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(…なんだか変…)
 こうやって見たらホントに変、とブルーが眺めたフォトフレーム。
 夏休みの終わりにハーレイと写した記念写真。
 それがあることは嬉しいけれども、ハーレイの写真は大好きだけれど。
 一緒に写った自分が問題、ハーレイの腕に抱き付いた自分。
 両腕でギュッと、それは嬉しそうに。
 弾けるような笑顔の自分の、あの日の気持ちは今も鮮やかに蘇る。
 ハーレイと二人で写真が撮れると、腕に抱き付いてもいいだなんて、と。
(…前のぼくだと、こんなのは無理…)
 今と同じに恋人同士で、長い時を共に暮らしたけれど。
 誰にも言えない秘密の仲では、こんな写真を写せはしない。
 だから本当に心が躍った、ハーレイと二人で記念写真を撮るんだから、と。
 ハーレイも自分もとびきりの笑顔、きっと最高の記念写真。
 見る度に幸せになれる写真で、飽きずに何度も眺めるけれど。
(…ぼくがチビだなんて…)
 それがなんとも変に思える、こうして気付いてしまった日には。
 恋人同士にはとても見えない、大人と子供の記念写真。
 教師と教え子、それを抜きにしても、やっぱり大人と子供でしかない。
 あまりにも違いすぎるから。
 背丈もそうだし、顔立ちだって。
 すっかり大人のハーレイの隣、チビで子供の自分の姿。
 今は馴染みの姿だけれども、前はこうではなかった自分。
 前のハーレイと暮らした頃は。
 ソルジャー・ブルーだった頃には。


 成人検査でミュウになってしまい、何もかもが狂ってしまったあの日。
 大人への道を歩む代わりに、待っていたのは地獄だった。
 子供たちを迎える教育ステーション、其処への扉は開かなかった。
 気付けば記憶もすっかり失くして、自分が誰かも、もう分からなくて。
 どれほどの時が流れたのかも、今はいつかも、自分には関係無かった世界。
 何一つ変わりはしないから。
 地獄の果てなど見えはしなくて、出られるとも思っていなかったから。
 そんな日々だから、自分の姿も気に留めてなどはいなかった。
 少しも成長しない自分を、変だとも思わなかった日々。
 時が流れれば子供は育つと、大きくなるのだという基本さえも忘れていたかもしれない。
 本当にどうでもよかったから。
 生きていようが、死んでいようが、それさえも。
 身体は生きていたのだけれども、魂は死んでいたのだろう。
 地獄の日々が終わるのだったら死も悪くないとさえ、思った記憶は無かったから。
 地獄よりは死を、と願いすらもせず、生かされるままに生きていただけ。
 考えることはとうに投げ捨て、何も願わず、夢さえも見ずに。
 それでは育つわけがない。
 未来が無いなら、何一つ見えていなかったのなら。


 前の自分がミュウでなければ、それでも育ちはしただろう。
 骨と皮ばかりに痩せていたとしても、生気の失せた顔であっても。
 けれども、自分はミュウだったから。
 意志の力で成長を止める能力を秘めていたから、成長はそこで止まってしまった。
 自分でも気付かない内に。
 育たないことを変だと思いさえせずに、時だけが周りを流れて行った。
 今がいつかも分からない日々、終わりの見えない地獄の日々。
 それが本物の地獄になった日、世界はガラリと姿を変えた。
 燃え上がる炎と崩れゆく星、まさにこの世の終わりだった日。
 アルタミラという星は壊れて、気付けば宇宙に飛び出していた。
 初めて出会った仲間たちと共に、一隻だけあった宇宙船で。
 共に暮らす仲間と居場所とが出来た、それまでは何も無かった世界に。
 そうしたら、育ち始めた自分。
 まるで意識していなかったのに。
 自分で自分にかけただろう呪い、成長を止めていた呪い。
 それを解こうと思うことすらしなかったのに。
 自分に呪いをかけたことさえ、自分では知りもしなかったのに。


 ある日、気付いたら伸びていた背丈。
 前のハーレイの隣に立ったら、「でかくなったな」と撫でられた頭。
 「この間までは、こんなだったぞ」とハーレイが手で示した高さ。
 俺の此処までしか無かったのに、と。
(…あれでどのくらい伸びてたのかな?)
 二センチか、あるいは三センチか。
 前の自分を気に掛けてくれていたハーレイだから、一センチでも分かったかもしれない。
 少し伸びたと、大きくなったと。
 それが育ったと気付いた始まり、あの船で成長していった自分。
 見上げるようだったハーレイの背丈、隣に立っては比べてみていた。
 前よりも少し伸びただろうかと、今の背丈はどのくらいかと。
 ハーレイとの差が縮んでいったら、顔立ちまでが変わっていった。
 丸みを帯びた子供の顔から、幼さが抜けて。
 背丈が伸びれば、その分だけ。
 育った分だけ、顔も大人のそれへと近付く。
 鏡を覗いて「あれ?」と何度も驚いたほどに、知らない間に続く成長。
 自分の顔はこうだったろうかと、また大人っぽくなったけれど、と。


 そうして育って、大人になって。
 これくらいがいい、と止めた成長、今度は自分自身の意志で。
 自分の立場やサイオンの力、そういったものを考えて成長を止めた。
 今の姿が一番だろうと思ったから。
 相当に若い姿だけれども、持てる力を最大限に使うためにはこの姿だろう、と。
(それでもハーレイよりかはチビ…)
 生憎と、さほど伸びなかった背。
 船の仲間たちと比べれば、けして低くはなかったけれど。
 標準的な背ではあったけれども、ハーレイにはとても敵わなかった。
 追い越したいとまでは思わなかったものの、あれほどの差が残るだなんて…。
(…負けたと思っていたんだけどな…)
 肩を組もうにも、上手くいかない有様だから。
 チビだった頃と同じなのでは、と悔しくなるほど、顔を見上げるしかなかったから。
 もっとも、後には、それで良かったと思う日がやって来たのだけれど。
 ハーレイよりもずっとチビで良かったと、この姿だから存分に甘えることが出来ると。
 自分が今より大きかったなら、とても抱き上げては貰えないから。
 ハーレイの大きな身体に包まれるようにして、眠ることだって出来ないから。


