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(……ふうむ……)
 この所、とんと御無沙汰なんだが…、とハーレイが眺めた新聞広告。
 ブルーの家には寄れなかった日、夕食の後のダイニングで。
 折り込みチラシの広告ではなく、紙面に載っている広告。
 記事の下の方に、目に付くように。
 ブライダル関係の店のものだから、新郎新婦の写真もつけて。
 職業柄、列席することが多い結婚式。
 あちこちの学校に赴任するから、次々に増える同僚たち。
 自然と付き合いが増えてゆくだけに、結婚式への招待も多い。
 「是非、来て下さい」と声を掛けられ、招待状が送られて来て。
 以前の学校の同僚からも、ある日、招待状が届いて。
 けれど、最近、行ってはいない。
 小さなブルーと再会してから、ただの一度も。
(まあ、偶然ってヤツなんだがな?)
 それにその方が有難いが…、と思いもする。
 結婚式に招待されたら、確実に潰れてしまう休日。
 ブルーの家を訪ねたくても、結婚式が優先になってしまって。
(あいつが家でポツンとだな…)
 寂しく過ごしているだろう頃に、自分の方は結婚式に披露宴。
 新郎新婦を祝福した後、それは華やかなパーティーの席に招かれて。
(……なんだか、後ろめたいしな?)
 小さなブルーが憧れている結婚式。
 「早くハーレイと結婚したいよ」と夢を見ながら。
 他人のものでも、きっとブルーは「いいな…」と言うに違いない。
 幸せ一杯の新郎新婦を祝福できて、おまけにパーティーなのだから。
 「ぼくも一緒に行きたいのに…」などと、無茶なことを言って。
 招待されていない客など、披露宴には行けないのに。
 結婚式には、誰でも参列できても。
 教会の前を通りかかった人なら、その場で一緒に祝福できる習わしでも。


 そういう意味では、招待状が届かないのは嬉しいこと。
 ブルーが「いいな…」と零さないから。
 「すまんな」とブルーの家に行くのを断り、披露宴などに出なくていいから。
(…いずれ、あいつが主役になるまで…)
 招待状なんかは来なくていいな、という気がしないでもない。
 小さなブルーが大きく育って、結婚式を挙げられる日まで。
 ウェディングドレスか白無垢なのか、まだ決まってもいないけれども、花嫁衣装を纏って。
(それでも俺はかまわないなぁ…)
 ブルーの寂しそうな顔を見るより、結婚式には行けない方が。
 何度ポストを覗いてみたって、招待状が入っていない方が。
(…俺の年だと、どちらかと言えば、出す方で…)
 待っている者も、きっと少なくないだろう。
 学校の同僚たちはもちろん、柔道や水泳の仲間たちでも。
 「あいつの結婚式はまだか?」と気をもんでいる、大先輩だっているに違いない。
 若い頃には、モテていただけに。
 「プロの選手にならないか?」という声が来ていた頃には、女性ファンも多かったから。
(いい子を見付けて、結婚しろよ、と…)
 肩を叩いた先輩もいた。
 「今なら選り取り見取りだから」と、ウインクをして。
 プロの道には進まないにせよ、付き合っておけばいいだろうに、と。
(しかしだな…)
 何故だか、とんと御縁が無かった。
 あれほど女性に囲まれていても、花束などを貰っても。
 差し入れをくれた女性も多かったけれど、「付き合おう」とは思わないままで。
 デートの一つもしたことが無い、と明かせばブルーは喜ぶだろうか。
 女性の方では、「あれはデートだ」と思ったとしても。
 他の友人の「彼女」も交えて、バーベキューなどはしていたから。
 いつも差し入れをくれる女性たちを招いて、それは賑やかに。


