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(ああ、お前だな…)
 此処にいるんだな、とハーレイが取り出した写真集。
 夜の書斎で、机の引き出しの中から、そっと。
 白いシャングリラの写真集とは違って、前のブルーの写真集。
 シャングリラの写真集を買いに出掛けた時に見付けた、愛おしいけれど悲しい一冊。
 タイトルは『追憶』、その副題が「ソルジャー・ブルー」。
 名前の通りに、前のブルーの写真を集めて編まれた本。
 前の自分が愛し続けた、気高く美しかった人。
 深い眠りの中にいた姿さえも、天の御使いを思わせるほどに。
 長い長い時が流れた今でも、ブルーの姿は人の心を魅了するから、何冊もある写真集。
 けれど、ただの写真集とは違った『追憶』。
 最終章にはメギドが在った。
 メギドに向かって宇宙を駆けたソルジャー・ブルーの、最後の飛翔で始まる章。
 彗星のように青いサイオンの尾を曳き、ただ真っ直ぐに。
 忌まわしいメギドの装甲を破った後には、もうサイオンの光も見えない。
 爆発するメギドの閃光で終わる最終章、漆黒の宇宙空間で。
 悲しくて辛い本だけれども、滅多に開きはしないけれども。
 表紙には前のブルーがいる。
 正面を向いた、今も一番広く知られたブルーの写真。
 強い瞳の奥、消えない悲しみ。前のブルーが決して見せなかった顔。
 それを何処から探して来たのか、奇跡のように存在するのがこの肖像。
 前のブルーを知る自分にとっても、「ブルーだ」と心から思える一枚。


 たまに、こうして向き合いたくなる。
 前のブルーと、前の自分が最後まで愛し続けた人と。
 ブルーは帰って来たと言うのに、小さなブルーが同じ町に今もいるというのに。
 この時間ならば、きっとベッドの中だろう。
 ぐっすりと眠っていてくれて欲しい、悲しいメギドの夢などは見ずに。
 前の自分が迎えた最期の記憶に苦しめられずに、幸せな夢を見ていて欲しい。
 そう思うくせに、そうあってくれと心から願っているくせに。
 忘れられない、愛おしい人。
 前の自分が失くしてしまった、ソルジャー・ブルーと呼ばれたブルー。
 今は見えない面影を求めて、それに会いたくて写真と向き合う。
 十四歳にしかならないブルーは、この姿とはやはり違うから。
 同じブルーでも、少年のブルー。
 アルタミラの地獄で初めて出会った頃の姿で、まだ育ってはいないから。
(あいつも俺のブルーなんだが…)
 お前も俺のブルーなんだ、と写真集の表紙を指先で撫でる。
 前のブルーの頬を優しく撫でていたように。
 触れて口付けていた頃のように。
 写真の中にしか、もういないブルー。
 その面影を愛おしみながら、前のブルーに語りたくなる。
 お前は幸せになれただろうかと、今は幸せに生きているかと。


 わざわざ写真に問い掛けなくても、ブルーは幸せな今を生きている。
 何ブロックも離れた所にある家、其処で両親に愛されて。
 この時間はきっとベッドでぐっすり、今のブルーのためのベッドで。
 前のブルーが暮らした青の間、それよりはずっと狭いけれども、ブルーの部屋。
 小さなブルーが好きに使える部屋のベッドで、眠りに落ちているだろう。
 ちゃんと分かっているのだけれども、ついついブルーに尋ねてしまう。
 前のブルーの写真を見詰めて、「幸せなのか」と。
 今は幸せに暮らしているかと、今のお前は幸せだろうかと。
 そうなってしまう理由は、きっと…。
(…こいつのせいだな)
 今も、開けば涙が溢れる『追憶』の一番最後の章。
 前の自分が知らない所で、暗い宇宙で、たった一人で逝ってしまったブルー。
 どうして止めなかったのか。
 追い掛けることをしなかったのか。
 そうなることが分かっていたのに、ブルーの覚悟を前の自分は知っていたのに。
 シャングリラの仲間の誰が知らなくても、ジョミーでさえ気付いていなくても。
 ブルーが寄越した思念の言葉で、これが最後だと分かっていたのに。
(…それなのに、俺が止めなかったから…)
 引き止めることも、追い掛けてゆくこともしなかったから。
 ブルーは一人で逝くしかなかった、前の自分の温もりさえも失くしてしまって。
 独りぼっちになってしまったと泣きじゃくりながら、暗い宇宙で。


 死よりも辛い絶望の中で逝ってしまったブルーの悲しみ。
 それを知ったのが今の自分で、小さなブルーが話してくれた。
 どれほどに辛く悲しかったか、温もりを失くした右手がどんなに冷たかったか。
(…前の俺は、そんなことさえ知らずに…)
 自分だけの悲しみに囚われていたような気さえしてくる、ブルーのことは思い遣らずに。
 そうではなかったと分かっていてさえ、自分を責めたい気持ちになる。
 どうしてブルーを止めなかったかと、追い掛けさえもしなかったのかと。
 失くしてしまって泣くくらいならば、あの時、止めるか、追い掛けてゆくか。
 白いシャングリラも、キャプテンの務めも放り出してしまえば出来た筈だと、叶わないことを。
 出来もしなかったことを考えてしまう、ブルーの最期を知った今では。
(…俺はお前を、失くしちまった…)
 勇気が足りなかったせいでな、と零れた涙。
 ほんの少しだけ、チラリと眺めた『追憶』の悲しい最終章。
 それが運んで来た涙。
 前のブルーを止め損なったと、追い掛けることさえ出来なかったと。
 取り返しのつかない時の彼方の過ち、失くしてしまった愛おしい人。
 誰よりも深く愛していたのに、ブルーのためなら命も要らなかったのに。
(…俺はそいつを捨て損なって…)
 ブルーを追ってゆきさえしたなら、共にメギドで捨てられた命。
 それを抱えて生きたばかりに、何度涙を流しただろう。
 もう戻らない人を想って、帰っては来ないブルーを想って。
 早くブルーの許に行きたいと、シャングリラが地球に辿り着いたら、その時が来ると。
 それまで会えないことが辛いと、もう一度ブルーに会いたいのに、と。


