「ねえ、ハーレイ。早めにやるのって…」
大切だよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「早めだって?」
急にどうした、とハーレイは軽く首を傾げた。
ブルーは、何か用事でも思い出したのだろうか。
「えっとね…。急に思い付いただけだから…」
特に理由は無いんだけれど、とブルーが肩を小さく竦める。
「だけど、早めにやるのは大切でしょ?」
宿題とかも、部屋の掃除にしても…、とブルーは続けた。
「まだまだ時間はたっぷりあるし、って後回しにしたら…」
間に合わないこともあるじゃない、と苦笑する。
「ぼくは、そんなの、滅多に無いけど」と、付け加えて。
「なるほど、そういう意味で早めか」
そいつは確かに大切だよな、とハーレイは大きく頷いた。
何事も、早め、早めが大事で、前の生でもそうだったから。
遠く遥かな時の彼方で、キャプテン・ハーレイだった頃。
白いシャングリラになる前も、後も、早めを心掛けていた。
エンジンのオーバーホールもそうだし、ワープドライブも。
どれも、不具合が出てから対応するのでは遅すぎる。
完璧に動作している間に、早め、早めにチェックしないと。
「シャングリラでも、早めが鉄則だったっけなあ…」
「うん。あの船の他に、暮らせる所は無かったしね」
長い間…、とブルーが相槌を打つ。
修理しないと駄目な状況なんかは、命取りだし、と。
「ああ。壊れてからだと、修理に時間がかかっちまうし…」
そういう時に限って何か起きる、とハーレイも溜息を零す。
事故に繋がったことは無かったけれども、よくあった。
空調の修理が出来ていないのに、その部屋を使う局面など。
宇宙空間は酷寒か、恒星の熱で灼熱地獄か、二つに一つ。
そんな宇宙を飛んでいる時に、空調が壊れてしまったら…。
「凍えそうな寒さの中で会議ってのも、あったしなあ…」
「あったよね…。アルテメシアに着く前の時代には…」
ホントに大変だったっけ、とブルーがクスクスと笑う。
「今だから、笑い話だけれど」と、可笑しそうに。
そういった頃の記憶は抜きでも、早めは今の時代も大切。
「明日でいいか」と放っておいたら、急な用事が入るとか。
実際、何度も経験したから、今のハーレイも意識している。
余裕を持って、早め、早めだ、と自分自身に言い聞かせて。
「早めってヤツは、今も昔も、大切だよなあ…」
つくづく思う、とハーレイはブルーに全面的に同意した。
平和な時代になったとはいえ、油断は大敵。
何事も早めにやっていくべきで、後回しにすれば後悔する。
「でしょ? 今のハーレイも、早めが大事で…」
心掛けてるわけだよね、とブルーは自分を指差した。
「ぼくもそうだよ、身体が弱い分、早めにしないと…」
寝込んじゃったら、時間が無くなっちゃうしね、と。
「まあなあ…。宿題なら、猶予を貰えそうだが…」
部屋の掃除じゃ、困るのはお前だ、とハーレイは笑った。
「掃除が済んでない部屋で、寝込んじまったら…」
片付いてない部屋で寝るしかないしな、と、おどけながら。
「部屋は汚れる一方で、だ…」
それが嫌なら、お母さんに頼むしか…、とも。
母に掃除を頼んだ場合は、あちこち覗かれてしまいそう。
隠しておきたいものがあっても、見られるだとか。
「そう! そんなの、ホントに困っちゃうしね…」
部屋の掃除も早めなんだよ、とブルーは否定しなかった。
隠したいようなものは無くても、プライバシーの問題、と。
「プライバシーだと? 一人前の口を利くなあ、お前…」
まだまだ、ほんのチビのくせに、とハーレイは返す。
「もっと大きくなってからにしろ」と、からかうように。
「ハーレイ、酷い! でも、チビだって…」
早めは大切なんだからね、とブルーは唇を尖らせた。
「チビだ、チビだ、って後回しは駄目!」
「はあ?」
何を後回しにすると言うんだ、とハーレイは目を丸くする。
「お前にしたって、早めを心掛けているんだろう?」
後回しにしてはいないじゃないか、と首を捻った。
「それなのに、何処が駄目なんだ?」と。
するとブルーは、「ぼくじゃなくって!」と即答した。
「ハーレイだってば、ぼくが言ってるのはね!」
「俺だって?」
「分からないかな、今だって、ぼくをチビだ、って…」
後回しにしているじゃない、と赤い瞳が睨んで来る。
「早めを心掛けてるくせに!」と。
「早めって…? チビと、どう繋がるんだ?」
分からんぞ、とハーレイが唸ると、ブルーは叫んだ。
「キスだってば!」
早めにしておくべきだよね、と勝ち誇った顔で。
「前と同じに育ってから、なんて言っていないで!」
後回しにしちゃダメなんでしょ、とブルーは得意満面。
早めにするのは大切だしね、と鬼の首でも取ったように。
「馬鹿野郎!」
それは早めにしなくてもいい、とハーレイは軽く拳を握る。
揚げ足を取りに来た悪戯小僧に、一発お見舞いするために。
銀色の頭をコツンとやるだけ、ゴツンではなくて。
お仕置きも、早めが大切だから。
ブルーが調子に乗って来ない間に、やるべきだから…。
早めにやるのは・了
大切だよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「早めだって?」
急にどうした、とハーレイは軽く首を傾げた。
ブルーは、何か用事でも思い出したのだろうか。
「えっとね…。急に思い付いただけだから…」
特に理由は無いんだけれど、とブルーが肩を小さく竦める。
「だけど、早めにやるのは大切でしょ?」
宿題とかも、部屋の掃除にしても…、とブルーは続けた。
「まだまだ時間はたっぷりあるし、って後回しにしたら…」
間に合わないこともあるじゃない、と苦笑する。
「ぼくは、そんなの、滅多に無いけど」と、付け加えて。
「なるほど、そういう意味で早めか」
そいつは確かに大切だよな、とハーレイは大きく頷いた。
何事も、早め、早めが大事で、前の生でもそうだったから。
遠く遥かな時の彼方で、キャプテン・ハーレイだった頃。
白いシャングリラになる前も、後も、早めを心掛けていた。
エンジンのオーバーホールもそうだし、ワープドライブも。
どれも、不具合が出てから対応するのでは遅すぎる。
完璧に動作している間に、早め、早めにチェックしないと。
「シャングリラでも、早めが鉄則だったっけなあ…」
「うん。あの船の他に、暮らせる所は無かったしね」
長い間…、とブルーが相槌を打つ。
修理しないと駄目な状況なんかは、命取りだし、と。
「ああ。壊れてからだと、修理に時間がかかっちまうし…」
そういう時に限って何か起きる、とハーレイも溜息を零す。
事故に繋がったことは無かったけれども、よくあった。
空調の修理が出来ていないのに、その部屋を使う局面など。
宇宙空間は酷寒か、恒星の熱で灼熱地獄か、二つに一つ。
そんな宇宙を飛んでいる時に、空調が壊れてしまったら…。
「凍えそうな寒さの中で会議ってのも、あったしなあ…」
「あったよね…。アルテメシアに着く前の時代には…」
ホントに大変だったっけ、とブルーがクスクスと笑う。
「今だから、笑い話だけれど」と、可笑しそうに。
そういった頃の記憶は抜きでも、早めは今の時代も大切。
「明日でいいか」と放っておいたら、急な用事が入るとか。
実際、何度も経験したから、今のハーレイも意識している。
余裕を持って、早め、早めだ、と自分自身に言い聞かせて。
「早めってヤツは、今も昔も、大切だよなあ…」
つくづく思う、とハーレイはブルーに全面的に同意した。
平和な時代になったとはいえ、油断は大敵。
何事も早めにやっていくべきで、後回しにすれば後悔する。
「でしょ? 今のハーレイも、早めが大事で…」
心掛けてるわけだよね、とブルーは自分を指差した。
「ぼくもそうだよ、身体が弱い分、早めにしないと…」
寝込んじゃったら、時間が無くなっちゃうしね、と。
「まあなあ…。宿題なら、猶予を貰えそうだが…」
部屋の掃除じゃ、困るのはお前だ、とハーレイは笑った。
「掃除が済んでない部屋で、寝込んじまったら…」
片付いてない部屋で寝るしかないしな、と、おどけながら。
「部屋は汚れる一方で、だ…」
それが嫌なら、お母さんに頼むしか…、とも。
母に掃除を頼んだ場合は、あちこち覗かれてしまいそう。
隠しておきたいものがあっても、見られるだとか。
「そう! そんなの、ホントに困っちゃうしね…」
部屋の掃除も早めなんだよ、とブルーは否定しなかった。
隠したいようなものは無くても、プライバシーの問題、と。
「プライバシーだと? 一人前の口を利くなあ、お前…」
まだまだ、ほんのチビのくせに、とハーレイは返す。
「もっと大きくなってからにしろ」と、からかうように。
「ハーレイ、酷い! でも、チビだって…」
早めは大切なんだからね、とブルーは唇を尖らせた。
「チビだ、チビだ、って後回しは駄目!」
「はあ?」
何を後回しにすると言うんだ、とハーレイは目を丸くする。
「お前にしたって、早めを心掛けているんだろう?」
後回しにしてはいないじゃないか、と首を捻った。
「それなのに、何処が駄目なんだ?」と。
するとブルーは、「ぼくじゃなくって!」と即答した。
「ハーレイだってば、ぼくが言ってるのはね!」
「俺だって?」
「分からないかな、今だって、ぼくをチビだ、って…」
後回しにしているじゃない、と赤い瞳が睨んで来る。
「早めを心掛けてるくせに!」と。
「早めって…? チビと、どう繋がるんだ?」
分からんぞ、とハーレイが唸ると、ブルーは叫んだ。
「キスだってば!」
早めにしておくべきだよね、と勝ち誇った顔で。
「前と同じに育ってから、なんて言っていないで!」
後回しにしちゃダメなんでしょ、とブルーは得意満面。
早めにするのは大切だしね、と鬼の首でも取ったように。
「馬鹿野郎!」
