(いかん…!)
これはマズイ、と前方を睨んだハーレイ。
シャングリラのブリッジから見える、大きなスクリーンに映る映像。
船の外部を捉えたもので、刻一刻と船の行く手を皆に知らせてくれるのだけれど…。
他の様々なデータからして、この先は多分、機雷原。
どう避けるかが運命の分かれ目、面舵でゆくか、取舵なのか。
(しかし…)
普通の機雷だったらともかく、思考機雷なら避けるだけ無駄。
あの種の機雷は追尾どころか、船に向かって襲い掛かるもの。
ただし、「シャングリラ」という船にだけ。
人類の敵のミュウの母船を追い掛けるだけで、人類を乗せた船に危害は与えない。
船の乗員が海賊だろうが、軍規違反で逃亡中の軍人だろうが。
思考機雷に搭載された、思念波を拾うサイオン・トレーサー。
アルテメシアを追われた時に初めて出会って、それ以来、ミュウの天敵の機械。
(あれはどっちの機雷なんだ…!)
データを集めさせたいけれども、それをやったら命取り。
シャングリラの主だった機能は全て、「サイオンを使用している」から。
ステルス・デバイスも、サイオン・シールドも、レーダーでさえも。
(サイオン・レーダーの感度を高くしたなら…)
出力を上げるためにと使われるサイオン、思考機雷は「それ」を捉えて寄って来る。
普通の機雷原ならいいが、と主任操舵士のシドに叫んだ。
「面舵いっぱーい!」
「おもかーじ!」
大きく右へと変えられた進路、吉と出るのか、凶と出るのか。
並みの機雷なら、これで遭遇しないで済む。
航路は変更されたわけだし、もうこの先には機雷原など無い筈だから。
けれども、読みは甘かった。
そちらに進路を変えて間もなく、前方に機雷原の反応。
さっきの「アレ」は思考機雷で、移動したのに違いない。
「シャングリラを捕捉した」ものだから。
ミュウの母船を葬り去るべく、その前方へと回り込むのが思考機雷。
(…ワープするか!?)
ワープしたなら、この空間から一気に離脱出来るのだけれど…。
(距離が足りんぞ…!)
ワープドライブを直ぐに起動したって、「直ちに亜空間ジャンプ」は不可能。
転移先の選定に座標設定、その計算にかかる時間も必要。
ついでにワープドライブ自体も、「車のようには」いかないもの。
キーを差し込み、エンジンをかけて、急発進など出来はしなくて…。
(…車だと?)
いったい何を馬鹿なことを、と自分自身を叱咤した。
シャングリラの中には車など無いし、第一、運転したこともない。
現実逃避の最たるもので、「今の状態」から逃げ出したいから、そう考えてしまうだけ。
(落ち着かんか、馬鹿め!)
キャプテンの俺が逃げてどうする、と前方の機雷原を相手に戦う算段。
思考機雷は「追って来る」から、ワープで逃走出来ないのなら…。
「サイオン・キャノン、一斉射撃!」
前方の思考機雷を撃て、と命じた。
「サイオン・キャノン、斉射三連! 撃て!」
シャングリラが放った光の矢たち。
遙か彼方で星屑のように機雷が弾けて、誘爆しているようだけれども…。
いきなり船がガクンと揺れた。
「船尾損傷、シアンガス発生!」
「なんだと!?」
何処からなのだ、と血の気が引くよう。他にも敵が現れたのか、と。
思考機雷が載せたサイオン・トレーサー。
それを頼りに、人類軍の船が急襲ワープで追って来たという所だろう。
「敵艦か!?」
「はい、後方からの攻撃です!」
「艦種識別! 何隻いる!?」
「三隻、全てアルテミス級! 会敵予想時刻まで、あと…」
告げられた数字に愕然とした。
思考機雷を全て叩く前に、後方からの敵と遭遇する。
(どっちと先に戦うべきか…)
敵艦か、それとも思考機雷の群れなのか。
この距離でさえなかったならば、ワープで両方振り切れるけれど…。
(亜空間ジャンプをするだけの余裕は…)
とても無さそうで、出来ることは「全力で戦う」だけ。
このシャングリラの総力を挙げて、サイオン・シールドを強化して。
サイオン・キャノンを撃って撃ちまくって、逃走ルートを何処かに見付けて。
そう考える間に、またも揺れた船。
「機関部に被弾! ワープドライブ、大破!」
「くそっ…!」
他の箇所にも食らった攻撃、被害を拡大させないためには…。
「気密隔壁、閉鎖! ワープドライブは、今は必要ない!」
本当だったら「使いたい」のがワープドライブ。
使えるだけの距離と余裕があるのなら。
けれども最初から無理だったわけで、この状況でワープドライブが大破したなら…。
(逃げられないと気付けば、皆がパニック…)
それは避けねば、と「必要ない」と叫んだだけ。
本当は「それが欲しい」のに。
ワープで此処から逃げられるのなら、誰よりも先にワープを決断したいのに。
なんてことだ、と「打てそうな手」を考える。
このシャングリラが逃げ延びるために、残された手は何があるかと。
(ワープドライブが使えないなら…)
もう文字通りに「戦う」ことしか出来ないだろう。
メインエンジンが被弾する前に、突破口を何処かに作り出す。
(敵艦を落とすか、思考機雷を全部叩くか…)
どっちが早い、と考えるけれど、敵艦は三隻、それも最大のアルテミス級。
思考機雷の群れにしたって、いつも以上の数がある。
どちらを相手に向かって行っても、そう簡単に抜けられるとは思えない。
(これが渋滞だったなら…)
ちょいと横道に入るって手もあるんだが、と思ってはみても、事情が違う。
ズラリ繋がった車の列と、思考機雷やアルテミス級の戦艦とでは。
(どうして車の列になるんだ…!)