(だけど、あの頃とはチビの程度が…)
 まるで違っているんだけれど、と悲しくなるのが今の現実。
 本物のチビに戻った自分。
 アルタミラで初めてハーレイに出会った、あの頃と全く変わらないチビに。
 チビはチビでも本物のチビに、育つよりも前のチビの姿に。
(…前のぼくだと…)
 ハーレイと記念写真を撮っても、こんな風にはならないだろう。
 同じように両腕で抱き付いていても、もっと背が高くて変わるバランス。
(ちゃんと恋人同士なんです、って…)
 そういう写真になっていたろう、前の自分の背丈があれば。
 前の自分の顔をしていれば。
 ハーレイの腕に抱き付いていても、恋人の腕に抱き付いた写真。
 公園なんかで、カップルたちが撮っているように。
 幸せそうな顔で二人並んで、「お願いします」とシャッターを切って貰っているように。
(…そういうのが撮れた筈なんだけど…)
 自分がチビでなかったら。
 チビだというのは変わらなくても、前の自分と同じ程度のチビだったなら。
 そう、ハーレイの隣に立った時だけ、小さく見えてしまう程度のチビ。
 他の仲間たちと一緒にいたなら充分に大人、そこまで育っていた自分。
 確かにそこまで育っていたのに、その姿で死んだ筈なのに。
 何故だか自分は縮んでしまった、それよりも前のチビの姿に。
 背丈も、大人だった筈の顔立ちも、何処かへ落としてしまったらしい。
 なにしろ、すっかりチビだから。
 どうしようもなくチビで子供で、写真を撮ったら、こうなるのだから。


 なんとも悲しい、ハーレイとの差。
 年の違いも大きいけれども、違いすぎる背丈。
(…このせいでキスも出来ないし…)
 前の自分と同じ背丈になるまでは。
 それまでは駄目だとハーレイに言われた、唇へのキス。
 恋人同士のキスは出来なくて、記念写真を一緒に撮っても、この始末。
 誰に見せても教師と教え子、そうでなければ「親戚のおじさん?」と訊かれそうな写真。
 「恋人が出来た?」と誰も訊いてはくれないだろう。
 憧れの人だと思われるのがせいぜい、スポーツクラブのコーチだとか。
(…ぼくはスポーツ、やってないから…)
 やはり「親戚のおじさん」コースが一番妥当な所だろうか。
 ハーレイが学校の教師だということを、知らない誰かに見せたなら。
 得意満面で披露したって、きっとそういうオチになる。
 恋人同士の記念写真だと自慢したくても、相手が勝手に勘違い。
 ようやく二人で撮れたのに。
 前の生では無理だった写真、恋人同士でくっつき合って写せた最初の一枚なのに。


(ぼくが育っていないだなんて…)
 それだけでこうも違ってくるか、と写真を見詰めて零れる溜息。
 チビでなければ素敵な写真になったのだろうに、あちこちで自慢出来たのに。
 前の自分たちのことは言わないにしても、「ぼくの恋人!」と。
 大好きな人と二人で撮ったと、この人がぼくの恋人だから、と。
(…今のハーレイ、うんと人気だから…)
 羨ましがる人もきっといる筈、と思い浮かべる学校の生徒たちの顔。
 ハーレイが今までに教えた生徒も、大人になってもハーレイを慕っているらしいから。
(…ぼくがチビにさえなってなければ…)
 記念写真の自慢も出来るし、もちろんハーレイとキスだって出来た。
 いったい何処に落として来たのか、前の自分が育った分の背丈と大人の顔立ちと。
 生まれ変わる時に何処かにヒョイと置いてそのまま、忘れて地球まで来てしまったとか。
(…そんなのだったらどうしよう…)
 バスに荷物を置き忘れるように、育った自分を置き忘れて来てしまったろうか?
 それなら自業自得だけれども、やはり悲しくて悔しくなる。
 どうして荷物を確認しないで来たのだろうかと、ウッカリ者めと。
(だけど、行き先、地球だったんだし…)
 はしゃぎすぎて、ワクワクし過ぎてしまって、忘れたのなら仕方ない。
 前の自分が焦がれ続けた星だから。
 荷物くらいは忘れて来たって、ハーレイと二人で地球まで来られたのだから…。

 

        育ってないぼく・了


※ブルー君がハーレイ先生と一緒に写した記念写真。チビでなければカップルの写真。
 それを考えては、たまにガックリ。そういう日々も、きっと幸せv





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(不思議なもんだな…)
 ブルーがチビになっちまうなんて、とハーレイが眺めたフォトフレーム。
 夏休みの終わりに二人で写した記念写真。
 今の自分の腕に両腕でギュッと抱き付いて笑顔のブルーは、まだ子供で。
 アルタミラで出会った頃と同じに本当に子供、まだまだ少年。
 あれから大きく育ったブルーを、自分は見ていた筈なのに。
 正確に言えば前の自分が、側で見ていた筈だったのに。
(…まさか縮むとは思わないよな?)
 いくら俺でも、とあの頃の自分を思い出す。
 前のブルーと共に暮らしたシャングリラ。
 少年だったブルーが育ってゆくのが嬉しかった自分。
 長く成長を止めていたらしいブルー、それが育ってゆくのだから。
 船での暮らしがブルーにはいいと、育ってゆけるのはいいことだと。
 アルタミラの地獄から無事に解放されたからこそ、ブルーは育ち始めたのだと。
 目に見えるほどに毎日、毎日、育ったわけではないけれど。
 古典に出て来る「かぐや姫」のように、アッと言う間に大きく育ちはしなかったけれど。
 それでも、何度気付いたことか。
 また育ったなと、前よりも伸びたブルーの背丈に。
 大人びてきたなと、その面差しに。


