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(…ハーレイ、来てくれなかったよ…)
 ちょっぴり残念、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 学校では挨拶出来たのだけれど、たったそれだけ。
 立ち話さえもせずに終わって、今日という日も、もうすぐおしまい。
 「ハーレイ先生!」と呼び掛けただけで、終わる一日。
 恋人同士なのに、「ハーレイ」と呼ぶことは出来ないままで。
(…前のぼくだと、そんな日、一度も無かったのにね…)
 ハーレイは「ハーレイ」だったんだよ、と思い浮かべた恋人の顔。
 遠く遥かな時の彼方で、「キャプテン・ハーレイ」の名で呼ばれたハーレイ。
 皆が「キャプテン」と呼んでいたって、前の自分は「ハーレイ」と呼べた。
 恋人同士なことは秘密でも、前のハーレイは「ソルジャー・ブルー」の右腕。
(キャプテン、って呼ぶ時の方が珍しくって…)
 余程でなければ、「ハーレイ」とだけ呼んでいた。
 ハーレイの方でも、普段は「ソルジャー」が基本とはいえ、「ブルー」とも呼んだ。
 アルタミラの地獄で初めて出会った時から、お互い、一番の友達同士。
(…俺の一番古い友達だ、って…)
 前のハーレイは、船の仲間たちに、そう言って紹介してくれた。
 ハーレイの知り合いが増えてゆく度、前の自分を連れて行ってくれて。
 「俺の一番古い友達だから、よろしくな」と。
(…お蔭で、ぼくを怖がる人がいなくなって…)
 最強のタイプ・ブルーといえども、あの船で平和に暮らしてゆけた。
 皆から、恐れられたりせずに。
 強いサイオンを持ったチビでも、「ハーレイの一番古い友達なら」と。
 そうして友達同士だったから、ソルジャーになっても「ブルー」と呼ばれたことも。
 誰も咎めはしていなかったし、エラも文句は言わなかった。
 ハーレイが「ブルー」と呼んでいたって、「ソルジャー」と呼ばずに「ブルー」だって。


 そう考えると、前のハーレイと、前の自分は「いい関係」だったと言えるだろう。
 ソルジャーとキャプテンの間柄でも、お互い、普通に呼び合えて。
 キャプテンを「ハーレイ」と呼んでも良くて、ソルジャーが「ブルー」でも良くて。
 それに比べて、今の自分はどうだろう。
 学校に行けば「ハーレイ先生」、「ハーレイ」と呼べるのは「家で」だけ。
 ハーレイの方は、いつも「ブルー」と、前と同じに呼ぶのだけれど。
(…ハーレイは、前と変わらないよね…)
 言葉遣いは違うんだけど、と「前のハーレイ」の口調を思う。
 「ブルー」と名前を呼んだ時でも、言葉は敬語だったハーレイ。
 どんな時でも、何処であっても、けして敬語を崩さなかった。
 前の自分が「ソルジャー・ブルー」になった時から、船の仲間たちの手本として。
 船を纏めるキャプテンなのだし、誰よりも「きちんと」していなければ、と。
(…ソルジャーと話す時には、必ず敬語で、って…)
 そう決めて徹底させていたエラ。
 礼儀作法に厳しかったから、前のハーレイも、それに従った。
 ゼルやヒルマンや、ブラウは守らなかったのに。
 以前からの口調を変えはしないで、普通に話していたというのに。
(ハーレイとエラだけが、いつも敬語で…)
 船での作法を守り続けて、ハーレイは「ブルー」と呼んでも敬語。
 恋人同士になった二人でも、やはり敬語のままだった。
 二人きりで過ごしていた時でさえも。
(…普通の言葉遣いにしちゃうと、失敗した時に大変だから、って…)
 ハーレイは頑として敬語を崩さず、その辺りは「今の自分」と似ている。
 学校で「ハーレイ先生」と話す時には、いつも敬語を使うから。
 「ハーレイ先生!」と呼んだ途端に、頭の中身が切り替わる。
 今は敬語で話す時だと、キッチリと。
 ついでに話題も、それに合わせてすっかり変わる。
 学校でハーレイに甘えはしないし、恋人らしい話もしない。
 あくまで「教え子」、そういう立場の「ブルー」になって。


(案外、簡単に切り替わるけど…)
 前のハーレイは、そうしなかった。
 チビの自分でも「切り替えられる」のに、切り替えはしないで敬語のまま。
 自信が無かったとも思えないから、キャプテンらしく律儀に「決まり」を守ったのだろう。
 万一を恐れて、「船の仲間の手本」の立場を、けして裏切ったりしないようにと。
(…うんと真面目で、前のぼくを大事にしてくれて…)
 今のハーレイよりも優しかったかも、と思う「キャプテン・ハーレイ」。
 どんな時でも「前の自分」の味方だったし、誰よりも側にいてくれた。
 けれども、今のハーレイの場合は、「今の自分」がチビの子供なせいで…。
(…キスは駄目だ、って叱ってばかりで…)
 おまけに苛めるんだから、と膨らませた頬。
 思い出したら腹が立ったから、唇だって尖らせて。
 不満を頬っぺた一杯に詰めて、「ハーレイのケチ!」と、此処にはいない人に向かって。
(この顔をしたら、ぼくの頬っぺた…)
 両手でペシャンと潰すのがハーレイ、それは楽しそうに、面白そうに。
 「おっ、フグか?」と手を伸ばして来て、潰した後には「ハコフグだな」と。
 何処の世界に、恋人の顔を「フグ」呼ばわりする酷い人間がいるだろう。
 フグで済ませずに、「ハコフグ」にまでしてしまうだろう。
(…前のハーレイなら、絶対、しないよ…)
 ホントにしない、と思ったはずみに、ポンと頭に浮かんだこと。
 「取り替えちゃったら、どうなるのかな?」と。
 前のハーレイと今のハーレイ、そっくりな二人を取り替えたならば、と。
(…前のハーレイが、来てくれたなら…)
 きっと優しくしてくれるだろう。
 今みたいな「チビ」の「ブルー」にだって。
 キスは駄目かもしれないけれど。
(…前に、そういう夢を見たしね?)
 あの夢の中では、「ソルジャー・ブルー」と「チビの自分」が入れ替わったけれど。
 白いシャングリラに行ってしまう夢で、とても困った夢だったけれど。


