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カテゴリー「書き下ろし」の記事一覧

(ふむ…)
 この一杯が美味いんだよな、とハーレイが傾けたコーヒー。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
 愛用のマグカップにたっぷりと淹れたコーヒー、それが一日の締め括り。
 根っからコーヒー党なお蔭で、眠れなくなりはしないから。
 夜のひと時に傾けるなら、熱いコーヒーか気に入りの酒。
(そいつが俺の流儀ってヤツで…)
 今日はコーヒー豆を挽く所から。
 ブルーの家には寄り損ねたけれど、遅くはなかった帰宅の時間。
 夕食の片付けを終えた後にもまだ早かったし、こういう夜には本格的に淹れたいもの。
 コーヒー豆の袋を棚から出して、豆の選り分けまでやってみた。
(元から選んであるんだが…)
 売るために袋に詰めた時から、粒が揃ったコーヒー豆。
 いびつな豆など無いのだけれども、せっかくだからと始めた選り分け。
 大きさを揃えて、必要なだけ。
 もっとも、それで外された豆は元の袋に戻したけれど。
 自分が勝手に選び出しただけで、袋詰めした店だか、工場だかに行ったら…。
(どれも及第点なんだ)
 けして外れではない豆たち。充分に美味しいコーヒーが出来る立派な豆。
 捨ててしまうなど論外だから、ちゃんと袋に戻してやった。
 「また美味いのを頼むぞ」と。
 選び出した豆をゆっくりと挽いて、粉にしてゆくのがまた楽しい。
 急いでガリガリ豆を挽いたら、飛んでしまうのがコーヒーの風味。
 摩擦で熱が生まれてしまって、選び出した豆がすっかり台無し。
 それでは駄目だし、豆を挽くなら慌てず、焦らず、ゆっくりと。
 コーヒー豆が熱を帯びないように。
 湯を注ぐ前に、風味が宙に飛ばないように。


 今夜はのんびり淹れたコーヒー、時間をかけた値打ちはあった。
 実に美味い、と会心の出来。
 インスタントではこうはいかない、とても出せない深い味わい。
(…気のせいってヤツも、いくらか入っているだろうがな)
 挽いてある豆を使って淹れても、「不味い」と思いはしないから。
 いつも満足できる味だし、今夜使った豆にしたって、けして高価ではない豆だから。
(時間をかけて淹れた分だけ、美味くなるって所がなあ…)
 不思議なもんだ、と思うけれども、そうやって淹れたコーヒーは美味。
 外れたことなど一度も無いから、時間も調味料なのだろう。
 コーヒーを最高に美味しく仕上げる、味も形も無い調味料。
(料理にしたって同じだしな?)
 じっくり煮たり、炒めた料理は美味しいもの。
 同じ材料を使っていたって、同じ手順でそっくり同じにやってみたって。
 炒める時間や煮込む時間が足りなかったら、出来た料理も物足りない。
(やっぱり時間は調味料か…)
 コーヒーも料理も美味くするんだ、と眺めた時計。
 このコーヒーを淹れるのにかかった時間はどれほどだったかと、何の気なしに。
(飯が終わったのが、この時間でだ…)
 それから片付け、其処でチラリと見た時計。「今日は早いな」と。
 早いのならば、とコーヒー豆の袋を棚から出した。
 「今夜は豆から挽いてみよう」と、「どうせなら豆も選り分けるか」と。
 其処から後は、時計はまるで見ていない。
 多分、何度か見ただろうけれど…。
(美味いコーヒーを淹れたい時には、焦りは禁物…)
 あえて頭に入れなかった時間、追い出していたと言ってもいい。
 「俺の邪魔をするな」と、時計が指す時間を頭から。
 時計が速く進んだところで、美味しいコーヒーがポンと出来上がりはしないから。


 自分が手間をかけない限りは、美味しくなってくれないコーヒー。
 料理の方でもそれは同じで、時間は一種の調味料。
(上手く使ってやらんとな?)
 調味料ならば、大切なのは使い方。
 どのタイミングでどれだけ入れるか、どんな具合に使うのか。
(料理だったら、下味ってのもあるからなあ…)
 最初から肉などにつけておく味、そういう使い方もある。
 料理の途中で順に加えるものも多いし、仕上げに入れるものだって。
(時間ってヤツは、どの段階でも使えそうだよな?)
 まさに万能の調味料だ、と思わないでもない時間。
 たっぷり時間がある時だったら、豆から選り分けたコーヒーだって淹れられる。
 料理も同じで、時間があるなら凝った料理は幾らでも。
(逆に急いでいる時でも、だ…)
 上手く使えば、美味しく仕上がるのが料理。
 コーヒーの方も、満足の出来に淹れられるのだし、時間さまさま。
(要は時間の使い方だな)
 美味くするのも不味くするのも…、とコーヒーのカップを傾けたけれど。
 「この一杯にかかった時間はこれだけで…」と、時計の針を見たのだけれど。
 不意に頭を掠めた思い。
 「コーヒーどころじゃなかったんだ」と。
 あの時は思いもしていなかったと、時間が経つのが恐ろしかったと。
(…前の俺だな…)
 思い出しちまった、と零れた溜息。
 同じに時計を眺めていたって、どうしようもなく怖かった。
 キャプテンとしてブリッジで見ていた時計は、「終わり」を連れて来るのだから。
 じきにその時が来るのだろうし、止める術など無かったから。
(…俺はブリッジに立ってただけで……)
 何一つ出来やしなかった、と蘇る記憶。「あの時の俺は、そうだったんだ」と。


