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(…今夜は一杯やるとするかな)
 ちょいと飲みたい気分なんだ、とハーレイが眺めた棚の酒。
 夕食の後で広げた新聞、それに広告が載っていたから。
 ブルーの家には寄り損なった日、だから自分の家で夕食。
 そういうパターンも珍しくはないし、ブルーも慣れているものだから。
(寂しがってはいない筈なんだ)
 残念には思ったとしても。
 またその内に会える日が来る、明日か、明後日か、土曜日になるか。
 お互い、それが分かっているから、一人で酒を飲んでいたって…。
(ブルーに悪いわけじゃないしな?)
 あいつはあいつで好きにしてるさ、と断言出来る。
 「ハーレイが来ないよ…」と思っていたって、何処かで気分を切り替えて。
 この時間ならば、両親も一緒に食後のお茶といった所か。
 軽いお菓子をつまんでいるのか、果物なのか。
 それが終わったら部屋に帰って、のんびり読書。
 頃合いを見てお風呂に入って、寝るまでは自由時間の続き。
 そんなトコだな、と綻んだ顔。
 小さなブルーの日々の過ごし方は、だいたい把握出来ているから。
 「あのね…」と話をしてくれるから、いつの間にやら覚えてしまった。
 会えない日でも、ブルーは楽しく過ごしていると。
 一人の時間を有意義に使っているようだと。
(はてさて、今夜はどうするんだか…)
 どういう本を読むんだろうな、と思い浮かべたブルーの本棚。
 あの中のどれがお供を仰せつかるのか、ブルーに選んで貰えるのかと。


 ブルーはブルーで好きにしているし、こっちは酒だ、と向かった戸棚。
 新聞広告にあったのと同じ銘柄、気に入りの一つ。
(あいつは元気にしてるんだからな?)
 学校で挨拶して来たブルー。
 ほんの少しの立ち話の間、ブルーを観察していたけれど。
 具合が悪そうな気配はまるで無かったし、本当に安心できる夜。
 ブルーの家には寄れなかったけれど、ブルーは元気にしていると。
 こういう日だって、特に珍しくはないんだから、と。
(さてと…)
 俺の今夜のお供はこれだ、と取り出したボトル。
 たまに飲むから切ってある封、前ほどのペースでは減らないけれど。
 前と言っても、小さなブルーに会うよりも前。
 いつも一人で夕食だったし、酒の出番は幾らでもあった。
 今はめっきり減ってしまって、酒を飲まない日の方が多い。
 健康的だと喜ぶべきか、お楽しみが減ったと悲しむべきか。
(…どうなんだかな?)
 酒好きとしては、とボトルをテーブルに置いて、お次はグラス。
 書斎で飲んでもいいのだけれども、今夜はちょっぴりゴージャスな酒にしたいから。
(こいつは書斎に似合わないんだ)
 あそこで飲むなら、せいぜいチーズ、と酒の肴の支度にかかる。
 冷蔵庫にある食材を使って、カナッペを幾つか。
 それから野菜スティックも。つけるディップも、手作りで。
(後はオリーブ…)
 チーズも出そう、と盛り合わせた皿。
 新聞の広告がこうだったから。
 見栄えする肴を何種類も添えて、美味しそうに演出してあったから。


 一人で飲むなら、やっぱり楽しい酒がいい。
 行きつけの店で飲む時のように、肴もつけて。
 グラスに注いだ気に入りの酒。
 水割りにするつもりだけれども、まずは割らずにストレートで少し。
(うん、この味だ)
 広告で見た酒の持ち味、それが広がる口の中。
 酒の個性は色々あるから、棚のコレクションの味も色々。
 今夜の気分はまさにこの味、飲みたかった味が滑ってゆく喉。
(俺はこのままでもいけるんだが…)
 酒には強いし、ストレートでも充分飲める。
 ただ、問題は今日の曜日で、週末ではないものだから。
 ストレートで何杯も飲むというのは如何なものか、と平日は水割りに決めている。
 揃えた肴に申し訳ない気もするけれども、これが自分の流儀だから。
(罪な日に広告を載せやがって…)
 週末を控えた日にして欲しい、と考えたけれど、頭に浮かんだブルーの顔。
 特に用事が入らない限り、小さなブルーと過ごす週末。
(今は事情が違うんだった…)
 週末でもそんなに飲めはしないな、とコツンと叩いた自分の頭。
 ウッカリ者めと、早速に酒が回ったのかと。
 恋人のことさえ忘れ果てるほど、もう気持ち良く酔ったのかと。
 ほんの一口、ストレートで口にしただけで。
 酒を喉へと落とし込んだだけで、もう酔っ払っているのかと。
 なにしろ、酒は久しぶりだから。
 この前、こうして飲んでいたのは、いつだったか直ぐに出て来ないから。


 とはいえ、ストレートでグラスに一杯飲み干そうとも、酔わない自分。
 一口で酔っ払うわけなどはなくて、単に自分が迂闊だっただけ。
 気ままな独身人生を謳歌していた時代の方が長いから。
 小さなブルーと出会うまでは、ずっとそうだったから。
(あいつと会ったら、色々と事情が変わっちまって…)
 酒だってとんと御無沙汰なんだ、と頬張るカナッペ。
 たまに飲む酒は、チーズがあれば上等だから。
 こんなに肴を揃えた酒は久しぶり。
(ゴージャスな酒じゃない方もだな…)
 めっきり減ってしまったよなあ、と健康的なのかどうかと戻った思考。
 酒を飲もうと肴を作り始める前に考えたこと。
 飲む回数が激減したこと、それは酒好きとしてはどうなのか、と。
 健康的になったと喜ぶべきか、飲めなくなったと悲しむべきか。
(どっちなんだかなあ…)
 はてさて、と訊こうにも、一人の酒。
 「どう思う?」と尋ねたくてもいない相棒、飲み友達。
 一人で判断するしかないか、と水割りのグラスを傾けた所で思い出した。
 訊ける相手ならいるじゃないかと、それも酒好きが。
 自分と全く同じ酒好き、酒の好みも同じ筈。
 体格も顔も、そっくり同じなのだから。
(よし、前の俺だ)
 あいつの意見を訊こうじゃないか、と自分自身に問い掛けた。
 キャプテン・ハーレイだった自分に、遠く遥かな時の彼方で生きた自分に。
 「この状況をどう思う?」と。
 飲む回数が減ったんだがと、健康的だと思うべきかと。