 前に見てしまった「入れ替わった」夢。
 サイオンが全く使えないのに、青の間へ行ってしまった夢。
(あの夢のハーレイ、優しかったし…)
 もしもハーレイを「前のハーレイ」と取り替えたならば、色々とお得になるのだろうか。
 夢の世界の「前のハーレイ」も、キスは許してくれなかったけれど。
(…未来の私も、キスは駄目だと言うのでしょう、って…)
 お見通しだったから、キスの件は期待していない。
 けれども、他の様々なことは、「前のハーレイ」だと変わって来そう。
(ぼくがプウッと膨れてたって…)
 頬っぺたを潰しにかかる代わりに、「どうなさいました?」と心配するかもしれない。
 「私が何か致しましたか?」と、慌てて謝ったりもして。
(…キスを断ったからじゃない、って膨れてやったら…)
 キスは贈ってくれないにしても、機嫌を取ろうとしそうなハーレイ。
 「私のケーキでよろしかったら、どうぞお召し上がりになって下さい」と言うだとか。
 お皿が空になった後なら、「では、どうすれば機嫌を直して頂けますか?」と尋ねるだとか。
(そんな風にして貰えたら…)
 同じにキスは貰えなくても、きっと幸せな気分だろう。
 「フグだな」と頬っぺたを潰されるよりは、ハコフグにされてしまうよりかは。
 ハーレイの言葉は、敬語でも。
 チビの自分に向かって喋るのも、敬語のままで変わらなくても。
(取り替えた方が、お得かも…)
 今の意地悪なハーレイよりは、と思ってしまう。
 取り替える方法は分からないけれど、「今のハーレイ」ならシャングリラでも…。
(…立派にやって行けそうだもんね?)
 キャプテンの制服を着て、ブリッジに立って。
 皆を指揮して、前のハーレイがやったように「地球へ」。
 きっと立派に進んでゆけるし、こちらの世界には「前のハーレイ」。
 何かとお得で優しい人が来てくれて、学校に行ったら「古典の先生」。
 それも何とかなりそうだよね、と「前のハーレイ」のことを思ったけれど…。


(…ちょっと待ってよ?)
 前のハーレイは「此処で」幸せでも、「今のハーレイ」はどうなるのだろう。
 遠く遥かな時の彼方にも、「前のブルー」がいるのだけれど…。
(…そのぼくは、メギドで死んじゃって…)
 ハーレイは独りぼっちで残って、シャングリラを地球まで運んでゆく。
 何の望みも、生きる夢さえも失くしてしまって、ただ一人きりで。
 船には仲間たちがいたって、恋人の「ブルー」を失って。
(…それは、ハーレイが可哀相すぎるかも…)
 いくら酷くてケチのハーレイでも、「もう一度」辛い目に遭わせるのはどうか。
 ハーレイが「そうなる」と分かっているのに、前のハーレイと取り替えられるのか。
(……出来ないよね?)
 フグ呼ばわりする酷い恋人でも、酷い目に遭わせたくはない。
 だから我慢、と「前のハーレイ」は諦めた。
 そっちの方が、優しくて何かとお得そうでも。
 幸せな毎日を過ごせそうでも、「今のハーレイ」にも、幸せに過ごして貰いたいから…。

 

           取り替えたならば・了


※前のハーレイは優しかったのに、と思ったブルー君。取り替えたならば、お得かも、と。
 けれど、取り替えたら、辛い目に遭うのが今のハーレイ。可哀相すぎるよ、と此処は我慢v








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(……ふうむ……)
 あいつは今もやっぱりチビで、とハーレイが思い浮かべた恋人。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 十四歳にしかならない恋人、前の生から愛したブルー。
 まだ十四歳だから当然だけれど、ブルーの身体は「子供」のもの。
 遠く遥かな時の彼方で、アルタミラの地獄で出会った頃と変わらないチビ。
 ただし、あの時の「チビのブルー」は、今よりも年上だったのだけれど。
 本当の年は、前の自分よりも遥かに上で。
(それでも、見た目も中身もだな…)
 子供だったっけな、と今も鮮やかに思い出せる。
 アルタミラで檻に閉じ込められたブルーは、心も身体も、成長を止めてしまっていた。
 ブルー自身は、全く意識さえしていないままに。
(成長したって、いいことは何も無いんじゃなあ…)
 夢も未来も失くしてしまって、それきり「止めてしまった」成長。
 育っても「未来」は無さそうだから。
 希望や夢など持っていても無駄で、「死を待つだけ」の人生だから。
(そのせいで、出会ってもチビだと思い込んでいて…)
 チビ扱いして、どのくらい経った頃に知ったのだったか。
 前のブルーが「生まれた年」の年号を。
 辛うじてブルーが「覚えていた」それを。
(前の俺も、あいつも、誕生日なんぞは忘れちまってたが…)
 生まれた年だけは記憶にあった。
 実験の度に、研究者たちが「読み上げる」データ。
 其処に「含まれていた」せいで。
(何年モノの被験者なんだか、そいつを確認していたんだな…)
 発覚したばかりの若いミュウなのか、数々の実験を生き抜いて来た古株なのか。
 お蔭で「ブルーも」忘れなかった、生まれ年。
 見た目も中身もチビだったけれど、本当の年は「そうではなかった」。
 今のブルーとは、其処が大きく違っている点。


