「ねえ、ハーレイ。…訊きたいことがあるんだけれど」
小さなブルーに真剣な瞳で見詰められて。
ハーレイは「ん?」と穏やかな笑みを浮かべた。
「なんだ、どうした? 質問か?」
「うん。…だけど、授業のことじゃなくって…」
宿題のことでもないんだけれど、と赤い瞳がチラチラと揺れる。
訊きたいけれども、訊いていいのか分からない。そんな所か、と思ったから。
「どうした、遠慮しないでいいんだぞ?」
俺とお前の仲じゃないか、と促してやった。
何を遠慮することがあるんだと、昔からの恋人同士じゃないか、と。
そうしたら…。
俄かに顔を輝かせたブルー。
さっきまでの躊躇いが嘘だったように、生き生きと煌めき始めた瞳。
今の言葉の何がブルーを揺さぶったのか、と思う間もなく問いをぶつけられた。
真っ直ぐな瞳で、愛らしい声で。
「あのね…。ぼくがチビでも、悲しくない?」
「はあ?」
掴み損ねた質問の意図。
小さなブルーはチビだけれども、それがどうして悲しいということになるのか。
ブルー自身は不満たらたら、「早く大きくなりたい」というのが口癖だけれど、自分は違う。
「しっかり食べて大きくなれよ」と言いはするけれど、「早く」と急かしたことはない。
小さなブルーも可愛らしいし、それが悲しいとも思いはしないし…。
ところがブルーは、そうは思っていないらしくて。
「ハーレイは悲しくなったりしないの、ぼくはこんなにチビなんだよ?」
前のぼくよりずっと小さい、と自分の身体を指差すブルー。
顔も子供なら身体も子供で、本当にチビで小さいのだと。
「…それがどうかしたか?」
子供だから当然のことだと思うが、と言ってやったら。
「悲しくないわけ、ハーレイは!?」
信じられない、と赤い瞳が真ん丸くなった。
ぼくはこんなに小さいのにと、これではキスも出来ないのにと。
(ふうむ…)
ブルーの言いたいことは分かった。
生まれ変わって再会するなり、前の通りの仲になりたいと願ったブルー。
曰く、「本物の恋人同士」。
心も身体も固く結ばれた恋人同士だった頃の通りに、というのがブルーの願い。
けれども、それは小さなブルーにはまだ無理だから。
一人前の恋人気取りで言いはするけれど、心も身体も子供だから。
そんなブルーの背伸びを封じておかなければ、と唇へのキスも禁じておいた。
前のブルーと同じ背丈になるまでは、と。
どうやら、それを言っているらしい小さなブルー。
自分がチビだと悲しくないかと、キスも出来ないチビの自分だと悲しくなってしまわないかと。
(今日はこの手で来たというわけか…)
キスを強請る代わりに捻って来たか、と苦笑した。
いつも駄目だと叱っているから、「そう言うお前はどうなのか」という所だろう。
悲しくなってしまわないかと、悲しいとは思わないのかと。
(悲しくないかと言われたらなあ…)
もちろん悲しくない筈がない。
小さなブルーが大人だったら、前と同じに育った姿であったなら。
もう早速にキスを交わして、それから先のことだって。
わざわざ将来を誓い合わずとも、結婚出来る年になっていたならプロポーズ。
そうして家へと連れて帰って、もう片時も離さない。
前の生では叶わなかった分まで愛して、それは大切に側に置くことが出来るのに…。
(…チビだとそうはいかんしな?)
キスも出来ない、家へと連れて帰れもしない。もちろん愛も交わせない。
悲しくないか、と問い掛けられたら、答えは決まっているのだけれど。
自分も悲しいのだけれど…。
それを言ったら、小さなブルーの思う壺だから。
「ね、ハーレイだって悲しいでしょ?」と揚げ足を取られてしまうから。
それは出来ない、キスを欲しがるブルーに捕まるわけにはいかない。
いくら悲しくても自分はブルーよりもずっと大人で、ちゃんと歯止めが利くのだから。
越えてはならない一線どころか、もっと手前で踏み止まることが出来るのだから。
本音は言えない、悲しくても。
それに小さなブルーも可愛い、今のブルーも愛らしいから。
「…生憎と、俺は悲しいとまでは思わんな」
待つ楽しみもあるってもんだ、と少し本音を織り込んだ。
お前が大きく育つまで待とうと、それまでの日々も楽しいものだと。
けれど、相手は小さなブルー。心も身体も幼いブルー。
秘めた本音を読み取る代わりにプウッと膨れた、頬を膨らませてキッと睨んだ。
「ハーレイ、ちっとも悲しくないんだ!?」
あんまりだよ、とプンスカと怒り始めたブルー。
恋人同士だと言ってくれたから期待したのにと、ハーレイの心は冷たすぎると。
もうプンプンと怒っているから、いつまでも膨れっ面だから。
反則だけれど、とっておきの手を繰り出した。
ブルーの右手をキュッと握って、「温かいだろ?」と微笑んでやる。
「俺の心は冷たいらしいが、手は充分に温かいんだが?」と。
途端にブルーの頬が緩んで、「あったかい…」と嬉しそうだから。
これで良しとしよう、膨れっ面ではなくなったから。
(右手は必殺技だよなあ…)
メギドで冷たく凍えてしまったブルーの右手。
最後まで持っていたいと願った温もりを失くして、冷たく凍えたブルーの右の手。
温めてやるとブルーは喜ぶ、笑顔になる。
赤ん坊をあやすようだと思うけれども、今日はこの手で許して貰おう。
前のブルーが失くしてしまった温もりを返しに、温めてやろう。
「悲しくないの?」と訊かれた問いには、答えを返してやれないから。
自分の心に秘めた答えは、けして口には出せないから…。
ぼくがチビでも・了
※あの手この手で、ハーレイ先生に揺さぶりをかけるブルー君。
大人相手に敵いっこないのに頑張る姿も、きっと見ていて可愛いのでしょうv
- <<キャンプ用の椅子
- | HOME |
- 忘れられた買い物>>