のようにはいかないのだと知りもしないで。
(そういうチビが、あいつってわけで…)
前のブルーとは違ったブルー。
魂は同じブルーだけれども、姿の通りに小さなブルー。
遠く遥かな時の彼方で、初めて出会った頃と同じに。
アルタミラの地獄で出会った少年、子供だと信じていたブルー。
年上だなどと、気付きもせずに。
なにしろブルーは、姿の通りだったから。
成長を止めていた姿そのまま、中身は子供だったから。
(…あの時は恋をしてなくて、だ…)
前のブルーと恋をしたのは、ブルーが大きく育ってから。
小さかったブルーと恋はしなくて、キスも交わしていなかった。
つまりは今のチビのブルーが…。
(…俺が初めて恋をしたチビで…)
前の自分には無い経験。チビのブルーと恋をすること。
なるほど勝手が違うわけだ、と唇に浮かんだ苦笑い。
ブルーの方では、前の自分とそっくり同じな「ハーレイ」を見ているわけだけれども。
(俺が見てるのは、前のブルーと同じブルーでも…)
チビの頃のブルーなんだった、とコツンと軽く叩いた頭。
それでは答えが出るわけもない。
「ハーレイ、ホントにぼくが好きなの?」という質問を深く考えても。
思考の迷路に入り込んでも、前の自分の答えが出ては来ないから。
前の自分になったつもりで答えるのならば、「好きだ」の意味が変わるから。
小さなブルーも好きだったけれど…。
(恋じゃなくって、友情だな、うん)
後に恋へと育つ種なら、確かにあっただろうけれど。
一目惚れだと思うけれども、恋をしてから気が付いたこと。
前の自分はチビのブルーと恋はしなくて、キスしたいともまるで思いはしなかったから。
それを思えば、今の自分は…。
(あいつに恋をしているってな)
よし、とコーヒーを傾けた。
ウッカリ捕まってしまった質問、それの答えは得られたから。
たとえチビでも、キスが出来なくても、今のブルーにちゃんと恋しているのだから…。
チビでも好きだ・了
※ハーレイ先生がウッカリ捕まってしまったブルーの質問。深く考えすぎですけれど。
それでも答えは出たみたいですね、「チビでもブルーに恋をしている」とv
(断られちゃった…)
ハーレイのケチ、と小さなブルーが尖らせた唇。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドの端に腰掛けて。
昨日も今日も会ったハーレイ、週末を二人で過ごしたけれど。
考えた末に出した注文、それをあっさり断った恋人。
「お前には早い」と睨まれた上に、額もコツンと小突かれた。
キスを強請ってはいないのに。
ちょっと上着を貸して欲しいと、お願いをしただけなのに。
(ハーレイの上着…)
それを羽織ってみたかった。
チビの自分が羽織ったらきっと、ブカブカの筈の大きな上着。
昨日や今日に着ていたような普段着とは違う、スーツの上着を。
今のハーレイの仕事用の服。
学校で授業をしている時には着ているスーツ。
暑い季節はワイシャツだったけれど、今はきっちりスーツにネクタイ。
つまりスーツはハーレイの制服、キャプテンの制服がそうだったように。
だから羽織ってみたいと思った、大きいだろうスーツの上着を。
前の自分がそうだったから。
キャプテンの制服の上着を借りては、それを羽織って過ごしていたから。
ハーレイが来るのが遅くなった日は。
青の間で独りが寂しいような気持ちになったら、昼間にだって。
たまたま羽織った父の上着が切っ掛けになって、思い出したこと。
前の自分が借りて羽織ったキャプテンの上着。
一番最初は、ハーレイが酷く遅くなった日。
あらかじめ言われていたのだけれども、「遅くてもいいから来て」と頼んだ。
けれど、待つ間に寂しくなって。
まだハーレイは来られないのかと、サイオンで何度も様子を眺めて。
(ハーレイ、真面目だったから…)
一向に終わる気配も見えないキャプテンの仕事。
待ちくたびれて、寂しさが増して。
ふと思い付いたのがキャプテンの制服を借りること。
