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(スズランの花束…)
 ハーレイに貰い損なっちゃった、と小さなブルーがついた溜息。
 恋人と二人で過ごした日の夜、自分の部屋で。
 両親も一緒の夕食を食べて、「またな」と帰って行ったハーレイ。
 その恋人から貰い損ねた、可憐なスズランを束ねた花束。
 …スズランの季節は、とうに終わっているのだけれど。
 花束を貰える筈だった日さえ、とっくに過ぎてしまったけれど。
(…だって、会ってもいなかったから…)
 ハーレイと会った日は五月の三日、と零れる溜息。
 それじゃ二日も遅くなっちゃう、と。
 スズランの花束に意味があるのは、五月一日なのだから。
 その日に恋人同士で贈り合うのが、スズランの花束なのだから。
 もっとも、今の自分が暮らす地域に、そんな習慣は無いけれど。
 遠い昔にはフランスと呼ばれた国があった辺り、其処の習慣なのだけれども。
(恋人同士だったら、五月一日はスズランの花束…)
 幸運が来るよう、祈りをこめて贈る花束。
 恋人同士で、想いをこめて。夫から妻へ、妻から夫へ。
 地球が滅びるよりも遥かな昔の、フランスに伝わっていた習慣。
 SD体制の時代には消えた習慣だったけれども、それがあったのがシャングリラ。
 前の自分が暮らしていた船、白い鯨にはあった習慣。
 ヒルマンがそれを教えたから。
 白いシャングリラにも、スズランの花が咲いたから。


 毎年、五月一日が来ると恋人たちが摘んだスズラン。
 シャングリラの公園に咲いているのを、小さな花束にするために。
 恋人同士で贈り合うために。
 けれども、前の自分は一度もスズランを摘めはしなかった。
 前のハーレイもそれは同じで、二人とも、ただ見守っていただけ。
 スズランを摘む恋人たちを。
 彼らが花束を贈り合うのを。
(…ぼくたちが花を摘んでたら…)
 恋の相手が何処かにいるのだと、知らせるようなものだから。
 シャングリラを導くソルジャーとキャプテン、恋人同士だと決して知られてはいけない二人。
 知れてしまったら、皆の心が離れるから。
 どんなに重要なことを決めても、「恋人同士で決めたことだろう」と従ってくれはしないから。
 そうなることが分かっていたから、摘めなかった花。
 ハーレイにスズランの花束を贈りたくても、ハーレイから贈って欲しくても。
(部屋で育ててみようとしたって…)
 どちらの部屋にも、掃除係などが足を踏み入れるもの。
 もしもスズランを育てていたなら、彼らは不思議に思うだろう。
 何のためにこれがあるのだろうと。
 一度目につけば、その後にも気が付きやすいもの。
 スズランの花がそっくり消えたら、その日が五月一日だったら…。
(絶対、ピンと来るんだよ…)
 恋人のためのスズランだったと、誰かに花束を贈ったのだと。
 そうなったら次は恋人探しで、正解に辿り着きかねない。
 キャプテンの部屋で花束を見たとか、キャプテンもスズランを育てていたとか。
 恋人同士の二人なのではと、男同士の二人だけれど、と。


 だから贈れなかったスズラン。…貰えなかったスズランの花束。
 けれど、恋人同士だから。
 いつか地球まで辿り着いたら、贈り合おうと約束をした。
 青い水の星に咲いているだろう花を、摘んで小さな花束にして。
 五月一日がやって来たなら、想いをこめてハーレイに。
 ハーレイからも贈って貰って、二人で幸運を手に入れようと。
 スズランの花束は、そのために贈るものだから。
 沢山の幸運が訪れるようにと、恋人同士で。
(…前のぼくは、森のスズランを探して…)
 ハーレイに贈ろうと決めていた。
 栽培されているスズランではなくて、森の中に咲いているスズラン。
 野生のそれは香り高いと、ヒルマンの話で知っていたから。
 地球にフランスがあった頃には、高値で売られた森のスズラン。
 子供たちが森へ採りに出掛けて、花屋のものより高い値段で売っていた。
 香りの高さと希少価値とで、買い手は必ず現れるから。
(同じ贈るんなら、そっちの方が…)
 断然いい、と前の自分は考えた。
 前の自分の強いサイオン、それを使えば森のスズランが手に入るから。
 ハーレイに贈るなら、その花束を、と。


 …なのに、叶わなかった夢。
 前の自分は地球に行けずに死んでしまって、地球も死の星のままだった。
 スズランが育つ森などは無くて、生命の欠片も無かった星。
 仮に地球まで辿り着けても、夢は夢のままで終わっていただろう。
 スズランの花が咲いている森は、何処にも無かったのだから。
 …時の彼方に消えた約束。
 前の自分が命尽きた時に、約束も潰えてしまったけれど。
 それを今日、ハーレイと思い出した。
 五月一日には、スズランの花束を贈る約束をしていたと。
 二人で青い地球に来たから、スズランの花束を贈れたのに、と。
(…もうちょっと早く出会えていたら…)
 ハーレイは思い出したかもしれない、五月一日が来る前に。
 その日はスズランを贈る日だったと、スズランを買いに行かなければと。
 もしも早めに出会えていたなら、ハーレイが思い出したなら。
(…スズランの花束、貰えたのに…)
 この地域には無い習慣だから、きっと両親も怪しみはしない。
 ハーレイがそれを持って来たって、自分に贈ってくれたって。
 「五月一日にスズランの花束を貰うと、幸運が訪れるそうでしてね」と持って来たって。
 そういうものか、と微笑ましく見守ってくれたろう両親。
 今のフランスの習慣を知っていたって、「勘違いしたな」と笑っておしまい。
 「それは恋人同士なのでは…」と、「古典の先生だから、あまり詳しくないのだろう」と。
 スズランの花束を貰っていたなら、きっと自分も気付いた筈。
 「あの約束だ」と、「ハーレイは覚えていてくれたんだ」と。
 花束を飾って、きっと御機嫌だっただろう。
 来年は自分も贈らなくてはと、スズランの花束を買わなければと。


