夏だけれども、もうピッタリとくっつくには暑い季節だけれど。
小さなブルーはハーレイの膝の上に座るのが好きで、何よりも好きで。
今日も膝の上、母の姿が見えなくなるなり膝の上。
「ふふっ、あったかい」
ハーレイの身体は温かい、とブルーが頬を寄せてくるから。
胸にくっついて甘えてくるから、ハーレイは銀色の髪を撫でながら。
「温かいどころか、外は暑いと思うがな?」
健康的に外へ出ようじゃないか、と提案してみる。
庭の白いテーブルと椅子に行こうと、もっと身体が温まるぞ、と。
「嫌だよ、それじゃ暑いだけだもの」
温かいんじゃなくて暑いだけだよ、とブルーは唇を尖らせた。
部屋の中は冷房が効いて涼しいけれども、外は暑いと。
「だからこそ外へ出るんじゃないか。お前、温まりたいんだろ?」
「それはハーレイ限定だから!」
この温もりが好きなんだから、とギュッと抱き付く。
遠い昔にこれを失くしたと、その分を身体中で取り戻すのだと。
「右手だけより、身体中だよ。あったかいのがいいんだよ」
「お前なあ…。今の季節が分かってるのか?」
傍目にも暑苦しいと思うが、とハーレイが苦言を呈すれば。
「えっ、素敵だと思うけど?」
うんと素敵、と答えが返った。
きっと誰もが羨ましがるよ、と。
「どう素敵なんだ?」
この格好が、と抱き付いているブルーを見下ろして訊くと。
「暑苦しいんじゃなくって、熱々」
そう言うんでしょ、と小さなブルーは微笑んだ。
こんな風にピッタリくっつき合っている恋人たちを。
彼らの姿をそう呼ぶのだろう、と。
「熱々って…。どう見ても甘えるチビでしかないが?」
「いいんだってば、ホントに恋人同士なんだし!」
パパやママにも秘密の恋人同士なんだよ、とブルーはクスクスと笑う。
人目を忍んで会っているのだと、熱々なのだと。
「暑苦しいの間違いだろうと思うがな?」
「そう思うのって、ハーレイだけだよ」
ぼくの気分は熱々だから、とブルーはギュウッと強く抱き付いた。
暑い夏でも、恋人の胸にくっついていれば幸せだから。
前の自分が失くした分まで、温もりを取り戻したいのだから、と。
熱々の季節・了
土曜日にブルーの家を訪ねて、過ごして。
ブルーの両親を交えた夕食も食べて、ブルーの部屋で食後のお茶を。
そろそろ時間か、とハーレイはブルーに切り出した。
「よし、今日も有意義に過ごせたな、うん」
「えっ…」
ブルーの笑顔がみるみる曇る。
「ハーレイ、帰るの?」
帰っちゃうの、と縋り付かんばかりの小さなブルー。
けれども、時間が時間だから。
飲み友達の家を訪ねたわけではないから、そこそこの時間に帰らねば。
「悪いが、こういう時間だからな?」
ほら、と時計を指差してみせた。左手に付けた腕時計。
針が示す時間は、帰宅を促すには充分な時刻になっていたけれど。
どう見てもそういう時間だけれども、小さなブルーは首を横に振った。
「まだ平気だよ」
だってハーレイ、明日もお休みでしょ?
月曜日じゃないよ、日曜日だよ?
ちょっとくらい遅くても平気な夜だよ、もう少しいてよ。
「おい、我儘を言うんじゃない」
俺は朝から居座ってるんだ、もういい加減に帰らないとな?
