(…一緒に帰りたいのにな…)
ハーレイと、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
前の生から愛した恋人、また巡り会えた愛おしい人。
今日も仕事の帰りに訪ねて来てくれたけれど。
二人でお茶を飲んで過ごして、夕食も一緒だったのだけれど。
「またな」とハーレイは帰ってしまった。
軽く手を振って、車に乗って。
前のハーレイのマントの色をした、濃い緑色の車に一人で乗り込んで。
(ぼくも、あの車に乗れたらいいのに…)
ハーレイが帰ってゆく時に。
助手席のドアを開けて貰って、シートに座って。
それが出来たら、どんなに幸せなことだろう。
ハーレイの家まで夜のドライブ、大した距離ではないけれど。
何ブロックも離れていたって、車で走れば近いのだけれど。
(一回くらいは…)
連れて帰ってくれてもいいのに、と思うけれども、叶わない夢。
チビの自分は、ハーレイの家にも行けないから。
前の自分と同じ背丈に育たない内は、中に入れても貰えない家。
そういう決まりになっているから。
ハーレイが一人で決めてしまって、チビの自分は従うしかない。
どんなに遊びに行きたくても。
柔道部員の生徒たちなら、自由に出入り出来るのに。
(…ハーレイの家に呼んで貰って、バーベキューとか…)
徳用袋のクッキーだとか、宅配サービスのピザだとか。
柔道部員の教え子たちなら、大いに歓迎される家。
チビの自分は行けないのに。
連れて帰って貰えもしなくて、今日だって此処に置き去りなのに。
そうなる理由は、ちゃんと分かっているけれど。
自分がハーレイの恋人なせいで、おまけに小さいからだけれども。
(…大きくなるまで行けないなんて…)
ホントに辛い、と悲しい気持ち。
もっと幼い子供だったら、ハーレイの家にも行けそうなのに。
「泊まりに来るか?」と誘って貰って、荷物を抱えて車に乗って。
本当に一人で大丈夫なのか、と心配そうな父と母とに、元気一杯に窓から振る手。
「行ってくるね」と、「大丈夫だよ」と。
ハーレイが側にいてくれるのだし、一人で行っても、絶対に平気。
ちっとも寂しくなったりはしない、両親と離れて一人でも。
夜の道路を走る車に乗っている時も、ハーレイの家に着いた後にも。
(きっとワクワクしてるんだから…)
寂しいだなんて、思わずに。
両親のいる家に帰りたいとも、まるで考えたりせずに。
大好きなハーレイと一緒だから。
ハーレイの側にいられるのだから、「またな」と置いてゆかれる代わりに。
(庭とかが夜で真っ暗でも…)
怖い気持ちもしないのだろう。
好きでたまらない、ハーレイの側にいられたら。
ハーレイが側にいてくれたなら。
(真っ暗でも、怖くないんだから…)
今より小さな子供でも。
フクロウのオバケがとても怖くて、泣いていたようなチビの頃でも。
(…フクロウ、とっても怖かったけど…)
両親のベッドに潜り込んだら怖くなかった。
それと同じで、ハーレイがいればフクロウの声が聞こえて来たって平気。
「オバケ、怖いよ」と震えていたなら、ハーレイが抱き締めてくれるから。
「俺がいるから大丈夫だ」と。
オバケなんかは入って来ないと、「来たって退治してやるからな」と。
もっと自分が幼かったら、そんな夜だってあったのだろう。
ハーレイの家に泊めて貰って、幸せ一杯で過ごす夜。
一人では眠れないくらいの年なら、ハーレイのベッドに入れて貰って。
大きな身体にキュッと抱き付いて、優しい温もりに包まれて眠る。
もしも自分がチビだったなら。
今よりも、ずっと小さかったら。
(…小さいぼくなら、そうなってたよね…)
ハーレイが誘ってくれた時には、ウキウキと荷物を用意して。
お気に入りの絵本も持って行こうと、あれもこれもと欲張ったりして。
(…今のぼくでも、キスしてって言わなかったなら…)
連れて帰って貰えただろう。
柔道部員の生徒たちのように、教え子の一人だったなら。
恋人なのだと主張しないで、もっと大人しくしていたならば。
(…とっくに手遅れ…)
もうやり直しは出来ないものね、と自分でも分かっているけれど。
ハーレイの家に「来るな」と言われてしまった時から、ちゃんと分かっているのだけれど。
今の自分は間違えたろうか、恋人としての在り方を。
チビの自分に相応しい恋をしていたのならば、ハーレイと一緒に帰れたろうか。
ハーレイの気が向いたなら。
「たまには俺と一緒に来るか?」と、誘いの言葉を貰えたならば。
「泊まりに来るなら、支度しろよ」と、いつもの笑顔で。
用意しないなら置いて帰るぞと、グズグズしてたらそうなるんだが、と。
(…誘ってくれたら…)
大急ぎで支度するだろう。
幼い頃なら、見当違いな荷物も用意しそうだけれど…。
(今のぼくなら、きちんと用意…)
絵本やオモチャを詰めたりしないで、必要な物を。
着替えの服やら、パジャマなんかを取り出して。
忘れ物は無いかと、順に数えて確認もして。
そうして支度が整ったならば、ハーレイの車の助手席に乗る。
鞄を膝の上に乗っけて、見送る両親に手を振って。
「行ってきます」と、もしかしたら、お土産なんかも持たせて貰って。
急だけれども、ハーレイの家に泊まりに行くなら、母が用意をしそうだから。
「ハーレイ先生と一緒に食べて」と、ケーキを箱に入れたりして。
(…ママなら、きっとそうだよね?)
