(前のぼくなら、選び放題…)
きっとそうだったんだろうな、と小さなブルーが考えたこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日も学校で会った恋人、前の生から愛したハーレイ。
ずっと好きだったんだから、と思った途端に、ポンと頭に浮かんだ考え。
前の自分はハーレイと恋をしていたけれども、選び放題だった筈、と。
ミュウの長だったソルジャー・ブルー。
今の小さな自分と違って、ちゃんと育って立派な大人。
その気になったら、選び放題だったのだろう、と。
自分と恋をする人を。
前の自分と一緒に幸せに生きてくれる人を。
(もしも、ハーレイじゃなかったら…)
恋を隠していただろうか、と一番に気になったポイントは其処。
ハーレイと恋をしたのでなければ、前の自分は恋を隠さなくても良かったのでは、と。
(…だって、フィシス…)
前の自分がミュウの女神と呼んでいたフィシス。
機械が無から創った人間、けれども地球を抱いていた少女。
どうしても欲しくて、彼女を攫った。
前の自分のサイオンの一部を譲り渡して、ミュウに仕立てて。
白いシャングリラの仲間たちにも、フィシスはミュウだと大嘘をついて。
それは美しく育ったフィシス。
船の仲間たちは、多分、勘違いをしていただろう。
フィシスは選ばれた恋の相手で、前の自分の恋人なのだと。
何かと特別扱いをしたし、皆もフィシスの占いに頼っていたのだから。
(きっと、ソルジャーに相応しいって…)
そう思ったのに違いない。「フィシス様なら、よくお似合いだ」と。
勘違いをした仲間たち。
前の自分の恋人はフィシス、そんな具合に。
けれど、何処からも来なかった苦情。
口うるさいエラも咎めはしなかったのだし、フィシスだったら許された恋。
(前のぼくだって…)
丁度いい隠れ蓑だから、と敢えて否定はしなかった。
フィシスと恋をしているのならば、他に恋人はいない筈。
ましてや同じ男のハーレイ、そちらに目を向けはしないだろうと。
(フィシスとだったら、隠さなくてもいい恋で…)
堂々と二人並んで立てたし、フィシスの手を取って歩きもした。
まるで恋人同士のように。
何処から見たって、きっと恋人同士の二人だったろう、前の自分とフィシスなら。
(でも、誰も…)
自分とフィシスを引き離そうとはしなかった。
つまりは恋が許されたわけで、フィシスとだったら許された恋。
前の自分も、距離を置こうとは考えないままで、特別扱いしていたフィシス。
傍から見たら恋人なのに。
恋人のために、あれこれと心を砕くソルジャーだったのに。
(天体の間をフィシスにあげて、服だって…)
皆の制服とは違ったものを着せてあったのがフィシス。
ミュウの女神に相応しいよう、特別にデザインさせたドレスを。
首飾りだってフィシスだけだし、破格の待遇。
恋人を贔屓しているソルジャー、そう見えたかもしれないのに。
(誰もなんにも言わなかったし、前のぼくだって…)
やめようとしなかった特別扱い、フィシスは女神だったから。
青い地球を抱くフィシスが欲しくて、船の仲間も騙したのだから。
今から思えば、かなりの贔屓。
フィシスのための特別扱い、恋に目が眩んでいたかのよう。
けれども誰も咎めなかったし、前の自分も改めないまま。
フィシスだったら、何も問題無かったから。
似合いの二人に見えるだけのことで、船の未来まで左右はしない。
フィシスのカードが告げる未来は、ただ読み取っていただけのこと。
前の自分が「こう並べて」と指図などはしていないから。
カードはフィシスが繰っていただけ、未来を読む力が導くままに。
だから誰からも出なかった苦情、フィシスを特別扱いしても。
(フィシスが特別だったんだから…)
彼女を連れて来た自分への言葉も、称賛ばかり。
素晴らしい女神をよくぞ見付けたと、これでシャングリラもミュウの未来も安泰だと。
フィシスが船に留まるのならば、彼女と恋をしていてもいい。
それをフィシスが喜ぶのなら。
特別扱いされていることも、ソルジャーの恋人であることも。
(ちっとも隠していないよね…?)
船の仲間たちが勘違いをした、前の自分とフィシスの仲。
恋人同士だと思っただろうに、許されていたのがフィシスとの恋。
船の未来を左右したりはしないから。
恋人同士の二人だとしても、誰も困りはしないから。
(自分が恋人になりたかったのに、っていうのは別だけど…)
そういう人しか困らなかった。
ソルジャーとキャプテンが恋をしたなら、大勢の人が困るのに。
白いシャングリラを導くソルジャー、その舵を握っているキャプテン。
船の頂点に立っていた二人、恋をすることは許されない。
シャングリラを私物化しているのだ、と皆から非難されるから。
たとえ会議を開いてみたって、「茶番だ」と言われるだろうから。
全て二人で決めるのだろうと、会議なんかは開くだけ無駄、と。
ハーレイの立ち位置が恋の障害、前の自分たちの恋はそうだった。
皆に知れたら、船の未来が危うくなってしまう恋。
フィシスだったら、誰も困りはしないのに。
前の自分がせっせと特別扱いをしても、ミュウの女神にぞっこんでも。
(フィシスが恋人に見えても平気だったんだから…)
違う誰かでも、きっと問題無かっただろう。
恋をしていると皆に気付かれても、シャングリラ中に知れてしまっても。
ついでに相手は選び放題、前の自分に夢中の女性は多かった。
声を掛けたら、きっと誰でも恋の相手になったろう。
ブリッジにいた、ヤエだって。
長老だったエラやブラウも、選んでしまってかまわない。
ただ長老だというだけなのだし、長老は他にもいるのだから。
(ゼルやヒルマンでも…)
かまわないわけで、ノルディを相手に選んだっていい。
誰を選んで恋をしたって、何処からもきっと苦情は来ない。
フィシスでも許されたのだから。
あれほどの贔屓と特別扱い、それでも文句は出なかったから。
(お互い、きちんと仕事してれば…)
ヒルマンだろうが、ブラウだろうが、前の自分の恋の相手は選び放題。
たった一人だけ、前のハーレイを除いては。
シャングリラの舵を握るキャプテン、本当の恋人だったハーレイ。
最後まで明かせないままで恋は終わって、誰も知らない。
前のハーレイは日誌に書かなかったし、前の自分も何一つ残さなかったから。
けして知られてはならない恋だと、二人で隠し続けたから。
他の誰かと恋をしたなら、堂々とデート出来たのに。
おまけに相手も選び放題、ゼルでもエラでも良かったのに。
(なんで、ハーレイを選んじゃったわけ…?)
