(今度は年の差が小さかったな…)
前よりはな、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、書斎の椅子に腰掛けて。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
今日は会えずに終わったブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
青い地球の上で出会ったブルーは、十四歳のチビだった。
よりにもよって自分の教え子、教師と生徒というだけでも…。
(年の差は、そこそこ、あるってモンだが…)
自分たちの場合は、干支が二回り分も離れていた。
同じウサギ年で、ブルーは十四、今の自分は三十八歳。
(出会った時には、俺は三十七だったがなあ…)
誕生日が来たもんだから、と零れた苦笑。
「あそこで一歳、年を食っちまった」と、「ちと離れたな」と。
ブルーの誕生日は三月の末だし、それまでは差は縮まらない。
とはいえ、前の生での、自分たちと比べてみたなたらば…。
(年の差は、うんと小さいってな)
たったの二十四年なんだし、と考えてみると、可笑しくなる。
前の生では、もっと年の差があったというのに…。
(…出会った時には、あいつは今と変わらなくって…)
チビだったんだ、とアルタミラの地獄で出会ったブルーを思い出す。
前の自分の目で見たブルーは、ほんの子供に過ぎなかった。
けれど、見かけとは全く違って、そのサイオンは…。
(俺たちが閉じ込められていたシェルターを、木っ端微塵に…)
吹き飛ばしたほどで、凄い子供だと思ったものだ。
脱出する船に乗り込んだ後も、子供だと思い込んでいたのに…。
(…見た目も中身も子供だったが、年だけは…)
うんと年上だったんだよな、と今でも覚えている衝撃。
「嘘だろう!?」と驚いたことを。
「まさか、ブルーが年上だなんて」と、誰もがポカンとしていたことを。
それほどの年の差だったけれども、今度は、ほんの二十四年。
ついでに自分が年上なことも、違和感が無くて、丁度いい。
(前の俺は、あいつよりもかなり年下だったが…)
アルタミラの研究所で人体実験を繰り返されたブルーは、その成長を止めていた。
生きていたって、いいことは何も無かったから。
育ったところで未来など無いし、希望の欠片も見えなかったから。
(成人検査を受けた直後で、そのまま全てを止めちまって…)
心も身体も子供のままで、長い長い時を過ごしたブルー。
だからブルーは、年上なだけで、実際は、見た目通りの子供。
そこから少しずつ育ってゆくのを、前の自分は側で見ていた。
今度も、それと同じこと。
違いと言ったら、今のブルーが…。
(正真正銘、十四歳のチビっていうことだよな)
神様も粋なことをなさる、と嬉しくなる。
前の生での出会いの時より、今の自分は年を食ってはいるのだけれど…。
(これぞ、キャプテン・ハーレイってな!)
そういう姿になっているから、ブルーにとっては、頼もしいのに違いない。
それに、ブルーは…。
(…前のあいつは、メギドで俺の温もりを失くしちまって…)
泣きじゃくりながら死んだと聞いた。
「もうハーレイには二度と会えない」と、「絆が切れてしまったから」と。
絶望の底で死んでいったブルーが、もう一度、「ハーレイ」に出会うのならば…。
(今の姿の俺でないとな)
若かりし日の俺じゃ駄目だ、と大きく頷く。
前のブルーが失くした温もり、それをブルーに与えた「ハーレイ」。
メギドに向かって飛び立つ前に、「頼んだよ」と、ブルーが触れていった腕。
(そいつを持ってた、キャプテン・ハーレイ…)
この姿で再会してこそなんだ、と思っているから、これでいい。
二十四歳も年上だろうと、ブルーがチビの子供だろうと。
ブルーが大きく育つまでには、まだ何年も待たされようと。
流石は神だ、と感謝するしかない粋な計らい。
チビのブルーの方はといえば、不平と不満で一杯だけれど。
「どうして、今のぼくはチビなの」と、「ハーレイとキスも出来やしない」と。
(…そこが素敵なところなんだが、あいつには、まだ…)
分からんだろうな、とコーヒーのカップを傾ける。
前のブルーも、前の自分も、成人検査よりも前の記憶は無かった。
子供時代の記憶どころか、養父母の顔も名前も、育った場所も、何も覚えてはいなかった。
その分、今の新しい生で、子供時代を満喫すべき。
今の自分が、そうだったように。
(あいつと違って、俺の場合は、前の生の記憶は無かったんだが…)
子供時代は楽しかったし、ブルーも、存分に楽しまなくては。
どんなに年の差が不満だろうと、子供時代は大切だから。
(…子供時代か…)
いいモンだよな、と思ったはずみに、ポンと浮かんで来た「もしも」。
今のブルーと自分の年の差、それが神様の計らいならば…。
(……あいつと俺とを、同い年にだって……)
出来たんだろうな、と顎に当てた手。
「そうなっていたら、どうなったんだ?」と。
自分とブルーに年の差が無ければ、どんな具合になったのだろう、と。
(出会いの年は、今のブルーの年でいいよな)
あいつも、俺も十四歳だ、と決めた年齢。
その年になったら、ブルーと出会う。
自分と同い年の少年の姿の、今のブルーと。
(その頃だと、俺は隣町で暮らしていたからなあ…)
再会の場所は、教室ではなく、この町の何処か。
あまり出歩かないブルーと違って、少年だった頃の自分は、この町にだって何度も来た。
遠征試合で来たこともあるし、家族で来たこともあるけれど…。
(…遠征試合の帰り道とかか?)