丁度いいケーキがあったなら。
運が良ければ、ハーレイが好きなパウンドケーキが丸ごとだとか。
(ハーレイ、凄く喜びそう…)
お土産の中身が、好物のパウンドケーキなら。
ハーレイの母が作るケーキと、同じ味のケーキだったなら。
(車を運転している時から、もう御機嫌で…)
家に着いたら、早速食べようとするのだろう。
「お前も食うか?」と、パウンドケーキを切り分けて。
パウンドケーキではなかったとしても、「ケーキ、お前も食うだろ?」と。
(お腹、一杯になりそうだけど…)
きっと「要らない」とは言わない。
ハーレイと二人で、幸せな時を過ごしたいから。
いつもはハーレイが一人のテーブル、其処に自分も座りたいから。
(ハーレイ、コーヒーだろうけど…)
それが苦手な自分のためには、他の飲み物をくれるだろう。
「お前、紅茶がいいよな?」だとか。
ココアがいいかと訊いてくれたり、「ホットミルクにしてみるか?」とか。
二人分の飲み物の用意が出来たら、のんびり座って幸せな時間。
ハーレイはコーヒーをゆったりと飲んで、自分は紅茶やココアなんかで。
「美味しいね」とケーキを頬張って。
夜がすっかり更けてしまうまで、ハーレイが「寝るか」と言い出すまで。
「もう遅いから、寝ないとな?」と。
お前のベッドは別だからな、とキッチリと釘を刺されるまで。
(泊まりに行っても、ベッドは別で…)
もちろん寝室だって別。
ハーレイは自分の寝室に行って、チビの自分はゲストルーム。
そうなることは分かっているから、それでちっともかまわない。
本当は一緒に眠りたいけれど。
おやすみのキスも欲しいけれども、そんな我儘を言ったなら…。
(二度と来るな、って言われちゃうんだよ…!)
今の自分がそうなったように、ハーレイの家には行けなくなってしまったように。
だから我慢で、側にいられたら、それで充分。
ハーレイが「おやすみ」と寝に行くまで。
寝室のドアがパタンと閉まって、「お前も寝ろよ?」と言われるまで。
それまでの時間を、ハーレイの側で過ごせたら。
母が持たせてくれたケーキを一緒に食べて、コーヒーや紅茶を飲んでお喋り。
お風呂から上がった後の時間も、ハーレイの側にいられたら。
「湯冷めするぞ?」と叱られるまで。
「お前が風邪を引いちまったら、俺がお母さんに叱られるんだ」と困った顔をされるまで。
それが出来たら、ベッドは別でもかまわない。
おやすみのキスが貰えなくても、貰えたとしても頬や額にだったとしても。
(…ハーレイの側にいられたら…)
それだけで充分なんだけどな、と思うけれども、とうに失敗したのが自分。
一人前の恋人気取りでキスを強請って、誘ったりもして、大失敗。
もうハーレイの家に行けはしなくて、連れて帰っても貰えない。
「またな」と置いてゆかれるだけで。
「俺と一緒に帰らないか?」と、泊まりの誘いもして貰えなくて。
チビの自分は、考えなしでキスばかり強請ったものだから。
懲りずにキスを強請り続けては、いつも断られてばかりだから…。
側にいられたら・了
※ハーレイ先生の家に連れて帰って貰えたらいいのに、と夢を見ているブルー君。
けれども、とうに大失敗。キスさえ何度も強請らなかったら、誘って貰えたかもですねv
(連れて帰れはしないからなあ…)
可哀相だが、とハーレイが思い浮かべた恋人。
十四歳にしかならない恋人、前の生から愛したブルー。
今日も家には寄ったのだけれど。
(またな、って…)
手を振って帰って来ちまった、と見渡す自分の周り。
コーヒー片手に、夜の書斎で。
仕事の帰りに、ブルーには会って来たけれど。
ブルーの部屋であれこれ話して、夕食も一緒に食べたけれども。
(あいつはチビで、まだまだ子供で…)
どんなに見詰められたとしたって、この家に連れて帰れはしない。
ブルーにはブルーの家があるから。
両親と一緒に暮らす子供で、前のブルーとは違うから。
(連れて来たって、チビなんだし…)
俺は子供にキスはしないぞ、と今のブルーの幼さを思う。
確かにブルーなのだけれども、小さいと。
前の生で初めて出会ったブルーと、まるで変わらないチビじゃないかと。
(…あの時のあいつも、本当にチビで…)
成長を止めた姿と同じに、心も子供。
自分よりもずっと年上だとは、夢にも思いはしなかった。
凄い力を持ったチビだ、と驚いただけで。
(チビだったあいつは、中身も子供…)
前の自分について歩いて、懐いていたのがチビだったブルー。
恋人気取りの今のブルーとは違ったブルー。
見た目は同じ姿でも。
チビな所は、変わらなくても。
今のあいつは中身だけ前のブルーなんだ、と浮かべた苦笑。
中途半端に、恋をしていた部分だけが。
一人前の恋人気取りで「ぼくにキスして」と言う所とか。
「キスは駄目だ」と叱ってやったら、「ハーレイのケチ!」と膨れるだとか。
前のブルーと同じ心を持っていたなら、そうなったりはしないだろうに。
姿はチビでも、心は育っていたのなら。
(…俺の心に気付くぞ、あいつ…)
小さなブルーが主張する通り、中身が前と一緒なら。
前のブルーとそっくり同じになっていたなら、直ぐに理解することだろう。
どうしてキスをしないのか。
「キスは駄目だ」と叱らなくても、きっと一度で分かってくれる。
小さくなった自分の身体を見回して。
困ったような笑みを浮かべて、「仕方ないよね」と零す溜息。
こんなに小さくなってしまっては、せいぜい、側にいるくらい、と。
前の自分がやっていたように、後ろにくっついて歩くくらいが精一杯だ、と。
(あいつなら、分かってくれるんだ…)
唇へのキスが駄目な理由も、育つまで待たねばならないことも。
子供なのだし仕方がないと、チビの間は子供らしく、と。
(そういう中身だったなら…)
連れて帰れたかもしれないな、と考えてみる。
小さなブルーが自分の立場を心得ていたら、ただの客人なのだから。
