(今日は、あいつに会えなかったが…)
きっと明日には会える筈さ、とハーレイが思い浮かべた恋人の顔。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それをお供に。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が愛した人と、青い地球の上で、また巡り会えた。
今ではブルーと会うのは日常、会えない日の方が珍しい。
キスさえ交わすことが出来ない、十四歳にしかならないブルーだけれども、愛おしい。
(あいつに会えれば、もうそれだけで…)
俺は満足なんだよな、と心から思う。
ブルーの姿を、学校の中でチラリと遠くから眺めただけでも、それでいい。
それを「会えた」と言うかはともかく、ブルーが「其処にいれば」いい。
前の自分は、前のブルーを失くしてしまって、深い悲しみの底で生き続けた。
ブルーが残した言葉を守って、白いシャングリラを、仲間たちを地球まで運ばねば、と。
(あの頃に比べりゃ、あいつに会えない日があったって…)
文句なんかは言えやしないぞ、と分かっているから、今日も前向きに考える。
明日にはブルーに会えるだろうし、明日が駄目でも明後日がある、と。
(…しかしだな…)
すっかり習慣になっちまった、と自分でも少し可笑しくなる。
チビの恋人に「会う」というのが、今のハーレイの「日常」の一部。
ブルーに会えずに終わってしまえば、その日は「普通ではなかった」日になる。
「本当だったら、会えたんだがな」と考えて、惜しくなったりもする。
(…いったい、いつから、そうなったんだか…)
考えるまでもないんだがな、と答えは最初から明らかだった。
今のブルーと再会してから、こういう日々が始まった。
ブルーは、ハーレイが教師を務める学校の生徒で、職場でも会えるわけだから。
(俺の職場が違っていたなら、多少、事情は変わったろうが…)
それでも同じに「ブルーに会う」のが、普通になっていただろう。
毎日は無理な仕事だったら、休日は会いに出掛けてゆく、といった具合に。
週末だけしか会えないとしても、それは立派に「日常」と言える。
「週末は、ブルーに会いに行く」という習慣が出来て、それを実行してゆく暮らし。
貴重な週末が仕事で潰れてしまわないよう、きっと毎日、気を配る。
ブルーが夏休みなどの長期休暇に入れば、ハーレイも休みを取るかもしれない。
週末だけでは惜しいから、と週の半ばを休んでみるとか、連休を作って会いにゆくとか。
前の生で失くした筈のブルーに、会えるのが「普通」というのは嬉しい。
まだまだチビの子供とはいえ、同じブルーには違いない。
その魂は「ブルー」そのもの、前の生の記憶も持っているから、恋の続きをしてゆける。
青く蘇った水の星の上で、毎日のように顔を合わせて。
それは幸せな日々だけれども、もしも「出会えていなかったならば」どうだろう。
何かのはずみに「前の生での記憶」が戻って来たのに、其処にブルーが「いなかった」なら。
(…それだけは無いと思うんだがな…)
なんたって、聖痕のお蔭なんだし、とブルーとの出会いを思い返すけれど、違っていたら、と。
今のブルーと出会った途端に、前の記憶が戻って来たから、多分、そういうものだと思う。
ブルーと巡り会わない間は、記憶は戻りはしないのだろう。
(…だが、もしかしたら…)
万が一ってこともあるよな、と恐ろしい方へ考えが向く。
前の生の記憶が戻って来たのが、本当に「ただの、はずみ」だったら、ブルーは「いない」。
自分は「キャプテン・ハーレイ」だったのだ、と思い出しても、愛おしい人は「いはしない」。
単に記憶が戻っただけなら、そうなってしまう。
前の生の記憶が戻った理由が、「必然」ではなくて「偶然」だったら。
(…おいおいおい…)
それは困るぞ、と思うけれども、そうなったものは仕方ない。
いくら周りを見回してみても、「ブルー」は何処にも見当たりはしない。
(…俺だけなのか、と…)
驚き慌てて、懸命に探し回ってみたって、ブルーは「見付からない」だろう。
突然、記憶が戻って来たのが街だったなら、街中を走り回って探してみても無駄なだけ。
学校だったとしても同じで、やはりブルーは見付かりはしない。
ただの偶然で戻った記憶に、ブルーの方まで連動して来るわけはないから、当然の結果。
(第一、ブルーが同じ時代にいるのかどうかも…)
分からないぞ、と怖くなる。
同じ時代に「いない」のだったら、終生、探し続けていたって、会えないだろう。
ありとあらゆる手段を使って、どれほど「ブルー」を探しても。
「思い出してから」の生の全てを、「ブルーを探し出す」ことに費やしても。
(……うーむ……)
こいつはキツイ、とハーレイは肩を竦めてしまう。
そうした羽目に陥っていたら、どんな人生になったのだろう。
前の生での記憶が戻って、けれどブルーが「いなかった」なら。
(…忘れられれば、話は早いんだがな…)
サッサと忘れて「今の暮らし」に切り替えられれば、何もかも、きっと上手くゆく。
前の生にも、前のブルーにも「こだわらないまま」、今の生を生きてゆけたなら。
(俺はあくまで今の俺だし、前の俺なんぞは無関係だ、とバッサリと…)
切り捨てられたら、人生は楽に違いない。
平和な時代を満喫しながら、幸せに「今」を生きてゆく。
時の彼方で愛した「ブルー」を、遠い記憶の一コマに変えて、新しい人生を歩み続ける。
「ブルー」ではない人と出会って、まるで全く違う恋をして、その人と一緒に暮らし始めて。
(その内、子供が生まれて来たなら、もう、それっきり…)
ブルーなど思い出しもしなくて、前の生でのことも「忘れてゆく」のだろう。
確かに記憶が残ってはいても、他人事のように思い始めて。
「そういや、そういうこともあったな」と、ごくたまに、不意に気付く程度で。
(…そうやって生きてゆくっていうのも、アリではあるが…)
それに、その方がいいんだろうが…、とコーヒーを一口、喉の奥へと落とし込む。
今、考えたように「生きてゆく」のが、「正しい生き方」というものだろう。
ハーレイの「前の生」が誰であろうと、周りは誰も気付きはしない。
自分から「実は…」と名乗りを上げても、それが事実だと証明されても、それだけのこと。
歴史の舞台を「見て来た」存在として扱われるだけ、貴重な人材になるに過ぎない。
(インタビューやら、講演やらで忙しいだけで…)
其処に「ブルー」は「影も形も見えない」のだから、虚しく日々が過ぎてゆく。
「ブルーとの恋」も明かせはしなくて、自分の心の奥底に秘めて、きっと孤独な生涯だろう。
そうなるよりかは、いっそ「忘れた」方がいい。
「俺は、俺だ」と「今の自分」を楽しみ、新しい恋を見付ける方が。
恋の相手が女性だったなら、子供も生まれて来るだろうから、そうする方が断然、いい。
「ブルー」にこだわらないのだったら、恐らく、女性に恋をする。
前の生でも、今の生でも、「ブルー」でなければ、男性に恋はしないだろう。
好きになったのが「ブルー」だったから、恋の相手が「男性だった」という自覚はある。
だから女性と恋を始めて、前の生とは違った生を全うするのが「正しい」筈。
ブルーのことなど忘れてしまって、遠く遥かな時の彼方の「思い出」にしてしまうのが。
けれども、そうは出来ないだろう、という気がする。
たとえブルーと出会えなくても、ブルーを忘れて生きることなど出来はしない、と。
(…俺の記憶が戻って来た時、ブルーが其処にいなかったなら…)
きっと懸命に探し回って、夜遅くまで探して、探し続けるだろう。
足がすっかり棒になるまで、「もう歩けない」と思うくらいに疲れ果てるまで。
(流石に、あいつも起きちゃいないさ、っていう時間まで…)
探した後には家に帰って、次の手段を考える。
どうすれば「ブルー」を見付け出せるか、今のように熱いコーヒーを淹れて。
(尋ね人で、宇宙のあらゆる所に…)
広告を出すか、ツテを頼って「こういう人を見掛けなかったか」と、あらゆる星にばら撒くか。
どちらが人目に付き易いのか、どれが効率的なのか、と方法を幾つも考えてゆく。
夜が明けたら、端から実行に移してゆこう、と眠気覚ましに濃いコーヒーを淹れ直しもして。
(打てる手段は全部打つまで、きっと納得しやしないんだ…)
そして結果が出てくれなくても、諦めて忘れてしまいはしない。
今の生では出会えなくても、「ブルー」を忘れることなどしないで、想い続ける。
「ブルー探し」をしている間も、前のブルーを求め続けて、書店に出掛けてゆくのだろう。
今の時代は山と出ている、「前のブルー」の写真集を買い求めるために。
(最初の一冊は、きっとコレだな…)
でもって、うんと大事にするんだ、と机の引き出しを開けて視線を落とす。
其処にあるのは『追憶』というタイトルの、前のブルーの写真集。
いつも自分の日記の下に大事に仕舞って、何度も手に取り、眺めた一冊。
(…これを買っても、この一冊では終わらないんだろう…)
あいつに出会えない人生ならな、と確信に満ちた思いがある。
「ブルー」に出会えず、それでも「忘れられない」のならば、そうなるだろう。
書店にゆく度、まず向かうのは、前の自分たちが生きた時代を扱った本が並ぶ場所。
その前で長い時間を過ごして、気に入った本を買って帰ってゆく。
他に必要な本があっても、それは後回しで、まずは「ブルー」の欠片を探す。
写真集の中の「たった一枚」のために、買うことだって惜しくはない。
「ソルジャー・ブルー」の生涯を綴った本に見付けた、「たった一行」のためにでも。
何故なら、「ブルーが其処にいる」から。
探し続ける人の面影、かの人が生きた確かな証が、写真に、文の中にあるから。
(きっと一生、あいつを探して、探し続けて…)
出会えなくても、俺はあいつを忘れやしない、とコーヒーのカップを傾ける。
今の生に「ブルー」がいてくれなくても、愛おしい人は「ブルー」しかいない。
ブルー以外を愛せはしなくて、生涯、ブルーを愛し続ける。
いつかブルーに出会えはしないか、何処へ行っても、まずはブルーを探すことから。
「いない」と諦めてしまいはしないで、息を引き取る、その瞬間まで。
(…本当に、きっと、そうなんだろうな…)
幸い、あいつに会えたんだが、と思うものだから、今の幸せを噛み締めていたい。
今日のように会えない日もあるけれども、ブルーは確かに「いてくれる」から。
出会えないままで終わる生とは違って、いずれは一緒に暮らせるから。
(…そうさ、あいつに出会えなくても、俺はあいつを…)
愛し続けて終わるんだしな、と幸せが胸に満ちてゆく。
「ブルー」だけしか愛せないから、今の人生は、順風満帆。
たとえ会えない日が続いたって、生涯、ブルーを探し続けて終わる生ではないのだから…。
出会えなくても・了
※前の生の記憶が戻っても、ブルー君に出会えなかったら、と考えてみたハーレイ先生。
ブルー君以外は愛せそうになくて、生涯、探し続けていそう。出会えて良かったですよねv
きっと明日には会える筈さ、とハーレイが思い浮かべた恋人の顔。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それをお供に。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が愛した人と、青い地球の上で、また巡り会えた。