この町で打ち上げもやっていたしな、と少年時代の記憶を辿る。
「試合の相手だったヤツらと、飯とかを食いに行ったっけな」と。
試合の後に、友達や対戦相手と一緒に、町に繰り出した自分。
そこでバッタリ、ブルーと出会う。
自分と変わらない年のブルーと、出会った途端に…。
(…あいつに、聖痕…)
そして自分の記憶も戻って、けれど、周りは大騒ぎだろう。
血まみれになって倒れたブルーを、大勢の大人たちが取り囲んで。
「救急車を呼べ」と叫ぶ者やら、手当てをしようと屈む者やら。
(…救急車が来たら、あいつと一緒に乗って行くのは…)
ブルーに連れがいたとしたなら、その人になる。
家族ではなくて、同い年の友達だったって。
ブルーが一人だったとしたって、赤の他人の自分なんかは…。
(下がってなさい、と大人に後ろに下がらされて…)
代わりに大人の中の誰かが、救急車に乗ってゆくのだろう。
現場を目撃していたわけだし、病院の医者に事情を説明出来るから。
医師や看護師の資格は無くても、立派な大人なのだから。
(…俺は、置き去り…)
なんて出会いだ、と情けない限り。
おまけに、自分の友人たちは…。
(凄い現場を見ちまった、って野次馬根性丸出しで…)
その場を離れて食事に行っても、話に花が咲くのだろう。
「今日の夕刊に出ると思うか?」だとか、「明日の朝刊に載りそうだよな」とか。
ワイワイ騒ぐ彼らに囲まれ、其処でも自分だけが置き去り。
野次馬どころか、頭の中はブルーで一杯。
「あんな酷い怪我をして、大丈夫だろうか」と。
「何処の病院に運ばれて行ったんだろう」と、「あいつの名前も聞けていない」と。
(……うーむ……)
出会いからして厄介だよな、と眉間の皺をトンと叩いた。
「あいつが怪我をしていないことさえ、当分の間、分からんぞ」と。
「もう一度、あいつに会おうとしたって、俺だけの力じゃ、どうにもならん」と。
救急車に置き去りにされた自分が、今のブルーに会う方法。
どう考えても、父に頼むしかなさそうだけれど…。
(恋人なんだ、なんて言えやしないぞ)
今の俺は、親父たちに言っちまったが、と、またも難関。
「男の子に一目惚れしたから、探して欲しい」などと、十四歳ではとても言えない。
(…事故の現場に居合わせたから、心配なんだ、と…)
大嘘をついて、探して貰うしかないだろう。
なにしろ、ブルーの方も少年、「ハーレイ」を探す方法は無い。
その上、現場に居合わせただけの少年なんかは、何の手掛かりも無いのだから。
(俺が頑張って、親父に探し出して貰って…)
ようやくブルーが見付かったならば、父の車に乗せて貰って、ブルーの家へ。
「お見舞いに来たんです」と、これまた大嘘、お見舞いの品も母に用意して貰って。
(…親父ごと、お邪魔することに…)
なっちまうな、と、これまた情けない話。
ブルーと水入らずの再会どころか、双方の家族でテーブルを囲むという光景。
きっと、ブルーが「ぼくの部屋に来る?」と、誘ってくれるまで。
「せっかく友達になれたんだから」と、二人で二階の部屋に行くまで。
(…あいつにエスコートされちまうのか…)
なんともはや、と情けない気持ちが膨らむけれども、仕方ない。
ブルーの家に押し掛けておいて、リードなんか出来るわけがないから。
「君の部屋を見せて貰えるかな?」なんて、厚かましいことは言えないから。
(……これじゃ、あいつの部屋に着いても……)
俺は借りて来た猫なのかもな、と思ったけれども、相手はブルー。
しかもメギドで泣きながら死んだブルーの生まれ変わりで、寂しがり屋な所は同じ。
部屋で二人きりになった瞬間、飛び付くようにして抱き付くのだろう。
「会いたかった」と。
「ずっとハーレイに会いたかった」と、「帰って来たよ」と。
(…そうなったら、俺も…)
ブルーを強く抱き締め返して、思いのままにキスを贈ると思う。
十四歳の少年らしく、互いの唇が触れ合うだけの。
(……やっちまうんだろうな……)
多分な、と頬をポリポリと掻いた。
「同い年のあいつと出会っちまったら、そうなっちまう」と。
それからは、何かと理由をつけては、ブルーとデート。
試合の無い休日は、隣町からせっせと通って、ブルーと二人で遊んで、食事。
(…こりゃ、学校の成績だって…)
下がっちまいそうだな、と思いはしても、もう止められないことだろう。
ブルーに夢中で、ブルーしか見えなくなるだろうから…。
(…今の俺の年で出会うのが、一番だってな)
年の差が無ければ、とんでもないことになっちまうから、と傾けるコーヒーのカップ。
「あいつはともかく、俺は赤点で追試だしな」と。
「溺れちまって身の破滅だぞ」と、「結婚以前の問題なんだ」と…。
年の差が無ければ・了
※ブルー君と年の差が無かった場合の、ハーレイ先生とブルー君。色々と変わって来る事情。
早々にキスは出来そうですけど、ハーレイ少年の成績は下がりそう。ダメすぎますねv
「ねえ、ハーレイ。今のぼくって…」
モテそうだって思わない、と小さなブルーが投げた質問。
二人きりで過ごす休日の午後に、首を傾げて。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? モテそう、って…」
お前がか、とハーレイはポカンと口を開いた。
確かにブルーは、モテそうではある。
十四歳にしかならないチビと言っても、その顔立ちは…。
(…前のあいつと瓜二つだから、ミニサイズの…)
ソルジャー・ブルーそのものだしな、と頷くしかない。
モテない方が不思議だけれども、何故、今、言うのか。
(…もしかして、クラスの女の子にでも…)
告白されているんだろうか、と頭に浮かんだ考え。
「有り得るよな」と、「でもって、俺に相談なのか?」と。
そういうことなら、話を聞いてやるべきだろう。
もちろん、ブルーに新しい恋人なんぞは…。
(ブルーが認める筈もないんだが、認めたとしても…)
却下だ、却下、と、些か狭量な相談相手だけれど。
「教師としては、まだ早いとしか言えんしな?」などと。
(まだまだチビだし、恋をするには早いんだ!)
