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(この一杯が幸せなんだよなあ…)
 酒じゃなくってコーヒーなんだが、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 酒も好きだし、夜に飲むなら酒でも構わないけれど…。
(こう、丁寧に淹れたコーヒーってのも…)
 うんと幸せになれるモンだ、とカップの中身を傾ける。
 絶妙な苦みで、そのくせ、薬などの苦さとは違うコーヒーの深い味わい。
 豆から挽いたら、コーヒー豆の癖まで、更に引き立つ。
(産地によって違うってのが、また素晴らしいんだ)
 飲んで産地を当てられるほどではないのだけれども、「違う」というのは分かるもの。
 だからこそ、こうして幸せな時間を持つことが出来る。
 「ブルーの家には、行きそびれたな」と、少しガッカリした日でも。
 長引いてしまった会議を恨んで、遅い時間に学校を出るしかなかった日でも。
(晩飯を作って、のんびりと食って…)
 それから皿などを洗って片付け、おもむろにコーヒー豆を取り出す。
 「今日は豆から挽いてみるか」と、「時間はたっぷりあるんだからな」と。
 ブルーの家に寄って帰って来た日は、そこまでこだわったりしない。
 大抵、次の日も仕事があるから、コーヒーを淹れるにも、まずは手早く。
(挽いてある豆を使うなんぞは、序の口で…)
 インスタントのコーヒーなんかも、実は充分、役立っている。
 なにしろ、いくらコーヒー党でも…。
(…学校でコーヒーを飲むとなったら…)
 ゆっくり淹れている時間は無いから、当然、インスタントの出番。
 誰かが淹れてくれるにしたって、せいぜい好みを聞かれる程度。
 「ハーレイ先生は、濃いめでしたっけ?」だとか、「ブラックですか?」だとか。
 それに関しても、本当の所は、さほど好みは無かったりする。
 「これでなければ」という、こだわりは。
 コーヒーは濃いのが一番だとか、砂糖は絶対、入れない、などは。


 その点について、特に不思議には思わなかった。
 食べ物に好き嫌いが無いのと同じで、嗜好品だってそうなのだろう、と。
 けれど、今なら腑に落ちる。
 「コーヒーってだけで、充分なんだ」と。
 本物のコーヒー豆から作った、正真正銘、本物の味。
 それが最高の贅沢なのだと、遠く遥かな時の彼方で、前の自分が知っていた。
 白い鯨になった船では、もう「本物」は無かったから。
 コーヒーと言ったらキャロブのコーヒー、イナゴ豆で作った代用品。
(あれも不味くはなかったんだが…)
 本物の味を知った舌には、やはり何処かが違ったもの。
 キャロブはキャロブで、コーヒー豆とは違うから。
 所詮は身代わり、代用品に過ぎないのだから。
(多分、そいつを覚えていたんだ)
 今の俺もな、と可笑しくなる。
 ブルーに出会って、記憶が戻って、様々なピースが嵌まり始めた。
 「俺の好みだ」と思っていた色々なことが、時の彼方に根っこを持っていたりする。
 好き嫌いが無いのも、インスタントのコーヒーでも全く気にしないのも。
(…でもって、今では…)
 白い鯨の頃とは違って、たった一杯のコーヒーにまでも、こだわれる暮らし。
 「こだわりたい」と思いさえすれば。
 豆から選んで、そう、その先の淹れ方にまで。
(濃いめか、薄めか、ってだけじゃなくって…)
 その気になったら、エスプレッソも淹れられる。
 「家で淹れるぞ」と、専用のコーヒーメーカーを買ったなら。
 コーヒーにミルクを足すのも自由で、そのミルクだって泡立てられる。
 そう、いくらでもバラエティー豊かに、自分の家で楽しめるのが今のコーヒー。
 前の自分が生きた頃には、まるで想像も出来なかった日々。
 青い地球まで辿り着かねば、ミュウに、シャングリラに未来は無かったから。
 本物のコーヒーの味わいどころか、生きる自由さえ持たなかったから。