 ところが、出会い損ねたハーレイ。
 五月一日には、お互い、他人だったから。
 前世の記憶も持っていなくて、出会ってさえもいなかった。
 そのせいで貰い損ねた花束。
 前の生から約束していた、地球で貰える筈だった花束。
 それがなんとも悔しいけれども、代わりに新しい約束が出来た。
 いつかハーレイと二人で出掛けられる時が来たなら、五月一日には、スズランを摘みに。
 花屋でスズランを買うのではなくて、二人で探す森のスズラン。
(前のぼくたちだと、ぼくしか探せなかったんだけど…)
 今度はハーレイも一緒に探せる。
 ヒルマンが言っていた、香り高い森のスズランを。
 今の自分はサイオンがとことん不器用になって、ハーレイを出し抜けはしないから。
 下手をしたなら、ハーレイの方が沢山見付けそうだから。
 希少価値の高いスズランを。
 前の自分がハーレイに贈ろうと計画していた、森に咲いているスズランを。
 咲いていると評判の場所へ、それを探しに行ったなら。
 二人で摘みに出掛けたなら。
 途中までは車で行けたとしたって、スズランが咲く森の中では使えない車。
 降りて歩いてゆくしかないから、それだけで遅れを取りそうな自分。
 それに、ハーレイは大きな身体をしているくせに、敏捷だから。
 大股で森を歩きながらも、「おっ!」と素早く屈み込みそう。
 「此処にあったぞ」と、「向こうにも咲いているみたいだな」と。
 アッと言う間に花束が出来て、「ほら」と渡されていそうな自分。
 ハーレイに贈るためのスズランを、まだ一本も見付けない内に。
 花束どころかゼロの間に、「お前のだぞ」と貰いそうな花束。


 きっとそうだ、という気がしてくる。
 柔道と水泳が得意な今のハーレイ、運動神経はプロの選手並み。
 注意力だって凄いのだろうし、きっと自分は敵いはしない。
 香り高い森のスズランを採りに、二人で森に分け入っても。
 ハーレイのためにと、懸命にスズランを摘もうとしても。
(…ぼくが一つ目の花束を作っている間に…)
 次から次へと、ハーレイが渡してくれそうな花束。
 「約束しただろ?」と、「地球に着いたら、今日はスズランの花束だよな」と。
 今の自分とも約束をしたと、だから今日は二人で出掛けて来たと。
(…ぼくがあげる分、残っているかな…?)
 ハーレイがせっせと摘んでしまって、スズランは殆ど自分のための花束になって。
 幾つも幾つも貰っているのに、お返しの花束を作れるだけのスズランが残っていないとか…。
(…そうなっちゃったら、どうしよう…)
 ハーレイは「俺のは一本あればいいぞ」と、一本だけのスズランでも喜んでくれそうだけれど。
 「お前が幸せにならないとな?」と、花束をドッサリくれそうだけど。
 それだとハーレイに申し訳ないから、ハーレイにも花束を贈りたいから。
(…貰った分、半分ずつにしちゃっていいよね?)
 もしもスズランが足りなくなったら、貰った花束を束ね直そう。
 ハーレイのために、心をこめて。
 元はハーレイが摘んだ花でも、五月一日のスズランの花は特別だから。
 貰えば幸運が訪れるというから、想いをこめて、ハーレイのために作る花束。
 束ね直して、綺麗に纏めて。
 「ハーレイのだよ」と、「約束のスズランの花束だよ」と。
 そして二人で抱えて帰ろう、沢山の森のスズランを。
 両手は花束で塞がってしまって、手を繋いでは歩けないけれど。
 幸運を運んでくれる花束、それを贈り合えた幸せな気持ちを一杯に抱えて、二人一緒に…。

 

