(ハーレイのケチ…!)
ホントのホントにケチなんだから、と小さなブルーが膨らませた頬。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日はハーレイが来てくれたから、一日、一緒に過ごしたのに。
とても幸せな時間だったのに、今も残って消えない不満。
ハーレイにキスを強請ってみたのに、断られたから。
「ぼくにキスして」と頼んだ途端に、「駄目だ」と額を指で弾かれた。
キスの代わりに、額をピンと。
(そんなに痛くはなかったけれど…)
酷いと思ってしまう恋人。キスはくれずに、指で額を弾くだなんて。
その上、ジロリと睨まれた。
「キスは駄目だと言ってるよな?」と、「俺は子供にキスはしない」と。
それまでの笑顔は消えてしまって、眉間に皺まで。
腕組みをして睨むハーレイの顔は、まるで厳しいキャプテンのよう。
(シャングリラのブリッジで、ああいう顔をしていた時は…)
船の舵をキャプテン自ら握って、背筋を伸ばして立っていた時。
「他の者になど任せられるか」と、何時間でも、ただ一人きりで、立ちっ放しで。
(あんな頃とは比べられないほど、うんと平和になったのに…)
ミュウしかいない世界に来たのに、二人で生まれ変わって来たというのに、睨むハーレイ。
恋人の自分を捕まえて。
キスが欲しいと頼んでいるのに、「駄目だ」と冷たく断って。
(……分かってるけどね……)
そうなるだろうということは。
ハーレイが決めた決まりは絶対、チビの間は貰えないキス。
前の自分と同じ背丈になるまでは。
そっくり同じ姿に育って、ハーレイの家にも「行ってもいい」と許可が出るまでは。
ちゃんと分かっているのだけれども、諦められない「ハーレイのキス」。
頬や額へのキスとは違って、恋人同士の唇へのキス。
それが欲しいから、強請ってしまう。
「ぼくにキスして」と、「キスしてもいいよ?」と、キスをくれない恋人に。
何度叱られても、指で額を弾かれても。
睨み付けられても、もっと酷い目に遭わされても。
(…今日は大丈夫だったけど…)
苛められてしまう時だってある。
キスを断られて膨れていたら、頬っぺたをペシャンと潰される時。
あの褐色の大きな両手で、膨らませていた頬を容赦なく。
(ペシャンと潰して、「ハコフグだな」って大笑いして…)
とても楽しそうに笑うハーレイ、「今のお前は、ハコフグだぞ」と。
恋人の顔を潰して苛めて、おまけにハコフグ呼ばわりまで。
本当に酷い恋人だけれど、それでも好きでたまらない。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
嫌いになるなど有り得ないから、どんな目に遭ってもハーレイが好き。
苛められても、睨み付けられても、「キスは駄目だ」と叱られても。
(本当に好きでたまらないから…)
欲しくなるのが唇へのキス。
前の自分が幾つも貰って、ハーレイと交わした甘い口付け。
あれが欲しくてたまらないのに、一度もくれないものだから…。
(我儘だって言いたくなるよね?)
いくら「駄目だ」と叱られても。
キスは貰えない決まりがあっても、「そうだよね」と素直に聞きたくはない。
ハーレイが勝手に決めた決まりで、何の相談も無かったから。
いきなり「こうしろ」と告げられただけで、意見など聞いて貰えなかった。
「お前は、まだまだチビだからな」と、「子供の間は、大人の言うことを聞くもんだ」と。
せっかくハーレイと巡り会えたのに、作られてしまった「酷すぎる決まり」。
どんなにキスを強請ってみたって、許してくれない酷い恋人。
それでは不満が募る一方、だから我儘をぶつけてしまう。
頭では「無理だ」と分かっていたって、「ぼくにキスして」と。
頼むよりかは誘った方が、と思った時には「キスしてもいいよ?」。
いったい何度ぶつけただろうか、「キスが欲しい」という我儘を。
何度ハーレイに断られたろうか、指で額を弾かれたりして。
(だけど、諦めないんだから…)
頑張るもんね、と諦めるつもりは「まるで無い」。
ハーレイが断り続けるのならば、こちらも強請り続けるだけ。
頼んで駄目なら「誘う」までだし、あの手この手で重ねる努力。
「チビの間はキスはしない」と言わせていないで、ハーレイがキスしたくなるように。
(だって、恋人同士なんだもの…)
キスのその先のことは無理でも、キスくらいなら大丈夫。
母が扉をノックしたなら、離れればいいだけのことだから。
パッと離れてしまっていたなら、母はキスには気付きはしない。
少しくらい頬が染まっていたって、耳がちょっぴり赤くったって。
(ママ、そんなトコまで見てないもんね?)