 同じチビでも、かなり違うな、と思わざるを得ない、二人の「ブルー」。
 まるで異なる二人の境遇、けれども見た目は「そっくり」なだけに…。
(…取り替えちまったら、どうなるんだ?)
 ふと考えてしまった、「もしも」。
 二人のブルーを取り替えたなら、と。
(…今のあいつが、アルタミラ送りになっちまったら…)
 まず間違いなく、泣きの涙の毎日だろう。
 前のブルーの記憶があっても、どうすることも出来ない運命。
 いつか「メギドが持ち出されるまで」、アルタミラからは逃れられない。
 前のブルーが自由自在に使いこなした、最強のサイオン。
 人体実験を繰り返される度に、それを使って「生き延びていた」筈だけれども…。
(逃げ出そうっていう意志も無ければ、思い付きさえしなくてだな…)
 ただ檻の中に蹲っていたのが、前のブルー。
 本気で「逃げよう」と考えたならば、それは叶っていたろうに。
 あの狭苦しい檻を壊すどころか、研究所そのものが微塵に砕けてしまったろうに。
(なのに、あいつは檻で暮らして…)
 終わりの時がやって来るまで、何一つしようとしなかった。
 星ごと滅ぼされることが決まって、シェルターに押し込められるまで。
 人類は残らず逃げ出した星を、メギドの劫火が襲うまで。
(…前のあいつでも、その始末だから…)
 平和な今の時代に育った「ブルー」は、きっと泣きじゃくるだけ。
 ある日、突然、「前のブルー」と取り替えられてしまったら。
 アルタミラの檻で目が覚めるとか、気付いたら「其処にいた」とかならば。
(目に見えるようだな…)
 どうなるのか、と零れる苦笑。
 アルタミラに行ってしまったのなら、「生き残れるよう」サイオンも使える筈なのに…。
(そいつを使って逃げ出す代わりに、泣いてばかりだな)
 いつになったら「皆と」逃げ出せるか、その日ばかりを考えて。
 「あと少しかも」とか、「あと何年?」とか、泣き暮らしながら、「その日」を待って。


 きっとそうだな、と思う「ブルー」の末路。
 今のブルーが、アルタミラに行ってしまった時。
 何かのはずみで「取り替えた」なら。
 前のブルーと、今のブルーが取り替えられてしまったら。
(あいつは泣きの涙で暮らして、こっちの方には前のあいつが…)
 やって来るのか、と「前のブルー」を思い描いてみる。
 取り替えたのなら、そちらのブルーはどうなるだろう、と。
 アルタミラで悲惨な日々を送り続けていた「ブルー」ならば、此処ではどう暮らすのか。
(…まずは、平和な時代にビックリ仰天だな)
 もう「檻」は無くて、人体実験などは「全く無い」今。
 その上、きちんと「帰る家」があって、「本物の両親」までがいる世界。
 驚いた後は、順調に育ち始めるだろうか。
 未来も希望も、「当たり前にある」のが「今」だけに。
(…育たないままで生きる理由は、此処じゃ何処にも無いわけなんだし…)
 まるで「育たない」今のブルーと違って、すくすくと背が伸びるだろうか。
 育ち盛りの少年らしく、昨日よりも今日、今日よりも明日といった具合に。
(…そうかもしれんな…)
 幸せそうに笑顔ではしゃいで、学校に行って。
 家に帰ったら、母の手作りの美味しいケーキに、舌鼓を打って。
 「あのブルー」だとは思えないほど、明るい表情を見せるのだろう。
 毎日がとても幸せな上に、未来も希望も山ほどだから。
 こんなに幸せに生きていいのか、と感激の涙も流すかもしれない。
 「何処かに消えた」アルタミラの地獄を、ふと思い出したような時には。
(……しかしだな……)
 此処に「今のハーレイ」が生きている以上、いつかブルーは「知る」だろう。
 「前のブルー」は、誰だったかを。
 歴史の授業で知ることになるか、あるいは「今のハーレイ」に聞くか。
 「アルタミラの檻で生きたブルー」は、大英雄の「ソルジャー・ブルー」なのだと。
 ミュウの時代の礎になって、暗い宇宙に散った人だと。


(…それを、あいつが知っちまったら…)
 どうなるのかは、考えるまでもないこと。
 たとえ「アルタミラの檻しか知らない」ブルーだとしても、望むことは、ただ一つだけ。
 平和な今の暮らしを捨てて、元の世界に戻ろうとするに違いない。
 戻った後には、どうなるのかが分かっていても。
 シャングリラで長く宇宙を旅して、焦がれた地球にも行けずに死んでゆく命でも。
(なんたって、中身があいつなんだ…)
 前のブルーはチビだったけれど、仲間たちのために生きていた。
 食料が尽きて飢え死にの危機だと知った途端に、船を飛び出して行ったくらいに。
 生身で宇宙空間を駆けて、輸送船から食料を奪って戻ったほどに。
 …誰も教えはしなかったのに。
 そうして欲しいと、望むことさえしなかったのに。
(…それでも、あいつは、自分の意志で…)
 食料を奪いにゆくのだと決めて、ただ一人きりで船を後にした。
 皆を飢え死にさせないために。
 今のブルーと変わらないほどの、心も身体も成長を止めたチビだったのに。
(そんなあいつだから、自分が誰かを知ったなら…)
 どんな人生が待っていようと、「あの生」に戻ってゆくのだろう。
 此処で幸せに生きる代わりに、「ソルジャー・ブルー」になる運命に。
 最後はメギドで終わる命に、きっと躊躇うことさえもせずに。
(…とんでもなく強いチビだな、おい?)
 今のブルーとは違いすぎるぞ、と思わされる。
 アルタミラの檻に行ってしまったら、泣き暮らすだけの「ブルー」とは。
 平和な時代に生まれ育った、甘えん坊のチビのブルーとは。
(…そういうブルーに出会っちまったら…)
 俺が困ってしまうのでは、と気付かされた。
 「前のブルー」が「戻ってゆく」のを、果たして自分は見送れるのか。
 悲しい最期が待つと分かっている場所へ。
 ソルジャー・ブルーとしての生き方、それがブルーを待っている場所へ。