自分のことは棚に上げるぞ、と腹を括って、向き合った。
どんな答えが返って来るのか、こちらを見ている恋人に。
「そう訊くってことは、誰かに告白されたのか?」
お前のクラスの女の子か、とブルーに尋ねる。
「名前は言わなくてもいいぞ」と、「どうなんだ?」と。
するとブルーは、「ううん」と首を左右に振った。
「まだだけど…。告白はされていないんだけど…」
「ふうむ…。熱い視線を感じるとかか?」
気が付くと、視線が追い掛けてるとか、と質問を変える。
そうでなければ、プレゼントでも置かれていたか、と。
(…女の子ってヤツは、そんな所もあるからなあ…)
打ち明ける勇気が出て来ないから、見ているだけ。
傍目にも明らかな恋心なのに、告白出来ずに、遠巻きに。
(ついでに、差出人不明のプレゼントってのも…)
ありがちだよな、とハーレイ自身にも覚えがある。
柔道と水泳の選手で鳴らしていた頃、よく貰っていた。
お菓子や花束、贈り主の名は無いのだけれど…。
(…熱烈なメッセージがくっついていて…)
俺のファンだと分かるんだよな、と思い出す青春時代。
チビのブルーにも、その種のファンが出来ただろうか、と。
けれど、ブルーは「そうじゃなくって…」と瞳を瞬かせた。
「今じゃなくって、これからのこと」と。
「これから…?」
よく分からんぞ、と首を捻ったハーレイ。
いったいどういう話だろうかと、サッパリ謎だ、と。
「分かんない? 今のぼくだよ、モテそうでしょ?」
育ったらね、とブルーは誇らしげに自分の顔を指差した。
「だって、ソルジャー・ブルーにそっくりだもの」と。
否定は出来ない、ブルーの言葉。
遥かな時の彼方の英雄、ソルジャー・ブルーは大人気。
写真集が何冊も出ているくらいで、美貌で名高い。
「それはそうだが…。それがどうしたんだ?」
モテたら、何がどうなるんだ、と分からないブルーの思考。
どうして自分にそれを訊くのか、その理由さえも。
(…まさかと思うが…)
コレか、と一つ思い当たったから、顔を顰めた。
「お前なあ…。俺はモテない、と言いたいんだろうが…」
前の俺はモテなかったんだが、とブルーを軽く睨み付ける。
「生憎だったな」と、「今度の俺は、モテたんだ」と。
「知ってるよ。ハーレイだって、モテたほどだし…」
ぼくだと、もっとモテるでしょ、とブルーは笑んだ。
「だからね、浮気しちゃおうかな、って」
「浮気だって!?」
「うん。だって、ハーレイ、うんとケチだし…」
いつか仕返ししなくっちゃね、とブルーが覗かせた舌。
ペロリと、悪戯っ子のように。
「ハーレイ、キスをしてくれないから、お返しにね」と。
(
そう来たか…!)
