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(すっかりチビになっちまったんだが…)
 当分はキスも出来そうにないが、とハーレイが思い浮かべた恋人。
 夜の書斎で、熱いコーヒーを淹れたカップを手にして。
 前の生から愛した恋人、小さくなってしまったブルー。
 今日も学校で会ったけれども、何処から見たって年相応。
 十四歳にしかならない子供で、学校で一番のチビでもある。
(まあ、前に会った時もあのくらいでだ…)
 最初はこのくらいだったんだ、と眺めた木枠のフォトフレーム。
 夏休みの記念にブルーと写した、二人並んで収まった写真。
 左腕にギュッと抱き付いたブルーは、本当にまだ子供だけれど。
(今度は正真正銘、子供だ)
 アルタミラで会った時と違って、と写真のブルーの笑顔を見詰める。
 前のブルーと初めて出会ったアルタミラ。
 今と同じに少年だったブルー、けれども本当は遥かに年上。
 ただ成長を止めていただけ、成人検査を受けた直後の姿のままで。
(分かっちまうと、なんともなあ…)
 悲しかったのを覚えている。
 ブルーが年上だったからではなくて、その運命。
 どれだけの苦痛を受けて来たのかと、自分の身と照らし合わせてみて。
 どれほどの時を地獄の中で生きて来たかと、なんと悲しいことだろうかと。
(前の俺みたいにデカけりゃなあ…)
 ブルーと会った時には青年だったし、大きく育っていた身体。
 その身体ならば、同じ苦痛でも軽く感じるのだろうに。
 少年の姿で味わうよりかは、遥かにマシな筈なのに。
 それを思うと辛かった。
 どうしてブルーは、と痛ましくて、ただ悲しくて。


 アルタミラから逃れたブルーは、やがて大きく育ったけれど。
 美しく気高い前のブルーになったけれども、今はチビ。
 また巡り会えて、青い地球の上で二人して記憶を取り戻したけれど…。
(当分は、教師と教え子ってことで…)
 恋人同士には戻れそうもないな、と少し残念にも思う。
 今も愛しているのだけれども、キスを交わせはしないから。
 前と同じに愛を交わして、共に暮らせはしないのだから。
(あいつが大きくなるまでの辛抱…)
 それにチビでも可愛いんだ、と小さなブルーの愛らしさを想う。
 前のブルーも出会った時にはチビだったけれど、悲しい過去を持っていたチビ。
 アルタミラでの辛い日々だけしか、覚えていなかった小さなブルー。
(今のあいつとは違ったんだ…)
 幸せ一杯に育った今のブルーは、やっぱり違う。
 前のブルーより、ずっと我儘で小さな王様。
(キスまで強請って来やがるしな?)
 我儘の極みがキスのおねだり、と大きく頷いて可笑しくなった。
 前のブルーがチビだった頃は、キスなどしてはいないから。
 恋人同士ではなかったわけだし、それで当然。
 だから知らない、出来もしないキスを強請るブルーは。
 「ぼくにキスして」と言われた時には、前はいつでもキスをしたから。
 ちゃんと育った前のブルーに。
 「キスしてもいいよ?」と言われた時にも、遠慮なく。
 誰よりも愛したブルーなのだし、キスのチャンスは逃さない。
 今のブルーなら、「キスは駄目だ」と断るけれど。
 「前のお前と同じ背丈に育つまでは」と、叱って釘を刺すのだけれど。


 キスも出来ない小さな恋人、本当に小さな子供のブルー。
 いつか大きく育ってくれる日までは、デートも出来ない今の恋人。
(俺くらいの年で、恋人がいれば…)
 休日の度にデートだよな、と浮かんだ考え。
 とうに結婚した友人だって多いのだから、遅咲きとも言える自分の恋。
 そんな自分が恋をしたなら、きっと休みの度にデートだろう。
 愛車を走らせて迎えに出掛けて、食事にドライブ、家にだって呼ぶ。
 「寄っていかないか?」と、デートの帰りに誘うことだってあるだろう。
 大人同士の恋なのだから、門限だって無いのだから。
(そのまま泊まって行っちまうことも…)
 あるんだろうな、と巷に溢れるカップルを思うと少し寂しい。
 せっかくブルーと再会したのに、恋の続きが始まったのに。
 どうやら振り出しに戻ったらしいと、初めてのキスからやり直しだ、と。
(しかも、そいつがいつになるやら…)
 とんと分からん、と零れた溜息。
 小さなブルーは今もチビのまま、少しも育ちはしないから。
 一ミリさえも伸びていないのがブルーの背丈。
(ゆっくり育てよ、とは言ったんだがなあ…)
 前のブルーが失くしてしまった、幸せな子供時代の記憶。
 それを充分に取り戻せるよう、今を満喫出来るよう。
 ゆっくり育って欲しいけれども、その分、先延ばしになるのがデート。
 初めてのキスも先延ばしになるし、結婚だってずっと先のこと。
 なんとも困った、と苦笑い。
 恋人はちゃんといるというのに、人並みにデートも出来ないようだ、と。
 キスも無理ならドライブも無理で、小さなブルーは恋人なだけ。
 「好きだよ」とブルーが言ってくれても、まだ幼くて無垢な子供の「好き」だから。
 前のブルーが口にしたのとは、きっと中身が違うから。


 困ったもんだ、と思うけれども、二人でデートも出来ないけれど。
(もっと他の誰かにだな…)
 恋をしていりゃ良かったのか、と自分に向かって投げ掛けた問い。
 小さなブルーとは違う誰かで、直ぐにデートに出掛けられる人。
 女性だったら、気にすることは何も無い。
 ごくごく普通のカップルなのだし、デートを重ねて、いずれは結婚。
 子供部屋だって直ぐに出番が来るだろう。
(うんと賑やかに…)
 子供が多い家になるかもしれない、子供は大好きなのだから。
 そういう平凡な人生だったろうか、もしもブルーと出会わなければ。
 いつか女性に恋して結婚、子供も大勢生まれたろうか。
 それも幸せだろうけれども、今となっては思い描けないそういう未来。
 ブルーに出会ってしまったから。
 前の生から愛し続けた、愛おしい人を見付けたから。
(駄目だな、他の誰かなんてな)
 俺にはあいつしかいないんだ、と覗き込んだ小さなブルーの写真。
 フォトフレームの中、とびきりの笑顔。
(お前を見付けちまうとなあ…)
 他には誰も考えられんな、と小さなブルーに心の中で呼び掛ける。
 「俺のブルーだ」と、「お前だけだ」と。
 育つまでずっと待っていてやると、他の誰かに恋はしないと。
 チビだからキスが出来なくても。
 ドライブもデートも無理な恋人でも、本当にブルーしかいない。
 心の底から「欲しい」と思う恋人は。
 絶世の美女に巡り会おうが、きっと心が動きはしない。
 小さなブルーを見付けたから。
 ブルーと恋をしてゆくのだから。


