「あのね、ハーレイ…」
ぼくの髪の毛なんだけど、と小さなブルーが指差した頭。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 髪の毛が、どうかしたのか?」
何も絡まってはいないようだが、とハーレイも目を遣る。
ブルーの綺麗な銀色の髪に。
前のブルーと全く同じに、整えられたヘアスタイル。
ブルーは、銀色の髪を示して、こう言った。
「切っちゃおうかな?」と。
「髪の毛を…? 切りに行くには、まだ早くないか?」
そんなに伸びてはいないだろう、とハーレイは首を傾げた。
この前、ブルーが髪をカットしに行ったのは…。
(…今よりも、もっと伸びてた時で…)
今だと、かなり早すぎるような…、とハーレイでも分かる。
下手に切ったら、「ソルジャー・ブルー風」にならない髪。
うんと短くなってしまって、ただのショートカットに…。
(…なりそうだがな?)
どうなんだろう、と湧き上がる疑問。
「それとも、プロだと違うのか?」とも。
ハーレイには、行きつけの理髪店がある。
店主は、キャプテン・ハーレイの熱烈なファン。
(俺が行くのを、楽しみに待っていてくれて…)
それは見事に、キャプテン・ハーレイ風に仕上げてくれる。
お蔭で、今でも前の生の頃と全く同じに…。
(キャプテン・ハーレイでいられるわけだが…)
ブルーの場合も、その辺の事情は変わらない。
「ソルジャー・ブルーにそっくりだから」と、今の髪型。
幼い頃から、ずっと「ソルジャー・ブルー風」。
(…同じ店に通い続けているなら、担当もいるし…)
少し早めに出掛けて行っても、普段通りになるのだろうか。
「お待たせしました」と、ソルジャー・ブルー風の髪型に。
(…そりゃまあ、プロはプロだしなあ…)
素人とは違うのかもしれん、と勝手に納得したのだけれど。
「ハーレイ、聞いてる?」
切っちゃおうかと思うんだよ、とブルーが再び口を開いた。
「今より、うんと短めに」と。
クラスメイトがやってるみたいな、ショートカット、と。
「なんだって!?」
本気で短くする気なのか、とハーレイは仰天してしまった。
普通の男子生徒の髪と言ったら、ブルーの髪の長さの…。
(半分どころの騒ぎじゃなくて、だ…)
生徒によっては、丸刈りに近い者だっている。
其処まで短くしないにしたって、前のブルーとは…。
(似ても似つかない髪になっちまうんだが!)
想像もつかん、とブルーの顔を、まじまじと見る。
「いったい、どうなってしまうのだろう」と。
「ちゃんとブルーに見えるだろうか」と、「別人かも」と。
けれどブルーは、涼しい顔で頷いた。
「ショートカットにしたって、いいと思うんだよね」と。
「だって、頑張って伸ばしていても…」
手入れが面倒なんだもの、とブルーが指に絡めた髪。
「寝癖もつくし」と、「ハーレイも前に見たじゃない」と。
(…それは確かに、そうなんだが…)
寝癖がついたままのブルーは、見たことがある。
つい、からかってしまったけれども、そんな髪でも…。
「もったいないとは、思わないのか?」
せっかく、お前に似合ってるのに、とブルーを見詰めた。
「何も短く切らなくても」と、「今のがいいのに」と。
するとブルーは、「うーん…」と一人前に腕組み。
「ぼくには、そうは思えないけど」と。
「今のハーレイ、ぼくの髪型なんか気にしてないでしょ?」
チビだと思って、とブルーは上目遣いに見上げる。
「だから、短く切ってしまっても、どうでも良さそう」と。
「おいおいおい…」
俺は大いに気にしているぞ、とハーレイは慌てた。
いくらチビでも、ブルーは「そっくり、そのまま」がいい。
前のブルーに似ているのだから、変えるよりかは…。
(今のままがいいに決まってるだろう!)
そう思うから、それを真っ直ぐ、ブルーにぶつけた。
「そのままがいい」と。
「俺は、そいつが気に入っている」と、「今のお前が」と。
そうしたら…。
「それなら、キスをしてくれないと…」
ぼくは信じやしないからね、と得意げに微笑んだブルー。
「キスをちょうだい」と、「唇にだよ?」と。
(…この野郎…!)
そういう魂胆だったのか、と、やっと分かったものだから。
ブルーの狙いに気が付いたから、椅子から立ち上がって…。
「よしきた、それなら任せておけ」
俺が上手に切ってやろう、とニヤリと笑った。
「お母さんにハサミを借りて来よう」と。
「無いなら、車でひとっ走りして買って来るから」と。
「ちょっと、ハーレイ…!」
それは酷いよ、とブルーは悲鳴だけれど。
「冗談だってば」と、「本気じゃないよ」と必死だけれど。
(たまには、しっかり懲りろってな!)