         スズランの花を・了


※ハーレイにスズランの花束を貰い損なっちゃった、と溜息をついたブルー君。
 いつかは二人で摘みに出掛けて、きっと山ほど貰うのです。幸せだって山ほどですよねv





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(スズランなあ…)
 この辺りでは何処に咲くんだったか、とハーレイが思い浮かべた花。
 小さなブルーと会って来た日に、夜の書斎で。
 白く可憐な花を咲かせるスズラン、花の季節は終わったけれど。
 思い出すのが遅すぎたよな、と零れた溜息。
 小さなブルーと出会った頃なら、まだスズランは咲いていたのだろうに。
(…しかしだ、あいつと出会った日には…)
 とっくに過ぎてしまっていたんだ、と悔しい気持ちになってくる。
 前の生から愛し続けた、愛おしい人。
 再会した日は五月三日で、二日も過ぎてしまっていた。
 五月一日という特別な日を。
 今の自分や、今のブルーが暮らす地域では特別でも何でもないけれど。
(だが、フランスだと…)
 遠い昔にフランスと呼ばれた国があった地域、その辺りに新しく生まれた大地。
 其処では特別な五月の一日、スズランの花束を贈り合う日。
 贈られた人に幸運が訪れるようにと、恋人同士で。夫から妻へ、妻から夫へ。
 …前の自分が生きた時代に、その習慣は無かったけれど。
 SD体制が敷かれた人類の社会、其処では失われていたのだけれど。
 白いシャングリラでは別だった。
 船の公園で咲いたスズラン、それで小さな花束を作った恋人たち。
 かつてそういう習慣があった、とヒルマンが話したものだから。
 シャングリラで五月一日と言えば、スズランの花束を贈る日だった。
 恋人同士で、スズランを摘んで。
 愛する人へと、想いをこめて。
 その人に幸運が来るように。…沢山の幸せが訪れるように。


 けれども、前の自分とブルーはスズランを贈り合えなかった。
 誰にも言えない恋人同士で、スズランの花を摘みにゆくことは出来なかったから。
 部屋でこっそり育てようにも、ソルジャーとキャプテン。
 どちらの部屋にも掃除係などが出入りするから、スズランを育てれば直ぐに知られる。
 五月一日に花がそっくり消えたことまで。
(…そうなっちまったら、何処かに恋人がいるってわけで…)
 恋人は誰かと詮索し始める者も、きっと現れることだろう。
 それを切っ掛けに、ブルーとの仲を知られかねない。
 「青の間にも、キャプテンの部屋にも、スズランがあった」と噂が広がったなら。
 どちらのスズランも、五月一日に花が消えたと広まったならば。
 誰かが「怪しい」と思い始めたら、噂は船を駆け巡る。
 そして明るみに出るかもしれない、ブルーとの恋が。
 シャングリラを導く立場にいるから、懸命に隠し続けているのに。
 ただの親しい友達同士を装い続けて、生きているのに。
(…たかがスズランの花束くらいで…)
 知られるわけにはいかなかった恋。
 皆を導き、纏めてゆくには、ソルジャーとキャプテンが恋人同士では上手くいかない。
 だから懸命に隠し続けて、スズランの花束も贈れなかった。
 五月一日が何度巡って来ても。
 恋人たちがスズランを摘んでは、幸運を祈って贈り合っていても。


 シャングリラという船で暮らす限りは、贈り合えなかったスズランの花束。
 ソルジャーとキャプテンでいる間は無理。
(…いつか、地球まで辿り着いたら…)
 平和な時代が訪れたならば、もう要らなくなるソルジャーとキャプテン。
 ただのブルーと、ただのハーレイ。
 恋人同士だと明かしても良くて、二人で出掛けても誰も咎めはしないから。
(…五月一日を地球で迎えたら…)
 贈り合おうと思ったのだった、可憐なスズランの花束を。
 自分はブルーに、ブルーは自分に。
 そういう約束をしたのだった、と小さなブルーと思い出した今日。
 青く蘇った地球の上で出会った、愛おしい人と。
 前の生から愛し続けて、今も愛してやまない人と。
 …それなのに、過ぎてしまっていた日。
 五月一日はとっくに過ぎたし、第一、ブルーと再会した日。
 それが五月の三日なのだし、まるで話にならない約束。
 今頃になって思い出しても。
 「地球に来たなら、五月一日にはスズランの花だ」と、遠い記憶が蘇っても。
 その日はとうに過ぎてしまって、今年のスズランは終わったから。
 五月一日には、まだ出会えてさえいなかったから。


 そんなわけだから、五月一日のことを覚えていたなら贈ろうと決めた。
 いつかブルーが大きくなったら、前と同じに育ったら。
 二人でスズランを贈り合おうと、それも野生のスズランがいいと。
(…ヒルマンが言ってた話では、だ…)
 栽培品種のスズランよりも、森に咲くスズランが好まれたという。
 香り高くて、希少価値だって高いから。
 その日のためにと、子供たちが森まで採りに出掛けて売っていたほど。
 花屋の店先に並ぶスズラン、それよりもずっと高い値段で。
 自分もブルーも、その話まで思い出したから。
 今の地球でスズランを贈り合うなら、それにしようと弾んだ話。
 野生のスズランを摘みに出掛けて、競って作る香り高い花束。
 より多く摘もうと探しては摘んで、互いの幸せを祈ろうと。
 沢山の幸運が来ますようにと、想いをこめて贈り合おうと。


 小さなブルーと交わした約束。
 今は書き留めたりしないけれども、忘れてしまっていいのだけれど。
 二人で一緒に暮らす未来に思い出したら、五月一日は森へスズランを摘みに。
 前の生からの夢だったことを、スズランの花束を贈り合う夢を二人で叶えるために。
(…そいつのためには、スズランってヤツを…)
 調べておかねばならないだろう。
 もちろん花屋にはあるのだけれども、野生のスズラン。
 それが咲く場所は何処にあるのか、何処へブルーと行けばいいのか。
(途中までは車で行けるんだろうが…)
 残りは二人で歩くのだろう。森か、林か、そういった場所を。
 けれども、心当たりが無いスズラン。
 生憎と森で出会ってはいない、ただの一度も。
 花が咲く季節に行かなかったか、咲いている場所に行かなかったのか。
(…とりあえず、下調べはしておくとするか…)
 今はまだ覚えているんだしな、とデータベースにアクセスしてみた。
 この辺りにも咲くのだろうかと、それとも遠い北の方かと。
 スズランが咲く場所は、北の方だというイメージ。
 そちらの方まで旅をしないと、あの白い花は摘めないのかと。
 そうしたら…。