 「お前さんはどうだ?」と酒を片手に尋ねた相手。
 前の自分だったキャプテン・ハーレイ。
 尋ねたのは自分で、答えを返すのも自分だけれど。
(うーむ…)
 羨ましい、と反応したのがキャプテン・ハーレイ、今の自分が飲んでいる席。
 「酒の肴はたっぷりとあるし、酒だって地球の酒じゃないか」と。
 健康的と言うより贅沢だろう、と前の自分の記憶が返した。
 酒も肴も凄いけれども、飲みたい時に飲めることが、と。
(…そうだな、俺は広告を見て…)
 それで飲もうと思ったのだった、今夜の酒を。
 どうせだったらゴージャスにいこう、と肴もあれこれ用意して。
 けれども、前の自分は違った。
 確かに酒は「飲みたい時に」飲んでいたけれど、今の自分と同じだけれど。
(広告の酒が美味そうだから、と…)
 飲めはしなかったな、と遠い記憶に思いを馳せた。
 そもそも新聞広告自体が存在しなかったシャングリラ。
 だから出会えはしない広告、それに惹かれるわけがない。
 仮に広告があったとしても…。
(思い付いて、その日に飲めるかどうかは…)
 分からなかったのが、シャングリラという船にいた頃。
 あの船の酒は合成だったけれど、部屋にボトルは持っていた。
 開けて飲むのは自由とはいえ、キャプテンの仕事に邪魔された酒。
 飲みたい気分になった時でも、仕事があればそうはいかない。
 何度も酒を諦めたのだった、前の自分は。
 「今日は駄目だ」と、「またにしよう」と。
 飲めば、仕事が出来ないから。…時間に余裕が無かったから。


 なんと贅沢になったものだ、と目を見開いてしまった酒。
 思い立ったら、戸棚から出せばいいのだから。
 グラスを持って来て、ボトルの中身を注ぐだけ。
 それで始まる贅沢な酒宴、テーブルには自分一人でも。
 酒の肴など何も無くても、飲みたい時に好きに飲める酒。
(…健康的になったも何も…)
 とてつもなく贅沢な酒だったんだ、とグラスの中身をまじまじと見た。
 「広告の酒が美味そうだから」と飲みたくなった今日の酒。
 ゴージャスに飲もうと肴を揃えて、久しぶりだと思ったけれど。
(前の俺だと、こんな風には…)
 いかなかった日も多かった。
 酒の肴が何も無いとか、そういう意味のことではなくて。
 思い立っても飲めなかった酒、キャプテンとしての仕事のせいで。
(おまけに、キャプテンだった頃の仕事ってヤツは…)
 教師の仕事とはまるで違って、船の仲間の命が懸かっていた仕事。
 今の自分とは比較にならない、重すぎる仕事。
 そのせいで何度も諦めていた酒、それを思い立ったら飲んでいる自分。
 古典の教師しかしていないのに。
 仕事の御褒美に酒を飲むなら、前の自分の方が遥かに相応しかったろうに。
(…それを今の俺が…)
 広告を見たからと飲んでいるのか、と気付いた贅沢。
 酒を飲む日は減ったけれども、きっと中身は濃いのだろう。
 前の自分には飲めなかった酒、いつでも飲める自由という美酒。
 そいつに乾杯、とグラスを掲げた、前の自分になったつもりで。
 今はいつでも好きに飲めると、酒を自由に飲める時代は酒を何よりも美味くするよな、と…。

 

         いつでも飲める・了


※お酒が大好きなハーレイ先生、思い立ったら一人でも飲んでいるようですけど。
 前のハーレイには出来なかった贅沢、「好きな時に酒」。今夜のお酒は美味しそうですねv





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(せっかくハーレイと会えたのに…)
 キスは出来ないし結婚も駄目、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 もう何度目だか、数え切れない溜息の数。
 今日だけではなくて、もっと前から。
 ハーレイと再会して前の自分の記憶が戻った、五月の三日。
 その日にはまだ、溜息は一つも出なかったけれど。
 「ただいま」と胸が一杯になって。
 「帰って来たよ」とハーレイに告げて、抱き締めて貰って、幸せだった日。
 メギドで終わった筈の命が、恋が今へと繋がったから。
 新しい身体と命だけれども、またハーレイと巡り会えたから。
 あの時の幸せは忘れていないし、今も変わらず幸せだけれど。
 ハーレイとは恋人同士だけれども、前の自分と同じようにはいかない恋。
 今の自分はチビだから。
 十四歳にしかならない子供で、結婚出来る十八歳はずっと先。
 義務教育さえ終わっていないし、ハーレイと一緒に暮らせはしない。
 その上、キスも出来ない有様。
 ハーレイはキスをくれるけれども、頬と額にしか貰えないキス。
 唇へのキスは一つもくれない、「俺は子供にキスはしない」と。
 前の自分と同じ背丈に育つまで貰えない、唇へのキス。
 ハーレイがそう決めたから。
 どんなにキスを強請ってみたって、「駄目だ」と許してくれないから。


 前の自分とハーレイの恋は、誰にも言えなかった恋。
 ソルジャーとキャプテン、白いシャングリラを導く二人。
 前の自分が守り続けた白い船。ハーレイが舵を握った船。
 どちらが欠けても、守れなかったろうシャングリラと船の仲間の命。
 そんな二人が恋人同士だと知れてしまったら、大変だから。
 シャングリラの命運を左右する二人、ソルジャーとキャプテン。
 信頼し合うことは許されても、恋となったらそうはいかない。
 自分たちの都合で船の未来を決めるのだろう、と言われそうだから。