(それに、あいつは凄い美人に…)
 育つんだから、と浮かべた笑み。
 今の時代も人気があるのが、美しかった前のブルー。
 写真集が何冊も出されるくらいに、ベストセラーになるほどに。
(絶世の美女ではないんだが…)
 女じゃないしな、というだけのことで、前のブルーの美貌は今も大勢の人を惹き付ける。
 それとそっくり同じ姿に育ってゆくのが、小さなブルー。
 誰もがハッと振り返るほどに、それは美しく気高い人に。
 そうなった時は、きっと素晴らしいデートが出来ることだろう。
 二人で街を歩いていたなら、誰もが注目するブルー。
(そのブルーが俺の恋人で…)
 きっと自分も得意満面、ブルーを見せびらかすのだろう。
 どんなもんだと、俺の恋人は凄いだろうと。
(しかし…)
 そういう自慢が出来なくても、とハタと気付いた。
 もしもブルーが違う姿でも、自分は愛していたろうと。
 巡り会えたなら、また恋をして。
 「俺のブルーだ」と、ギュッと抱き締めて。
 たとえ人ではなかったとしても、子猫のブルーに出会っていても。
 育っても普通の猫になるだけのブルーでも。
(…うん、間違いなく…)
 可愛がるな、と自信を持って言い切れる。
 いつだったかブルーが「猫だったら良かった…」と話したけれども、その時のように。
 猫のブルーをせっせと世話して、車に乗せてドライブにだって。
 寿命の短い猫のブルーがいなくなったら、きっと自分は探すのだろう。
 何処に行ったかと、今度は何に生まれ変わって来てくれるのかと。


 それこそ世界中を回って、きっとブルーを見付け出す。
 子猫だろうが、小鳥だろうが。
 「俺のブルーだ」と連れて帰って、精一杯の愛を注ぐのだろう。
 ブルーが幸せでいられるように。
 前のブルーとは違う姿でも、ブルーが何になったとしても。
(俺にはお前しかいないんだ…)
 だから贅沢を言っちゃいかんな、と眺めた小さなブルーの写真。
 いつか育てば、キスもデートも出来るのだから。
 嬉しいことに、ブルーは前と同じ姿で、人に生まれて来てくれたから。
 ブルーだけしか好きになれない、自分と恋をするために。
 今度こそ二人、この地球の上で、いつまでも幸せに生きてゆくために…。

 

       お前しかいない・了


※ハーレイ先生が好きになるのはブルー君だけ。絶世の美女より、ブルー君を選ぶのです。
 もしも猫でも、迷わずに選ぶブルー君。猫でも抱き締めてデートに行くんでしょうねv





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(今日は、ちょっぴり話せただけ…)
 挨拶のついでにほんの少し、と小さなブルーがついた溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドの端にチョコンと座って。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 今は古典の教師のハーレイ、チビの自分は教え子の一人。
 今日もハーレイには会えたけれども、学校の廊下だったから。
 「ハーレイ先生!」と呼び掛けて挨拶、それと僅かな立ち話だけ。
 ハーレイは「じゃあな」と行ってしまったから。
 授業の準備をするために。
 軽く手を振って、「また後でな」と。
 だから、本当に期待していた「また後で」。
 きっと帰りに寄ってくれると、家に来てくれるに違いないと。
(多分、そのつもりだったんだろうけど…)
 急な用事が出来てしまったのか、会議が長引きでもしたか。
 首を長くして待っていたのに、鳴らなかったチャイム。
 ハーレイは訪ねて来てはくれなくて、夕食のテーブルにポツンと空席。
 誰も座っていない椅子が一つ、何の料理も並ばない場所。
 もしもハーレイが来てくれていたら、其処に座っていたろうに。
 母が料理や取り皿を並べて、「おかわりは如何ですか?」と笑顔で訊いていたろうに。
 けれども、そうはならなかった日、夕食の席には父と母だけ。
 なまじ期待をしていた分だけ、ぽっかりと穴が開いたよう。
 ハーレイがいない夕食の席は、なんて寂しいのだろうと。
 いつものテーブルが大きく見えると、空いている場所も広すぎるよ、と。


 そうは思っても、両親に言えはしないから。
 「ハーレイがいないと寂しいよ」などと言おうものなら、恋がバレるかもしれないから。
 平気なふりをして食べた夕食、無理やり奮い起こした元気。
 普段よりずっと、はしゃいで笑ったかもしれない。
 父が通勤の途中で見掛けた、愉快な光景。
 猫にリードをつけての散歩で、おまけに犬まで一緒だったらしい。
 「縺れちまって大変だったぞ」と身振り手振りで話すものだから、コロコロ笑った。
 仲良しの猫と犬とが遊んで、じゃれ合う様を思い描いて。
 リードが絡んで縺れてしまって、猫と犬とを抱えて困っていた飼い主。
 どちらの方から解けばいいかと、首輪を手にして。
 それを見守る車の人やら、通行人やら。
 誰もが笑顔で、迷惑そうな顔などはせずに。
 「手伝いましょうか?」と名乗り出る人も、何人も。
 「パパは手伝わなかったの?」と尋ねてみたら、「車だしな?」と両手を広げた父。
 ただでも縺れた猫と犬とで、一つ塞がりかけていた車線。
 この上、車が駐車したなら、更に迷惑になるだろうが、と。
 そんなわけだから、父は最後まで見ていないらしい。
 縺れてしまった猫と犬とは、誰が解いてやったのか。
 解けた後には元通りに仲良く散歩だったか、またまた縺れてしまったのかも。
 母も「あらまあ…」と可笑しそうだった、父が話した猫と犬の散歩。
 「ぼくも見たかった!」と瞳を煌めかせたけれど。
 嘘をついてはいなかったけれど、きっとはしゃぎたかったのだろう。
 ポツンと空いたハーレイの席。
 それがあるのが寂しかったから、楽しい気分になりたくて。
 両親と一緒でこんなに幸せ、と今の幸せに酔いたくて。