(……うーむ……)
 きっと見送れずに止めちまうんだ、と出て来た答え。
 「今のブルー」がアルタミラにいると分かっていたって、「前のブルー」を見送れはしない。
 取り替えて元に戻すことが「正しい」と、理屈の上では理解していても。
 「前のブルー」を、「あの人生」に向かって送り出すなどは。
(…前の俺なら、きっと出来たんだろうがな…)
 平和ボケした今の俺には、出来やしない、と思う「見送る」こと。
 そんな自分に似合いのブルーは、「今のブルー」の方なのだろう。
 アルタミラの檻に行ってしまったら、泣き暮らすだけの「チビのブルー」。
 甘えん坊でチビのブルーが、きっと自分には似合っている。
 強かった「前のブルー」よりも、ずっと。
 平和な時代に生きてゆくなら、あの「強さ」はもう、要らないだけに…。

 

          取り替えたなら・了


※今のブルー君と、前のブルーを取り替えた場合。想像してみたハーレイ先生ですけど…。
 アルタミラの檻に戻って行きそうなのが、前のブルー。それを見送るのはキツそうですねv









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(……悪戯かあ……)
 ブルーの頭に、何の前触れもなく浮かんだ言葉。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰掛けていたら。
 今日は来てくれなかったハーレイ、その人を想っていた筈なのに。
(なんで悪戯…?)
 ハーレイはとっくの昔に大人で、おまけに学校の教師でもある。
 悪戯なんかはしないだろうし、するわけもないと思うけれども…。
(…昔は、悪ガキ…)
 古典の授業の真っ最中に、武勇伝を聞かされたことが何回も。
 この家でだって、何度も聞いた。
 子供時代のハーレイが何をやったか、どんな悪戯をしたのかを。
 そのせいだろうか、ふと「悪戯」だと思ったのは。
 悪戯という言葉が頭に浮かんだのは。
(…ぼくは悪戯、しないんだけど…)
 意識して「やった」ことは一度も無い。
 結果的には「悪戯をした」ようなことになっても、最初から「やろう」と思ってはいない。
 母が育てていた花壇の花を、ウッカリ傷めてしまった時もそうだった。
 美しく花開く前の蕾を見ていて、手伝いたくなってしまっただけ。
(花びら、何枚も重なってるから…)
 それを咲かせるのは大変だろう、と子供心に考えた。
 自分が一枚めくってやったら、その分、花は楽になる筈。
 二枚めくったら二枚分だけ、三枚だったら三枚分も。
(そう思ったから、お手伝い…)
 花びらを破ってしまわないよう、気を付けて、そっとめくってやった。
 一番外側の「大きく育った」花びらから順に、一枚、二枚、と緩めてやって。
 「明日の朝には、きっと綺麗に咲いているよ」と、御機嫌で。
 けれども、次の日、蕾は萎れてしまっていたから…。
(もっとしっかり手伝わないと、って…)
 新しい蕾を順にめくって手伝った。花びらが傷むとは、知りもしないで。


 そうやって幾つ、花壇の蕾を駄目にしたろう。
 ある時、母が庭に出て来て、「ブルーだったの?」と目を丸くした。
 花びらが傷んで花が咲かないのは、病気なのだと思っていた母。
 園芸店に出掛けて相談したり、薬をやったりと気を配って。
 それでも花は咲いてくれないから、「育て方が悪いのかもしれない」とまで考えて。
(…でも、犯人はチビだった、ぼくで…)
 母が「蕾に悪戯しちゃ駄目よ」と叱るものだから、「悪戯じゃないよ」と言い張った。
 自分では「本当に」そのつもり。
 花びらを早めに開いてやったら、手伝えると信じていただけに。
 理由をきちんと説明したら、「あらあらあら…」と母は叱るのをやめた。
 「ブルーは、お手伝いしたかったのね」と分かってくれて。
 花を傷めるつもりなどは無くて、悪戯したわけでもなかったのだ、と。
(…ぼくが、柔らかすぎる花びらを、無理にめくっちゃって…)
 花びらの付け根が壊れてしまって、花は咲くことが出来なくなった。
 頑張って咲こうと力を入れても、そのための仕組みが壊れて動かなくなって。
 まさかそうなるとは思わなかったし、蕾を応援していたのに…。
(酷い悪戯になっちゃった…)
 母が楽しみにしていた花が、幾つも幾つも駄目になって。
 「病気かもしれない」と心配もさせて、「育て方が悪いのかも」と不安にもさせて。
(…そういう悪戯だったら、あるけど…)
 ハーレイの「武勇伝」に匹敵しそうな悪戯は「無い」。
 他の友達がやっているような、悪戯だって。
(ぼくは走って逃げられないから…)
 下の学校に通っていた頃から、悪戯の誘いは来なかった。
 皆が楽しそうに「悪戯の計画」を練っていたって、「一緒に、練る」だけ。
 それを実行しに行く時には、いつもその場にいなかった。
 「ブルーは、やめといた方がいいと思うぜ」と、皆が止めるから。
 きっと一番に取っ捕まるから、来ない方がいい、と。
 走って逃げてゆけはしなくて、逃げた友達の分まで「一人で叱られちまうぞ」と。


 最初から無かった、「逃げられる」自信。
 今も生まれつき弱い身体は、走れるように出来てはいない。
 体育の授業についてゆくのが精一杯で、見学する日も多い方。
(悪戯していて、「こら!」って叱られちゃった時には…)
 急いで逃げ出すものだけれども、準備体操も無しに走り出したら、直ぐに息が切れる。
 そうでなくても「走り慣れていない」だけに、足がもつれて転ぶかもしれない。
 他の友達は一目散に逃げてゆくのに、一人だけ「捕まっていそう」なのが自分。
(きっと、そうなっちゃうもんね…)
 自分でも充分、分かっているから、悪戯は「いつでも」留守番だった。
 計画を練る時は、参謀よろしく「こうした方がいいかもね?」と知恵を出しても。
 友達から意見を求められては、何かとアドバイスをしていても。
(…ぼくの計画、上手くいった、って…)
 報告を貰うことはあっても、一度も「現場」にいたことは無い。
 だから「叱られた」ことも無ければ、取っ捕まった経験だって「無し」。
 悪戯をしても「叱られる」だけで済むのは、「今」だと思うのに。
 子供だからこそ、悪戯したって「許される」時期の筈なのに。
(……うーん……)
 だけど無いよ、と悪戯の記憶を探ってみる。
 自分でやってしまった悪戯、それは「結果がそうなった」だけ。
 友達と悪戯の計画を練っても、「やっていない」なら、ただの「計画」。
 上手くゆこうが、失敗しようが、自分とは「何の関係も無い」。
 なにしろサイオンが不器用すぎて、皆が悪戯に出掛けて行っても…。
(…何をやってるのか、ちっとも分からないで待ってるだけで…)
 皆が笑顔で帰って来たなら、作戦成功。
 そうではないなら、作戦失敗。
(…見付かって、叱られて来ちゃったとか…)
 逃げおおせたものの、学校に苦情が行きそうだとか。
 そういった時に、学校で友達が呼び出されたって、関係なかった「参謀」の自分。
 現場には姿が無かった上に、「どう失敗をやらかしたのか」も知らないだけに。


