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(よくも忘れていられたよなあ…)
 あいつのことを、とハーレイは、ふと考えた。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
 もちろん、「あいつ」は、ブルーのことを指している。
 青い地球の上に生まれ変わって再会してから、忘れた日など、一日も無い。
(…前の俺だって、地球の地の底で…)
 瓦礫が崩れ落ちて来て、死ぬ瞬間まで、ブルーを忘れはしなかった。
(これで、あいつの所へ行けるんだ、と…)
 夢見るように思いながら死んで、気付いたら、今の人生で…。
(目の前で、あいつの目から血が出て…)
 全てを思い出したわけだけれども、それまで「忘れ果てていた」。
 「ソルジャー・ブルー」の写真を見ようが、話を聞こうが、何も思いはしなかった。
(…薄情と言うにしても、酷すぎるぞ…)
 すっかり忘れちまっていたなんて、と情けない。
 あれほど愛した「ブルー」のことを忘れて、のうのうと生きていたなんて。
(…なんとも、情けないんだが…)
 多分、神様のお計らいだな、という気がする。
 もしも「ブルー」を覚えていたら、今の人生は、まるで違っていただろう。
(…最初から覚えていたとなったら…)
 どうなるんだ、と振り返ってみることにした。
 夜の時間は、考え事には相応しい。


 まずは、今の人生の「最初」、出発地点に立ってみる。
(…今の俺は、隣町の病院で生まれたわけで…)
 八月二十八日だから、暑い盛りで、エアコンの効いた病院の外は、晴れていたと聞く。
 生まれた時点で、前の生での記憶があるなら、最初に母を見て、驚いたかもしれない。
(これは誰だ、と目を見開いて…)
 それから懸命に耳を澄ませて、様子を探る間に、「補聴器が無い」と気付いたろうか。
(今の俺だと、補聴器なんぞは要らなくて…)
 耳で直接、聞こえるのだから、それに気付いて驚きそう。
(そうなるのが先か、自分が「赤ん坊」だと分かるのが先か…)
 どっちなのやら、と考えるけれど、補聴器の方が先になりそう。
(知らない所に来ちまったんだし、下手に動けば命取りだしな…)
 なにしろ「母」が、味方かどうかも分からない。
 自分の身体を見回す前に、周りの状況を把握するべき。
(…実に、とんでもない赤ん坊だな…)
 可愛くないぞ、と苦笑してしまう。
 母が「生みの母」だと分かるまでには、どのくらい時間がかかるのやら。
(…流石に、夜には分かりそうだが…)
 親父がいるのも分かるだろうが、と思うけれども、困ったことに、自分は「赤ん坊」。
(…どうやら生まれ変わったらしい、と把握出来ても…)
 そこから先へは進めない。
(自分の足で歩くどころか、喋ることさえ出来ないってな!)
 赤ん坊でも、思念波らしきものは「使える」らしい。
 ただし、漠然としたもので、「お腹が空いた」と伝わる程度の、拙いもの。
(…いったい、此処は何処なんだ、と訊きたくても…)
 赤ん坊になった身では、複雑な思念を紡げはしない。
(…地球に生まれて来たらしい、と分かるまでにも、何ヶ月も…)
 かかりそうだな、とフウと溜息が出そう。
 いくら「ブルー」を覚えていようが、それどころではないだろう。


 人生の最初に立った時点で、いきなり高いハードルがある。
 「思い通りにならない、赤ん坊の身体」で、それを乗り越えるには何年もかかる。
(…最低でも、幼稚園に行ける程度までには…)
 育たないとな、と子供時代を思い浮かべて、また溜息が一つ零れた。
(…ブルーを探しに行きたくなっても、赤ん坊では、どうにもならないし…)
 幼稚園児まで育って、ようやく「外の世界」で動けるようになる。
 一人で出掛けることは出来なくても、幼稚園までの往復だとか、遠足だとか。
(外の世界ってヤツに、触れる機会が増えるしな…)
 行く先々で、「ブルーがいないか」見回しながら、気を付ける人生が始まりそう。
 銀色の髪の人がいたなら、直ぐに視線で追い掛けるとか。
(…文字は覚えている筈だから、新聞とかも…)
 出来るだけ読んで、「ブルーの手がかり」を探すのだろう。
 両親は「もう、文字が読めるらしい」と喜びそうでも、やっていることは「人探し」。
(…しかしだ…)
 幼稚園児では、新聞に「人を探しています」と、載せて貰うことは出来ない。
 そういう記事を載せるためには、もっと大きくならないと無理。
(…せいぜい、作文…)
 少々、嘘をついたって、と組み立ててみた作文は、こういう中身。
 「ぼくは、前世の記憶があります。その頃の友達に、また会いたくて、書きました」。
 幼い子供が書いた「作文」なのだし、上手くいけば載せて貰えそう。
 「子供らしい、思い付きだ」と、新聞社の人たちも、面白がってくれて、挿絵もつけて。
(…その作文の中に、あいつなら分かってくれそうな「何か」を…)
 織り込んでおけば、何処かで「ブルー」が読むかもしれない。
 そうすれば「ハーレイだ!」と、ブルーの方で、気付いてくれる。
(…でもって、作文を書いた俺にだな…)
 連絡を取ろう、と思ってくれれば、万々歳。
 めでたく「ブルー」に会えるけれども、それは「ブルー」が、そこそこ育っていた場合。
(…新聞を読むような年で、新聞社に連絡を入れて…)
 作文を書いた「ハーレイ」を探せる年なら、何も問題は無いのだけれど…。
(…今のあいつなら、出来るんだろうが…)
 幼稚園児や、赤ん坊なら無理じゃないか、と特大の溜息が零れ落ちた。
 「生まれていない」可能性もあるし、この方法でも、「ブルー」は見付かりそうにない。