まずいぞ、とハーレイの背に伝う冷汗。
もしもブルーが本気だったら、いつか大きく育った時に…。
(…俺を放って、大勢の女の子に取り囲まれて…)
浮気なのか、と思うけれども、どうにもならない。
唇へのキスは贈れないから、将来、浮気されたとしても…。
(どうにも出来んし、こいつの良心に期待するしか…)
無いんだよな、と神妙な表情で頭を下げた。
「浮気は、無しで頼みたいんだが」と。
「俺にはお前だけしかいないし、浮気は困る」と。
どうか浮気はしないで欲しいと、「この通りだ」と…。
モテそうだから・了
(人生をやり直すっていうのが…)
あるんだよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…小説とかだと、けっこう人気があるヤツなんだよ)
人生をやり直すというストーリー。
何かのはずみで出来た切っ掛け、過去に戻って、自分の人生をやり直す。
「あそこで失敗した筈なんだ」と思う時点を、失敗しないように修正して。
(…右に行かずに左に行くとか、立ち止まるとか…)
ほんの小さな修正だけで、やり直せてしまう自分の人生。
とても人気のテーマだけれども、現実の世界で「やり直せた」人は…。
(……いないと思う……)
人間が全てミュウになった今の世界でも、それは不可能だと思う。
もしも誰かが「やり直せた」なら、きっと話題になっている筈。
今の時代は平和なのだし、隠さなくてもいいのだから。
それに「自分だけの秘密」にするより、他の人にも教えてあげれば役に立つ。
どうすれば「やり直す」ことが出来るか、アドバイスをして。
(前のぼくたちの世界じゃないしね?)
人生で失敗すると言っても、致命的なミスは起こらない。
「あそこで喧嘩をしなかったならば、恋人に振られはしなかった」という程度。
小説の世界では、もっとスリリングで、ドラマチックに描かれるけれど。
「やり直す」主人公にしたって、歴史上の人物だったりもして。
(…人生のやり直し…)
今のぼくだと、意味が無いよね、と考えるまでもない自分の人生。
十四歳にしかなっていないし、やり直したいことも、まだ起きていない。
(……ハーレイとの再会で、失敗してたら……)
二度と会えなくなっていたなら、やり直さないといけないけれども、無事に出会えた。
「前の自分と同じ姿で出会いたかった」件については、やり直しても無駄。
どう頑張っても、生まれる前の時点に戻って「もっと前から」は不可能だから。
やり直すべきことも無ければ、やり直したいことも無いのが、今の人生。
そうなってくると、「人生をやり直す」ことが出来るのならば…。
(…前のぼくだよね?)
あっちだったら、うんと劇的に変わるんだよ、と赤い瞳を瞬かせる。
なにしろ「ソルジャー・ブルー」だから。
ミュウの時代の礎になった、大英雄が「ソルジャー・ブルー」。
(…前のぼくが、人生をやり直すってヤツ…)
誰かが小説にしているかも、と思うくらいに、前の自分は名高い歴史上の人物。
やり直せるなら、どうなるだろう、と想像する価値は充分にある。
(…前のぼくの人生、やり直せるんなら…)
どの時点に戻ればいいのかな、と振り返ってみた前の人生。
やり直すのなら、今の記憶を持ったままで、其処へ戻ってゆける。
今の記憶を持っていないと、やり直す意味が無くなるから。
(……えーっと……?)
前の自分の最初の記憶は、成人検査を受ける直前。
検査を受けるための施設の中の、待合室に座っていた時のもの。
(…其処からしか残っていなくって…)
それよりも前は皆無だけれども、やり直すのなら、事情は変わる。
今の自分が覚えてはいない、子供時代にも戻れるだろう。
もちろん、記憶を持ったまま。
「その後の自分」がどうなったのかを、しっかりと記憶したままで。
(…そういうことなら…)
顔も覚えていない養父母、何処にあったかも分からない家。
其処に戻って、やり直すのもいいかもしれない。
今度は、ミュウだとバレないように。
成人検査で正体がバレて、捕まってしまわないように。
(…そしたら、あの時のパパやママの顔も…)
忘れることなく、生きてゆくことが出来るだろう。
成人検査は上手くやり過ごして、教育ステーションに入学して。
メンバーズ・エリートには選ばれなくても、平凡な一般市民として。
それもいいかも、と思ったけれど。
「前の自分」がミュウとして覚醒しなかったならば、歴史も変わって来そうだけれど…。
(…ホントに、ぼくがミュウでなければ…)
アルタミラの悲劇は起きずに済んだか、其処の所が自信が無い。
人体実験をしていた研究者たちは、そのように言っていたけれど。
「タイプ・ブルー・オリジン」が存在するから、次々にミュウが生まれて来る、と。
(だからアルタミラを、メギド兵器で…)
星ごと砕いてしまったけれども、それでもミュウは「生まれ続けた」。
アルタミラがあった育英惑星、ガニメデが滅びてしまった後も。
宇宙に散らばる育英都市で、それこそ、ジョミーが生まれて来た時代に至るまで。
(…前のぼくのせいで加速したのか、それは謎だけど…)
そうだったとしても、前の自分が姿を消したら、それで終わりではなかっただろう。
やっぱりミュウは生まれただろうし、人類は、ミュウを滅ぼそうとする。
(…ぼくが一般市民になったら…)
そのミュウたちを助けられないよね、と心がツキンと痛んだ。
「ぼくは良くても、他のみんなが困っちゃう」と。
(…それじゃ駄目だし…)
研究者になって、ミュウの研究に携わったなら、仲間を逃亡させられるだろうか。
アルタミラの惨劇が起こる直前に、研究者たちを裏切って。
船を確保し、シェルターに閉じ込められた仲間を、合鍵で端から解放して。
(…いいかもだけど、その頃まで生きていたんなら…)
前の自分も、とうにミュウだと判断されていることだろう。
老けない上に、寿命が異常に長いのだから。
(…何処かの時点で、ちょっと来い、って…)
連行されて、検査をされる羽目になる。
「こいつもミュウの可能性がある」と、「奴らは老けないらしいからな」と。
(そうなる前に、逃げ出さないと…)
そして仲間を助けなくちゃ、と思うけれども、そうなるのなら…。
(最初から、研究者になんかならなくて…)
一般市民の道へも行かずに、仲間を助ける時が来るのを待つべきだろう。
成人検査を受けずに逃げ出し、「その時」まで、何処かに隠れ住んで。
(…隠れる場所には、困らないよね?)