 赤いナスカがメギドの炎に襲われた時。
 前のブルーは、もうシャングリラにいなかった。
 表向きは「ナスカに残った仲間たちの説得」だったけれども、違うと知っていた自分。
 ブルーは二度と戻りはしない、と。
(…メギドだとまでは思わなかったが…)
 仲間たちをを守って命を捨てるつもりなのだ、と前のブルーを見送った。
 「ジョミーを支えてやってくれ」と、ブルーは自分に言い残したから。
 どう聞いてみても、遺言でしかなかった言葉。
(あれで覚悟はしてたんだがな…)
 それでも、まさかあれほどまでとは思わなかった。
 ナスカで倒れてしまったブルーが、船に運び込まれることはあっても…。
(あいつが死んでしまっていたって、俺はあいつを…)
 見送れるのだ、と疑いさえもしなかった。
 ブルーの命が潰えたとしても、最後の別れは出来るのだと。
 その魂は既に飛び去っていても、手を握ることは出来るだろうと。
(…なのに、あいつは行っちまって…)
 ナスカから遠く離れたメギドへ、ジルベスター・エイトの向こうへと飛んだ。
 その報告を受けた時から、刻一刻と迫り続けた「終わりの時」。
 シャングリラがナスカを離れるのが先か、ブルーがメギドを沈めるのが先か。
 いずれにしたって、確実にやって来る「終わり」。
 この世からブルーが消える時。
 何処にもいなくなってしまって、本当に「二度と戻らない」時。
 それが恐ろしくて、ただ悲しくて。
 流れゆく時を止めようとしても、けして止まってはくれない時計。
 そんなものなど見たくないのに、キャプテンは見ないわけにはいかない。
 ナスカからワープで逃げるためには、それも重要なデータだから。
 ワープドライブはとっくに起動していたけれども…。
(タイミングを一つ間違えたなら…)
 事故に繋がりかねないワープ。まして緊急事態の時は。


 何度自分に言い聞かせたろうか、「焦るな」と、「まだ時間はある」と。
 その一方で思ってもいた。
 「じきに終わる」と、「ブルーの命が消えてしまう」と。
 経って欲しくない時間だけれども、ナスカから安全に逃げるためには出来るだけ早い方がいい。
 少しでも速く時間が流れて、ナスカに頑固に残った仲間を全て回収し終わったなら…。
(直ぐにワープで、そうするためには…)
 速く流れて欲しいのが時間、けれども時が流れた分だけ、早くなるのがブルーの死。
 「その時」は遅い方がいい。
 少しでも長くブルーといたいし、同じ時間を共に生きたい。
 もはや会うことは叶わなくても、ブルーが二度と戻らなくても。
(…とんでもない時間だったよな…)
 俺の人生では、あれが最悪の時だった、と今でも思い出せること。
 あれから地球に辿り着くまで生きたけれども、「最悪だった」と言える時間はあの時。
 前のブルーを喪うと知って、それでも見るしか無かった時計。
 それが自分の役目だったし、果たせなければブルーの犠牲が無駄になるから。
(…ああやって時計を見ていた俺が…)
 今じゃ時間を調味料だと思うのか、と胸にこみ上げてきた幸せ。
 「時間は料理を美味くするよな」と考えたのは自分だから。
 コーヒーを美味しく淹れられたのも、時間が豊かな風味を与えてくれたから。
(うん、贅沢なコーヒーだってな)
 今じゃ時間は調味料だぞ、と浮かべた笑み。
 「同じ時間だが、あの時とはまるで違うよな」と。
 ブルーの家には寄れなかったけれど、生きて帰って来てくれたブルー。
 お蔭でコーヒーも美味く飲めると、「今じゃ時間は、最高の調味料なんだ」と…。

 

        同じ時間だが・了


※今日は時間がたっぷりあるから、とコーヒーをゆっくり淹れたハーレイ先生。
 美味しいコーヒーのために使った時間と、ナスカの時と。まるで違っても、時間は同じv







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(一目惚れ…)
 そうなるんだよね、と小さなブルーが思ったこと。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 ポンと頭に浮かんだ言葉が「一目惚れ」。
 今日は訪ねて来てくれなかった、前の生から愛し続けるハーレイに…。
(一目惚れしちゃったのが、ぼく…)
 それも学校の教室で。新しく赴任して来た古典の先生、そういう人に一目惚れ。
 教室の扉を開けて入って来たのがハーレイ、見た瞬間に戻った記憶。
 遠く遥かな時の彼方で、前のハーレイに恋していたこと。
 今の自分はソルジャー・ブルーの生まれ変わりで、前のハーレイはキャプテン・ハーレイ。
 思い出したのは聖痕のせいで、右目や両肩からの出血。
 痛みで薄れてゆく意識の中、「ハーレイなんだ」と気が付いた。
 「大丈夫か!?」と自分を抱き起こす人は、教室に入って来た先生はハーレイなのだと。
(あの時に、ぼくは一目惚れ…)
 出会ったばかりのハーレイに。
 前の生から愛し続けて、生まれ変わって再び巡り会うことが出来た恋人に。
 ストンと落ちてしまった恋。
 十四歳にしかならないチビでも、思い出したら恋は恋。
 前の自分の恋の続きを生きているから、一目惚れしたハーレイに夢中。
 毎日だって会って話したいし、一日中だって一緒にいたい。
 ハーレイと離れたくはないのに、同じ家で暮らしてゆきたいのに…。
(…ぼくがチビだから…)
 結婚どころか、キスも許して貰えない。
 ハーレイが家を訪ねてくれても、テーブルを挟んで話すことだけ。
 恋人の膝の上に座っても、胸に甘えても、ハーレイはただ抱き締めるだけで…。
(キスの一つもくれないんだよ…!)
 今の自分はチビだから。
 ハーレイから見ればチビの子供で、恋をするには早すぎるから。


 なんとも悲しい、チビの自分の一目惚れ。
 一目で恋に落ちたというのに、つれない恋人。
 キスを貰えるのは頬と額だけ、唇へのキスは貰えないまま。
 強請った時には叱られる。「キスは駄目だと言ってるよな?」と。
 「俺は子供にキスはしない」と、「前のお前と同じ背丈に育つまではな」と。
(…一目惚れなのに…)
 キスも出来ない間柄。
 前の自分とハーレイだったら、何度もキスを交わしたのに。
 キスはもちろん、眠る時にも同じベッドで、一緒に眠っただけではなくて…。
(本当に本物の恋人同士…)
 抱き合って愛を交わしていた。二人、一つに溶け合って。
 けれども今では夢のまた夢、キスさえも貰えない自分。
 いつになったらハーレイと一緒に暮らせるだろうか、前と同じ恋が出来るだろうか…?
(ずっと先かも…)
 十八歳までは出来ない結婚、それまではきっとハーレイの側で暮らせはしない。
 前と同じに育ったとしても、結婚してはいないのだから。
(なんでこうなっちゃったわけ?)
 出会った途端に恋をしたのに、当分は恋は実らない。
 ハーレイも恋してくれているから、両想いではあるのだけれど…。
(こんなの、寂しすぎるんだから…)
 一目惚れなら、凄い速さでゴールに飛び込めそうなもの。
 片想いなら無理だけれども、ハーレイとは両想いなのだから。
 前の自分たちの恋の続きで、今度は結婚出来る恋。
 隠さなくてもいい恋なのだし、出会った途端にプロポーズでもいいくらい。
 なのに出会った場所は教室、自分はチビで学校の生徒。
 ハーレイは其処で教える教師で、そんな二人が出会っても…。
(…プロポーズなんか…)
 して貰えやしない、とチビの自分にも分かること。
 結婚出来る日がまだ遠いことも、キスを貰える日がまだ来ないことも。