「ぼくにキスして」と強請らないなら、「キスしてもいいよ?」と誘わないなら。
大人しくチョコンと椅子に座って、本でも読んでいるだとか。
夜が更けたら、「おやすみなさい」とゲストルームに行くだとか。
「ハーレイの部屋で寝たいんだけど…」などと、妙な我儘を言わないで。
泊めて貰っているのだから、と礼儀正しく挨拶もして。
「先に寝るね」と、子供らしく。
「ハーレイも夜更かししてちゃ駄目だよ?」と、恋人らしい気遣いも。
(…あいつが、そういうヤツだったらなあ…)
俺だって泊めてやったよな、と思わないでもないブルー。
「一緒に来るか?」と、たまには誘って。
泊まりに来るなら支度しろよ、とブルーが荷物を詰めるのを待って。
(多分、あいつの両親だって…)
「すみません」と恐縮するだろうけれど、ブルーが泊まるのを止めたりはしない。
いくら身体が弱い息子でも、一泊くらいなら大丈夫だから。
万一、熱を出したとしたって、直ぐに迎えに行ける距離。
思い立ったその日に連れて帰っても、何の問題も無いのがこの家。
ブルーの家から何ブロックも離れていたって、同じ町には違いないから。
休日には歩いて往復するほど、それが可能な場所にあるから。
(もしも、ブルーが泊まりに来たら…)
きっと可愛いぞ、と緩んだ頬。
前のブルーと同じ心を持っていたなら、礼儀正しくて愛らしい子供。
そうでなくても、きっと可愛いことだろう。
中身が今のブルーでも。
一人前の恋人気取りで、厄介な方のブルーでも。
(俺と一緒に帰れるだけで、大はしゃぎだな)
子供なんだし、と目に浮かぶよう。
「泊まりに来るか?」と言ってやったら、一緒に帰れるとなったなら。
「いいの?」と歓声、それにキラキラと輝く瞳。
何を荷物に入れようかと。
着替えにパジャマに、他にも色々、と。
(一人前の恋人気取りには違いないんだが…)
お洒落な服を用意したりはしないだろう。
なにしろ、中身は子供だから。
恋人の家に泊まれるだけで、舞い上がってしまうチビだから。
これが育ったブルーだったら、服だけでも悩みそうなのに。
クローゼットを何度も覗いて、「どれにしようか」と真剣に。
その辺りからして、感覚がズレていそうなブルー。
中身は本当にチビだから。
姿そのままに子供なのだし、持って行く服を選ぶなら、きっと…。
(俺の目に、そいつがどう映るかより…)
あいつの好みなんだろうな、と微笑ましい。
次の日に着たい気分のシャツやら、ズボンやら。
そういう服を引っ張り出すぞと、選んで鞄に詰め込むんだ、と。
服がそうなら、寝るためのパジャマの方だって。
「これがいいな」と選ぶパジャマは、着心地優先なのだろう。
恋人の家へ泊まりにゆくのに、色気の欠片も無さそうなパジャマ。
元が子供の持ち物なのだし、当然だけれど。
そうでなくても、男性用には、色気はあまり無さそうだけれど。
(…そうは言っても、それなりに…)
ブルーが頭を働かせたなら、選ぶパジャマは変わってくる。
頭から被るタイプよりかは、ボタンで留める方がいいとか。
同じボタンで留めるパジャマでも、襟ぐりが開いた方がいいとか。
(考える余地はあるってわけで…)
悩むポイントも多い筈だが、と思うけれども、相手はブルー。
一人前の恋人気取りのチビの子供で、中身はそっくりそのまま子供。
着やすさだけで選び出すだろう、泊まりに持ってゆくパジャマ。
(着心地がいいのが一番だ、ってな)
色気なんぞは考えたりもしないんだ、と想像がつくから愉快な気分。
何処から見たって色気など無い、可愛いだけのパジャマ姿。
もしもブルーが泊まりに来たなら、そうなるんだな、と。
どんなに恋人気取りでいたって、服やパジャマでボロが出るぞ、と。
服よりも先にボロが出るのが、夜にブルーが着替えるパジャマ。
着心地の方を最優先して、色気の欠片も無いパジャマ。
それにいそいそ着替えるんだな、と。
「先にシャワーを浴びてもいい?」と、前のブルーを気取っても。
バスルームから出て来た時には、頬を上気させて湯気を纏っていても。
(うん、なかなかに楽しいじゃないか)
チビのあいつが側にいたなら、と膨らむ想像。
連れて帰れはしないけれども、側にいたならこうなりそうだ、と。
こうしてコーヒーを楽しむ間に、ブルーはシャワーを浴びるのだろう。
誘惑するには、まずはシャワー、と。
(まるで分かっちゃいないんだがな?)
前のあいつと同じにやっても、中身がチビって所がな、とクックッと笑う。
シャワーを浴びて来さえしたなら、恋人同士の時間なのだと思う辺りが、と。
今のブルーはチビなのに。
きっと着心地優先のパジャマ、それを選んで着るのだろうに。
ホカホカと湯気を立てていたって、可愛らしいだけの小さな恋人。
それが書斎に来るのか、と。
「ハーレイ?」と、「ぼくにキスして」と。
すっかり遅いし、ベッドに行こう、と。
「ぼくをベッドに連れて行って」と、「ハーレイのベッドで寝てもいいよね?」と。
キスも出来ない子供のくせに、一人前の恋人気取りで。
恋人の家に泊まる以上は、ベッドも一緒で夜も一緒、と。
そう頭から信じるブルーを、「よし」と抱き上げてやるのもいい。
「寝るとするか」と、「もう遅いしな?」と。
小さなブルーは、勘違いして喜ぶだろう。
「ハーレイと一緒に寝られる」と。
本物の恋人同士になれると、心の底からワクワクして。
(色気の欠片も無いパジャマでな…)
だから余計に面白い。
「チビは此処だ」と、ゲストルームのベッドに放り込んだなら。
「おやすみ」とドアを閉めたなら。
きっと聞こえる、「ハーレイのケチ!」という声が。
もしもブルーが側にいたなら、「俺と来るか?」と、この家に連れて帰って来たら…。
側にいたなら・了
※ブルー君を連れて帰って来たら、と想像してみるハーレイ先生。今のチビのブルーを。
きっとこういう結末ですよね、ブルー君がどんなに努力したって。子供は子供v
(ハーレイのケチ!)