(そいつを思えば、今の俺は、だ…)
 うんと幸せ過ぎるんだよな、と改めて思う。
 普段は意識してさえもいない、ごく平凡な教師の暮らし。
 それが「途方もない幸せ」なのだと、幸せ過ぎるというものだ、と。
(…前の俺だと、この時間には…)
 どうだったかな、と壁の時計に目を遣った。
 白いシャングリラで暮らした頃には、何をしていた時間だろうか、と。
(……ふうむ……)
 多分、航宙日誌だろうな、と机の羽根ペンに目を留めた。
 「前の俺なら、こいつで日誌を書いてたんだ」と。
 ブルーに貰った、白い羽根ペン。
 誕生日のプレゼントに、と今のブルーがこだわった。
 百貨店まで探しに出掛けて、其処で白いのを見付けて来て。
 時の彼方のキャプテン・ハーレイが使っていたのも、白かったから、と。
(しかし、あいつの小遣いで買うには…)
 羽根ペンの値段は高すぎたから、諦めざるを得なかったブルー。
 とても小遣いでは買えない値段で、けれど貯金は使えないし、と。
(…そこまで高価なプレゼントなんぞ…)
 「ハーレイは喜びはしないだろう」と、小さなブルーは考えた。
 それでも羽根ペンを諦め切れずに、すっかり元気を失くしてしまって…。
(俺が心配になって訊いたら、悩みは羽根ペンだったんだよなあ…)
 だからブルーに提案した。
 「俺とお前と、二人で買おう」と。
 大部分は自分が支払うけれども、ブルーも「無理のない分だけ、負担する」形にして。
(…俺が自分で買いに行ったが、ちゃんとブルーに箱を渡して…)
 誕生日の日に、ブルーの手からプレゼントされて、受け取った。
 前の自分が使っていたのと、同じ色をした羽根ペンを。
 航宙日誌を書くためにあるのではなくて、好きなことを書いていい羽根ペン。
 今の自分は、航宙日誌を書かないから。
 きちんと記録を残さなくても、誰も困りはしないのだから。


 本物のコーヒーを好きなだけ飲めて、好きな淹れ方が出来る今。
 白い羽根ペンを持っていたって、航宙日誌は要らない時代。
 なんと幸せな時代だろうか、と書斎の中を見回してみる。
 ずらりと並んだ本にしたって、どれも生死が懸かってはいない。
 キャプテン・ハーレイが暮らした部屋には、そういう本が幾つもあったのに。
(…パイロットの免許は、持っていなかったが…)
 無免許運転だったけれども、シャングリラの操舵には自信があった。
 「俺でなければ、乗り切れないぞ」と、あの船で、何度、思ったことか。
(…マードック大佐の船に追われて、三連恒星の重力干渉点から…)
 ワープして追跡を振り切った時やら、アルテメシアを脱出した時のワープやら。
(重力圏からの亜空間ジャンプなんぞは…)
 文字通り、前例の無いことだったけれど、前の自分はやり切った。
 そうしないと船が沈むから。
 白いシャングリラが沈められたら、全員が死んでしまうのだから。
(…やってやれないことはない、と…)
 前の自分が下した判断、その後ろには、本で学んだ知識が鏤められていた。
 「船長として、学んでおかないと」と、懸命に読んだ、航宙学の専門書たち。
 人間が宇宙で学んだ全てが、其処に詰まっているのだから。
 一つ間違えたら命を失う、過酷な場所が宇宙空間。
 其処で「死なずに生き延びる」方法、そのためのヒントが本には山ほど。
(…お蔭で、あの船を、無事に地球まで…)
 運んで行けたのが前の自分で、その責任は重かった。
 今の時分の書斎と違って、好みだけでは揃えられなかった本。
 それを思えば、この書斎だって、贅沢過ぎる空間だろう。
(…そりゃあ、教師には必須の本ってヤツも…)
 一緒に並べてはあるのだけれども、殆どは趣味で集めた本たち。
 前の自分には許されなかった、「好きな本だけ集める」こと。
 こうも違うか、と驚嘆させられてしまう。
 「こんなに幸せ過ぎていいのか」と、「ちょっと幸せ過ぎないか?」と。


(……うーむ……)
 今の時代は当たり前になった、「ミュウが幸せに生きてゆく」こと。
 人間が一人残らずミュウになった今は、前の自分の時代とは違う。
 戦いも世界から消えてしまって、穏やかな日々が流れてゆく。
 誰もが「今」を満喫しながら、幸せに生きてゆく世界。
(…今の俺には、そいつが普通で、当たり前の暮らしなんだがな…)
 ちょっとばかり不安になるってモンだ、と自分の頬を軽く抓ってみる。
 「夢じゃないよな」と、「俺は本当に、そういう世界にいるんだよな」と。
(よし、こう抓ったら、痛いから…)
 間違いなく現実なのだけれども、こうして「ちょっぴり不安になる」のは…。
(…前の俺が生きた頃の記憶が、俺の中に戻って来たモンだから…)
 比べちまって、夢じゃないかと思うんだよな、と苦笑する。
 「どうも貧乏性らしい」と。
 幸せ過ぎると、不安になってしまうから。
 その分、余計に「幸せ」を実感出来るわけだし、お得なのかも知れないけれど。
 人間が全てミュウな今では、幸せで当たり前だから。
 当たり前の日々を「幸せ過ぎる」と思う人など、きっと、そうそういないのだから…。

 

