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「ねえ、ハーレイ。…ハーレイって、好物は…」
 最後に食べるタイプなの、と小さなブルーが傾げた首。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 好物って…」
 いきなり何の話なんだ、とハーレイは目を丸くした。
 テーブルの上を見回してみたが、これといったものは…。
(…出ていないよなあ?)
 菓子はパウンドケーキじゃないし、と疑問が湧き上がる。
 ブルーの母が焼くパウンドケーキは、確かに美味しい。
 しかもハーレイの母が焼くのと、全く同じ味がする。
(アレが出てるんなら、まだ分かるんだが…)
 とはいえ、最後に食べるも何も、ケーキの場合は…。
(好物かどうかとは、別の次元で…)
 食べる順序が決まってるよな、とハーレイは首を捻った。


 パウンドケーキは、いわゆる「菓子」の範疇になる。
 今のような「お茶の時間」なら、自由に口に運んでいい。
 紅茶やコーヒーの合間に食べても、誰も気にしない。
 むしろ、そういう風に食べるのが普通で、大抵は、そう。
(先にバクバク食っちまうヤツも、中にはいるが…)
 よっぽど好きな菓子なんだな、と温かい目で見て貰える。
 マナー違反と言われはしないし、叱られもしない。
 ところが、正式な食事の席となったら、事情が違う。
(ケーキが出るのは、一番最後で…)
 飲み物と一緒に供される菓子は、食事を締め括るもの。
 「これで食事は終わりですよ」と示す、サインでもある。
 だから、料理がテーブルに纏めて出て来る場合には…。
(菓子から先に食うんじゃなくて、他のを食って…)
 食べ終わってから、最後に菓子に手を伸ばすべき。
 ついでに言うなら、他の人が料理を食べている間は…。
(自分だけ先に、菓子を食うのはマナー違反で…)
 全員が料理を食べ終わってから、菓子を取るのが正しい。
 そういう「少々、難しい面」はあるのだけれど…。


(しかし、今のブルーの尋ね方だと…)
 マナーの話ではない気がする。
 菓子を最後に食べるかどうかなら、そう訊くだろう。
(そうなってくると、言葉通りに好物なのか?)
 此処にパウンドケーキは無いが、と思うけれども…。
(突然、妙なことを訊くのは、ありがちだしな?)
 でもってロクな結果にならん、と慎重にいくことにした。
 ブルーの意図が読めないからには、まず、確認を取る。
「おい。好物というのは、好き嫌いとは別件なのか?」
 俺には好き嫌いが無いんだが、と赤い瞳を覗き込んだ。
 「お前もそうだろ?」と、前の生の副産物を挙げて。
「そうだよ。だから、お気に入りの食べ物の話だってば」
 最後に食べるか、違うのか、どっち、とブルーは尋ねた。
 なるほど、それなら答えは一つしかない。
「気分次第ってヤツだな、うん」
 その日の俺の気分で決まる、とハーレイは即答した。
 先に食べる日もあれば、最後の日もある、と。
 そうしたら…。


「じゃあ、気分次第で、ぼくを食べても…」
 かまわないから、とブルーは笑んだ。
 「ぼくはちっとも気にしないから、いつでも食べて」と。
(そう来やがったか…!)
 悪ガキめが、とハーレイは軽く拳を握って、恋人を睨む。
「熟していない果物とかを、食う趣味は無い!」
 俺は味にはうるさいからな、と銀色の頭をコンと叩いた。
 「いくら好物でも、熟してないのは不味いんだ」と。
 「俺はグルメだ」と、「好き嫌いとは、別件でな」と…。



           好物は最後に・了









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(ずうっと昔は、身分っていうものが…)
 あったんだよね、と小さなブルーの頭の中を、不意に過っていったこと。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(…今のぼくが住んでる地域だと…)
 士農工商ってヤツだったっけ、と歴史の授業を思い出す。
 遠い昔に「日本」と呼ばれた小さな島国、それが在った辺りに今の自分は住んでいる。
 日本は消えてしまったけれども、その名はSD体制が崩壊した後、復活して来た。
 機械の支配がとうに無くなり、青い地球まで蘇ったからには、文化も復興させねば、と。
(だから今でも、此処は日本って地域だけれど…)
 其処では昔、住民は皆、四つの身分に分けられて暮らしていたという。
 支配階級の武士たちが士族で、その下に農民、といった具合に。
(でも、今は身分って制度は無くて…)
 前の自分が生きた時代にも、何処にも残っていなかった。
 そもそも身分制度自体が、時の彼方に消え去った後で。
(…もしも残っていたとしたって…)
 SD体制を敷くとなったら、身分制度は滅びただろう。
 武士は何処まで行っても武士で、農民は努力を積んでみたって農民のまま。
 自分が生を享けた階級、それは一生、変わらないから。
(先祖代々、受け継がれるのが階級だから…)
 血の繋がった親子がいない時代に、身分制度は馴染まない。
 旧世代の人間と共に宇宙に散らばり、滅びるしかなかった身分というもの。
(だけど、残っていなかったから…)
 すんなりSD体制の時代に入って、前の自分は身分制度を体験してなどはいない。
 今の時代もあるわけがなくて、どんなものかは、歴史の授業で学んだだけ。
(…身分が違うと、人間扱いされなかったりしたんだよね?)
 なんだかミュウと人類みたい、と少し可笑しくなった。
 「身分制度は無かったけれども、前のぼくは少し経験していたみたい」と。
 もっとも、経験していた頃には、楽しむどころではなかったけれど。