 前の自分が流した涙。
 何度も何度も、前のブルーを想って流していた涙。
 それはなんとも自分勝手で、自分の悲しみばかりに満ちて。
 前のブルーを最後に襲った深い絶望、それを思いはしなかった。
 死よりも辛くて深い絶望、その中で逝ったブルーのことは。
(…失くしちまったことばっかりで…)
 ブルーも同じに失くしたのだとは、夢にも思っていなかった自分。
 右手が凍えて冷たいと泣いて、温もりを失くしてしまったと泣いて、終わったブルーの前の生。
 暗い宇宙で、たった一人で。
 独りぼっちで、泣きじゃくりながらブルーは逝った。
 そんなこととも知りはしなくて、自分自身の悲しみの中に沈み込んでいた前の自分。
 愛おしい人を失くしてしまって、一人きりになってしまったと。
 このシャングリラに独り残されたと、ブルーが何処にもいない船に、と。
 魂はとうに死んでしまって、屍のように生きていた自分。
 ブルーの許へと旅立つ日だけを思い続けて、失くしてしまった悲しみに何度も涙しながら。
 まさかブルーも失くしていたとは、本当に思いもしなかったから。
 泣きじゃくりながら逝ったことなと、知る術さえも無かったから。


(…そうして、お前を放りっ放しで…)
 自分の悲しみだけを訴えていたような気がする、前のブルーに。
 早く地球まで辿り着きたいと、お前の所に行かせてくれと。
 ブルーはもっと辛かったのに。
 前の自分との絆なのだとブルーが信じた、右手に持っていた前の自分の腕の温もり。
 それを失くして失った絆、独りぼっちになってしまったブルー。
 そうとも知らずに、自分の悲しみだけをぶつけた、前のブルーに。
 逝ってしまった愛おしい人に、涙の数だけぶつけた悲しみ。
 前の自分が何度も流した幾つもの涙、それはブルーを救わなかったことだろう。
 自分勝手な悲しみばかりが満ちた涙をぶつけられても、前のブルーは…。
(…救われるばかりか、俺を置いてっちまったことを…)
 きっと悲しみ、辛く思っていただろう。
 そうするしか道が無かったとはいえ、それを選んだ自分を責めて。
 自分のせいで悲しませていると、またハーレイを泣かせてしまったと。


(…すまない、俺のことばっかりで…)
 お前のことなど考えもせずに、と零れる涙。
 自分勝手ですまなかったと、俺はようやっと気付いたから、と。
 たまに、こうして零れ落ちる涙。
 前のブルーと向き合った時に、今の自分だから流せる涙。
 こうして流す涙は決して、前の自分のように無駄にはすまい。
 自分一人の悲しみに囚われ、ブルーを忘れることだけはすまい。
 今のブルーは幸せに暮らしているのだけれども、悲しみの記憶を残した右手。
 それがすっかり癒える時まで、ブルーの心に寄り添おう。
 メギドで一人で泣きじゃくった記憶、前のブルーが流した涙が消えるまで。
 幸せの涙に取って代わられて、ブルーがそれを忘れる日まで…。

 

       お前を失くして・了


※前のハーレイには知りようもなかった、ブルーの最期と、凍えてしまった右手のこと。
 知っている今だから、流せる涙もあるのです。今のブルーの幸せを願って…。





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(ハーレイが歌っていたなんて…)
 ちょっとビックリ、とパチパチ瞬きしたブルー。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドの端っこにチョコンと座って。
 幼い頃からお気に入りだった歌、ゆりかごの歌。
 今の自分はそれで眠った、母や父に何度も歌って貰って。
 大好きだった子守唄。
 子守唄は幾つもあるのだけれども、一番好きだった歌が、ゆりかごの歌。
 何気なくそれを思い出した日に、気付いた違う声の歌い手。
 母とも父とも違う誰かが、自分に歌ってくれていた。
 優しい優しい、ゆりかごの歌を。
 眠りに導く子守唄を。
(お祖母ちゃんたちかと思ったのに…)
 祖母か、親戚の誰かが来た時、歌ってくれた子守唄。
 きっとそうだと考えた。
 自分の気に入りの子守唄だし、その人も歌ってくれたのだろうと。
 けれど、違うと答えた両親。
 祖母たちが来たら、はしゃいでしまって疲れて眠って、子守唄など要らなかったと。
 幼稚園で昼寝の時間に聞いたのだろう、と教えてくれた父と母。
 確かに聞いてはいたのだけれど…。