           幸せ過ぎると・了


※今のハーレイには当たり前の日々、それが前のハーレイには「幸せ過ぎる」という現実。
 ちょっぴり不安になってしまうくらいに、今は幸せが普通なのです。幸せですよねv













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「ねえ、ハーレイ…」
 ちょっと相談なんだけど、と小さなブルーが傾げた首。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「相談だって?」
 もう、その手には乗らないぞ、とハーレイは顔を顰めた。
 今までに何度、これでブルーにやられたことか。
(真面目に相談に乗ってやったのに、こいつときたら…)
 ろくなことを考えていないんだしな、と軽くブルーを睨む。
 「そういう意味では、立派な悪戯小僧だ」と。
 けれどブルーは、全く気にも留めない様子で繰り返した。
 「違うよ、ホントに大事な相談事なんだから」と。


 あのね、と椅子に座り直したブルー。
 「悔しいことがあるんだけれど…」と、赤い瞳を瞬かせて。
「はあ?」
 それが相談事なのか、とハーレイは目を丸くした。
 小さなブルーが悔しがるようなことと言ったら…。
(どうせ背丈が足りないだとか、伸びないだとか…)
 そんなトコだな、と弾き出した頭。
 「この相談は躱すに限る」と、「いつものパターンだ」と。
 だからブルーをジロリと睨んで、腕組みをした。
「あのなあ…。お前、もう少し学習したらどうなんだ」
「学習って?」
 勉強の悩みじゃないんだよ、とブルーは唇を尖らせた。
 「ハーレイ、真面目に聞いているの?」と、不満そうに。
「聞いているとも、だからこそ、学習しろと言うんだ」
 日頃の失敗から学べ、と突き放す。
 「お前の相談は、いつもそうだ」と、「俺は学んだ」と。


 毎度バカバカしくなる、小さなブルーの相談事。
 やってられるか、とハーレイは鼻を鳴らしたけれど…。
「そう言うんだったら、なおのことだよ!」
 学習とは少し違うけれど、とブルーは食い下がった。
 「悔しいことがあった時って、どうすべきなの?」と。
(なんだって…?)
 どうも普段と違うようだな、と首を捻ったハーレイ。
 ブルーお得意の「ぼくにキスして」に持ち込むアレとは…。
(違うんじゃないか?)
 だったら、話を聞いてやらねばならないだろう。
 悔しいことがあると言うなら、しっかり相談に乗って…。
(解決策を示してやるのが、大人ってモンだ)
 おまけに、俺は教師だからな、と頷いた。
 更にはブルーの守り役なのだし、頼られる立場。
 聞き流さないで、きちんと相手をしなければ、と。


「分かった、聞いてやろうじゃないか。それで…?」
 お前の考えはどうなんだ、と水を向けてやった。
 ブルーが自分で解決出来たら、それが一番なのだから。
「えっとね…。ホントに、うんと悔しいんだけど…」
 悔しがってるだけじゃダメだよね、とブルーは答えた。
 「悔しさをバネにしなくっちゃ」と。
 「でないと、成長できないと思う」と、真剣な顔で。
「ほほう…。流石はソルジャー・ブルーだな」
 前のお前もそうだった、と、ハーレイの頬に浮かんだ笑み。
 「とうに答えは出てるじゃないか」と、「それでいい」と。
 そのまま真っ直ぐ進んで行けと、「お前は正しい」と。
 そうしたら…。


「ありがとう! それじゃ、成長したいから…」
 ぼくにキスして、とブルーは顔を輝かせた。
 「ハーレイからキスを勝ち取るのだって、成長だよ」と。
 「悔しがってるだけじゃダメだし、バネにしなくちゃ」と。
(…そう来やがったか…!)
 今日のパターンは変則だった、とハーレイが軽く握った拳。
 ブルーの頭に、コツンとお見舞いするために。
「馬鹿野郎!」
 そんな成長はしなくていい、と銀色の頭に拳を落とす。
 「相談に乗った俺が馬鹿だった」と。
 「一人で勝手に悔しがってろ」と、「俺は知らん」と…。