よりにもよって、一番厄介なハーレイに恋、と首を捻ったけれど。
どうしてハーレイだったのだろう、と思うけれども、答えなんかがある筈もない。
恋はそういうものだから。
気付けばすっかり恋をしていて、囚われているものだから。
(前のぼくだって…)
ハーレイを好きだと思った時には、とうに虜になっていた。
他の誰かの方がいいとは、微塵も思いはしなかった。
ハーレイに恋をしているのだから、他の者など目に入らない。
皆には言えない恋であっても、明かせない恋だと気付いていても。
(恋しちゃったら、どうしようもないし…)
それこそ失恋しない限りは、きっと壊れはしないのだろう。
一緒にいたいと思う気持ちは、誰よりも好きだと惹かれる心は。
たとえ失恋したとしたって、忘れることなど出来ないのだろう。
その人に恋をしたことを。
好きだと気付いて、胸をときめかせた日々を。
(…前のぼく、失恋しなかったから…)
ハーレイと恋に落ちてしまった、誰にも言えない秘密の恋に。
二人きりの時しかキスも出来ない、抱き合うことさえ出来ない恋に。
前の自分は、恋人を選び放題だったのに。
ハーレイ以外なら誰を選んでも、堂々と恋が出来たのに。
皆が勘違いをしたフィシスだろうが、ヒルマンだろうが、ブラウだろうが。
ゼルが好きだと告白したって、エラやノルディと激しい恋に落ちたって。
もちろんヤエに恋してもいいし、もう本当に選び放題。
ハーレイでさえなかったら。
恋の相手に選びたいのが、キャプテンでさえなかったら…。
けれど、選んでしまったハーレイ。
一番厄介な立ち位置のキャプテン・ハーレイ、でも後悔はしなかった。
他の人など、もう目に入りはしなかったから。
きっと最初から見てもいなくて、ハーレイに恋をしていたから。
(…ハーレイだけしかいなかったんだよ…)
いつも一緒にいたかった人は、側にいたいと願った人は。
エラでもブラウでもヒルマンでも駄目で、ゼルもノルディも駄目だった。
ハーレイ以外に恋はしなかったし、ハーレイだけが恋人だった。
誰にも言えない恋だったけれど、別れのキスも出来ないままで終わったけれど。
それでもハーレイを選んだことは、最期まで後悔してはいなくて…。
(もう会えない、って泣きじゃくりながら…)
前の自分は死んでしまった。
ハーレイの温もりを失くしてしまって、右手が凍えて冷たいと泣いて。
けれど、終わらなかった恋。
蘇った地球に生まれ変わって、またハーレイと出会ったから。
(今度もやっぱり、ハーレイだけ…)
ぼくには君しかいないんだもの、と今の幸せを噛み締める。
恋の相手が選び放題だった頃より、きっと自分は幸せだから。
今度の恋は隠さなくてもいい恋なのだし、ハーレイを選んでも誰も咎めはしないから。
それにとっくに選んだ恋。
まだまだチビで小さいけれども、もう決めている未来のこと。
いつか大きく育った時には、ハーレイと挙げる結婚式。
前の生からの恋の続きは、ハッピーエンドの恋になる。
たった一人だけの運命の人と、今度は幸せに生きてゆく。
今度もハーレイを選ぶから。ハーレイだけしか選べないから、他の人に恋は出来ないから…。
君しかいない・了
※前の自分の恋の相手は選び放題だったのでは、と今頃になって気付いたらしいブルー君。
でも、選びたかったのはハーレイだけ。今度もやっぱり選ぶハーレイ、運命の恋人同士ですv
(すっかりチビになっちまったんだが…)
当分はキスも出来そうにないが、とハーレイが思い浮かべた恋人。
夜の書斎で、熱いコーヒーを淹れたカップを手にして。
前の生から愛した恋人、小さくなってしまったブルー。
今日も学校で会ったけれども、何処から見たって年相応。
十四歳にしかならない子供で、学校で一番のチビでもある。
(まあ、前に会った時もあのくらいでだ…)
最初はこのくらいだったんだ、と眺めた木枠のフォトフレーム。
夏休みの記念にブルーと写した、二人並んで収まった写真。
左腕にギュッと抱き付いたブルーは、本当にまだ子供だけれど。
(今度は正真正銘、子供だ)
アルタミラで会った時と違って、と写真のブルーの笑顔を見詰める。
前のブルーと初めて出会ったアルタミラ。
今と同じに少年だったブルー、けれども本当は遥かに年上。
ただ成長を止めていただけ、成人検査を受けた直後の姿のままで。
(分かっちまうと、なんともなあ…)
悲しかったのを覚えている。
ブルーが年上だったからではなくて、その運命。
どれだけの苦痛を受けて来たのかと、自分の身と照らし合わせてみて。
どれほどの時を地獄の中で生きて来たかと、なんと悲しいことだろうかと。
(前の俺みたいにデカけりゃなあ…)
ブルーと会った時には青年だったし、大きく育っていた身体。
その身体ならば、同じ苦痛でも軽く感じるのだろうに。
少年の姿で味わうよりかは、遥かにマシな筈なのに。
それを思うと辛かった。
どうしてブルーは、と痛ましくて、ただ悲しくて。
アルタミラから逃れたブルーは、やがて大きく育ったけれど。
美しく気高い前のブルーになったけれども、今はチビ。
また巡り会えて、青い地球の上で二人して記憶を取り戻したけれど…。
(当分は、教師と教え子ってことで…)
恋人同士には戻れそうもないな、と少し残念にも思う。
今も愛しているのだけれども、キスを交わせはしないから。
前と同じに愛を交わして、共に暮らせはしないのだから。
(あいつが大きくなるまでの辛抱…)
それにチビでも可愛いんだ、と小さなブルーの愛らしさを想う。
前のブルーも出会った時にはチビだったけれど、悲しい過去を持っていたチビ。
アルタミラでの辛い日々だけしか、覚えていなかった小さなブルー。
(今のあいつとは違ったんだ…)
幸せ一杯に育った今のブルーは、やっぱり違う。
前のブルーより、ずっと我儘で小さな王様。
(キスまで強請って来やがるしな?)