母の注意は、テーブルの上に向いているから。
昼食のお皿は綺麗に空になっているのか、料理は口に合ったのか。
お茶やお菓子の時だって同じ、「お茶のおかわりは如何?」と訊いたりもして。
(そっちの方しか見ていないから…)
ハーレイとキスを交わしていたって、母にバレたりすることはない。
もう絶対の自信があるから、我儘一杯に強請ってしまう。
「ぼくにキスして」と、今日みたいに。
ハーレイに何度断られたって、諦めないで。
苛められても、額を指でピンと弾かれても、懲りたりせずに。
ハーレイが眉間に皺を寄せても、腕組みをして睨み付けていたって。
我儘なのだと分かってはいる。
ハーレイが一人で決めたことでも、決まりは決まり。
(そういう決まりで、そういう約束…)
どんなに言っても、きっと変わりはしないのだろう。
今の自分はチビの子供で、もう「ソルジャー」ではないのだから。
(ぼくがソルジャーだったなら…)
ハーレイに命令すれば良かった。
ソルジャーとしての命令だったら、ハーレイは「否」と言えない立場。
船を預かるキャプテンとはいえ、その上に立つのが「ソルジャー」だから。
ソルジャーが決めて命令したなら、逆らえないのがキャプテンだから。
(だけど、前のぼく…)
一度もそうはしなかった。
前のハーレイに、頭ごなしに命令などは。
ハーレイばかりか、他の誰にもやってはいない。
ソルジャーだったら、何を言おうが、皆が従っていたのだろうに。
どれほど勝手な命令だろうが、我儘の塊みたいになって「こうだ」と言い張ろうが。
(前のぼくなら、どんなことでも…)
やろうと思えば好きに出来たし、それだけの力を持ってもいた。
白いシャングリラがあったとはいえ、やはり「ソルジャー」は必要なもの。
船の仲間だけでは守り切れない時が来たなら、戦える者はただ一人だけ。
ソルジャーだった自分だけだし、何かと厚遇されていた。
船の中で採れた色々な作物、それが優先で届くとか。
(他のみんなは少しだけでも…)
ソルジャーにだけは、たっぷりの量。
皆の気持ちは嬉しかったけれど、そのまま貰いはしなかった。
「ぼくは少しで充分だから」と取り分けた後は、「子供たちに」などと渡していた。
どんな時でも独占しないで、船の仲間を思っていた。
「ソルジャーだからこそ」我儘も言わず、不平も不満も言いはしないで。
そうやって生きた前の自分。
ただの一度も、我儘などを言ってはいない。
前のハーレイにも「命令」しなくて、穏やかに微笑み続けただけ。
ソルジャー・ブルーの長い人生に、「我儘」というものがあったとしたら…。
(……あの時だけ……)
前のハーレイにだけ「本当のこと」を伝えて、一人きりでメギドへ飛んで行った時。
死にに行くのだと皆に知れたら、止められるに違いなかったから。
あそこで「ソルジャー・ブルー」を止めたら、ミュウの未来が無くなるから。
(…船のみんなには、うんと迷惑かけちゃった…)
白いシャングリラは守れたけれども、ソルジャー・ブルーを失った船。
誰もが心細かったろうし、前のハーレイは言わずもがな。
(…前のぼくの我儘は、あの一度だけ…)
他には思い付きもしないし、きっとやってはいないのだろう。
我儘放題の「チビの自分」とは反対に。
たかがキスくらいでプウッと膨れる、我儘な自分とはまるで違って。
(…今のぼくだと、ホントに我儘…)
我儘すぎだ、と思うけれども、ハーレイの気持ちはどうだろう?
今日もジロリと睨まれたけれど、「キスは駄目だ」と叱られたけれど。
(我儘なんかは一度も言わずに、みんなのことだけ思ってたぼくと…)
チビで我儘放題の自分と、ハーレイはどちらが好きなのだろう?
前の自分のただ一度きりの我儘のせいで、ハーレイは全てを失った。
生きる望みも、心の底から愛した人も。
おまけに、前の自分の「遺言」。
それに縛られ、深い絶望と孤独の中でも、地球まで行くしかなかったのだから…。
(今の、我儘なぼくの方が…)
ハーレイにはずっといいんじゃないの、と浮かべた笑み。
我儘放題のチビだけれども、ハーレイを置いて逝ったりはしない。
今度はいつまでも側にいるのだし、二人で生きてゆくのだから。
(ぼくが大きくなるまでは…)
我儘を言って困らせたって、いいだろう。
ハーレイが勝手に作った決まりに従わなくても、懲りずにキスを強請っても。
我儘を言わなかった前の自分よりも、きっと我儘な「今の自分」がハーレイの好み。
きっとそうなのに違いないから、これから先も我儘放題。
「キスは駄目だ」と叱られても。
鳶色の瞳で睨み付けられても、「ぼくにキスして」と諦めないで…。
我儘なぼく・了
※我儘なんだ、と自覚はあるのがブルー君。「ぼくにキスして」と強請っていても。
けれど、我儘など言わなかった前のブルーよりは…。ぼくの方がいいよね、と自信満々v
(まったく…)
あいつときたら、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家へと出掛けて来た日に、夜の書斎でコーヒー片手に。
今日は一緒に過ごしたブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
けれど子供になってしまって、今の姿は十四歳にしかならないチビ。
前と同じに愛せはしなくて、子供向けの愛になるものだから…。
(今日でいったい何度目なんだか…)
もう数えてもいないんだがな、と思い返した昼間の出来事。
「俺は子供にキスはしない」と言ってあるのに、今日もブルーは強請って来た。
「ぼくにキスして」と、愛らしい顔に笑みを湛えて。
(あの顔からして違うんだがな?)
