(まさにピッタリの職だよなあ…)
教師ってヤツは、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
今のハーレイは古典の教師で、ブルーが通う学校が勤務先でもある。
もうそれだけで、「教師をやってて良かったよな」と、心の底から思えてしまう。
(ついでに、ブルーが入学してくる年に合わせたみたいに…)
前の学校から転任して来て、生まれ変わって来たブルーに出会えた。
着任は少し遅れたけれども、今から思えば、そうなったのも巡り合わせというものだろう。
ブルーに聖痕が現れたように、ハーレイの方にも神が準備をしていたらしい。
(予定通りに転任してたら、ブルーが入学して来る前に…)
ハーレイは既に着任していて、今の学校の教師の一人になっていた。
入学式でも、何か役目があっただろう。
転任して来たばかりの者でも、務まりそうな仕事を任され、それをこなしていた筈だった。
受付などは無理にしたって、新入生や保護者を会場に案内するのは出来る。
校門から講堂までの道さえ覚えていたなら、生徒でも務まりそうな役割なのだから。
(新しくやって来たばかりの教師なんだが、見た目はそこそこ…)
貫禄がある、と思って貰える姿ではある。
年恰好もそうなら、身体つきの方もガッシリしていて、頼もしく見える。
(初めての学校に来て、気分が落ち着かない子でも…)
きっと頼りにしてくれそうだし、配置されるなら、その辺りだろう。
キョロキョロ、オドオドしている生徒が目に入ったなら、講堂へ案内したりする。
「今日は入学式だけなんだし、心配なんかは要らないぞ」と声を掛けてやって。
道案内をしてゆく間も、「少しずつ慣れればいいんだからな」と、安心させる言葉を掛けて。
(そういう役目も、俺に向いてはいるんだが…)
其処に「ブルー」がやって来たなら、大変なことになったろう。
ブルーが「ハーレイ」を目にした途端に、あの「聖痕」が現れてしまう。
右の瞳から血の色の涙が溢れて、両方の肩や右の脇腹からも大量の血が噴き出して来る。
(誰が見たって、大怪我にしか見えないからなあ…)
実際、俺もそうだったんだ、と目にした時を思い出す。
てっきり事故だと思い込んだほど、聖痕の鮮血は衝撃だったし、慌てもした。
入学式を控えた所で、その聖痕が現れたならば、ブルーは救急搬送で…。
(…現場の状況を確認するとか、色々と…)
学校は騒がしくなってしまって、入学式も中止されるか、延期になっていただろう。
なんとか当日、出来たとしたって、時間が変わって、午後からだとか。
(絶対、そうなっちまったよなあ…)
俺の着任が遅れていなかったなら、という気がするから、遅れたのは必然に違いない。
ブルーに聖痕を与えた神が、前の学校に「ハーレイ」を引き留めた。
「もう少し此処で仕事してから、ブルーの学校に行くように」と、留まる理由を作り出して。
お蔭でブルーに聖痕が出ても、入学式は台無しになりはしなくて、他の行事も大丈夫だった。
ブルーのクラスは酷い騒ぎになったけれども、他のクラスは、少し騒ぎになっただけ。
「何の騒ぎだ?」と教師が出て来て、事態をしっかり把握した後は、授業に戻った。
(救急車の音で教室を飛び出しちまって、野次馬していた生徒にしたって…)
教師に「戻って授業!」と一喝されたら、大人しく帰ってゆくしかない。
何があったか気になっていても、教室で話し続けていたなら、叱られてしまう。
(ブルーのクラスも、俺がブルーについてった後は…)
担任の教師が駆け付けて来て、その場を無事に収めて行った。
「ブルー君なら、大丈夫ですよ」と、「ハーレイ先生も一緒ですから」と。
最小限で済んだ騒ぎは、「ハーレイの着任が遅れたから」で、神が計算していたのだろう。
「このタイミングで出会うのがいい」と、学校や他の生徒に迷惑をかけないように。
(そういう意味でも、教師で正解…)
俺にピッタリの職ってヤツだ、と心から思う。
仕事さえ上手く都合がついたら、帰りにブルーの家にも寄れる。
学校の中でもブルーに会えるし、これ以上の職は無いだろう。
まさに天職というヤツだよな、と考える内に、別のことが頭に浮かんで来た。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が就いていた職。
(キャプテン・ハーレイではあるが…)
今の時代も、有名なヤツはソレなんだがな、と苦笑する。
人間が全てミュウになっている今の時代は、前のハーレイは「英雄」だった。
「キャプテン・ハーレイの航空宙日誌」まで、ベストセラーになっているほど。
とはいえ、長い時を経たって、「キャプテン・ハーレイ」の過去は変わりはしない。
いくら「キャプテン」の方が有名でも、その前の職も知られてはいた。
まだ「シャングリラ」という名を持たなかった船で、前のハーレイがどうしていたか。
(…厨房出身なんだよなあ…)
ついでに備品倉庫の管理人だ、と今も鮮やかに覚えている。
燃えるアルタミラから逃げ出した船で、自然とそういう役目がついた。
「厨房で皆の食事を作る」仕事で、ジャガイモ地獄も、キャベツ地獄も乗り越えた。
仲間たちが飽きてしまわないよう、せっせと工夫と努力を重ねて、料理して。
「またジャガイモか」と文句が出たって、船にはそれしか無いのだから。
その厨房に馴染んでいたのに、降って来たのが「キャプテン」という職業だった。
まるで全く向いてはいない、とハーレイ自身も思ったくらいに畑が違う。
(船の航行に必要なデータでさえも、俺には少しも分からなくって…)
操舵となったら、どうすればいいか、想像すら出来ない異世界の技術。
だから「無理だ」と即答したのに、船の仲間は譲らなかった。
「船の仕組みが分からなくても、其処は得意な者がやるから」と食い下がって来た。
要は「名前だけのキャプテン」で良くて、船の仲間を纏められれば充分らしい。
(そう言われても、だ…)
はい、そうですか、と返事など出来るわけがない。
「向いていない」と断り続けて、厨房で仕事をするつもりでいた。
料理だったら慣れたものだし、食材の方も、前に比べたら偏りはしない。
また何かあって、ジャガイモ地獄が来たとしたって、慣れている分、上手くゆくだろう。
以前だったら思い付かない調理法など、レパートリーも増えているから、乗り切れる。
(俺はあくまで料理担当、と思っていたのに…)
ある日、背中を押しに来たのが、まだ少年の姿をしていた「ブルー」だった。
ブルーは船で唯一のタイプ・ブルーで、ソルジャーになるしかない立場にいて…。
(あいつが、俺に言ったんだ…)
船のキャプテンになって欲しいのは、「ハーレイだけだ」と、真剣な目で。
「ハーレイにだったら、命を預けられるから」とも。
(俺が一番、息が合うんだ、って言われちまったら…)
もう、それ以上は、断れなかった。
ブルーの本当の年はともかく、中身の方は「まだ少年」で、一人きりで船を背負うのは…。
(出来はしたって、キツすぎるってモンでだな…)
そんなブルーを「俺はキャプテンには向いてないから」と、放っておけるわけがない。
向いていなくても、キャプテンに就任しさえしたなら、ブルーを側で支えてゆける。
(…やるしかない、ってヤツだよなあ…?)
でなきゃ、一生、後悔するぞ、と「前の自分」は決断した。
畑違いの職業だろうが、ブルーのためなら、キャプテンというヤツになってやる、と。
それから後は、努力あるのみ。
「フライパンも船も、似たようなものさ」と軽口を叩いて、自分自身を励ました。
「どっちも、焦げたら大変だしな?」と皆を笑わせたりして、船と仲間を守り続けた。
操舵も覚えて、白いシャングリラになった後にも、懸命に舵を握っていた。
前のブルーがいなくなっても、ブルーが残した言葉を励みに、船を地球まで運んで行って。
そんな具合に、前の自分は「向いていない」職を立派に務めた。
今の時代も「キャプテン・ハーレイ」として名高いくらいに、キャプテンが仕事なのだけど…。
(必死にやるしかなかっただけで…)
向いていたのは厨房だよな、と振り返ってみても、そう思える。
厨房か、キャプテンか、好きに選んでいいのだったら、厨房の方に決めただろう。
フライパンや鍋を自在に使って、あらゆる食材を料理してゆく調理人の方が、断然いい。
(そういう俺が、キャプテンなんかになったのは…)
前のブルーが望んだからで、向きや不向きは無関係だった。
もしも「ブルー」に頼まれたならば、機関部にだって行ったろう。
医務室に詰めて、ノルディを手伝う看護師だって、きっとやったに違いない。
(…そうなると、だ…)
今の自分の天職の方も、ブルーが望めば、違う職業になるのだろうか。
まるで全く向いていなくても、「やって欲しいよ」と、今のブルーに頼まれたなら。
(…はてさて、そいつは…)
どうなんだかな、と顎に手を当て、考えてみる。
まずは「ブルーに頼まれる」わけで、それを「断れない」状況でないと話にならない。
前のブルーがそうだったように、今のブルーが「ハーレイを必要とする」状態。
(…俺があいつをサポートしないと、あいつは一人きりってヤツで…)
そいつは、どうやら有り得ないな、と答えは直ぐに弾き出された。
今は平和な時代なのだし、ブルーは「ハーレイの支え」なんかは必要としない。
わざわざ仕事を変更してまで、ブルーを支えてやらなくてもいい。
(なんと言っても、今度は結婚するんだし…)
もう最高の伴侶でパートナーだから、それ以上の「支え」は無いだろう。
いつもブルーを支え続けて、同じ家で一緒に暮らしてゆく。
「キャプテン・ハーレイ」とは比較にならない、ブルーのために生きる人生。
(そっちの方も、俺の天職で…)
ブルーを大事に支えてやるさ、とコーヒーを一口、飲んだ所で、不意に掠めていった考え。
平和な今の時代にしたって、危険を伴う職なら「在った」。
プロの登山家というヤツだったら、サイオンを使ったりせずに…。
(うんと高い山を、遠い昔と変わりやしない道具や装備で…)
地道にコツコツ登ってゆく。
目が眩みそうな断崖だろうが、ザイルやハーケンだけを頼りに、自分の手足で。
(…絶対、有り得ない話ではあるが…)
今のブルーが「登山家になる」と言うのだったら、今の生でも迷わず「転職する」だろう。
「山登りなんかは向いていないぞ」と心底、思っていたとしたって、その道をゆく。
ブルーが登山家の道を選んで、厳しい寒さや薄い空気の中を登ってゆくのなら。
(あいつが誰かと組んで登るなら、俺しかいない筈だしな?)
