(まるで古典の世界だな)
生憎と今は真っ昼間だが、とハーレイの顔に浮かんだ笑み。
真っ昼間どころか、まだ午前中。
今の季節は夜明けが早いから、もう充分に日は高いけれども。
明るい太陽が照り付ける下を歩いて、ブルーの家へ。
小さなブルーが待っている家へ向かう途中で笑みが零れた、まるで古典の世界のようだと。
今の自分は古典の教師で、白いシャングリラとは何の縁も無くて。
遠く遥かな昔に地球の小さな島国で書かれた物語なぞを教えているけれど。
その物語の中で恋人の家に、こうして歩いてゆくとなったら。
(あれは普通は夜なんだ…)
恋が実る前は、昼間もせっせと出掛けるけれど。
どんな女性かを一目見ようと、あれこれ努力を重ねるけれど。
そうして恋が実った後には、訪ねてゆくなら日が落ちる頃。
恋人と二人、互いの想いを語り合うために、一夜の逢瀬を過ごすために。
それとは全く逆の時間に、ブルーの家へと歩いてゆく自分。
まるで逆様な日の高い時間、それでも恋人の家を目指すことには違いない。
しかも歩いて、さながら古典の世界に出てくる恋をしている男のように。
今の時代は車もあるのに、路線バスだってあるというのに。
(だが、歩くのが好きなんだ)
こういう晴れた日は歩きたい。
歩いてゆきたい、ブルーの家まで。
アッと言う間に着いてしまう車、そんなものより自分の足で。
二本の足で地面を踏み締め、足取りも軽く歩きたい。
(走って行っても着けるんだがな?)
今の自分には、少しも大した距離ではないから。
柔道と水泳で鍛えた身体は、根っから運動向きだから。
ジョギングも好きで、今でも走る。
自分の家からブルーの家まで、何ブロックもあるのだけれども、軽い距離。
走って行っても充分に着ける、ブルーは驚くだろうけど。
「走って来たの!?」と赤い瞳を真ん丸にして。
信じられないと、ぼくには無理だと、きっと仰天するだろうけれど。
そう、本当に大したことはない、小さなブルーの家までの距離。
(百夜通えと言われても…)
軽々と通える、気にもしないで。
何の負担にもなりはしなくて、いい運動になると走って。
百夜だろうが、夜の代わりに昼間に百日だろうが。
遠い昔の日本の伝説、百夜通いの男の伝説。
恋した女性に「百夜通って来てくれたなら」と条件を出されてしまった男。
百夜目に倒れて辿り着けなくて、恋は実らず、命も落としたと伝わるけれど。
自分だったらそうはならない、きっと通える、ブルーの家に。
頑丈な身体に生まれたから。
雨が降ろうが、雪が降ろうが、苦にもしないで走れる身体に。
(うん、本当に頑丈だってな)
前の自分も、ミュウの中では頑丈で丈夫な方だったけれど。
耳が聞こえなかったことを除けば、何も不自由は無かった身体。
口の悪いゼルには「無駄にデカイんじゃ!」などと言われた、大きかったから。
群を抜いて大きかった、背も、肩幅も。
その頃と同じに丈夫に生まれて、今では耳も普通に聞こえて。
ついでにしっかり鍛え上げたから、百日だって走ってゆける。
何ブロックも離れたブルーの家まで、百日だろうが、百夜だろうが。
もっとも、せっせと走ったとしても、百日通い続けたとしても。
今の小さなブルーの家ではどうにもならない、実らない恋。
十四歳にしかならないブルーは、まだまだ幼すぎるから。
恋をしていても子供は子供で、自分の手には入らない。
もっと大きく育たなければ、前のブルーと同じ背丈にならない限りは、ただ通うだけ。
通ってブルーの部屋で話して、それだけの逢瀬なのだけど。
抱き締めることは出来てもキスは出来なくて、二人で過ごせるだけなのだけれど。
それでも行きたい、ブルーの家まで。
こんな晴れた日は歩いて出掛けて。
運動も兼ねてと、今日も歩いて出て来たけれど。
走って行っても着ける距離だと、百日でも百夜でも軽く通えると思ったけれど。
(ん…?)