(…ピンとくる子が、いなくてだな…)
 とうとう誰とも「付き合わない」まま。
 愛車の助手席に一人だけ乗せて、ドライブに出かけてゆくこともせずに。
 けれど、ブルーと出会わなかったら、どうだったろう。
 今も気楽な独り身のままで、のんびり過ごしていたならば…。
(ある日バッタリ、俺のファンだった誰かと出会ってだ…)
 せっかくだからと、一緒にお茶か、食事か。
 そして相手も独り身だったら、「またお茶でも」となっていたかもしれない。
 お互い時間はたっぷりあるから、気が向いた時に都合を合わせて。
 お茶に食事にと繰り返す内に、ドライブにも誘う日が来たろうか。
 「俺が車を出すから」と。
 車を運転するのは好きだし、行きたい先が一致したなら。
(そうして楽しくやっている内に…)
 とても気が合う、と気付いたならば、その後のことはトントン拍子。
 「自分の家」は持っているから、プロポーズして。
 子供部屋までついている家で、「俺と暮らしてくれないか」と。
(…断られるってことは、無いだろうしな?)
 婚約指輪を渡せたならば、日取りを決めて結婚式。
 この家に妻になる人を迎えて、きっと幸せ一杯の日々。
 やがて子供も生まれるだろうし、そうなれば自分は「パパ」になる。
 女の子だったら、お姫様のように大事にしたろうか。
 生まれて来た子が男だったら、柔道や水泳を教えたろうか。
(俺が親父に習ったみたいに…)
 釣りも教えたに違いない。
 女の子でも、ピクニックのついでに「やってみるか?」と。
 後ろから釣竿を支えてやって、「ほら、引いてるぞ」と。


 きっと、そういう人生もあった。
 ブルーと出会っていなければ。
 前の生から愛したブルーと、あの日に再会しなかったなら。
 忘れもしない五月の三日に、赴任した先の学校で。
 初めて入ったブルーのクラスで、小さなブルーに聖痕が現れなかったならば。
(……そうするとだ……)
 もしも、出会うのが遅すぎたら。
 小さなブルーと再会するのが、まだ何年も先だったなら。
(…俺はとっくに、嫁さんを貰っちまってて…)
 愛する子供の一人や二人も、いたかもしれない。
 家に帰れば「パパ!」と迎えてくれる子供が。
 夕食を作って「おかえりなさい」と、笑顔で待っている妻も。
(……それでブルーと出会ったら……)
 どうすればいいと言うのだろう。
 大切な妻も子供もいるのに、ブルーが目の前に現れたら。
 「帰って来たよ」と健気に微笑み、「ただいま」と瞳が煌めいたら。
(…俺が独身だったから…)
 そのままブルーを受け止めたけれど。
 「俺のブルーだ」と喜んだけれど、家族がいたなら、そうはいかない。
 どんなにブルーが愛おしくても、ブルーの想いは受け入れられない。
 そうすれば「家族」が壊れるから。
 妻も子供も、見捨ててしまうことになるから。
(俺には出来んぞ、そんな選択…!)
 どれほどブルーが欲しくても。
 ブルーの方でも、「ハーレイ」と一緒にいたがっても。


(…すまん、と頭を下げるしか…)
 なかったろうな、と容易に想像がつく。
 あの日、再会を遂げたブルーを、抱き締めることは出来なくて。
 「今の俺には、家族がいるんだ」と、消え入りそうな声を絞り出して。
 青い地球の上で再会できても、もう一緒には暮らせないから。
 ブルーの想いには応えられなくて、自分の恋さえ消すしかない。
 「今の自分」の大事な家族を、バラバラにしたくないのなら。
 愛する妻や可愛い子供を、捨てることなど出来ないから。
(……あいつも辛いが、俺だって……)
 とても辛くて、苦しい思いをしただろう。
 前の生から愛した人を、手に入れられなくて。
 そうするどころか、逆に別れを告げるしかなくて。
(あいつと会うのが、遅すぎたら…)
 全ては違っていたかもしれん、と恐ろしくなる。
 「そんなことは、無いに決まっているさ」と分かってはいても。
 ブルーに聖痕をくれた神なら、出会いの場まで用意してくれた筈、と知ってはいても。
(…俺に嫁さんと子供がいるってヤツは…)
 それだけは勘弁願いたいな、と改めて眺めた新聞広告。
 結婚式を挙げるのだったら、ブルーしか考えられないから。
 ブルーと式を挙げられないまま、妻や子供と暮らしてゆくのは辛すぎるから。
(本当に、少し遅すぎたら…)
 無いとは言えなかったんだ、と竦める首。
 ブルーと出会えて良かったよな、と。
 他の誰かと結婚式を挙げて、妻や子供に囲まれる前に…。