それに横道なんぞがどうした、と自分を殴りたい気分。
「現実逃避にも程があるぞ」と、「シャングリラを沈めたいのか!」と。
冷静になるべき場面なのに。
車がどうとか、渋滞だとか、「ありもしないこと」を考えるなどは論外なのに。
(今日の俺は、本当にどうかしてるぞ…)
いくらパニックになったとしても、と情けない。
今の自分の頭の中身が皆に知れたら、船は大混乱だろう。
「もう逃げられない」と、「キャプテンだって、あの有様だ」と。
シャングリラとはまるで無縁な世界の、「車」や「渋滞」を思い浮かべているのだから。
「横道があれば、そっちに入れる」と、夢物語のような解決策を。
(しっかりしろ…!)
思考機雷か、敵艦の方か、と懸命に思考を組み立ててゆく。
車なんぞは頭の中から追い出して。
道路を埋め尽くす渋滞のことも、あれば入りたい横道のことも。
そうして考え続ける間も、敵の攻撃は続いているから、次々と指示を下し続けて…。
(…何処に逃げ道があると言うんだ…!)
これでは見付け出せそうもない、と焦りながらも、「落ち着け」と皆に何度も叫んだ。
「本船はまだ持つ!」と、「諦めるな!」と、被弾する度に。
(本当に、これが車だったら…!)
こんなことにはならないんだが、と思った所で、ハッと「目覚めた」。
明かりを落とした「自分の部屋」で。
夜の夜中に、ぽかりと開いた目。浮上した意識。
(…今のは…?)
俺じゃなかったのか、とベッドの中から部屋をぐるりと見回した。
敵艦などは何処にもいなくて、思考機雷の群れも無い。
第一、ブリッジも、あのスクリーンも…。
(…あるわけがないな、今の時代じゃ…)
シャングリラはもう無いんだった、と気が付いた。
前の自分が指揮していた船、白いシャングリラは広い宇宙の何処にも無い。
あれから遥かな時が流れて、「今の自分」は地球の上にいる。
青く蘇った水の星の上に、かつて自分が目にした時には「死の星だった」地球に。
(…夢だったのか…)
どおりで酷い状況だった、とホッと息をつく。
あのまま行ったら、シャングリラが沈むのは「時間の問題」。
青の間で深く眠ったままだった、前のブルーを逃がせもせずに。
ブルーの所へ駆け付けることも叶わないまま、最期までブリッジで指揮を執り続けて…。
(とんでもない最期になるトコだったぞ?)
