(…ハーレイ、帰って行っちゃった…)
今日も一人で、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
仕事の帰りに寄ってくれた恋人、前の生から愛したハーレイ。
この部屋で二人で過ごした後には、両親も一緒だった夕食。
それから食後のお茶の時間で、幸せな時が終わったら…。
「またな」と帰って行った恋人。
チビの自分を置き去りにして。
この家に独りぼっちで残して、何ブロックも離れた場所へ。
ハーレイが住んでいる家へ。
(…本当は独りぼっちじゃないけど…)
両親と暮らしているのだけれども、独りぼっちな気分になる。
前の生では、こんなことになりはしなかったから。
夜はいつでもハーレイと一緒、恋人同士で眠ったもの。
青の間で、あるいはキャプテンの部屋で。
それなのに今はポツンと一人で、ハーレイとは遠く離れたまま。
「会いたいよ」と呟いてみても、けして届きはしない声。
不器用な自分は思念さえロクに紡げはしないし、どうにもならない。
こうして独りぼっちでいるだけ、自分の部屋に一人きりで。
ハーレイと一緒に帰りたくても、連れて帰って貰えないから。
二人で帰れはしないから。
(…ぼくが子供じゃなかったら…)
良かったのに、と眺める細っこい手足。
もっと大きく育っていたらと、前の自分と同じなら、と。
そしたらハーレイとキスが出来るし、二人で暮らすことだって。
「またな」と置いてゆかれはしないし、いつだって一緒。
ハーレイの家で暮らすのだから。
結婚だって出来る筈だから。
なのに自分は小さな子供で、十四歳にしかならない子供。
チビで、おまけに年も足りない。
結婚出来る年は十八歳。
今の学校を卒業しないと、その年の誕生日が来てくれないと。
(…まだまだ先だよ…)
結婚出来る年になるのも、前の自分と同じ背丈に育つのも。
その時が来てくれない限りは、一人きりで置いてゆかれる自分。
ハーレイだけが「またな」と家に帰って行って。
自分は一緒に帰れはしなくて、部屋にポツンと独りぼっちで。
もっと大きく育っていたなら、事情は変わっていたろうに。
前の自分と同じ姿で、結婚出来る年でハーレイに会っていたなら。
(…そしたら、何もかも変わっちゃう…)
再会して直ぐに、周りも認める恋人同士。
アッと言う間に結婚も出来て、ハーレイの家で暮らす日々。
もしも大きく育った姿で、ハーレイと出会えていたならば。
結婚出来る年になっていたなら。
(ハーレイだって、絶対、断らないしね?)
キスはもちろん、一緒に暮らすことだって。
チビの自分は「キスは駄目だ」と叱られるけれど、育っていたなら話は別。
今の自分も、前の自分と同じ背丈に育った時には、キスを許して貰えるのだから。
そういう決まりで、そういう約束。
今のハーレイが決めたこと。
けれど、自分がチビでなかったら、まるで必要無い決まり事。
ちゃんと育っているのだから。
前の自分とそっくり同じで、結婚だって出来る年。
ハーレイはキスを断らないし、結婚も断られはしない。
チビの自分も、いつか結婚するのだから。
そう約束をしているから。
(ぼくが大きく育っていたら…)
育った姿でハーレイと再会したならば。
どういう出会いになったのだろうか、その先はどうなっていたのだろうか。
チビの子供でなかったら。
キスも出来ない、チビの自分でなかったならば。
(…ハーレイと結婚出来る年だし…)
何処で出会うかは謎だけれども、今の学校は卒業している筈。
きっと上の学校に通う学生、そういった所なのだろう。
だから出会いは教室ではなくて、ハーレイと偶然、すれ違う場所。
道を歩いていたら会うとか、入った本屋でバッタリだとか。
その瞬間には、やはり聖痕が出るのだろう。
右の瞳や左右の肩に。
激しい痛みと大量の出血、育った自分も倒れてしまいそうだけど。
(きっと、ハーレイが…)
駆け寄って来て、懸命に抱き起こしてくれるのだろう。
「大丈夫か!?」と。
そして二人とも記憶が戻る。
前の自分は誰だったのか、目の前にいるのは誰なのか。
(…やっぱり気絶しちゃうだろうけど…)
ハーレイと再会出来たわけだし、もう最高に幸せな筈。
今の自分がそうだったように、大きく育った姿でも。
子供ではなくて、上の学校の学生でも。
(帰って来たよ、って…)
いつ言えるだろう、再会出来たハーレイに?
痛みと出血で薄れゆく意識、その中でも伝えられるだろうか?
(…ちょっと無理かも…)
いくら身体が育っていたって、聖痕の痛みは酷いから。
前の自分が撃たれた時と、全く同じに痛むのだから。
再会の場では、告げられそうにない言葉。
きっとハーレイの顔も霞んで、直ぐに見えなくなるのだろう。
急激に薄れる意識と一緒に、真っ暗な闇に溶けてしまって。
(でも、目が覚めたら…)
側にハーレイの顔があるのに違いない。
心配そうに覗き込んでいるか、扉を開けて入って来るか。
たとえ仕事のある日だとしても、ハーレイは帰りはしないだろう。
記憶が戻ったのだから。
前の生から恋をしていた相手が戻って来たのだから。
(…パパとママが病院に来るよりも先に…)
ハーレイに会えたら、嬉しい筈。
最初の言葉は、今の自分が口したのと全く同じ。
「ただいま」と、それに「帰って来たよ」。
前のハーレイには言えなかったこと、言えずに死んでしまった言葉。
「さよなら」も言っていないけれども、「ただいま」も言えはしなかった。
前の自分はメギドへと飛んで、其処で命が終わったから。
ハーレイの所へ戻れはしなくて、それきりになってしまったから。
だから最初の言葉は「ただいま」、前の自分も言いたかったこと。
愛おしい人に、死の瞬間まで愛し続けていた人に。
「もう会えない」と泣きじゃくりながらも、忘れられなかった恋人に。
ハーレイに告げる「ただいま」の言葉、「帰って来たよ」と微笑んで。
ぼくは本当に帰って来たよと、もう離れないと。
(パパもママも、まだ来ていなかったら…)
病室で二人、固く抱き合って、何度もキスを交わすのだろう。
「会いたかった」と涙を流しながら。
また会えるとは思わなかったと、今度こそ二度と離れないと。
チビの子供ではないのだから。
結婚だって出来る大人で、キスをしたっていいのだから。
そうやって二人、出会った後には、直ぐに始まるお付き合い。
両親にだって事情を話して、結婚するのを許して貰って。
(ハーレイ、ちゃんとした大人だものね?)