 相容れなかった、人類とミュウという二つの種族。
 人類が支配階級だったら、ミュウは「人間扱いされない」階級。
 「日本」で言うなら武士と農民、そういった違いになるのだろうか。
(…武士が農民を斬り捨てちゃっても、罪にはならなかったらしいし…)
 ちょっと似てるよ、と思ったはずみに、違う考えが頭を掠めた。
 「ぼくとハーレイなら、どうなったかな?」と。
 前の生では、同じミュウという種族に生まれて、苦楽を共にした恋人。
 新しい命を貰った今の時代は、人間は全てミュウになったから、差別を受ける者などいない。
(ぼくとハーレイが、違う身分になるんなら…)
 うんと昔のことになるよね、と浮かんだ「もしも」は、なかなかに楽しそうではある。
 ハーレイと「違う身分」に生まれた場合は、何が待ち受けているのだろうか。
(えーっと…?)
 ハーレイにチョンマゲは似合わないよね、という気がするから、日本とは違う国がいい。
 いわゆる「洋服」を着ている所で、身分にうるさい国といったら…。
(…イギリスかな?)
 シャングリラでもイギリス貴族を気取ったよね、と収穫祭を思い出した。
 一番最初の収穫を祝って、皆で食べたのがサンドイッチ。
(キュウリだけで作ったサンドイッチは、アフタヌーンティーに欠かせなくって…)
 最高の食べ物だったというから、収穫祭のパーティー用に選ばれた。
 何の贅沢も出来ない船でも、「気分だけはイギリス貴族といこう」と。
 誰もが幸せ一杯になった、キュウリを挟んだサンドイッチが出て来たパーティー。
(あの時、とっても楽しかったし…)
 身分違いを考えるのならイギリスにしよう、と舞台を決めた。
 次に決めるものは、互いの身分。
 ハーレイと自分、どちらかが貴族で、もう一方は農民にするのが良さそうだ。
 貴族は広大な領地を所有していて、それを農民たちに耕させて…。
(その収穫が、収入源だったらしいから…)
 農民も「持ち物」の一つだったと言えるだろう。
 ハーレイと自分、どちらかは貴族、もう一方は貴族の所有物の農民。
 それで考えるのが面白そうだし、そういう身分に生まれた二人にするのがいい。
 二人の身分が違っていたなら、二人を取り巻く世界もまるで違うだろうから。


(次は、どっちを貴族にするかで…)
 順当にゆけば、ぼくの方かな、と首を捻った。
 今の生では、ハーレイは「ブルー」に敬語を使いはしない。
 逆に「ブルー」が使う立場で、そうなるのは身分のせいではなくて、学校のせい。
 けれども、遥かな時の彼方では、「ハーレイ」が「ブルー」に話す時には…。
(必ず敬語で、そうなったのは…)
 エラが口うるさく徹底させていた、「ソルジャーに対する作法」が原因。
 船で一番偉いのだから、敬語を使って話すべきだ、という決まり。
(…あれも一種の身分制度ってヤツだったかも…)
 前のぼくだけが貴族ってヤツ、と思うものだから、そのまま転用するのなら…。
(ぼくが貴族になるんだけれど…)
 今の生では敬語を使う立場が逆だし、逆で考えるのが良さそうな感じ。
 第一、「ブルーの方が偉い」ままでは、想像してみても、さほど面白くないだろう。
 「意外な部分」が多くなるほど、「もしも」の世界に奥行きが出そう。
(よーし、貴族はハーレイの方で!)
 どうなるかな、とワクワクと思考をスタートさせた。
 舞台は遠い昔のイギリス、ハーレイは其処で生まれた貴族の一員。
(今のぼくたちと同じくらいの年の差で…)
 ハーレイは貴族の当主といったところだろうか。
 先祖代々の領地を受け継ぎ、何不自由なく暮らしている。
 働かなくても済む身分だから、狩りに出掛けたり、旅をしたり、と。
(…ぼくは、ハーレイが持ってる領地で、農民の家に生まれた子供で…)
 幼い頃から家の手伝い、乳搾りをしたり、畑で草を毟ったり。
 川に出掛けて魚を釣るのも、遊びではなくて食事のため。
 魚を沢山釣って戻れば、その日は食卓が豪華になる。
(そうやって毎日、家の仕事を手伝って…)
 生きている内に、ある日、ハーレイとバッタリ出会う。
 領地の見回りに来た馬車を見るのか、それとも川で釣りをしていたら…。
(ハーレイが、お忍びで…)
 釣りにやって来て、「釣れるか?」と尋ねてくるのだろうか。
 「釣れるんだったら、此処で釣ろう」と、「隣、いいかな?」と。