 けれども、今の自分とハーレイ。
 ハーレイはただの古典の教師で、自分は教え子。
 たったそれだけ、他はせいぜい…。
(ハーレイがぼくの守り役なだけ…)
 ハーレイと再会した日に起こした聖痕現象。
 前の自分がメギドでキースに撃たれた傷痕、それとそっくり同じ場所から溢れた鮮血。
 目にも肌にも傷は全く無かったけれども、傷の痛みで気絶した自分。
 出血の量も多かった上に、遠い昔には聖痕のせいで寝たきりになった人の記録もあったから。
 聖痕が二度と出ないようにと、ハーレイが守り役に選ばれた。
 だから、いつでも会えるハーレイ。
 仕事の無い日は家に来てくれるし、仕事が早く終わった日にも。
(前のぼくたちとは、逆だもんね?)
 一緒にいる方がいいとされる二人、そうすれば聖痕は出ないだろうから。
 まるで恋人同士みたいに、何度会ってもかまわない二人。
 前の自分たちは、懸命に恋を隠したのに。
(今も、バレたら大変だけど…)
 それは自分がチビだから。
 恋をするには早すぎる年で、おまけに教師と教え子だから。
 だから今度は結婚も出来る、十八歳になったなら。
 前の自分と同じに育って、両親が許してくれたなら。


 前と違って、無い障害。ハッピーエンドを迎えられる二人。
 ところが自分はチビの子供で、ハーレイに相手にされない始末。
 どう頑張っても、唇へのキスは貰えない。
(本物の恋人同士にだって…)
 なれはしなくて、前の自分のようにはいかない。
 ハーレイが訪ねて来てくれる部屋に、ベッドはちゃんと置いてあるのに。
 本物の恋人同士だったら特別な場所で、甘い時間を過ごす場所。
 なのにハーレイは見向きもしないし、ベッドがあるとも思ってはいない。
 あくまで、ただの寝場所としか。
(欠伸してたら、寝てこいって言うし…)
 病気で寝込んでいる時にだって、優しく世話をしてくれるだけ。
 前のハーレイが何度も何度も、作ってくれた野菜のスープ。
 それを作って、「ほら」と部屋まで持って来てくれて。
 飲み終わったら、「しっかり治せよ」と、横になるよう促されるだけ。
 唇へのキスは貰えもしないし、添い寝だってして貰えない。
 前の自分なら、病気の時には朝まで添い寝をして貰えたのに。
 元気だった時なら、本物の恋人同士の時間。
 ベッドで二人、愛を交わして、朝まで一緒だったのに。


(…ぼくが小さいから駄目なんだよね?)
 キスをすることも、本物の恋人同士になることも。
 前の自分と同じ姿に育っていたなら、出会ったその日にキスを貰えていただろう。
 「俺のブルーだ」と、感極まったハーレイに。
 頬や額へのキスと違って、唇へのキスを。
 それを貰ったら、デートに誘われていただろう。
 「いつ会える?」と。
 何処へ行こうかと、「食事かドライブでもどうだ」と。
 そういうデートを何度か重ねて、アッと言う間にプロポーズ。
 今頃はとうに二人で暮らしていたかもしれない、結婚式を挙げて。
 自分がチビでなかったら。…義務教育中の子供と違って、結婚出来る年だったら。
(前のぼくと同じ姿で会えてたら…)
 ハッピーエンドになっていたのか、と思った途端にポンと頭に浮かんだ童話。
 カボチャの馬車やら、ガラスの靴やら、ハッピーエンドのための小道具。
 魔法使いが用意してくれて、舞踏会に行くお姫様。
 そのままの姿では、お城の門さえ通れないのに。
 通れたとしても、舞踏会には行けはしなくて、使用人たちの部屋へ案内されるのに。
(だけど、魔法で入れちゃうんだよ…)
 夢のように眩く輝く世界へ、シャンデリアが灯る豪華な広間へ。
 誰よりも綺麗な衣装を纏って、軽やかな靴で。
 王子とダンスを踊って過ごして、魔法はやがて解けるのだけれど。
 それでも迎えるハッピーエンド。
 お姫様の姿で踊っていた時、王子の心を捉えたから。
 「あの人しかいない」と王子が心に決めていたから、貧しい姿に戻っていても。
 足にピッタリの靴を履いてみせたら、ちゃんとお妃に選ばれて。
 結婚式を挙げてハッピーエンドで、幸せになれるお姫様。


 それがぼくなら…、と頭に思い描いた魔法。
 ハーレイとハッピーエンドを迎えるためには、いったい何が必要だろう、と。
(小さいせいで、結婚出来ないんだから…)
 カボチャが馬車に変わったように、大きくなれる魔法だろうか。
 魔法使いの杖で魔法をかけて貰って、前の自分と同じ姿に。
 背丈を伸ばして、ぐんと大人っぽい顔に。
(…今の服、着られなくなっちゃうから…)
 着られる服も必要だろう。
 お姫様のドレスは要らないけれども、ハーレイとデートに行けそうな服。
(ソルジャー・ブルーの服でデートは変だよね?)
 何処から見たって仮装パーティー、ハーレイも「それはちょっとなあ…」と言うだろうから。
 魔法使いのセンスに任せて、素敵な服を貰わなければ。
 靴も今のは小さすぎるし、育った足に丁度いい靴。
 服に似合った靴を一足、ガラスの靴は要らないけれど。…普通の靴で充分だけれど。
 後はハーレイの家まで行くための車、カボチャのタクシーくらいでいい。
 路線パスでもかまわないくらい、行って帰って来られるならば。
(これでいいよね?)
 前と同じに育った身体に、デートのための服と靴。
 ハーレイの家に出掛けてチャイムを鳴らせば、きっと抱き締めて貰えてキス。
 そして二人でデートして食事、帰る頃にはプロポーズ。
 きっとそうなる、育った自分がハーレイに会いに行ったなら。
 「ちゃんと大きくなったでしょ?」と、前の自分と同じ姿を見せたなら。
 後は魔法が解けてしまう前に、急いで家に帰るだけ。
 靴は落として来なくてもいい、ハーレイには誰か分かるのだから。
 結婚式を挙げるためには、この家へ自分を迎えに来ればいいのだから。