(…ホントに悪戯、縁が無いよね…)
 するんなら今の内なのに、と溜息が出そう。
 いつか大きく育った時には、もう悪戯をしてもいい時代はとうに過ぎている。
 ハーレイと「結婚」を考えるような、十八歳になった頃には。
 今の学校を卒業してしまった後となったら。
(…上の学校でも、悪戯する人はいるだろうけど…)
 大人たちは、きっと「今ほど」大目に見てはくれない。
 十八歳を越えた子供なんかは、同じ子供でも「悪ガキ」扱いされるよりかは…。
(…酷い悪戯をするんだから、って…)
 こっぴどく叱られて、ただでは済まないことだろう。
 今の年なら「ごめんなさい」で終わることでも、もっと誠意を求められるとか。
 悪戯をした相手の所に出掛けて、お詫びの気持ちをこめて「掃除を一ヶ月」だとか。
(掃除じゃなくても、犬の散歩を毎朝お願いされるとか…)
 ロクな結果になりやしない、とチビの自分でも想像がつく。
 今なら「許して貰えること」が、育ったら「許して貰えなくなる」と。
 「悪戯するんなら、今の内だよ」と、心の中で唆す声さえも。
 けれど、出来そうもない悪戯。
 友達と一緒にするのは無理だし、第一、悪戯するというのが…。
(…経験が無いから、出来ないってば…)
 今日まで「いい子」で育って来たのが、悪ガキになれる筈もない。
 悪戯の参謀をやっていたって、「計画」は他の友達のアイデア。
 「こういう悪戯をしようと思う」と誰かが言い出し、話がぐんぐん進んで行って…。
(…さあ、やるぞ、って…)
 皆が勇んで出掛ける時には、いつでも「留守番」していた自分。
 これでは「悪戯」は机上の空論、本で読んだのと変わりはしない。
 何の役にも立っていないし、経験だって積めてはいない。
 今の内だ、と思うのに。
 何か悪戯をするのだったら、子供の間が「いい時期」なのに。


 けれど、一つも思い付かない悪戯なるもの。
 誰に悪戯すればいいのか、誰なら叱られずに済むか。
(…パパやママなら、叱らないけど…)
 急に「悪ガキ」になった「ブルー」に、両親は途惑うことだろう。
 熱でもあるのかと心配するとか、「何かあったの?」と母が尋ねるだとか。
 それでは悪戯をした甲斐がないし、他所でやったら「逃げ足が遅くて」捕まるし…。
(……何処か、やっても大丈夫なトコ……)
 無いだろうか、と考えていたら、閃いた。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(…ハーレイだったら、元は悪ガキ…)
 悪戯するんなら、ハーレイがいいよ、と浮かべた笑み。
 どんな悪戯を繰り出そうとも、ハーレイなら許してくれるだろう。
 取っ捕まえて叱りもしないで、「仕方ないな」と困り顔で。
(……よーし……)
 同じ悪戯するんなら、と計画を立てて、「キスだよね?」と出した結論。
 きっと叱られて終わるだろうけれど、ハーレイに「キスをする」のがいい。
 上手くハーレイの隙を突けたら。
 あの唇にキスが出来たら、「悪戯だってば!」と笑って逃げる。
 悪戯するのなら今の内だし、キスも「悪戯」なら、ハーレイは唸るしかないだろうから…。

 

          悪戯するんなら・了


※悪戯するなら今の内だ、と考えたのがブルー君。悪戯の経験は皆無と言っていいほどなのに。
 キスも「悪戯」なら出来そうだ、と結論を出していますけど…。失敗して叱られそうv









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(……悪戯なあ……)
 ガキの頃には、よくやったよな、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 どうしたはずみか、ふと浮かんだのが「悪戯」なる言葉。
 子供時代は「悪ガキ」だったし、それに相応しく悪戯もした。
(もちろん、悪戯で通る程度のことなんだがな…)
 叱られはしても、とんでもない迷惑をかけてはいない。
 子供だったら「通る道」だから、世の大人たちも許してくれた。
 「次からは気を付けるんだよ?」などと、叱って説教した後は。
 「もう、しません!」と、こちらが頭を下げた後には。
(…また、やったりもしたんだが…)
 それも「悪ガキ」な子供の特権、大人たちは「またか」と呆れただけ。
 こうして自分が大人になったら、彼らの気持ちも良く分かる。
 子供には、のびのび育っていって欲しいもの。
 萎縮しないで、叱られたくらいで「めげないで」。
 逞しく成長して欲しいから、悪戯されても「仕方ないな」と許してしまう。
 成長の芽を摘まないように。
 いつか「自分で」、きちんと反省するように。
(…そうやって、デカくなったのが俺で…)
 この年では、もう悪戯はしない。
 せいぜい、仲間内での「悪ふざけ」といった所だろうか。
 かつての「悪ガキ」はすっかり大人で、今では子供を教える教師。
 授業の合間の雑談の種に、悪戯について話しはしても…。
(お前たちは、真似をするんじゃないぞ、と…)
 付け加えるのが決まり文句で、生徒たちの方も「はい!」と頷く。
 もっとも、本当に「真似をしない」かどうかは、なんとも怪しい所だけれど。
(…ほんの数日も経たない内にだ…)
 その悪戯をやった生徒もいるから、あまり信用はしていない。
 やりたい生徒は「やる」だろうから、「言うだけ無駄だな」と思いもして。