それは早めにしなくてもいい、とハーレイは軽く拳を握る。
揚げ足を取りに来た悪戯小僧に、一発お見舞いするために。
銀色の頭をコツンとやるだけ、ゴツンではなくて。
お仕置きも、早めが大切だから。
ブルーが調子に乗って来ない間に、やるべきだから…。
早めにやるのは・了
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(今のぼくにも、前のぼくにも、好き嫌いは全然、無いんだけれど…)
味音痴とは違うんだよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(好き嫌いっていうのは、この食べ物は嫌いだから、って…)
食べないことを言うんだから、と心の中で確認をする。
今のブルーに嫌いな食べ物は存在しなくて、時の彼方でもそうだった。
何を出されても素直に食べるし、多すぎない限り、残しもしない。
作ってくれた人に感謝する気持ちも、もちろん忘れたりはしなくて、食材にだって同じこと。
(お肉を食べたら、お肉をくれた動物に御礼を言わないと…)
普段は忘れちゃってるけれど、と肩を竦めて苦笑する。
「これじゃダメだよ」と、「前のぼくなら、絶対、感謝を忘れないのに」と少し情けない。
ソルジャー・ブルーとして生きた頃には、命にはとても敏感だった。
白いシャングリラで飼育していた、家畜たちの命にも。
(弱って来てる、って聞いたら、慌てて様子を見に行っていたし…)
ニワトリの卵を食べる時には、中にヒヨコがいるのでは、と心配になったこともある。
有精卵など混ざっていない、と分かってはいても、「大丈夫かな?」と。
(育って来ている卵だったら、そもそも、料理を始める前に…)
割る前の時点で気が付くけれども、「命が宿ったばかり」の卵だと事情が違う。
見た目で区別がつくわけがなくて、調理係がポンと割ったら、それで卵の命はおしまい。
命を守る殻が割られて、まだ育つ前の命が外へと流れ出てしまう。
割られずに親が温めていたら、ヒヨコになって元気に生まれる筈だったのに。
(…だから、時々…)
青の間で係が作った卵料理を眺めて、「無精卵でありますように」と祈っていた。
「間違えて、有精卵を持って来ていませんように」と、農場の係を思いながら。
(その辺りの管理は、きちんとしていた筈なんだけど…)
貴重な命を殺めないよう、シャングリラでは皆が気を配っていた。
なんと言っても、自分たちも「命が危うかった」者の集まりだったし、余計にそうなる。
「自分のミスで命を奪ってしまうことなど、とんでもない」と手順を慎重に確認して。
(…そんなシャングリラで暮らしていたから、前のぼくなら…)
食べ物をくれた命に感謝するのを忘れなかったけれども、今のブルーは、ついつい忘れる。
あまりにも平和な世界に生まれて、それが当たり前だったから。
前の生の記憶が戻って来るまで、卵の中にいる命については、こう思っていた。
「温めてもヒヨコにならない卵しか、お店では売っていないんだよね」と。
温めてヒヨコになるんだったら、家でヒヨコが飼えるのに、などと幼い頃には夢見たりして。
青く蘇った地球に生まれたブルーの場合は、そうなるけれども、時の彼方では違っていた。
白い鯨になる前の船だと、中で生まれて来る命は無くて…。
(外から奪って来る物資が全てで、他には何も無かったんだし…)
命に感謝して食べるどころか、自分たちの命が綱渡りのような船だった。
改造する話が出始めた頃には、とうに落ち着き、未来への夢もあったのだけれど…。
(アルタミラから必死に逃げた直後は、ホントのホントに飢え死に寸前…)
そういうこともあったんだよね、と前の生の記憶が戻って来たから、ハッキリと分かる。
最初から船にあった食料、それが尽きたら「死ぬしかない」と、前のハーレイに聞かされた。
「皆には話していないんだがな」と、苦悶に満ちた表情で。
(…だから前のぼく、泣きそうになって…)
これから皆はどうなるのだろう、と「飢え死にする時」を考える内に、道が開けた。
たった一人のタイプ・ブルーの自分だったら、物資を奪いに行けそうだ、と考えついて。
止めようとする皆を振り切り、船を飛び出して、文字通り「奪って帰った」コンテナ。
(中身、選べなかったけれども…)
選ぶ余裕など無かった中身は、皆を生かすには充分だった。
コンテナに詰まっていた様々な食料、それを分け合って皆の命を延ばして、それから後も…。
(食べ物が少なくなってしまう前に、前のぼくが奪いに出掛けて行って…)
奪った物資を食べて暮らすのが、改造前のシャングリラだった。
物資を選べなかった間は、ジャガイモだらけのジャガイモ地獄や、タマネギ地獄もあったほど。
そういう時代を経験したなら、好き嫌いなど言える筈もない。
(…言ってた人も、ホントは沢山、いたんだけどね…)
人間だから当然かも、と可笑しいけれども、前の自分とハーレイは「言いはしなかった」。
ハーレイは厨房担当だったし、倉庫の物資も管理していた。
だからこそ、誰よりも先に「食料が尽きる」と気付いたわけだし、事実を隠す気遣いもあった。
(そんなハーレイが、好き嫌いなんてするわけがないし…)
そのハーレイを側で見ていて、物資を奪いに出掛けて行った前の自分も、好き嫌いなどは…。
(言えやしないし、思い付きさえしないよね…?)
食べ物があるだけで充分だもの、と心から思う。
もっとも、今の自分はと言えば、その大切な「食べ物」を…。
(…とてもそんなに食べられないよ、って…)
しょっちゅう文句で、皿に盛られた量に不満を言ったりもする。
「もっと減らして」と、「食べ切れないから」と、命への感謝も忘れてしまって。
(…お皿に残すわけじゃないから、命は無駄にしていないけど…)
ダメだよね、と自分の額をコツンと叩いて、ほんのちょっぴり反省をする。
「でも、今は平和な時代なんだし、許されるよね?」と、自分自身に言い訳もして。
とはいえ、今のブルーにも「好き嫌い」というものは無い。
前の生での記憶が戻らなくても、何処かで覚えていたのだろう。
食べ物がとても大切なことと、どんな食べ物でも「ある」ことに感謝しなくては、と。
(…お蔭で、なんでも食べるんだけど…)
味音痴とは違うんだから、と其処は大きな声で言いたい。
遠く遥かな時の彼方で生きた自分も、そうだった。
(焦げたものでも、ちっとも美味しくない料理でも…)
文句を言わずに食べていたけれど、「美味しくない」のが分からなかったわけではない。
それしか無いなら食べるべきだ、と考えただけで、不味いものは、やはり不味かった。
焦げた料理も、調味料が足りないせいで、少しも美味しくなかった料理も。
(…前のハーレイだって、同じで…)
厨房で料理をしていた頃には、「もう一工夫、出来りゃいいんだけどな」と頑張っていた。
少しでも美味しく仕上げて出そう、と料理のレシピを船のデータバンクから引き出したりして。
(今のハーレイが料理が好きなの、きっと、そのせい…)
記憶は戻っていなかったけど、と料理好きな今のハーレイに思いを馳せる。
子供の頃から料理が好きで、母と作っていたらしい。
隣町にある家を離れて、この町で一人暮らしを始めてからも、食事は自分で作っている。
仕事の帰りに食材を買って、色々なものを。
(何を作るか決めている日も、お店に行ってから考える日も…)
あるらしいよね、と今のハーレイの「お気に入りの店」を頭に描いてみた。
一度も行ったことは無いのだけれども、食材が充実しているらしい。
特設売り場に、珍しいものが並べられている時だって。
(そういうのを見ながら、これにしよう、って…)
食材を選んで、レジへ持ってゆく籠に詰めてゆく。
調味料も特別なものが要るなら、家のキッチンにあるかどうかも考えて。
(無いんだったら、買わないと…)
ちゃんと美味しく出来ないものね、と「料理をしない」チビの自分でも分かる。
料理を美味しく作るためには、調味料も大切なのだから。
(お塩とお砂糖、間違えるのなんかは論外で…)
スパイスにしても同じなんだよ、と大きく頷く。
カレーを作ろうと思っているなら、カレーに相応しいスパイスを使わないといけない。
(甘く仕上げるお料理だとか、お菓子に使うスパイスを入れて作っても…)
きっとカレーにはならないよね、と想像してみて、「ダメだと思う…」と答えを出した。
甘いバニラの香りが漂うカレーなんかは、食べたいとはとても思えない。
好き嫌いが無いのが自慢だけれども、それとは話が全く別。
不味い料理は「不味い」と思うし、同じ食べるなら、美味しい料理が一番だから。
(…ハーレイなら、絶対、間違えないよね?)
お料理の時に使うスパイス、とキッチンに立つ「今のハーレイ」を思い浮かべた。
仕事帰りにあれこれ買い込み、「さて…」と料理を始める姿。
食材を切ったり、下ごしらえをしたりと、それは楽しげにしていそう。
シャングリラでの厨房時代と違って、食材は豊富で、キッチンだって好きに使える。
ハーレイのためだけにあるキッチンなのだし、遠慮なく。
「船の仲間たちに食べさせるために」料理を作るわけでもないから、キッチンは、まさに…。
(今のハーレイのためのお城で、好きなお料理、好きなだけ…)
作って食べられる場所なんだよね、と胸が温かくなってくる。
「前のぼくたちが知らなかった食材とか、お料理、うんと沢山あるんだもの」と。
キッチンに立ったハーレイは、前のハーレイが知らなかった食材を自在に使って料理を作る。
前のハーレイには思いもよらない、今ならではの料理も、あれこれと。
(スパイス、間違えたりはしなくて…)
焦がしてしまったり、煮込みすぎることも無いだろう。
子供の頃から腕を磨いて、今だって磨き続けているから、失敗なんかは…。
(するわけがないし、不味い料理も作らないよね?)