 楽しみにしていたブルーの成長、それは素晴らしいことだから。
 前のブルーの比類なきサイオン、育てば能力の方だって…。
(ぐんぐん伸びていたかもしれんが、そっちはなあ…)
 まるで気にしていなかった。
 もっと強くと一度も願いはしなかった。
 早く育って、強いブルーになってくれとは。
 ただただ、嬉しかっただけ。
 今のブルーは育ってゆけると、まだまだ大きくなれるのだと。
 長い年月、育ちもしないで少年の姿でいたというのに。
 成人検査を受けた日のまま、少しも育ちはしなかったのに。
(止まってたものが動き出すのはいいことなんだ)
 本来だったら動く筈のもの、それが止まってしまっていたら。
 早く動かしてやらなければ、と思うのが普通、どんなものでも。
 止まってしまった置時計だとか、立ち往生した車だとか。
 それが再び動き出したら、走り始めたらホッとするもの。
 こうでこそだと、これが正しいと。
 だから、人でも同じこと。
 育ってゆくべき筈の子供が、子供のままでいたならば。
 成長を忘れていたならば。


 前の自分は、成人検査よりも前の記憶をすっかり失くしていたけれど。
 記憶を殆ど奪われたけれど、覚えていた「子供は育つ」ということ。
(育ち切ったら、後は老けていくだけなんだがな?)
 老けると言うか、年を重ねると言うか。
 今の自分が前と同じに、こういう姿になっているように。
 けれども、それよりも前の子供は育つもの。
 目に見えなくても日に日に大きく、そして気付けば大人になるもの。
 それが正しいと、本当なのだと覚えていたから、とても嬉しかったブルーの成長。
 やっとブルーも育ち始めたと、あるべき姿に戻ったのだと。
 伸びてゆく背丈も、大人びてゆくその顔立ちも。
 とても良かったと、この船でブルーは幸せなのだと。
 そうでなければ、きっとブルーは育ちはしないで子供のままでいただろうから。
 育っても何も変わりはしないと、育つことを忘れていただろうから。
(あいつの時計は止まっちまって…)
 育つことさえ忘れてしまった。
 自分が何者なのかも忘れて、行くべき場所さえ無かったから。
 あの時代の子供たちが向かった教育ステーションすら、ブルーのためには無かったから。
 自分が誰かも分からない上に、目標さえも無かったブルー。
 それでは育つわけがない。
 止まってしまったブルーの時計は動いたりはしない、未来が無ければ。


 もしもブルーが、ミュウでなければ。
 成長を止める能力を持ったミュウでなければ、それでも育ちはしただろう。
 閉じ込められていても、辛い日々でも、未来が無くても。
 けれど、ブルーはミュウだったから。
 そのせいで未来も、記憶も失くしてしまったから。
 育つことすら忘れてしまって、長い長い時を少年のままで過ごしていた。
 他のミュウたちは自分も含めて、ちゃんと育っていたというのに。
(あいつと出会って、育ち始めたことに気付いて…)
 どんなに嬉しく、心が弾んだことだろう。
 大きく育ってゆくブルー。
 ある日ふと見れば伸びている背丈、それに大人びて見える面差し。
 もっと大きくと、元気に育ってくれと願った、気付く度に。
 また育ったなと気付かされる度に。
(どこまで育つんだろう、ってな)
 ブルーの背丈が何処まで伸びるか、顔立ちはどう変わるのか。
 いつか成長を自分の意志で止める日までに、ブルーはどれほど育つのかと。
 ただ楽しみに見守った自分、「大きくなれよ」と。
 ブルーのサイオン能力は抜きで、純粋な意味で。
 どんなブルーが出来上がるのかと、どういう姿に出会えるのかと。


(そしたら、凄い美人が出来てだ…)
 男だったけれど、誰が見たって「美しい」と形容しただろうブルー。
 それに気高さ、この世のものとも思えないほどに美しく成長したブルー。
 育つことを本当に止めたブルーは、誰もが振り向く美人になった。
 あの船の中では皆が顔馴染み、知った顔ばかりが揃っていても。
 ブルーがいるだけで空気が違った、能力や立ち位置を別にしたって。
 まるで一輪の花を添えたよう、一輪だけでも「花があるな」と気付く花。
(大輪の薔薇ってわけじゃないんだが…)
 どちらかと言えば百合だったろうか、誇らしげに咲く薔薇よりは。
 清楚でありながらも香り高い百合、俯いて咲いても人の視線を惹き付ける百合。
 ブルーはそういう姿に育った、それは気高く美しい人に。
 ソルジャーの肩書きが無かったとしても、きっと特別だったろう人に。
 たとえ人目に立たない所が、目立たない仕事がブルーに振られていたのだとしても。
 シャングリラの通路を掃除する係や、厨房の裏方だったとしても。
 其処にブルーがいると気付けば、誰もが一瞬、目を奪われる。
 そういう具合になっていたろう、あれほど美しくなったのだから。
 せっせと皿洗いをしていたとしても、床をモップで拭いていたとしても、ブルーはブルー。
 その美しさは損なわれないし、気高さだって。


 思った以上の姿に育って、皆の心を捉えたブルー。
 おまけにソルジャー、シャングリラの皆が誇らしい気持ちで仰いだソルジャー。
 自分たちの長は特別なのだと、これほどの人は何処にもいないと。
 強いサイオンもそうだけれども、姿も、気高いその心も。
(成長を止めた後にも、あいつは育って…)
 姿ではなくて、中身の方。
 前のブルーの魂そのもの、それは止まらずに育ち続けた。
 仲間たちを思い、ミュウの未来を、地球を求めて、ただひたすらに。
 降りられる地面を持たない箱舟、シャングリラを守り、皆を未来へと導き続けて。
 ソルジャーゆえの深い悲しみや憂い、それを誰にも見せることなく。
 苦しみや辛さも育つ糧だった、前のブルーの魂には。
(そうして育って、育ち過ぎちまって…)
 逝っちまった、と思わず噛み締めてしまった唇。
 ブルーは帰って来たのだけれども、小さなブルーがいるのだけれど。
 あの悲しみは忘れられない、前のブルーを失くしたことは。
 たった一人でメギドへと飛んで、二度と戻って来なかったブルー。
 そんな決断が出来る所まで、育たなくてもよかったのに。
 自分の命を投げ出せるほどに、皆のためにと犠牲になる道を選べるほどに。
 もっとブルーが弱かったならば、きっと行ってはいなかった道。
 それを思えば育ち過ぎだった、前のブルーは。
 育ってゆくのを止めもしないで、最後まで。
 並みの人間には出来ない決断、それを迷わず下せたほどに。