前のあいつと心中には違いないんだが、と零れる苦笑。
「しかし、それだと叱られるよな」と、「あいつにも顔向け出来やしない」と。
(夢だったんなら、車も渋滞も、横道のことも…)
俺がブリッジで考えるわけだ、とクックッと一人、笑い出す。
夢が覚めたら「いつもの世界」で、この時間なら小さなブルーもベッドの中。
「この夢をあいつにも話してやろう」と、「あいつだって、きっと面白がるぞ」と…。
夢が覚めたら・了
※キャプテン・ハーレイ、最大のピンチ。もはや「沈む」しか道が無さそうなシャングリラ。
けれど何もかも夢だったわけで、気付けば青い地球の上。本当に「夢で良かった」ですよねv
けれど、覚えていない天国。
前の自分も、その天使たちに会ったのだろう。
ホントに何にも覚えていない、と惜しい気持ちが募る天国。
きっとそうして、幸せに生きていたのだろう。
(いつか、ハーレイと結婚できて…)
(はてさて、俺たちは何処から来たんだか…)
まるで記憶に無いんだよな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家へと出掛けて来た日に、夜の書斎でコーヒー片手に。
今日は休日、ブルーと二人で過ごしたけれど。
「キスは駄目だと言ったよな?」と、お決まりの台詞も口にしたけれど。
それでブルーが膨れっ面でも、とても幸せだった一日。
「いい日だった」と思い返して、ふと考えた。
今のブルーと、今の自分は、いったい何処から来たのだろうと。
(地球がすっかり青くなるほど…)
長い時間が経っていた。
前の自分が、死の星だった地球の地の底で、命尽きた日から。
ブルーはと言えば、もっと前から「とうに失くしていた」命。
白いシャングリラを守るためにと、一人きりでメギドを沈めて逝った。
けれど、お互い、それから後の記憶が無い。
何処にいたのか、二人一緒に過ごしていたのか、ほんの欠片さえも。
(天国だろうとは思うんだがな?)
ブルーとそういう話になる度、いつも出てくる「天国」の名前。
こうして一人で考えていても、やはり同じに天国だと思う。
今の時代は「英雄」として称えられている、前のブルーや自分たち。
機械が治めた歪んだSD体制を倒し、ミュウが平和に暮らせる世界を築いた英雄。
(…シャングリラを地球まで運んだだけの、俺はともかく…)
ブルーは間違いなく、天国に行けたことだろう。
白い翼の天使に連れられ、あのメギドから真っ直ぐに。
(俺だって、地獄行きってことはない筈だよな?)
人類軍との戦いの中で、何隻もの船を沈める指揮を執ってはいても。
「サイオン・キャノン、一斉射撃!」とブリッジで何度も叫んでいても。
地獄でないなら、行き先はブルーと同じに天国。きっとその筈。
そうは思っても、全く覚えていはしない。
ブルーと暮らした筈の天国、其処に長年いたのだろうに。
白いシャングリラで過ごした以上の、気が遠くなるような長い歳月。
死の星だった地球が蘇るほどの時を、天国で生きていた筈なのに…。
(生きてたんだと言っていいのか、其処は難しい所だが…)
天国でブルーと笑い合ったり、語り合ったり。
それは満ち足りた時だったろうに、生憎と「記憶が無い」ときた。
ブルーも自分も、まるで全く無い記憶。
天国は雲の上にあったか、其処から地上は見えたのか。
地球はもちろん、宇宙の全てを「雲の上から」見下ろすことが出来たのか。
(天国って言うほどなんだから…)
もう最高に素晴らしい世界だったのだろう。
戦いも無ければ、飢える心配も、暑さも寒さも、けして襲っては来なかった世界。
前の自分たちが生きた世界からすれば、何処を取っても「素晴らしい」場所。
(そいつを覚えていないってのは…)
残念だよな、と思ってしまう。
せっかく「最高の世界」にいたのに、何も覚えていないだなんて。
長年そこで暮らした記念に、欠片くらいは記憶があったら良かったのに。
(雲を見上げて、「あそこだった」と思うとか…)
天使の絵を見て、「こういう人が大勢いたな」と懐かしい気分に包まれるとか。
けれど「無い」のが天国の記憶。
自分の記憶をいくら探っても、小さなブルーに「覚えているか?」と尋ねてみても。
欠片も残さず消えた天国、何処にあるかも分からない世界。
「帰りたい」とは言わないけれども…。
(残念無念、というヤツだ)
前の自分の記憶なら、持っているだけに。
「そっちはあるのに、天国を忘れてしまうなんて」と。
遠い昔から、多くの人たちが憧れた世界。
それが天国、遥か雲の上にあるという場所。
大勢の人が其処を夢見た。「何処よりも素晴らしい世界なのだ」と。
地上での暮らしが厳しかったら、苦しかったら、なおのこと。
「いつか天国に行きたいものだ」と、大金を払った者までもいた。
「死んだら、必ず天の扉が開くように」と、神に仕える者たちに依頼するために。
(大金を積んでも行きたい世界で、そりゃあ素晴らしい場所でだな…)
絵にも描かれたし、本にも書かれた。
どれほど美しい世界なのかと、「其処には何の苦しみも無い」と。
(そういう所に行って来たのに…)
もったいないよな、という気分。
例えて言うなら、観光名所に行って来たのに、ド忘れしたと言うべきか。
桜の花が満開の頃に、花見で名高い場所に出掛けて、桜の下で弁当も広げた筈なのに…。
(…弁当どころか、桜の花も覚えてないとか…)
紅葉の季節に、わざわざ出掛けた紅葉狩り。
あちこちで写真も撮った筈なのに、写真もろとも「出掛けた」記憶を失くしたとか。
(そんなトコだが、それとは比較にならないぞ?)