向いてなくても、俺も登山家になるまでだよな、とクスッと笑う。
今のブルーは、そんな職など、けして選びはしないけれども、選ぶのならばついてゆく。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が「そうした」ように。
ブルーを側で支え続けて、たとえ断崖絶壁だろうが、ブルーと二人で登って行って…。
向いてなくても・了
※ハーレイ先生が天職だと思う、教師の仕事。前の生だと、キャプテンよりは厨房が好み。
キャプテンなんかは向いてないのに、ブルーの頼みでやった転職。今の生でもやりそうですv
教師ってヤツは、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
今のハーレイは古典の教師で、ブルーが通う学校が勤務先でもある。
もうそれだけで、「教師をやってて良かったよな」と、心の底から思えてしまう。
(ついでに、ブルーが入学してくる年に合わせたみたいに…)
前の学校から転任して来て、生まれ変わって来たブルーに出会えた。
着任は少し遅れたけれども、今から思えば、そうなったのも巡り合わせというものだろう。
ブルーに聖痕が現れたように、ハーレイの方にも神が準備をしていたらしい。
(予定通りに転任してたら、ブルーが入学して来る前に…)
ハーレイは既に着任していて、今の学校の教師の一人になっていた。
入学式でも、何か役目があっただろう。
転任して来たばかりの者でも、務まりそうな仕事を任され、それをこなしていた筈だった。
受付などは無理にしたって、新入生や保護者を会場に案内するのは出来る。
校門から講堂までの道さえ覚えていたなら、生徒でも務まりそうな役割なのだから。
(新しくやって来たばかりの教師なんだが、見た目はそこそこ…)
貫禄がある、と思って貰える姿ではある。
年恰好もそうなら、身体つきの方もガッシリしていて、頼もしく見える。
(初めての学校に来て、気分が落ち着かない子でも…)
きっと頼りにしてくれそうだし、配置されるなら、その辺りだろう。
キョロキョロ、オドオドしている生徒が目に入ったなら、講堂へ案内したりする。
「今日は入学式だけなんだし、心配なんかは要らないぞ」と声を掛けてやって。
道案内をしてゆく間も、「少しずつ慣れればいいんだからな」と、安心させる言葉を掛けて。
(そういう役目も、俺に向いてはいるんだが…)
其処に「ブルー」がやって来たなら、大変なことになったろう。
ブルーが「ハーレイ」を目にした途端に、あの「聖痕」が現れてしまう。
右の瞳から血の色の涙が溢れて、両方の肩や右の脇腹からも大量の血が噴き出して来る。
(誰が見たって、大怪我にしか見えないからなあ…)
実際、俺もそうだったんだ、と目にした時を思い出す。
てっきり事故だと思い込んだほど、聖痕の鮮血は衝撃だったし、慌てもした。
入学式を控えた所で、その聖痕が現れたならば、ブルーは救急搬送で…。
(…現場の状況を確認するとか、色々と…)
学校は騒がしくなってしまって、入学式も中止されるか、延期になっていただろう。
なんとか当日、出来たとしたって、時間が変わって、午後からだとか。
(絶対、そうなっちまったよなあ…)
俺の着任が遅れていなかったなら、という気がするから、遅れたのは必然に違いない。
ブルーに聖痕を与えた神が、前の学校に「ハーレイ」を引き留めた。
「もう少し此処で仕事してから、ブルーの学校に行くように」と、留まる理由を作り出して。
お蔭でブルーに聖痕が出ても、入学式は台無しになりはしなくて、他の行事も大丈夫だった。
ブルーのクラスは酷い騒ぎになったけれども、他のクラスは、少し騒ぎになっただけ。
「何の騒ぎだ?」と教師が出て来て、事態をしっかり把握した後は、授業に戻った。
(救急車の音で教室を飛び出しちまって、野次馬していた生徒にしたって…)
教師に「戻って授業!」と一喝されたら、大人しく帰ってゆくしかない。
何があったか気になっていても、教室で話し続けていたなら、叱られてしまう。
(ブルーのクラスも、俺がブルーについてった後は…)
担任の教師が駆け付けて来て、その場を無事に収めて行った。
「ブルー君なら、大丈夫ですよ」と、「ハーレイ先生も一緒ですから」と。
最小限で済んだ騒ぎは、「ハーレイの着任が遅れたから」で、神が計算していたのだろう。
「このタイミングで出会うのがいい」と、学校や他の生徒に迷惑をかけないように。
(そういう意味でも、教師で正解…)
俺にピッタリの職ってヤツだ、と心から思う。
仕事さえ上手く都合がついたら、帰りにブルーの家にも寄れる。
学校の中でもブルーに会えるし、これ以上の職は無いだろう。
まさに天職というヤツだよな、と考える内に、別のことが頭に浮かんで来た。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が就いていた職。
(キャプテン・ハーレイではあるが…)
今の時代も、有名なヤツはソレなんだがな、と苦笑する。
人間が全てミュウになっている今の時代は、前のハーレイは「英雄」だった。
「キャプテン・ハーレイの航空宙日誌」まで、ベストセラーになっているほど。
とはいえ、長い時を経たって、「キャプテン・ハーレイ」の過去は変わりはしない。
いくら「キャプテン」の方が有名でも、その前の職も知られてはいた。
まだ「シャングリラ」という名を持たなかった船で、前のハーレイがどうしていたか。
(…厨房出身なんだよなあ…)
ついでに備品倉庫の管理人だ、と今も鮮やかに覚えている。
燃えるアルタミラから逃げ出した船で、自然とそういう役目がついた。
「厨房で皆の食事を作る」仕事で、ジャガイモ地獄も、キャベツ地獄も乗り越えた。
仲間たちが飽きてしまわないよう、せっせと工夫と努力を重ねて、料理して。
「またジャガイモか」と文句が出たって、船にはそれしか無いのだから。
その厨房に馴染んでいたのに、降って来たのが「キャプテン」という職業だった。
まるで全く向いてはいない、とハーレイ自身も思ったくらいに畑が違う。
(船の航行に必要なデータでさえも、俺には少しも分からなくって…)
操舵となったら、どうすればいいか、想像すら出来ない異世界の技術。
だから「無理だ」と即答したのに、船の仲間は譲らなかった。
「船の仕組みが分からなくても、其処は得意な者がやるから」と食い下がって来た。
要は「名前だけのキャプテン」で良くて、船の仲間を纏められれば充分らしい。
(そう言われても、だ…)
はい、そうですか、と返事など出来るわけがない。
「向いていない」と断り続けて、厨房で仕事をするつもりでいた。
料理だったら慣れたものだし、食材の方も、前に比べたら偏りはしない。
また何かあって、ジャガイモ地獄が来たとしたって、慣れている分、上手くゆくだろう。
以前だったら思い付かない調理法など、レパートリーも増えているから、乗り切れる。
(俺はあくまで料理担当、と思っていたのに…)
ある日、背中を押しに来たのが、まだ少年の姿をしていた「ブルー」だった。
ブルーは船で唯一のタイプ・ブルーで、ソルジャーになるしかない立場にいて…。
(あいつが、俺に言ったんだ…)
船のキャプテンになって欲しいのは、「ハーレイだけだ」と、真剣な目で。
「ハーレイにだったら、命を預けられるから」とも。
(俺が一番、息が合うんだ、って言われちまったら…)
もう、それ以上は、断れなかった。
ブルーの本当の年はともかく、中身の方は「まだ少年」で、一人きりで船を背負うのは…。
(出来はしたって、キツすぎるってモンでだな…)
そんなブルーを「俺はキャプテンには向いてないから」と、放っておけるわけがない。
向いていなくても、キャプテンに就任しさえしたなら、ブルーを側で支えてゆける。
(…やるしかない、ってヤツだよなあ…?)
でなきゃ、一生、後悔するぞ、と「前の自分」は決断した。
畑違いの職業だろうが、ブルーのためなら、キャプテンというヤツになってやる、と。
それから後は、努力あるのみ。
「フライパンも船も、似たようなものさ」と軽口を叩いて、自分自身を励ました。
「どっちも、焦げたら大変だしな?」と皆を笑わせたりして、船と仲間を守り続けた。
操舵も覚えて、白いシャングリラになった後にも、懸命に舵を握っていた。
前のブルーがいなくなっても、ブルーが残した言葉を励みに、船を地球まで運んで行って。
そんな具合に、前の自分は「向いていない」職を立派に務めた。
今の時代も「キャプテン・ハーレイ」として名高いくらいに、キャプテンが仕事なのだけど…。
(必死にやるしかなかっただけで…)
向いていたのは厨房だよな、と振り返ってみても、そう思える。
厨房か、キャプテンか、好きに選んでいいのだったら、厨房の方に決めただろう。
フライパンや鍋を自在に使って、あらゆる食材を料理してゆく調理人の方が、断然いい。
(そういう俺が、キャプテンなんかになったのは…)
前のブルーが望んだからで、向きや不向きは無関係だった。
もしも「ブルー」に頼まれたならば、機関部にだって行ったろう。
医務室に詰めて、ノルディを手伝う看護師だって、きっとやったに違いない。
(…そうなると、だ…)
今の自分の天職の方も、ブルーが望めば、違う職業になるのだろうか。
まるで全く向いていなくても、「やって欲しいよ」と、今のブルーに頼まれたなら。
(…はてさて、そいつは…)
どうなんだかな、と顎に手を当て、考えてみる。
まずは「ブルーに頼まれる」わけで、それを「断れない」状況でないと話にならない。
前のブルーがそうだったように、今のブルーが「ハーレイを必要とする」状態。
(…俺があいつをサポートしないと、あいつは一人きりってヤツで…)
そいつは、どうやら有り得ないな、と答えは直ぐに弾き出された。
今は平和な時代なのだし、ブルーは「ハーレイの支え」なんかは必要としない。
わざわざ仕事を変更してまで、ブルーを支えてやらなくてもいい。
(なんと言っても、今度は結婚するんだし…)
もう最高の伴侶でパートナーだから、それ以上の「支え」は無いだろう。
いつもブルーを支え続けて、同じ家で一緒に暮らしてゆく。
「キャプテン・ハーレイ」とは比較にならない、ブルーのために生きる人生。
(そっちの方も、俺の天職で…)
ブルーを大事に支えてやるさ、とコーヒーを一口、飲んだ所で、不意に掠めていった考え。
平和な今の時代にしたって、危険を伴う職なら「在った」。
プロの登山家というヤツだったら、サイオンを使ったりせずに…。
(うんと高い山を、遠い昔と変わりやしない道具や装備で…)
地道にコツコツ登ってゆく。
目が眩みそうな断崖だろうが、ザイルやハーケンだけを頼りに、自分の手足で。
(…絶対、有り得ない話ではあるが…)
今のブルーが「登山家になる」と言うのだったら、今の生でも迷わず「転職する」だろう。
「山登りなんかは向いていないぞ」と心底、思っていたとしたって、その道をゆく。
ブルーが登山家の道を選んで、厳しい寒さや薄い空気の中を登ってゆくのなら。
(あいつが誰かと組んで登るなら、俺しかいない筈だしな?)
