(行き損ねちまった…)
今日は行けると思ったんだが、とハーレイがついた小さな溜息。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
コーヒー片手に寛ぎの時間、けれど拭えない残念な気持ち。
愛おしい人の家に行き損ねたから。
前の生から愛した恋人、生まれ変わって再び巡り会えたブルー。
仕事の帰りに訪ねて行こうと思っていたのに、長引いた会議。
終わった時には、出掛けてゆくには遅すぎる時間。
仕方なく家へ帰ったけれども、今頃になって零れる溜息。
「あいつと話したかったんだが」と。
十四歳にしかならない恋人、キスも出来ないくらいに子供。
それでもブルーはブルーなのだし、会えなかったら寂しくもなる。
会えたところで、ただお喋りをするだけでも。
ブルーを抱き締めることは出来ても、キスを交わせはしなくても。
(学校でなら、少し話せたんだが…)
朝に出会って、ほんの短い立ち話。
今日はそれだけで終わっちまった、と傾ける愛用のマグカップ。
もっとゆっくり話したかったと、生徒ではなくて恋人のブルーに会いたかったと。
学校で会えるのは「ブルー君」だから。
あくまで教え子、自分は教師。
交わせる話も恋人同士のようにはいかない、それに話題も。
(…前の俺たちのことなんて…)
まるで話せやしないんだから、と浮かべた苦笑。
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ、そんな前世の思い出のことは。
生まれ変わりだとは誰も知らないし、知られるわけにもいかないから。
もっとも、今日は特に話題は無かったけれど。
何を思い出したわけでもないから、前世の話は特に無くてもいいのだけれど。
(あいつと話したかったんだよな…)
ブルーの家で、誰にも邪魔されずに。
教師と生徒の会話ではなくて、愛おしい人と過ごすひと時。
それが欲しかっただけなんだが、と思うけれども、行けなかった今日。
(…明日は行けるといいんだが…)
どうなるやらなあ、と明日の予定を考えてみる。「運次第か」と。
多分、時間はあるだろうけれど、何が起こるかは分からない。
予知能力などありはしないし、明日の自分は見えないから。
(まあ、明日が駄目でも…)
その次もあるし、と思った所で掠めた思い。
「もしも、ブルーがいなかったら」と。
ただ会えないということとは違って、最初からブルーがいない世界。
こうして地球に生まれて来たって、ブルーが何処にもいなかったら、と。
(…前にも少し考えたんだが…)
あの時は他の考えのついで。
直ぐに紛れて忘れてしまった、「ブルーがいない世界」というもの。
ブルーは「いる」のが当たり前だから。
前の自分の記憶が戻った、その瞬間にはいたブルー。
聖痕が現れて、血まみれになって。
(…あれを見るまで、俺はブルーを知らなくて…)
正確に言えば、忘れていた。
あの日が来るまで、前の自分がいたことを。
キャプテン・ハーレイに瓜二つだから、「生まれ変わりか?」と言われはしても。
自分でも「似てる」と思ってはいても、キャプテン・ハーレイは遠い昔の英雄。
まさか自分だと思いはしないし、似ているだけだと思っていた。
それが変わった、小さなブルーと再会した日。
自分は誰かを思い出したし、ブルーも目の前にいたけれど…。
あそこでブルーがいなかったならば、自分はどうしていただろう。
前の自分の記憶が戻る切っ掛け、それがブルーでなかったら。
聖痕を目にして気付く代わりに、まるで違った何かだったら。
(…宇宙遺産のウサギとかか?)
博物館にある木彫りのウサギ。
前の自分がせっせと彫って、トォニィに贈ったナキネズミ。
何処で誤解をされたものだか、今は立派な宇宙遺産。
しかもウサギに変わってしまって、貴重だから普段はレプリカの展示。
(博物館なら、たまに行くこともあるからな…)
あれも見るか、とケースを覗き込んだ途端に、記憶が戻って来るだとか。
「俺が作ったナキネズミだ」と。
レプリカでも、本物そっくりだから。
(…これはウサギじゃないんだが、と思うんだろうなあ…)
何処か間抜けな瞬間だけれど、其処で戻って来る記憶。
ブルーと再会を果たす代わりに、よりにもよって木彫りのナキネズミ。
おまけに「ウサギ」と書かれた始末で、前の自分の腕前をコケにされたよう。
(生きてる時から、下手だと評判だったがな…)
死んだ後にもこうなるのか、と愕然とすることだろう。
そして「違う」と否定しようにも、きっと笑われてしまっておしまい。
ケースの周りにいるだろう人、それを捕まえて語ってみても。
「これはウサギじゃないんですが」と言ってみたって、「そうですか?」と傾げられる首。
プレートには「ウサギ」と書かれているから、その人の方が正しい世界。
「ナキネズミです」と言い張ったならば、いったい何と思われることか。
審美眼とやらを疑われるのか、芸術家と勘違いされるのか。
(芸術家ってのは、勝手なもんだし…)
そのお仲間だと思われることもあるかもしれない。
宇宙遺産のウサギを見たって、ナキネズミに見える芸術家。
まるでいないとも言い切れないから、その可能性もあるけれど…。
(…ナキネズミなんだ、と言える相手は…)
その場では知らない人ばかり。
家に帰って両親に通信を入れてみたって、自分の事情は伝わらない。
「俺はキャプテン・ハーレイだったらしい」と、通信で言えるわけがない。
大慌てで飛んでくる両親の姿が見えるよう。
隣町から車を飛ばして、「大丈夫か?」と。
変な夢でも見てはいないかと、でなければ熱が高いのでは、と。
(…そうなっちまうぞ…)
両親には未だに内緒のまま。
自分が本当は誰だったのかを、まだ話してはいないから。
(ブルーみたいに、聖痕でも出たと言うならなあ…)