自分は学生だろうけれども、ハーレイは教師で、家だって持っている大人。
何度かデートを重ねた後には、きっとプロポーズされる筈。
もちろん断るわけがないから、待っているのは結婚式。
通っているだろう学校は、多分…。
(…やめちゃうよね?)
せっかくハーレイと結婚するのに、まだ学生を続けるだなんて、とんでもない。
自分の時間が少なくなる上に、上の学校にもある宿題。
(宿題って言わないかもだけど…)
今の学校の宿題よりも、片付けるのに時間がかかりそう。
ハーレイとゆっくり過ごしたいのに、宿題が山ほど待っていたなら…。
(そっちをやらなきゃ…)
学生の仕事は勉強なのだし、ハーレイの仕事は学校の教師。
義務教育の方の教師でも、きっと宿題には厳しいだろう。
「お前、宿題、あるんじゃないか?」と訊かれて、「ちゃんとやるんだぞ」と。
「明日でいいよ」と言ってみたって、「駄目だ」と教師の貌のハーレイ。
後回しにするのは感心しないと、「そういうのは俺は嫌いだな」と。
さっさと宿題を済ませてしまえと、終わるまで本でも読んでいるから、と。
(絶対、そうなっちゃうんだから…)
ハーレイがコーヒーを飲んでいる間に、自分は宿題。
キスも貰えないで宿題が仕事、学校の生徒のままだったら。
そうならないよう、学校にはもう通わない。
ハーレイとの時間が大切なのだし、やめてしまって結婚式。
それでいいよねと、幸せだよねと思ったけれど。
大きく育った姿で会えたら、そうなったろうと考えたけれど…。
(…前のぼくのことは?)
それから、前のハーレイのこと。
遠く遥かな時の彼方で、共に暮らしたシャングリラのこと。
思い出している暇があるのだろうか、ハーレイと直ぐに結婚したら。
学校さえもやめてしまって、二人きりの暮らしを始めたならば。
(……忘れちゃってる……?)
毎日の幸せに夢中になって。
今のハーレイと生きてゆける幸せ、それだけで胸が一杯になって。
きっとハーレイの方も同じで、見ているのは今の自分の姿。
ソルジャー・ブルーだった前の自分を、思い出しさえしないのだろう。
今の自分がいるのだから。
前の自分とそっくり同じで、見た目は何処も変わらないから。
(…それも幸せなんだけど…)
白いシャングリラで生きた思い出、それを幾つも覚えていたなら、もっと幸せ。
今がどれほどいい時代なのか、どんなに幸せに生まれて来たかが分かるから。
自分がチビの子供だからこそ、ハーレイと話せる沢山の時間。
結婚出来るまでの間に、幾つだって出来る思い出話。
(子供じゃなければ出来ないよね…)
直ぐに結婚してしまったなら、今の幸せで満たされる日々。
前の自分たちを忘れてしまって、今という時代だけを見詰めて。
それはちょっぴり残念だから、チビの自分がいいのだろうか。
幾つもの思い出を抱えてゆけるし、ハーレイの方もそうだから。
前の自分たちの恋の続きを、二人で歩いてゆけるのだから…。
子供じゃなければ・了
※ブルー君が結婚出来る年でハーレイ先生と出会っていたら…。アッと言う間に結婚式。
けれど、思い出している暇が無いのが前の自分たち。チビの姿で再会する方が素敵ですよねv
(あいつは、どうしようもなくチビで…)
今日もやっぱりチビだったわけだが、とハーレイが思い浮かべた恋人。
ブルーの家に寄って来た日に、夜の書斎で。
愛用のマグカップに淹れたコーヒー、それを片手に。
「またな」と別れて来たブルー。帰り際に軽く手を上げて。
ブルーも「またね」と言ってくれたけれど、小さな手を振っていたけれど。
(顔には書いてあったってな)
本当は離れたくないと。
一緒に連れて帰って欲しいと、「ぼくを一人にしないで」と。
ブルーの気持ちは分かるけれども、出来ない相談。
十四歳にしかならないブルーは、まだまだ子供なのだから。
両親と一緒に暮らす子供で、両親に守られる子供。
連れて帰れるわけなどがないし、こういった日々はこれからも続く。
いつかブルーが大きくなるまで、前の生と同じに育つまで。
それに年齢、そちらも大切。
(いくらあいつが前と同じに育っても…)
今の学校を卒業する年、十八歳までは結婚は無理。
つまりは子供で、まだ一緒には暮らせない。
(当分は、今と変わらないってな)
ブルーの家を訪ねて行っては、「またな」と帰って来るしかない。
愛おしい人を一人残して、自分の方でも一人きりで。
「またな」とブルーに手を振る時には、自分も少し寂しいから。
次に会えるのはいつだろうか、と思う日だってあるのだから。
学校でブルーに会えたとしたって、教え子でしかない存在。
恋人に会おうと思うのだったら、家を訪ねてゆくしかない。
仕事が長引く日が続いたなら、週末までは会えない恋人。
まだ一緒には暮らせないから、連れて帰れはしないから。
前の生から愛したブルー。
青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えた運命の人。
間違いなく絆はあるのだけれども、チビだったブルー。