 そうなるのならば、悪戯の話は「しない」のが良さそうな感じだけれど。
(…そいつも、つまらん話でだ…)
 子供の間は「大いに遊んで」、「大いに学んで」、悪戯だってした方がいい。
 元気一杯に育つためには、時には「悪戯」だって必要。
(俺の年では、流石にしないが…)
 そういえば、と思い出したのがブルーの顔。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 十四歳にしかならないブルーは、まだ充分に子供だけれど…。
(あいつが悪戯してる姿は…)
 思い付かんな、と考えてみる。
 今度も弱い身体のブルーは、およそ「悪ガキ」とは縁遠い子供。
 友達と一緒に遊んではいても、悪戯などはしないことだろう。
(…悪戯したなら、一目散に逃げて行くのが悪ガキで…)
 それを大人が追い掛けてくる。
 「こら、待て!」だとか、「止まれ、悪ガキ!」だとか。
 逃げ足が遅いと取っ捕まって、その場で説教。
 上手く逃げ切ったつもりでいたって、所詮は子供のやることだけに…。
(向こうが追跡を諦めただけで、何処のガキかはバレちまってて…)
 家に帰ったら、父や母が怖い顔をして、玄関先に立っていたりもした。
 「今日は何処の辺りで遊んで来たのか」と、もう何もかもをお見通しで。
 そうでなければ、次の日に、学校へ行った時。
 担任の教師に食らった呼び出し。
 「後で職員室に来なさい」といった具合で、やはり説教。
(…俺の逃げ足でも、悪戯の後は説教だったんだし…)
 走って逃げることが出来ない、ブルーの場合は、きっと論外。
 ブルーと一緒に遊ぶ時には、友人たちも控えるだろう悪戯。
(…足手まといと言うのもアレだが…)
 逃げられないブルーを連れていたのでは、悪戯のリスクが高すぎる。
 取っ捕まるのが確実なだけに、誰もが恐れて「悪戯は無し」。


 やっちゃいないな、と確信できる「ブルーの悪戯」。
 悪戯するなら、子供の間が一番なのに。
 あれやこれやと悪戯をしては、元気に育ってゆくものなのに。
(…かと言ってだな…)
 悪戯をしろ、とブルーを唆すわけにもゆかない。
 自分は教師で、「悪戯は駄目だ」と諭す方の立場。
 もしもブルーが悪戯したなら、怖い顔して説教する方。
(俺がブルーの担任だったら、そうなっちまうな…)
 ブルーがやった悪戯のことで、学校に苦情が届いたら。
 「お宅の学校の生徒に違いありません」と、通信が入ったりしたら。
(…あいつの場合は、友達と悪戯してたって…)
 狙い撃ちだな、と思い浮かべたブルーの姿。
 他に何人の仲間がいたって、苦情はブルーに集まるだろう。
 五人や六人だったら当然、たとえ二十人もの仲間と一緒に悪戯だって。
(なんたって、見た目がソルジャー・ブルー…)
 ちょっぴり小さすぎるんだがな、と「前のブルー」と頭の中で並べてみる。
 遠く遥かな時の彼方で、前のブルーが生きていた姿。
 今の時代は、知らない者など誰もいないのが、ソルジャー・ブルー。
 ミュウの時代の礎になった偉大な英雄、それだけでも姿を覚えられるのに…。
(…珍しいアルビノと来たもんだ)
 銀色の髪に赤い瞳で、抜けるように白い色素の無い肌。
 「ソルジャー・ブルー」の写真を一目見たなら、忘れる者はいないだろう。
 あまりに印象的な姿で、おまけに美しいのだから。
(今のあいつは、あれよりはずっとチビなんだが…)
 それでも見た目は「小さなソルジャー・ブルー」でしかない。
 中身が「本物のソルジャー・ブルー」の魂だとまでは、見抜けなくても。
 生まれ変わりだとは気付かなくても、「ソルジャー・ブルーのようだ」と分かる。
 だから大勢で悪戯したって、「学校に苦情を入れる」となったら、標的はブルー。
 「こういう姿の子供がいました」と、ただ一人だけで目立ってしまって。


 間違いないな、と思う「ブルー」のこと。
 たとえ健康に生まれていたって、悪戯は難しかっただろうか。
 何人で悪戯していたとしても、「叱られる」のは「ブルー」の係。
 あの姿のせいで「覚えやすくて」、名指しで苦情が来そうなだけに。
 「ブルー」という名を知らない人でも、「こういう姿形の子供」と覚えやすいだけに。
(……うーむ……)
 逃げ足が速いガキでも無理か、と考えてしまう「ブルーの悪戯」。
 走り去ってゆく後ろ姿しか見えていなくても、銀色の髪が特徴的すぎる。
(銀髪のガキは、そう珍しくもないんだが…)
 ブルーの場合は、その髪型まで「ソルジャー・ブルー風」と来た。
 幼い頃からずっと同じで、一度も変えてはいないと聞く。
 大英雄の「ソルジャー・ブルー」と同じアルビノ、名前も「彼」から貰ったもの。
 ブルーの両親は、ごくごく自然に、一人息子を「ソルジャー・ブルー風」の髪型にした。
 それが一番似合うだろうし、第一、覚えて貰いやすい。
(…そいつが裏目に出ちまって…)
 悪戯したなら、もう一発で覚えられちまうな、と苦笑する。
 今のブルーが虚弱でなければ、悪戯の度に槍玉に上がったことだろう。
 何人もの仲間と一緒に逃げても、「ブルー」一人だけが「覚えられて」。
 「アルビノの子供だったんです」と、動かぬ証拠を突き付けられて。
(…それだと、いわゆる悪戯小僧の悪ガキには…)
 なれないかもな、と思わないでもない。
 友達と一緒に悪戯したって、「叱られる」回数が「一人だけ」飛び抜けていたならば。
 他の子たちは「バレていない」のに、毎回のように「一人だけ」説教だったなら。
(またか、と懲りて嫌になっちまって…)
 他の子たちに誘われたって、「ぼくは、やらない」と言い出すだろうか。
 「どうせ、ぼくだけ叱られるんだよ」と、「いつもホントに、ぼくだけだってば!」と。
 頬っぺたをプウッと膨らませて。
 「みんなはサッサと逃げて行けるけど、ぼくは逃げても無駄なんだから!」などと。
 それが本当のことだけに。…逃げ足が速くても、意味が無いだけに。