いつまで経ってもケチなんだから、と小さなブルーが尖らせた唇。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は土曜日、ハーレイが訪ねて来てくれたけれど。
午前中から一緒に過ごしたけれども、たったそれだけ。
恋人同士の二人でいたのに、部屋では二人きりだったのに…。
(今日も断られちゃったんだよ!)
ハーレイにキスを強請ったら。
「ぼくにキスして」と頼んだら。
鳶色の瞳で睨み付けられて、それはすげなく言われた言葉。
「俺は子供にキスはしない」と、「何度言ったら分かるんだ」と。
嫌というほど聞いた言葉で、ケチのハーレイはキスをくれない。
キスを貰えるのは額と頬だけ、唇へのキスは貰えない。
前の生からの恋人同士で、もう一度巡り会えたのに。
新しい命と身体を貰って、この地球の上で会えたのに。
遠く遥かな時の彼方で、焦がれ続けた水の星。
いつか地球まで辿り着けたら、と幾つもの夢を描いた星。
ハーレイと一緒にあれをしようと、これもしたいと。
その夢の星に来たというのに、ハーレイはケチになってしまった。
(…今でも恋人同士なのに…)
駄目だ、と言われてしまうキス。
何度頼んでも、強請っても。
「キスしてもいいよ?」と誘ってみたって、いつもハーレイに叱られるだけ。
今の自分はチビだから。
十四歳にしかならない子供で、前の自分よりも小さいから。
それは分かっているのだけれども、なんとも腹立たしいケチなハーレイ。
自分を愛してくれているなら、一度くらいキスが欲しいのに。
恋人同士が交わす甘いキス、唇へのキスが欲しいのに。
ホントに一度でいいんだから、と思うけれども、ハーレイはケチ。
どんなに頼んで強請ってみたって、「駄目だ」としか言いはしないのだろう。
「前のお前と同じ背丈になるまでは駄目だ」と、お決まりの台詞。
百五十センチしか無い自分の身長、前の自分だと百七十センチ。
あと二十センチも伸びない限りは、ハーレイはキスをしてくれない。
すっかりケチになったから。
生まれ変わって来たせいだろうか、前のハーレイよりもケチだから。
(…酷いよね…)
ホントに酷い、と零れる溜息。
前のハーレイなら、幾らでもキスをくれたのに。
今でも夢に出て来た時には、優しくキスをくれるのに。
キスをくれるし、キスのその先のことだって。
本物の恋人同士の時間も、夢のハーレイならくれるのに。
(…でも、夢の中だと、ぼくだって…)
前のぼくになってしまうんだよ、と残念な気持ち。
チビの自分は消えてしまって、前の自分になっている夢。
ハーレイとキスを交わしているのは、自分ではなくて前の自分。
恋人同士の甘い時間を過ごすのも。
いつも目覚めてはガッカリする夢、「今日の夢も、ぼくじゃなかったよ」と。
今の自分よりも大きく育った、前の自分でしかなかったと。
(…夢の中のハーレイ、前のぼくが盗ってしまっちゃう…)
ハーレイは自分の恋人なのに。
こんなに好きでたまらないのに、前の自分が奪ってしまう。
育った身体を持っているから、その分、ずっと有利だから。
「キスは駄目だ」と言われはしなくて、ハーレイとキスが出来るから。
同じ自分なのに、夢の後では、いつもちょっぴり悲しい気分。
「ぼくじゃなかった」と。
前のぼくにハーレイを盗られちゃったと、とても幸せな夢だったのに、と。
夢でさえもキスをくれないハーレイ、前の自分の時にしか。
チビの自分の夢を見た時は、「キスは駄目だ」と睨むハーレイ。
夢の中でも現実と同じ、せっかく夢を見ているのに。
起きている時には叶わないこと、それが叶うのが夢なのに。
(…たまには、夢でも優しいハーレイ…)
ぼくにキスしてくれるハーレイがいいな、と考えながら入ったベッド。
今日もハーレイはケチだったのだし、夢でくらいは、と。
(…前のぼくさえ、出て来なかったら…)
きっと貰えるだろうキス。
上手い具合に、入れ替わったら。
チビの自分が前の自分に勝てたなら。
(…サイオン勝負だと、負けてしまうに決まってて…)
背の高さでも負ける、前の自分。
ソルジャー・ブルーと呼ばれた自分。
どうすれば彼に勝てるのだろうか、サイオンはとことん不器用なのに。
思念波もろくに紡げはしなくて、瞬間移動は夢のまた夢。
前の自分と入れ替わろうにも、その方法が見付からない。
それとも夢だと出来るのだろうか、「ぼくにも出来る」と信じたら。
サイオン・タイプは今でもタイプ・ブルーなのだし、潜在的にはある筈の力。
たった一回きりだとはいえ、ハーレイの家へも飛べたから。
(…うんと頑張ったら…)
前の自分に勝てるだろうか、スルリと居場所が変わるだろうか?
ハーレイがキスをくれる立場へ、チビのまんまで。
今の自分よりも育った姿の、前の自分と入れ替わって。
(…上手くいったら…)
ハーレイが唇にくれそうなキス。
チビの自分の背丈に合わせて、腰を屈めて。
それでも強く抱き締めてくれて、「俺のブルーだ」と唇にキス。
夢の中だと、ケチではないかもしれないハーレイ。
そういう夢を見てみたいよね、と前の自分に挑むつもりで考えて…。
ふと気付いたら、笑顔のハーレイ。
「今日はドライブに連れて行ってやろう」と。
行こう、と開けてくれたドア。
今のハーレイの愛車だったから、大喜びで乗り込んだ。
ハーレイもたまには気が変わるんだ、と。
(ドライブも駄目だ、って言ってるくせに…)
今日は機嫌がいいみたい、と眺めた運転席のハーレイ。
「どうしたんだ?」と向けられた笑みは優しくて、ドライブは嘘ではないらしい。
直ぐにハーレイがかけたエンジン、走り出した車。
(何処に行くのかな?)
