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(明日は会いに行ってやるからな)
 約束通り、とハーレイが思い浮かべた恋人。
 金曜日の夜に、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 前の生から愛したブルー。
 青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えた愛おしい人。
 十四歳にしかならない子供だけれども、ブルーはブルー。
 幼すぎてキスも出来なくても。
 まだ一緒には暮らせなくても。
 その恋人と交わした約束、週末はブルーの家に行くこと。
 すべき仕事が無かったら。
 自分の好きに時間を使える日だったら。
 土曜と日曜、予定が無ければ恋人の家を訪ねてゆくのが小さな約束。
 明日は土曜だから、ブルーはきっと待っている。
 もう今夜から、小さな胸を躍らせて。
 明日は何をして過ごそうかと。
 どんな素敵な日になるだろうかと。
(…あいつの期待に添えるかどうか…)
 そいつは分からないんだがな、と浮かんだ苦笑。
 約束は叶えてやるのだけれども、叶えたい約束も多いけれども。
(叶えられない約束ってヤツも…)
 生憎と存在しているからな、と幼くて無垢な恋人を想う。
 ブルーの願いを聞き入れないこと、そういう約束もあるのだから。
 いくら強請られても、「ハーレイのケチ!」と膨れられても。


 けして叶えてはやれない約束、今は叶えないことが約束。
 ブルーとキスを交わすこと。
 恋人同士の唇へのキス、それをブルーに贈ること。
 ブルーはまだまだ子供だから。
 一人前の恋人気取りで、「ぼくにキスして」と言うけれど。
 「キスしていいよ?」と誘う日だってあるけれど。
 それでもキスをしてやらないこと、それが約束。
 小さなブルーが、前のブルーと同じ背丈になるまでは。
 前の自分と恋をしていた、あの気高くて美しい人が再び戻って来るまでは。
(なんたって、あいつは子供なんだし…)
 姿と同じに、心も子供に戻ってしまった愛おしい人。
 それが分かるから、キスなどはしない。
 どんなにブルーが望んでも。
 断る度に「ハーレイのケチ!」と膨れても。
 小さなブルーは、まるで気付いていないから。
 今のブルーの無垢な心は、キスをするには早すぎることに。
 ブルーがせっせと夢を見ている甘いキスには、心がついてゆかないことに。
(本物のキスってヤツをしたら、だ…)
 きっとブルーはビックリ仰天、竦み上がってしまうのだろう。
 頭では「キスだ」と分かっていたって、強張るだろう小さな身体。
 逃れようとして大暴れするか、固まって動けなくなるか。
 どちらにしたって、ろくなことにはならない結末。
 唇を離してやった後には、もうポロポロと零れる涙。
 とても怖かったと、「何をするの?」と。
 ブルーがそれを望んだくせに。
 キスが欲しいと、ブルーの方から強請ったくせに。
 望みを叶えて貰った時には、どうなるのかも知らないで。
 恋人同士の本物のキスは、チビのブルーには甘くないとも知らないで。


 そうなるんだ、と分かっているから決めた約束。
 「前のお前と同じ背丈になるまで、キスは駄目だ」と。
 小さなブルーは膨れたけれども、これも約束には違いない。
 だから約束を叶え続ける、「チビのブルーにはキスをしない」という約束。
 ブルーから見れば、「叶えて貰えない」ケチな約束になるのだけれど。
 どんなにキスを強請ってみたって、キスを贈って貰えないから。
(だが、約束は約束だしな?)
 俺は約束を守る男だ、とクックッと笑う。
 小さなブルーと交わした約束、それを叶えるのが自分の役目。
 週末に仕事が入らなければ、ブルーの家に行くことも。
 ブルーが前と同じ姿に育たない限り、キスはしないということも。
 相手が小さなブルーでなくても、約束は守るのが自分の信条。
 柔道部の生徒や学校の教え子、同僚と交わした約束だって。
(人間、そうでなくっちゃな)
 幼い頃から叩き込まれた、「約束を守る」ことの大切さ。
 誰と交わした約束でも。
 ほんの小さな、手帳に書くほどのものでなくても。
 約束は必ず守ること。
 中身によっては、叶えること。
 まして小さなブルーは恋人、約束を守らないわけがない。
 叶えられるものなら、約束の中身を叶えるけれど。
 そうするために、明日もブルーの家を訪ねてゆくけれど…。
(あいつの家には行ったって…)
 ブルーと二人で過ごしていたって、けして贈ってやらないキス。
 「キスしていいよ?」と誘われたって。
 「ぼくにキスして」と強請られたって。
 小さなブルーにキスはしない、と決めたから。
 ブルーの望みを叶えないこと、それが約束なのだから。


(はてさて、明日はどうなるのやら…)
 俺は約束を守るんだがな、と眺めたブルーの家の方角。
 小さなブルーはもう眠ったのか、それとも胸を高鳴らせているか。
 「明日はハーレイが来てくれるんだよ」と、ワクワクと。
 一日一緒に過ごせるのだと、二人で何を話そうかと。
(話だけなら、中身は何でも気にしないんだが…)
 それにブルーが甘えて来たって、抱き付いて来たって、いいけれど。
 膝の上にチョコンと乗っかって来ても、愛おしさが増してくるのだけれど…。
(キスはいかん、キスは!)
 それだけは叶えてやれんからな、と心で叱った小さな恋人。
 約束は守るし、叶えるけれど。
 それが自分の信条だけれど、逆の約束もあるのだと。
 「叶えない」ことを約束したなら、叶えないのが約束だから、と。
 愛おしい人と交わした約束、どんなことでも叶えたいとは思うけれども…。
(約束の中身によるってな)
 叶えないことが約束だったら、その約束は叶えられない。
 どんなにブルーが愛おしくても、約束を叶えてやりたくても。
 叶えないことがブルーのためなら、愛おしい人のためになるなら。
(それを分かって貰えないのが…)
 俺の辛さで、と零れる溜息。
 小さなブルーは、まるで分かっていないから。
 どうして「キスは駄目だ」と言うのか、そう約束をしたのかを。
 今も約束を固く守って、キスを決して贈らないかも。
(…変なトコだけ、前のあいつにそっくりで…)
 うんと頑固に出来てやがる、と溜息をつくしかない恋人。
 キスを断ったら、「ハーレイのケチ!」と膨れっ面。
 プンスカ怒って、ケチ呼ばわり。
 どういう気持ちで「キスは駄目だ」と言っているかも知らないで。
 そう決めてやった、こちらの心も知らないで。