 

          遅すぎたら・了


※ハーレイ先生が気付いた、ブルー君との「出会いの時が遅すぎたら」という話。
 そんなことは無い、と分かってはいても怖いですよね。ブルー君と暮らせないなんて…。










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「おい、ブルー。…どうしたんだ?」
 元気が無いな、と尋ねたハーレイ。
 今日は休日、ブルーの部屋でのお茶の時間に。
 午前中から訪ねて来たのに、今日は元気が無いブルー。
 いつもは弾けるような笑顔も、何処か明るさが足りない感じ。
 もしかしたら具合が悪いのだろうか、と思うくらいに。
(こいつは、いつも無理をするから…)
 ハーレイに会える機会を逃さないよう、ブルーは無理をする。
 熱があるのに学校に来たり、風邪を引いても隠していたり、と。
 なんだか嫌な予感がするから、ハーレイは重ねて問い掛けた。
 今日は体調が悪いのか、と。
 そうしたら…。


「うん、ちょっと…。苦しくって…」
 だから元気が出ないんだよ、と答えたブルー。
 俯き加減で、如何にも何処かが苦しそうに。
「おいおいおい…。だったら、寝てなきゃ駄目だろうが!」
 早くベッドに入らんか、とハーレイはベッドを指差した。
 「パジャマに着替えて寝た方がいい」と、真顔になって。
 小さなブルーは、今の生でも身体が弱い。
 じきに寝込んでしまうタイプで、学校の方も休みがち。
 「ハーレイの授業がある日だから」と、無理をしたりして。
 学校でパタリと倒れてしまって、早退になって。
 平日はともかく、休日まで無理をすることはない。
 ブルーがベッドに入っていたって、黙って帰りはしないのだから。


 さっさと寝ろ、と言っているのに、ブルーは首を横へと振った。
 「苦しいんだけど、大丈夫」などと、首を傾げて。
 「ハーレイがいるから、すぐに治るよ」と微笑みもして。
「それが無茶だと、何故、分からん!」
 苦しい時には寝ないといかん、とハーレイは叱ったのだけど…。
「ホントだってば、苦しい場所なら、ぼくの胸だから」
「なんだって? 風邪とかよりも酷いだろうが!」
 病院に行った方がいいぞ、と慌てたハーレイ。
 ブルーは持病は持っていないし、「胸が苦しい」など有り得ない。
 何かの病気の兆候だったら、早めに医者に診せるべき。
 こんな所で押し問答をしている間に、一刻も早く。
「お母さんには言ったのか? お父さんに車を出して貰え」
 俺が呼びに行った方がいいのか、と腰を浮かせかけたら…。


「大丈夫だって言ったでしょ? 胸なんだから」
 お薬だって知っているし、とブルーは笑んだ。
「お前、そういう病気だったか?」
「そうなんだけど…。ハーレイがキスをしてくれないから…」
 胸がとっても苦しくって、と小さなブルーが閉ざした瞼。
 「ぼくにキスして」と、「そしたら、すぐに治るから」と。
「馬鹿野郎!」
 そのまま、ずっと苦しがってろ、とハーレイが小突いた恋人の額。
 十四歳にしかならないブルーに、キスはしないと決めているから。
 どんなにブルーが欲しがろうとも、唇へのキスは絶対に禁止。
 「苦しいんだけど」と言われても。
 それが病気の特効薬でも、ブルーに「ケチ!」と膨れられても…。