今日はお灸をすえてやる、と浮かべた笑み。
「まあ、任せろ」と。
「丸刈りだっていいもんだぞ」と、「バリカンでな」と…。
切っちゃおうかな・了
(今日はハーレイに…)
会えないままで終わっちゃった、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は会えずに終わったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた、愛おしい人。
(同じ学校の、先生と生徒なんだけど…)
全然、会えない日ってあるよね、と悲しい気分。
白いシャングリラの中と比べれば、学校の方が狭いのに。
何層にも重なっていたりしないし、移動手段も、シャングリラよりずっと少ないのに。
(…シャングリラだったら、通路の他にも…)
バスみたいな乗り合いのコミューターとか、エレベーターとか。
通路もあちこち入り組んでいたし、非常用の通路も張り巡らされて…。
(同じ方向に向かっていたって、必ず、顔を合わせるわけじゃあ…)
なかったんだよね、と白い箱舟を思い出す。
巨大な白い鯨よりかは、学校の方が、ハーレイと出会い易いのに。
確率はずっと高そうなのに、会えない日には、とことん会えない。
(ハーレイの古典の授業が無くって、廊下でも階段でも出会わなくって…)
グラウンドにも姿が見えずに、そのまま下校するしかない日。
今日のような日も少なくないから、なんとも寂しい。
ソルジャー・ブルーだった頃には、どんなにハーレイが多忙だろうと、会えたのに。
毎朝、食事を一緒に食べて、報告を聞くことが出来たのに。
(…いくらハーレイが、ぼくの守り役でも…)
一日に一度は顔を見ること、などという決まりは設けられていない。
だから、今日のような日だってある。
一日どころか、何日も会えないことだって。
流石に一週間も会えないままにはならないけれども、可能性はゼロではないだろう。
週に一度は会うように、と医者が指示したわけではないから。
(……一週間は、長すぎるよね……)
そんなことが起こりませんように、と心の中で神に祈った。
「明日はハーレイに会えますように」と、「ほんのちょっぴりでも」と。
(…ホントに、ちょこっと会えるだけでも…)
嬉しいんだから、と考えていたら、ポンと頭に浮かんだこと。
「ぼくの身体が、もう少し、丈夫だったなら」と。
学校でハーレイを待てる程度に、人並みの体力があったならば、と。
(…今の時代は、人間は、みんなミュウだから…)
前の自分の頃と違って、ミュウは全く虚弱ではない。
あの時代の人類がそうだったように、健康な身体を持っているのが普通。
プロのスポーツ選手にしたって、今では、みんなミュウなのだから。
(…今のハーレイも、うんと丈夫で…)
補聴器も要らない身体になって、プロのスポーツ選手になれる道だってあった。
それを蹴って教師の道を選んだけれども、今も柔道部を指導している。
(今日も、柔道部が長引いたのかも…)
あるいは会議があったのだろうか、それとも他に用があったか。
(…どれにしたって…)
今の自分が丈夫だったら、待っていることは出来ただろう。
急いで家に帰らなくても、身体は悲鳴を上げないから。
(ぼくは今度も、前と同じで弱くって…)
体育の授業も見学が多いし、学校を休む日だってある。
元気な子ならば歩いて通える、今の学校がある場所だって…。
(歩いて通うと、疲れちゃうから…)
路線バスに乗って通っているほど、今の自分も身体が弱い。
そのせいでクラブ活動もせずに、授業が終われば、真っ直ぐ家に帰るけれども…。
(元気だったら、何かのクラブに入って…)
放課後の時間を潰せばいい。
クラブが無い日も、友達と学校で遊んでいたなら…。
(じきに下校の時間になるよね?)
そしたら、ハーレイに会えるんだけど、と思い描いた「もしも」の世界。
「今のぼくが、丈夫だったなら」と。
もしも丈夫に生まれていたなら、どんなに違っていただろう。
今夜みたいに溜息をついて、「会えなかったよ」と悲しむ日は、きっと…。
(うんと減るよね?)
ハーレイが研修とかで留守の時だけ、と「会えずに終わる日」を考えてみる。
そうでない日は、ハーレイは学校に来ているから。
(…ハーレイが学校にいるんなら…)
放課後まで会えずに終わった時には、何処かで待っていればいい。
クラブ活動でも、友達と遊んで過ごすにしても、下校のチャイムが鳴る時間まで。
チャイムが鳴ったら、友達やクラブの仲間たちは下校してゆくけれど…。
(…ぼくだけ残って、ハーレイが帰る時間になるまで、待っていたって…)
他の先生は叱ったりせずに、逆に「待つための場所」を提供してくれそう。
なんと言っても、ハーレイは「守り役」なのだから。
(…何か相談したいんだな、って…)
いい方に誤解した解釈をして、ハーレイにも知らせてくれるだろう。
「ブルー君が待っていますから」と。
「帰る時には、ブルー君の所に行くのを、忘れたりしないで下さいよ」と。
(…絶対、そう!)