 明日もケチだと言われそうだ、と思ってもブルーが愛おしい。
 前と同じに頑固な恋人、「ハーレイのケチ!」と膨れるブルー。
 幾つ約束を交わしただろうか、生まれ変わって来た人と。
 今の小さな、頑固なブルーと。
(週末は訪ねてゆくっていうのと…)
 ブルーが前と同じ姿に育つまではキスをしないということ。
 他にも色々、交わした約束。
 いつかブルーが大きくなったら、あれをしようと、これもしようと。
 デートはもちろん、ドライブだって。
 旅行にも行って、色々なことを。
(宇宙から青い地球を眺めて、好き嫌いを探す旅もして…)
 山ほどあるな、と綻んだ顔。
 どれも叶えてやらなければ、と。
 小さなブルーは、宇宙から地球を眺めたことが無いらしい。
 だから二人で出掛けてゆく。
 宇宙から青い地球を見られる、遊覧飛行が出来る旅へと。
 それから、ブルーも、自分にも無い「好き嫌い」。
 前の生で食事で苦労したからか、どんな食べ物でも美味しく食べる自分たち。
 立派なことではあるのだけれども、それもなんだか寂しいから…。
(俺たちでも食えない物があるのか、そいつを探しに行くんだっけな)
 地球のあちこち、色々な料理を食べ歩いて。
 苦手な料理は見付からなくても、美味しい料理はあるだろうから。
(忙しくなるぞ、いつかはな)
 あいつと交わした約束が山ほど、と浮かべた笑み。
 どれも端から叶えるんだと、そいつが俺の信条だしな、と。
 約束はきちんと守るものだし、中身によっては叶えるもの。
 ブルーと交わした約束となれば、全力で叶えてやりたいけれど…。


(それでも駄目なものはあるんだ)
 今はな、と想う小さな恋人。
 大きくなるまでキスは駄目だと、そいつも俺の約束だから、と。
 約束は必ず叶えるものだし、今は「叶えない」ことが約束。
 チビのお前には分かるまいなと、分かる頃には、お前は大きく育ってるよな、と…。

 

         叶える約束・了


※ブルー君と交わした約束、どれも叶えたいハーレイ先生。恋人との約束ですもんね。
 けれど、色々な約束の中身。「叶えない」のがキスをすること、きちんと守っているのですv






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(ハーレイ、どうしているのかな…)
 今の時間だと、とブルーが思い浮かべた恋人。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した恋人。
 学校で姿は見掛けたけれども、出来ずに終わった立ち話。
 仕事の帰りに寄ってもくれずに、それっきり。
 ハーレイと話が出来ないままで、今日という日はもうおしまい。
 ほんの少しの時間でいいから、話したかった。
 温かくて穏やかな、あの声が聞きたかったのに。
(…ハーレイの声…)
 思念でいいから聞きたいよ、と思うけれども、その思念。
 今の時代は、使わないのが社会のマナー。
 人間は誰もがミュウだからこそ、そういうルールが生まれて来た。
 サイオンは出来るだけ使わないこと、「人間らしく」と。
 だから思念波も同じこと。
 いくら便利でも、誰も滅多に使いはしない。
 使わないのが社会のルールで、マナーだから。
(…前のぼくたちが生きた頃なら…)
 思念波も使っていたものなのに。
 白いシャングリラの中でだったら、よく交わされていた筈なのに。
(基本は今と同じだけれど…)
 人間らしく、と唱えられていたシャングリラ。
 何もかもを思念に頼りはしなくて、通信手段があれば、そちらを優先。
 人類は思念波を使わないのだし、ミュウが「人」から外れないよう。
 人間らしさを失わないよう、シャングリラでも使った通信用の設備など。
 それが無くても、ミュウならやっていけるのに。
 思念波の方が、早くて便利だったのに。


 前の自分が生きた頃から、そういう考え方だった思念。
 今の時代だと、「人間らしく」がマナーというのも頷ける。
 もう人類は一人もいないし、ミュウだけが暮らす時代だから。
 サイオンを便利に使っていたなら、人間らしさをきっと失くしてしまうから。
(だけど、思念波…)
 こんな時には、ちょっと送って欲しいのに、と眺めた窓。
 ハーレイから思念が届かないかと、届けてくれればいいのにと。
 社会のマナーやルールはともかく、恋人が此処にいるのだから。
 チビの自分が、声を求めているのだから。
(思念波だったら、ちゃんとハーレイの声…)
 あの大好きでたまらない声が届く筈。
 耳にではなくて、心の中に。
 ほんの一言、「どうしてる?」と訊いてくれたら嬉しいのに。
 胸がじんわり温かくなって、幸せな灯が点るのに。
(ホントに、少しだけでいいから…)
 届けて欲しい、と思う思念波。
 たった一言、今の自分に向けての言葉。
 「どうしてる?」でもいいし、「寝ちまったか?」でも。
 もしも眠っていたとしたって、きっと幸せになれるのだろう。
 「ハーレイの声が聞こえたよ」と。
 夢の中でも、優しい思念を感じ取って。
 それが届いたら、幸せな夢を見るのだろう。
 ハーレイと何処かへ出掛ける夢とか、そういった夢。
 目覚めた時には忘れていたって、「素敵な夢を見ていたみたい」と思う夢。
 思念波だったら、心に届くものだから。
 スルリと心に入り込んで来て、温かな声を伝えるから。
 声も、想いも、丸ごと全部。
 ほんの短い言葉だけでも、ギュッと詰まっている中身。