(前のあいつは、最後まで育つ一方で…)
 挙句に命を捨ててしまった、まるで総仕上げをするかのように。
 これが自分の生き方だったと、このために自分は今日まで生きたと。
(後悔はしたと言ってたが…)
 それはごくごく個人的なこと、前の自分の恋人としてのブルーの想い。
 前の自分の温もりを失くした右手が凍えて、泣きじゃくりながら死んだブルーだけれど。
 ソルジャーとしてのブルーには微塵も無かった後悔、悔いは無かったらしい人生。
 あんな最期を迎えても。
 看取る者さえいない所で、暗い宇宙で命尽きても。
(…最後の最後まで育ちやがって…)
 そうしてブルーは伝説になった、今の時代も語り継がれる英雄に。
 知らぬ者など誰一人いない、誰もが褒め称える人に。


(…そうやって育って、育ち続けて…)
 逝ってしまった筈のブルーが、何故だか小さく縮んでしまった。
 今の小さなブルーの姿で、前の自分が初めて出会った頃の姿で帰って来た。
 サイオンすらも上手く扱えない、不器用なチビのブルーになって。
(…まさか縮むと誰が思うんだ?)
 ブルーといったら育つもので、と苦笑する。
 最後まで育って育ち続けて、そのせいで逝っちまったほどだったのに、と。
 思いもしなかったことだけれども、縮んだブルーが愛おしい。
 小さなブルーが、これから育つのだろうブルーが。
 せっかく小さく縮んだのだから、今度は育ち過ぎないのがいい。
 姿は育って欲しいけれども、中身の方はほどほどに。
 前のブルーのようにはならずに、甘えて頼ってくれればいい。
 今度は自分が守るから。
 そう、今度こそは自分がブルーを守るのだから…。

 

         育ち過ぎたあいつ・了


※前のブルーは育ち過ぎだった、と考えてしまうハーレイ先生。強く育ってしまったブルー。
 今度はほどほどがいいらしいです。甘えん坊でも、頼りなくても、それがお好みv





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(…ぼくの部屋だと、此処でおしまい…)
 壁なんだよね、とブルーが眺める自分の部屋。
 ベッドに入る前のひと時、ベッドの端に腰掛けて。
 今の自分のためにある部屋、小さな頃から此処で暮らした子供部屋。
 幼かった頃は、眠る時には両親の部屋へ行ったけれども、昼間は子供部屋にいた。
 好きなオモチャを並べて遊んで、他にも色々、その日の気分。
 子供用のベッドが置かれた後には、此処が自分のお城になった。
 本当に自分のためだけの部屋で、いつ眠るのかも自分の自由。
 「早く寝なさい」と言われたりはしても、寝かしつけようと母が来たりはしないから。
 父も同じで、「もう寝ないとな?」と明かりを消されはしないから。
 そんな気に入りのお城だけれども、今では変わってしまった事情。
(…広さはもっとあったんだよ…)
 壁があったのはずっと遠く、と見回してみても消えない壁。
 部屋は四角く壁に囲まれて、そこで切り取られた空間。
 扉を開けても広がりはしない、今の自分が住んでいるお城。
 窓を大きく開けてみたって、その向こうに庭が広がるだけ。
 庭の広さは部屋の広さに足されはしなくて、部屋はやっぱり四角いまま。
(…狭い部屋ではないんだけれど…)
 ベッドの他にも勉強机やクローゼットや、ハーレイが来た時に使うテーブル。
 そのテーブルとセットの椅子だって二つ、それだけ置いても狭くない部屋。
 けれども、部屋は小さな四角。
 今の自分の瞳で見たなら、ぐるりと部屋を見渡したなら。


 じいっと壁を睨み付けても、消えてなくなりはしない壁。
 向こう側が透けて見えたりもしない、サイオンの扱いが不器用だから。
 仕方ないから、目を閉じてみた。
 そしたら壁はもう見えないから、何を見るのも自分の心次第だから。
(…壁はずっと向こう…)
 普通に見たって見えなかった、と思い浮かべた広大な部屋。
 前の自分が暮らした青の間、ソルジャー・ブルーのためにあった部屋。
 とてつもない広さを持っていた部屋、今の自分が住んでいる家がすっぽり入るくらいに。
 深い海の底のようにも思えた照明、青を基調としていた灯り。
 明るさを抑えてあったお蔭で、何処が壁だか分からなかったほど。
 サイオンを使えば見えたけれども、肉眼では闇があっただけ。
 何処まで続くか分からない闇が、果てなど何処にも無さそうな闇が。
(…今のぼくだと、見えないよね?)
 不器用すぎるサイオンの力は、あの壁を捉えられないだろう。
 どんなに瞳を見開いてみても、目を凝らしても。
(…ホントに広すぎ…)
 壁が見えない部屋なんて。
 いくら照明のせいであっても、狭い部屋なら壁は此処だと分かる筈。
 今の自分の子供部屋でも、夜に明かりを消してみたって壁のある場所は分かるから。
 あそこが壁だ、と四角い部屋の広さは把握出来るのだから。


 広すぎた前の自分の部屋。ソルジャー・ブルーが暮らしていた部屋。
 思い出そうにも、目を開けていたら上手くいかない。
 今の自分の小さなお城が邪魔をして。
 壁で四角く囲まれた空間、それよりも外には飛んでゆけない。
 想像の翼を広げて飛ぼうとしたって、壁に当たって行き止まりだから。
(…ちょっぴりなら頭に浮かぶんだけど…)
 青の間を丸ごと思い浮かべるなら、瞳を閉じてしまうしかない。
 今の自分が見ている世界を視界から消してしまうしかない。
 そうして両方の目を閉じてみたら、やっと青の間が見えて来る。
 前の自分が過ごしていた部屋、ソルジャー・ブルーのためだけの部屋が。
(…ずうっと広くて、こっちがスロープ…)
 壁とは違う方を向いたら、緩やかな弧を描いたスロープ。
 青の間と外とを繋ぐスロープ、そのスロープもまた長かった。
 部屋の入口から中へ入って、かなり歩かないと上には着かない。
 前の自分が暮らしたスペース、ベッドなどが置かれた所にまでは。
(一応、途中に出られるルートは…)
 あったのだけれど、滅多に使われなかったそれ。
 スロープの途中に出るためのルート、ジョミーは其処からやって来た。
 初めて青の間に現れた時は、そのルートから。
 スロープを上って来たりしないで、いきなり姿を現したジョミー。
 彼らしいと言えば彼らしい。
 入口に続く正規の通路も、自分は教えた筈なのに。
 青の間に来るための道はこれとこれだ、と誘導してやった筈なのに。