実は、と話す切っ掛けになっても、何も起こっていないから。
自分の見た目は変わらないのだし、慌てて話すこともないな、と。
ブルーがいてさえ、その有様。
たかが木彫りのナキネズミのせいで、記憶が戻って来たのなら…。
(話す切っ掛けどころじゃないぞ)
ウサギを否定したくても。「あれはナキネズミだ」と言いたくても。
暫くの間は、ナキネズミのことで頭が一杯。
「なんだってウサギになったんだ」と。
あれはナキネズミで間違いないのに…、とブツブツ言う間に、気付くこと。
ナキネズミよりも、もっと大切なこと。
「ブルーは何処に行ったんだ?」と。
木彫りのナキネズミがあそこにあるなら、前の自分の恋人は、と。
(ナキネズミの木彫りがあるってことは…)
ブルーも何処かにいるかもしれない。
この町にいるか、宇宙の何処かか、きっと、と探し始める恋人。
新聞に尋ね人を出したり、他にも色々、手を尽くして。
なんとかブルーを探し出そうと、友人たちにも頭を下げて。
生まれ変わりの件は伏せつつ、必死になって。
「こういう人を探しているんだ」と、「一目惚れなんだ」とでも大嘘をついて。
けれど、見付からないブルー。
いくら探して貰っても。
何処にもブルーは生まれていなくて、誰もブルーを見付けられない。
自分はもちろん、協力してくれた友人だって。
「息子のためなら」と頑張ってくれた、両親も、両親の知り合いたちも。
ブルーが生まれていなかったならば、どう探しても無駄だから。
自分しか宇宙にいないというなら、ブルーに会えはしないのだから。
(…そいつは御免蒙りたいぞ…)
前の自分の記憶が戻った、その瞬間はブルーを忘れていても。
木彫りのウサギに憤慨していて、「ナキネズミだぞ!」と睨んでいても。
やがては思い出すブルー。
思い出したら、頭にはもう、ブルーしかいない。
ナキネズミのことは、どうでも良くて。
木彫りのウサギになっていたって、それを訂正するよりは…。
(…ブルーを探すことが大事で…)
きっとそれしか考えられない、いつかブルーが見付かるまで。
見付からなくても、きっと一生、ブルーを探し続ける筈。
何処を歩く時も、何処に行っても。
ブルー無しでは寂しすぎるから、一人で生きるのは辛すぎるから。
(…そいつを思えば、今の俺はだ…)
幸せだよな、と笑みが零れる。
木彫りのウサギはブルーに何度も笑われたけれど、それはブルーがいる証。
小さなブルーに出会えたお蔭で、会えない寂しさも味わえる。
(うん、寂しいってだけなんだ…)
ブルーの家には行き損なっても、行ける日はまたやって来るから。
もしも自分が一人だったら、そんな日はやって来ないから。
だからいいんだ、と幸せな気持ち。
今日はブルーと過ごし損なったけれど、一人だったら、会うことさえも出来ないから、と…。
一人だったら・了
※もしもブルー君がいない世界だったら、と考えてみたハーレイ先生。寂しすぎる、と。
けれど今いるのは、ブルー君がちゃんといる世界。会えない日だって、少し寂しいだけv
(今日はハーレイに会えただけ…)
たったそれだけ、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日、学校で会ったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
けれども、今は教師と生徒。
自分はハーレイが教える学校の生徒で、ハーレイは其処の古典の教師。
そういう関係になっている二人、何かと制約の多い学校。
「ハーレイ先生」と呼び掛けなければいけないとか。
話す時には、必ず敬語を使うだとか。
(でも、そんなのは…)
大したことじゃないんだよね、と考えてしまう、今日のような日。
ハーレイとは「会えた」だけだったから。
廊下ですれ違う時に挨拶、それで終わってしまったから。
お互い、次の授業があって。
立ち止まって少し話す時間は、まるで持ち合わせていなくって。
(…あれっきり…)
話せないままになったハーレイ。
会ったのは、その一度だけ。
仕事の帰りに訪ねて来てもくれなかったし、今日はハーレイと話せてはいない。
ほんの僅かな立ち話さえも。
他の生徒も通ってゆく場所、廊下や、それに中庭などでの立ち話。
それも出来ずに終わった今日。
ハーレイと色々、話したいのに。
中身は大したことでなくても、教師と生徒の会話でも。
「元気そうだな」と声を掛けて貰って、それに答えを返すだけでも。
ハーレイの声が聞けたら充分だから。
こちらを見詰めて話してくれたら、もうそれだけで嬉しいから。
そう思うけれど、叶わなかった今日。
挨拶だけしか交わしていなくて、ハーレイの言葉は貰えないまま。
「次の授業は何なんだ?」とも。
「俺はこれから、向こうの校舎で授業でな」とも。
そんな中身でかまわないのに。
ハーレイの様子が分かれば充分、それに自分の様子も伝えられたら。
「ぼくは次の時間、歴史なんだよ」とか。
「体育だけど、今日は見学」だとか。
そう言ったならば、ハーレイは訊いてくれるから。
「歴史か…。今はどの辺なんだ?」とか、「見学って…。お前、大丈夫か?」とか。
体育の授業を見学するなら、何処か具合が悪いのか、とも。
(…今日の体育、いつもより疲れそうだから…)
見学するよう、前の授業の時に言われた。
体育担当の先生から。
「ブルー君は、次は見学だぞ」と。
それだけのことで、何処も具合は悪くない。
ハーレイにそう話をしたなら、「それは良かった」と笑顔だろうに。
「心配したぞ」と、「そういうことなら、ちゃんと見学するんだぞ?」と。
ほんの短い立ち話だって、ハーレイと気持ちが通うのに。
好きでたまらないあの声を聞いて、大好きな笑顔も見られるのに。
(…でも、今日は…)
その「ちょっぴり」も無かったんだけど、と寂しい気持ち。
学校では挨拶したというだけ、立ち話は無し。