 聞きたいな、と思うけれども、届かない思念。
 ハーレイは届けてくれはしなくて、窓を眺めても無駄なだけ。
(…今の時代だと、社会のルール…)
 おまけにマナーで、ハーレイからの思念は届かない。
 いくら待っても、届けて欲しいと思っても。
 今日は話が出来なかった分、声が聞きたくてたまらなくても。
(ホントのホントに、ちょっとでいいから…)
 何か言ってよ、と思い浮かべる恋人の顔。
 今の時間だと、書斎だろうか。
 夜には大抵、コーヒーを淹れて寛ぎの時間、そうだと何度も聞いているから。
 その日の気分で、書斎で飲んだり、ダイニングだったりするコーヒー。
(…コーヒー、美味しい?)
 ねえ、と心で尋ねるけれども、返らない答え。
 それも当然、今の自分は不器用だから。
 社会のルールやマナー以前に、上手く扱えないサイオン。
 前の自分とまるで違って、思念波もろくに紡げない。
 だからハーレイを想っていたって、心の声は届きはしない。
 自分の舌には苦いコーヒー、その味をハーレイに訊いたって。
 「美味しいの?」と尋ねてみたって、声は心の中でだけ。
 届けたいハーレイに聞こえはしない。
 問いが届いていないのだから、返事だって返るわけがない。
 「うん、美味いぞ?」とも。
 「お前もたまには飲めばいいのに」とも、「この味が分からないとはなあ…」とも。
 前の自分なら、訊くのは簡単だったのに。
 ハーレイの答えが返って来たなら、それに思念を返せたのに。
 「そんな飲み物、よく飲めるよね」と。
 「コーヒーなんて苦いだけだよ」と、「ぼくは紅茶がいいけどね?」と。
 ついでに、冗談めかして、こうも。
 「急に紅茶が飲みたくなったよ、今から急いで来てくれないかな?」と。


 前のぼくなら出来たんだよ、と零れた溜息。
 ハーレイと思念で話すこと。
(…こんな時間に、紅茶を飲みに来てよ、っていうのは無理だけど…)
 今のぼくだと無理なんだけど、と見回したチビの自分の部屋。
 両親と一緒に暮らしている家、其処にある子供部屋だから。
 ハーレイを夜に呼び寄せたならば、両親が恐縮するだけだから。
 「うちのブルーが無理を言ったようで、すみません」と。
 あの子ときたら、と平謝りだろう父と母。
 とうにお風呂に入ったのにと、今はパジャマで部屋なのに、と。
 それなのにとんだ我儘を…、と慌てる姿が目に浮かぶよう。
 もしもハーレイが駆け付けたなら。
 「紅茶が飲みたいと呼ばれまして」と、車を運転してやって来たなら。
 コーヒーの時間を中断してやって来るハーレイ。
 それも素敵、と浮かんだ笑み。
 後で両親に叱られたって、ちょっぴり呼びたい気持ちもする。
 「ねえ、ハーレイ?」と。
 「美味しいの?」と、コーヒーの時間の邪魔をして。
 チビの自分は苦手なコーヒー、前の自分と同じに苦手。
 その味を訊いて、「それより、紅茶」と、我儘な気分をぶつけてやって。
 「急に紅茶が飲みたくなった」と、「急いで来てよ」と。
 きっとハーレイなら、本当に来てくれるから。
 「今からか?」と苦笑したって、淹れたコーヒーを放り出して。
 そうでなければ、残りを一気に飲んでしまって、急ぐガレージ。
 「ブルーが呼んでるんだしな?」と。
 「ちょいと遅いが、呼ばれたからには行かんと駄目だ」と。
 前のハーレイのマントの色をした車。
 濃い緑色の愛車に乗り込み、エンジンをかけて。
 「シャングリラ、発進!」と、茶目っ気たっぷりに言ったりもして。


 きっと来るよね、と思ったハーレイ。
 思念で呼んでみたならば。
 こんな時間でも、ガレージから急いで車を出して。
 「お前、紅茶が飲みたいんだろ?」と、急いで駆け付けて来てくれて。
(…幸せだよね…)
 両親がハーレイに平謝りでも、後で自分が叱られても。
 とんでもない時間に呼ばれた客人、ハーレイが「お前なあ…」と呆れ顔だって。
 「なんだって紅茶を飲むためだけに、夜に此処まで来なきゃならん」と。
 「お前が一人で飲めばいいのに」と言っていたって、きっと幸せ。
 ハーレイの言葉はそういうものでも、瞳は笑っている筈だから。
 「俺に会いたかっただけだよな?」と。
 紅茶はただの口実だよなと、今日は話せなかったから、と。
 これでいいかと、こうして訪ねて来てやったから、と。
(うん、素敵だよね…)
 自分は此処からハーレイに思念を投げるだけ。
 「美味しいの?」と、コーヒーを飲むハーレイに。
 少し思念を交わし合っただけで、後は「来てよ」と呼び付けるだけ。
 それで素敵な時間が持てる。
 ハーレイは自分のコーヒーを放って来てくれるから。
 チビの自分と紅茶を飲もうと、車を出してくれるのだから。
(そういうの、やってみたいけど…)
 パパとママに後で叱られるよね、と竦めた首。
 紅茶を飲み終えたハーレイが帰って行ったなら。
 「遅い時間にすみませんでした」と、両親に詫びて帰ったら。
(…こっちへ来なさい、ってパパたちに呼ばれて…)
 お説教が待っているのだろう。
 我儘すぎると、「ハーレイ先生に御迷惑だろう」と。
 「もうやらないよ」と謝ったって、父にコツンと叩かれる頭。
 痛くないように、拳で軽く。
「これに懲りたら、二度とやるなよ?」と。