向いてなくても、俺も登山家になるまでだよな、とクスッと笑う。
今のブルーは、そんな職など、けして選びはしないけれども、選ぶのならばついてゆく。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が「そうした」ように。
ブルーを側で支え続けて、たとえ断崖絶壁だろうが、ブルーと二人で登って行って…。
向いてなくても・了
※ハーレイ先生が天職だと思う、教師の仕事。前の生だと、キャプテンよりは厨房が好み。
キャプテンなんかは向いてないのに、ブルーの頼みでやった転職。今の生でもやりそうですv
PR
「ねえ、ハーレイ。誰もいないと…」
寂しくならない、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? どうした、急に?」
今なら俺がいるだろう、とハーレイは自分の顔を指差した。
「誰もいない」どころではない、穏やかな時間。
ブルーの前にはハーレイがいるし、休日だけに両親もいる。
普段は仕事でいない父まで、家にいるのが当たり前の日。
なのに何故、と不思議に思ったハーレイだけれど…。
(待てよ、みんなが揃っているから、逆にだな…)
一人きりの時を思い出したのかもな、と気が付いた。
ブルーが一人きりになる日は、滅多に無い。
身体が弱い子供だから、とブルーの母は常に気を配る。
買い物するにも、外出にしても、ブルーが登校している間。
いつもそういう具合だけれど、例外の日も、たまにはある。
急に用事が出来た時とか、買い忘れた急ぎの物があるとか。
(ブルーが学校から帰って来たら、鍵が掛かってて…)
家に入ると、リビングのテーブルにメモが一枚。
行先や用事や、帰る時間が書かれた、ブルーへの伝言用。
そういった日でも、ブルーは何も困りはしない。
テーブルには、おやつのケーキなどが置かれている筈。
飲み物にしても、暑い季節なら、何か作ってあるだろう。
新鮮なレモンでレモネードだとか、アイスティーとか。
(…しかしだな…)
困らなくても、「急に、一人」には違いない。
思ってもいない一人暮らしが、ほんの一瞬、やって来る。
見回してみても部屋に人影は無くて、庭にだっていない。
もちろん、物音などもしなくて、せいぜい小鳥の声くらい。
(……うーむ……)
慣れていないと寂しいかもな、とハーレイは思い当たった。
恐らく、そんな時間を指しているのだろう。
まだまだ子供のブルーなのだし、きっと、思い出して…。
(俺にも、聞いてみたってトコか)
なるほどな、とハーレイは大きく頷く。
一人暮らしが長い「ハーレイ」の意見が気になるのも当然。
ならば、答えてやるべきだろう。
「どうしたんだ?」などと言っていないで、自分のことを。
そう思ったから、ハーレイは「俺か?」と微笑んだ。
「俺なら、特に寂しくはないな」
なにしろ慣れているモンだから、と軽く両手を広げる。
「この手さえあれば、飯も作れるし、本も読めるし…」
退屈している暇は無いぞ、と片目を瞑った。
実際、一人で寂しいと思ったことなどは無い。
一人暮らしの家は気楽で、誰に気兼ねをすることも無い。
気が向いた時に、好きに時間を使ってゆける。
夜中に、突然、何か食べたくなったって…。
(キッチンに出掛けて、湯を沸かそうが…)
鍋をカチャカチャやっていようが、誰の眠りも邪魔しない。
誰かいたなら、深夜の料理は、迷惑でしかないだろう。
(食いたい気持ちを押さえ付けるか、抜き足、差し足…)
音を立てないように気を付け、食器の音にも気を付けて。
皿が一枚、カチャンと鳴ったら、誰かを起こす恐れがある。
(その手の心配、俺には、まるで無いからなあ…)
一人暮らしのいいトコなんだ、と心から思う。
だから、ブルーにも、そう言ったけれど…。
「…本当に? ハーレイ、ホントに寂しくないの?」
誰かいたらな、と考えないの、とブルーは畳み掛けて来た。
「お料理の新作、出来た時とか…」と例を挙げて。
「あー…。なるほど、それは確かにあるかもなあ…」
例外中の例外だが、とハーレイも頷かざるを得なかった。
レシピをアレンジするのは常で、珍しくはない。
とはいえ、たまに大きな挑戦もする。
「この食材で、こうやってみたら、どうなるか」と。
それで美味しい料理が出来たら、誰かに披露したくなる。
「おい、ちょっと来て、食ってみろ」と、声を掛けて。
けれども、誰もいない家では、それは出来ない。
試食してくれる家族も、同居人さえいない。
「誰か、呼んどくべきだったよな」と考えた経験が何度か。
誰もいないのが「寂しい」ような気分に包まれる時。
「あるな、寂しくなっちまう時…」
ほんのちょっぴりなんだがな、とハーレイは苦笑する。
そう頻繁ではないのだけれども、寂しくなる日。
ハーレイの告白を聞いたブルーは、「でしょ?」と笑った。
「だからね、寂しくならないように…」
ぼくを呼んでよ、と赤い瞳が嬉しそうに煌めく。
「いつでも行くから」と、「夜でも、パパの車でね」と。
(そう来たか…!)
家には呼ばない約束だしな、とハーレイは唸る。
口実があれば、ブルーは、いそいそとやって来るだろう。
「お料理の新作、何が出来たの?」と試食をしに。
(よくも悪知恵、働かせやがって…!)
小悪魔めが、とハーレイはブルーを睨んで、言い放った。
「誰が呼ぶか!」と、決然と。
「お前に頼むくらいだったら、他を当たるぞ!」
友人も知人も、いくらでもいるものだから。
お隣さんに「どうぞ」とお裾分けでも、いいのだから…。
誰もいないと・了
寂しくならない、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? どうした、急に?」
今なら俺がいるだろう、とハーレイは自分の顔を指差した。
「誰もいない」どころではない、穏やかな時間。
ブルーの前にはハーレイがいるし、休日だけに両親もいる。
普段は仕事でいない父まで、家にいるのが当たり前の日。
なのに何故、と不思議に思ったハーレイだけれど…。
(待てよ、みんなが揃っているから、逆にだな…)
一人きりの時を思い出したのかもな、と気が付いた。
ブルーが一人きりになる日は、滅多に無い。
身体が弱い子供だから、とブルーの母は常に気を配る。
買い物するにも、外出にしても、ブルーが登校している間。
いつもそういう具合だけれど、例外の日も、たまにはある。
急に用事が出来た時とか、買い忘れた急ぎの物があるとか。
(ブルーが学校から帰って来たら、鍵が掛かってて…)
家に入ると、リビングのテーブルにメモが一枚。
行先や用事や、帰る時間が書かれた、ブルーへの伝言用。
そういった日でも、ブルーは何も困りはしない。
テーブルには、おやつのケーキなどが置かれている筈。
飲み物にしても、暑い季節なら、何か作ってあるだろう。
新鮮なレモンでレモネードだとか、アイスティーとか。
(…しかしだな…)
困らなくても、「急に、一人」には違いない。
思ってもいない一人暮らしが、ほんの一瞬、やって来る。
見回してみても部屋に人影は無くて、庭にだっていない。
もちろん、物音などもしなくて、せいぜい小鳥の声くらい。
(……うーむ……)
慣れていないと寂しいかもな、とハーレイは思い当たった。
恐らく、そんな時間を指しているのだろう。
まだまだ子供のブルーなのだし、きっと、思い出して…。
(俺にも、聞いてみたってトコか)
なるほどな、とハーレイは大きく頷く。
一人暮らしが長い「ハーレイ」の意見が気になるのも当然。
ならば、答えてやるべきだろう。
「どうしたんだ?」などと言っていないで、自分のことを。
そう思ったから、ハーレイは「俺か?」と微笑んだ。
「俺なら、特に寂しくはないな」
なにしろ慣れているモンだから、と軽く両手を広げる。
「この手さえあれば、飯も作れるし、本も読めるし…」
退屈している暇は無いぞ、と片目を瞑った。
実際、一人で寂しいと思ったことなどは無い。
一人暮らしの家は気楽で、誰に気兼ねをすることも無い。
気が向いた時に、好きに時間を使ってゆける。
夜中に、突然、何か食べたくなったって…。
(キッチンに出掛けて、湯を沸かそうが…)
鍋をカチャカチャやっていようが、誰の眠りも邪魔しない。
誰かいたなら、深夜の料理は、迷惑でしかないだろう。
(食いたい気持ちを押さえ付けるか、抜き足、差し足…)
音を立てないように気を付け、食器の音にも気を付けて。
皿が一枚、カチャンと鳴ったら、誰かを起こす恐れがある。
(その手の心配、俺には、まるで無いからなあ…)
一人暮らしのいいトコなんだ、と心から思う。
だから、ブルーにも、そう言ったけれど…。
「…本当に? ハーレイ、ホントに寂しくないの?」
誰かいたらな、と考えないの、とブルーは畳み掛けて来た。
「お料理の新作、出来た時とか…」と例を挙げて。
「あー…。なるほど、それは確かにあるかもなあ…」
例外中の例外だが、とハーレイも頷かざるを得なかった。
レシピをアレンジするのは常で、珍しくはない。
とはいえ、たまに大きな挑戦もする。
「この食材で、こうやってみたら、どうなるか」と。
それで美味しい料理が出来たら、誰かに披露したくなる。
「おい、ちょっと来て、食ってみろ」と、声を掛けて。
けれども、誰もいない家では、それは出来ない。
試食してくれる家族も、同居人さえいない。
「誰か、呼んどくべきだったよな」と考えた経験が何度か。
誰もいないのが「寂しい」ような気分に包まれる時。
「あるな、寂しくなっちまう時…」
ほんのちょっぴりなんだがな、とハーレイは苦笑する。
そう頻繁ではないのだけれども、寂しくなる日。
ハーレイの告白を聞いたブルーは、「でしょ?」と笑った。
「だからね、寂しくならないように…」
ぼくを呼んでよ、と赤い瞳が嬉しそうに煌めく。
「いつでも行くから」と、「夜でも、パパの車でね」と。
(そう来たか…!)
家には呼ばない約束だしな、とハーレイは唸る。
口実があれば、ブルーは、いそいそとやって来るだろう。
「お料理の新作、何が出来たの?」と試食をしに。
(よくも悪知恵、働かせやがって…!)
小悪魔めが、とハーレイはブルーを睨んで、言い放った。
「誰が呼ぶか!」と、決然と。
「お前に頼むくらいだったら、他を当たるぞ!」
友人も知人も、いくらでもいるものだから。
お隣さんに「どうぞ」とお裾分けでも、いいのだから…。
誰もいないと・了
(ハーレイ、来てくれなかったよ…)
ちょっぴり残念、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(ハーレイに会えたら話さなくっちゃ、って思ってることは、一つも無くて…)
仕事の帰りに寄ってくれたら嬉しいな、と期待していただけなのだけれど、少し寂しい。
前の生では、ハーレイに会えない日などは、一度も無かった。
ハーレイがキャプテンだったお蔭で、そういう仕組みになっていた。
(ソルジャーのぼくに、何も報告しないだなんて…)
許される方がおかしいのだから、必ず、一度は顔を合わせた。
それだけのために、朝食の時間があったほど。
ハーレイもブルーも、朝は食事をするのだから、と朝食を一緒に摂ることになった。
だから毎朝、食事しながら、あれこれ色々、話していた。
至極真面目にシャングリラや、ミュウの未来も論じたけれども、二人の未来のことも話した。
いつか地球まで辿り着いたら、二人きりで暮らせる筈だから、と夢を見ていた。
(その夢、まるで違う形で、ちゃんと実現したんだけれど…)
神様の都合で、おかしなことになっちゃった、とブルーは残念でたまらない。
今のブルーは十四歳にしかならない子供で、ハーレイはブルーが通う学校の古典の教師。
恋人同士だと言えないどころか、二人で暮らすことも出来ない。
(だから、ハーレイが来てくれないと…)
二人きりで会うことも出来ずに、今日のように溜息をつく羽目になる。
ハーレイが訪ねて来てくれていたら、両親つきでも、夕食を一緒に食べられたのに。
(きっとハーレイ、今日は用事があったんだ…)
此処へ来る時間が無かったんだよ、と分かってはいる。
会議があったか、柔道部の指導が長引いたのか、その辺の理由は謎だけれども。
(他の先生と食事をしに行っちゃっても、それも、お仕事…)
そう思わないと辛いもんね、と自分自身に言い聞かせる。
ハーレイが食事を楽しんでいても、そうなったのは仕事の付き合いだから、という風に。
でないと、嫉妬してしまう。
男の先生ばかりだったとしたって、「ぼくのハーレイ、盗られちゃった!」と怒りたくなる。
ハーレイが食事に誘われなければ、家に来てくれていた筈なのだから。
とはいえ、そうそう怒ってばかりもいられない。
今のハーレイの仕事からして、時間が無い日が出来てしまうのは、当たり前だと言えるだろう。
学校の教師ではなかったとしても、仕事があったら、そうなってしまう。
(前のハーレイの仕事の方が、きっと普通じゃなかっただけで…)
同じシャングリラにハーレイがいても、厨房だったら、まるで事情が違っていそう。
キャプテンだったら、ソルジャー抜きでは、日々の仕事が進みはしない。
指示を仰いだり、報告をしたり、前のブルーに会わねばならない用がドッサリ山積みだった。
たまに用が無い日があったとしたって、「これといったことはありません」といった報告。
「何も無かった」ということ自体が、シャングリラでは重要だった。
平穏無事に一日が終わる保証は、何処にも無かった船だったから。
(でも、ハーレイがキャプテンにならずに、厨房の係のままだったなら…)
ソルジャーのブルーに会う必要など、普通だったら、まず有り得ない。
食堂のメニューを変更しようと考えたって、ブルーに相談することではない。
厨房担当のクルーを集めて、会議を開いて決めるだけ。
(ハーレイが厨房のトップにいたって、そうなっちゃうよね…)
こんな料理を出そうと思う、と相談するのも、ソルジャーではなくて、厨房の者になるだろう。
新しいメニューに使う食材の調達にしても、農場の者などに相談しにゆく。
「こういう料理を出したいんだが、食材の方は足りるだろうか?」と、必要な量を挙げながら。
(…それで増産しなくっちゃ、ってことになっても…)
農場などの生産量を変える相談は、ソルジャーの所まで届きはしない。
途中の何処かで決まってしまって、最終的には、ハーレイではないキャプテンが来る。
「ソルジャー、食堂のメニューが変わるそうです」と、いつから変わるか、報告をしに。
新しいメニューはどんなものかを、きちんと紙に書いたりもして。
(それに目を通して、「分かったよ」って言うのが、ソルジャーの仕事で…)
後は新作の試食といった所だろうか。
其処でようやく、ハーレイの出番がやって来る。
「試食をお願い出来るでしょうか」と、新しい料理をトレイに載せて、青の間まで運ぶ。
もしかしたら、最後の仕上げの部分は、青の間の厨房でやるかもしれない。
(出来た料理を、ぼくの前に置いて…)
食べている間も「如何ですか?」と感想を聞いて、場合によってはメモも取るだろう。
改善すべき部分があるなら、後で早速、取り組まないといけないのだから。
(…そんな時しか、会えないってば!)
