(シャツは洗濯…)
暑かったもんね、とブルーは制服を脱いだ。
今の季節は上着は無いから、白い半袖シャツだけれども。
如何にも制服といった感じの襟付きのシャツと、夏物のズボン。
それで全部で、普段着に着替えたら、ズボンはピシッと畳んで吊るした。
こうしておいたら皺が伸びるし、明日も気持ち良く着られるから。
シャツは洗濯、今の季節は二日続けては着られない。
部屋の掃除は自分でするのがブルーだけれども、洗濯まではしないから。
母任せだから、脱いだシャツを抱えて階段を下りた。
おやつの前にと、洗濯用の籠に入れに行ったら。
軽く畳んで籠に入れたら、通り掛かった母に言われた。
「おやつを食べたら、昨日のシャツを部屋に持って行ってね」と。
ダイニングに置いてあるという。
ブルーの部屋まで届けるつもりが、来客があって行けていないと。
プレスしてきちんと畳んであるから、持って帰ってと。
(んーと…)
制服のシャツ、とダイニングを見回し、自分の椅子の上にそれを見付けた。
上に腰掛けたら皺になってしまうし、隣の椅子へと移動させて。
それから用意してあったおやつ、母が焼いておいてくれたレモンのケーキ。
レモネードも自分でグラスに注いだ、氷を入れて。
外の暑さがスウッと抜けてゆく、心地良さ。
身体にこもった熱が薄れて、背筋がシャンと伸びてくる。
今日は一日暑かったけれど、ダウンしないで元気でいられた。
体育は日陰に逃げていたけれど、グラウンドだったから木陰で見学していたけれども。
明日も元気に登校せねばと、おやつを食べ終えて立ち上がった。
二時間目にあるハーレイの授業、それを逃したら大変だから。
休んでしまったら悲しくなるから、体調管理は抜かりなく。
冷たいレモネードがいくら美味しくても、飲みすぎたら身体を冷やすから。
おかわりしたいのをグッと堪えて、空になったグラスとケーキのお皿をキッチンへ。
母に「御馳走様」と渡して、ダイニングに戻って、さっきの制服。
椅子に置いてあったシャツを抱えて、自分の部屋へ。
足取りも軽く階段を上り、部屋の扉をパタンと開けて。
(えーっと、シャツは、と…)
皺にならないよう先に仕舞っておかなくては、と覗いた引き出し。
替えのシャツが何枚か入っているから、其処へと入れるだけなのだけれど。
(どれも、おんなじ…)
洗った順番も分からないくらい、そっくりの顔をして並んだシャツたち。
襟まできちんとプレスしてある白い半袖シャツの群れ。
まるでおんなじ、と持って来たシャツを入れたら区別がつかなくなった。
此処へ入れた、という記憶が無ければ、もうどのシャツだか分からない。
制服のシャツだけに個性も何もありはしないし、そっくりのシャツが並んでいるだけ。
ホントに同じ、と眺めている内に可笑しくなった。
友達のシャツが紛れていたって、きっと分からないことだろう。
明らかにサイズが違うとなったら分かるけれども、そうでなければ。
(名前でも書かなきゃ分からないよね?)
一目で分かる襟の内側とか…、と見詰めたけれども、シャツに名前を書くなんて。
まるで小さな子供みたい、と白いだけのシャツを眺めていたら。
こんなシャツでは誰のシャツかも分かりやしない、とクスクス笑っていたら…。
(…みんなと同じ?)
同じ制服、と急に視界がパアッと開けたような感覚。
クリアに澄んだ意識の向こうで、前の自分の記憶が跳ねた。
同じ制服だと、他のみんなと同じ制服を着ているのだと。
(そっか、制服…!)
前の自分も常に制服を着ていたけれど。
普段着は無くて、いつも制服だったけれども、その制服は自分一人だけ。
他の仲間とは違った制服、ソルジャーだけが纏った制服。
服だけを見れば誰でも分かった、それを着ているのが誰なのか。
前の自分の顔を見ずとも、あの服だけで。
それが今では…。
(…そっくり同じ…)
誰の制服も自分と同じで、シャツもズボンもサイズが違うというだけのこと。
学校の生徒は同じ制服、同学年の生徒はもちろん、それこそ最高学年でも。
きっと服だけなら誰も分からない、ブルーなのか、他の生徒なのか。
体格や顔が伴わなければ、きっと誰にも分かりはしない。
(今度の制服、ぼくだけじゃないよ…!)