 考えただけで心臓がドキリと跳ねた。
 馬車の中のハーレイを目にするよりも、断然、そっちの方がいい。
 釣りをしていて、偶然、声を掛けられるのが。
 立派な釣竿を持ったハーレイが、隣に座って一緒に釣りを始めるのが。
(釣竿も立派で、服だって…)
 目立たない格好をしてはいたって、きっと仕立ての良い品だろう。
 農家で生まれた「ブルー」は知らない、見たこともないような布を使った服。
(この人、だあれ、って…)
 不思議に思って訊いてみたって、ハーレイは「さてな?」と微笑むだけ。
 「ただの釣り人でいいじゃないか」と、「今日は、お前さんと釣るんだからな」と。
 並んで釣りをしている間に、時間が経ってゆくものだから…。
(…ぼくの方が先に、お腹が減るよね?)
 農家の子ならば、朝から家の仕事も済ませて、釣りに来た筈。
 食事は粗末な内容だろうし、昼が来るまでにお腹が減るのに違いない。
(…お腹が、グーッて鳴っちゃって…)
 空腹なのだ、と訴えたならば、ハーレイは笑い始めるだろうか。
 ハーレイの方は、朝からたっぷり食べて来た上、何の仕事もしていない。
 強いて言うなら釣りをするために、何処かから歩いてやって来ただけ。
(お腹が減るのも、ずっと先だから…)
 釣り仲間になった子供のお腹が鳴ったら、「腹が減ったんだな」と思うことだろう。
 「子供は腹が減るのも早いし、当然だよな」と。
 ついでに農家の子供だったら、働いている分、貴族の子供よりも早く空腹になる。
(最初はそれに気が付かないで、お腹が鳴ったことを笑って…)
 「もう昼なのか?」と目を丸くしそうだけれども、じきに真相を見抜くだろう。
 「この子は、朝から一仕事してから、釣りに来たんだ」と。
 「腹も減るさ」と、「家に帰っても、飯は充分あるんだろうか?」と。
 もちろん「ブルー」の家に帰れば、食事は用意されている。
 農家の子供に似合いの料理で、うんと質素な食卓の中身。
 ハーレイならば、其処まで見通すだろうから…。
(ぼくのお腹が鳴った時には…)
 何も知らずに笑ってしまっても、その後には、きっと…。


 お弁当を分けてくれると思う、と「貴族のハーレイ」に胸が高鳴った。
 お忍びで釣りにやって来たなら、お弁当を持っていることだろう。
 屋敷の厨房で作らせたもので、ハーレイの一食分より遥かに量が多いのを。
(だって、お弁当が足りなかったら…)
 厨房の者の失態になるし、ハーレイは叱らなかったとしても、執事が叱る。
 「なんてことを」と、「お詫びしなさい」と。
 そうならないよう、ぎっしり詰まった、お弁当入りのバスケット。
 ハーレイは笑顔でバスケットを開けて、「食べていいぞ」と言ってくれそう。
 「どれでもいいから、好きなのを取っていいんだぞ」と。
(そう言われたら、とっても嬉しいんだけど…)
 美味しそうな匂いもするのだけれど、初めて見る料理に途惑って…。
(手を伸ばせなくて、困っていたら…)
 ハーレイが「ほら」と、選んで渡してくれるのだろう。
 「美味いんだぞ」と、「お前は、これを見たことないのか?」と微笑みながら。
(貰って食べたら、頬っぺたが落っこちるくらいに美味しくって…)
 他の料理も気になってしまって、バスケットを食い入るように見詰めるだろうか。
 「あれは何なの?」と、「どんな味がする食べ物かな?」と。
(ハーレイの顔より、バスケットの中身のお弁当…)
 色気より食い気っていうヤツだよね、と「自分」の姿に呆れるけれども、ありそうな話。
 なにしろ「ただの農家の子供」で、貴族の食事は知らないのだから。
(ハーレイ、笑い出しそうだけれど…)
 そんな「ブルー」が満腹するまで、お弁当の中身を惜しみなく分けてくれるのだろう。
 「全部食べてもいいんだぞ?」と、自分はのんびり釣りをしながら。
 「俺は帰ってから、家で食べればいいんだしな」と、「遠慮するなよ」と。
(いい人だよね、って…)
 心の底から思ってしまって、いつの間にか、恋に落ちている。
 自分でも、そうと知らないで。
 多分、生涯、恋をしたとは思わないままで、「御領主様」に一目惚れ。
 バスケットの中身が空になったら、二人で仲良く釣りを続けて。
 釣りを終えたら、「またね」とハーレイに元気に手を振り、家に帰って。


 それから何日か経った頃合いで、馬車の中に「ハーレイ」を見付けるのだろう。
 畑仕事を手伝う間に、両親が「御領主様だ」と言った方向に。
 お辞儀するように言われた馬車の、立派な座席に腰を下ろしているハーレイを。
(ビックリしちゃって、声も出なくて…)
 両親に頭を押さえ付けられて、馬車のハーレイにお辞儀しながら、考え始めるのに違いない。
 「御領主様じゃないハーレイに、また会えるかな?」と。
 いつもの釣り場で釣りをしていたら、またハーレイが来るだろうか、と。
(…ホントにハーレイが来てくれたなら…)
 隣で釣り糸を垂れてくれたら、とても幸せなことだろう。
 お弁当の中身を分けて貰えたら、前よりも、ずっと嬉しくて…。
(ハーレイの方でも、ぼく用に、お弁当を用意してくれていたら…)
 釣り場で会うだけの仲に過ぎなくても、最高に幸せだろうと思う。
 恋だと気付いていないままでも、ただの「釣り仲間」で生涯を終えることになっても。
(身分違いだったら、下手にハーレイの屋敷の使用人に迎えられちゃうよりも…)
 釣り仲間で過ごす方がいいよね、と頬を緩めて、うっとりとする。
 「その方がきっと、うんと幸せ」と。
 「ハーレイと、ずっと釣りをするんだ」と、「釣り仲間で終わる恋もいいよね」と…。



            身分違いだったら・了


※ハーレイ先生と身分違いの恋だったら、と想像してみたブルー君。貴族と農民な二人で。
 なんとハーレイ先生が貴族で、おまけに釣りで始まる恋。一生、ただの釣り仲間でも幸せv