           苦しいんだけど・了









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(……えーっと……)
 そろそろ持って来てくれるのかな、と小さなブルーが思ったこと。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した恋人。
 きっと近い内に、その人が持って来てくれる筈。
 夏ミカンの実から作った、金色をしたマーマレードを。
 隣町で暮らすハーレイの両親、優しい人たちからのプレゼントを。
(マーマレード、ずいぶん減って来たから…)
 ハーレイに告げてはいないけれども、催促する気も無いのだけれど…。
(切らしちゃう前に、絶対、届けてくれるんだものね)
 学校の帰りに寄る日ではなくて、週末に。
 土曜日だとか日曜が来たら、マーマレードの瓶を紙袋に入れて提げて来て。
(受け取っちゃうのは、ママなんだけど…)
 ハーレイの声が耳に聞こえるよう。
 「もう、そろそろかと思いまして」と、マーマレードを手渡す時の。
 部屋の窓から見下ろしていたら、笑顔の二人が見えるから。
 マーマレードが入った袋が、ハーレイの手から母の手に移動してゆくのも。
(…多分、今度の土曜か、日曜…)
 そんな景色が窓から見られることだろう。
 門扉の脇のチャイムが鳴って、ハーレイに手を振ろうとしたら。
 「ぼくは此処だよ!」と精一杯に手を振っていたら、振り返されて。
(…ママが門扉を開けに行くから…)
 其処から庭に入った所で、マーマレードが引越しをする。
 ハーレイの手から、母の手へと。
 母にキッチンへと運んでゆかれて、この家のダイニングが定位置になって。


(マーマレード、ママたちも大好きだもんね?)
 夏ミカンの実のマーマレードは、とても美味しい。
 太陽の光を閉じ込めたような、金色に輝くマーマレード。
 一度食べたら、きっと誰もが気に入るだろう。
 家にある間は、毎朝、食卓に置きたくなって。
 こんがりキツネ色に焼けたトースト、それにたっぷり塗り付けたりして。
(…スコーンに塗っても、美味しいんだよ)
 遥かな昔は、スコーンを食べるのにマーマレードは、マナー違反だったらしいけれども。
 マーマレードは朝食のもので、午後のお茶には出さないもので。
(そんなこと、今は言わないものね)
 初めて貰ったマーマレードは、ハーレイと一緒にスコーンに塗った。
 庭で一番大きな木の下、白いテーブルと椅子の所で。
 ハーレイと初めてデートした場所で、母に注文したスコーンを二人で頬張って。
(だけど、あの時のマーマレードは…)
 一番乗りで食べるつもりが、両親に先を越されていた。
 起きて行ったら、朝のテーブルにマーマレードの瓶が置かれて。
 父が「美味いぞ」と笑顔を向けて、母も優しく微笑んでいて。
(…ぼくが貰ったマーマレードなのに…)
 本当の所はそうだったのに、両親に言えるわけがない。
 「未来のハーレイのお嫁さん用に、くれたんだから」なんて。
 ハーレイも、そうは言えはしないし、「皆さんでどうぞ」と差し出すしかない。
 だから、夏ミカンの実のマーマレードは…。
(……パパとママが、先に食べちゃってても……)
 ごくごく自然で、普通のこと。
 まだぐっすりと寝ている息子は、放っておいて。
 けして「放っておく」つもりなど無くて、親切に瓶を開けてくれただけ。
 一人息子が起きて来たなら、マーマレードを食べられるように。
 ハーレイが家を訪ねて来た時、「美味しかったよ」と報告できるようにと。


 そうだったのだと分かっているから、言えなかった文句。
 とてもガッカリしたのだけれども、「酷い!」と怒りはしなかった。
 ただションボリと肩を落として、ハーレイの顔を見上げただけ。
 「マーマレード、先に食べられちゃった」と、悲しい気持ちを訴えながら。
(…じきに空っぽになっちゃうよ、って…)
 その心配も口にした。
 両親も「美味しい」と褒めているなら、マーマレードは早く減ってゆく。
 朝の食卓に、毎日、置かれて。
 父も母もスプーンでたっぷり掬って、トーストに塗るのだろうから。
(最後の一口は、ぼくが貰えても…)
 マーマレードは、それでおしまい。
 また食べたくても、二度と貰えはしないから。
 ハーレイの両親がくれたプレゼントは、一回限りの特別なもの。
 二度目なんかがあるわけがないし、金色に輝くマーマレードは、その内に…。
(すっかり空になってしまって、瓶だって…)
 母が返すのに違いない。
 綺麗に洗って、「また、お使いになるんでしょう?」と。
 来年のマーマレード作りに備えて、ハーレイの母の手元に戻るように。
(そうなっちゃうよ、って思ってたから…)
 気分はドン底だったけれども、ハーレイは笑い飛ばしてくれた。
 「そんな心配なら、要らないぞ」と。
 マーマレードは山ほどあるから、気に入ったのなら、くれるという。
 「特別なプレゼント」とは違うけれども、いくらでも。
 いつか新しい家族に迎える子供のためなら、ハーレイの両親も喜ぶから、と。