 昼寝の時間に歌われた歌は、ゆりかごの歌の他にも色々。
 こんなに優しく心の底まで届くほどには、繰り返し歌われていなかったろう。
 だから違うと否定したのが幼稚園。
 ならば何処で、と考えた末に辿り着いたのは前の生。
 前の自分が聞いた歌だと、ゆりかごの歌で眠ったのだと。
 ソルジャー・ブルーだった前の自分が、遠く遥かな時の彼方で。
(…前のママかと思っちゃったよ…)
 前の自分を育てた養父母。
 成人検査で家を出る日まで、優しく包んでくれた人たち。
 ミュウと判断されてしまって、すっかり失くしてしまった記憶。
 成人検査と人体実験、それが記憶を奪ってしまった。
 欠片も残さず、何もかもを。
 養父母の顔も、育てられた家も、どんな風に過ごしていたのかも。
 前の自分は思い出せなくて、そのままで死んでしまったけれど。
 メギドを沈めて散ったけれども、今の自分は養父母の顔を知っている。
 今のハーレイから、その情報を貰ったから。
 アルテメシアで手に入れたという、前の自分のデータを教えて貰ったから。
 優しそうな顔をした、前の自分を育てた母。
 その母が歌った歌かと思った、ゆりかごの歌。


 母が歌ってくれた歌なら、この懐かしさも分かるから。
 今の自分の心までも包んでしまう優しさ、その温かさも分かるから。
(…ホントに前のママなんだ、って…)
 そう考えたのだった、今の自分は。
 前の自分が思い出せずに終わってしまった、母の記憶が戻って来たと。
 ゆりかごの歌が母の思い出を運んでくれたと、自分に届けてくれたのだと。
 遠く遥かな時の彼方で、母が歌った子守唄。
 優しい響きの、ゆりかごの歌を。
 けれども、それを歌う声。
 前の自分が耳にした声、ゆりかごの歌の優しい歌い手。
 あまりにも歌う声が遠くて、母の声だと今の自分には分からない。
 養父母の顔は知っているけれど、声までは知らなかったから。
 前のハーレイが手に入れたデータ、それに声までは無かったから。
(…ママの声、思い出せなくて…)
 顔だけでは声まで分かりはしないし、歌い手が母だとピンと来なくて。
 それが悲しくて、辛かった。
 せっかく歌声を思い出したのに、ゆりかごの歌だと気付いたというのに、戻らない記憶。
 あれは母だと、母の声だと幸せに満ちてはくれない心。
 記憶の欠片が足りないばかりに、大切なピースを一つ落としてしまったばかりに。
 思い出せない、母の声。
 前の自分を寝かしつけながら、ゆりかごの歌を歌っていた母。


 いくら記憶を追い掛けてみても、遠い記憶を探ってみても。
 戻っては来ない、前の自分の母の歌声。
 ゆりかごの歌の優しい歌い手、母が持っていた声の手掛かり。
 見付けられない失くした思い出、それが心に残っていたから。
 抜けて行ってはくれなかったから、ハーレイの前でそれと気付かず歌ってしまった。
 庭で一番大きな木の下、白いテーブルと椅子で二人で過ごしていた時に。
 唇から思わず零れてしまった、ゆりかごの歌が。
(…あれでハーレイがギョッとしたから…)
 今の自分の声の高さに驚いたのかと思ったけれど。
 歌う時には普段よりも声が高くなるから、ボーイ・ソプラノなのだから。
 けれども、実は違った真相。
 思わぬ所で解けた謎。
 ゆりかごの歌を歌っていたのは、前の自分の母ではなかった。
 前の自分に聞かせていた人は、優しい声の歌い手は。


(ハーレイだなんて思わないよね…)
 歌い手としても意外すぎたし、ゆりかごの歌の方にしても同じ。
 白いシャングリラでは、一度も聞かなかったから。
 ゆりかごの歌を耳にしたことが無かったから。
 あの子守唄の存在自体を、前の自分は知らなかった。
 シャングリラに来た子供たちには、別の子守唄があったから。
 SD体制の時代に生まれた幾つもの歌、子供たちのための子守唄。
 前の自分が長い眠りに就くよりも前は、それがシャングリラの子守唄だった。
 アルテメシアから救い出された子供たちには、馴染みのある歌が良かったから。
 子供たちが養父母の家で聞いた歌、その歌が必要だったから。
 シャングリラにも同じ歌があるのだと、子供たちを安心させてやるために。
 養父母の家にいた頃と同じに、幸せな眠りを得られるように。
 幾つも、幾つも、前の自分が耳にしていた子守唄。
 養育部門の仲間たちが歌った、優しい調べの歌の数々。
 けれど無かった、ゆりかごの歌。
 一度も聞かずに深い眠りに就いてしまった、ソルジャー・ブルーと呼ばれた自分。
 十五年間も眠り続けて、目覚めた時には迫っていた危機。
 赤いナスカと白いシャングリラに迫りつつあった破滅の中では、誰も歌いはしないから。
 子守唄など聞こえないから、前の自分は最後まで気付きはしなかった。
 新しく生まれた子守唄。
 データベースから探し出された、遠い昔の子守唄が幾つも出来ていたことに。
 トォニィが一番好きだったという、ゆりかごの歌。
 その歌も、他の優しい子守唄も。