前のあいつの表情とは…、と自分だからこそ分かること。
ソルジャー・ブルーと呼ばれた頃には、ブルーは大人で、前の自分が愛した人。
長い年月、前のブルーと共に生きたから、忘れはしない。
かの人の仕草も、その表情も。
すらりと伸びた細い手足に、華奢だった肢体。
「月のようだ」と思った姿も、銀細工さながらの繊細さも。
(俺は忘れちゃいないから…)
今のブルーがどう足掻いたって、「違う」と分かる。
「キスしてもいいよ?」と誘うような顔をしたって、それも「子供の表情だ」と。
前のブルーを真似たつもりでも、チビはチビ。
(あいつと出会って直ぐの頃には、重なって見えもしたんだが…)
チビのブルーの表情の上に、前のブルーの面影が。
それではマズイ、とブルーに家への出入りを禁じて、今に至っているけれど。
「前のお前と同じ背丈に育つまでは」と、キスと同じに禁止だけれど。
今となっては要らない心配、今のブルーは「ただのチビ」。
何かと言ったら我儘ばかりで、見掛け通りの子供だから。
今日もブルーがぶつけた我儘、「ぼくにキスして」。
キスはしないと言っているのに、少しも懲りない小さなブルー。
「諦める」ということもしないで、チャンスと思えば直ぐに言い出す。
「ぼくにキスして」だの、「キスしてもいいよ」だのと、一人前の恋人気取りで。
(我儘なヤツめ…)
もっと「我慢」を覚えて欲しい、と思ったりもする。
「我慢」に「辛抱」、柔道部員には厳しく指導していること。
心技体を鍛える武道が柔道、その道を志したからには、「しっかりやれ!」と。
我儘ばかりを言っていたなら、上達などはしないから。
朝早くから登校しての朝練、「眠いから」と家で眠っていたなら話にならない。
我慢して起きて、顔を洗って、制服に着替えて登校してこそ。
(でもって、練習が辛くったって…)
グッと堪えて其処で辛抱、自分自身を叱咤するのが次の段階へと進む早道。
「我慢だ、我慢」と、「辛抱しないと置いてかれるぞ」と。
他の部員はせっせと練習しているのだから、サボッた分だけ遅れる上達。
朝練にしても、放課後の部活の時間にしても。
(柔道部員の辞書ってヤツには、「我儘」なんぞは…)
載ってないんだ、とチビのブルーを叱ってやりたい。
「あいつらを少しは見習わないか」と、「お前のはただの我儘だ!」と。
もっとも、それを言った所で、相手はブルーなのだから…。
(ぼくには柔道なんかは無理、ってトコだな)
前と同じに弱く生まれてしまったブルー。
今の時代は誰もがミュウだし、前の自分たちが生きた頃とは違う。
マラソン選手もサッカー選手も、ミュウばかり。
(ミュウは何処かが欠けているってのも…)
とっくの昔に過去の話で、今のミュウなら健康そのもの。
だからブルーも丈夫に生まれ変わっていたって、何処も不思議ではないというのに…。
(前と同じに弱いんだ…)
可哀相に、とブルーの弱い身体を思う。
体育の授業は見学ばかりで、そうでない日も途中で休む。
「これ以上は無理」と思った時には、自分から手を挙げて、皆と離れて。
(そんなあいつに、柔道部員の心得なんぞを…)
叩き込もうっていう方が無理だ、と分かってはいる。
「我慢」と「辛抱」、それをブルーに当てはめたならば、大変なことになるだろう。
熱があっても登校するとか、身体が悲鳴を上げていたって、体育の授業を受け続けるとか。
(俺がウッカリ言おうモンなら、思い込みってヤツで…)
もう何もかもを「我慢」で「辛抱」、待っているのは「寝込む」ことだけ。
弱い身体が壊れてしまって、ベッドから起き上がれずに。
学校でパタリと倒れた時にも、意識なんかは失くしてしまって。
(それも、あいつの我儘だよなあ…)
自分の我儘を通した結果。
「ハーレイがこう言っていたもの」と、「我慢」で「辛抱」。
熱があるのを隠しておくとか、気分が悪くなって来たのに、黙って体育を続けるだとか。
(周りの迷惑というヤツをだ…)
まるで考えないのがあいつ、と光景が目に見えるよう。
「ハーレイが言っていたもんね!」と「我慢」で「辛抱」、張り切った末に倒れるブルー。
保健室へと運ばれた後は、其処のベッドに寝かされて…。
(あいつのお母さんが呼ばれて、迎えに来て…)
タクシーで家に連れて帰って、ブルーのベッドに押し込むのだろう。
朝の間に「熱があるよ」と言っていたなら、登校するのを止めさせるだけで済んだのに。
体育の授業で無理をしなければ、いつも通りに「自分で」帰って来たろうに。
(お母さんが大いに大変な上に、俺だって…)
ブルーが学校で倒れたと聞けば、帰りは見舞いに行かなくては。
食欲がまるで無いとなったら、スープ作りも必要になる。
前のブルーがとても好んだ、素朴な野菜スープを作って食べさせることが。
何種類もの野菜を細かく刻んで、基本の調味料だけで煮込んだスープ。
「野菜スープのシャングリラ風」の出番が来そうな、ブルーが倒れてしまった時。
それも「我慢」と「辛抱」の末に、我儘を通して頑張った果てに。
(まったく、今のあいつときたら…)
何処まで我儘に出来てるんだか、と思ってみたって始まらない。
今のブルーはチビの子供で、もうそれだけで「我儘」だから。
「我慢」も「辛抱」も辞書には無くって、やりたい放題、言いたい放題。
「ぼくにキスして」だの、「キスしてもいいよ?」だのと。
(…何処に我慢を置いて来たんだ!)
前のあいつは、ああじゃなかった、と前のブルーを思ったけれど。
ソルジャー・ブルーだった頃のブルーを頭に浮かべて、今との違いを嘆いたけれど。
(いや、待てよ…?)