 そうなると分かっているのだけれども、ハーレイに届けたい思念。
 「美味しいの?」とコーヒーの時間の邪魔をして。
 苦いコーヒーよりも紅茶が飲みたい、と我儘も言って。
(きっとハーレイ、来てくれるしね?)
 叱られてもいいから、過ごしてみたい幸せな時間。
 とっくにパジャマに着替えているのに、ハーレイを呼んで紅茶の時間。
 今日のように話しそびれた日の夜、「美味しいの?」と思念を届けて。
 それが出来たらと、やってみたいと心は弾んでいるのだけれど…。
(…今のぼくだと、思念波が駄目…)
 まるで紡げない、ハーレイに宛てて送る思念波。
 社会のルールやマナーが無くても、サイオンが不器用すぎるから。
 どんなにハーレイに届けたくても、「美味しいの?」と投げられない質問。
(…ぼくって駄目だ…)
 自分の夢だって叶わないよ、とガッカリだけれど、残念だけれど。
 今の時代だと、思念波で会話をしないというのが社会のマナー。
 そういう時代に生まれたんだし、これでいいよ、と自分に言い訳。
 不器用だけれど、社会のマナーが守れる子供。
 パパやママだって困らせないよと、後で叱られもしないんだから、と…。

 

        今の時代だと・了


※ハーレイ先生を思念波で呼んでみたいと思ったブルー君。会えなかった日の夜に。
 けれども、紡げない思念。自分でも悔しいらしいですけど、社会のマナーは守れますねv






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(はてさて…)
 チビは今頃どうしているやら、とハーレイが思い浮かべた恋人。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
 愛用のマグカップに淹れたコーヒー、それをゆったり傾けながら。
 まるで分からない恋人の様子。
 十四歳にしかならない恋人、前の生から愛したブルー。
 学校では顔を見掛けたけれども、今日は出来なかった立ち話。
 それに家にも寄ってやれなかった。
 放課後にあった会議が長引いたから。
(こんな夜には…)
 あいつ、膨れていそうなんだ、と考えてしまう。
 「ハーレイが来てくれなかったよ」と、不満そうに。
 それとも萎れているのだろうか、「会えなかった」と。
 学校でさえも話せていないし、残念そうに。
(…どっちなのやら…)
 気になるけれども、ブルーの様子は分からない。
 思念を飛ばすことも出来ない、「どうしてる?」と。
 今の時代は、サイオンを使わずに生きてゆくのが基本だから。
 社会のルールで、マナーだから。
(…俺も分かっちゃいるんだが…)
 こういう夜には、ほんの少しだけ不便だと思う。
 前の自分が生きた頃なら、ブルーに飛ばしてやれた思念波。
 「すまん、会議が長引いちまって」と。
 ブルーがそれに応えて来たなら、そのまま少し話もして。


 出来たんだよな、と考えるけれど、違うのが時代。
 白いシャングリラは時の彼方で、前の自分も何処にもいない。
 キャプテン・ハーレイだった自分は、今は歴史の教科書の中。
 前のブルーも、歴史の授業で真っ先に名前が挙がる英雄。
(…すっかり変わっちまったんだ…)
 何もかもな、と思いを馳せるシャングリラ。
 あの船で生きた時代だったら、簡単に思念を飛ばせたのに。
 ブルーもそれに応えて来るから、いくらでも話が出来たのに。
 キャプテンの部屋と、青の間が遠く離れていても。
 仕事の最中のブリッジからでも、前のブルーと交わせた思念。
 けれども、今の時代は出来ない。
 「人間らしく」が社会のルールで、マナーの時代。
 ブルーに思念を飛ばせはしなくて、それに応える思念だって、と思ったけれど。
(待てよ…?)
 こういう時代でなくっても…、と気付いた今のブルーの事情。
 チビのブルーは、前と同じにタイプ・ブルーに生まれたけれど…。
(とことん不器用だったっけな…)
 サイオンが、と浮かんだ苦笑。
 今のブルーは、そうだから。
 思念波もろくに紡げないブルー、直ぐ側にいても届けられないほど。
 ソルジャー・ブルーだった前のブルーは、誰よりも巧みに操ったのに。
 思念波はもちろん、サイオンと名の付く全てのものを。
 それなのに、今のブルーは違う。
 生まれた時から不器用なサイオン、空も飛べない小さなブルー。
 前のブルーなら、軽々と飛んでゆけたのに。
 真空の宇宙空間でさえも、自由に駆けていたというのに。


(まったく、どうなっちまったんだか…)
 サイオンは何処に置いて来たんだ、と可笑しくなるほど、不器用なブルー。
 社会のルールやマナーが無くても、思念波を送ってやったなら…。
(…何も返っちゃ来ないんだぞ?)
 思念を受け取った方のブルーは、応えることが出来ないから。
 「どうしてる?」と訊いてやっても、アタフタとするだけだから。
(見えるようだな、慌てっぷりが…)
 どう応えたらいいのだろう、とパニックに陥るブルーの姿が。
 「思念波、上手く使えないのに!」と騒ぐ姿が。
(…ハーレイの馬鹿、と言いそうだぞ?)
 思念波ではなくて、肉体の声で。
 きっと相手に届きはしないと、もしかしたら部屋に響き渡る声で。
 「ハーレイの馬鹿!」と、「意地悪だよ!」と。
 思念波を上手く使えないことを、承知で送って来るなんて、と。
 なんて意地悪な恋人だろうと、酷すぎるよ、と。
(如何にもありそうな話だってな)
 プンスカ膨れていやがるんだ、と目に浮かぶような恋人の姿。
 思念波を紡ぐ努力も忘れて、膨れっ面で。
 「どうせ返事は出来ないんだから!」と開き直って、プンプンと。
 一方通行の思念波なんかと、「こんなの、何の意味も無いから!」と。
 けれど、そのまま、こちらが黙ってしまったら…。
(それも、あいつは怒るんだ…)
 最初の間は、「えっと…?」と部屋を見回して。
 「どうしちゃったの?」と、窓の向こうを覗いたりして。
 さっきの思念の続きが来ないと、まさか、あれきり終わりだろうか、と。
 「ハーレイ、続きは?」と。
 「どうしてる、って訊いただけで、もう終わりなわけ?」と。
 そして膨れて怒り出すだろう、「無神経だよ!」と。
 自分が返事をしなかったことも、出来ないことも棚に上げてしまって。