もしかしたら隣町だろうか、と高鳴った胸。
ハーレイの両親が住んでいる町、庭に夏ミカンの大きな木があると聞いた家。
其処へ連れて行ってくれるのだったら、もう嬉しくてたまらない。
(お父さんたちに、ぼくを紹介してくれて…)
きっと結婚の話も出るから、チビでもハーレイの婚約者。
プロポーズはまだでも、正式な婚約はずっと先でも。
(…ふふっ…)
どんな人たちなんだろう、と膨らむ夢。
ハーレイが顔も教えてくれない、隣町に住む父と母。
(お父さんは、ヒルマンにちょっと似てるって…)
早く会いたいな、と思っていたら、「此処だ」と車を停めたハーレイ。
いつの間にか広い空き地に来ていて、其処にはギブリ。
白いシャングリラにあったシャトルで、どういうわけだか、一機だけ。
「えっと…?」
なんでギブリが、と目を丸くしたら。
「せっかく、お前とドライブだしな?」
うんとでっかくドライブしよう、とハーレイが指差す空の上。
青空に浮かぶシャングリラ。
「あれで行こう」と、「今日は俺たち二人だけだぞ?」と。
今のハーレイには、動かせそうもないギブリ。
それに巨大なシャングリラ。
「ハーレイ、そんなの動かせるの?」と訊いたけれども、「任せておけ」と頼もしい答え。
ドライブなんだと言っただろうが、と。
そして「乗るぞ」と促されたギブリ。
操縦席に座ったハーレイは、見事にそれを動かした。
まるで車を動かすように。
キャプテンの制服を着てもいないのに、ドライブ用の普段着なのに。
アッと言う間に、青い空へと飛び立ったギブリ。
遥か上空に浮かぶシャングリラへ、白い鯨の背中へと向けて。
「今のお前は飛べないしな?」
シャングリラにだって飛べんだろう、と笑ったハーレイ。
「だが、こいつでなら簡単だぞ」と、「もう目の前に見えてるしな?」と。
滑り込むように入った格納庫。
誰も誘導してはいないのに、ハーレイは鮮やかにギブリを停めた。
船に着いたら、「次はこっちだ」と引っ張られた手。
「ドライブするなら、ブリッジの方へ行かんとな?」と。
(…ハーレイ、こんなの動かせるんだ…)
ギブリも、それにシャングリラまで、と真ん丸になってしまった瞳。
今のハーレイにも出来るだなんてと、前のハーレイよりずっと凄い、と。
(…柔道も水泳も、プロの選手に負けない腕で…)
おまけにギブリの操縦が出来て、シャングリラだって動かせる。
誰の助けも借りないで。
航路も何もかも、一人で決めて。
「どうした、ブルー?」
何処へ行きたい、とハーレイがシャングリラの舵を握って訊いたから。
二人きりで何処を飛んでみたい、と尋ねられたから。
「もちろん、地球を一周だよ!」
ぼくは宇宙から一度も見たことないんだから、と膨らませた胸。
応えて笑顔になったハーレイ、「さあ、ドライブだ。シャングリラ、発進!」と。
其処でパチリと開いた瞳。
覚めてしまった、素敵な夢。
(…今の、夢なの?)
夢だったの、と残念だけれど、ケチではなかった夢のハーレイ。
「ぼくにキスして」と強請ることさえ、夢の自分は忘れていたから。
ハーレイの姿に見惚れてしまって、夢のドライブに胸を躍らせていて。
(夢の中だと、ハーレイ、とってもカッコ良くって…)
キスのことさえ忘れていたのが自分なのだし、今日はハーレイに言ってみようか。
「ぼくをドライブに連れてって」と。
車じゃなくってシャングリラがいいよと、シャングリラで地球を見に行くんだよ、と…。
夢の中だと・了
※今のハーレイはケチだから、と膨れていたのがブルー君。夢でくらいはキスが欲しい、と。
そしたらシャングリラでドライブする夢。キスも忘れてしまう所が幸せですよねv
(ハーレイのケチ、なあ…)
あれを言われるのも何度目やらな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
夜の書斎で、コーヒー片手に。
今日は土曜日、朝から出掛けてブルーに会って来たけれど。
恋人の家を訪ねたけれども、言われた言葉が「ハーレイのケチ!」。
ケチ呼ばわりの理由は一つで、いつもと同じ。
「ぼくにキスして」と強請るブルーを、「駄目だ」と睨み付けたこと。
「俺は子供にキスはしない」と、「何度言ったら分かるんだ」と。
小さなブルーは膨れてしまって、桜色の唇が紡いだ言葉。
「ハーレイのケチ!」と。
けしてケチではない筈なのに。
ブルーの望みは、何でも叶えてやりたいのに。
(なんたって、俺のブルーだからな)
前の生から愛した恋人、また巡り会えた愛おしい人。
生まれ変わって、この地球の上で。
前のブルーが夢に見た星、焦がれ続けた青い水の星で。
ブルーと二人、新しい身体と命を貰って、これからも生きてゆくけれど。
前の自分たちの恋の続きを生きるのだけれど、子供になってしまったブルー。
十四歳にしかならない子供に、今の自分の教え子に。
時の彼方で失くした時には、ブルーは大人だったのに。
それは気高く美しい人で、背だってずっと高かったのに。
(…どうしたわけだか、今はチビでだ…)
俺のブルーには違いなくても、チビはチビだ、と分かる恋人。
姿と同じに中身も子供で、柔らかで無垢な心のブルー。
「キスしてもいいよ?」と、誘う日だってあるけれど。
一人前の恋人気取りで、キスを強請ってくるのだけれど。
いくらブルーが望むことでも、唇へのキスは贈れない。
子供にはキスは早すぎるから。
頬と額へのキスで充分、それが自分の信条だから。
(なのに、あいつは分かっちゃいなくて…)
ハーレイのケチと来たもんだ、と溜息をついても仕方ないこと。