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(…ずっと昔は、この世界には…)
 身分ってヤツがあったんだよな、とハーレイが、ふと思ったこと。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(今の俺たちが、暮らしている地域の辺りは…)
 人間が地球しか知らなかった時代は、日本と呼ばれた島国だった。
 士農工商に分けられていた、其処に住んでいた人間の身分。
(農民だと、上から二つ目なんだが…)
 本当に「上から二番目の地位」を誇れた者は、ほんの僅かしかいなかったという。
 実際の所は、一番下の商人の方が豊かな暮らしで、仕事の中身も楽だった。
(しかし、人間が生きてゆくには…)
 農民が作る米が大事で、一番上の身分の大名の優劣も、米の収穫量で決まっていたらしい。
 だから農民が不満を持たないように、「身分だけは」上から二番目の地位。
 「偉いんだぞ」と言ってやったら、その気になって頑張る者も…。
(はてさて、存在していたんだか…)
 今となっては謎だよな、と首を捻って、ブルーの顔を思い浮かべた。
 前の生から愛し続ける、愛おしい人。
 今は子供になっているけれど、いずれは前の生と同じに…。
(育って、うんと美人になって…)
 神々しいほどに気高くなるから、身分制度があった頃なら、間違いなく最上級だろう。
 士農工商で言えば士族で、武士の階級。
 大名の一人息子といった所で、あるいは将軍様かもしれない。
(…だがなあ…)
 チョンマゲは、ちと似合わないよな、と考えるまでもなく答えが出て来る。
 「あれは駄目だ」と、「ブルーには少しも似合いやしない」と。
 もっと時代を遡ってみれば、平安時代の貴族というのもあるけれど…。
(アレだって、子供時代はともかく、育てば一種の…)
 チョンマゲなのだし、やはりブルーには似合わない。
 とても身分が高いブルーなら、美しくいて欲しいと思う。
 一番上の身分に生まれて、相応しい暮らしをしているのなら。


 そうなってくると、この「日本」では駄目だろう。
 チョンマゲを結わない、ヨーロッパ辺りが良さそうだ。
(あそこで一番、身分にうるさかったのは…)
 確かイギリスだったっけな、と今の生で仕入れた知識を引き出す。
 前の生でも、イギリス貴族の話は聞いていたけれど…。
(断然、今の俺の方が、だ…)
 あれこれと本を読んだりしたから、遥かに詳しくなっている。
 「日本」では身分制度が無くなった後は、階級制度は、見事に崩れ去ってしまった。
 ある程度は残っていたらしいけれど、あからさまな差別は消えたという。
 店に入るのも、宿に泊まるのも、それに見合った服装や持ち金さえあれば…。
(元の身分が何であろうが、何も言われやしなくって…)
 きちんとサービスを受けることが出来て、買い物だって自由に出来た。
 お蔭でマナーなども自然と身につき、何処へ行っても相応に振る舞えるものだから…。
(元の身分が何だったかなんて、もう傍目にも分からなくなって…)
 いつの間にやら、誰もが同じで横並びの社会になっていた。
 農民だろうが、商人だろうが、それは身分というものではなく、職業になって。
(ところが、イギリスって国の場合は…)
 階級制度が根強く残って、貴族などの上流階級の者と、それ以外とでは月とスッポン。
 他の国では身分制度が消えていっても、まるで伝統を守るかのように…。
(しつこく残っていたらしいよなあ…)
 だから昔は、もっと酷いぞ、と「今の自分」の知識が教えてくれる。
 上流階級の特権意識は、それは強くて、とんでもなかった。
 自分より下の階級の者は、人間扱いしなかったほど。
 なんとも酷いと思うけれども、「ブルー」に似合いそうな身分ではある。
 チョンマゲなんかは結っていなくて、服装だって洗練されたもの。
(…前のあいつと、同じ姿に育ったら…)
 それは素晴らしいイギリス貴族の、「ブルー」が見られることだろう。
 立ち居振る舞いも仕草も優雅で、誰もが見惚れてしまうほどの。


(うん、なかなかに…)
 いいじゃないか、と想像していて、「だったら、俺は?」と疑問が浮かんだ。
 ブルーが上流階級だったら、自分は何になるのだろう。
(…もちろん俺も、あいつと同じに…)
 上流階級に生まれていないと、ブルーと付き合うことは出来ない。
 うっかり農民だったりしたなら、ブルーの家が所有している領地で暮らして…。
(ブルーが馬車で通ってゆくのを、見てるだけってか?)
 そいつは困る、と思ったけれども、身分や生まれは「選べはしない」。
 其処に生まれてしまったのなら、その場所で生きてゆく他はない。
 身分制度が壊れた後の時代だったら、何も問題無いけれど…。
(ブルーが上流階級に生まれて、其処で暮らしているってことは、だ…)
 上流階級は健在なのだし、階級制度も「生きている」。
 運良く、ブルーと同じ貴族に、生まれられればいいけれど…。
(…世の中、そうそう上手くいかないモンでだな…)
 今の俺たちはレアケースだぞ、と「今の生」の貴重さは承知している。
 神様が起こした奇跡のお蔭で、ブルーと二人で、青い地球の上に生まれて来られた。
 言うなれば「運が良かった」わけで、こんな幸運は、そう多くは無い。
(前の俺たちも、考えようによっては悲惨で…)
 不幸なカップルだったもんなあ、と苦笑する。
 幸せなことも多かったけれど、結局、最後は離れ離れで、一種の悲恋と言えるだろう。
 それを思うと、「ブルーが上流階級に生まれた」世界があったら…。
(幸せになれるとは、限らなくて…)
 俺の片想いで終わっちまうかも、という気がする。
 貴族と農民の間の溝は、当時だと、越えられるわけがない。
 橋を架けようにも、道具も、場所も見付かりはしない。
 ブルーは何処まで行っても貴族で、「ハーレイ」は、ただの農民のまま。
 どんなに努力してみた所で、どうこう出来るものでもない。
 ブルーは馬車で通ってゆくだけ、「ハーレイ」は馬車を見ているだけ。
 馬車の中のブルーが、どんなに気高く、美しくても。
 「あんなに綺麗な人がいるのか」と、見る度に、心を奪われていても。