自分が「忘れてしまった」天国。
桜や紅葉の名所などとは、格が違っているのが天国。
きっと天国なら、桜も紅葉も…。
(あるとしたなら、もう一年中…)
いつでも見頃なのだろう。
其処に出掛けてゆきさえしたなら、心ゆくまで楽しめる桜。あるいは紅葉。
他の様々な景色にしたって、天国だったら眺め放題。
(毎日の飯の方もだな…)
天国に「食事」があるというなら、望みの料理を好きなだけ。
食べたい時にはポンと出て来て、どんなに希少な「珍味」だろうと、選び放題。
そうでなければ、「天国」と呼ばれるだけの価値が無いから。
考えるほどに、悔やまれるのが「忘れた」こと。
ブルーも自分も、欠片も覚えていない「天国」。
(俺としたことが…)
ついでにブルーの方もなんだが、と苦笑するしかない事実。
二人揃って忘れてしまって、思い出すための手掛かりも持っていないから。
天国に行く前に生きた時代の、「前の自分たち」の記憶だったら今もあるのに。
(本当に片手落ちってヤツで…)
出来れば覚えていたかったよな、と思うけれども、忘れたものは仕方ない。
どんなに素敵な場所であろうが、最高に素晴らしい世界だろうが。
(うーむ…)
なんてこった、と傾けるコーヒーのカップ。
何処よりも素敵な「天国」に行って来たというのに、それを忘れてしまうとは、と。
これが観光名所だったら、周りにも呆れられるだろう。
「なんてヤツだ」と、「そんなことなら、俺が代わりに行ったのに」と。
代わりに出掛けて景色を楽しみ、けして忘れはしないのに、とも。
(俺だって、そうは思うんだがなあ…)
本当に忘れてしまったのだから、天国の欠片を追ってみたって、見付からない。
それの代わりに浮かんで来るのは、今日も見て来たブルーの笑顔。
十四歳にしかならないブルーは、すっかり子供になったけれども…。
(今もやっぱり、俺のブルーで…)
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
ブルーの家へと出掛けて行ったら、いつでも会える。
それは幸せそうなブルーに、今はちょっぴり困らされてしまう恋人に。
(ぼくにキスして、と言われてもだ…)
子供相手に、恋人同士の唇へのキスは贈れない。
だから断っては、ブルーにプウッと膨れられてしまう。「ハーレイのケチ!」と。
今日もブルーは同じに怒って、ご機嫌斜めだったのだけれど。
プンスカ膨れるブルーをからかい、苛めたりもして過ごしたけれど…。
(…待てよ?)
今の暮らしも天国だよな、と気が付いた。
子供になってしまったとはいえ、ちゃんと「ブルーがいる」世界。
前の自分は、それを失くした。前のブルーがメギドへと飛んで、二度と戻らなかった時から。
(あいつは、船に戻って来なくて…)
それからの日々は、深い孤独と絶望の中。
けれど地球まで行く他はなくて、どれほどに辛い日々だったか。
ブルーがいなくなった世界は、どんなに悲しいものだったか。
(…俺は生きちゃいたが、ただそれだけで…)
世界の全ては色を失くして、きっと楽しみさえも無かった。
何を食べても味気ないだけ、「命を繋ぐ糧」というだけ。
あの辛かった日々に比べたら、今の自分が生きる世界は…。
(まさに天国というヤツじゃないか!)