我儘の極みがキスのおねだり、と大きく頷いて可笑しくなった。
前のブルーがチビだった頃は、キスなどしてはいないから。
恋人同士ではなかったわけだし、それで当然。
だから知らない、出来もしないキスを強請るブルーは。
「ぼくにキスして」と言われた時には、前はいつでもキスをしたから。
ちゃんと育った前のブルーに。
「キスしてもいいよ?」と言われた時にも、遠慮なく。
誰よりも愛したブルーなのだし、キスのチャンスは逃さない。
今のブルーなら、「キスは駄目だ」と断るけれど。
「前のお前と同じ背丈に育つまでは」と、叱って釘を刺すのだけれど。
キスも出来ない小さな恋人、本当に小さな子供のブルー。
いつか大きく育ってくれる日までは、デートも出来ない今の恋人。
(俺くらいの年で、恋人がいれば…)
休日の度にデートだよな、と浮かんだ考え。
とうに結婚した友人だって多いのだから、遅咲きとも言える自分の恋。
そんな自分が恋をしたなら、きっと休みの度にデートだろう。
愛車を走らせて迎えに出掛けて、食事にドライブ、家にだって呼ぶ。
「寄っていかないか?」と、デートの帰りに誘うことだってあるだろう。
大人同士の恋なのだから、門限だって無いのだから。
(そのまま泊まって行っちまうことも…)
あるんだろうな、と巷に溢れるカップルを思うと少し寂しい。
せっかくブルーと再会したのに、恋の続きが始まったのに。
どうやら振り出しに戻ったらしいと、初めてのキスからやり直しだ、と。
(しかも、そいつがいつになるやら…)
とんと分からん、と零れた溜息。
小さなブルーは今もチビのまま、少しも育ちはしないから。
一ミリさえも伸びていないのがブルーの背丈。
(ゆっくり育てよ、とは言ったんだがなあ…)
前のブルーが失くしてしまった、幸せな子供時代の記憶。
それを充分に取り戻せるよう、今を満喫出来るよう。
ゆっくり育って欲しいけれども、その分、先延ばしになるのがデート。
初めてのキスも先延ばしになるし、結婚だってずっと先のこと。
なんとも困った、と苦笑い。
恋人はちゃんといるというのに、人並みにデートも出来ないようだ、と。
キスも無理ならドライブも無理で、小さなブルーは恋人なだけ。
「好きだよ」とブルーが言ってくれても、まだ幼くて無垢な子供の「好き」だから。
前のブルーが口にしたのとは、きっと中身が違うから。
困ったもんだ、と思うけれども、二人でデートも出来ないけれど。
(もっと他の誰かにだな…)
恋をしていりゃ良かったのか、と自分に向かって投げ掛けた問い。
小さなブルーとは違う誰かで、直ぐにデートに出掛けられる人。
女性だったら、気にすることは何も無い。
ごくごく普通のカップルなのだし、デートを重ねて、いずれは結婚。
子供部屋だって直ぐに出番が来るだろう。
(うんと賑やかに…)
子供が多い家になるかもしれない、子供は大好きなのだから。
そういう平凡な人生だったろうか、もしもブルーと出会わなければ。
いつか女性に恋して結婚、子供も大勢生まれたろうか。
それも幸せだろうけれども、今となっては思い描けないそういう未来。
ブルーに出会ってしまったから。
前の生から愛し続けた、愛おしい人を見付けたから。
(駄目だな、他の誰かなんてな)
俺にはあいつしかいないんだ、と覗き込んだ小さなブルーの写真。
フォトフレームの中、とびきりの笑顔。
(お前を見付けちまうとなあ…)
他には誰も考えられんな、と小さなブルーに心の中で呼び掛ける。
「俺のブルーだ」と、「お前だけだ」と。
育つまでずっと待っていてやると、他の誰かに恋はしないと。
チビだからキスが出来なくても。
ドライブもデートも無理な恋人でも、本当にブルーしかいない。
心の底から「欲しい」と思う恋人は。
絶世の美女に巡り会おうが、きっと心が動きはしない。
小さなブルーを見付けたから。
ブルーと恋をしてゆくのだから。
(それに、あいつは凄い美人に…)
育つんだから、と浮かべた笑み。
今の時代も人気があるのが、美しかった前のブルー。
写真集が何冊も出されるくらいに、ベストセラーになるほどに。
(絶世の美女ではないんだが…)
女じゃないしな、というだけのことで、前のブルーの美貌は今も大勢の人を惹き付ける。
それとそっくり同じ姿に育ってゆくのが、小さなブルー。
誰もがハッと振り返るほどに、それは美しく気高い人に。
そうなった時は、きっと素晴らしいデートが出来ることだろう。
二人で街を歩いていたなら、誰もが注目するブルー。
(そのブルーが俺の恋人で…)
きっと自分も得意満面、ブルーを見せびらかすのだろう。
どんなもんだと、俺の恋人は凄いだろうと。
(しかし…)
そういう自慢が出来なくても、とハタと気付いた。
もしもブルーが違う姿でも、自分は愛していたろうと。
巡り会えたなら、また恋をして。
「俺のブルーだ」と、ギュッと抱き締めて。
たとえ人ではなかったとしても、子猫のブルーに出会っていても。
育っても普通の猫になるだけのブルーでも。
(…うん、間違いなく…)
可愛がるな、と自信を持って言い切れる。
いつだったかブルーが「猫だったら良かった…」と話したけれども、その時のように。
猫のブルーをせっせと世話して、車に乗せてドライブにだって。
寿命の短い猫のブルーがいなくなったら、きっと自分は探すのだろう。
何処に行ったかと、今度は何に生まれ変わって来てくれるのかと。
それこそ世界中を回って、きっとブルーを見付け出す。
子猫だろうが、小鳥だろうが。
「俺のブルーだ」と連れて帰って、精一杯の愛を注ぐのだろう。
ブルーが幸せでいられるように。
前のブルーとは違う姿でも、ブルーが何になったとしても。
(俺にはお前しかいないんだ…)
だから贅沢を言っちゃいかんな、と眺めた小さなブルーの写真。