 そうやって「ブルー探し」の人生が続いて、いつまで経っても「終わらない」。
 なにしろ、今のブルーが生まれたのは、ほんの14年ほど前に過ぎない。
(…あいつが生まれて、病院を出る日に…)
 病院の前を、ジョギングで走っていたかもしれない、と、前にブルーと話したけれど…。
(銀色の髪に注目しながら、ジョギング中でも…)
 赤ん坊まで目を配ってるとは、思えないぞ、と溜息しか出ない。
 きっと「走りながら、探している」のは、前の生で見ていた「ブルー」が基準だろう。
 初めて出会った「少年の姿」のブルーくらいからしか、「探す」中には入らない。
(…ついでに、今のブルーが病院を出た日は、雪がちらついてて…)
 ブルーは、ストールで包まれていたと、今のブルーから聞いた。
 赤ん坊をストールで包んでいたなら、髪もすっかり隠れていそう。
(冷えないように、って包むわけだし、そうなるよなあ…)
 銀の欠片も見えやしない、と想像がつく。
 「ブルー探し」の対象どころか、気付きもしないで、前を走って行っておしまい。
(…その後にしても、同じ町には、住んでいたって…)
 行動範囲が違っているから、まるで会えない。
 今のブルーが育ち始めて、銀色の髪が目立つようになって来た後でも。
(…小さい頃から、ソルジャー・ブルー風の髪型で…)
 育って来たのが「ブルー」だけれども、出会う機会がまるで無ければ、どうにもならない。
(…おまけに、俺は育ち過ぎてて…)
 ブルー探しの広告とかを、新聞に載せることは出来ても、今度は「ブルー」に伝わらない。
 前の生の記憶を「今のブルー」は持っていないし、新聞で記事を見掛けても、読むだけ。
(…誰を探しているんだろう、って首を傾げて、それっきりだよなあ…)
 これじゃ駄目だ、と何度目か分からない溜息が落ちる。
 「前のブルー」を覚えていたって、出会えないまま、長い歳月が過ぎてゆく。
 今の学校に転任して来た、「あの日」が訪れるまでは、ずっと。


(…ザッと数えても、三十七年だぞ…)
 それだけの間、「ブルー」には会えずに、探し続けて生きる人生。
 柔道や水泳に集中出来たか、それさえも謎。
(…多分、教師にはなったと思うが…)
 人と出会う機会が多いからな、と自信はあるから、「今のブルー」には教室で再会出来る。
 そうは言っても、三十七年もの間、「探し続ける人生」だったら、失ったものも多いだろう。
(…失うと言うか、最初っから…)
 手に入れ損ねたものと言うか…、と頭に浮かんで来るのは、幾つもの優勝トロフィーや盾。
 柔道も水泳も、プロの域までは「行けずじまい」に違いない。
 今の自分の授業中の「雑談」にしても、中身は、うんと薄くなりそう。
(…趣味の雑学、仕入れてるより、ブルー探しで…)
 あれこれ失くしていそうだよな、と苦笑いしか出て来ない。
 そうならないよう、「前のブルー」を「覚えていない」人生を、神様がくれたのだと思う。
(新しい人生を、しっかりと生きて、楽しんで…)
 生まれ変わって来た「ブルー」と出会えた時に、役立つように、沢山の経験と知識。
 それを「積み上げておきなさい」と、神様は「覚えていない」人生にした。
(…きっと、そうだな…)
 あいつのことを、覚えていたら、人生、棒に振っちまうし、とコーヒーのカップを傾ける。
(…忘れちまっていたっていうのは、情けないんだが…)
 これでいいんだ、と「今のブルー」を思い描いて、笑みを浮かべた。
 ブルーとは、無事に出会えたのだし、それだけでいい。
 覚えていたら、出会えるまでの人生は「虚しく過ぎて行っただけ」になるのだし…。
(うん、これでいいんだ)
 情けないのは、御愛嬌だな、と心から神に感謝する。
 今のブルーのために役立ちそうな、様々なことを「得られた」から。
 「覚えていたら」出来なかったことを、それと知らずに、積み上げたから。
 今のハーレイの経験の全てが、今のブルーの「役に立つ」。
 何処かへ出掛けてゆくにしたって、日々の暮らしで、料理をするとか、家事にしたって…。



           覚えていたら・了


※ブルー君と再会するまで、前のブルーを忘れていた、ハーレイ先生ですけれど。
 もしも、最初から記憶があったら、今の人生、変わっていそう。きっと神様のお計らいv






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「ねえ、ハーレイ。諦めないのは…」
 大事だよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「ん? 急にどうした?」
 何かあるのか、とハーレイは鳶色の瞳を丸くした。
「お前のことだし、宿題とかではないんだろうが…」
 早めにやっちまうことはあっても、とハーレイは尋ねる。
 ブルーが「諦めたくなる」ような何かが、あるのかと。
「ううん、そういう話じゃなくって…」
 考え方の問題かな、とブルーは首を軽く傾げた。
「宿題とかでも、そうなんだけど…」
 いろんな物に壁があるよね、とブルーは続ける。
「勉強もそうだし、運動とかでも、壁にぶつかる時…」
 そういう時にどうするのか、と挙げられた例。
 諦めないで努力すべきか、投げ出してしまっていいのか。


