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(…あと何年か、待ったなら…)
 あいつと暮らせるんだよな、とハーレイが思い浮かべた恋人の顔。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 今日は会えずに終わってしまった、小さなブルー。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた、愛おしい人。
(今日は、一度も会えなかったが…)
 何年か待てば、ブルーに会えない日など、無くなる。
 まだ十四歳にしかならないブルーが、結婚出来る年の十八歳になりさえすれば。
(プロポーズはともかく、その後の、あれやこれやが、だ…)
 多少、厄介かもしれないけれども、ハードルは必ず乗り越えてみせる。
 今度こそ、ブルーを手に入れるために。
 前の生では叶わなかった、「ブルーと二人だけの暮らし」を掴み取らなければ。
(そのために生まれて来たんだからな?)
 あいつも、俺も…、と改めて思う。
 遠く遥かな時の彼方で、何度、ブルーと語り合ったことか。
 「いつか、地球まで辿り着いたら…」と、青い地球で生きてゆく夢を。
 人類に追われ、狩られることなく、ただの「ミュウという種族」になって。
(その日が来たなら、あいつはソルジャーではなくなって…)
 シャングリラという白い箱舟もお役御免で、キャプテンだって要らなくなる。
 船の仲間たちも、それぞれに散ってゆくだろう。
 自分が生きたい道を選んで、暮らしたい場所を見付け出して。
(そうなりゃ、あいつも、前の俺も、だ…)
 肩書などは消えてしまって、「ただのブルー」と、「ただのハーレイ」。
 役目も重荷も、背負う必要などは何処にもないから、二人、気ままな旅に出る。
 地球まで辿り着く前に夢見た、様々なことをするために。
 あちこち巡って、あれこれと食べて、他愛ないことを話したりもして。
 ミュウの未来を憂えなくても、何の心配も要らない世界は、幸せに満ちているだろう。
 「ただのブルー」と「ただのハーレイ」では、誰一人、気に留める者が無くても。


 前の自分と、前のブルーが見ていた夢。
 とても細やかな夢だけれども、それでいて大変な夢でもあった。
(まず、人類との和解ってヤツが問題で…)
 和解が無理なら、戦い、道を開くしかない。
 文字通り茨の道になる上、犠牲も多く出ることだろう。
 その戦いを始めるためには、戦力も要るし、どれほどの準備と覚悟が必要になるか。
(…でもって、それを決断するのは…)
 前のブルーと、前の自分と、長老たちという勘定。
 仲間たちにも諮るけれども、最終的には、その決断は…。
(前のあいつが…)
 下す形になってしまって、ブルーは、その責を負うことになる。
 勝ち戦が続く間は良くても、そうそう上手くゆくわけがない。
 何処かで必ず、負けの一つや二つは来る。
 負ければ仲間が怪我をするとか、命を落とす結果にもなる。
 そうなった時に、ブルーの心は、どれほど傷付き、血を流すことか。
(…ぼくが戦いに出ていれば、と…)
 悔やみ、嘆いて、いつまでも自分を責め続ける。
 青い地球まで辿り着いても、ふとしたはずみに思い出して。
 「あの仲間が、生きていたならば…」と、自分の暮らしに重ねもして。
(…きっと、そうなっていたんだろうなあ…)
 あいつも、俺も…、という気がする。
 地球での暮らしが、満ち足りたものであればあるほど、悔いも大きくなったろう。
 「違う選択をしていれば」と、払った犠牲を、全て自分たちの過ちにして。
 本当のところは違っていたって、「自分のせいだ」と、背負い込んで。
(…前の俺たちの夢ってヤツは…)
 細やかなんかじゃなかったんだ、と今にして思う。
 沢山の夢を描いた時には、二人とも、そういう気でいたけれど。
 「いつか地球まで辿り着いたら」と、子供みたいに無邪気に考え、夢を増やした。
 あれもしようと、これもしたいと、その時が来たら「やりたいこと」を。


(…大それた夢ってヤツだったから…)
 一つも叶わなかったのかもな、と苦笑し、カップを指でカチンと弾いた。
 そもそも、青い地球でさえもが、あの頃は存在していなかった。
 死の星のままで宇宙に転がり、人が住めるような場所などは無くて…。
(青いどころか、赤茶けた星で…)
 辿り着いた仲間は、皆、涙した。
 「こんな星のために、ずっと戦って来たのか」と。
 多くの犠牲を払い続けて、長い道のりを歩んだのか、と呆然として。
(…そして、地球まで辿り着くために…)
 必要だった犠牲の中には、前のブルーも含まれていた。
 命を捨ててメギドを破壊し、シャングリラを逃がして、ブルーは消えた。
(…前の俺の前から、消えてしまって…)
 二度と戻りはしなかった人を、本当は、何処までも追い掛けたかった。
 白いシャングリラも、キャプテンの務めも、何もかも捨てて、ブルーの後を追う。
 それは甘美な夢だったけれど、前のブルーが許さなかった。
 最後の最後に、「ジョミーを頼む」と言い残して。
 決して自分の後を追うな、と前に二人で交わした誓いを、反故にして。
(あいつが死んだら、前の俺も、すぐに…)
 葬儀を済ませて、ブルーの後を追ってゆく。
 そう決めて、ブルーも「そのつもり」でいた。
 決めた時には、まだ船は平和だったから。
 戦いは始まってさえもいなくて、ブルーの寿命が尽きた後にも、そうだと思い込んでいた。
 次のソルジャーが後を継ぐだけで、シャングリラの日々も変わりはしない、と。
(…どうやって地球まで行くつもりだったんだろうなあ…)
 変わり映えのしない日々が続く船で、と可笑しくなる。
 だからこそブルーの寿命が尽きる日が近付き、あんな誓いを立てることに…、とも。
 けれど、戦いは始まった。
 そうして前のブルーも戦い、前の自分の前から消えた。
 一人ぼっちで残された船で、仲間たちを指揮し、地球まで辿り着いたけれども…。