 劇的な再会を遂げたというのに、一目で恋に落ちたのに。
 報われないのが自分の恋で、ハーレイには叱られてばかり。「キスは駄目だ」と。
 こんな目に遭うくらいだったら、一目惚れでなくても良かっただろうか?
 教室でハーレイと再会したって、まるで気付かないままだとか。
(…ぼくに聖痕が出て来なかったら…)
 戻らないのが前の自分の記憶。ソルジャー・ブルーだったことには気付かない。
 ハーレイの記憶も戻りはしなくて、何事も起こらないままで授業。
(出席を取るぞ、って…)
 それとも先に自己紹介だろうか、「今日から俺が教えるから」と。
 「よろしくな」と笑顔を見せた後には、「お前たち、居眠りするんじゃないぞ」とかも。
 自己紹介と出席を取るのが済んだら、始まるハーレイの古典の授業。
 「前の先生から聞いているから、此処からだ」と、教科書などを開いて。
 そういう具合に出会っていたなら、絶対にしない一目惚れ。
 ハーレイが誰だか知らないのだから、前の自分の恋に気付きはしないから。
(新しい先生は、こういう先生、って思うだけ…)
 きっと真面目に授業を聞いて、せっせとノートに書いてゆく。
 教科書にだって書き込んだりして、他の生徒と同じに過ごして…。
(ハーレイが教室を出て行った後も、友達と…)
 新しい先生の感想を話して、それっきりになることだろう。
 「いい先生で良かったよね」とか、「宿題、沢山出す方かな?」だとか。
 初対面の日はそれで終わって、何回か授業を受ける間に…。
(質問したり、当てられたりして…)
 ハーレイと何度か話すようになれば、きっと「お気に入りの先生」になる。
 なにしろハーレイは生徒に人気が高いから。
 柔道部員の生徒でなくても、「ハーレイ先生!」と呼び止める生徒は多いから。
(ぼくも、その中の一人になって…)
 休み時間には質問がてら、遊びに行ったりするかもしれない。
 学校の廊下で出会った時には、立ち話なんかもしたりして。


 そうして仲良くなっていったら、ハーレイの家にも行けそうな感じ。
 「先生の家は何処なんですか?」と何の気なしに尋ねたつもりが、家の住所を教えて貰って…。
(遊びに来たってかまわないぞ、って…)
 思わぬ招待、柔道部員とは違うのに。運動だって苦手なのに。
 けれどハーレイなら、気軽に声を掛けてくれそう。「遊びに来るか?」と。
(女の子だったら、一人だけ呼ぶのは駄目だけど…)
 幸いなことに男なのだし、ハーレイも周りも気にしない。
 先生と生徒でも、仲良くなったら友達だから。年の差がうんと大きくても。
(ハーレイの家に呼んで貰って、遊びに行って…)
 そうなれば、もっと親しくなれる。
 料理自慢のハーレイが色々作ってくれたり、「お前もやるか?」と教えてくれたり。
 気が向いた時は、ドライブにも誘ってくれるのだろう。
 暑い夏だったら、「涼しい所もいいもんだぞ」と山の方へと走らせる車。
 逆に冬なら、「車の中なら暖かいしな?」と、雪景色を眺めにゆくだとか。
(きっとそうだよ…)
 ただの教師と教え子として出会っていたなら、仲良しの二人。
 記憶は戻っていないままでも、二人、気が合う筈だから。
 前の自分たちも恋をするまでは、ずっと友達だったのだから。
(一番古い友達だ、って…)
 何度もそう言ってくれたハーレイ。
 船の仲間に紹介した時も、前の自分と二人の時にも。「俺の一番古い友達だしな?」と。
 だから、そういう出会いも出来た。
 一目惚れしていなかったならば、友達同士の二人から。
 先生と生徒の間柄でも、二人とも、まるで気にもしないで。
(ハーレイの家に泊めて貰うのも…)
 きっと出来たに違いない。
 遠い所までドライブするなら、「遅くなるから泊まって行くか?」と。
 家に送ってもいいのだけれども、たまにはゆっくり泊まるのもアリだ、と。


 もしも普通に出会っていたら。
 一目惚れなどしなかったならば、ハーレイの家に遊びに行けた。今の自分は駄目なのに。
(たった一回、呼んでくれただけで…)
 それきり禁止されてしまって、瞬間移動で飛び込んだことが一度あるだけ。
 ハーレイの家に行けはしなくて、泊めて貰うなど夢でしかない。
 けれど普通に出会っていたなら、いくらでも呼んで貰えた家。
 デートみたいにドライブも出来て、二人で食事に行くことだって。
(お金、ハーレイが出すんだろうけど…)
 それは自分が生徒だからで、ハーレイにしてみれば「俺のおごりだ」という所。
 「生徒に払わせていたんじゃ、話にならないからな?」と。
 何度も二人であちこち出掛けて、家にも招いて貰う間に、前の自分と同じ背丈に育っても…。
(恋なんかしていないから…)
 やっぱり同じに友達のままで、自分は卒業するのだろう。
 卒業式の後には、ハーレイにもきちんと挨拶をして。「今日までありがとうございました」と。
 ハーレイだって、「元気でやれよ」と肩を叩いてくれるのだろう。
 卒業しても、友達なのは変わらないから…。
(お祝いに食事でもするか、って…)
 誘ってくれそうなのがハーレイ。「お前の誕生日祝いも兼ねるとするか」と。
 もちろん断ったりはしないし、大喜びでその日を待って…。
(ハーレイが家まで、車で迎えに来てくれて…)
 さあ行こう、と玄関の扉を開けた途端に、戻って来る前の自分の記憶。
 聖痕が現れて、ハーレイも自分もビックリだけれど…。
(どうしてハーレイと仲良しだったか、気が付くんだよ)
 本当は仲良しどころではなくて、恋人同士だったことにも。
 誕生日を迎えたら十八歳だし、結婚出来る年だということにも。
(…そっちの方が…)
 幸せだったんじゃないだろうか、と零れる溜息。
 「ぼくはハーレイに一目惚れだけど、キスだって貰えないんだから」と。
 こんな目に遭うくらいだったら、もっと普通の出会い方でも良かったかもね、と…。