待てよ、と眺めた足の下。
軽々と走ってゆける距離だと、百日だって楽に通えると思った道筋。
いつもこうして歩いているから、ブルーの家へ向かう日以外も、二本の足で歩くから。
まるで気付いていなかったけれど、その足の下にあるものは…。
地面なのだ、と胸にこみ上げて来た感慨。
前の自分の足の下には無かった地面。
白いシャングリラの中に地面は無かった、船ごと宙に浮いていた。
アルテメシアの雲の海やら、漆黒の宇宙空間やら。
そういった場所に浮かんでいた船、そこに地面があるわけがなくて。
(前のあいつの部屋へ行くにも…)
通路を歩いた、地面ではなくて。
前の自分が歩いた道筋、ブルーの許へと通った道筋。
そこに地面は一度も無かった、ただの一度も。
前の自分は何も思わず、そこを歩いていたけれど。
白いシャングリラの通路を歩いて、青の間へ通っていたけれど。
今の自分はそうではなかった、地面の上を歩いていた。
小さなブルーの家へゆこうと、今日も歩こうと、走っても行ける距離なのだと。
(おまけに地球だぞ…!)
地球の地面だ、と足元を見詰めて、トンと地面を蹴ってみて。
前のブルーと二人で行きたいと願い続けた、青い地球の地面を確かめてみて。
(最高だ…!)
この地球の上を歩いてゆける。
蘇った青い地球の上を歩いて、小さなブルーの家までゆける。
前の自分たちの間には無かった地面を、それを歩いてブルーの家まで。
走ってだってゆける、地球の上を。
小さなブルーが待っている家へ、その気になれば走ってだって。
なんと幸せなのだろう。
足の下に地面を、青い地球の地面を踏んでゆけるということは。
ブルーの家まで地面が続いて、その上を歩いて出掛けてゆけるということは。
(もう、こうなったら、千日だって…)
百夜どころか、百日どころか、千日だって通える気がする。
雨が降ろうが、雪が降ろうが、ブルーの家まで、地面を踏んで。
青い地球の地面を二本の足で歩いて、あるいは走って、千日だって。
もういくらでも歩けそうだし、走れそうな気もするけれど。
地球の地面を踏んで歩いて、踏み締めて走って、百日どころか千日だって。
それは最高に幸せな気分、小さなブルーの家に着いたら話してやりたいと思ったけれど。
地球の地面を踏んで歩ける、幸せな今を語ってやろうと思ったけれど。
(…どう話すんだ?)
うっかりポロリと、百夜通いの話などをしてしまったら。
「俺なら百夜くらいは軽く通える」などと豪語してしまったら…。
(あいつ、絶対、調子に乗るんだ…!)
小さなブルーの輝く瞳が見える気がした、「通って来てよ」と。
「ぼくの家まで百日通って」と強請るブルーが、小さなブルーが。
本当に自分のことを好きなら百日通って、と無邪気な笑顔を向けそうなブルー。
「少しくらいは遅くなってもかまわないから、毎日、晩御飯を食べに来てよ」と。
それは非常にマズイから。
時間のやりくりはどうにかなっても、ブルーの母に迷惑をかけてしまうから。
(遅くなりましたが、って晩飯時に行けるものか…!)
いくら小さなブルーの頼み事でも、ブルーの母が「どうぞ」と言っても、百日は無理。
百夜通いはとても出来ないから、現実の壁が立ちはだかるから。
(黙っておこう…)
地球の地面を歩いて通える幸せのことは黙っておこう。
青い地球の上を、地面を踏んでの通い路となれば、千日だって通えるけれど。
そうでなくても、ブルーの家ならいくらでも通えそうだから。
今は幼い恋人の家でも、いくらでも歩いてゆけるから。
愛おしい人が待っているだけで、百日だって、千日だって。
そう、何日でも歩いて通えそうだし、走ってだって今の自分は充分通ってゆけるのだから…。
歩いてゆける地面・了
※ブルー君の家まで、走っても楽々と行けるらしい丈夫なハーレイ先生。
おまけに地球の上での道のり、目指すはブルー君の家。きっと千日でも楽勝ですねv
『可哀相な動物』
「ねえ、ハーレイ。…可哀相だとは思わない?」
いきなりぶつけられた問い。
ハーレイは鳶色の目を訝しげに細め、「何がだ?」と訊いた。
「いったい何が可哀相なんだ、怪我をした鳥でもいたというのか?」
学校の帰り道で見たのか、と尋ねたら。
「ううん、鳥よりもずっと大きなもの」
このくらいかな、と小さなブルーが広げた両腕。
もう一杯に広げているから、鳥などではないと一目で分かった。
犬にしたって大きすぎるし、ブルーは何を見たのだろう?