(前の俺の夢は、ただの一つも…)
 叶わないまま終わってしまって、気付けば、今の自分が「いた」。
 おまけに「ブルー」も、今の自分の前にいた。
 生まれ変わって、十四歳の子供になって。
 タイプ・ブルーのサイオンはあっても、それが使えない不器用なブルー。
(俺は、あいつを…)
 もう一度、手に入れたんだ、と感慨深いものがある。
 失くした筈の愛おしい人が、自分の前に帰って来てくれた。
 まだ一緒には暮らせなくても、何年か待てば、前の自分たちが夢見た通りに…。
(…結婚式を挙げて、ただのブルーと、ただのハーレイになって…)
 前の生では叶わなかった、幾つもの夢を叶えてゆく。
 青い地球の上を二人で旅して、様々な場所へ出掛けて行って。
 夢でしかなかった色々なものも、今なら、いくらでも手に入れられる。
 前のブルーの夢の朝食、「ホットケーキ」も、今のブルーには、日常になった。
 血が繋がった本物の「ブルーの母」に頼みさえすれば、毎日だって食べられるだろう。
 地球の草を食んで育った牛のミルクで作った、美味しいバターをたっぷり塗って。
 サトウカエデの森で育まれた、メープルシロップを好きなだけかけて。
(…神様のお蔭ってヤツだよなあ…)
 どんな贅沢な夢も叶うぞ、と実感出来る、今の自分の暮らし。
 前の自分たちには「夢で幻だったこと」の全てが、今では普通で「当たり前」。
 そう考えると、夢を叶えられる世界も嬉しいけれど…。
(それより、何より、大切なものは…)
 あいつなんだ、と思いを深くする。
 時の彼方で失くした「ブルー」が、再び、この手に戻って来たこと。
(…本当の意味では、まだ手に入れてはいないからなあ…)
 今のあいつは子供だからな、と大きく頷く。
 「まだ何年か、待つしか無いが」と。
 ブルーが結婚出来る年になるまで、本当の意味では「手に入らない」愛おしい人。
 けれども、待てば手に入るのだし、焦る必要などは全く無い。
 今のブルーが育ってゆくのを、ただ見守っていればいい。
 遠く遥かな時の彼方で、前の自分が、チビのブルーが育ってゆくのを見ていたように。


(…そうさ、あと何年か待てばだな…)
 ブルーは、この手に戻って来る。
 何の犠牲も払うことなく、戦いの日々を経ることもなく。
 ただ平穏な時が流れて、その先に、前の自分たちが夢見た未来が広がる。
 「ただのブルー」と「ただのハーレイ」、そういう二人として生きてゆく。
 この地球の上で、幸せに。
 仲間たちの血が流れることなど、其処までの間に、ありはしなくて。
(…いいもんだよなあ…)
 最高だ、とコーヒーのカップを傾ける。
 なんと素晴らしい未来なんだ、と前の自分の夢が潰えた日と比べてみて。
 ブルーを失い、悲嘆に暮れたあの長い日々も、色鮮やかな未来の前には、どうでも良くなる。
 もう悲しみなど何処にも無くて、ブルーは帰って来てくれたから。
 あと何年か待ちさえすれば、前の自分が夢見た暮らしが、そっくりそのまま始まるから。
(あいつさえ、側にいてくれるんなら…)
 それだけで俺は満足なんだ、と充足感が胸に満ちてゆく。
 今のブルーがいてくれるだけで、もう満足だと言ってもいい。
 本当の意味では、まだ手に入っていなくても。
 結婚出来る時が来るまで、側で見守るだけの日々でも。
(あいつさえいれば、俺は他には、もう何一つ…)
 望まないよな、と前の自分だった頃を今に重ねて、「そうだな」と思う。
 「ブルー」さえいれば、何も要らない。
 失くしてしまった愛おしい人が、この手に戻って来てくれたから。
 その人と生きてゆけるのだったら、それだけで日々は満ち足りていることだろう。
 遠く遥かな時の彼方で夢見た「それ」は、「大それた夢」で、叶わずに終わったのだけれど。


(…何の犠牲も、払いはせずに…)
 待っているだけで、ブルーとの暮らしが手に入る。
 最高の未来で、想像するだけで顔が綻ぶ。
 「あと何年かの辛抱なんだ」と、「今でも、充分、幸せだがな」と。
(…俺は、お前の他には、何も…)
 何一つ無くても、幸せなんだ、とコーヒーを口に含んだけれど。
 「ブルーさえいれば」と思ったけれども、このコーヒーも、今ならでは。
(…青い地球で採れた、本物のコーヒー豆で淹れたヤツで、だ…)
 代用品だったキャロブとは違うんだよな、と白いシャングリラを思い出す。
 自給自足の暮らしに入った後の船では、もう本物のコーヒーは味わえなかった。
 それが今では幾らでも飲めて、おまけに青い地球産のもの。
 他にも色々、前の自分には夢だったことが、当たり前にあるものだから…。
(…お前の他には、何も要らない、と言いたいんだが…)
 実感としてはあるんだがな、と眉間を指でトンと叩いた。
 「すまんが、他にも欲しいようだ」と。
 今の自分の当たり前の日々も、ブルーと二人で暮らす未来には、是非、欲しい。
 「お前の他には、何も要らない」と思う気持ちは本当でも。
 ブルーさえいれば、他には何も要らなくても。
(なんたって、これが日常で、だ…)
 ブルーもホットケーキを食ってるんだし、いいじゃないか、と自分自身に言い訳をする。
 「あいつだって、俺の他にも、あれこれ欲しいと思うだろうさ」と。
 青い地球でやりたいと幾つも夢に見たこと、それも欲しくて当然だよな、と…。