でも…、と少し首を傾げて考えてみた。
ハーレイにだって、失敗はあるのかもしれない。
初めて作る料理だったら、思い通りに出来ないことも…。
(…たまには、あるかも…)
ぼくが聞いてはいないだけで、と想像の翼を羽ばたかせる。
「あるのかもね」と、「ハーレイだって、たまには失敗しちゃうかも」と。
(…失敗しちゃって、出来たの、美味しくなくっても…)
ハーレイはきっと、「うーむ…」と唸って、「やっちまったか」と頭を掻く。
それから失敗作を眺めて、「だが、食わんとな?」と苦笑い。
「捨てちまうなんて、とんでもないぞ」と、「普通は、きっと捨てるんだろうが…」と。
(だって、美味しくなくっても…)
食べてあげないと、命をくれた食材を無駄にしちゃうもの、と自分の思いと重ね合わせる。
「ハーレイだったら、きっと食べるよ」と、時の彼方での記憶があるから、言い切れる。
大量に作ってしまっていたって、ハーレイは残さず平らげるだろう。
「もっと少ない量にしておくべきだったよなあ…」と、嘆き節を漏らすことはあっても。
きっとそうだ、と思ったはずみに、いい考えが閃いた。
チビの自分には出来ないけれども、前の自分と同じ姿に育ったら…。
(ハーレイが失敗しちゃったお料理、ぼくも一緒に…)
食べれば早く食べ切れるよね、と幸せな笑みが唇に浮かぶ。
(ハーレイが作って失敗したなら、お料理、美味しくなくっても…)
ちっとも、そうは思わないよ、と溢れる自信。
ハーレイが失敗作を作ってしまった理由は、二人で食べるための新作などを…。
(作ってみよう、ってキッチンに立って、頑張って…)
結果が失敗だっただけだし、二人で食べれば、間違いなく美味しくなるのだと思う。
「やめとけ、これは不味いから」と、ハーレイが止めても、気にしない。
パクッと頬張り、「ううん」と笑って、「次は、もっと美味しくなるんだよね」と最高の笑顔。
二人で暮らしているからこその、失敗作の共有だから。
またハーレイは挑戦するのだろうし、出来上がったなら、二人で食べる。
いつか美味しく出来る時まで、何度でも失敗したっていい。
それまで失敗し続けたって、笑いに満ちた思い出話が増えてゆくだけ。
失敗作を二人で食べられるのも、一緒に暮らしているからこそ。
「不味いから、お前はやめておけ」でも、二人なら、きっと美味しいから…。
美味しくなくっても・了
※好き嫌いの無いブルー君ですけど、味音痴とは違います。不味い料理は不味いのですが…。
ハーレイ先生が作ったのなら、不味くても、きっと美味しい筈。二人で食べれば幸せな時間v
味音痴とは違うんだよね、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(好き嫌いっていうのは、この食べ物は嫌いだから、って…)
食べないことを言うんだから、と心の中で確認をする。
今のブルーに嫌いな食べ物は存在しなくて、時の彼方でもそうだった。
何を出されても素直に食べるし、多すぎない限り、残しもしない。
作ってくれた人に感謝する気持ちも、もちろん忘れたりはしなくて、食材にだって同じこと。
(お肉を食べたら、お肉をくれた動物に御礼を言わないと…)
普段は忘れちゃってるけれど、と肩を竦めて苦笑する。
「これじゃダメだよ」と、「前のぼくなら、絶対、感謝を忘れないのに」と少し情けない。
ソルジャー・ブルーとして生きた頃には、命にはとても敏感だった。
白いシャングリラで飼育していた、家畜たちの命にも。
(弱って来てる、って聞いたら、慌てて様子を見に行っていたし…)
ニワトリの卵を食べる時には、中にヒヨコがいるのでは、と心配になったこともある。
有精卵など混ざっていない、と分かってはいても、「大丈夫かな?」と。
(育って来ている卵だったら、そもそも、料理を始める前に…)
割る前の時点で気が付くけれども、「命が宿ったばかり」の卵だと事情が違う。
見た目で区別がつくわけがなくて、調理係がポンと割ったら、それで卵の命はおしまい。
命を守る殻が割られて、まだ育つ前の命が外へと流れ出てしまう。
割られずに親が温めていたら、ヒヨコになって元気に生まれる筈だったのに。
(…だから、時々…)
青の間で係が作った卵料理を眺めて、「無精卵でありますように」と祈っていた。
「間違えて、有精卵を持って来ていませんように」と、農場の係を思いながら。
(その辺りの管理は、きちんとしていた筈なんだけど…)
貴重な命を殺めないよう、シャングリラでは皆が気を配っていた。
なんと言っても、自分たちも「命が危うかった」者の集まりだったし、余計にそうなる。
「自分のミスで命を奪ってしまうことなど、とんでもない」と手順を慎重に確認して。
(…そんなシャングリラで暮らしていたから、前のぼくなら…)
食べ物をくれた命に感謝するのを忘れなかったけれども、今のブルーは、ついつい忘れる。
あまりにも平和な世界に生まれて、それが当たり前だったから。
前の生の記憶が戻って来るまで、卵の中にいる命については、こう思っていた。
「温めてもヒヨコにならない卵しか、お店では売っていないんだよね」と。
温めてヒヨコになるんだったら、家でヒヨコが飼えるのに、などと幼い頃には夢見たりして。
青く蘇った地球に生まれたブルーの場合は、そうなるけれども、時の彼方では違っていた。
白い鯨になる前の船だと、中で生まれて来る命は無くて…。
(外から奪って来る物資が全てで、他には何も無かったんだし…)
命に感謝して食べるどころか、自分たちの命が綱渡りのような船だった。
改造する話が出始めた頃には、とうに落ち着き、未来への夢もあったのだけれど…。
(アルタミラから必死に逃げた直後は、ホントのホントに飢え死に寸前…)
そういうこともあったんだよね、と前の生の記憶が戻って来たから、ハッキリと分かる。
最初から船にあった食料、それが尽きたら「死ぬしかない」と、前のハーレイに聞かされた。
「皆には話していないんだがな」と、苦悶に満ちた表情で。
(…だから前のぼく、泣きそうになって…)
これから皆はどうなるのだろう、と「飢え死にする時」を考える内に、道が開けた。
たった一人のタイプ・ブルーの自分だったら、物資を奪いに行けそうだ、と考えついて。
止めようとする皆を振り切り、船を飛び出して、文字通り「奪って帰った」コンテナ。
(中身、選べなかったけれども…)
選ぶ余裕など無かった中身は、皆を生かすには充分だった。
コンテナに詰まっていた様々な食料、それを分け合って皆の命を延ばして、それから後も…。
(食べ物が少なくなってしまう前に、前のぼくが奪いに出掛けて行って…)
奪った物資を食べて暮らすのが、改造前のシャングリラだった。
物資を選べなかった間は、ジャガイモだらけのジャガイモ地獄や、タマネギ地獄もあったほど。
そういう時代を経験したなら、好き嫌いなど言える筈もない。
(…言ってた人も、ホントは沢山、いたんだけどね…)
人間だから当然かも、と可笑しいけれども、前の自分とハーレイは「言いはしなかった」。
ハーレイは厨房担当だったし、倉庫の物資も管理していた。
だからこそ、誰よりも先に「食料が尽きる」と気付いたわけだし、事実を隠す気遣いもあった。
(そんなハーレイが、好き嫌いなんてするわけがないし…)
そのハーレイを側で見ていて、物資を奪いに出掛けて行った前の自分も、好き嫌いなどは…。
(言えやしないし、思い付きさえしないよね…?)
食べ物があるだけで充分だもの、と心から思う。
もっとも、今の自分はと言えば、その大切な「食べ物」を…。
(…とてもそんなに食べられないよ、って…)
しょっちゅう文句で、皿に盛られた量に不満を言ったりもする。
「もっと減らして」と、「食べ切れないから」と、命への感謝も忘れてしまって。
(…お皿に残すわけじゃないから、命は無駄にしていないけど…)
ダメだよね、と自分の額をコツンと叩いて、ほんのちょっぴり反省をする。
「でも、今は平和な時代なんだし、許されるよね?」と、自分自身に言い訳もして。
とはいえ、今のブルーにも「好き嫌い」というものは無い。
前の生での記憶が戻らなくても、何処かで覚えていたのだろう。
食べ物がとても大切なことと、どんな食べ物でも「ある」ことに感謝しなくては、と。
(…お蔭で、なんでも食べるんだけど…)
味音痴とは違うんだから、と其処は大きな声で言いたい。
遠く遥かな時の彼方で生きた自分も、そうだった。
(焦げたものでも、ちっとも美味しくない料理でも…)
文句を言わずに食べていたけれど、「美味しくない」のが分からなかったわけではない。
それしか無いなら食べるべきだ、と考えただけで、不味いものは、やはり不味かった。
焦げた料理も、調味料が足りないせいで、少しも美味しくなかった料理も。
(…前のハーレイだって、同じで…)
厨房で料理をしていた頃には、「もう一工夫、出来りゃいいんだけどな」と頑張っていた。
少しでも美味しく仕上げて出そう、と料理のレシピを船のデータバンクから引き出したりして。
(今のハーレイが料理が好きなの、きっと、そのせい…)
記憶は戻っていなかったけど、と料理好きな今のハーレイに思いを馳せる。
子供の頃から料理が好きで、母と作っていたらしい。
隣町にある家を離れて、この町で一人暮らしを始めてからも、食事は自分で作っている。
仕事の帰りに食材を買って、色々なものを。
(何を作るか決めている日も、お店に行ってから考える日も…)
あるらしいよね、と今のハーレイの「お気に入りの店」を頭に描いてみた。
一度も行ったことは無いのだけれども、食材が充実しているらしい。
特設売り場に、珍しいものが並べられている時だって。
(そういうのを見ながら、これにしよう、って…)
食材を選んで、レジへ持ってゆく籠に詰めてゆく。
調味料も特別なものが要るなら、家のキッチンにあるかどうかも考えて。
(無いんだったら、買わないと…)
ちゃんと美味しく出来ないものね、と「料理をしない」チビの自分でも分かる。
料理を美味しく作るためには、調味料も大切なのだから。
(お塩とお砂糖、間違えるのなんかは論外で…)
スパイスにしても同じなんだよ、と大きく頷く。
カレーを作ろうと思っているなら、カレーに相応しいスパイスを使わないといけない。
(甘く仕上げるお料理だとか、お菓子に使うスパイスを入れて作っても…)
きっとカレーにはならないよね、と想像してみて、「ダメだと思う…」と答えを出した。
甘いバニラの香りが漂うカレーなんかは、食べたいとはとても思えない。
好き嫌いが無いのが自慢だけれども、それとは話が全く別。
不味い料理は「不味い」と思うし、同じ食べるなら、美味しい料理が一番だから。
(…ハーレイなら、絶対、間違えないよね?)
お料理の時に使うスパイス、とキッチンに立つ「今のハーレイ」を思い浮かべた。
仕事帰りにあれこれ買い込み、「さて…」と料理を始める姿。
食材を切ったり、下ごしらえをしたりと、それは楽しげにしていそう。
シャングリラでの厨房時代と違って、食材は豊富で、キッチンだって好きに使える。
ハーレイのためだけにあるキッチンなのだし、遠慮なく。
「船の仲間たちに食べさせるために」料理を作るわけでもないから、キッチンは、まさに…。
(今のハーレイのためのお城で、好きなお料理、好きなだけ…)
作って食べられる場所なんだよね、と胸が温かくなってくる。
「前のぼくたちが知らなかった食材とか、お料理、うんと沢山あるんだもの」と。
キッチンに立ったハーレイは、前のハーレイが知らなかった食材を自在に使って料理を作る。
前のハーレイには思いもよらない、今ならではの料理も、あれこれと。
(スパイス、間違えたりはしなくて…)
焦がしてしまったり、煮込みすぎることも無いだろう。
子供の頃から腕を磨いて、今だって磨き続けているから、失敗なんかは…。
(するわけがないし、不味い料理も作らないよね?)
でも…、と少し首を傾げて考えてみた。
ハーレイにだって、失敗はあるのかもしれない。
初めて作る料理だったら、思い通りに出来ないことも…。
(…たまには、あるかも…)
ぼくが聞いてはいないだけで、と想像の翼を羽ばたかせる。
「あるのかもね」と、「ハーレイだって、たまには失敗しちゃうかも」と。
(…失敗しちゃって、出来たの、美味しくなくっても…)
ハーレイはきっと、「うーむ…」と唸って、「やっちまったか」と頭を掻く。
それから失敗作を眺めて、「だが、食わんとな?」と苦笑い。
「捨てちまうなんて、とんでもないぞ」と、「普通は、きっと捨てるんだろうが…」と。
(だって、美味しくなくっても…)
食べてあげないと、命をくれた食材を無駄にしちゃうもの、と自分の思いと重ね合わせる。
「ハーレイだったら、きっと食べるよ」と、時の彼方での記憶があるから、言い切れる。
大量に作ってしまっていたって、ハーレイは残さず平らげるだろう。
「もっと少ない量にしておくべきだったよなあ…」と、嘆き節を漏らすことはあっても。
きっとそうだ、と思ったはずみに、いい考えが閃いた。
チビの自分には出来ないけれども、前の自分と同じ姿に育ったら…。
(ハーレイが失敗しちゃったお料理、ぼくも一緒に…)
食べれば早く食べ切れるよね、と幸せな笑みが唇に浮かぶ。
(ハーレイが作って失敗したなら、お料理、美味しくなくっても…)
ちっとも、そうは思わないよ、と溢れる自信。
ハーレイが失敗作を作ってしまった理由は、二人で食べるための新作などを…。
(作ってみよう、ってキッチンに立って、頑張って…)
結果が失敗だっただけだし、二人で食べれば、間違いなく美味しくなるのだと思う。
「やめとけ、これは不味いから」と、ハーレイが止めても、気にしない。
パクッと頬張り、「ううん」と笑って、「次は、もっと美味しくなるんだよね」と最高の笑顔。
二人で暮らしているからこその、失敗作の共有だから。
またハーレイは挑戦するのだろうし、出来上がったなら、二人で食べる。
いつか美味しく出来る時まで、何度でも失敗したっていい。
それまで失敗し続けたって、笑いに満ちた思い出話が増えてゆくだけ。
失敗作を二人で食べられるのも、一緒に暮らしているからこそ。
「不味いから、お前はやめておけ」でも、二人なら、きっと美味しいから…。
美味しくなくっても・了
※好き嫌いの無いブルー君ですけど、味音痴とは違います。不味い料理は不味いのですが…。
ハーレイ先生が作ったのなら、不味くても、きっと美味しい筈。二人で食べれば幸せな時間v
(今の俺にも、好き嫌いってヤツは無いんだが…)
味音痴ってわけではないんだよな、とハーレイは、ふと考えた。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
前の生での過酷な経験のせいか、幼い頃から、好き嫌いというものが無い。
食卓に何が出て来た時でも、「これは嫌だ」とは思わなかった。
(普通だったら、色々とあるらしいのに…)
ハーレイの場合は全く無くて、母は随分、楽だったらしい。
母の料理を手伝うようになって初めて、そう聞かされた。
「好き嫌いの無い子供だったから、楽だったわねえ…」と感慨深そうに。
(そうは言っても、料理をしようと自分で思い立つほどなんだしな?)