 

       一目惚れだけど・了


※ハーレイ先生に一目惚れしたブルー君。けれどもキスは貰えないわけで、叱られてばかり。
 一目惚れではない出会いだったら、と考えみたら…。そっちの方が、と思う所が可愛いですv







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(一目惚れか…)
 ハーレイがふと思い浮かべた言葉。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 どういうわけだか、頭にポンと浮かんだ言葉が「一目惚れ」。
 愛用のマグカップに淹れたコーヒー、それをゆったり傾けていたら。
(間違いなく一目惚れなんだが…)
 チビのあいつに、と小さなブルーを想う。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 まだ一緒には暮らせないけれど、心はとうにブルーのもの。
 出会った時から恋をしているし、正真正銘、一目惚れ。
(あいつの教室で出会った途端に、恋なんだからな)
 ブルーなのだ、と気付いたから。
 前の自分の記憶が戻って、ブルーが誰かを思い出したら落ちていた恋。
 元から恋人同士なのだし、魂の器が変わっただけ。
 遠く遥かな時の彼方で生きた身体から、今の身体へと。
(でもって、見た目もそっくりだから…)
 前の自分の恋の続きが直ぐに始まっても、一目惚れでも可笑しくはない。
 違う姿のブルーに会っても、きっと恋しただろうから。
 ブルーが子猫になっていたって、小鳥の姿だったって。
 幸い、ブルーは人間の姿。前に比べてチビだけれども、それだけのこと。
 「ブルーなのか?」と途惑う暇も無かった、どう見てもブルーだったから。
 赤い瞳に銀色の髪で、透けるような肌をしたブルー。
(俺のブルーだ、と一目で分かっちまうから…)
 あの瞬間からブルーに夢中。
 もうブルーしか見えはしないし、恋の相手はブルーだけ。
 まだ小さすぎて、キスも出来ない恋人でも。
 二人一緒に暮らせはしなくて、ブルーの家を訪ねた時しか恋人らしい話が出来なくても。


 一目惚れだよな、と思うブルーとの恋。
 出会った時から夢中なのだし、それで間違いないけれど。
(…前の俺たちは違うんだ…)
 メギドの炎で燃えるアルタミラで、前のブルーと初めて出会った。
 長く一緒に過ごしたけれども、あくまで仲のいい友達。
 「俺の一番古い友達だ」と、船の仲間にブルーを紹介して回ったほど。
 古いも何も、他の仲間とも同じ日に初めて出会ったのに。
(他のヤツらより、数時間ほど…)
 早く出会っていたというだけ、それでもブルーは特別だった。
 子供の姿をしていたせいもあるだろう。
(誰が年上だと気付くんだ?)
 無理ってもんだ、と苦笑せずにはいられない。
 アルタミラの檻で成長を止めていたブルー。心も身体も、成人検査を受けた日のままで。
 だから見た目は子供だったし、中身も同じに子供の心。
 俺が守ってやらなければ、と面倒を見てやっていたのに…。
(実は年上だったってな)
 俺よりもずっと、と前のブルーを思い出す。
 けれど年上だと知った所で、ブルーが年相応の姿に育つわけではないから…。
(やっぱりあいつはチビのままで、だ…)
 長いこと、後ろにくっついていた。親鳥を追い掛ける雛鳥のように。
 そんなブルーと暮らす間に、いつしか前の自分はキャプテン。
 ブルーの方もリーダーと呼ばれ、やがてリーダーからソルジャーへと。
(お蔭で距離が出来ちまったが…)
 ソルジャーになったブルーの前では、必ず敬語で話すこと。
 それがシャングリラの決まりだったし、前の自分はきちんと守った。
 前のブルーに恋をした後も、話す時には敬語ばかりで…。
(今とは違ったんだよなあ…)
 何もかもが、と不思議な気分。
 出会いも違えば、恋だってかなり違うんだが、と。


 前のブルーに恋をしたのは、白い鯨が出来上がってから。
 アルテメシアに隠れ住んだ後、初対面からは長い長い時が流れた後。
(一目惚れとは言わんよなあ…)
 会った時からブルーは特別だったけれども、まだ恋をしていなかったから。
 一目惚れしていたとしたって、まるで自覚が無かったから。
 長い年月を「一番の友達」同士で過ごし続けた後の恋。
 ようやく恋だと気付いた頃には、前のブルーはすっかり大人。
 きっとゆっくり育まれた恋、同じに一目惚れだって。
 今の自分の恋と違って、樽の中で寝かせて出来上がる酒のような恋。
(そういうのだよな、前の俺の恋は…)
 なのに今度は一目惚れだ、と思わざるを得ないブルーへの恋。
 一目惚れではないと言っても、誰も頷かないだろうから。
 自分自身でも、「一目惚れだ」と思うから。
(前の俺たちの恋の続きじゃ…)
 そうなるよな、と苦笑い。
 死の星だった地球が青く蘇るほどの時を飛び越え、また巡り会えたブルーだけれど。
 前の自分はブルーを失くして、独りぼっちで生きたのだけれど…。
(ああして出会っちまったら…)
 吹っ飛んでしまう、それまでに起きた様々なこと。
 たった一人でメギドへと飛んだ、前のブルーを見送るしかなかった悲しみと辛さ。
 そしてブルーを失くしてしまって、生ける屍のようだった日々。
 苦しいだけの生だったけれど、そんな思いは吹き飛んだ。
 ブルーは帰って来てくれたのだし、生きて目の前にいるのだから。
(もう惚れるしかないってな)
 チビであろうと、ブルーはブルー。
 「俺のブルーだ」と気付かされたら、ストンと恋に落ちるしかない。
 前の自分の恋の続きで、誰よりも愛おしい人に。
 生涯をかけて愛し続けた、前のブルーの生まれ変わりに。


