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追われていたって
(…今日は、捕まっちゃったんだよね…)
 悪いことなんかしてはいないけど、と小さなブルーが竦めた肩。
 ハーレイが寄ってはくれなかった日の夜、自分の部屋で。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
(ぼくは、普通に歩いてただけで…)
 ただの学校帰りだったんだけど、と昼間の出来事を思い返して苦笑する。
 いつも通りに学校を出て、家の方へと向かう路線バスに乗り込んだ。
 家の近くのバス停で降りたら、後は家まで歩けばいい。
(ほんのちょっぴり、散歩気分で…)
 楽に歩いて帰れる距離だし、時間もさほどかかりはしない。
 それなのに、今日は…。
(うんと時間がかかっちゃった…)
 ホントに歩いていただけなのに、と可笑しくもなる。
 通学鞄を提げて歩いていたら、突然、声を掛けられた。
「あら、ブルー君! 丁度、良かったわ」
 ケーキが焼けた所なのよ、と呼び止められて、ご近所の奥さんが生垣の向こうに。
(…後で、届けに行くつもりだったから、って…)
 良かったらどうぞ、と家の中へと招かれた。
(ケーキ、冷めないと、包めないから…)
 待っている間に、お茶とお菓子を召し上がれ、と誘われてしまえば、断れはしない。
 ついでに言うなら、出して貰えるらしい「お菓子」にも、興味津々。
(…娘さんが住んでる、海の向こうの遠い地域の…)
 名物のお菓子が送られて来たから、食べて行かない、と聞けば心が揺さぶられる。
(そのお菓子、ご近所全部に配るほどには…)
 数が無いからこその、「お誘い」だろう。
 ブルーの両親に渡す分さえ足りないわけで、通りかかった「ブルー」だけに、と。
(お裾分け…)
 こんなチャンスは二度と無さそう、と大喜びで、お邪魔することにした。
 いそいそと奥さんの後について入って、居心地のいいリビングに案内されて…。
(待っててね、って…)
 奥さんが「お菓子」を用意してくれる間も、ドキドキだった。
 「どんなお菓子が出て来るのかな?」と、あれこれ想像してみて、ワクワクとして。


 お茶と一緒に出て来た「お菓子」は、期待以上のものだった。
(うんと昔の地球で言ったら、アラブ風ってことになるんだって…)
 揚げ菓子の一種らしいけれども、「わざわざ麺を作って、細かく切ってから」揚げるもの。
(油で揚げたら、甘いシロップを絡めて、纏め上げてから、シロップを掛けて固めて…)
 ブルーに出された「お菓子」は、四角い形に出来上がっていた。
 娘さんが暮らす地域に行ったら、形も色々、お皿の上に盛って固めることもあるらしい。
(美味しかったし、珍しかったし…)
 お菓子の話も、娘さんが暮らす地域の話も面白くて、つい…。
(…ケーキが冷める間だけ、って思ってたのに…)
 長居したわけで、「ありがとうございました!」とお礼を言って出るまでに、かなりの時間。
 「お母さんによろしくね!」と渡されたケーキの箱を、しっかりと持って急ぎ足で…。
(遅くなっちゃった、って…)
 家に帰って、ホッと一息。
(まだまだ、ハーレイ、来ない時間だったし…)
 いつもより遅い帰宅とはいえ、理由は誰も責めないものだし、証拠の品だってある。
 預かって来たケーキを母に渡して、それから二階の部屋に上がって…。
(鞄を置いて、制服を脱いで…)
 急ぎ足だった分の休憩、とキッチンに行って、ホットミルクを母に注文した。
(ハーレイに聞いた、シロエ風の…)
 マヌカ多めのシナモン入りで、いつもの自分の席に座って、のんびりと飲んでいたけれど…。
(飲んでる途中で…)
 ふと思い出した、「明日までに」と期限が切られた、今日の宿題。
 大した中身ではなくて、ブルーにとっては、とても簡単な内容なのに…。
(解くのは、うんと簡単だけど…!)
 答えだけを書いて「出来ました!」と提出することは許されない。
 どうして「そういう答えになる」のか、途中経過を書かないと叱られてしまう。
(時間、そんなにかからないけど…!)
 今日は時間が「無い」んだっけ、と大慌てでミルクの残りを喉に落とし込んだ。
(舌をちょっぴり、火傷したかも…)
 まだ冷めるには早かったしね、と舌をペロリと出してみる。
 幸い、あれから痛みはしないし、多分、軽症だったのだろう。
 もっとも、舌を火傷していたとしても…。