味に関しては、うるさい方だと自認している。
美味しいものなら「美味い!」と思うし、不味いものなら「不味いな…」となる。
もっとも、そこで美味しくなくても、それを食べずに残しはしない。
綺麗に平らげ、「御馳走様」と、作った人に感謝もする。
料理を作るための時間と手間なら、充分、承知しているから。
(不味いのが出来てしまっていたって、そこまでの手間は同じで、だ…)
かかった時間も同じだよな、と分かっているから、不味いと残すのは自分の心が許さない。
明らかに健康に悪いレベルで、「これは食ったら駄目だろう…」という料理なら別だけれども。
(だが、そんなのは…)
食堂などで出されはしないし、何処かの家に招かれたって、出て来はしない。
例外と言えば、今よりずっと若くて、学生だった頃の話だろうか。
(みんなで賑やかに飯を食おう、と…)
友達の家にワイワイ集まり、皆で囲んだ様々な料理。
出来合いのものを買って来たなら、何も起こりはしなかったけれど…。
(若いヤツばかりで飯となったら、平穏無事に済むって保証は…)
何処にも無かったんだよな、と苦笑する。
「俺の故郷の名物料理を作ってやる」と出された料理は、大概、絶品だった。
なんと言っても自慢の料理で、皆に振舞いたい味なのだから。
(…問題なのは、腕に覚えが無いヤツが…)
「この前、食ったのが美味くってさ」などと、自己流で再現を始めた時。
合っているのは食材だけで、調味料もレシピも、「多分、こうだ」というだけのもの。
(……不味いなんていうものじゃなくって……)
ある意味、とても凄かったよな、と思い出すと笑いが込み上げて来る。
「よく、あんなのを作れたモンだ」と、「しかも友達に食わせるなんてな?」と。
味音痴ではないからこその、不味い料理を食べた思い出。
食べたと言うより、食べさせられた、と言うべきだろうか。
(…俺みたいに、出されたものは何でも食べる、ってヤツじゃなくても…)
ああいう場合は、有無を言わさず「食べさせられた」。
「俺の料理に、何か文句があるとでも?」と、作った友達に睨まれて。
全部食えよ、と威張り返るくせに、それを作った料理人自身は、ニヤニヤ笑っているだけで…。
(食ってなかったりするんだよなあ、明らかに不味いわけなんだしな?)
あれが若さと言うモンだよな、と懐かしくなる。
大人になってから同じことをやろうとしたって、昔のようにはいかないだろう。
「これを出すのは、流石になあ…」と、自分に対する皆の評価が気になる者もありそうだ。
そうかと思えば、「よし、出すぞ!」と張り切って出して、誰かにキッパリ断られる。
「お前、味見をしてみたか?」と、「何処かの店へ食べに行こうぜ」と。
(口直しに、って皆を引き連れて…)
行きつけの店へ連れて行くとか、ついでに其処の名物料理をおごるとか。
大人だったら、そうなってしまって幕が引かれる。
不味い料理を囲む代わりに、美味しい料理を食べるべきだ、と賛成多数で決定されて。
(…若気の至りっていうヤツには、とんと御縁が無くなっちまって…)
皆で囲むなら美味い料理が大人なんだ、と、しみじみと思う。
お蔭で「不味い料理」に会うのは、今では学校くらいになった。
調理実習で生徒が作って、「ハーレイ先生!」と、自信に溢れて届けてくれる色々なもの。
大抵、美味しく出来ているけれど、たまに失敗作がある。
明らかに火加減を間違えたな、と思うものやら、塩と砂糖を取り違えたもの。
生徒の方では、まるで気付いていなくて、悪気も全く無いのだけれど…。
(…口に入れたら、とんでもなくて…)
素敵に不味いヤツなんだよな、と可笑しくなる。
それでも残さず、食べるけれども。
後で生徒に出会った時には、「美味かったぞ」と御礼も言う。
届けた生徒は、もうその頃には、自分も食べた後だから…。
(ごめんなさい、って必死になって…)
謝ってくるのが、また面白い。
済まなそうな顔の生徒に向かって、「かまわないさ」と微笑んでやる。
「誰だって最初は、やりがちだしな?」と、「次は気を付けて作るんだぞ」と。
実際、誰でも、上手に作れるものではないから、かまわない。
失敗を重ねて学んでゆくのも、大切なことだと思うから。
(はてさて、ブルーも…)
何か届けてくれるだろうか、と考えたけれど、それは出来ない相談だろう。
今の学校でも「ハーレイ先生」の人気は高くて、既に何度か調理実習の成果を貰った。
ブルーの学年では、まだ作ってはいないから…。
(貰うとしたらこれからなんだが、競争率というヤツが…)
あるんだよな、と少し悔しい。
「ハーレイ先生」は一人だけだし、食べられる量にも限りがある。
だから「輝かしい成果」を誰が届けるかは、生徒の間でジャンケンだったり、クジだったり。
(何を作ったか、ってことも関係するから、小さな菓子なら…)
複数の生徒が持って来たりもするのだけれども、そうした時でも、きっとブルーは外される。
「ハーレイ先生」が「ブルーの守り役」なのは周知の事実で、誰一人として遠慮はしない。
「お前は、いつも会ってるだろう」と、「料理まで持って行かなくてもな?」と、容赦なく。
(…それを言われると、ブルーも何も言えやしないし…)
大人しく引き下がるしか道は無いから、ブルーが作った「何か」が届くことは無い。
同じクラスの別の生徒が、「ハーレイ先生!」と成果を披露しに来る。
「調理実習で作ったんです!」と、誇らしげに。
塩と砂糖を間違えていたって、気が付かないで。
(…同じ不味いのを食うんだったら、ブルーが作ったヤツをだな…)
食いたいもんだ、と願う気持ちを生徒たちが酌んでくれるわけが無い。
今のブルーは「ハーレイ先生」を独り占めしている、「狡い生徒」でしかないものだから。
聖痕が現れたというだけのことで、人気の先生を掻っ攫って行った、と思われていて…。
(羨ましいな、と見ている生徒が大勢だから…)
調理実習の成果を届ける栄誉は、けしてブルーに回りはしない。
ここぞとばかりに仲間外れで、ジャンケンにもクジにも加えては貰えないだろう。
(苛めているわけでも、意地悪なわけでもないんだが…)
ブルーは外しておくのが当然、そういう流れになってしまいそう。
どう考えても、「ブルー」が届けに行くよりは…。
(他の運のいいヤツが、クジに当たったり、ジャンケンに勝ったり…)
自分の力で栄誉を獲得、意気揚々として現れる。
「ハーレイ先生、食べて下さい!」と、自分が作った「何か」を持って。
まだ味見さえもしていないくせに、「いい出来だから」と自信満々で。
(…美味く出来てることを祈るぞ…)
ブルーのだったら、うんと不味くても許すんだがな、と本音が零れてしまいそう。
もちろん、他の生徒が作ったものでも、不味くても許す。
そうは思っても、同じ「不味いの」を食べるのだったら、ブルーが作ったものを食べたい。
とんでもない味になっていようが、開けたら真っ黒に焦げていようが。
(…あいつが作ってくれたんだ、って思っただけで…)
何が届いても嬉しいんだ、と心の底から湧き上がって来る愛おしさ。
前の生から愛し続けて、また巡り会えた小さなブルー。
遠く遥かな時の彼方では、一緒に厨房に立ったりもした。
白いシャングリラになる前の船で、まだキャプテンでもなかった頃に。
(俺が料理を作っていたら、「何が出来るの?」って…)
見た目は今のブルーと変わらなかった「前のブルー」が、ヒョイと現れて尋ねて来た。
そして横から「ぼくも手伝う!」と、ジャガイモの皮を剥いてくれたり、色々と…。
(手伝ってくれていたんだよなあ…)
今のあいつとは出来ないんだが、と残念な気持ちに包まれる。
やろうと思えば、そういう機会は作れるけれども、今のブルーには「早すぎる」。
見た目も中身も子供のくせに、恋人気取りでいるのだから。
(もっと育ってくれないと…)
一緒にキッチンに立てやしない、と神様を少し恨みたくなる。
「ブルーが小さすぎるんです」と、「どうして、子供にしたんですか」と。
(…神様には神様の考えってモンがあってだな…)
前のブルーが失くしてしまった「子供時代」を、今の生では充分に、との心遣いだろう。
きっとそうだと分かってはいても、こうした時には悲しくなる。
「前と同じに育っていたなら、一緒に料理が出来るのに」と、つくづくと。
(…調理実習の成果を食いたい、って夢も無理なら、一緒に料理も夢のまた夢で…)
あいつが作った不味い料理も食えやしない、と思うけれども、果たして腕前はどうなのか。
不味い料理を作って来るのか、それとも「美味い!」と驚嘆するような…。
(凄いのを作る腕があるのか、その辺も全く謎なんだよなあ…)
今のあいつは、料理をしない子供だからな、と顎に手を当てる。
ブルーの母が作るパウンドケーキも、今の所は、ブルーはレシピさえも知らない。
(俺のおふくろの味と同じなんだ、って知っているから、張り切っちゃいるが…)
「いつか上手に焼くんだから」と小さなブルーは決意している。
そうは言っても、料理の腕前は未だ不明で、本当に上手く焼けるかは…。
(やってみないと分からない、ってな)
失敗作が出来るかもしれん、と覚悟はしている。
火加減を間違えて焦げているとか、そういったこともあるかもしれない。
(…しかしだな…)
不味いケーキが出来た時でも、そのケーキは美味しいだろうと思う。
ブルーが「失敗しちゃった…」と、しょげていたって、二人で分けて食べたなら…。
(次は頑張って上手に焼くね、って謝られたって、「いや、美味いぞ」って…)
間違いなく胸を張って言えるんだ、と笑みを浮かべて、マグカップを指でカチンと弾く。
失敗作のケーキだろうが、ブルーと一緒に食べられるだけで、もう充分に幸せだから。
ブルーが「美味しくなくても、いいの?」と不安そうな顔になったら、「いいさ」と微笑む。
「お前と一緒に食べられるだけで、俺は最高に幸せだしな」と。
「調理実習の頃に失敗作を貰い損ねたのが、ちょっぴり残念で悔しいんだが」と…。
美味しくなくても・了
※ブルー君が作った料理だったら、不味くても許せるハーレイ先生。調理実習の失敗作でも。
けれど当分、ブルー君が作る料理はお預け。そして不味くても、二人で食べれば美味しい筈v
味音痴ってわけではないんだよな、とハーレイは、ふと考えた。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
前の生での過酷な経験のせいか、幼い頃から、好き嫌いというものが無い。
食卓に何が出て来た時でも、「これは嫌だ」とは思わなかった。
(普通だったら、色々とあるらしいのに…)
ハーレイの場合は全く無くて、母は随分、楽だったらしい。
母の料理を手伝うようになって初めて、そう聞かされた。
「好き嫌いの無い子供だったから、楽だったわねえ…」と感慨深そうに。
(そうは言っても、料理をしようと自分で思い立つほどなんだしな?)