もう特別ではなくなったのだ、と嬉しくなった。
みんな同じだと、誰でも同じ制服なのだと。
つまりは軽くなった責任、ただ学校の生徒というだけ。
制服を着ている年に相応しく、自覚を持って振舞えばいいというだけのことで。
(…すっごく自由…)
同じ制服でも全然違う、とシャツを眺めた、さっき吊るしておいたズボンも。
今の自分はただの生徒で、制服は学校に通っていることを示すだけのもので。
(なんだか素敵…)
そっくりのシャツでも、名前が無ければ誰のか分からないような白いシャツでも。
そういう制服を着てもいいのが今の時代で、今の自分で。
ソルジャーではなくて、普通の生徒。
それが最高に幸せな気分。
名前を書かねば紛れてしまいそうな制服、それが自分の幸せの証。
今度は制服に縛られはしなくて、みんなのと同じなのだから…。
みんなと同じ服・了
※ブルー君の制服、すっかり平凡になったようです。ソルジャーだった頃と違って。
みんなと同じデザインの制服で軽い責任、それが幸せなブルー君ですv
(…前の俺かもな?)
もしかしたら、とハーレイは一瞬手を止め、それからゆっくりとボタンを外した。
ワイシャツの袖口、小さな白い貝ボタン。長袖のワイシャツの付属物。
それを外して、バサリと脱いで。
家で着る半袖のシャツを頭から被った、ボタンなどついていないのを。
伸縮性のある生地、頭と腕とを通すだけで着られるラフなシャツ。
そういったシャツも嫌いではなくて、今の季節は家で着るならこれなのだけれど。
これに限ると思うけれども、学校に行くなら長袖のシャツ。
きちんとプレスした長袖のワイシャツ、それしか考えられなくて。
暑くても半袖などは論外、あくまで長袖、袖口のボタンをカッチリと留めて。
今日も朝から暑そうな陽が射していたけれど。
暑くなりそうだと思ったけれども、迷わずに袖を通した長袖。
袖口のボタンを留めた後にはネクタイも締めた、これまた普段とまるで同じに。
ワイシャツにネクタイ、それぞれ好みはあるけれど。
このワイシャツにはこのネクタイだと、自分なりの決まりもあるけれど。
暑い季節も長袖のワイシャツ、それにネクタイ、これも自分の決まりでルール。
教師の服装に決まりは無いのに、何を着て行ってもかまわないのに。
極端な話、柔道着を着て授業をしたってかまわない。
水着姿は流石にマズイが、それは水着は服ではないから。
およそ服なら、世間で服で通るものなら、それで授業をしてかまわない。
職員室や会議の席でも誰も咎めはしないし、柔道着で一日過ごせる学校。
なのに何故だか、自分の中ではワイシャツにネクタイ、それが定番。
おまけに夏でもワイシャツは長袖、袖をまくりはしないのが自分。
ネクタイだって緩めはしないし、そういうものだと思っていた。
教師になって直ぐの頃から、何の疑いもなくそう考えた。
暑い季節もカッチリ長袖、ネクタイもきちんと締めるものだと。
今日もそうした、一日をそれで過ごして来た。
案の定、暑い日だったけれども、今の季節はそんなもの。
冷房の効いた校舎から出たら暑かったけれど、苦にもならないし気にしてもいない。
そういう季節なのだから。暑くて当然なのだから。
(…育ちのせいだと思ってたんだが…)
礼で始まり、礼で終わるのが柔道だったし、水泳の世界も上下に厳しい。
そうした世界で過ごして来たから、学生時代を過ごしたから。
教師の道に進むにあたって、スーツにネクタイ、ワイシャツなのだと自分で決めた。
隙の無いスーツを制服にしようと、自分の制服にしておこうと。
だから夏でも半袖は論外、上着が無い分、余計にきちんと。
長袖のワイシャツ、それにネクタイ、どちらもカッチリ、隙の無いように。
同僚たちも「流石はハーレイ先生ですね」と、育ちのせいだと思っているけれど。
自分でもそうだと思い込んでいたし、全く疑いもしなかったけれど。
(…前の俺のせいか?)