前のあいつは、今とは逆で…、と美しかった人を思い出す。
「ソルジャー・ブルー」と呼ばれる前から、前のブルーは「我慢」と「辛抱」。
自覚があったかどうかはともかく、我儘などを言ってはいない。
(ジャガイモだらけの飯が続こうが、キャベツだらけの毎日だろうが…)
船の仲間たちが不満だらけでも、「美味しいよ」と食べていたのがブルー。
好き嫌いの一つも言いはしないで、いつも笑顔で。
そんなブルーが大きくなったら、何もかも船の仲間が優先。
白いシャングリラで採れた作物、それを「ソルジャーに」と最優先で回しても…。
(ぼくよりも、子供たちに、って…)
譲ってしまうのが常のこと。
ほんの少しだけ自分用に取って、「残りはみんなで食べてくれれば」と。
「でも、みんなには行き渡らないから、子供たちにでも」と。
そうやって生きて「我慢」に「辛抱」、前のブルーの「我儘」は知らない。
我儘などは言いもしないで、三百年以上も生き続けて…。
(…逝っちまったんだ…)
皆のためにと、命を捨てて。ただ一人きりで、メギドを沈めて。
(もしも、あいつが我儘だったら…)
ああいう最期を選んではいない。
「我慢」と「辛抱」の最たる最期を、一人きりでのメギドでの死を。
(俺にも一緒に来いと言うとか、そもそもメギドに行かないだとか…)
きっとそうだ、と気付いた途端に、愛おしくなったブルーの「我儘」。
今のブルーはチビだけれども、とても自分に素直だから。
「我慢」と「辛抱」が足りないけれども、我儘放題の日々なのだけれど。
(…前のあいつのことを思えば…)
我儘なあいつの方がマシだな、と零れた笑み。
今は少々厄介だけれど、あの調子ならば、前のようにはならない。
悲しい別れが待ってはいなくて、ブルーは我儘放題で…。
(俺の側から離れないってな)
間違いないぞ、と嬉しくなるから、これでいい。
小さなブルーが我儘でも。
「我慢」と「辛抱」を教えない方が、マシそうなチビの子供でも…。
我儘なあいつ・了
※ブルー君の我儘に手を焼いているハーレイ先生。「我慢と辛抱を知らんのか!」と。
けれど、それをした前のブルーは、ああいう最期。それを思えば我儘放題の方がずっと幸せv
(昔々、って始まるんだよね…)
ずっと昔のいろんなお話、と小さなブルーが思ったこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は訪ねて来てくれなかった恋人、前の生から愛したハーレイ。
そのハーレイは今は古典の教師で、遠い昔の小さな島国、日本の古典を教えている。
(古典の授業で教わるヤツは…)
いわゆる名作、「昔々」で始まる「昔話」とは違うもの。
「これは昔話で読んだよ」と思う中身でも、もっと格調高い文章。
そういう古典も、「昔々」と始まる昔話も、遥かな昔に生まれたもの。
SD体制の時代を経たって、失われはせずに残り続けた。
前の自分が生きた頃にも、データベースを探っていったら、きっと出会えただろうから。
(昔々かあ…)
もう本当に昔だよね、と前の自分の時代を思う。
死の星だった地球が青く蘇るほどに、長い時間が流れ去ったから。
これほどの時が経った今なら、前の自分も昔話の主人公になれていそうな感じ。
「ソルジャー・ブルー物語」だとか、「シャングリラ物語」といった具合に。
けれど、一つも聞いたことが無い。
前の自分のも、ジョミーやキースの昔話も。
(…伝記だったらあるんだけれど…)
写真集だってあるのだけれども、昔話は一つも無い。
原因はきっと、「英雄」になってしまったせい。
おまけに豊富に残っているデータ、それでは「話を作れはしない」。
「こうだったならば、面白いのに」と誰かが思い付いたとしても。
それを書こうと挑んでみたって、あちこちから文句が来るのだろう。
「こんな話は間違っている」とか、「でたらめなことを書くんじゃない」とか。
昔話が幾つも生まれた時代は、人間が地球しか知らなかった頃。
有り得ないような不思議なことでも、「起こりそうだ」と誰もが信じた時代。
だから色々な昔話が生まれて、次の世代に伝わった。
語り伝えたり、書き残したりと、大勢の人が馴染める形になって。
(竹の中から、かぐや姫が生まれて来るだとか…)
桃から生まれる桃太郎とか、どう考えても現実には有り得ないことばかり。
それでも昔話は残って、沢山の人に愛された。
前の自分たちが生きた時代は、それどころではなかったけれど。
(機械が文化を統一しちゃって、いろんな文化を消しちゃったのも酷いけど…)
人間までが人工子宮から生まれる有様、かぐや姫など生まれはしない。
もちろん、桃太郎だって。
(人工子宮は人工子宮で、竹でも桃でもないもんね?)
どう頑張っても「かぐや姫」も「桃太郎」も無理、と浮かべた苦笑。
まるで全く夢が無い時代、そんな時代に幕を下ろしたのが前の自分たち。
今も記念墓地に墓碑があるほど、「英雄」と称えられる人間。
(そんな偉い人の昔話を、好き勝手に作ったりしたら…)
研究者ばかりか、その英雄のファンからも苦情が届くのだろう。
「ジョミーはそんな人間じゃない」だの、「キースの人生は、そうじゃなかった」だの。
(…ぼくなら、好きに書いて貰っても…)
いいんだけどな、と思わないでもない。
ソルジャー・ブルーの昔話が生まれていたなら、きっとワクワク読むだろう。
「この先は、いったいどうなるの?」と、食い入るように。
(…本当はメギドで死んでいません、って…)
書いてあっても怒らない。
キースに銃で撃たれもしないで、無事に脱出していても。
白いシャングリラには戻らないまま、何処かでひっそり生き延びていても。
小さな星を一つ見付けて、その上で薔薇を育てるだとか。
「星の王子様」の話みたいに、星の大敵のバオバブの木を退治しながら。
(…ぼくは文句を言わないんだけどな…)
本当の自分の最期は悲しく、とても辛くて惨いものでも。
ハーレイの温もりを失くした右の手、それが凍えた記憶が今も残っていても。
(でも、昔話…)
無いんだよね、と残念な気分。
それがあったら、楽しめるのに。
生まれ変わった自分だからこそ、「本当はこうじゃなかったけれど」と、ページを繰って。
(うーん…)
遠慮しないで誰かが書いてくれていたら、と思ってはみても、無理なのも分かる。
データが沢山残りすぎていて、誰にとっても「SD体制を倒した英雄」。
話を勝手に作っていったら、文句や苦情がきっと山ほど。
それでは誰も書きはしなくて、昔話は生まれないまま。
(…昔話があったら、ハッピーエンドも一杯…)
昔話のお決まりの文句、「めでたし、めでたし」で結べるように。
前の自分はメギドで死なずに生き残っていて、薔薇を育てるとか、ひっそり畑を耕すだとか。
(ジョミーやキースも死んじゃったけど…)
やっぱり死なずに脱出したとか、そうでなければ夜空の星になったとか。
星や星座の昔話に、そういったものは多いから。
地上での命が尽きた後には、空に昇って星座や星に姿を変えた人が沢山。
(だけど、ジョミー座も、キースの名前がついた星も無いし…)
昔話を作れる余地は無かったんだ、と思うとつまらない。
「一つくらい、あってもいいのに」と。
あの時代に生きた記憶があるから、なおのこと。
(もっと夢があればいいのにね…)
最後はハッピーエンドになって、と「昔話」を思い描いてみる。
地球の地の底で、ジョミーとキースが宝物をドッサリ見付けるだとか。
グランド・マザーが壊れた後から、大判小判がザックザク。
それを二人で背負って無事に脱出したなら、「めでたし、めでたし」なんだけど、と。
他にも何か…、と考える内に、気付いたこと。
ハッピーエンドの昔話には、恋の話も多いけれども…。
(前のぼくと、ハーレイ…)
白いシャングリラで生きた恋人同士で、生まれ変わってさえ出会えたくらい。
それほどに深い絆があるのに、前の自分たちは恋を隠し続けた。
ソルジャーとキャプテンの仲が知れたら、船の仲間たちは皆、背を向けるに違いないから。
「何でも二人で決めるのだろう」と、「そんなヤツらに従えるか」と。
そうなってしまえば船はバラバラ、もはや纏めることは出来ない。
地球にも辿り着けはしなくて、いつ沈むかも危ういほど。
(それじゃ駄目だし…)
前の自分も、ハーレイも、誰にも恋を明かさなかった。
最後の最後まで隠し通して、何も書き残してさえいない。
(…あれじゃ、恋人同士だったこと…)
誰も気付いてくれはしないし、昔話だって生まれはしない。
前の自分とハーレイの恋は、昔話の中でさえ…。
(ハッピーエンドにならないんだよ…!)