サッパリ謎だ、と見詰めたけれども、ブルーの方は。
「この大きさで分からない?」
これだけだよ、と強調する。自分の両腕を広げたサイズを。
いくらブルーが小さくても。チビだと言っても、両腕の分。
それを一杯に広げた大きさ、そんな生き物はそうそういないから。
動物園に行くか、牧場に行くか、そのくらいしか思い付かないから。
はてさてブルーはいつの間に出掛けたのだろうか、と思う。
今日のような週末は大抵、自分が此処に来ているのに。
出掛けてゆく暇は無い筈なのに。
(学校の遠足…)
それも考えたが、その学校は自分の職場。
小さなブルーの学年が遠足に行っていないことは直ぐに分かった。
動物園も牧場もブルーは見ていない筈で、そうなってくると…。
(ニュースか何か…)
きっとそういうものだと思った、だからブルーに訊き返した。
「その可哀相なヤツっていうのは、何処にいるんだ?」
「これだけ言っても分からないの?」
呆れた、とブルーは目を丸くして。
「…可哀相な筈だよ、この大きさの生き物が…」
「はあ?」
ますます分からん、と首を捻ったハーレイだけれど。
小さなブルーは「これだけだってば!」と、また手を広げて。
「両手を一杯に広げた大きさ、身長と同じだって言うじゃない!」
「…それで?」
「だから、ぼくだよ、可哀相なの!」
ハーレイにキスもして貰えないから可哀相だ、と主張された。
とても可哀相な動物なのだと、たまには同情してやってくれと。
けれども、キスは贈れないから。唇へのキスは厳禁だから。
「知らんな」と紅茶のカップを傾けておいた、涼しい顔で。
可哀相な動物は膨れたけれども、かまわない。
自分で「可哀相だ」と言い出す分だけ、我儘な動物なのだから。
甘えん坊なだけで、可哀相ではないのだから…。
可哀相な動物・了
(いい天気…!)
今日も晴れてる、とブルーが開けた窓のカーテン。
とうに昇った真夏の太陽、抜けるような青空が広がる朝。
こんな日はきっと…。
(ハーレイ、歩いて来てくれるんだよ)
何ブロックも離れた場所から、ブルーの足では歩けそうもない遠くから。
ハーレイの家は其処にあるから、其処で暮らしているのだから。
夏休みに入って会える日が増えた、平日でもハーレイと会えるようになった。
それが嬉しくて早く覚める目、目覚まし時計の出番が無くなるほどに。
鳴るよりも前に起きてしまって、もう要らないと止めるくらいに。
今朝も早くにパチリと覚めた目、一番に眺めた窓の方。
カーテンの向こうの明るさからして、多分、晴れだと思ったけれど。
隙間から射した光の筋にも気付いたけれども、確かめたいから。
ベッドから下りてカーテンを開けた、晴れているかと。
空は青いかと、雲など湧いてはいないだろうかと。
そうして開けてみたカーテンの向こう、眩しい太陽があったから。
爽やかに晴れた夏空だったから、大満足で。
(ハーレイと庭でお茶が飲めるよ)
庭で一番大きな木の下、其処に置かれたテーブルと椅子でデートが出来る。
ハーレイが作ってくれた場所。
見付けてくれた素敵な場所。
此処でデートだと、持って来てくれたキャンプ用のテーブルと椅子が気に入ったから。
ハーレイと初めてデートが出来たと嬉しかったから、今も好きな場所。
キャンプ用だったテーブルと椅子は、別の物に変わってしまったけれど。
父が買ってくれた白いテーブルと椅子が、いつも置かれているのだけれど。
今日もデートだと、ハーレイと庭でお茶にしようと浮き立つ心。
ハーレイに意外にも似合う白い椅子、それからテーブル。
前の生で暮らした白いシャングリラと同じに白いからなのだろうか。
ハーレイには白が似合うのだろうか、褐色の肌を引き立てるから。
学校で着ていた白いワイシャツも良く似合っていた、今から思えば。
夏休みの今はワイシャツを着ては来ないけれども、白い半袖シャツの日もあって。
そういうシャツも似合っていたな、と庭を見ながら考えていて…。
(ハーレイ、夏が似合うんだよね)