いつか育てば、キスもデートも出来るのだから。
嬉しいことに、ブルーは前と同じ姿で、人に生まれて来てくれたから。
ブルーだけしか好きになれない、自分と恋をするために。
今度こそ二人、この地球の上で、いつまでも幸せに生きてゆくために…。
お前しかいない・了
※ハーレイ先生が好きになるのはブルー君だけ。絶世の美女より、ブルー君を選ぶのです。
もしも猫でも、迷わずに選ぶブルー君。猫でも抱き締めてデートに行くんでしょうねv
(今日は、ちょっぴり話せただけ…)
挨拶のついでにほんの少し、と小さなブルーがついた溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドの端にチョコンと座って。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今は古典の教師のハーレイ、チビの自分は教え子の一人。
今日もハーレイには会えたけれども、学校の廊下だったから。
「ハーレイ先生!」と呼び掛けて挨拶、それと僅かな立ち話だけ。
ハーレイは「じゃあな」と行ってしまったから。
授業の準備をするために。
軽く手を振って、「また後でな」と。
だから、本当に期待していた「また後で」。
きっと帰りに寄ってくれると、家に来てくれるに違いないと。
(多分、そのつもりだったんだろうけど…)
急な用事が出来てしまったのか、会議が長引きでもしたか。
首を長くして待っていたのに、鳴らなかったチャイム。
ハーレイは訪ねて来てはくれなくて、夕食のテーブルにポツンと空席。
誰も座っていない椅子が一つ、何の料理も並ばない場所。
もしもハーレイが来てくれていたら、其処に座っていたろうに。
母が料理や取り皿を並べて、「おかわりは如何ですか?」と笑顔で訊いていたろうに。
けれども、そうはならなかった日、夕食の席には父と母だけ。
なまじ期待をしていた分だけ、ぽっかりと穴が開いたよう。
ハーレイがいない夕食の席は、なんて寂しいのだろうと。
いつものテーブルが大きく見えると、空いている場所も広すぎるよ、と。
そうは思っても、両親に言えはしないから。
「ハーレイがいないと寂しいよ」などと言おうものなら、恋がバレるかもしれないから。
平気なふりをして食べた夕食、無理やり奮い起こした元気。
普段よりずっと、はしゃいで笑ったかもしれない。
父が通勤の途中で見掛けた、愉快な光景。
猫にリードをつけての散歩で、おまけに犬まで一緒だったらしい。
「縺れちまって大変だったぞ」と身振り手振りで話すものだから、コロコロ笑った。
仲良しの猫と犬とが遊んで、じゃれ合う様を思い描いて。
リードが絡んで縺れてしまって、猫と犬とを抱えて困っていた飼い主。
どちらの方から解けばいいかと、首輪を手にして。
それを見守る車の人やら、通行人やら。
誰もが笑顔で、迷惑そうな顔などはせずに。
「手伝いましょうか?」と名乗り出る人も、何人も。
「パパは手伝わなかったの?」と尋ねてみたら、「車だしな?」と両手を広げた父。
ただでも縺れた猫と犬とで、一つ塞がりかけていた車線。
この上、車が駐車したなら、更に迷惑になるだろうが、と。
そんなわけだから、父は最後まで見ていないらしい。
縺れてしまった猫と犬とは、誰が解いてやったのか。
解けた後には元通りに仲良く散歩だったか、またまた縺れてしまったのかも。
母も「あらまあ…」と可笑しそうだった、父が話した猫と犬の散歩。
「ぼくも見たかった!」と瞳を煌めかせたけれど。
嘘をついてはいなかったけれど、きっとはしゃぎたかったのだろう。
ポツンと空いたハーレイの席。
それがあるのが寂しかったから、楽しい気分になりたくて。
両親と一緒でこんなに幸せ、と今の幸せに酔いたくて。
楽しくはあった、夕食の席。
父の話は傑作だったし、実際、見たいとも思う。
縺れてしまった仲良しの猫と犬との散歩。
(どうせ見るなら…)
ハーレイと一緒に見てみたいよね、と頭に浮かぶ恋人の顔。
今日は来てくれなかった恋人、今頃はきっと…。
(コーヒーか、お酒…)
それを味わう時間を過ごしているだろう。
書斎か、あるいはダイニングなのか。今日のハーレイの気分次第で。
(どっちなのかな?)
コーヒーなのか、それともお酒にしたか。
書斎でゆっくり飲むことにしたか、ダイニングで何かつまみながらか。
(どれなんだろう?)
正解はどれ、と首を傾げてみるけれど。
ハーレイの家は何ブロックも離れた向こうで、窓から覗いても屋根さえ見えない。
思念波だって不器用な自分は紡げないのだし、紡げたとしても…。
(お行儀、悪すぎ…)
今の時代は、用があるなら思念波ではなくて通信で。
そういうルールの時代なのだし、前の自分のようにはいかない。
ハーレイに向かって思念を飛ばして、「どうしてるの?」という質問は無理。
お酒かコーヒー、どちらにしたのか、それの答えは返って来ない。
書斎に行ったか、ダイニングにいるか、それだって。
前の自分ならば直ぐに訊けたし、答えも返って来たのだろうに。
どれを選んだか、何処にいるのか、一瞬の内に。
遠すぎるんだよ、と零れる溜息。
ハーレイの家が隣だったら、窓を開ければ済む話。
其処から覗いて、ハーレイのいる部屋は何処かと探してみる。
運が良ければ、選んだ飲み物も分かるだろう。
「コーヒーを淹れているみたい」だとか、「お酒のボトルを出してるよ」だとか。
けれど、隣人ではないハーレイ。
窓を開けても別の隣人、ハーレイのことは分からない。
コーヒーなのか、お酒なのかも、書斎とダイニング、どちらに座っているのかも。
(ダイニングでお酒…)
書斎でコーヒー、と思ったけれども、その組み合わせとは限らない。
ダイニングでコーヒーを飲んでいるとか、書斎でお酒ということだって。
(どれなの、ハーレイ?)