 ハッピーエンドになる筈だよね、と笑みが零れてしまった魔法。
 豪華なドレスを貰わなくても、デートのための服と靴。
 カボチャの馬車と洒落込まなくても、路線バスでもいいくらい。
 うんと控えめな注文で済むのが今の自分で、魔法で大きくなれればいい。
 ハーレイとデートに行く間だけ。
 キスを交わして、プロポーズして貰えるまでの間だけ。
(後は急いで家に帰って…)
 もしも魔法が解けてしまったら、チビの自分に戻るのだから。
 チビに戻ったら、ハーレイはキスをくれはしないし、プロポーズもしてくれないから。
 だから急いで家に帰ること、魔法使いとの約束通り。
 カボチャのタクシーか、路線バスに乗って。…靴は落として来なくていいから。
(次の日になったら、ハーレイが迎えに来てくれて…)
 結婚式を挙げるんだよ、と思ったけれど。
(…ぼくって、チビに戻ってる…?)
 魔法は解けているのだから。
 前の自分と同じ姿になっていたのは、魔法使いのお蔭だから。
 それじゃ駄目だ、と頭を抱えた、ハッピーエンドにならない結末。
 ハーレイはチビの自分を眺めて、きっとポカンとするのだろう。
 それから魔法のせいだと気付いて、大笑いをしてくれるのだろう。
 「昨日、履いてた靴、今も履けるか?」と。「お前の足にはブカブカだろう」と。
 靴がピッタリ足に合わないお姫様では、王子に選んで貰えない。元の童話もそういう話。
(魔法があっても駄目なんだけど…!)
 ハッピーエンドになってくれない、とガッカリだけれど、きっといつかは育つから。
 魔法が無くても、前とそっくり同じ姿になる筈だから。
 それまでの我慢、と魔法の世界は諦めた。
 履けない靴では、迎えられないハッピーエンド。
 ハーレイに笑われるだけだから。「チビはチビだな」と、大笑いされておしまいだから…。

 

       魔法があったら・了


※魔法で大きくなることが出来たら、と夢見てしまったブルー君。ハッピーエンド、と。
 けれど、魔法が解けた後にはチビに戻ってしまうオチ。残念ですけど、使えませんねv





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(俺はブルーを取り戻したが…)
 チビなんだよな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 夜の書斎で、コーヒー片手に。
 引き出しから取り出した、『追憶』という名の写真集。
 ソルジャー・ブルーの写真ばかりを集めて編まれた本だけれども。
 最終章はブルーの最後の飛翔で始まる。メギドに向かって飛ぶブルーの。
 爆発するメギドの青い閃光、それが一番最後の写真。
 あまりにも辛くて悲しすぎる章、滅多に開いて眺めはしない。
 けれど、表紙に刷られたブルー。
 真正面を向いた前のブルーの有名な写真。
 瞳の奥に秘めた憂いと悲しみ、本当のブルーを捉えたもの。
 向き合う度に「ブルーだ」と思う。「お前なんだな」と。
 前の自分が失くしたブルーは、こういう瞳をしていたと。
 仲間たちの前では決して見せずにいたのだけれども、ブルーの瞳はこうだったと。
(あいつは帰って来てくれたんだが…)
 青く蘇った水の星の上に、ブルーは帰って来たけれど。
 自分と同じに生まれ変わって来たのだけれども、十四歳にしかならないブルー。
 まだまだ子供で、アルタミラで初めて出会った頃と変わらない姿。
 幼い身体と無垢な心は、どうしようもなくて。
 恋をしていても、キスは出来ない。
 頬と額にしか贈れないキス、今の自分がそう決めた。
 小さなブルーが前と同じに育つまではと、大きくなるまでキスは駄目だと。


 子供が相手では出来ないキス。恋人同士の唇へのキス。
 ブルーはそれを欲しがるけれども、きっと分かっていないだろう。
 恋人同士のキスを贈れば、驚き慌てて泣き出すだろう。
 「こんなのじゃない!」と。
 「ハーレイは酷い」と、「ぼくを苛めた」と。
 小さくなったブルーの記憶は、多分、ぼやけているだろうから。
 唇へのキスに憧れていても、それが欲しいと願っていても。
(気持ち悪かった、と怒るぞ、きっと…)
 どうせそういうオチなんだから、とクックッと笑う。
 此処で笑えるのが大人の余裕で、立派な大人の証明だけれど。
(そういう意味では失くしたままだな…)
 俺のブルーはまだいないんだ、と見詰めた『追憶』の表紙のブルー。
 小さなブルーが大人になるまで、この姿にはお目にかかれない。
 気高く美しかったブルーは帰って来ない。
 再会出来ても、出会えないまま。
 前の自分が失くしてしまったブルーには。
 誰よりも綺麗だと思ったブルー。
 シャングリラの仲間が誇りに思った、天の御使いさながらの美貌。
 何度うっとりと眺めたことか。
 この人が自分の恋人なのかと、整った顔立ちを、赤い瞳を。
 すらりと細くて華奢だったブルー、前の自分の自慢の恋人。
 恋人同士だとは明かせなかったから、誰にも自慢出来なかったけれど。
 自慢出来る相手はいなかったけれど、それでも誇らしかった恋人。
 この美しい人は自分のものだと、「俺のブルーだ」と。


 そんなブルーを失くした時には、生きている自分を呪ったほど。
 どうしてブルーを追わなかったかと、どうして引き留めなかったのかと。
 一人残され、辛い思いをするのなら。
 白いシャングリラをたった一人で、地球まで運ばねばならないのなら。
(…いくらあいつの望みでも、だ…)
 無視すれば良かったと、何度自分を責めていたことか。
 前のブルーが残した言葉をそのまま聞き入れ、物分かり良く見送った自分。
 キャプテンだからと、身を切られるような悲しみも辛さも押し殺して。
 他の仲間が「ソルジャーは直ぐにお戻りになる」と信じていたように、平気なふりで。
 ブルーは二度と戻らないのに。
 生きて戻りはしないからこそ、思念でこっそり言葉を残して行ったのに。
(本当に俺は馬鹿だったんだ…)
 ブルーを止めずに喪った自分。
 追い掛けて共に逝こうとしなかった自分。
 「これは罰だ」と何度も思った、ブルーを失くした絶望と孤独。
 シャングリラに仲間が何人いても、自分は一人だったから。
 前のブルーがいないシャングリラは、空洞のように思えたから。
 がらんとして誰もいない船。
 たった一人で舵を握って、遠い地球まで。…そういう旅路。
 ブルーを止めなかったから。追い掛けてゆくこともしなかったから。
 それで一人になってしまったと、愚かだった自分への罰なのだと。