(すっ飛ばしたのがジョミーなんだよ)
 青の間を訪れる者は誰でも、入口から入るのが白いシャングリラでの礼儀作法。
 ソルジャーのプライベートな空間、其処へいきなり飛び込むことは不作法で。
 スロープの途中へ出られるルートは、本当に殆ど使われなかった。
 単にあったというだけのルート、ハーレイでさえも滅多に使いはしなかった。
 前の自分と一番親しく、恋人同士でもあったのに。
 そうでなくても礼儀作法など、自分は気にしていなかったのに。
(…ハーレイだって使わなかったのに…)
 いつも律儀に歩いたハーレイ、入口から入ってスロープを上って。
 急ぐ時には走ったりもした、前の自分が体調を崩して倒れそうになっていた時だとか。
(そんな時でも、ハーレイはスロープ…)
 ノルディを呼びに走った時には、ノルディと一緒に短縮ルートで来たけれど。
 スロープの途中へ出て来たけれども、それ以外は大抵、スロープだった。
(…ハーレイ、真面目なんだから…)
 恋人同士になった後でも、敬語を使い続けたハーレイ。
 「キャプテンですから」と、「皆の前でウッカリ間違えたらマズイですからね」と。
 今でこそ普通に話してくれるけれども、前のハーレイはいつでも敬語。
 スロープの途中へ出られるルートも、個人的な用では使わなかった。
 恋人の所へ急ぐのだったら、使ってくれても良かったのに。
 前の自分は咎めはしないし、むしろ喜んだだろうに。
(でも、ハーレイは使わなくって、ジョミーが来ちゃった…)
 よりにもよって、初対面で。
 誰もが敬意を表するソルジャー、それがどうしたと言わんばかりに。


 やるかもしれない、と思ってはいた。
 ジョミーだったらやりかねないと。
 その型破りな考え方こそ、前の自分が求めていたもの。
 前の自分には無かった強さを持っていたジョミー、常識に囚われないジョミー。
 彼なら新しい時代を築いてくれるだろうと、きっと地球へも行けるだろうと。
 だから教えた、あのルートを。
 来られるものなら来てみるがいいと、誰も此処から来はしないが、と。
 ジョミーは全く、それと気付いていなかったけれど。
 青の間へと続いているだろう通路、それを求めて闇雲に走っていただけだけれど。
(…どっちからでも来られたのにね?)
 ジョミーが走っていた通路なら。
 スロープへと続く入口の方でも、スロープの途中へ出るルートでも。
 どちらを選ぶのもジョミー次第で、前の自分は誘導しただけ。
 「青の間はこっちだ」と心を読ませて。
 前の自分が知っていた道筋、それを自由に読み取らせて。
 そしてジョミーは迷わず選んだ、前の自分に挑むかのように。
 この通り自分はやって来たのだと、文句があるかという勢いで。
(エラたちが見てたら、お説教だよ)
 次からは入口を通るようにと、スロープを上って来るようにと。
 ジョミーがどれほど怒っていようと、聞く耳を持っていなくても。
(あの時はリオしかいなかったから…)
 ジョミーがソルジャーに無礼を働いたことは、最後までバレはしなかった。
 リオには「言うな」と口止めをしたし、ハーレイにだって…。


(こうだったよ、って報告して…)
 あの時、前の自分の表情は多分、輝いていたことだろう。
 ジョミーは本当に強い子供だと、彼ならばきっと地球まで行けると。
 とんでもない場所からやって来たから、あれほどの強さがあったらきっと、と。
(ハーレイ、眉間に皺だったけどね…)
 苦虫を噛み潰したような顔をしていたハーレイ。
 ジョミーはシャングリラを離れて家に戻ったし、それだけでもハーレイが怒るには充分。
 そこへ無礼極まりない青の間への現れ方を聞いたら、ああいう顔にもなるだろう。
(ハーレイだって滅多に使わなかったんだから…)
 あれほど前の自分と親しく、恋人同士でもあったのに。
 ソルジャーに次ぐ地位にいたキャプテンでさえも、あのルートを使いはしなかったのに。
(ジョミーは一直線だったしね?)
 その上、前の自分に怒って怒鳴って、シャングリラから出てゆく有様。
 型破りどころではなかった少年、後の騒ぎはもう本当に…。
(シャングリラまで攻撃されちゃったしね?)
 前の自分も危うく命を落とす所で、シャングリラ中が大騒ぎ。
 けれど、間違ったとは思っていない。
 ジョミーを選んで連れて来たことも、アタラクシアの家に帰したことも。
 何もかもがきっと必要なことで、ジョミーは大きく育ったのだ、と。


 あそこから来たのがジョミーの強さの証明だよね、とパチリと開けた自分の瞳。
 今の自分のお城が映った、青の間もスロープも、何もかもが消えて。
(…ジョミーが飛び込んで来たルート…)
 ハーレイも自由に使ってくれたら良かったのに、と今も思いはするけれど。
 今のハーレイなら、ああいうルートで急いで来てくれそうだけど。
(青の間、無くなっちゃったしね?)
 もうシャングリラも無いんだものね、と目を閉じてみたら、見えた青の間。
 ジョミーの代わりにハーレイがパッと、あのルートから現れた。
 「待たせてすまん」と、「遅れちまったか?」と。
 そう、今のハーレイなら、何の遠慮も要らないから。
 今の自分もソルジャーなどではないのだから。
 目を閉じてみたら、こんな素敵な景色だって見える。
 今では消えてしまった青の間、其処に笑顔で立つハーレイ。
 「遅れてすまん」と、「こっちで来るのが早いからな」と、スロープの途中にパッと現れて…。