でないと塩を撒かれちまいそうだ、あの長っ尻の先生は、とな。
「ママ、塩なんかは撒かないよ?」
ハーレイだもの、とブルーは尚も食い下がる。
大事なお客様だから平気なのだと、ぼくの守り役なんだもの、と。
「お願い、ハーレイ。もうちょっとだけ」
パパだって塩を撒いたりしないし、もうちょっと。
本当にあと十五分ほどでいいんだから。
「駄目だな、そうこう言ってる間に三分ほどは経っただろうが」
充分だな、と腰を上げようとすると。
「じゃあ、約束」
「約束?」
「うん、約束」
ぼくと指切り、とブルーが右手を差し出してきた。
前の生の終わりに凍えた右の手。
メギドで冷たく凍えた右手。
この手を出されるとハーレイは弱い。
それを承知で出してきたのか、そうでないかは分からないけれど。
「約束なあ…。なんだ?」
「明日も来るって、約束で指切り」
「言われなくても来るんだがな?」
「駄目!」
指切りしよう、と絡められた小指。
分かった、とハーレイは微笑んでやる。
きっと明日も来ると、明日も朝から来てやるからと。
帰っちゃ嫌・了
「おい、聞いてるか?」
ハーレイに訊かれて、ブルーは「うん」と笑顔で応えた。
聞こえてるよと、ハーレイの声は聞こえているよと。
「だったら、どうして…」
直ぐに返事をしなかったんだ?
俺の顔ばかり見て、ニコニコしてて。
考え事かと思ったんだが、心ここに在らずで。
「んーと…。半分は当たりで、半分はハズレ?」
「何なんだ、それは」
どういう意味だ、とハーレイは小さな恋人を見詰める。
半分は当たりで半分はハズレとは、いったいどういう意味なのかと。
「えーっとね…。ハーレイの声は聞いてたんだよ、ちゃんと」
話の中身も覚えているよ?
ぼくの家へ来る途中で見かけた猫のお話。真っ白な猫の。
「なんだ、しっかり聞いてたんじゃないか」
呆れ顔になってしまった、ハーレイ。
猫というのは、ブルーの家への道の途中で出会った猫で。
前にブルーに話してやった、母の飼い猫だったミーシャに似ていた。
だからブルーが喜ぶだろうと思ったのに。
もっとミーシャの話を教えて、とせがまれるものと思っていたのに。
ブルーは何も言わないから。
ニコニコしているだけだったから、聞いているのかと尋ねたのに…。
「聞いていたけど、ハーレイの声を聞いていたから」
「はあ?」
今度こそ意味が掴めない。
ブルーは何を言い出すのか、と鳶色の瞳が丸くなったけれど。
「…ハーレイの声を聞いてたんだよ、幸せだな、って」
「何なんだ、それは?」
「ハーレイの声だよ、今はきちんと聞こえるよね、って」
ぼくの耳、とブルーは自分の耳を指差した。
「補聴器無しでも全部聞こえるよ、今のぼくの耳」
「そういや、前もそう言ってたか?」
「うん。だからね…」
ハーレイの声は聞いていたけど、考え事もしてたんだ。
幸せだな、って。
だから半分は当たりなんだよ。半分はハズレ。
ちゃんと聞いてた、と笑みが弾ける。
「聞いていたから、もっと聞かせて。ハーレイの声」
「そっちなのか、猫の話じゃなくて?」
「ハーレイの声なら何でもいいよ」
怒鳴り声だって、と笑う小さな恋人。
ハーレイは「敵わないな」と肩を竦めて、聞かせてやった。
白い猫を見た話の続きを、ブルーが聞きたいと強請った声で…。
考え事・了
「ふふっ、幸せ」
テーブルを挟んで向かい合わせに座ったブルーが、微笑むから。
それは幸せそうな顔で言うから、ハーレイは訊いた。
「幸せって…。今日は何かいいこと、あったか?」
「あるよ、毎日」
「毎日?」
「そう、毎日。毎日、幸せ」
うんと幸せ、とブルーの笑顔が弾ける。
子供らしい顔で、十四歳の子供の愛らしい顔で。
前の生では遠い記憶の彼方にある顔。
アルタミラからの脱出直後のブルーがこういう顔立ちだった。
けれども、ブルーは幸せそうに笑っただろうか?