そもそも、「恋」が無いものだから。
恋した事実を誰も知らないなら、昔話だって作りようがない。
誰かが知ってくれていたなら、出来ていたかもしれないのに。
前の自分がメギドで死んでも、それでハーレイとの恋が消えても。
(死んだら、鳥の姿になって…)
二人で飛び去った、悲しい恋人たちもいた。
命ある間には叶わなかった恋を、鳥の世界で実らせようと。
蝶に変わって、片時も離れず、舞い続けていた恋人たちだって。
前の自分とハーレイの恋も、昔話の中なら実った。
誰かがそれを書いてくれれば、つがいの鳥やら、蝶やらになって。
前のハーレイが地球で命尽きたら、死の星の底から、二羽の鳥が空へ飛び立つだとか。
何も棲めない筈の死の星、その上に二匹の蝶がいつまでも舞っていたとか。
悲しい恋に終わっていたって、昔話ならハッピーエンドに出来る。
「可哀相だ」と思った誰かが、「幸せになって欲しかった」と願って話を作りさえすれば。
(だけど、誰にも知られてないんじゃ…)
ハッピーエンドになる筈がない。
前の自分の昔話を誰かが作ってくれたとしたって、ハーレイは何処にも出て来ない。
(せいぜい、話の脇役で…)
最後に恋が実りはしなくて、「めでたし、めでたし」と終わりはしない。
ソルジャー・ブルーがメギドで死なずに、生き残っている話でも。
キャプテン・ハーレイが無事に地球から逃れて、ジョミーたちと宝を山分けにする話でも。
(…酷くない?)
ハッピーエンドが無いなんて、と思ったけれど。
昔話の世界の中でも、前のハーレイと幸せになれはしないのだけれど…。
(…ちょっと待ってよ?)
今の自分は、生まれ変わって青い地球の上。
ハーレイも同じに生まれて来たから、いつか自分が大きくなったら一緒に暮らす。
プロポーズされて、結婚式を挙げて、幸せに。
誰にも恋を隠すことなく、祝福されて。
(…今のぼくたち、鳥でも蝶でもないけれど…)
前と同じに人間だけれど、今度は恋を実らせる。
そうして二人一緒に暮らして、デートもドライブも、それに旅行も。
(…ちゃんとハッピーエンドじゃない…!)
絵に描いたようなハッピーエンド、と嬉しくなった。
「昔話でも駄目みたい」と思っていたのに、ハッピーエンドが待っている。
それも人間の姿のままで。…前とそっくり同じ姿で。
昔話ならば、鳥や蝶になってしまうのに。…恋は実っても、姿が変わってしまうのに。
(なんだか凄い…)
昔話よりもずっと凄い、と零れた笑み。
今度の恋はハッピーエンドで、幸せな恋。
誰も書いてはくれないけれども、前の自分たちの悲しい恋が、幸せな恋に変わるのだから…。
昔話ならば・了
※「昔話でもハッピーエンドにならないみたい」と、思ったブルー君。「酷くない?」と。
けれども、今度はハッピーエンドの恋が出来るのです。昔話よりもずっと、素敵ですよねv
(昔々、っていうのが定番だよなあ…)
名のある古典でなかったらな、とハーレイが思い浮かべたこと。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
今の自分は古典の教師で、遠い昔にあった島国、日本の文学を教える立場。
名作と呼ばれる古典は幾つもあるのだけれど…。
(昔々だと、昔話になっちまって…)
いわゆる名作には数えられない。
誰もが知っている話でも、親しまれている作品でも。
(昔、男ありけり、っていうのは有名なんだが…)
大抵の話がそれで始まる「伊勢物語」。
幾つもの話が編まれた中でも、圧倒的多数を占めるもの。
それでも「昔々」ではなくて、あくまで「昔、男ありけり」。
(源氏物語だと、「いづれの御時にか」で…)
遠回しには「昔々」の意味だけれども、「昔々」と書いてはいない。
日本で最初の物語だという、「かぐや姫」でお馴染みの「竹取物語」にしても…。
(今は昔、竹取の翁といふ者ありけり…)
こいつも「昔々」じゃないな、と可笑しくなる。
子供向けに書かれた「かぐや姫」なら、「昔々」となるものなのに。
「昔々、ある所に…」と、他の様々な昔話と、何処も変わりはしないのに。
(要するに、親しみやすいってこった)
これが日本でなくてもな、と思う「昔々」という言い回し。
人間が地球しか知らなかった頃から、昔話はそうやって語り出されるもの。
話の中身には関係なく。
恋物語でも、怖い話でも、世にも不思議な出来事を語り聞かせる時にも。
(そいつが本になった時にも…)
冒頭は「昔々」になる。
「昔」がいつの時代でも。千年前でも、もっと遥かな昔でも。
そう考えると、前の自分も「昔々」と語られても、可笑しくないのだろう。
死の星だった地球が青く蘇るほどの時が、流れ去った今の時代なら。
(…キャプテン・ハーレイ物語ってのは…)
聞いたこともないし、「シャングリラ物語」だって存在しない。
今も人気のソルジャー・ブルーや、ジョミーやキースの物語だって。
(なんと言っても、脚色しようがないからなあ…)
地球の地の底で何が起きたか、皆、どうやって死んでいったか。
それは謎だし、ソルジャー・ブルーの最期についても定説は無い。
「キース・アニアンに撃たれた」ことさえ、仮説の域を出ないほど。