 楽しくはあった、夕食の席。
 父の話は傑作だったし、実際、見たいとも思う。
 縺れてしまった仲良しの猫と犬との散歩。
(どうせ見るなら…)
 ハーレイと一緒に見てみたいよね、と頭に浮かぶ恋人の顔。
 今日は来てくれなかった恋人、今頃はきっと…。
(コーヒーか、お酒…)
 それを味わう時間を過ごしているだろう。
 書斎か、あるいはダイニングなのか。今日のハーレイの気分次第で。
(どっちなのかな?)
 コーヒーなのか、それともお酒にしたか。
 書斎でゆっくり飲むことにしたか、ダイニングで何かつまみながらか。
(どれなんだろう?)
 正解はどれ、と首を傾げてみるけれど。
 ハーレイの家は何ブロックも離れた向こうで、窓から覗いても屋根さえ見えない。
 思念波だって不器用な自分は紡げないのだし、紡げたとしても…。
(お行儀、悪すぎ…)
 今の時代は、用があるなら思念波ではなくて通信で。
 そういうルールの時代なのだし、前の自分のようにはいかない。
 ハーレイに向かって思念を飛ばして、「どうしてるの?」という質問は無理。
 お酒かコーヒー、どちらにしたのか、それの答えは返って来ない。
 書斎に行ったか、ダイニングにいるか、それだって。
 前の自分ならば直ぐに訊けたし、答えも返って来たのだろうに。
 どれを選んだか、何処にいるのか、一瞬の内に。


 遠すぎるんだよ、と零れる溜息。
 ハーレイの家が隣だったら、窓を開ければ済む話。
 其処から覗いて、ハーレイのいる部屋は何処かと探してみる。
 運が良ければ、選んだ飲み物も分かるだろう。
 「コーヒーを淹れているみたい」だとか、「お酒のボトルを出してるよ」だとか。
 けれど、隣人ではないハーレイ。
 窓を開けても別の隣人、ハーレイのことは分からない。
 コーヒーなのか、お酒なのかも、書斎とダイニング、どちらに座っているのかも。
(ダイニングでお酒…)
 書斎でコーヒー、と思ったけれども、その組み合わせとは限らない。
 ダイニングでコーヒーを飲んでいるとか、書斎でお酒ということだって。
(どれなの、ハーレイ?)
 分からないよ、と呼び掛けてみても、返らない答え。
 何ブロックも離れているから、正解はどれか分かりはしない。
 父が見掛けた猫と犬の散歩、それの結末が分からないように。
 縺れてしまった猫と犬とは、仲良く散歩を続けたのか。
 またまた縺れてしまったのかも、誰が解いてやったのかも。
(ハーレイだって謎だらけ…)
 縺れちゃった、と恋人の今の姿を想う。
 手にしているのはコーヒーなのか、酒を満たしたグラスの方か。
 座っている場所はダイニングなのか、あるいは書斎でのんびりなのか。
(…組み合わせの数は…)
 これだけなんだ、と分かっていたって、出ない正解。
 縺れた猫と犬との散歩の続きが分からないように、見ていないものは分からない。
 前の自分なら、直ぐに答えを手に出来たのに。
 ハーレイとの距離が離れていたって、本当に一瞬だったのに。


 シャングリラは巨大な船だったけれど、ハーレイとはいつも繋がっていた。
 意識しなくても、思念の糸で。
 心の何処かで、どんな時でも。
(ホントにいつでも一緒だったよ…)
 だから安心していられたのに、と嘆いてしまう今の自分の境遇。
 ハーレイが何処にいるかも掴めない上に、やっていることも分からない。
 選んだのが酒かコーヒーなのかも、書斎にいるのか、ダイニングかも。
(リビングだっていうこともあるし…)
 普段は書斎かダイニングだとは聞いているけれど、他の選択肢もある筈で。
 飲み物にしたって其処は同じで、たまにはジュースや紅茶なのかもしれないし…。
(ハーレイのことも分からないなんて…)
 今日は来てくれると思っていたのに、外れた期待。
 その分、余計に知りたいハーレイ。
 今は何処なのか、何をしているのか、今の自分には掴めないこと。
 それが知りたい、ハーレイのことを。恋人の今を。
(前のぼくなら、離れていたって…)
 ホントにいつでも分かったのに、と時の彼方を思ったけれど。
 白いシャングリラを懐かしんだけれど、途端に気付いた今の幸せ。
 前の自分が最後に眺めた、あの船を思い出したから。
 これが最後だと、どうか無事でと、祈る気持ちで飛び去った。
 忌まわしいメギドを沈めるために。
 大勢の仲間を、ハーレイを乗せた白い鯨を守り抜くために。
(あの時の、ぼく…)
 もうハーレイとは繋がっていなかったのだった。
 右手に持っていたハーレイの温もり、それだけで全部。
 思念ではもう話せなかったし、話すつもりもなかった自分。
 遠く離れてゆくだけだから。…どうせ最後には、届かなくなるのだろうから。


 だから知らない、前のハーレイを船に残して出た後のこと。
 今の自分はハーレイから話を聞けるけれども、前の自分は知らないまま。
 そしてメギドで死んでしまった、ハーレイの温もりさえも失くして。
 独りぼっちだと泣きじゃくりながら、死よりも恐ろしい絶望の中で。
(今だって、分からないけれど…)
 ハーレイがどうしているのか謎だけれども、答えは必ず分かる筈。
 次に会った時、「この前の日はどうしてたの?」と尋ねたら。
 父も知らない猫と犬との散歩にしたって、知りようはある。
 「知りませんか?」と新聞に投書したなら、きっと誰かが答えをくれるし…。
(その前に誰かが投稿するとか…)
 傑作な出来事だったのだから、可能性だって大きいだろう。
 明後日あたりに「パパ、載ってるよ!」と新聞を広げているかもしれない。
 そういったことが出来るのも…。
(ハーレイと地球に来たからなんだよ…)
 二人揃って、生まれ変わって。
 新しい身体と命を貰って、前の続きを生きているから。
 前と違って離れていたって、ハーレイのことなら必ず分かる。
 「教えてよ」と尋ねさえすれば。
 それが出来るのも、生きているから。…平和になった今の時代に。
(ぼくって、幸せ…)
 なんて幸せなんだろう、と噛み締めた今を生きる幸せ。
 それにいつかは、ハーレイと一緒に暮らすのだから。
(前と違って、ホントに一緒…)
 同じ家で暮らして、いくらでも出来る幾つもの話。手を繋いでデートにも行ける。
 今は離れているけれど。何ブロックも離れた所で、別々の家にいるのだけれど。
 離れていたって、前よりもずっと幸せな自分。
 分からないことの答えは必ず聞けるから。離れて暮らすのも、自分が小さい内だけだから…。