(…うーむ…)
 こいつは厳しい世界だよな、と溜息が一つ零れ落ちた。
 貴族のブルーは「お似合い」だけれど、それに似合いの「ハーレイ」がいるとは限らない。
 違う身分に生まれたら最後、ブルーに恋することは出来ても、その恋はけして実りはしない。
 ブルーに気付いて貰えもしなくて、片想いで終わってしまいそう。
 とはいえ、そういうことになっても…。
(俺があいつに、惚れずに終わることなんて…)
 絶対にあるわけがない、と絶大な自信だけはあるから、そういう悲恋もあるかもしれない。
 ブルーと自分の生まれた「世界」が違ったら。
 同じ地球の上には違いなくても、階級制度があった時代に、違う身分に生まれたら。
(あいつは貴族で、俺は農民…)
 俺は、あいつの親父の所有物として生まれるんだな、と「今の自分」の知識が教える。
 ブルーが貴族に生まれて来るなら、当然、ブルーの父親がいる。
 公爵や侯爵、伯爵といった、立派な爵位を持った人物。
 広大な領地を所有していて、それを農民に任せているから、農民だって財産の一部。
 つまり「ハーレイ」は生まれた時から、ブルーの父親の持ち物になる。
 将来的には、ブルーの父親の領地を耕し、収入源になる家畜や農作物を育てるための使用人。
 家も畑も、何もかも、ブルーの父から借り受けているものでしかない。
 其処から生まれた収入の一部くらいは、好きに使わせて貰えても。
 市に出掛けて何か買うとか、そういったことは許されていても。
(…身分違いなら、そうなっちまうな…)
 俺は「持ち物」に過ぎないわけだ、と悲しいけれども、仕方ない。
 身分の壁は越えられないから、その地位に甘んじるしかない。
 農民として生きる間に、「ブルー」を目にすることがあっても。
 ある日、領地の見回りに来た「ブルーの父親」が、幼い息子を伴っていても。
(…チビのあいつに、一目惚れ…)
 五歳くらいにしかならない「ブルー」でも、会ってしまったら「惚れる」だろう。
 「なんて可愛い子供だろう」と、「いつまでも側にいられたら」と。
 それきり「ブルー」が忘れられなくて、ブルーの父の馬車が来る度に…。
(ブルーが一緒に乗っていないか、目を凝らすんだ)
 運が良ければ、其処に「ブルー」がいるだろうから。


 そんな具合に始まった恋は、どういう風になってゆくのか。
 片想いの悲恋で終わるにしたって、「見るだけ」で諦めたくなどはない。
 少しでも「ブルー」に近付きたいし、出来るものなら…。
(…側にいたい、と思うよなあ…?)
 毎日、ブルーを見ていられたら、と思い始めるのに違いない。
 ブルーが暮らす屋敷に行けたら、そうすることが出来るだろう。
 屋敷で雇われ、使用人として働くことを許されたなら。
(…農民の仕事も、屋敷の中にはある筈だしな?)
 お屋敷にだって菜園はある、と「今の自分」は知っている。
 新鮮な野菜を主人の食卓に届けるために、専用の畑が何処かに設けられているもの。
 まずは、屋敷の使用人用の門を叩いて…。
(下働きの見習いでいいんで、働かせて下さい、と…)
 畑で働く者に頼んで、上の使用人に話を通して貰う。
 「こういう者が来ておりますが、雇ってみてもいいでしょうか」と、お伺いを。
(…身元を聞かれて、面接みたいな感じになって…)
 お眼鏡に適うことが出来たら、畑で働く下っ端になれることだろう。
 使い走りなどにも便利に使われ、生まれ育った農家にいるより、仕事が多くて辛い毎日。
 寝る場所も厩の藁の上とか、納屋の隅とかになりそうだけれど…。
(それでも、ブルーの姿を、だ…)
 チラリと一目でも見られたならば、その日は、きっと幸せ一杯。
 「来て良かった」と心の底から満足しながら、満たされて眠りに就くのだろう。
 「このお屋敷の何処かで、ブルーも眠っている筈だ」と思いを馳せて。
 ブルーの部屋など、想像することも出来なくても。
 屋敷の中には入れないから、絨毯さえも知らないような身分でも。
(だが、頑張って、経験を積めば…)
 いつかは屋敷の中に入って、働ける時が来るかもしれない。
 屋敷の中で働く誰かが、「ハーレイ」の働きに目を留めてくれたなら。
 「こいつは、お屋敷でも使えそうだ」と、畑からスカウトされることがあったら。


(…そうなりゃ、運が向くってわけで…)
 屋敷に入って仕事していれば、昇進する機会は幾らでもある。
 ブルーを見られる日だって増えるし、いつかは、ブルー専属の…。
(使用人になって、紅茶を運べるくらいになれたら…)
 もう、それで俺は満足なんだ、と笑みを浮かべる。
 「身分違いなら、その程度でも、うんと幸せってモンだよな?」と。
 一生、片想いの悲恋だろうと、ブルーの側にいられれば。
 ブルーに紅茶を運び続けて、屋敷で働き続ける間に、ある日、寿命が尽きるのならば。
(…最期まで、あいつの側にいられた、って…)
 俺は喜んで天国に行くさ、とマグカップの縁をカチンと弾く。
 「なんたって、ブルー専属だぞ?」と。
 生涯、ブルーに仕え続けて、紅茶を運んでいられたんだぞ、と…。