そんな気がしてきた、長袖のワイシャツとネクタイの自分。
暑い季節でも「俺の制服だ」とカッチリ着込んで出掛ける自分。
(…前の俺よりは…)
かなり楽になったと思える制服、自分が決めたスーツの制服。
襟元を締め付けるマントも無ければ、仰々しい肩章もついていなくて、普通のスーツ。
その気になったらネクタイは直ぐに緩められるし、上着も脱げる。
ワイシャツのボタンも、襟元も袖口も外して寛いでもかまわない。
現にそうしている時もあった、その方がいいと思った時は。
生徒の前ではしないけれども、同僚たちと休憩するような時は。
てっきり自分のルールだとばかり、育ちのせいだと考えたけれど。
疑いもせずに信じたけれども、もしかしたら、今の自分のスーツや長袖などは…。
(…前の俺のつもりで着ているのか?)
記憶は全く無かったけれども、制服はきちんと着込まねば、と。
カッチリ着込んで隙の無いよう、人前に出るならそうすべきだと。
前の自分はそうだったのだし、キャプテンという立場もそうしたもの。
少しの乱れもあってはならない、それでは船を纏められない。
言動も、もちろん制服も。
そうなってくると…。
暑い季節も長袖のワイシャツ、ネクタイを締めて出掛ける自分。
教師をやるならスーツなのだと、制服を勝手に作った自分。
武道を嗜み、先輩たちから厳しく礼儀を仕込まれたがゆえの矜持なのだと思ったけれど。
(…前の俺のせいかもしれないな…)
むしろそうだな、と苦い笑いが零れて落ちた。
武道とは何の縁も無かった前の自分が制服を決めた、同僚も自分も疑いもしなかった制服を。
そう思うと少し可笑しくもなる。
スーツを着込んだキャプテン・ハーレイ、スーツで舵を握ったならば、と。
白いシャングリラのブリッジでスーツ、ネクタイを締めて、ワイシャツを着て。
柔道着よりかは似合いそうだから、また笑う。
俺はスーツを制服に選んだつもりだったが、前の自分が決めたのかと…。
長袖のワイシャツ・了
※暑い季節も長袖を着ているハーレイ先生、きっとカッコよく見えるのでしょうが。
前世が影響していたようです、キャプテンの制服、威厳たっぷりですしねv
(変わってないけど…)
ぼくは変わっていないんだけど、と小さなブルーが覗き込んだ鏡。
其処に映った自分の姿は少しも変わっていないのだけれど。
今日はそのまま昨日の続きで、昨日は一昨日からの続きで、途切れない時間。
お風呂から上がってパジャマ姿で、制服を着てはいないけど。
普段着だって着てはいないけれども、それでも時間は繋がったもの。
生まれた時から一度も途切れず、今日まで流れて、今も流れて。
鏡に映った自分は自分で、今日も、昨日も、その前だって…。
鏡の中には今までと全く変わらない自分、十四歳の子供の自分。
よくよく知っている顔で、間違えようもなくて、もう本当に自分だけれど。
何処も少しも変わったとは思えないけれど。
(…世界が丸ごと変わっちゃった…)
変わってないけど変わっちゃった、とキョロキョロと部屋を見回した。
見慣れた勉強机に本棚、それにベッドといった家具。
窓際に置いてあるテーブルと椅子は、来客用にと買って貰ったもの。
どれもこれも馴染んだものだけれども、少しも変わっていないのだけれど。
部屋の中だって昨日の続きで、昨日は一昨日からの続きで。
時間は一度も途切れていなくて、ずうっと流れているのだけれど…。
まるで変わらない自分の姿と、自分を取り巻く小さな世界と。
何もかも少しも変わっていなくて、この部屋から出てもそれは同じで。
扉を開ければ二階の廊下で、父や母の部屋へも繋がっている廊下。
廊下を歩いて階段を下りれば、ダイニングにリビング、キッチンや客間や。
そういった所を全部通り越して玄関の扉を開けてみたって。
其処から外へと踏み出したって、世界はちっとも変わってはいない。
庭を横切って門扉から出ても、更に外へと歩いて行っても。
何処まで行っても変わらない世界、昨日の続きで繋がった世界。
でも…。
何も変わりはしないけれども、少しも変わっていないのだけれど。
世界は昨日の続きの世界で、自分も昨日の続きの自分で。
本当に何も変わらないけれど、なのに丸ごと変わってしまった。