それに家にも、訪ねて来てはくれなかったから。
「ハーレイ、今日は来てくれるかな?」と、何度も窓の方を見たのに。
窓辺に立って、庭の向こうの門扉も何度か眺めたのに。
耳を澄ませてチャイムも待った。
ハーレイが鳴らしてくれるだろうかと、今に聞こえてくるかも、と。
けれど、鳴らずに終わったチャイム。
今日は来てくれなかったハーレイ。
話せないままで夕食が済んで、お風呂に入って、もうこんな時間。
後はベッドに入って寝るだけ、湯冷めしない内に。
なんとも寂しい気分だけれども、今日という日は、そういう日。
ハーレイと同じ地球にいたって、同じ町に家があったって。
(…学校もおんなじ場所なのに…)
どうしてこうなっちゃうんだろう、と悲しいけれど。
話せないままで終わるだなんて、と寂しいけれども、会えただけでもマシな方。
会えずに終わる日もあるから。
ハーレイは学校にいる筈なのに、自分も学校にいるというのに。
(そんな日、あるよね…)
どうしたわけだか、すれ違いさえもしないままの日。
ハーレイの姿を目で探したって、何処にも見付けられない日。
それに比べたら、今日は遥かにいいのだろう。
ハーレイに会えて、ちゃんと挨拶出来たから。
挨拶だけで離れていっても、会うことだけは出来たのだから。
(…だけど、残念…)
何の話も交わせないまま、今日という日が終わること。
せっかく二人で地球に生まれて、同じ町で暮らしているというのに。
ハーレイの職場は、自分が通う学校なのに。
(…ホントに、何か話せたら…)
それで充分なんだけどな、と思い浮かべる恋人の顔。
教師の方の顔でいいから、何か話が出来ていたなら、きっと幸せ。
ハーレイが向けてくれる言葉を聞けるから。
話す間は、自分の方を見てくれるから。
恋人を見詰める目ではなくても、ハーレイの瞳。
それに笑顔もハーレイのもので、声は大好きなあの声だから。
少しだけでも話せるのならば、話の中身は何でもいい。
授業のことでも、今日の天気のことだって。
贅沢を言っていいというなら、出来れば家で話したかった。
この部屋で二人、色々なことを。
他愛ないことでかまわないから、まるで中身は無くていいから。
前の自分たちのことなどは抜きで、シャングリラだって欠片も出ずに。
遠く遥かな時の彼方を、顧みることさえしないままで。
(それでいいよね?)
今は地球の上にいるのだから。
新しい命と身体を貰って、別の人生なのだから。
前の生のことを忘れていたって、それも間違ってはいないと思う。
ハーレイのことが好きだったら。
前の自分の恋の続きでも、恋しているのは今の自分で、今のハーレイは今のハーレイ。
白いシャングリラの舵を握る代わりに、学校で古典を教える教師。
今の自分は教え子なのだし、今を幸せに生きればいい。
ハーレイと話す時にしたって、そのように。
遠い昔を懐かしむ代わりに、今日、学校であったこと。
それを話したり、ハーレイからも「今日の柔道部のことなんだが…」と聞いたりして。
二人揃って今に夢中で、気が付いたらもう、夕食の時間。
両親も一緒に食べる夕食、二人きりの時間はおしまいだけれど…。
(ちっとも惜しくないと思うよ)
前の生のことを、一度も話さないままだって。
シャングリラのことも、ソルジャーのことも、キャプテンだって忘れていても。
きっと二人で立ち上がるのだろう、母が部屋まで呼びに来たなら。
「夕食の支度が出来ましたから」と声がしたなら。
ハーレイが「行くか」と腰を上げて。
自分も「そうだね」と椅子から立って、二人で階段を下りてゆく。
両親が待っているダイニングへ。
温かな空気が満ちた部屋へと。
そういった風に話したいのに、何も話せなかった今日。
前の生なら、話さない日は無かったのに。
ハーレイがどんなに多忙な時でも、必ず飛んで来た思念。
「今日は仕事が長引きそうです」と、「先にお休みになって下さい」と。
いつも「待つよ」と返した自分。
「遅くなっても待っているから」と、「ぼくが眠っていたら起こして」と。
時には冗談も飛ばしたりした。
キャプテンの仕事に追われるハーレイ、それを承知で「本当かい?」と。
「お酒つきの会議じゃないだろうね」と、「ゼルやヒルマンの部屋で仕事?」という質問。
少し笑いを含んだ思念で。
ハーレイの苦々しい顔を想像しながら、青の間から茶目っ気たっぷりに。
それをやったら、「ならば、御覧になりますか?」と思念が返って来たけれど。
「どうぞ視察にお越し下さい」と、仕事に忙しいハーレイの思念。
いつも笑って断っていた。
「御免だよ」と、「ぼくも忙しいから」と。
夕食もとうに終わった時間に忙しいことなど、ないくせに。
本当は暇でたまらないくせに、ハーレイもそれを知っているのに。
(…ああいう風に話せたら…)
それだけで心が通い合うのに、と思うけれども、叶わない今。
サイオンが不器用になってしまって、思念もろくに紡げはしない。
そうでなくても、離れている人に連絡するなら、通信を入れるのが社会のマナー。
今の時代は、サイオンや思念を使わないのがルールだから。
(…マナー違反でも、それも出来ない…)
ハーレイに思念を送れないよ、と悲しい気分。
前の自分なら、こんな夜でもハーレイと話が出来たのに。
「ねえ、ハーレイは今、何してるの?」と訊けたのに。
だけど出来ない、と残念でたまらないけれど。
前の自分がそうしたように、ハーレイと少し話せたら、と窓の方向を眺めるけれど。
(…思念波は無理で、こんな時間に通信も無理…)
もしも通信を入れに行ったら、「まだ起きてるのか?」と叱られそう。
「早く寝ろよ」と、「明日も学校、あるんだからな」と。
叱られたって、ハーレイの声が聞けたら満足だけど。
話が出来た、と心が弾むだろうけれど。
(ほんのちょっぴり、話せたら…)
そう思ったって、今は出来ない。