今ではブルーと会うのは日常、会えない日の方が珍しい。
キスさえ交わすことが出来ない、十四歳にしかならないブルーだけれども、愛おしい。
(あいつに会えれば、もうそれだけで…)
俺は満足なんだよな、と心から思う。
ブルーの姿を、学校の中でチラリと遠くから眺めただけでも、それでいい。
それを「会えた」と言うかはともかく、ブルーが「其処にいれば」いい。
前の自分は、前のブルーを失くしてしまって、深い悲しみの底で生き続けた。
ブルーが残した言葉を守って、白いシャングリラを、仲間たちを地球まで運ばねば、と。
(あの頃に比べりゃ、あいつに会えない日があったって…)
文句なんかは言えやしないぞ、と分かっているから、今日も前向きに考える。
明日にはブルーに会えるだろうし、明日が駄目でも明後日がある、と。
(…しかしだな…)
すっかり習慣になっちまった、と自分でも少し可笑しくなる。
チビの恋人に「会う」というのが、今のハーレイの「日常」の一部。
ブルーに会えずに終わってしまえば、その日は「普通ではなかった」日になる。
「本当だったら、会えたんだがな」と考えて、惜しくなったりもする。
(…いったい、いつから、そうなったんだか…)
考えるまでもないんだがな、と答えは最初から明らかだった。
今のブルーと再会してから、こういう日々が始まった。
ブルーは、ハーレイが教師を務める学校の生徒で、職場でも会えるわけだから。
(俺の職場が違っていたなら、多少、事情は変わったろうが…)
それでも同じに「ブルーに会う」のが、普通になっていただろう。
毎日は無理な仕事だったら、休日は会いに出掛けてゆく、といった具合に。
週末だけしか会えないとしても、それは立派に「日常」と言える。
「週末は、ブルーに会いに行く」という習慣が出来て、それを実行してゆく暮らし。
貴重な週末が仕事で潰れてしまわないよう、きっと毎日、気を配る。
ブルーが夏休みなどの長期休暇に入れば、ハーレイも休みを取るかもしれない。
週末だけでは惜しいから、と週の半ばを休んでみるとか、連休を作って会いにゆくとか。
前の生で失くした筈のブルーに、会えるのが「普通」というのは嬉しい。
まだまだチビの子供とはいえ、同じブルーには違いない。
その魂は「ブルー」そのもの、前の生の記憶も持っているから、恋の続きをしてゆける。
青く蘇った水の星の上で、毎日のように顔を合わせて。
それは幸せな日々だけれども、もしも「出会えていなかったならば」どうだろう。
何かのはずみに「前の生での記憶」が戻って来たのに、其処にブルーが「いなかった」なら。
(…それだけは無いと思うんだがな…)
なんたって、聖痕のお蔭なんだし、とブルーとの出会いを思い返すけれど、違っていたら、と。
今のブルーと出会った途端に、前の記憶が戻って来たから、多分、そういうものだと思う。
ブルーと巡り会わない間は、記憶は戻りはしないのだろう。
(…だが、もしかしたら…)
万が一ってこともあるよな、と恐ろしい方へ考えが向く。
前の生の記憶が戻って来たのが、本当に「ただの、はずみ」だったら、ブルーは「いない」。
自分は「キャプテン・ハーレイ」だったのだ、と思い出しても、愛おしい人は「いはしない」。
単に記憶が戻っただけなら、そうなってしまう。
前の生の記憶が戻った理由が、「必然」ではなくて「偶然」だったら。
(…おいおいおい…)
それは困るぞ、と思うけれども、そうなったものは仕方ない。
いくら周りを見回してみても、「ブルー」は何処にも見当たりはしない。
(…俺だけなのか、と…)
驚き慌てて、懸命に探し回ってみたって、ブルーは「見付からない」だろう。
突然、記憶が戻って来たのが街だったなら、街中を走り回って探してみても無駄なだけ。
学校だったとしても同じで、やはりブルーは見付かりはしない。
ただの偶然で戻った記憶に、ブルーの方まで連動して来るわけはないから、当然の結果。
(第一、ブルーが同じ時代にいるのかどうかも…)
分からないぞ、と怖くなる。
同じ時代に「いない」のだったら、終生、探し続けていたって、会えないだろう。
ありとあらゆる手段を使って、どれほど「ブルー」を探しても。
「思い出してから」の生の全てを、「ブルーを探し出す」ことに費やしても。
(……うーむ……)
こいつはキツイ、とハーレイは肩を竦めてしまう。
そうした羽目に陥っていたら、どんな人生になったのだろう。
前の生での記憶が戻って、けれどブルーが「いなかった」なら。
(…忘れられれば、話は早いんだがな…)
サッサと忘れて「今の暮らし」に切り替えられれば、何もかも、きっと上手くゆく。
前の生にも、前のブルーにも「こだわらないまま」、今の生を生きてゆけたなら。
(俺はあくまで今の俺だし、前の俺なんぞは無関係だ、とバッサリと…)
切り捨てられたら、人生は楽に違いない。
平和な時代を満喫しながら、幸せに「今」を生きてゆく。
時の彼方で愛した「ブルー」を、遠い記憶の一コマに変えて、新しい人生を歩み続ける。
「ブルー」ではない人と出会って、まるで全く違う恋をして、その人と一緒に暮らし始めて。
(その内、子供が生まれて来たなら、もう、それっきり…)
ブルーなど思い出しもしなくて、前の生でのことも「忘れてゆく」のだろう。
確かに記憶が残ってはいても、他人事のように思い始めて。
「そういや、そういうこともあったな」と、ごくたまに、不意に気付く程度で。
(…そうやって生きてゆくっていうのも、アリではあるが…)
それに、その方がいいんだろうが…、とコーヒーを一口、喉の奥へと落とし込む。
今、考えたように「生きてゆく」のが、「正しい生き方」というものだろう。
ハーレイの「前の生」が誰であろうと、周りは誰も気付きはしない。
自分から「実は…」と名乗りを上げても、それが事実だと証明されても、それだけのこと。
歴史の舞台を「見て来た」存在として扱われるだけ、貴重な人材になるに過ぎない。
(インタビューやら、講演やらで忙しいだけで…)
其処に「ブルー」は「影も形も見えない」のだから、虚しく日々が過ぎてゆく。
「ブルーとの恋」も明かせはしなくて、自分の心の奥底に秘めて、きっと孤独な生涯だろう。
そうなるよりかは、いっそ「忘れた」方がいい。
「俺は、俺だ」と「今の自分」を楽しみ、新しい恋を見付ける方が。
恋の相手が女性だったなら、子供も生まれて来るだろうから、そうする方が断然、いい。
「ブルー」にこだわらないのだったら、恐らく、女性に恋をする。
前の生でも、今の生でも、「ブルー」でなければ、男性に恋はしないだろう。
好きになったのが「ブルー」だったから、恋の相手が「男性だった」という自覚はある。
だから女性と恋を始めて、前の生とは違った生を全うするのが「正しい」筈。
ブルーのことなど忘れてしまって、遠く遥かな時の彼方の「思い出」にしてしまうのが。
けれども、そうは出来ないだろう、という気がする。
たとえブルーと出会えなくても、ブルーを忘れて生きることなど出来はしない、と。
(…俺の記憶が戻って来た時、ブルーが其処にいなかったなら…)
きっと懸命に探し回って、夜遅くまで探して、探し続けるだろう。
足がすっかり棒になるまで、「もう歩けない」と思うくらいに疲れ果てるまで。
(流石に、あいつも起きちゃいないさ、っていう時間まで…)
探した後には家に帰って、次の手段を考える。
どうすれば「ブルー」を見付け出せるか、今のように熱いコーヒーを淹れて。
(尋ね人で、宇宙のあらゆる所に…)
広告を出すか、ツテを頼って「こういう人を見掛けなかったか」と、あらゆる星にばら撒くか。
どちらが人目に付き易いのか、どれが効率的なのか、と方法を幾つも考えてゆく。
夜が明けたら、端から実行に移してゆこう、と眠気覚ましに濃いコーヒーを淹れ直しもして。
(打てる手段は全部打つまで、きっと納得しやしないんだ…)
そして結果が出てくれなくても、諦めて忘れてしまいはしない。
今の生では出会えなくても、「ブルー」を忘れることなどしないで、想い続ける。
「ブルー探し」をしている間も、前のブルーを求め続けて、書店に出掛けてゆくのだろう。
今の時代は山と出ている、「前のブルー」の写真集を買い求めるために。
(最初の一冊は、きっとコレだな…)
でもって、うんと大事にするんだ、と机の引き出しを開けて視線を落とす。
其処にあるのは『追憶』というタイトルの、前のブルーの写真集。
いつも自分の日記の下に大事に仕舞って、何度も手に取り、眺めた一冊。
(…これを買っても、この一冊では終わらないんだろう…)
あいつに出会えない人生ならな、と確信に満ちた思いがある。
「ブルー」に出会えず、それでも「忘れられない」のならば、そうなるだろう。
書店にゆく度、まず向かうのは、前の自分たちが生きた時代を扱った本が並ぶ場所。
その前で長い時間を過ごして、気に入った本を買って帰ってゆく。
他に必要な本があっても、それは後回しで、まずは「ブルー」の欠片を探す。
写真集の中の「たった一枚」のために、買うことだって惜しくはない。
「ソルジャー・ブルー」の生涯を綴った本に見付けた、「たった一行」のためにでも。
何故なら、「ブルーが其処にいる」から。
探し続ける人の面影、かの人が生きた確かな証が、写真に、文の中にあるから。
(きっと一生、あいつを探して、探し続けて…)
出会えなくても、俺はあいつを忘れやしない、とコーヒーのカップを傾ける。
今の生に「ブルー」がいてくれなくても、愛おしい人は「ブルー」しかいない。
ブルー以外を愛せはしなくて、生涯、ブルーを愛し続ける。
いつかブルーに出会えはしないか、何処へ行っても、まずはブルーを探すことから。
「いない」と諦めてしまいはしないで、息を引き取る、その瞬間まで。
(…本当に、きっと、そうなんだろうな…)
幸い、あいつに会えたんだが、と思うものだから、今の幸せを噛み締めていたい。
今日のように会えない日もあるけれども、ブルーは確かに「いてくれる」から。
出会えないままで終わる生とは違って、いずれは一緒に暮らせるから。
(…そうさ、あいつに出会えなくても、俺はあいつを…)
愛し続けて終わるんだしな、と幸せが胸に満ちてゆく。
「ブルー」だけしか愛せないから、今の人生は、順風満帆。
たとえ会えない日が続いたって、生涯、ブルーを探し続けて終わる生ではないのだから…。
出会えなくても・了
※前の生の記憶が戻っても、ブルー君に出会えなかったら、と考えてみたハーレイ先生。
ブルー君以外は愛せそうになくて、生涯、探し続けていそう。出会えて良かったですよねv
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「ねえ、ハーレイ。嫌なことって…」
抱え込まずに話すべきかな、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 嫌なことって…」
友達と何かあったのか、とハーレイはブルーに問い返した。
抱え込むほどの嫌なことなら、恐らく人間関係だろう。
それも身近な人が相手で、下手に話せば角が立つこと。
「その言い方は、あんまりじゃない?」などと思ったとか。
そんな所だ、と見当をつけたわけだけれども、正解らしい。
ブルーは、「まあね…」と、歯切れが悪い。
(こういう時こそ、教師の出番ってヤツだよなあ?)