いくらブルーがチビの子供で、キスさえ交わせはしない日々でも。
同じ家で暮らすにはまだ早すぎて、訪ねて行っては「またな」と帰って来るしかなくても。
(なるほどなあ…)
天国ってヤツは此処にあったか、と嬉しくなる。
「本物の方は忘れちまったが、天国だったら、此処もそうだな」と。
今の世界も天国だよなと、もう最高に素晴らしい場所に、今の俺は生きているんだから、と…。
天国だよな・了
※天国のことを忘れてしまった、と残念な気分のハーレイ先生。きっと最高の場所だけに。
けれど気付けば、今の世界も充分、天国。ブルー君が生きていてくれるだけで、最高の世界v
(そういえば、ウサギ…)
ウサギだっけね、と小さなブルーが思ったこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ、学校で古典を教える教師。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今の自分の将来の夢は、そのハーレイの「お嫁さん」。
前とそっくり同じに育って、結婚できる十八歳を迎えたら夢は必ず叶う。
けれど、ハーレイと再会する前。
今よりもずっと幼かった頃に、なりたいと思っていたものは…。
(……ウサギ……)
真っ白な毛皮に赤い瞳で、長い二本の耳を持ったウサギ。
それになるのが、幼い自分の夢だった。
幼稚園にいた、元気一杯のウサギたち。
いつもピョンピョン跳ね回っていて、疲れ知らずな、子供の友達。
生まれつき身体が弱かったから、あのウサギたちが羨ましかった。
いつ見ても元気で、生き生きしていた真っ白なウサギ。
(ぼくもウサギになれたらいいな、って…)
そうしたら、きっと元気な身体が手に入る。
一日中、走り回っていたって、倒れてしまわない身体。熱を出したりもしない身体が。
(ぼくの目、ウサギとおんなじで…)
人間には珍しい真っ赤な瞳。
生まれた時からアルビノだったし、髪は銀色、肌も真っ白。
(色だけだったら、ウサギそっくり…)
人間のくせに良く似ているから、頑張ればウサギにだってなれそう。
なる方法が分かったら。
「こうすればいいよ」と、あのウサギたちが方法を教えてくれたなら。
そう思ったから、仲良くなろうとしたウサギたち。
幼稚園の休み時間は、せっせとウサギの小屋を覗いて。
ウサギたちが外で遊ぶ時間は、「ぼくと遊ぼう」と近付いていって。
(仲良くなったら、ウサギになれる方法も…)
教えて貰えるだろうと思った、幼い自分。
ウサギと友達になれたのだったら、「一緒に暮らそう」と誘ってくれるだろう。
「ウサギになるには、こうするんだよ」と方法だって教えてくれて。
(きっと教えて貰えるよ、って…)
信じていたから、父と母にもそう言った。
「いつかウサギになりたいな」と、「ぼくがウサギになったら、飼ってね」と。
子供部屋なら持っていたけれど、ウサギは其処で暮らせない。
ウサギが住むには何かと不便で、庭の方がきっと便利な筈。
父に頼んで、ウサギの小屋を庭に作って貰えたら。
ウサギが好きなニンジンなんかを、母が運んで来てくれたなら。
(ニンジンを食べて、庭で元気に遊んで…)
とても幸せな毎日だろうし、将来の夢は、断然、ウサギ。
「ウサギがいいな」と思っていたのに、いつの間にやら忘れてしまった。
気付けば夢は「お嫁さん」。
前の生では無理だったことで、もう最高の夢だけれども…。
(ぼくがウサギになっていたなら、どうなったんだろ?)
幼かった頃の夢が叶って、真っ白なウサギだったなら。
庭にウサギ小屋を作って貰って、其処で暮らしていたのなら。
(それでも、きっと会えるよね…?)
ある日、ハーレイが生垣の向こうを通り掛かって。
たまたまジョギングで走って来たとか、そんな具合に。
(ぼくの家の辺りは、コースじゃないって言ってたけれど…)
いつも気ままに走るのだから、通る日だってきっとあるだろう。
「今日はこっちに行ってみるか」と、初めてのコースを走り始めて。
ハーレイが道を走って来たなら、どちらが先に気付くのだろう?
ウサギの自分か、ジョギング中のハーレイか。
(表の道を走って行く人は、別に珍しくないけれど…)
健康のためにと走る人なら、ごくごく馴染みの光景ではある。
だから「また誰か来た」と思う程度で、ウサギの自分はニンジンに夢中かもしれない。