 ゆりかごの歌があったことなど、知らずにメギドへ飛んで行った自分。
 それでは分かるわけがない。
 前の自分に歌い聞かせた人が誰かも、それを聞いたのがいつだったかも。
(…シャングリラの時代には、もう無くなってた歌だって…)
 そう思い込んだのが今の自分で、だから育ての母の歌だと考えた。
 子供時代を過ごした頃には、ゆりかごの歌があったのだろうと。
 前の自分は、その歌を聞いて眠っていたのに違いないと。
 けれど、全く違った真実。
 白いシャングリラに、新しく生まれた子守唄。
 本物の母の胎内から生まれたトォニィのために、と探し出された幾つもの歌。
 人間が地球しか知らなかった頃に、青い地球の上で歌われていた子守唄。
 自然出産の子に相応しいから、と歌われるようになった歌。
(…トォニィが大好きだった歌…)
 トォニィの一番のお気に入りだったのが、ゆりかごの歌。
 カリナもユウイも、他の仲間も、誰もが歌って聞かせていた。
 優しい調べの、優しい響きの、ゆりかごの歌を。
 ハーレイまでが覚えるくらいに、歌えるようになったくらいに、何度も、何度も。


 そしてハーレイは前の自分に歌って聞かせた。
 昏々と眠り続ける自分に、目覚めないままの前の自分に。
 上掛けの下の手をそっと握って、ゆりかごの歌を。
 前の自分の深い眠りを、子守唄で守ろうとするかのように。
 自分は一度も、それに応えはしなかったのに。
 思念の微かな揺れさえ返しはしなかったろうに、ハーレイは歌い続けてくれた。
 ゆりかごの歌を、前の自分が魂の底で繰り返し聞いて、覚えたほどに。
 今の自分に生まれ変わった後も、気に入りの歌になるほどに。
(…前のママの歌でも、嬉しいんだけど…)
 思い出せたのなら嬉しいけれども、ハーレイの歌だと分かって喜ぶ自分がいる。
 ハーレイだったと知った時には驚いたけれど、それ以上の嬉しさに満たされた心。
 自分は忘れていなかったのだと、ハーレイの歌を覚えていたと。
 深い眠りの底にいてさえ、ハーレイの歌は聞こえていたと。
(…きっと、ハーレイだったから…)
 ハーレイが歌った子守唄だから、自分は聞いていたのだろう。
 眠りの底まで届いたのだろう、愛おしい人の声だったから。
 夢を見ていたか、見ていなかったか、それさえも覚えていなかった眠り。
 それでもハーレイの声は聞こえた、子守唄を歌っていた声が。
 ゆりかごの歌に包まれて眠って、そして覚えた。
 愛おしい人がこれを歌ったと、誰よりも愛した人の歌だと。


(生まれ変わっても、あの歌が好き…)
 ハーレイが歌っていた歌だから。
 前の自分が愛し続けた人が歌ってくれたから。
(ハーレイ、歌ってくれたけど…)
 照れながら歌ってくれたのだけれど、まだまだ足りない、ゆりかごの歌。
 前の自分が聞いた数には及ばないから、もっと歌って欲しいから。
 いつかはきっと、あの歌を聴けることだろう。
 ハーレイと二人で眠るベッドで、優しい調べの子守唄を。
 強請らなくても、ハーレイはきっと、何度も歌ってくれるのだろう。
 前のハーレイが歌に託した、自分への想い。
 それが届いて、もう一度、出会えたのだから。
 前の自分へのハーレイの想い、前の自分のハーレイへの想い。
 それを繋いだ、ゆりかごの歌。
 繋いでくれた歌に御礼を言いたい、ありがとう、と。
 またハーレイと巡り会えたと、また子守唄を優しく歌って貰えると。
 遠い昔の子守唄。
 今の時代も歌い継がれる、優しい優しい、ゆりかごの歌に…。

 

        ゆりかごの歌に・了


※ゆりかごの歌を歌っていたのは、育ての母だと勘違いしたブルー君。子守唄だっただけに。
 今のハーレイが何度も歌ってくれる日までは、まだ何年か待ちぼうけですねv





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(ゆりかごの歌なあ…)
 俺にも馴染みの歌だったが、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 夜の書斎で、コーヒーを淹れた愛用の大きなマグカップをお供に。
 小さなブルーに「歌って」とせがまれ、披露する羽目に陥ったけれど。
 太陽がまだ高い内から、ブルーの家の庭で歌わされる羽目になったけれども。
(…俺の歌だとは知らなかったんだ…)
 前の俺の、と思い浮かべたシャングリラ。
 遠く遥かな時の彼方で、ブルーと暮らした白い船。自分が舵を握っていた船。
 あのシャングリラで自分が歌った、遠い昔に。
 眠り続ける前のブルーの手を握りながら、ゆりかごの歌を。
 本当は目覚めて欲しい人だったけれど、子守唄を歌って寝かしつけては駄目なのだけれど。
 ブルーは目覚める気配すらなくて、ただ昏々と眠っていたから。
 深い深い眠りの底にいたから、せめてその眠りを守りたかった。
 思念さえも届かない深い所で眠り続けているブルー。
 悪夢など見ず、幸せに包まれて眠ってくれと。
 夢の中でも、どうか幸せであってくれと。
 そう願いながら、前の自分は、あの子守唄を歌い続けた。
 トォニィが生まれて、初めて耳にした子守唄。
 それまではシャングリラに無かった歌を。