俺はブルーの担任じゃないが、とハーレイは心で苦笑する。
ブルーのクラス担任よりも、遥かに近しい立場だよな、と。
ともあれ、此処は聞いてやらねば。
ブルーが現在、抱え込んでいる「嫌なこと」とは何なのか。
友人と何かあったのならば、まずは吐き出してしまうべき。
一人でクヨクヨ悩んでいたって、悪い方にしか転ばない。
人の思考は、そういったもの。
(楽天家だったら、そもそも、悩まないモンで…)
嫌なことなど、すぐに忘れて、健康的な心を保てる。
ところが、普通は、そうはいかない。
(なんだかんだと考えちまって、思い出しては…)
後悔したり、自分を責めたり、マイナス思考に傾いてゆく。
その内に、夜も眠れなくなって、悩みが心を蝕んでしまう。
寝ても覚めても、そのことばかりで、溜息ばかり。
「あの時、どうすればよかったのか」と、ぐるぐるして。
(ブルーの場合は、そのタイプだから…)
吐き出すだけでも、相当に楽になるだろう。
心の中の澱みが外に流れて、悩みの水位も低下するから。
そう思ったから、ハーレイは、ブルーに頷いてみせた。
「嫌なことなぞ抱え込んでも、ろくなことにはならないぞ」
お前が辛いだけじゃないか、と赤い瞳を覗き込む。
「いいか、お前は引き摺っているが、相手の方は、だ…」
とうに忘れているかもしれん、とカップの縁を指で弾いた。
お茶のカップが、カチン、と一瞬、澄んだ音を立てる。
「ほら、今、音がしただろう? しかしだな…」
紅茶は全く揺れちゃいないぞ、とハーレイは中を指差した。
「ついでに弾いた音の方もだ、ほんの一瞬、一秒も無い」
秒で言うならコンマだよな、と音の長さを表してみせる。
「お前の言ってる嫌なことにしても、相手にしてみれば…」
こんな具合に、軽く弾いて終わりかもな、と説いてやった。
カップの紅茶も揺れないくらいに、些細なこと。
「ただし、正式なお茶の席だと、カップの縁を弾くのは…」
マナー違反になっちまうんだ、と苦笑する。
「知らなかったら、ウッカリやってしまいそうだが…」
「そっか、知らずにやっちゃったとか?」
ぼくは嫌だと知らないで…、とブルーが尋ねる。
「だから相手は忘れてしまって、ぼくだけが…」
「そうだ、引き摺っちまってるとか、ありそうだろう?」
うんと馬鹿々々しい悩みかもな、とハーレイは笑んだ。
「抱えていないで俺に話してみろ」と、ドッシリ構えて。
ハーレイが例を挙げたお蔭で、ブルーも納得したのだろう。
「えっとね…」と、重かった口が、やっと開いた。
「その嫌なこと、ぼくがホントに、嫌で堪らなくって…」
だけど相手は気付いてなくて…、とブルーは溜息をつく。
「やめて欲しいのに、ちっともやめてくれないんだよ」と。
「なるほどな…。さっきのカップの例の通りか…」
相手の方では、何とも思っちゃいないんだな、と頷き返す。
「そいつは大いに困るヤツだが、どうしたい?」
「どうしたい、って…?」
「お前が本気で辛いんだったら、相手にハッキリ…」
伝えないと、多分、収まらないぞ、とハーレイは言った。
「どんな具合に嫌に思うか、其処をだな…」
分かって貰えるように言うんだ、と教えてやる。
それで相手が怒ったとしても、仲直りの機会もあるだろう。
もしも仲直りが出来ないようなら、それまでのこと。
何かの弾みで壊れる程度の、遊び友達な仲だっただけ。
親友だったら、喧嘩別れをしてしまっても、また戻るから。
「分かったか? 抱えていないで、話すことだな」
俺に話してみたのと同じで、相手にも、とハーレイは諭す。
「抱え込むな」と、ブルーの考えを全面的に肯定して。
するとブルーも、「そうだよね…」と大きく頷く。
「やっぱり、ちゃんと言わなくちゃ…」
「よし、その意気だ。次に会ったら、きちんと伝えろよ」
「うん! よく聞いてよね、唇にキスしてくれないのは…」
ホントに嫌なことなんだから、とブルーは唇を尖らせた。
「ハーレイにとっては、大したことじゃないんでしょ」と。
「なんだって!?」
そいつはモノが違うからな、とハーレイは軽く拳を握った。
「真面目に相談に乗ってやったら、そう来やがったか!」
覚悟しろよ、と銀色の頭に一発、コツンとお見舞いする。
もちろん、痛くないように。
これくらいでブルーは懲りはしないし、拳がお似合い。
何度コツンとお見舞いされても、仲も壊れはしないもの。
遠く遥かな時の彼方から、今も続いている恋だから…。
嫌なことって・了
抱え込まずに話すべきかな、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 嫌なことって…」
友達と何かあったのか、とハーレイはブルーに問い返した。
抱え込むほどの嫌なことなら、恐らく人間関係だろう。
それも身近な人が相手で、下手に話せば角が立つこと。
「その言い方は、あんまりじゃない?」などと思ったとか。
そんな所だ、と見当をつけたわけだけれども、正解らしい。
ブルーは、「まあね…」と、歯切れが悪い。
(こういう時こそ、教師の出番ってヤツだよなあ?)
俺はブルーの担任じゃないが、とハーレイは心で苦笑する。
ブルーのクラス担任よりも、遥かに近しい立場だよな、と。
ともあれ、此処は聞いてやらねば。
ブルーが現在、抱え込んでいる「嫌なこと」とは何なのか。
友人と何かあったのならば、まずは吐き出してしまうべき。
一人でクヨクヨ悩んでいたって、悪い方にしか転ばない。
人の思考は、そういったもの。
(楽天家だったら、そもそも、悩まないモンで…)
嫌なことなど、すぐに忘れて、健康的な心を保てる。
ところが、普通は、そうはいかない。
(なんだかんだと考えちまって、思い出しては…)
後悔したり、自分を責めたり、マイナス思考に傾いてゆく。
その内に、夜も眠れなくなって、悩みが心を蝕んでしまう。
寝ても覚めても、そのことばかりで、溜息ばかり。
「あの時、どうすればよかったのか」と、ぐるぐるして。
(ブルーの場合は、そのタイプだから…)
吐き出すだけでも、相当に楽になるだろう。
心の中の澱みが外に流れて、悩みの水位も低下するから。
そう思ったから、ハーレイは、ブルーに頷いてみせた。
「嫌なことなぞ抱え込んでも、ろくなことにはならないぞ」
お前が辛いだけじゃないか、と赤い瞳を覗き込む。
「いいか、お前は引き摺っているが、相手の方は、だ…」
とうに忘れているかもしれん、とカップの縁を指で弾いた。
お茶のカップが、カチン、と一瞬、澄んだ音を立てる。
「ほら、今、音がしただろう? しかしだな…」
紅茶は全く揺れちゃいないぞ、とハーレイは中を指差した。
「ついでに弾いた音の方もだ、ほんの一瞬、一秒も無い」
秒で言うならコンマだよな、と音の長さを表してみせる。
「お前の言ってる嫌なことにしても、相手にしてみれば…」
こんな具合に、軽く弾いて終わりかもな、と説いてやった。
カップの紅茶も揺れないくらいに、些細なこと。
「ただし、正式なお茶の席だと、カップの縁を弾くのは…」
マナー違反になっちまうんだ、と苦笑する。
「知らなかったら、ウッカリやってしまいそうだが…」
「そっか、知らずにやっちゃったとか?」
ぼくは嫌だと知らないで…、とブルーが尋ねる。
「だから相手は忘れてしまって、ぼくだけが…」
「そうだ、引き摺っちまってるとか、ありそうだろう?」
うんと馬鹿々々しい悩みかもな、とハーレイは笑んだ。
「抱えていないで俺に話してみろ」と、ドッシリ構えて。
ハーレイが例を挙げたお蔭で、ブルーも納得したのだろう。
「えっとね…」と、重かった口が、やっと開いた。
「その嫌なこと、ぼくがホントに、嫌で堪らなくって…」
だけど相手は気付いてなくて…、とブルーは溜息をつく。
「やめて欲しいのに、ちっともやめてくれないんだよ」と。
「なるほどな…。さっきのカップの例の通りか…」
相手の方では、何とも思っちゃいないんだな、と頷き返す。
「そいつは大いに困るヤツだが、どうしたい?」
「どうしたい、って…?」
「お前が本気で辛いんだったら、相手にハッキリ…」
伝えないと、多分、収まらないぞ、とハーレイは言った。
「どんな具合に嫌に思うか、其処をだな…」
分かって貰えるように言うんだ、と教えてやる。
それで相手が怒ったとしても、仲直りの機会もあるだろう。
もしも仲直りが出来ないようなら、それまでのこと。
何かの弾みで壊れる程度の、遊び友達な仲だっただけ。
親友だったら、喧嘩別れをしてしまっても、また戻るから。
「分かったか? 抱えていないで、話すことだな」
俺に話してみたのと同じで、相手にも、とハーレイは諭す。
「抱え込むな」と、ブルーの考えを全面的に肯定して。
するとブルーも、「そうだよね…」と大きく頷く。
「やっぱり、ちゃんと言わなくちゃ…」
「よし、その意気だ。次に会ったら、きちんと伝えろよ」
「うん! よく聞いてよね、唇にキスしてくれないのは…」
ホントに嫌なことなんだから、とブルーは唇を尖らせた。
「ハーレイにとっては、大したことじゃないんでしょ」と。
「なんだって!?」
そいつはモノが違うからな、とハーレイは軽く拳を握った。
「真面目に相談に乗ってやったら、そう来やがったか!」
覚悟しろよ、と銀色の頭に一発、コツンとお見舞いする。
もちろん、痛くないように。
これくらいでブルーは懲りはしないし、拳がお似合い。
何度コツンとお見舞いされても、仲も壊れはしないもの。
遠く遥かな時の彼方から、今も続いている恋だから…。
嫌なことって・了
(今のぼくの仕事は、学生だよね?)