厨房が、うんと忙しかったら、何日会えなくなっちゃんだろう、と恐ろしくなる。
(…前のハーレイの仕事、キャプテンでホントに良かったよ…)
厨房だったら悲しすぎるよ、と思うものだから、今のハーレイにも文句は言えない。
もっと忙しい仕事に就いていたなら、会えない日だって増えるのだから。
今日は会えずに終わったけれども、今のハーレイは、充分、努力していると思う。
仕事の帰りに寄れるようにと、時間が無くても、頑張っているに違いない。
ゆっくり歩いてもかまわないのに、小走りだったり、全力疾走したりもして。
(仕事を済ませて、自分の家に帰るだけなら、ゆっくり歩けばいいけれど…)
ブルーの家に寄る時間を取るなら、間に合わない時もあるだろう。
そうした時には全力疾走、あるいは小走り、そうやって時間を作ってゆく。
「まずいな、これじゃ間に合わないぞ」と思った所で、急ぎ始めて。
(生徒は走っちゃダメな廊下も、階段だって…)
教師の場合は別なのだから、走っても誰も咎めはしない。
大荷物を担いで走ってゆこうが、「大変ですね」と労いの声が掛かるだけ。
「よかったら、半分、持ちましょうか」と、手伝う教師も現れる。
場合によっては「次の授業はありませんから、代わりに運んでおきますよ」と言う人だって。
(ハーレイ、頑張ってくれてるんだし、文句を言ったら、本当にダメ…)
ぼくの方は、うんと暇なんだから、と指で額をコツンと叩いた。
「時間が無くても頑張ってくれるハーレイのことを、恨んだりしちゃダメなんだよ」と。
きっとこの先も、ハーレイの時間が足りない時は、何度も何度もあるだろう。
結婚して二人で暮らし始めても、ハーレイの仕事は続いてゆくから、そんな日もある。
「ハーレイ、まだかな?」と待っていたって、なかなか帰って来ないような日。
(夕食の支度は、ハーレイがする、って言ってるけれど…)
そのハーレイが帰らないなら、たまには料理もしておいた方がいいかもしれない。
冷蔵庫を覗いて「何があるかな?」と確かめてから、それで作れそうな簡単なものを。
(調理実習は何度かしてるし、カレーとかなら出来るよね?)
ハーレイのように本格的なものは作れなくても、基本のルーを使って煮込めば、きっと。
炒め物でも出来ると思うし、目玉焼きだって作れるし…。
(あとはサラダと、お味噌汁くらい…)
作っておいたら喜ばれそう、と思った所で、ハタと気付いた。
結婚した後、毎日、家で留守番しているつもりだけれども、どうなのだろう。
上の学校に行かない以上は、結婚したら、当然、そうなる。
(…そうだと思い込んでたけれど…)
違う未来があるかもしれない。
上の学校に行くことになってしまって、結婚したって、学校に行く日が続いてゆく。
ハーレイが教師をしている場所とは全く違って、生徒の中には立派な大人もいる学校へ。
(…上の学校、ぼくは、行く気は全く無くて…)
ハーレイも、「行け」と言ってはいない。
でも、両親はどうだろう。
ハーレイと結婚したいことなど、まだ一回も話してはいない。
そうなってくると、両親の頭の中では、上の学校に行くということで決まっていそう。
チビのままで身体が育たなかったら、そういう子供が行く幼年学校になるけれど…。
(其処でやるのは、普通の上の学校と同じ勉強で…)
違う所は、学校でどういう具合に過ごしてゆくか、という所だけ。
なにしろ身体が子供なのだし、上の学校の生徒のようには暮らしてゆけない部分も多い。
合宿にしても、フィールドワークに出掛けるにしても、実験の時間を設けるにしても。
(上の学校だと、学校に泊まり込みで実験しなくちゃいけないだとか…)
選んだ勉強の中身によっては、そういったこともあるらしい。
実験の結果が出て来る時間が、人間の都合に上手く合うとは限らない。
朝一番に準備を始めて実験開始で、お昼御飯も実験室で食べたとしたって、結果は夜とか。
(しかも学校の門が閉まっちゃうほど、遅い時間になっちゃって…)
もうすぐ日付が変わりそうとか、それくらい遅くなるのだったら、泊まるしかない。
身体がしっかり出来上がっている生徒だったら、少しも問題無いけれど…。
(今のぼくみたいに、チビのままだと…)
眠くなってしまって耐えられないから、その時のための備えが要る。
「少し寝て来ていいですよ」と、手伝ってくれる大人の助手とか、先生だとか。
上の学校では、其処まで面倒は見られないから、幼年学校が必要になる。
勉強はきちんと出来るけれども、身体がついてゆかない生徒が通う学校として。
(…パパとママ、きっと、どっちも考えてるよね…?)
上の学校に行く年になってもチビのままなら、幼年学校、といった具合に、頭の中で。
「きっとブルーは学校に行くし、どっちだろう」と、相談しているかもしれない。
家から通える所がいいか、寮に入れる学校がいいか、ブルーが全く知らない間に、色々と。
(今の学校、まだ一年目で…)
四年生まである学校だし、すっかり油断していたけれども、可能性の方はゼロではない。
「何処がいいかな」と、パンフレットも集めているとか、まるで無いとは言い切れない。
(今からその気で、準備を始めているんなら…)
卒業する年が近付いて来たら、「この学校がいいと思う」と言われそう。
「家から近くて、便利そうでしょ?」とか、「寮だし、通うよりも楽よ」だとか。
(そんなの、困る…!)
学校なんかより、結婚だよ、と思うけれども、両親が譲らなかった時には、学校で決まり。
「結婚だってば!」と意地を張ったら、「じゃあ、両方で」と提案される。
結婚を許してもいいのだけれども、結婚したって、学校の方にも通うように、と。
(…そういう人って、実際、いるよね…)
幼年学校にはいないけれども、普通の上の学校だったら、珍しくない。
結婚していて、でも学生で、という二足の草鞋を履いている人は、幾らでもいる。
(パパとママが結婚を許してくれる条件、それだったなら…)
ぼくの方が、ハーレイよりも忙しいことになっちゃいそう、と愕然とした。
上の学校の生徒というのは、暇な時には、今の学校より、遥かに暇なのは知っている。
遊びにゆける時間もたっぷり取れるし、夏休みとかの休暇も長い。
ところが、忙しくなった時には、今の学校とは比較にならない忙しさ。
さっき考えていた、泊まり込みでの実験みたいに、とんでもないのがやって来る。
(そういう研究、していなくっても…)
試験が幾つも立て続けにあって、レポートや課題の締め切りまでが重なることもあるらしい。
普段は暇にしている生徒も、その時ばかりは、遊ぶどころか…。
(お金を貯めて旅行をしよう、ってアルバイトなんかをしている人も…)
アルバイト先に「忙しいので休みます」と届けを出して、必死に勉強、レポートに課題。
いくら頭がいい生徒だって、頭の良さだけでは乗り切れない。
レポートも課題も、うんと時間を取られるのだから、他のことをしてはいられない。
(ぼくがハーレイと結婚してても、そんなの、まるで関係無くて…)
試験も課題も、レポートだって、もう容赦なく襲って来るから、逃げられなくて…。
(ハーレイが夜食を作ってくれても、「ありがとう」としか言えなくて…)
勉強机で夜食を食べたら、脇目も振らずに勉強に課題、それにレポートばかりの毎日。
ハーレイと話をしている暇さえ、まるで全く無いかもしれない。
(だけど、時間が無くっても…)
忙しい時期さえ終わってしまえば、またゆっくりと話が出来るし、ドライブも出来る。
それを励みに頑張るしか、と思うけれども、避けたい未来。
ハーレイと結婚するのだったら、家で帰りを待っていたいと思うから。
学校に通って必死に時間をやりくりするより、その方がきっと、幸せだから…。
時間が無くっても・了
※ハーレイ先生と結婚した後、家で留守番するつもりなのがブルー君。帰りを待つだけ。
けれど、上の学校に行くことになれば、忙しすぎる日がやって来るかも。試験にレポートv
ちょっぴり残念、と小さなブルーが零した溜息。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(ハーレイに会えたら話さなくっちゃ、って思ってることは、一つも無くて…)
仕事の帰りに寄ってくれたら嬉しいな、と期待していただけなのだけれど、少し寂しい。
前の生では、ハーレイに会えない日などは、一度も無かった。
ハーレイがキャプテンだったお蔭で、そういう仕組みになっていた。
(ソルジャーのぼくに、何も報告しないだなんて…)
許される方がおかしいのだから、必ず、一度は顔を合わせた。
それだけのために、朝食の時間があったほど。
ハーレイもブルーも、朝は食事をするのだから、と朝食を一緒に摂ることになった。
だから毎朝、食事しながら、あれこれ色々、話していた。
至極真面目にシャングリラや、ミュウの未来も論じたけれども、二人の未来のことも話した。
いつか地球まで辿り着いたら、二人きりで暮らせる筈だから、と夢を見ていた。
(その夢、まるで違う形で、ちゃんと実現したんだけれど…)