普段は忘れているけれど。
今の普通の幸せに酔って、それが当たり前で、すっかり忘れているけれど。
(…前のぼくの世界…)
前の自分を、ソルジャー・ブルーだった自分を思い出したら世界は変わる。
何もかもがまるで違って見える。
自分も、自分を取り巻く世界も、途切れずに流れ続ける時間も。
(終わってしまった筈だったんだよ…)
前の自分が生きていた世界。見ていた世界。
それは終わった、あの日、メギドで。
遥かな昔に流れ去ったらしい日、時の彼方に去って行った日。
白いシャングリラを、ミュウの未来を守るためにだけ、メギドへと飛んだ。
沈めなければと、自分の他には誰も出来ないと、たった一人で。
其処で撃たれて失くした温もり、右手に持っていたハーレイの温もり。
それを失くしたと、独りぼっちになってしまったと泣きながら死んだ、前の自分は。
全ては終わって、それで終わりの筈だったのに…。
どうしたわけだか、気付いたら地球の上にいた。
行きたいと焦がれ続けた青い地球の上に、其処にいるのが当たり前の世界に。
メギドで撃たれた傷の痛みの続きに、パチリと地球で目覚めた意識。
周りはメギドでもシャングリラでもなくて、平和な世界に囲まれていた。
父と母がいて、自分の家があって、自分の部屋も。
学校も、制服も、大勢の友達も、何もかもが自分のものだった。
生まれた時から流れ続ける時の流れにストンと落っこち、別の世界を手に入れた。
夢にも思わなかった世界を、血の通った今の身体ごと。
何も変わってはいないのに。
今の自分の目で見る世界は、自分の姿は、何も変わってはいないのに。
(ホントに変わってないんだけどな…)
何処もちっとも、と鏡を眺めるけれど。
自分の姿を覗き込むけれど、昨日までと少しも変わりはしなくて、昨日の続き。
けれど、変わったと分かるから。
前の自分が生きた世界とは、まるで違うと分かるから。
(…ぼくは、幸せ…)
終わらなかった、と前の自分の最期を思う。
世界は其処で終わりはしなくて、ちゃんと続きがあったんだから、と。
しかも続きは本当に奇跡、恋人までがついてきた。
独りぼっちだと泣きながら死んだ前の自分が、最期まで想っていた恋人が。
(うん、ハーレイも変わってないし…!)
先生になっちゃったけれど変わってないし、と頬が緩んだ。
ハーレイの世界も、ハーレイが見ている世界も自分と同じに変わっただろうけれど。
記憶が戻って違う世界を見ただろうけれど、互いに互いを見付けたから。
出会った途端に記憶が戻って、もう一度出会えたのだから。
(なんにも変わってないんだよ、きっと)
自分にはハーレイ、ハーレイには自分。
それが一番大切なこと。何よりも大事な、愛した人。
だから世界は変わっていない。
変わったけれども変わってはいない、ハーレイがいる世界なのだから…。
変わってないけど・了
※十四歳ブルー君の意識が強めに出ている時だと、これで幸せになれるみたいです。
もう少し考え続けた場合は「チビだなんて…!」と膨れてしまうでしょうけどv
(何も変わっちゃいないんだが…)
俺は俺のままで全く変わらないんだが、と漏らしてしまった苦笑い。
風呂上がりに覗いた鏡の前で。
そう、見た目は全く変わらない。それに中身も。
柔道と水泳が得意な古典の教師で三十七歳、そのままなのだと思うけれども。
パジャマの自分に前の自分が重なって見えないこともない。
前の生の自分、キャプテン・ハーレイ。
顔立ちも髪型もまるで同じな、何処も自分と変わらない前の自分の姿が。
あの頃の自分と、今の自分と。
そっくりだけれど、生まれ変わりかと友人たちにも言われたほどだったけれど。
まさか本当にそうとは思わず、まるで気付きもしなかった。
今の学校に転任して来て小さなブルーと会うまでは。
前の生で愛したソルジャー・ブルーが生まれ変わった、小さなブルーに会うまでは。
小さなブルーと出会った途端に記憶が戻った、前の自分が戻って来た。
今の自分の中にそっくりそのまま、キャプテン・ハーレイが帰って来た。
何処にいたのか長い旅を終えて、青い地球の上にストンと降り立った自分。