              お前の他には・了


※ブルー君さえいれば他には何も要らない、と思ったハーレイ先生ですけれど…。
 そう思う気持ちは本当ですけど、他にも欲しくなるのです。青い地球にいるんですものねv








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「ねえ、ハーレイ。なんだか心配なんだけど…」
 とても心配なんだけれど、と小さなブルーが曇らせた顔。
 二人きりで過ごす午後のお茶の時間に、突然に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「心配だって?」
 急にどうした、とハーレイは赤い瞳を覗き込んだ。
 其処には確かに、不安そうな影が揺らめいている。
(いったい何があったんだ…?)
 そんな話はしていないぞ、とハーレイは思い返してみた。
 ついさっきまでの話題に加えて、今日の出来事を全て。
(…ブルーは朝から御機嫌でだな…)
 身体の調子もいい筈だが、と考えた所でハタと気付いた。
 もしかしたら、体調かもしれない。
 元気そうに見えているのだけれども、この瞬間にも…。
(気を抜いたら眩暈を起こしそうだとか、眠いとか…)
 不調になる兆しを、ブルーは自覚したのだろうか。
 そうだとしたら、放っておいたら大変なことになる。
 ブルーは普段から無理をしがちで、学校だって…。
(俺の授業があるってだけで、うんと具合が悪くても…)
 登校して来て倒れるほどだし、休日となれば危険は倍増。
 二人きりで過ごせるチャンスに、寝ているわけがない。


(こりゃ厄介だぞ、呑気に喋っていないでだな…)
 ブルーをベッドに入れるべきだ、とハーレイは判断した。
 自分から「寝る」と言う筈が無いし、命じるしかない。
「おい、大人しくベッドに入れ」
 パッタリ倒れちまう前に、と腕組みをしてブルーを睨む。
 「でないと、後が大変だぞ」と諭すように。
「いいか、今日くらい、と思っているんだろうが…」
 此処で寝込んだら学校もパアだ、と現実を突き付けた。
 来週の古典の授業は出られず、学校にも行けない、と。
「それが嫌なら、サッサとベッドで寝るんだな」
 黙って帰りやしないから、とブルーを安心させてやる。
 ちゃんと夕食の時間までいて、夕食も、出来れば…。
「お前と一緒に食いたいからなあ、俺だって」
 だから、それまでに早く治せ、と微笑み掛けた。
 「心配だなんて言っていないで、早めに寝ろ」と。
 けれどブルーは頷く代わりに、キョトンと目を丸くした。
「えっと…? なんで寝なくちゃいけないの?」
「誤魔化すんじゃない。心配なんだろ?」
 具合が悪くなりそうで…、とハーレイは指摘する。
 そうなる前に治さないとな、とベッドの方を指差して。


 ところが、ブルーは「違うってば」と唇を尖らせた。
 「全然違うよ」と不満げな顔で、頬までが膨らみそう。
「そんな調子だから、うんと心配なんだけど…?」
 ホントのホントに心配で…、とブルーは溜息をつく。
 「ますます心配になって来ちゃった」と情けなさそうに。
「はあ…?」
 もしかして俺が原因なのか、とハーレイは首を捻った。
 ますますもって、そういう心当たりが無い。
 ブルーが心配になるようなことを、してなどはいない。
(…そうだよなあ…?)
 朝からずっと此処にいるんだし、と考えてみる。
 「何かやったか?」と、「していないよな」と、何回も。
(……サッパリ分からん……)
 まるで分からん、と唸っていたら、ブルーが口を開いた。
「あーあ、ホントに嫌いになりそう…」
「はあ?」
 またしても「はあ?」になったけれども、仕方ない。
 それしか口から出て来なかったし、どうしようもない。
 ブルーはフウと溜息をついて、肩を竦めた。
 「鈍いよね…」と、「ホントに嫌いになりそうだよ」と。


「なんだって?」
 嫌いになるとは俺のことか、とハーレイは目を見開いた。
 どうして自分が嫌われるのか、思い当たる節が全く無い。
 ブルーは「ハーレイ」が大好きな筈で、前の生から…。
(俺に惚れてて、今だって俺の恋人でだな…)
 嫌われるわけがないだろう、とブルーが解せない。
 何故「心配」で「嫌いになる」のか、まるで全く。
「此処まで言っても分からないわけ!?」
 ぼくの将来、ホントに心配、とブルーは深い溜息を零す。
 「いつかホントに嫌いになりそう」と、呆れ果てた顔で。
「だから、どうしてそうなるんだ…?」
 お前は俺に惚れてるくせに、とハーレイは問い返した。
 「俺を嫌いになるなんてことは、有り得んだろう」と。
 するとブルーは仏頂面で、プウッと頬を膨らませた。
 「嫌いにもなるよ、こんな恋人」と、「鈍すぎるし」と。
「ハーレイ、ちゃんと分かっているの?」
 キスの一つもくれないんだもの、とフグになったブルー。
(そういうことか、良からぬことを考えやがって…!)
 膨らんだ頬を、ハーレイは逃しはしなかった。
 両手を伸ばしてペシャンと潰して、フンと鼻を鳴らす。
 「それなら、勝手に心配しとけ」と。
 「嫌ってくれて大いに結構」と、「俺は知らん」と…。