「どっちだと思う?」
 ぼくは諦めない方がいいと思うけど、というのが質問。
「ふうむ…。一般論というヤツを聞きたいんだな?」
「そう。ケースバイケース、とは言うけどね…」
 傾向としては、どっちが正しいのかな、とブルーは真剣。
 努力が無駄になったとしても、頑張るべきか、と。
「なるほどなあ…。無駄骨ってこともあるわけで…」
 運動なんかは、特にそうだな、とハーレイは正直に頷いた。
「勉強だったら、努力次第で、多少、時間がかかっても…」
 結果を出せることは多いんだが…、と腕組みをする。
 頭の出来は色々だけに、理解に時間がかかる生徒も多い。
 とはいえ、「理解出来た」ことは忘れないから、報われる。
 それまで意味が掴めなかった数式なども、きちんと解ける。
「しかしだな…。運動の場合は、個人の資質が大きくて…」
 努力したって結果が出るとは限らんぞ、とフウと溜息。
 実際、身体を壊すくらいに練習したって、駄目な子もいる。
 柔道部で教える生徒たちでも、その点は注意しておくべき。


「線引きというのは、したくないんだが…」
 諦めさせてることも多いんだ、とハーレイは説明した。
「本人は、うんとやる気があって、練習量を…」
 増やしたいとか行って来るんだがな、と顔を曇らせる。
「ハーレイ、諦めさせてるの?」
「そりゃそうだろう。出来ないことは、出来んしな…」
 長年やってりゃ分かるモンだ、と柔道のことを説いてやる。
「どう頑張っても無理なヤツには、させちゃいけない」
「怪我しちゃう、って?」
「分かってくれたか? 言われたヤツは、引かないがな…」
 怪我をするぞ、と言っても聞かん、とハーレイは苦笑した。
「勝手に自主練しに来ちまって、怪我をするヤツも…」
「いたりするわけ?」
「残念ながら、その通りでな…」
 力量不足とか以前なんだが、というハーレイの悩みの種。
 「諦めるべき時には、諦めて欲しい」と、両手を広げて。


「でないと、俺の仕事が増えるってわけだ」
 病院まで連れてって、家まで送って…、とブルーに話す。
 「たまに、お前が困るヤツだな」と、オマケもつけた。
「そっか、ハーレイが帰りに寄ってくれない日…」
 アレの原因、そういうのなんだ、とブルーの瞳が瞬いた。
「確かに困るね、諦めてくれた方がいいんだけど…」
「そう思うだろ? 一般論とは正反対だが…」
 諦めが肝心なこともある、とハーレイは軽く肩を竦めた。
「教師としては、努力を説きたいがな」と。
「そうだよね…。やっぱり努力が一番だもんね…」
 諦めろなんて言いにくそう、とブルーも相槌を打った。
「普段、教室で言ってることとは、逆なんだもの…」
「言わされる方は、本当に辛いんだぞ…」
 ついでに生徒に恨まれちまうし、とハーレイは零した。
「分からず屋だと思われちまって、挙句に怪我な有様で…」
「…大変なんだね、先生って…」
 頑張ってね、とブルーはハーレイを励ました。
 「そういう生徒でも、諦めないで対応してあげてよ」と。


「すまんな、愚痴になっちまった」
 一般論の方が良かったな、とハーレイはブルーに謝った。
「まあ、アレだ。諦めないのは、大事ってことで…」
「ぼくが尋ねた方で合ってる?」
「お前の場合は、柔道部員じゃないからな」
 特殊なケースは放っておけ、と笑みを浮かべる。
「諦めないで、コツコツ努力するのが一番だぞ」
 大抵は…、と言ったら、ブルーも、ニッコリと笑んだ。
「分かった、ぼくも諦めないよ!」
 ハーレイにキスをして貰うのを、とブルーは勝ち誇った顔。
 「それは努力をしていいんでしょ?」と。
(…そう来たか!)
 騙されたぞ、とハーレイはグッと詰まって、拳を握る。
 真面目に話してやっていたのに、ブルーの狙いは別だった。
「馬鹿野郎!」
 そんな努力はしなくていい、と銀色の頭に拳をコツン。
 「諦めちまえ」と、「頭に怪我をさせられる前にな」と…。


         諦めないのは・了






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(…今日は、捕まっちゃったんだよね…)
 悪いことなんかしてはいないけど、と小さなブルーが竦めた肩。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(ぼくは、普通に歩いてただけで…)
 ただの学校帰りだったんだけど、と昼間の出来事を思い返して苦笑する。
 いつも通りに学校を出て、家の方へと向かう路線バスに乗り込んだ。
 家の近くのバス停で降りたら、後は家まで歩けばいい。
(ほんのちょっぴり、散歩気分で…)
 楽に歩いて帰れる距離だし、時間もさほどかかりはしない。
 それなのに、今日は…。
(うんと時間がかかっちゃった…)
 ホントに歩いていただけなのに、と可笑しくもなる。
 通学鞄を提げて歩いていたら、突然、声を掛けられた。
「あら、ブルー君! 丁度、良かったわ」
 ケーキが焼けた所なのよ、と呼び止められて、ご近所の奥さんが生垣の向こうに。
(…後で、届けに行くつもりだったから、って…)
 良かったらどうぞ、と家の中へと招かれた。
(ケーキ、冷めないと、包めないから…)
 待っている間に、お茶とお菓子を召し上がれ、と誘われてしまえば、断れはしない。
 ついでに言うなら、出して貰えるらしい「お菓子」にも、興味津々。
(…娘さんが住んでる、海の向こうの遠い地域の…)
 名物のお菓子が送られて来たから、食べて行かない、と聞けば心が揺さぶられる。
(そのお菓子、ご近所全部に配るほどには…)
 数が無いからこその、「お誘い」だろう。
 ブルーの両親に渡す分さえ足りないわけで、通りかかった「ブルー」だけに、と。
(お裾分け…)
 こんなチャンスは二度と無さそう、と大喜びで、お邪魔することにした。
 いそいそと奥さんの後について入って、居心地のいいリビングに案内されて…。
(待っててね、って…)
 奥さんが「お菓子」を用意してくれる間も、ドキドキだった。
 「どんなお菓子が出て来るのかな?」と、あれこれ想像してみて、ワクワクとして。