 そんなトコだ、とクックッと漏れてしまった笑い。
 今のあいつなら、そうなるんだな、と。
 返事が無ければ、会話は終わるものなのに。
 機械を使った通信にしても、相手が全く応えなければ、それでおしまい。
 「留守か」と切ってしまう通信、「またにしよう」と。
 留守でなくても、きっと通信が出来ない状態。
 料理をしていて手が離せないとか、風呂に入っているだとか。
(…世の中、そうしたモンなんだがな?)
 それでもブルーは怒るだろうな、と想像してみる、思念波を届けた時のこと。
 今の時代は使わないのがマナーだけれども、それを届けてやったなら、と。
(あいつ、返事が出来ないんだから…)
 自分はとても「意地悪な恋人」になるのだろう。
 一方的に思念を寄越して、それっきり。
 ブルーを慌てふためかせるだけ、ついでに怒らせてしまうだけ。
(…場合によっては、もっと凄いぞ?)
 通信を入れても、相手が出られないような時。
 料理中だとか、入浴中なら、通信はどうにもならないけれど…。
(思念波なら、ちゃんと届くってな)
 ブルーは料理をしないけれども、風呂には入る。
 その最中に「どうしてる?」と、思念を送ってやったなら。
(…俺はブルーの様子なんかは、全く知らないわけだしな?)
 何をしているのか、何処にいるかも分からないまま、送る思念波。
 もしもバスルームで受け取ったならば、小さなブルーはどうするのだろう?
(なんと言っても、風呂だ、風呂)
 一人前の恋人気取りでいるブルー。
 まだまだ、ほんの子供のくせに。
 「キスは駄目だ」と叱られてばかりの、十四歳の子供のくせに。
 だから余計に面白い。
 チビのブルーに「どうしてる?」と送った思念波、それがバスルームに届いたら、と。


 前のブルーなら、余裕たっぷりに返した思念。
 「ハーレイ?」と、「君はせっかちだよね」と。
 今はバスルームにいるんだから、と笑いを含んだ思念波で。
 「ぼくの姿を見たいのかい?」などと、それこそクスクス笑いながら。
(…あれは、こっちが焦ったんだ!)
 ブリッジでの仕事が長引いた時に、「遅くなりそうです」と送った思念。
 それの答えが「バスルームだよ」と返って来た時は。
 「ハーレイも見たい?」と、悪戯っぽい思念が届いてしまった時は。
 もちろん恋人同士なのだし、ブルーが入浴している姿も何度も見てはいたけれど…。
(そんな姿を、ブリッジの俺に送って来られても…!)
 困るのが目に見えている。
 仕事中なのに、恋人の色っぽい姿などを見せて貰っても。
 下手をしたなら、仲間たちの前でヘマをやらかしてしまうだろう。
 そして心配されてしまって、余計に慌てるだろう自分。
 「な、なんでもない!」などと取り繕って。
 誰が見たって、「なんでもない」とは思えないような慌てっぷりで。
(しかし、ブルーが今のチビだと…)
 慌てるのは、きっとブルーの方。
 「なんでお風呂だと分かったの?」と。
 思念波を送ったこちらの方では、そんなこととは知らないのに。
 ブルーが何処にいるかも知らずに、思念を紡いだだけなのに。
(チビのくせして、恋人気取りなヤツだからな?)
 きっとバスルームで大慌て。
 どうやって姿を隠せばいいのか、どうすれば覗かれないのかと。
 バシャバシャとお湯を波立たせながら、バスタブの中でパニックになって。
(うん、なかなかに…)
 楽しいじゃないか、と零れた笑み。
 慌てるあいつも面白いぞと、恋人気取りのチビのくせに、と。


 前のブルーのような余裕は無いブルー。
 チビのブルーはお風呂でパニック、慌てて飛び出すかもしれない。
 「ハーレイの馬鹿!」と怒鳴りながら。
 ぼくのお風呂を覗くなんてと、今はお風呂の最中なのに、と。
(思念波を送っただけなのにな?)
 誰も覗いちゃいないんだがな、と思うけれども、起こりそうな事故。
 小さなブルーがお風呂にいたなら、バスルームで思念を受け取ったなら。
 そういう事故を起こしたくても、無理なのだけれど。
 愉快な騒ぎは起こせないけれど。
 今の時代は、思念波は出来るだけ使わない時代。
 それが社会のルールなのだし、マナーでもある時代だから…。

 

        今の時代は・了


※ブルー君に思念を送りたくても、今の時代はマナー違反だ、と思ったハーレイ先生。
 けれども、送れたとしても…。相手は不器用なブルー君。お風呂にいたなら、愉快ですよねv






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(今日はホントに会えなかったよ…)
 一度も会えなかったんだけど、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は会えずに終わってしまった、愛おしい人。
 前の生から愛したハーレイ。
 本当に一度も会えずじまいで、姿さえも見てはいないまま。
 いつもだったら、何処かで会えるものなのに。
 家を訪ねて来てくれなくても、学校の中の何処かで、きっと。
(…だけど、今日は駄目…)
 どうしたわけだか、会えないままで終わった一日。
 朝は張り切って登校したのに、運が良ければハーレイに会える筈だったのに。
 あの時間なら、バッタリと。
 柔道部の指導をして来た帰りのハーレイに。
 スーツではなくて、柔道着を着た恋人に。
(柔道着のハーレイ、カッコいいしね?)
 出会えたらもう、最高の気分。
 「ハーレイ先生、おはようございます!」と言えたなら。
 「おう、おはよう」と声が返ったら。
 とてもツイている一日の始まり、そういう気分になれるひと時。
 それを期待していたというのに、朝は会えずに、始まってしまった授業の時間。
 今日はハーレイの授業が無い日で、教室で会えないのは確かだったけれど。
 自分のクラスで待っていたって、ハーレイは入って来ないけれども。
(他のクラスの授業はあるから…)
 きっと会えると思っていた。
 学校にいる間に、校舎の中とか、渡り廊下で。
 声を掛けられる場所にいなくても、姿くらいは見られる筈、と。
 普段だったら、そうだから。
 何処かでハーレイに会えるのだから。