 そうやってブルーに恋をしたけれど、チビのブルーに魂を持ってゆかれたけれど。
(前とは違いすぎるんだよなあ…)
 長い時を友達同士で過ごして、それから恋したことを思うと。
 前のブルーとの恋は、時間をかけて育んだもの。…同じに一目惚れだとしても。
(そいつを思うと、ちょいと残念な気がしないでも…)
 もったいないな、と今の自分が顔を出す。
 前の自分たちが生きた頃と違って、今はすっかり平和な時代。
 ゆっくりと恋を育むのならば、前よりもずっと向いているのに。
 幼馴染の二人の結婚、そんな話は当たり前だし…。
(友達の紹介で顔を合わせて…)
 大勢で何度も遊びに出掛けて、賑やかにワイワイやっている内に、恋をするのもよくある話。
 皆でドライブに繰り出していたのが、気付けば二人きりのドライブ。
 「気が合うからだ」と思っていたのに、周りにもそう話していたのに…。
(ある日、違うと気付くってのも…)
 もう本当に珍しくなくて、周りに祝福されての結婚。
 同じサークルなどの仲間で、そうなる二人も少なくない。
 平和な今の時代だからこそ、誰とでも、何処ででも恋が生まれる。
 機械が支配した時代だったら、とても出来ない恋だって。
(旅先でたまたま知り合って…)
 気が合って手紙などの遣り取り、其処から生まれる恋もある。
 機械が治めた頃の世界では、そんな恋など誰にも出来はしなかったのに。
(恋の形も色々なのに…)
 なんだって一目惚れなんだ、と少し残念な気分。
 せっかく平和な地球に来たのに、ブルーと地球に生まれたのに。
 その身に聖痕を持ったブルーと、劇的な再会を遂げるというのもいいけれど…。
(ちょっと捻って…)
 出会った時には、お互い、気付かないだとか。
 「どうも気になる」と思う程度で、一目惚れにはならないだとか。


(…そういうのもだ…)
 悪くないよな、と今の自分が唆す。
 チビのブルーと再会したって、まるで気付かずに始める授業。
 ブルーの方でも気付いていなくて、「新しい古典の先生が来た」と思うだけ。
 もちろん聖痕は現れないまま、教師と生徒。
 ブルーが質問にやって来るとか、何度か当てたりしている内に…。
(可愛いよな、と思い始めて…)
 授業以外でも、学校の中で立ち話。恋とは気付かないままで。
 「ハーレイ先生!」と慕われ続けて、ブルーが前と同じに育って卒業してゆく時は…。
(いつでも連絡して来いよ、って…)
 肩を叩いて送り出す。「上の学校でも元気にやれよ」と。
 ブルーもきっと、笑顔で卒業してゆくのだろう。「今日までありがとうございました!」と。
 そして別れて、やって来るのが春休み。
 ある日、ブルーに会いたくなって…。
(お前、もうすぐ誕生日だよな、って…)
 卒業祝いに飯でも食おう、と誘ってやったら、大喜びで頷くブルー。
 「何処で食べたい?」と訊けば「先生のお勧めの所がいいな」と言ったりして。
 誕生日祝いと卒業祝いのパーティーだ、と二人で出掛ける予定を立てて…。
(あいつの家まで車で迎えに出掛けたら…)
 「ハーレイ先生!」と玄関からブルーが出て来た所で、蘇る記憶。
 聖痕がブルーに現れたならば、とても驚くだろうけれども…。
(そうだったんだ、と納得だよな)
 どうしてブルーが気になっていたか、誕生日祝いをしようとしたか。
 そんな恋でも良かったのに、と思うのに…。
(生憎と一目惚れなんだ…)
 実に惜しい、と少し悔しい。
 一目惚れだが、違う恋だって出来たんだよなと、一目惚れでない恋だって、と…。

 

         一目惚れだが・了


※ブルー君に一目惚れしたのがハーレイ先生。出会った途端に、前の自分の記憶が戻って。
 けれど捻りがあったって、と残念な気分。一目惚れじゃない恋というのも、素敵ですよねv







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(んーと…)
 ぼくだよね、と小さなブルーが眺めた鏡の向こう。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、バスルームの隣にある部屋で。
 ゆっくりと浸かって来たお風呂。
 今日はハーレイは来てくれなかったけれど、けして悪い日ではなかったから。
 母が焼いたケーキも美味しかったし、夕食だって。
 ハーレイが来ない日も、珍しくはない。来てくれるのは仕事が早く終わった日だけ。
(今日も来て欲しかったけど…)
 そんな我儘を言えはしないから、明日という日に期待する。「来てくれるといいな」と。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(またハーレイと会えたんだものね)
 それだけでも充分幸せだから、見詰める幸せ者の顔。
 前の自分とそっくりな顔が、其処に映っているのだけれど…。
(そっくりでも、チビ…)
 ぼくがチビだった頃にそっくり、と残念な気持ちは否めない。
 もっと大きく育っていたなら、今頃は此処にいないのに。
 同じ鏡を眺めるにしても、違う家で鏡を見ている筈。…ハーレイの家で。
(前のぼくと同じ姿だったら、ハーレイと結婚出来たんだもの…)
 結婚出来る年になっていたなら、とうの昔に挙げていたろう結婚式。
 再会して直ぐに、プロポーズされて。
 ハーレイに結婚を申し込まれたら、もちろん「嫌」と言う筈がない。
 上の学校に通っていたって、学校は辞めてお嫁さん。その方がいいに決まっているから。
(パパとママだって…)
 最初は驚くだろうけれども、きっと許してくれる筈。
 ハーレイが「息子さんを下さい」と頼みに来たなら、怒って叩き出しはしないで。
 とても優しい両親なのだし、ハーレイだって、とても頼りになるのだから。