そうなるよね、と自信はある。
聖痕が再発しないようにと、守り役になったのがハーレイだから。
そのハーレイを待っているのなら、相談事があるのだと、先生方は思う筈。
(聖痕のことが相談事なら、ぼくをウッカリ帰らせちゃったら…)
「ハーレイに会えなかった」ばかりに、聖痕が再発するかもしれない。
そうなったならば、「帰りなさい」と下校を命じた先生は…。
(うんと責任を感じちゃうから…)
そんな事態は避けたいだろうし、触らぬ神に祟り無し。
相談事が何であろうと、「ブルー」がハーレイを待っているなら…。
(この部屋で待っていなさい、って…)
何処かの部屋へ案内してくれて、もしかしたら、飲み物も出るかもしれない。
先生方が普段、休憩時間や放課後に飲んでいるものを。
「紅茶とコーヒー、どっちがいい?」などと尋ねてもくれて。
(…飲み物を貰って、お菓子もあるかも…)
先生方が食べるお菓子が余っているなら、それだって分けてくれそうだよね、と考える。
「ハーレイ先生」を待っている間、お腹を空かせないように。
会議などが更に長引きそうなら、飲み物もお菓子も、追加になって。
(そうやって、終わるまで待ってたら…)
やがて聞き慣れた足音がして、部屋の扉が開くのだろう。
「待たせてすまん。すっかり遅くなっちまった」と、帰り支度をしたハーレイが来て。
(そしたら、ぼくも鞄を持って…)
ハーレイと一緒に、校舎を出る。
もう学校に用は無いから、ハーレイの車が停めてある駐車場に向かって。
濃い緑色をしたハーレイの愛車、それの所まで行ったなら…。
(ハーレイが鍵を開けてくれて…)
乗れよ、と促してくれるだろう。
「お前の家まで送って行くから、助手席に乗れ」と。
そしてハーレイも運転席に座って、シートベルトを締めながら…。
(腹が減ってないか、って聞いてくれるんだよ)
ぼくの身体が丈夫だったなら、と広がる夢。
今みたいに弱い身体でなければ、帰り道に何か食べたって…。
(家に帰ったら、晩御飯も、ちゃんと…)
残さずペロリと平らげるから、間食したって大丈夫。
ハーレイの車で、何処かの店に寄ったって。
テイクアウト出来る物でなくても、お店に入って美味しく食べる。
少しくらいの寄り道だったら、遅くなっても、両親も許してくれるだろう。
晩御飯を残さず食べられるなら。
家に帰ってからも元気で、きちんと宿題などもするなら。
(タコ焼きとかを買って貰って、車の中で食べてもいいけど…)
どうせだったら、お店に入って楽しく食べたい。
ハーレイの優しい笑顔を見ながら、ホットケーキや、パフェなんかを。
元気な少年なら食べられそうな、ラーメンだって。
「美味しいね」と、自分も笑顔になって。
ハーレイお勧めの店の餃子や、大きなお好み焼きなんかも。
それって素敵、と顔が綻ぶ、帰り道での小さなデート。
ハーレイの顔を見られて満足だから、食べ終わった後は家に直行でも…。
(文句なんかは言わないし…)
寄って行ってよ、と引き止めもしない。
「今日はありがとう」と、笑顔でお礼を言って、ハーレイの車が走り去るのを見送る。
「またね」と、大きく手を振りながら。
(…そういうデートが、沢山、出来そう…)
もし、ぼくが丈夫だったなら、と容易に想像出来る光景。
休日だって、この部屋でお茶を飲んでいるような暇があったら…。
(…外へ行こうよ、って…)
誘わなくても、ハーレイの方から誘ってくれそう。
「次の休みは、俺と釣りにでも行かないか?」などと。
今のハーレイの父は、釣りの名人。
ハーレイも直伝の腕前を披露したくて、川や湖や、海にだって…。
(行くぞ、って車を出してくれて…)
二人で釣りをしながらのデート。
「ほら、引いてるぞ」と教えて貰って、大きな魚を釣り上げて。
何も釣れなくても、きっと座っているだけで…。
(うんと楽しくて、幸せで…)
嬉しくてたまらないことだろう。
行き先が海でも、きっと「地球の海だ」なんてことは考えない。
ハーレイと過ごす時間だけで、もう充分だから。
前の自分が誰だったのかは、どうでも良くなってしまっていて。
(…きっと、そう…)
今の暮らしが楽しすぎて、と思いを馳せる、ハーレイとのデート。
デートだという意識も、あるいは無いのかもしれない。
「ハーレイと釣りをしている」今が、もう最高に幸せで。
うんと健康な少年らしく、釣りという遊びに夢中になって。
(ハーレイが大きな魚を釣ったら…)
羨ましくて、うんと悔しくて、自分も必死になりそうに思う。
「ぼくも釣るんだ」と、「大きいのを釣るまで、絶対、帰らないからね!」と。
(…デートだなんて、思っていないよね…)
丈夫なぼく、と思うけれども、そんな自分もいいかもしれない。
学校でハーレイが帰る時間まで待って、帰りに二人でラーメンでも。
キスが欲しいとは思いもしないで、「美味しかった」と大満足な自分でも。
(…釣りに行っても、魚を釣るので頭の中が一杯で…)
デートだなどとは微塵も思わず、キスが欲しいとも思わなくても…。
(…そういうぼくなら、それで幸せなんだものね?)