似合うといえば、と思い浮かべる、夏の日射しが似合う恋人を。
木漏れ日が射す木陰の白い椅子も似合うけれども、それよりも夏。
テーブルと椅子が置かれた場所まで歩く途中の夏の庭。
眩い陽の光を浴びて其処を歩いてゆくハーレイの肌も、大きな身体も夏そのもので。
そんな気がする、ハーレイは夏だと。
前に誕生日を尋ねてみた時、「当ててみろ」などと言われたけれど。
その時も夏が似合う気がして、そう答えたら正解で。
八月の二十八日に生まれたハーレイ、夏の日射しが似合うハーレイ。
じりじりと肌を焦がす熱さも、痛いくらいに強い日射しも。
夏だと思ってしまうハーレイ、夏の暑さにも負けないハーレイ。
今日のように午前中からやって来るなら、暑さも酷くはないけれど。
歩いて来たって負担は少なくなりそうだけれど、そうでない日も歩くハーレイ。
柔道部の指導に学校へ行って、午後から訪ねて来る時も。
学校から此処まで日盛りの道を、帽子の一つも被りもせずに。
照り付ける真夏の太陽の下をハーレイは歩く、苦にもしないで。
ちっとも大したことなどはないと、夏は暑くて当然だろうと。
夏でも雨は降るけれど。
曇りの日だってあるのだけれども、ハーレイには明るい太陽が似合う。
晴れた日が似合う、今日みたいに。
朝からカラリと晴れている日が、雨とも雲とも縁の無い日が。
(白い雲なら似合うんだけどね?)
夏空に浮かぶ白い雲。
むくむくと聳え立つ入道雲でも、ずっと遠くで湧いたものなら似合うと思う。
雨を運んで来られない場所に聳えた雲なら、空の青さを引き立てるから。
夏ならではの力強さを感じさせてくれる雲だから。
(ハーレイ日和…)
ふっと心を言葉が掠めた、「ハーレイ日和」と。
晴れた日を指す言葉が「日和」で、色々なものに繋がる言葉で。
小春日和に、行楽日和。
他にも幾つも、いろんな日和。
今日のような日は「ハーレイ日和」だと思ってしまった、ハーレイに似合う晴れた夏の日。
こんな日がきっとハーレイ日和、と。
ハーレイが歩いて来てくれるだろう、雨など少しも降りそうにない日。
入道雲が湧いたとしたって、遠くで夕立になるだけで。
今日はそういう日なのだと思う、ハーレイに似合いの夏の一日、と。
そんな予感がしてくる青空、雲の欠片も見当たらない空。
(うん、きっとハーレイ日和なんだよ)
今日はそういうお天気の日、と心で呟く、「ハーレイ日和」と。
ハーレイにとても似合う夏の日、こういう日はきっとハーレイ日和、と。
もう少ししたら、朝食が済んだら、ハーレイが歩いてやって来る。
何ブロックも離れた場所から、ハーレイ日和の夏空の下を。
自分の足では歩けそうもない距離を、ものともせずに。
「今日は暑いな」と口で言いはしても、汗の一つも浮かべもせずに。
だからハーレイには夏が良く似合う、暑い夏はハーレイの季節だと思う。
ハーレイ日和はこんな夏の日、晴れ渡って雲の欠片も無い日。
雲が湧くならずっと遠くに高い入道雲、むくむくと盛り上がる力強い雲。
それがハーレイ日和だと思う、ハーレイに似合う晴れた夏の日。
(今日はハーレイ日和だよね?)
きっとそうだ、と窓の向こうの空を見上げて、声に出してみる。
「ハーレイ日和」と。
そうしたらドキンと跳ね上がった心、素敵な響きの「ハーレイ日和」。
ハーレイが歩いてやって来るのにピッタリの晴れの日、夏の日射しが眩しい日。
空までがハーレイのような気がした、「ハーレイ日和」と言ってみただけで。
世界の全部が丸ごとハーレイ、まるですっぽりと包まれたように。
今日は丸ごとハーレイの日だと、ハーレイみたいな天気だから、と。
ハーレイに似合う日、ハーレイ日和。
真夏の太陽が明るく射す日で、雲の一つも無い青空。
雲を浮かべるなら遠い所に高い入道雲、この辺りに雨を運ばない場所に。
抜けるような空と、力強い雲と、そんな天気がハーレイ日和。
きっとそうだと、とても素敵な思い付きだと、窓の向こうを眺めるけれど。
いい言葉だと思うけれども、それをハーレイに言ったなら…。
(…笑われちゃう?)