         心配なんだけど・了







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(今日はハーレイに会えなかったよ…)
 後姿だって見ていない、と小さなブルーが零した溜息。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は古典の授業が無かった上に、廊下でさえもハーレイに会えはしなかった。
 何処かに姿が無いだろうか、と窓から見ても、帰りにグラウンドを見渡した時も…。
(ハーレイ、何処にもいなくって…)
 仕事の帰りに来てくれるかも、と待っていたのに、ハーレイの愛車は来なかった。
 ツイていない、と残念だけれど、こういう日だって少なくない。
 別々の家で暮らす以上は、仕方ないとも言えるだろう。
(結婚したら、毎日、一緒に暮らすんだから…)
 それまでの我慢で、結婚した後は、顔を見られない日の方が珍しくなる。
 第一、顔を見られない日など、あるのかどうか。
(泊まりがけの研修とかでも、同じホテルに部屋を取ったら…)
 ハーレイは其処に帰って来るから、昼食はともかく、朝食と夕食は二人で食べる。
 昼休みだって、ハーレイは部屋に来るかもしれない。
 配られた自分のお弁当を持って、ブルー用のも何処かで調達して来て。
(そうなるかもね?)
 名物が入ったお弁当とか…、と大きく頷く。
 「ハーレイだったら、きっとそうだよ」と、「お昼御飯が、お弁当だったら」と。
 そんな具合で、会えない日などは全く無くなるかもしれない。
 いつも、いつでも、どんな時でも、ハーレイと離れる日などは無くて。
(前のぼくたちも、そうだったんだし…)
 今度も似たようなことになりそう、とクスッと笑った。
 「時代も場所も変わっちゃったけど、やってることは同じだよね」と嬉しくなって。
 青い地球まで辿り着いても、二人の暮らしは、遠い昔に夢に見た通り。
 シャングリラという船が無くなり、ソルジャーでも、キャプテンでもなくなっても。
 「ただのハーレイ」と「ブルー」になっても、「いつも一緒」と心が温かくなる。
 本物の地球で生きてゆけるし、ハーレイと離れることなど二度と無いから。


 時の彼方で、メギドで泣きながら死んだ時には、こんな日が来るとは思わなかった。
 それを思えば、今日みたいに会えない日が「たまに」あっても、文句は言えないだろう。
 神様の粋な計らいのお蔭で、あと何年か待てば、ハーレイと結婚出来るのだから。
(そしたら、二度と離れることなんか無くて…)
 ハーレイの顔を見られない日は、ホントのホントに無くなるかも、と気持ちが浮き立つ。
 「あと少しだけの我慢だものね」と、自分自身に言い聞かせて。
(…結婚したら、ハーレイの家で暮らすんだから…)
 ハーレイが家出でもしない限りは、嫌でも顔を合わせる日々。
 前の生では酷い喧嘩はしなかったけれど、今度はするかもしれなくて…。
(ハーレイなんか大嫌いだ、って叫んで、怒って…)
 「自分」が家出することはあっても、ハーレイの方はしないだろう。
 なんと言っても其処は「ハーレイの家」で、ハーレイが出てゆくわけもないから。
(大喧嘩をして、お互い、頭に来たって…)
 家出するのは「ブルー」の方で、ハーレイは家から動かない。
 廊下でブルーと出くわす度に、露骨に顔を顰めても。
 「お前なんか、俺は知らないからな!」とプイと顔を背けて、口さえ利いてくれなくても。
(それでも、ぼくの分の御飯は…)
 ハーレイが「自分のを作るついでに」作ってくれて、テーブルにドンと置いてありそう。
 怒っているから、嫌がらせとばかりに、とんでもない量が盛ってあっても。
(…ぼくが普段に食べてる量の、二倍はあるっていう勢いで…)
 おかずも御飯も、恐ろしいほどの大盛りサイズ。
 スープや味噌汁も、「おかわりは鍋にあるから、温めて食え」とメモがついている。
 だからテーブルの上には、当然のように、こう書かれたメモ。
 「残さずに全部、綺麗に食えよ。残したら、二度と作ってやらないからな!」と大きな字で。
(…ぼく、それだけで降参しそう…)
 一食くらいは何とかなっても、三食は無理、という気がする。
 胃袋が悲鳴を上げてしまって、いくら美味しくても食べ切れなくて。
(早くハーレイに謝らないと…)
 食事を作って貰えなくなるから、降参するしかないだろう。
 「ごめんなさい」と、ハーレイに頭を下げて。
 ハーレイの方が悪いと思っていたって、其処の所は、グッと堪えて。


(……ハーレイ、最強……)
 食事を大盛りにして出すだけで、ぼくが謝りに行くんだから、と可笑しくなる。
 今のハーレイも料理が得意で、作るのも好きで、一人暮らしでも自炊をしているほど。
 料理を作るのが苦になるどころか、楽しみながら毎日やっているのに…。
(ぼくと喧嘩になった時には、ドンと大盛りにするだけで…)
 ブルーが詫びを入れに来るのだから、どう考えても最強だろう。
 武器は「おたま」や「しゃもじ」の類で、自在に操り、ブルーを倒す。
 美味しい料理をドッサリ作って、器にたっぷり盛り付けて。
 「残した時には、二度と作ってやらないからな」と、脅迫めいたメモを隣に添えて。
(…ホントに強すぎ…)
 勝てやしない、と肩を竦めて、未来の自分が気の毒になった。
 ハーレイと派手に喧嘩をやらかし、捨て台詞を吐いて、部屋を出たまではいいけれど…。
(廊下で会っても、プイッて知らん顔をして…)
 無視して得意になっていたのに、ハーレイが「飯だぞ!」とだけ言いに来る。
 ブルーが立てこもっている部屋の前で、扉を叩いて、大きな声で。
 「俺はもう、先に食ったからな」と、「後はお前が好きな時に食え!」とも付け足して。
(…ハーレイの顔なんか、見てやるもんか、って…)
 返事もしないで放っておいて、少し経ってから扉を開けて、ダイニングへ。
 普段はハーレイと食事するテーブル、其処で一人で食べようと。
(…食べ終わったら、お皿も洗わずに放っておこう、って…)
 まだプリプリと怒りながらも、お腹は減るから、食事には行く。
 そうして、其処で目にするものは…。
(大盛りになってる凄い量の食事と、「残すな」ってメモ…)
 「皿はきちんと洗っておけよ」のメモが無くても、大盛りと「残すな」だけで充分。
 未来のブルーは大ダメージで、打ちのめされることだろう。
 「この量を、ぼくが一人で食べるの?」と。
 少しでも残してしまったが最後、ハーレイは二度と作ってくれない。
 そうなったならば、自分で何か作って食べるか…。
(外へ食べに出掛けて行くしかなくって…)
 そういうブルーを横目で見ながら、ハーレイは自分の分の食事を鼻歌交じりに楽しく作る。
 わざとコトコト音を立てたり、長い時間をかけてじっくり料理したり、といった具合に。