 もしも結婚出来ていたなら、ハーレイの家で鏡を覗いたろう自分。
 お風呂から上がって、「これでいいかな?」と。
 前の自分と同じ髪型、ソルジャー・ブルー風のカットの自分。
 銀色の髪は寝癖がつきやすいから、洗った後にはタオルでしっかり水気を拭う。
 含んだ水気が滴らないよう、パジャマを濡らさないように。
 そのくらいまで拭いておいたら、後は自然に乾いてくれる。
 ベッドにもぐり込むまでの間に、ふうわりと、前の自分の髪型そっくりに。
 柔らかく流れて、きちんとソルジャー・ブルー風に。
(…そうやって、ちゃんと乾かしたって…)
 朝になったらついている寝癖、たまに起こってしまうのが悲劇。
 ぐっすり朝まで眠る間に、枕が悪戯したりして。
 起きたらピョコンと跳ねているとか、酷い時にはクシャクシャだとか。
(ママに直して貰わないと…)
 自分では上手く直せないから、出来ればつけたくない寝癖。
 きっとハーレイと結婚したって、寝癖は自分で直せはしない。無駄に時間を費やすだけ。
(こうすれば、って…)
 格闘したって、上手に直せない寝癖。
 笑うハーレイが見えるようだから、そうならないよう、眠る前にはきちんと手入れ。
 お風呂でしっとり濡れた髪の毛、それがすっかり乾くよう。
 鏡を見ながらタオルでゴシゴシ、雫が滴り落ちなくなるまで。
(やることは今と同じだけれど…)
 ハーレイの家なら良かったのにね、と見詰める鏡。
 これがハーレイの家にある鏡だったら、もう最高に幸せなのに。
 ハーレイが他の先生たちと食事に出掛けて、まだ帰ってはいなくても…。
(その内に帰って来るんだものね?)
 欠伸しながら待っていたなら、「ただいま」と「遅くなってすまん」と。
 「悪かった」と貰えそうなキス。
 ハーレイもお風呂に入るだろうけれど、その間だってきっと幸せ。
 もうハーレイは家にいるから、後は二人きりの時間だから。


 ハーレイの家の鏡だったら良かったのにね、と覗き込んでも、鏡の向こうは変わらない。
 チビの自分が映っているだけ、後ろにあるのも見慣れた部屋。
(…もっと大きくならないと…)
 前のぼくとおんなじ顔が鏡に映ってくれないと、と願ってみたって、使えない魔法。
 今すぐ大きくなれはしないし、ハーレイの家に飛んでもゆけない。
 なんとも悲しい気持ちだけれども、こればっかりは仕方ない。
 自分の運が悪かったのだ、と戻るしかない自分の部屋。階段を上って、二階まで。
(ぼくの顔には違いないけど…)
 髪型も前と同じだけれど、とベッドにチョコンと腰を下ろして考える。
 もっと大きく育った姿で、ハーレイと再会したかったと。
 そうなっていたら、同じ鏡を覗くにしたって、ハーレイの家の鏡だったのに、と。
(ホントに運が悪いんだよね…)
 まだまだ結婚出来ない上に、キスさえ許して貰えないチビ。
 それが自分で、ハーレイはいつも余裕たっぷり。
 「ぼくにキスして」と強請ってみようが、「キスしてもいいよ?」と誘おうが…。
(キスは駄目だ、って…)
 前の自分と同じ背丈に育たない内は、ハーレイはキスをしてくれない。
 キスを強請ると叱られる上に、額をコツンと小突かれもする。
 「キスは駄目だと言ったよな?」と。
 そういう約束をしている筈だと、「俺は子供にキスはしない」と。
 なんともケチな今のハーレイ、腕組みをして睨む時もある。
 「チビのくせに」と、「キスは大きくなってからだ」と。
 そう言われる度に、プウッと膨れてやるのだけれど。
 プンスカ怒って、「ハーレイのケチ!」と言ってやるのだけれども、いつも涼しい顔の恋人。
 「ケチで結構」と言わんばかりに、聞く耳さえも持ってはいない。
 酷い時には、膨れた顔を笑うほど。
 「フグそっくりだ」と、「今日も見事に膨れたよな」と。
 プウッと膨らませた頬っぺたを両手でペシャンと潰して、「ハコフグだ」とも。


 今の自分がチビなばかりに、キスをしてくれないハーレイ。
 おまけに怒って膨れてやったら、「フグ」と呼ばれて笑われる。
(酷いんだから…!)
 ぼくは怒っているんだからね、と思ったけれど。
 頬っぺたを膨らませてプンスカ怒っていたなら、一目で分かりそうだけど…。
(ちょっと待ってよ…?)
 前のぼくは膨れていたんだっけ、と心の端を掠めた思い。
 ソルジャー・ブルーだった前の自分は、今と同じにプウッと膨れていたのだろうか?
(…ハーレイと恋人同士になった頃には…)
 とうに育って大人だったし、頬っぺたを膨らませてなどいない。
 機嫌を損ねてしまった時には、知らん顔をしたり、ハーレイを無視していただけで…。
(膨れてないよね?)
 今のハーレイが「フグ」と呼ぶような、子供っぽい顔はしていない。
 もっと前にはどうだったろうか、今の自分と同じような姿のチビだった頃は…?
(あの頃だと、まだアルタミラから…)
 脱出してから間も無い頃だし、不平や不満を言うなど、とても贅沢なこと。
 心も身体も成長を止めて、長く過ごした自分だったけれど…。
(檻から出られて、自由になれただけで幸せ…)
 仲間たちと暮らせるだけで充分、プンスカ怒りはしなかった。
 自分の我儘が通らないからと、「ハーレイのケチ!」と言いはしないし、他の仲間にも…。
(そんな我儘、言っていないし…)
 言わないのならば、膨れっ面だってするわけがない。
 プウッと膨れて不満たらたら、そういう場面は無かったから。
 いくらチビでも、今の自分とは事情が全く違ったから。
(…前のぼく、膨れていないんだ…)
 記憶にある限り、多分、一度も。
 今の自分はしょっちゅう膨れて、「ハーレイのケチ!」とやらかすのに。
 フグみたいにプウッと膨れた頬っぺた、それをハーレイが潰して遊ぶ時もあるのに。