         悔しいんだけど・了











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(今日は一度も会わなかったよね…)
 教室でも廊下でも会えなかったよ、と小さなブルーが零した溜息。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は会えずに終わったハーレイ。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 一日中だって側にいたいのに、こうして会えない日だってある。
(…ハーレイの授業、今日は無かったし…)
 学校の廊下で会うことも無くて、挨拶さえも交わさないまま。
 仕事帰りに寄ってくれるかと、首を長くして待っていたのに、そちらも空振り。
(会議だったのかな、柔道部かな…)
 それだって分からないんだよ、と悲しくなる。
 少しばかり遅くなってもいいから、帰りに寄って欲しかったのに。
 一度も会えずに今日が終わるなんて、なんとも残念でたまらないから。
(前のぼくなら、ハーレイに会えない日なんか、一度も…)
 無かったのにな、と遠く遥かな時の彼方へ思いを馳せる。
 白いシャングリラでも、改造する前の船の中でも、ハーレイに会えない日など無かった。
 必ず何処かで顔を合わせたし、ソルジャーとキャプテンになってからだと…。
(会わないだなんて、周りも許さなかったよね?)
 皆を導く立場のソルジャー、皆を乗せた船を預かるキャプテン。
 そんな二人が会わずにいたなら、色々な面で支障が出る。
 そうならないよう、設けられていた朝食の時間。
(一緒に食事をしてる間に、報告を聞いて…)
 船の中の出来事などを把握していた、かつての自分。
 本当は報告を受けずにいたって、把握していたのだけれど。
 白いシャングリラに張り巡らせていた、思念の糸から、全てを掴んで。
(だけど、言葉は大切だから…)
 どんなにキャプテンが多忙だろうと、食事はする。
 だから選ばれたのが朝食の時間、其処なら必ず会って話せる、と。


 そういったわけで、前の自分は、一日に一度はハーレイに会えた。
 夜の報告は無理な時でも、朝食の時間はやって来るから。
 ハーレイが仕事に追われていたって、食事は摂らねばならないから。
(でも、今のぼくは…)
 今日みたいな日が少なくないよ、と溜息がまた零れ落ちる。
 運が悪いと、二日も三日も会えない時も。
(仕方ないけど、悲しくなっちゃう…)
 本だって読む気になれないくらい、と机に置かれた本を眺めた。
 夢中で読んでいたとしたなら、とっくに読み終えていただろう本。
 それは栞が挟まれたままで、まるでページが繰られていない。
 机の前に座っていた時、何度も窓へと目を向けていた。
 「今日はハーレイ、来てくれるかな?」と。
 もしも学校で会えていたなら、その合間にも読み進めただろう。
 何ページか読んだら窓の方を見る、といった具合に。
 なのに、ハーレイには会えずに終わった、今日の学校。
 だから心配が募ってしまって、少し読んでは、見ていた窓。
 「ハーレイが来てくれますように」と、祈るような気持ちで。
(そっちに心がいっちゃってたから…)
 本の世界に入り込めなくて、同じ箇所ばかりを読み返す始末。
 時計の針が進んでゆくほど、どんどん酷くなった症状。
(この時間だと、もう来ない、って…)
 ハッキリ分かってしまった後には、本の世界は、もっと遠くなった。
 溜息ばかりが零れてしまって、それどころではなかったから。
 栞を挟んでパタンと閉じては、また開いての繰り返し。
 それでは少しも進みはしなくて、栞は今も挟まれたまま。
 ハーレイが来てくれた日だったならば、別れた後にも、また読めたのに。
 「今日は素敵な日だったよね」と、うんと幸せな気分になって。
 本の残りも読んでしまおうと、弾んだ気持ちで。
 「これを読んだら、次はあの本」と、新しい本にも心を向けて。


 けれども、会えずに終わったハーレイ。
 本のページはサッパリ進まず、気持ちの方も落ち込んだまま。
(……こんな日が、いっぱい……)
 本当は、さほど多くもないのに、そういう気分になってくる。
 前の生では、会えない日などは、一度も無かったのだから。
(…今のハーレイと会う前だったら…)
 別の意味では全く無かった「会えない日」。
 ハーレイと出会っていない以上は、会えない日だってあるわけがない。
 全く意識していない人では、「会えない」も何も無いのだから。
 一度も会えずに終わっていたって、そのことを意識しさえもしない。
(…お隣さんとか、学校の帰りに前を通る家の御主人だとか…)
 そういう人たちの方が、会えなかったら気になるだろう。
 「今日は表に出ていなかったよ」とか、「今日は挨拶、していないよね?」などと。
 けれど「出会っていないハーレイ」は、顔さえ知らない他人でしかない。
 何処かで擦れ違うことがあっても、たったそれだけ。
(ハーレイは、うんと背が高くって…)
 体格もいいから、「今のおじさん、大きかったよね」と思う程度だろうか。
 そうして直ぐに忘れてしまって、それっきりになることだろう。
 ただ擦れ違っただけの人など、いちいち覚えていないのだから。
(もしかしたら、ハーレイと出会う前には…)
 そういったことが、何処かで起こっていたかもしれない。
 お互い、そうだと気付かないまま、擦れ違うことが。
 十四年間も同じ町で暮らして来た間に、一度くらいは。
(今でも、出会っていなかったなら…)
 ハーレイは「ただの同じ町の住人」、ハーレイの車を見たって同じ。
 濃い緑色の車が走っているだけ、チラと眺めてそれでおしまい。
 忘れもしない五月の三日に、ハーレイと出会わなかったなら。
 ハーレイが今の学校に来ずに、別の学校にいたならば。
 なにしろ、出会わないのだから。
 出会わなかったら、記憶も戻って来ないのだから。