 

        離れていたって・了


※ハーレイの今の様子が分からない、と嘆いたブルー君ですけれど…。
 後で尋ねれば分かるのです。「どうしてたの?」と。それが出来るのが幸せな今v





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(挨拶だけで終わっちまったか…)
 ツイてないな、とハーレイがついた小さな溜息。
 夜の書斎でコーヒー片手に、愛おしい人を思い浮かべて。
 十四歳にしかならない恋人、前の生から愛したブルー。
 青い地球の上に二人で生まれ変わって、自分は教師でブルーは教え子。
 今日も学校で会ったのだけれど、挨拶だけは交わせたけれど。
(それだけなんだ…)
 急いでいたから、立ち話をする暇は無かった。
 古典の授業でブルーのクラスに出掛けたけれども、その授業でも…。
(生憎と、俺の今日の方針…)
 スラスラと答える成績のいい子は後回し。
 理解出来ていない生徒が中心、答えさせるのも、朗読も。
 トップの成績を誇るブルーは、当然、外してゆくしかない。
 どんなに張り切って手を挙げていても、当てて貰おうと瞳が煌めいていても。
(ブルー君、と指名出来ないんだし…)
 聞けるわけもない、ブルーの声。
 挙手する時の「はいっ!」という声、それだけしか。
 質問に答えるブルーの言葉も、教科書を朗読する声も。
(それっきりで、だ…)
 帰りに寄れもしなかった、と残念な気分。
 ブルーの家へと出掛けてゆくには、学校を出るのが遅すぎた。
 仕方なく帰った自分の家。
 夕食は美味しく食べたけれども、新聞ものんびり読んだのだけれど。
 やっぱり何処か物足りない。
 熱いコーヒーを飲んでいたって、書斎にゆったり座っていたって。


 話しそびれた小さなブルー。
 前の生から愛し続けて、また巡り会えた愛おしい人。
 今頃は眠っているのだろうか、あの部屋のベッドにもぐり込んで。
(どうなんだかなあ?)
 それも分からない、遠く離れたブルーの家。
 小さなブルーが両親と一緒に暮らしている家、窓から覗いても屋根さえ見えない。
 何ブロックも離れた所で、間に幾つも家が挟まっているのだから。
 今の時代は思念波を飛ばして連絡さえも取れないから。
 「人間らしく」がルールの時代で、前の自分が生きた時代のようにはいかない。
 連絡するなら、きちんと通信。
 家の中を透視も出来はしないから、まるで分からないブルーの姿。
 起きているのか眠っているのか、それさえも。
 幸せな夢の世界にいるのか、夜更かしして本を読んでいるのかも。
(はてさて、いったいどっちなんだか…)
 本当に見当も付かないけれども、幸せでいてくれればいい。
 夢の中でも、本の世界でも。
 もっと別のことをしているにしても、幸せならば。
 楽しんでいてくれるのならば、と恋人の姿を思い浮かべる。
 「怖い夢なんか見るんじゃないぞ」と、「いい夢を見ろよ」と。
 ブルーが恐れるメギドの悪夢。
 それに捕まらなければいいと、幸せ一杯でいてくれれば、と。
 とうに眠りに落ちているのなら、いい夢を。
 それが一番、と思った所で気が付いた。
 今の自分の幸せに。
 素晴らしい世界に生きていることに。


 今は離れているブルー。
 此処から屋根さえ見えない所に、愛おしい人はいるのだけれど。
 何をしているかも掴めないけれど、今の自分の心配事は…。
(…メギドの夢ってヤツだけなんだ…)
 悲しすぎた前のブルーの最期。
 小さなブルーが今の自分に話してくれた。
 ソルジャー・ブルーだった前のブルーが、どんな最期を迎えたのかを。
 どれほど悲しくて辛かったのかを、死よりも恐ろしかった孤独を。
 今もブルーは、その夢を見る。
 何かのはずみや、右手が冷えてしまった時に。
(俺の温もりを失くしちまって…)
 冷たく凍えたというブルーの右手。
 独りぼっちになってしまった、と泣きじゃくりながら死んだソルジャー・ブルー。
 それがブルーを襲う悪夢で、救いに行けはしないから。
 うなされているブルーの肩を揺すって、「起きろ」と夢から掬い上げることは出来ないから。
(アレだけが俺の心配事で…)
 もう一つ挙げるなら、ブルーの健康。
 前と同じに弱く生まれたブルーの身体は、今でも壊れやすいから。
 風邪を引いたり、疲れすぎたりと、悲鳴を上げる小さな身体。
 寝込んでしまったブルーを見るのは、今もやっぱり辛いのだけれど。
(それでも、ずいぶん幸せだよなあ…)
 前に比べて、と大きく頷く。
 小さなブルーが寝込んでいたって、心配事はそのことだけ。
 明日は元気になるだろうかと、熱で悪夢を見ないだろうか、と。
 他には何もありはしなくて、それだけで全部。
 今はこんなに離れているのに。
 ブルーが何をしているのかさえ、まるで分かりはしないのに。