学生って言うと、上の学校のイメージだけど、とブルーの頭に、ふと浮かんだこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
そう考えた切っ掛けの方は、多分、ハーレイのせいだろう。
「今日は仕事が忙しかった?」と、寄ってくれなかった理由を探っていたものだから。
恐らく、今日のハーレイは、会議があったか、柔道部の方で何かあったかで来られなかった。
ハーレイの仕事が「教師」な以上は、ありがちなことで、珍しくはない。
(今日の仕事は何時まで、ってキッチリ言える仕事じゃないし…)
仕方ないよね、とブルーも分かっているから、不満を言ってはいけないことも良く分かる。
きっとハーレイと結婚したって、こういう日はやって来るだろう。
「まだかな? 今日は早いって言ってたのにな」と、溜息をついて「待ち続ける」日。
ハーレイが普段通りに帰れることは間違いないし、と期待していたのに、そうはゆかなくて。
(絶対、いつも通りだから、って考えて…)
用意していた料理なんかがあったとしたら、しょげてしまうに違いない。
自分で作った「何か」だったら、涙が出るほど悲しくなって、俯いてしまうかもしれない。
「せっかく、ぼくが作ったのにな…」と、冷めた料理を、たまにチラリと眺めて。
(買って来たヤツでも、そうなりそうだよ…)
ハーレイの帰る時間に合わせて、出来立てを受け取って来ただとか…、と想像してみる。
例えば、揚げ立ての美味しいコロッケ。
(家で作っても、コロッケ、もちろん美味しいけれど…)
お肉屋さんのは油からして違うから、とブルーだって、それは耳にしていた。
家だと、「その日に揚げる分しか」油を用意したりはしない。
揚げた後の油を残しておいて、また使うことも無いのだけれども、専門店だと事情が違う。
(毎日、毎日、絶対、使うに決まってるから…)
コロッケやカツを揚げる時間が終わった後には、火を落とすだけ。
それから油の中に残った「揚げかす」を綺麗に取り除いてから、蓋をしておく。
次の日になれば、また火を点けて油を熱く滾らせていって、コロッケなどを揚げ始める。
(油の中には、お肉の美味しい汁が溶けてて、どんどん溜まっていくわけで…)
いわば出汁入り、そういう油が出来る仕組みで、それで揚げれば当然、美味しい。
家で揚げるのとはまるで違った、「店ならでは」の味になる。
(そういうの、時間ピッタリに揚げて貰えるように…)
出掛けて行って揚げて貰って、弾んだ気持ちで帰って来たのに、冷めてゆくのは悲しいだろう。
「なんで?」と、「今日に限って、遅いだなんて…」とガッカリとして。
けれど、ハーレイの仕事の都合なのだし、嘆いてみても仕方ない。
ついでに言うなら、そのハーレイを「家で待つ」仕事を選んでいるのも、ブルーの「都合」。
(上の学校に行っていたなら、まだ学生で…)
両親と「この家で」暮らしているのだろうし、ハーレイに「待たされる」ことはない。
上の学校に通いながらの、結婚生活だったとしたなら、今度は「お互い様」になりそう。
ハーレイが夕食の支度をしている最中に、「ごめん、友達と食事なんだ」と連絡したりして。
(上の学校だと、ありそうだしね…)
急に予定が変わってしまって、「家で夕食」の筈が「外食」になってしまうこと。
気ままな学生生活になるのが「上の学校」だと聞いているから、大いに有り得る話だった。
(…そういう道を選ぶ代わりに、家で待つだけの「お嫁さん」だし…)
ハーレイが帰って来るのが遅い、と悲しくなるのは「選んだ結果」で、自分が悪い。
そうならない道もあったというのに、「今の仕事」に決めたのだから。
(……うーん……)
でも、天職だと思うんだけど…、とブルーは軽く首を傾げる。
今の仕事の「学生」よりも、遥かに性に合っているのが「お嫁さん」だと思えて来る。
ただ「ハーレイの側にいる」だけのことで、それが「職業」なのだから。
(ハーレイだって、料理も掃除も、何も出来なくてもいいからな、って…)
何度も言ってくれているほど、「お嫁さん」としての腕など期待されてはいない。
今のハーレイは一人暮らしが長くて、何でも出来るし、「お嫁さん」の助けは一切、不要。
だから「ハーレイの側にいる」ことが、今のブルーの「未来の仕事」になる筈だった。
(絶対、天職…)
ぼくに向いてるのに決まっているよ、と自信だったら充分にある。
ハーレイの帰りが遅くなったら、悲しくなってしまうけれども、普段は幸せに違いない。
朝、ハーレイを送り出したら、後片付けをして、帰って来るまで、のんびりと待つ。
おやつを食べたり、本を読んだり、昼になったら昼食も食べて。
(その昼御飯も、ハーレイが作ってくれていそうだよ)
きっとそう、と確信に満ちた思いがある。
ハーレイだったら、朝、朝食を作るついでに、手早く用意しておくだろう。
「今日の昼飯、ちゃんと作っておいたからな」と、パチンと片目を瞑ったりもして。
冷蔵庫の中に入れてあったり、ラップをかけてテーブルの上にあるだとか。
ブルーの「仕事」は、それをきちんと食べること。
身体を壊して、ハーレイに心配をかけてしまわないよう、栄養をつけてゆくために。
(…そういうの、ホントに向いていそうで…)
学生よりも合うんだから、と思ったはずみに、ハタと気付いた。
今の自分は、いずれ「天職」に就くのだけれども、前の自分はどうだったろう。
(……ソルジャー・ブルー……)
あれは絶対、違うと思う、とハッキリ断言してもいい。
まるで全く向いてはいなくて、前のブルーも、どちらかと言えば「お嫁さん」の方が合っている。
中身は今と変わらないから、そういうことになるだろう。
たまたま、運が悪かったせいで、「ソルジャー」になってしまっただけ。
(…誰に言っても、信じて貰えそうにないけどね…)
ソルジャー・ブルーの天職は「ソルジャー」なのに決まっているし、と溜息が出そう。
今の時代に「ソルジャー・ブルー」の名前を出したら、誰だって、そう言い切るだろう。
「ソルジャー・ブルーは、ソルジャーですよ」と、「あれこそ彼の天職でした」と、キッパリと。
でないと、ミュウは滅びてしまって、今の平和な「ミュウの時代」は…。
(いつかは、やって来たんだろうけど、もっと、ずっと後になってしまって…)
苦労するミュウも、もっと増えたに違いないから、と分かってはいる。
あの時代に「ソルジャー」は必要だったし、だからこそ「ソルジャー・ブルー」が存在した、と。
けれども、「前の自分」は「違う」。
「ソルジャー」は天職などではなくって、本当に「向いていなかった」。
なのに「やらざるを得なかった」わけで、その重圧に耐えてゆけたのは…。
(…前のハーレイが、ずっと支えていてくれたから…)
それだけなんだよ、と心の底から言える。
もし、ハーレイが側にいてくれなければ、前の自分は、ああいう風には生きられなかった。
最後まで強くいられはしなくて、もっと早くに「潰れてしまっていた」だろう。
仲間たちからの期待や注文、ミュウの未来の見通しがまるで立たないことなど、悩み過ぎて。
どうすればいいか、どうしたいのかも、もう「自分では」掴めなくなって。
(それでも、みんなは…)
ソルジャーを頼りにして来るのだから、潰れない方がどうかしている。
きっと何処かで、「ジョミーみたいに」なっていたろう。
遠く遥かな時の彼方で、あの「強かった」ジョミーさえもが、そうなった。
前のブルーが深く眠ってしまって、誰にも頼れなくなって。
相談相手を失くしたジョミーは、自分の殻に閉じこもるしか道は無かった。
「やるべきこと」も、「ソルジャーとしての仕事」も、何もかも、全て投げ出して。
キャプテンの部屋さえ訪ねはしないで、ブリッジには顔も出さなくて。
(きっと、ぼくでも…)
そうなったよね、と「自分のこと」だけに、誰よりも分かる。
大英雄だと讃えられている「ソルジャー・ブルー」でも、危なかったのだ、と。
そうならないで済んだ理由は、本当に「前のハーレイ」だった。
「ソルジャー」にならざるを得なかった「ブルー」を、懸命に支え続けてくれた。
(ハーレイ、船の操縦なんかは、まるで出来なくて…)
船の仕組みさえも知らなかったのに、「俺でいいなら」と、キャプテンになった。
元は厨房で料理をしていて、舵の代わりにフライパンを握っているのが仕事だったのに。
(…前のハーレイの天職、そっちの方だったよね…)
前のぼくでも「お嫁さん」が向いていたみたいに、と容易に想像がつく。
「前のハーレイ」の天職は、きっと、「料理人」の方だったのだろう。
そうでなければ、まだ「シャングリラ」の名が無かった頃から、船で料理はしていない。
仕事は他にも色々あったし、そちらに「向いている職」があったら、それにしたろう。
機関部でエンジンの整備をするとか、船内の掃除に専念するとか、洗濯だとか。
(だけど、料理の方を選んで、メニューも色々、研究してて…)
前のハーレイに「向いていた」のは、絶対、そっちの道なんだ、と今でも思う。
もちろん、前の自分にしたって、重々、承知していたけれども、頼み込んだ。
「ハーレイにだったら、命を預けられるから」と。
「誰よりも息がピッタリ合うから、キャプテンになって欲しいんだけど」と。
(…それで、ハーレイ、決心をして…)
厨房からブリッジに転職をして、立派に「キャプテン・ハーレイ」になった。
船の操縦までも覚えて、誰よりも「シャングリラの癖を掴んだ」操舵手になって。
(そうやって、前のぼくを支えて、側にいてくれていたから、ぼくは…)
まるで向いてはいない職でも、「ソルジャー」としてやってゆくことが出来た。
前が見えなくなってしまうくらいに落ち込んだ時も、ハーレイが支えてくれたから。
そっと寄り添い、「何かあったか?」と訊いてくれるだけで、どれだけ心が救われたろう。
ハーレイには、問題を解決するための「力」が、全く少しも無い時だって。
(前のぼくにしか、どうにも出来ない問題は、うんと山積みで…)
何度も潰れそうになっては、前のハーレイに助けて貰った。
「どうしたんだ?」と問い掛けられて、「なんでもない…」としか言えなくても。
(前のハーレイ、あのまま厨房にいたとしたって…)
きっと支えてくれていたよね、という気がする。
どうしても「キャプテンだけは無理だ」と断られたって、見捨てられることは無かっただろう。
厨房でジャガイモの皮を剥きながら、「雲の上の人」になったブルーと話したと思う。
「ソルジャーに、こんな口を叩くだなんて、どうかと思うが」と苦笑しながら。
「お前、もうちょっと力を抜けよ」と、「一人で悩み過ぎってモンだ」と。
(きっと、そう…)
厨房のままでも、ハーレイなら支えられたんだよね、と少し可笑しくなってくる。
「キャプテンの方が断然いいけど、厨房のままでも良かったかも」と。
そんな具合で、前の自分は「頑張った」。
本当だったら向いてはいない、「ソルジャー」なんかを最後まできちんと勤め上げて。
どう考えても「無茶すぎるから!」という気持ちしかしない、メギドを沈めることまでやって。
(…まるでちっとも向いてなくっても、今の時代の人が聞いたら…)
あれが「天職だった」と言い切る職を、前の自分は「やり遂げられた」。
自分でも「凄い」と思うけれども、何もかも「ハーレイがいてくれたから」出来たこと。
だとすると…。
(今のぼくでも、ちっとも向いてなくっても…)
ハーレイが側にいてくれるのなら、違う職でもいいのだろうか。
「お嫁さん」とは「かけ離れた」仕事を、これから、やってゆくのだとしても。
(…そんなの、出来る…?)
今の時代は「ソルジャー」のような、命が懸かった仕事など無い。
軍人さえもいない平和な時代で、危険などがあるわけもない。
(…想像するだけ無駄ってヤツかな?)
きっと、と首を捻った所で、一つだけ、ピンと閃いた。
サイオンがあるのが普通の時代に、それを使わず、便利な道具を使いもしないで…。
(ずっと昔と全く同じに、自分の手足と、なんだっけ…?)
ザイルとハーケンだったっけ、と頭に浮かんだ「プロの登山家」。
彼らは今でも「命の危険と紙一重」な世界で、せっせと山に登ってゆく。
今の自分の体力はともかく、あの仕事を「ハーレイがいれば」出来るのか、尋ねられたなら…。
(出来るに決まっているじゃない!)