チビの自分は寝る時間だから。
とはいえ、いつかはハーレイと好きなだけ話せる時が来る。
二人一緒に暮らし始めたら、「まだ寝ないのか?」と睨まれたって。
「もうちょっとだけ」と我儘を言って、ハーレイといくらでも続けられる話。
側にいたなら、ハーレイだって「仕方ないな」と笑うだろうから。
ハーレイの側にくっついたままで、疲れて眠りに落ちてゆくまで話し続けていいのだから…。
君と話せたら・了
※今日はハーレイと話せなかった、と残念な気持ちのブルー君。挨拶だけの日だったよ、と。
つまらないことでいいから話したいのに、出来ない今。けれど、いつかはたっぷりお話v
(今日は話せなかったよなあ…)
会いそびれちまった、とハーレイがフウとついた溜息。
夜の書斎で、コーヒー片手に。
今日は会えずに終わったブルー。
前の生から愛した恋人、また巡り会えた愛おしい人。
同じ地球の上に生まれたけれども、生憎と今は教師と生徒。
学校がある日は、会えない日だって出来てくる。
そう、今日のように。
(…会えなかったわけじゃないんだが…)
会った内には入らないよな、と思う程度のブルーとの時間。
学校の廊下ですれ違っただけ、互いに挨拶したというだけ。
「ハーレイ先生!」とブルーの笑顔が弾けたけれども、それでおしまい。
じきに授業が始まるのだから、足を止めてはいられない。
ブルーも、それに自分の方も。
お互い、逆の方へと歩いて、開いていったブルーとの距離。
(それっきりで、だ…)
仕事が終わるのが遅くなったから、帰りに寄れはしなかった。
ブルーが待っているだろう家へ。
「今日はハーレイ、来てくれるかな?」と、何度も窓を見たろうに。
チャイムの音が聞こえないかと、耳を澄ませていたのだろうに。
(すまんな、ブルー…)
寂しい思いをさせちまって、と思うけれども、寂しい気持ちは自分も同じ。
「今日は話せなかったんだ」と。
ブルーと二人で、色々な話。
教師と生徒の会話だとしても、話せないよりはずっといい。
他の生徒も通ってゆく場所、廊下や中庭で立ち話でも。
今日のブルーの様子が聞けたら、自分のことも話せたならば。
欲を言うなら、ブルーの家で会いたいけれど。
ブルーと二人でお茶を飲みながら、のんびりと話したいけれど。
(話の中身は、なんだっていいんだ…)
それにブルーの言葉遣いも。
「ハーレイ先生!」と呼んで、敬語で話すブルーでも。
愛おしい人の声が聞けたなら。
それに応えて何か言えたら、どんなことでも。
「おはよう、今日も元気そうだな」とでも声を掛けたら、始まる会話。
「ハーレイ先生、柔道部の朝練はもう終わりですか?」と。
二言三言、話せたらいい。
休み時間の廊下にしたって、ブルーの様子は分かるから。
「次の時間は体育なんです」と口にしたなら、「頑張れよ」とか。
見学するのだと言われたならば、「今日は具合が悪いのか?」とか。
(そんな具合に…)
ほんのちょっぴり、話せるだけでも幸せな気分。
なにしろ、ブルーは恋人だから。
姿を見られれば心が弾むし、声を聞けたら胸が温かくなるものだから。
(でもって、あいつの家で会えたら…)
もう最高とも言える時間。
他愛ない話で終わったとしても、まるで中身が無さそうでも。
前の自分たちに繋がる話は、欠片さえも出て来なくても。
(お互い、今を生きてるんだしな?)
そうそう後ろを振り返らなくてもいいだろう。
遠く遥かに過ぎ去った時を、シャングリラという船で生きた時代を。
今は今だし、自分もブルーも新しい命。
身体も同じに新しいもので、暮らす場所だって地球の上。
踏みしめる地面をしっかりと持って、幸せに生きているのだから。
宇宙の何処にも、もう戦いは無いのだから。
そんな時代に生まれたのだし、もっとブルーといたいのに。
色々なことを話したいのに、今日のような日も混じったりする。
学校で会っても挨拶しただけ、何も話せはしなかった日が。
(…姿も見られないよりマシだが…)
全く会えずに終わる日もあるし、それよりはマシ。
そういう意味では、「会いそびれた」と思うことは贅沢。
けれど、やっぱり思ってしまう。
こうして夜が更けていったら、書斎で独り、過ごしていたら。
コーヒーを淹れて、憩いのひと時でも。
愛用のマグカップが側にあっても、ふと掠めてゆく寂しい気持ち。
「今日はあいつと話せなかった」と。
ブルーと何も話していないと、愛おしい人の思いを聞いてはいないのだと。
「体育、頑張って来ますね」とも。
「見学ですけど、特に具合が悪いわけではないんです」とも。
前と同じに弱く生まれてしまったブルーは、体育の授業についてゆけない。
途中から見学になる日もしばしば、最初から見学することも多い。
(どっちなのかが分かるだけでも…)
あいつと会えた、って思うんだよな、と頭に浮かべる愛おしい人。
「今日のブルーの様子が分かった」と、グンと身近に感じる恋人。
ただ挨拶をするよりも。
挨拶だけで別れてゆくより、二言、三言、交わせたら。
「次の授業は歴史なんです」でも、「そうか、歴史か」と思うから。
「家庭科なんです」と耳にしたなら、「今日は料理を作るのか?」とも聞けるから。
ブルーのことなら何でも知りたい、ほんの小さなことだって。
それが聞けたら幸せな気分、中身が授業のことにしたって。
「歴史の授業、今やってるのは…」という話でも。
「家庭科、調理実習ですけど…。ハーレイ先生の分は、無いですよ?」と言われても。
自分はブルーの担任ではないし、調理実習の成果は貰えないのが当然だから。
何の不満もありはしないし、「かまわないぞ?」と笑むだけだから。
愛おしい人が側にいるのに、同じ地球の上の同じ町なのに。
ブルーが通う学校で教師を務めているのに、話が出来ずに更けてゆく夜。
こういう時には、何処か寂しい。
「ブルーと話せなかったよな」と。