だから「書こうと思えば」書くことは出来る、「昔々」の物語。
想像の翼を大きく広げて、「ソルジャー・ブルー物語」やら、ジョミーの物語やらを。
けれども、彼らは「偉大すぎた」。
SD体制を倒した英雄、今でも花が絶えることがない記念墓地の墓碑。
そして豊富に残るデータは、彼らが「生きていた」ことの証拠。
(伝記としてなら、書けはしたって…)
昔話は無理だろう。
荒唐無稽なことを書いたら、呆れられるか、苦情が来るか。
(子孫は一人もいないわけだが…)
代わりにいるのが熱烈なファンで、研究者顔負けの者だっている。
そういう者から文句が幾つも、「昔話」を書いた作者は袋叩きに遭うだろうから…。
(書こうって勇者は出て来ないよなあ…)
こう書いたならば面白いのに、と考えたって。
「ソルジャー・ブルーは、実はメギドから脱出した」と書くだとか。
(昔話だと、「めでたし、めでたし」も多いもんだから…)
ソルジャー・ブルーがメギドで死なずに生き残っても、昔話ならそれでいい。
シャングリラに戻らなかった理由も、何とでも書けるわけだから。
「小さな星で、一人、ひっそり暮らしましたとさ」と結ぶことだって。
ブルーだけしか住んでいない星、その上で畑を耕していても。
(あいつが畑なあ…)
それよりは薔薇が似合いだろうか、とも考える。
とても小さな星の上で一人、一本の薔薇を育てて暮らしていたならば…。
(星の王子様ってヤツだな)
バオバブの木が星を壊さないように頑張るんだ、と遠い昔の「名作」を思う。
自分が授業で教える範囲の、「日本の古典」ではないけれど。
(俺でさえも、直ぐに思い付くんだから…)
物語を綴るプロにかかれば、きっと出来るだろう「物語」。
「昔々」という言葉で始まる、ソルジャー・ブルーやジョミーなんかの「昔話」。
色々なものが書けそうなのに、「誰も書かない」物語。
遠く遥かな昔の英雄、SD体制を倒した者たちを主人公に据えた昔話。
(めでたし、めでたし、と結ぶんだったら、ジョミーも、キースの野郎もだな…)
ハッピーエンドを貰うのだろう。
地球の地の底で死にはしないで、生きて脱出するだとか。
あるいは魂が天に昇って、星や星座になるだとか。
(ジョミー座も無ければ、キースの野郎の星も無いなあ…)
昔話を作り上げるには、ちと情報が多すぎたか、と理由は分かっているけれど。
「昔々」と人間が語り伝えた時代は、もっと遥かな昔なのだと承知だけれど。
(…一つくらいはあってもなあ?)
あったら面白かったのに、と思うのは「自分」だからだろう。
前の自分はキャプテン・ハーレイ、あの時代に生きて死んだ人間。
(この目で全てを見て来たってわけで…)
今も鮮やかに思い出せるから、昔話が出来ていたなら、楽しく読める。
ソルジャー・ブルーが「生きて」畑を耕していても、ジョミーが空の星座でも。
「ほほう…」と、「上手く作ったもんだ」と、感心しながら。
そうやって読んで、「めでたし、めでたし」の言葉にホッとするのだろう。
「本当はこうじゃなかったんだが」と思っても。
「こうなっていたら、良かったよな」と、「ハッピーエンドは、いいモンだ」と。
けれど一つも「無い」物語。生まれなかった昔話。
キャプテン・ハーレイが主役の話は無理そうだけれど、前のブルーならあってもいいのに。
ジョミーも、それに「今でも憎い」キースでも。
(一つも無いっていうのがなあ…)
残念だよな、と思うけれども、理由が分かるから仕方ない。
それに、書かれていたとしたって…。
(…俺とブルーのハッピーエンドは…)
誰一人、書きやしないんだ、と零れる溜息。
前のブルーと白いシャングリラで恋をしたのに、生涯、隠し通したから。
自分もブルーも何も語らず、書き残しさえもしなかったから。
(俺たちの恋が、何かの形で残っていたら…)
そして後世、誰かが見付けてくれていたなら、「昔話」が生まれたろうか。
「生きている間は実らなかった恋」、それが実るのも昔話の定番の一つ。
悲恋に終わった恋人同士が、つがいの鳥になって飛び去るだとか。
蝶になって共に舞い続けるとか、そういった昔話も多い。
(めでたし、めでたし、と言っていいかは難しいんだが…)
悲しい恋のままで終わった生涯、それがセットになっているから。
とても悲しい恋をした後に、ようやく結ばれる恋人同士。それも命が終わった後に。
(あの手のヤツは、結びの文句も…)
ちょっと違っていたかもしれん、と「昔話」の知識を手繰る。
「めでたし、めでたし」と結ぶ代わりに、「どっとはらい」とかの類だろうか、と。
あまり「めでたくはない」ものだから。
恋は最後に実るけれども、ハッピーエンドと呼ぶには切なすぎるから。
(…そういう話も、書いて貰えなかったのが…)
前の俺たちなんだよな、と時の彼方に思いを馳せる。
恋をして幸せに生きていたのに、最後は悲恋に終わった二人。
「昔話なら、ちゃんと幸せになれるのに」と、「人の姿じゃなくなってもな」と。
鳥であろうと蝶であろうと、ブルーと飛んでゆけたのに、と。
それさえ無いな、と思ったけれど。
「誰も知らない恋だったんでは、無理もないが」と考えたけれど。
(…待てよ?)