ハーレイは古典の教師だから。
言わば言葉のプロのようなもので、「日和」にも詳しそうだから。
「なんだ、そいつは」と呆れられそうで、訂正なんかもされそうで。
(…ありそうだよね…)
ハーレイ日和などありはしないと、日和という言葉はそういう風には使わないと。
お前の使い方は間違っていると、その場で授業が始まりそうで。
せっかく二人でデートをしようと思っているのに、庭のテーブルにも出られそうになくて。
(そこの辞典を持って来い、って言われるんだよ)
辞典で日和を調べてみろと、使用例もきちんとチェックしろと。
古典の教師のハーレイが登場、恋人のハーレイは何処かへ引っ込んでしまいそうだから。
(ハーレイ日和は内緒にしなくちゃ…)
ぼくだけの言葉、と胸に仕舞った、こっそり一人で使っておこうと。
授業は御免蒙りたいから、ハーレイと楽しく過ごしたいから。
今日はハーレイ日和なのだし、庭のテーブルと椅子とでデート。
そうするためにも内緒にせねば、と「ハーレイ日和」を仕舞い込む。
ぼくだけの秘密のハーレイ日和、と…。
ハーレイ日和・了
※ブルー君が考えた「ハーレイ日和」。よく晴れた夏の日がハーレイ日和ですけれど…。
内緒にしておくブルー君です、「ブルー日和」があると知ったらビックリでしょうねv
※当サイトのペットのウィリアム君。本日で生後801日になりました!
「801」です、「ハーレイの日」です。
お祝いにショートを上げました。ブルー君のお話ですけどねv
(よし!)
いい天気だな、と開けた窓のカーテン。
昨夜は星が沢山見えたし、明日は晴れだと確信してはいたけれど。
天気予報も同じく晴れで、快晴だと告げていたけれど。
それでも読めない地球の天候、予報もたまには外れたりする。
人間がコントロールをしていない証拠、前の自分が生きていた頃と違って機械も無い。
死に絶えた地球を死んだままにしていた、グランド・マザーはもういない。
ユグドラシルなんぞを地球に造って管理していたような憎い機械は。
朝の光が射し込む寝室、そこで大きく伸びをした。
今日は土曜日、ブルーの家へと出掛けてゆく日。
雨なら車で出掛けるけれども、それでは少しつまらない。
短い時間で着けるとはいえ、その分、早くブルーに会えるわけではないから。
他所の家を訪ねてゆくとなったら、気にせねばならない訪問の時間。
あまりにも早くチャイムを鳴らせば迷惑だろうし、避けねばならない。
いくらブルーの守り役とはいえ、朝早くから押し掛けて行って、朝食の席に着くのは論外。
(きっと歓迎されるんだろうが…)
どうぞ、とダイニングに案内されて、小さなブルーも一緒の朝食になりそうだけど。
ブルーの両親も笑顔だろうけれど、やはり、あまりに厚かましすぎて。
だから早くには訪ねてゆけない、この時間だと自分が作ったルールよりも早い時間には。
車で行くなら普段よりも遅く、そういう時間まで家を出られない。
雨が降ったらそうなってしまう、車だと直ぐに着いてしまうから。
ほんの僅かな距離のドライブ、それで到着してしまうから。
エンジンをかけてガレージから出て、暫く走ってゆくだけで着いて、土産話もろくに拾えない。
「来る途中で面白いものを見たぞ」と話してやりたい、様々なことが拾えない。
ハンドルを握って走る時間が短すぎるから、アッと言う間に目的地に着いてしまうから。
そんな車も、普段は頼もしいけれど。
仕事の帰りにブルーの家に寄るのだったら、車の速さが嬉しいけれど。
休日にブルーの家へゆくなら歩くのがいい、自分の足で歩いてゆきたい。
この道をゆこうと決めた道筋、それを歩いてゆくのがいい。
そうしたいなら晴れた日がいい、今日のように。
明るい日射しが眩しい日がいい、青空の下をのんびりと歩いてゆける日が。
(ブルー日和というヤツだな)
うん、と自分が作った言葉に頷いてみる。
何かをするのに絶好の天気、それが「日和」というものだから。
ブルーの家を訪ねてゆくのにピッタリの晴れなら、「ブルー日和」になるだろう。
爽やかに晴れて、午後には些か暑くなるかもしれないけれど。
それでも今日はブルー日和で、小さなブルーと過ごせる日で。
ブルー日和だと跳ねている心、この青空の下を歩いてゆこうと。
何が見付かるかと、何を話そうかと、ワクワクしながら歩いてゆこうと。
顔を洗って着替えを済ませて、朝食の支度。
小さなブルーなら「食べ切れないよ!」と叫びそうな分厚いトーストなども。
食べるものは普段と変わらないけれど、仕事にゆく日と同じだけれど。
今日は要らない仕事用の服、もうそれだけで心が浮き立つ。
その上、ブルー日和だから。
歩いてゆくのが似合いの日だから、食べ終えたら直ぐに家を出られる。
後片付けさえすれば、戸締りをして。
車で出掛ける雨の日のような待ち時間などは全く要らない、直ぐにブルーの家に向かえる。
そうして玄関の扉を閉ざして、歩き始めた青空の下。
今日は絶好のブルー日和だと笑みが零れる、いい天気だと。
午後には暑くなりそうな日射し、それを浴びながら歩いてゆく。
ブルー日和に相応しい道を、ブルーの家へと繋がる道を。
今日はどちらの道をゆこうか、この先の角を曲がろうか?