分からないよ、と呼び掛けてみても、返らない答え。
何ブロックも離れているから、正解はどれか分かりはしない。
父が見掛けた猫と犬の散歩、それの結末が分からないように。
縺れてしまった猫と犬とは、仲良く散歩を続けたのか。
またまた縺れてしまったのかも、誰が解いてやったのかも。
(ハーレイだって謎だらけ…)
縺れちゃった、と恋人の今の姿を想う。
手にしているのはコーヒーなのか、酒を満たしたグラスの方か。
座っている場所はダイニングなのか、あるいは書斎でのんびりなのか。
(…組み合わせの数は…)
これだけなんだ、と分かっていたって、出ない正解。
縺れた猫と犬との散歩の続きが分からないように、見ていないものは分からない。
前の自分なら、直ぐに答えを手に出来たのに。
ハーレイとの距離が離れていたって、本当に一瞬だったのに。
シャングリラは巨大な船だったけれど、ハーレイとはいつも繋がっていた。
意識しなくても、思念の糸で。
心の何処かで、どんな時でも。
(ホントにいつでも一緒だったよ…)
だから安心していられたのに、と嘆いてしまう今の自分の境遇。
ハーレイが何処にいるかも掴めない上に、やっていることも分からない。
選んだのが酒かコーヒーなのかも、書斎にいるのか、ダイニングかも。
(リビングだっていうこともあるし…)
普段は書斎かダイニングだとは聞いているけれど、他の選択肢もある筈で。
飲み物にしたって其処は同じで、たまにはジュースや紅茶なのかもしれないし…。
(ハーレイのことも分からないなんて…)
今日は来てくれると思っていたのに、外れた期待。
その分、余計に知りたいハーレイ。
今は何処なのか、何をしているのか、今の自分には掴めないこと。
それが知りたい、ハーレイのことを。恋人の今を。
(前のぼくなら、離れていたって…)
ホントにいつでも分かったのに、と時の彼方を思ったけれど。
白いシャングリラを懐かしんだけれど、途端に気付いた今の幸せ。
前の自分が最後に眺めた、あの船を思い出したから。
これが最後だと、どうか無事でと、祈る気持ちで飛び去った。
忌まわしいメギドを沈めるために。
大勢の仲間を、ハーレイを乗せた白い鯨を守り抜くために。
(あの時の、ぼく…)
もうハーレイとは繋がっていなかったのだった。
右手に持っていたハーレイの温もり、それだけで全部。
思念ではもう話せなかったし、話すつもりもなかった自分。
遠く離れてゆくだけだから。…どうせ最後には、届かなくなるのだろうから。
だから知らない、前のハーレイを船に残して出た後のこと。
今の自分はハーレイから話を聞けるけれども、前の自分は知らないまま。
そしてメギドで死んでしまった、ハーレイの温もりさえも失くして。
独りぼっちだと泣きじゃくりながら、死よりも恐ろしい絶望の中で。
(今だって、分からないけれど…)
ハーレイがどうしているのか謎だけれども、答えは必ず分かる筈。
次に会った時、「この前の日はどうしてたの?」と尋ねたら。
父も知らない猫と犬との散歩にしたって、知りようはある。
「知りませんか?」と新聞に投書したなら、きっと誰かが答えをくれるし…。
(その前に誰かが投稿するとか…)
傑作な出来事だったのだから、可能性だって大きいだろう。
明後日あたりに「パパ、載ってるよ!」と新聞を広げているかもしれない。
そういったことが出来るのも…。
(ハーレイと地球に来たからなんだよ…)
二人揃って、生まれ変わって。
新しい身体と命を貰って、前の続きを生きているから。
前と違って離れていたって、ハーレイのことなら必ず分かる。
「教えてよ」と尋ねさえすれば。
それが出来るのも、生きているから。…平和になった今の時代に。
(ぼくって、幸せ…)
なんて幸せなんだろう、と噛み締めた今を生きる幸せ。
それにいつかは、ハーレイと一緒に暮らすのだから。
(前と違って、ホントに一緒…)
同じ家で暮らして、いくらでも出来る幾つもの話。手を繋いでデートにも行ける。
今は離れているけれど。何ブロックも離れた所で、別々の家にいるのだけれど。
離れていたって、前よりもずっと幸せな自分。
分からないことの答えは必ず聞けるから。離れて暮らすのも、自分が小さい内だけだから…。
離れていたって・了
※ハーレイの今の様子が分からない、と嘆いたブルー君ですけれど…。
後で尋ねれば分かるのです。「どうしてたの?」と。それが出来るのが幸せな今v
(挨拶だけで終わっちまったか…)
ツイてないな、とハーレイがついた小さな溜息。
夜の書斎でコーヒー片手に、愛おしい人を思い浮かべて。
十四歳にしかならない恋人、前の生から愛したブルー。
青い地球の上に二人で生まれ変わって、自分は教師でブルーは教え子。
今日も学校で会ったのだけれど、挨拶だけは交わせたけれど。
(それだけなんだ…)
急いでいたから、立ち話をする暇は無かった。
古典の授業でブルーのクラスに出掛けたけれども、その授業でも…。
(生憎と、俺の今日の方針…)
スラスラと答える成績のいい子は後回し。
理解出来ていない生徒が中心、答えさせるのも、朗読も。
トップの成績を誇るブルーは、当然、外してゆくしかない。
どんなに張り切って手を挙げていても、当てて貰おうと瞳が煌めいていても。
(ブルー君、と指名出来ないんだし…)
聞けるわけもない、ブルーの声。
挙手する時の「はいっ!」という声、それだけしか。
質問に答えるブルーの言葉も、教科書を朗読する声も。
(それっきりで、だ…)
帰りに寄れもしなかった、と残念な気分。
ブルーの家へと出掛けてゆくには、学校を出るのが遅すぎた。
仕方なく帰った自分の家。
夕食は美味しく食べたけれども、新聞ものんびり読んだのだけれど。
やっぱり何処か物足りない。
熱いコーヒーを飲んでいたって、書斎にゆったり座っていたって。
話しそびれた小さなブルー。
前の生から愛し続けて、また巡り会えた愛おしい人。
今頃は眠っているのだろうか、あの部屋のベッドにもぐり込んで。
(どうなんだかなあ?)