今と変わらないチビの姿も、前の自分は知っているけれど。
(…あの頃はただの友達でだな…)
まだ恋人ではなかったわけだし、チビのブルーに会うよりは…。
(前とそっくり同じ姿の…)
ブルーに出会いたかったかもな、と浮かんだ考え。
もしもブルーが子供でなければ、全ては変わっていただろうから。
「またな」と手を振って別れなくても、二人一緒の帰り道。
ブルーの両親の家を訪ねただけだから。
夕食を皆で賑やかに食べて、食後のお茶が済んだ後には帰るだけ。
ブルーと二人で暮らす家へと、この家へと。
(俺の車で帰ってもいいし、路線バスだって…)
その日の気分で、どうとでもなる帰り道。
家に着いたら、もう一度ブルーとお茶を飲む。
コーヒーを飲みたい所だけれども、苦手なブルーに合わせて紅茶。
ダイニングかリビング、二人でゆったり腰を下ろして。
(…きっと、そうなっていたんだろうな…)
ブルーが子供でなかったら。
前のブルーと同じ姿で、結婚出来る年で出会っていたら。
(何処で会うのか、そいつは謎だが…)
やはり同じに、ブルーに現れただろう聖痕。
そして前世の記憶が戻って、たちまち恋に落ちたのだろう。
きっとその場で、「俺のブルーだ」と抱き締めて。
血まみれになって意識を失くしたブルーを、愛おしい人を。
救急車で病院へ急ぐ間も、ブルーの手をギュッと握り締めて。
記憶が戻るその瞬間までは、ブルーとは他人だったとしても。
自分は単なる通行人の一人、それだけでしかなかったとしても。
そうやってブルーが搬送されたら、何処かの病院に着いたなら。
看護師を何度も捕まえて様子を訊くのだろう。
ブルーはいったいどうなったのかと、命に別状はないのかと。
(とんでもない量の出血なんだし…)
またしてもブルーを失くすのでは、と生きた心地もしない筈。
現に自分もそうだったから。
小さなブルーの付き添いで乗った救急車。
その中で「頑張れ」と叫び続けた。
まさか聖痕とは思わないから、大怪我なのだと頭から思っていたものだから。
(あいつがチビでなくたって…)
心配の量は変わらない。
前の生で失くしてしまった恋人、その人をまた失くすのでは、と。
巡り会った途端に、ブルーは消えてしまうのかと。
(教師ならともかく、通りすがりの人間だったら…)
どうして其処まで案じるのか、と看護師も不思議に思うだろうか。
それとも、教師という職に就いているだけに、責任感が強いと思われるか。
(…きっと、そっちの方だろうな)
現場で全てを見ていたわけだし、何が役立つか分からない。
だから帰らずに病院に残っているのだな、と看護師たちは思うことだろう。
授業のある日だったとしたなら、学校に連絡を入れてまで。
「急病の人に付き添っているから、行けそうにない」と断って。
本当の所は、恋人の側にいるだけなのに。
前の生から愛し続けた運命の人に、再び出会っただけなのに。
(そうは言っても、事実だしな?)
血まみれになって倒れたブルーに付き添ったことは。
救急車に一緒に乗り込んだことも、病院の医師たちに状況を説明したことも。
(…長いこと待って、聖痕だって分かったら…)
ようやっとブルーに会うことが出来る。
もう心配は要らないのだから、きっとブルーの病室で。
感動の再会を遂げる時には、出来れば二人きりがいい。
ブルーの両親はまだ来ていなくて、看護師だって席を外していて。
そうしたら二人、固く抱き合って…。
(…あいつの言葉は同じだろうな…)
小さなブルーが言ったのと同じで、きっと「ただいま」。
「帰って来たよ」と、前の自分が聞きたかった声で。
子供らしい響きの声とは違って、懐かしく甘く、柔らかな声で。
その後はもう、言葉になりもしないのだろう。
「会いたかった」と互いに繰り返すのが精一杯で。
涙を流して、何度も何度もキスを交わして。
(あいつの両親には、俺のことを何と言うべきやらなあ…)
チビのブルーは子供だったから、医師が説明してくれた事情。
けれど、ブルーが前と同じに育っていたなら、自分からも話すべきなのだろう。
前世が誰であったかも。
恋人同士の二人だったことも、その場では伏せても、追い追いに。
(…ちと厄介だが、それさえ済めば…)
晴れてブルーと恋人同士。
結婚も出来て、一緒に暮らして、幸せ一杯だろう日々。
「またな」と別れて帰らずに済んで、仕事を終えて帰れば家にいるのがブルー。
玄関の扉を開けた途端に、飛んで来そうな愛おしい人。
休日ともなれば二人でドライブ、あちこち旅行に行くことだって。
(…あいつが子供でなければなあ…)
今頃はそういう日々だったんだ、と思うけれども、そうなっていたら。
果たして自分は思い出したろうか、前の自分が見て来たことを。
前のブルーと生きていた日々を、シャングリラという船で過ごした時を。
遠く遥かな時の彼方を、今とはまるで違う時代を。
小さなブルーと話す時には、何度も話題になるけれど。
あれこれと何か思い出しては、今の時代に繋げてみたりもするけれど。
(…どうだったんだ?)