味に関しては、うるさい方だと自認している。
美味しいものなら「美味い!」と思うし、不味いものなら「不味いな…」となる。
もっとも、そこで美味しくなくても、それを食べずに残しはしない。
綺麗に平らげ、「御馳走様」と、作った人に感謝もする。
料理を作るための時間と手間なら、充分、承知しているから。
(不味いのが出来てしまっていたって、そこまでの手間は同じで、だ…)
かかった時間も同じだよな、と分かっているから、不味いと残すのは自分の心が許さない。
明らかに健康に悪いレベルで、「これは食ったら駄目だろう…」という料理なら別だけれども。
(だが、そんなのは…)
食堂などで出されはしないし、何処かの家に招かれたって、出て来はしない。
例外と言えば、今よりずっと若くて、学生だった頃の話だろうか。
(みんなで賑やかに飯を食おう、と…)
友達の家にワイワイ集まり、皆で囲んだ様々な料理。
出来合いのものを買って来たなら、何も起こりはしなかったけれど…。
(若いヤツばかりで飯となったら、平穏無事に済むって保証は…)
何処にも無かったんだよな、と苦笑する。
「俺の故郷の名物料理を作ってやる」と出された料理は、大概、絶品だった。
なんと言っても自慢の料理で、皆に振舞いたい味なのだから。
(…問題なのは、腕に覚えが無いヤツが…)
「この前、食ったのが美味くってさ」などと、自己流で再現を始めた時。
合っているのは食材だけで、調味料もレシピも、「多分、こうだ」というだけのもの。
(……不味いなんていうものじゃなくって……)
ある意味、とても凄かったよな、と思い出すと笑いが込み上げて来る。
「よく、あんなのを作れたモンだ」と、「しかも友達に食わせるなんてな?」と。
味音痴ではないからこその、不味い料理を食べた思い出。
食べたと言うより、食べさせられた、と言うべきだろうか。
(…俺みたいに、出されたものは何でも食べる、ってヤツじゃなくても…)
ああいう場合は、有無を言わさず「食べさせられた」。
「俺の料理に、何か文句があるとでも?」と、作った友達に睨まれて。
全部食えよ、と威張り返るくせに、それを作った料理人自身は、ニヤニヤ笑っているだけで…。
(食ってなかったりするんだよなあ、明らかに不味いわけなんだしな?)
あれが若さと言うモンだよな、と懐かしくなる。
大人になってから同じことをやろうとしたって、昔のようにはいかないだろう。
「これを出すのは、流石になあ…」と、自分に対する皆の評価が気になる者もありそうだ。
そうかと思えば、「よし、出すぞ!」と張り切って出して、誰かにキッパリ断られる。
「お前、味見をしてみたか?」と、「何処かの店へ食べに行こうぜ」と。
(口直しに、って皆を引き連れて…)
行きつけの店へ連れて行くとか、ついでに其処の名物料理をおごるとか。
大人だったら、そうなってしまって幕が引かれる。
不味い料理を囲む代わりに、美味しい料理を食べるべきだ、と賛成多数で決定されて。
(…若気の至りっていうヤツには、とんと御縁が無くなっちまって…)
皆で囲むなら美味い料理が大人なんだ、と、しみじみと思う。
お蔭で「不味い料理」に会うのは、今では学校くらいになった。
調理実習で生徒が作って、「ハーレイ先生!」と、自信に溢れて届けてくれる色々なもの。
大抵、美味しく出来ているけれど、たまに失敗作がある。
明らかに火加減を間違えたな、と思うものやら、塩と砂糖を取り違えたもの。
生徒の方では、まるで気付いていなくて、悪気も全く無いのだけれど…。
(…口に入れたら、とんでもなくて…)
素敵に不味いヤツなんだよな、と可笑しくなる。
それでも残さず、食べるけれども。
後で生徒に出会った時には、「美味かったぞ」と御礼も言う。
届けた生徒は、もうその頃には、自分も食べた後だから…。
(ごめんなさい、って必死になって…)
謝ってくるのが、また面白い。
済まなそうな顔の生徒に向かって、「かまわないさ」と微笑んでやる。
「誰だって最初は、やりがちだしな?」と、「次は気を付けて作るんだぞ」と。
実際、誰でも、上手に作れるものではないから、かまわない。
失敗を重ねて学んでゆくのも、大切なことだと思うから。
(はてさて、ブルーも…)
何か届けてくれるだろうか、と考えたけれど、それは出来ない相談だろう。
今の学校でも「ハーレイ先生」の人気は高くて、既に何度か調理実習の成果を貰った。
ブルーの学年では、まだ作ってはいないから…。
(貰うとしたらこれからなんだが、競争率というヤツが…)
あるんだよな、と少し悔しい。
「ハーレイ先生」は一人だけだし、食べられる量にも限りがある。
だから「輝かしい成果」を誰が届けるかは、生徒の間でジャンケンだったり、クジだったり。
(何を作ったか、ってことも関係するから、小さな菓子なら…)
複数の生徒が持って来たりもするのだけれども、そうした時でも、きっとブルーは外される。
「ハーレイ先生」が「ブルーの守り役」なのは周知の事実で、誰一人として遠慮はしない。
「お前は、いつも会ってるだろう」と、「料理まで持って行かなくてもな?」と、容赦なく。
(…それを言われると、ブルーも何も言えやしないし…)
大人しく引き下がるしか道は無いから、ブルーが作った「何か」が届くことは無い。
同じクラスの別の生徒が、「ハーレイ先生!」と成果を披露しに来る。
「調理実習で作ったんです!」と、誇らしげに。
塩と砂糖を間違えていたって、気が付かないで。
(…同じ不味いのを食うんだったら、ブルーが作ったヤツをだな…)
食いたいもんだ、と願う気持ちを生徒たちが酌んでくれるわけが無い。
今のブルーは「ハーレイ先生」を独り占めしている、「狡い生徒」でしかないものだから。
聖痕が現れたというだけのことで、人気の先生を掻っ攫って行った、と思われていて…。
(羨ましいな、と見ている生徒が大勢だから…)
調理実習の成果を届ける栄誉は、けしてブルーに回りはしない。
ここぞとばかりに仲間外れで、ジャンケンにもクジにも加えては貰えないだろう。
(苛めているわけでも、意地悪なわけでもないんだが…)
ブルーは外しておくのが当然、そういう流れになってしまいそう。
どう考えても、「ブルー」が届けに行くよりは…。
(他の運のいいヤツが、クジに当たったり、ジャンケンに勝ったり…)
自分の力で栄誉を獲得、意気揚々として現れる。
「ハーレイ先生、食べて下さい!」と、自分が作った「何か」を持って。
まだ味見さえもしていないくせに、「いい出来だから」と自信満々で。
(…美味く出来てることを祈るぞ…)
ブルーのだったら、うんと不味くても許すんだがな、と本音が零れてしまいそう。
もちろん、他の生徒が作ったものでも、不味くても許す。
そうは思っても、同じ「不味いの」を食べるのだったら、ブルーが作ったものを食べたい。
とんでもない味になっていようが、開けたら真っ黒に焦げていようが。
(…あいつが作ってくれたんだ、って思っただけで…)
何が届いても嬉しいんだ、と心の底から湧き上がって来る愛おしさ。
前の生から愛し続けて、また巡り会えた小さなブルー。
遠く遥かな時の彼方では、一緒に厨房に立ったりもした。
白いシャングリラになる前の船で、まだキャプテンでもなかった頃に。
(俺が料理を作っていたら、「何が出来るの?」って…)
見た目は今のブルーと変わらなかった「前のブルー」が、ヒョイと現れて尋ねて来た。
そして横から「ぼくも手伝う!」と、ジャガイモの皮を剥いてくれたり、色々と…。
(手伝ってくれていたんだよなあ…)
今のあいつとは出来ないんだが、と残念な気持ちに包まれる。
やろうと思えば、そういう機会は作れるけれども、今のブルーには「早すぎる」。
見た目も中身も子供のくせに、恋人気取りでいるのだから。
(もっと育ってくれないと…)
一緒にキッチンに立てやしない、と神様を少し恨みたくなる。
「ブルーが小さすぎるんです」と、「どうして、子供にしたんですか」と。
(…神様には神様の考えってモンがあってだな…)
前のブルーが失くしてしまった「子供時代」を、今の生では充分に、との心遣いだろう。
きっとそうだと分かってはいても、こうした時には悲しくなる。
「前と同じに育っていたなら、一緒に料理が出来るのに」と、つくづくと。
(…調理実習の成果を食いたい、って夢も無理なら、一緒に料理も夢のまた夢で…)
あいつが作った不味い料理も食えやしない、と思うけれども、果たして腕前はどうなのか。
不味い料理を作って来るのか、それとも「美味い!」と驚嘆するような…。
(凄いのを作る腕があるのか、その辺も全く謎なんだよなあ…)
今のあいつは、料理をしない子供だからな、と顎に手を当てる。
ブルーの母が作るパウンドケーキも、今の所は、ブルーはレシピさえも知らない。
(俺のおふくろの味と同じなんだ、って知っているから、張り切っちゃいるが…)
「いつか上手に焼くんだから」と小さなブルーは決意している。
そうは言っても、料理の腕前は未だ不明で、本当に上手く焼けるかは…。
(やってみないと分からない、ってな)
失敗作が出来るかもしれん、と覚悟はしている。
火加減を間違えて焦げているとか、そういったこともあるかもしれない。
(…しかしだな…)
不味いケーキが出来た時でも、そのケーキは美味しいだろうと思う。
ブルーが「失敗しちゃった…」と、しょげていたって、二人で分けて食べたなら…。
(次は頑張って上手に焼くね、って謝られたって、「いや、美味いぞ」って…)
間違いなく胸を張って言えるんだ、と笑みを浮かべて、マグカップを指でカチンと弾く。
失敗作のケーキだろうが、ブルーと一緒に食べられるだけで、もう充分に幸せだから。
ブルーが「美味しくなくても、いいの?」と不安そうな顔になったら、「いいさ」と微笑む。
「お前と一緒に食べられるだけで、俺は最高に幸せだしな」と。
「調理実習の頃に失敗作を貰い損ねたのが、ちょっぴり残念で悔しいんだが」と…。
美味しくなくても・了
※ブルー君が作った料理だったら、不味くても許せるハーレイ先生。調理実習の失敗作でも。
けれど当分、ブルー君が作る料理はお預け。そして不味くても、二人で食べれば美味しい筈v
「ねえ、ハーレイ。挑戦するのは…」
大切だよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、突然に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「挑戦だって? いったい何だ?」
何に挑戦したいんだ、とハーレイはブルーに問い返した。
あまりに急な質問な上に、ブルーには似合わない言葉。
今のブルーも身体が弱くて、守りの姿勢が似合っている。
そんなブルーが挑戦するなら、頭脳系の何かに違いない。
「えっとね…。例えば、パズルとか…」
数学の問題とかもそうかな、とブルーは答えた。
「出来そうにない、って諦めるよりは、挑戦でしょ?」
「なんだ、やっぱり、そういうヤツか」
案の定だな、とハーレイは笑んで、大きく頷く。
「お前のことだし、頭脳系だと思ったが…」
「うん。スポーツとかだと、挑戦は、ちょっと…」
大切なのは分かってるけど、とブルーは肩を竦めた。
弱い身体で挑むのは無理で、利口とも思えないから、と。
「まあなあ…。お前の身体じゃ、スポーツ系の挑戦は…」
やらない方が賢明だよな、とハーレイも肯定するしかない。
今も虚弱なブルーの身体は、その方面には不向きと言える。
無理をしてまで挑戦したなら、倒れてしまうことだろう。
元気な子供だった場合は、無理をする価値もあるけれど。