 悔やみ続けて、悲しみ続けて終わった前の自分の命。
 気付けば青い地球に来ていて、ブルーも帰って来たのだけれど。
 愛おしい人を取り戻したけれど、失くしてしまったままのブルー。
(こういうブルーがいないんだよなあ…)
 まだまだ当分会えそうにない、と零れた溜息。
 『追憶』の表紙を飾るブルーは、まだいない。
 生まれ変わったブルーは幼く、子供の姿をしているから。
 顔立ちも背丈も子供そのもの、ソルジャー・ブルーだった頃とはまるで違うから。
(これは罰ではない筈なんだが…)
 どちらかと言えばブルーのためで、と引き出しに仕舞った写真集。
 このまま眺め続けていたなら、残念な気持ちが増すだけだから。
 「こんなブルーに出会いたかった」と、「そしたら離れはしないのに」と。
 前のブルーと全く同じなブルーと再会出来ていたなら、全ては変わっていただろう。
 夜の書斎に一人でポツンと座る代わりに、ブルーと二人で過ごせただろう。
 リビングで、あるいはダイニングで。
 ブルーは紅茶で自分はコーヒー、ゆったりとした食後のひと時。
 他愛ない話を交わして笑って、ちょっとした菓子をつまんだりもして。
 ブルーがチビでなかったならば。
 結婚出来る年と姿に育っていたなら、今頃はとうに二人での暮らし。
 望んでも、今は無理だけれども。
 小さなブルーは、とても幸せな子供時代を過ごすのだから。
 前のブルーが失くしてしまった記憶の分まで、失くした子供時代の分まで。
 きっとそういう神の采配、だからブルーはチビなのだろう。
 ゆっくりと時間をかけて育って、幸せを山ほど味わうために。
 両親と一緒に暖かい家で、満ち足りた日々を送るために。


 そうだと分かっているのだけれど。
 今の自分も、それがいいのだと思うけれども、ふとしたはずみに零れる溜息。
 「俺はブルーを失くしたままだ」と、「失くしたブルーには、まだ会えないな」と。
 気高く美しかったブルーは、今は小さな子供だから。
 大きく育ってくれないことには、キスも贈れはしないのだから。
 額と柔らかな頬にしか。
 唇を重ねるキスは出来なくて、同じ家でも暮らせない。
 今の世界なら、ブルーと結婚出来るのに。堂々とデートも出来るのに。
(小さなあいつも好きなんだがなあ…)
 俺のブルーには違いないんだが、と思った所で頭にポンと浮かんだ童話。
 仕事に使う斧を失くした、木こりの男の物語。
 湖に斧を落としてしまって、出来なくなってしまった仕事。
 途方に暮れていたら、湖の精が持って来てくれた金の斧。「これですか?」と。
 けれど、男が失くした斧は、平凡な鉄の斧だったから。
 正直に「違います」と答えて、今度は銀の斧が出て来た。鉄の斧とは違う斧。
 それも愛用の斧ではないから、本当にガッカリした木こり。
 自分の斧は戻って来ないと、明日から仕事をどうしようかと。
 金の斧でも銀の斧でも、少しも喜ばなかった木こり。
 湖の精は、鉄で出来た斧を持って来た。「これがあなたの斧ですか?」と。
 大喜びした、欲の無い木こり。これで明日から仕事が出来ると。本当に欲の無い、正直な男。
 お蔭で、彼は二つの斧を湖の精から受け取った。
 正直者だからこれをあげようと、金の斧と銀の斧との二つを。
 大切なものを、正直に答えて選んだ木こり。
 金の斧よりも、銀の斧よりも、自分が愛用している斧を。


 これが自分ならどうなるだろう、と頭に思い描いた湖。
 失くしたブルーは気高く美しいブルーだけれども、小さなブルーが行方不明。
 そういう状況、湖にポチャンと落ちてしまって。
 もちろん生きてはいるブルー。小さなブルーは湖の底。それを取り戻す術が無いだけ。
 其処へ湖の精が出て来て尋ねる、美しく気高いブルーを連れて。
 「あなたが失くしたブルーというのは、この人ですか?」と。
 なにしろ魔法がある世界だから、ブルーは育ったかもしれない。
 湖に落ちて、水の魔法で。前のブルーとそっくり同じに。
(そうだとしたら、嬉しいんだが…)
 自分は何と答えるだろうか、見違えるように育ったブルーを前にして。
 「この人です!」と狂喜するのか、小さなブルーを案じるのか。
(…どうなんだかなあ?)
 育ったブルーは欲しいけれども、直ぐに抱き締めてやりたいけれど。
 もしも小さなブルーが湖の底にいるなら、大変だから。
 育ったブルーがただの幻なら、迂闊な答えを返したが最後、ブルーは戻って来ないから。
(やっぱり駄目だな、違うと言わんと…)
 そして育ったブルーは消えてしまうのだろう。湖の精に連れられて。
 戻って来るのは小さなブルーで、今と同じにチビのままのブルー。
(…正直に答えた御褒美ってヤツで…)
 育たないものかな、と思うけれども、きっと贅沢というものだろう。
 失くしたブルーが戻っただけでも、充分すぎることなのだから。
 小さいままでも、チビのままでも。
(うん、贅沢を言っちゃいかんな)
 魔法でブルーを育てようだなんて、とコツンと叩いた自分の頭。
 小さくても、ブルーはブルーだから。
 いつか必ず前と同じに、美しく気高く育つのだから…。

 

       魔法があれば・了


※前のハーレイが失くしたブルーは、育ったブルー。帰って来たブルーはチビのブルー。
 魔法で育たないものだろうか、とハーレイ先生が思ってしまうのも無理はないかもv





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(まだ半分しか叶ってないよ…)
 せっかく地球に来られたのに、と小さなブルーがついた溜息。
 ハーレイが訪ねて来てくれた日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドの端に腰を下ろして。
 今日の朝食に、母が焼いてくれたホットケーキ。
 今の自分も好物だけれど、前の自分もそうだった。
 好き嫌いは全く無いのだけれども、前の自分も同じだけれど。
 食べて嬉しくなれる食べ物は、やはり好物と言うのだろう。
 ホットケーキもその一つ。
 焼き立ての熱いホットケーキに、メープルシロップをたっぷりと。
 それから熱でトロリととろけるバターも。
(…前のぼくも、好きで…)
 白いシャングリラで、自給自足の暮らしが軌道に乗った頃。
 その証のように、朝食に出されたホットケーキ。
 皆に充分に行き渡る量が、船で焼けるようになったから。
 一度に出しても、足りなくなりはしなかったから。
 それが嬉しくて、前の自分のお気に入りになった、朝食に出されるホットケーキ。
 よくハーレイと食べていた。
 ソルジャーとキャプテンとしてだけれども、朝食は二人一緒だったから。
 沢山食べるハーレイのために、前の自分よりも多く焼かれていたホットケーキ。
 それをペロリと平らげたハーレイ、前の自分が見ている前で。
 幸せだった朝の光景、邪魔が入りはしなかったから。
 ソルジャーとキャプテンの制服をそれぞれ纏ってはいても、甘い言葉は交わせたから。