育ったブルーに出会っていたら、と考えてみる。
今のように長すぎる待ち時間無しで、ブルーと結婚していたら、と。
(…まずは、結婚までにだな…)
デートを重ねてプロポーズ。
それまではきっと、頭の中はブルーで一杯。…今のブルーで。
結婚が決まって婚約したなら、今度は結婚式に向けての準備。
ブルーと二人で色々と決めて、家具なども買って、幸せな日々。
めでたく結婚式を挙げたら、もう本当に二人きりだから…。
(俺はあいつに夢中だろうし、あいつの方も…)
目の前の「今のハーレイ」に夢中、幸せな毎日にすっかり夢中。
今度の休日は何処へ行こうかと、何処で食事をしようかと。
二人で家で食べる食事も、毎日がきっと新鮮で…。
(…前の俺たちのことなんか…)
忘れちまっているんじゃないか、と思わないでもない感じ。
ブルーの右手も、きっと凍えはしないから。
いつも自分と一緒にいたなら、メギドのことなど思い出しさえしないから。
(うんと幸せな日々ってヤツだが…)
どうも値打ちが無いような、という気持ち。
幸せな日々を重ねていたって、今にすっかり夢中なら。
前の自分たちが生きていた日々、それをゆっくり思い出すことが無いのなら。
(だとすると、チビで良かったのか…?)
俺が出会ったブルーの姿、と綻んだ顔。
まだまだ離れて暮らすけれども、前の自分たちのことを鮮やかに思い出せるから。
もしもブルーが子供でなければ、きっと何処かに紛れた記憶。
それを幾つも思い出せるから、今の幸せに二人で繋げてゆけるのだから…。
子供でなければ・了
※もしもブルー君と再会した時、子供の姿でなかったら。結婚は直ぐに出来ますけれど…。
すっかり忘れていそうなのが前世、ハーレイ先生が考える通り、子供の方がお得なのかもv
(今日も叱られちゃって、おしまい…)
全然駄目、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれた、愛おしい人。
前の生から愛したハーレイ、今も誰よりも好きな恋人。
青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えた。
前の自分は、「もうハーレイには二度と会えない」と泣きじゃくりながら死んだのに。
遠く遥かな時の彼方で、メギドで独りぼっちになって。
右手に持っていたハーレイの温もり、それを落として失くしてしまって。
切れてしまったと思った絆。
ハーレイと自分を結ぶ絆は切れてしまって、もう繋げない。
だから会えずにこれっきりだと、独りぼっちだと泣くしかなかった。
死よりも恐ろしい絶望と孤独、その只中で死んでいったのが自分。
今の時代は英雄になったソルジャー・ブルー。
(…でも、ハーレイには会えたんだよ…)
奇跡のように、青い地球の上で。
新しい命と身体を貰って、すっかり平和になった時代に。
それは素晴らしいことだけれども、夢かと思うくらいだけれど。
(……ぼくだけがチビ……)
ハーレイと引き裂かれるように別れた、あの時の自分の身体が無い。
ソルジャー・ブルーだった自分の、育って大人になっていた身体。
どういうわけだか、それが戻って来なかった。
(…いつかは戻って来るんだけど…)
いずれ間違いなく手に入るけれど、それは分かっているのだけれど。
今の自分は大人の身体を持っていなくて、まだ子供。
十四歳にしかならない子供で、ハーレイはキスもしてくれない。
「俺は子供にキスはしない」と、「前のお前と同じ背丈になるまでは駄目だ」と。
そのせいで今日も叱られた。
「ぼくにキスして」と強請ったから。
ハーレイがくれた額へのキス、それで満足しなかったから。
「キスはしないと言っただろうが」と、コツンと叩かれてしまった頭。
全く痛くはなかったけれども、ハーレイの褐色の大きな手で。
拳の形に握られた手で、頭の真上から軽くコツンと。
「痛いよ!」と叫んでやったけれども、「そうか?」と鼻で笑った恋人。
「もう本当に痛かったんだから!」と、頭を押さえて睨んでも。
痛かったふりで、泣きそうな顔をして見せたって。
「お前の方が悪いんだろうが」と涼しい顔をしていたハーレイ。
「これでいったい何度目なんだ」と、「いい加減、覚えたらどうだ」と。
(…子供にはキスはしない、って…)
何度言われたことだろう。
叱られたことも、頭をコツンと小突かれたことも、額を弾かれたことだって。
けれど、諦められないキス。
もしも自分がチビでなければ、キスは貰えていたのだから。
前の自分とそっくり同じに育っていたなら、キスは挨拶だったのだから。
(…おはようのキスも、おやすみのキスも…)
キスは貰えて当たり前。
他にも沢山、降るようなキス。
唇へのキスを幾つも貰って、もっと他にも、身体中にだって。
(…今でも、ちゃんと覚えているのに…)
子供の姿だったばかりに、貰えなくなったハーレイのキス。
せっかく巡り会えたのに。
前と同じに恋人同士で、前の自分たちの恋の続きを生きているのに。
(俺のブルーだ、って言ってくれても…)
言葉だけだよ、と悲しい気分。
本当に「俺のブルー」だったら、きっとキスだって貰えるから。
今の自分が貰えるキスは、唇にではなくて頬と額だけ。
両親がくれるキスと同じで、子供でも貰えるようなキス。
赤ん坊だって貰っているキス、「いい子ね」と。
それしか貰えないのが自分で、唇へのキスを強請ったら…。
(…ハーレイ、断るんだから…)
断られる上に、場合によってはお説教。
とても恋人とは思えない扱い、キスを断って叱るだなんて。
お説教までするなんて。
(…前のぼくなら、そんなことをされたら…)
きっとハーレイを苛めただろう。
「君は暫く来なくていい」と、青の間から外に放り出して。
ハーレイが仕事でやって来たなら、もう完全にキャプテンとして扱って。
キャプテンとしての用が済んだら、「早く持ち場に戻りたまえ」と追い払うだけ。
仕事がとうに終わった夜でも、ハーレイの仕事はもう無い日でも。
「とても忙しいんだろう?」と、皮肉な笑みを浮かべてやって。
「ぼくとキスする暇も無いほど、仕事が溜まっているようだしね?」と。
そう言ってハーレイを追い出した後は、思念で後を追ってゆく。
ションボリとした後姿を、肩を落として歩く姿を。
(…うんと反省するといいよ、って…)
余裕たっぷり、青の間から観察していただろう。
全部ハーレイが悪いのだから。
キスを断って、お説教までしたのだから。
(ホントに当分、来なくていいしね?)