           身分違いなら・了


※ブルー君に身分違いの恋をしてしまった自分を、想像してみたハーレイ先生。
 片想いの恋でも、ブルー君専属の使用人になれれば、それだけで満足らしいですよv









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「ねえ、ハーレイ。旬を逃すのは…」
 嫌な方でしょ、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 旬って…」
 何のことだ、とハーレイは鳶色の瞳を丸くした。
 いきなり「旬」と口にされても、困ってしまう。
(…旬と言ったら、普通はだな…)
 魚や野菜や、果物などの出盛りを指す。
 同時に最も美味しい季節で、好物ならば逃す手は無い。
(今の俺にも、好き嫌いってヤツは無いんだが…)
 旬の食材は取り入れたいし、当然、美味だとも思う。
(ブルーが言うのは、その旬なのか?)
 よく分からんが、と首を捻っていたら、ブルーが尋ねた。
「ハーレイ、お魚とかの旬は気にならないの?」
 旬の時期が美味しいものなんでしょ、と赤い瞳が瞬く。
 「今のハーレイ、自分でお料理するじゃない」と。
「なんだ、やっぱり、その旬なのか」
 それでいいのか、とハーレイは苦笑する。
 「お前、料理とは無縁だからなあ、悩んじまった」と。


 そういう旬なら、ハーレイは、もちろんこだわるタイプ。
 食材を買いに店に行ったら、いい品が無いか棚を見回す。
 今の季節は何があるのか、旬の食材をチェックして…。
(それから献立を決めるってことも、多いしな?)
 なにしろ旬の品ともなれば、何処でも人気が高いもの。
 入荷するなり買う人も多くて、ライバルは多い。
(仕事の帰りに店に寄ったら、売り切れちまって…)
 棚が空っぽでガッカリする日も、珍しくはないわけで…。
「旬は逃したくはないな、確かに」
 逃げられることも多いんだが…、と軽く両手を広げる。
 「仕事が終わって買いに行ったら、売れた後で」と。
 するとブルーは、「次があるでしょ?」と首を傾げた。
 「次の日に買えばいいじゃない」と、不思議そうに。
「次だって? お前、分かってないんだなあ…」
 料理なんかはしないから、とハーレイはクックッと笑う。
 「旬なんだぞ?」と、「期間限定みたいなモンだ」と。
「いいか、その時期が短いからこそ、旬なわけでだ…」
 魚だったら漁期が終われば、入荷もしない、と説明して。
 野菜や果物も、天候次第で旬は早々に終わってしまう。
 一番美味しい時期が過ぎたら、それでおしまい。


「だからだな…。棚から消えるか、置いてあっても…」
 味が落ちてて駄目なんだ、とブルーに教えてやった。
「旬を逃すと、そうなっちまう。俺は勘弁願いたいな」
 出来れば旬の間に食いたい、とブルーの問いへの答えも。
「ふうん…。じゃあ、急がないと駄目なんだね?」
 旬になったら…、とブルーは瞳をパチクリとさせた。
「買い損ねちゃったら、食べ損なって終わりだし…」
「そうなんだ。来年の旬までさようなら、と…」
 消えてしまって食えないからな、とハーレイは頷く。
 「そいつは御免だ」と、「逃すわけにはいかないな」と。
「ハーレイらしいね、お料理するのが好きだから…」
 前のハーレイとおんなじだよね、とブルーが微笑む。
「旬がある分、前より楽しい?」
「そうだな、シャングリラじゃあ、旬は無かったなあ…」
 今ならではだ、と感慨をこめて相槌を打つと…。


「だったら、旬を逃しちゃ駄目だよ!」
 十四歳のぼくの旬、今なんだしね、とブルーは笑んだ。
 「早く食べなきゃ」と、「育っちゃったら駄目」と。
「馬鹿野郎!」
 今のお前は旬とは言わん、とハーレイは軽く拳を握った。
 銀色の頭に、コツンとお見舞いするために。
 「お前は旬を迎えてないぞ」と、「小さすぎだ」と。
 旬の魚の漁にしたって、小さい魚は逃がすモンだ、と…。



            旬を逃すのは・了







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(今日は会えずに終わっちゃったけど…)
 姿も見掛けていないんだけど、と小さなブルーが頭に浮かべた恋人の顔。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は一度も、ハーレイの姿を見ていない。
 古典の授業は無い日だったし、グラウンドでも廊下でも、ハーレイを全く見掛けなかった。
(寂しいんだけど、こんな日があるのは、今だけで…)
 何年か経ったら変わるもんね、とブルーは思考を前向きに切り替える。
 今の学校を卒業したなら、じきに十八歳の誕生日がやって来る。
 十八歳になれば結婚出来るし、ハーレイも充分、承知だから…。
(誕生日には無理でも、その内に…)
 プロポーズしてくれて、結婚式を挙げることになるだろう。
 そしたら毎日、同じ家で暮らしてゆくから、会えずに終わる日などは無くなる。
 結婚するまでの待ち時間だって、今とは違うものになる筈。
(ハーレイの都合で、会えない日だって…)
 夜になったら、ハーレイから通信が入ると思う。
 「今日も元気にやっていたか?」と、「何処かに遊びに行ったのか?」などと。
(うん、きっと、そう…)
 通信機越しにハーレイの声を聞いている間に、会っている気分になってくるのに違いない。
 「今日はね…」と一日の報告をして、ハーレイの話を聞いたりもして。
(それに、会える日は、デートだってば!)
 ハーレイが何処かに誘ってくれて、愛車で迎えに来てくれる。
 目的地までは、二人だけのためのシャングリラで…。
(地球の上を走って行くんだよ!)
 今のハーレイの車が、今のぼくたちのシャングリラ、と心が弾む。
 濃い緑色の車体だけれども、ハーレイがハンドルを握る以上は、懐かしい船と変わらない。
 「シャングリラ、発進!」と号令をかけて、ハーレイが車をスタートさせる。
 その日のデートの場所に向かって。
 ドライブに出掛ける日だというなら、ハーレイが考えた航路に向けて。