前の生なら、こんなことなど無かったから。
キャプテンの仕事で多忙な時でも、何処かで思念で交わせた話。
「今日は仕事で遅くなります」と送ったならば、「でも、待ってるよ」と返った思念。
寝てしまっていても、待っているからと。
「青の間に来た時、ぼくが寝ていたら起こして」とも。
もうそれだけで通い合った心。
ブルーの思念は、その日によって少し違ったものだから。
「また遅いのかい?」と不満そうだったり、「無理をしないでよ?」と労ったり。
時には、からかう時だってあった。
「本当に今日は仕事かい?」と。
ゼルたちと一緒じゃないだろうねと、「お酒を飲みながら会議だとか?」と。
「違いますよ」と、こちらも少し嫌味をこめて返した思念。
本当にとても忙しいのですと、「なんなら、御覧になりますか?」と。
「ブリッジまで視察においで下さい」と、「忙しいのがよくお分かりになりますよ」と。
そう送ったなら、いつも笑いを含んだ思念。
「御免蒙るよ」と、「ソルジャーだって、忙しいんだよ」と。
忙しいことなど、ないくせに。
「遅くなります」と伝えるような時間に、ソルジャーの仕事がある筈もない。
とうに夕食も終えてしまって、暇を持て余しているのがブルー。
そんなブルーの様子が分かって、幸せだった。
「お元気でいらっしゃるらしい」と。
昼の間に何か無茶して、体調を崩す時もあるから。
子供たちと一緒に走り回って、疲れすぎてもうヘトヘトだとか。
そうでなくても、風邪を引きかけているだとか。
(あいつが元気でいてくれたなら…)
それだけで幸せだったんだよな、と思い出す前の生のこと。
ほんの短い思念での会話、それで様子が分かったんだが、と。
ところが、そうはいかない今。
ブルーのサイオンが不器用でなくても、思念波は使わないのがマナー。
離れた所にいる人間と話したかったら、通信を入れるのが社会のルール。
前の生なら、こんな夜更けでも話せたのに。
コーヒー片手に「どうしてる?」と思念を送れば、返事が返って来たろうに。
「今、寝るトコ!」とか、何も返事が返って来なくて…。
(…あいつ、眠っているんだな、って…)
そう思うことも出来ただろう。
「話したかったが、寝ちまったか」と。
もう少し早く思念を送っていたなら、ちょっと話が出来ただろうに、と。
(つまらないことでいいんだ、うん)
今日の夕食は何だったかとか、「俺が食ったのは…」と話すだとか。
そうすれば返る、ブルーの答え。
「晩御飯、お揃いだったんだね」とか、「ハーレイの料理、食べたかったよ」とか。
そんな他愛ないことでいいから、少しブルーと話せたらいい。
今日のような日は、話せずに終わってしまった日には。
話せたらな、と思うけれども、今は無理でも、もう何年か経ったなら…。
(もう寝るんだから、って邪魔にされるくらいで…)
嫌というほど話せるよな、と零れた笑み。
ブルーと二人で暮らし始めたら、いくらでも話し掛けられるから。
「こんな夜は、あいつと話せたら…」と思わなくても、夜もブルーは側にいるから…。
あいつと話せたら・了
※ブルー君と話せなかったな、と少し寂しいハーレイ先生。「話せたらな」と。
けれども話せないのが今。いつか二人で暮らす時には、邪魔にされそうなほどですけどねv
(ハーレイのケチ…)
ホントのホントにケチなんだから、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日も来てくれた、愛おしい人。
前の生から愛したハーレイ、また巡り会えた恋人だけれど。
(…キスは駄目だ、って…)
そればっかり、と膨らませた頬。
ハーレイはキスをしてくれないから。
「俺は子供にキスはしない」と、叱られてしまうだけだから。
額を指でピンと弾かれたり、頭をコツンとやられたり。
そうならなくても、鳶色の瞳に「分かってるよな?」と睨まれる。
「何度も言ってる筈なんだが」と。
(…キスは額と頬っぺただけ…)
悲しいけれど、そういう決まり。
ハーレイが勝手に決めてしまって、そうなった。
前の自分と同じ背丈にならない限りは、けして貰えはしないキス。
「ぼくにキスして」と強請っても。
「キスしてもいいよ?」と誘ってみても。
他にも色々試したけれども、キスは未だに貰えないまま。
今日も同じに叱られただけで、唇へのキスは貰えなかった。
恋人同士の二人だったら、そういうキスを交わすのに。
白いシャングリラで生きた頃には、何度もキスを交わしたのに。
(…ぼくからキスを頼まなくても…)
幾らでも貰えたハーレイのキス。
唇どころか、身体中に。
数え切れないほどのキスを貰って、それは幸せに生きていたのに。
そのハーレイとまた巡り会えて、青い地球の上で恋人同士。
幸せな時が流れ始めて、前の自分たちの恋の続きを生きている。
とても平和になった時代で、前の自分が焦がれた地球で。
(でも、ハーレイはケチになっちゃって…)
唇へのキスをくれないまま。
いくら頼んでも、強請っても無駄。
「キスは駄目だ」の一点張りで、ハーレイの心は動かせない。
どう頑張っても、ハーレイを釣ろうと色々な策を考えてみても。
(いつも、叱られちゃって終わりで…)
キスをくれないから、許せない。
なんというケチな恋人だろう、と。
「本当にぼくのことが好きなら、キスしてくれてもいいのに」と。
こんなにキスが欲しいのだから。
ハーレイの方でも、「俺のブルーだ」と強く抱き締めてくれるのだから。
(…許せないよね、キス無しだなんて…)
あんな恋人、と怒りたくなる。
ハーレイのことは好きだけれども、それとこれとは別問題。
恋人だったら、ぼくにキスして、と。
好きな証拠に唇にキス、と。
(キスもそうだし、他にも色々…)
許せないことがあるんだから、と思い始めたら出て来る欠点。
「あれでも、ぼくの恋人なの?」と。
例えば、置き去りにされること。