 どうやら膨れていないらしい、と気付いた前の自分のこと。
 今と同じにチビの姿でも、前の自分は膨れていない。
(…ぼくの頬っぺた…)
 大丈夫だろうか、と急に心配になって来た。
 前の自分とそっくり同じ姿に、アルビノの子供に生まれた自分。
 育っていったら、前の自分とそっくり同じになると思っているけれど。
 ハーレイだって、それを楽しみに待っているらしいけれど…。
(…頬っぺた、鍛えすぎてない…?)
 前の自分はまるで使っていない筋肉、それを使ってプウッと膨れている自分。
 「ハーレイのケチ!」とプンスカ怒って、しかもハーレイが潰しにかかるものだから…。
(そう簡単には潰されないよ、って…)
 頬っぺたに力を入れたりするから、きっと強いだろう頬っぺた。
 ハーレイは簡単にペシャンと潰すけれども、そのハーレイは柔道と水泳で鍛えた身体。
 手の力だってもちろん強いし、負けないように膨れていたならば…。
(頬っぺたの筋肉、鍛えすぎちゃってるかも…)
 今日まで気付いていなかったけれど、前の自分は鍛えなかった筋肉を。
 鍛えるどころか、ただの一度も使っていない筋肉を。
(……どうしよう……)
 下手に頬っぺたを鍛えた分だけ、顔が変わって来たならば。
 前の自分と同じ背丈に育った時には、前とは違う顔だったなら。
 頬っぺたの筋肉を鍛えすぎたら、変わるかもしれない顔の輪郭。
 もしかしたら、目とか鼻とか、唇とかのバランスだって…。
(前のぼくとは違っちゃうとか…?)
 それは困る、と慌てて押さえた両の頬っぺた。「大変だよ」と。
 前の自分とそっくり同じに育ちたかったら、膨れていたら駄目かもしれない。
 けれど膨れるのが今の自分だし、気を付けていても膨れそうだから…。


(ぼくの顔だけど、責任、持てる…?)
 前と同じにちゃんと育ってくれるだろうか、と不安な気持ち。
 違う顔になったらどうしようかと、前の自分とは違う自分が出来上がったら、と。
(でも、頬っぺた…)
 ハーレイのせいで鍛えすぎるんだしね、という気がしないでもない。
 本当だったら前と同じに育つ所が、ハーレイのせいで違う顔。
(…ぼくの顔だけど…)
 まるで違う顔になったとしたって、責任はハーレイに取らせようか、と浮かんだ笑み。
 どうせ、その顔と結婚するのはハーレイだから。
 自業自得というものなのだし、もし責任があるとしたなら、ハーレイだよね、と…。

 

         ぼくの顔だけど・了


※ブルー君が心配になった、育った自分の顔のこと。「前のぼくとは違っちゃうかも」と。
 けれどそうなる原因の方は、ハーレイ先生ということで…。責任を取らせるらしいですねv







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(ふむ…)
 俺の顔だな、とハーレイが眺めた鏡の向こう。
 ブルーの家には寄れなかった日、ゆっくりと風呂に浸かった後で。
 髪は短いから、タオルでガシガシ拭いてやったらそれで充分。
 邪魔にならないよう撫でつけておけば、じきに乾いてしまうもの。
 いつもの習慣、髪が含んでいる水気だけで、オールバックに整えた。
 行きつけの理髪店の店主も勧めた、いわゆるキャプテン・ハーレイ風に。
(…キャプテン・ハーレイ風も何もだな…)
 あったもんではないんだが、と鏡に映った顔を見詰める。
 今の自分の仕事はともかく、中身はキャプテン・ハーレイそのもの。
 同じ魂が入っているから、瓜二つでも仕方ないだろう。むしろ、その方が自然なこと。
(まるで違う顔になっちまっていたら…)
 俺も困るし、あいつも困る、と思い浮かべた小さなブルー。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 今日は訪ねてやれなかったけれど、家に行った時はお互いに…。
(前とそっくり同じ顔を見ながら話すんだしな?)
 ブルーは小さくなったけれども、その顔だって知っている。
 メギドに焼かれたアルタミラの地獄。炎の中で出会った時には、ブルーは少年だったから。
 今の小さなブルーが育てば、前と同じになるだろう。
 前の自分と恋をしていた、美しい人とそっくりに。
 ソルジャー・ブルーと同じ姿に、まるで同じな顔立ちに。
(印象は違ってくるんだろうが…)
 育ち方が全く違うから、と前のブルーの人生を思う。
 成人検査で記憶を奪われ、狭い檻の中で飼われ続けた実験動物、それが前のブルー。
 アルタミラから脱出した後は、仲間たちの命を背負っていた。
 その人生が終わるまで。
 三世紀以上も生きた命が、メギドと共に潰えるまで。


 前のブルーとは違う印象になるんだろうな、と想像がつく小さなブルー。
 幸せ一杯に育ったブルーは、これから先も幸せの中で生きてゆく。
 暖かな家で、両親の愛に包まれて。
 前の生では十四歳を境に失くしてしまった、様々なものに囲まれて。
(瞳からして違うんだ、きっと)
 赤い瞳は変わらなくても、ただ幸せに煌めくだろうブルーの瞳。
 前のブルーの瞳の奥には、消えない憂いと深い悲しみとがあったのに。
 ブルーは隠していたのだけれども、前の自分は知っていた。
 憂いも、深い悲しみも。…それがブルーの本当の瞳であることも。
(しかし今だと、どっちも無くてだ…)
 幸せ一杯で我儘なあいつ、と小さなブルーを思えば分かる。
 何かと言えば膨れてしまうし、「ハーレイのケチ!」と怒るのがブルー。
 「キスは駄目だ」と叱り付けたら、プンプンと。
 頬っぺたをプウッと膨らませては、フグのような顔で不満たらたら。
(そういうブルーを見られるのも…)
 前のあいつと全く同じ顔をしているお蔭だよな、と感謝する。
 どんなブルーでも愛せるけれども、猫や小鳥に生まれていたって恋をするけれど。
(やっぱり今のあいつが一番…)
 いつかは前のブルーと同じに育つ姿が一番いい。
 その日までどれほど待たされようと、キスも出来ない日が何年も続こうと。
(俺でもそういう気持ちなんだし…)
 ブルーの方でもきっと同じで、この顔がいいに違いない。
 キャプテン・ハーレイそっくりな顔が、前の自分がそのまま此処にいるような顔が。
(ヘアスタイルの方にしたって…)
 今のものでないと駄目なのだろう。
 髪型で印象は変わるものだし、断然、キャプテン・ハーレイ風。
 この髪型を勧めてくれた店主に感謝しないと、と心の中で頭を下げた。
 面と向かって言えはしないから、生まれ変わりだと明かすわけにはいかないから。