ブルーにとっては「ケチ」だから。
小さなブルーが望んでいるのに、キスを断るケチな恋人。
きっとまだまだ、ブルーは分かってくれないだろう。
もっと大きく育つまで。
心も身体と同じに育って、ケチな恋人の本当の想いに気付くまで。
(あいつを大事に思っているから、キスは駄目だと言ってるんだが…)
チビのブルーには分からないよな、と自分が可哀相になる。
ブルーのためを思っているのに、「ケチ」呼ばわりをされるから。
「キスは駄目だ」と断る度に、「ハーレイのケチ!」と膨れられるから。
(…あいつがチビでさえなけりゃ…)
幾つでもキスを贈ってやれる。
「もう要らないよ!」と、ブルーが逃げ出すほどに。
「キスもいいけど、ちょっとはのんびりさせて欲しい」と言い出すほどに。
愛おしさのままに、幾つでも。
ブルーが「ハーレイ!」と怒っていたって、ギュッと両腕で抱き締めて。
たとえば、おやつを食べているブルー。
美味しそうにケーキを頬張るブルーに惹かれたら。
唇にちょっぴりついたクリーム、それが羨ましくなったなら。
「クリームのくせに、俺のブルーを」と。
ブルーの唇は俺のものだと、ケーキにくれてやるもんか、と。
捕まえてキスを贈る唇。
ブルーには、いい迷惑だけれど。
「ぼくはケーキを食べてるのに!」と、「ハーレイの馬鹿!」と怒りそうだけれど。
ケチよりは「馬鹿」の方がいいな、と思うけれども、まだ先のこと。
小さなブルーはチビの子供で、結婚出来もしないから。
二人一緒に暮らせはしないし、もちろんキスも贈れない。
こうして夢を見るのがせいぜい、「大きく育ったブルー」のことを。
その日が来たら、と思い描いて、ブルーの言葉を想像して。
(…そいつが俺の限界ってヤツで…)
ぜめて夢では会いたいもんだ、とグイと飲み干したコーヒーの残り。
夢の中なら、前のブルーにも会えるから。
小さなブルーも現れるけれど、育ったブルーも現れる。
「ハーレイ?」と微笑む愛おしい人。
何処へ行こうか、と車の助手席に座っていたり。
(…今夜はそいつで頼みたいもんだ)
ケチと言われてしまったからな、とパジャマに着替えて入ったベッド。
出来れば甘い夢を見たいと、ブルーとドライブ、それからデート。
今は叶わないことだけれども、叶わないからこその夢。
目覚めた時にはガッカリしたって、夢の中では幸せな自分。
ブルーとデートで、ドライブだから。
「美味い飯でも食いに行くか」と、ハンドルを握っていたりするから。
もっとも、小さなブルーが来たなら、そうはいかないのだけれど。
学校の夢やら、今日と変わらない日々の夢。
小さなブルーを抱き締めるだけで、時によっては…。
(夢の中でも「ハーレイのケチ!」だ)
あまりに何度も言われたせいで、すっかり覚えてしまった自分。
プウッと膨れるブルーの顔も。
だから夢でも同じこと。
小さなブルーが現れたならば、現実と同じになる展開。
せっかく夢を見たというのに、得をした気分がまるで無い夢。
ブルーに会えたというだけのことで、夢ならではのことが起こらないから。
それは御免だ、と落ちてゆく眠り。
お得な夢でよろしく頼む、と。
ふと気付いたら、「ハーレイ!」と駆けて来るブルー。
転がるように、懸命に。
一杯に手を振っているけれど、そんなに急いで走ったら…。
「ブルー!」
危ないぞ、と止める間もなく、転んでしまったブルーの身体。
石か何かに躓いて。
上手く手をつくことも出来ずに、地面に叩き付けられて。
「痛いよ…!」
ママ、と大声で泣き出したブルー。
慌てて起こしに走って行った。
ジョギングの途中だったのだけれど、それどころではない状況だから。
(…絆創膏も持っちゃいないぞ…!)
俺は転んだりしないから、と大股で駆け寄り、抱き起こした。
「痛い」と泣き叫ぶ恋人を。
何処から見たって幼稚園児で、とても幼い恋人を。
「大丈夫か、ブルー!?」
ママはどうした、と見回したけれど、姿が見えないブルーの母。
此処は公園、きっと何処かにいる筈なのに。
けれど「いないよ」と答えたブルー。
涙をポロポロ零しながら。
擦り剥いた膝から血が出ているのに、それでも健気に笑顔を作って。
「ぼくは一人」と、「一人で来たよ」と。
ハーレイに会いたかったから、と。
「会えて良かった…。やっぱり、いたね」
ジョギングしてたね、とブルーは笑顔だけれども、痛そうな膝。
傷の手当てをしてやりたいのに、持ってはいない傷薬。
それに絆創膏だって。
「お前なあ…。一人で此処まで来たなんて…」
無茶するなよな、と幼いブルーを抱き上げた。
公園の管理事務所に行こうと、あそこだったら傷の手当てが出来るしな、と。
宝物のように大切に抱いて、管理事務所に連れて行ったブルー。
「転んで怪我をしたんです」と。
傷薬と絆創膏を貰えますかと、手当ては私がやりますから、と。
「ごめんね、ハーレイ…」
ぼく、迷惑をかけちゃった、幼いブルーがしょげているから。
事務所の椅子にチョコンと座って、悲しそうな顔をするものだから。
「気にするな。…お前、頑張ったんだしな?」
一人で家から来たんだろう、と消毒してやるブルーの膝。
「ちょっとしみるぞ」と、「痛けりゃ泣いてもいいからな」と。
けれど、泣いたりしなかったブルー。
消毒されても、傷に薬を塗られても。
キュッと唇を結んで耐えて、「ありがとう」と笑みさえ浮かべたくらい。
「ぼくはホントに平気だから」と、「痛くないよ」と。
本当はとても痛いだろうに。
今だって傷はズキズキ痛んで、きっと泣きたいくらいだろうに。
(…こいつを送って行かないとな?)