ハーレイと二人、一緒に登ってゆくんだしね、と今の自分も、前の自分と思いは同じ。
「ハーレイさえいれば」、どんな職でも、やり遂げられることだろう。
まるで全く向いていなくて、畑違いの仕事だとしても…。
向いてなくっても・了
※前のブルーには向いていなかった「ソルジャー」の職。務まったのは、前のハーレイのお蔭。
きっと、今のブルーにしたって、ハーレイがいれば、向いていない職も出来るのですv
学生って言うと、上の学校のイメージだけど、とブルーの頭に、ふと浮かんだこと。
ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
そう考えた切っ掛けの方は、多分、ハーレイのせいだろう。
「今日は仕事が忙しかった?」と、寄ってくれなかった理由を探っていたものだから。
恐らく、今日のハーレイは、会議があったか、柔道部の方で何かあったかで来られなかった。
ハーレイの仕事が「教師」な以上は、ありがちなことで、珍しくはない。
(今日の仕事は何時まで、ってキッチリ言える仕事じゃないし…)
仕方ないよね、とブルーも分かっているから、不満を言ってはいけないことも良く分かる。
きっとハーレイと結婚したって、こういう日はやって来るだろう。
「まだかな? 今日は早いって言ってたのにな」と、溜息をついて「待ち続ける」日。
ハーレイが普段通りに帰れることは間違いないし、と期待していたのに、そうはゆかなくて。
(絶対、いつも通りだから、って考えて…)
用意していた料理なんかがあったとしたら、しょげてしまうに違いない。
自分で作った「何か」だったら、涙が出るほど悲しくなって、俯いてしまうかもしれない。
「せっかく、ぼくが作ったのにな…」と、冷めた料理を、たまにチラリと眺めて。
(買って来たヤツでも、そうなりそうだよ…)
ハーレイの帰る時間に合わせて、出来立てを受け取って来ただとか…、と想像してみる。
例えば、揚げ立ての美味しいコロッケ。
(家で作っても、コロッケ、もちろん美味しいけれど…)
お肉屋さんのは油からして違うから、とブルーだって、それは耳にしていた。
家だと、「その日に揚げる分しか」油を用意したりはしない。
揚げた後の油を残しておいて、また使うことも無いのだけれども、専門店だと事情が違う。
(毎日、毎日、絶対、使うに決まってるから…)
コロッケやカツを揚げる時間が終わった後には、火を落とすだけ。
それから油の中に残った「揚げかす」を綺麗に取り除いてから、蓋をしておく。
次の日になれば、また火を点けて油を熱く滾らせていって、コロッケなどを揚げ始める。
(油の中には、お肉の美味しい汁が溶けてて、どんどん溜まっていくわけで…)
いわば出汁入り、そういう油が出来る仕組みで、それで揚げれば当然、美味しい。
家で揚げるのとはまるで違った、「店ならでは」の味になる。
(そういうの、時間ピッタリに揚げて貰えるように…)
出掛けて行って揚げて貰って、弾んだ気持ちで帰って来たのに、冷めてゆくのは悲しいだろう。
「なんで?」と、「今日に限って、遅いだなんて…」とガッカリとして。
けれど、ハーレイの仕事の都合なのだし、嘆いてみても仕方ない。
ついでに言うなら、そのハーレイを「家で待つ」仕事を選んでいるのも、ブルーの「都合」。
(上の学校に行っていたなら、まだ学生で…)
両親と「この家で」暮らしているのだろうし、ハーレイに「待たされる」ことはない。
上の学校に通いながらの、結婚生活だったとしたなら、今度は「お互い様」になりそう。
ハーレイが夕食の支度をしている最中に、「ごめん、友達と食事なんだ」と連絡したりして。
(上の学校だと、ありそうだしね…)
急に予定が変わってしまって、「家で夕食」の筈が「外食」になってしまうこと。
気ままな学生生活になるのが「上の学校」だと聞いているから、大いに有り得る話だった。
(…そういう道を選ぶ代わりに、家で待つだけの「お嫁さん」だし…)
ハーレイが帰って来るのが遅い、と悲しくなるのは「選んだ結果」で、自分が悪い。
そうならない道もあったというのに、「今の仕事」に決めたのだから。
(……うーん……)
でも、天職だと思うんだけど…、とブルーは軽く首を傾げる。
今の仕事の「学生」よりも、遥かに性に合っているのが「お嫁さん」だと思えて来る。
ただ「ハーレイの側にいる」だけのことで、それが「職業」なのだから。
(ハーレイだって、料理も掃除も、何も出来なくてもいいからな、って…)
何度も言ってくれているほど、「お嫁さん」としての腕など期待されてはいない。
今のハーレイは一人暮らしが長くて、何でも出来るし、「お嫁さん」の助けは一切、不要。
だから「ハーレイの側にいる」ことが、今のブルーの「未来の仕事」になる筈だった。
(絶対、天職…)
ぼくに向いてるのに決まっているよ、と自信だったら充分にある。
ハーレイの帰りが遅くなったら、悲しくなってしまうけれども、普段は幸せに違いない。
朝、ハーレイを送り出したら、後片付けをして、帰って来るまで、のんびりと待つ。
おやつを食べたり、本を読んだり、昼になったら昼食も食べて。
(その昼御飯も、ハーレイが作ってくれていそうだよ)
きっとそう、と確信に満ちた思いがある。
ハーレイだったら、朝、朝食を作るついでに、手早く用意しておくだろう。
「今日の昼飯、ちゃんと作っておいたからな」と、パチンと片目を瞑ったりもして。
冷蔵庫の中に入れてあったり、ラップをかけてテーブルの上にあるだとか。
ブルーの「仕事」は、それをきちんと食べること。
身体を壊して、ハーレイに心配をかけてしまわないよう、栄養をつけてゆくために。
(…そういうの、ホントに向いていそうで…)
学生よりも合うんだから、と思ったはずみに、ハタと気付いた。
今の自分は、いずれ「天職」に就くのだけれども、前の自分はどうだったろう。
(……ソルジャー・ブルー……)
あれは絶対、違うと思う、とハッキリ断言してもいい。
まるで全く向いてはいなくて、前のブルーも、どちらかと言えば「お嫁さん」の方が合っている。
中身は今と変わらないから、そういうことになるだろう。
たまたま、運が悪かったせいで、「ソルジャー」になってしまっただけ。
(…誰に言っても、信じて貰えそうにないけどね…)
ソルジャー・ブルーの天職は「ソルジャー」なのに決まっているし、と溜息が出そう。
今の時代に「ソルジャー・ブルー」の名前を出したら、誰だって、そう言い切るだろう。
「ソルジャー・ブルーは、ソルジャーですよ」と、「あれこそ彼の天職でした」と、キッパリと。
でないと、ミュウは滅びてしまって、今の平和な「ミュウの時代」は…。
(いつかは、やって来たんだろうけど、もっと、ずっと後になってしまって…)
苦労するミュウも、もっと増えたに違いないから、と分かってはいる。
あの時代に「ソルジャー」は必要だったし、だからこそ「ソルジャー・ブルー」が存在した、と。
けれども、「前の自分」は「違う」。
「ソルジャー」は天職などではなくって、本当に「向いていなかった」。
なのに「やらざるを得なかった」わけで、その重圧に耐えてゆけたのは…。
(…前のハーレイが、ずっと支えていてくれたから…)
それだけなんだよ、と心の底から言える。
もし、ハーレイが側にいてくれなければ、前の自分は、ああいう風には生きられなかった。
最後まで強くいられはしなくて、もっと早くに「潰れてしまっていた」だろう。
仲間たちからの期待や注文、ミュウの未来の見通しがまるで立たないことなど、悩み過ぎて。
どうすればいいか、どうしたいのかも、もう「自分では」掴めなくなって。
(それでも、みんなは…)
ソルジャーを頼りにして来るのだから、潰れない方がどうかしている。
きっと何処かで、「ジョミーみたいに」なっていたろう。
遠く遥かな時の彼方で、あの「強かった」ジョミーさえもが、そうなった。
前のブルーが深く眠ってしまって、誰にも頼れなくなって。
相談相手を失くしたジョミーは、自分の殻に閉じこもるしか道は無かった。
「やるべきこと」も、「ソルジャーとしての仕事」も、何もかも、全て投げ出して。
キャプテンの部屋さえ訪ねはしないで、ブリッジには顔も出さなくて。
(きっと、ぼくでも…)
そうなったよね、と「自分のこと」だけに、誰よりも分かる。
大英雄だと讃えられている「ソルジャー・ブルー」でも、危なかったのだ、と。
そうならないで済んだ理由は、本当に「前のハーレイ」だった。
「ソルジャー」にならざるを得なかった「ブルー」を、懸命に支え続けてくれた。
(ハーレイ、船の操縦なんかは、まるで出来なくて…)
船の仕組みさえも知らなかったのに、「俺でいいなら」と、キャプテンになった。
元は厨房で料理をしていて、舵の代わりにフライパンを握っているのが仕事だったのに。
(…前のハーレイの天職、そっちの方だったよね…)
前のぼくでも「お嫁さん」が向いていたみたいに、と容易に想像がつく。
「前のハーレイ」の天職は、きっと、「料理人」の方だったのだろう。
そうでなければ、まだ「シャングリラ」の名が無かった頃から、船で料理はしていない。
仕事は他にも色々あったし、そちらに「向いている職」があったら、それにしたろう。
機関部でエンジンの整備をするとか、船内の掃除に専念するとか、洗濯だとか。
(だけど、料理の方を選んで、メニューも色々、研究してて…)
前のハーレイに「向いていた」のは、絶対、そっちの道なんだ、と今でも思う。
もちろん、前の自分にしたって、重々、承知していたけれども、頼み込んだ。
「ハーレイにだったら、命を預けられるから」と。
「誰よりも息がピッタリ合うから、キャプテンになって欲しいんだけど」と。
(…それで、ハーレイ、決心をして…)
厨房からブリッジに転職をして、立派に「キャプテン・ハーレイ」になった。
船の操縦までも覚えて、誰よりも「シャングリラの癖を掴んだ」操舵手になって。
(そうやって、前のぼくを支えて、側にいてくれていたから、ぼくは…)
まるで向いてはいない職でも、「ソルジャー」としてやってゆくことが出来た。
前が見えなくなってしまうくらいに落ち込んだ時も、ハーレイが支えてくれたから。
そっと寄り添い、「何かあったか?」と訊いてくれるだけで、どれだけ心が救われたろう。
ハーレイには、問題を解決するための「力」が、全く少しも無い時だって。
(前のぼくにしか、どうにも出来ない問題は、うんと山積みで…)
何度も潰れそうになっては、前のハーレイに助けて貰った。
「どうしたんだ?」と問い掛けられて、「なんでもない…」としか言えなくても。
(前のハーレイ、あのまま厨房にいたとしたって…)
きっと支えてくれていたよね、という気がする。
どうしても「キャプテンだけは無理だ」と断られたって、見捨てられることは無かっただろう。
厨房でジャガイモの皮を剥きながら、「雲の上の人」になったブルーと話したと思う。
「ソルジャーに、こんな口を叩くだなんて、どうかと思うが」と苦笑しながら。
「お前、もうちょっと力を抜けよ」と、「一人で悩み過ぎってモンだ」と。
(きっと、そう…)
厨房のままでも、ハーレイなら支えられたんだよね、と少し可笑しくなってくる。
「キャプテンの方が断然いいけど、厨房のままでも良かったかも」と。
そんな具合で、前の自分は「頑張った」。
本当だったら向いてはいない、「ソルジャー」なんかを最後まできちんと勤め上げて。
どう考えても「無茶すぎるから!」という気持ちしかしない、メギドを沈めることまでやって。
(…まるでちっとも向いてなくっても、今の時代の人が聞いたら…)
あれが「天職だった」と言い切る職を、前の自分は「やり遂げられた」。
自分でも「凄い」と思うけれども、何もかも「ハーレイがいてくれたから」出来たこと。
だとすると…。
(今のぼくでも、ちっとも向いてなくっても…)
ハーレイが側にいてくれるのなら、違う職でもいいのだろうか。
「お嫁さん」とは「かけ離れた」仕事を、これから、やってゆくのだとしても。
(…そんなの、出来る…?)