「普通だったら、其処も挑戦すべきだが…」
お前だと、ろくなことにはならん、とハーレイにも分かる。
寝込んでしまって学校も欠席、勉強にだって差し支える。
「でしょ? だから、ぼくならパズルとかだよ」
でも、挑戦するのは大切だよね、とブルーは繰り返した。
最初から無理だと投げ出すよりかは、挑戦の方、と。
「そりゃそうだ。でなきゃ力がつかんしな」
スポーツの方が分かりやすいが、とハーレイも再び頷く。
さっき頷いたのとは違うポイントでも、此処は頷くべきだ。
「パズルとかだと、実力がついたと分かるまでには…」
けっこう時間がかかるからな、と苦笑する。
答えが出るまで挑むしかなくて、途中の力は見えにくい。
けれど、スポーツの場合は違う。
日に日に腕が上がるものだし、客観的にも掴みやすいから。
昨日よりは今日、今日よりは明日、と何でも上達する。
挑んだ成果は上がるけれども、頭脳系だと分かるのは遅い。
その点、スポーツは結果が出るのが早いものだから…。
「頭脳系で頑張る生徒よりかは、スポーツ系の方がだな…」
挑戦する生徒は多くなるな、とハーレイは溜息をついた。
勉強だったら投げ出す生徒も、部活だと頑張ったりもする。
朝早くから登校して来て練習、放課後も遅くまで残ったり。
「教師としては、勉強にも挑んで欲しいんだがなあ…」
「ハーレイ、自分で言ったじゃないの」
結果が見えにくいんだから、仕方ないよ、とブルーも笑う。
「そんなの、誰でも投げ出すよね」と、可笑しそうに。
「分かってるんだが、やっぱりなあ…」
「投げずに挑んで欲しい、って?」
「当然だろう? お前も自分で言ったじゃないか」
挑戦するのは大切だ、とな、とハーレイはブルーに返した。
「俺だって挑戦して欲しいんだ」と、教師の立場で。
実際、投げ出す生徒は多くて、教師にとっては困りもの。
スポーツを頑張る力があるなら、勉強も努力して欲しい。
投げ出さないで挑戦あるのみ、日々、実力を磨いてこそだ。
聞いたブルーも、「そうだよねえ…」と相槌を打つ。
「だったら、ぼくも挑戦するのが大切だよね?」
「その通りだ。パズルに勉強、どれも挑戦が大切だよな」
頑張れよ、とハーレイは、ブルーにエールを送った。
スポーツ系の挑戦でなければ、ブルーの努力は喜ばしい。
実力もつくし、やる気だって湧いてくるだろう。
挑戦したいことがあるなら、是非、頑張って欲しいと思う。
「ありがとう! それじゃ早速、挑戦するね!」
キスを頂戴、とブルーはニコッと笑みを浮かべた。
「唇にキスして欲しいんだけど」と、勝ち誇った顔で。
「なんだって!?」
何故、そうなるんだ、とハーレイの目が真ん丸になる。
挑戦には違いないのだけれども、挑む対象が違うだろう。
「そんな挑戦、俺は絶対、認めんぞ!」
挑まなくていい、とハーレイはブルーを叱り付けた。
唇へのキスを贈ってやるには、今のブルーは幼すぎる。
前のブルーと同じ背丈に育つ時まで、キスはお預け。
「だけど、ハーレイ、言ったよね!」
挑戦するのは大切だ、って…、とブルーは引かない。
「諦めないよ」と、「ぼくの挑戦、これなんだから!」と。
「中身によるとも言ったぞ、俺は!」
スポーツ系だと控えた方がいいってな、とハーレイは返す。
弱い身体で無理をするのは良くない、と確かに言ったから。
「キスはスポーツじゃないってば!」
「スポーツは例えだ、中身によるんだ!」
認められない挑戦もある、とハーレイは軽く拳を握った。
「分からないなら、お見舞いするぞ」とブルーを睨んで。
「頭をコツンとやって欲しいか」と、苦い顔をして。
妙な挑戦など、要らないから。
挑戦するのは大切だけれど、挑む中身によるのだから…。
挑戦するのは・了
大切だよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、突然に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「挑戦だって? いったい何だ?」
何に挑戦したいんだ、とハーレイはブルーに問い返した。
あまりに急な質問な上に、ブルーには似合わない言葉。
今のブルーも身体が弱くて、守りの姿勢が似合っている。
そんなブルーが挑戦するなら、頭脳系の何かに違いない。
「えっとね…。例えば、パズルとか…」
数学の問題とかもそうかな、とブルーは答えた。
「出来そうにない、って諦めるよりは、挑戦でしょ?」
「なんだ、やっぱり、そういうヤツか」
案の定だな、とハーレイは笑んで、大きく頷く。
「お前のことだし、頭脳系だと思ったが…」
「うん。スポーツとかだと、挑戦は、ちょっと…」
大切なのは分かってるけど、とブルーは肩を竦めた。
弱い身体で挑むのは無理で、利口とも思えないから、と。
「まあなあ…。お前の身体じゃ、スポーツ系の挑戦は…」
やらない方が賢明だよな、とハーレイも肯定するしかない。
今も虚弱なブルーの身体は、その方面には不向きと言える。
無理をしてまで挑戦したなら、倒れてしまうことだろう。
元気な子供だった場合は、無理をする価値もあるけれど。
「普通だったら、其処も挑戦すべきだが…」
お前だと、ろくなことにはならん、とハーレイにも分かる。
寝込んでしまって学校も欠席、勉強にだって差し支える。
「でしょ? だから、ぼくならパズルとかだよ」
でも、挑戦するのは大切だよね、とブルーは繰り返した。
最初から無理だと投げ出すよりかは、挑戦の方、と。
「そりゃそうだ。でなきゃ力がつかんしな」
スポーツの方が分かりやすいが、とハーレイも再び頷く。
さっき頷いたのとは違うポイントでも、此処は頷くべきだ。
「パズルとかだと、実力がついたと分かるまでには…」
けっこう時間がかかるからな、と苦笑する。
答えが出るまで挑むしかなくて、途中の力は見えにくい。
けれど、スポーツの場合は違う。
日に日に腕が上がるものだし、客観的にも掴みやすいから。
昨日よりは今日、今日よりは明日、と何でも上達する。
挑んだ成果は上がるけれども、頭脳系だと分かるのは遅い。
その点、スポーツは結果が出るのが早いものだから…。
「頭脳系で頑張る生徒よりかは、スポーツ系の方がだな…」
挑戦する生徒は多くなるな、とハーレイは溜息をついた。
勉強だったら投げ出す生徒も、部活だと頑張ったりもする。
朝早くから登校して来て練習、放課後も遅くまで残ったり。
「教師としては、勉強にも挑んで欲しいんだがなあ…」
「ハーレイ、自分で言ったじゃないの」
結果が見えにくいんだから、仕方ないよ、とブルーも笑う。
「そんなの、誰でも投げ出すよね」と、可笑しそうに。
「分かってるんだが、やっぱりなあ…」
「投げずに挑んで欲しい、って?」
「当然だろう? お前も自分で言ったじゃないか」
挑戦するのは大切だ、とな、とハーレイはブルーに返した。
「俺だって挑戦して欲しいんだ」と、教師の立場で。
実際、投げ出す生徒は多くて、教師にとっては困りもの。
スポーツを頑張る力があるなら、勉強も努力して欲しい。
投げ出さないで挑戦あるのみ、日々、実力を磨いてこそだ。
聞いたブルーも、「そうだよねえ…」と相槌を打つ。
「だったら、ぼくも挑戦するのが大切だよね?」
「その通りだ。パズルに勉強、どれも挑戦が大切だよな」
頑張れよ、とハーレイは、ブルーにエールを送った。
スポーツ系の挑戦でなければ、ブルーの努力は喜ばしい。
実力もつくし、やる気だって湧いてくるだろう。
挑戦したいことがあるなら、是非、頑張って欲しいと思う。
「ありがとう! それじゃ早速、挑戦するね!」
キスを頂戴、とブルーはニコッと笑みを浮かべた。
「唇にキスして欲しいんだけど」と、勝ち誇った顔で。
「なんだって!?」
何故、そうなるんだ、とハーレイの目が真ん丸になる。
挑戦には違いないのだけれども、挑む対象が違うだろう。
「そんな挑戦、俺は絶対、認めんぞ!」
挑まなくていい、とハーレイはブルーを叱り付けた。
唇へのキスを贈ってやるには、今のブルーは幼すぎる。
前のブルーと同じ背丈に育つ時まで、キスはお預け。
「だけど、ハーレイ、言ったよね!」
挑戦するのは大切だ、って…、とブルーは引かない。
「諦めないよ」と、「ぼくの挑戦、これなんだから!」と。
「中身によるとも言ったぞ、俺は!」
スポーツ系だと控えた方がいいってな、とハーレイは返す。
弱い身体で無理をするのは良くない、と確かに言ったから。
「キスはスポーツじゃないってば!」
「スポーツは例えだ、中身によるんだ!」
認められない挑戦もある、とハーレイは軽く拳を握った。
「分からないなら、お見舞いするぞ」とブルーを睨んで。
「頭をコツンとやって欲しいか」と、苦い顔をして。
妙な挑戦など、要らないから。
挑戦するのは大切だけれど、挑む中身によるのだから…。
挑戦するのは・了
(ぼくもハーレイも、新しい命なんだよね…)
それに身体も新しい身体、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(ついつい、忘れちゃうんだけれど…)
あまりにも前の身体と似ていて、現実を忘れそうになる。
ハーレイは「前のハーレイ」にそっくりそのまま、それに自分も前と同じに生まれて来た。
自分の場合は、少し小さくなったけれども、前の自分の記憶の最初は、今の姿と同じ。
(成長を止めてしまっていたから、十四歳になった時の身体のままで…)
前の自分は長く過ごして、まだ若かった前のハーレイと出会った。
メギドの炎で燃えるアルタミラで、閉じ込められていたシェルターを破壊した時に。
(あの時は、ハーレイも若かったけど…)
今度のぼくは、その時期を知らないんだよね、と苦笑する。
生まれ変わって、またハーレイと出会った時には、ハーレイは育ち切っていた。
白いシャングリラのブリッジに立っていた頃と、何処も変わりはないものだから…。
(ちょっぴり残念…)
若いハーレイも見たかったのに、と悔しがっても仕方ない。
神様に細かい注文なんて、出来るほど偉い立場でもない。
(新しい命と身体を貰って、おまけにハーレイと一緒に、青い地球まで…)
来させてくれたのが神様なのだし、感謝すべきで、文句は言えない。
若かった頃の「今のハーレイ」に会えなかったことは、諦めるしか無いだろう。
(ホントに惜しくて、残念だけど…)
仕方ないよね、と自分に言い聞かせながら、今のハーレイの若い時代に思いを馳せる。
「プロの選手にならないか」と誘いが来たほど、柔道と水泳では凄かったらしい。
今も柔道部で指導しているし、学校によっては水泳部を担当することもあるという。
若かった頃は、数々の大会で名を轟かせて、花束も沢山貰ったと聞いた。
女性のファンたちも大勢いたのに、ハーレイは誰も好きにはならずに過ごして来て…。
(ぼくと出会って、また恋をして…)
今度は結婚するんだよ、と頬を緩める。
前の自分たちには許されなかった、結婚して二人で生きてゆくこと。
それが今度は当たり前のように、人生の先に待っている。
今の自分が結婚出来る年になったら、もう、すぐにでも結婚式で…。
(ハーレイの家で、一緒に暮らしていくんだよ)
あと何年かの我慢だものね、と胸を弾ませて、残りの期間を数えてゆく。
十八歳になれば、結婚出来る年だから。
考えただけで嬉しくなるのが、ハーレイと暮らす未来のこと。
前の自分には叶わなかった、沢山の夢を二人で叶える。
青い地球の上で旅に出掛けて、高山に咲く青いケシを見て、サトウカエデの森にも行く。
他にも夢はドッサリ山ほど、どれから叶えてゆくのがいいのか、悩んでしまう。
(ハーレイと毎日、相談かもね?)