 お茶と一緒に出て来た「お菓子」は、期待以上のものだった。
(うんと昔の地球で言ったら、アラブ風ってことになるんだって…)
 揚げ菓子の一種らしいけれども、「わざわざ麺を作って、細かく切ってから」揚げるもの。
(油で揚げたら、甘いシロップを絡めて、纏め上げてから、シロップを掛けて固めて…)
 ブルーに出された「お菓子」は、四角い形に出来上がっていた。
 娘さんが暮らす地域に行ったら、形も色々、お皿の上に盛って固めることもあるらしい。
(美味しかったし、珍しかったし…)
 お菓子の話も、娘さんが暮らす地域の話も面白くて、つい…。
(…ケーキが冷める間だけ、って思ってたのに…)
 長居したわけで、「ありがとうございました!」とお礼を言って出るまでに、かなりの時間。
 「お母さんによろしくね!」と渡されたケーキの箱を、しっかりと持って急ぎ足で…。
(遅くなっちゃった、って…)
 家に帰って、ホッと一息。
(まだまだ、ハーレイ、来ない時間だったし…)
 いつもより遅い帰宅とはいえ、理由は誰も責めないものだし、証拠の品だってある。
 預かって来たケーキを母に渡して、それから二階の部屋に上がって…。
(鞄を置いて、制服を脱いで…)
 急ぎ足だった分の休憩、とキッチンに行って、ホットミルクを母に注文した。
(ハーレイに聞いた、シロエ風の…)
 マヌカ多めのシナモン入りで、いつもの自分の席に座って、のんびりと飲んでいたけれど…。
(飲んでる途中で…)
 ふと思い出した、「明日までに」と期限が切られた、今日の宿題。
 大した中身ではなくて、ブルーにとっては、とても簡単な内容なのに…。
(解くのは、うんと簡単だけど…!)
 答えだけを書いて「出来ました!」と提出することは許されない。
 どうして「そういう答えになる」のか、途中経過を書かないと叱られてしまう。
(時間、そんなにかからないけど…!)
 今日は時間が「無い」んだっけ、と大慌てでミルクの残りを喉に落とし込んだ。
(舌をちょっぴり、火傷したかも…)
 まだ冷めるには早かったしね、と舌をペロリと出してみる。
 幸い、あれから痛みはしないし、多分、軽症だったのだろう。
 もっとも、舌を火傷していたとしても…。


(あの状況では…)
 冷たい水を飲みに行く時間も惜しかったもんね、と思うくらいに、持ち時間は少なかった。
 ハーレイが「仕事帰りに寄る」としたなら、それまでの間に残る時間は、ごく僅か。
(…宿題、やってしまわないと…)
 後で大変なことになりそう。
 明日、学校に着いてからでも、出来るけれども…。
(…宿題があるのを忘れてたんだな、って…)
 クラスメイトにバレるわけだし、それは恥ずかしすぎて出来ない。
 それが嫌なら、なんとしてでも「今日の間に」やっておくしかないわけで…。
(…ハーレイが来たら、宿題が出来る時間なんかは…)
 取れはしなくて、ハーレイが「帰って行った」後の時間しか空いてはいない。
(そんなの、嫌だよ…!)
 宿題が残っているんだけどな、と頭の隅にある状態では、ハーレイとの時間を楽しめはしない。
 「ちょっと待ってね、宿題をしないとダメだから!」と「待って貰う」手もあるけれど…。
(それだと、「お前、宿題、忘れてたのか、って…)
 ハーレイに言われてしまうだろう。
 「珍しいな」と、笑われながらの「宿題タイム」で、ハーレイと話す時間も削られる。
(どんなコースでも、全部、困るし…!)
 何が何でもやってしまおう、と机に向かって、懸命に「作業」をした。
 問題を解いて「こんなの、わざわざ書かなくっても…!」と思う過程も、書き並べて。
(やっと終わったら、ホントにギリギリで…)
 ハーレイが来そうな時間だったんだよね、と思い返すと冷汗が出そう。
 結果的には「ハーレイが来ない日」の方で、焦って必死になっていた分、拍子抜けした。
 普段だったら、「今日はハーレイ、来なかったよ…」とガッカリだけれど、今日は違った。
(…なんだ、来ない方の日だったんだ、って…)
 それなら先に言っておいてよ、と少し膨れて、「来なかったハーレイ」に心で文句。
 「ハーレイのせいで、焦っちゃったよ」と、自分の失敗は全部、棚に上げてしまって。
 寄り道をしていて「遅くなった」のも、「宿題の存在を忘れていた」のも、自分なのに。