今の時代は「ソルジャー」のような、命が懸かった仕事など無い。
軍人さえもいない平和な時代で、危険などがあるわけもない。
(…想像するだけ無駄ってヤツかな?)
きっと、と首を捻った所で、一つだけ、ピンと閃いた。
サイオンがあるのが普通の時代に、それを使わず、便利な道具を使いもしないで…。
(ずっと昔と全く同じに、自分の手足と、なんだっけ…?)
ザイルとハーケンだったっけ、と頭に浮かんだ「プロの登山家」。
彼らは今でも「命の危険と紙一重」な世界で、せっせと山に登ってゆく。
今の自分の体力はともかく、あの仕事を「ハーレイがいれば」出来るのか、尋ねられたなら…。
(出来るに決まっているじゃない!)
ハーレイと二人、一緒に登ってゆくんだしね、と今の自分も、前の自分と思いは同じ。
「ハーレイさえいれば」、どんな職でも、やり遂げられることだろう。
まるで全く向いていなくて、畑違いの仕事だとしても…。
向いてなくっても・了
※前のブルーには向いていなかった「ソルジャー」の職。務まったのは、前のハーレイのお蔭。
きっと、今のブルーにしたって、ハーレイがいれば、向いていない職も出来るのですv
(まさにピッタリの職だよなあ…)
教師ってヤツは、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
今のハーレイは古典の教師で、ブルーが通う学校が勤務先でもある。
もうそれだけで、「教師をやってて良かったよな」と、心の底から思えてしまう。
(ついでに、ブルーが入学してくる年に合わせたみたいに…)
前の学校から転任して来て、生まれ変わって来たブルーに出会えた。
着任は少し遅れたけれども、今から思えば、そうなったのも巡り合わせというものだろう。
ブルーに聖痕が現れたように、ハーレイの方にも神が準備をしていたらしい。
(予定通りに転任してたら、ブルーが入学して来る前に…)
ハーレイは既に着任していて、今の学校の教師の一人になっていた。
入学式でも、何か役目があっただろう。
転任して来たばかりの者でも、務まりそうな仕事を任され、それをこなしていた筈だった。
受付などは無理にしたって、新入生や保護者を会場に案内するのは出来る。
校門から講堂までの道さえ覚えていたなら、生徒でも務まりそうな役割なのだから。
(新しくやって来たばかりの教師なんだが、見た目はそこそこ…)
貫禄がある、と思って貰える姿ではある。
年恰好もそうなら、身体つきの方もガッシリしていて、頼もしく見える。
(初めての学校に来て、気分が落ち着かない子でも…)
きっと頼りにしてくれそうだし、配置されるなら、その辺りだろう。
キョロキョロ、オドオドしている生徒が目に入ったなら、講堂へ案内したりする。
「今日は入学式だけなんだし、心配なんかは要らないぞ」と声を掛けてやって。
道案内をしてゆく間も、「少しずつ慣れればいいんだからな」と、安心させる言葉を掛けて。
(そういう役目も、俺に向いてはいるんだが…)
其処に「ブルー」がやって来たなら、大変なことになったろう。
ブルーが「ハーレイ」を目にした途端に、あの「聖痕」が現れてしまう。
右の瞳から血の色の涙が溢れて、両方の肩や右の脇腹からも大量の血が噴き出して来る。
(誰が見たって、大怪我にしか見えないからなあ…)
実際、俺もそうだったんだ、と目にした時を思い出す。
てっきり事故だと思い込んだほど、聖痕の鮮血は衝撃だったし、慌てもした。
入学式を控えた所で、その聖痕が現れたならば、ブルーは救急搬送で…。
(…現場の状況を確認するとか、色々と…)
学校は騒がしくなってしまって、入学式も中止されるか、延期になっていただろう。
なんとか当日、出来たとしたって、時間が変わって、午後からだとか。
(絶対、そうなっちまったよなあ…)
俺の着任が遅れていなかったなら、という気がするから、遅れたのは必然に違いない。
ブルーに聖痕を与えた神が、前の学校に「ハーレイ」を引き留めた。
「もう少し此処で仕事してから、ブルーの学校に行くように」と、留まる理由を作り出して。
お蔭でブルーに聖痕が出ても、入学式は台無しになりはしなくて、他の行事も大丈夫だった。
ブルーのクラスは酷い騒ぎになったけれども、他のクラスは、少し騒ぎになっただけ。
「何の騒ぎだ?」と教師が出て来て、事態をしっかり把握した後は、授業に戻った。
(救急車の音で教室を飛び出しちまって、野次馬していた生徒にしたって…)
教師に「戻って授業!」と一喝されたら、大人しく帰ってゆくしかない。
何があったか気になっていても、教室で話し続けていたなら、叱られてしまう。
(ブルーのクラスも、俺がブルーについてった後は…)
担任の教師が駆け付けて来て、その場を無事に収めて行った。
「ブルー君なら、大丈夫ですよ」と、「ハーレイ先生も一緒ですから」と。
最小限で済んだ騒ぎは、「ハーレイの着任が遅れたから」で、神が計算していたのだろう。
「このタイミングで出会うのがいい」と、学校や他の生徒に迷惑をかけないように。
(そういう意味でも、教師で正解…)
俺にピッタリの職ってヤツだ、と心から思う。
仕事さえ上手く都合がついたら、帰りにブルーの家にも寄れる。
学校の中でもブルーに会えるし、これ以上の職は無いだろう。
まさに天職というヤツだよな、と考える内に、別のことが頭に浮かんで来た。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が就いていた職。
(キャプテン・ハーレイではあるが…)
今の時代も、有名なヤツはソレなんだがな、と苦笑する。
人間が全てミュウになっている今の時代は、前のハーレイは「英雄」だった。
「キャプテン・ハーレイの航空宙日誌」まで、ベストセラーになっているほど。
とはいえ、長い時を経たって、「キャプテン・ハーレイ」の過去は変わりはしない。
いくら「キャプテン」の方が有名でも、その前の職も知られてはいた。
まだ「シャングリラ」という名を持たなかった船で、前のハーレイがどうしていたか。
(…厨房出身なんだよなあ…)
ついでに備品倉庫の管理人だ、と今も鮮やかに覚えている。
燃えるアルタミラから逃げ出した船で、自然とそういう役目がついた。
「厨房で皆の食事を作る」仕事で、ジャガイモ地獄も、キャベツ地獄も乗り越えた。
仲間たちが飽きてしまわないよう、せっせと工夫と努力を重ねて、料理して。
「またジャガイモか」と文句が出たって、船にはそれしか無いのだから。
その厨房に馴染んでいたのに、降って来たのが「キャプテン」という職業だった。
まるで全く向いてはいない、とハーレイ自身も思ったくらいに畑が違う。
(船の航行に必要なデータでさえも、俺には少しも分からなくって…)
操舵となったら、どうすればいいか、想像すら出来ない異世界の技術。
だから「無理だ」と即答したのに、船の仲間は譲らなかった。
「船の仕組みが分からなくても、其処は得意な者がやるから」と食い下がって来た。
要は「名前だけのキャプテン」で良くて、船の仲間を纏められれば充分らしい。
(そう言われても、だ…)
はい、そうですか、と返事など出来るわけがない。
「向いていない」と断り続けて、厨房で仕事をするつもりでいた。
料理だったら慣れたものだし、食材の方も、前に比べたら偏りはしない。
また何かあって、ジャガイモ地獄が来たとしたって、慣れている分、上手くゆくだろう。
以前だったら思い付かない調理法など、レパートリーも増えているから、乗り切れる。
(俺はあくまで料理担当、と思っていたのに…)
ある日、背中を押しに来たのが、まだ少年の姿をしていた「ブルー」だった。
ブルーは船で唯一のタイプ・ブルーで、ソルジャーになるしかない立場にいて…。
(あいつが、俺に言ったんだ…)
船のキャプテンになって欲しいのは、「ハーレイだけだ」と、真剣な目で。
「ハーレイにだったら、命を預けられるから」とも。
(俺が一番、息が合うんだ、って言われちまったら…)
もう、それ以上は、断れなかった。
ブルーの本当の年はともかく、中身の方は「まだ少年」で、一人きりで船を背負うのは…。
(出来はしたって、キツすぎるってモンでだな…)
そんなブルーを「俺はキャプテンには向いてないから」と、放っておけるわけがない。
向いていなくても、キャプテンに就任しさえしたなら、ブルーを側で支えてゆける。
(…やるしかない、ってヤツだよなあ…?)
でなきゃ、一生、後悔するぞ、と「前の自分」は決断した。
畑違いの職業だろうが、ブルーのためなら、キャプテンというヤツになってやる、と。
それから後は、努力あるのみ。
「フライパンも船も、似たようなものさ」と軽口を叩いて、自分自身を励ました。
「どっちも、焦げたら大変だしな?」と皆を笑わせたりして、船と仲間を守り続けた。
操舵も覚えて、白いシャングリラになった後にも、懸命に舵を握っていた。
前のブルーがいなくなっても、ブルーが残した言葉を励みに、船を地球まで運んで行って。
そんな具合に、前の自分は「向いていない」職を立派に務めた。
今の時代も「キャプテン・ハーレイ」として名高いくらいに、キャプテンが仕事なのだけど…。
(必死にやるしかなかっただけで…)
向いていたのは厨房だよな、と振り返ってみても、そう思える。
厨房か、キャプテンか、好きに選んでいいのだったら、厨房の方に決めただろう。
フライパンや鍋を自在に使って、あらゆる食材を料理してゆく調理人の方が、断然いい。
(そういう俺が、キャプテンなんかになったのは…)
前のブルーが望んだからで、向きや不向きは無関係だった。
もしも「ブルー」に頼まれたならば、機関部にだって行ったろう。
医務室に詰めて、ノルディを手伝う看護師だって、きっとやったに違いない。
(…そうなると、だ…)
今の自分の天職の方も、ブルーが望めば、違う職業になるのだろうか。
まるで全く向いていなくても、「やって欲しいよ」と、今のブルーに頼まれたなら。
(…はてさて、そいつは…)
どうなんだかな、と顎に手を当て、考えてみる。
まずは「ブルーに頼まれる」わけで、それを「断れない」状況でないと話にならない。
前のブルーがそうだったように、今のブルーが「ハーレイを必要とする」状態。
(…俺があいつをサポートしないと、あいつは一人きりってヤツで…)
そいつは、どうやら有り得ないな、と答えは直ぐに弾き出された。
今は平和な時代なのだし、ブルーは「ハーレイの支え」なんかは必要としない。
わざわざ仕事を変更してまで、ブルーを支えてやらなくてもいい。
(なんと言っても、今度は結婚するんだし…)
もう最高の伴侶でパートナーだから、それ以上の「支え」は無いだろう。
いつもブルーを支え続けて、同じ家で一緒に暮らしてゆく。
「キャプテン・ハーレイ」とは比較にならない、ブルーのために生きる人生。
(そっちの方も、俺の天職で…)
ブルーを大事に支えてやるさ、とコーヒーを一口、飲んだ所で、不意に掠めていった考え。
平和な今の時代にしたって、危険を伴う職なら「在った」。
プロの登山家というヤツだったら、サイオンを使ったりせずに…。
(うんと高い山を、遠い昔と変わりやしない道具や装備で…)
地道にコツコツ登ってゆく。
目が眩みそうな断崖だろうが、ザイルやハーケンだけを頼りに、自分の手足で。
(…絶対、有り得ない話ではあるが…)
今のブルーが「登山家になる」と言うのだったら、今の生でも迷わず「転職する」だろう。
「山登りなんかは向いていないぞ」と心底、思っていたとしたって、その道をゆく。
ブルーが登山家の道を選んで、厳しい寒さや薄い空気の中を登ってゆくのなら。
(あいつが誰かと組んで登るなら、俺しかいない筈だしな?)