みずみずしいのに齧り付きながら、「美味しいよ」と大満足で。
けれど、ハーレイの方では違う。
庭に犬やら猫のいる家は多いけれども、ウサギというのは珍しい。
おまけに芝生の色は青くて、白いウサギはよく目立つ。
いくらニンジンに夢中でも。
生垣の向こうを走るハーレイ、そちらにお尻を向けてニンジンを齧っていても。
(あんな所にウサギがいるぞ、って…)
ハーレイは立ち止まりそう。
「一休みして見て行くかな」と、「あれがこの家のペットなのか」と。
そうやって足を止めた途端に、ハーレイは気付いてくれるのだろう。
「あれはブルーだ」と、「俺のブルーが、ウサギになって帰って来た」と。
もちろん自分の方でも気付く。
ハーレイが生垣の向こうで止まって、こっちに視線を向けてくれたら。
「誰か見てる」と視線を感じて、ニンジンを放ってそちらを見たら。
(…ハーレイなんだ、って…)
ウサギの自分も、その瞬間に分かるのだろう。
聖痕なんかは出なくても。
「ハーレイ!」と叫べる声は持たなくても、思念波さえも紡げなくても。
(だって、ハーレイなんだもの…)
きっと大急ぎで駆けてゆく。
ウサギなのだし、ピョンピョンと跳ねて、ハーレイがいる所まで。
生垣の向こうには出られなくても、隙間から顔を覗かせて。
「ハーレイだよね?」と、もう大喜びで。
そうやってハーレイと再会出来たら、頭を撫でて貰えるだろう。
忘れもしない褐色の肌の、ハーレイの手が伸びて来て。
「お前だよな?」と、懐かしそうな笑みを浮かべて。
(撫でて貰って、御機嫌でいたら…)
家の中から母が出てくるかもしれない。ハーレイが立っているのに気付いて。
「ウサギ、お好きですか?」と尋ねたりして、「入ってお茶でも如何ですか?」と。
そうなったらもう、しめたもの。
ハーレイにたっぷり遊んで貰って、抱き上げたりもして貰える。
帰り際には「また来るからな」と優しい笑顔で、本当にまた来てくれるだろう。
この家の前を通るコースを、いつものジョギングコースに決めて。
通り掛かったら立ち止まってくれて、母たちだって、「中へどうぞ」と招き入れて。
(ウサギは言葉を喋れないけど…)
気持ちはきっと通じる筈。
言葉も思念波も何も無くても、ハーレイと見詰め合うだけで。
「大好きだよ」と見詰めていたなら、「俺もだ」と見詰め返されて。
何度もそうして会っている内に、ある日、ハーレイは母から聞くのだろう。
「この子、元は人間だったんですの」と、「私の一人息子ですのよ」と。
ウサギになりたい夢を叶えて、今はウサギの姿の息子。
「元はこの部屋にいたんですの」と、子供部屋にも案内して。
お気に入りだったオモチャが、今もそのままの部屋に。
人間だった頃の写真が、幾つも飾ってある部屋に。
(普通だったら、冗談だろうと思うんだろうし…)
母も「冗談かもしれませんわよ?」とコロコロ笑っていたって、ハーレイなら気付く。
「全部、本当のことなんだ」と。
「俺のブルーは、今はウサギになったんだな」と、「それがあいつの夢だったのか」と。
本当のことに気付いたのなら、ハーレイは、きっと…。
(お前、どうやってウサギになった、って…)
訊いてくれるに違いない。今のハーレイが前に言った通りに、その質問を。
ウサギになりたかった夢。
それをハーレイに話した時に、聞かされたこと。
「お前がウサギになっていたなら、俺もウサギにならなきゃな」と。
今の自分は、「飼ってくれる?」と訊いたのに。
ウサギの姿になった自分を、ハーレイは飼ってくれるだろうかと。
(ハーレイの家の庭に、小屋を作って…)
其処でハーレイに飼って貰えたら、充分、幸せ。
ハーレイの手からニンジンなどを貰って、優しく撫でて貰えたならば。
(でも、ハーレイはウサギになるって…)
そう言ってくれた。
「俺も一緒にウサギになるぞ」と、「方法はお前が知ってるからな?」と。
元は人間だった自分がウサギの姿になっているなら、方法は確かに知っている筈。
それをハーレイに懸命に伝えて、「こうするんだよ」と教えたならば…。
(ハーレイも人間をやめてしまって、ウサギになって…)
二人で一緒に暮らしてゆく。
ウサギなのだし、「二匹」と言うかもしれないけれど。
(ハーレイだったら、白じゃなくって茶色のウサギ…)
茶色の毛皮で黒い瞳の、野ウサギみたいな逞しいウサギ。
そして、庭にある小屋で暮らしてゆくよりも…。
(野原がいいって言っていたよね?)