(それって、惨めすぎるから…!)
 あんまりだよね、と悲しくなってくるから、未来のブルーは詫びるしかない。
 たとえ「ハーレイの方が悪いんだよ!」と思っていても。
 まだまだ文句を言い足りなくても、白旗を掲げて降参するだけ。
 「ごめんなさい」と、「だから、ぼくにも食べさせてよ」と頭を下げて。
(…まさか料理で、ぼくが謝るしか無いなんて…)
 情けないよね、と悔しいけれども、料理の腕では敵わない。
 ついでに今のチビの自分が、結婚までに料理の腕を磨くというのも難しそう。
(向き不向きっていうのもあるし…)
 前の自分も厨房に立った経験は無いし、せいぜい、前のハーレイの手伝いくらい。
 だから今度の自分にしたって、母の手伝いが精一杯といった所だろう。
(今のハーレイの大好物の、パウンドケーキだけは…)
 なんとか覚えて作りたいけれど、それだって上手くゆくのかどうか。
 今のハーレイの母が作るのと、同じ味だと聞く「今の自分」の母が焼くケーキを…。
(ちゃんと再現出来るようになるには、何年もかかっちゃうのかも…)
 そうなってくると、未来の自分に「料理」という名の武器は無い。
 「パウンドケーキ、二度と作ってあげないからね!」と言い放ったって、武器はそれだけ。
(…ケーキくらい、食べ損なったって…)
 ハーレイは何も困りはしないし、「そうか、それなら俺が焼くかな」と言い出しそう。
 もう早速に、ケーキの材料を量り始めて。
 「今ある材料で作れるヤツは…」と、冷蔵庫や戸棚を覗き込んで。
(でもって、おやつの時間になったら…)
 キッチンの方から、美味しそうな匂いが漂ってくることだろう。
 「ハーレイが自分用に作ったケーキ」が、オーブンの中で焼き上がって。
 それを取り出し、コーヒー党のくせに紅茶まで淹れて、ハーレイが一人でティータイム。
 「よし、なかなかに上手く焼けたな」などと、大きな声で独り言を言いながら。
 「実に美味い」と、「我ながら、これは大傑作だぞ」と自画自賛して。
(…ぼくが謝りに出て行かないと、ハーレイ、美味しいケーキを全部…)
 一人で食べてしまうんだから、と思うものだから、ケーキの場合も降参あるのみ。
 ケーキではなくて、パイが焼けても。
 あるいはホカホカと湯気を立てている、中華饅頭が蒸し上がっても。


(…もう完全に敗北だってば…!)
 食事で来られても、おやつで来ても…、と未来の自分の惨敗が目に見えるよう。
 ハーレイはただ、普段通りにキッチンに立って、調理用の器具を操るだけ。
 それだけで未来のブルーを倒せて、美味しい料理やお菓子も出来る。
 「おたま」や「しゃもじ」やフライパンやら、オーブンなんかも武器に仕立てて。
(……ということは、もっと強烈な最終兵器は……)
 家出じゃないの、と背筋が凍り付いた。
 確かに「ハーレイの家」だけれども、だからといって「家出してはならない」わけではない。
 そんな決まりは何処にも無いし、ハーレイがブルーに最後通牒を突き付けるなら…。
 「俺は、この家を出て行くからな!」と荷物を纏めて、玄関から出て行けばいい。
 大股で庭をズンズン横切り、愛車に乗り込み、エンジンをかけて…。
(ガレージから、車ごと出て行っちゃって…)
 それっきり二度と戻って来なくて、「ブルー」は家に一人きり。
 最初の間は、「好きにしたら?」と舌まで出して、勝ち誇った気でいそうだけれど…。
(…ハーレイが出てった時間によっては…)
 たちまち困るかもしれない。
 お腹が空いて来たというのに、食べられる料理が何処にも無くて。
 冷蔵庫の中にも残り物は無くて、あるのは戸棚のパンくらいで。
(…一食くらいは、パンにバターとか、ジャムだとか…)
 ちょっと工夫して、溶けるチーズを乗っけてみたり、と二食目も乗り切れるかもしれない。
 けれども、多分、其処までが…。
(ぼくの限度で、ママたちの家に御飯を食べに行くとか、外で食べるとか…)
 あるいは何かを買って来るとか、もはや「自分の腕」では無理。
 冷蔵庫に食材が詰まっていたって、どうすることも出来はしなくて…。
(もう駄目だよ、って泣きそうな頃に、ハーレイが…)
 窓を外からコンと叩いて、「冷蔵庫!」という声がするのだろう。
 「中の食材、無駄にするなよ」と、「駄目にしたら、俺は二度と帰って来ないからな!」と。
(…そういう時に限って、うんと難しそうな…)
 食材ばっかり詰まってるんだよ、という気がするから、もう泣きながら謝るしかない。
 「ごめんなさい!」と、「ぼくには無理だから、ハーレイ、作って…!」と。


(…これって、文字通りに、最終兵器…)
 メギドより怖い気がするんだけれど、とブルーは震え上がる。
 「メギドだったら、前のぼく、壊せたんだけど…」と、今の自分をよく考えてみて。
 料理なんかは出来そうになくて、今のハーレイには勝てそうもない腕前では…。
(…ハーレイ、倒せないんだから…!)
 家出されちゃったら、おしまいだよ、と首をブンブンと横に振るしかない。
 ハーレイが家出をしてしまったら、降参するしか無さそうだから。
 「そうか、お前には、やっぱり無理か」と、ハーレイが意地悪そうな顔で嘲笑っても。
 「だったら、謝るしかないよな、お前?」と、偉そうに胸を張りながら、威張られても…。