ブルーが一人で出て来た家まで、きちんと送り届けなければ。
いつの間にやら消えてしまった一人息子を、きっと探しているだろうから。
まさか公園まで行っているとは思いもしないで、家の近所で。
「ほら、ブルー」
背負ってやるから一緒に帰ろう、と言ってやったら、弾けた笑顔。
「ホント?」と「ハーレイが送ってくれるの?」と。
一緒に帰ってくれるんだね、と。
「ハーレイと一緒に帰りたいから、ぼく、頑張って来たんだよ」と。
其処でパチンと覚めた夢。
あれは夢か、と目覚めたベッド。
(うーむ…)
可愛いじゃないか、と思った恋人。
今よりもずっと小さいけれども、夢の中では可愛かったブルー。
「ハーレイのケチ!」と膨れる代わりに、健気に笑みを浮かべたブルー。
ああいうブルーも悪くないなと、今よりチビでも可愛かった、と。
今日はブルーに話してやろうか、「もっと小さくならないか?」と。
お前よりもずっと可愛げがあって、「ケチ!」とも言わないようだからな、と…。
夢の中では・了
※「ハーレイのケチ!」と言われてしまったハーレイ先生。せめて夢では、と思ったら…。
もっと小さなブルーが出て来て、可愛らしさに参った模様。幼いブルーも素敵かもv
(ハーレイ、来てくれなかったよ…)
待ってたのに、と小さなブルーがついた溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は学校で会えただけのハーレイ、前の生から愛した恋人。
「ハーレイ先生!」と呼び掛けられたし、立ち話も少ししたけれど。
大好きな声は聞けたのだけれど、学校ではあくまで教師と生徒。
恋人同士の話は出来ないまま。
だから寂しくなってくる。
「会えたけれども、ぼくのハーレイじゃなかったよ」と。
中身は同じにハーレイだけれど、やっぱり違う「ハーレイ先生」。
同じ声でも、同じ顔でも。
優しい笑みを浮かべていたって、恋人の顔とは違うもの。
一緒にいたいのは「ハーレイ」の方で、話をしたいのも「ハーレイ」。
「ハーレイ先生」の方ではなくて。
(…来てくれるかと思ってたのに…)
何の根拠も無かったけれども、期待して待っていたのが今日。
来てくれるといいなと、会えるといいな、と。
期待が膨らんでゆけばゆくほど、上手く運びそうな気がしてくるもの。
「きっと来てくれるに違いない」と。
じきに会えると、もう少しだけ待ったなら、と。
(…ホントに会えると思ってたのに…)
何度も窓の方を眺めて、窓から下を見下ろしたりも。
ハーレイの愛車がやって来ないか、門扉の向こうに見慣れた姿が見えないかと。
それと同じでチャイムも待った。
鳴ってくれると、ハーレイが鳴らしてくれるだろうと。
けれど、鳴らずに終わったチャイム。
ついに来てくれなかった恋人、あんなに待っていたというのに。
なんとも残念な気分の今。
「ハーレイ先生」にしか会えなかったから。
恋人のハーレイは来てくれないまま、今日が終わってしまうから。
(…もしもハーレイが来てくれてたら…)
ちゃんと我慢をしたんだけどな、と思い浮かべる夕食の席。
正確には夕食の後のテーブル、「コーヒーにするか」と言った父。
そういうメニューだったから。
食事の後で何か飲むなら、コーヒーが似合いだった夕食。
(…ぼくには違いが分からないけど…)
紅茶でもいいし、ほうじ茶だって。
食後のお茶なんか特に飲まなくても、「御馳走様」と立っても良さそうなのに。
ハーレイが一緒の日ならともかく、家族三人だけなのだから。
それでも父が頼んだコーヒー、母も「そうね」と淹れに出掛けた。
だからコーヒーがピッタリのメニュー、熱いコーヒーで締め括るのが。
(ハーレイも一緒に食べてたら…)
来てくれていたら、食後は間違いなくコーヒー。
父と母と、それにハーレイは。
コーヒーが苦手な自分一人だけが、ポツンと仲間外れにされて。
母に「ブルーは紅茶でしょ?」と別の飲み物を用意されて。
(コーヒーがいいな、って言ったって…)
父も母も変な顔をするだけ。
ハーレイだって、「やめた方がいいと思うがな?」と苦い顔付きになるのだろう。
「お前はコーヒー、駄目だろうが」と。
「前のお前の頃からそうだ」と、「ソルジャー・ブルーも飲めなかった」と。
またコーヒーを無駄にする気か、とお説教されるかもしれない。
美味いコーヒーを台無しにするなと、「お母さんにも迷惑だぞ?」と。
今の自分も前の自分も、コーヒーはまるで駄目だから。
独特の苦味がとても苦手で、甘くしないと飲めないから。
前の自分がしていた飲み方、それが今でも自分の飲み方。
苦いコーヒーに挑むなら。
なんとか飲んでみようとするなら。
(お砂糖たっぷり、ミルクたっぷり…)
甘いホイップクリームもこんもりと入れて、ようやく飲めるコーヒーになる。
何処から見たって、もうコーヒーではないけれど。
ソルジャー・ブルーだった頃から、ハーレイが溜息をついていたけれど。
「それはコーヒーではありませんよ」と。
コーヒー風味の別の飲み物だと、カフェオレですらもなさそうだと。
今だって父も母も呆れた、実にとんでもない飲み方。
(子供だから、まだ笑われないけど…)
ソルジャー・ブルーは充分に大人の姿だったし、驚いていた父と母。
こんな飲み方をする人なのかと、前の自分の好みのことで。
どう見ても子供の飲み方だから。