(…そうなってたら…)
 今の苦労は無かったよね、と読めずに終わった本に目を遣る。
 「ハーレイに会えずに終わっちゃったよ」と、溜息ばかりで読めなかった本。
 もしもハーレイに出会わなかったら、今日は、ごくごく普通の一日。
 学校から家に帰って来たら、「ただいま」と母に挨拶をして…。
(焼いてくれてたケーキを食べて、紅茶を飲んで…)
 おやつの時間を楽しんだ後は、ゆっくり読書をしたことだろう。
 途中で窓を見たりはしないで、夢中になって。
 本の世界に入ってしまって、母に「晩御飯よ」と呼ばれても…。
(はーい、って返事だけしたら、まだいい方で…)
 呼ばれたことにも気付かないほど、読み耽っていたのかもしれない。
 辺りがすっかり暮れてしまって、部屋の中も暗くなっていたって。
 机のライトだけしか点けずに、それでも「暗い」と思いさえせずに。
(…うん、きっと、そう…)
 ハーレイと出会っていない以上は、自分はただの十四歳の子供なだけ。
 それに相応しい日々を送って、溜息なんかは滅多につかない。
 今日のように悲しくなりもしないし、寂しい思いもするわけがない。
 恋などは、していないのだから。
 ハーレイの存在は知りもしないし、愛おしいとも思わないから。
(…そうなってたら、今の苦労は無いんだけれど…)
 前のぼくだと、どうだったかな、と時の彼方で生きた自分を考えてみた。
 そちらの自分が、前のハーレイと出会わなかったなら、と。
 苦労を知らずに生きていたのか、どんな具合の人生だろう、と。
(……んーと……?)
 出会ったのはアルタミラだったよね、と思い出すのは燃え盛る地獄。
 メギドの劫火に焼かれ、砕かれたジュピターの衛星、ガニメデにあった育英都市。
 前のハーレイとは、其処で出会った。
 アルタミラがメギドに滅ぼされた日に。
 人類がミュウの殲滅を決めて、星ごと砕いてしまった時に。


(…前のぼくも、シェルターに閉じ込められて…)
 焼き払われる時を待っていた。
 研究者たちが、そう告げたから。
 首に付けられていた、サイオンを封じる銀色のリングを外した時に。
 「お前たちは皆、滅びるんだ」と、シェルターに押し込み、鍵を掛けて。
(…大勢のミュウが、泣き叫んでて…)
 死にたくない、と騒いでいたのだけれども、自分に何が出来るだろう。
 どうすることも出来はしないし、その方法も分からない。
 自分に途方もない「力」があるとは、夢にも思わなかったから。
 だからこそ人類が恐れていたのを、前の自分は知らなかったから。
(……死んじゃうんだな、って……)
 思ったけれども、それから何がどうなったのか。
 ふと気が付いたら、地面に座り込んでいた。
 シェルターは微塵に砕けてしまって、皆が我先に逃げ出してゆく。
 それをぼんやり眺めていた時、「お前、凄いな」と声を掛けられた。
 逃げないでいた、前のハーレイに。
 他の者たちは逃げたというのに、一人だけ残っていたハーレイ。
 幾つものシェルターに閉じ込められていた、大勢のミュウを救おうとして。
(…シェルターの鍵、外から開けられるから…)
 前のハーレイは、仲間たちを助けに行こうと言った。
 そうするためには、一人でも多い方がいい。
 それにシェルターを壊した力は、必ず、役に立つ筈だから。
 「チビでも充分、相棒になる」と判断して。
(……もしもあの時、ハーレイと出会わなかったなら……)
 前の自分は、アルタミラで死んでいたのだろう。
 いくらシェルターを破壊したって、逃げなければ意味が無いのだから。
 あのまま座り込んでいたなら、きっと命は終わっていた。
 燃える炎に巻き込まれていたか、地震で出来た地割れに飲まれて。
 砕け散る星と共に焼かれて、宇宙を漂う塵になって。


(…そうなってたよね…)
 そして何もかも終わってたよね、と今だから分かる。
 前のハーレイと出会わなかったら、シャングリラでの旅路など無い。
 青い地球を目指す旅の代わりに、黄泉の国へと旅立っただけ。
 そうやって終わった生の先には、今の人生だって無い。
 今のハーレイと出会いもしないし、戻って来るべき記憶さえ無い。
 遠く遥かな時の彼方で、ハーレイと出会わなかったなら。
 前のハーレイと長い時を生きて、互いに恋をしなかったなら。
(…出会えたから、今があるんだし…)
 ちょっぴり苦労もしておこうかな、と浮かべた笑み。
 ハーレイに会えない日はあるけれども、それも出会えたお蔭だから。
 前のハーレイに出会わなかったら、今の幸せも無いのだから…。