仕事が休みの時しか旅は出来ないのだから、ガイドブックを買い込んで来て、検討する。
一度の旅行で何ヶ所か回ることが出来るなら、そういうコースを組むために。
(ハーレイはコーヒーを飲みながら読んで、ぼくはココアかホットミルクかな?)
相談する時間は夕食後が多くなるのだろうし、紅茶を飲むには遅すぎる。
よほど薄めに淹れない限りは、目が冴えてしまって眠れなくなる。
(…ハーレイはコーヒーを飲んだ後でも、寝られるのにね…)
やっぱりキャプテンだったせいかな、と思うけれども、違うだろう。
前の生での習慣や体質、そういったものは、生まれ変わった以上は、引き継がれない。
新しい命と新しい身体で、新しい人生を歩む以上は、全てを一から築いてゆく。
見た目の姿は、そっくり同じになっているけれど、そこだけが例外中の例外。
聖痕をくれた神様の粋な計らいなだけで、他の部分は全く違う。
(ぼくだって、うんと甘えん坊になっちゃった上に、サイオンだって不器用で…)
誰が見たって、今の時代は大英雄の「ソルジャー・ブルー」と同じとは思えないだろう。
自分自身でも「違うよね…」と自覚があるから、他人から見れば、もっと評価は厳しくなる。
今のハーレイが見ている「ブルー」も、甘えん坊で我儘なチビなものだから…。
(唇へのキスはしてくれなくて、代わりに、ぼくが膨れていたら…)
頬っぺたを大きな両手で包んで、ペシャンと潰して笑っている。
「フグがハコフグになっちまったな」と、さも可笑しそうに。
(…うーん…)
でも、恋人には違いないし、と考え直して、ハタと気付いた。
確かに今は「恋人」だけれど、これから先はどうだろう。
今のハーレイが歩んでいるのは、前のハーレイとは違う人生。
新しい人生を一から始めて、今の姿まで育つ間には、幸い、出会っていなかっただけで…。
(この先、ぼくより素敵な誰かに…)
出会ってしまって、そちらの方を好きにならないとは限らない。
なんと言っても、新しい人生を生きている上、この先も前とは違う人生を生きてゆく。
今のハーレイの人生に白いシャングリラは関係無くて、キャプテンの務めも背負っていない。
「ブルー」と出会う前も同じで、自由気ままに生きて来た。
当然、前のハーレイとは…。
(好みも変わって来ちゃうんだよね…?)
それが自然で当然だもの、と恐ろしい考えが膨らんでゆく。
ハーレイの好みが「違う」のだったら、好みのタイプの人間も違うかもしれない。
前のハーレイの目には、「前のブルー」が魅力的に映っていたのだけれど…。
(…今のハーレイも、今のぼくを好きでいてくれるけど…)
聖痕で記憶が戻った今だけ、「ブルー」を好きになっている、という可能性だって…。
(……ゼロじゃないんだ……)
今まで気付いていなかったけど、と愕然とする。
前のハーレイの記憶が戻って来たなら、「ブルー」に恋をするのは不思議ではない。
記憶の中に「昔の恋人」がいて、その人が目の前に現れたならば、惚れるだろう。
今のハーレイに、「今ならではの恋人」が、まだ、いないのならば。
(…俺が好きなのは、ブルーなんだ、って…)
一目で恋に落ちそうだけれど、そうして出会って、新しい人生を生きてゆく内に…。
(今のハーレイの好みにピッタリで、ぼくより魅力的に見える誰かが…)
ハーレイの前に現れないとは言い切れない。
新しい人生を生きているなら、むしろ「無い」方が変だとも言える。
違う人生を生きる間に、好みも変わってゆくのが自然で、変わらない方が不自然だから…。
(ぼくとハーレイ、聖痕の奇跡で出会えたお蔭で…)
奇跡のように「前と同じに」恋に落ちたけれど、それは一時のことかもしれない。
この先、人生を歩む間に、二人の道は分かれてしまって…。
(…ハーレイは違う誰かに恋して、その人と…)
結婚して去ってしまうのだろうか、「すまん」と謝り、頭を下げて。
「悪いが、この人が好きなんだ」と、新しい恋人の名前を挙げて。
(…そんなの、酷い…!)
酷すぎるよ、と思うけれども、まるで無いとは言えないわけで、自信も無い。
今のハーレイにとっても、「今のブルー」が魅力的だと思って貰えるかどうか。
(…前のぼくと違って、何も出来なくて…)
おまけに前より甘えん坊で、我儘になってしまった「ブルー」。
ソルジャー・ブルーだった頃とは、中身が全く違っている。
前のハーレイは、「ソルジャー・ブルー」の右腕だったけれども、今のブルーには…。
(…ハーレイを右腕だなんて言えるくらいの、凄い部分は、なんにも無くて…)
ただハーレイに甘えるだけの、厄介な「お荷物」になってしまいそう。
現に将来、結婚したら、毎日の食事を作るのも…。
(今のハーレイってことになってて、ぼくは留守番するだけで…)
何もやらないし、出来そうにないし、本当に何の役にも立たない。
魅力的どころか「ただのお荷物」、見た目だけが「綺麗」というだけで。
どうしよう、とブルーの身体が震え出す。
何の魅力も持たない「ブルー」は、いつか振られるかもしれない。
「ブルー」よりも素敵で魅力的な誰かが、ハーレイの前に現れて。
ハーレイが惹かれてしまうタイプが、ハーレイの新しい人生の先に舞い降りて。
(…違う人生を生きてるんなら、違うタイプにも…)
恋をするよね、と足元が崩れ落ちてゆきそう。
考えたことさえ無かったけれども、どうして「無い」と言えるだろう。
今のハーレイの「好みのタイプ」は、「ブルーではない」という、自然な成り行き。
そちらの方が「前と同じで、ブルーが好み」よりも、充分、有り得ること。
(前のハーレイより、ずっと自由に生きて来て…)
広い世界を見て来たのだから、好みのタイプも違っていそう。
ハーレイ自身も気付いていなくて、ついでに「出会ってはいない」だけの「好みのタイプ」。
それがどういうタイプなのかは、想像したくもないけれど…。
(…ぼくと違って、うんと元気な人なのかな…?)
活動的なハーレイと一緒に、何処へでも出掛けてゆける人。
前と同じに弱く生まれた「ブルー」とは違う、健康な身体を持っている誰か。
(……ジョミーみたいに……)
太陽のような命の輝きが溢れる、活発なサッカー少年だとか…。
(サッカーでなくても、柔道だとか、水泳だとか…)
今のハーレイと同じスポーツが得意だったら、それだけで魅力的だろう。
「ブルー」と違って、同じ世界を二人で楽しんでゆけるから。
柔道や水泳ではないスポーツにしても、それが得意だというだけで…。
(ぼくよりは、うんと今のハーレイに…)
近い要素を持つわけなのだし、「ブルー」では、とても敵わない。
そういう人間が、今のハーレイの前に現れたなら。
今のハーレイの心を惹き付け、ハーレイの心を奪って行ってしまったら。
(…巻き返そうにも、ぼくはなんにも…)
出来やしないよ、と涙が出そう。
今のハーレイが好きなスポーツには付き合えないし、身体が持たない。
山登りも、プールも、海水浴も、「ブルー」だと、体調と相談だけれど…。
(ジョミーみたいに元気だったら、朝に突然、誘いに来られて…)
海に行くか、と聞かれたとしても、「うんっ!」と即答、直ぐに支度も出来ると思う。
その辺のバッグにタオルや水着をササッと詰めて、玄関からダッと飛び出して。
ハーレイが乗って来た車に駆け寄り、助手席のドアを自分で開けて。
(よし、行くぞ、って、ハーレイ、お弁当も二人分…)
用意しているのは間違いないよね、と悲しくなって来た。
今の自分は絶対に勝てない、「今のハーレイ」の好みのタイプの元気な「誰か」。
ハーレイの心は、そちらに傾いて行ってしまって、どうすることも出来ないまま。
取り戻すために何かしたくても、「今のブルー」は何の取柄も持っていないし、仕方ない。
(せめて料理、って思っても…)
もう手遅れで、ハーレイの心を掴む道など残ってはいない。
慌てて料理の腕を磨いても、披露出来る頃には、ハーレイは、とっくに…。
(新しい恋人にすっかり夢中で、招待しても…)
断られてしまって、それでおしまい。
「招待しても、駄目なんだったら…」と、作って、家に届けても…。
(すまんな、って受け取ってはくれるだろうけど…)
下手にお菓子でも届けようものなら、新しい恋人と一緒に食べるのかもしれない。
沢山作って、持って行ったら。
「一人で食うより、あいつと食うのが一番だよな」と、取っておかれて。
(…今のハーレイの大好物の、パウンドケーキ…)
それを頑張ってマスターしたなら、本当に、「新しい恋人」と食べられてしまうかも。
ハーレイが、いそいそ、切り分けて。
「美味いんだぞ」と、「俺のおふくろの味と同じなんだ」と、お揃いの皿に乗っけて。
(…あんまりだから…!)
でも、本当にありそうだよね、と怖くなるから、それだけは勘弁して欲しい。
今のハーレイなら、違うタイプにも惚れて不思議は無いのだけれど…。
(……神様、お願い……!)