神様の都合で、おかしなことになっちゃった、とブルーは残念でたまらない。
今のブルーは十四歳にしかならない子供で、ハーレイはブルーが通う学校の古典の教師。
恋人同士だと言えないどころか、二人で暮らすことも出来ない。
(だから、ハーレイが来てくれないと…)
二人きりで会うことも出来ずに、今日のように溜息をつく羽目になる。
ハーレイが訪ねて来てくれていたら、両親つきでも、夕食を一緒に食べられたのに。
(きっとハーレイ、今日は用事があったんだ…)
此処へ来る時間が無かったんだよ、と分かってはいる。
会議があったか、柔道部の指導が長引いたのか、その辺の理由は謎だけれども。
(他の先生と食事をしに行っちゃっても、それも、お仕事…)
そう思わないと辛いもんね、と自分自身に言い聞かせる。
ハーレイが食事を楽しんでいても、そうなったのは仕事の付き合いだから、という風に。
でないと、嫉妬してしまう。
男の先生ばかりだったとしたって、「ぼくのハーレイ、盗られちゃった!」と怒りたくなる。
ハーレイが食事に誘われなければ、家に来てくれていた筈なのだから。
とはいえ、そうそう怒ってばかりもいられない。
今のハーレイの仕事からして、時間が無い日が出来てしまうのは、当たり前だと言えるだろう。
学校の教師ではなかったとしても、仕事があったら、そうなってしまう。
(前のハーレイの仕事の方が、きっと普通じゃなかっただけで…)
同じシャングリラにハーレイがいても、厨房だったら、まるで事情が違っていそう。
キャプテンだったら、ソルジャー抜きでは、日々の仕事が進みはしない。
指示を仰いだり、報告をしたり、前のブルーに会わねばならない用がドッサリ山積みだった。
たまに用が無い日があったとしたって、「これといったことはありません」といった報告。
「何も無かった」ということ自体が、シャングリラでは重要だった。
平穏無事に一日が終わる保証は、何処にも無かった船だったから。
(でも、ハーレイがキャプテンにならずに、厨房の係のままだったなら…)
ソルジャーのブルーに会う必要など、普通だったら、まず有り得ない。
食堂のメニューを変更しようと考えたって、ブルーに相談することではない。
厨房担当のクルーを集めて、会議を開いて決めるだけ。
(ハーレイが厨房のトップにいたって、そうなっちゃうよね…)
こんな料理を出そうと思う、と相談するのも、ソルジャーではなくて、厨房の者になるだろう。
新しいメニューに使う食材の調達にしても、農場の者などに相談しにゆく。
「こういう料理を出したいんだが、食材の方は足りるだろうか?」と、必要な量を挙げながら。
(…それで増産しなくっちゃ、ってことになっても…)
農場などの生産量を変える相談は、ソルジャーの所まで届きはしない。
途中の何処かで決まってしまって、最終的には、ハーレイではないキャプテンが来る。
「ソルジャー、食堂のメニューが変わるそうです」と、いつから変わるか、報告をしに。
新しいメニューはどんなものかを、きちんと紙に書いたりもして。
(それに目を通して、「分かったよ」って言うのが、ソルジャーの仕事で…)
後は新作の試食といった所だろうか。
其処でようやく、ハーレイの出番がやって来る。
「試食をお願い出来るでしょうか」と、新しい料理をトレイに載せて、青の間まで運ぶ。
もしかしたら、最後の仕上げの部分は、青の間の厨房でやるかもしれない。
(出来た料理を、ぼくの前に置いて…)
食べている間も「如何ですか?」と感想を聞いて、場合によってはメモも取るだろう。
改善すべき部分があるなら、後で早速、取り組まないといけないのだから。
(…そんな時しか、会えないってば!)
厨房が、うんと忙しかったら、何日会えなくなっちゃんだろう、と恐ろしくなる。
(…前のハーレイの仕事、キャプテンでホントに良かったよ…)
厨房だったら悲しすぎるよ、と思うものだから、今のハーレイにも文句は言えない。
もっと忙しい仕事に就いていたなら、会えない日だって増えるのだから。
今日は会えずに終わったけれども、今のハーレイは、充分、努力していると思う。
仕事の帰りに寄れるようにと、時間が無くても、頑張っているに違いない。
ゆっくり歩いてもかまわないのに、小走りだったり、全力疾走したりもして。
(仕事を済ませて、自分の家に帰るだけなら、ゆっくり歩けばいいけれど…)
ブルーの家に寄る時間を取るなら、間に合わない時もあるだろう。
そうした時には全力疾走、あるいは小走り、そうやって時間を作ってゆく。
「まずいな、これじゃ間に合わないぞ」と思った所で、急ぎ始めて。
(生徒は走っちゃダメな廊下も、階段だって…)
教師の場合は別なのだから、走っても誰も咎めはしない。
大荷物を担いで走ってゆこうが、「大変ですね」と労いの声が掛かるだけ。
「よかったら、半分、持ちましょうか」と、手伝う教師も現れる。
場合によっては「次の授業はありませんから、代わりに運んでおきますよ」と言う人だって。
(ハーレイ、頑張ってくれてるんだし、文句を言ったら、本当にダメ…)
ぼくの方は、うんと暇なんだから、と指で額をコツンと叩いた。
「時間が無くても頑張ってくれるハーレイのことを、恨んだりしちゃダメなんだよ」と。
きっとこの先も、ハーレイの時間が足りない時は、何度も何度もあるだろう。
結婚して二人で暮らし始めても、ハーレイの仕事は続いてゆくから、そんな日もある。
「ハーレイ、まだかな?」と待っていたって、なかなか帰って来ないような日。
(夕食の支度は、ハーレイがする、って言ってるけれど…)
そのハーレイが帰らないなら、たまには料理もしておいた方がいいかもしれない。
冷蔵庫を覗いて「何があるかな?」と確かめてから、それで作れそうな簡単なものを。
(調理実習は何度かしてるし、カレーとかなら出来るよね?)
ハーレイのように本格的なものは作れなくても、基本のルーを使って煮込めば、きっと。
炒め物でも出来ると思うし、目玉焼きだって作れるし…。
(あとはサラダと、お味噌汁くらい…)
作っておいたら喜ばれそう、と思った所で、ハタと気付いた。
結婚した後、毎日、家で留守番しているつもりだけれども、どうなのだろう。
上の学校に行かない以上は、結婚したら、当然、そうなる。
(…そうだと思い込んでたけれど…)
違う未来があるかもしれない。
上の学校に行くことになってしまって、結婚したって、学校に行く日が続いてゆく。
ハーレイが教師をしている場所とは全く違って、生徒の中には立派な大人もいる学校へ。
(…上の学校、ぼくは、行く気は全く無くて…)
ハーレイも、「行け」と言ってはいない。
でも、両親はどうだろう。
ハーレイと結婚したいことなど、まだ一回も話してはいない。
そうなってくると、両親の頭の中では、上の学校に行くということで決まっていそう。
チビのままで身体が育たなかったら、そういう子供が行く幼年学校になるけれど…。
(其処でやるのは、普通の上の学校と同じ勉強で…)
違う所は、学校でどういう具合に過ごしてゆくか、という所だけ。
なにしろ身体が子供なのだし、上の学校の生徒のようには暮らしてゆけない部分も多い。
合宿にしても、フィールドワークに出掛けるにしても、実験の時間を設けるにしても。
(上の学校だと、学校に泊まり込みで実験しなくちゃいけないだとか…)
選んだ勉強の中身によっては、そういったこともあるらしい。
実験の結果が出て来る時間が、人間の都合に上手く合うとは限らない。
朝一番に準備を始めて実験開始で、お昼御飯も実験室で食べたとしたって、結果は夜とか。
(しかも学校の門が閉まっちゃうほど、遅い時間になっちゃって…)
もうすぐ日付が変わりそうとか、それくらい遅くなるのだったら、泊まるしかない。
身体がしっかり出来上がっている生徒だったら、少しも問題無いけれど…。
(今のぼくみたいに、チビのままだと…)
眠くなってしまって耐えられないから、その時のための備えが要る。
「少し寝て来ていいですよ」と、手伝ってくれる大人の助手とか、先生だとか。
上の学校では、其処まで面倒は見られないから、幼年学校が必要になる。
勉強はきちんと出来るけれども、身体がついてゆかない生徒が通う学校として。
(…パパとママ、きっと、どっちも考えてるよね…?)
上の学校に行く年になってもチビのままなら、幼年学校、といった具合に、頭の中で。
「きっとブルーは学校に行くし、どっちだろう」と、相談しているかもしれない。
家から通える所がいいか、寮に入れる学校がいいか、ブルーが全く知らない間に、色々と。
(今の学校、まだ一年目で…)
四年生まである学校だし、すっかり油断していたけれども、可能性の方はゼロではない。
「何処がいいかな」と、パンフレットも集めているとか、まるで無いとは言い切れない。
(今からその気で、準備を始めているんなら…)
卒業する年が近付いて来たら、「この学校がいいと思う」と言われそう。
「家から近くて、便利そうでしょ?」とか、「寮だし、通うよりも楽よ」だとか。
(そんなの、困る…!)