 そして向かった二階の寝室。
 ベッドに入る前のひと時、ふと考えた自分のこと。今の自分が持っている顔。
 理髪店の店主に感謝したけれど、それを店主が勧めた理由。
(…キャプテン・ハーレイのファンだっけな…)
 長年、知らなかったこと。
 前の自分の記憶が戻った後に聞かされた。ほんの偶然、ただの成り行き。
 店主は何も知らないのだから、「キャプテン・ハーレイのファンでしてね」と語っただけ。
 航宙日誌の復刻版まで揃えたいほどの熱烈なファン。
 だから、自分が初めて店に入った時には…。
(若きキャプテン・ハーレイですよ、と来たもんだ)
 大喜びしたらしい、その日の店主。「素晴らしい客がやって来た」と。
 あの頃には、まだこの町に引越して来たばかり。教師になって間も無い青年。
 今よりもずっと若いわけだし、キャプテン・ハーレイ風の髪型は似合わないのだけれど…。
(若かった頃の、前の俺の髪型…)
 店主が選んだ髪型は、それ。
 任せておいたら、そういうカットになっていた。「良くお似合いになりますよ」と。
 元々、それに似た髪型を自分で選んでいたから、さほど変わりはしなかったものの…。
(あの瞬間から、完全にキャプテン・ハーレイ風なんだ…)
 若かった頃の姿だがな、と苦笑する。
 「店主のお蔭で、そのものにされてしまったようだ」と。
 なにしろ店主の頭の中では、「若き日のキャプテン・ハーレイ」だから。
 自分がせっせと動かすハサミで、キャプテン・ハーレイが出来るのだから。
(でもって、俺が年を食ったら…)
 もう青年とは呼べない年になって来た頃、勧められたのが今の髪型。
 他にも候補はあったけれども、これに決めたのは自分自身。
(…散々、「生まれ変わりなのか?」と、訊かれたせいでもないんだろうが…)
 これが一番しっくりくる、と選んだキャプテン・ハーレイ風。
 以来、髪型を変えてはいないし、小さなブルーと再会した時もこの髪型。
 ちゃんとキャプテン・ハーレイだった、と懐かしく思い出したのだけれど…。


(…違う姿で出会っていたなら、どうなってたんだ?)
 前の自分とは似ていないとか、似ていたとしても髪型がまるで違うとか。
 それでもブルーは、「ハーレイなんだ」と気付いてくれたとは思う。
 褐色の肌を持っていなくても、瞳の色が違っていても。
 顔立ちはもちろん、体形すらも別人のように変わっていても。
(ブルーなら、分かってくれるんだろうが…)
 聖痕からの出血と痛み、それで意識が遠のく中でも、きっと分かるだろうけれど。
 失くした意識を取り戻した後は、「ただいま」と言うだろうけれど…。
(あいつにしてみりゃ、複雑な気分…)
 どうして違う顔なのだろう、と瞳を瞬かせたかもしれない。
 「ハーレイだよね?」と訊きはしなくても、心の中では「どうしてなの?」と。
 すっかり変わってしまった恋人、何もかも記憶にある姿とは違うから。
 魂は同じだと分かっていたって、前のブルーが知る「ハーレイ」は何処にもいないから。
(それだと困っちまうぞ、あいつ)
 自分の方では「そうか、キャプテン・ハーレイだったか」と、素直に納得していても。
 「前の俺とは別人なんだが、こいつが今の俺の顔か」と思っていても。
 小さなブルーの方にしてみれば、「中身だけが前と同じ」恋人。
 きっと途惑いもあるだろう。
 その内に慣れてくるとしたって、「ぼくのハーレイは何処へ行ったの?」と。
(…そうなっちまったら、可哀相だしな?)
 今の俺の顔で実に良かった、と思ったはずみに気付いたこと。
 記憶が戻った今だからこそ、「俺の顔だ」とキャプテン・ハーレイの顔を眺めるけれど。
(何も知らなかった頃には、単に似てるってだけで…)
 他人の空似も此処まで行ったら見事なものだ、と感心していた。
 彼と同じ血を引いていたかと、長い時を経てヒョイと姿を現したのかと。
 そう思うほどにそっくりだったし、鏡を覗いて笑ったこともあったのだけれど…。
(…前の俺を育てていたってか?)
 まるで自覚は無かったが、と愉快な気分。
 自分でもそれと気付かないままで、前の俺の顔を育てていたか、と。


 キャプテン・ハーレイ風の髪型、それに顔立ち。
 きっと体格とも無縁ではない、前の自分とそっくりな顔。
 柔道も水泳もやらずにいたなら、今の自分になってはいない。
 同じように背丈が伸びたとしたって、もっとヒョロリとするだろうから。
(…前の俺の顔を育てたんだな、今までかかって)
 俺の顔だが、俺の顔ではなかったのか、と零れる笑み。
 「こいつは前の俺の顔だ」と、「それを栽培したらしい」と。
 せっせと鍛えて、髪型まで同じように仕上げて、見た目はまるでキャプテン・ハーレイ。
 前の俺の顔を育て上げるために、俺は努力をしていたらしい、と。
 なんとも愉快な人生だけれど、それも少しも悪くはない。
 ちゃんとブルーに出会えたから。
 前とそっくりな顔で、愛おしい人にもう一度巡り会えたのだから…。

 

         俺の顔だが・了


※キャプテン・ハーレイにそっくりなのがハーレイ先生、そっくりで当然ですけれど…。
 よく考えたら、今の顔を育て続けていたのかも。それも愉快な人生ですよねv







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