 あと何年か待っている内に、その日が、その時が来てくれる。
 チビの自分の背丈だって伸びて、結婚式に着る衣装を選びにゆく日も来る。
(衣装選びも、デートみたいなものだよね?)
 何日も前から予約を入れて、ドキドキしながら行くんだよ、と考えただけで頬が緩みそう。
 どんな衣装を着るのがいいか、ハーレイと二人で相談しながら決めてゆく。
 ウェディングドレスも素敵だけれども、白無垢だって捨て難い。
(両方、着たって、いいと思うし…)
 着替えが大変そうだけど、と欲張りな夢も描いてしまう。
 ドレスと白無垢、両方を選んで、途中で着替え。
(着替えで、ヘトヘトになっちゃったって…)
 式の間は、気付きもしないことだろう。
 幸せで胸が一杯になって、身体なんかは何処かへ置き去り。
 普段だったら「もう無理だってば…」と、ペシャンと座り込みそうなほどでも、元気一杯。
 ハーレイと並んで記念写真で、招待客と一緒に披露宴なども笑顔でこなす。
 「疲れちゃった」なんて、思いもしないで。
 控室に引っ込むこともしないで、招待客のテーブルを回って写真撮影に応じたりも。
(だって、最高の気分なんだもの!)
 疲れたなんて思うわけない、と確信に満ちた気分になる。
 楽しいことをしている時には、疲労感など覚えもしないし、実際、疲れたりしない。
(後で、ドッと疲れちゃうこともあるけれど…)
 それでも自分は充分満足、寝込む結果が待っていたって、後悔などは微塵も無い。
 いずれハーレイと出掛けるデートも、結婚式と同じで「疲れない」だろう。
 ドライブの途中で酔ってしまって、「何処かで停めてよ」と頼むことはあっても。
 前の晩によく眠れていなくて、助手席で寝てしまう失敗をしても。
(そういうデートも、悪くないもんね?)
 酔って気分が悪くなっても、デート自体は悪くはならない。
 ハーレイが「よし、直ぐに何処かで…」と停められる所を探してくれて、其処で休憩。
 道端でのんびり景色を見たり、喫茶店などに入ったり。
 助手席で眠ってしまった時には、きっとハーレイに優しく揺り起こされる。
 「着いたぞ」と、目的地の駐車場で。
 あるいは「おいおい、景色を見逃しちまうぞ?」と、とても眺めのいい展望台とかで。


 何年か経てば、「ハーレイとデート」が日常になって、あちこちにゆけることだろう。
 結婚式を挙げてしまえば、毎日一緒で、もちろん休日は、二人でデート。
 デートどころか、旅行にだって行けるようになるから、行動範囲はうんと広がる。
(それも素敵だけど、結婚式を挙げるまでの間に…)
 ハーレイとデートに出掛けてゆくのも、毎回、その日を楽しみに待って…。
(デートの日は、ハーレイの車が来るのを…)
 待って、待ち焦がれて、家の前まで行くかもしれない。
 「まだかな?」と、「もうじき来そうだけれど」と。
 約束の時間は少し先でも、両親に「気が早すぎないか」と笑われても。
(だって、デートに行くんだよ?)
 ハーレイが選んでくれた行先へ、と思った所で、頭を掠めていった考え。
 行先も、食事する店やお茶を飲む店も、ハーレイが決めるのもいいけれど…。
(ぼくが決めたって、いいんだよね?)
 今のぼくだと、まだ無理だけど、と未来の自分に思いを馳せる。
 背丈が伸びて、前の自分と同じ姿に成長を遂げた、そういう「自分」。
 今の学校も卒業していて、友達は皆、上の学校に進んでいるだろう。
(…上の学校は、誰でも同じ日に授業じゃなくて…)
 平日でもお休みだったりするんだよね、と上の学校の噂は聞いている。
 授業がある日も、授業と授業の間にぽっかり、空いた時間が出来もするのだ、と。
(そんな時には、同じ日に休みの友達だとか…)
 丁度、授業の合間の時間が空いている、という仲間を誘って、遊んだり食事をするらしい。
 そうなったならば、今の学校を卒業した後、進学しないで家にいる「ブルー」は…。
(遊び友達にピッタリだから…)
 何人もが「ちょっと出て来ないか?」と誘ってくれるようになるだろう。
 「俺は休みだから、何処かに出掛けないか」とか、「空き時間に飯を食おうぜ」だとか。
 誰よりも暇にしている「ブルー」は、格好の遊び相手で、貴重な人材。
 引っ張りだこで、色々な場所に連れてゆかれて、食事に、おやつ。
 当然、今より、ぐんと知識が増えて来る。
 何処に美味しい店があるのか、どんな遊び場所が存在するのか、実体験の裏付け付きで。
 チビの自分には思いもよらない、広い世界に連れ出されて。