それとも曲がらずに真っ直ぐゆこうか、もう一つ先の角を目指して。
車が沢山走ってゆく道、大きな道路は避けての散歩道だから。
住宅街の中を歩いてゆくから、ブルーの家へと繋がる道は幾つもあって。
どれを行くのも自分の自由で、その日の気分で選べる道で。
(…今日はミーシャの方に行くかな)
気まぐれに決めた、ミーシャのいる道。
運が良ければ白い猫に会える、日向ぼっこをしている猫に。
子供だった頃に隣町の家で一緒に暮らした、白いミーシャにそっくりな猫に。
選んだ道は今日は正解、日向ぼっこのミーシャに会えた。
家の前の芝生、其処に座った真っ白な猫。
本当は撫でてやりたいけれども、ちょっと遊んでやりたいけれど。
「すまんな、先を急ぐんでな」
「…ミャア?」
なあに、と猫が見上げて来るから。
「お前さんみたいなチビが待っているのさ」
銀色の毛皮の可愛いのがな、とミーシャに手を振り、また歩いてゆく。
猫の名前がミーシャかどうかは知らないけれど。
飼い主の人が出て来るまで待って名前を訊く暇があれば、もっと先へと進みたいから。
ミーシャには「急ぐ」と言ったけれども、急ぎ足にはならない散歩。
自分のペースでのんびりゆっくり、ブルー日和の空の下。
あまりにも早く着きすぎないよう、丁度いい時間に着けるよう。
次の角ではどちらにゆこうか、曲がるか、真っ直ぐ進んでゆくか。
最短距離など考えはしない、こんな素晴らしいブルー日和に無粋なことは考えない。
歩く道々、目に入ったものをブルーに話してやれるから。
こんな花があったと、こんなことがあったと、小さなブルーに披露出来るから。
(急がば回れとも言うんだしな?)