(前の俺だと…)
 それほど離れはしなかったブルー。
 白いシャングリラが巨大な船でも、思念波で取れていた連絡。
 基本は通信だったけれども、思念波でやり取りすることも出来た。
 ブルーは青の間、自分はブリッジ。
 そういう時でも、ヒョイと届いたブルーの思念。
 「ハーレイ?」と呼ばれて「はい」と返した。
 大抵は、つまらない用事。
 それこそ今の自分が知りたい、「ブルーはどうしているのだろうか」といったこと。
 ブルーはいつでも、思念波に乗せてそれを伝えていたものだから。
 何をしているのか、連絡を取るついでのように。
 思い付いた時に、ブルーから飛んで来た思念。
 自分も思念で答えを返して、何気ないふりで仕事を続けた。
 ブルーと会話をしていたことなど、話しもせずに。
 大真面目な顔で舵を握ったり、キャプテンの椅子に座っていたり。
(離れていたって、あいつの様子は…)
 知ろうと思えば、直ぐに分かったシャングリラ。
 今の自分とは違った状況。
 幸せなように思えるけれども、それは脆くて儚い幸せ。
(いつも繋がっているようなモンで、離れることは滅多に無かったんだが…)
 たまに船からいなくなったブルー。
 シャングリラを離れて、外の世界へと。
 ミュウの世界を乗せた箱舟から、人類が生きる世界へと。
 そういう時には、もう繋がってはいなかった。
 ブルーから思念が届きはしないし、自分から送れもしなかった。
 必要な連絡以外では。
 ブルーの動きを邪魔しないよう、足を引っ張らないように。


 前のブルーと離れた時には、掴めなかったブルーの様子。
 どうしているのか、何処にいるのか、全ては届く情報でだけ。
 エラが思念で追っているとか、モニターしているブリッジの仲間の報告だとか。
(でもって、俺には何も出来なくて…)
 其処までは今と同じだけれども、決定的に違うこと。
 それは自分の心配事。
 今ならブルーが悪夢を見ないか、体調を崩していはしないかと、心配になってくるのだけれど。
 前の自分が抱えていたのは、もっと大きな心配事。
 ブルーは無事に戻って来るかと、怪我をしたりはしないかと。
 一刻も早く戻って欲しいと、元気な姿を見せて欲しいと祈り続けていた自分。
 今と同じに何も出来なくて、ブルーの様子も分からないから。
 愛おしい人が何処にいるのか、どうしているかも掴めないから。
(あいつが弱り始めてからは…)
 余計に増えた心配事。
 あんな身体で出掛けて行って、と生きた心地もしなかった。
 ブルーが離れてゆく度に。
 白いシャングリラから飛び出して行って、いつもの繋がりが消え失せる度に。
(大丈夫だよ、と言われたってだ…)
 本当に大丈夫なのかどうかは、けして分かりはしなかった。
 ブルーは心を読ませなかったから、そういったことに関しては。
(挙句の果てに、とうとう離れて逝っちまった…)
 前の自分との繋がりの糸を、自分から切って。
 「ジョミーを支えてやってくれ」と言葉を残して、前のブルーは飛び去った。
 たった一人で遠く離れたメギドへと。
 あの時も自分は、何も分かりはしなかった。
 ブルーが死ぬと分かっていたのに、その瞬間がいつ来たのかさえも。


(…今の俺たちも、同じように離れているんだが…)
 小さなブルーがどうしているのか、分からない自分。
 眠っているのか、起きているのか、それさえも掴めないけれど。
(幸せでいてくれればいい、っていうのがなあ…)
 前の俺とはまるで違うな、と改めて思った今の幸せ。
 離れているブルーを心配するのに、今は要らない命の心配。
 メギドの悪夢と、体調を崩さないかと、その程度になった心配事。
(たったそれだけになっちまったか…)
 なんて幸せな時代なんだ、と噛み締める今の自分の幸せ。
 小さなブルーと離れてはいても、今は心配しなくてもいい。
 前の自分と比べたならば、ほんの小さな心配事。
 おまけに、それもいつかは消える。
 いつかブルーと暮らし始めたら、悪夢を払ってやれるから。
 「起きろ」と肩を揺すってやって。
 ブルーが体調を崩した時にも、自分が世話をしてやれる。
 必要だったら仕事を休んで、一日も早く良くなるようにと。
(今だけな上に、ちっぽけな心配事なんだ…)
 あいつと離れちまっていても、と今の小さなブルーを想う。
 離れていても心配事は少しだけだと、それもいつかは消えるんだよな、と…。

 

        離れていても・了


※ブルーと離れてしまっていても、今は少しだけになった心配事。前と違って。
 それに気付いたハーレイ先生、本当に幸せ一杯でしょうね。離れていてもv





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(今日もゆっくり出来たんだけど…)
 ハーレイと一緒だったんだけど、と小さなブルーがついた溜息。
 休日の夜にパジャマ姿で、ベッドの端に腰を下ろして。
 もうハーレイはとうに帰ったから、のんびり浸かって来たお風呂。
 ポカポカと温まった身体は、今の幸せな毎日のよう。
 大抵の日には会えるハーレイ、前の生から愛した恋人。
 学校に行けば挨拶をしたり、ちょっと立ち話も出来たりする。
 今のハーレイは古典の教師で、自分が通う学校の教師。
 だから平日でも会えるハーレイ、自分が休んでしまわなければ。
 ハーレイが研修で出掛けたりして、学校に来られない日でなければ。
(お休みの日だと…)
 何か用事が出来ない限りは、ハーレイが家に来てくれる。
 午前中から来てくれるのが常で、お茶に食事に、それからお喋り。
 今の生での色々な話題、前の生での思い出話。
 話す種ならいくらでもあるし、抱き付いて過ごすことだって。
 今日もそういう休日の一つ、夕食の時間まで二人きり。
 夕食は両親も一緒のテーブル、二人きりの時間はおしまいだけれど。
(今日の食後のお茶は、ぼくの部屋…)
 母が部屋まで紅茶を運んでくれたから。
 もう一度持てた二人きりの時間、それは幸せだったのだけれど。
 のんびりとお茶を楽しんだ後で、ハーレイは帰って行ったのだけれど。
(…今日もキス無し…)
 なんで、と眺めたクローゼット。
 そうなる理由が其処にあるから、鉛筆で微かに書いてあるから。
 前の生での自分の背丈。
 ソルジャー・ブルーだった頃の背丈の高さに、線を引いたのは自分だから。