 

        目を閉じてみたら・了


※ブルー君が思い浮かべた青の間、思いがけなくもジョミーの思い出が浮かんだようです。
 けれども、それは昔のこと。ハーレイ先生だと、きっと短縮ルートですよねv





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(此処は俺の部屋で…)
 座っているのは俺の椅子で、と見てみるハーレイ。
 夜の書斎で、本に囲まれた部屋を見回し、気に入りの机に、それから椅子も。
 生まれ育った家があるのは隣町だけども、この家に越して来てからも長い。
 この町で教師になるのと同時に、此処へ引越して来たのだから。
 十五年以上も暮らしている家、自分好みに整えた書斎。
 使い勝手のいい机を据えて、座り心地のいい椅子を置いて。
 棚にズラリと並んでいる本、それも好みのものばかり。
 仕事用の本も混じるとはいえ、今の仕事も趣味の延長のようなものだから。
(…こんな具合に、俺は暮らしているってわけだが…)
 さて、と椅子に深く腰掛け、目を閉じてみた。
 そうしたら何が見えてくるかと、今夜は何処へ旅をしようかと。
 若い頃から好きだった。
 夜の書斎から旅に出るのが、想像の翼を羽ばたかせるのが。
 今の自分が座っている場所、其処を離れて遥か彼方へと。
 教室でいつも生徒に教える古典の世界へと時を越えたり、まだ見ぬ土地へと旅立ってみたり。
 もちろん思念体などではなくて、ただの想像。
 思念体で抜け出すほどの力は持っていないし、あった所で思念体で時間は越えられないから。


 行ったつもりで旅を楽しむ、夜のひと時。
 目を閉じてみると見えてくる世界、大海原の上を飛んでゆくとか、広い砂漠に立ってみるとか。
 資料でしか知らない、遠い昔の都大路を歩いたりもする。
 ギシギシとゆっくり進む牛車がゆくのを眺めて、壺装束の女性などともすれ違いながら。
 その時々で、思い付き次第で何処へでも行けた想像の旅。
 広い宇宙にも飛び立ったけれど、今では少し事情が変わった。
(…こいつは俺の夢じゃないんだ…)
 今日はこっちのパターンだったか、と目を閉じたままで浮かべた苦笑い。
 瞼の裏に浮かんだ光景、今と同じに本の背表紙が並ぶ部屋。
(俺の好みだか、そうじゃないんだか…)
 前は確かに好みで揃えた筈だったんだが、と目は開かないで本の背表紙を追ってゆく。
 今でも鮮やかに思い出せる本、これはあの本、こっちはこれ、と。
 おぼろげなものもあるけれど。
 曖昧にしか記憶に残っていない本だって、何冊も混じっているのだけれど。
(でもって、こっちが俺が書いたヤツで…)
 今や超一級の歴史資料だな、と可笑しさがこみ上げてくる立派な背表紙。
 なんだって、こんなに偉そうなモノを用意される羽目になったんだか、と。
 前の自分の航宙日誌。
 遠く遥かな時の彼方に、この光景は確かにあった。
 空想の翼を広げて飛ぶ旅、それとは違って本当に自分が見ていたのだから。


(…あの部屋も好きではあったんだ、うん)
 前の自分が暮らしていた部屋。キャプテン・ハーレイのためにあった部屋。
 白いシャングリラの中でも特別な部屋で、他の仲間の部屋とは違った。
(あいつの部屋とは桁が違ったが…)
 前のブルーが使った青の間、あの広さにはとても及ばない。
 けれど、シャングリラを預かるキャプテン、仲間たちと同じようにはいかない。
 ゼルやヒルマン、エラやブラウもそうだったけれど。
 仲間たちよりも上の立場に置かれた以上は、部屋の設えもそのように。
(…ちょっとスペースが広かったりな)
 立場からして、客が来ることも多いから。
 狭い部屋では何かと不便で、不都合なこともあるものだから。
 仰々しいとは思ったけれども、悪くはなかったキャプテンの部屋。
 こうして懐かしく思い出せるのが、その証拠。
 苦手なものなら、頭にヒョイと浮かんだとしても、眺める代わりに追い払うから。
 アルタミラで長く閉じ込められた檻などだったら、早々に消えて貰うから。
(俺の部屋なあ…)
 座り心地も似ていたっけな、と椅子の感触に笑みが零れる。
 今の自分の体格に合わせて大きなものを、と買った椅子。
 あれこれ試して選んだけれども、ずっと昔も似たような椅子に座っていたか、と。


 いい部屋だった、と今はもう無いキャプテンの部屋を心で眺める。
 目を閉じたままで、心の中でだけ使える瞳で。
 今の自分が座っている椅子、この書斎には他に椅子など無いのだけれど。
(こっちにも椅子があってだな…)
 気心の知れたヤツが来た時には使っていたんだっけな、と思い浮かべる別の椅子。
 航宙日誌を書いていた机、それとセットの椅子の他にもあった椅子。
 よくヒルマンが座っていた。それから、ゼルも。
 二人揃って現れた時は、来客用のスペースに移動したのだけれど。
 どちらか片方だった時には、活躍していたもう一つの椅子。
 ヒルマンは「此処でいいよ」と自分で引っ張って来たし、ゼルも同じで。
 「一杯やろう」と彼らが土産に持って来た酒。
 今とは違って合成の酒で、地球の美味しい水で仕込んだものとは比べようもない味だったのに。
(…あの頃はアレが美味かったんだ…)
 それしか無かったこともあるけれど、何より、友と飲んでいた酒。
 アルタミラから共に逃れた昔馴染みと傾ける酒は、やはり格別だったから。
 昔語りや、愉快な話や、飲んでも飲んでも尽きなかった話題。
 ボトルがすっかり空になるまで飲んでいたことも少なくなかった。
(当然、加減はしてたんだがな…)
 翌日まで酒を引き摺ることがないように。
 この体調なら大丈夫だ、と思った時だけ空にしたボトル。
 自分はもちろん、ヒルマンもゼルも他の仲間には任せられない役目を担っていたのだから。
 病で倒れたならばともかく、二日酔いでは仲間に示しがつかないのだから。