それも分からない、遠く離れたブルーの家。
小さなブルーが両親と一緒に暮らしている家、窓から覗いても屋根さえ見えない。
何ブロックも離れた所で、間に幾つも家が挟まっているのだから。
今の時代は思念波を飛ばして連絡さえも取れないから。
「人間らしく」がルールの時代で、前の自分が生きた時代のようにはいかない。
連絡するなら、きちんと通信。
家の中を透視も出来はしないから、まるで分からないブルーの姿。
起きているのか眠っているのか、それさえも。
幸せな夢の世界にいるのか、夜更かしして本を読んでいるのかも。
(はてさて、いったいどっちなんだか…)
本当に見当も付かないけれども、幸せでいてくれればいい。
夢の中でも、本の世界でも。
もっと別のことをしているにしても、幸せならば。
楽しんでいてくれるのならば、と恋人の姿を思い浮かべる。
「怖い夢なんか見るんじゃないぞ」と、「いい夢を見ろよ」と。
ブルーが恐れるメギドの悪夢。
それに捕まらなければいいと、幸せ一杯でいてくれれば、と。
とうに眠りに落ちているのなら、いい夢を。
それが一番、と思った所で気が付いた。
今の自分の幸せに。
素晴らしい世界に生きていることに。
今は離れているブルー。
此処から屋根さえ見えない所に、愛おしい人はいるのだけれど。
何をしているかも掴めないけれど、今の自分の心配事は…。
(…メギドの夢ってヤツだけなんだ…)
悲しすぎた前のブルーの最期。
小さなブルーが今の自分に話してくれた。
ソルジャー・ブルーだった前のブルーが、どんな最期を迎えたのかを。
どれほど悲しくて辛かったのかを、死よりも恐ろしかった孤独を。
今もブルーは、その夢を見る。
何かのはずみや、右手が冷えてしまった時に。
(俺の温もりを失くしちまって…)
冷たく凍えたというブルーの右手。
独りぼっちになってしまった、と泣きじゃくりながら死んだソルジャー・ブルー。
それがブルーを襲う悪夢で、救いに行けはしないから。
うなされているブルーの肩を揺すって、「起きろ」と夢から掬い上げることは出来ないから。
(アレだけが俺の心配事で…)
もう一つ挙げるなら、ブルーの健康。
前と同じに弱く生まれたブルーの身体は、今でも壊れやすいから。
風邪を引いたり、疲れすぎたりと、悲鳴を上げる小さな身体。
寝込んでしまったブルーを見るのは、今もやっぱり辛いのだけれど。
(それでも、ずいぶん幸せだよなあ…)
前に比べて、と大きく頷く。
小さなブルーが寝込んでいたって、心配事はそのことだけ。
明日は元気になるだろうかと、熱で悪夢を見ないだろうか、と。
他には何もありはしなくて、それだけで全部。
今はこんなに離れているのに。
ブルーが何をしているのかさえ、まるで分かりはしないのに。
(前の俺だと…)
それほど離れはしなかったブルー。
白いシャングリラが巨大な船でも、思念波で取れていた連絡。
基本は通信だったけれども、思念波でやり取りすることも出来た。
ブルーは青の間、自分はブリッジ。
そういう時でも、ヒョイと届いたブルーの思念。
「ハーレイ?」と呼ばれて「はい」と返した。
大抵は、つまらない用事。
それこそ今の自分が知りたい、「ブルーはどうしているのだろうか」といったこと。
ブルーはいつでも、思念波に乗せてそれを伝えていたものだから。
何をしているのか、連絡を取るついでのように。
思い付いた時に、ブルーから飛んで来た思念。
自分も思念で答えを返して、何気ないふりで仕事を続けた。
ブルーと会話をしていたことなど、話しもせずに。
大真面目な顔で舵を握ったり、キャプテンの椅子に座っていたり。
(離れていたって、あいつの様子は…)
知ろうと思えば、直ぐに分かったシャングリラ。
今の自分とは違った状況。
幸せなように思えるけれども、それは脆くて儚い幸せ。
(いつも繋がっているようなモンで、離れることは滅多に無かったんだが…)
たまに船からいなくなったブルー。
シャングリラを離れて、外の世界へと。
ミュウの世界を乗せた箱舟から、人類が生きる世界へと。
そういう時には、もう繋がってはいなかった。
ブルーから思念が届きはしないし、自分から送れもしなかった。
必要な連絡以外では。
ブルーの動きを邪魔しないよう、足を引っ張らないように。
前のブルーと離れた時には、掴めなかったブルーの様子。
どうしているのか、何処にいるのか、全ては届く情報でだけ。
エラが思念で追っているとか、モニターしているブリッジの仲間の報告だとか。
(でもって、俺には何も出来なくて…)
其処までは今と同じだけれども、決定的に違うこと。
それは自分の心配事。
今ならブルーが悪夢を見ないか、体調を崩していはしないかと、心配になってくるのだけれど。
前の自分が抱えていたのは、もっと大きな心配事。
ブルーは無事に戻って来るかと、怪我をしたりはしないかと。
一刻も早く戻って欲しいと、元気な姿を見せて欲しいと祈り続けていた自分。
今と同じに何も出来なくて、ブルーの様子も分からないから。
愛おしい人が何処にいるのか、どうしているかも掴めないから。
(あいつが弱り始めてからは…)
余計に増えた心配事。
あんな身体で出掛けて行って、と生きた心地もしなかった。
ブルーが離れてゆく度に。