ハーレイが家に帰ってゆく時、自分はこの家にポツンと置き去り。
「またな」と置いてゆかれてしまって。
軽く手を振って帰るハーレイ、車で、あるいは自分の足で。
恋人を置いてゆくというのに、悲しそうな顔も見せないで。
別れのキスを贈る代わりに、「またな」と笑顔で手を振るだけで。
あれも許せない、と思う置き去り。
一度くらいは連れて帰って欲しいのに。
教師と教え子、そういう関係の二人なのだし、連れて帰っても大丈夫な筈。
両親だって、きっと許してくれるだろう。
「ハーレイ先生の家でお泊まり」するだけ、合宿のようなものだから。
恋人同士だと知りはしないし、止める理由は何も無い。
「御迷惑をかけないように」と、幾つか注意をされる程度で。
自分のことは自分でするとか、はしゃぎすぎて疲れないようにとか。
(…そういうの、出来る筈なのに…)
これまたハーレイのせいで出来ない、一緒に帰って泊まること。
ハーレイが許してくれないから。
キスも駄目なら、ハーレイの家に遊びに行くことだって…。
(…ハーレイが駄目って決めちゃったんだよ…!)
前の自分と同じ背丈になるまでは。
そっくり同じに育つ時までは、遊びに行けないハーレイの家。
だから泊まりに行けもしないし、ハーレイと一緒に帰れはしない。
「またな」と置いてゆかれるだけで。
ハーレイが一人で、車で帰ってゆくだけで。
(…ハーレイと一緒に帰れるんなら…)
車でなくても、文句を言いはしないのに。
路線バスに揺られて帰るコースはもちろん、「今日は歩くぞ」と言われても。
チビの自分には遠すぎる距離を、「ほら、頑張れ」と歩かされても。
(…それでも、許してあげるのに…)
車で来なかったハーレイのことを。
路線バスにも乗せてくれずに、「歩け」と言い出すハーレイだって。
大好きなハーレイの言うことだから。
頑張って一緒に歩いて行ったら、ハーレイの家に着くのだから。
門扉や玄関を開けて貰って、「入れ」と中に案内されて。
「何か飲むか?」と、優しい言葉も掛けて貰って。
けれども、そうはいかない現実。
ハーレイの家まで行けはしないし、連れて帰っても貰えない。
いくらハーレイのことが好きでも、こんなにケチな恋人なのでは…。
(許せないってば…!)
酷すぎだよ、と文句の一つも言いたくなる。
「ぼくは本当に恋人なの?」と。
「ハーレイはホントに、ぼくの恋人?」と。
ケチで意地悪なハーレイだから。
唇へのキスをくれない恋人、家に呼んでもくれない恋人。
それもハーレイが決めた理由で。
自分には相談してもくれずに、ハーレイが一人で決めてしまった約束事。
唇へのキスをくれないことも。
ハーレイの家に遊びに行ったり、泊めて貰ったり出来ないことも。
(好きでも、こんなの許せないよ…!)
ホントに酷い、と怒り出したら止まらない。
自分がチビの子供なばかりに、何もかも一人で決めるハーレイ。
少しも相談してはくれずに、「こうしろ」と。
「キスは駄目だと言ってるよな?」だとか、「俺の家には来るな」とか。
あまりにも自分勝手なハーレイ、一人で何でも決める恋人。
年が上だというだけで。
ハーレイは大人で、自分は子供というだけで。
(そんなの、狡い…)
恋人だったら、きちんとぼくにも相談してよ、と思うのに。
二人で相談して決めたのなら、どんな決まりでも、納得出来ると思うのに…。
(ハーレイ、一人で決めちゃって…)
ぼくには決まりを守らせるだけ、と膨らませた頬。
とても酷いと、あんなの許せないんだから、と。
ぼくが怒っても当然だよねと、ハーレイの方が悪いんだから、と。
(ハーレイのことは好きだけど…)
好きでも怒る時は怒るよ、と許せない気分。
ハーレイが「駄目だ」と決めた約束、それはキスだけではなかったから。
他にも幾つも思い出したから、どれも許せはしないから。
(あんなハーレイ…)
ぼくは絶対、許さないよ、とプンスカ怒って、想った前のハーレイのこと。
前のハーレイは優しかったから。
けして「駄目だ」と叱りはしなくて、穏やかな笑みを浮かべただけ。
「それがあなたの考えでしたら」と微笑んでいたし、反対意見を唱えた時も…。
(…頭から「駄目だ」って言ったりしないで…)
最後まで耳を傾けた上で、「ですが…」と控えめに述べていた。
前のハーレイの考えを。
「私はこのように考えますが」と、「私は間違っておりますか?」と。
ああいう風に言ってくれたら、自分も怒りはしないのに。
「こういう決まりにしようと思うが」と、その一言をくれていたなら…。
(それは嫌だ、って反対出来るし…)
ハーレイだって、少しは考える筈。
「本当にこれでいいのだろうか?」と。
キスのことにしても、「家に来るな」と決めてしまった一件も。
(…ぼくの意見を聞いてくれたら…)
そしたら、ぼくも許したかも、と思ったけれど。
聞きに来なかったハーレイが悪い、と考えたけれど、其処で気付いた。
今のハーレイは立派な大人。
それに比べて自分は子供で、十四歳にしかならないことに。
大人が子供の意見を聞いても、「なるほどな」と頷きはしても…。
(…お前の方が正しい、なんて…)
そうそう言いはしないのだろう。
いくら恋人の意見でも。
前の生からの絆があっても、そういう恋人同士でも。
これじゃ駄目だ、と零れた溜息。
前の自分とハーレイのようにはいかないらしい、と。
(…前のぼくだと、ソルジャーだから…)
それに年上だったんだから、と今の自分との違いを数える。
ハーレイよりも上だったよねと、年も、それから肩書きだって、と。
(…だから、ハーレイ…)
いつも敬語で話していた。
今のように「俺」と言いもしないで、「私」と、とても丁寧に。
周りに人がいない時でも、恋人同士で過ごす時にも。
(…あれって、なんだか…)
寂しい気がする、今のハーレイに比べたら。