流れた時間を考えてみれば長い旅だけれど、旅をしていた記憶は無いから。
何処にいたのかも思い出せないから、一瞬で時を飛び越えた。
死の星だった地球の地の底、崩れ落ちて来た大量の瓦礫。
それに潰されて途切れた記憶の、続きがいきなり始まった。
青い地球の上で。
少年になってしまったブルーと再会を遂げて、キャプテン・ハーレイが息づき始めた。
地球に来たのだと、もう一度ブルーに出会えたのだと。
前の生で失くしてしまったブルー。
たった一人でメギドへと飛んで、二度と戻って来なかったブルー。
それから地球へと辿り着くまでの旅路がどれほど辛くて長かったことか。
生ける屍のような身体で、死んだ魂で、それでも地球を目指して進んだ。
ブルーがそれを望んだから。
前のブルーの最後の望みが、遺した言葉がそれだったから。
(全てが終われば、会えると思っていたんだが…)
もう一度ブルーに、きっと何処かで。
生を終えた者がゆくべき何処かで、いつかブルーに会えるだろうと。
それだけを思って自分は生きた。前の自分は生き続けた。
この辛い旅もいつか終わると、地球に着きさえすればきっと、と。
それは間違ってはいなかったけれど。
確かにブルーと会えたのだけれど、思いもよらない形の再会。
まさか命を、血の通った生きた身体を互いに得るとは、生きた身体で会えるとは。
前の生とそっくり同じ姿で、しかも蘇った青い地球の上で。
互いにソルジャーでもキャプテンでもなくて、白いシャングリラから解き放たれて。
こんな奇跡があっていいのかと、未だに信じられないけれど。
鏡の自分を見れば見るほど、頬を抓りたくなるのだけれど。
自分は自分で、何も変わっていはしない。
三十七歳の古典の教師で、柔道と水泳が得意な自分。
それは全く変わりはしなくて、住んでいる家も馴染んだもので。
けれども自分の中には自分が、前の自分が間違いなく入り込んでいて…。
(まったく、俺は誰なんだかなあ…?)
なあ? と鏡の自分に尋ねてみる。
鏡に映った同じ自分に、前の自分と同じ姿に。
答えは返って来ないけれども、鏡の向こうの自分も困っているけれど。
それはそうだろう、キャプテン・ハーレイだった自分が逆に訊かれても悩むだろう。
自分そっくりの古典の教師に覗き込まれて、自分は誰かと訊かれたら。
柔道と水泳が得意な男に、自分は確かにお前なのだと言われたら。
(…お互い様っていうことか…)
まるで変わっていないけれども、変わったつもりもないけれど。
前の自分とは違う人生、全く違った別の人生。
それでもどちらも自分の人生、恋した人まで同じだから。
愛してやまない人までそっくり同じままだから。
きっと大切なのはブルーで、ブルーさえいれば何が変わっても全ては同じなのだろう。
地球の上でも、シャングリラの中でも、キャプテンでも、古典の教師でも。
(うん、ブルーだな)
あいつなんだな、と頷いた。
ブルーさえいれば他の全てが変わっていようと、何が変わろうとも気にしない。
細かいことなど言いはしないし、注文をつけもしないけれども。
(…でもまあ、俺は幸せ者だってな)
前の生の自分などよりも、ずっと。キャプテン・ハーレイだった自分よりも、ずっと。
平凡な古典の教師だけれども、柔道も水泳もプロの選手ではないけれど。
それでも幸せ者だと思う。
今度はブルーを、愛するブルーを、堂々と伴侶に出来るのだから…。
変わっちゃいない・了
※ハーレイ先生の実感としては、自分が誰でも、とにかくブルー。大事なのはブルー。
キャプテン・ハーレイよりも幸せな古典の教師って、世の中、分からないものですねv
起きてゆけば「おはよう」と笑顔の両親、朝食で始まるブルーの朝。
朝の光が明るく射し込む、ダイニングのテーブルの自分の席で。
腰掛ける前に母に訊かれる、「トーストはいつもと同じでいいの?」と。
トーストの厚さも、焼き加減も好みを知っている母。
「うん!」と答えれば焼いて貰える、いつものキツネ色のトースト。
父は「たまには分厚いのも食べたらどうだ?」などと横から言いたがるけれど。
もっと食べろと、足りなさすぎだと、口癖のように言っているけれど。
朝の食卓、小さなブルーは食が細くて、沢山はとても食べられない。