(ほほう…)
 北の方の花ではなかったのか、と綻んだ顔。
 生育に適した環境があれば、この辺りでも咲くという。
 もっと南の方に行っても、ちゃんと咲くらしいスズランの花。
 けれど、データベースに幾つも載せられた写真。
 前の自分が見ていた花とは、違う印象を受けるスズラン。
(はて…?)
 何故だ、と写真を眺めたけれども、スズランの花は同じに白い。
 花の形もそっくりそのまま、強いて言うなら一つの茎についた花の数が少ない程度。
 野生なのだし、栽培品種のようにはいかないだろう、と思ったけれど。
 それにしても地味だと、シャングリラのスズランの花はもっと…、と手繰った記憶。
 これよりも目立つ花だった。
 白い鯨にあったスズランは、時の彼方で何度も何度も目にした花は。
(…妙に葉っぱが目立つんだが…)
 どの写真を見ても、花茎を覆い隠すように被さっている葉。
 スズランの花を影に隠すように、まるで傘でも被せるかのように。
(こんな花ではなかった筈だが…)
 花が隠れてはいなかったんだが、とデータベースのスズランの情報を追い続けていたら。
(君影草…)
 そう呼んだのだという、スズランの花を。
 地球が滅びてしまうよりも前、この辺りにあった日本では。
 古い歌たちが編まれた万葉集の中にも出てくる名前。


 君影草の名を持つスズラン。
 由来は、花の姿から。
 葉の影に隠れるようにして花が咲くから、君影草。
 逞しい男性の影に寄り添う、楚々とした可憐な女性のようだ、と。
(…そうか、種類が違うのか…)
 シャングリラにあったスズランとは、と解けた謎。
 あちらは花が葉の上に突き出すように咲くから、君影草にはならないらしい。
 今の自分が暮らす地域では、スズランは君影草だけれども。
(なるほどなあ…)
 遠い昔には、男尊女卑の国だった日本。
 花の方が目立つスズランが咲いていた辺りは、レディーファースト。
 それぞれのお国柄が表れた花だ、と語られた時代もあるらしいけれど。
(…男尊女卑ではなくてだな…)
 今度は守ってやりたいブルー。
 君影草の大きな葉のようになって、どんな悲しみもブルーに近付けないように。
 前の自分はそれが出来ずに、ブルーを失くしてしまったから。
 今の自分なら、ブルーを守ってやれるから。
(…覚えていたら…)
 スズランの花を摘みにゆく時に、ブルーにこれを話してやろう。
 「君影草と言う花らしいぞ?」と、「今度は俺が、この葉になるから」と。
 前のブルーがそうだったように、葉陰から出て強く一人で立たなくてもいいと。
 俺に寄り添って生きればいいと、俺は今度こそ、お前を守って生きるんだから、と…。

 

         スズランの名前・了


※いつかブルー君とスズランを摘みに行けたなら、と夢見るハーレイ先生。
 君影草という名前に今のブルーを重ねたようです。今度は守ってあげられますものねv





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「…ねえ、ハーレイ。訊きたいんだけど…」
 まじまじと恋人の顔を見詰めた、小さなブルー。
 いつもの部屋で、テーブルを挟んで向かい合わせで。
 二人きりで会うなら、ブルーの部屋に置かれたテーブル。
 そうでなければ、庭で一番大きな木の下。
 其処にもテーブルと椅子があるから、そのどちらか。
 今はブルーの部屋の方。
「…質問か?」
 なんだ、と穏やかな笑みを浮かべたハーレイ。
 「俺で分かることなら、なんでも質問してくれていいぞ」と。
 そうしたら…。


 小さなブルーは首を傾げてこう言った。
「ハーレイ、ぼくのこと、愛してる?」
「はあ?」
 何を今更、と呆れたハーレイ。
 いくらブルーがチビだと言っても、前の生から愛した恋人。
 愛していない筈などはないし、誰よりも愛してやまないわけで。
 呆れながらも「もちろんだが?」と返してやった。
 「愛しているに決まっているだろう」と。
 俺にはお前一人だけだと、お前だけしか欲しくはないと。
「…ホントにそう?」
 そうなのかな、と疑わしげな赤い色の瞳。
 小さなブルーの顔に輝く二つの宝石。


 じいっと見上げて、瞬きをして。
 ブルーは疑っているようだから、なんとも心外。
 前の生から愛し続けて、今も変わらず愛しているのに。
 今度こそ二人で生きてゆこうと、共に暮らせる日を夢見ているのに。
 だからブルーを見詰め返して、真摯な瞳で。
「…愛していると言っただろうが」
 それとも、お前には、愛していないように見えるのか?
 俺がこんなに愛しているのに、お前の目は節穴同然らしいな。
「…ううん、節穴なんかじゃないけど…」
 ちゃんとハーレイの姿が見えているけど、見えないんだよ。
 ハーレイの愛が、ぼくには少しも。