 そんな世界で、いつしか描き始めた夢。
 シャングリラで地球に辿り着いたら、平和な時代が訪れたなら。
 地球でハーレイとホットケーキを食べようと。
 美味しいホットケーキの朝食、それを二人で食べなくては、と。
 地球に着いたら、きっとある筈の合成ではないメープルシロップ。
 サトウカエデの樹液を煮詰めた、本物のメープルシロップがあることだろう。
 青い地球には、サトウカエデの森が広がっているだろうから。
 その木から採れる樹液を集めて、本物のメープルシロップを作っているだろうから。
(…それに、バターも…)
 地球の草を食んで育った、牛のミルクから作られるバター。
 青い水の星で育てられた牛のミルクだけでも、きっと美味しいに違いない。
 ミルクの美味しさをギュッと閉じ込めた、金色のバターもきっと味わい深い筈。
 そのまま口に放り込んでも、豊かな味がするのだろう。
 そういうバターをホットケーキにたっぷりと塗って、メープルシロップをたっぷりとかけて。
 頬っぺたが落ちそうなホットケーキになるに違いない、と夢を描いた。
 ハーレイと二人、「美味しいね」と微笑み交わして食べる朝食。
 青い地球の上で、二人で頬張るホットケーキ。
 夢の星まで来られた幸せを、ゆっくり噛み締めながら。
 平和な世界を楽しみながら。


 けれど、叶わなかった夢。
 前の自分は死んでしまって、青い地球には行けなかった。
 白いシャングリラを、ミュウの未来を守る代わりに、失った命。
 どのみち、地球には行けなかったけれど。
 …寿命が尽きると気付いた時に、夢は諦めていたのだけれど。
 自分は地球まで行けはしないと、その前に命尽きるのだと。
 ホットケーキの朝食を地球で食べるという夢、それは決して叶いはしないと。
(…分かってたけど…)
 それでも、朝食にホットケーキが出て来た時には、思い出した夢。
 この朝食を地球で食べたかったと、地球には本物があるのに、と。
 サトウカエデの森が広がっているだろう地球。
 牛たちがのんびり歩く牧場、それが幾つもあるだろう地球。
 …出来ることなら、行きたかったと。
 ハーレイと二人でホットケーキを食べたかったと、幸せな朝を過ごしたかったと。
 夢は砕けてしまったけれど。
 前の自分が思った以上に、悲しい形で。
 ハーレイの温もりさえも失くして、前の自分はメギドで逝った。
 暗い宇宙で、たった一人で。
 独りぼっちになってしまったと、泣きじゃくりながら。
 二度とハーレイに会えはしないと、深い孤独と絶望の中で。


 そうして終わってしまった命。
 メギドに散った、ソルジャー・ブルー。
 なのに、自分は時を越えて来た。
 ハーレイと二人で生まれ変わって、青く蘇った地球の上まで。
 そして気付けば、ホットケーキを食べていた。
 前の自分が夢に見ていた、ホットケーキの朝食を。
 料理上手な母に美味しく焼いて貰って、今日の朝にも。
 メープルシロップをたっぷりとかけて、バターを乗せて。
 それを食べていて、蘇った記憶。
 前の自分も、これが好きだったと。
 青い水の星を夢に見ながら食べていたのだと。
(…地球には、ちゃんと来られたんだけど…)
 夢だったホットケーキの朝食、それも自分は食べられるけれど。
 サトウカエデの森から生まれた、本物のメープルシロップをかけて。
 地球の草を食んで育った牛のミルクで出来たバターを、好きなだけ乗せて。
(…でも、叶った夢は半分だけ…)
 前の自分の夢は半分叶ったけれども、もう半分が叶わない。
 遠く遥かな時の彼方では、夢ではなかったハーレイと二人で食べる朝食。
 いつも二人で食べていたから、前の自分には当たり前のこと。
 それが出来ない、小さな自分。
 ハーレイは家族とは違うのだから。
 結婚して一緒に暮らせる日までは、訪ねて来てくれるだけだから。
 ホットケーキの朝食を二人で食べようとしても、叶わない夢。
 叶ったとしても、その日限りに過ぎないイベント。
 ハーレイは夜になったら、「またな」と帰ってゆくのだから。
 次の日の朝まで、一緒にいてはくれないから。


(ぼくの夢、ホントに半分だけ…)
 どうして上手くいかないのだろう、ハーレイと二人で地球に来たのに。
 夢だった本物のメープルシロップも、美味しいバターも、今は食べ放題なのに。
 ホットケーキの朝食だって、きっと好きなだけ食べられる。
 母に「作って」と頼みさえすれば。
 毎朝は駄目でも、増やして貰えるだろう回数。
 「前のぼくの夢の朝御飯だから」と、ホットケーキが夢だったことを話したら。
 地球に着いたらそれを食べたいと、夢に見ていたと伝えたら。
(…其処までは簡単なんだけど…)
 もう半分の夢は、まだ叶わない。
 ハーレイと一緒に暮らせないから、二人で朝食を食べられないから。
 チビの自分は、ハーレイとキスさえ出来ない日々。
 結婚などは夢のまた夢、プロポーズもして貰っていない。
 いつになったら、ハーレイと朝食を食べられるのか。
 前の自分が夢に見続け、諦め、失くしてしまった、青い地球で食べる素敵な朝食。
 ハーレイと二人でホットケーキの朝御飯。
 サトウカエデの森の恵みの、本物のメープルシロップをたっぷりとかけて。
 地球の草を食んで育った牛のミルクの、太陽の金色のバターを添えて。
(ホントのホントに、夢だったのに…)
 やっと地球までやって来たのに、まだ半分しか叶わない夢。
 ハーレイと結婚するまでは。
 二人で暮らせる時が来るまでは、夢は半分だけのまま。
 ホットケーキの朝食はあっても、そのテーブルにいないハーレイ。
 前の生なら、ハーレイと一緒に食べられたのに。
 ホットケーキの時も、トーストの時も、朝食は一緒だったのに。