白いシャングリラから飛び出して行って、いつもの繋がりが消え失せる度に。
(大丈夫だよ、と言われたってだ…)
本当に大丈夫なのかどうかは、けして分かりはしなかった。
ブルーは心を読ませなかったから、そういったことに関しては。
(挙句の果てに、とうとう離れて逝っちまった…)
前の自分との繋がりの糸を、自分から切って。
「ジョミーを支えてやってくれ」と言葉を残して、前のブルーは飛び去った。
たった一人で遠く離れたメギドへと。
あの時も自分は、何も分かりはしなかった。
ブルーが死ぬと分かっていたのに、その瞬間がいつ来たのかさえも。
(…今の俺たちも、同じように離れているんだが…)
小さなブルーがどうしているのか、分からない自分。
眠っているのか、起きているのか、それさえも掴めないけれど。
(幸せでいてくれればいい、っていうのがなあ…)
前の俺とはまるで違うな、と改めて思った今の幸せ。
離れているブルーを心配するのに、今は要らない命の心配。
メギドの悪夢と、体調を崩さないかと、その程度になった心配事。
(たったそれだけになっちまったか…)
なんて幸せな時代なんだ、と噛み締める今の自分の幸せ。
小さなブルーと離れてはいても、今は心配しなくてもいい。
前の自分と比べたならば、ほんの小さな心配事。
おまけに、それもいつかは消える。
いつかブルーと暮らし始めたら、悪夢を払ってやれるから。
「起きろ」と肩を揺すってやって。
ブルーが体調を崩した時にも、自分が世話をしてやれる。
必要だったら仕事を休んで、一日も早く良くなるようにと。
(今だけな上に、ちっぽけな心配事なんだ…)
あいつと離れちまっていても、と今の小さなブルーを想う。
離れていても心配事は少しだけだと、それもいつかは消えるんだよな、と…。
離れていても・了
※ブルーと離れてしまっていても、今は少しだけになった心配事。前と違って。
それに気付いたハーレイ先生、本当に幸せ一杯でしょうね。離れていてもv
(今日もゆっくり出来たんだけど…)
ハーレイと一緒だったんだけど、と小さなブルーがついた溜息。
休日の夜にパジャマ姿で、ベッドの端に腰を下ろして。
もうハーレイはとうに帰ったから、のんびり浸かって来たお風呂。
ポカポカと温まった身体は、今の幸せな毎日のよう。
大抵の日には会えるハーレイ、前の生から愛した恋人。
学校に行けば挨拶をしたり、ちょっと立ち話も出来たりする。
今のハーレイは古典の教師で、自分が通う学校の教師。
だから平日でも会えるハーレイ、自分が休んでしまわなければ。
ハーレイが研修で出掛けたりして、学校に来られない日でなければ。
(お休みの日だと…)
何か用事が出来ない限りは、ハーレイが家に来てくれる。
午前中から来てくれるのが常で、お茶に食事に、それからお喋り。
今の生での色々な話題、前の生での思い出話。
話す種ならいくらでもあるし、抱き付いて過ごすことだって。
今日もそういう休日の一つ、夕食の時間まで二人きり。
夕食は両親も一緒のテーブル、二人きりの時間はおしまいだけれど。
(今日の食後のお茶は、ぼくの部屋…)
母が部屋まで紅茶を運んでくれたから。
もう一度持てた二人きりの時間、それは幸せだったのだけれど。
のんびりとお茶を楽しんだ後で、ハーレイは帰って行ったのだけれど。
(…今日もキス無し…)
なんで、と眺めたクローゼット。
そうなる理由が其処にあるから、鉛筆で微かに書いてあるから。
前の生での自分の背丈。
ソルジャー・ブルーだった頃の背丈の高さに、線を引いたのは自分だから。
前の自分と同じ背丈に育たない限りは、出来ないキス。
唇を重ねる、恋人同士が交わすキス。
ハーレイはそれをくれはしないし、強請ったならば叱られる。
「キスは駄目だ」と、「俺は子供にキスはしない」と。
今日まで散々頑張ったけれど、少しも揺らがないハーレイの姿勢。
「ぼくにキスして」と強請っても駄目、「キスしてもいいよ」と誘っても駄目。
貰えるキスは子供用のキスで、いつでも頬か額にだけ。
本当に欲しいキスは貰えない、自分がチビで子供の間は。
(酷いんだから…!)
恋人を何だと思っているの、とハーレイに言っても笑われるだけ。
「お前は俺の恋人だが?」と、「少々、小さくなっちまったが」と。
今の姿に相応しい扱い、それをハーレイはしているらしい。
キスはもちろん、恋人同士の戯れも無し。
抱き締めてくれても、それでおしまい。
(ちょっとくらい…)
恋人らしく扱って欲しい、キスにしても、触れる手にしても。
「俺のブルーだ」と言うのだったら、それらしく。
前の自分と同じ扱いで、キスも、その先のことだって。
(本物の恋人同士は無理でも…)
両親もいる家でベッドに行くのはマズイ、と思っているなら、我慢もする。
それでもキスはして欲しいわけで、恋人らしく触れて欲しいとも思う。
抱き締めた後に、意味ありげに滑らせてゆく手。
うなじや、背中や、触れるだけでいいから。
前の自分に、何度もそうしてくれていたように。
けれど、その気が無いハーレイ。
唇へのキスをくれないほどだし、恋人らしい触り方などしない。
(清く、正しく…)
そんな感じのお付き合い。
前の生から、恋人同士だったのに。
青く蘇った水の星の上、生まれ変わって巡り会えたのに。
(キスも駄目って、酷いんだけど…!)