          家出されちゃったら・了


※ハーレイ先生と喧嘩した場合、食事で困りそうなブルー君。自分では上手く作れなくて。
 その状況でハーレイ先生に家出されたら、大惨事。メギド以上の最終兵器は料理らしいですv









拍手[0回]

(今日は会い損なっちまったなあ…)
 それでも明日は会えるだろうさ、とハーレイはブルーの面影を頭に描く。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それをお供に。
 今日はブルーと、全く顔を合わせなかった。
 お互い、同じ学校にいたというのに、すれ違った覚えさえも無い。
 ブルーの方も、きっと今頃、ガッカリしていることだろう。
 「今日はハーレイに会えなかったよ」と、家に寄ってくれなかったことも含めて。
(たまにあるんだ、こういう時が)
 前の俺たちだと考えられんな、とシャングリラの時代に思いを馳せる。
 遠く遥かな時の彼方では、船の中だけが世界の全てだった。
 しかもハーレイはキャプテンだったし、ブルーは皆を纏めるソルジャー。
(…たとえ喧嘩をしちまったって…)
 船の頂点とも言える二人が「会わない」わけにはいかなかった。
 会議はもちろん、青の間での朝食などもあったし、嫌でも顔を合わせるしかない。
(まあ、会いたくもない程の喧嘩なんぞは…)
 しちゃいないがな、と思うけれども、今の生ではどうなるだろうか。
 ブルーが結婚出来る年になったら、一緒に暮らすと決めている。
 この家にブルーの部屋を作って、仕事で出掛ける時間以外は、常にブルーと…。
(二人っきりで、うんと幸せな毎日で…)
 何処へ行くのも一緒なんだ、と甘い夢を見る日々だけれども、未来のことは分からない。
 今のブルーは、前のブルーと同じ魂、同じ記憶を持ってはいても、育ち方が違う。
 本物の両親を持っている上、幼い時代の記憶もある。
 その分、我慢ばかりだった前のブルーよりも、我儘に出来ているものだから…。
(ちょっとしたことで機嫌を損ねちまって、プイと部屋から出て行って…)
 それきり何日も口を利かずに、膨れっ放しということもあるかもしれない。
 同じ家で暮らしているというのに、「いってらっしゃい」とも言わないブルー。
 仕事が終わって帰って来たって、「おかえりなさい」の言葉も無しで。


 そうなったとしても不思議は無いな、と苦笑する内に、ポンと浮かんで来た言葉。
(……家出……)
 今度のあいつは出来るんだ、と「家出」なる単語に愕然とした。
 口を利かないどころではなくて、ブルーが家から「いなくなる」。
 荷物を纏めて、「当分、帰らないからね!」と捨て台詞を残して、出て行って。
 着替えなどを詰めた大きな鞄を提げて、「家ではない」何処かへ行ってしまって。
(…前のあいつだと、そういうわけにはいかなくて…)
 ソルジャーでなくても、そいつは無理だ、と考えなくても答えは出て来る。
 ミュウは人類に追われていたから、いくらブルーでも「外の世界」では生きられない。
 正確に言えば、サイオンで情報操作などをしたなら、生きてゆくことは出来るけれども…。
(周りに仲間は誰もいなくて、敵陣の中での暮らしってヤツで…)
 心が落ち着くわけもないから、ブルーが暮らせる世界ではない。
 毎日が緊張の連続だなんて、誰だって音を上げるだろう。
(しかし、今度のあいつの場合は…)
 怒って家から出て行ったって、生きてゆける場所は幾らでもある。
 まずはブルーが育った家で、ブルーが使っていた部屋が「そのまま」あるだろうから…。
(暫く此処で暮らすからね、と…)
 家に上がり込んで、勝手知ったる「元の家」の廊下をズンズン進んで…。
(元の自分の部屋に入って、鞄を置いて…)
 中身を引っ張り出すのではなく、鞄は其処に放り出しておいて、向かう先は恐らく階下の部屋。
 ダイニングなのか、キッチンなのか、とにかく、母がいそうな場所へ。
(ママ、ぼくのおやつは何かあるの、と…)
 ケーキやらパイといった菓子が目当てで、それがあったら、早速、食べる。
 家に置いて来た「ハーレイ」なんぞは、綺麗サッパリ忘れ去って。
 「ママのお菓子は美味しいよね」などと、御機嫌になって。
(…何かあったの、と質問されてもだな…)
 今のブルーなら、「言いたくないよ!」の一言で切って、バッサリと捨てることだろう。
 悪いのは「ハーレイの方」なんだから、と怒り心頭、理由など話す必要も無い。
 顔も見たくない相手の話は、するだけで腹が立って来るから。
(…お母さんだって、その辺はだな…)
 察して「そうね」で終わってしまって、ブルーは元通りに家の住人、怒ったままで。