 

          出会わなかったなら・了


※ハーレイ先生に会えずに終わって、悲しいブルー君。苦労してるよ、と溜息をついて。
 けれど、そうやって苦労しているのは、出会えたからこそ。時の彼方で、前のハーレイとv












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(今日は会えずに終わっちまったなあ…)
 残念ながら、とハーレイが零した小さな溜息。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 今日は学校で会えずに終わってしまった、ブルー。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 今はすっかりチビだけれども、愛おしい人には違いない。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が恋した人。
 「何処までも共に」と誓っていたのに、前の自分は失くしてしまった。
 誰よりも愛していた人を。
 気高く美しかった恋人、ソルジャー・ブルーと呼ばれた人を。
(……俺のせいではなかったんだが……)
 それとも俺のせいだったろうか、と今更のように思わないでもない。
 キャプテンとしての前の自分の判断、それが誤っていたのだろうか、と。
(…ジョミーの意見を容れる代わりに…)
 長老たちの意見に従っていたら、全ては違っていたかもしれない。
 赤いナスカを調査しに来た、あのメンバーズを殺していたら。
 今でも憎くてたまらない男、キース・アニアンの命を断っていたなら。
(…殺せとまでは言われなかったが…)
 あの時、ゼルたちが言っていたのは、それと同じなことだった。
 ジョミーは対話を望んだけれども、長老たちの意見は「調べ尽くす」こと。
 精神崩壊してもいいから、キースの真意を、地球の情報を、引っ張り出して。
(そうなっていたら、キースは発狂…)
 狂った人間に用など無いから、恐らくは、放り出しただろう。
 死ぬのを承知で、真っ暗な宇宙空間に。
 なにしろ人類がミュウにしたことは、それに似たことばかりだから。
(そしたら、キースは死んでしまって…)
 もうメギドなどは持ち出せないから、ブルーを失わなかったろうか。
 いつかメギドが来たとしたって、その頃までには、きっと備えがあったろうから。


(…俺のせいだったのかもしれないなあ…)
 間接的にはそうかもしれん、と思うけれども、自業自得の報いなら受けた。
 前のブルーを失くした後には、果てさえ見えない辛い道のりが待っていたから。
(あいつと約束してたのに…)
 ブルーの寿命が尽きてしまうことが、白い箱舟の中で分かった時。
 ドクター・ノルディが悲しい告知を口にした後、前の自分はブルーに誓った。
 「何処までも一緒に参りますから」と。
 ブルーの命の灯が消えた時は、自分も後から追ってゆくから、と。
 キャプテンとして、ソルジャーの葬儀を終えたなら。
(…その時のためにシドを選んで、薬も用意してたんだがな…)
 そのつもりで生きていたというのに、ブルーはそれを許さなかった。
 最後の最後に、「ソルジャー」として下した命令。
 恋人としての願いではなく、ソルジャーからの願いとして。
 「頼んだよ、ハーレイ」とブルーが紡いだ言葉が、前の自分を縛り付けた。
 ジョミーを支えて、地球までの道を歩んでゆくことに。
 ブルーを失い、魂は既に死んでいようと、白いシャングリラを地球まで運んでゆく道に。
(…本当に、生ける屍だったよなあ…)
 いくら顔では笑っててもな、と思い返すと今も苦しい。
 キャプテンだからと自分を叱咤し、懸命に繕い続けた外見。
 仲間たちを励まし、共に喜び、勝ち抜いていった人類軍との戦いの日々。
 「此処まで来られた」と歓声が船を揺るがせる度、笑顔の裏で思っていたことは…。
(これで、あいつに…)
 会いに行ける日がまた近付いた、ということだけ。
 船が地球まで辿り着いたら、そして人類に勝利したなら、ブルーに頼まれた役目は終わる。
 そうしたら、晴れて旅に出られる、と。
(先に逝っちまった、あいつを探しに…)
 身体を離れて飛んでゆける、と思っていた。
 その日が、早く来てくれないかと。
 一日も早くブルーの許に、と、ただ、それだけを頼みに生きた。
 自分の身体を捨ててゆく日に憧れ、それを望み続けて。


