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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(うん、頑張って生徒をやってるな)
 健気なもんだ、とハーレイは小さなブルーを思い浮かべた。
 夜の書斎でコーヒーを片手に。


 青い地球の上で巡り会ったブルー。十四歳の小さなブルー。
 その姿自体は見覚えがあって、前の生でも知っていたけれど。
 アルタミラからの脱出直後のブルーにそっくりなのだけど。
 あの頃のブルーは生徒ではなくて、自分も教師などではなかった。
 だから普通に「ハーレイ」と呼ばれ、それが変だとも思わなかった。


 ところが、今ではどうだろう。
 小さなブルーの家ではともかく、学校で会えばブルーは生徒。
 今日も「ハーレイ先生」と呼ばれた、ペコリと頭を下げられた。
 授業が始まるよりも前の時間に、登校して来て直ぐのブルーに。
 そう、今の自分は「ハーレイ先生」。
 ブルーに「先生」と呼ばれる立場。


 今朝は急ぎの用も無かったから、小さなブルーと暫く話した。
 ごくごくつまらないことを。
 朝食はちゃんと食べて来たかとか、寝坊しないできちんと起きたか、とか。
 そんな話題でも、それは嬉しそうにしていたブルー。
 弾けるような笑顔で「はい!」と答えて、「先生もですか?」などと訊いて来た。
 「朝御飯は今日も沢山ですか」と、「起床はとびきり早かったですか」と。


 せっかくの質問、ブルーの質問。
 もちろん律儀に答えてやった。朝食のメニューも、起きた時間も。
 「凄いですね!」と感動していたブルー。「流石、ハーレイ先生ですね」と。
 他にも少しばかり話して、「じゃあな」と手を振って別れたけれど。
 ブルーも教室に向かったけれども、心が弾んだ朝のひと時。
 小さなブルーと話が出来たし、眩しい笑顔も見られたから。


(ハーレイ先生、なんだがな…)
 自分は口調を変えないけれど。
 変える必要も無いのだけれども、ブルーは大変だろうと思う。
 学校では「ハーレイ先生」と呼んで、おまけに敬語。
 ブルーの家で話す時なら、「先生」は抜きで普通の子供の口調なのに。
 「朝御飯は今日も沢山食べたの?」と、「朝は早くに起きていたの?」と。


 大変そうな言葉の切り替え、それをしている健気なブルー。
 いじらしくなるほど頑張るブルー。
 話し掛けなければ切り替えなくともかまわないのに、挨拶だけで済むことなのに。
 「おはようございます」とたった一言、それとお辞儀で済むことなのに。


(それでもあいつは喋りたいんだ…)
 たとえ「ハーレイ先生」でも。
 敬語抜きでは話せない目上の先生でも。
 話し掛けずにはいられない。声を掛けずにいられないブルー、小さなブルー。
 まるで体当たりでもしそうな勢い、「ハーレイ先生!」と突進して来る。
 実際はブルーは走らないけれど、体当たりもして来ないけれども。
 それでも錯覚してしまうほどに、突進して来たと思うくらいに勢い込んだブルー。


 何度そういう小さなブルーと学校の中で出会っただろう。
 「おはようございます!」と声を掛けられ、そのまま話し込んだだろう。
 いじらしい敬語、小さなブルーの努力の賜物。
 頑張って口調をすっかり切り替え、「ハーレイ先生」用に紡がれる言葉たち。
 それがなんとも嬉しくてたまらず、そして少しだけくすぐったい。
 小さなブルーが使う敬語が、息を弾ませて話す言葉が。


(俺がハーレイ先生なあ…)
 柄ではないな、と思うけれども、普通に話させてやりたいけれど。
 その方がブルーも楽だろうけれど、学校の中では許されない。
 自分はあくまで「ハーレイ先生」、小さなブルーは自分の教え子。
 けれど、心は正直なもので…。


(敬語のあいつも可愛いんだ)
 いじらしくて、そして愛おしい。
 敬語を使おうと頑張るブルーが、敬語でもいいからと突進して来る小さなブルーが。
 「ハーレイ先生」でいるのも悪くない。
 懸命に話し掛けて来る小さなブルーの唇が紡ぐ、先生用の敬語が聞けるのだから…。

 