 なのに会えずに、そのまま放課後。
 キョロキョロしながら、校門までの道を歩いた。
 ハーレイの姿が見えはしないか、あちこち視線を投げ掛けて。
 何度も後ろを振り返って。
(…ハーレイがいたら、戻らなくっちゃね?)
 柔道部や会議に急ぐ時でも、挨拶はして貰えるから。
 「すまん、急いでいるんでな」と言われはしたって、大好きな声が聞けるから。
 だから学校を出る瞬間まで、探し続けていた姿。
 もしも見えたら戻ってゆこうと、「ハーレイ先生!」と呼ばなくては、と。
 声が届いたら、ハーレイは立ち止まって待ってくれるから。
 必死になって走らなくても、「慌てなるなよ?」と声を返してくれるから。
 それでも、きっと走ってしまう。
 息が切れても、弱い身体に負担をかけてしまっても。
 少しでもハーレイの側にいたいし、少しでも長く話したいから。
(…何度も後ろを見てたのに…)
 校門から外へ踏み出す時には、端から端まで見回したのに。
 ハーレイの姿はチラとも見えずに、呼ぶ声だって聞こえて来なかった。
 他の生徒が呼び掛ける声。
 柔道部員や、たまたま姿を見掛けた生徒が「ハーレイ先生!」と呼ぶ声さえも。
 姿が無いなら、当然だけれど。
 ハーレイが辺りにいないのだったら、呼ぶ生徒だっていないけれども。
(…今日の学校は、そういう学校…)
 たまに、そうなる日だってある。
 同じ学校の中にいたって、バッタリ会うことが全く無い日。
 今日はそれだ、と肩を落として出た校門。
 けれど、残っていた望み。
 学校の中では会えないままでも、仕事の帰りに訪ねて来てくれる日も多いから。
 ハーレイの仕事が早く終わりさえすれば、家でゆっくり会えるから。


 そうだといいな、と帰った家。
 制服を脱いでおやつを食べたら、後はひたすら待っていた。
 二階の自分の部屋に帰って、本を読んだりしながらも。
 何度も窓の方を眺めて、耳も澄ませて。
 ハーレイが鳴らすチャイムの音が聞こえないかと、高鳴らせた胸。
 学校で全く会えなかった分、余計に募ってしまった想い。
(会いたいよ、って…)
 早く来てねと、待ってるからねと、心で呟き続けたのに。
 思念波を紡げはしないけれども、何度も何度も繰り返したのに。
 ふと気付いたら、過ぎてしまっていた時間。
 ハーレイが家を訪ねてくれる時刻は、とうに過ぎたと教える時計。
(…ハーレイ、来てくれなかったよ…)
 会えないままになっちゃった、と今も溜息が零れるばかり。
 夕食を済ませて、お風呂に入って、後は寝るだけの時間でも。
 どう転んだってハーレイに会えるわけがない、夜の帳が下りた今でも。
(ツイてないよね…)
 なんでこうなっちゃったんだろう、と視線を投げた窓の方。
 もうカーテンを閉めてあるから、その向こうにある庭は見えない。
 ハーレイが訪ねて来てくれていたら、あの窓から手を振れたのに。
 門扉の所に立つ恋人に。
 ハーレイだって、こちらに向かって大きく手を振ってくれるのに。
 けれど会えずに終わった恋人、門扉の脇のチャイムはとうとう鳴らないまま。
 あんなに待って待ち焦がれたのに、今日という日は終わってしまった。
 大好きなハーレイに会えないままで。
 愛おしい人の姿も見られず、声を聞くことも出来ないままで。
 もう寂しくてたまらないから、涙が零れてしまいそう。
 会えずに終わってしまったなんて。
 ハーレイの顔を見られないままで、今日という日はおしまいだなんて。


(…ハーレイに会いたかったのに…)
 一度も会えていないんだよ、と胸にぽっかり穴が開いたよう。
 ほんの少しの時間だけでも、会って話がしたかったのに。
 「ハーレイ先生」と呼ばねばならない、学校の中の何処かでも。
 そんな話も出来ないとしても、チラリと姿を見たかった。
 後姿でかまわないから。
 他の校舎へと急ぐハーレイ、うんと遠くのグラウンドの端にいる姿でも。
(今日はホントにツイていないよ…)
 一度も会えなかっただなんて、と寂しい気持ちで一杯だけれど。
 涙が溢れて来そうだけれども、ふと蘇って来た遠い遠い記憶。
 ソルジャー・ブルーと呼ばれていた頃、遠く遥かな時の彼方にいた自分。
 その自分が流した悲しみの涙。
(…ハーレイには二度と会えない、って…)
 もう会えないのだと、泣きじゃくっていたソルジャー・ブルー。
 最後まで持っていたいと願った、ハーレイの温もりを失くしてしまって。
 右手が冷たく凍えてしまって、メギドで独りぼっちになって。
(……前のぼく……)
 今でもたまに襲われる悪夢。
 泣きながら目覚める夜も多くて、今も感じた胸が張り裂けそうな悲しみ。
 これで終わりだと、もう会えないと泣いていた自分。
 記憶は其処で途切れるけれども、心臓が凍りそうな絶望。
 そして囚われた孤独という闇、前の自分はその中で死んだ。
 二度とハーレイに会えはしないと、泣きじゃくりながら。
 何もかも全て終わってしまって、切れてしまったハーレイとの絆。
 ハーレイの温もりを失くした右手は、もう愛おしい人の手に繋がってくれはしないから。
 たった一人で死んでゆくだけ、闇の中へ放り出されるだけ。
 そんな筈ではなかったのに。
 あの温もりさえ持っていたなら、ハーレイと一緒だったのに。