学校なんかより、結婚だよ、と思うけれども、両親が譲らなかった時には、学校で決まり。
「結婚だってば!」と意地を張ったら、「じゃあ、両方で」と提案される。
結婚を許してもいいのだけれども、結婚したって、学校の方にも通うように、と。
(…そういう人って、実際、いるよね…)
幼年学校にはいないけれども、普通の上の学校だったら、珍しくない。
結婚していて、でも学生で、という二足の草鞋を履いている人は、幾らでもいる。
(パパとママが結婚を許してくれる条件、それだったなら…)
ぼくの方が、ハーレイよりも忙しいことになっちゃいそう、と愕然とした。
上の学校の生徒というのは、暇な時には、今の学校より、遥かに暇なのは知っている。
遊びにゆける時間もたっぷり取れるし、夏休みとかの休暇も長い。
ところが、忙しくなった時には、今の学校とは比較にならない忙しさ。
さっき考えていた、泊まり込みでの実験みたいに、とんでもないのがやって来る。
(そういう研究、していなくっても…)
試験が幾つも立て続けにあって、レポートや課題の締め切りまでが重なることもあるらしい。
普段は暇にしている生徒も、その時ばかりは、遊ぶどころか…。
(お金を貯めて旅行をしよう、ってアルバイトなんかをしている人も…)
アルバイト先に「忙しいので休みます」と届けを出して、必死に勉強、レポートに課題。
いくら頭がいい生徒だって、頭の良さだけでは乗り切れない。
レポートも課題も、うんと時間を取られるのだから、他のことをしてはいられない。
(ぼくがハーレイと結婚してても、そんなの、まるで関係無くて…)
試験も課題も、レポートだって、もう容赦なく襲って来るから、逃げられなくて…。
(ハーレイが夜食を作ってくれても、「ありがとう」としか言えなくて…)
勉強机で夜食を食べたら、脇目も振らずに勉強に課題、それにレポートばかりの毎日。
ハーレイと話をしている暇さえ、まるで全く無いかもしれない。
(だけど、時間が無くっても…)
忙しい時期さえ終わってしまえば、またゆっくりと話が出来るし、ドライブも出来る。
それを励みに頑張るしか、と思うけれども、避けたい未来。
ハーレイと結婚するのだったら、家で帰りを待っていたいと思うから。
学校に通って必死に時間をやりくりするより、その方がきっと、幸せだから…。
時間が無くっても・了
※ハーレイ先生と結婚した後、家で留守番するつもりなのがブルー君。帰りを待つだけ。
けれど、上の学校に行くことになれば、忙しすぎる日がやって来るかも。試験にレポートv
(今日は失敗しちまったよなあ…)
こんなつもりじゃなかったのに、とハーレイはフウと溜息をついた。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎でコーヒーの時間。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れて、これからゆっくり味わってゆく。
(…こいつは、失敗しちゃいないんだ…)
淹れるのは慣れたモンだからな、とコーヒーについては自信がある。
時間がある日は豆から挽いて淹れるくらいに、コーヒーが好きで、手間だってかける。
今日も夕食の片付けを済ませて、手際よく準備を始めて淹れた。
書斎に移りたい気分になる頃、ちょうど熱いのが出来上がるように。
(豆から挽くほど、今日は時間が無かったが…)
仕事がある日は当たり前だし、それは失敗には入らない。
確かに時間は無かったけれども、いつものことだし、失敗の内に数えはしない。
(…しかしだな…)
他の所で失敗続きの一日だった、とブルーを想って、申し訳ない気持ちになる。
本当だったら、今日は仕事が終わった後に、ブルーに会える筈だった。
愛車でブルーの家まで走って、窓から見下ろすブルーに大きく手を振って。
(その筈なんだが、いったい何処に消えちまったんだか…)
ブルーの家に寄れる時間は…、と考えるほどに「失敗だった」と思えて来る。
朝、学校に向かう時には、帰りの心づもりをしていた。
仕事が終われば、今日は時間が充分あるから、ブルーの家に寄って帰ろう、と。
(いつも晩飯をご馳走になるし、たまには手土産でも持って…)
出掛けてゆくのもいいモンだしな、と買い物までも予定していたくらい。
新聞と一緒に届いたチラシの中から、目ぼしいものを幾つか眺めた。
食料品店で各地の名産品が売られるようだし、美味しそうな物を探すのもいい。
行きつけのパン屋も、焼き菓子の広告を入れていた。
(焼き菓子だったら日持ちするから、それでもいいし…)
どれにするかな、と少し悩んで、帰りに決めることにした。
学校を出る時、どういう気分になっているかで、手土産を買いに寄る店を選ぶ。
(名産品を見ながら、あれこれ目移りしてゆくコースか、パン屋に行って…)
試食しながら「コレだ」と決めるか、それは帰りの気分次第でいいだろう。
朝から迷って無理に決めるより、直感の方が断然いい。
「こうだ」と決める時には一瞬、その閃きが運を引き寄せる。
悩んで時間を費やすよりも、結果はグンと良くなるものだ、と思えるから。
そんな具合で、時間を上手く使ってゆくのは、ハーレイの得意分野と言える。
だから滅多に失敗しないし、時間が足りなくなることも無い。
ところが今日は…。
(やっちまった、と言うべきか…)
時間が無くなっちまってたんだ、と、また溜息が零れてしまう。
手土産を買ってゆく時間もあるな、と踏んでいたのに、何処で計算が狂ったものか。
学校を出られる時間が来たのは、ブルーの家に寄って帰るには遅すぎる頃になってから。
日もとっぷりと暮れてしまって、余計に情けない気分になった。
「なんてこった」と、「こんな筈ではなかったんだ」と、ブルーに心で謝りながら。
(…一つ一つは、大したことでは…)
まるで無かった筈なんだよな、と時間が何処かに消えてしまった原因を思い返してみる。
ちょっとした用事を頼まれたとか、生徒に呼び止められたとか。
(どれも、ちょっぴり時間があれば、だ…)
簡単に片付くことばかりだし、その時は何とも思わなかった。
後になってから積もり積もって、時間がすっかり消えるだなんて、誰が気付くというのだろう。
(それこそ、俺は神様じゃないし…)
予知能力だって持っていないから、先のことなど分かりはしない。
いつもの「気のいいハーレイ」のままで、あちこちで用を引き受けた。
生徒に質問された時にも、答えたついでに、他の生徒も交えて雑談。
(俺にとっては、ごく当たり前の日常で…)
普段以上にサービスしたとか、熱が入って頑張り過ぎた、ということだって無かった一日。
けれど、仕事が終わった時には、朝、たっぷりとあった時間は消え失せていた。
悪戯小僧の妖精か何かに、知らない間に、ヒョイと盗まれてしまったように。
(まさに狐につままれたよう、ってヤツだよなあ…)
狐に盗まれちまったかな、と尻尾が太くて顔が尖った、悪戯者を思い浮かべる。
山から子狐が降りて来ていて、時間を盗んで行っただろうか。
(そういや、昼間に…)
晴れているのに、ほんの少しだけ、小雨が降った。
いわゆる「狐の嫁入り」だから、嫁入り行列について来ていた、子狐の仕業かもしれない。
人間にちょっぴり悪戯したくて、頭に木の葉をヒョイと乗っけて、近付いて来て…。
(俺の時間を持ってったってか?)
本当にそうかもしれないな、と思えて来るほど、今日は不思議に時間が消えた。
大した用など一つも無いのに、仕事の帰りにブルーの家に寄れなくなってしまったほどに。
(…次にあいつの家に行った時、あいつが膨れちまっていたら…)
狐の話をしてやるとするか、と軽く肩を竦めて、コーヒーのカップを傾ける。
きっとブルーは、今日はすっかりしょげてしまって、溜息をついていただろう。
「今日はハーレイ、来なかったよ…」と、暮れてしまった庭を眺めて、残念そうに。
こういう会えない日が続いたなら、ブルーは機嫌を損ねてしまって、膨れがちになる。
せっかく久しぶりに会えても、プンスカ怒っていたりもする。
「ぼくのこと、忘れていたんでしょ!」と眉を吊り上げることもあるから、そうなったなら…。
(すまん、と最初に謝ってから…)
時間を盗んで行った狐の話を聞かせて、「仕方ないだろ?」と許しを請うのもいいだろう。
悪戯小僧の子狐に時間を盗まれたのなら、どうすることも出来るわけがない。
頭の上に葉っぱを乗っけて、姿を消して逃げた狐を追い掛けるなんて、前のブルーでも…。
(サイオン抜きでは、出来やしないぞ?)
使ってみたって無理かもしれん、と可笑しくなる。
狐が姿を消す方法と、サイオンシールドで姿を消すのは、多分、仕組みが違うと思う。
前のブルーが「ハーレイ、狐に時間を盗まれたって?」と探してみたって、見付かるかどうか。
(…狐ってヤツが、ナキネズミみたいに思念波でだな…)
仲間と話をしているのならば、追跡は可能かもしれない。
「人間の時間を盗んじゃったよ!」と得意満面で跳ねる思念を追ったら、その先に…。
(俺の時間を抱えた子狐、見付かるかもな?)
それなら、前のあいつなら…、と取り返すために飛び出してゆきそうな前のブルーを思う。
「見付けたよ! 追い掛けて返して貰って来る!」と、子狐を追って飛んでゆくブルー。
「それはハーレイの時間だから!」と、悪戯小僧に思念で呼び掛けながら。
「返してあげてくれないかな?」と、「返してくれたら、代わりに何かあげるから!」とも。
(…狐にプレゼントするんだったら、油揚げ…)
シャングリラには無かったんだが、とクスクス笑いが込み上げて来る。
「油揚げの無い時代だったら、何を代わりにすればいいんだ?」と厨房を思い返してみて。
悪戯小僧の子狐を捕まえた前のブルーは、何をお礼にするのだろう。
返して貰った「ハーレイの時間」は、しっかり抱えて戻って来るとは思うけれども。
(はてさて、狐にプレゼントなあ…?)
あの船には何があったかな、と食堂のメニューやレシピを挙げてはみても、悩んでしまう。
油揚げの代わりにフライドチキンや、魚のフライでもいいのだろうか。
どれも油で揚げてはあるから、子狐の口にも合うかもしれない。
それとも同じ油で揚げても、ドーナツなどの菓子類の方が…。
(子狐だったら、お好みかもな?)
これもブルーに相談するか、と「狐に時間を盗まれた」話に足すことにした。
きっと愉快な話になるのに違いないから、ブルーの機嫌も直るだろう。
(…とはいえ、今日は失敗なわけで…)
俺らしくもない話だよな、と思いはしても仕方ない。
たまにはこういう日だってあるし、時間が無くなる時も、ひょっこり訪れるもの。
悪戯者の子狐のせいか、はたまたハーレイの「うっかりミス」かは、謎だけれども。
(…そうそう何度もやらかせないし、毎回、毎回、狐のせいにも出来ないし…)
俺が頑張るしかないんだよな、とマグカップを指でカチンと弾く。
「時間が無くても、なんとかするさ」と、この先のことを思い描いて。
今はブルーと別々の家で暮らしているから、時間が無ければ会えないというだけのこと。
ブルーが膨れてしまった時にも、「すまん」と頭を下げればいい。
けれども、これから先となったら、もうそれだけでは済まない時代がやって来る。
まだ十四歳にしかならないブルーが、大きく育って、結婚出来る十八歳になったなら…。
(同じ家で暮らすわけなんだしな?)