きっと自分には大きすぎる上着、それを着たなら暖かくなるに違いないと。
まるでハーレイに包まれたように、すっぽり包んでくれそうな上着。
そう考えたら、本当に欲しくなったから。
キャプテンの部屋のクローゼットに並んだ上着を、「借りるよ」と一つ失敬した。
瞬間移動でヒョイと攫って。
腕の中にバサリと落ちて来たそれは、思ったよりも重いもの。
羽織ってみたら、本当にハーレイに包まれた気分になったから。
嬉しくなって、頬が緩んで、もう幸せで。
いつの間にやらベッドでうたた寝、それを着たまま。
(…ハーレイには呆れられちゃったけど…)
気に入ったのだった、あの上着が。
自分が着るには大きすぎる服、ブカブカのキャプテンの制服が。
それ以来、何度も無断で借りた。
ハーレイが来るのが遅くなったら、寂しい気持ちを感じたら。
キャプテンの部屋から一つ持ち出して、くるまっていた大きな上着。
クリーニングを済ませたものでも、「ハーレイみたいだ」と思えたから。
恋人の腕に包まれた気分になれたから。
(…あの上着、ホントに好きだったから…)
今のハーレイのも着てみたくなった。
学校で着ているスーツの上着。
あれを羽織らせて貰えないかと、きっと幸せになれるから、と。
ところが、ハーレイとゆっくり過ごせる週末の休日。
ハーレイはそれを着て来ない。
いつも普段着、ハーレイに似合う普通の上着。
休日にスーツは着ないから。
スーツはあくまで仕事用だから、週末に着て来るわけがない。
せっかく思い付いたのに。スーツの上着を着てみたいのに。
(昨日も普段着、今日も普段着…)
色もデザインも違ったけれども、スーツではなかったハーレイの上着。
昨日は「違うんだ…」とまじまじ眺めて、心で何度もついた溜息。
「これじゃ駄目だ」と。
自分の夢は叶いはしないと、休みの日には無理なようだと。
だから昨夜に一大決心、今日は強請ってみようと決めた。
普段着のハーレイがやって来たなら、平日に備えて注文を、と。
仕事が早く終わった時には、帰りに寄ってくれるハーレイ。
部屋で二人でお茶を飲みながら、夕食の支度が出来るのを待つ。
そういう時なら、ハーレイはスーツ。
学校で着ていたスーツそのまま、借りようと思えば借りられる上着。
(…頼んだら、上着、借りられるもんね?)
借りてやろう、と決意を固めて、まずは予約、と考えた。
今日もハーレイは普段着の上着、それをまじまじと眺めた後で。
頼まなければ何も始まりはしないから。
「あのね…」とハーレイに語り掛けた言葉。
次にスーツで来る日があったら、上着を貸して欲しいんだけど、と。
「いいぞ」と答えそうだったハーレイ。
多分、最初はそう思った筈。
「おっ?」という顔はしていたけれども、嫌そうには見えなかったから。
あのままハーレイが承知していたら、きっと着られていただろう上着。
次にスーツでやって来たなら。
「これだっけな?」と脱いだ上着を、「ほら」と肩から被せてくれて。
「ブカブカだなあ…」などと苦笑しながら、袖を通すのを手伝ってくれて。
今のハーレイの制服のスーツ。
重くてブカブカ、それでも幸せになれたと思う。
ハーレイに包まれた気分になって。
前の自分が羽織っていた上着、あの頃の日々を思い浮かべて。
なのに世の中、思い通りにはならないもの。
ハーレイの上着を借りる計画は、上手く運びはしなかった。
間の悪いことに、ハーレイが思い出したから。
前の自分が借りた上着を、キャプテン・ハーレイの上着のことを。
どういう時に借りていたのか、そっくりそのまま戻った記憶。
お蔭で「駄目だ」と断られた上着。
「チビのお前にはまだ早すぎだ」と、「もっと大きく育ってからだ」と。
前の自分と同じ姿に育つまでは駄目だ、と言われた上着。
そうなれる日は遠そうだから、と借りて羽織ってみたかったのに。
気分だけでも、あの頃のぼく、と上着を借りてみたかったのに。
(…ハーレイ、ホントにケチなんだから…!)