 ゆりかごの歌は今の時代も歌い継がれているけれど。
 今の自分も母や父に歌って貰ったのだけれど、前の自分はそれで育っていなかった。
 成人検査と人体実験で失くしてしまった、前の自分の子供時代の記憶の全部。
 子守唄も、両親の顔も、育てられた家も、何一つとして思い出せなかった。
 だから分からない、前の自分が聞いた子守唄。
 どういう歌声を聞いて眠ったか、子守唄のメロディも、歌詞の欠片も。
 けれど、ゆりかごの歌ではなかった。
 あの歌を聞いてはいなかった。
 白いシャングリラで長く暮らしたから、ミュウの子供たちを育てた船にいたから分かる。
 何度も訪れた養育部門で、ゆりかごの歌は聞かなかったから。
 SD体制の時代に相応しく誕生した歌、それが歌われる場所だったから。
 アルテメシアから助けた子たちが、養父母の家で聞いた歌。
 温かな家で、優しい腕の中で、繰り返し聞いた子守唄。
 子供たちの心を癒すためには、同じ子守唄が要ったから。
 この船にも同じ歌があるのだと、養父母の歌だと、安らぎを感じて欲しかったから。


(前の俺だって、きっと…)
 白いシャングリラに流れていた歌、あの子守唄で育っただろう。
 幾つも歌われた歌のどれかが、前の自分を育てただろう。
 耳を傾けても、「これだ」と思いはしなかったけれど。
 失くした記憶が戻りはしないかと、メロディを、歌詞を捉えてみても。
 補聴器を通して前の自分の耳に届いた子守唄はどれも、記憶を連れては来なかった。
 それを歌ってくれた養父母の顔も、優しかったろう、その歌声も。
 何度も、何度も、聴いてみたのに。
 子守唄が聞こえる時に行ったら、耳を、心を傾けたのに。
 自分を育てた筈の歌。
 養父母が歌ってくれただろう歌。
 何処からか戻って来てはくれないかと、記憶の欠片を歌が運んでくれないかと。
 幼かった日に聞いた歌なら、魂のずっと深い所に刻まれているかもしれないから。
 機械の力も及ばない深み、其処に沈んで眠っているかもしれないから。
(いろんな歌を聴いたんだがなあ…)
 魂に響く歌は無いかと、心を揺さぶる子守唄は、と。
 何度も何度も試してみたのに、聴き入ったのに、ついに戻って来なかった記憶。
 失われたままだった、前の自分の子守唄。


 そういう時代が過ぎ去った後に、もう子供たちがいなくなった後に。
 アルテメシアを遠く離れて流離う船はナスカを見付けた。
 赤いナスカを、人類が見捨ててしまった星を。
 あの星に降りて、その上で生まれたナスカの子供。
 人工子宮ではなくて母の胎内から、この世に生まれて来たトォニィ。
 SD体制が始まって以来、一人も無かった自然出産児。
 奇跡のように生まれた命に、新しい時代を生きる子供に、今の子守唄は似合わない。
 本物の母のお腹で育って、本物の父がいる子供には。
 人工子宮など知らない子供に、今の時代の子守唄はきっと相応しくない。
 アルテメシアで子供たちを育てた仲間は、そう思ったから。
 トォニィには本物の子守唄がいいと、SD体制よりも前の時代の子守唄を、と探したデータ。
 ゆりかごの歌は、その一つだった。
 トォニィが一番気に入った歌で、誰もが歌って聞かせていた。
 カリナも、ユウイも、若い世代も、古い世代の仲間たちまでもが。
 無垢な命をあやす時には、ゆりかごの歌。
 トォニィが一番好きな歌をと、繰り返し歌われた子守唄。


 いつしか前の自分も覚えた、ゆりかごの歌を。
 前の自分が探し続けた養父母の歌とは違うけれども、温かな歌。
 遥かな昔に、人間が地球しか知らなかった時代に、地球の上で何度も歌われた歌。
 優しい優しい子守唄だと、本物の歌だと思った自分。
 なんと温かな歌だろうかと、優しい響きの歌だろうかと。
(だから、あいつに…)
 前のブルーに届けたかった。
 深い眠りの底にいる人に、前の自分が愛した人に。
 覚めない眠りの中にいるなら、その眠りの海が優しいものであるように。
 暖かくブルーを包むようにと、ゆりかごの歌を聞かせたかった。
 眠り続けるブルーの耳には届かなくても、その身体には。
 ブルーの眠りを作る身体には、優しい響きの子守唄を。
 そうしておいたら、歌はブルーの身体の中へと沁みてゆくかもしれないから。
 子守唄だと分からなくても、ブルーが気付いてくれなくても。
 ゆりかごの歌の優しい響きと、その温かさ。
 それがブルーの眠りを守って、幸せな夢が幾つも幾つも、ブルーを包むかもしれないから。
 幾重にもブルーを暖かく包んで、ブルーが寒くないように。
 恐ろしい夢を見ないようにと、前の自分は歌い続けた。
 眠るブルーの手をそっと握って、ゆりかごの歌を。
 優しい優しい子守唄を。


 ブルーは知らない筈だったのに。
 前の自分が何度歌っても、反応が返りはしなかったのに。
 握った手からは、思念の微かな揺れさえ感じはしなかったのに…。
(…あいつ、あの歌を覚えていたんだ…)
 この地球の上に生まれて来るまで。
 メギドと一緒に失われた身体、それの代わりに新しい身体と命を貰った今まで。
 しかも記憶が戻る前から、ゆりかごの歌が好きだったという。
 トォニィと同じに母の胎内から生まれたブルー。
 赤ん坊だった頃のブルーのお気に入りの歌が、ゆりかごの歌。
 少し育って幼稚園に上がる頃になっても、子守唄の中で一番好きだった歌。
 ブルー自身もそれとは知らずに好んだ歌が、ゆりかごの歌。
 前の自分が聞いていたことは、すっかり忘れていたらしいけれど。
 記憶が戻っても直ぐには思い出さなくて、今までかかってしまったけれど。
 それでもブルーは覚えていた。
 前の自分が歌って聞かせた、あの子守唄を。
 優しい優しい、ゆりかごの歌を。