       いじらしい敬語・了


※ハーレイ先生の学校生活、きっとこういう感じです。先生には敬語、学校の約束事ですが。
 だけどちょっぴり特別な感じに聞こえるんでしょうね、ブルー君のはv
 





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 内緒だけれど。
 ホントのホントに誰にも内緒で、秘密だけれど。
 パパにもママにも言えない秘密で、友達にだって言えないけれど。
(ちゃんと恋人がいるんだよ、ぼく)
 しかも、先生。学校の先生でうんと年上、二十三歳も上の先生。
 ぼくの大好きなハーレイ先生、片想いじゃなくて、ホントの恋人。


 ぼくのことを「チビ」って呼ぶけれど。
 キスも許してくれないけれども、それでもホントに恋人なんだ。
 だって、学校では「ブルー君」だけど、ぼくの家では「ブルー」って。
 「俺のブルー」って呼んでくれたりする日だってある、ぼくの恋人。
 学校で会ったら「ハーレイ先生」、ぼくの家ではただの「ハーレイ」。
 だけど先生、ぼくの先生。


 ぼくとハーレイ、出会いは学校。ぼくの学校で初めて出会った。
 忘れもしない五月の三日に、ハーレイが転任して来たから。
 新しくやって来た古典の先生、会った途端に一目惚れ。
 お互いストンと恋に落ちた、って言ったらロマンチックだけれど。
 恋した途端にぼくは血まみれ、ハーレイの方は大慌て。
 ぼくに聖痕が出ちゃったから。右目や肩から血が溢れたから。


 とんでもなかった恋の始まり、出会いの後は救急車。
 告白する間も、される間もなくて、見事に気絶しちゃった、ぼく。
 ハーレイが一緒に救急車に乗って来てくれたことも知らずに気絶していた、ぼく。
 気が付いた時は病院のベッド、もうハーレイはいなかった。
 学校に帰って行ってしまって、ぼくの側にはいなかった。


 だけど壊れなかった恋。消えてしまわなかった一目惚れ。
 ハーレイはぼくを好きなまんまで、ぼくもハーレイを好きなまま。
 恋した途端にぼくが気絶で、告白する間も無かったけれど。
 されてる暇も無かったけれども、恋はきちんと伝わった。
 ぼくとハーレイとは恋人同士で、今だってずっと、恋人同士。


 きっと嘘だと言われると思う、こんな恋だと話したら。
 告白する間も、される間も無くて、それでも恋人同士だなんて。
 しかもお互い、一目惚れ。会った途端に恋をした。
 嘘みたいだけれど本当の話、ホントのホントにあったこと。
 五月の三日に起こった出来事、学校の先生に恋をしちゃって、先生の方も…。


(ぼくもハーレイも、両想い…)
 片想いなんて、していない。ほんの一瞬も、していやしない。
 お互いに好きで、一目惚れ。会った瞬間、もう両想い。
 告白なんかは要りもしなくて、される必要も何処にもなくて。
 ストンと恋に落ちてしまって、もう運命の恋人同士。
 ぼくはハーレイしか見えやしないし、ハーレイもぼくしか見ていないんだ。
 だって、そういう恋だから。ホントに恋人同士だから。


 誰にも言えない恋の秘密は、恋の始まりよりも前。
 出会う前から恋人同士で、前のぼくたちの恋がまた始まった。
 ぼくもハーレイも生まれ変わりで、生まれ変わる前にも恋人同士。
 ぼくたちの恋は前の続きで、だけど前よりもっと素敵で。


(今度はちゃんと…)
 学校の先生と生徒でいる間が終わったら。
 ハーレイを「先生」と呼ばなくていい日がやって来たなら、もう堂々と恋人同士。
 誰にも内緒にしなくてもいいし、手だって繋げる。何処へだって行ける。
 前のぼくたちには出来なかった恋が、誰もが祝福してくれる恋が出来るぼくたち。


 その日が来るまで、先生と生徒。
 誰にも内緒で、秘密の恋。パパにもママにも、友達にだって。
 だけど幸せ、ホントに幸せ。
 ぼくの大好きなハーレイ先生、ぼくの家ではただのハーレイ。
 そんなハーレイに恋をしたことが、ハーレイ先生に恋をしたことが、とても幸せ。