ただ真っ直ぐに進んでゆくより、土産話が拾える時間。
車で走れば早く着くけれど、土産話を拾える時間が少ない上に楽しめない。
これからブルーの家に行くのだと、ブルーに会えると心がときめく時間も好きで。
その時間を長く味わいたいなら、こういうブルー日和がいい。
ブルーの家へと歩いてゆくためだけにあるような天気、カラリと晴れたブルー日和が。
もうすぐ会えると、もう少しだと歩きながらも、最短距離は選ばない。
少し回り道するくらいがいい、弾む心で、浮き立つ心で。
早くブルーに会いたいものだと、あいつに会えると、足取りも軽く。
今日は絶好のブルー日和で、きっとブルーも待っているから。
早く来ないかと首を長くして待っているから、余計に嬉しい散歩道。
ブルーに会ったら何を話そうか、どの話から始めてみようか。
さっき目を留めた庭の話か、香しい匂いに惹き付けられた生垣に咲いていた花か。
土産話は幾つも拾って、心に仕舞ってあるけれど。
どれから話してやるのがいいかと、幾つも持っているのだけれど。
(…ブルー日和は内緒だな…)
素敵な言葉が生まれたけれども、今日の天気に似合いだけれど。
自分の心に仕舞っておきたい、幸せに満ちた響きだから。
ブルーの家へと向かう途中で思い浮かべるのが幸せだから。
小さなブルーに話してしまえば、「ブルー日和」はきっと連発されるから。
それは嬉しそうに、得意そうに何度も言うだろうから、ブルーには内緒。
ブルー日和の心地良さは一人、噛み締めながら歩くのがいい。
今日は絶好のブルー日和だと、良く晴れてとても気持ちがいいと。
もうすぐブルーに会いにゆけると、弾む足取りでブルー日和の青空の下を…。
ブルー日和・了
※いいお天気の休日だったら「ブルー日和」になるんでしょうねえ、ハーレイ先生。
ブルー君に会いに出掛ける休日、ハーレイ先生は朝からウキウキなのですv
※当サイトのペットのウィリアム君、明日の午後に生後801日目を迎えます。
「やおい?」と思われそうですけど、「801」で「ハーレイ」です。
こんな機会は二度と無いので、明日もショートを上げますですv
(ちっとも伸びてくれないんだけど…)
ホントに少しも伸びないんだけど、と呟いたブルー。
お風呂上がりにパジャマ姿で、クローゼットのすぐ側に立って。
見上げた所に微かな印。
何も知らない人が見たなら気付かないだろう、鉛筆で引かれた薄い線。
両親は全く知りもしなくて、其処に印があろうなどとは夢にも思いはしないのだけれど。
気付かれないように引いた線だけれども、ブルーにとっては重要なもので。
床から測って、百七十センチの所にある印。
小さなブルーの頭の天辺、そこから二十センチも上に書かれた印。
たったの百五十センチしか無い今の背丈では、二十センチは僅かとはとても言えないもの。
百五十センチと百七十センチの間を隔てる、それは高い壁。
そこに印をつけた時には、高い壁でも乗り越えられる筈だったのに。
少しずつでも日進月歩で、壁を越えられる筈だったのに。
まるで縮まない、二十センチという長さ。
自分の頭と、クローゼットにつけた印の間の距離。
小さなブルーには高い高い壁、越えられるという望みも潰えてしまいそうになる。
こうして印を見上げてみる度、印までの高さを確かめる度に。
(…一ミリも伸びてくれないだなんて…)
酷すぎるよ、と頭の高さと印の高さを比べて溜息、もう幾つ目かも分からない。
今夜だけでも五つか六つはついたろうと思う、大きくて深い溜息を。
それまでの分を足していったら、きっと百では済まないと思う。
一日に五つ溜息をつけば、たったの二十日で百になるから。
クローゼットの印を見上げて溜息を幾つも零していた日は、二十日よりもっと多いのだから。
青い地球の上に生まれ変わる前、メギドで生を終えた時。
自分の背丈は今より高くて、手足もスラリと長かった。
顔立ちだって大人の顔立ち、今の小さな自分の顔とはまるで違ったソルジャー・ブルー。
赤い瞳と銀色の髪は同じだけれども、その他が違う。
まだ幼くて丸みの残った十四歳の子供の顔と、前の自分の大人の輪郭。
キュッと唇を結んでみたって、凛とした表情を作ってみたって、前の自分の顔にはならない。
鏡を覗いてどう頑張っても子供は子供の顔でしかない。
いつもハーレイが言う通りに「チビ」、そんな顔にしかなってはくれない。
前の自分と同じ背丈に育てば全ては変わるのだろう。
ハーレイはキスを許してくれるし、キスのその先のことだって、きっと。
前の自分と同じに育てば、そっくり同じ姿になれば。
だからクローゼットに目標を書いた、床からきちんと高さを測って。
ここまで育てば前の自分だと、前の自分の背丈はこれだけ、と。
それが床から百七十センチ、鉛筆で印をつけた時には縮まる予定だった距離。
今の自分の背がぐんぐんと伸びて、二十センチの差が十センチに縮んで、いずれはゼロに。
十四歳の自分は育ち盛りで、きっと伸び盛り。
そうだと思った、自分くらいの年の頃には一番伸びると聞いたから。
「夏休みの間にグンと伸びるぜ」などと目標を語るクラスメイトも多かったから。
草木が大きく育つのが夏、子供も例外ではなくて。
下の学校に通っていた頃にも、背が伸びる時期は圧倒的に夏。
ブルー自身の感覚でもそうで、春から夏にかけての季節が育つ時期。
寒い冬にはあまり育たない、葉を落としてしまう木々と同じで。
冬の間にエネルギーを溜めて伸びてゆくのが春から夏だと、そういうものだと思っていた。
今年の夏もきっとそうだと、大きくなれると。
育ち盛りで伸び盛りな分、今までの夏より大きく育つに違いないと。
なのに全く伸びなかった背丈、終わってしまった夏休み。
ほんの一ミリも背丈は伸びずに、一ミリさえも伸びてはくれずに。
(…なんで?)