 そうだったっけ、と見詰めた右手。
 今の自分の右手は小さくなったけれども、ハーレイが何度も温めてくれた。
 遠い日にメギドで凍えたのだと、今のハーレイは知っているから。
 「ほら」と褐色の両手ですっぽり包み込んで。
 家に来てくれた時は、何度も、何度も。
(…ぼくの手…)
 今はすっかり温かいから、ついウッカリと忘れていたこと。
 前の自分の深い悲しみ、それに孤独と絶望と涙。
 二度と会えないと思ったハーレイ、前の自分は泣きながら死んだ。
 けれど切れてはいなかった絆、奇跡のように地球の上で出会えたハーレイ。
 今日は会い損なったけれども、たまたま運が悪かっただけ。
 それも本当に、ほんのちょっぴり。
 学校の中でハーレイが歩く道筋、自分が歩いていた道筋。
 いつもなら何処かで交わる筈のが、今日はズレたというだけのこと。
 ハーレイは違う所を歩いて、仕事の後には家へ帰って行っただけ。
 「もう遅いしな?」と、此処へ寄らずに。
 きっといつもの食料品店、其処で買い物したりもして。
(…ほんのちょっぴり、ズレちゃっただけ…)
 今日のハーレイと自分がいた場所。
 もう少しだけ右にズレるとか、左の方にズレるとか。
 ハーレイの仕事がほんの少しだけ、早く終わっていただとか。
 そうしたら、きっと会えていた。
 学校の中の何処かでバッタリ、あるいは仕事の帰りに訪ねて来てくれて。
 好きでたまらない笑顔を見られて、大好きな声も聞けたりして。
(…ハーレイ、ちゃんといるんだもんね…)
 会えない時だって、必ず何処かに。
 同じ地球の上で、同じ地域で、同じ町に住んで。
 前の自分は、もう会えないと泣いたのに。
 絆はプツリと切れてしまって、二度と会えない筈だったのに。


 だけど会えた、と気付いた奇跡。
 今の自分の幸せな日々。
 ほんの一日、ハーレイに会えずに終わっただけで、寂しくて涙が零れそう。
 なんと贅沢な涙だろうか、まだ零れてはいないけれども。
(…ぼくって、幸せ…)
 ハーレイは何処かにいるんだもんね、とキュッと握った小さな右手。
 会えない時だって、愛おしい人は必ず何処かにいるのだから。
 今日は駄目でも、明日は会えるし、明日が駄目なら、明後日はきっと。
 だから幸せ、と頬に零れた温かな涙。
 ぼくはとっても幸せだよねと、だってハーレイがいるんだから、と…。

 

        会えない時だって・了


※今日はハーレイに会えなかったよ、と寂しいブルー君ですけれど。
 考えてみたら、今日は会えなかったというだけのこと。地球の上で一緒なんですものねv






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(今日は会い損なっちまったな…)
 俺のブルーに、とハーレイがついた大きな溜息。
 小さな恋人を思い浮かべて、フウと。
 夜の書斎でコーヒー片手に、「まさか全く会えないとは」と。
 前の生から愛し続けた愛おしい人。
 青い地球の上に生まれ変わって、再び出会えたブルーだけれど。
 残念なことに、まだ一緒には暮らせない。
 ブルーは子供で、十四歳にしかなっていないから。
 ついでに今の自分の教え子、学校の生徒。
 会いたかったら、ブルーの家を訪ねるしかない。
 仕事が早く終わった時には、大急ぎで。
 そういう時間が取れなかったら、週末に。
(恋人のあいつに会おうと思えば、そうなっちまうが…)
 ブルーの姿を見るだけだったら、学校に行けば出来ること。
 小さなブルーは生徒なのだし、運が良ければ一日の間に何回も。
 ブルーのクラスで授業があったら、たっぷりと眺められる恋人。
 「あそこにいるな」と、教え子を見る視線だけれど。
 それでもブルーを見られるわけだし、幸せな時間。
 授業以外の時間に会えたら、立ち話だって。
 「ハーレイ先生!」と声を掛けてくるブルーは、敬語で話すのだけれど。
 恋人同士の会話は無理でも、ブルーを見詰めて、その声を聞いて、頷いたりも。
 だからブルーに会えない日などは、そうそう無いのが今の自分。
 学校に行けば会えるものだし、帰りにブルーの家に寄れたら…。
(ゆっくり話して、晩飯も一緒で…)
 幸せ一杯の筈なんだがな、とまた溜息が零れてしまう。
 今日は会い損なったから。
 一度もブルーに出会えないままで、一日が終わってしまったから。


 なんてこった、と傾ける愛用のマグカップ。
 それに満たした熱いコーヒー、けれど満たされない心。
 愛おしい人に会えずに終わって、そのまま更けてしまった夜。
 心にぽっかり穴が開いて、なんとも寂しい気分の今。
(…ハーレイ先生の方でいいから…)
 あいつの顔を見たかったんだが、と呪いたくなる自分の不運。
 今日は全くツイていないと、運が悪かったに違いないと。
 いつもだったら、何処かで会えるものだから。
 そうでなければ、初めから「会えない」日だと自分でも分かっているか。
 仕事の都合でそうなる時もあるのだから。
 研修に会議、他にも色々。
 ブルーに会えずに終わりそうな日は、そうなる前から予感があるもの。
 けれども今日は、ほんのちょっとしたすれ違い。
 学校の中を移動してゆく、自分とブルーの道筋がズレた。
 だから全く出会わないままで、ブルーのクラスでの授業も無くて。
(…柔道部の方が長引いちまって…)
 帰りに寄れもしなかったんだ、と自分の運の悪さを嘆く。
 ブルーの方でも、多分、同じだろうけれど。
 同じどころか、自分以上に、きっとガッカリだろうけれども。
(あいつの方が、俺よりチビな分だけ…)
 残念に思う気持ちは遥かに大きい筈。
 まだまだ幼いと言っていい年、今のブルーは子供だから。
 自分の気持ちに抑えが利かない、それが子供というものだから。
(そいつが余計に可愛いってな)
 ブルーに会う度、こみ上げて来る愛おしさ。
 「俺のブルーだ」と、「此処にいるな」と。
 前の自分は、ブルーを失くしてしまったから。
 愛おしい人は手からすり抜け、一人きりで逝ってしまったから。