(そうやって、知識が増えていったら…)
 デートのコースを、ハーレイに代わって組み立てることも出来ると思う。
 「次のデートは、此処に行きたいな」と提案したなら、ハーレイが反対するわけがない。
 笑顔で「そうだな、次は其処に行くか」と、快諾してくれることだろう。
 何処か子供っぽいコースでも。
 上の学校の学生たちには「とっておきの店」でも、ハーレイには少し物足りなくても。
(ぼくが選んだコースで、デート…)
 それもいいよね、と今からワクワクするのだけれども、ハタと気付いた。
 「ちょっと待ってよ?」と、「ぼくが提案するってことは…」と。
 自分が選んで「この日は、此処」と言えるからには、その日の予定は「決まっていない」。
 予めハーレイから聞いてはいなくて、カレンダーに予定を「書いていない」日。
 自分の方では、空いているつもりでいるのだけれど…。
(ハーレイの方は、他に予定が入っているから…)
 その日は誘っていないだけかも、と「有り得ること」が頭に浮かんで来る。
 「その可能性は、ゼロじゃないよね?」と。
 ハーレイには何か予定があるから、デートには出掛けられない日かも、と。
(そんなの知らずに、頑張って予定を立てちゃって…)
 二人でデートに出掛けた帰りや、通信で話している時に、デートの誘いを持ち掛ける自分。
 胸を高鳴らせて、「あのね…」と期待に満ちた瞳で。
 「次のデートは、此処がいいな」と、ハーレイに相談もせずに決めたコースを挙げて。
 行けるものだと思い込んだまま、ハーレイの返事も聞かずに話す。
 「此処のお店の、これがとっても美味しいんだよ」などと、得意げに。
 「ハーレイは行ったことが無いでしょ」と、「学生で一杯で、人気なんだよ」とか。
 散々、あれこれ話した後に、ハーレイの返事を待つのだけれども、何故か困惑している恋人。
 「いいな」と「よし、この次は其処にしよう」と、パチンとウインクする代わりに。
(どうしちゃったの、って、じっと待っていたら…)
 ハーレイが「すまん」と頭を下げる。
 「悪いが、その日は、他に予定が入っちまってて…」と。
 通信機を通して話していたなら、ハーレイの声は、曇ってしまっているのだろう。
 「申し訳ない」と、「どうしても、其処は無理なんだ」と、ただひたすらに詫びるばかりで。


 練りに練ったデートのためのコースが、台無しになってしまう瞬間。
 「そんな…」と言ったきり言葉を失くして、肩を落とす自分が見えるよう。
(デート、断られちゃったんだ、って…)
 今、起きた「信じられない事実」を受け止めるまでに、かなり時間がかかりそう。
 「いったい何がどうなっちゃったの?」と、頭の中がぐるぐるして。
 「ハーレイがデートを断るなんて」と、「頑張ってコースを考えたのに」と。
(でも、本当に、そうなっちゃうこと…)
 絶対に無いとは言えないものね、と今の自分の頭の中まで、ぐるんぐるんと回り出す。
 「断られちゃったら、どうしよう」と、まだ断られてもいないのに。
 そもそも誘ったわけでもないのに、もう「そうなってしまった」ような気分になる。
 「せっかくデートに誘ってみたって、断られちゃうかもしれないんだ」と。
(何処がいいかな、って、一杯、一杯、考え続けて…)
 紙に書き出したり、友達に「あそこのお店、どうだったっけ?」と営業時間を確認したり。
 期間限定のメニューが気に入ったのなら、いつまでやっているのか、店に問い合わせたりも。
(そうやって、デートのコースを決めて…)
 これ以上は無いと思える所まで練りに練り上げて、ハーレイを誘う。
 「次のデートは、此処がいいな」と、断られるとは夢にも思うことなく。
 間違いなくその日に行けるものだと、頭から信じて思い込んで。
(…もしかしたら、期間限定メニューを逃さないように…)
 人気の料理が売り切れないよう、予約も入れているかもしれない。
 学生だって、店に予約を入れることなら、耳にしている。
 確実に席を押さえたいとか、売り切れ御免の人気料理を人数分だけ確保したい時に。
(そういう話も聞いているから、ぼくだって、うんと張り切って…)
 窓際の眺めのいい席を予約しておいて、「料理は、これでお願いします」と頼んでおく。
 ハーレイと二人で店に入ったのに、席が一杯では駄目だから。
 お目当ての料理が「売り切れました」では、ハーレイを誘った意味が無いから。
(だけど、ハーレイに断られちゃったら…)
 何もかも意味が無くなっちゃうよ、とショックで目の前が暗くなりそう。
 それを言われた未来の自分も、想像してみた今の自分も。


(…もしも、デートを断られちゃったら…)
 ぼくは泣き出しちゃうのかも、と考えただけで震え出しそうだけれど、無いとは言えない。
 未来の自分がデートのコースをせっせと練って、誘ったのに。
 「あのね、次のデートは、此処にしたいんだけど…」と自信満々で案を出したのに。
(そんなの、ホントに嫌すぎるから…!)
 きっとハーレイは、「すまんが、店には友達と行ってくれないか?」などと言うのだろう。
 「料理を予約したんだったら、お前も、その方がいいだろう?」と。
 「期間限定メニューと言ったが、そのメニュー、次のデートじゃ間に合わないしな」などと。
(そんな気遣い、されちゃっても…!)
 ぼくは、ハーレイと行きたかったんだから、と泣き叫ぶしかないのだろうか。
 あまりにも、子供じみた話だけれど。
 結婚式の話も出ているくせに、みっともないとは思うけれども。
(でもでも、すっかり行けるつもりでいたのに、断られちゃったら…)
 そうなっちゃうよ、と分かっているから、そんな未来は来て欲しくない。
 ハーレイにデートコースを告げたら、断られるなんて。
 「すまん」と頭を下げて詫びられ、泣きじゃくることしか出来ない未来だなんて…。



           断られちゃったら・了


※ハーレイ先生とのデートを夢見るブルー君。コースを自分で考えるのもいいかも、と。
 けれど、断られてしまう可能性だってあるのです。友達と行くといい、と気遣われても…。










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