心の底から反省するまで、「申し訳ありませんでした」と詫びに来るまで。
「ブルー無しではいられない」ことを、ハーレイが痛感する日まで。
そしてハーレイが詫びに来たなら、「キスは?」と意地悪く尋ねてやる。
「お詫びのキスはどうしたんだい?」と、「それもしないのに、許すとでも?」と。
途端にきっと、噛み付くような激しいキス。
それに応えてキスを交わして、愛を交わして…。
仲直りになる筈なんだけどな、と時の彼方の自分たちを思う。
そういう二人の筈だったのにと、そんな喧嘩はしていないけど、と。
(今のぼくだと…)
もしもハーレイを放り出したら、お詫びのキスは貰えない。
今のハーレイなら、「そうか、来なくていいんだな?」と帰って行って、それっきり。
仕事の帰りに寄ってくれる日は消えてしまって、週末だって…。
(…あんなチビのことは知るもんか、って…)
朝からジムに出掛けてゆくとか、柔道の道場に行ってしまうとか。
一人でのんびりドライブするとか、他にも出来そうなことが山ほど。
生意気なチビのことなど忘れて、きっと充実した週末。
なのに、追い出した自分はと言えば…。
(…ハーレイが来てくれないよ、って…)
泣きの涙でいるのだろう。
どうやって謝ればいいだろうかと、どうしたら来てくれるだろうかと。
謝りたくても、そのハーレイに会える機会が無いのだから。
学校に行けば会えるけれども、そのハーレイは「ハーレイ先生」。
恋人同士の会話なんかは出来もしないし、おまけにハーレイは立派な大人。
トボトボ近付いて行ったとしたなら、爽やかな笑顔なのだろう。
「おはよう」だとか、「元気そうだな」だとか。
(今日もしっかり頑張れよ、って…)
そう言ってポンと肩を叩いて、「じゃあな」とクルリと回れ右。
他にも生徒は大勢いるから、ごくごく自然にそちらの相手。
「おう、お前たちも元気そうだな」と、「俺の授業はきちんと聞けよ?」と。
そうやって話し込んでしまって、もう振り向いてはくれないだろう。
「あのね…」と謝りたくっても。
「ハーレイ先生」に「あのね」は無理でも、「すみませんでした」と言いたいのに。
お詫びの言葉を聞いて欲しいのに、きっと笑顔で無視するハーレイ。
「全部、お前が悪いんだしな?」と。
「来るなと言ったのは、お前だろうが」と、「俺は言われた通りにしているんだが?」と。
なんとも悲惨な、今の自分がハーレイを放り出した時。
前の自分がそれをやったら、自分の方が強いだろうに。
ハーレイにお詫びのキスを貰って、仲直りをして、きっと幸せ。
けれども、チビの自分がやったら、身の破滅にしかならないらしい。
仲直りしようと努力するのは、ハーレイではなくて自分の方。
しかもチャンスは無いに等しくて、独りぼっちの日が続くだけ。
ハーレイは訪ねて来てくれなくて、「キスして」と強請るどころではなくて…。
(…ホントのホントに独りぼっち…)
家にポツンと一人きり。
両親はいても、きっと涙を流す日々。
ハーレイの方は、一人で気ままに生きているのに、自由を満喫しているのに。
(…なんで、そういうことになるわけ?)
チビに生まれてしまっただけで、と悔しいけれども、それが現実。
今の自分はチビの子供で、ソルジャー・ブルーだった頃とは違う。
ハーレイに「キスは駄目だ」と叱られてばかり、十四歳にしかならない子供。
もう何年か経ってくれないと、前の自分と同じ身体は手に入らない。
どう頑張っても、チビの自分はチビだから。
十四歳の子供に相応しい身体、それしか持っていないチビ。
(…いつになったら、キスが出来るの…?)
ハーレイからキスを貰えるの、と考えてみても、「ずっと先」としか分からない。
いつか貰えると分かっていたって、その日はまるで見えないまま。
手を伸ばしたってまだ届きはしないし、唇へのキスは貰えない。
それに立場もとても弱くて、キスをくれないハーレイを放り出したなら…。
(…前のぼくなら、うんと強くて、ハーレイが謝る方なのに…)
今の自分は酷い目に遭って、泣きじゃくるだけの毎日らしい。
謝ろうにも、チャンスも貰えないままで。
ハーレイの方は「次の週末は何をするかな」と、楽しく予定を立てそうなのに。
それは困るから、とても悲しいから、大人しく待つしかないのが自分。
ハーレイがキスをくれる日を。
前の自分と同じに育って、唇へのキスを貰える日を…。
キスを貰える日・了
※ハーレイ先生からキスを貰えないブルー君。恋人用の唇へのキスは、まだまだ禁止。
おまけに立場も弱いようです、喧嘩を売ったら悲惨な結果に。我慢するしかないですねv
(今日も叱って来たんだが…)
あのチビを、とハーレイが浮かべた苦笑い。
小さなブルーと会って来た日に、夜の書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それをお供に。
(キスは駄目だと言っているのに…)
何度叱っても諦めないのが小さなブルー。
十四歳にしかならない恋人、前の生から愛した人。
青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えた運命の人。
けれど、子供になっていたブルー。
遠く遥かな時の彼方で失くした時には、ブルーは大人だったのに。
今の時代も語り継がれる、ミュウの長だったソルジャー・ブルー。
ミュウの未来を、地球を掴もうと懸命に生きて散って行った人。
(今のあいつを見てるとだな…)
面影があるような無いような、と思うくらいにブルーは小さく、幼くなった。
もちろん今のブルーの姿も、自分は知っているけれど。
時の彼方で、あのアルタミラで出会ったブルーは子供だったから。
本当の年齢の方はともかく、姿は今と同じに少年。
ただ、あの時と違うのは…。
(…あいつの中身ってヤツなんだ)