本当だったら、成人検査が引き金になって覚醒する筈のサイオン。
とはいえ、今の記憶を持ったままで「やり直せる」なら、きっと最初から使えるだろう。
今の自分のサイオンは不器用だけれど、前の自分は違ったから。
(…今のぼくとは違うもんね?)
成人検査を切り抜けることが出来るくらいに、巧みにサイオンを使いこなせる自分。
検査から逃れて逃亡するのも、お安い御用。
(上手く機械の目から逃れて…)
暮らせる場所を探し出すことも、サイオンがあれば早くて簡単。
其処に隠れて、食料や衣服も、自分で調達。
(たまには、人類の中に紛れて食事も…)
出来る筈だよ、と夢は広がる。
機械の目さえ誤魔化せたならば、人類のふりをするのは容易い。
レストランで食事と洒落込んだって、誰一人として気付きはしない。
(…一人で食事をしに来た子供の正体が…)
成人検査を受けずに逃げた、異分子だなんて。
「ご馳走様」と店を出る時に払ったお金が、何処かから奪ったお金だなんて。
(そうやって隠れて、隠れ続けて…)
メギド兵器が持ち出された時、仲間を助けに飛び出してゆく。
シェルターを端から開けて回って。
「早く逃げて」と、「向こうにある船に、早く乗って」と。
(…サイオンは、ちゃんと使えるんだし…)
メギドの炎が起こした地震で、壊れてしまったシェルターだって、その前に救える。
研究者たちが逃げた時点で、シールドすればいいのだから。
仲間が閉じ込められたシェルターは、全て。
(…それに、ハンスも…)
アルタミラから脱出する時、乗降口から転落して死んだゼルの弟。
彼の悲劇も、未然に防げる。
乗降口を開け放したまま、離陸なんかはさせないから。
「しっかり閉めて」と指示を飛ばして、余裕を持って離陸させるから。
(うん、いい感じ…!)
この後だって、上手くいくよ、と溢れる自信。
船に積み込んであった食料、それが尽きると前のハーレイは嘆いたけれど…。
(そうなる前に、きちんと調達できちゃうし…)
「今度は、何を奪えばいい?」と、前もって質問できるほど。
ハーレイが料理したい食材はもちろん、船にあったら便利なあれこれ。
そういったものを揃えていったら、船の暮らしは快適になるし、改造だって…。
(うんと早くに出来ちゃうよね!)
白いシャングリラが完成するよ、と頭に描ける人生の航路。
船さえ出来れば、地球にだって行ける。
座標を必死に探さなくても、今の自分が知っているから。
その知識を元にデータを漁れば、「これが地球だ」と仲間を納得させるデータも…。
(絶対、ある筈…)
地球に行ければ、グランド・マザーを破壊するだけ。
どんなに手強い相手なのかは、歴史の授業や今のハーレイの話などで承知しているから…。
(…一人で行くような無茶はしないし、壊し方だって、考え抜いて…)
失敗なんかはしないものね、と漲る闘志。
「負けやしない」と、「SD体制を倒して、自由になるんだから」と。
ミュウの時代がやって来たなら、白いシャングリラは、もう要らない。
ソルジャーも、それにキャプテンだって。
(…ぼくもハーレイも、ただのミュウになることが出来るから…)
青い地球など何処にも無くても、他の星で二人で暮らしてゆける。
ノアでもいいし、アルテメシアでもいい。
もっと辺境の地味な星でも、ハーレイと生きてゆけるなら…。
(…うんと幸せ…)
人生をやり直した甲斐があるよ、と思ったけれど。
最高に幸せな日々を送れる、と考えたけれど…。
(…ちょっと待ってよ?)
アルタミラに長く潜伏していて、仲間たちを無事に逃がした自分。
「船はこっち」と皆を導き、ソルジャーになるのはいいのだけれど…。
(…見た目の姿は、ちゃんと子供のままだったとしても…)
成長を始めるのはアルタミラを脱出してから、そうすることは簡単だけれど。
サイオンで調整できるけれども、中身の方。
「時が来るまで」隠れていたなら、精神は確実に成長する。
長い長い時を隠れ続けて、ミュウの未来を考える内に。
どうしたら上手くゆくだろうかと、人生のやり直しを検討している間に。
(…だから、ハーレイと出会った時には、姿は子供でも、中身はすっかり…)
大人なのだし、その後の事情が変わって来る。
果たしてハーレイに恋をするのか、ハーレイは恋をしてくれるのか。
(…恋は出来ても、ぼくの方が、うんと年上だなんて…!)