 ぼくの恋人は学校の先生、誰にも内緒で秘密だけれど。
 いつか秘密じゃなくなった時は、先生はもうぼくの先生じゃない。
 ぼくの恋人、ぼくだけの恋人、手を繋いで歩いていける人。
 ずうっと二人で歩いて行くんだ、幸せ一杯の未来に向かって…。

 

       恋人は先生・了


※ブルー君とハーレイ先生の恋、言わば究極の一目惚れ。会った途端に恋ですもんね。
 おまけに二人は先生と生徒、素敵だよね、と書いてみましたv






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(小さいんだが…)
 チビなんだがな、と恋人の顔を思い浮かべる度に緩む頬。
 愛おしさが溢れて止まらない。胸一杯に溢れてしまって、どうしようもない愛おしさ。
 まるで空から降って来たように、腕の中に戻って来た恋人。小さなブルー。
 見た目どおりにチビだけれども、中身もすっかりチビなのだけれど。
 想う度に胸が熱くなる。愛おしい気持ちが溢れて来て。


 まさか会えるとは思わなかった、と何度呟いたことだろう。
 巡り会えた奇跡に感謝したろう、この地球の上でブルーに出会えたことを。
 前と同じにブルーとハーレイ、名前も姿も変わることなく再び出会って抱き合えたことを。
(少しばかり小さすぎるんだが…)
 ブルーの姿は、アルビノの身体は前と全く変わらないけれど。
 別れた時より小さくなった。十四歳にしかならない子供で、華奢を通り越して折れそうで。


(それでも俺のブルーだ、うん)
 チビでもブルーだ、と愛しい恋人の名を繰り返す。心で、何度も。何度も、何度も。
 呼ぶ度に愛しい、愛しさが募る。抱き締めたくてたまらなくなる。
 けれどもブルーは小さな子供で、出来ることは抱き締めることだけで。
 キスを落とすなら頬と額で、唇へのキスは出来なくて…。


 自分が禁じた唇へのキス。
 小さなブルーに強請られる度に「駄目だ」と叱り続けているキス。
 ブルーは小さすぎるから。あまりに幼く、無邪気だから。
 キスをしようとは思わない。ましてその先など思わないけれど。求めないけれど。
(…ブルーはブルーだ…)
 想えば愛しい、どうしようもなく愛おしい。
 この腕に抱き締め、閉じ込めたくなる。キスは駄目でも、その先は駄目でも。


(あんなに小さくなっちまうなんて…)
 夢にも思いはしなかった。
 前のブルーを愛した時には、引き裂かれるように別れた時には。
 メギドへ飛び立つブルーの背中を見送った時には、また会えるとさえ思わなかった。
 こんな形で、青い地球の上で。
 前とそっくり同じ姿で、同じ名前で、もう一度ブルーに巡り会うとは。
 それも小さくなったブルーに、まだまだこれから育つブルーに。


 ブルーはこれから育ってゆく。前と同じに、前のブルーとそっくり同じに。
 それは気高く美しく育つことだろうけれど、その姿をすぐ側で見られるけれど。
(育ったあいつも見たいんだが…)
 早く見たいと、育ったブルーを抱き締めたいと思うけれども、それと同じくらい。
 変わらないくらいに、今のブルーが愛おしい。
 小さなブルーが、チビのブルーが。


(チビのあいつに会っちまったしな…)
 戻って来てくれた愛おしい人は、チビだったから。
 自分の方がずっと年上で、守ってやれる立場だったから。
 そのせいだろうか、チビのブルーが愛おしい。前のブルーと同じくらいに。
 離したくなくて、抱き締めたくて。
 もしも時間を止められるのなら、チビのままでもかまわないほどに愛しいブルー。
 小さな小さな、十四歳にしかならないブルー。


 チビでも愛しい、小さな恋人。
 今度は守ってやれる恋人、だから小さくても愛おしい。
 小さい分だけ、愛しさが募る。チビな分だけ、増す愛おしさ。
 どうにも不思議でたまらないけれど、チビのブルーに捕まったらしい。
 前のブルーと変わらないくらいに、同じくらいに愛しいと思う。


 キスが出来なくても、その先のことが出来なくても。
 それでも今のブルーが愛しい。小さなブルーが愛おしい。
 チビでもブルーはブルーだから。前の生から愛し続けた、愛おしい人が帰って来たから…。

 

       チビでも愛しい・了


※チビのブルー君が愛おしくてたまらないハーレイ先生。抱き締めてすりすりしたいかも。
 子供扱いされるブルー君は膨れるでしょうが、すりすりも嫌いじゃなさそうですねv