(……ホントに、ハーレイが言った通りで……)
 マーマレードが半分くらいに減って来た頃、「まだあるのか?」と尋ねられた。
 「切れちまったら、大変だしな?」と、新しく届けられた瓶。
 前に貰ったのと、そっくり同じ。
 太陽の光を詰め込んだ瓶を、ハーレイは提げて来てくれた。
 「お母さんに渡しておいたからな」と、パチンと片目を瞑ってみせて。
 それ以来、ずっと続いているのが、マーマレードの定期便。
 「そろそろかな?」と思っている間に、新しい瓶がやって来る。
 ハーレイは片手でポンと開けるのに、両親は開けるのに手間取る瓶が。
 しっかりと蓋が閉まっているから、そう簡単には開かない瓶が。
(…ハーレイが帰って行く時は…)
 空の瓶を提げてはいないけれども、それは前のが残っているから。
 瓶がすっかり空になったら、母が洗って手渡している。
 「頂いてばかりですみません」と、帰り際に。
 「お母様たちにも、よろしくお伝え下さいね」と。
(…ハーレイのお父さんと、お母さん…)
 まだ会ったことは無いけれど。
 写真さえも見せては貰えないけれど、ハーレイの父は釣りの名人。
(ヒルマンに、少し似てるって…)
 前にハーレイから、そう聞かされた。
 マーマレード作りの名人の母は、誰に似ているとも聞いていないから…。
(…前のぼくだと、ピンと来ない顔…)
 白いシャングリラでは、見なかった顔に違いない。
 ついでに今の学校の中にも、ハーレイの母に似た人はいない。
(どんな顔のお母さんなんだろう?)
 まるで想像できないからこそ、一日でも早く会いたいと思う。
 隣町の家に、出掛けて行って。
 ハーレイの車の助手席に乗って、庭に夏ミカンの木がある家まで。


 その日が来るのが楽しみだよね、と思った所で気が付いた。
 今のハーレイには両親がいて、父はヒルマンに少し似ているけれど…。
(…前のハーレイだと、お父さんなんか…)
 何処を探してもいなかった。
 養父母はいても、血が繋がった両親などは。
 その上、養父母の記憶も失くして、子供時代は無いも同然。
 前の自分も全く同じで、あの時代には無かった「家族」。
 赤いナスカで、トォニィたちが生まれるまでは。
(…今だと、いるのが当たり前なのに…)
 家族がいるって、普通なのに、と驚かされた。
 今の自分には「普通のこと」でも、前の自分には「違う」らしい、と。
 家族なんかは持っていなくて、いつか持てるとも思わなかった。
 そういう世界ではなかったから。
 機械が選んだ親子関係、それだけが「家族」だったから。
(…今のぼくは、ハーレイのお父さんとお母さんの…)
 新しい息子だと言って貰えて、いずれ本当に息子になれる。
 前の自分と同じ背丈に育ったら。
 今のハーレイと結婚したなら、ハーレイの家族になるのだから。
 ハーレイの両親の子供になって、ハーレイの方も…。
(…パパたちの息子になるんだよね?)
 ちょっとビックリ、と目が丸くなる。
 父と殆ど年が変わらないハーレイなのに、「息子」だなんて。
 母とも兄妹で通りそうなのに、やっぱり「息子」。
(家族がいるって、うんと素敵で…)
 面白いよね、と可笑しくなる。
 ハーレイが両親の息子になったら、「大きすぎる息子」なのだから。
 けれど、その日が待ち遠しい。
 ハーレイの家族になれる日が来たら、二人で暮らしてゆけるから。
 前の生から焦がれた青い地球の上で、ハーレイと家族になれるのだから…。