(あの椅子なあ…)
 あいつも座っていたんだっけな、と浮かんだ前のブルーの姿。
 酒は苦手なブルーだったから、酒を持っては来なかったけれど。
 それでも、あの椅子に座ったブルー。
 前の自分が航宙日誌を書いていた時や、書類を見ている時などに来たら。
(…あいつの場合は…)
 断りの言葉は無かった気がする、「此処でいいよ」とも、「此処でいい」とも。
 当たり前のように引っ張って来た椅子、これは自分の椅子だとばかりに。
(あいつの椅子ではなかったんだが…)
 俺の部屋のただの備品なんだが、と思うけれども、ブルーはいつでも運んで来た。
 机でやるべき仕事が済むまで、椅子に腰掛けて待っていた。
(ついでにだな…)
 興味津々で見ていたブルー。
 書類だった時にはそうでもないのに、航宙日誌を書いていた時は。
 いったい何を書いているのかと、何回、覗き込まれたことか。
 読まれて困るようなことなど、何一つ書いてはいなかったけれど…。
(一応、俺の日記なわけで…)
 だから読ませはしなかった。覗き込まれたら、サッと隠して。
 「俺の日記だ」と身体で隠していた日誌。
 考えてみれば、あの時だけは…。
(俺だったんだ…)
 私と言わずに、「俺」で「日記だ」。
 本当だったら、そんな言葉を使うべきではなかったのに。
 「私の日記ですから駄目です」と、敬語で断るべきだったのに。


 何度ブルーに言っただろう。
 ちゃっかりと椅子に座ったブルーに、覗き込もうとしていたブルーに。
 「俺の日記だ」と、キャプテンらしくもない言葉。
 ソルジャーに向かって言い放つには、失礼に過ぎる言葉遣い。
(…あの椅子だったせいかもなあ…)
 ひょっとしたら、と掠めた考え。
 ブルーが勝手に引っ張って来ては座っていた椅子、けして立派ではなかった椅子。
 来客用とは違っていたから、座り心地もそこそこなもので。
 広大な青の間で暮らすソルジャー、皆が敬うブルーのためには相応しくなくて。
(ヒルマンやゼルなら、充分なんだが…)
 あいつらが使う分には申し分のないものではあった、と思う椅子。
 座り心地は悪くなかった、素晴らしいとまでは言えなかっただけ。
 ソルジャーに「どうぞ」と勧めるためには、些かよろしくなかっただけで。
(…あれに座っていたもんだから…)
 ついつい、昔の自分に戻っていたかもしれない。
 ブルーと普通に言葉を交わしていた頃に。
 敬語など使っていなかった頃に、「私」ではなくて「俺」だった頃に。


(そうか、椅子なあ…)
 椅子だったかもな、とクッと笑って目を開けた。
 今の自分の部屋に戻った、時の彼方のシャングリラから。
 キャプテン・ハーレイが暮らした部屋から、今の自分の書斎へと。
 もう一度、椅子に座り直して、書斎をぐるりと見渡してみて。
(…椅子は一つか…)
 一人暮らしの書斎なのだし、椅子は一つで当然だけれど。
(いずれは此処にも椅子が増えるのか?)
 小さなブルーが大きく育って、この家にやって来た時は。
 前のブルーがやっていたように、覗き込もうと現れた時は。
(何処から椅子を持って来るやら…)
 目を閉じてみると、小さなブルーの姿が浮かんでプッと吹き出す。
 チビのブルーが運んで来るには重たすぎる椅子を、懸命に運んでいたものだから。
 それは決して有り得ないけれど、小さなブルーは来ないけれども。
 こんな光景も見えたりするから、目を閉じる旅は面白い。
 身体は椅子に座ったままで。
 心の翼を自由に広げて、本物の過去へ飛んで行ったり、想像の世界を旅してみたり…。

 

       目を閉じてみると・了


※今のハーレイ先生の部屋からキャプテン・ハーレイの部屋へと、ちょっとした旅。
 思いがけない発見なんかもあったようです、こういう旅も楽しいですよねv





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「誰も来ないね…」
 今日もぼくたちだけみたい、とブルーが眺めた窓の外。
 本当に誰も来ないから。
 此処には誰も来はしないから。
「お前はその方がいいんじゃないか?」
 二人きりだぞ、とハーレイが穏やかに微笑むけれど。
 大好きな大きな褐色の手で、頭をクシャリと撫でられたけれど。
「でも…。寂しくない?」
 誰も来ないなんて、と俯いた。
 気付けば、いつも二人だけだから。
 自分とハーレイ、二人だけしかいない部屋。…他には誰も来ないから。
 もちろん家には、優しい母がいるのだけれど。
 だからこそ、テーブルの上にお茶とお菓子があるのだけれど。


 ハーレイが好きなパウンドケーキ。
 「おふくろが焼くのと同じ味なんだ」と、いつも嬉しそうに食べているケーキ。
 今日のお菓子は、ちょっぴり特別。
 香り高い紅茶がカップに淹れられ、ポットの中にはたっぷり、おかわり。
(ハーレイはコーヒーの方が好きだけど…)
 自分に合わせてくれている。
 前の生から、ソルジャー・ブルーだった頃から、そう。
 ソルジャー・ブルーも、チビの自分も、まるでコーヒーが飲めないから。
 何処が美味しいのか分からないほど、苦い飲み物。そういう認識。
 けれど、ハーレイはコーヒー好き。
 キャプテン・ハーレイだった頃から、大のコーヒー好きのハーレイ。
 それでもずっと自分に合わせて、いつだって紅茶。
 前の生でも、今の生でも。


 今の自分の小さなお城。家の二階にある子供部屋。
 其処でハーレイと過ごす時間が大好きだけれど、たまに寂しく思うこと。
 「誰も此処には来てくれない」と。
 前の自分が焦がれた地球。今では青く蘇った星。
 青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えたハーレイと自分。
 二人揃って記憶が戻って、もう一度恋が始まったけれど。
 前の自分たちの恋の続きを、思いがけなく生きているけれど。
(…誰も気付いてくれないんだよ…)
 ハーレイに恋をしていること。
 またハーレイと恋をしていて、幸せな今を生きていること。
 こんなに幸せで満ち足りた思い、ハーレイと二人で過ごすひと時。