「なんだって?」
 それこそ酷い言われようだから、これは身の証を立てなければ。
 ブルーを愛しているという証。
 誰よりもブルーが大切なのだと、愛していると。
 だから訊いてみた、「俺はそんなに薄情そうか?」と。
 「お前を愛していそうにないか」と。
 「どうすればお前を愛していると分かってくれる?」と尋ねたら…。
 小さなブルーは「簡単だよ?」と微笑んだ。
 「愛してるのなら、とっても簡単」と。


 そしてニコリと笑ったブルー。
 「ぼくにキスして」と、「愛しているならキスだってば」と。
 その瞬間にやっと気付いた、これはブルーの作戦だと。
 愛にかこつけてキスを強請る気だと。
 禁じた唇へのキスを。…恋人同士が交わすキスを。
 その手に乗ってやる気はないから、「そうか、キスか」と頬っぺたに。
 「俺はお前を愛しているぞ」と、頬っぺたにキス。
 ブルーはプウッと膨れたけれども、チビにはこれで充分だから。
 愛しているならキスをするだけ、愛しさをこめて、柔らかな頬に…。



        愛してる? ・了





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(奇跡って起こるものなんだよね…)
 ホントに不思議、と小さなブルーが眺めた写真。
 今日はハーレイは家に来てくれなかったけれども、写真の中に笑顔の恋人。
 好きでたまらない恋人のハーレイ、その左腕に両腕でギュッと抱き付いた自分。
 夏休みの一番最後の日に写した記念写真。
 庭で一番大きな木の下、母にシャッターを切って貰って。
 写真を眺めれば会えるハーレイ、学校でも会って来たけれど。
 「ハーレイ先生!」と挨拶をして、少し立ち話も出来たのだけど。
 残念なことに、仕事の帰りに来てはくれなかったから、今日はそれだけ。
 いつもだったら寂しいけれども、今夜は少し違った気分。
 今がどれだけ幸せなのか、そのことを思い出したから。
 普段はすっかり忘れてしまって、当たり前になってしまっていること。
(…こんな写真が撮れるってこと…)
 それに、同じ町にハーレイが暮らしているということ。
 何ブロックも離れていたって、同じ町に住んでいるハーレイ。
 おまけに青い地球の上で。
 前の自分が焦がれ続けた水の星。母なる地球。
 いつか行きたいと願い続けて、幾つもの夢を描いていた星。
 前のハーレイと共に辿り着いたら、あれをしようと、これもしたいと。
 気付けばその地球に来ていた自分。
 前の自分が夢に見た星、そのままの地球ではないけれど。
(あの頃の地球は、死の星だったって…)
 ハーレイからそう聞かされた。歴史の授業でも教わること。


 けれども、青く蘇った地球。
 其処に自分は生まれて来た。新しい身体と命を貰って。
 ハーレイも同じに生まれ変わって、また巡り会えて恋人同士。
 自分は少しチビだけれども、キスさえ出来ない子供だけれど。
 記念写真の中の自分は、本当にチビ。
 十四歳にしかならない子供で、ハーレイとデートにも行けない有様。
 それでも二人で同じ地球の上に、同じ時代に生まれられたこと。
 これが奇跡でないと言うなら、なんだろう。
(…聖痕だって、本当に奇跡…)
 ハーレイと再び巡り会えた日に、右の瞳から、肩から、溢れ出した血。
 肌には傷さえ無いというのに、まるで大怪我をしたかのように。
 前の自分がメギドでキースに撃たれた傷痕、それの通りに。
 あまりの痛みに、チビの自分は気絶したけれど。
 その聖痕が連れて来てくれた、前の自分のものだった記憶。
 ソルジャー・ブルーと呼ばれた自分。
 ハーレイと恋をしていた自分。
 またハーレイと巡り会えた、と直ぐに気付いたし、ハーレイも同じ。
 絡み合い、交差した膨大な記憶。
 前の自分が持っていた分と、今のハーレイが思い出した分と。


 そうして始まった奇跡の日々。
 聖痕は二度と出ないけれども、考えてみれば毎日が奇跡。
 当たり前すぎて忘れているだけ、奇跡が日常になったというだけ。
 ハーレイと同じ町で暮らして、何度も会っては、話をして。
 甘えて、強く抱き締めて貰って、二人で記念写真まで撮れた。
(…恋人同士で撮ったんです、ってパパやママには言えないけれど…)
 あくまで前の生での友達同士の写真だけれども、特別な写真。
 白いシャングリラで暮らした頃には、こんな写真は撮れなかったから。
 ハーレイとは秘密の恋人同士で、誰にも明かせなかった仲。
 こんな写真を撮れはしなくて、飾っておくことも出来なくて。
 …そのまま終わってしまった恋。
 前の自分は、最後までソルジャーだったから。
 ハーレイも同じにキャプテンのままで、自由にはなれなかったから。
(…ソルジャーとキャプテンが、恋人同士だなんてバレたら…)
 シャングリラの秩序は崩れてしまって、失いかねないミュウたちの未来。
 前の自分が守り続けた白い船。
 ハーレイが舵を握っていた船。
 船を導く二人だったから、決して言えはしなかった。
 本当は恋人同士なのだと知れてしまったら、誰もついては来ないから。
 シャングリラを私物化しているのだろうと、皆がそっぽを向くだろうから。
(…地球に着いたら…)
 自由になれると夢を見ていた。
 ソルジャーとキャプテンの役目は終わって、恋人同士の二人になれると。
 けれど、その日は訪れないまま、宇宙に消えてしまった恋。
 前の自分は死んでしまって、それっきり。
 誰よりも愛したハーレイの許へ、戻ることさえ出来ないままで。