悲劇だってば、と抱えた頭。
「そんなの困る」と、「ぼくはハーレイより、子供でなくちゃ」と。
(…やり直せるんなら、何もかも上手くいきそうだけど…)
やり直さないのがいいに決まってる、と出した結論。
前のハーレイとは、前と同じ恋をしたいから。
自分の方が年上だなんて、絶対に御免蒙りたいから…。
やり直せるんなら・了
※前の人生をやり直すのなら、こんな感じ、と想像してみたブルー君。地球にも行けそう。
けれど、前のハーレイよりも年上になりそうな精神年齢。やり直さないのが一番ですよねv
(…やり直しか…)
人生の、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(題材としては、よくあるんだよな)
小説やドラマなんかの中で、と幾つも思い出すことが出来る。
人生を何処かの時点から「やり直す」こと。
けっこう人気が高いらしくて、SD体制が敷かれる前から存在していた物語。
人間が地球しか知らなかった頃から、それは一種の夢だったようだ。
(…やり直せるようになる方法の方も、それこそ色々…)
あるのだけれども、現実の世界では、成功した例は一つも無い筈。
もしもあったら、話題になっているだろうから。
(…俺にしたって、やり直すことは出来ないし…)
方法の見当もつかないけれども、やり直せたなら、どうなのだろう。
今の自分の人生の方は、まるで全く無い不満。
仕事も私生活も順調、おまけに恋人まで出来た。
前の生から愛し続けた愛おしい人と、巡り会うことが出来たから。
(しかしだな…)
その人と生きた前の生なら、やり直してみたいような気もする。
遠く遥かな時の彼方へ、戻る方法があるのなら。
今の自分の記憶はそのまま、前の人生をやり直せるなら。
(…やり直しってのは、そういうモンだしな?)
人生をやり直す小説もドラマも、記憶はそっくり抱えているもの。
自分が何処で失敗したのか、覚えていないと話にならない。
同じ過ちを繰り返さないよう、人生をやり直してゆくのだから。
(右に進んで失敗したなら、左へ行くとか…)
どちらへも行かずに真っ直ぐだとか、そうやって修正してゆく人生。
今の人生なら、そうしたいとも思わないけれど、前の自分の人生ならば…。
(やってみる価値はあるかもな?)
ちょいと想像してみるとするか、と椅子の背にゆったりもたれかかった。
どんな具合になるんだろうな、と。
SD体制が敷かれていた頃、自分は其処に生きていた。
今とは別の肉体を持って、その時代に。
(…やり直せるなら、何処から直していくのがいいんだ?)
なにしろ記憶はそのままなんだし…、と考えてみる。
小説やドラマの主人公だと、やり直す先の肉体の年齢には縛られない。
既に立派な大人だったのが、子供の頃に戻りもする。
だから自分も、子供時代に戻れるだろう。
(そうなってくると、成人検査の前ってヤツも…)
前の生の記憶に無い時代とはいえ、恐らく、戻ってゆけると思う。
今では顔も思い出せない、育ててくれた養父母の元へ。
(…それも一興…)
もしも会えたら、懐かしく思い出せそうな両親。
「こういう顔の人たちだった」と、「それに、この家で育ったんだ」と。
(…子供時代から、やり直すんなら…)
今度は上手く生きればいい。
「ミュウだ」と判断されないように。
成人検査さえ切り抜けたならば、後は順風満帆の筈。
(…前の俺の記憶があるってことは…)
あの忌まわしい成人検査も、なんとか誤魔化してパス出来るだろう。
どういった部分が「機械のお気に召さない」のかは、充分、承知していたから。
深層心理テストに似ているとはいえ、予め知っていたならば…。
(心の一部を遮蔽しとけば、引っ掛からんぞ)
ついでに記憶も失くさないな、と自信はある。
「キャプテン・ハーレイを甘く見るなよ」と、「成人検査ごときに負けるか」と。
だから成人検査が済んだら、堂々と行ける教育ステーション。
もちろん、普通の人間として。
適性をどう判断されるかは、自分でも分からないけれど。
(…料理人なのか、パイロットなのか…)
あるいは全く違う職業、そのための育成場所かもしれない。
それでも普通に生きてゆけるし、ミュウにはならずに普通の人生。
(…ふうむ…)
そいつも、なかなか面白いな、と少し興味をそそられる。
人類として生きてゆくのも、一興だろう、と。
(…しかし、だ…)
俺の記憶があるってことは…、と頭に浮かんだブルーの顔。
すっかり馴染んだ今のブルーの方とは違って、時の彼方で共に生きた人。
(俺は普通に生きていたって、あいつの方は…)
あのアルタミラの研究所の中に、囚われたまま。
過酷な人体実験を繰り返されて、心も身体も成長を止めて。
(…あいつを助けてやりたくっても…)
普通の人間になった自分では、どうすることも出来ないだろう。
運良く研究者になっていたとしても、ブルーを解放する権限など無い。
それを持つのは機械だけだし、せいぜい、待遇を良く出来る程度。
(…でもって、その内、メギド兵器でアルタミラごと…)
ブルーは消されることに決まって、自分はアルタミラを離れるしかない。
他の研究者たちと船に乗り込み、ブルーはシェルターに閉じ込めておいて。
(…そこで俺だけ脱走するか?)