(…なんだか可哀相になって来たな…)
 悪戯するなら、今の内だと思うのに。
 それは子供の特権なのに、どう転がっても無理そうなブルー。
 弱い身体なら「逃げ足が遅くて」足手まといで、出来ない悪戯。
 健康な身体に生まれていたなら、今度は「見た目」が邪魔をする。
 ブルーだけが「一人で」叱られるのでは、悪戯をする気も失せるだろうから…。
(…悪戯なんかは出来ない分だ、と思ってやるかな)
 いつも叱っているブルーのこと。
 「ぼくにキスして」だの、「キスしてもいいよ」だのと言われる度に。
 あれを悪戯だと思ってやろうか、「また悪戯をしていやがるな」と子供を見る目で。
 恋人だけれど「悪ガキ」なんだと、悪戯するなら「今の内だ」と。
 いつかブルーが育った時には、キスは山ほど贈るのだから。
 「駄目だ」とブルーを叱り付けるのは、ブルーが子供の内だけだから…。

 

          悪戯するなら・了


※悪戯は子供の特権なのに、していそうにないのがブルー君。健康な身体でも、やっぱり無理。
 その分、「ぼくにキスして」が悪戯なんだと考えようか、と思うハーレイ先生ですv









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(えっと…?)
 どうだったかな、と小さなブルーの頭を掠めていったこと。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰掛けていたら。
 今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した人。
 その人のことを考えていたら、意識が向いた「学校」の方。
 今のハーレイは「ハーレイ先生」、学校で会えば古典の教師。
(…古典のヤツじゃないけれど…)
 明日の授業に持ってくるよう、言われたプリント。
 それを鞄に入れただろうか、と気になって来た。
(教科書とノートは入れたんだけど…)
 入れていた時、「明日はプリントも要るんだよ」と思ってはいた。
 配られたのは先々週だったか、その時だけのつもりで見ていたプリントなのに…。
(明日の授業で、また使うから、って…)
 「持って来なさい」と、前回の授業の最後に注意があった。
 プリントを失くしてしまった生徒のためには、また配られるらしいけれども。
(失くしちゃうなんて、不名誉だしね?)
 授業で使うのは一度きりでも、大切な資料だったプリント。
 いつかテストに出るかもしれないし、「やる気があるなら」取っておくもの。
 もちろん、家に持って帰って、きちんと引き出しに仕舞っておいた。
(あのプリントを入れたっけ…?)
 どうにも自信がないのが今。
 引き出しを開けて、プリントを見た覚えはある。
 「うん、これだよ」と眺めたけれども、その瞬間に気が散った。
 母に「食べる?」と呼ばれた試食。
 それに「食べる!」と直ぐに返事して、部屋を飛び出して、階段を…。
(下りて、キッチンに行っちゃって…)
 試食の後は、母とお喋り。
 お茶まで飲んで話していたから、次の記憶は「部屋に戻った所から」。


 キッチンに出掛けた記憶の続き。
 二階に戻ると、部屋の扉を開けて中に入って、その後は本を読んでいた。
 「明日の用意は、もう終わったから」と、勉強机の前に座って。
 もしかしたらハーレイが来てくれるかも、と微かな期待を胸に抱いて。
(……それっきり……)
 開けてはいない、通学鞄。
 机の引き出しの方にしたって、「学校に持って行く物」を入れてある場所は…。
(開けてもいないし、覗いてないし…)
 プリントは鞄に入れないままで、ポンと引き出しを閉めただろうか。
 母に呼ばれた試食の方に気を取られて。
(…だって、コロッケ…)
 今日の夕食はメインがコロッケ、そういう日には「ある」試食。
 コロッケは「揚げ立て」が美味しいものだし、特別に。
(ぼく専用に、一口サイズで…)
 小さくてコロンと丸いコロッケ、一足お先に揚げて貰える。
 ホカホカと湯気を立てるのを。
 まるで、おやつの続きみたいに、母が「食べる?」と声を掛けてくれて。
(コロッケの試食は、ハーレイにも頼んであるほどで…)
 いつか二人で暮らし始めても、やっぱり「試食」がしたいから、と。
 ハーレイがコロッケを揚げてくれるのなら、一口サイズの「試食用」が欲しい、という注文。
 そんな注文までするくらいだから、「プリントのこと」などは吹っ飛んで消える。
 鞄に入れたか、入れていないか、どちらだったかは。
(入れた筈だと思うんだけど…)
 いくらコロッケが食べたいとはいえ、「明日の授業」は大切なもの。
 授業で使う予定のプリント、それは「入れた」と思いたい。
(……だけど、覚えていないから……)
 万一ということも、無いとは言えない。
 すっかり忘れて引き出しに入れて、通学鞄を閉めたとか。
 鞄の中を覗いてみたって、プリントは「入っていない」だとか。