(…前は気付かれちゃ、駄目だったけど…)
 前の生では、お互い、ソルジャーとキャプテンだったから。
 シャングリラを導く立場のソルジャー、船を纏める立場のキャプテン。
 恋人同士だと知れてしまったら、誰も付いては来てくれない。
 どんな意見も述べるだけ無駄で、「恋人同士で決めた話か」と向けられる背中。
 そうなったならば、もうシャングリラは前に進めはしないから。
 ミュウの未来も危うくなるから、懸命に隠し通した恋。
 本当に命尽きるまで。
 前の自分がメギドで死ぬまで、前のハーレイが地球の地の底で命尽きるまで。


 そうやって隠し続けた恋。
 誰にも言えずに終わってしまって、宇宙に散ってしまった恋。
 けれども、悲しい恋の終わりは、幸せな今に繋がっていた。
 気付けば青い地球に来ていて、恋の続きが始まった。
 まだ小さいから、ハーレイとはキスも出来ないけれど。
 キスのその先のこととなったら、許される筈もないのだけれど。
 ハーレイが「駄目だ」と叱るから。
 恋人同士の唇へのキス、唇と唇を重ねるキス。
 唇が触れるだけでも駄目だ、とハーレイは怖い顔をする。
 「前のお前と同じ背丈に育つまでは駄目だ」と、「俺は子供にキスはしない」と。
 せっかく巡り会えたのに。
 青く蘇った地球に来られて、恋の続きが始まったのに。


 キスも出来ない、物足りない恋。
 おまけに、誰も気付いてくれない。
 今度の恋は、隠さなくてもいい恋なのに。
 もうソルジャーでもキャプテンでもなくて、いつかは結婚出来る恋。
 ただ、今は教師と生徒という関係だし、その上、男同士だから。
(パパやママが知ったら、きっと大変…)
 両親は腰を抜かしてしまって、ハーレイと二人きりで過ごす時間は無くなる恐れ。
 「ドアを開けておきなさい」と叱られるだとか、リビングでしか会えないだとか。
 だから、二人きりで過ごす時間は、今の通りでいいのだけれど。
 ハーレイと二人でいるだけの方が、きっと一番なのだけれども。


(…でも、寂しいよ…)
 せっかくの恋を、誰かに自慢してみたくなる。
 またハーレイと巡り会えたと、幸せな恋をしているのだと。
 今度は祝福して貰える恋。
 いつか大きく育った時には、きっと結婚出来る恋。
 それを誰かに見て貰いたいし、幸せ自慢をしてみたい。こんなに幸せなんだから、と。
「誰か来ないかな…」
 来て欲しいのに、と外を眺めてまた呟いたら、覗き込んで来た鳶色の瞳。
「おいおい、誰かって…。誰か来ちまったら、恋人同士じゃいられないぞ?」
 俺はお前の守り役な上に教師なんだし、とハーレイは真剣な顔だから。
「それは分かっているんだけれど…。でも、誰か…」
 自慢したいよ、ハーレイと恋人同士なんだよ、って。
 今度は結婚出来るんだから、って誰かに自慢したいんだけどな…。


 例えば木に来る小鳥とかに…、と窓の向こうを指差した。
 誰か覗いてくれればいいのに、ぼくたちの姿を見て欲しいのに、と。
「なるほど、小鳥か…。それなら確かに安全だな」
「でしょ? 仲間を呼んで来て覗いていたって、ママにもパパにも分からないしね」
 今日は小鳥が賑やかだな、って思うだけ。
 そういう風に、ぼくたちの幸せ、見て欲しいのに…。
「ふうむ…。そうだな、言われてみれば…」
 そこの木に鳥はよく来ているが…。覗き込まれたことは無いなあ、ただの一度も。
 チョンチョンと枝を飛び移るだけで、窓から中は覗いてないか…。
「うん。…遠慮しないでいいのにね」
 ホントに寂しくなっちゃうよ。…小鳥、覗いてくれないんだもの…。


 ぼくたちをチラッと眺めただけで飛んでっちゃうよ、と零した不満。
 窓から覗いてくれはしなくて、ぼくたちの恋を見てくれない、と。
「今のぼく、こんなに幸せなのに…。またハーレイと会えたのに…」
「仕方ないだろ、鳥には鳥の都合があるのさ」
 鳥には鳥の世界があるんだ、その中で恋をして、歌を歌って。
 空を飛んでは、また別の場所へ。
 俺たちのことまで、じっくり見ている暇なんか持っちゃいないってな。
 餌を探したり、雛を育てたり、小鳥だって毎日、忙しいんだ。
 そんな中でも、チラッと窓から眺めてくれる。
 「幸せそうだな」って見てくれてるのさ、それで満足しておいてやれ。
 覗いて欲しいなんて駄々をこねずに、今日も小鳥が来てたな、ってことで。
「…そっか……」
 そうだね、小鳥にもきっと、恋人も友達もいるものね…。それに家族も、ご近所さんも。


 仕方ないな、と思ったけれど。小鳥には小鳥の世界があるし、と考えたけれど。
 それでも、自分の大切な恋を誰かに知って欲しいから。
 ハーレイとの幸せな恋の続きを見て欲しいから、窓の向こうを見てしまう。
 「誰か覗いてくれないかな?」と。
 雀でも鳩でも、シジュウカラでも、旅の途中の小鳥でも。
 庭の木の枝を渡る途中で、チラと眺めてゆくのではなくて、窓から部屋を覗き込んで。
 「恋人同士の二人なんだな」と、「幸せそうなカップルだな」と。
 そんな小鳥に覗いて欲しい。ほんの一羽でかまわないから。
 今はこんなに幸せだから。
 前の悲しい恋の続きの、幸せな今を生きているから…。

 

        誰か見に来て・了


※ハーレイ先生との恋を誰かに自慢してみたいブルー君。小鳥でもいいから、と。
 けれど、小鳥には小鳥の世界。思い通りにはいかないようです、残念ですけどねv





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