 …いつか命が尽きる時には、ハーレイがいると信じていた。
 どうやら地球まで行けはしないと悟った時に、それを思った。
 その日が来たなら、前の自分のベッドの側に。
 キャプテンとしての立場であっても、ソルジャー・ブルーの右腕だったハーレイだから。
 死にゆくソルジャーの手を握り締めていても、誰も不思議に思わないから。
(…だって、友達で、おまけにキャプテン…)
 ソルジャーが船の仲間に届けるだろう、最後の思念。
 それを伝える手伝いをするとか、言い訳はいくらでもあったから。
 キャプテンだけに伝えておかねばならないことも、あるかもしれないだろうから。
(…みんなを頼む、って…)
 誰かに頼んで逝くとしたなら、それはキャプテン。
 長老の四人も大切だけれど、船を纏めてゆくキャプテンに頼むべきこと。
 これからの船をよろしく頼むと、皆を地球まで連れて行ってくれと。
(…ホントはそうじゃなかったけれど…)
 皆はそうだと信じただろう。
 ソルジャーからキャプテンへの遺言なのだと、とても大切な内容だろうと。
 他の者には聞き取れなくても、キャプテンは聞いておくべきこと。
 そのためにソルジャーの手を握るのだと、最後まで握っていたのだと。
 ソルジャー・ブルーの魂が彼方へ飛び去るまで。
 身体を離れて、別の世界へ旅立つまで。
(…きっとハーレイがいてくれる、って…)
 そう信じていた、自分の最期。
 ハーレイに手を握って貰って、「さよなら」を言って。
 他の誰にも聞かれないよう、恋人同士の別れの言葉をハーレイに告げて。


 なのに、叶わなかったこと。
 それすら出来ずに、前の自分はたった一人で死んでしまった。
 白いシャングリラを守るためにと、メギドを沈めに飛び立ったから。
 ハーレイと離れて、二度と戻って来られない場所へ。
 手など握って貰えない場所へ。
(でも、ハーレイとは一緒なんだ、って…)
 最後に触れた、ハーレイの腕にあった温もり。
 「ジョミーを支えてやってくれ」と思念を伝えて、腕の温もりを貰って行った。
 触れた右手に、愛した人の温もりを。
 誰よりも愛し続けた恋人、そのハーレイの温もりを。
 右手に温もりを持っていたなら、心はハーレイと共にいるから。
 シャングリラから遠く離れた所で命尽きようとも、手には温もりがあるのだから。
 その手を握って貰えなくても。
 ハーレイが隣にいてくれなくても、きっと一人ではない筈だから。
(…だけど、失くした…)
 キースに撃たれた傷の痛みで、恋人の優しい温もりを。
 最後まで右手に残る筈だった、愛おしい人に貰ったそれを。
 メギドの制御室を壊して、ジョミーに皆を託した後。
 「みんなを頼む」と願った後に、温もりを失くしたことに気付いた。
 それが何処にも無いことに。
 ハーレイが消えてしまったことに。
 自分はメギドにたった一人で、切れてしまったハーレイとの絆。
 二度とハーレイに会えはしないと、泣きじゃくりながら死ぬしかなかった。
 冷たく凍えてしまった右手。
 ハーレイの温もりを失くした右手が、凍えて冷たくて、とても悲しくて。
 もうハーレイには会えないから。
 …二度と側には戻れないから。


 それが覚えている自分の最期。
 ソルジャー・ブルーだった前の自分の最後の記憶。
 悲しみと絶望、それから孤独。
 独りぼっちになってしまったと、泣きながら死んでいったのが自分。
 けれど、その後に起こった奇跡。
 どうしたわけだか、自分は地球にやって来た。
 ハーレイと二人で生まれ変わって、青い星の上に。
 今はどうしようもなくチビだけれども、いつか大きく育ったら。
 前の自分とそっくり同じ姿になったら、ハーレイが許してくれるキス。
 それに二人でデートにも行ける、好きな所へ。
 ハーレイの車でドライブをしたり、二人で食事に出掛けて行ったり。
 そういう幸せな日々が流れて、その後に迎えるハッピーエンド。
(…今度は結婚出来るんだよ…)
 誰にも恋を隠さなくてもいいのだから。
 教師と教え子で、自分がチビな今の間だけ、隠しておけばいいのだから。
 いつか自分が大きくなったら、ハーレイからのプロポーズ。
 そして結婚式を迎えて、ハーレイと二人で暮らしてゆける。
 この地球の上で、二人一緒に。
 いつまでも、何処までも、手を握り合って。
 前の自分が温もりを失くして凍えた右手。
 その手は二度と凍えはしなくて、ハーレイの大きな手と一緒。
 ハーレイと二人で暮らすのだから。
 手を繋ぎ合って、キスを交わして、幸せな日々を生きるのだから。