そっちの方でも良かったかな、と思いはしても、生憎、今の自分は虚弱。
丈夫な身体になれはしないし、これからもキスを強請るだけ。
「ハーレイのケチ!」と頬っぺたをプウッと膨らませて。
唇にキスをくれないハーレイ、ケチな恋人に文句を言って。
「丈夫なブルー」は、いないから。
健康的なデートで喜ぶ、今のハーレイがホッとしそうな「ブルー」は存在しないのだから…。
丈夫だったなら・了
※自分が丈夫だったなら、と想像してみたブルー君。ハーレイ先生と素敵なデートが出来そう。
デートだという意識も無さそうな感じですけど、健康的なブルー君は存在しないのですv
(今日はあいつに会えなかったが…)
元気にしてるといいんだがな、とハーレイが思い浮かべた小さな恋人。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
今は小さくなってしまったブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今日は会えずに終わったけれども、ブルーは元気にしているだろうか。
(…心の方は…)
あまり元気じゃないんだろうな、と想像がつく。
もう寝ているかもしれないけれど、起きていたなら、今頃は…。
(今日はハーレイ、来てくれなかった、って…)
しょんぼりとしているんだろう、と容易に分かるブルーの気持ち。
学校でも顔を会わせていないから、しょげているのは間違いない。
(しかし、そいつはいつものことだし…)
さほど心配はしないでいい。
会えなかった日は元気が無くても、会えたら、たちまち元気になるから。
気掛かりなのは、ブルーの心ではなくて…。
(…風邪でも引いていなけりゃいいが…)
顔を見ないと心配なんだ、とブルーの身体が今日は気になる。
さして寒かったわけでもないのに、少々、過保護に過ぎるけれども。
(とはいえ、今度も、あいつの身体は…)
前と同じに虚弱だから、と小さなブルーの体質を思う。
体育も見学の日が多いくらいに、今のブルーも身体が弱い。
人間が全てミュウになった今では、ミュウといえども健康なのに。
かつての人類がそうだったように、プロのスポーツ選手も大勢、存在する。
だから、生まれ変わって来た今の自分も…。
(プロの選手にスカウトされてたほどなんだがなあ…)
もっとも、前も強かったんだが、と苦笑した。
「悪かった部分は、耳だけだったな」と。
遠く遥かな時の彼方で、キャプテン・ハーレイだった頃。
いや、キャプテンになるより前から、前の自分は頑丈だった。
耳だけは聞こえにくかったけれど、他の部分は至って健康。
身体が丈夫なミュウは珍しかったから、研究者たちが行う実験の方も…。
(…どっちかと言えば、体力の限界というヤツを…)
試す類のものが多くて、お蔭で、更に頑丈になって、体格のいいミュウが出来上がった。
聴力以外は、並みの人類より、ずっと優れていただろう身体。
(…キースの野郎と殴り合っても…)
ダメージは受けなかっただろうさ、と思うくらいに強かった身体。
それをそのまま、今の自分も引き継いだらしい。
ついでに耳もすっかり治って、何処も健康そのものなのに…。
(…ブルーは、そうはいかなくて…)
今でも弱くて、何かと言えば熱を出したり、寝込んだり。
補聴器こそ要らなくなったけれども、体力の方は、前のブルーと変わらない。
(それどころか…)
前よりも弱くなったかもな、と思えてしまう。
今のブルーは、「弱くてもかまわない」人生を生きているものだから。
ブルーがベッドで寝込んでいたって、誰一人として困りはしない。
前のブルーが倒れてしまえば、それこそ大変だったのに。
(…幸いなことに、そんな場面は無かったわけだが…)
物資の調達をブルーが一人でしていた頃なら、船はパニックに陥ったろう。
食料はもちろん、他の物資も、ブルーが奪って来ていたから。
(そうならないよう、前の俺がだ…)
倉庫の管理人を引き受けていて、中身をきちんと把握していた。
もしもブルーが動けなくなっても、一ヶ月くらいは、充分、余裕があるように。
ブルーが調達に出掛ける前には、不足しそうな物資は何かをきちんと伝えられるよう。
(…それでも、ブルーにしてみれば…)
万が一ということもあるから、寝込んでなどはいられない。
たまに倒れてしまった時でも、少しでも早く治そうとして…。
(嫌な薬も、嫌いな注射も、懸命に耐えていたんだっけなあ…)
でないと皆が困ってしまう、と、小さな身体と幼かった心を叱咤したのが前のブルー。
それに比べて、今のブルーはどうだろう。
本物の両親と暮らす家には、暖かなベッドと居心地のいい自分専用の部屋。