 ブルーが家から出て行った場合、一番に浮かぶ行先が「実家」。
 人間が地球しか知らなかった時代は、定番の家出の先だったらしい。
 嫁に来た妻が「実家に帰らせて頂きます!」と荷物を纏めて、帰って行ってしまう元の家。
 時には子供たちも引き連れ、家には夫だけを残して、何もかも放り出してしまって。
(…うーむ…)
 今のあいつなら、やりかねないぞ、と思えてしまうから恐ろしい。
 のびのびと育てられたブルーは、前のブルーよりも我儘な上に、我慢も出来ない。
 現に今でも、じきに怒って、頬っぺたをプウッと膨らませる。
 子供の間はそれで済むけれど、一緒に暮らし始めたら…。
(膨れるどころか、荷物を纏めて出て行っちまって…)
 帰って来そうにないんだが、と眉間に手をやった。
 「そうなるかもな」と、未来の自分が容易に想像出来る。
 ブルーに家出をされてしまって、途方に暮れている「ハーレイ」が。
(…実家だったら、まだいいんだが…)
 謝りに行くのも簡単だしな、と土下座する自分が頭に浮かぶ。
 ブルーを育てた両親の家なら、いくらブルーが怒っていたって、中には入れて貰えるだろう。
 玄関を開けるのは、ブルーの母か父だから。
 「ブルー君に謝りに来ました」と玄関先で告げたら、逆に謝られるかもしれない。
 恐縮しながら「すみません、ブルーが御迷惑をお掛けしているようで…」と。
 更には「どうぞ入って、中でお茶でも」と、招き入れられて「客人」扱い。
(お茶とお菓子を御馳走になって、それから二階へ行ってだな…)
 ブルーの部屋の前で「すまん」と土下座で、詫びを入れる日々。
 せっせと通って、ブルーの怒りが解けるまで。
 閉まったままの部屋の扉が開いて、中からブルーが出て来るまで。
 「分かったよ、ハーレイと一緒に帰るよ」と、お許しが出たら、家出はおしまい。
 出て来たブルーを愛車に乗せて、二人で家へと帰ってゆく。
 車の中では、助手席のブルーが恩着せがましく、「懲りておいてよね」と文句でも。
 「次は無いよ」と膨れっ面でも、連れて帰れたらそれでいい。
 帰ってブルーをギュッと抱き締め、「悪かった」と謝り、キスをしたなら…。
(あいつの怒りも、いつの間にやら…)
 雪のようにすっかり溶けてしまって、また元通りの、幸せな日々が戻るだろうから。


(…よしよしよし…)
 土下座くらいはお安いモンだ、と思うけれども、この手が何処でも通用するとは限らない。
 家出したブルーの行先によっては、土下座の余地も無いかもしれない。
 謝りたくて訪ねて行っても、「門前払い」というヤツで。
 お茶とお菓子が出て来る代わりに、玄関先で追い払われる。
(…その玄関にも立てないだとか…)
 ありそうだよな、と頭を抱えたくなる、ブルーが行きそうな場所の心当たりが一つ。
(……俺の親父と、おふくろの家……)
 二人とも、ブルーに甘そうだしな、と両親の人柄が恨めしい。
 あの二人ならば、「実の息子」よりも、ブルーの方を取るだろう。
 怒って家を出て来たブルーが、隣町に住むハーレイの両親の家の扉を叩いたら…。
(おふくろは、「あら、どうしたの」で…)
 親父の方も同じだよな、と二人の反応に頭が痛い。
 ブルーが家出をして来たことは、大きな荷物と、「ハーレイがいない」現実で分かる。
 二人はブルーの母と同じく、「察して」ブルーを迎え入れて…。
(この部屋を好きに使えばいい、と…)
 普段なら、ハーレイと一緒に泊まるだろう部屋、其処にブルーを住まわせる。
 自分たちの息子が何をしたのか、ブルーに理由を聞きもしないで。
 「いつまでも此処にいて構わないから」と、食事も、おやつも提供して。
(でもって、俺がブルーに詫びに行ったら…)
 ガレージに車を停めた途端に、父が飛び出して来そうな感じ。
 「何しに来た!」と仁王立ちされて、車のドアを開けることさえ出来ないで…。
(追い返されて、すごすごと…)
 方向転換、元来た道を帰ってゆくしかないかもしれない。
 両親はブルーの味方なのだし、充分、ありそう。
(そうやって、俺を追い返したら…)
 父は「ハーレイが来たから、追っ払ったぞ」とブルーに誇らしげに語ることだろう。
 「あいつに庭の土は踏ません」と、「ブルー君が許す気になるまで、追い払うから」と。
 つまり玄関先にも立てない、とても厳しい戦いになる。
 ブルーに向かって土下座しようにも、其処まで辿り着けないから。


 なんとも困った、ブルーが行きそうな「家出先」。
 実家に帰って行かれた方が、まだしもマシと言えるけれども、選ぶのはブルー。
 ついでに言うなら、もっと悲惨なケースもある。
(…あいつにも、友達、いるからなあ…)
 その友達の家に行かれたら、行先がまるで分からない。
 ブルーが「友達の家に泊まっている」のは、なんとか把握出来たとしても…。
(どの友達の家かってトコが、まず問題で…)
 それを掴むのは、簡単なことではないだろう。
 片っ端から通信を入れて、「ブルー君が、お宅に泊まってますか?」と尋ねても…。
(ブルーが「いないと言っといて!」と言おうものなら…)
 友達は当然、そう言うだろうし、心当たりのある先が、全て「来ていない」になる。
 その内のどれが「当たり」なのかは、サイオンを使わない限り…。
(分かりゃしないし、サイオンは使わないのが社会のマナーで…)
 お手上げじゃないか、と泣きたいような気分になる。
 ブルーの居場所が分からないのでは、門前払いよりもまだ酷い。
 門前払いをされる場合は、「其処までは行った」事実があるから、それを重ねれば…。
(ブルーの気持ちも、その内にだな…)
 変わるだろうし、怒りも解けてくることだろう。
 ところが、それも出来ないケースが「友達の家」に行かれてしまった時。
 そうそう何度も「ブルー君は来ていますか?」と訊けはしないし、様子を探りに行こうにも…。
(友達に現場を見付かっちまって、「ハーレイ先生の車が来てたみたいだぞ」と…)
 ブルーに報告されてしまおうものなら、逆効果になる危険が非常に高い。
 それを聞いたブルーが、「ハーレイ、こそこそ嗅ぎ回ってるの!?」と顔を強張らせて。
 「なんで素直に謝らないの」と、「手紙でも置いて行けばいいじゃない!」と。
(…そうか、手紙か…!)
 そいつをポストに入れて帰れば…、と思ったけれども、入れるポストはどれなのか。
(…どの友達の家かが、分からないんだが…!)
 まるで打つ手が無いじゃないか、と頭痛がしそうで、「これは駄目だな」と低く唸った。
 家出されたら、場合によってはおしまいらしい。
 土下座しようにも、其処にも辿り着けないで。
 謝るどころか裏目に出続け、ブルーは帰って来てくれなくて…。