そしてブルーを助けに行くか、と巡らせた思考。
シェルターの合鍵を持って逃げたら、ブルーを助け出せる筈。
(しかし、それだと…)
ブルーのサイオンは、あそこまで覚醒したのかどうか。
他のミュウたちを助け出すのは、合鍵でなんとかなるにしたって…。
(…逃走用の船も、俺が「あれだ」と指示してだな…)
ついでに操縦出来たとしたって、それから後。
ブルーのサイオンが、極限まで目覚めていなかったなら。
(…食料が尽きてしまった所で…)
旅は終わるのかもしれない。
心も身体も子供のブルーに、「奪って来い」とは言えないから。
「お前には、そういう力があるんだ」と、強制するなど、出来はしないから。
(…どうやら、その辺で詰んじまうかな…)
俺が人類のふりをして生きた場合は、と零れた溜息。
首尾よくブルーと逃れられても、飢え死にしてしまうのかもしれない、と。
(とはいえ、あいつは、あの時だって…)
誰に頼まれたわけでもないのに、食料を奪いに飛び出して行った。
だから、同じことが起きるかもしれない。
ブルーのサイオンが「目覚める」ポイント、その時が「其処」になるだけで。
(それなら、旅を続けられるな)
俺だってミュウの仲間になって、と広げる想像の翼。
なにしろ元々ミュウだったのだし、人類のふりをしていただけ。
(…研究者だった俺のことを…)
責める者たちが何人かいても、時が解決してくれるだろう。
アルタミラから逃れる時には、「ハーレイ」が活躍したのだから。
シェルターの合鍵を持って脱走して来て、閉じ込められていた仲間を助けて。
(ついでに船も操縦出来るし、こりゃ最初からキャプテンだな)
厨房時代は無いようだ、と可笑しくなる。
「キャプテン・ハーレイ」の記憶があるなら、船の操縦はお手の物。
離陸の時から「俺に任せろ」で、順調に続いてゆく航行。
飢え死にの危機を乗り越えた後は、船の改造も早めに出来そう。
(…前の俺の知識があるんだし…)
ゼルやヒルマンと協力したなら、白いシャングリラが誕生する。
自給自足のミュウの箱舟、人類軍にはモビー・ディックと呼ばれた船が。
(船さえ出来れば、ブルーの寿命がある内に…)
地球にも辿り着けただろう。
前の生では長らく謎だった地球の座標も、記憶の中にあるのだから。
(…何処にあるかを、俺が知ってりゃ…)
ソル太陽系と地球に繋がるデータも、首尾よく何処かで拾える筈。
「前の自分」には分からなかった、人類側のデータから。
(この座標が地球ではないでしょうか、と…)
前のブルーに進言したなら、其処までの道が開くと思う。
「行ってみよう」と、「駄目で元々」と。
(…よーし…)
前のあいつと地球に行けるな、と思ったけれど。
焦がれていた星を見せてやれる、と考えたけれど、地球に至る道。
人類の聖地だった地球まで、白いシャングリラで旅することは可能だろうか。
(…ステルス・デバイスがあると言っても…)
かなり危うい航路になるな、と「キャプテン・ハーレイ」だったから分かる。
ソル太陽系に近付くだけでも、人類軍に遭遇するのは確実。
(戦法は、俺の頭にあるが…)
生憎とジョミーがいないんだった、と抱えた頭。
おまけにトォニィたちもいなくて、タイプ・ブルーは、ただ一人だけ。
(…あいつが戦うことになるんだ…)
それじゃ駄目だ、と背筋に冷たい汗が伝った。
ブルーを地球まで連れて行ったら、ブルーは一人で戦うだろう。
地球の地の底深くに据えられ、SD体制を支配しているグランド・マザーと。
時の彼方で、ジョミーがキースと「そうした」ように。
人類側に味方はいないというのに、ただ一人きりで。
(……俺では、役に立たないし……)
却って足手まといなだけか、と情けなくなる。
グランド・マザーと戦う術など、自分は持っていないから。
今の自分の記憶があっても、グランド・マザーには手も足も出ない。
(…そして、あいつも…)
果たして、グランド・マザーに勝てるのかどうか。
寿命が充分に残っていたって、ジョミーと同じで相討ちになるとか。
(そうなりゃ、俺だけ生きていたって…)
仕方ないしな、と浮かんだ苦笑。
「やり直せたって、最後は同じか」と。
崩れ落ちて来る瓦礫に潰され、死んでゆく最期。
息絶えたブルーの身体を抱き締め、庇うようにして。
「俺もお前と一緒に行くから」と。
二人一緒に天へゆこうと、ただの恋人同士として、と。
(なんだか、少しも変わっちゃいないぞ)
大筋ってヤツが、と呆れてしまった、前の人生のやり直し。
今の自分の記憶があっても、どうやら同じになりそうだよな、と。
(やり直せるなら、劇的に変わりそうなんだがなあ…)
あいつがいるのが問題なんだ、とコーヒーのカップを傾ける。
ブルーと一緒に生きてゆくなら、きっと、そちらに引き寄せられてしまうから。
前のブルーが歩むだろう道、それに自分もついてゆくから。
(あいつがいない人生なんかは、俺には味気ないんだからな)
それでいいさ、と湛えた笑み。
「やり直せるなら、あいつと一緒だ」と、「たとえ結果は同じでもな」と…。
やり直せるなら・了
※人生をやり直せたら、どうなるだろう、と考えてみたハーレイ先生。前の人生の方を。
成人検査を上手くパスして、変わりそうなのに、結果は同じ。ブルーと一緒だからなのですv
「あのね、ハーレイ…。聞きたいんだけど…」
フグの恋人はフグだよね、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? フグって…」
フグというのは魚のフグか、とハーレイは目を見開いた。
どうしていきなり、そうなるのか、と。
(…フグだって?)