 

         家族がいるって・了


※ブルー君には、当たり前のようにいる両親。今のハーレイにも、いて当たり前。
 けれども、前は違ったのです。それが今度は、ハーレイの家族になれるんですよねv










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(……ふうむ……)
 そろそろ頼んでおかないと、とハーレイが思い浮かべた恋人。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
(この前、持って行ったのは…)
 いつだったか、と指を折りながら、考えるのはマーマレードのこと。
 小さなブルーも大好物の、夏ミカンの実で作られたもの。
(親父とおふくろからのプレゼントだ、と…)
 初めて届けてやった日のことは、今も決して忘れはしない。
 いつか家族になるブルーのために、と隣町に住む両親が寄越したマーマレード。
 夏ミカンの木は、その家のシンボルツリーだから。
(金色の実がドッサリ実ったら、親父が採って…)
 せっせとキッチンに運び込むのを、母が洗ってマーマレードに仕上げる。
 皮を剥いて、マーマレード用に刻んで。
 中の実だって、きちんと果汁を搾り取って。
(トロトロになるまで、鍋でコトコト煮込んでだな…)
 それから瓶詰め、その瓶がまた特別と来た。
 蓋がしっかり閉まっているから、並みの力では開かないと聞く。
(俺だと、片手でポンと開くんだが…)
 ブルーの家では、そんな具合にはいかないらしい。
 「開け方にコツがあるんですか?」と、ブルーの両親に尋ねられたほど。
 新しい瓶を開ける時には、二人がかりだと言っていた。
 ブルーの父が全力で捻って、ブルーの母がサイオンを乗せて。
(そうやって開けたマーマレードを…)
 両親に先に食べられてしまった、と嘆いたブルー。
 一番最初のマーマレードは、そうなったから。
(まさかブルーにプレゼントだとは、言えんしな?)
 皆さんでどうぞ、と渡した結果が、それだった。
 ブルーは一番乗りを逃して、両親が先に食べてしまって。


 夏の日の出来事だったけれども、マーマレードは今は定番。
 決して切れることが無いよう、早めに届けに出掛けている。
 ブルーの家の朝の食卓、そこに金色があるように。
 隣町の家で生まれたマーマレードを、ブルーに食べて貰えるように。
(明日あたり、親父に通信を入れて…)
 一瓶、届けて貰わなければ。
 ブルーのためのマーマレードを。
(纏めて頼めば、早いんだがな…)
 マーマレードの瓶なら、隣町の家に山ほど。
 一度に幾つか貰っておいたら、当分の間は、頼まなくても済むけれど…。
(それじゃ、親父が納得しないんだ)
 おふくろもな、と分かっている。
 すっかり大きく育ってしまった息子であっても、子供は子供。
 いつまで経っても「大事な息子」で、かまいたくなってしまうもの。
 マーマレードを届けるついでに、他にも何かついてくるとか。
(おふくろが多めに作ったから、と…)
 父が総菜を持って来ることは珍しくない。
 そうかと思えば、帰宅したら父がいることだって。
 「先にやってるぞ」と夕食を作って、味見しながら待っているとか。
 釣って来た魚を自分で捌いて、「美味そうだろう?」と得意げな顔で。
(…今度も、きっとそうなるんだな)
 ブルーのためにと、マーマレードを頼んだら。
 「纏めて届けてくれればいいから」と言っておいても、そうはしないで。
(お前の分も、届けに来たぞ、という程度でだ…)
 マーマレードは、二瓶もあれば上等だろう。
 次に届けに来る時のために、最初から数を控えめにして。