「またな」と置き去りにするハーレイでも、「キスは駄目だ」と叱る恋人でも…。
(…ハーレイ、普通に喋ってて…)
その上、大人の余裕たっぷり。
「チビはもうすぐ寝る時間だぞ」と笑ったりもして。
ケチな恋人でも、今のハーレイの言葉遣いの方がいい。
額をピンと指で弾かれても、頭を拳でコツンと軽く叩かれたって。
(今のハーレイの方がいいみたい…)
いくら好きでも許せない、と思う恋人でも。
ケチでも、キスもくれなくても。
普通に喋って笑うハーレイ、そちらに慣れてしまったから。
前のハーレイだって、ずっと昔は、そういうハーレイだったのだから。
(…怒っちゃ駄目…)
許せないなんて思っちゃ駄目、と思うけれども、ちょっぴり悲しい。
ハーレイのキスが欲しいから。
家にも一緒に帰りたいから、ハーレイの側にいたいのだから…。
君が好きでも・了
※ハーレイ先生のことは好きでも、許せないことが沢山あるのがブルー君。キスは駄目、とか。
ケチでも今のハーレイの方がいいみたい、と気付いても…。悲しい気分なのが可愛いかもv
(懲りないヤツめ…)
いったい何度目になるんだか、とハーレイがついた大きな溜息。
夜の書斎でコーヒー片手に、眉間の皺を少し深くして。
今日も会って来た小さなブルー。
前の生から愛した恋人、また巡り会えた愛おしい人。
けれども、今のブルーは少年。
十四歳にしかならない子供で、両親と暮らすのが似合いの年頃。
(何処から見たってチビなんだが…)
中身は立派にブルーだからな、と傾けた愛用のマグカップ。
絶妙な苦味が好きなコーヒー、それが苦手なのがブルー。
チビのブルーも、時の彼方で愛した人も。
(なまじっか、同じブルーだから…)
当然のように、チビのブルーも一人前の恋人気取り。
顔立ちも背丈も、子供のくせに。
誰に見せても、「可愛いソルジャー・ブルーですね」と言われるだろうに。
前のブルーだった頃とは違って、「美しい」とは表現されない容姿。
「気高い」という言葉も出ては来ないし、ただただ「可愛らしい」だけ。
それと同じに心も子供で、何かといえば膨れっ面。
今日も怒って膨れたブルー。
「ハーレイのケチ!」と。
キスをするよう仕向けて来たから、「駄目だ」と叱り付けた途端に。
「俺は子供にキスはしないと言ったよな?」と、指で弾いたブルーの額。
悪戯小僧には、お仕置きだから。
キスをするより、そっちの方がお似合いだから。
いくらブルーが怒っても。
「まるでフグだな」と思うくらいに、頬っぺたをプウッと膨らませても。
小さなブルーと再会してから、繰り広げて来た攻防戦。
唇へのキスが欲しいブルーと、「キスはしない」と突っぱねる自分。
何度やったか、数え切れないほどだけれども、懲りないブルー。
「ぼくにキスして」と正攻法やら、「キスしてもいいよ?」と誘う時やら。
悪巧みをする時だってある。
「この方法なら、釣れるかも」と。
ついウカウカと釣り上げられて、唇にキスをくれるかも、と。
(俺は魚じゃないんだが…)
それに釣られるほど甘くもないぞ、と思うけれども、ブルーは懲りない。
もう本当にあの手この手で、勝ち取ろうとして頑張るキス。
努力するだけ無駄なのに。
どう頑張っても、キスを贈りはしないのに。
(まったく、これだからチビは…)
困るんだよな、と喉を潤すコーヒー。
「こいつの味が分かるくらいの年になればな」と、「子供のくせに」と。
コーヒーの美味さも分からないチビが、と思い浮かべる膨れっ面。
あんな顔をして膨れる間は、もう充分に子供だと。
だから叱ってやればいいんだと、子供にキスは相応しくないと。
(いくらあいつが好きでも、だ…)
何でも許せるわけじゃないぞ、と苦々しい気持ち。
コーヒーの苦味は好きだけれども、それとは違った苦さが広がる。
「チビのくせに」と、「俺だって怒る時には怒る」と。
もっとも、直ぐに許すのだけれど。
小さなブルーが膨れていたって、「ハーレイのケチ!」と睨み付けたって。
(…許せないことと、愛せないことは…)
まるで違うというモンだしな、と分かっている。
チビのブルーが強請ってくるキス、それは決して許さないけれど。
キスを強請るブルーは叱るけれども、ブルーを嫌いになったりはしない。
どんなに「ケチ!」と詰られても。
まだ懲りないか、と溜息の日々が続いても。
許せないものはあるんだが…、と小さな今のブルーを想う。
「あいつが好きでも、キスは駄目だ」と、「そいつは許してやれないよな」と。
それがブルーのためだから。
十四歳にしかならないブルーは、心も身体も本当に子供。
ブルーにそういう自覚が無いだけ、「前と同じだ」と思っているだけ。
中身は同じ魂だから。
遠く遥かな時の彼方で、逝ってしまったブルーだから。
(…そいつが少々、厄介なトコで…)
記憶を持っていやがるからな、と傾ける愛用のマグカップ。
コーヒーはたっぷり淹れて来たから、心ゆくまで楽しめる。
チビのブルーは苦手なコーヒー、大人に相応しい味を。
大人だからこそ分かる苦味を、その美味しさを。
(…あいつが育たない内は…)
まだまだ続くぞ、と苦笑い。
キスが欲しいと強請るブルーと、「駄目だ」と叱り付ける自分と。
ブルーはプウッと膨れてしまって、もうプンスカと怒るだけ。
「ハーレイのケチ!」が決まり文句で、赤い瞳でキッと睨んで。
なんというケチな恋人だろうと、不満たらたらの顔付きで。
(まったく、いつまで続くんだか…)
いつになったら分かるやら、と嘆いてみたって、ブルーは子供。
どうしてキスが貰えないのか、きっと分かりはしないだろう。
もっと大きく育つまで。
いくら好きでも許せないこと、それがあるのだと気付く時まで。
(…やっぱり、コーヒーの味が分かるまではだ…)
無理なんだろうな、と考えたけれど。
コーヒーの美味さも分からないようなチビは駄目だ、と思ったけれど。
(…待てよ?)