フグなんぞ、影も形も無いぞ、とテーブルの上を眺め回す。
紅茶の入ったカップと、ポット。
ブルーの母が焼いたケーキが載っている皿。
何処にもフグは隠れていないし、カップや皿の絵柄にも…。
(…フグも魚も、まるで描かれちゃいないんだがな?)
いったい何処からフグが来たんだ、と見当もつかない。
それまでの会話も、フグとは関係無かったから。
まさに降って湧いた、フグという単語。
しかもブルーの質問は…。
(フグの恋人は、フグなのか、と…)
どういう意味だ、と謎だけれども、無視も出来ない。
目を白黒とさせている間も、ブルーは黙って待っている。
(…もうちょっと、質問の意図ってヤツを、だ…)
言ってくれると助かるんだが、と考えた末に問い掛けた。
「お前の言うフグは、魚のフグで合ってるんだな?」
「そうだよ、違うって言ってないでしょ?」
それでどうなの、とブルーは赤い瞳を瞬かせた。
「フグの恋人はフグだよね?」と。
「いや、だから…。何なんだ、その恋人ってのは?」
「恋人は、恋人に決まってるじゃない!」
ぼくとハーレイみたいな恋人、とブルーは即答した。
「他にどんなのがあるって言うの」と、真面目な顔で。
「フグに恋人がいるって時には、フグだよね?」と。
(…本当に、あのフグなのか…)
魚なのか、とハーレイは軽い頭痛を覚えた。
理由はサッパリ分からないけれど、フグが問題。
ブルーの頭を占めているのは、フグの恋人はフグか否か。
(…どう考えても、フグだよなあ…?)
フグにも色々いるわけなんだが、と溜息と共に口を開いた。
「…そうなるだろうな、フグの恋人はフグだろう」
いるとしたらな、とも付け加えた。
フグのカップルはピンと来ないし、魚が恋をするかどうか。
(…鳥や動物なら、つがいってヤツも…)
あるんだがな、と思うけれども、魚の場合はどうだろう。
子孫を残してゆくにあたって、恋をするのか分からない。
(求愛のダンスをする魚、ってのも…)
いると聞くけれど、その求愛が恋かどうかは本当に謎。
けれど、ブルーは満足そうに頷いた。
「そっか、やっぱりフグなんだね!」
フグの恋人はフグになるんだ、と嬉しそうな顔をして。
「それを聞いたら安心しちゃった」と、瞳を煌めかせて。
「つまり、フグの恋人も、フグってことだね」と。
(おいおいおい…)
そんなに喜ぶようなことか、と不思議で堪らないハーレイ。
フグの恋人がフグだというのは、自然の法則の一つだろう。
(…同じフグという種族の中なら、色々と…)
品種の違った組み合わせも、あるいはあるかもしれない。
トラフグとクサフグの血が混じるとか、そういったこと。
けれども、それが種族の限界。
フグの恋人が鯛になったり、ヒラメになったりしはしない。
(…あくまでフグには、フグなんだがな?)
そう思ったから、ブルーに向かって言った。
「フグの恋人は、フグ以外には有り得ないぞ」と。
「他の魚ってことは無いんだ、絶対にな」と。
するとブルーは、「そうでしょ!」と顔を輝かせた。
「だから、ハーレイもフグなんだよね」と、最高の笑顔で。
「フグ以外には有り得ないよ」と、「今、言ったもの」と。
(…フグだって!?)
この俺がか、と文字通り言葉を失ったけれど。
本当に言葉が出ないけれども、ブルーは歌うように続けた。
「だってね、ぼくはハコフグだもの」
「ハーレイ、いつもそう言ってるでしょ」と、得意げな顔。
「ぼくの頬っぺた、押し潰しては、ハコフグだ、って」と。
「……それで、俺までハコフグなのか……?」
フグの恋人はフグだからか、と、やっとのことで返したら。
「俺はお前の恋人なんだし、俺もフグか」と尋ねたら…。
「だって、ハコフグの恋人でしょ?」
それが嫌なら、ぼくの頬っぺた、潰さないで、という答え。
「だって何度も膨れるもの」と、「キスをくれるまで」と。
「なるほどな…。だったら、フグでいるとしよう」
ついでに、フグはキスをしない、とニヤリと笑ってやった。
「フグの世界には、キスは存在しないしな」と。
「俺もお前も、そういう世界の住人だろう?」と。
「実に平和な世界だよな」と、「それで構わん」と…。
フグの恋人は・了