こうも幸せそうに笑っていたか、と考えてみても思い出せない。
笑顔のブルーは見たのだろうけども、此処まで幸せそうだったか。
毎日が幸せと言うほどにブルーは幸せだったか、と。
「お前、そんなに幸せなのか?」
「そうだよ、ハーレイは幸せじゃないの?」
だってハーレイと一緒なんだよ、とブルーの赤い瞳が輝く。
ハーレイと一緒に地球に居るのだと、毎日のように会えるのだと。
「これで幸せじゃなければ、嘘。そんなの、間違い」
ぼくはとっても幸せだもの、と歌うように桜色の唇が紡ぐ。
毎日がとても幸せなのだと、今日も、明日も、それに明後日も。
「昨日だって、その前だって幸せなんだよ」
ハーレイに会ってからずうっと幸せ、とブルーは笑顔。
出会ってからずっと幸せでたまらないのだから、と。
「だって、そうでしょ? ハーレイと一緒」
また会えたもの、と煌めく赤い二つの宝石。
ハーレイに会えたと、ハーレイに地球の上で会えたと。
「ハーレイは毎日、幸せじゃないの?」
地球に来られたのに幸せじゃないの、ハーレイは?
「…俺の場合は少し違うな」
「えっ…?」
不安そうな色がブルーの顔に広がるから。
幸せの笑顔が曇ってゆくから。
「馬鹿」とハーレイはブルーの額を指で弾いた。
「地球はどうでもいいんだ、俺は」
お前だ、お前、と愛くるしい顔の小さな恋人を見詰めてやる。
俺の幸せはお前なのだと、お前に会えたことが嬉しいのだと。
「お前に会えたから幸せさ、俺も」
俺だって、毎日が幸せなんだ。
今日も、明日も、明後日もな…。
毎日が幸せ・了
「なんだか落ち着かないんだが…」
「そう? ぼくはそうでもないんだけれど。どうしてかな?」
首を傾げるブルーだったけれど。
ハーレイはどうにも落ち着かない様子で、頻りに首を傾げている。
「…お前は慣れているんだろう。生まれた時からこの部屋だろうが」
「えっ? 違うよ、小さい頃にはパパとママの部屋だよ」
当たり前でしょ、とブルーは唇を尖らせた。
「幼稚園にも行ってない子が、子供部屋で一人で寝られると思う?」
「そういえば、そうか…」
だが、育ってからはずっとこの部屋だろうが。違うのか?
「そうだけど…」
「だからだ、お前にとっては何処も見慣れた風景なんだ」
少々角度が違っていようが、とハーレイはフウと溜息をついた。
たまには席を取り替えてみよう、と座る場所を変えてみたけれど。
普段はブルーが座る方の椅子にハーレイが。
ハーレイが座る椅子にブルーが。
座るべき場所を取り替えただけなのに、落ち着かない。
目に入るものが違ってくる上に、窓の位置だって普段とは逆。
「…駄目だ、どうにも尻が落ち着かん」
元の椅子に戻ることにしよう、とハーレイは申し出たのだけれど。
「やだ」
嫌だ、とブルーはハーレイの指定席に座って答えた。
「ぼくはこっちも慣れてるんだよ、だってハーレイの…」
膝に座ってる時は、ぼくもこっちの椅子なんだもの。
だからこのまま、こっちがいい。
今日はこっちの椅子の気分で、この景色を眺めたい気分。
でも、ハーレイは戻りたいんだね?
「うむ。今すぐにでも元に戻りたいのだが」
「じゃあ、それでいいよ」
どいてあげるから、元に戻って。
ハーレイが座ったら、膝の上にぼくが座り直すから。
それでいいでしょ、ハーレイは元の椅子に戻れて、ぼくはこのまま。
「おい、お前…」
なんてこった、とハーレイは溜息をついたけれども。
小さな恋人はこうと決めたら譲らない。
(そういう所は昔のままだな、前のあいつだ)
ソルジャー・ブルーも頑固だった、と苦笑しながらハーレイは立つ。
元に戻るから椅子を空けてくれと、俺がお前の椅子になるから、と。
それぞれの場所・了