向いてなくても、俺も登山家になるまでだよな、とクスッと笑う。
今のブルーは、そんな職など、けして選びはしないけれども、選ぶのならばついてゆく。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が「そうした」ように。
ブルーを側で支え続けて、たとえ断崖絶壁だろうが、ブルーと二人で登って行って…。
向いてなくても・了
※ハーレイ先生が天職だと思う、教師の仕事。前の生だと、キャプテンよりは厨房が好み。
キャプテンなんかは向いてないのに、ブルーの頼みでやった転職。今の生でもやりそうですv
教師ってヤツは、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
今のハーレイは古典の教師で、ブルーが通う学校が勤務先でもある。
もうそれだけで、「教師をやってて良かったよな」と、心の底から思えてしまう。
(ついでに、ブルーが入学してくる年に合わせたみたいに…)
前の学校から転任して来て、生まれ変わって来たブルーに出会えた。
着任は少し遅れたけれども、今から思えば、そうなったのも巡り合わせというものだろう。
ブルーに聖痕が現れたように、ハーレイの方にも神が準備をしていたらしい。
(予定通りに転任してたら、ブルーが入学して来る前に…)
ハーレイは既に着任していて、今の学校の教師の一人になっていた。
入学式でも、何か役目があっただろう。
転任して来たばかりの者でも、務まりそうな仕事を任され、それをこなしていた筈だった。
受付などは無理にしたって、新入生や保護者を会場に案内するのは出来る。
校門から講堂までの道さえ覚えていたなら、生徒でも務まりそうな役割なのだから。
(新しくやって来たばかりの教師なんだが、見た目はそこそこ…)
貫禄がある、と思って貰える姿ではある。
年恰好もそうなら、身体つきの方もガッシリしていて、頼もしく見える。
(初めての学校に来て、気分が落ち着かない子でも…)
きっと頼りにしてくれそうだし、配置されるなら、その辺りだろう。
キョロキョロ、オドオドしている生徒が目に入ったなら、講堂へ案内したりする。
「今日は入学式だけなんだし、心配なんかは要らないぞ」と声を掛けてやって。
道案内をしてゆく間も、「少しずつ慣れればいいんだからな」と、安心させる言葉を掛けて。
(そういう役目も、俺に向いてはいるんだが…)
其処に「ブルー」がやって来たなら、大変なことになったろう。
ブルーが「ハーレイ」を目にした途端に、あの「聖痕」が現れてしまう。
右の瞳から血の色の涙が溢れて、両方の肩や右の脇腹からも大量の血が噴き出して来る。
(誰が見たって、大怪我にしか見えないからなあ…)
実際、俺もそうだったんだ、と目にした時を思い出す。
てっきり事故だと思い込んだほど、聖痕の鮮血は衝撃だったし、慌てもした。
入学式を控えた所で、その聖痕が現れたならば、ブルーは救急搬送で…。
(…現場の状況を確認するとか、色々と…)
学校は騒がしくなってしまって、入学式も中止されるか、延期になっていただろう。
なんとか当日、出来たとしたって、時間が変わって、午後からだとか。
(絶対、そうなっちまったよなあ…)
俺の着任が遅れていなかったなら、という気がするから、遅れたのは必然に違いない。
ブルーに聖痕を与えた神が、前の学校に「ハーレイ」を引き留めた。
「もう少し此処で仕事してから、ブルーの学校に行くように」と、留まる理由を作り出して。
お蔭でブルーに聖痕が出ても、入学式は台無しになりはしなくて、他の行事も大丈夫だった。
ブルーのクラスは酷い騒ぎになったけれども、他のクラスは、少し騒ぎになっただけ。
「何の騒ぎだ?」と教師が出て来て、事態をしっかり把握した後は、授業に戻った。
(救急車の音で教室を飛び出しちまって、野次馬していた生徒にしたって…)
教師に「戻って授業!」と一喝されたら、大人しく帰ってゆくしかない。
何があったか気になっていても、教室で話し続けていたなら、叱られてしまう。
(ブルーのクラスも、俺がブルーについてった後は…)
担任の教師が駆け付けて来て、その場を無事に収めて行った。
「ブルー君なら、大丈夫ですよ」と、「ハーレイ先生も一緒ですから」と。
最小限で済んだ騒ぎは、「ハーレイの着任が遅れたから」で、神が計算していたのだろう。
「このタイミングで出会うのがいい」と、学校や他の生徒に迷惑をかけないように。
(そういう意味でも、教師で正解…)
俺にピッタリの職ってヤツだ、と心から思う。
仕事さえ上手く都合がついたら、帰りにブルーの家にも寄れる。
学校の中でもブルーに会えるし、これ以上の職は無いだろう。
まさに天職というヤツだよな、と考える内に、別のことが頭に浮かんで来た。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が就いていた職。
(キャプテン・ハーレイではあるが…)
今の時代も、有名なヤツはソレなんだがな、と苦笑する。
人間が全てミュウになっている今の時代は、前のハーレイは「英雄」だった。
「キャプテン・ハーレイの航空宙日誌」まで、ベストセラーになっているほど。
とはいえ、長い時を経たって、「キャプテン・ハーレイ」の過去は変わりはしない。
いくら「キャプテン」の方が有名でも、その前の職も知られてはいた。
まだ「シャングリラ」という名を持たなかった船で、前のハーレイがどうしていたか。
(…厨房出身なんだよなあ…)
ついでに備品倉庫の管理人だ、と今も鮮やかに覚えている。
燃えるアルタミラから逃げ出した船で、自然とそういう役目がついた。
「厨房で皆の食事を作る」仕事で、ジャガイモ地獄も、キャベツ地獄も乗り越えた。
仲間たちが飽きてしまわないよう、せっせと工夫と努力を重ねて、料理して。
「またジャガイモか」と文句が出たって、船にはそれしか無いのだから。
その厨房に馴染んでいたのに、降って来たのが「キャプテン」という職業だった。
まるで全く向いてはいない、とハーレイ自身も思ったくらいに畑が違う。
(船の航行に必要なデータでさえも、俺には少しも分からなくって…)
操舵となったら、どうすればいいか、想像すら出来ない異世界の技術。
だから「無理だ」と即答したのに、船の仲間は譲らなかった。
「船の仕組みが分からなくても、其処は得意な者がやるから」と食い下がって来た。
要は「名前だけのキャプテン」で良くて、船の仲間を纏められれば充分らしい。
(そう言われても、だ…)
はい、そうですか、と返事など出来るわけがない。
「向いていない」と断り続けて、厨房で仕事をするつもりでいた。
料理だったら慣れたものだし、食材の方も、前に比べたら偏りはしない。
また何かあって、ジャガイモ地獄が来たとしたって、慣れている分、上手くゆくだろう。
以前だったら思い付かない調理法など、レパートリーも増えているから、乗り切れる。
(俺はあくまで料理担当、と思っていたのに…)
ある日、背中を押しに来たのが、まだ少年の姿をしていた「ブルー」だった。
ブルーは船で唯一のタイプ・ブルーで、ソルジャーになるしかない立場にいて…。
(あいつが、俺に言ったんだ…)
船のキャプテンになって欲しいのは、「ハーレイだけだ」と、真剣な目で。
「ハーレイにだったら、命を預けられるから」とも。
(俺が一番、息が合うんだ、って言われちまったら…)
もう、それ以上は、断れなかった。
ブルーの本当の年はともかく、中身の方は「まだ少年」で、一人きりで船を背負うのは…。
(出来はしたって、キツすぎるってモンでだな…)
そんなブルーを「俺はキャプテンには向いてないから」と、放っておけるわけがない。
向いていなくても、キャプテンに就任しさえしたなら、ブルーを側で支えてゆける。
(…やるしかない、ってヤツだよなあ…?)
でなきゃ、一生、後悔するぞ、と「前の自分」は決断した。
畑違いの職業だろうが、ブルーのためなら、キャプテンというヤツになってやる、と。
それから後は、努力あるのみ。
「フライパンも船も、似たようなものさ」と軽口を叩いて、自分自身を励ました。
「どっちも、焦げたら大変だしな?」と皆を笑わせたりして、船と仲間を守り続けた。
操舵も覚えて、白いシャングリラになった後にも、懸命に舵を握っていた。
前のブルーがいなくなっても、ブルーが残した言葉を励みに、船を地球まで運んで行って。
そんな具合に、前の自分は「向いていない」職を立派に務めた。
今の時代も「キャプテン・ハーレイ」として名高いくらいに、キャプテンが仕事なのだけど…。
(必死にやるしかなかっただけで…)
向いていたのは厨房だよな、と振り返ってみても、そう思える。
厨房か、キャプテンか、好きに選んでいいのだったら、厨房の方に決めただろう。
フライパンや鍋を自在に使って、あらゆる食材を料理してゆく調理人の方が、断然いい。
(そういう俺が、キャプテンなんかになったのは…)
前のブルーが望んだからで、向きや不向きは無関係だった。
もしも「ブルー」に頼まれたならば、機関部にだって行ったろう。
医務室に詰めて、ノルディを手伝う看護師だって、きっとやったに違いない。
(…そうなると、だ…)
今の自分の天職の方も、ブルーが望めば、違う職業になるのだろうか。
まるで全く向いていなくても、「やって欲しいよ」と、今のブルーに頼まれたなら。
(…はてさて、そいつは…)
どうなんだかな、と顎に手を当て、考えてみる。
まずは「ブルーに頼まれる」わけで、それを「断れない」状況でないと話にならない。
前のブルーがそうだったように、今のブルーが「ハーレイを必要とする」状態。
(…俺があいつをサポートしないと、あいつは一人きりってヤツで…)
そいつは、どうやら有り得ないな、と答えは直ぐに弾き出された。
今は平和な時代なのだし、ブルーは「ハーレイの支え」なんかは必要としない。
わざわざ仕事を変更してまで、ブルーを支えてやらなくてもいい。
(なんと言っても、今度は結婚するんだし…)
もう最高の伴侶でパートナーだから、それ以上の「支え」は無いだろう。
いつもブルーを支え続けて、同じ家で一緒に暮らしてゆく。
「キャプテン・ハーレイ」とは比較にならない、ブルーのために生きる人生。
(そっちの方も、俺の天職で…)
ブルーを大事に支えてやるさ、とコーヒーを一口、飲んだ所で、不意に掠めていった考え。
平和な今の時代にしたって、危険を伴う職なら「在った」。
プロの登山家というヤツだったら、サイオンを使ったりせずに…。
(うんと高い山を、遠い昔と変わりやしない道具や装備で…)
地道にコツコツ登ってゆく。
目が眩みそうな断崖だろうが、ザイルやハーケンだけを頼りに、自分の手足で。
(…絶対、有り得ない話ではあるが…)
今のブルーが「登山家になる」と言うのだったら、今の生でも迷わず「転職する」だろう。
「山登りなんかは向いていないぞ」と心底、思っていたとしたって、その道をゆく。
ブルーが登山家の道を選んで、厳しい寒さや薄い空気の中を登ってゆくのなら。
(あいつが誰かと組んで登るなら、俺しかいない筈だしな?)