(あの状況では…)
 冷たい水を飲みに行く時間も惜しかったもんね、と思うくらいに、持ち時間は少なかった。
 ハーレイが「仕事帰りに寄る」としたなら、それまでの間に残る時間は、ごく僅か。
(…宿題、やってしまわないと…)
 後で大変なことになりそう。
 明日、学校に着いてからでも、出来るけれども…。
(…宿題があるのを忘れてたんだな、って…)
 クラスメイトにバレるわけだし、それは恥ずかしすぎて出来ない。
 それが嫌なら、なんとしてでも「今日の間に」やっておくしかないわけで…。
(…ハーレイが来たら、宿題が出来る時間なんかは…)
 取れはしなくて、ハーレイが「帰って行った」後の時間しか空いてはいない。
(そんなの、嫌だよ…!)
 宿題が残っているんだけどな、と頭の隅にある状態では、ハーレイとの時間を楽しめはしない。
 「ちょっと待ってね、宿題をしないとダメだから!」と「待って貰う」手もあるけれど…。
(それだと、「お前、宿題、忘れてたのか、って…)
 ハーレイに言われてしまうだろう。
 「珍しいな」と、笑われながらの「宿題タイム」で、ハーレイと話す時間も削られる。
(どんなコースでも、全部、困るし…!)
 何が何でもやってしまおう、と机に向かって、懸命に「作業」をした。
 問題を解いて「こんなの、わざわざ書かなくっても…!」と思う過程も、書き並べて。
(やっと終わったら、ホントにギリギリで…)
 ハーレイが来そうな時間だったんだよね、と思い返すと冷汗が出そう。
 結果的には「ハーレイが来ない日」の方で、焦って必死になっていた分、拍子抜けした。
 普段だったら、「今日はハーレイ、来なかったよ…」とガッカリだけれど、今日は違った。
(…なんだ、来ない方の日だったんだ、って…)
 それなら先に言っておいてよ、と少し膨れて、「来なかったハーレイ」に心で文句。
 「ハーレイのせいで、焦っちゃったよ」と、自分の失敗は全部、棚に上げてしまって。
 寄り道をしていて「遅くなった」のも、「宿題の存在を忘れていた」のも、自分なのに。


 「来なかったハーレイ」に文句を言っていたのは、ただの八つ当たりでしかない。
 ハーレイは少しも悪くないわけで、悪いのは「ブルー」一人だけ。
(…時間に追われる羽目になったの…)
 ぼくのせいだ、と充分、承知している。
 確かに「帰り道に、捕まった」とはいえ、捕まえた奥さんは悪くない上に…。
(あそこで長居なんかしないで、急いで帰れば…)
 時間はもっと沢山あったし、敗因は「宿題の存在を忘れ果てていた」ことになるだろう。
(あの家で、お菓子を食べていた時、宿題のことを…)
 覚えていたなら、食べ終えた後は「御馳走様でした」と、お礼を言って帰っている。
 「娘さんが暮らす地域」のことで話が弾んで、帰りが遅くなったりはしないで。
(……大失敗……)
 こんな経験、無いんだけどな、と情けなくなった所で、ハタと思い出した。
 「今のブルー」は、時間に追われて「大失敗」だと、嘆き続けているけれど…。
(…あんなの、前のぼくにしてみれば…)
 「追われている」どころか、ただの平和な「日常」なのに違いない。
 遠く遥かな時の彼方で、「ソルジャー・ブルー」と呼ばれていた頃には、まるで違った。
(…追って来るのが、時間にしても…)
 もっと「とんでもない」レベルの代物ばかりで、ミュウの未来が懸かった局面ばかり。
(…アルテメシアの地上から直接、宇宙に向かって…)
 ワープしよう、と決断を下した時もそうだし、メギドに向かって飛んだ時にしても…。
(メギドが次弾を撃って来る前に…)
 破壊しないと、ミュウの未来は消え失せてしまう。
 そうならないよう、命を捨てるしかなくて、地球も、ハーレイも、全て諦めて…。
(…飛ぶしかなくって、宿題なんかじゃ比較にならなくて…)
 今のぼくって、平和すぎるよ、と思い知らされてしまう。
 たかが宿題、それに追われて「時間に追い掛けられちゃった」と嘆くだなんて。