「苦いのは駄目」と甘くしたがる、子供好みのコーヒーだから。
充分に承知している両親、そのせいで駄目な食後のコーヒー。
淹れて貰っても無駄になるから、コーヒーの味が台無しだから。
(今日の晩御飯だと、ぼくだけ紅茶…)
そういう時には、食後のお茶は両親と一緒。
コーヒーが好きなハーレイがゆっくり味わえるように、食卓で。
紅茶や緑茶やほうじ茶だったら、「部屋でどうぞ」と言われるのに。
二階の部屋まで母が運んでくれるとか。
「ぼくが運ぶよ」とトレイを持つとか、「俺が持とう」とハーレイが持ってくれるとか。
いずれにしたって、食後のお茶は部屋でのんびり、両親は抜きで。
ハーレイが「そろそろ帰らないとな?」と立ち上がるまで。
それがコーヒーでなかったら。
「ハーレイ先生もお好きでしたわね?」と、母が用意をしなかったなら。
今日、ハーレイが来てくれていたら、食後に出ていただろうコーヒー。
そして自分は仲間外れで、食後のお茶の時間も無し。
ハーレイと二人きりの時間は。
もう一度二階の部屋に戻って、あれこれ話が出来る時間は。
(…そうなっちゃっても、我慢したのに…)
ハーレイが来てくれるなら。
夕食の支度が出来るまでの間、部屋で二人で話せるのなら。
苦いコーヒーに二人の仲を裂かれても。
同じ飲み物が出て来ない上に、食後は両親つきになっても。
(…それでも、そうなるまでの時間は…)
ハーレイと恋人同士で過ごせて、幸せ一杯。
「キスは駄目だ」と叱られたって。
唇へのキスは貰えないまま、プウッと膨れる羽目になっても。
(ハーレイと一緒にいられるのにね…)
今日のようにコーヒーが邪魔をしたって。
ハーレイと二人で過ごす時間が減ったって。
そうなってもいいから、ハーレイに来て欲しかった。
もっと贅沢を言っていいなら、ハーレイが来てくれて、コーヒーは無し。
コーヒーが全く合わない夕食、そういうのがいい。
こうして夜に一人きりだと、どんどん我儘が膨らんでゆく。
ハーレイが来てくれていたなら、今頃はきっと満足なのに。
「今日は幸せ」と、「いい日だったよね」と、胸がじんわり温かいのに。
なのに来てくれなかったハーレイ、コーヒーが出ても我慢したのに。
食後のお茶の時間が無くても、両親にハーレイを取られても。
苦くて苦手なコーヒーのせいで、悲しい思いをする食後。
そういう時間が待っていたって、きっと我慢をしただろう。
大好きなハーレイと二人で過ごせて、その後に夕食でコーヒーならば。
それまでの時間は幸せだった、と自分自身に言い聞かせて。
ちゃんと我慢をしたんだよ、と思うコーヒー。
独特の苦味は苦手だけれども、まるで全く飲めないけれど。
飲めないお蔭で仲間外れで、両親にハーレイを持って行かれる。
自分もコーヒーを飲めたとしたなら、食後のお茶は二階へ運んでゆけるのに。
熱いコーヒーを満たしたカップを、「ぼくが運ぶよ」とトレイに載せて。
(…あれはいつまで経っても無理そう…)
前の自分も駄目だったのだし、来年も、そのまた次の年も。
ハーレイと一緒に暮らし始めても、きっと自分は飲めないまま。
どんなに見た目が美味しそうでも、ハーレイが「美味いぞ?」と言ったって。
(ぼくの舌、前とおんなじだから…)
どうせそうなるに決まっているから、大きくなってもコーヒーは駄目。
ハーレイがいそいそ淹れていたって、「またコーヒー?」と横目で見るだけ。
「ぼくには紅茶を淹れてよね」と。
コーヒーなんか飲まないからと、「ハーレイだって知ってるでしょ?」と。
前の生からそうだったのだし、ハーレイに文句は言わせない。
食事は出来るだけコーヒーが似合わないメニューがいいな、と我儘も言って。
今、胸の中で膨らむ我儘、それをハーレイにもぶつけてやって。
(ハーレイと幸せに過ごしたかったら、コーヒーは抜き…)
この家でなら我慢するのだけれども、それでも消えない我儘な気持ち。
出来ればコーヒー抜きがいい、と。
だからハーレイと暮らすのだったら、コーヒーは抜きの方がいい。
あんなに苦い飲み物なんか、と思った所で気が付いた。
(…コーヒーの味…)
それを苦いと思う自分。
嫌だと感じる、今の自分の小さな舌。
前とそっくり同じだけれども、前の自分は、その舌を…。
(…身体ごと失くしちゃったんだ…)
右手に持っていたハーレイの温もり、それを失くした悲しみの中で。
メギドでたった独りぼっちで、前の自分が命尽きた時に。
そうだったんだ、と見開いた瞳。
コーヒーは今も苦手だけれども、「苦い」と感じさせる舌。
それを一度は失くしたのだと、それなのに今は持っているよね、と。
(…ちゃんと舌があって、コーヒーは苦くて…)
前と同じに味がするよ、と思った今。
まるで気付いていなかったけれど、これって凄い、と。
(ハーレイ、今日は会えなかったけど…)
家に来てくれはしなかったけれど、そのハーレイと二人、青い地球の上。
コーヒーの苦さが分かる舌を持っているのも、ぼくが生きてるからなんだ、と。
今日は文句は言わないでおこう、この幸せに気付いたから。
コーヒーの苦い味がする今、それは自分が生きている証なのだから…。
味がする今・了
※ハーレイ先生が来てくれるのなら、苦手なコーヒーを出されたって、と思うブルー君。
そのコーヒーを「苦い」と感じる舌を持っているのは、とても幸せなことですよねv