「今がそれだ」と気が付いた。
ブルーと二人で生まれ変わって、青い地球の上にいる自分。
いつかブルーが大きくなったら、今度は結婚できる恋。
そして二人で同じ家に住んで、それは幸せに暮らしてゆける。
小さな星で薔薇を育てはしないけど。…畑もせいぜい、家庭菜園程度だけれど。
(…そうか、これからハッピーエンドなあ…)
昔話なら、まさに「めでたし、めでたし」と結ぶのが相応しい恋。
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイの、恋を綴った「昔話」は…。
(俺たちが作って行くんだな?)
誰も書いてはくれないがな、と浮かべた笑み。
今度の恋は、ハッピーエンドの恋だから。
前の自分たちの悲しかった恋が、「めでたし、めでたし」に変わってくれるのだから…。
昔話なら・了
※「前の俺たちの昔話は無いな」と思ったハーレイ先生。前のブルーとの恋の物語も。
けれどこれから「作る」のです。誰も書いてはくれないとはいえ、ハッピーエンドの物語をv
(…ソルジャー・ブルー…)
前のぼくには違いないけど、と小さなブルーが頭に浮かべた名前。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した恋人。
そのハーレイが、「チビの恋人」に出した条件は…。
(…前のぼくと同じ背丈になるまで、キスは駄目だ、って…)
一方的に押し付けられた決まりで、なんとも不満。
唇へのキスは貰えないまま、強請れば叱られてばかり。
だから憎いのが「ソルジャー・ブルー」で、言わば恋敵のようなもの。
あちらも同じ「自分」でも。
遠く遥かな時の彼方で、ソルジャー・ブルーとして「生きた」のだけれど。
(あっちはちゃんと育った姿で…)
ハーレイにキスを強請らなくても、幾らでもキスを貰っていた。
恋人同士が交わす唇へのキス、それを何度も。
(どっちも、同じぼくなんだけど…)
時の彼方には、「もっと育った」自分の姿。
今ではすっかり英雄扱い、それが「ソルジャー・ブルー」という人。
写真集だって山ほどあるから、もう本当に腹立たしい。
「どうせ、ぼくならチビだってば!」と、プンプンと怒りたくもなる。
ソルジャー・ブルーさえいなかったならば、チビの自分でも…。
(もうちょっと、ハーレイにマシな扱いをして貰えて…)
きちんと恋が出来るんだけど、と考えてみても、ソルジャー・ブルーがいなければ…。
(…前のハーレイとは恋をしてなくて、今のぼくだって…)
ただのチビ。
十四歳にしかならない子供で、きっと恋とは無縁な日々。
友達と遊ぶことに夢中な、年相応の無邪気な子供。
生まれつき身体が弱いものだから、駆け回ったりは出来なくても。
ソルジャー・ブルーは憎いけれども、「いてくれないと困る」存在。
彼がいないと、前のハーレイと恋は出来ない。
前のハーレイとの恋が無ければ、今のハーレイとの恋だって「無い」。
出会ったとしても、教師と教え子、たったそれだけ。
(…ずいぶん大きな先生だよね、って…)
今のハーレイの姿を眺めて、自己紹介を聞いて納得するのだろう。
「子供の頃から柔道と水泳で鍛えていたから、あんなに大きな身体なんだ」と。
古典の授業が始まった後も、ノートを取ったり、質問をしたり…。
(当てて貰って、答えたりしても…)
恋をしたりはしないのだろう。
「前の自分」がいないなら。
前のハーレイに恋をしていた、ソルジャー・ブルーの記憶を持っていないなら。
(ハーレイが生徒の人気者でも…)
そうなんだ、と思うだけ。
自分も「お気に入りの先生」の中に数えたとしても、それでおしまい。
ハーレイの時間を独占している「柔道部の生徒」を羨みもしない。
「ぼくとは縁が無い世界だよ」と考えるだけで。
朝一番から走り込みをして、朝練をしている柔道部員。
ハーレイも一緒にいるのだけれども、身体が弱い自分は「柔道など出来ない」。
やってみたいと思いもしないし、眺めて通り過ぎるだけ。
「今日もやってる」と、「みんなホントに元気だよね」と。
ハーレイとの接点が幾つあっても、きっと恋には落ちない自分。
毎日のように、質問に出掛けて行ったって。
他の生徒がやっているように、「ハーレイ先生!」と廊下で呼び止め、立ち話をしても。
なにしろハーレイは「先生」なのだし、自分は教え子の一人にすぎない。
特別なことなど何処にも無いから、恋の切っ掛けさえも無い。
どんなに仲良くなったとしても、家に遊びに出掛けたとしても…。
(それでおしまいになっちゃうってば…)
恋をする理由が無いのだから。「お気に入りのハーレイ先生」だから。
きっとそうなる、と自分でも分かる。
前の自分がいなかったならば、今のハーレイとの恋などは無いと。
(四年間、今の学校で教えて貰っても…)
担任して貰う年があっても、ハーレイは「お気に入りの先生」の一人。
楽しく四年間を過ごして、自分は卒業してゆくのだろう。
「ハーレイ先生、さようなら!」と、元気一杯に手を振って。
「また、学校にも遊びに来ますね」と、笑顔で別れの挨拶をして。
(…今のぼくだと、そうならないけど…)