(歌わされる羽目になっちまったが…)
 小さなブルーが思い出したばかりに、歌う羽目になった、ゆりかごの歌。
 ブルーの家の庭で一番大きな木の下に据えられた、白いテーブルで。
 白い椅子に座って、ゆりかごの歌を小さなブルーに聞かせたけれど。
 それは恥ずかしかったのだけれど…。
(悪い気分じゃなかったな、うん)
 もう一度ブルーに会えたからこそ、歌うことが出来た子守唄。
 前のブルーに届いていたと、やっと分かった子守唄。
 深い眠りの底まで届いた、ゆりかごの歌。
 あの歌がブルーの眠りを守り続けた、自分の代わりに。
 優しい優しい、ゆりかごの歌が。
 前のブルーを守り続けた、優しい響きで、その温かさで。
 思念さえ届けられなかったブルーだけれども、前の自分の歌がブルーを守ってくれた。
 魂の底の底まで届いて、生まれ変わっても忘れないほどに。
 ゆりかごの歌を聞きながら眠ったことを、その歌声が好きだったことを。


 小さなブルーは、前の自分を育ててくれた母の歌かと勘違いをしていたけれど。
 申し訳ない気もするけれども、何故だか嬉しい自分がいる。
 前のブルーは、そう思うくらいに、ゆりかごの歌を気に入ってくれていたのだから。
 それに守られて眠る時間が、きっと好きだったのだから。
(今の俺には馴染みの歌だし…)
 ブルーが今も好きな歌なら、覚えてくれていたのなら。
 いつか聞かせてやりたいと思う、今のブルーに、ゆりかごの歌を。
 せがまれなくても、何度でも。
 いつか二人で眠るベッドで、ブルーの眠りを守りながら。
 遠い昔の思い出の歌を、前の自分が歌った歌を。
 優しい優しい、ゆりかごの歌。
 今の時代も残る子守唄を、優しい響きの、ゆりかごの歌を…。

 

       ゆりかごの歌を・了


※ハーレイ先生が歌う羽目になった「ゆりかごの歌」。流石に恥ずかしかったようです。
 けれど、前のブルーに何度も歌った子守唄。ブルー君にも歌ってあげないとねv





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(前と同じだと思うんだけど…)
 変わらない筈だと思うんだけど、と小さなブルーが見詰めたもの。
 自分の部屋で、椅子にチョコンと腰掛けて。
 テーブルを挟んだ向こう側を見る、其処に座った恋人の姿。
(何処から見たって、前のままだよ?)
 服が違っているくらい、と赤い瞳でまじまじと。
 ハーレイは何処も変わっていないけれど、と。


 前の生で自分が愛した恋人、愛してくれたキャプテン・ハーレイ。
 今では自分の学校の教師、それに聖痕を持った自分の守り役。
 肩書きこそ変わってしまったけれども、姿形は同じだと思う。
 がっしりとした身体も、褐色の肌も、金色の髪も。
(全部、おんなじ…)
 今も向けられている優しい視線。
 それをくれる鳶色の瞳も、前の自分の記憶そのまま。
 何処も変わっていないというのに、変わってしまったハーレイの中身。
 こうして二人きりで向かい合っていても、ハーレイの目は…。


(恋人じゃなくって、チビを見てるんだよ)
 口では「俺のブルーだ」と言ってくれるけれど、それは言葉だけ。
 言葉に見合ったものをくれない、行動が何も伴わない。
 愛を交わすのは無理だとしたって、キスくらいはしてくれなければ。
 本当に恋人だと思っているなら、「俺のブルーだ」と言うのなら。
 顎を捉えてキスの一つもしてくれなくては駄目だと思う。
(…ハーレイの目には、チビが見えているから…)
 そのせいなのだと分かってはいる、ハーレイがキスをくれない理由。
 自分があまりに幼いから。
 十四歳にしかならない子供だから。


 けれど、中身は前の自分と変わらない。
 ソルジャー・ブルーだった頃の記憶も持っているのに、チビ扱い。
 それが解せない、どうしてそういうことになるのか。
 ハーレイは何処も変わっていないと思うのに…。
「なんだ、俺の顔がどうかしたのか?」
 その恋人に尋ねられたから。
「…顔じゃなくって、ハーレイの目かな…」
「俺の目だと?」
 何処か変か、と瞬く鳶色の瞳。
「うん、ちょっと…」
 変だと思う、と切り出した。
 その目は何処かおかしくないか、と。


「赤くなってるか?」
 擦ったつもりはないんだが、と首を捻っている恋人。
「ううん、見た目は変わらないけど…。見え方が変」
「はあ?」
「ぼくがチビにしか見えないだなんて、絶対に変だと思うけど…」
 だってハーレイの恋人なんだよ、と大真面目な顔で言ったのに。
 前と同じに見えないなんて、と指摘したのに。
「ふうむ…。ならば、眼科に行くとするかな」
 今日は帰って、と立ち上がろうとするから、慌てて止めた。
「待ってよ、なんで眼科になるの!?」
「俺にはチビしか見えないわけだし、そいつを治療しに行かんとな」
 目が治ったらまた来るから、とハーレイは帰るふりをするから。
 諦めるしかない、チビに見える目。
 帰られてしまって会えないよりかは、一緒の方がいいのだから…。