同じチビでも、今のブルーはソルジャー・ブルーの生まれ変わり。
アルタミラで出会った頃のブルーは、ただのチビ。
サイオンはとても強かったけれど、恋などしてはいなかった。
見た目通りに本当に子供、前の自分の後ろをついて歩いたほどに。
「キスして」などと言うわけがなくて、前の自分の「小さな友達」。
それが今では同じチビでも…。
(恋人気取りと来やがった)
一人前の、と零れる溜息。
なんてこったと、同じチビでもこうも違うか、と。
ブルーの辞書には無いらしい言葉、「諦める」という短い言葉。
いくら叱っても、「駄目だ」と言っても、一向に諦めないらしいキス。
強請ってみたり、時には誘惑してみたり。
「キスしてもいいよ?」と誘う眼差し。
子供の顔で、子供でしかない表情で。
だからこちらも余裕たっぷり、「駄目だな」と断れるけれど。
ブルーの額を指先でピンと、弾いてみたりもするけれど。
(…最初はそうでもなかったってな…)
あいつが戻って直ぐの頃には、と思い出す。
小さなブルーに「行ってもいい?」と訊かれて、「いいぞ」と答えた家。
この家に招いてやった時。
大喜びで遊びにやって来たブルー、自分の方でも軽い気持ちでいたのだけれど。
教え子たちを招くのと同じ、そう考えてブルーを呼んだのだけれど…。
(あいつの表情、前のあいつとそっくりで…)
ふとしたはずみに重なった顔。
前の自分が失くした人。
小さなブルーの瞳の向こうに、幼い筈の顔の向こうに…。
(…あいつがいたんだ…)
記憶のままのソルジャー・ブルー。
何度もキスを、愛を交わした愛おしい人。
その人がこちらを見詰めていた。
「帰って来たよ」と、「ぼくは此処だよ」と。
ハッと気付けば、消えてしまっていたのだけれど。
チビのブルーがキョトンとしていて、「どうかしたの?」と愛くるしい顔。
前のブルーは、もういなかった。
(しかしだな…)
重なるからには、ブルーの中には前のブルーがいるのだろう。
当たり前だけれど、最初からそうに決まっているから、ブルーはブルーなのだけれども。
分かってはいても、恐ろしくなった自分の心。
小さなブルーに前のブルーを重ねているのが、愛おしい人を見てしまうのが。
迂闊に二人きりでいたなら、外れかねない心の箍。
チビでもブルーはブルーなのだと、前の自分が愛した人だと。
そう思ったなら、もう止まらないことだろう。
ブルーがチビでも、まだ子供でも。
前の自分が知っていた頃には、友達だったブルーの姿でも。
(あいつが俺を誘って来たら…)
幼い子供らしくない顔、それで誘って来たならば。
きっとブルーを手に入れてしまう、たとえブルーが泣き叫んでも。
子供の身体には激しすぎる行為、無垢な心には惨すぎること。
それをブルーに強いるのだろう、「お前もこうしたかったんだろう?」と。
「キスというのは、こうするもんだ」と、「恋人同士なら、こうして当然だよな?」と。
子供には酷なことなのに。
小さなブルーの身体も心も、きっと引き裂かれてしまうのに。
(…それでも、あいつは…)
泣いて泣き叫んで、敵わない力で抵抗して。
散々暴れて、組み伏せられて、蹂躙されてしまった後には…。
(……俺を許してしまうんだ……)
許すだけなら、まだマシだけれど。
自分の方でもブルーに詫びて、「二度としない」と固く誓うだろうけれど。
(…前のあいつの記憶が残っているもんだから…)
小さなブルーは「これでいいんだ」と思ってしまうことだろう。
恋人同士なら、きっとこうあるべきなのだと。
まだ育ってはいない身体に、酷い負担がかかっても。
辛い思いをするのだとしても、「いいよ」と笑みを浮かべるのだろう。
涙の痕が残った顔で。
それは幸せそうな笑顔で。
きっとそうなる、と確信したから、「家には来るな」と言い渡した。
いつか大きく育つまで。
前のブルーと同じに育って、キスが出来るようになる日まで。
(…そうやって、今に至るわけだが…)
今じゃ見ないな、と思うブルーの表情。
前のブルーと重なるそれを見ていない。
年相応のチビがいるだけ、今のブルーは本当に子供。
「キスしてもいいよ?」と誘惑するのは同じでも。
何かと言ったら「ぼくにキスして」と、強請ってくるのは変わらなくても。
(前のあいつも、消えたわけではないんだが…)
思い出話は出来るわけだし、むしろ鮮やかにもなったろう。
チビのブルーがソルジャー・ブルーだったこと。
時の彼方で生きた記憶は、チビのブルーが遠い昔には誰だったのかは。
(…その筈なんだが、もう見ないよな…)
切ないような、あの表情は。
「やっと会えたのに、ハーレイは、ぼくを忘れてしまった?」という顔は。
前のブルーの心を、想いを乗せた表情。
それが今では消えてしまった、小さなブルーの顔からすっかり。
まるで見ないから、ブルーに会っても余裕たっぷり。
「キスは駄目だと言ってるよな?」と額を弾いて。
いつになったら覚えるんだ、と呆れ返った顔で見詰めて。
そうなった理由は、ブルーが幸せだからだろう。
前のブルーの悲しみが癒えて、今を生きているからだろう。
もっと幸せになれるのだと。
明日は今日よりもっと素敵で、明日の次はもっと素敵だと。
(…メギドの夢は、見ちまうんだが…)
それでも、ブルーが生きている「今」。
優しい両親と共に暮らして、学校に行って、子供らしい日々。
そういった日々を過ごす間に、前のブルーも「今」を手に入れたのだろう。
(…あいつ、自分に嫉妬をするが…)
前のブルーに嫉妬するのが小さなブルー。
「前のぼくなら…」とプリプリ怒って、頬っぺたを膨らませたりもして。
「ハーレイだって、前のぼくならキスするくせに!」と。
けれど、ブルーが嫉妬するブルー。
前のブルーは、今もブルーの中で暮らして、ブルーと全く同じ魂。
子供の自分に満足していて、切ない顔はやめたのだろう。
(そいつが断然、お得だしな?)