 それは困る、とベッドから立って、勉強机の所に行った。
 通学鞄を机に置いて、中を順番に確かめて…。
(うん、入ってる!)
 このプリント、と確認してから、大満足で鞄を閉める。
 コロッケの試食に夢中で「忘れてしまった」けれども、プリントは忘れていなかった。
 きちんと鞄に突っ込んだ後で、「入れた」ことを忘れていただけで。
(ふふっ、優等生…)
 ぼくはプリントを失くさないよ、とエヘンと胸を張りたい気分。
 明日の授業では「失くしてしまった生徒」が、きっと大勢いるのだろう。
 先生が「持っていない人は?」と訊いた途端に、「はいっ!」と幾つも手が挙がって。
(…ぼくもプリント、持って行くのを忘れたら…)
 そっちの仲間入りだったけれど、鞄に入れてあったプリント。
 明日の授業では、ちゃんと机の上に広げておけるだろう。
 「持って来てます」と、教科書やノートと一緒に並べて。
(…これで良し、っと…)
 もう大丈夫、とベッドの方に戻ろうとしたら、受けた衝撃。
 いきなり星が飛び散った。
(…………!!?)
 痛い、と声が出たのかどうか。
 とんでもない痛みが足を襲って、思わず座り込んでいた。
 「いたたたた…」と両手で足を押さえて、勉強机の直ぐ側に。
 ペタンと座ってしまったけれども、それどころではなく痛む右足。
 正確に言うなら、右足の小指。
「……うー……」
 ホントに痛い、と背中まで丸くなるほどの痛み。
 歩き出そうと前に出した足、その足が机にぶつかった。
 よりにもよって、右足の小指がゴッツンと。
 足の小指は、ぶつけると「とても痛い」のに。
 こうして床に座り込むほどに、目から星さえ飛び散ったような気がするほどに。


 とっても痛い、と両手で包み込む小指。
 もうズキズキと激しく痛んで、今にもプックリ腫れそうだけれど…。
(…ぶつけただけだし…)
 腫れないんだよね、と分かってはいる。
 変な方に曲がるような「ぶつけ方」をしたなら、腫れてくることもあるけれど。
 重たい何かが「落ちて当たった」なら、やっぱり腫れもするのだけれど。
(……でも、痛いから……!)
 なんで小指、と泣きそうな気持ちになる痛さ。
 同じに足をぶつけたとしても、小指でなければ、ここまで痛くはならない。
 どうしたわけだか、小指というのは「酷く痛む」場所。
 何処かに、こうして「ぶつけた時には」、とんでもなく。
 骨が折れたり、後で腫れたりするのでは、と思うくらいに。
(……ホントのホントに、痛いんだから……!)
 ツイてないよ、と指をさすって、やっとの思いで立ってベッドへ。
 端っこにストンと腰を下ろして、「ぶつけた小指」をまじまじと見る。
 これが小指でなかったならば、今頃は「痛くない」のだろうに。
 とうに痛みは引いているとか、痛くてもズキズキしていないとか。
(…小指って、弱く出来ているよね…)
 他の場所より、と「少しだけ赤い」指を眺めて考える。
 今はちょっぴり赤いけれども、じきに白い肌に戻るだろう。
 きっと明日には痕さえも無くて、青い痣さえ残ってはいない。
 同じ足でも他の場所なら、これほど酷く痛む勢いで「ぶつけた時」には…。
(明日には青い痣になっちゃって…)
 内出血の赤い斑点も、セットで出来ているのだろう。
 少し腫れたりするかもしれない。
 痕がすっかり消えるまでには、何日もかかると思うのに…。
(足の小指は、うんと痛くても…)
 そんな痕など残らないから、「運が悪かった」と悲しい気持ち。
 飛び上がりたいほどの痛みを食らうような場所を、ゴツンとぶつけてしまうなんて、と。


 悪いのは自分だったのだけれど、ツイていないと思う場所。
 足の小指をぶつけた時には、それは「とんでもなく」痛いのだから。
(…ハーレイは来てくれなかったし、足の小指はぶつけるし…)
 酷い日だよね、と涙が出そう。
 ぶつけた小指は、今もズキズキするものだから。
 目から星が出るほど痛かったのだし、きっと泣いてもいいだろう。
(……一人で泣いても、馬鹿みたいだから……)
 我慢するだけで、ハーレイがいたら「痛い!」と悲鳴を上げていた筈。
 床にうずくまって我慢しないで、大袈裟に顔を歪めてみせて。
 「痛いよ」と涙を零したりして、「大丈夫か?」と心配して貰って。
(…絶対、そっち…)
 我慢するわけないんだから、と思ったけれども、ふと気付いたこと。
 足の小指を「ぶつけた時には」、泣きたいくらいに痛むもの。
 けれども、前の自分の頃にはどうだったろう、と。
(…前のぼくだと、ソルジャーのブーツ…)
 あれがあったし、そう簡単には「ぶつけない」筈。
 とはいえ、ソルジャーになるよりも前は、船に乗る前にはどうだったろう。
 アルタミラの檻で暮らした頃には、足の小指をぶつけるなどは…。
(少しも大したことじゃなくって…)
 もっと酷い目に遭わされていた。
 超高温だとか、絶対零度だとか、過酷な環境のガラスケースに何度入れられたか。
 どれほどの薬物などを試され、それでも死ねずに治療をされて生かされたのか。
(…あんな経験をしていたら…)
 逃げ出した後に、船で「小指をぶつけた」くらいのことでは、痛いと思わなかったろう。
 仮に「痛い」と思ったとしても、じきに忘れてしまったのだろう。
 こうして「生まれ変わった後」まで、それは記憶に残りはせずに。
 「痛い!」と悲鳴を上げていたって、その場限りで忘れ去って。
 足の小指をぶつけたくらいで、死んでしまいはしないのだから。
 「死ぬかもしれない」と思うことさえ、一度も無かった筈なのだから。


 それを思うと、今の自分は、なんと幸せなのだろう。
 たかが小指をぶつけたくらいで、「痛い!」と叫んで、「ツイていない」と考えて。
 前の自分が同じ目に遭っても、すぐに忘れてしまったろうに。
(…ぶつけた時には、うんと痛くて…)
 とても痛いから、ハーレイがいたら悲鳴を上げてしまいそうなのが、今の自分。
 涙を零して「痛いよ」と言って、心配だってして貰って。
 そう出来る今が、小指をぶつけた時には「痛い」と思える今が、とても幸せ。
 ぶつけた時には「痛いよ」と泣いてしまってもいい、平和な時代にいるのだから…。

 

            ぶつけた時には・了


※足の小指をぶつけてしまったブルー君。とても痛かったみたいですけど…。
 それを「痛い」とも思わなかったらしいのが、前の生。痛いと思える今は幸せですよねv









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