ぼくだけが好みにしておいて、と懸命に祈る。
今のハーレイに違うタイプの「恋人」が出来たら、「ブルー」では勝てはしないから。
どう頑張っても「最初から駄目」で、どうにもなりはしないから。
出来るのは神に祈ることだけ、「今のハーレイも、ぼくが好みでありますように」と…。
違うタイプにも・了
※前のハーレイとは違う人生を歩んでいるのが、ハーレイ先生。前とは違う部分も沢山。
もしかしたら好みのタイプも、ブルー君ではないのかも。それは勘弁して欲しいですよねv
それに身体も新しい身体、と小さなブルーが、ふと思ったこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(ついつい、忘れちゃうんだけれど…)
あまりにも前の身体と似ていて、現実を忘れそうになる。
ハーレイは「前のハーレイ」にそっくりそのまま、それに自分も前と同じに生まれて来た。
自分の場合は、少し小さくなったけれども、前の自分の記憶の最初は、今の姿と同じ。
(成長を止めてしまっていたから、十四歳になった時の身体のままで…)
前の自分は長く過ごして、まだ若かった前のハーレイと出会った。
メギドの炎で燃えるアルタミラで、閉じ込められていたシェルターを破壊した時に。
(あの時は、ハーレイも若かったけど…)
今度のぼくは、その時期を知らないんだよね、と苦笑する。
生まれ変わって、またハーレイと出会った時には、ハーレイは育ち切っていた。
白いシャングリラのブリッジに立っていた頃と、何処も変わりはないものだから…。
(ちょっぴり残念…)
若いハーレイも見たかったのに、と悔しがっても仕方ない。
神様に細かい注文なんて、出来るほど偉い立場でもない。
(新しい命と身体を貰って、おまけにハーレイと一緒に、青い地球まで…)
来させてくれたのが神様なのだし、感謝すべきで、文句は言えない。
若かった頃の「今のハーレイ」に会えなかったことは、諦めるしか無いだろう。
(ホントに惜しくて、残念だけど…)
仕方ないよね、と自分に言い聞かせながら、今のハーレイの若い時代に思いを馳せる。
「プロの選手にならないか」と誘いが来たほど、柔道と水泳では凄かったらしい。
今も柔道部で指導しているし、学校によっては水泳部を担当することもあるという。
若かった頃は、数々の大会で名を轟かせて、花束も沢山貰ったと聞いた。
女性のファンたちも大勢いたのに、ハーレイは誰も好きにはならずに過ごして来て…。
(ぼくと出会って、また恋をして…)
今度は結婚するんだよ、と頬を緩める。
前の自分たちには許されなかった、結婚して二人で生きてゆくこと。
それが今度は当たり前のように、人生の先に待っている。
今の自分が結婚出来る年になったら、もう、すぐにでも結婚式で…。
(ハーレイの家で、一緒に暮らしていくんだよ)
あと何年かの我慢だものね、と胸を弾ませて、残りの期間を数えてゆく。
十八歳になれば、結婚出来る年だから。
考えただけで嬉しくなるのが、ハーレイと暮らす未来のこと。
前の自分には叶わなかった、沢山の夢を二人で叶える。
青い地球の上で旅に出掛けて、高山に咲く青いケシを見て、サトウカエデの森にも行く。
他にも夢はドッサリ山ほど、どれから叶えてゆくのがいいのか、悩んでしまう。
(ハーレイと毎日、相談かもね?)
仕事が休みの時しか旅は出来ないのだから、ガイドブックを買い込んで来て、検討する。
一度の旅行で何ヶ所か回ることが出来るなら、そういうコースを組むために。
(ハーレイはコーヒーを飲みながら読んで、ぼくはココアかホットミルクかな?)
相談する時間は夕食後が多くなるのだろうし、紅茶を飲むには遅すぎる。
よほど薄めに淹れない限りは、目が冴えてしまって眠れなくなる。
(…ハーレイはコーヒーを飲んだ後でも、寝られるのにね…)
やっぱりキャプテンだったせいかな、と思うけれども、違うだろう。
前の生での習慣や体質、そういったものは、生まれ変わった以上は、引き継がれない。
新しい命と新しい身体で、新しい人生を歩む以上は、全てを一から築いてゆく。
見た目の姿は、そっくり同じになっているけれど、そこだけが例外中の例外。
聖痕をくれた神様の粋な計らいなだけで、他の部分は全く違う。
(ぼくだって、うんと甘えん坊になっちゃった上に、サイオンだって不器用で…)
誰が見たって、今の時代は大英雄の「ソルジャー・ブルー」と同じとは思えないだろう。
自分自身でも「違うよね…」と自覚があるから、他人から見れば、もっと評価は厳しくなる。
今のハーレイが見ている「ブルー」も、甘えん坊で我儘なチビなものだから…。
(唇へのキスはしてくれなくて、代わりに、ぼくが膨れていたら…)
頬っぺたを大きな両手で包んで、ペシャンと潰して笑っている。
「フグがハコフグになっちまったな」と、さも可笑しそうに。
(…うーん…)
でも、恋人には違いないし、と考え直して、ハタと気付いた。
確かに今は「恋人」だけれど、これから先はどうだろう。
今のハーレイが歩んでいるのは、前のハーレイとは違う人生。
新しい人生を一から始めて、今の姿まで育つ間には、幸い、出会っていなかっただけで…。
(この先、ぼくより素敵な誰かに…)
出会ってしまって、そちらの方を好きにならないとは限らない。
なんと言っても、新しい人生を生きている上、この先も前とは違う人生を生きてゆく。
今のハーレイの人生に白いシャングリラは関係無くて、キャプテンの務めも背負っていない。
「ブルー」と出会う前も同じで、自由気ままに生きて来た。
当然、前のハーレイとは…。
(好みも変わって来ちゃうんだよね…?)
それが自然で当然だもの、と恐ろしい考えが膨らんでゆく。
ハーレイの好みが「違う」のだったら、好みのタイプの人間も違うかもしれない。
前のハーレイの目には、「前のブルー」が魅力的に映っていたのだけれど…。
(…今のハーレイも、今のぼくを好きでいてくれるけど…)
聖痕で記憶が戻った今だけ、「ブルー」を好きになっている、という可能性だって…。
(……ゼロじゃないんだ……)
今まで気付いていなかったけど、と愕然とする。
前のハーレイの記憶が戻って来たなら、「ブルー」に恋をするのは不思議ではない。
記憶の中に「昔の恋人」がいて、その人が目の前に現れたならば、惚れるだろう。
今のハーレイに、「今ならではの恋人」が、まだ、いないのならば。
(…俺が好きなのは、ブルーなんだ、って…)
一目で恋に落ちそうだけれど、そうして出会って、新しい人生を生きてゆく内に…。
(今のハーレイの好みにピッタリで、ぼくより魅力的に見える誰かが…)
ハーレイの前に現れないとは言い切れない。
新しい人生を生きているなら、むしろ「無い」方が変だとも言える。
違う人生を生きる間に、好みも変わってゆくのが自然で、変わらない方が不自然だから…。
(ぼくとハーレイ、聖痕の奇跡で出会えたお蔭で…)
奇跡のように「前と同じに」恋に落ちたけれど、それは一時のことかもしれない。
この先、人生を歩む間に、二人の道は分かれてしまって…。
(…ハーレイは違う誰かに恋して、その人と…)
結婚して去ってしまうのだろうか、「すまん」と謝り、頭を下げて。
「悪いが、この人が好きなんだ」と、新しい恋人の名前を挙げて。
(…そんなの、酷い…!)
酷すぎるよ、と思うけれども、まるで無いとは言えないわけで、自信も無い。
今のハーレイにとっても、「今のブルー」が魅力的だと思って貰えるかどうか。
(…前のぼくと違って、何も出来なくて…)
おまけに前より甘えん坊で、我儘になってしまった「ブルー」。
ソルジャー・ブルーだった頃とは、中身が全く違っている。
前のハーレイは、「ソルジャー・ブルー」の右腕だったけれども、今のブルーには…。
(…ハーレイを右腕だなんて言えるくらいの、凄い部分は、なんにも無くて…)
ただハーレイに甘えるだけの、厄介な「お荷物」になってしまいそう。
現に将来、結婚したら、毎日の食事を作るのも…。
(今のハーレイってことになってて、ぼくは留守番するだけで…)
何もやらないし、出来そうにないし、本当に何の役にも立たない。
魅力的どころか「ただのお荷物」、見た目だけが「綺麗」というだけで。
どうしよう、とブルーの身体が震え出す。
何の魅力も持たない「ブルー」は、いつか振られるかもしれない。
「ブルー」よりも素敵で魅力的な誰かが、ハーレイの前に現れて。
ハーレイが惹かれてしまうタイプが、ハーレイの新しい人生の先に舞い降りて。
(…違う人生を生きてるんなら、違うタイプにも…)
恋をするよね、と足元が崩れ落ちてゆきそう。
考えたことさえ無かったけれども、どうして「無い」と言えるだろう。
今のハーレイの「好みのタイプ」は、「ブルーではない」という、自然な成り行き。
そちらの方が「前と同じで、ブルーが好み」よりも、充分、有り得ること。
(前のハーレイより、ずっと自由に生きて来て…)
広い世界を見て来たのだから、好みのタイプも違っていそう。
ハーレイ自身も気付いていなくて、ついでに「出会ってはいない」だけの「好みのタイプ」。
それがどういうタイプなのかは、想像したくもないけれど…。
(…ぼくと違って、うんと元気な人なのかな…?)
活動的なハーレイと一緒に、何処へでも出掛けてゆける人。
前と同じに弱く生まれた「ブルー」とは違う、健康な身体を持っている誰か。
(……ジョミーみたいに……)
太陽のような命の輝きが溢れる、活発なサッカー少年だとか…。
(サッカーでなくても、柔道だとか、水泳だとか…)
今のハーレイと同じスポーツが得意だったら、それだけで魅力的だろう。
「ブルー」と違って、同じ世界を二人で楽しんでゆけるから。
柔道や水泳ではないスポーツにしても、それが得意だというだけで…。
(ぼくよりは、うんと今のハーレイに…)
近い要素を持つわけなのだし、「ブルー」では、とても敵わない。
そういう人間が、今のハーレイの前に現れたなら。
今のハーレイの心を惹き付け、ハーレイの心を奪って行ってしまったら。
(…巻き返そうにも、ぼくはなんにも…)
出来やしないよ、と涙が出そう。
今のハーレイが好きなスポーツには付き合えないし、身体が持たない。
山登りも、プールも、海水浴も、「ブルー」だと、体調と相談だけれど…。
(ジョミーみたいに元気だったら、朝に突然、誘いに来られて…)
海に行くか、と聞かれたとしても、「うんっ!」と即答、直ぐに支度も出来ると思う。
その辺のバッグにタオルや水着をササッと詰めて、玄関からダッと飛び出して。
ハーレイが乗って来た車に駆け寄り、助手席のドアを自分で開けて。
(よし、行くぞ、って、ハーレイ、お弁当も二人分…)
用意しているのは間違いないよね、と悲しくなって来た。
今の自分は絶対に勝てない、「今のハーレイ」の好みのタイプの元気な「誰か」。
ハーレイの心は、そちらに傾いて行ってしまって、どうすることも出来ないまま。
取り戻すために何かしたくても、「今のブルー」は何の取柄も持っていないし、仕方ない。
(せめて料理、って思っても…)
もう手遅れで、ハーレイの心を掴む道など残ってはいない。
慌てて料理の腕を磨いても、披露出来る頃には、ハーレイは、とっくに…。
(新しい恋人にすっかり夢中で、招待しても…)
断られてしまって、それでおしまい。
「招待しても、駄目なんだったら…」と、作って、家に届けても…。
(すまんな、って受け取ってはくれるだろうけど…)
下手にお菓子でも届けようものなら、新しい恋人と一緒に食べるのかもしれない。
沢山作って、持って行ったら。
「一人で食うより、あいつと食うのが一番だよな」と、取っておかれて。
(…今のハーレイの大好物の、パウンドケーキ…)
それを頑張ってマスターしたなら、本当に、「新しい恋人」と食べられてしまうかも。
ハーレイが、いそいそ、切り分けて。
「美味いんだぞ」と、「俺のおふくろの味と同じなんだ」と、お揃いの皿に乗っけて。
(…あんまりだから…!)
でも、本当にありそうだよね、と怖くなるから、それだけは勘弁して欲しい。
今のハーレイなら、違うタイプにも惚れて不思議は無いのだけれど…。
(……神様、お願い……!)
ぼくだけが好みにしておいて、と懸命に祈る。
今のハーレイに違うタイプの「恋人」が出来たら、「ブルー」では勝てはしないから。
どう頑張っても「最初から駄目」で、どうにもなりはしないから。
出来るのは神に祈ることだけ、「今のハーレイも、ぼくが好みでありますように」と…。
違うタイプにも・了
※前のハーレイとは違う人生を歩んでいるのが、ハーレイ先生。前とは違う部分も沢山。
もしかしたら好みのタイプも、ブルー君ではないのかも。それは勘弁して欲しいですよねv