トーストとミルクがあれば充分、そう思ってしまいがちだけど。
(しっかり食べなきゃ…)
大きくなれない、前の自分と同じ背丈に育てない。
前の自分と同じ背丈に育たない限り、ハーレイとキスも出来ないし…。
だから頑張って食べねばならない、トーストとミルクで充分だという気がしても。
お腹の具合が悪くなければ朝食はしっかり、それが信条。
(だけど分厚いトーストは無理…)
父のお勧めの分厚いトースト、ブルーには大きすぎるトースト。
いくらしっかり食べると言っても、それではトーストだけでお腹が一杯、もう入らない。
背丈を伸ばそうと飲み続けているミルクも、全部飲めるか怪しいくらい。
ミルクはきちんと飲みたいのだから、分厚いトーストは避けねばならない。
ついでに栄養バランスもあるし、同じ食べるならトーストの他にサラダか何か。
父の理想だとオムレツにソーセージ、野菜サラダとなるけれど。
母にしたって、卵料理とサラダくらいは、といつも勧めてくれるけれども。
朝から沢山は食べられないブルー、朝でなくとも食が細いブルー。
(オムレツくらいは…)
食べておかなくちゃ、と今日も朝から一大決心、母に頼んでオムレツを一つ。
父に言わせれば「オムレツとも言えない」、卵を一個だけ使ったオムレツ。
ブルーにしてみれば、卵一個は立派なオムレツなのだけど。
チーズを入れたりして貰った日は、とても頑張って食べたと思えるオムレツだけれど。
父にとってはオムレツは卵を二つが基本で、ブルーのオムレツは小さすぎ。
「卵一個の目玉焼きはトーストに乗せて食べるもんだぞ」などと笑われてしまう。
卵を一個しか使わないオムレツはバターやジャムと同じ扱い、トーストのお供。
食べた内にも入らないのがブルーのオムレツ、小さなオムレツ。
それでもブルーからすれば立派な一品、しっかり食べたと思えるオムレツ。
たっぷりのバターでふんわり焼いて貰って、熱々の味を頬張った。
(うん、これで…)
今日の朝食は上出来だと思う、自分でも頑張って食べていると思う。
卵一個のオムレツだけれど、父にはオムレツ扱いして貰えないオムレツだけど。
これを食べたら栄養がついて、きっと背丈も…。
(伸びるといいな…)
そう思うから、もう一頑張り。
野菜サラダを取り分けて貰った、お皿にほんの少しだけ。
トマトを一切れとキュウリとレタス、全部合わせても大した量ではないけれど。
卵一個のオムレツと、ほんの少しのサラダ。
今朝は上出来だと、よく頑張っていると、自分を褒めたい気分なのに。
父にからかわれた、「なんだ、そのサラダは小鳥の餌か?」と。
小鳥並みだと、小鳥の餌に丁度いいくらいの量しかないと。
小鳥はサラダにドレッシングをかけないのに。
フォークを使って食べもしないし、これは立派なサラダなのに。
「酷いよ、パパ!」
小鳥じゃないよ、と膨れたけれども、「いや、小鳥だ」と笑っている父。
オムレツもサラダもほんの少しで、自分から見れば小鳥並みだと。
「それじゃ大きくなれないぞ、ブルー」
これくらいは食べておかないと、と父の皿からソーセージが一本やって来た。
小指くらいのミニサイズならばまだマシだけれども、もっと大きいのが。
ブルーの目にはホットドッグの具くらいに映る大きなものが。
こんなのは無理、と叫んだけれど。
とても入らないと慌てたけれども、「大丈夫でしょ?」と笑顔の母。
「その分、おやつを少し減らしておけばいいわよ」と。
「困るんだけど!」
おやつはちゃんと欲しいんだけど、と言ったばかりに大笑いされた朝の食卓。
けれども、おやつはきちんと欲しい。減らされるだなんて、とんでもない。
(今日はハーレイが来るんだから…!)
ハーレイが来てくれる土曜日だから。
おやつは一緒に、満足のゆくだけ食べたいから。
お腹一杯でも頑張らなくちゃ、とブルーはソーセージを片付けにかかった。
朝食が済んだら、部屋の掃除を頑張ろう。
少しでも早くお腹を減らして、ハーレイと二人、幸せにおやつを食べられるように…。
朝食の風景・了
※ブルー君の朝の食卓、こんな感じになるのでしょう。頑張って食べても、この有様。
今日は朝からきっと満腹、掃除に力が入りそうですねv