せっかく二人で過ごしているのに、貰えないキス。
抱き締めてくれても、たったそれだけ。
恋人同士で過ごしているのに、お茶と食事とお喋りだけ。
大きな身体に抱き付いていても、ハーレイの目から見た自分は…。
(恋人じゃなくて、ペットなのかも…)
ブルーという名の小さなペット。
猫か何かは知らないけれども、とにかくペット。
優しく撫でて御機嫌を取って、飼い主の方も幸せ一杯。
もしかしたらペットなのかもしれない、と思えば嵌まってゆくピース。
「俺のブルーだ」と名前を呼んで、頭を撫でて。
毛皮にブラシをかける代わりに、ギュッと抱き締めて。
「おやつだぞ?」だとか、「ほら、食事だ」とか、そういった感じ。
ブルーという名のペットと過ごして、ハーレイは帰ってゆくのかもしれない。
ペットをケージに入れる代わりに、「またな」と軽く手を振って。
また次にペットと遊べる日まで、暫しのお別れ。
(ペットのホテルなんかもあるけど…)
自分の場合は、飼い主が別というヤツだろう。
両親が飼っているペットの「ブルー」、それと遊びに来るハーレイ。
なんとも酷い、と思うけれども、やはり自分はペットだろうか。
前の自分とそっくり同じに育たない内は、チビに相応しくペット扱い。
(凄く大きな犬もいるけど…)
ハーレイが隣町の家で一緒に暮らしたペットは、猫だったから。
甘えん坊のミーシャという猫、ハーレイの母のペットの白猫。
だから小さくてチビの自分は、甘えん坊のミーシャと同じ扱い。
「ミーシャ」ではなくて「ブルー」と呼んで。
頭を撫でて、可愛がって。
(…でも、ペットだと…)
飼い主とキスをするペットも沢山。
チュッと唇にキスを貰う猫も、きっと少なくない筈だから。
猫の場合は唇があるのか、少々、悩む所だけれど。
(だけど、ホントに抱き上げてチュッて…)
そういう優しい飼い主は多くて、歩いていたってたまに見掛ける。
頬ずりした後、唇にチュッと。
(猫だって、キスを貰えるのに…!)
ミーシャだってハーレイとキスをしたかもしれない、子供時代のハーレイと。
真っ白な毛皮を撫でて貰って、その後でチュッと。
そうなってくると、キスも貰えないチビの自分は…。
(ペットよりも酷い扱いなわけ?)
キスも貰えやしないんだから、と悲しい気持ち。
いくらハーレイが「俺のブルーだ」と言ってくれても。
抱き締めてくれても、ペット以下。
ペットだったら、飼い主にキスを貰えることも多いのだから。
いい子にしていれば、唇にチュッと。
甘えていたって、チュッと唇に。
(ハーレイと一日、一緒にいたって…)
キスの一つも貰えないペット、「またな」と置いてゆかれるペット。
飼い主は別の人だから。…両親が面倒を見ているから。
ハーレイは家に遊びに来るだけ、ペットの自分を可愛がるために。
「俺のブルーだ」と頭を撫でては、ブラッシングの代わりに抱き締めたりして。
前の自分なら、いくらでもキスを貰えたのに。
ベッドで何度も愛を交わして、本物の恋人同士だったのに。
(…ぼく、他所の家のペットになっちゃった…)
おまけにキスも貰えないんだよ、と零れた溜息。
前の自分がハーレイと一日一緒にいたなら、こんな風にはならないのに。
二人でお茶や食事やお喋り、それだけで済む筈がない。
キスを交わして、愛を交わして、それは甘くて幸せな時間。
二人、溶け合ってしまいそうなほど。
重ねた身体や唇や手から、一つに溶けてしまいそうなほどに。
(…でも、ぼくだと…)
そういう風に過ごせはしなくて、キスも貰えない可哀相なペット。
どんなに甘えて強請ってみたって、唇へのキスは貰えない。
ペットの猫でも、飼い主とキスが出来るのに。
もしかしたら、ハーレイと真っ白なミーシャも、キスをしたかもしれないのに。
(強請っても駄目で、誘っても駄目で…)
午前のお茶から、夕食の後のお茶まで一緒だったのに。
前の自分なら、それだけハーレイと一緒にいたなら、キスくらいでは終わらないのに。
抱き合って、二人、一つに溶け合って。
重ね合った手も、絡み合った足も、すっかり熱の塊になって。
なのに自分はそうはいかない、キスも貰えないペットだから。
ペットの猫でも貰えるキスさえ、自分は貰えないのだから。
これじゃ駄目だと、恋人じゃないと、寂しい気持ちになるけれど。
猫でも飼い主とキスをするのにと、ペットにもなれないと思った所で気が付いた。
今日はハーレイと一緒に過ごして、午前のお茶に、午後のお茶。
昼御飯はもちろん二人きりで食べて、夕食だけが両親と一緒。
夕食の後のお茶もハーレイと二人、そういう一日を過ごしたけれど。
(前のぼくだと…)
そんな時間をハーレイと持てはしなかった。
キャプテンだった前のハーレイは、ブリッジが居場所だったから。
白いシャングリラを預かるキャプテン、昼の間は居るべきブリッジ。
会議や前の自分との視察、そういった用事が無い時は。
休憩時間や食事の時間を抜きにしたなら、キャプテンはブリッジにいるのが仕事。
(一日中、お茶と食事とお喋り…)
いくら相手がソルジャーだとしても、何処かで入っただろう呼び出し。
そうでなくても、ハーレイの方が「失礼します」と出てゆくだろう。
「時間ですので」と、「もうブリッジに戻りませんと」と。
だから独占できなかったハーレイ、今日の自分がやったようには。
今の自分が休日の度に、あの手この手でキスを強請っているような暇は無かったハーレイ。
(…今は時間が山ほどあるんだ…)
ハーレイを独占できてしまうから、欲が出る。
こんなに一緒にいるのに何故、とキスが出来ない不満も漏れる。
ペット扱いされているとか、ペット以下かもしれないだとか。
(贅沢を言ったら駄目だよね…?)
神様の罰が当たっちゃうかも、とコツンと叩いた自分の頭。
今の自分はキスは出来なくても、ハーレイを独占できるから。
ハーレイと二人で過ごせる時間を、山ほど持っているのだから。
それだけで前の自分よりもずっと幸せな筈。
キスは駄目でも、ブルーという名のペットだとしても、キスも貰えないペットだとしても…。
山ほどある時間・了
※自分はハーレイにとってペットなのかも、と思い始めたブルー君。更にはペット以下だとも。
けれど、ハーレイ先生と午前のお茶から夕食まで一緒。贅沢を言ってはいけませんよねv