そうなったならば、約束する日もあるだろう。
「今日は早めに帰って来るから、何処かで飯を食わないか?」などと。
料理は得意なのだけれども、毎日、家で食べているより、たまには外食するのもいい。
評判の店を予約してもいいし、ドライブがてら見付けた店にふらりと入って食べるのも。
(朝にそういう約束をして、俺が出掛けて行ったなら…)
家に残っているブルーの方は、首を長くして「ハーレイの帰り」を待つだろう。
何度も壁の時計を眺めて、「まだまだだよね?」と思ったりもして。
朝、ハーレイを送り出した後、何度も何度も、今夜の食事を思い描いて、楽しみに待つ。
「ハーレイ、お店を予約するかな?」と、最近、食卓で話題に上った店を幾つも振り返ったり。
(あのお店かな、と予想したのと違っても…)
店など予約していなくても、きっとブルーは怒らない。
ハーレイがちゃんと早めに帰って、「行くぞ」と声を掛けたなら。
「俺はこのままスーツで行くから、すぐに出るぞ」な日もあるだろうし、着替えることも。
ドライブ向きのラフな服を着て、気の向くままに走って行って、何処かの店へ入るような日。
スーツのままなら、予約していたレストランなどになるのだろうか。
(俺さえ、ちゃんと早めに帰って、ブルーを乗せて…)
食事に行ければいいのだけれども、其処で失敗して時間を失くせば、ブルーの方は…。
(待たされた上に、食事なんかには行けなくて…)
「すまん、これから急いで作る!」と慌てて作ったような料理や、買って帰った総菜などで…。
(家で晩飯、ってことになっちまって、期待外れで、ガッカリで…)
それでもブルーは怒るどころか、ハーレイの方を心配しそう。
「大丈夫? 疲れてるなら、晩御飯、ぼくが代わりに作ろうか?」などと言ったりして。
(…そいつはブルーに、うんと悪くて…)
申し訳ないどころではなくて、穴があったら入りたいほど。
そうならないよう、時間が無くても、頑張ってカバーしなければ。
(間に合わないかもな、と思っても…)
頼まれ事や生徒の質問などは無視出来ないから、予定の時間をオーバーした分、頑張るしかない。
移動する時は小走りだとか、昼食は急いで掻き込むだとか。
(時間が無くても、あいつをガッカリさせないためなら…)
そのくらいのことは何でもないさ、と思うけれども、今日の所は、ブルーに勘弁して貰おう。
「すまん、悪戯者の子狐がだな…」と、時間泥棒のせいにして。
頭の上に葉っぱを乗っけた、狐にやられた話をして…。
時間が無くても・了
※ブルー君の家に寄ろうと思っていたのに、寄れずに帰るしかなかったハーレイ先生。
今は謝れば済むのですけど、結婚した後が大問題。時間が無いなら、頑張ってカバーv
こんなつもりじゃなかったのに、とハーレイはフウと溜息をついた。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎でコーヒーの時間。
愛用のマグカップにたっぷりと淹れて、これからゆっくり味わってゆく。
(…こいつは、失敗しちゃいないんだ…)
淹れるのは慣れたモンだからな、とコーヒーについては自信がある。
時間がある日は豆から挽いて淹れるくらいに、コーヒーが好きで、手間だってかける。
今日も夕食の片付けを済ませて、手際よく準備を始めて淹れた。
書斎に移りたい気分になる頃、ちょうど熱いのが出来上がるように。
(豆から挽くほど、今日は時間が無かったが…)
仕事がある日は当たり前だし、それは失敗には入らない。
確かに時間は無かったけれども、いつものことだし、失敗の内に数えはしない。
(…しかしだな…)
他の所で失敗続きの一日だった、とブルーを想って、申し訳ない気持ちになる。
本当だったら、今日は仕事が終わった後に、ブルーに会える筈だった。
愛車でブルーの家まで走って、窓から見下ろすブルーに大きく手を振って。
(その筈なんだが、いったい何処に消えちまったんだか…)
ブルーの家に寄れる時間は…、と考えるほどに「失敗だった」と思えて来る。
朝、学校に向かう時には、帰りの心づもりをしていた。
仕事が終われば、今日は時間が充分あるから、ブルーの家に寄って帰ろう、と。
(いつも晩飯をご馳走になるし、たまには手土産でも持って…)
出掛けてゆくのもいいモンだしな、と買い物までも予定していたくらい。
新聞と一緒に届いたチラシの中から、目ぼしいものを幾つか眺めた。
食料品店で各地の名産品が売られるようだし、美味しそうな物を探すのもいい。
行きつけのパン屋も、焼き菓子の広告を入れていた。
(焼き菓子だったら日持ちするから、それでもいいし…)
どれにするかな、と少し悩んで、帰りに決めることにした。
学校を出る時、どういう気分になっているかで、手土産を買いに寄る店を選ぶ。
(名産品を見ながら、あれこれ目移りしてゆくコースか、パン屋に行って…)
試食しながら「コレだ」と決めるか、それは帰りの気分次第でいいだろう。
朝から迷って無理に決めるより、直感の方が断然いい。
「こうだ」と決める時には一瞬、その閃きが運を引き寄せる。
悩んで時間を費やすよりも、結果はグンと良くなるものだ、と思えるから。
そんな具合で、時間を上手く使ってゆくのは、ハーレイの得意分野と言える。
だから滅多に失敗しないし、時間が足りなくなることも無い。
ところが今日は…。
(やっちまった、と言うべきか…)
時間が無くなっちまってたんだ、と、また溜息が零れてしまう。
手土産を買ってゆく時間もあるな、と踏んでいたのに、何処で計算が狂ったものか。
学校を出られる時間が来たのは、ブルーの家に寄って帰るには遅すぎる頃になってから。
日もとっぷりと暮れてしまって、余計に情けない気分になった。
「なんてこった」と、「こんな筈ではなかったんだ」と、ブルーに心で謝りながら。
(…一つ一つは、大したことでは…)
まるで無かった筈なんだよな、と時間が何処かに消えてしまった原因を思い返してみる。
ちょっとした用事を頼まれたとか、生徒に呼び止められたとか。
(どれも、ちょっぴり時間があれば、だ…)
簡単に片付くことばかりだし、その時は何とも思わなかった。
後になってから積もり積もって、時間がすっかり消えるだなんて、誰が気付くというのだろう。
(それこそ、俺は神様じゃないし…)
予知能力だって持っていないから、先のことなど分かりはしない。
いつもの「気のいいハーレイ」のままで、あちこちで用を引き受けた。
生徒に質問された時にも、答えたついでに、他の生徒も交えて雑談。
(俺にとっては、ごく当たり前の日常で…)
普段以上にサービスしたとか、熱が入って頑張り過ぎた、ということだって無かった一日。
けれど、仕事が終わった時には、朝、たっぷりとあった時間は消え失せていた。
悪戯小僧の妖精か何かに、知らない間に、ヒョイと盗まれてしまったように。
(まさに狐につままれたよう、ってヤツだよなあ…)
狐に盗まれちまったかな、と尻尾が太くて顔が尖った、悪戯者を思い浮かべる。
山から子狐が降りて来ていて、時間を盗んで行っただろうか。
(そういや、昼間に…)
晴れているのに、ほんの少しだけ、小雨が降った。
いわゆる「狐の嫁入り」だから、嫁入り行列について来ていた、子狐の仕業かもしれない。
人間にちょっぴり悪戯したくて、頭に木の葉をヒョイと乗っけて、近付いて来て…。
(俺の時間を持ってったってか?)
本当にそうかもしれないな、と思えて来るほど、今日は不思議に時間が消えた。
大した用など一つも無いのに、仕事の帰りにブルーの家に寄れなくなってしまったほどに。
(…次にあいつの家に行った時、あいつが膨れちまっていたら…)
狐の話をしてやるとするか、と軽く肩を竦めて、コーヒーのカップを傾ける。
きっとブルーは、今日はすっかりしょげてしまって、溜息をついていただろう。
「今日はハーレイ、来なかったよ…」と、暮れてしまった庭を眺めて、残念そうに。
こういう会えない日が続いたなら、ブルーは機嫌を損ねてしまって、膨れがちになる。
せっかく久しぶりに会えても、プンスカ怒っていたりもする。
「ぼくのこと、忘れていたんでしょ!」と眉を吊り上げることもあるから、そうなったなら…。
(すまん、と最初に謝ってから…)
時間を盗んで行った狐の話を聞かせて、「仕方ないだろ?」と許しを請うのもいいだろう。
悪戯小僧の子狐に時間を盗まれたのなら、どうすることも出来るわけがない。
頭の上に葉っぱを乗っけて、姿を消して逃げた狐を追い掛けるなんて、前のブルーでも…。
(サイオン抜きでは、出来やしないぞ?)
使ってみたって無理かもしれん、と可笑しくなる。
狐が姿を消す方法と、サイオンシールドで姿を消すのは、多分、仕組みが違うと思う。
前のブルーが「ハーレイ、狐に時間を盗まれたって?」と探してみたって、見付かるかどうか。
(…狐ってヤツが、ナキネズミみたいに思念波でだな…)
仲間と話をしているのならば、追跡は可能かもしれない。
「人間の時間を盗んじゃったよ!」と得意満面で跳ねる思念を追ったら、その先に…。
(俺の時間を抱えた子狐、見付かるかもな?)
それなら、前のあいつなら…、と取り返すために飛び出してゆきそうな前のブルーを思う。
「見付けたよ! 追い掛けて返して貰って来る!」と、子狐を追って飛んでゆくブルー。
「それはハーレイの時間だから!」と、悪戯小僧に思念で呼び掛けながら。
「返してあげてくれないかな?」と、「返してくれたら、代わりに何かあげるから!」とも。
(…狐にプレゼントするんだったら、油揚げ…)
シャングリラには無かったんだが、とクスクス笑いが込み上げて来る。
「油揚げの無い時代だったら、何を代わりにすればいいんだ?」と厨房を思い返してみて。
悪戯小僧の子狐を捕まえた前のブルーは、何をお礼にするのだろう。
返して貰った「ハーレイの時間」は、しっかり抱えて戻って来るとは思うけれども。
(はてさて、狐にプレゼントなあ…?)
あの船には何があったかな、と食堂のメニューやレシピを挙げてはみても、悩んでしまう。
油揚げの代わりにフライドチキンや、魚のフライでもいいのだろうか。
どれも油で揚げてはあるから、子狐の口にも合うかもしれない。
それとも同じ油で揚げても、ドーナツなどの菓子類の方が…。
(子狐だったら、お好みかもな?)
これもブルーに相談するか、と「狐に時間を盗まれた」話に足すことにした。
きっと愉快な話になるのに違いないから、ブルーの機嫌も直るだろう。
(…とはいえ、今日は失敗なわけで…)
俺らしくもない話だよな、と思いはしても仕方ない。
たまにはこういう日だってあるし、時間が無くなる時も、ひょっこり訪れるもの。
悪戯者の子狐のせいか、はたまたハーレイの「うっかりミス」かは、謎だけれども。
(…そうそう何度もやらかせないし、毎回、毎回、狐のせいにも出来ないし…)
俺が頑張るしかないんだよな、とマグカップを指でカチンと弾く。
「時間が無くても、なんとかするさ」と、この先のことを思い描いて。
今はブルーと別々の家で暮らしているから、時間が無ければ会えないというだけのこと。
ブルーが膨れてしまった時にも、「すまん」と頭を下げればいい。
けれども、これから先となったら、もうそれだけでは済まない時代がやって来る。
まだ十四歳にしかならないブルーが、大きく育って、結婚出来る十八歳になったなら…。
(同じ家で暮らすわけなんだしな?)
そうなったならば、約束する日もあるだろう。
「今日は早めに帰って来るから、何処かで飯を食わないか?」などと。
料理は得意なのだけれども、毎日、家で食べているより、たまには外食するのもいい。
評判の店を予約してもいいし、ドライブがてら見付けた店にふらりと入って食べるのも。
(朝にそういう約束をして、俺が出掛けて行ったなら…)
家に残っているブルーの方は、首を長くして「ハーレイの帰り」を待つだろう。
何度も壁の時計を眺めて、「まだまだだよね?」と思ったりもして。
朝、ハーレイを送り出した後、何度も何度も、今夜の食事を思い描いて、楽しみに待つ。
「ハーレイ、お店を予約するかな?」と、最近、食卓で話題に上った店を幾つも振り返ったり。
(あのお店かな、と予想したのと違っても…)
店など予約していなくても、きっとブルーは怒らない。
ハーレイがちゃんと早めに帰って、「行くぞ」と声を掛けたなら。
「俺はこのままスーツで行くから、すぐに出るぞ」な日もあるだろうし、着替えることも。
ドライブ向きのラフな服を着て、気の向くままに走って行って、何処かの店へ入るような日。
スーツのままなら、予約していたレストランなどになるのだろうか。
(俺さえ、ちゃんと早めに帰って、ブルーを乗せて…)
食事に行ければいいのだけれども、其処で失敗して時間を失くせば、ブルーの方は…。
(待たされた上に、食事なんかには行けなくて…)
「すまん、これから急いで作る!」と慌てて作ったような料理や、買って帰った総菜などで…。
(家で晩飯、ってことになっちまって、期待外れで、ガッカリで…)
それでもブルーは怒るどころか、ハーレイの方を心配しそう。
「大丈夫? 疲れてるなら、晩御飯、ぼくが代わりに作ろうか?」などと言ったりして。
(…そいつはブルーに、うんと悪くて…)
申し訳ないどころではなくて、穴があったら入りたいほど。
そうならないよう、時間が無くても、頑張ってカバーしなければ。
(間に合わないかもな、と思っても…)
頼まれ事や生徒の質問などは無視出来ないから、予定の時間をオーバーした分、頑張るしかない。
移動する時は小走りだとか、昼食は急いで掻き込むだとか。
(時間が無くても、あいつをガッカリさせないためなら…)
そのくらいのことは何でもないさ、と思うけれども、今日の所は、ブルーに勘弁して貰おう。
「すまん、悪戯者の子狐がだな…」と、時間泥棒のせいにして。
頭の上に葉っぱを乗っけた、狐にやられた話をして…。
時間が無くても・了
※ブルー君の家に寄ろうと思っていたのに、寄れずに帰るしかなかったハーレイ先生。
今は謝れば済むのですけど、結婚した後が大問題。時間が無いなら、頑張ってカバーv
「ねえ、ハーレイ。思いやりって…」
大切だよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、突然に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 思いやりって…」
急にどうした、とハーレイは首を傾げてブルーを見詰めた。
質問の意図は謎だけれども、思いやりというものならば…。
(こいつは充分、持ち合わせている筈だよな…?)