(…はてさて、親父が釣った魚か、おふくろの料理か…)
 今度のオマケは、どちらだろう。
 「マーマレードを届けてくれ」と頼んだら。
 通信機の向こうで、父か母かが、ブルーの家に届ける分もだ、と確認したら。
(どっちになるかは、分からんな…)
 きっと、その日の両親の都合と気分次第。
 「釣りに行くか」と父が思っていたなら、父が得意な魚料理。
 特に計画していなかったら、母が何かを作るのだろう。
 「多めに作ったから」と言いつつ、初めから「多めに作る」つもりで。
 普段は離れて暮らす息子に、「おふくろの味」を届けたくて。
(…どっちにしたって、美味いんだ…)
 父が作った魚料理も、母が作ってくれる料理も。
 どちらも子供の頃から馴染んで、数え切れないほど食べて来たから。
(ゴージャスな飯でなくっても…)
 美味しく感じられるもの。
 父が、母が、作ってくれるのだから。
 もう文字通りに「おふくろの味」で、ついでに「親父の味」になるから。
(いいもんだよなあ…)
 家族ってのは、と改めて思う。
 いずれ家族が増えた時には、ブルーも「あの味」に馴染むのだろう。
 両親が心待ちにしている「新しい息子」。
 今は夏ミカンの実のマーマレードだけしか、ブルーには食べて貰えないけれど。


 いつかブルーと結婚したなら、一人増える家族。
 その日を思うと頬が緩むし、早く両親に紹介したい。
 「この子がブルーだ」と、前に押し出して。
 恥ずかしがって頬を染めていたって、「遠慮するな」と両親の家に連れて入って。
(…そうなりゃ、四人家族になるんだ)
 今は三人家族だけれども、ブルーが入れば四人になる。
 ダイニングの椅子も、ブルーの分が増えるのだろう。
(…椅子の数だけは、今でも足りているから…)
 新しく買いはしないとしても、そこに出来る「ブルーのための席」。
 その席は、きっと…。
(俺が昔から座ってた席の、すぐ隣だな)
 あそこだろう、と目に浮かぶよう。
 ブルーが其処に座る姿も、今の小さなブルーのままで。
(流石に、チビじゃないんだろうが…)
 前とそっくり同じ背丈に育ったブルーが、新しい家族になるとは思う。
 けれど頭に浮かぶのはチビで、十四歳にしかならないブルー。
(すっかり馴染んじまったからなあ…)
 今のあいつに、と苦笑していて気が付いた。
 遠く遥かな時の彼方と、今の違いに。
 前の自分が生きた世界と、青い地球での暮らしは違うということに。


(……家族なんかは……)
 何処を探してもいやしなかった、と前の生の記憶を遡ってゆく。
 ナスカの子たちが生まれて来るまで、あの世界に「家族」はいなかった。
 子供は全て、人工子宮から生まれた時代。
 それを養父母たちが育てて、十四歳を迎えたら…。
(成人検査で、養父母と引き離されちまって…)
 子供時代の記憶も消されてしまったほど。
 大人の社会で生きてゆくのに、子供時代は不要とされて。
(俺たちみたいに、ミュウじゃなくても…)
 両親の記憶は薄れてしまって、誰も疑問に思わなかった。
 そういうものだと誰もが信じて、逆らいさえもしなかった世界。
(……あそこで生きていた俺は……)
 成人検査と、その後に受けた人体実験、それに記憶を奪い去られた。
 養父母の記憶は欠片も残らず、前のブルーも全く同じ。
 それが今では、二人とも「家族」を持っている。
 今の自分には、隣町に住む父と母。
 チビのブルーには、同じ家で暮らす両親が。
(でもって、俺たちが結婚したら…)
 どちらの家にも、家族が一人増えるのだろう。
 「新しい息子」が一人ずつ。
(…俺の場合は、えらくデカすぎる息子なんだが…)
 あいつの親父さんと変わらないぞ、と可笑しいけれども、新しい息子には違いない。
 ブルーの父とは、それほど年が変わらなくても。
 母の方とも、兄妹で通りそうな年でも。