前の生の記憶が無かった頃でも、ブルーの心は「注射は嫌い」と覚えていたから…。
(…病院に行くのは絶対嫌だ、と…)
我儘を言っては両親を困らせ、そんな調子だから病気も長引く。
ただでも身体が弱いというのに、注射を嫌って、ギリギリまで隠しているものだから。
(…おまけに、丈夫になろうという努力も…)
今のあいつは無縁なんだ、と苦笑い。
寝込んでも何の支障も無いから、鍛える必要などは無い。
(前のあいつも、鍛えることは無理だったんだが…)
身体がそれを許さなかっただけで、可能だったら、丈夫になろうと努力したろう。
戦える者は他にいなくて、文字通り、ソルジャーだったのだから。
(…今のあいつは、ソルジャーなんかじゃないからなあ…)
弱くても誰も困らないし、と平和な時代に感謝するけれど、その一方で…。
(もしも、あいつが丈夫だったら…)
色々と変わっていたのかもな、という気がする。
ブルーとの出会いは変わらなくても、その後のことが。
再会してから今日までの日々は、きっと全く違っただろう。
(…あいつの右手が凍えちまうのは、変わらないとは思うんだがな…)
それ以外のことは、ブルーが丈夫に生まれていたなら、違う過ごし方で彩られたろう。
今日にしたって、「ハーレイ先生」の仕事が終わる時間まで…。
(…学校で待っていたかもなあ…)
丈夫ならな、と考えてみる。
弱いブルーは部活もしないで、授業が終われば帰ってしまう。
健康だったら歩いて帰れる場所にある家まで、路線バスに揺られて。
(丈夫だったら、部活も出来るだろうし…)
クラブの無い日だったとしたって、放課後の潰し方は色々。
運動部が使っていない所で、友達とサッカーなんかも出来る。
そうやって下校時刻を迎えて、下校のチャイムが鳴ったなら…。
(ハーレイ先生を待ってるんです、と言いさえすれば…)
残っていたって問題は無いし、遅くまででも待てるのだから。
(会議で遅くなったって…)
ブルーが待っていたとなったら、真っ直ぐ家に帰りはしない。
もちろん車で送るけれども、それよりも前に、何処かに寄り道。
(…待っていて腹が減っただろう、と…)
軽く何かを食べさせてやって、それから家まで送って行く。
健康そのもののブルーだったら、帰りに何か食べていたって、夕食は充分、入るから。
(家の前で「じゃあな」と下ろしてやっても…)
きっとブルーは、笑顔で手を振り、見送るのだろう。
「送ってくれてありがとう」と、「今日は御馳走様!」と。
(寄っていかないの、と誘いはしたって…)
誘いを断って帰った所で、「残念!」の一言で終わりそう。
身体の弱いブルーと違って、一緒に過ごした後だから。
「ハーレイ先生」を待っていた時間の方が、二人になってからよりも、ずっと長くても。
(…ちゃんと会えたし、二人で軽く食ったんだしな?)
それに車で送って貰って、ブルーにしてみれば満足だろう。
「ハーレイを待っていて良かった」と。
(そういう元気なブルーだったら…)
休みの日だって、ゆっくりお茶など飲んではいない。
何処かへ行きたくてウズウズだろうし、こちらにしたって誘いやすい。
「健康的なデート」というヤツに。
二人でジョギングなんかは日常、時には遠出もいいだろう。
「今度の休みは山に登るか?」だとか、「二人で釣りに行くとするか」とか。
ブルーが丈夫な身体だったら、体調を崩す心配は無い。
だから気軽に誘い出せるし、ブルーの方も…。
(丈夫だったら、遊びたい盛りの年なんだから…)
デートだなどと思いもしないで、ウキウキとついて来ることだろう。
それまでは友達とやっていたことを、「ハーレイ先生」と楽しむだけ。
山登りにしても、釣りに行くにしても、友達同士で出掛けて行くのとは…。
(違うからなあ、大人が一緒に行くとなったら)
もうそれだけで気分は上々、「何処に行くの?」と興味津々。
当日も張り切って早起きをして、期待に顔を輝かせて。
(…愛だの恋だの、今のあいつには早すぎることは…)
ブルーの身体が丈夫だったら、自然と消えてしまうと思う。
再会してから少しの間は、前のブルーを思わせるような表情をしても。
「ハーレイ?」と見詰める赤い瞳が、前のブルーに似ていたとしても…。
(…うんと元気で、丈夫だったら…)
今のブルーが夢中になるのは、プロのスポーツ選手になれる道もあった「ハーレイ先生」。
ブルーくらいの年の頃なら、憧れの的のプロのスポーツ選手。
その道を蹴って、教師をしている変わり種でも、眩しく見えることだろう。
現に学校の男子生徒たちは、羨望の眼差しを向けて来るから。
(その俺を、独占出来るんだしな?)
