ぼくの右の手。
前のぼくの手より小さな子供の手だけど、小さいけれど。
とても幸せ者の右の手、前のぼくが持ってた右の手よりも。
(うんと小さくなっちゃったけど…)
このくらい、って思い浮かべた前のぼくの手。
今よりも大きくて、力もあった。サイオンだけじゃなくて、手だけの力も。
十四歳の子供じゃなくって、ちゃんと大人の手だったから。
ぼくじゃ開けられない瓶の蓋でも開けられたと思う、あの手だったら。
今のぼくには重たい荷物も、きっとぼくより軽々と持てた。
(羨ましいんだけどね…)
あの手があれば、って何度思ったか分からない。
ぼくの手がもっと大きかったら、前のぼくと同じに大人の手なら、って。
瓶の蓋を開けたいわけじゃなくって、荷物を持ちたいわけでもなくて。
だけど欲しい手、前のぼくの手。
それがあったら、ハーレイとキスが出来るから。
キスを交わして、それから、それから…。
ハーレイと本物の恋人同士になれる手、ハーレイを今すぐ手に入れられる手。
(欲しいんだけどね…)
あの手が欲しい、って何度も思うし、今だって思う。
ぼくの手より大きなあの手が欲しい、って。
でも、欲しがったら駄目なんだ。
今の小さなぼくの右手は、幸せ者の手なんだから。
前のぼくの手よりもずっと沢山、幸せを掴める手なんだから。
(幸せ者の手…)
前のぼくが失くしたハーレイの温もり、メギドで落としてしまった温もり。
それは返って来なかった。
取り戻せないままで死んでしまった、前のぼく。
大きかった右手は冷たく凍えて、前のぼくは独りぼっちで死んだ。
もうハーレイには会えないんだ、って泣きじゃくりながら。
その手が前のぼくの手だから、前のぼくの手は悲しい手。
温もりを、幸せを失くして凍えてしまった可哀相な手。
今のぼくの手より大きかったくせに、幸せを逃してしまった前のぼくの手、可哀相な手。
(…今のぼくの手は幸せ者の手…)
もう失くしたりはしないから。
小さい手だけど、ハーレイの優しい温もりだって分けて貰えるから。
そんな幸せな手を持っているのに、欲しがったら駄目。
可哀相な手なんか、欲しがっちゃ駄目。
あの手は前のぼくが持ってた幸せを全部、最後に失くした手なんだから。
最後の最後に泣きじゃくりながら死んでしまった前のぼく。
それまでがいくら幸せな日々でも、ハーレイと幸せに暮らしていても。
失くしちゃったらなんにもならない、可哀相な手しか残らない。
(ぼくは一杯、幸せを貰えるんだから…)
今はちょっぴりしか貰えなくって、ハーレイとキスも出来ないけれど。
いつか大きく育った時には、幸せがきっと沢山、沢山。
(…ちっちゃいけれども、幸せ者の手…)
ハーレイに握って貰うことは出来るし、温めて貰うことだって。
キスとその先が出来ないっていうだけ、それだっていつか出来るようになる。
この手が大きく育ったら。前のぼくの手と同じになったら。
(前のぼくの手…)
欲しいけれども、今すぐ欲しいくらいだけれども。
可哀相な手まで欲しがっちゃったら、ぼくは神様に叱られる。
この欲張り、って叱られちゃう。
幸せ者の手を持っているのに、まだ欲しいのか、って。
その手も悲しい手にしたいのか、って。
だから欲しがったりしない。
欲しいけれども、欲しがっちゃ駄目で、我慢しなくちゃならない手。
(幸せ者の手を持ってるものね…)
欲張らなくても、幸せはいつか沢山、沢山、持ち切れないほど降ってくる。
だから小さな手で我慢。幸せ者の手だけで我慢。
小さなぼくに見合った右の手。
幸せ者の手は冷たくなっても、ハーレイの頼もしい手ですぐに温めて貰えるんだから…。
小さな手だけど・了
※ブルー君の小さな手。不満一杯のチビの身体に見合った手ですが、幸せな手です。
分かってはいても小さいのが不満、チビなのが不満。そこが可愛い所ですよねv