(面白いもんだな…)
 家族がいると、と今の自分には「当たり前」のことが面白い。
 前の自分が生きた時代と比べたら。
 「おふくろの味」さえ無かった世界を、こうして思い返してみたら。
(…まさに神様に感謝ってヤツだ)
 ブルーと出会えたことも嬉しいけれども、「家族がいる」のが、とても嬉しい。
 本物の父と母がいるのが、そして家族が増えてゆくのが。
(どっちにも親戚がいるもんだから…)
 更に繋がりは広がってゆくし、なんと素晴らしい世界だろう。
 「家族がいると、こうも違うか」と何もかもが違って見えてくる。
 そんな世界で、いつかはブルーと…。
(新しい家族になれるんだ…)
 結婚してな、と大きく頷く。
 大切な未来の家族のためにも、マーマレードを頼んでおこう。
 「届けてくれ」と、隣町の家に通信を入れて。
 いつか家族になるブルーの家まで、マーマレードを届けなければいけないから…。

 

          家族がいると・了


※今のハーレイには「当たり前のように」いる両親。隣町で離れて暮らしてはいても。
 けれど、前の生では家族なんかはいなかったのです。それが今度は、ブルーとも家族にv









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「ねえ、ハーレイって…」
 おじさんだよね、と小さなブルーが傾げた首。
 今日は休日、ハーレイはブルーとテーブルを挟んで向かい合わせ。
 午後のお茶を楽しんでいたのだけれども、妙な質問が飛び出した。
 「おじさんだよね?」と、今はチビになった恋人の口から。
(……おじさんだって?)
 まあ、おじさんには違いないが…、とハーレイが浮かべた苦笑。
 生まれ変わって来た恋人は、十四歳にしかならない子供。
 それに比べて自分はと言えば、とうに三十八歳だから。


「おじさんなのか、と訊かれたら、違うとは言えないな」
 お前から見れば「おじさん」だろう、とハーレイは頷いた。
 どう考えても「お兄さん」と呼んで貰える年ではない。
 相手が、ブルーと違っても。
 ブルーと同い年の他の生徒でも、もっと上の学年の生徒でも。
「そうだよね…。今のハーレイ、おじさんだものね…」
 仕方ないかな、とブルーが呟く。
 「おじさんなんだし、おじさんらしくしないとね」などと。
「おいおいおい…。何なんだ、その、おじさんってのは」
 おじさんらしく、とは何のことだ、とハーレイは目を丸くした。
 外見のことを言っているなら、もう充分に「おじさん」だろう。
 若作りなどしてはいないし、何処から見たって中年だから。


(おじさんらしい、という意味で言ったら、俺はとっくに…)
 立派な中年男なんだが…、と考えていたら、微笑んだブルー。
 それは愛らしく、天使のように。
「えっとね…。おじさんっていうのは、紳士でしょ?」
「はあ?」
「お兄さんは紳士じゃないと思うし、おじさんが紳士」
 そうじゃないの、とブルーが見詰める。
 赤い瞳で「紳士は、おじさんのことじゃないの?」と。
「それはまあ…。紳士と言うなら、そこそこの年だな」
 学生なんかじゃ、まだ紳士とは言えんだろう、と返した答え。
 若い紳士もいるのだけれども、「一般的には、おじさんだな」と。


「やっぱりね…。だから仕方がないんだけれど…」
 紳士だものね、と繰り返すブルー。
 「今のハーレイは、おじさんだから」と謎の台詞を。
「さっきから何を言っているんだ? 俺にはサッパリ…」
 言葉の意味が掴めんのだが…、と問い返したら。
「ハーレイ、紳士だからキスしないんでしょ?」
「なんだって?」
「紳士らしく、って思ってるから、キスはお預け…」
 おじさんだものね、とブルーが零した溜息。
 「年相応に振る舞ってるから、ぼくにキスは無し」と。


「馬鹿野郎!」
 俺がおじさんで悪かったな、とブルーの頭に落とした拳。
 痛くないよう、軽く、コツンと。
 「そう思いたいのなら、思っておけ」と「その手は食わん」と。
 ブルーにキスをしない理由は、今のブルーが子供だから。
 あの手この手で誘われようとも、キスをしようとは思わない。
 たとえ「おじさん」と言われても。
 中年にしか見えない姿を、若い恋人に指摘されようとも…。




         おじさんだものね・了










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