得意満面の丈夫なブルーは、恋に相応しい年になるまで、きっと忘れることだろう。
「前の自分」と「前のハーレイ」が、大人の恋をしていたことを。
どんな具合にキスを交わして、どういう夜を過ごしたのかを。
(…そっちだったら、なんとも平和だったんだがなあ…)
俺の悩みも減りそうなんだが、と思うけれども、仕方ない。
「丈夫だったら」と願ってみたって、ブルーは丈夫にならないから。
前と同じに弱いブルーも、どうしようもなく愛おしいから…。
丈夫だったら・了
※ブルー君の身体が丈夫だったら、と考えてみたハーレイ先生。色々と違って来そうです。
釣りに登山にと、健康的なデートも出来そう。でも、虚弱なのがブルー君。仕方ないですねv
「ねえ、ハーレイ。ぼくたち、好き嫌いが無いけれど…」
前のぼくたちが苦労したから、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「好き嫌い? ああ、お互いに全く無いな」
せっかく生まれ変わったのに、とハーレイが浮かべた苦笑。
「食い物の苦労が無い時代なのに、残念だよな」と。
「そうなんだけど…。ホントに、ちょっぴり残念だけど…」
だけど、試食は大切だよね、とブルーの赤い瞳が瞬く。
「それに関しては、前のぼくたちの頃でも、同じ」と。
「試食なあ…。確かに、試食は大切だったよな」
改造前のシャングリラでもな、とハーレイも大きく頷いた。
まだ厨房で料理をしていた頃には、大切だった試食。
仲間たちの気に入る料理になるよう、気を配って。
(…俺とブルーは、どんな飯でも食えたんだがなあ…)
船の仲間たちの方は、そういうわけにはいかなかった。
アルタミラの檻で餌しか食べられなかった、実験体時代。
その頃だったら、料理というだけで感激したのだろうに…。
(…喉元過ぎれば何とやら、というヤツで…)
いつの間にやら、すっかり舌が肥えてしまった仲間たち。
キャベツだらけのキャベツ地獄や、ジャガイモ地獄でも…。
(なんとか工夫して、味や調理法を変えないと…)
これは飽きた、と出て来る文句。
「またジャガイモか」だとか、「またキャベツか」とか。
そんな仲間たちの口に合うよう、前の自分は試行錯誤した。
炒めてみるとか、揚げてみるとか、重ねた工夫。
そうやって厨房で、様々な料理を試作していたら…。
(まだチビだった前のこいつが、ヒョイと現れて…)
覗き込んでは、「何が出来るの?」と尋ねて来た。
その度、「食ってみるか?」と、差し出していた試食用。
「みんなの口に合うと思うか?」と、意見を聞きに。
鮮やかに蘇った、名前だけだった頃のシャングリラ時代。
前のブルーと試食を繰り返した、懐かしい厨房。
生まれ変わった今の自分も、やはり試食を大切にする。
とはいえ、新しい調理法を試すよりかは…。
(味見と言うか、こう、店とかで出しているヤツを…)
試食してみて、買うかどうかを決めるのがメイン。
同じ買うのなら、美味しいものを買いたいから。
(好き嫌いが無いのと、味音痴とは違うからなあ…)
試食するのが一番なんだ、と考えていたら…。
「今のハーレイも、試食は大切だと思うでしょ?」
だったら、試食してみるべきだよ、とブルーが言った。
「でないと味が分からないしね」と、「気に入るかも」と。
「はあ? 試食って…?」
何をだ、とテーブルの上を眺め回した。
特に変わった菓子などは無いし、紅茶も定番の銘柄の筈。
(…これから何か、出て来るってか?)
新作の菓子か、珍しい紅茶とかが…、と思ったけれど。
そういう試食だと、頭から信じていたのだけれど…。
「あのね、コレ!」
ぼくの唇、とブルーが指差した自分の唇。
「子供の頃のは知らないでしょ」と、「前のぼくのも」と。
「だから試食」と、「美味しいかどうか試してみて」と。
「そういうことか!」
馬鹿野郎、とブルーの頭に落とした拳。
コツンと軽く、痛くないように。
「そんな試食は断固断る」と、「悪ガキめが」と…。
試食は大切・了
(今度は年上なんだよね…)
正真正銘、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
ブルーが通っている学校で、古典の教師をしているハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(…前だって、ぼくはチビだったけど…)
出会った時には、子供だったんだけど、と時の彼方の記憶を辿る。
アルタミラの地獄で初めてハーレイに会った時には、前の自分は今と同じで子供。
姿も今とそっくり同じな、十四歳のチビだったけれど…。
(身体も心も、十四歳のままだったのに…)
成長を止めてしまっていただけのことで、本当の年は、ハーレイよりも遥かに上。
アルタミラから脱出した仲間たちの中でも、自分が一番の年上だった。
まるで全く自覚は無くて、他の仲間も、子供として扱ってくれたけれども。
「自分たちが育ててやらなければ」と、誰もが心を配ってくれて。
(だから、ハーレイも…)
前の自分を子供扱い、甘やかしたり、時には叱ったり。
そうして育って、ソルジャーとして立った後にも、前のハーレイを頼りにしていた。
「ずっと年上の大人」として。
「ぼくなんかよりも、ハーレイの方が大人だから」と。
(…ホントに、ハーレイの方が大人なんだ、って…)
すっかり思い込んでいたというのに、時の流れは残酷だった。
突然、やって来た「終わりの時」。
前の自分の身体が弱って、寿命が尽きると分かった瞬間。
(……前のぼく、年寄りだったんだよ……)
自分じゃ分かってなかっただけで、と、今、考えても悲しくなる。
誰よりも愛した前のハーレイ、その人の側に、いられなくなると思い知らされた時。
寿命は、どうしようもなかったから。
どんなに「嫌だ」と泣き叫ぼうとも、時の流れは止まらないから。
あの時の、前の自分の深い悲しみ。
「どうして先に生まれたのか」と、「年下だったら良かったのに」と、何度も思った。
ハーレイよりも年下だったら、そんな別れは起こらないから。
恋人の寿命が尽きる時まで、側にいることが出来たから。
(…それが悲しくて、何度も泣いて…)
辛くてたまらなかったけれども、結局、前の自分の最期は…。
(……ハーレイを置いて逝っちゃった……)
おまけに、ぼくは独りぼっち、とメギドの記憶が降って来たから、頭を振って振り払う。
「あんなの、思い出したくない」と。
「今のぼくは、うんと幸せだから」と、「幸せなことを考えなくちゃ」と。
(ハーレイも、ホントに年上だしね?)