 なんとも残念でたまらないけれど、どうにもならない今の現実。
(…ホットケーキも、メープルシロップも、バターもあるのに…)
 ハーレイが足りない、と溜息を零しても、ハーレイは来ない。
 何ブロックも離れた所に住んでいるから。
 ホットケーキの朝食のために、わざわざ来てはくれないから。
 来てくれたとしても、その時限り。
 毎朝、ハーレイと一緒ではなくて、ポツンと家に残される。
 両親もいてくれるけれども、気分は一人。
 「ハーレイに置いて行かれちゃった」と。
 半分だけしか叶わなかった夢、ホットケーキの朝食の方が叶うよりかは…。
(…ハーレイと一緒の方が良かった?)
 そう考えてしまったけれども、慌てて首を左右に振った。
 前の自分が焦がれ続けた、地球に生まれて来たのだから。
 …今は無理でも、いつか育てば、ハーレイと二人で暮らせるのだから。
(今だけの我慢…)
 結婚出来るまでの我慢、と自分の胸に言い聞かせる。
 ハーレイがくれた新しい夢が詰まった胸。
 前の自分が持っていた夢を、もっと大きく膨らませた夢。
(サトウカエデの森を見に行こう、って…)
 ハーレイはそう誘ってくれた。
 雪の季節から春先にかけて、メープルシロップの材料の樹液を集める森。
 其処へ行こうと、採れたばかりのシロップを煮詰めて、キャンディー作りも出来るらしいと。
(煮詰めたシロップを、雪で冷やして…)
 柔らかいのを、棒に巻き付けると教えてくれたハーレイ。
 そういう遊びをやりに行こうと、サトウカエデの森に行こうと。


 ハーレイと二人で旅に行く時は、きっと幸せなのだろう。
 はしゃぎながらサトウカエデの森を歩いて、あちこち眺めて回るのだろう。
 キャンディーを作って、二人で食べて。
 …ホテルではきっと、ホットケーキの朝食だって。
(それまでにだって、ホットケーキ…)
 ハーレイなら、きっと朝食に何度も、何枚も焼いてくれるから。
 ホットケーキの夢の残り半分を、叶えてくれるに決まっているから。
(…ぼくが大きく育つまで、我慢…)
 前の自分が描いていた夢、ホットケーキを地球で朝食に食べる夢。
 それの残りは、もう少しだけ我慢しておこう。
 夢は必ず叶うから。
 ハーレイといつか、サトウカエデの森にも出掛けてゆくのだから…。

 

        ホットケーキの夢・了


※ソルジャー・ブルーだった頃の、夢の朝食。それが半分だけ叶ったブルー君の今。
 残り半分は、まだ先になるようですけれど…。待つだけの価値はありますよねv





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(あいつの夢なあ…)
 半分しか叶っていなかったのか、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 ブルーの家に行って来た日に、夜の書斎で。
 今日の出来事を鮮やかに思い出しながら。
 会うなり、ホットケーキだと口にしたブルー。
 「ホットケーキの朝御飯のこと、覚えてる?」と。
 何のことかと思ったけれど。
 小さなブルーと食べた朝食に、ホットケーキは無かった筈だと考えたけれど。
 「前のぼくの夢」と続いた言葉で、「あれか」と思い当たったもの。
 ホットケーキの朝食がブルーの夢だった、と。
 前のブルーが夢に見ていた、地球で食べたかった朝食なのだ、と。
(本物のメープルシロップをかけて、地球の草で育った牛のバターで…)
 そういうホットケーキを食べたい、と前のブルーは夢を描いた。
 いつか地球まで辿り着いたら、平和な時が訪れたなら。
 前のブルーのお気に入りだった、朝食に出されるホットケーキ。
 それを水の星、青い地球ならではの食べ方で。
 合成ではなくて、サトウカエデの木から採られたメープルシロップ。
 甘い樹液で出来たシロップをたっぷりとかけて、ホットケーキに染み込ませて。
 地球の草を食んで育った、牛のミルクから出来たバターも。
 ホットケーキの熱でトロリととろけるバター。
 金色のバターも、きっと美味しいだろうから。
 白いシャングリラで育った牛と地球の牛では、ミルクの質が違うだろうから。
 青い地球で食べるホットケーキこそが本物、と夢見たブルー。
 いつの日か、地球でそれを食べようと。
 シャングリラで地球まで辿り着いたら、平和な時代になったなら。


 けれども、叶わなかった夢。
 前のブルーは地球に行けなくて、暗い宇宙に散ってしまった。
 ミュウの未来を守るためにと、たった一人でメギドを沈めて。
 …そうなる前から、ブルーは諦めていたけれど。
 寿命が尽きると分かった時から、もう夢見てはいなかったけれど。
(…地球には行けやしないんだから…)
 幾つもの夢を諦めたブルー。
 自分は地球まで行けはしないと、地球でやりたかったことも出来ないと。
 ホットケーキの朝食の夢も、ブルーは語らなくなった。
 たまに寂しそうに零しただけで。
 青の間で二人で食べた朝食、ソルジャーとキャプテンの朝の風景。
 そのテーブルにホットケーキが出て来た時に。
 「…ホットケーキを地球で食べたかったな」と、揺れていた瞳。
 きっとブルーは、見ていたのだろう。
 叶わない夢の朝食を。
 ホットケーキの向こうに重ねて、地球で食べるそれを。
 本物のメープルシロップをかけて、地球の草で育った牛のミルクのバター。
 どんなに美味しいものだろうかと、いつか味わいたかったと。
 青い地球まで辿り着けたら、それがあるのに。
 …人類とミュウとが和解したなら、きっと食べられる筈なのに、と。
 ブルーには時間が無かったけれど。
 座標も掴めないままだった地球は、夢の星でしかなかったけれど。


