忍者ブログ

キャンプ用の椅子

(そろそろ用意をしておかんとな?)
 もうすぐシーズンになるのだから、とハーレイは物置の方へと向かった。
 色々な物を仕舞ってある場所だけれど、今日の目的はテーブルと椅子。
 これからの季節に活躍してくれる、折り畳み式のキャンプ用。
 扉を開ければ直ぐに目に付く、きちんと整理してあるから。


 埃除けにと被せてあった布を剥がして、「よし」と頷く。
 テーブルも椅子も、去年の秋の終わりに仕舞った時から変わっていない。
 元々が屋外で使用するために作られているものだから。
 急な雨に降られたりしても傷まないように出来ているから、物置の中ならもう安心で。
 折り畳む部分が錆びもしないし、他の部分も色褪せたりはしていない。


 今年もこいつの季節が来たか、とテーブルと椅子を数えていて。
 柔道部の教え子たちの顔を思い浮かべて、充分に足りると確認していて。
(…ん?)
 不意に浮かんだ、柔道部とはまるで関係無い顔。
 柔道部員ではない、小さなブルー。
 五月の三日に再会を遂げた、前の生から愛した恋人。
 まだ十四歳にしかならないブルーが頭に浮かんだ、キャンプ用のテーブルを見ていたら。
 椅子は足りるかと、折り畳み式のを数えていたら。


 教師になってから、幾つもの学校に赴任したけれど。
 行く先々で柔道部や水泳部の顧問を任され、教え子たちを家に招いて来たけれど。
 これからの季節は家の中よりも庭が定番、屋外の季節。
 爽やかに晴れた初夏はもちろん、夏の盛りも運動部員たちには屋外が似合う。
 そのために用意してある折り畳み式の椅子とテーブル、庭に据えて使うためのもの。
 バーベキューやら、ピクニック風の軽食やらと、大活躍するキャンプ用。


 大量に食べてワイワイと騒ぐ来客たちにはピッタリだけれど、彼らの御用達なのだけれど。
(…どうやら、こいつは使えそうだな)
 ヤツらとは似ても似つかんが、と小さなブルーを想像してみた。
 テーブルが一つと椅子が二つあれば、ブルーの夢を叶えてやれる。
 叶えてやれないと断った夢を、今は無理だと断った夢を。


 「食事に行きたい」と強請ったブルー。
 いつもの場所とは違う所で食事をしたいと、ぼくを食事に連れて行って、と。
 けれども、何処かへ食事に行くなら、教師と生徒。あくまで教師と生徒の関係。
 親しく話すことなど出来ない、恋人同士の会話は出来ない。
 「お前が言うのはデートじゃないか」と断った。
 とてもではないが連れて行けないと、連れて行ってはやれないと。
 小さなブルーはしょげたけれども、出来ないものはどうにもならない。
 ブルーとデートに行けはしないし、食事にだって。
 けれど…。


(こいつがあったら、違う所で食事が出来るぞ)
 まずはお茶からだろうけど。
 ブルーの母にお茶とお菓子を運んで貰って、ティータイムからだろうけれど。
 それでも充分、デートにはなる。
 いつもと違った所でのお茶、それからお菓子。
 このテーブルと椅子を持って行ったら、ブルーの夢を叶えてやれる。
 ブルーの家の庭の何処かに、テーブルと椅子を据えたなら。


 これはいいな、と自画自賛したくなる思い付き。
 テーブルも椅子も折り畳めるから、車のトランクに入れて運べる。
 ブルーの家まで持って行ってやれる、そうしてデートの場所を作れる。
(こいつを置くのに似合いの場所は、と…)
 運動部員ならば日当りのいい庭の真ん中に行きたがるけれど、ブルーは多分、逆だろう。
 弱い身体に眩しい日射しは堪えるだろうし、置くのなら、日陰。
 何処がいいか、とブルーの家の庭を頭に描いて、庭で一番大きな木の下がいいと思った。
 広がった枝は丁度いい木陰をブルーのためにと作りそうだし、木漏れ日だって。


(うん、あそこだな)
 あの木がいい、と心に決めて。
 次にブルーの家へと出掛けた週末、明日も晴れだと天気予報が告げていたから。
 一番大きな木の下はどんな具合なのかと観察してみた、枝が作る影や陽の当たり方。
 思った通りに、あのテーブルと椅子を据えるのに良さそうだから。
 ブルーに断って階下へと下りた、ブルーの母に明日の段取りを伝えるために。
 「テーブルと椅子とを持って来るので、庭でティータイムにしたいのですが」と。


 そうして次の日、車のトランクに詰めて、運んで行ったテーブルと椅子。
 庭で一番大きな木の下、広げたキャンプ用のテーブルが一つと、二脚の椅子と。
「どうだ、木の下にお前の椅子が出来たぞ」
 座ってみろ、とブルーを促し、始まったデート。初めてのデート。
 いつものブルーの部屋とは違って、庭での二人きりのティータイム。


 食事と違って、パウンドケーキと冷たいレモネードの時間だけれど。
 ティータイムだけれど、それでもデート。
 小さなブルーと二人きりのデート、まるで祝福するかのように揺れた木漏れ日。
 それがシャングリラそっくりの形を作った、懐かしい白い鯨の姿を。
 テーブルの上に、光が描いたシャングリラ。


 ブルーと二人でそれを眺めて、遠い昔を懐かしんで。
 持って来てやって良かったと思う、キャンプ用の椅子とテーブルを。
 これの季節があって良かったと、思わぬ使い道があったものだと。
 運動部員たちのためにと用意していた、これからの季節に役立つテーブルと椅子。


(…まさかブルーとのデートに使えるとはなあ…)
 分からないものだ、と木漏れ日が描くシャングリラに心で呟いた。
 あの船に居た頃には、夢にも思いはしなかった。
 ブルーと二人で青い地球の上、デートをする日が来ようとは。
 自分がキャンプ用のテーブルと椅子を車で運ぶ日が来ようとは。
 夢のようだ、と心から思う。
 地球に来られたと、ブルーとデートをしているのだと…。

 

       キャンプ用の椅子・了


※ブルー君の家の庭にある、テーブルと椅子。始まりはキャンプ用のものでした。
 教え子たちと庭でワイワイやっていたハーレイ先生ならではの思い付きですv





拍手[0回]

PR
COMMENT
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
 管理人のみ閲覧
 
Copyright ©  -- つれづれシャングリラ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]