ぼくが、ちょっぴり、チビすぎるけど、と、それだけが不満。
とはいえ、前の生でも今の姿で出会ったのだし、文句を言うのは筋違いだろう。
(神様だって、きちんと考えてくれて…)
この年の差にしたんだよね、と大きく頷いてから、ハタと気付いた。
「ハーレイの方は、同じじゃないよ?」と。
「アルタミラで出会った時のハーレイ、若かったよ」と。
(…えーっと…?)
あのハーレイは何歳くらいなのかな、と頭を巡らせ、出した答えは二十代。
まだ充分に青年だったし、今の世界なら、上の学校を卒業する年から…。
(二年か三年、…ううん、卒業したてなのかも…?)
個人差ってヤツがあるものね、と考えたけれど、若いことだけは間違いない。
(…どうして、そこで出会わなかったの?)
前の通りの出会いでいいのに、と尖らせた唇。
「ぼくなら、待てるよ」と、「ハーレイが前の姿になるまで」と。
前のハーレイがそうだったように、青年から、威厳のある姿になってゆくまで。
自分が先に年を止めても、ハーレイは叱らないだろう。
前の自分もそうだったのだし、何の問題も無いのだから。
(…だけど、ハーレイが若過ぎちゃうと…)
新米の教師になってしまって、何かと難しいかもしれない。
守り役になることは出来ても、思うように時間が取れないだとか。
(……うーん……)
その可能性はありそうだよね、と教師の仕事を数えてみた。
授業の他にも、ハーレイは色々、忙しそう。
現に今日だって、帰りに寄ってはくれなかったし…。
(まだ駆け出しの先生だったら、研修だって、うんと多くて…)
仕事の帰りに寄れる日、ずっと少ないかもね、と思うと、これでいいのだろう。
ハーレイの方が「ずっと年上」、そういう年の差に生まれても。
自分は前と同じにチビでも、ハーレイは「うんと年上」の姿でも。
(今度は本当に年上なんだし、その分、甘えられるから…)
神様がそうしてくれたんだよね、と納得してから、違う方へと向かった思考。
(…それなら、神様が、やろうと思えば…)
同い年になっていたのかも、と。
ハーレイとの年の差は全く無くて、同じ学年の生徒だったかも、と。
(…うんと若くて、十四歳のハーレイ…)
どんなのだろう、と瞬かせた瞳。
前の自分は、そんな姿のハーレイは知らない。
もちろん、今の自分にしても…。
(…アルバムか記憶を、ハーレイに見せて貰わないと…)
分かりはしないし、当然、馴染みがあるわけがない。
それだけに、「十四歳のハーレイ」は新鮮で、出会ってみたい気がする。
同い年の二人に生まれ変わって。
どんな出会いになっていたのか、出会った後は、どうなったのか。
(…今のハーレイ、育ったのは隣町だから…)
学校の教室で再会することは無かった筈。
だから偶然、何処かでバッタリ出会うのだろう。
隣町から来たハーレイと、たまたま歩いていた自分とが。
(…遠征試合で、ぼくの学校にも来たりする?)