今の幸せを味わうこと。
子供ならではの幸せな時を、優しくて温かな日々を。
(…なのに、あいつは分かってなくて…)
今日だってキスを強請っていたし、と零れた溜息。
いつになったら分かるのやらと、まだまだ当分かかりそうだが、と。
チビの間は無理だろうなと、もっと大きく育たないと、と。
(…前と同じに、キス出来る時が来るまでは…)
気付かないだろうか、今のブルーは?
不満たらたらで過ごすのだろうか、「ハーレイのケチ!」と怒りながら。
プンスカ膨れて仏頂面で、「ハーレイは酷い」と睨み付けながら。
(…俺はそれでもかまわないがな?)
ケチのハーレイでいいんだがな、と思い浮かべる恋人の顔。
もう一度巡り会えた恋人、その人が幸せに生きているなら。
前の自分が失くしたブルーが、幸せな日々を過ごして生きているのなら。
(…いつまでだって、待ってやれるんだ…)
前と同じにキスが出来る日、それが何年先になろうと。
何十年と待たされたって、きっと笑って待てるのだろう。
今のブルーが掴んだ幸せ、それを守ってやりたいから。
「ハーレイのケチ!」と睨むブルーは、幸せな今を生きているから…。
キスが出来る日・了
※ブルー君にキスを強請られる度に、「駄目だ」と断るハーレイ先生。ケチと言われても。
何十年だって待てるそうです、ブルー君とキスが出来なくても。愛されています、ブルー君v
(ハーレイ、今頃、どうしてるかな…)
ぼくのこと、忘れちゃってるのかな、と小さなブルーがついた溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は一日、ハーレイと一緒に過ごしたけれど。
午前のお茶から、夕食の後のお茶まで一緒だったのだけれど。
(…やっぱり帰って行っちゃった…)
夜になったら、夕食の後のお茶を飲み終えたら。
「そろそろだな」と時計を眺めて、立ち上がって帰って行ったハーレイ。
玄関を出たら、「またな」と軽く手を振って。
庭を通って門扉の所へ、其処から表の通りへと出て。
(一緒に帰りたかったのに…)
ハーレイが「またな」と口にする度、いつも思ってしまうこと。
「ぼくも一緒に帰りたいよ」と。
けれど、ポツンと残される。
前の生から恋をした人は、けして連れて帰ってくれたりはしない。
言葉に出しはしないけれども、その顔を見れば書いてあること。
「お前の家は此処だろうが」と、「チビは早めに寝るんだな」と。
今の自分はチビの子供で、両親の家で暮らしているから。
十四歳にしかなっていなくて、結婚出来はしないから。
(…分かってるけど…)
でも寂しいよ、と零れる溜息。
せっかく巡り会えたのに。
青い地球の上でまた巡り会えて、前と同じに恋人同士。
なのに自分は置いてゆかれて、ハーレイは家に帰ってしまう。
何ブロックも離れた所に建つ家へ。
いくら窓から覗いてみたって、屋根さえ見えない遠い所へ。
今夜も帰って行ったハーレイ、とうに家には着いている筈。
夕食は一緒に食べていたのだし、もう一度食べはしないだろう。
きっとコーヒー、熱いのを淹れて。
この家では滅多に出されないから、「これが美味い」と。
(…ぼくはコーヒー、苦手だもんね…)
前の自分もそうだったけれど、今の自分もコーヒーは苦手。
独特の苦味がどうしても駄目で、飲むなら砂糖とミルクをたっぷり。
ホイップクリームもこんもりと入れて、やっとなんとか飲めるコーヒー。
母も充分知っているから、よほどでないとハーレイが来る日に出したりはしない。
「この料理にはコーヒーが合う」と母が思った夕食、そんな時しかコーヒーは出ない。
今日も一度も出されないままで、ハーレイはきっと「コーヒー切れ」。
前の生から好きだったから。
本物のコーヒーがあった頃から大好きだったし、それが無くなってもコーヒー党。
合成品でも好んだコーヒー、後の時代は代用品。
キャロブと呼ばれるイナゴ豆から作ったコーヒー、キャロブには無いカフェインを足して。
(ホントに何処が美味しいんだろ…?)