 …今の自分に起こった奇跡。
 前の自分の悲しい最期は、今の奇跡に繋がったから。
 幸せな日々がやって来たから、出来ることなら前の自分に伝えたい。
 メギドで泣きじゃくる前の自分に、「大丈夫だよ」と。
 「今はとっても悲しいけれども、またハーレイに会えるから」と。
 青い地球の上でハーレイに会って、結婚出来ると前の自分に教えたい。
 そうすれば悲しみの涙は止まって、安らかな最期だったろうから。
 次の生への旅立ちなのだと、幸せな眠りに就いたろうから。
 …それを伝えたいと思うけれども、叶わないこと。
 けれど奇跡はやって来たから、ハーレイと二人で歩いてゆける。
 いつまでも、何処までも、手を握り合って。
 今度は恋を隠すことなく、前の自分が焦がれ続けた青い星の上で…。

 

       前のぼくへ・了


※「またハーレイに会えるから」と、前の自分に伝えたいブルー。幸せだから、と。
 それが出来ないのが残念ですけれど、今度はハーレイと幸せに生きてゆけるのですv





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(こんな奇跡が起こっちまうんだ…)
 俺にも信じられないんだが、とハーレイが眺めたブルーの写真。
 夜の書斎で、フォトフレームに入ったそれを。
 写真の中にいる自分。…その左腕に抱き付いたブルー。
 両腕で、ギュッと。
 弾けるような笑顔の、小さなブルー。
 夏休みの一番最後の日に、ブルーの家の庭で写した。
 小さなブルーのお気に入りの場所で、庭で一番大きな木の下で。
 其処は特別な場所だから。
 初めてのデートが其処だったから。
 「何処か違う所で食事したいよ」と言い出したブルー。
 けれども、それは叶わないから。
 デートに連れては出掛けられないから、キャンプ用の椅子とテーブルを用意した。
 家にあったのを、車に乗せてブルーの家まで運んで行って。
 そのテーブルと椅子を置いたのが、庭で一番大きな木の下。
 それ以来、ブルーのお気に入りの場所。
 テーブルと椅子が、ブルーの父が買った白いテーブルと椅子に変わっても。
 だから、その場所で写した写真。
 二人一緒の初めての写真、それまで写していなかったから。
 五月の三日に再会したのに、迂闊にも写し損なったから。
 再会の喜びに酔ってしまって、自分もブルーも思い付かなかった。
 記念写真を撮ることを。
 青く蘇った地球の上での、再会記念になる一枚を。


 たまに思い出すと、今でも可笑しくてたまらない。
 どうしてあの時、撮り損ねたかと。
 遠く遥かな時の彼方で離れてしまった、愛おしい人。
 その人に再び会えたというのに、忘れてしまった記念写真。
 会って直ぐなら、ブルーの両親に「お願いします」とシャッターを押して貰えただろうに。
 恋人同士だったことは秘密だけれども、ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ。
 そんな二人の再会なのだし、記念写真を撮りたくなるのは自然なこと。
 「また出会えた」と、「今度は地球の上で会えた」と。
 チャンスは山ほどあったというのに、逃した自分。
 それはブルーも同じだけれど。
 気付いた時には、すっかり時が経ちすぎていた。
 今更、記念写真でもなかろう、というくらいにブルーの家に馴染んでいた自分。
 週末は大抵、ブルーの家で朝から晩まで。
 仕事が早く終わった時には、帰りに寄って一緒に夕食。
 まるで家族の一員のようで、記念写真と言い出したなら…。
(…みんなで撮ろうってことになったぞ、きっと)
 タイマーをセットして、ブルーの両親も入った写真。
 庭で撮ったか、夕食の席かは分からないけれど、とにかく四人で写った写真。
 それではブルーと二人の写真になりはしないから、諦めた。
 チャンスを待とうと、ブルーと二人で写せる時を、と。


 そうやって待って、夏休みが来て。
 長い夏休みを小さなブルーと満喫したから、その記念にと写真を撮った。
 ブルーの母にカメラを渡して、庭で一番大きな木の下で。
 その写真をブルーと一枚ずつ…。
(揃いのフォトフレームに入れてだな…)
 持っているのが今の自分。
 ブルーの家にも同じ一枚、フォトフレームもそっくり同じ。
 このフォトフレームにも素敵な秘密があって…。
(俺が持っているのは、あいつのなんだ)
 小さなブルーが記念写真をセットしていたフォトフレーム。
 「お揃いだぞ」と渡してやった、優しい飴色の木枠のそれに。
 自分も一枚、入れたのだけれど。
 見分けが付かないフォトフレームを、二つ並べておいたのだけれど。
 帰り際に、ふと欲しくなった。
 ブルーが写真を入れていた分を、自分が持って帰りたいと。
 そうすれば、ブルーの持ち物が手に入るから。
 ほんの短い時間だったけれど、それはブルーの物だったから。
(…そしたら、あいつも…)
 同じことを考えていたブルー。
 フォトフレームを取り替えたいと、恋人の持ち物を手に入れたいと。
 二人同時に口にしていた願い事。
 相手の分と取り替えたい、と。
 だから、もちろん取り替えた。
 今、見ているのはブルーが持っていたフォトフレーム。
 それが自分の家にある。
 愛おしい人が持っていた物が。