         チビに見える目・了




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(…チビなんだけどね…)
 ハーレイが言う通りにチビなんだけど、と小さなブルーが覗き込んだ鏡。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、自分の部屋で。
 今日は来てくれなかったハーレイ、会えずに終わってしまった恋人。
 学校の廊下で会ったけれども、それは「ハーレイ先生」だから。
 「先生」と呼ぶしかないハーレイでは、同じ恋人でも気分は半分。
 心は同じに飛び跳ねていても、それを表に出せはしないから。
 前の生でキャプテンだったハーレイ、そのハーレイにブリッジなどで会った時と同じ。
 抱き付くことなど出来はしないし、もちろん甘えることも出来ない。
 親しく言葉を交わせたとしても、あくまでソルジャーとキャプテンとして。
 それと同じで、教師としてのハーレイもそう。
 恋人なのだと顔には出せない、ハーレイの方も出してはこない。
 だから恋人でも気分は半分。
 本当に会えた気分になれない、教師の顔をしているハーレイ。
 会えたけれども会えなかった日、そういう気分で覗いた鏡。
 ハーレイも同じ気持ちでいてくれればいいと、恋人に会えた気分がしないと思って欲しいと。
 けれども、鏡に映った顔は子供の顔だから。
 ハーレイがよく言う「チビ」の顔だから、思わず漏れてしまった溜息。
(…これじゃハーレイ、恋人に会えた気分が半分どころか…)
 四分の一とか、八分の一。
 もっと少なくて十六分の一とか、三十二分の一だとか。
 前の自分の、大人の顔とは違うのだから。
 アルタミラで出会った頃の姿で、恋人ではなかった頃の顔だから。


 これでは駄目だ、と落とした肩。
 自分が見ているハーレイの姿は前と同じで、別れた時とそっくりそのまま。
 忘れもしないキャプテン・ハーレイ、あの制服を着ていないだけ。
 白いシャングリラの舵を握る代わりに、古典の教師をしているだけ。
 メギドへと飛んで別れた時には、「さよなら」も言えずに終わったけれど。
 最後まで抱いていたいと願った、ハーレイの温もりも失くしたけれど。
 独りぼっちになってしまったと泣きじゃくりながら、前の自分は死んだのだけれど…。
(…でも、ハーレイには会えたんだよ…)
 二度と会えないと、泣きながら死んでいったのに。
 ハーレイの温もりを失くしてしまって、絆が切れてしまったからと。
 あの時、冷たく凍えてしまった自分の右手。
 今も右手に刻まれたままの悲しみの記憶、前の自分の涙の記憶。
 それがあるから、今があることが余計に嬉しい。
 またハーレイと巡り会えたし、おまけに自分は生きているから。
 失くしてしまった筈の命も、失くした身体も持っているから。
 奇跡のように時を飛び越え、ハーレイと二人で辿り着いた地球。
 前の自分たちが行こうと夢見た、あの頃は無かった青い星。
 其処へ来られたことは奇跡で、ハーレイともう一度会えたことも奇跡。
 なのに何故だか、ちょっぴり足りない。
 せっかくの奇跡の価値が足りない、今の自分の姿のせいで。
 小さく生まれすぎたから。
 ハーレイは前と変わらないのに、自分はチビ扱いだから。


(…こんなチビだと、ハーレイの目には…)
 恋人だとは映らないだろう。
 前のハーレイが愛した自分は、もっと大きく育った姿だったから。
 充分に大人と言える姿で、周りの者にもそう見えたから。
 白いシャングリラに新しく迎え入れた仲間は、ソルジャーの若さに驚いたけれど。
 ヒルマンたちの方が偉そうなのに、と言った子供もいたけれど。
 それでも姿は大人だったから、「どうして子供がソルジャーなの?」とは訊かれなかった。
 若いとはいえ、大人には見える程度の若さ。
 つまりチビとは違っていたわけで、前のハーレイが知る今の自分と同じ姿は…。
(…初めて出会った頃とおんなじ…)
 あのアルタミラの地獄の中で。
 共に逃げ出して、シャングリラで宇宙を旅したけれど。
 長い長い旅をしたのだけれども、この姿だった頃の自分は恋をしていない。
 ハーレイと恋人同士になってはいない。
(…チビって言われるわけなんだよ…)
 この姿を知るハーレイにとっては、これは恋人の姿ではないから。
 恋という気持ちが芽生えてさえいない、そういう時代の前の自分の姿だから。
 どんなにハーレイが見詰めてみたって、チビはチビ。
 鳶色の瞳に映る姿は、前のハーレイが愛した恋人の姿になったりはしない。
 今の自分が育たない内は、前の自分と同じ背丈にならない限りは。