(…俺も、あいつも…)
 同じに独りになっちまった、と遠く遥かな時の彼方へ飛ぶ思い。
 前のブルーは、メギドで独りぼっちになった。
 右手に持っていた筈の温もり、それを落として失くしてしまって。
 「もうハーレイには二度と会えない」と、泣きじゃくったという前のブルー。
 絆が切れてしまったからと。
 もう会えないと、泣きじゃくりながら死んでしまったソルジャー・ブルー。
 たった一人で、仲間は誰もいないメギドで。
 残された自分も、その後は独り。
 ブルーは戻らなかったから。
 それでもブルーの言葉を守って、地球に行くしか無かったから。
(…あいつの夢の星だったのに…)
 前の自分が目指した地球。
 何度もブルーと夢を描いた、青く輝く母なる星。
 ブルーと行こうとしていたからこそ、地球は憧れの星だったのに。
 自分が一人で辿り着いても、胸が弾みはしないのに。
(なのに、あいつは逝っちまって…)
 前の自分の魂も死んだ。
 愛おしい人を失くした途端に、生きる希望を失ったから。
 生きてゆく意味も、未来への夢も。
 ブルーを失くして、たった一人で懸命に地球を目指した自分。
 船に大勢の仲間がいたって、癒えはしなかった孤独と絶望。
 彼らの命を預かるキャプテン、その責任感だけで前を見詰め続けた。
 自分が此処で投げ出したならば、シャングリラは地球に行けないから。
 ブルーが自分に遺した言葉も、守れなくなってしまうから。
 ジョミーを支えて地球に行くこと、それだけが全て。
 地球へ、と進み続けた自分。
 其処に着いたら、もう自由だと。
 ブルーの許へもきっと行けると、行ってもかまわないだろうと。


 あの旅はとても長かったんだ、と今でも思う。
 何処まで行こうと、其処にブルーはいないから。
 シャングリラの中の何処を探しても、ブルーが乗ってはいなかったから。
 愛おしい人は何処にもいなくて、暗い宇宙が続いてゆくだけ。
 地球の座標を掴んだ後にも、見えはしなかった希望の光。
 其処は「終わり」でしかなかったから。
 地球に着いてもブルーはいなくて、一緒に地球を見られはしない。
 「いつか」と二人で地球に描いた幾つもの夢も、自分一人では叶えられない。
 ブルーがいてこそ、青い地球は夢の星なのだから。
 独りで行っても、ただの終点なのだから。
(…あれに比べりゃ、今の俺はだ…)
 ずいぶんと恵まれているってもんだ、と重なった今の自分の姿。
 小さなブルーに会えなかったと、さっき自分が零した溜息。
 「なんてこった」と、「運が悪い日だ」と。
 ツイていないと考えたけれど、前の自分が独り歩いた、地球までの道に比べたら…。
(…ツイていないどころか、ツキまくりだぞ)
 お前はブルーを取り戻したろうが、とコツンと叩いた自分の額。
 失くした筈のブルーが戻って来たじゃないか、と。
 これが幸運でなければ何だと、お前はツイているだろうが、と。
(そうだったっけな…)
 ついつい忘れちまうんだ、と浮かんだ苦笑。
 今の幸せに慣れてしまって、贅沢になってしまうのが自分。
 小さなブルーに会い損なったと、嘆いたりして。
 ツイていない、と考えたりして。
(今じゃブルーは、いないどころか、ちゃんといるんだ)
 今日のように会えずに終わった日だって、同じ地球の上に。
 前の自分たちが夢見た星に。
 新しい命と身体を貰って、ブルーは今を生きている。
 子供の姿になったけれども、前のブルーの魂を持って。


(あいつの家まで、遠いと言っても…)
 何ブロックも離れていると言っても、たったそれだけ。
 其処にはブルーが暮らしている家、行けば必ず会える筈。
 ブルーが家にいるだろう時間、その時に訪ねて行ったなら。
 仕事の帰りに出掛けてゆこうが、のんびり過ごせる休日だろうが。
(…この時間に出掛けて行ったって…)
 チャイムを鳴らせはしないというだけ、ブルーの顔を見られないだけ。
 あそこがブルーの部屋なのだ、と表の道路から見ることは出来る。
 生垣の向こう、庭も間に挟まるけれども、小さなブルーがいる部屋の窓を。
 灯りは消えて、愛おしい人は眠っていても。
 「あの窓だよな」と二階を見上げていたって、起きて覗いてはくれなくても。
 前のブルーを失くした時には、何処を探しても無駄だったのに。
 ブルーは何処にもいないのだから、けして見付かりはしなかったから。
(…俺も贅沢になったもんだな)
 あいつなら今もいるじゃないか、と眺めたブルーの家の方角。
 書斎の壁しか見えないけれども、そちらへ真っ直ぐ進んだならば…。
(ちゃんとブルーに会えるってな)
 ブルーは戻って来たのだから。
 前のブルーと夢に見た星、其処で再び巡り会うことが出来たのだから。
(贅沢を言っちゃいかんぞ、おい)
 幸せ者め、と叱咤した自分。
 会えない時でも、ブルーは何処かにいるじゃないかと。
 ブルーの家とか、学校の中の何処かとか。
 探せばブルーを見付けられるし、会えないのもほんの偶然の結果。
 きっと明日には会えるだろうし、明日が駄目でも、明後日には、きっと。
(あいつは、ちゃんといるんだから…)
 会えない時でも、同じ地球の上で一緒なんだぞ、と零れた笑み。
 俺は幸せ者じゃないか、と。
 今はブルーに何処かで会えるし、もう最高の幸せ者だ、と…。

 

       会えない時でも・了


※ブルー君に会えなかった、と溜息なハーレイ先生ですけれど。ツイていないと嘆いても…。
 それは今だからツイていないだけで、本当はとてもツイてるのです。今は最高の幸せ者v





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