 前の自分と同じ背丈に育たない限りは、出来ないキス。
 唇を重ねる、恋人同士が交わすキス。
 ハーレイはそれをくれはしないし、強請ったならば叱られる。
 「キスは駄目だ」と、「俺は子供にキスはしない」と。
 今日まで散々頑張ったけれど、少しも揺らがないハーレイの姿勢。
 「ぼくにキスして」と強請っても駄目、「キスしてもいいよ」と誘っても駄目。
 貰えるキスは子供用のキスで、いつでも頬か額にだけ。
 本当に欲しいキスは貰えない、自分がチビで子供の間は。
(酷いんだから…!)
 恋人を何だと思っているの、とハーレイに言っても笑われるだけ。
 「お前は俺の恋人だが?」と、「少々、小さくなっちまったが」と。
 今の姿に相応しい扱い、それをハーレイはしているらしい。
 キスはもちろん、恋人同士の戯れも無し。
 抱き締めてくれても、それでおしまい。
(ちょっとくらい…)
 恋人らしく扱って欲しい、キスにしても、触れる手にしても。
 「俺のブルーだ」と言うのだったら、それらしく。
 前の自分と同じ扱いで、キスも、その先のことだって。
(本物の恋人同士は無理でも…)
 両親もいる家でベッドに行くのはマズイ、と思っているなら、我慢もする。
 それでもキスはして欲しいわけで、恋人らしく触れて欲しいとも思う。
 抱き締めた後に、意味ありげに滑らせてゆく手。
 うなじや、背中や、触れるだけでいいから。
 前の自分に、何度もそうしてくれていたように。


 けれど、その気が無いハーレイ。
 唇へのキスをくれないほどだし、恋人らしい触り方などしない。
(清く、正しく…)
 そんな感じのお付き合い。
 前の生から、恋人同士だったのに。
 青く蘇った水の星の上、生まれ変わって巡り会えたのに。
(キスも駄目って、酷いんだけど…!)
 せっかく二人で過ごしているのに、貰えないキス。
 抱き締めてくれても、たったそれだけ。
 恋人同士で過ごしているのに、お茶と食事とお喋りだけ。
 大きな身体に抱き付いていても、ハーレイの目から見た自分は…。
(恋人じゃなくて、ペットなのかも…)
 ブルーという名の小さなペット。
 猫か何かは知らないけれども、とにかくペット。
 優しく撫でて御機嫌を取って、飼い主の方も幸せ一杯。
 もしかしたらペットなのかもしれない、と思えば嵌まってゆくピース。
 「俺のブルーだ」と名前を呼んで、頭を撫でて。
 毛皮にブラシをかける代わりに、ギュッと抱き締めて。
 「おやつだぞ?」だとか、「ほら、食事だ」とか、そういった感じ。
 ブルーという名のペットと過ごして、ハーレイは帰ってゆくのかもしれない。
 ペットをケージに入れる代わりに、「またな」と軽く手を振って。
 また次にペットと遊べる日まで、暫しのお別れ。
(ペットのホテルなんかもあるけど…)
 自分の場合は、飼い主が別というヤツだろう。
 両親が飼っているペットの「ブルー」、それと遊びに来るハーレイ。


 なんとも酷い、と思うけれども、やはり自分はペットだろうか。
 前の自分とそっくり同じに育たない内は、チビに相応しくペット扱い。
(凄く大きな犬もいるけど…)
 ハーレイが隣町の家で一緒に暮らしたペットは、猫だったから。
 甘えん坊のミーシャという猫、ハーレイの母のペットの白猫。
 だから小さくてチビの自分は、甘えん坊のミーシャと同じ扱い。
 「ミーシャ」ではなくて「ブルー」と呼んで。
 頭を撫でて、可愛がって。
(…でも、ペットだと…)
 飼い主とキスをするペットも沢山。
 チュッと唇にキスを貰う猫も、きっと少なくない筈だから。
 猫の場合は唇があるのか、少々、悩む所だけれど。
(だけど、ホントに抱き上げてチュッて…)
 そういう優しい飼い主は多くて、歩いていたってたまに見掛ける。
 頬ずりした後、唇にチュッと。
(猫だって、キスを貰えるのに…!)
 ミーシャだってハーレイとキスをしたかもしれない、子供時代のハーレイと。
 真っ白な毛皮を撫でて貰って、その後でチュッと。
 そうなってくると、キスも貰えないチビの自分は…。
(ペットよりも酷い扱いなわけ?)
 キスも貰えやしないんだから、と悲しい気持ち。
 いくらハーレイが「俺のブルーだ」と言ってくれても。
 抱き締めてくれても、ペット以下。
 ペットだったら、飼い主にキスを貰えることも多いのだから。
 いい子にしていれば、唇にチュッと。
 甘えていたって、チュッと唇に。


(ハーレイと一日、一緒にいたって…)
 キスの一つも貰えないペット、「またな」と置いてゆかれるペット。
 飼い主は別の人だから。…両親が面倒を見ているから。
 ハーレイは家に遊びに来るだけ、ペットの自分を可愛がるために。
 「俺のブルーだ」と頭を撫でては、ブラッシングの代わりに抱き締めたりして。
 前の自分なら、いくらでもキスを貰えたのに。
 ベッドで何度も愛を交わして、本物の恋人同士だったのに。
(…ぼく、他所の家のペットになっちゃった…)
 おまけにキスも貰えないんだよ、と零れた溜息。
 前の自分がハーレイと一日一緒にいたなら、こんな風にはならないのに。
 二人でお茶や食事やお喋り、それだけで済む筈がない。
 キスを交わして、愛を交わして、それは甘くて幸せな時間。
 二人、溶け合ってしまいそうなほど。
 重ねた身体や唇や手から、一つに溶けてしまいそうなほどに。
(…でも、ぼくだと…)
 そういう風に過ごせはしなくて、キスも貰えない可哀相なペット。
 どんなに甘えて強請ってみたって、唇へのキスは貰えない。
 ペットの猫でも、飼い主とキスが出来るのに。
 もしかしたら、ハーレイと真っ白なミーシャも、キスをしたかもしれないのに。
(強請っても駄目で、誘っても駄目で…)
 午前のお茶から、夕食の後のお茶まで一緒だったのに。
 前の自分なら、それだけハーレイと一緒にいたなら、キスくらいでは終わらないのに。
 抱き合って、二人、一つに溶け合って。
 重ね合った手も、絡み合った足も、すっかり熱の塊になって。
 なのに自分はそうはいかない、キスも貰えないペットだから。
 ペットの猫でも貰えるキスさえ、自分は貰えないのだから。