(…平和ボケだよね…)
 人生自体が、別物だけど、と「今の時代」に感謝する。
 なんて平和な世界に生きているのか、つくづく実感させられた。
 「今のブルー」を追って来るものは、とても平和なものでしかない。
 時間もそうだし、人類軍だって、「とうの昔に」いない世の中。
 「今のブルー」が捕まったものは、ご近所さんで、気のいい「奥さん」。
(…前のぼくだと、もっと恐ろしいものばかりが…)
 「ソルジャー・ブルー」を捕獲しようと待ち受けていて、捕まえるか、殺すかが目的だった。
 「危険なタイプ・ブルー」なのだし、「捕まえられないなら、殺してしまえ」と。
(…何もかも、すっかり変わっちゃったよ…)
 シャングリラだけで暮らした時代からは、と心から思う。
 そういう時代でも「前のハーレイ」が一緒にいてくれたお蔭で、生きることが出来た。
 今の平和な世界だったら、あの時代よりも…。
(追われていたって、ずっと平和で、幸せだよね…)
 現に今日だってそうだったよね、と勉強机の方に目を遣った。
 何時間か前、あそこの椅子に座って、時間に「追われ続けていた」。
 「終わらないよ!」と「面倒な宿題」と格闘しながら、ハーレイが来るのを待ってもいた。
(これさえ終われば、ハーレイが来ても安心だから、って…)
 必死に宿題、焦り続けた時間だったとはいえ、あれも「幸せ」と言うのだろう。
 「ハーレイが来ても、困らないように」という目的のために、追われ続けていたのだから。
(…前のぼくより、うんと幸せ…)
 追って来るものも、追い掛けられてる状態だって、と頬が緩んだ。
 この先もきっと、こういう具合なのだろう。
(…いつか、ハーレイと暮らし始めても…)
 似たようなことがあるかもしれない。
 「宿題」ではなくて、他の「何か」に追われ続けて、焦って、困りながらでも…。
(これさえ終われば、後はハーレイと…)
 食事に行ったり、ドライブをしたり、と「素敵な時間」が待っている場面。
 後に御褒美が待っているのは確かなのだし、それを励みに頑張れることだろう。
 「早くやらなきゃ」と自分に発破で、エールを飛ばして。
(うん、ハーレイと一緒に暮らしてるなら…)
 追われていたって、ぼくは平気で大丈夫、と自信があるから、少し楽しみになってもいる。
 「未来のぼくは、何に追われているのかな?」と、ちょっと覗き見してみたい気分。
 今のブルーが「知らない未来」は、きっと素敵に違いないから。
 何かに追われて困っていたって、ハーレイがいれば、間違いなく、幸せ一杯だから…。



            追われていたって・了


※寄り道したせいで、時間に追われる羽目に陥ったブルー君。宿題を忘れていた結果。
 今の生では、追って来る時間も平和なもの。ハーレイと結婚した後にも、追って来るかもv




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