今でも謎だ、と思うけれども、ハーレイは今もコーヒー好き。
朝には家で飲んだろうけれど、それきり飲めずにいたわけだから…。
(コーヒーは絶対、飲んでいるよね)
リビングか書斎で、のんびりと。
この一杯が飲みたかったと、これに限ると。
(…ぼくのことなんか…)
忘れてるかも、と思ってしまう愛おしい人。
コーヒー片手に新聞でも読んで、それっきり。
あるいは何か本を広げて、そっちで頭が一杯になって。
なにしろ自分はチビだから。
「またな」と置いてゆかれるだけで、連れて帰って貰えないチビ。
ハーレイの家に自分はいなくて、本にもコーヒーにも負ける。
其処に「在る」もの、それに敵いはしないから。
ホントに忘れちゃってるかもね、と悲しい気持ち。
こんなに好きでたまらないのに、ハーレイに想いは届かない。
キスを強請っても、「駄目だ」と言うのがハーレイだから。
「俺は子供にキスはしない」と、「前のお前と同じ背丈に育つことだな」と。
それが出来たら苦労はしないし、此処で寂しい思いもしない。
とうにハーレイと一緒に暮らして、この時間だって側にいる筈。
ハーレイがコーヒーを飲んでいたって、「ぼくには紅茶!」と我儘を言って。
書斎に行こうとしているのならば、「ぼくも行くよ」と、くっついて行って。
本を読もうと取り出したならば、「それ、面白い?」と覗き込む。
「そんな本より、ぼくを見てよ」と。
ぼくの方を見てと、ぼくは恋人なんだから、と。
(ハーレイ、困りそうだけど…)
困らせたってかまわない。
それが一緒に暮らす自分の特権だから。
ハーレイの時間を好きに使って、大きな身体を独り占め。
キスを貰って、愛を交わして、心も身体も、丸ごと、全部。
(…早く一緒に暮らしたいのに…)
その時が来たら、もうコーヒーにも、本にもハーレイを盗られないのに。
もしも盗ろうと顔を出しても、「ぼくを見てよ」と、ハーレイをきっと振り向かせるのに。
(だけど、今だと…)
チビの自分は、ハーレイに放っておかれるのだろう。
「またな」と帰ってゆくのと同じに、「寝る時間だぞ」と言われそう。
子供はとっくに寝る時間だと、お前のベッドで眠って来いと。
ハーレイの家に住んでいたって、「部屋に帰れ」と追い払われて、それっきり。
次の日に「おはよう」と起きてゆくまで。
朝になるまで、ハーレイとは別に過ごすのだろう。
「子供は子供らしく、ってな」と、ケチなハーレイに放り出されて。
「俺はこれからコーヒーなんだ」と、「俺の時間だ」と本やコーヒーに負けてしまって。
きっとそうだ、と嫌でも分かる自分の末路。
たとえ一緒に帰れたとしても、チビの間は「チビらしく」。
ハーレイの家にある子供部屋でも充てがわれて。
「お前の部屋は此処だからな」と、ハーレイとは別のベッドを貰って。
今と同じで、一人、ポツンと。
ベッドの端っこに腰掛けて一人、いくら待っても来ないハーレイ。
もしも扉が開いたとしたら、「まだ起きてるのか?」と咎める目つき。
「寝る時間だと言ったがな?」と。
そしてベッドに入れられてしまうことだろう。
「しっかり寝ろよ」と「いい夢をな」と。
額か頬にキスを落として、灯りだって消して、出てゆくハーレイ。
書斎の方へと戻ってゆくのか、それとも寝室のベッドに行くか。
どちらにしたって、チビの自分は一人きり。
今夜と何処も変わりはしないし、ハーレイとは朝まで会えはしなくて…。
(…会えるとしたら、夢の中だけ…)
おんなじ家にいたってそうだ、と思った所で気が付いた。
夢の中でしか会えないのならば、この部屋でだって会えるだろう。
「またな」と帰ったハーレイに。
チビの自分を忘れてしまって、コーヒー片手に自分の時間を過ごしていそうな恋人に。
(…夢の中なら、会えるものね?)
此処にはいない人だって。
ハーレイが忘れてしまっていたって、夢を見るのは自分だから。
夢の中なら、どんなことでも出来るのだから。
(…メギドの夢は嫌だけど…)
前のハーレイと愛を交わす夢も、前の自分が主役なのだし、目覚めてガッカリするけれど。
チビの自分が主役だったら、きっと素敵な夢になる。
今は此処にはいないハーレイ、そのハーレイに夢で会えたら。
幸せな夢を見られたならば。
最高だよね、と思った夢。
自分で上手くコントロールが出来たなら。
そういう夢でハーレイに会えたら、夢の中で色々なことが出来たら。
(…本当はキスがしたいけど…)
ハーレイが「駄目だ」と言い続けるから、ちょっと危険な気がする夢。
キスが出来る自分になりそうだから。
前の自分がヒョイと出て来て、ハーレイを盗ってゆきそうだから。
(それは嫌だよ…)
夢で幸せな時間を過ごして、起きた途端に「ぼくじゃなかった」と思う夢。
何度もやられた、前の自分がハーレイを奪ってしまう夢。
それが嫌ならチビでいるしかないだろう。
キスは駄目でも、ハーレイと本物の恋人同士になれなくても。
(でも、ドライブには行けそうだしね?)
夢の中なら、きっと助手席に乗り込める。
「何処へ行くの?」とワクワクしながら、ハーレイの車で走ってゆく。
それに一緒に食事にも行ける、気取った店に行くのは無理でも。
柔道部の生徒がハーレイと一緒に行くような店で、周りもとても賑やかでも。
(そういうトコなら、チビのぼくでも連れてってくれそう…)
「チビにはこれが似合いだしな?」と、からかわれながら。
「本物のデートには、早すぎってモンだ」と、額をピンと弾かれたりして。
それでも夢なら、夢で会えたら、行けそうなチビの自分向けのデート。
子供向けの店しか入れなくても、ハーレイと乾杯は出来なくても。
(…どうせ乾杯、無理だもの…)
前の自分はコーヒーばかりか、酒だって苦手だったのだから。
新年を祝う乾杯のワイン、それさえ飲めなかったのだから。
(柔道部員が行くような店で、ジュースでも…)
向かいに座ったハーレイはコーヒーを飲んでいたって、それでもデート。
夢で会えたら、夢の世界で二人で出掛けられたなら。
(…そういう夢が見たいんだけど…)
上手くいくかな、と思い浮かべてみるハーレイ。
夢でデートが出来るだろうかと、前の自分に横から盗られはしないだろうかと。
(運が良ければ、会えるよね?)
ぼくをデートに連れてってくれるハーレイに、とポンと叩いてみた枕。
「ちょっとお願い」と、「夢を見させて」と。
夢でハーレイ会ってみたいから、夢で会えたら、幸せなデートをしてみたいから、と…。
夢で会えたら・了
※夢の中ならハーレイとデートが出来るかも、と思い付いたのがブルー君。
お子様向けのデートでしょうけど、成功するかも。上手くいったら幸せでしょうねv