           家出されたら・了


※今のブルー君を怒らせたら、家出されるかも、と考え始めたハーレイ先生ですけれど。
ブルー君が選んだ家出先によっては、厄介なことになりそうです。土下座で詫びるのも無理v









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「いつか仕返ししてやるからね」
 今はいい気でいるけれど、と上目遣いで口にしたブルー。
 二人きりで過ごす午後の時間に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「仕返しだって?」
 何のことだ、とハーレイは鳶色の目を丸くした。
 いきなり仕返しなどと言われても、心当たりが全く無い。
 今の今まで、いつも通りのティータイム。
 ブルーの母が焼いたケーキと、美味しい紅茶で…。
(和やかに過ごしていた筈なんだが…?)
 それとも俺が何かしたか、と自分の記憶を探ってみる。
 ブルーを怒らせるようなことを言ったか、したか。
(はて…?)
 分からんのだが、とハーレイは首を捻るしかない。
 まるで全く思い当たらないし、失敗もしていないだろう。
 チビのブルーは、直ぐに膨れてしまうけれども。


 前のブルーと今のブルーは、その点が違う。
 十四歳にしかならないブルーは、我慢が出来ない。
(いや、やろうと思えば出来るんだろうが…)
 要は甘えているんだよな、という気がする。
 辛抱強く我慢しないで、素直に自分の気持ちをぶつける。
 「疲れちゃったよ」とか、「痛いってば!」とか。
(だから、沸点も低くてだな…)
 何かと言えば頬を膨らませて、感情も露わに怒り出す。
 頬っぺたをプウッとやっている姿は、とある魚に…。
(そっくりだってな、可笑しいくらいに)
 可愛いらしい顔がハコフグになって、と頬が緩んだ。
 膨れたブルーの両の頬っぺた、それを潰すのも面白い。
 自分の大きな両手で挟んで、ペシャンとやると…。
(唇を尖らせて文句を言うのが、また楽しいんだ)
 今ならではだな、とクスッと笑うと、ブルーが睨んだ。
「また笑っちゃって!」
 余裕だよね、とブルーは顔一杯に不満を浮かべている。
 この有様だと、ハコフグになるのも近いだろう。
 プンスカ怒って唇を尖らせ、頬を膨らませて。


(いったい何を怒ってるんだか…)
 しかも仕返しと来たもんだ、と首を傾げて、気が付いた。
 もしかしたら、ブルーがハコフグになっている時に…。
(頬っぺたをペシャンと潰してるヤツが…)
 気に入らなくて仕返しなのか、と思わないでもない。
 ブルーが大きく育った時には、膨れる代わりに…。
(俺の頬っぺたを平手打ちとか、抓るとか…)
 今の仕返しをする気なのか、と自分の頬に手を当てた。
 平手打ちは、ショックかもしれない。
 抓られた時も、かなり衝撃を受けそうではある。
 どちらも「前のブルー」にやられていないし、初の体験。
(…しまった、怒らせちまった、と…)
 愕然とする自分が目に浮かぶけれど、所詮は小さな喧嘩。
 何度も叩かれ、抓られる内に慣れるだろう。
 「ハーレイの馬鹿!」と、思い切り平手打ちをされても。
 頬を抓られても、それもまた一種のコミュニケーション。
 「すまん」と謝り、ブルーを宥めて、いつもの二人に…。
(戻って、一緒に飯を食うんだ)
 お茶を飲んだり、話をしたり…、と笑みが零れる。
 「そういう暮らしも、いいもんだよな」と。


 ブルーの仕返し、大いに歓迎。
 そんな気分に浸っていたら、ブルーが眉を吊り上げた。
「分かった、仕返しされたいんだね、ハーレイは!」
 ホントにお預けさせてやるから、と赤い瞳が怒っている。
 「キスなんか、絶対、させてやらない」と。
「…はあ?」
 何の話だ、と頭が混乱しそうな所へ、次が降って来た。
「キスだってば! ぼくが育っても、お預けだよ!」
 今の仕返しで何年でもね、とブルーは真剣だけれど…。
(…なるほど、なるほど…)
 そいつもいいな、とハーレイの頭の中では答えが出た。
 仕返しでキスがお預けだったら、それもいい。
「分かった、好きなだけ仕返ししてくれ」
 それで何年待てばいいんだ、とニンマリと笑う。
 「俺は、どれほど待たされるんだ?」と、ニヤニヤと。
 「別に何年でもかまわないぞ」と、腕組みをして。
「お前と結婚式を挙げる時には、考えないとなあ…」
 結婚式でキスが駄目となったら、と片目を瞑ってみせた。
 「教会だとキスはセットなんだし、他所でしないと」と。


「あっ…!」
 待って、とブルーは真っ青になっているけれど。
 「それは困るよ!」と悲鳴だけれども、気にしない。
「いや、俺は少しも困らないしな?」
 何年お預けになっちまっても、と紅茶のカップを傾ける。
 「俺なら、慣れたモンなんだし」と。
「これからだって、まだ何年も待たされるしなあ…」
 少々、伸びるだけだってな、とハーレイは笑んだ。
 焦ってワタワタしているブルーを、チラリと横目で見て。
 「お前もお預け仲間だってな」と、「自業自得だ」と…。


          仕返ししてやる・了








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