夏という季節が、背が伸びてくれる筈の季節が来たというのに、まるで反映されなかった背丈。
伸びる季節など無かったかのように、変わらないままの自分の背丈。
クローゼットにつけた印は前と同じに見上げねばならず、少しも近付いてくれなくて。
ただの一ミリも差は縮まなくて、背丈は百五十センチのままで。
(…こんなことって…)
あんまりだと思う、自分は努力をしているのに。
背丈を伸ばそうとミルクを毎朝欠かさずに飲んで、結果が出るのを待っているのに。
「ミルクで背が伸びた」という話は幾つも聞いたし、両親だってミルクを勧める。
ミルクを飲めば背が伸びるからと、骨も丈夫になるのだからと。
そう言われずとも、今なら進んでいくらでも飲む、背丈を伸ばしたいのだから。
前の自分と同じ背丈に、クローゼットに書いた印と同じ高さになるように。
けれど背丈は伸びてくれなくて、二十センチの差は縮まらない。
前の自分と今の自分の間を隔てる高い高い壁、それが少しも低くならない。
乗り越えたくても越えられない壁、越えられる日さえ見えもしない壁。
どうにもこうにもなりはしなくて、溜息を零すしかなくて。
(…ミルクは絶対、効く筈なのに…)
それとも自分には合わないのだろうか、ミルクの効き目が出ないのだろうか?
誰に尋ねても「ミルクを飲んだら背が伸びる」という答えが返ってくるけれど。
世間の常識というものだけれど、ミルクは効かないのだろうか?
そうは思っても、ミルク以外の方法を思い付かないから。
学校で「しっかり栄養を摂りましょう」という話が出る時もミルクが定番なのだから。
(…ぼくの背、伸びなくても何も言われないし…)
病院で検査を受けるべきだとも、栄養相談に来るようにとも学校からは言われない。
何の問題も無いという証拠、誰も心配していない証拠。
背が伸びなくても、それも自分の個性の一つ。
心に見合った成長のためで、今はまだ伸びる時期が来ていないのだと周りの大人は考える。
学校の先生たちはもちろん、かかりつけの医師も、それに両親も。
誰も指導をしてくれないなら、治療などもしてくれないのなら。
頼りになるのはミルクしか無くて、それでいつかは伸びてくれると思うしかなくて。
(ホントに毎朝、飲んでるのに…)
具合が悪くて食欲の無い日も、ミルクが喉を通るようなら。
喉を通ってくれるようなら、食事は出来ずともミルクだけは飲む。
きっと背丈を伸ばしてくれると、今日は駄目でも明日にはきっと、と。
こんなに頑張って飲んでいるのに、効かないミルク。
他の子供なら背が伸びる筈の、頼もしい飲み物がミルクなのに。
きちんと毎朝飲んでいるのに、効果が現れないミルク。
(…本当に効くの?)
効く筈だけれど、効いたという話も幾つも聞いているけれど…。
ただの一ミリも伸びてくれない背丈はそのまま、夏休みも終わってしまったから。
後は背が伸びにくい季節へ向かうだけだから、またも零してしまう溜息。
どうして背丈が伸びないのだろうと、ぼくにはミルクが効かないのだろうと。
(だけど、他には…)
思い付かない、背を伸ばすための方法なるもの。
ミルクの代わりにこれを、といった話は聞かない、耳寄りな噂も、背を伸ばす秘訣も。
大きくなりたいと願っているのに、何度も何度もクローゼットを見上げるのに。
床から百七十センチの高さにつけた印に届かないかと、まだ駄目なのかと。
仕方ないから、ミルクを飲もうと今日も決意する、背丈のために。
前の自分と同じ背丈に育ちたいから、少しでも早く背を伸ばしたいから…。
ぼくの背丈・了
※背が一ミリも伸びてくれないことが悩みのブルー君。努力はしているようですが…。
毎朝、せっせと飲んでいるミルク。骨が丈夫になりそうですよねv