前のあいつには負けるかもだが、と考えてしまう。
遠く遥かな時の彼方で、ひたすらに人を思いやったブルー。
自分のことなど後回しにして、全て、他人を優先だった。
(いつも仲間のことを思って、思いやって生きて…)
最後にはとうとう、命までをも捨ててしまった。
自分の命さえ投げ出したならば、白い箱舟を守れるから。
シャングリラをナスカから、無事に何処かへ逃がせるから。
(…前の俺たちは、そうやって…)
ブルーの「最後の思いやり」に救われ、地球を目指した。
そうやって今の平和が生まれて、地球も青く蘇った。
(とはいえ、前のあいつは戻らないままで…)
青い地球の上に生まれて来るまで、報われないまま。
もしかしたなら、天国で報われたのかもしれないけれど。
そんな風に生きた前のブルーと、今の小さなブルーは違う。
今のブルーは幸せ一杯、時には我儘だって言う。
(しかしだな…)
思いやりに欠けているなどと、一度も思ったことはない。
まだまだチビの子供だけれども、人を思いやる心は充分。
(お父さんたちが心配するだろうから、と…)
具合が悪いのを隠そうとしたり、無理をしてみたり。
結局、体調を崩してしまって、寝込んだ時にも同じこと。
(大丈夫だよ、って…)
自分のことは一人で出来る、と頑張ろうとする。
ベッドから降りた途端に倒れそうでも、踏ん張って。
パジャマの着替えが大変だろうが、母を呼びはしないで。
(…たまに途中で、ダウンしちまうみたいだが…)
着替えられずに床に倒れて、そのままな日もあるらしい。
もっとも、両親の方も、それは承知で、注意している。
「ブルーがベッドで、寝ているかどうか」を、見に訪れる。
水を運んだり、上掛けを直しに来たりと、口実をつけて。
(それもまた、思いやりってヤツだよなあ…)
両親と互いに、とハーレイは一人で頷く。
その両親が育てた今のブルーも、人を思いやれる子に育つ。
優しい両親の心をそのまま、たっぷり受け継ぐから。
(…つまりは、思いやりは充分なわけで…)
わざわざ俺に聞くまでもない、と考えて、ハタと気付いた。
ブルーが言う「大切だよね」は、他の人間かもしれない。
(…こいつにとっては当然のことを、まるで無視して…)
思いやりに欠けた誰かがいるとか、そういったケース。
それも、ブルーの身近な所に。
(…友達の中に、そういったヤツが…)
いるんだろうか、と顎に手を当て、「そうかもな」と思う。
貸した本を返すのが遅いとか、約束を忘れがちだとか。
(…有り得るぞ…)
きっとソレだ、という気がするから、ブルーに尋ねた。
「おい。もしかして、思いやりに欠けた誰かがだな…」
お前の近くにいたりするのか、とブルーの瞳を覗き込んで。
するとブルーは、「うん」と即座に、首を縦に振った。
「だから、ちょっぴり困ってて…」
なのに気付いてくれないんだよ、と小さなブルーは困り顔。
「注意するより、自分で気付いて欲しいんだけど」と。
「あー…。そりゃまあ、注意するっていうのは…」
最後の手段になりそうだよな、とハーレイにも分かる。
下手にやったら、友情にヒビが入るから。
そうなることを回避するのも、これまた思いやりだから。
けれどブルーに、どう答えたらいいのだろう。
(思いやりは大切だから、注意すべきだ、なんてだな…)
言えはしないし、教師の自分が言いに行くのは余計に悪い。
ブルーが「告げ口をした」と、相手は怒り出すだろう。
(…どうすりゃいいんだ、俺は…?)
小さなブルーが困っているなら、助けたい。
助け舟を出してやりたいけれども、その方法が出て来ない。
ブルーに対する助言にしても、直接、助けに乗り出すにも。
(…その友達さえ、自分で気付いてくれればなあ…)
そうすりゃ、万事解決だが、と腕組みをして考え込む。
いったい自分は、この問題を、どうすべきか、と。
ブルーにも「悩んでいる」のが、分かったのだろう。
「あのね…」
やっぱり、気付くのを待つことにする、とブルーは笑んだ。
「ぼくなら、それまで我慢出来るし、それでいいよ」と。
「そうなのか? しかし、俺にまで相談するくらい…」
思いやりに欠けたヤツなんだろう、と心配になる。
本当に放っておいていいのか、もう気掛かりでたまらない。
するとブルーは、クスッと笑った。
「だって、その人、ぼくの目の前にいるんだもの」」と。
「なんだって!?」
俺か、とハーレイは驚いて自分を指差した。
自分の何処が「思いやりに欠けている」のか、分からない。
現に今にしても、ブルーの問いで悩んでいたわけで…。
「何故、俺がそういうことになるんだ?」
分からんぞ、と睨み付けたら、ブルーは微笑む。
「ぼくの気持ちを、いつも無視してばかりでしょ?」
キスだって、してくれないしね、と。
「思いやりが大切だったら、ぼくにキスして」と。
(…そう来たか…!)
極悪人め、とハーレイは拳を握った。
ブルーの頭に、コツンと一発、軽くお見舞いするために。
思いやりは確かに大切だけれど、それは全く別だから。
本当にブルーを思うからこそ、キスはお預けなのだから…。
思いやりって・了
大切だよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
二人きりで過ごす休日の午後に、突然に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 思いやりって…」
急にどうした、とハーレイは首を傾げてブルーを見詰めた。
質問の意図は謎だけれども、思いやりというものならば…。
(こいつは充分、持ち合わせている筈だよな…?)
前のあいつには負けるかもだが、と考えてしまう。
遠く遥かな時の彼方で、ひたすらに人を思いやったブルー。
自分のことなど後回しにして、全て、他人を優先だった。
(いつも仲間のことを思って、思いやって生きて…)
最後にはとうとう、命までをも捨ててしまった。
自分の命さえ投げ出したならば、白い箱舟を守れるから。
シャングリラをナスカから、無事に何処かへ逃がせるから。
(…前の俺たちは、そうやって…)
ブルーの「最後の思いやり」に救われ、地球を目指した。
そうやって今の平和が生まれて、地球も青く蘇った。
(とはいえ、前のあいつは戻らないままで…)
青い地球の上に生まれて来るまで、報われないまま。
もしかしたなら、天国で報われたのかもしれないけれど。
そんな風に生きた前のブルーと、今の小さなブルーは違う。
今のブルーは幸せ一杯、時には我儘だって言う。
(しかしだな…)
思いやりに欠けているなどと、一度も思ったことはない。
まだまだチビの子供だけれども、人を思いやる心は充分。
(お父さんたちが心配するだろうから、と…)
具合が悪いのを隠そうとしたり、無理をしてみたり。
結局、体調を崩してしまって、寝込んだ時にも同じこと。
(大丈夫だよ、って…)
自分のことは一人で出来る、と頑張ろうとする。
ベッドから降りた途端に倒れそうでも、踏ん張って。
パジャマの着替えが大変だろうが、母を呼びはしないで。
(…たまに途中で、ダウンしちまうみたいだが…)
着替えられずに床に倒れて、そのままな日もあるらしい。
もっとも、両親の方も、それは承知で、注意している。
「ブルーがベッドで、寝ているかどうか」を、見に訪れる。
水を運んだり、上掛けを直しに来たりと、口実をつけて。
(それもまた、思いやりってヤツだよなあ…)
両親と互いに、とハーレイは一人で頷く。
その両親が育てた今のブルーも、人を思いやれる子に育つ。
優しい両親の心をそのまま、たっぷり受け継ぐから。
(…つまりは、思いやりは充分なわけで…)
わざわざ俺に聞くまでもない、と考えて、ハタと気付いた。
ブルーが言う「大切だよね」は、他の人間かもしれない。
(…こいつにとっては当然のことを、まるで無視して…)
思いやりに欠けた誰かがいるとか、そういったケース。
それも、ブルーの身近な所に。
(…友達の中に、そういったヤツが…)
いるんだろうか、と顎に手を当て、「そうかもな」と思う。
貸した本を返すのが遅いとか、約束を忘れがちだとか。
(…有り得るぞ…)
きっとソレだ、という気がするから、ブルーに尋ねた。
「おい。もしかして、思いやりに欠けた誰かがだな…」
お前の近くにいたりするのか、とブルーの瞳を覗き込んで。
するとブルーは、「うん」と即座に、首を縦に振った。
「だから、ちょっぴり困ってて…」
なのに気付いてくれないんだよ、と小さなブルーは困り顔。
「注意するより、自分で気付いて欲しいんだけど」と。
「あー…。そりゃまあ、注意するっていうのは…」
最後の手段になりそうだよな、とハーレイにも分かる。
下手にやったら、友情にヒビが入るから。
そうなることを回避するのも、これまた思いやりだから。
けれどブルーに、どう答えたらいいのだろう。
(思いやりは大切だから、注意すべきだ、なんてだな…)
言えはしないし、教師の自分が言いに行くのは余計に悪い。
ブルーが「告げ口をした」と、相手は怒り出すだろう。
(…どうすりゃいいんだ、俺は…?)
小さなブルーが困っているなら、助けたい。
助け舟を出してやりたいけれども、その方法が出て来ない。
ブルーに対する助言にしても、直接、助けに乗り出すにも。
(…その友達さえ、自分で気付いてくれればなあ…)
そうすりゃ、万事解決だが、と腕組みをして考え込む。
いったい自分は、この問題を、どうすべきか、と。
ブルーにも「悩んでいる」のが、分かったのだろう。
「あのね…」
やっぱり、気付くのを待つことにする、とブルーは笑んだ。
「ぼくなら、それまで我慢出来るし、それでいいよ」と。
「そうなのか? しかし、俺にまで相談するくらい…」
思いやりに欠けたヤツなんだろう、と心配になる。
本当に放っておいていいのか、もう気掛かりでたまらない。
するとブルーは、クスッと笑った。
「だって、その人、ぼくの目の前にいるんだもの」」と。
「なんだって!?」
俺か、とハーレイは驚いて自分を指差した。
自分の何処が「思いやりに欠けている」のか、分からない。
現に今にしても、ブルーの問いで悩んでいたわけで…。
「何故、俺がそういうことになるんだ?」
分からんぞ、と睨み付けたら、ブルーは微笑む。
「ぼくの気持ちを、いつも無視してばかりでしょ?」
キスだって、してくれないしね、と。
「思いやりが大切だったら、ぼくにキスして」と。
(…そう来たか…!)
極悪人め、とハーレイは拳を握った。
ブルーの頭に、コツンと一発、軽くお見舞いするために。
思いやりは確かに大切だけれど、それは全く別だから。
本当にブルーを思うからこそ、キスはお預けなのだから…。
思いやりって・了