 「来なかったハーレイ」に文句を言っていたのは、ただの八つ当たりでしかない。
 ハーレイは少しも悪くないわけで、悪いのは「ブルー」一人だけ。
(…時間に追われる羽目になったの…)
 ぼくのせいだ、と充分、承知している。
 確かに「帰り道に、捕まった」とはいえ、捕まえた奥さんは悪くない上に…。
(あそこで長居なんかしないで、急いで帰れば…)
 時間はもっと沢山あったし、敗因は「宿題の存在を忘れ果てていた」ことになるだろう。
(あの家で、お菓子を食べていた時、宿題のことを…)
 覚えていたなら、食べ終えた後は「御馳走様でした」と、お礼を言って帰っている。
 「娘さんが暮らす地域」のことで話が弾んで、帰りが遅くなったりはしないで。
(……大失敗……)
 こんな経験、無いんだけどな、と情けなくなった所で、ハタと思い出した。
 「今のブルー」は、時間に追われて「大失敗」だと、嘆き続けているけれど…。
(…あんなの、前のぼくにしてみれば…)
 「追われている」どころか、ただの平和な「日常」なのに違いない。
 遠く遥かな時の彼方で、「ソルジャー・ブルー」と呼ばれていた頃には、まるで違った。
(…追って来るのが、時間にしても…)
 もっと「とんでもない」レベルの代物ばかりで、ミュウの未来が懸かった局面ばかり。
(…アルテメシアの地上から直接、宇宙に向かって…)
 ワープしよう、と決断を下した時もそうだし、メギドに向かって飛んだ時にしても…。
(メギドが次弾を撃って来る前に…)
 破壊しないと、ミュウの未来は消え失せてしまう。
 そうならないよう、命を捨てるしかなくて、地球も、ハーレイも、全て諦めて…。
(…飛ぶしかなくって、宿題なんかじゃ比較にならなくて…)
 今のぼくって、平和すぎるよ、と思い知らされてしまう。
 たかが宿題、それに追われて「時間に追い掛けられちゃった」と嘆くだなんて。


(…平和ボケだよね…)
 人生自体が、別物だけど、と「今の時代」に感謝する。
 なんて平和な世界に生きているのか、つくづく実感させられた。
 「今のブルー」を追って来るものは、とても平和なものでしかない。
 時間もそうだし、人類軍だって、「とうの昔に」いない世の中。
 「今のブルー」が捕まったものは、ご近所さんで、気のいい「奥さん」。
(…前のぼくだと、もっと恐ろしいものばかりが…)
 「ソルジャー・ブルー」を捕獲しようと待ち受けていて、捕まえるか、殺すかが目的だった。
 「危険なタイプ・ブルー」なのだし、「捕まえられないなら、殺してしまえ」と。
(…何もかも、すっかり変わっちゃったよ…)
 シャングリラだけで暮らした時代からは、と心から思う。
 そういう時代でも「前のハーレイ」が一緒にいてくれたお蔭で、生きることが出来た。
 今の平和な世界だったら、あの時代よりも…。
(追われていたって、ずっと平和で、幸せだよね…)
 現に今日だってそうだったよね、と勉強机の方に目を遣った。
 何時間か前、あそこの椅子に座って、時間に「追われ続けていた」。
 「終わらないよ!」と「面倒な宿題」と格闘しながら、ハーレイが来るのを待ってもいた。
(これさえ終われば、ハーレイが来ても安心だから、って…)
 必死に宿題、焦り続けた時間だったとはいえ、あれも「幸せ」と言うのだろう。
 「ハーレイが来ても、困らないように」という目的のために、追われ続けていたのだから。
(…前のぼくより、うんと幸せ…)
 追って来るものも、追い掛けられてる状態だって、と頬が緩んだ。
 この先もきっと、こういう具合なのだろう。
(…いつか、ハーレイと暮らし始めても…)
 似たようなことがあるかもしれない。
 「宿題」ではなくて、他の「何か」に追われ続けて、焦って、困りながらでも…。
(これさえ終われば、後はハーレイと…)
 食事に行ったり、ドライブをしたり、と「素敵な時間」が待っている場面。
 後に御褒美が待っているのは確かなのだし、それを励みに頑張れることだろう。
 「早くやらなきゃ」と自分に発破で、エールを飛ばして。
(うん、ハーレイと一緒に暮らしてるなら…)
 追われていたって、ぼくは平気で大丈夫、と自信があるから、少し楽しみになってもいる。
 「未来のぼくは、何に追われているのかな?」と、ちょっと覗き見してみたい気分。
 今のブルーが「知らない未来」は、きっと素敵に違いないから。
 何かに追われて困っていたって、ハーレイがいれば、間違いなく、幸せ一杯だから…。



            追われていたって・了


※寄り道したせいで、時間に追われる羽目に陥ったブルー君。宿題を忘れていた結果。
 今の生では、追って来る時間も平和なもの。ハーレイと結婚した後にも、追って来るかもv