向いてなくても、俺も登山家になるまでだよな、とクスッと笑う。
今のブルーは、そんな職など、けして選びはしないけれども、選ぶのならばついてゆく。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分が「そうした」ように。
ブルーを側で支え続けて、たとえ断崖絶壁だろうが、ブルーと二人で登って行って…。
向いてなくても・了
※ハーレイ先生が天職だと思う、教師の仕事。前の生だと、キャプテンよりは厨房が好み。
キャプテンなんかは向いてないのに、ブルーの頼みでやった転職。今の生でもやりそうですv
「ねえ、ハーレイ。誰もいないと…」
寂しくならない、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? どうした、急に?」
今なら俺がいるだろう、とハーレイは自分の顔を指差した。
「誰もいない」どころではない、穏やかな時間。
ブルーの前にはハーレイがいるし、休日だけに両親もいる。
普段は仕事でいない父まで、家にいるのが当たり前の日。
なのに何故、と不思議に思ったハーレイだけれど…。
(待てよ、みんなが揃っているから、逆にだな…)
一人きりの時を思い出したのかもな、と気が付いた。
ブルーが一人きりになる日は、滅多に無い。
身体が弱い子供だから、とブルーの母は常に気を配る。
買い物するにも、外出にしても、ブルーが登校している間。
いつもそういう具合だけれど、例外の日も、たまにはある。
急に用事が出来た時とか、買い忘れた急ぎの物があるとか。
(ブルーが学校から帰って来たら、鍵が掛かってて…)
家に入ると、リビングのテーブルにメモが一枚。
行先や用事や、帰る時間が書かれた、ブルーへの伝言用。
そういった日でも、ブルーは何も困りはしない。
テーブルには、おやつのケーキなどが置かれている筈。
飲み物にしても、暑い季節なら、何か作ってあるだろう。
新鮮なレモンでレモネードだとか、アイスティーとか。
(…しかしだな…)
困らなくても、「急に、一人」には違いない。
思ってもいない一人暮らしが、ほんの一瞬、やって来る。
見回してみても部屋に人影は無くて、庭にだっていない。
もちろん、物音などもしなくて、せいぜい小鳥の声くらい。
(……うーむ……)
慣れていないと寂しいかもな、とハーレイは思い当たった。
恐らく、そんな時間を指しているのだろう。
まだまだ子供のブルーなのだし、きっと、思い出して…。
(俺にも、聞いてみたってトコか)
なるほどな、とハーレイは大きく頷く。
一人暮らしが長い「ハーレイ」の意見が気になるのも当然。
ならば、答えてやるべきだろう。
「どうしたんだ?」などと言っていないで、自分のことを。
そう思ったから、ハーレイは「俺か?」と微笑んだ。
「俺なら、特に寂しくはないな」
なにしろ慣れているモンだから、と軽く両手を広げる。
「この手さえあれば、飯も作れるし、本も読めるし…」
退屈している暇は無いぞ、と片目を瞑った。
実際、一人で寂しいと思ったことなどは無い。
一人暮らしの家は気楽で、誰に気兼ねをすることも無い。
気が向いた時に、好きに時間を使ってゆける。
夜中に、突然、何か食べたくなったって…。
(キッチンに出掛けて、湯を沸かそうが…)
鍋をカチャカチャやっていようが、誰の眠りも邪魔しない。
誰かいたなら、深夜の料理は、迷惑でしかないだろう。
(食いたい気持ちを押さえ付けるか、抜き足、差し足…)
音を立てないように気を付け、食器の音にも気を付けて。
皿が一枚、カチャンと鳴ったら、誰かを起こす恐れがある。
(その手の心配、俺には、まるで無いからなあ…)
一人暮らしのいいトコなんだ、と心から思う。
だから、ブルーにも、そう言ったけれど…。
「…本当に? ハーレイ、ホントに寂しくないの?」
誰かいたらな、と考えないの、とブルーは畳み掛けて来た。
「お料理の新作、出来た時とか…」と例を挙げて。
「あー…。なるほど、それは確かにあるかもなあ…」
例外中の例外だが、とハーレイも頷かざるを得なかった。
レシピをアレンジするのは常で、珍しくはない。
とはいえ、たまに大きな挑戦もする。
「この食材で、こうやってみたら、どうなるか」と。
それで美味しい料理が出来たら、誰かに披露したくなる。
「おい、ちょっと来て、食ってみろ」と、声を掛けて。
けれども、誰もいない家では、それは出来ない。
試食してくれる家族も、同居人さえいない。
「誰か、呼んどくべきだったよな」と考えた経験が何度か。
誰もいないのが「寂しい」ような気分に包まれる時。
「あるな、寂しくなっちまう時…」
ほんのちょっぴりなんだがな、とハーレイは苦笑する。
そう頻繁ではないのだけれども、寂しくなる日。
ハーレイの告白を聞いたブルーは、「でしょ?」と笑った。
「だからね、寂しくならないように…」
ぼくを呼んでよ、と赤い瞳が嬉しそうに煌めく。
「いつでも行くから」と、「夜でも、パパの車でね」と。
(そう来たか…!)
家には呼ばない約束だしな、とハーレイは唸る。
口実があれば、ブルーは、いそいそとやって来るだろう。
「お料理の新作、何が出来たの?」と試食をしに。
(よくも悪知恵、働かせやがって…!)
小悪魔めが、とハーレイはブルーを睨んで、言い放った。
「誰が呼ぶか!」と、決然と。
「お前に頼むくらいだったら、他を当たるぞ!」
友人も知人も、いくらでもいるものだから。
お隣さんに「どうぞ」とお裾分けでも、いいのだから…。
誰もいないと・了
寂しくならない、と小さなブルーが傾げた首。
二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? どうした、急に?」
今なら俺がいるだろう、とハーレイは自分の顔を指差した。
「誰もいない」どころではない、穏やかな時間。
ブルーの前にはハーレイがいるし、休日だけに両親もいる。
普段は仕事でいない父まで、家にいるのが当たり前の日。
なのに何故、と不思議に思ったハーレイだけれど…。
(待てよ、みんなが揃っているから、逆にだな…)
一人きりの時を思い出したのかもな、と気が付いた。
ブルーが一人きりになる日は、滅多に無い。
身体が弱い子供だから、とブルーの母は常に気を配る。
買い物するにも、外出にしても、ブルーが登校している間。
いつもそういう具合だけれど、例外の日も、たまにはある。
急に用事が出来た時とか、買い忘れた急ぎの物があるとか。
(ブルーが学校から帰って来たら、鍵が掛かってて…)
家に入ると、リビングのテーブルにメモが一枚。
行先や用事や、帰る時間が書かれた、ブルーへの伝言用。
そういった日でも、ブルーは何も困りはしない。
テーブルには、おやつのケーキなどが置かれている筈。
飲み物にしても、暑い季節なら、何か作ってあるだろう。
新鮮なレモンでレモネードだとか、アイスティーとか。
(…しかしだな…)
困らなくても、「急に、一人」には違いない。
思ってもいない一人暮らしが、ほんの一瞬、やって来る。
見回してみても部屋に人影は無くて、庭にだっていない。
もちろん、物音などもしなくて、せいぜい小鳥の声くらい。
(……うーむ……)
慣れていないと寂しいかもな、とハーレイは思い当たった。
恐らく、そんな時間を指しているのだろう。
まだまだ子供のブルーなのだし、きっと、思い出して…。
(俺にも、聞いてみたってトコか)
なるほどな、とハーレイは大きく頷く。
一人暮らしが長い「ハーレイ」の意見が気になるのも当然。
ならば、答えてやるべきだろう。
「どうしたんだ?」などと言っていないで、自分のことを。
そう思ったから、ハーレイは「俺か?」と微笑んだ。
「俺なら、特に寂しくはないな」
なにしろ慣れているモンだから、と軽く両手を広げる。
「この手さえあれば、飯も作れるし、本も読めるし…」
退屈している暇は無いぞ、と片目を瞑った。
実際、一人で寂しいと思ったことなどは無い。
一人暮らしの家は気楽で、誰に気兼ねをすることも無い。
気が向いた時に、好きに時間を使ってゆける。
夜中に、突然、何か食べたくなったって…。
(キッチンに出掛けて、湯を沸かそうが…)
鍋をカチャカチャやっていようが、誰の眠りも邪魔しない。
誰かいたなら、深夜の料理は、迷惑でしかないだろう。
(食いたい気持ちを押さえ付けるか、抜き足、差し足…)
音を立てないように気を付け、食器の音にも気を付けて。
皿が一枚、カチャンと鳴ったら、誰かを起こす恐れがある。
(その手の心配、俺には、まるで無いからなあ…)
一人暮らしのいいトコなんだ、と心から思う。
だから、ブルーにも、そう言ったけれど…。
「…本当に? ハーレイ、ホントに寂しくないの?」
誰かいたらな、と考えないの、とブルーは畳み掛けて来た。
「お料理の新作、出来た時とか…」と例を挙げて。
「あー…。なるほど、それは確かにあるかもなあ…」
例外中の例外だが、とハーレイも頷かざるを得なかった。
レシピをアレンジするのは常で、珍しくはない。
とはいえ、たまに大きな挑戦もする。
「この食材で、こうやってみたら、どうなるか」と。
それで美味しい料理が出来たら、誰かに披露したくなる。
「おい、ちょっと来て、食ってみろ」と、声を掛けて。
けれども、誰もいない家では、それは出来ない。
試食してくれる家族も、同居人さえいない。
「誰か、呼んどくべきだったよな」と考えた経験が何度か。
誰もいないのが「寂しい」ような気分に包まれる時。
「あるな、寂しくなっちまう時…」
ほんのちょっぴりなんだがな、とハーレイは苦笑する。
そう頻繁ではないのだけれども、寂しくなる日。
ハーレイの告白を聞いたブルーは、「でしょ?」と笑った。
「だからね、寂しくならないように…」
ぼくを呼んでよ、と赤い瞳が嬉しそうに煌めく。
「いつでも行くから」と、「夜でも、パパの車でね」と。
(そう来たか…!)
家には呼ばない約束だしな、とハーレイは唸る。
口実があれば、ブルーは、いそいそとやって来るだろう。
「お料理の新作、何が出来たの?」と試食をしに。
(よくも悪知恵、働かせやがって…!)
小悪魔めが、とハーレイはブルーを睨んで、言い放った。
「誰が呼ぶか!」と、決然と。
「お前に頼むくらいだったら、他を当たるぞ!」
友人も知人も、いくらでもいるものだから。
お隣さんに「どうぞ」とお裾分けでも、いいのだから…。
誰もいないと・了