 これじゃ駄目だと、恋人じゃないと、寂しい気持ちになるけれど。
 猫でも飼い主とキスをするのにと、ペットにもなれないと思った所で気が付いた。
 今日はハーレイと一緒に過ごして、午前のお茶に、午後のお茶。
 昼御飯はもちろん二人きりで食べて、夕食だけが両親と一緒。
 夕食の後のお茶もハーレイと二人、そういう一日を過ごしたけれど。
(前のぼくだと…)
 そんな時間をハーレイと持てはしなかった。
 キャプテンだった前のハーレイは、ブリッジが居場所だったから。
 白いシャングリラを預かるキャプテン、昼の間は居るべきブリッジ。
 会議や前の自分との視察、そういった用事が無い時は。
 休憩時間や食事の時間を抜きにしたなら、キャプテンはブリッジにいるのが仕事。
(一日中、お茶と食事とお喋り…)
 いくら相手がソルジャーだとしても、何処かで入っただろう呼び出し。
 そうでなくても、ハーレイの方が「失礼します」と出てゆくだろう。
 「時間ですので」と、「もうブリッジに戻りませんと」と。
 だから独占できなかったハーレイ、今日の自分がやったようには。
 今の自分が休日の度に、あの手この手でキスを強請っているような暇は無かったハーレイ。
(…今は時間が山ほどあるんだ…)
 ハーレイを独占できてしまうから、欲が出る。
 こんなに一緒にいるのに何故、とキスが出来ない不満も漏れる。
 ペット扱いされているとか、ペット以下かもしれないだとか。
(贅沢を言ったら駄目だよね…?)
 神様の罰が当たっちゃうかも、とコツンと叩いた自分の頭。
 今の自分はキスは出来なくても、ハーレイを独占できるから。
 ハーレイと二人で過ごせる時間を、山ほど持っているのだから。
 それだけで前の自分よりもずっと幸せな筈。
 キスは駄目でも、ブルーという名のペットだとしても、キスも貰えないペットだとしても…。

 

        山ほどある時間・了


※自分はハーレイにとってペットなのかも、と思い始めたブルー君。更にはペット以下だとも。
 けれど、ハーレイ先生と午前のお茶から夕食まで一緒。贅沢を言ってはいけませんよねv





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(今日ものんびり過ごしてたわけで…)
 コーヒーは抜きというのが辛いトコだが、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 休日の夜に、いつもの書斎で。
 机に愛用のマグカップ。中に満たした熱いコーヒー。
 小さなブルーと過ごした一日、幸せな時間を恋人と満喫して来た日。
 午前中から出掛けて行って、お茶に食事に、と。
 今の生での話も色々、前の生での思い出話もしたりして。
(有意義で素晴らしい時間なんだが…)
 コーヒー抜きというのがな、とカップのコーヒーを傾ける。
 やっぱりこいつが美味いんだ、と。
 紅茶には無い苦味と深み。それから香り。
(紅茶も悪くはないんだが…)
 あちらにはあちらの魅力があって、と充分、分かっているけれど。
 ブルーの母が淹れる紅茶は美味なものだし、香りも高いのだけれど。
(やっぱり、こっちが落ち着くってな)
 なにしろ俺は前からコレで、と味と香りを楽しむコーヒー。
 前の生でもそうだったけれど、今もコーヒー党だから。
 コーヒーと紅茶、どちらが好きかと尋ねられたら、直ぐに「コーヒー」と答えるから。
 けれども、ブルーは苦手なコーヒー。
 前のブルーも今のブルーも同じに苦手で、だからコーヒーは滅多に出ない。
 ブルーの家を訪ねて行ったら紅茶ばかりで、コーヒーは…。
(あいつのお父さんたちが…)
 飲みたい気分になった時だけ、夕食の後で出されるだけ。
 そしてブルーが膨れっ面になる、仲間外れにされてしまって。
 一人だけ紅茶のカップを置かれて、それはそれは不満そうな顔。
 だからといって、コーヒーを貰っても飲めないくせに。
 砂糖とミルクをたっぷりと入れて、甘いホイップクリームも入れない限りは。


 そんなわけだから、ブルーの家へと出掛ける休日、コーヒーは無い。
 無いと思っておいた方がいい、余程でないと出て来ないから。
 明らかにコーヒーと相性がいいと思えそうな料理、それが夕食に出た時だけ。
(普段だったら、あいつの親も…)
 きっと遠慮なく、そういう食事をするのだろう。
 食後は一杯の熱いコーヒー、それが似合いの夕食を。
 ブルーには「ほら」と紅茶を渡しておいて、父と母とがコーヒーで。
 長い年月、そうして来たに違いない。
 小さなブルーが生まれる前から、両親はカップルなのだから。
 ブルーが赤ん坊だった時やら、紅茶も飲めないチビだった時代。
 食事をしながらブルーをあやして、あるいは同じテーブルに着いて、両親は好きな飲み物を。
 そうやって育った小さなブルーは、きっと怒りはしないから。
 両親が食後にコーヒーを美味しく飲んでいたって、それはいつもの光景だから。
 「ぼくにはコーヒー、出さないでよ?」と自分から念を押しそうなほどに。
 その苦いのは飲めないからと、ちゃんと紅茶を淹れて欲しいと。
(しかしだ、俺が其処に加わると…)
 ガラリと変わってしまう事情。
 小さなブルーは仲間外れで不満たらたら、子供らしく文句を言うものだから。
 「紅茶、ぼくだけ?」と残念そうな顔をするものだから。
 せっかくの和やかなお茶の時間に漂う不協和音。
(お父さんたちと俺の話が、弾んでいれば弾むほど…)
 ブルーの顔にありありと浮かぶ、「コーヒーなんか」という不満そうな色。
 なんだって今日はコーヒーなのかと、食後は紅茶でいいのにと。
 もちろんブルーの両親も気付く、可愛い息子の不平と不満。
 ゆえに避けられるコーヒーが似合う夕食のメニュー、ブルーのためにと。
 多分、自分が行く日だけ。
 両親しかいない食卓だったら、ブルーには慣れたことなのだから。
 一人だけ紅茶を出されても。両親はコーヒーを楽しんでいても。