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 ぼくの右の手。
 前のぼくの手より小さな子供の手だけど、小さいけれど。
 とても幸せ者の右の手、前のぼくが持ってた右の手よりも。


(うんと小さくなっちゃったけど…)
 このくらい、って思い浮かべた前のぼくの手。
 今よりも大きくて、力もあった。サイオンだけじゃなくて、手だけの力も。
 十四歳の子供じゃなくって、ちゃんと大人の手だったから。
 ぼくじゃ開けられない瓶の蓋でも開けられたと思う、あの手だったら。
 今のぼくには重たい荷物も、きっとぼくより軽々と持てた。


(羨ましいんだけどね…)
 あの手があれば、って何度思ったか分からない。
 ぼくの手がもっと大きかったら、前のぼくと同じに大人の手なら、って。
 瓶の蓋を開けたいわけじゃなくって、荷物を持ちたいわけでもなくて。
 だけど欲しい手、前のぼくの手。
 それがあったら、ハーレイとキスが出来るから。
 キスを交わして、それから、それから…。
 ハーレイと本物の恋人同士になれる手、ハーレイを今すぐ手に入れられる手。


(欲しいんだけどね…)
 あの手が欲しい、って何度も思うし、今だって思う。
 ぼくの手より大きなあの手が欲しい、って。
 でも、欲しがったら駄目なんだ。
 今の小さなぼくの右手は、幸せ者の手なんだから。
 前のぼくの手よりもずっと沢山、幸せを掴める手なんだから。


(幸せ者の手…)
 前のぼくが失くしたハーレイの温もり、メギドで落としてしまった温もり。
 それは返って来なかった。
 取り戻せないままで死んでしまった、前のぼく。
 大きかった右手は冷たく凍えて、前のぼくは独りぼっちで死んだ。
 もうハーレイには会えないんだ、って泣きじゃくりながら。
 その手が前のぼくの手だから、前のぼくの手は悲しい手。
 温もりを、幸せを失くして凍えてしまった可哀相な手。


 今のぼくの手より大きかったくせに、幸せを逃してしまった前のぼくの手、可哀相な手。
(…今のぼくの手は幸せ者の手…)
 もう失くしたりはしないから。
 小さい手だけど、ハーレイの優しい温もりだって分けて貰えるから。
 そんな幸せな手を持っているのに、欲しがったら駄目。
 可哀相な手なんか、欲しがっちゃ駄目。
 あの手は前のぼくが持ってた幸せを全部、最後に失くした手なんだから。


 最後の最後に泣きじゃくりながら死んでしまった前のぼく。
 それまでがいくら幸せな日々でも、ハーレイと幸せに暮らしていても。
 失くしちゃったらなんにもならない、可哀相な手しか残らない。
(ぼくは一杯、幸せを貰えるんだから…)
 今はちょっぴりしか貰えなくって、ハーレイとキスも出来ないけれど。
 いつか大きく育った時には、幸せがきっと沢山、沢山。


(…ちっちゃいけれども、幸せ者の手…)
 ハーレイに握って貰うことは出来るし、温めて貰うことだって。
 キスとその先が出来ないっていうだけ、それだっていつか出来るようになる。
 この手が大きく育ったら。前のぼくの手と同じになったら。


(前のぼくの手…)
 欲しいけれども、今すぐ欲しいくらいだけれども。
 可哀相な手まで欲しがっちゃったら、ぼくは神様に叱られる。
 この欲張り、って叱られちゃう。
 幸せ者の手を持っているのに、まだ欲しいのか、って。
 その手も悲しい手にしたいのか、って。


 だから欲しがったりしない。
 欲しいけれども、欲しがっちゃ駄目で、我慢しなくちゃならない手。
(幸せ者の手を持ってるものね…)
 欲張らなくても、幸せはいつか沢山、沢山、持ち切れないほど降ってくる。
 だから小さな手で我慢。幸せ者の手だけで我慢。
 小さなぼくに見合った右の手。
 幸せ者の手は冷たくなっても、ハーレイの頼もしい手ですぐに温めて貰えるんだから…。

 