住宅街の中の庭とは違って、広々とした郊外に広がる野原。
其処で暮らしてゆくとなったら、巣穴が必要になってくるから…。
(ハーレイが頑張って、穴を掘ってくれて…)
とても立派で、住み心地のいい家が出来るのだろう。
天気のいい日は外に出掛けて日向ぼっこで、雨の日や風が冷たい時には巣穴で過ごす。
くっつき合って色々話して、眠くなったら二人で眠って。
前の生での思い出話も、今の話も、まるで尽きない。
食事しながら話していたって、日向ぼっこの間中、ずっとお喋りだって。
(ウサギだったなら…)
そんなのもいいね、と思ってしまう。
ハーレイと二人で巣穴で暮らして、元の家にはもう帰らないで。
きっと毎日が幸せだよね、と描いてみる夢。
「ウサギになっていたとしたって、ぼくは幸せなんだから」と。
ハーレイもウサギになってくれるし、うんと仲のいいウサギのカップル。
白いウサギと茶色いウサギで、いつまでも幸せに暮らすんだよ、と…。
ウサギだったなら・了
※もしもウサギになっていたなら、と考えてしまったブルー君。どうなるんだろう、と。
ハーレイ先生なら、きっと気付いてくれますから…。二人でウサギになれるんですよねv
(…そういや、ウサギ…)
ウサギだっけな、とハーレイが、ふと思ったこと。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
(あいつ、小さかった頃はウサギに…)
なりたかったと言ってたんだ、と小さなブルーを思い浮かべる。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
まだ十四歳にしかならないブルーは、前と同じに赤い瞳で…。
(おまけに綺麗な銀髪なんだ)
その上、抜けるように真っ白な肌。
前とは違って生まれつきのアルビノ、確かにウサギのようではある。
白い毛皮に赤い瞳で、長い二本の耳を持っているウサギ。
幼かったブルーが通う幼稚園にも、そういうウサギがいたものだから…。
(今も身体が弱いあいつは…)
ウサギになりたいと思ったらしい。
いつも元気に跳ね回るウサギ、その姿がとても羨ましくて。
「ぼくもウサギになってみたいな」と、「大きくなったらウサギがいい」と描いた夢。
(将来の夢が、ウサギってのも…)
子供らしいとは思うけれども、幼いブルーは真剣そのもの。
両親にも「いつかウサギになりたい」と話して、「それは無理よ」と笑われたって。
(その内に、きっとなれるだろうと…)
夢を諦めずに、幼稚園にあったウサギの小屋を覗く日々。
ウサギと仲良くなった時には、「ウサギになれる方法」を聞けると思い込んで。
そうしてウサギの姿になれたら、元気な身体が手に入るから、と。
(お母さんたちに、飼って貰うつもりだったというのが…)
また傑作だ、と可笑しくなる。
幼かった頃のブルーの夢では、「自分の家の庭」にウサギの小屋だったから。
如何にも子供らしい夢。
「大きくなったらウサギになる」のも、「家の庭で飼って貰う」のも。
その夢は、いつの間にやら忘れてしまって、今のブルーの将来の夢は「お嫁さん」。
(俺の嫁さんになってくれるんだ…)
今度のあいつは、と顔が綻ぶ。
まだまだ先の話だけれども、ブルーを伴侶に迎えられる日。
その日は必ずやって来るから、けして「夢」ではないのだから。
(しかしだな…)
幼いブルーが描いていた夢、「将来はウサギになる」ということ。
それが叶っていたとしたなら、どんな出会いになったのだろう?
(ウサギじゃ、聖痕なんかは出なくて…)
もちろん言葉も話さない。
けれど「出会えた」自信はある。
ブルーがウサギになっていようと、あの家の庭で飼われていようと。
(きっと気ままにジョギングしてて…)
今日はこっちに行ってみるか、とブルーの家がある方へと走る。
初めて目にする景色を見ながら、タッタッと走って行ったなら…。
(家の庭にウサギ…)
青い芝生に白いウサギは、きっと目を引くことだろう。
犬や猫なら珍しくなくても、ウサギはあまり庭にはいないものだから。
(ウサギがいるぞ、と足を止めてだ…)
生垣越しに覗き込んだら、その瞬間にピンとくる。
「あれはブルーだ」と、「俺のブルーが帰って来た」と。
そしてウサギのブルーの方でも、気付いて跳ねて来るのだろう。
「ハーレイ!」と声は上げなくても。
思念波さえも届かなくても、きっとブルーは大急ぎで跳ねて来てくれる。
「やっと会えた」と、「ハーレイだよね?」と。
出会ってしまえば、多分、伝わるのだろう気持ち。
ブルーが言葉を話せなくても、思念波も持たないウサギでも。
(俺のブルーだ、って…)
生垣越しに目と目で話して、その場を離れられなくなる。
赤い瞳のウサギになっても、ブルーはブルーなのだから。
前の自分たちの記憶も戻って、「会いたかった」と溢れる想い。
ウサギのブルーを抱き締めることは出来なくても…。
(元気そうだな、と…)