それとも試合の帰りなのかな、と想像の翼を羽ばたかせる。
「十四歳のハーレイと、今のぼくとが出会うんだよ」と。
「出会った途端に記憶が戻って、ちゃんと再会出来るんだよね」と。
同い年になったハーレイと、青い地球の上で巡り会う。
とても素敵な思い付きだ、と広がる夢。
(…街角とかで、試合帰りのハーレイと…)
行き会うとしたら、ハーレイはきっと、クラブの仲間と一緒だろう。
柔道にしても、水泳にしても、元気一杯の少年たちのグループ。
(何処のお店に入ろうか、って賑やかにしてて…)
遠目にも目立つ、命の輝きに溢れた少年たち。
身体の弱い自分の目には、眩しいほどに違いない。
(楽しそうだよね、って…)
羨望の眼差しで見ながら近付き、擦れ違おうとした瞬間に…。
(右目の奥が、ズキッて痛んで…)
目から、肩から、溢れる鮮血。
神様が自分にくれた聖痕。
(ぼくは、ハーレイ、見付けられるけど…)
あの少年がハーレイなのだ、と気付くと同時に、痛みで消えてゆく意識。
膨大な記憶が戻って来たって、身体は痛みに耐えられないから。
(…ハーレイも、見付けてくれるだろうけど…)
慌てて駆け寄り、「大丈夫か!?」と叫ぶ姿が目に浮かぶよう。
意識を失くしてしまった自分を、抱き起こして。
「誰か、救急車を呼んで下さい!」と、周りの大人たちに頼む所も。
(…そっか、救急車が来ても…)
同い年のハーレイは、一緒に救急車には乗ってゆけない。
通りすがりの子供なだけで、知り合いでも何でもないのだから。
(もしも周りに、お医者さんとか、看護師さんがいたら…)
その人が名乗りを上げた時点で、ハーレイは退場するしかない。
「君は下がって」と、応急手当が始まって。
(…そうでなくても、ぼくに付き添って行くんなら…)
いくらハーレイが「試合は終わりましたから」と言ったとしても、所詮は子供。
「誰か、目撃していた人は?」と救急隊員が頼むとしたら、大人だろう。
「一緒に救急車に乗って貰えませんか」と、「お忙しいでしょうが、お願いします」と。
つまり、出会った途端に、お別れ。
少年のハーレイはその場に置き去り、ただ呆然とするしかない。
運ばれて行った少年が誰か、名前さえ分からないままで。
一緒にいたクラブの仲間たちの方は、すっかり野次馬騒ぎだろうに。
「凄い現場を見ちまったよな」と、「明日の新聞に載るのかな?」などと。
(…帰りに食事をするんだったら、その間だって…)
目撃した事件の話題でワイワイ、其処でもハーレイは置き去りになる。
きっとハーレイの頭の中は、「ブルー」で一杯だろうから。
「怪我は大丈夫なんだろうか」と、「何処の病院に行ったんだろう」と。
(…聖痕だなんて知らないから…)
大怪我をしたと思い込んだまま、過ごしてゆくしかないハーレイ。
「俺は今度も、ブルーを失くしちまったのか?」と、気が気ではなくて。
「出会った途端に、ああなるなんて」と、「前よりも、ずっと酷いじゃないか」と。
(……うんと心配しちゃうよね……)
そして不安でたまらないよね、と思うけれども、自分にはどうすることも出来ない。
病院で意識を取り戻した時には、もうハーレイはいないから。
「ぼくが倒れた時に、抱き起こしてくれた人は誰?」と、尋ねても、多分、無駄だろう。
救急車に乗って来てくれた大人は、とうの昔に帰った後。
仮に残ってくれていたって、その人は「ハーレイ」なんかは知らない。
救急隊員にしても同じで、「さあ…?」としか答えられないと思う。
ハーレイは名乗る暇も無ければ、名乗るほどのことさえ「していない」から。
(…そうなってくると…)
探す手掛かりがあるとしたなら、制服くらい。
ただし、ハーレイが「制服姿で」いたならば。
(…だけど、制服…)
遠征試合に出掛ける時にも、着るかどうかは分からない。
部活のための服があるなら、当然、そっちの方が優先。
(…強豪校なら、有名なのかもしれないけれど…)
今の自分は、制服にさえも興味が無いから、探すのはとても大変だろう。
「何処の学校の生徒だろう」と、どんなに知りたくてたまらなくても。
両親に「お願い!」と縋ってみたって、両親も詳しい筈が無いから。
(きっと、ハーレイが探し出す方が…)
早くなるよね、とチビの自分にも分かる。
ハーレイの方には、手掛かりがドッサリあるのだから。
なにしろ「事故に遭った少年」、新聞の記事にはならなくっても…。
(救急車を出した所に聞いたら、きっと教えてくれるから…)
ある日、いきなり、ハーレイが訪ねて来るのだろう。
隣町から、父が運転する車に乗って。
「事故の時に、側で見ていたんです」と、「とても心配で、お見舞いに来ました」と。
(…ハーレイのお父さんも、一緒だから…)
二人きりの再会は、うんと遅れるのに違いない。
ハーレイを部屋に誘わない限り、二人きりにはなれないから。
「ぼくと友達になってくれる?」とでも言って、部屋へと案内して。
(…なんだか、ちょっぴり…)
恥ずかしい気もするのだけれども、部屋で二人で抱き合ったなら…。
(…唇にキス…)
ただ触れるだけの幼いキスでも、貰えそうな気がしてしまう。
同い年になったハーレイだったら、今の大人のハーレイよりも…。
(うんと素直で、好きって気持ちをぶつけてくれそう…)
いいな、と夢を見るのだけれども、生憎と、今のハーレイは大人。
それは今更、変えられないから、心の中で呟いてみる。
「年の差が無かったら、素敵だったのに」と。
「キスを貰えて、デートにも行けて、幸せ一杯だったのにね」と…。
年の差が無かったら・了
※ハーレイ先生と同い年に生まれ変わっていたら、と想像してみたブルー君。
再会した後、次に会えるまでが大変ですけど、幸せなお付き合いが出来るのかも…v