 なんという奇跡なのだろうか、と気付かされる度に思うこと。
 普段はすっかり慣れてしまって、その素晴らしさを忘れるけれど。
 小さなブルーと過ごしていたって、忘れてしまっているのだけれど。
(…俺はあいつを取り戻したが…)
 戻って来てくれた小さなブルー。
 十四歳にしかならない子供の姿でも、ブルーはブルー。
 前の自分が愛し続けた、誰よりも愛したソルジャー・ブルー。
 その人が帰って来てくれた。
 青く蘇ったこの地球の上に生まれ変わって、自分の前に。
 小さなブルーと再会してから、輝きを増した世界と人生。
 ブルーがいるからこそなのだけれど、幸せな日々が流れてゆくのだけれど。
(…それが当たり前だと思っちまって…)
 これじゃ駄目だな、とコツンと軽く叩いた頭。
 ブルーがいる日々、それは本当に奇跡だから。
 生きて再び巡り会えるとは、思ってもいなかったのだから。
 …今の自分の話ではなくて、キャプテン・ハーレイだった頃。
 前のブルーを失くした時には、夢にも思いはしなかった。
(…いつか、あいつを追ってゆこうと…)
 早く命が終わって欲しいと、ただそれだけを願い続けた。
 前のブルーに頼まれたことを果たした時には、終わる筈の役目。
 白いシャングリラを地球まで運べば、ジョミーを支えて辿り着けば。
 それを果たせば、ブルーを追える。
 自分の命を捨ててしまって、先に逝ってしまったブルーの許へと。


 それだけを願い続けた自分。
 キャプテン・ハーレイだった自分の、悲しみに満ちた人生の残り。
 ブルーと一緒に逝けなかったと、一人残されたと、白いシャングリラで。
 身体は生きていたのだけれども、死んでしまっていた魂。
 孤独と絶望の只中で生きた、地球までの長い戦いの旅路。
(…キャプテンとして、指揮はしていたんだが…)
 部屋に帰れば、悲しみしか残っていなかった。
 どうして自分は生きているのかと、ブルーは何処にもいはしないのに、と。
 愛おしい人を失くしてしまって、ただ一人きり。
 白いシャングリラに独りぼっちで、死ぬまで孤独は癒えはしないと。
 この世界に自分は一人きりだと、悲しみの中で生きてゆくのだと。
 …いつか魂が身体を離れて、ブルーの許へと飛べる時まで。
 愛おしい人と巡り会えるまで、絶望と孤独が続くだけだと。
(…生きていたって、いいことなんかは一つも無くて…)
 時には笑いもしたのだけれど。
 ゼルやヒルマンたちと語り合うこともあったのだけれど、その時限り。
 一人になったら、包まれてしまった孤独と絶望。
 こんな世界に生きる意味は無いと、死だけが自分を救ってくれると。
(…鼓動も、呼吸も、止まってしまえと…)
 その時が来たなら、自由だから。
 ブルーの許へと飛び立てるから、死だけを願って望み続けた。
 命も身体も要りはしないと、無い方がいいと。
 早く無くなってくれればいいと、生きている限り、苦しみだけが続くのだから、と。


(…本当に、死んでしまいたくてだ…)
 死ぬ方がずっと良くて幸せだと、思い続けていた自分。
 死だけを願ったキャプテン・ハーレイ。
 …あの頃の自分に教えてやりたい、「生きてこそだぞ」と。
 命も身体もあった方がいいと、それがあるからブルーと幸せになれるのだと。
(…死んじまったら、あいつと結婚するどころじゃなくて…)
 小さなブルーとはそれでお別れ、せっかく巡り会えたのに。
 記念写真も二人で写して、いつか結婚するつもりなのに。
 …命が尽きたら話にならない、ハッピーエンドは来てくれない。
 ブルーが前と同じに育ってくれても、自分の命が無かったら。
 鼓動が、呼吸が、止まって死んでしまっていたら。
(…そしたら、他の誰かがだな…)
 美しく育ったブルーを口説き落として、まんまと攫ってゆくかもしれない。
 ブルーに限って、それは有り得ないとは思うけれども。
(…でもなあ、生きてこそだしな?)
 ハッピーエンドも、結婚式も。
 ブルーと暮らす幸せな日々は、再び命を得ていればこそ。
 だからブルーが育った時には結婚出来るし、二人で何処までも歩いてゆける。
 手を繋ぎ合って、キスを交わして、青い地球の上で。
(…そいつを、前の俺にだな…)
 出来るものなら伝えてやりたい、「生きてこそだ」と。
 「辛くて悲しいのは、今だけなんだ」と、「もう一度、幸せに生きられるんだぞ」と。
 失くしたブルーとまた巡り会って、幸せな日々を。
 ハッピーエンドを迎えられる生を。
 …それを伝えてやりたいと思う、悲しみ続けた前の自分に。
 けして出来ないことだけれども、「今だけ耐えろ」と。
 いつか幸せがやって来るから、お前には奇跡が起こるのだから、と…。

 

        前の自分へ・了


※ハーレイ先生がキャプテン・ハーレイに伝えたいこと。いつか訪れる、幸せな未来。
 けれども、伝えられないのです。ハッピーエンドが待っているのに、残念ですよねv





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