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(…今日は、捕まっちまったな…)
 まあ、いいんだが、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
 愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、それを片手に。
(…何の予定も無かったなんて、ブルーには、とても…)
 言えやしないぞ、と軽く肩を竦める。
 ブルーは今頃、部屋で膨れていることだろう。
 そうでなければ、寂しそうな顔で俯いているか。
(ハーレイ、今日は来なかったよね、と…)
 ガッカリしながら、自分自身に言い聞かせていそう。
 「きっと、ハーレイ、忙しかったんだよ」と、会議や部活などを思い描いて。
(でなきゃ、同僚と飯を食いに行ったと考えてだな…)
 そっちの場合は、頬っぺたを膨らませているコースになる。
 「ハーレイ、酷い!」と、プンスカ怒って、楽しそうな食事風景は想像したくも無くて。
(…あいつが知ったら、怒る方だな…)
 今日の俺は、とハーレイは溜息だけれど、ある意味、不意打ちでもあった。
 ハーレイにも「予測不可能」なもので、青天の霹靂とも言えるだろう。
(なんで、あいつが…)
 あんな所に、と頭の中に出て来る「あいつ」は、ブルーではない。
 前の学校の同僚の一人で、転任前の送別会を最後に、会えていなかった。
(気のいいヤツで、いつも話が弾んでたから…)
 送別会が終わって別れる時にも、交わした挨拶は「それじゃ、またな!」。
 近い間に会えるつもりで、軽く手を振り、家に帰った。
 転任先の学校に慣れて来たなら、連絡を取って、食事でもしよう、と算段をして。
(…あの時の予定じゃ、とうの昔に…)
 彼とは再び会えていた筈で、再びどころか、三度、四度と回を重ねていただろう。
 今の学校の同僚なども誘って、食事会もしたかもしれない。


(…しかしだな…)
 予定は、すっかり狂ってしまって、今の「ハーレイ」は、ブルー専属になっている状態。
 平日でさえ、仕事帰りに「ブルーの家まで」出掛けてゆくから、空き時間はゼロ。
(俺にしてみりゃ、うんと充実しているわけで…)
 何の不満も無いものだから、今日、会った「友」は、思い出しさえしなかった。
(いや、ちゃんと覚えてはいるし、どうしてるかな、と…)
 彼の家がある方を、眺めることもあったけれども、其処で「おしまい」。
(おい、どうしてる、と、だ…)
 通信を入れることはしなくて、食事に誘うこともしなかったから…。
(……捕まっちまった……)
 昔で言うなら、「お縄」ってヤツだな、と古典の教師らしく変換してみる。
(またな、と言ったきり、連絡もしないような俺は…)
 友人にすれば「なんてヤツだ!」で、向こうからも連絡が来ないとはいえ…。
(俺の都合もあるだろうし、と遠慮してたわけで…)
 実際、彼は、そう言っていた。
 「今の学校、とんでもなく忙しいのかと思ってたんだが…」と、呆れ果てた顔で。
(…そりゃまあ、呆れ果てるよなあ…)
 出くわした場所も悪かった、と自分でも思う。
 授業の間の空き時間に出掛けた、書店だったけれど、仕事の本のフロアではなくて…。
(誰が見たって、趣味の本を探しているとしか…)
 思えないフロア、ハーレイを見付けた友人の方も、そういった本を手に持っていた。
(レジに行こうとしてた所で、俺を見付けて…)
 姿形を確認した後、真っ直ぐやって来たという次第。
 本の棚を夢中で見ていた「ハーレイ」の肩を、その友人は、後ろからポンと叩いた。
 「久しぶりだな!」と、気のいい笑顔だったけれど…。
(あいつの顔には、デカデカと…)
 こういう文字が、と浮かんで来るのは「御用」の二文字。
 遠い昔の「御用提灯」も、もちろんセットになっている。
(俺を、お縄にするために…)
 友人は笑顔でやって来た。
 「御用だ!」と、「ハーレイを捕まえる」捕り物をしに。


 そういったわけで、今日のハーレイは「お縄」。
 友人の顔には「逃がさないぞ」と書いてある上、出くわした場所が場所だけに…。
(…申し開きは出来ないってな…)
 暇がたっぷりあるというのは、見ただけで分かる。
 今の学校は多忙どころか、空き時間に自由に出歩ける職場。
 友人にしても同じ状況、ハーレイを見付け出したからには、捕まえるしかない。
(仕事の後にも、時間あるだろ、と…)
 質問されたら、嘘をつくのは道に反する。
(ブルーの家に行きたいから、なんて言えやしないぞ…)
 恋人に会うのと、久しぶりに会った友人、どちらを優先するべきか。
 答えは後者で、しかも「恋人にかまけていた」のが、友人に「お縄にされた」原因そのもの。
(逃げられるわけがないってな!)
 仕方なく「お縄になった」結果は、放課後、店での待ち合わせだった。
 前の学校に勤めていた頃、友人と通った行きつけの店。
(店主も、俺を覚えていてくれて…)
 「お元気でしたか?」と、注文していない料理を振る舞ってくれた。
 「お車ですから、お酒は出せませんしね」と、酒を一杯、奢る代わりに粋なサービス。
(ついつい、話が弾んじまって…)
 友人や店主と楽しく過ごして、ついさっき、家に帰って来た。
 会えないままで「今日」を過ごした、「ブルー」は思い出しもしないで。
(……本当に忘れていたってな……)
 途中までは覚えていたんだが、と申し訳ない気分。
 けれど、ブルーは「特殊すぎる」だけに、そうそう話すわけにはいかない。
 「こういう生徒の守り役になって、忙しいんだ」とは、明かせない。
(もっと何度も会ってからしか…)
 俺の近況、全て話せはしないしな、と分かっているから、黙って通した。
 柔道部の話などは沢山しても、「ブルー」については、貝になって過ごしていたせいで…。
(…いつの間にやら、忘れちまって…)
 御機嫌で家まで帰って来てから、やっと思い出した。
 ガレージに車を入れる所で、「あいつ、膨れているだろうな…」といった具合に。