(思っていたのと、少々、違っちまったが…)
 前の自分は地球の地の底で死んで、そうしてブルーと、また巡り会えた。
 青く蘇った、この地球の上で。
 前のブルーが焦がれ続けた、青い水の星で。
(あいつに会うって夢は立派に叶ったな)
 それも最高の形で会えた、と考えただけで嬉しくなる。
 前の生でブルーと共に描いた、「地球に着いたら」という夢の数々。
 ブルーの寿命が尽きると分かって、諦めるしかなかった夢たち。
 それを二人で叶えてゆけるし、そうなる時が待ち遠しい。
 チビのブルーが前のブルーと同じ姿に育って、結婚式を挙げる日が。
 今度こそ二人で生きてゆけるし、同じ家で暮らせるようになるから。
(それもこれも、あいつに出会えたからで…)
 幸せだよな、と頬が緩んでしまう。
 記憶が戻って来るよりも前は、想像さえもしなかった人生。
 恋人が出来て、結婚式を夢見るなんて。
 その恋人に会えなかったと、溜息をつく日が来るなんて。
(…もしも、あいつに出会わなかったら…)
 今日も普通に授業を済ませて、会議をしていたことだろう。
 「会議があるとは、ツイてないな」とは思わずに。
 そのせいで恋人に会いに行けない、とガッカリしたりは全くせずに。
(いそいそと会議に出掛けて行って、それが終わったら…)
 愛車を家に向かって走らせ、途中で買い物。
 今日の自分も、買い物には寄って来たけれど…。
(…あいつの顔が浮かんじまって…)
 御機嫌と言えはしなかった。
 家に帰って夕食の支度、その間だって。
 ブルーに出会う前だったならば、鼻歌交じりに楽しく料理をしたのだろうに。


 何もかも変わっちまったな、と思う「出会ってからの日々」。
 前の自分もそうだったろうか、と時の彼方に思いを馳せる。
 今はこれほど幸せなのだし、前の自分はどうだったろう、と。
 前のブルーと出会った後には、人生がすっかり変わったろうか、と。
(…前のあいつとは…)
 燃えるアルタミラで出会ったんだ、と遠い記憶の糸を手繰った。
 増え続けるミュウに恐れをなした人類が決めた、星ごと滅ぼしてしまうこと。
 実験体だったミュウは一人残らず、シェルターの中に閉じ込められた。
 「人類の敵」を檻に押し込めた後は、宇宙船で逃げて行った人類。
 それからメギドが照準を定め、地獄の劫火が解き放たれた。
 アルタミラがあったジュピターの衛星、ガニメデに向けて。
 ミュウが一人も生き残らぬよう、跡形もなく燃やし、消し去るために。
(シェルターの中で、とんでもない地震に見舞われて…)
 これで死ぬのだ、と泣き叫ぶミュウたちに囲まれながら思った。
 地獄だった日々も此処で終わると、それもいいかもしれないな、と。
(…少々、苦しい死に方をしても…)
 自分の命は其処で終わりで、二度と人体実験は無い。
 死んでしまえば、あの苦痛からは解放される。
 「死にたくない」と騒ぐミュウたち、彼らは「気付いていないだけ」。
 解放されるということに。
 不幸な形には違いないけれど、生き地獄は終わるということに。
(…どのくらいの間、そう思ってたんだか…)
 長かったように思うけれども、実際は、一分も無かっただろう。
 何故なら、自分は「本当に」解放されたから。
 木っ端微塵に砕けたシェルター、閉じ込める檻は一瞬の内に消え失せたから。
(あの時、真っ直ぐ、逃げ出していたら…)
 ブルーとは出会わなかったのだろう。
 前の自分の人生もまた、それから間もなく終わったと思う。
 燃えるアルタミラから逃げ出せていても、前のブルーがいないから。
 前のブルーがいなかったならば、誰も生き延びられないから。


(あそこで人生、変わったんだな)
 前のあいつと出会ったから、と深く頷く。
 「人生、すっかり変わっちまった」と、「今の俺とは違う形で」と。
 シェルターが砕け散った瞬間、それをやってのけた少年を見た。
 青いサイオンの光を放って、皆を自由にした少年を。
(しかし、あいつは…)
 自分がそれをやったことさえ、まるで気付いていなかった。
 その場にペタンとへたり込んだまま、動こうともせずに。
 自由を得られたミュウたちは皆、我先に逃げて行ったのに。
 何処へ向かって逃げるというのか、目標さえも定めないまま、一目散に。
(…俺は冷静だったんだろうか…)
 それとも単に鈍かっただけか、それは今でも分からない。
 けれど自分は、逃げ出さなかった。
 代わりに「皆を助けなければ」と、他のシェルターのことを思った。
 そうするためには、一人でも多い方がいい。
 その上、助けてくれた少年、彼を見捨ててなどは行けない。
(…だから、あいつを助け起こして…)
 「お前、凄いな」と声を掛けてやって、そこから全てが始まった。
 他のシェルターでの救出劇も、アルタミラからの脱出も。
 脱出した後、シャングリラで長く宇宙を旅して、アルテメシアに辿り着いてからの日々も。
(……もしも、あいつと出会わなかったら…)
 何もかも、あそこで終わっていた上、今の人生も無いのだろう。
 前のブルーと出会ったからこそ、こうして二人で生まれ変わって来たのだから。
(…うん、最高の出会いだったな)
 そして今もな、と浮かべた笑み。
 前の自分も、今の自分も、ブルーと出会って幸せだから。
 もしもブルーと出会わなかったら、今の人生は無いのだから…。