       小さな手だけど・了


※ブルー君の小さな手。不満一杯のチビの身体に見合った手ですが、幸せな手です。
 分かってはいても小さいのが不満、チビなのが不満。そこが可愛い所ですよねv





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(この船に俺が乗ってたなんてなあ…)
 信じられんな、とハーレイが見詰めるシャングリラ。
 写真集の中、白い鯨が飛んでいる。漆黒の宇宙空間を。
 小さなブルーも同じものを持つ写真集。前の生で二人、共に暮らした白い船。
 懐かしい白い船だけれども、今となっては信じられない気持ちさえするシャングリラ。
 あまりにも大きかった船。


(この町の空に浮かべたならば…)
 誰もが驚くことだろう。
 その巨大さに、とても船とも思えないほどの大きさの船に。
 シャングリラは虐げられていたミュウたちを乗せた箱舟、それ自体が一つの世界だった。
 閉ざされた世界、閉ざされた船。
 一つの町とも言える世界で、それゆえに大きく作られていた。
 船の中だけで事足りるように、外へ出なくても済むように。


(…本当にデカイ船だったんだ…)
 写真集では分からないけれど、自分はそれを見たことがある。
 前のブルーを喪った後に巡ったあちこちの星で。
 最初に見たのはアルテメシアの空だった。
 アタラクシアの上空に浮かんでいた船、停泊していたシャングリラ。
 これほどに巨大な船だったのかと地上から見た、見上げた自分。
 その光景にも、ノアに着く頃には慣れたけれども。
 人類が住む町の上に浮かんだ白い鯨が大きいことにも、町があまりに小さいことにも。


(しかし、こいつを今の俺が見たら…)
 もしもシャングリラがこの町の上に浮かんだら。
 遠く流れ去った時の彼方から、ふと戻って来て浮かんだならば。
 懐かしさよりも先に驚くのだろう、その大きさに。巨大な白い鯨の姿に。


(なんたって、途方もないデカさなんだ…)
 どのくらいの範囲に影が差すだろうか、シャングリラが光を遮るだろうか。
 この家が鯨の影に入ったなら、きっとブルーが住む家だって。
 何ブロックも離れた所で小さなブルーが暮らす家まで、一緒に影の中なのだろう。
 それほどに大きかった船。
 今の自分が見上げたとしたら、ポカンとするよりなさそうな船。


(そいつを俺が動かしたってか…)
 キャプテンとしての指揮はともかく、舵輪を握って操っていた。
 自由自在に面舵、取舵、どのようにでも動いてくれた船。
 回した舵輪で何処へでも行けた、白いシャングリラを運んでゆけた。
 いつかは地球までと舵を握った、アルテメシアの雲海に隠れ住むより前から。
 ブルーを乗せて青い地球へと、この船でいつか辿り着こうと。


(あんなにデカイ船を動かせたのに…)
 今の自分はまるで駄目だな、と笑いが漏れる。
 日々の暮らしでは車がせいぜい、前の自分のマントの色をした愛車。
 それが自分が動かせる限度、宇宙船などは操れなくて。


(…まあ、教師だしな?)
 仕方ないよな、と言い訳したくなる。
 古典の教師は宇宙船など操れなくても問題は無いと、車に乗れれば充分だと。
 暮らしてゆくのに不自由は無いし、いつかブルーを乗せるにしても…。


(とっくに地球まで来ちまったしな…)
 ブルーを運んでゆかなくてもいい。ブルーを連れてゆかなくてもいい。
 青い地球ならこの足の下で、自分たちは地球にいるのだから。
 地球の上に生まれて来たのだから。


(…うん、今の俺には車でいいんだ)
 それが似合いだ、と写真集をパタリと閉じたけれども。
(シャングリラか…)
 こうだったか、と両腕を開いて幻の舵を握ってみた。
 夜の書斎で、机の前で椅子に座ったままで。


(…そうだ、こうだな)
 面舵いっぱい、と腕を動かし、零れた笑み。
 懐かしい舵、白いシャングリラをこうして運んでいた記憶。
 いつか地球へと、青い地球へと。
 明日は車を運転しながら言ってみようか、面舵、取舵。
 前の自分がやっていたように、今の自分に似合いの車を自由自在に走らせながら…。

 

       船と車と・了


※白いシャングリラと、今の愛車と。大きさはまるで違いますけど、動かす人は同じです。
 「面舵いっぱーい!」と運転しているハーレイ先生、ちょっぴり覗き見したいですよねv





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