 もしも「お縄」にならなかったら、ブルーには会えていただろう。
 何も予定が無かったからこそ、「お縄」になって、友人と食事に出掛けて行った。
(…すまん、捕まっちまったんだ…!)
 悪いことなどしていないんだが、とブルーの家の方に向かって、心で謝る。
 「自覚は全く無かったんだが、追われてたんだ」と、「ついに捕まっちまってな」と。
(…俺は、あいつを探してなんかはいなかったわけで…)
 友人の方だけが「探していた」となったら、「追われていた」とも言えるだろう。
 「何処かでハーレイを見掛けた時には、捕まえないと」と、心に留めて。
(…捕まえて、どうこうしようってわけじゃなくても…)
 単に食事をしたいだけでも、一種の「捕り物」。
 「ハーレイ」を見付けることが出来なかったら、「お縄」には出来ない。
(…そして、とうとう、捕まっちまった…)
 今の「俺」でも、「追われる」ことがあるんだな、と時の彼方に思いを馳せる。
 遥かに遠くなった時代に、「前のハーレイ」は、常に「追われ続けて」生きていた。
 ミュウというだけで「処分された」時代、逃げるより他に道は無かった。
(…前のあいつと、懸命に逃げて…)
 燃えるアルタミラの地面を走って、仲間たちと宇宙に飛び立った。
 それが始まり、「追われ続ける」人生を生きて、ついに地球まで行ったけれども…。
(…地球に着く前に、前のあいつは…)
 いなくなってしまっていたから、前のブルーは「追われる」生き方しか知らないままだった。
 前の「ハーレイ」の方は、辛うじて…。
(最後の方では、人類よりもミュウが優位だったから…)
 追われてばかりの時代は終わって、追い詰める側になっていたのに、ブルーは「いない」。
 それが辛くて悲しすぎたから、「追われない生き方」を満喫などはしていない。
 ただ淡々と戦略を立てて、シャングリラを運んでいたというだけ。
 「早く地球へ」と、「地球に着いたら、俺の役目は終わるからな」と心で繰り返して。


 そんな人生を生きた「ハーレイ」が、今は「友人に追われる」時代。
 あまりに平和になってしまって、ピンと来ないくらいに「違い過ぎる」。
(…他に追われるモノと言ったら…)
 仕事くらいか、と可笑しくなるほど、今の時代は「追って来るもの」がいない。
(…時間も、たまに追い掛けて来るが…)
 その程度だな、と数え上げてみて、ブルーの顔を思い浮かべた。
 「前のブルー」ではなくて、「子供になった、今のブルー」の方。
(…あいつが、チビの間はだ…)
 俺が「何か」に追われていたって、無関係だが…、とブルーの家がある方に目を遣る。
 チビのブルーは、「今日のハーレイ」が「お縄になった」ことを知らない。
 仕事や時間に追われている時も、「チビのブルー」は、その場には「いない」。
(…しかし、いつかは…)
 二人で一緒に暮らすのだから、そうなった時は、ブルーも「居合わせる」ことがあるだろう。
(俺が、何処かで友達に…)
 お縄になってしまった時には、ブルーは、其処には「いない」けれども…。
(家に通信を入れて、「すまん!」と謝って…)
 帰れないことを、ブルーに詫びるか、あるいは「ブルーも」連れてゆくのか。
(…それもアリだな…)
 友人に「ちょっと迎えに行って来る!」と断りさえすれば、ブルーも同席出来る。
 もちろん「ブルー」は歓迎されて、友人とも仲良くなれるだろう。
 別れる時には、「また会いましょう!」で、実際、じきに「次の機会」があったりもして。
(…追って来るのが、仕事や時間だったら…)
 ブルーは「同じ家の中」でも、「ハーレイの邪魔にならないように」過ごすしかない。
 我慢させてしまうことになるけれど、「追って来るもの」を片付けた後は、ハーレイは自由。
 ブルーも「追われてなどはいない」し、直ぐにでも…。
(終わったぞ、と声を掛けてだ…)
 食事に出掛けて行くのもいいし、ドライブするのも悪くない。
 前のブルーとは、追われ続けるだけの人生だったけれど…。


(今だと、俺が追われていても…)
 ブルーは、危険な目には遭いやしないし、追われる俺にも、メリットはある、と愉快な気持ち。
 友人に追われているのだったら、「自慢のブルー」を紹介出来る。
 仕事や時間の方だった時は、「早く終わらせて、ブルーと出掛けるぞ!」と励みになる。
(…なんとも素敵な人生じゃないか…!)
 今の人生、追われていても、最高だぞ、と嬉しくなるほど、最高の未来が来るのが「今」。
(…前の俺には、申し訳ないんだが…)
 追われ続けて生きていた分、今度の人生、うんと楽しもう、とブルーと暮らす日が待ち遠しい。
 今の時代は、追われていても、平和だから。
 友人や仕事くらいしか追って来なくて、ブルーのお蔭で、それも楽しめるから…。



           追われていても・了


※ブルー君の家に行くつもりの日に、友人に捕まってしまったハーレイ先生。予定はパア。
 けれど今では、追い掛けて来るのは、うんと平和なものばかり。前の生とは大違いv





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「ねえ、ハーレイ。無理をするのは…」
 良くないよね、と小さなブルーが投げ掛けた問い。
 二人きりで過ごす休日の午後に、唐突に。
 お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで。
「はあ? 無理をするって、それはどういう…」
 状況のことを指しているんだ、とハーレイは問い返した。
 確かに「無理のし過ぎ」は良くない。
(…しかしだな…)
 無理をしている中身によっては、良いこともある。
 実力以上を発揮したくて、自分の限界に挑む時などはそう。
 だから、確認することにしたのだけれど、ハタと気付いた。
(こいつは、無理をするタイプだった…!)
 前の生でも、そうだったブルー。
 身体がすっかり弱っていたって、何も言わずに普段通り。
(今のブルーも、やっぱり同じで…)
 学校に行くために無理をして起きて、倒れたりもしている。
 家を出る時は我慢出来ても、学校で具合が悪くなるとか。