 せっかく二人で青い地球まで来たというのに、足りない奇跡。
 恋人と一緒に生まれて来たのに、再会したのに、ほんのちょっぴり。
 もう少し大きく育った姿で、今のハーレイと出会いたかった。
 前の自分とそっくり同じに育っていたなら、今頃はとうにキスを交わせていただろうから。
 もしかしたら、愛も。
 前と同じに愛を交わして、年が足りていたら結婚だって。
 それが叶わないチビの姿で出会ってしまった、こんな姿で。
 ハーレイの目には恋人の姿に映らないだろう、十四歳の子供の姿で。
(…これじゃホントに、成人検査を受けた頃のぼく…)
 前の自分が成長を止めてしまった年。
 育たないまま、長くアルタミラで過ごしていた年が十四歳。
 前のハーレイはその頃の自分と出会って、恋をしたのはもっと後のことで…。
(…この顔だと、ただのチビなんだよ…)
 どうしてこうなってしまったのだろう、と零れる溜息。
 もっと大きく育った姿で会いたかったと、奇跡の値打ちが減りそうだと。
 少し罰当たりな考えだけれど、本当にちょっぴり足りない奇跡。
(…でも、神様も許してくれるよ、きっと)
 なにしろ、自分はチビだから。
 恋人の目にもチビだと映るくらいのチビだし、本物の子供。
 子供がちょっぴり膨れていたって、神様は怒りはしないだろう。
 奇跡の値打ちが分からなくても仕方がない、と苦笑いしてくれるだろう。


(だって、本当に子供なんだもの…)
 前のぼくが成人検査を受けた時と変わらないんだもの、と覗いた鏡。
 其処に映った自分の顔。
 前の自分もこの顔だったと、まるで同じだと考えたけれど。
(…えーっと…?)
 同じ顔だと考えた途端に、重なった顔。
 前の自分が見ていた顔。
 成人検査を受ける少し前、施設の中で壁に映っていた顔は…。
(…ぼくだったけど…)
 今と違った、と気が付いた。
 こんな赤ではなかった瞳。銀色をしてはいなかった髪。
 その後に過ごした時が長すぎて、自分でもこうだと勘違いしてしまいがちだけど。
 今の自分は生まれた時からこの姿だから、すっかり馴染んでいたけれど。
 違ったのだった、前の自分が持っていた色は。
 成人検査を受けるよりも前は、ミュウへと変化する前は。


 金色の髪に水色の瞳、それが自分の色だった。
 前の自分が持っていた色、成人検査のショックで失くしてしまった色。
 ミュウになったのと同じ瞬間、身体から色素も抜けてしまった。
 そうして自分はアルビノになった、赤い瞳で銀色の髪の。
 前のハーレイに出会った時には、当然のようにその姿。
 ハーレイには、前の自分が持っていた色も教えてあったのだけれど…。
(…前のぼくの記憶を見せただけだし…)
 そういう色を持っていたのか、とハーレイは思っただけだろう。
 前の自分が失った色を、そうさせた成人検査を考えることはあっても、それだけだろう。
 ハーレイが愛した前の自分は、赤い瞳で銀色の髪。
 出会った時からアルビノだった自分。
 それを思うと…。
(…今のぼくって、なんでこの色?)
 生まれた時からアルビノだった自分。
 前の自分とそっくり同じに生まれたのなら、金色の髪に水色の瞳になる筈なのに。
 何処かで色素を失くさない限り、今もそのままの筈なのに。
(…まさか記憶が戻った途端に、アルビノになるってことも無いだろうし…)
 それほどの衝撃ではなかった気がする、記憶が戻って来た瞬間。
 前の自分の膨大な記憶、それが流れて来たというだけ。
 絡み合った前のハーレイの記憶とも交差したけれど、成人検査とは違ったもの。
 何も失くしも消されもしなくて、自分は自分のままだったから。
 あの衝撃でアルビノになりはしないだろう。
 金色の髪と水色の瞳、それを失くしはしなかっただろう。


 そうなっていたら、ハーレイが出会った今の自分は前の自分とは違った色。
 赤い瞳も銀色の髪も持っていない自分。
 金色の髪に水色の瞳のチビの自分が、今も鏡の向こうに映っているだろう。
 それだとハーレイの鳶色の瞳に映る姿は…。
(…チビのぼくどころか、まるで別人…)
 同じ顔立ちでも、色が違えば印象は変わるものだから。
 髪の色はともかく、瞳の色の違いは大きいだろうから。
(それに、育っても…)
 前のハーレイが失くした自分は帰って来ない。
 同じ背丈に育ったとしても、持っている色が違うのだから。
 ソルジャー・ブルーだった前の自分と同じ姿にはならないから。


(…それじゃ、ハーレイは…)
 前の自分を取り戻せない。
 今もハーレイが止めなかったことを悔やみ続ける、メギドへと飛んでしまった自分を。
(…この色が大事…)
 当たり前すぎて気付かなかったけれど、今の自分が持っている色。
 アルビノに生まれた自分の色。
 この姿だからこそ、いつかハーレイの心を癒せる。
 前の自分と同じに育って、「ぼくはホントに帰って来たよ」とハーレイに微笑み掛けられる。
 今はチビでも、きっといつかは。
(…ほんのちょっぴり、足りないけれど…)
 奇跡が足りないと思うけれども、チビな分だけ足りないけれど。
 この姿を神様がくれたこともきっと、奇跡の一つなのだろう。
 チビな自分は悔しいけれども、この姿がいい。
 前の自分と同じに育って、ハーレイの側にいられる姿。
 赤い瞳に銀色の髪の、今はチビでも、いつかは前の自分とそっくり同じになれる姿が…。

 

         この姿がいい・了


※せっかくの奇跡も、チビの姿では足りないと思うブルー君。子供ならではの不満です。
 けれど、アルビノに生まれられたことも奇跡の内。あんまり膨れちゃダメですよv






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