 今日も出ないで終わったコーヒー、影も形も無かったコーヒー。
 ひたすら紅茶ばかりの一日、夕食の後も出なかった。
(…ちょっとだけ期待してたんだがな?)
 もしかしたら、と。
 この料理ならばコーヒーも合うし、出て来るかも、と。
 ブルーの両親は知っているから、コーヒー党だということを。
 けれど外れてしまった期待。
 いつもの通りに食後は紅茶で、小さなブルーの好みが優先。
 両親にとっては可愛い一人息子な上に…。
(俺のいない日なら、コーヒー、飲み放題だしなあ…)
 コーヒーも紅茶も合うメニューならば、自分がいる日は紅茶の方を選ぶだろう。
 大事な息子が膨れっ面にならないように。
 「ぼくだけ紅茶?」と零さなくても済むように。
 だから出ないで終わったコーヒー、食後も紅茶が淹れられただけ。
 お蔭で、帰ってから淹れたこのコーヒーが…。
(美味いんだ、実に)
 生き返るような気がするな、と言いたいほどに。
 これが飲みたかったと、この味だと。
(朝に飲んで、それっきりだしな?)
 自分はコーヒー党なのに。
 前の生でも、今の生でも変わりなく。
 学校で仕事をしている時でも、休憩となればコーヒータイム。
 コーヒーを好む同僚たちと飲んだり、一人でゆっくり楽しんだり。
(あいつと再会出来たのはいいが…)
 コーヒー切れになっちまうんだ、と漏らした苦笑。
 朝に飲んだら、後は夜までお別れだから。
 いくら飲みたくても、コーヒーが出ないブルーの家。
 運が良くても、コーヒーが飲めるのは夕食の後。
 それまでは決して出ないのだから。


 小さなブルーは愛おしいけれど、チビでも恋人なのだけれども。
(コーヒー切れはなあ…)
 今の俺には辛いんだ、と嘆きたい気分。
 青く蘇った水の星の上、生まれ変わって生きた年月。
 前の自分の記憶が戻って来るまで、謳歌していた今の人生。
 コーヒーを好む年になったら、飲みたい時に飲んでいた。
 休み時間はもちろんのことで、家でも、出掛けて行った先でも。
(すっかりコーヒーに慣れちまったのに…)
 まさかコーヒー断ちの刑を食らうとは、夢にも思っていなかった。
 恋人の家に出掛けたが最後、夜まで飲めなくなるコーヒー。
(前の俺はよく我慢したなあ…)
 あいつと恋人同士になってから何年なんだ、と折ってみた指。
 今の自分が生きて来たより遥かに長い、その歳月。
 よくもコーヒー断ちに耐えたと、流石はキャプテン・ハーレイだった、と舌を巻く。
 俺ならとても耐えられはしないと、何処かでコッソリ飲むだろうと。
 そうでなければブルーが怒っていたとしたって、「私はコーヒー党ですから」と宣言だとか。
(しかし、どっちもやらなかったわけで…)
 ひたすらブルーに付き合い続けた、前の自分のお茶の時間。
 紅茶党だった前のブルーと飲んでいた紅茶、コーヒーはたまに淹れただけ。
(…なんて忍耐力なんだ…)
 本当に俺には真似が出来ん、と思った所で気が付いた。
 キャプテン・ハーレイだった前の自分は、確かに忍耐強かったけれど。
(…キャプテンの仕事は、ブリッジ勤務…)
 おまけに年中無休だった、と思い出した前の自分の職業。
 ミュウの仲間を乗せた箱舟、楽園という名のシャングリラ。
 その楽園の舵を握っていたから、土曜も日曜もあるわけがない。
 纏まった休みがありはしないし、朝から晩まで青の間でブルーとお茶を飲むなど…。
(出来るわけがないんだ、そんな過ごし方…!)
 何処かで行かねばならないブリッジ、キャプテンだった自分の職場。
 行けない理由がない限り。…それこそ病気でもしない限りは。


(ブリッジ勤務をしてたってことは…)
 何処かで休憩時間が入る。
 長時間、一人で舵を握っている時であっても。
 此処は自分にしか出来ない時だ、と懸命に舵を握った後には、必ずあった休憩時間。
 「お疲れ様です」と誰かがコーヒーを淹れてくれたり、休憩室に出掛けたり。
 そうでない日も、ブリッジにいれば巡ってくるのが休憩時間。
 集中力を切らさないために、リフレッシュして仕事に取り組むために。
(…そういう時には、俺はコーヒー…)
 淹れて貰ったり、自分で淹れたり、ホッと一息のコーヒータイム。
 いつもコーヒーを口にしたのがキャプテン・ハーレイ、ブリッジ勤務の息抜きに。
 つまりは、前の自分の場合は…。
(コーヒー切れは有り得なかったんだ…!)
 ブルーと一日、一緒にいたりはしなかったから。
 「またコーヒーかい?」と顔を顰めた前のブルーは、いつも一緒ではなかったから。
 前の自分が何を飲もうが、自分の勝手。
 嫌がるブルーがいないのだったら、コーヒーを好きに飲めるのだから。
(うーむ…)
 前の俺はコーヒー断ちなどしていなかった、と気付いたけれど。
 少し羨ましい気もするのだけれども、それを言ったら神様の罰が当たるだろう。
 今はブリッジ勤務などは無くて、小さなブルーと午前中からずっと一緒で…。
(夜までコーヒー断ちでも、だな…)
 のんびりとお茶で、食事で、お喋り。
 ブリッジへ仕事に急ぐ代わりに、ブルーの部屋で椅子に座って。
 贅沢すぎる時間を過ごしているらしいのが、自分だから。
 その副産物がコーヒー断ちだから、不満を言っては駄目だろう。
 休日があって、それをブルーと過ごすのだから。
 コーヒー断ちがセットとはいえ、山ほどの時間をブルーと過ごしていられるのだから…。

 

        山ほどの時間・了


※ブルー君の家に出掛けたら最後、コーヒー断ちになってしまうらしいハーレイ先生の休日。
 前の生ではコーヒー断ちはしてないそうです、でもコーヒーより二人一緒の休日ですよね?





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