 

         出会わなかったら・了


※ハーレイ先生が考えたこと。ブルー君と出会って変わった人生、前もそうだった、と。
 前のブルーに出会わなかったら、恋はもちろん、白いシャングリラでの旅も無かったのですv












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「あのね、ハーレイ…。ちょっと相談があるんだけれど」
 聞いてくれる、と小さなブルーが傾げた首。
 二人きりで過ごす休日の午後に、いきなり何の前触れも無く。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
(相談だって?)
 嫌な予感しかしないんだがな、とハーレイは心で溜息をつく。
 こういった時に、ブルーが改めて言い出すことといったら…。
(ロクなことじゃないと来たもんだ)
 俺の経験からしてな、と思うけれども、無視も出来ない。
 放っておいたら、ブルーの機嫌を損ねるから。
 たちまち頬っぺたが、ぷうっと膨れて…。
(フグになっちまうし…)
 一応、話は聞いておくか、と腹を括った。
 フグになられるよりかはマシだ、と「聞くだけだしな?」と。


 そう決めたから、ブルーの瞳を真っ直ぐ見詰めて問い掛けた。
「相談というのは、何事なんだ?」
 聞いてやらないこともないから、まあ、話してみろ、と。
「えっとね…。失くしたんだけど…」
「はあ?」
 失せ物なのか、とハーレイは拍子抜けした。
 そういうことなら、きちんと相談に乗らなければ。
 何処で失くしたのか知らないけれども、探す手助けも。
 だから、とりあえず、失くした物についての質問。
 「いったい何を失くしたんだ」と、「失くした場所は?」と。
 するとブルーは、小さな肩を落として答えた。
 「失くしたの、前のぼくなんだよ」と、悲しげな顔で。
「前のお前だって!?」
 するとアレか、とハーレイは即座に思い当たった。
 失せ物というのが何のことなのか、一瞬の内に。


 前のブルーが失くした物。
 それは…。
(メギドで落としちまったっていう、俺の温もり…)
 最後まで大切に持っていたいと願った、右手の温もり。
 それをブルーは失くしてしまった。
 キースに銃で撃たれた痛みで、消えてしまって。
 前のブルーの右手は凍えて、泣きながら死んでいったという。
 「ハーレイには、二度と会えない」と。
 「絆が切れてしまったから」と、絶望の淵に突き落とされて。
 今のブルーも、その悲しみを忘れていない。
 右手が冷たくなった時には、「温めてよ」と強請ってくる。
 断ることなど出来はしないし、いつも包んで温めてやる。
 ブルーがすっかり満足するまで、今の自分の大きな両手で。


(…そういうことか…)
 疑っちまって悪かった、とハーレイはブルーに詫びたくなる。
 もちろん口には出さないけれども、その分、右手を…。
(しっかり温めてやらないとな)
 よし、とブルーに微笑み掛けた。
「前のお前が失くした物を、俺に戻して欲しいんだな?」
 お前が大切にしていた物を、と「素直に言えばいいのに」と。
「ハーレイ、ぼくに返してくれるの?」
 今のぼくに、と赤い瞳が瞬きをする。
 「ホントにいいの?」と、「ぼく、欲張りだよ」と。
「分かっているさ。お前が、どんなに悲しかったかも」
 お安い御用だ、とハーレイは胸を叩いた。
 「いくらでも俺が返してやる」と、「俺で良ければ」と。
 そうしたら…。


「ありがとう! それじゃ、ぼくにキスして!」
 頬っぺたじゃなくて、唇にお願い、と煌めいたブルーの瞳。
 「失くしちゃったもの」と、「キスしてくれないから」と。
 確かに間違ってはいない。
 まるで全く、間違いなどではないのだけれど…。
「馬鹿野郎!」
 それは育ってからのことだ、とハーレイは拳をお見舞いした。
 悪だくみをしたブルーの頭に、コツンと軽く。
 「俺はすっかり騙されたんだぞ」と、ブルーを睨んで。
 「メギドのことだと思うだろうが」と、「大嘘つきが」と…。




          失くしたんだけど・了









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