 地球を夢見て、幾つもの夢を諦めた末に、宇宙に散ってしまったブルー。
 白いシャングリラから遠く離れた、誰もいない場所で。
(…俺の温もりまで失くしちまって…)
 泣きじゃくりながら逝ってしまったブルー。
 けれど、ブルーは帰って来た。
 新しい命と身体を貰って、前のブルーが夢に見た星に。
 焦がれ続けた青い地球の上に、前とそっくり同じ姿で。
(…そっくり同じとは、まだ言えないが…)
 少々チビになっちまったが、と思い浮かべた小さなブルー。
 遠く遥かな時の彼方で、初めてブルーに出会った頃。
 あいつはああいう姿だったと、十四歳の姿のままだったしな、と。
 だから、ブルーはこれから育つ。
 前とそっくり同じ姿に、ソルジャー・ブルーだった頃と同じに。
 ついでに、幼くてもブルーはブルー。
 前のブルーの記憶を持って、小さなブルーが帰って来た。
 一人前の恋人気取りで、それが頭痛の種だけれども。
 何かと言えばキスを強請って、「駄目だ」と叱れば膨れるブルー。
(まだチビのくせに…)
 唇へのキスを欲しいと言うから、「大きくなるまで駄目だ」と禁じた。
 前のブルーと同じ背丈に育つまで。
 ソルジャー・ブルーとそっくり同じ姿になるまで、キスは駄目だと。
 キスを断られては、仏頂面になっているブルー。
 「ハーレイのケチ!」と膨れるブルー。
 青い地球まで来られたのだから、少しは我慢すればいいのに。
 大きな夢が叶ったのだから、青い星まで来たのだから。


 前の自分たちが生きた頃には、青い地球など何処にも無かった。
 シャングリラでやっと辿り着いた地球は、生き物の影さえ無かった星。
(…前のあいつが夢見てたことは…)
 何一つ叶わなかったろう。
 ブルーが生きて地球に着いても、ほんの小さな夢さえも。
 「地球に着いたら、ホットケーキを食べたい」という、ささやかな夢も。
 ユグドラシルの中でも、頼めばそれは出ただろうけれど。
 「朝食はホットケーキがいい」と注文したなら、焼いては貰えただろうけれども。
 …それはブルーが夢に見ていたホットケーキとは違ったもの。
 材料は地球のものでさえもなくて、他の星から運ばれたもの。
 小麦粉も、卵も、牛乳も。
 ホットケーキにかけるメープルシロップも、乗せるバターも。
(…そいつを思えば、今のあいつは…)
 もう充分に恵まれている。
 青く蘇った地球に生まれて、ホットケーキを食べているのだから。
 地球で育った小麦を粉にした、小麦粉で出来たホットケーキを。
 卵も牛乳も、砂糖も全部。
 何もかも全部、地球産の材料で、ブルーの母が焼くホットケーキ。
 それにたっぷりとメープルシロップ、もちろん本物のサトウカエデから採れたもの。
 バターも地球の草で育った牛のバターで、好きなだけ贅沢に乗せられる。
 ホットケーキを重ねた上に、金色のバターの塊をポンと。
 焼き立てのホットケーキに、とろけるバターとメープルシロップ。
 今のブルーには、ごくごく普通の朝食だから。
 毎日そうではないだろうけれど、トーストの日も多いのだろうけど。


 そんな具合に、夢の朝食を食べているブルー。
 青い地球に来て、前の自分が夢に見ていたホットケーキを。
 なのに、「足りない」と零したブルー。
 「ぼくの夢、半分だけしか叶ってないよ」と。
 半分だけとはどういうことか、と思ったら。
 何が足りないのかと首を捻ったら…。
(…俺が足りないと来たもんだ…)
 小さなブルーがホットケーキの朝食を食べる、そのテーブルに。
 それはそうだろう、自分はブルーの家族ではないし、それで当然。
 いつかブルーが大きく育って、一緒に暮らし始めるまでは。
 二人きりで朝食を摂れはしないし、朝から二人でホットケーキは食べられない。
(…あいつの気持ちは分かるんだが…)
 今は我慢して貰うしかない。
 唇へのキスが駄目なのと同じで、ブルーが小さい間は無理。
 だから、新しい夢を与えておいた。
 青い地球だからこそ、見られる夢を。
 いつか本物のサトウカエデの森に行こうと、メープルシロップが採れる森に行こうと。
 樹液を集めて、メープルシロップを作る季節に。
 雪の季節から春先までがシーズンだから。
 その頃に行けば、メープルシロップを煮詰めてキャンディー作りも出来る。
 熱いシロップを雪で冷やして、柔らかく固めて、棒に巻き付けて。
 二人でそういう遊びをしようと、出来立てのシロップを食べようと。
 ブルーの夢のホットケーキも、きっと食べられるだろうから。
 出来たばかりのメープルシロップをたっぷりとかけて、地球で育った牛のバターで。


(もう何年か、かかるんだがな…?)
 小さなブルーが大きく育って、二人で旅に行くまでは。
 サトウカエデの森を訪ねて、出来立てのメープルシロップをホットケーキにかけるまでには。
 けれど、その時には丸ごと叶うブルーの夢。
 自分も一緒に食べる朝食、ホットケーキを二人でゆっくり。
(だが、それまでにだ…)
 食べさせておいてやらないと…、と思い浮かべたホットケーキの作り方。
 結婚したなら、ブルーのために作ってやろう。
 とびきり美味しいホットケーキを、腕によりをかけて。
 間違えたって、出来合いの粉など買っては来ない。
 材料を最初から合わせてあるような粉などは。
 ちゃんと極上の小麦粉をふるって、美味しい卵や牛乳を入れて。
(生クリームも入れると美味いんだ…)
 それからバニラエッセンスもだ、と指を折る。
 母に習った自慢のレシピ。
 しっとりとしたホットケーキが焼き上がるレシピ。
 いつかブルーと二人で食べよう、前の自分たちが夢見た星に来たのだから。
 前のブルーが夢に見ていた、朝食を二人で食べるのだから。
 ホットケーキに本物のメープルシロップ、地球の草で育った牛のミルクのバターを乗せて。
 「ハーレイが足りないんだよ」と零したブルーの夢が叶う日。
 最高に美味しいホットケーキを作って、二人で一緒に朝食を食べて…。

 

        夢のホットケーキ・了


※前のブルーの夢だった、地球で食べるホットケーキの朝食。ハーレイも覚えていたようです。
 結婚したら、二人でホットケーキ。ハーレイ先生のホットケーキ、美味しそうですよねv





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