前のあいつも駄目だったんだ、とコツンと叩いた自分の頭。
あいつもコーヒーは苦手だったと、ちゃんと育っていたんだが、と。
前の自分が愛した人。
それは気高く、美しかったソルジャー・ブルー。
かの人も、苦いコーヒーを飲めはしなかった。
砂糖たっぷり、ミルクたっぷり、ホイップクリーム入りのものしか。
(…コーヒーは基準にならないってか?)
俺としたことが、と浮かべた苦笑。
ついウッカリと間違えたぞと、前のあいつもコーヒーは飲めやしなかった、と。
(しかしだな…)
チビのブルーと全く同じに、コーヒーが苦手だった恋人。
前のブルーに「許せないこと」はあっただろうか、と考えてみる。
いくら好きでも、けして許せはしないこと。
「これだけは駄目だ」と、ブルーを叱り付けること。
今の自分が、チビのブルーに「キスは駄目だ」と言うように。
額をピンと弾いてやるとか、頭をコツンと叩くとか。
そんな具合に、前のブルーにも「許せないこと」はあったろうか、と。
(…前のあいつに…)
あるわけがない、と即座に答えを弾き出す。
前のブルーを叱りはしないし、ブルーが膨れることだって。
(あいつなら、膨れるよりかは、拗ねて…)
きっと怒ったことだろう。
「もう青の間に来なくていい」と。
明日から此処には出入り禁止だと、プイと背中を向けてしまって。
(そうだろうな、と想像ってヤツはつくんだが…)
実際に起こっちゃいないからな、と記憶を手繰らなくても分かる。
前のブルーと、そんな戦いはしていないから。
たまに喧嘩はあったけれども、繰り返したりはしなかった。
「駄目だと何度も申し上げている筈ですが」と、苦い顔をした覚えも無い。
前のブルーがやっていたこと、それを「許せない」と一度も思いはしなかったから。
喧嘩の理由は他愛ないことで、ブルーが機嫌を損ねたというだけだから。
(前のあいつには無かったよな…)
好きでも、けして許せないこと。
どんなにブルーが強請って来たって、「駄目だ」と、それを突っぱねること。
ブルーを叱ったことは無いから、「許せない」とも思わなかったから。
(その点、今のあいつはだな…)
我儘放題というヤツで…、と零れる溜息。
まだまだ攻防戦が続くのだろうと、「俺は当分、ケチ呼ばわりだ」と。
ブルーが膨れて、プンスカ怒って。
「ハーレイのケチ!」と睨み付けられて。
(…実に報われないってな…)
いつになったら、あいつは分かってくれるんだ、と前のブルーと重ねてみる。
「まるで違うな」と、「前のあいつには、許せないことは無かったからな」と。
前の自分に叱られるような、「駄目だ」と額を弾かれること。
それをブルーはしてはいないと、「あいつは大人だったから」と。
(…結局、チビはチビだってことで…)
我慢の日々が続くってな、と思った所で気が付いた。
前のブルーにも、一つあったと。
いくら好きでも許せないこと、それは確かにあったのだった、と。
(…なのに、あいつを叱りたくても…)
あいつ、何処にもいなかったんだ、と蘇って来た悲しみの記憶。
前のブルーは、一人きりで逝ってしまったから。
一人でメギドに飛んでしまって、二度と戻って来なかったから。
(…あれが許せなかったんだ…)
もしもブルーが戻って来たなら、叱ったろうに。
「なんという無茶をしたのです」と。
「二度としないと、私に約束して下さい」と。
そうか、と思い出したこと。
前のブルーにも一つあったと、「好きでも許せないこと」が。
叱りたくても、叱るブルーを失くしてしまったんだった、と。
(…あれに比べりゃ…)
今は充分、幸せだよな、と浮かんだ笑み。
チビのブルーは、叱ればプウッと膨れるから。
「ハーレイのケチ!」と怒り出すのは、ブルーが生きていてくれるから。
(あいつが好きでも、許せないことは…)
ちゃんと叱っていいんだからな、とコーヒーのカップを傾ける。
叱る相手がいるというのは幸せだ、と。
俺は充分に幸せ者だと、ブルーを叱ってやれるんだから、と…。
あいつが好きでも・了
※好きでも「許せないこと」はあるよな、と考えているハーレイ先生。「キスは駄目だ」と。
前のブルーには無かった筈だ、と思っていたら…。叱れる今は幸せですよねv