卒業したなら、結婚できる年。十八歳の誕生日が直ぐにやって来る。
それを待ち焦がれて、ハーレイからのプロポーズを待って、胸を高鳴らせながらの卒業。
卒業式では、何食わぬ顔をしていても。
友達に「ハーレイ先生の所にも行こうぜ!」と誘われて、挨拶しに行っても。
みんなと一緒にハーレイと握手して、「ありがとうございました!」と頭を下げても…。
(心の中は、もう先のことで一杯で…)
早く学校から出たくてたまらないのだろう。
もう「生徒ではない」自分。
それになりたくて、ハーレイと堂々と「恋が出来る身」になりたくて。
(流石に、学校の門の前では待たないけれど…)
卒業式を終えて帰って行ったら、きっとハーレイを待ち侘びる。
「もう来るかな?」と、「まだ来ないかな?」と、首を長くして。
生徒でなくなった自分の立場は、もう「ハーレイの恋人」だから。
十八歳になれば結婚できるし、誰にも隠さなくていい、自分たちの恋。
「やっと堂々とデート出来るよ」と、嬉しくて嬉しくて、たまらない筈。
四年間も「生徒」を頑張ったのだし、もうこれからは「恋人だけ」と。
(…でも、前のぼくがいなかったら…)
そのワクワクも恋も、消えてなくなる。
最初から恋は生まれないまま、卒業したらハーレイとも「お別れ」。
「恋をしたかも」とは思いもしないで、「さようなら!」と元気に手を振って。
(そんなの、困る…)
困っちゃうよ、と悲しい気分。
ハーレイと恋が出来ないなんて、出来ずに終わってしまうだなんて。
それを思うと、「前の自分」は「いないと困る」。
憎い恋敵でも、大人だった姿が憎らしくても。
(会えたら、文句を言いそうだけど…)
「なんで、ハーレイを盗っちゃうの!」と。
今もハーレイは「ソルジャー・ブルー」を忘れていないし、そのせいでキスが貰えない。
「キスは駄目だと言ったよな?」と、「俺は子供にキスはしない」と。
ハーレイのキスは、「前の自分」が持ったまま。
最後にキスを貰っていたのは前の自分で、今の自分は一度も貰っていないから…。
(ハーレイ、前のぼくに盗られて…)
盗られっ放しで、今も「返して貰えない」。
「渡して貰えない」と言うべきだろうか、ハーレイのキスは前の自分のものだから。
ソルジャー・ブルーがしっかりと持って、自分には譲ってくれないから。
(…手強すぎるよ、前のぼく…)
今の時代も大英雄なだけのことはある。
死の星だった地球が青く蘇るほどの時が流れても、称えられているソルジャー・ブルー。
それが恋敵で、「前の自分」。
チビの自分が逆立ちしたって敵わない相手。…色々な意味で。
(あんな立派な生き方は無理で、おまけにチビで…)
ホントにどうにもならないんだから、と怒ってみたって勝てない相手。
時の彼方には恋のライバル、どう頑張っても勝てない敵。
ハーレイのキスを譲ってくれない、渡してくれない「憎らしいヤツ」。
もう本当に腹が立つけれど、その恋敵がいないと困る。
ハーレイとの恋は生まれもしないで、「さよなら」になってしまうから。
仲良くなっても教師と生徒で、それっきり。
お互い、恋には落ちもしないで、卒業式でお別れだから。
それは困るし、「ソルジャー・ブルー」は必要なもの。
前の自分の「ハーレイとの恋」も、無いと困ってしまうもの。
けれど、そのせいで自分が困る。
生まれ変わって再び出会えた、ハーレイにキスを強請っても…。
(ぼくがチビだから、断られちゃって…)
ピンと額を弾かれたりして、叱られるだけ。
「何度言ったら分かるんだ?」と、鳶色の瞳で睨まれもして。
(…どうして、こうなっちゃったわけ…?)
前のぼくが自分の恋敵なんて、と頭を抱えてみたって、何も解決しはしない。
悔しかったら、早く育って「前の自分と同じ背丈」になる他はない。
ソルジャー・ブルーと同じ姿に、「ハーレイが恋をした人」に。
(…ハーレイは、ぼくに恋をしてくれてるけど…)
その恋は、きっと「子供向け」。
キスも出来ないチビの恋人、それに合わせた「子供向けの恋」。
本物の恋はキスと同じで、今もやっぱり「ソルジャー・ブルー」が持っていそう。
チビの自分には譲ってくれずに、遠く遥かな時の彼方で。
今はもう無い白いシャングリラで、あの船にあった青の間で。
(…うーん…)
それを返して欲しいんだけど、と怒鳴りたくても、前の自分は何処にもいない。
時の彼方にはいるのだけれども、今は「自分の中」だから。
自分の頬っぺたを引っぱたいても、「自分が痛い」だけのこと。
ソルジャー・ブルーは涼しい顔で、チビの自分を見ているのだろう。
「なんという馬鹿な子供だろう」と、「これじゃ、ハーレイも大変だ」と。
そう言う声が聞こえたように思うから…。
(前のぼくの馬鹿…!)
それに意地悪、とプウッと頬を膨らませる。
「出て来ないなんて、卑怯だよ」と、「ぼくに文句を言わせてよ!」と。
それは無理だと分かっていたって。とても敵わない敵で、最強の恋のライバルだって…。
時の彼方には・了
※前の自分が恋敵だというブルー君。考えるほどに、憎らしいのがソルジャー・ブルー。
けれど、ソルジャー・ブルーがいなかったら出来なかった恋。なんとも悩ましい所ですよねv