 そういうヤツを指しているのか、とハーレイは納得した。
 これを機会に「改めよう」と思ってくれれば、有難い。
「おい、ブルー。念のために、確認したいんだが…」
 その無理は、今現在もやっているのか、と聞いてみた。
 「ハーレイが来るから、寝てられないよ」だと、いけない。
(…実際、やっていたこともあるモンだから…)
 風邪っぽいのに、隠していたとか、例は色々。
 病み上がりのくせに、平気そうな顔で起きていただとか。
(…今日もそうなら、寝かせないと…)
 せっかく自分で言い出したんだし、と心配になって来る。
 すると、ブルーは「うん」と小さく頷いた。
「なんだって!?」
 起きていないで、サッサと寝ろ、とハーレイは慌てた。
 ブルーが話題を持ち出したからには、具合は、かなり…。
(悪い方だぞ、熱っぽいとか…!)
 我慢出来ないレベルなんだ、と背筋が冷たくなって来る。
 無駄な会話をしてはいないで、一刻も早く寝かせないと。


「無理をするのは、良くないんだ!」
 無理の中身にもよるんだがな、とベッドの方を指差した。
「俺はいいから、今日は寝ていろ!」
 黙って帰りもしないから、とブルーに向かって約束をする。
 ブルーがベッドで眠る間も、この部屋にいる、と。
「晩飯の時間まで、ちゃんといてやる!」
 俺の飯も、此処で食ったっていい、と真剣に言った。
 ブルーが一人で寂しいのならば、両親と食べるのは断る。
 ハーレイの分の食事も運んで貰って、ブルーと一緒に夕食。
 それなら、ブルーも安心だろう。
 無理をしてまで起きていなくても、ゆっくり眠れる。
「いいな、とにかくベッドに入れ!」
 でないと、俺も安心出来んぞ、と赤い瞳を覗き込む。
 此処でブルーが倒れたりすれば、ハーレイだって辛い。
 「どうして無理をさせちまったんだ」と、自分を叱りたい。
 そうなる前に未然に防いで、ブルーを休ませるべきだろう。
「もしも立つのも辛いんだったら、運んでやるから」
 どうなんだ、とブルーに畳み掛けるけれど、無理強いも…。
(いいとは言えないトコがあるしな…)
 無理と同じで、無理強いも駄目だ、と、ぐるぐるして来る。
 ブルーが意地になってしまえば、逆効果でしかない。


 無理をさせるか、無理強いすべきか、判断が難しい場面。
 前のブルーだった時には、無理強いは常に裏目に出ていた。
(…大人しくしているどころか、全くの逆で…)
 何度、俺を振り切って、無茶をしたやら、と記憶が蘇る。
 今の場合は、ブルー自身が言ったことだし、休んで欲しい。
(…一言、寝ると言ってくれれば…)
 俺も大いに助かるんだが、と祈るような気持ち。
(あれこれ俺に聞き返さないで、サッサとだな…)
 ベッドに潜り込んでくれ、と思っていたら、赤い瞳が瞬く。
「ハーレイも、そう思うんだ?」
 無理のしすぎは、良くないんだね、とブルーが口を開いた。
「うんと無理して我慢するのは、最悪かな…?」
「当然だろう!」
 ゴチャゴチャ言わずに、早く寝てくれ、とハーレイは焦る。
 これは相当に具合が悪いに違いない、と恐ろしい。
 とにかくブルーを早く寝かせて、ブルーの母に伝えるべき。
(症状を聞いて、病院に行かなきゃ駄目な時には…)
 俺の車で送って行こう、と決断をした。


「何処が具合が悪いんだ? 病院に行くくらいなのか?」
 そうなりゃ、俺が運転しよう、とブルーに申し出る。
「行きも帰りも俺の車だ、それならいいだろ?」
 家に帰ってしまいやしない、とパチンとウインク。
「寝込んじまうような羽目になっても、見舞いに来るから」
 毎日は無理かもしれないがな、と苦笑交じりは仕方ない。
 学校の方の仕事もあるから、確約は出来ない。
 とはいえ、これだけ安心材料を並べておけばいいだろう。
 ブルーは「無理をしてまで」起きていなくても済む。
 ベッドでぐっすり眠るだけでも、かなり体力を回復出来る。
「分かったな? 無理をするのは良くない」
 俺に聞いてる暇があったら、ベッドに行け、と繰り返した。
 ブルーは、黙って聞いていたけれど…。

「そっか、ハーレイも、そう思うんなら…」
 だったら、ぼくにキスをしてよ、と赤い瞳が煌めく。
「もう長いこと、無理をして我慢してるから…」
 ホントに具合が悪くなりそう、とブルーはニッコリと笑む。
「早くキスして、無理をするのは良くないんでしょ?」
 キスが最高の薬なんだよ、と嬉しそうなのだけれど…。
(…そういう無理を指していたのか!?)
 無駄に心配させやがって、とハーレイは軽く拳を握った。
「馬鹿野郎!」
 それは無理とは言わないんだ、と銀色の頭を一発、コツン。
 「真面目に考えて損しちまった」と、しっかり「お返し」。
 「無理して我慢しておくことだな」と、釘も刺して…。



       無理をするのは・了




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