生垣の隙間から手を突っ込んで、撫でてやることは出来るだろう。
ブルーの方も、精一杯に隙間から顔を出すのだろう。
「会いたかったよ」と、「ハーレイも元気そうだよね」と。
そうやってブルーを撫でていたなら、ブルーの母に出会うのだろうか。
「ウサギ、お好きですか?」と庭に出て来たりして。
「よろしかったら、お茶でもどうぞ」と門扉を開けてくれたりもして。
それが出会いで、ジョギングコースは次から必ず、そっちの方へ。
ウサギのブルーに会いに行こうと、時間がある日は足取りも軽く走って行って。
何度も通ってブルーを撫でたり、ブルーの両親とも馴染みになっていったなら…。
(ある日、お茶を御馳走になってたら…)
ブルーの母が話すのだろう。
「あの子、うちの子なんですよ」と、「元は人間だったんですの」と。
身体が弱かった一人息子で、「ウサギになりたい」と願ったブルー。
夢が叶って今はウサギで、元気一杯に跳ね回る日々。
庭にはブルーが住むための小屋もあるけれど…。
(元が人間だったもんだから、家の中にも…)
前はブルーが住んでいたという子供部屋。
ブルーの母は「可笑しいでしょう?」と笑いながらも、其処に案内してくれるだろう。
幼かったブルーの写真が幾つも飾られた部屋に。
ブルーのお気に入りだったオモチャが、今もそのまま置かれた部屋に。
(普通だったら、冗談だろうと思いそうなんだが…)
ブルーの母も「全部、冗談かもしれませんわよ?」と、コロコロと笑いそうだけど。
それでもきっと、自分なら分かる。
「嘘じゃないんだ」と、「あいつ、元々は人間の子供だったんだ」と。
弱い身体は悲しいから、とウサギになろうと夢見たブルー。
夢が叶って、今ではウサギ。
人間の言葉は失くしても。…思念波も持たない生き物でも。
(そうとなったら、俺だって…)
ブルーの側にいたくなる。
人間の姿は捨ててしまって、ウサギになって。
いつもブルーと一緒に暮らして、ウサギ同士だからウサギの言葉で話もして。
(もう絶対に、そうするってな)
今のブルーにも言ったけれども、自分も「ウサギになる」道を選ぶ。
ブルーがウサギだったなら。
真っ白で赤い瞳のウサギで、長い耳を持っているのなら。
(あいつがウサギになれたんだったら、ウサギになるための方法は…)
きっとブルーが知っているから、頑張ってそれを聞く所から。
ウサギのブルーを撫でてやりながら、「どうやるんだ?」と。
「お前、どうやってウサギになった?」と、「俺もウサギになりたいんだが」と。
首尾よく方法を聞き出せたならば、後は実行あるのみだけど。
自分もウサギになるのだけれども、その前に…。
(あいつと二人で暮らすための家…)
それを見付けて来なければ。
ブルーの家の庭で暮らしてもいいのだけれども、それはなんだか気恥ずかしい。
何も知らないブルーの両親、二人は不思議がるだろうから。
「どうしてウサギになりたいんです?」と、「立派なお仕事もお持ちなのに」と。
幼い子供だったブルーはともかく、いい年をした大人がウサギになるなんて。
前は恋人同士だったんですよ、と明かせば話は早いのだけれど。
ブルーの両親も「そういうことなら」と、ウサギ用の小屋を広げてくれそうだけれど。
(あいつのお母さんたちがいる前でだな…)
仲睦まじく暮らしていたなら、たまに恥ずかしくもなるだろう。
夜は一緒の小屋で眠って、昼間も仲がいいウサギのカップル。
一匹は白いウサギのブルーで、もう一匹は…。
(俺だから、きっと茶色のウサギだ)
茶色い毛皮に黒い瞳の、野ウサギみたいな逞しいウサギ。
白と茶色で、庭で仲良く暮らしてゆくのもいいけれど…。
(そうするよりかは、二人きりで、誰にも遠慮しないで…)
のびのびと生きてゆくのがいい。
自然の中で、ブルーと同じ巣穴に住んで。
天気がいい日は日向ぼっこで、雨の降る日や寒い日なんかは…。
(居心地のいい巣穴の中で、あいつとピッタリくっついて…)
前の生での思い出話や、人間だった頃の話に興じる。
話し疲れたら一緒に眠って、お腹が減ったら食事もして。
(そのための巣穴を作る場所を、だ…)
まずは探しに行かないと、と夢は尽きない。
「もしもあいつがウサギだったら」と、「俺もウサギになるのなら」と。
きっとウサギの日々も楽しい。
ブルーと二人で暮らす巣穴を、「此処に掘るから」とブルーに教えてやって。
「俺もこれからウサギになるぞ」と、「頑張ってデカイ家を作ろう」と。
そういうのもいいな、と幼かったブルーが描いた夢を追い掛けてみる。
「ブルーがウサギになっていたなら、俺もウサギだ」と。
「郊外にデカイ巣穴を掘るぞ」と、「家の庭より、二人きりの新居が最高だしな」と…。
ウサギだったら・了
※ブルー君が幼かった頃の「将来の夢」は、ウサギになること。元気一杯に跳ね回るウサギ。
そういうブルーに出会っていたら、と夢見るハーレイ先生。ウサギになっても、きっと幸せv