キスをしてくれと頼んでも駄目。
上着を貸して、と言っても駄目。
自分がチビだというだけで。
前の自分と同じ姿をしていないだけで、なんでも「駄目だ」と言うハーレイ。
どんなおねだりも、お願いも駄目。
「ちゃんと育ってから言うんだな」と。
チビでは話になりはしないと、大きくなったら叶えてやると。
(…キスも駄目だし、上着だって駄目…)
本当になんてケチなんだろう、とプウッと頬っぺたを膨らませた。
ハーレイが見たら言うのだろうに。
「前のお前は、そういう顔はしなかったがな?」と、「やっぱりチビだ」と。
昼間も同じにプンスカ怒った。
「ハーレイのケチ!」と、膨れっ面で。
けれど帰ってしまったハーレイ。
両親も一緒の夕食が済んだら、「またな」と軽く手を振って。
次に会う時はきっと平日、スーツを着込んで寄ってくれるのに…。
(…上着、借りられないんだよ…)
断られたから、頼むだけ無駄。
強請ってみたって、額をコツンと小突かれるだけ。
「俺は駄目だと言った筈だが?」と。
大きな上着を着てみたいのに。…ちょっと羽織ってみたいのに。
(…だけど、駄目…)
自分が大きくなるまでは。
前の自分と同じに育って、キャプテンの上着を借りていた頃と同じ背丈になるまでは。
ハーレイの上着を着たいのに。
ほんのちょっぴり、試着気分で羽織らせてくれればそれでいいのに。
(前のぼくとおんなじ背丈になったら、上着なんか…)
羽織らせて欲しいと頼まなくても、いくらでも着られることだろう。
結婚して同じ家で暮らせるのだから、いくらでも。
前の自分がやっていたように、ハーレイが仕事で留守の間に。
「ちょっと借りるね」とハンガーから外して、どれでも好きに着放題。
スーツだろうが、普段着の方の上着だろうが…、と考えたけれど。
(…普段着の上着?)
待って、と頭に閃いたこと。
ハーレイが着ている普段着の上着。
それは無かった、と思い出した白いシャングリラ。
ハーレイの上着は、いつもキャプテンの制服ばかり。
あの船に私服は無かったから。誰もが制服だったから。
けれども、今の時代は違う。
ハーレイにはちゃんと普段着があって、自分も制服の他に普段着。
いつかハーレイと結婚したなら、デートの時には…。
(制服じゃないよ…)
二人で揃いの服を着てもいいし、まるで似ていないデザインでもいい。
好きな服を着て、上着だって。
そうやって二人であちこち出掛けて、冷える季節になったなら。
(ぼくがクシャン、ってクシャミしてたら…)
ハーレイが着せてくれるのだろう。
自分が着ていた上着を脱いで、バサリと肩に被せてくれて。
「風邪を引くから、これも着ておけ」と、「俺は鍛えてあるからな」と。
(…今のハーレイ、うんと丈夫で…)
柔道に水泳、どちらもプロになれる腕前。
そのハーレイなら、きっと自分の上着を譲ってくれるのだろう。
黙って拝借しなくても。「貸して」と頼んだりしなくても。
大きな上着を着せて貰って、二人並んで歩けそうだから。きっと幸せだろうから。
(…それまでの我慢…)
今度も貸して貰えるものね、と綻んだ顔。
前の自分が羽織っていた上着、それを今度も着せて貰える。
今度は二人で歩きながら。
デートの途中で、「ほら、着てろ」と掛けて貰って、上着ごと肩を抱いて貰って…。
羽織っていた上着・了
※ハーレイ先生のスーツの上着は、借りられそうもないブルー君。大きくなるまでは。
けれど、デートに行くとなったら、今度も着せて貰える上着。幸せですよねv
